(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152486
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】糖鎖を含む抗原ポリペプチドの作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20241018BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241018BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241018BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20241018BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20241018BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20241018BHJP
C12N 5/16 20060101ALI20241018BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20241018BHJP
C07K 16/18 20060101ALI20241018BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20241018BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
C12N15/09 Z ZNA
C12N5/10
C12N1/21
C12N1/19
C12N1/15
C07K14/435
C12N5/16
C12P21/08
C07K16/18
C12N15/13
G01N33/53 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066711
(22)【出願日】2023-04-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「次世代がん医療創生研究事業」、研究開発課題名「グリオーマの診断マーカーの開発」に係る委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北爪 しのぶ
(72)【発明者】
【氏名】藤井 正純
(72)【発明者】
【氏名】長井 健一郎
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064AG27
4B064CA19
4B064CA20
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA03
4B064DA14
4B065AA90X
4B065AA91X
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AB04
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA25
4B065CA44
4B065CA46
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA09
4H045DA76
4H045EA31
4H045EA51
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】髄液マーカータンパク質や脳等の中枢神経系で発現するタンパク質では、組織特異的な糖鎖修飾を受けているものが多い。このような糖タンパク質に対して十分な結合性を有する抗体を効率的に作製するための方法は知られていない。そこで、脳等の中枢神経系において発現する糖タンパク質と特異的に結合し得る抗体を効率的に作製するための技術を提供することを課題とする。
【解決手段】糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法であって、中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸、及び前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸で形質転換されており、前記抗原ポリペプチド及び前記糖鎖付加酵素を発現する形質転換細胞を培養する、培養工程を含む、前記方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸、及び
前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸
で形質転換されており、前記抗原ポリペプチド及び前記糖鎖付加酵素を発現する形質転換細胞を培養する、培養工程
を含む、前記方法。
【請求項2】
糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸で形質転換されており、前記抗原ポリペプチドを発現する形質転換細胞を培養する培養工程、
前記培養工程後の前記形質転換細胞及び/又はその培養液から、前記抗原ポリペプチドを回収する回収工程、及び
前記回収工程後の前記抗原ポリペプチドと、前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素とを反応させる反応工程
を含む、前記方法。
【請求項3】
前記形質転換細胞が、中枢神経系細胞以外の細胞、又は中枢神経系細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記中枢神経系細胞以外の細胞が、HEK293細胞、HEK293T細胞、CHO細胞、COS細胞、Vero細胞、HeLa細胞、NIH3T3細胞、K562細胞、又はそのいずれかの派生細胞である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記糖タンパク質が、髄液マーカータンパク質である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記髄液マーカータンパク質が、受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記糖鎖付加酵素が、糖転移酵素及び/又は糖鎖修飾酵素である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項8】
前記糖鎖修飾酵素が硫酸基転移酵素である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記糖転移酵素がグルクロン酸転移酵素である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
抗体産生ハイブリドーマを生産する方法であって、
請求項1又は2に記載の方法で作製した糖鎖を含む抗原ポリペプチド及び/又はそれを細胞表面に発現する形質転換細胞を非ヒト動物に投与して免疫する免疫工程、
前記免疫工程で免疫した前記非ヒト動物から脾細胞及び/又はリンパ節細胞を取得する取得工程、及び
前記取得工程で取得した脾細胞及び/又はリンパ節細胞とミエローマ細胞とを融合させて、抗体産生ハイブリドーマを生産する生産工程
を含む、前記方法。
【請求項11】
前記生産工程後の抗体産生ハイブリドーマから、前記糖タンパク質に対して特異的に結合する抗体を産生するクローンを選択する選択工程をさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
モノクローナル抗体を製造する方法であって、
請求項10に記載の方法で生産した抗体産生ハイブリドーマを培養するハイブリドーマ培養工程、及び
前記ハイブリドーマ培養工程後の培養上清からモノクローナル抗体を回収する回収工程
を含む、前記方法。
【請求項13】
形質転換細胞であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸、及び
前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸
で形質転換されており、前記抗原ポリペプチド及び前記糖鎖付加酵素を発現することができる、前記形質転換細胞。
【請求項14】
プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)に結合する抗体又はその断片であって、
(a)それぞれ配列番号3~5で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号6~8で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域、
(b)それぞれ配列番号11~13で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号14~16で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域、又は
(c)それぞれ配列番号19~21で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号22~24で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域
を含む、前記抗体又はその断片。
【請求項15】
以下:
(i)配列番号1で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号2で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域、
(ii)配列番号9で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号10で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域、又は
(iii)配列番号17で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号18で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域
を含む、請求項14に記載の抗体又はその断片。
【請求項16】
請求項14又は15に記載の抗体又はその断片をコードする核酸。
【請求項17】
請求項14又は15に記載の抗体又はその断片を含む、グリオーマ検出用キット。
【請求項18】
グリオーマの検出方法であって、
被験者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型の受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(可溶型PTPRZ)のタンパク質量を請求項14又は15に記載の抗体又はその断片を用いて測定し、その測定値を得る測定工程、及び
前記測定工程で得られた測定値と、グリオーマ患者及び非グリオーマ患者の測定値から算出されるカットオフ値とを比較して、被験者の測定値がカットオフ値よりも高いときに、前記被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定する判定工程
を含む、前記方法。
【請求項19】
グリオーマの検出方法であって、
被験者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型PTPRZのタンパク質量を請求項14又は15に記載の抗体又はその断片を用いて測定し、その測定値を得る測定工程、及び
前記測定工程で得られた測定値と、グリオーマに罹患していない対照者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型PTPRZの測定値とを比較して、被験者の測定値が対照者の測定値よりも高いときに、前記被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定する判定工程
を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖を含む抗原ポリペプチドの作製方法、抗体産生ハイブリドーマの生産方法、モノクローナル抗体の製造方法、形質転換細胞、糖鎖を含むプロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)又は可溶型PTPRZに結合する抗体又はその断片、及びグリオーマの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くのタンパク質は、糖鎖による翻訳後修飾に基づいて安定化され、機能が維持される。逆に、糖鎖修飾の異常によってタンパク質の安定性や機能が変化し、癌や糖尿病等の様々な疾患が発症することも知られている。例えば脳では、他の組織とは異なる脳特異的な糖鎖修飾が知られており、脳における糖鎖修飾の異常によりアルツハイマー病等の疾患が発症することや、糖鎖修飾酵素の機能阻害によって記憶/学習機能が損なわれることも報告されている。
【0003】
また、糖タンパク質が疾患の診断マーカーとして有用であることも知られている。例えば、受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)は、脳においてアストロサイトやオリゴデンドロサイト等の中枢神経系のグリア細胞に多く発現している膜タンパク質である。PTPRZタンパク質は、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸、N型糖鎖、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)型O-型糖鎖、O-マンノシル(O-Man)型糖鎖等の様々な糖鎖修飾を受けることが知られている(非特許文献1及び2)。
【0004】
特許文献1では、PTPRZタンパク質はグリオーマ(神経膠腫)で発現が亢進しており、その可溶性の切断型アイソフォームであるsPTPRZは、グリオーマ患者の脳脊髄液中に高濃度で検出され得るため、グリオーマのバイオマーカーとして有用であることが開示されている。PTPRZ依存性のシグナルは、グリオーマの成長やグリオーマ幹細胞の浸潤及び維持に関与することも報告されており、PTPRZタンパク質はグリオーマ治療の標的としても有望であると考えられる。
【0005】
糖タンパク質は治療標的や有用な診断マーカーとなり得る一方で、その機能阻害や検出に利用可能な抗体を作製することはしばしば困難である。それ故、糖タンパク質は一般的に「扱いにくいタンパク質」として認識されている。
【0006】
ここで糖タンパク質に限らず生体分子を標的として結合性及び特異性の優れた抗体を作出することは必ずしも容易ではない。良好な抗体が得られない場合のトラブルシューティングとして、抗原ペプチドを高分子キャリアと結合させて免疫に使用すること等も行われている。しかしながら、試行錯誤を重ねても十分な性能を有する抗体が得られない場合には、原因不明のまま抗体作製の試み自体を断念する場合も少なくない。
【0007】
特に糖タンパク質を標的とする場合には、十分な性能を有する抗体が得られ難いことが当該技術分野において周知であるが、その原因としては動物体内への注入後に速やかに分解されてしまうことや糖鎖の存在によりタンパク質の抗原性が低下するといった説明が後付けでなされているだけであり、実際には原因が検証された例は乏しく、原因不明のまま抗体作製の試み自体が断念される場合がほとんどである。
【0008】
したがって、疾患マーカーや治療標的となり得る糖タンパク質を検出及び/又は機能阻害するための手段として、糖タンパク質と特異的に結合し得る抗体を効率的に作製するために有効な新たな技術が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nagai, K., et al., 2023, Int J Mol Sci 23.
【非特許文献2】Dwyer, C.A., et al., J Biol Chem, 2015, 290: 10256-10273.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
髄液マーカータンパク質や脳等の中枢神経系で発現するタンパク質では、組織特異的な糖鎖修飾を受けているものが多い。このような糖タンパク質に対して十分な結合性を有する抗体を効率的に作製するための方法は知られていない。そこで、中枢神経系において発現する糖タンパク質と特異的に結合し得る抗体を効率的に作製するための技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
モノクローナル抗体の一般的な作製方法では、マウス、ラット、又はウサギ等の動物に抗原ポリペプチドを免疫原として導入した後、抗原に対して結合する抗体を産生するB細胞とミエローマ等の不死化細胞とを融合させた融合細胞(ハイブリドーマ)を作製し、このハイブリドーマの中から目的のモノクローナル抗体を産生する細胞を選択する。免疫原として動物に注入する抗原ポリペプチドの調製には様々なベクターが利用可能であり、安価に高発現可能な大腸菌、培地中への分泌生産に有利なブレビバチルス生産系、及び活性型の構造を保持するタンパク質の生産に有利な哺乳動物細胞等で抗原ポリペプチドが組換えタンパク質として生産されるのが一般的である。哺乳動物細胞としては、HEK293細胞(ヒト胎児腎細胞)やCOS-7細胞(アフリカミドリザル腎細胞)等も使用されている。
【0013】
本発明者らは、グリオーマ患者の脳脊髄液中に高濃度で検出される受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)を特異的かつ高感度で検出可能なモノクローナル抗体を新たに開発するために、HEK293T細胞で発現したPTPRZタンパク質を抗原ポリペプチドとしてマウスを免疫した。しかし、この方法では髄液中のPTPRZタンパク質を十分な効率で検出できる抗体が得られないことが判明した。
【0014】
一般に糖タンパク質では、十分な結合性を有する抗体が得られ難いことが知られている。その理由の一つは、糖鎖の存在が抗原ペプチドを覆い隠すことで抗原性を低下させているためと考えられている。したがって、髄液中のPTPRZタンパク質についても、糖鎖の存在が抗ペプチド抗体の反応性を低下させている可能性がある。
【0015】
そこで本発明者らは、グリオーマ患者の髄液においてPTPRZタンパク質に結合している糖鎖構造を解析し、具体的な原因を探った。その結果、髄液中のPTPRZタンパク質は、結合糖鎖としてO-マンノシル糖鎖の非還元末端にHNK-1エピトープを有すること、さらに既存の3種類の抗PTPRZ抗体ではHNK-1エピトープを認識する2種類の抗体が髄液中の抗PTPRZ抗体を効率よく検出し得ることを見出した。この結果から、糖鎖の存在が糖タンパク質の抗原性を低下させているという従来の技術常識に反して、糖鎖を含むエピトープを含む抗原ポリペプチドを抗体産生に使用することが、良好な抗体を得るために重要であるという着想を得た。そこで本発明者らは、HNK-1エピトープの形成に関与する糖鎖付加酵素を発現するHEK293T細胞においてPTPRZタンパク質を発現させて作製した抗原ポリペプチドでマウスを免疫した結果、髄液中のPTPRZタンパク質を特異的かつ高感度で検出可能なモノクローナル抗体を効率的に作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、上記知見に基づくものであって以下を提供する。
(1)糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸、及び
前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸
で形質転換されており、前記抗原ポリペプチド及び前記糖鎖付加酵素を発現する形質転換細胞を培養する、培養工程
を含む、前記方法。
(2)糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸で形質転換されており、前記抗原ポリペプチドを発現する形質転換細胞を培養する培養工程、
前記培養工程後の前記形質転換細胞及び/又はその培養液から、前記抗原ポリペプチドを回収する回収工程、及び
前記回収工程後の前記抗原ポリペプチドと、前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素とを反応させる反応工程
を含む、前記方法。
(3)前記形質転換細胞が、中枢神経系細胞以外の細胞、又は中枢神経系細胞である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記中枢神経系細胞以外の細胞が、HEK293細胞、HEK293T細胞、CHO細胞、COS細胞、Vero細胞、HeLa細胞、NIH3T3細胞、K562細胞、又はそのいずれかの派生細胞である、(3)に記載の方法。
(5)前記糖タンパク質が、髄液マーカータンパク質である、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記髄液マーカータンパク質が、受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)である、(5)に記載の方法。
(7)前記糖鎖付加酵素が、糖転移酵素及び/又は糖鎖修飾酵素である、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記糖鎖修飾酵素が硫酸基転移酵素である、(7)に記載の方法。
(9)前記糖転移酵素がグルクロン酸転移酵素である、(7)に記載の方法。
(10)抗体産生ハイブリドーマを生産する方法であって、
(1)~(9)のいずれかに記載の方法で作製した糖鎖を含む抗原ポリペプチド及び/又はそれを細胞表面に発現する形質転換細胞を非ヒト動物に投与して免疫する免疫工程、
前記免疫工程で免疫した前記非ヒト動物から脾細胞及び/又はリンパ節細胞を取得する取得工程、及び
前記取得工程で取得した脾細胞及び/又はリンパ節細胞とミエローマ細胞とを融合させて、抗体産生ハイブリドーマを生産する生産工程
を含む、前記方法。
(11)前記生産工程後の抗体産生ハイブリドーマから、前記糖タンパク質に対して特異的に結合する抗体を産生するクローンを選択する選択工程をさらに含む、(10)に記載の方法。
(12)モノクローナル抗体を製造する方法であって、
(10)又は(11)に記載の方法で生産した抗体産生ハイブリドーマを培養するハイブリドーマ培養工程、及び
前記ハイブリドーマ培養工程後の培養上清からモノクローナル抗体を回収する回収工程
を含む、前記方法。
(13)形質転換細胞であって、
中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸、及び
前記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸
で形質転換されており、前記抗原ポリペプチド及び前記糖鎖付加酵素を発現することができる、前記形質転換細胞。
(14)プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)に結合する抗体又はその断片であって、
(a)それぞれ配列番号3~5で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号6~8で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域、
(b)それぞれ配列番号11~13で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号14~16で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域、又は
(c)それぞれ配列番号19~21で示すアミノ酸配列からなるHCDR1、HCDR2、及びHCDR3を含む重鎖可変領域、及びそれぞれ配列番号22~24で示すアミノ酸配列からなるLCDR1、LCDR2、及びLCDR3を含む軽鎖可変領域
を含む、前記抗体又はその断片。
(15)以下:
(i)配列番号1で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号2で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域、
(ii)配列番号9で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号10で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域、又は
(iii)配列番号17で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号18で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域
を含む、(14)に記載の抗体又はその断片。
(16)(14)又は(15)に記載の抗体又はその断片をコードする核酸。
(17)(14)又は(15)に記載の抗体又はその断片を含む、グリオーマ検出用キット。
(18)グリオーマの検出方法であって、
被験者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型の受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(可溶型PTPRZ)のタンパク質量を(14)又は(15)に記載の抗体又はその断片を用いて測定し、その測定値を得る測定工程、及び
前記測定工程で得られた測定値と、グリオーマ患者及び非グリオーマ患者の測定値から算出されるカットオフ値とを比較して、被験者の測定値がカットオフ値よりも高いときに、前記被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定する判定工程
を含む、前記方法。
(19)グリオーマの検出方法であって、
被験者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型PTPRZのタンパク質量を(14)又は(15)に記載の抗体又はその断片を用いて測定し、その測定値を得る測定工程、及び
前記測定工程で得られた測定値と、グリオーマに罹患していない対照者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型PTPRZの測定値とを比較して、被験者の測定値が対照者の測定値よりも高いときに、前記被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定する判定工程
を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法によれば、中枢神経系において発現する糖タンパク質と特異的に結合し得る抗体を効率的に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】ヒトPTPRZの3種類のアイソフォームの構造を示す。
図1Aはアイソフォーム1を、
図1Bはアイソフォーム2を、
図1Cはアイソフォーム3を示す。図中、CAはカルボニックアンヒドラーゼ様ドメインを、FNはタイプIIIフィブロネクチン様ドメインを、CSはコンドロイチン硫酸鎖結合領域を、TMは膜貫通ドメインを、D1とD2はいずれもPTPドメインを表す。
【
図2】
図2は、HEK293T細胞で発現させて回収したsPTPRZ34-304をウエスタンブロットにより抗体Sを用いて検出した結果を示す。図中の「抗体S」は、抗PTPRζ抗体(Santa Cruz Biotechnology, sc-33664)を示す。
【
図3】
図3は、実施例2において髄液中のPTPRZタンパク質の糖鎖構造を解析した結果を示す。
図3Aは、抗体Pによる検出結果を示す。
図3Bは、抗体Cによる検出結果を示す。
図3Cは、抗体Sによる検出結果を示す。「ChABC」は、コンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC)を示す。「Gal'ase」は、ケラタン硫酸を分解するためのendo-β-galactosidaseを示す。「Sia'ase」は、シアリダーゼを示す。「PNGase」は、N型糖鎖を除去するためのN-グリカナーゼ(peptide-N-glycosidase F)を示す。
【
図4】
図4は、実施例3において、HEK293T細胞で発現したsPTPRZ754-Hisを3種類の抗体で検出した結果を示す。
図4Aは、抗体Pによる検出結果を示す。
図4Bは、抗体Cによる検出結果を示す。
図4Cは、抗体Sによる検出結果を示す。図中の「ChABC」は、コンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC)を示す。「GlycoT×2」はGlcAT-P酵素及びHNK-1ST酵素を示す。
【
図5】
図5は、PTPRZタンパク質において推定される糖鎖構造を示す。
図5Aは、切断前のPTPRZタンパク質における糖鎖の推定される構造を示す。
図5Bは、切断された髄液中に放出されたsPTPRZタンパク質における糖鎖の推定される構造を示す。
【
図6】
図6は、in vitro条件及びin vivo条件でPTPRZタンパク質を抗体で検出した結果を示す。
図6Aは、in vitroで培養したヒト神経膠腫細胞(LN-229Luc細胞)から培養上清中に放出されたPTPRZタンパク質を3種類の抗体で検出した結果を示す。右のΔPTPRZ-LN-229LucはCRISPR/Cas9でPTPRZ遺伝子の欠損株であることから、抗体PがPTPRZを検出していることが明らかである。
図6Bは、LN-229Luc細胞を脳内に移植して作製した異種移植モデルの脳においてPTPRZタンパク質を検出した結果(左側2レーン、in vivo)、及びin vitro培養したLN-229細胞から調製したライセートにおいてPTPRZタンパク質を検出した結果(右側2レーン)を示す。「ChABC」は、コンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC)を示す。
【
図7】
図7は、in vitro条件(培養した細胞)及びin vivo条件(脳内移植した細胞)のLN-229Luc細胞におけるGlcAT-P酵素のmRNAレベルを測定した結果を示す。エラーバーは標準誤差を示し、「***」はP<0.001(ステューデントt検定)を示す。
【
図8】
図8は、グリオーマ患者の髄液中のPTPRZタンパク質をウエスタンブロットにより検出した結果を示す。実施例5で得られたクローン7B、8A、及び9Bの培養上清を一次抗体として使用した。「ChABC」は、コンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(糖鎖を含む抗原ポリペプチドの作製方法)
本発明の一態様によれば、糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製する方法(以下、「糖鎖を含む抗原ポリペプチドの作製方法」又は単に「作製方法」という)が提供される。本態様の作製方法によれば、中枢神経系等の生体内の糖タンパク質に対して高い親和性で結合することができる抗体を効率よく作製することを可能とする、糖鎖を含む抗原ポリペプチドを作製することができる。
【0020】
本明細書において、「糖タンパク質」とは、一以上の糖鎖が付加したタンパク質をいう。
【0021】
本明細書中において、「糖鎖」は、1つの単位糖又は単糖、又は単位糖又は単糖が2つ以上連結されてなる構造のいずれをも含む。糖鎖を構成する単糖の種類は特に制限されず、例えばグルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、シアル酸、N-アセチルムラミン酸、アルドン酸(例えば、D-グルコン酸)、イズロン酸、及びウロン酸(例えば、D-グルクロン酸)、並びに硫酸基を含む硫酸化糖、アセチル基を含むアセチル化糖、及びリン酸基を含むリン酸化糖等が挙げられる。単糖が2つ以上連結される場合、単糖同士はグリコシド結合による脱水縮合によって結合する。また、糖鎖は直鎖型であっても分岐鎖型であってもよい。糖タンパク質における糖鎖は、非還元末端糖を有する糖鎖(非還元末端糖鎖)又は還元末端糖を有する糖鎖(還元末端糖鎖)のいずれであってもよい。また、糖鎖には、タンパク質のアミノ酸配列におけるアスパラギン(Asn:N)残基の側鎖に付加されたN結合型糖鎖と、セリン(Ser:S)残基又はスレオニン(Thr:T)残基の側鎖に付加されたO結合型側鎖が知られているが、本明細書で対象となる糖鎖は、いずれであってもよい。
【0022】
本明細書において、「糖鎖付加(glycosylation)」とは、タンパク質若しくは糖タンパク質、又は糖タンパク質中の糖鎖若しくは糖に対して糖を転移又は付加する反応、及び糖タンパク質又は糖タンパク質中の糖鎖における糖を修飾するか又はその糖に対して修飾基を転移する反応のいずれをも含む。糖を転移又は付加する反応は、糖ヌクレオチドや脂質中間体等の糖供与体から糖をタンパク質、糖質、脂質、ステロイド、アルコール等の糖受容体に転移する反応である。糖を修飾するか又は糖に対して修飾基を転移する反応としては、例えば硫酸化、アセチル化、リン酸化、及び水酸化、並びに酸化反応及び還元反応等が挙げられる。
【0023】
本明細書において、「糖鎖付加酵素(glycosylation enzyme)」とは、上述の糖鎖付加を触媒する任意の酵素をいう。糖鎖付加酵素のうち、糖を転移又は付加する反応を触媒する酵素は、糖ヌクレオチドや脂質中間体等の糖供与体から糖をタンパク質等の糖受容体に転移又は付加し、糖タンパク質等を合成する。糖を転移又は付加する反応を触媒する酵素には、後述の糖転移酵素が含まれる。糖鎖付加酵素のうち、糖鎖における糖を修飾するか又は糖に対して修飾基を転移する反応(本明細書において「糖鎖修飾(sugar chain modification)」という)を触媒する酵素(本明細書において「糖鎖修飾酵素(sugar chain modifying enzyme)」という)の具体例としては、硫酸化酵素、アセチル化酵素、リン酸化酵素、水酸化酵素、酸化酵素、及び還元酵素等が挙げられる。
【0024】
本明細書において、「糖転移酵素(glycosyltransferase)」とは、糖供与体(糖ヌクレオチド)から糖部分を基質(糖受容体)に転移する反応を触媒する活性を有する酵素をいう。糖転移酵素の具体的な種類は、特に制限されるものではないが、例えばグルクロン酸転移酵素、グルコース転移酵素、ガラクトース転移酵素、キシロース転移酵素、フコース転移酵素、マンノース転移酵素、シアル酸転移酵素、N-アセチルグルコサミン転移酵素、N-アセチルガラクトサミン転移酵素、イズロン酸転移酵素等を挙げることができる。
【0025】
本明細書において「グルクロン酸転移酵素」は、UDP-グルクロン酸から糖受容体基質にグルクロン酸残基を転移する反応を触媒する活性を有するタンパク質であるUDP-グルクロン酸転移酵素(UDP-glucuronosyltransferase; UGT)をいう。グルクロン酸転移酵素の具体例としては、B3GAT1(beta-1,3-Glucuronyltransferase 1)、B3GAT2(beta-1,3-Glucuronyltransferase 2)、及びB3GAT3(beta-1,3-Glucuronyltransferase 3)が挙げられる。例えばB3GAT1は、HNK-1(human natural killer-1; CD57又はLEU7としても知られている)エピトープの生合成においてグルクロン酸の転移反応を触媒する。B3GAT1はラットではGlcAT-Pタンパク質と呼ばれる。
【0026】
本明細書において、「硫酸基転移酵素(sulfotransferase)」とは、糖鎖に硫酸基を転移する反応を触媒する活性を有する酵素をいう。硫酸転移酵素は、硫酸基の供与体である活性硫酸(3'-phosphoadenosine 5'-phosphosulfate;PAPS)から糖残基に硫酸基を転移する。硫酸基が転移した糖鎖は、主として硫酸化グリコサミノグリカンとして知られている。硫酸化グリコサミノグリカンは、その繰り返し二糖単位の構造に基づいて、コンドロイチン硫酸(CS)、デルマタン硫酸(DS)、ケラタン硫酸(KS)、ヘパラン硫酸(HS)、及びヘパリンに分類することができる。グリコサミノグリカン糖鎖の骨格は、エピメラーゼ及び硫酸転移酵素による修飾を受けて多様な構造を有する。硫酸基転移酵素は、基質特異性やアミノ酸配列の相同性等に基づいて、C6ST (Chondroitin 6-sulfotransferase)/KSGal6ST(Keratan sulfate Gal-6-sulfotransferase)/GlcNAc6ST (GlcNAc 6-O-sulfotransferase)、C4ST (Chondroitin 4-sulfotransferase)/D4ST (Dermatan 4-sulfotransferase)、GalNAc4S-6ST (GalNAc 4-sulfate 6-O-sulfotransferase)、NDST (Heparan sulfate-N-deacetylase/N-sulfotransferase)、HS2ST (Heparan sulfate 2-sulfotransferase)/UA2OST (Chondroitin/dermatan sulfate uronyl 2-O-sulfotransferase)、HS6ST (Heparan sulfate 6-sulfotransferase)、及びHS3ST (Heparan sulfate 3-O-sulfotransferase)のグループに分類することができる。C6ST/KSGal6ST/GlcNAc6STグループの具体例としては、C6ST-1、C6ST-2、KSGal6ST、GlcNAc6ST-1、及びC-GlcNAc6ST等が挙げられる。C4ST/D4STグループの具体例としては、C4ST-1、C4ST-2、C4ST-3、及びD4ST等が挙げられる。GalNAc4S-6STグループの具体例としては、GalNAc4S-6ST等が挙げられる。NDSTグループの具体例としては、NDST-1、NDST-2、NDST-3、及びNDST-4等が挙げられる。HS2ST/UA2OSTグループの具体例としては、HS2ST及びUA2OST等が挙げられる。HS6STグループの具体例としては、HS6ST-1、HS6ST-2、HS6ST-2S、及びHS6ST-3等が挙げられる。HS3STグループの具体例としては、HS3ST-1、HS3ST-2、HS3ST-3A、HS3ST-3B、HS3ST-4、HS3ST-5、及びHS3ST-6等が挙げられる。硫酸基転移酵素のさらなる具体例として、HNK-1STタンパク質、CHST10(carbohydrate sulfotransferase 10)タンパク質、及びCHST15(carbohydrate sulfotransferase 15)タンパク質等を挙げることができる。例えばCHST10は、HNK-1エピトープの生合成において末端グルクロン酸のC3水酸基に硫酸基を転移する反応を触媒する。
【0027】
本明細書において「ポリペプチド」とは、1つ以上のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーをいう。「ポリペプチド」は、ポリペプチドに含まれるアミノ酸残基の数によって限定されない。したがって、「ポリペプチド」には、ジペプチドやトリペプチド等の数個のアミノ酸残基を含むオリゴペプチドから、多数のアミノ酸残基を含むものまでが包含される。したがって、いわゆるタンパク質のみならず、断片化されたもの等も包含される。
【0028】
本明細書において、「抗原」とは、抗体が結合する任意の分子である。また、「抗原ポリペプチド」とは、抗体が結合する任意のポリペプチドである。抗原ポリペプチドは、抗体が結合し得るものであれば特に限定されず、例えば抗原タンパク質又は抗原ペプチドであってもよい。抗原ポリペプチドは、後述するように糖鎖を含むことが好ましい。
【0029】
本明細書において、「糖鎖を含む抗原ポリペプチド」とは、任意の糖鎖を含む任意の抗原ポリペプチドをいう。抗原ポリペプチドにおいて糖鎖が結合する位置や、糖鎖の種類は限定しない。糖鎖は、抗原ポリペプチドが由来する糖タンパク質が中枢神経系等の生体内において含む糖鎖であってもよい。また、糖鎖の結合位置は、抗原ポリペプチドが由来する糖タンパク質が、中枢神経系等の生体内において糖鎖と結合している位置であってもよい。
【0030】
本明細書において、糖鎖を含む抗原ポリペプチドの「その断片」とは、糖鎖を含む抗原ポリペプチドの任意の一部からなるものをいう。糖鎖を含む抗原ポリペプチドの「その断片」は、それが由来する抗原ポリペプチドと同等又はそれ以上に抗体産生を惹起する活性を有するものが好ましい。
【0031】
本明細書において「形質転換細胞」の細胞の種類は、限定しない。形質転換細胞が由来する細胞として、例えば、古細菌、細菌、又は真核細胞が挙げられる。細菌は、大腸菌、乳酸菌、又は枯草菌であってもよい。真核細胞の例としては、真菌細胞(例えば酵母細胞)、藻類細胞、植物細胞、原生動物細胞、昆虫細胞、線虫細胞、魚類細胞、鳥類細胞(例えばニワトリ細胞)、及び哺乳動物細胞(例えば、マウス細胞、チンパンジー細胞、及びヒト細胞)が挙げられる。
【0032】
本明細書において「生体」とは、細胞、組織、器官、又は個体をいう。限定はしないが、例えば、ヒト、家畜動物(ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリ、ダチョウ等)、競走馬、愛玩動物(イヌ、ネコ、ウサギ等)、若しくは実験動物(マウス、ラット、モルモット、サル、マーモセット等)、野生・動物園動物(チンパンジー、ヤマネコ、リス、ワシ、フラミンゴ等)等の個体、又はそれに由来する細胞、組織、器官、若しくは臓器である。
【0033】
本明細書において「中枢神経系」とは、神経系のうち脳及び脊髄をいう。脳は大脳(大脳皮質、大脳白質、大脳基底核)、間脳(視床、視床下核)、小脳(小脳皮質、小脳核)及び脳幹(中脳、黒質、橋、延髄)を含む。脊髄は、頸髄、胸髄、腰髄、仙髄及び尾髄を含む。
【0034】
本明細書において、「抗体」は、抗原に対して免疫応答性を示すタンパク質を意味する。本明細書では特に断りのない限りモノクローナル抗体を指すものとする。抗体の由来生物種は、特に限定しない。好ましくは鳥類及び哺乳動物由来の抗体である。例えば、ニワトリ、ダチョウ、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ロバ、ヒツジ、ラクダ、ウマ、又はヒト等が挙げられる。
【0035】
また、本明細書において「モノクローナル抗体」とは、フレームワーク領域(Framework region:以下、「FR」と表記する)及び相補性決定領域(Complementarity determining region:以下、「CDR」と表記する)を含み、抗原に特異的に結合し、かつそれを認識することのできる単一種の免疫グロブリン、又は免疫グロブリンに含まれる少なくとも1組の軽鎖可変領域(VL領域)及び重鎖可変領域(VH領域)を包含する組換え抗体又は合成抗体をいう。
抗体が免疫グロブリン分子で構成される場合、免疫グロブリンは任意のクラス(例えば、IgG、IgE、IgM、IgA、IgD、及びIgY)、又は任意のサブクラス(例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、及びIgA2)とすることができる。
【0036】
「組換え抗体」とは、キメラ抗体、又はヒト化抗体をいう。「キメラ抗体」とは、異なる動物由来の抗体のアミノ酸配列を組み合わせて作製される抗体で、ある抗体の定常領域(C領域)を他の抗体のC領域で置換した抗体である。例えば、ラットモノクローナル抗体のC領域をヒト抗体のC領域と置き換えた抗体が該当する。具体的な例を挙げると、任意の抗原に対するヒト抗体の重鎖可変領域を目的の抗原に対する抗体の重鎖可変領域と置換し、またヒト抗体の軽鎖可変領域を目的の抗原に対する抗体の軽鎖可変領域と置換してなる抗体が挙げられる。これによりヒト体内における当該抗体に対する免疫反応を軽減し得る。「ヒト化抗体」とは、ヒト抗体におけるCDRをヒト以外の哺乳動物由来の抗体におけるCDRと置換したモザイク抗体である。免疫グロブリン分子の可変領域(V領域)は、4つのFR(FR1、FR2、FR3及びFR4)と3つのCDR(CDR1、CDR2及びCDR3)がN末端側からFR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4の順序で連結されて構成されている。このうちFRは可変領域の骨格を構成する相対的に保存された領域であり、CDRが抗体の抗原結合特異性に直接寄与する。ヒト化抗体は、例えば、目的の抗原に対する抗体の軽鎖又は重鎖における一組のCDR1、CDR2及びCDR3を任意の抗原に対するヒト抗体の軽鎖又は重鎖における一組のCDR1、CDR2、及びCDR3とそれぞれ置換することによって、目的の抗原に対する抗体の抗原結合特異性を受け継いだヒト抗体として構築することができる。このようなヒト化抗体は、CDR以外はヒト抗体由来であることからヒト体内における当該抗体に対する免疫反応をキメラ抗体以上に軽減し得る。
【0037】
「合成抗体」とは、化学的に又は組換えDNA法を用いることによって合成した抗体をいう。例えば、組換えDNA法を用いて新たに合成された抗体が挙げられる。具体的には、例えば、scFv(single chain Fragment of variable region:単鎖抗体)が挙げられる。免疫グロブリン分子において、機能的な抗原結合部位を形成する一組の可変領域(軽鎖可変領域VL及び重鎖可変領域VH)は、軽鎖と重鎖という別々のポリペプチド鎖上に位置する。scFvは、免疫グロブリン分子において、VL及びVHを十分な長さの柔軟性リンカーによって連結し、1本のポリペプチド鎖に包含した構造を有する分子量約3 kDa以下の合成抗体である。scFv内において1組の可変領域は、互いに自己集合して1つの機能的な抗原結合部位を形成することができる。scFvは、それをコードする組換えDNAを、公知技術を用いてベクターに組み込み、発現させることで得ることができる。
【0038】
抗体は、修飾することもできる。ここでいう「修飾」とは、グリコシル化のような抗原特異的結合活性に必要な機能上の修飾や抗体検出に必要な標識上の修飾を含む。
抗体上のグリコシル化修飾は、標的である抗原に対する抗体の親和性を調整するために行われる。具体的には、例えば、抗体のFRにおいて、グリコシル化を構成するアミノ酸残基に置換を導入してグリコシル化部位を除去することで、その部位のグリコシル化を喪失させる改変等が挙げられる。
抗体は、抗原との解離定数が、10-7M以下であることが好ましく、例えば10-8M以下の高い親和性を有することが好ましく、より好ましくは10-9M以下、特に好ましくは10-10M以下である。上記解離定数は、当該分野で公知の技術を用いて測定することができる。例えば、Biacoreシステム(GE Healthcare社)により速度評価キットソフトウェアを用いて測定してもよい。
【0039】
本明細書において抗体の「断片」とは、抗体の一部からなり、かつ抗体と同様に抗原に対して免疫応答性を示す抗体断片であり、抗原結合性断片である。例えば、Fab、Fab'、F(ab')2、Fvフラグメント、ジスルフィド結合により安定化したFvフラグメント(dsFv)、(dsFv)2、二重特異性dsFv(dsFv-dsFv')、ジスルフィド結合により安定化したディアボディ(dsディアボディ)、単鎖抗体分子(scFv)、二量体scFv(2価ディアボディ)、多重特異性抗体、ラクダ化シングルドメイン抗体(ラクダ化抗体;VHH抗体)等の重鎖抗体、ナノボディ、ドメイン抗体、及び2価ドメイン抗体等が該当する。Fabは、IgG分子がパパインによってヒンジ部のジスルフィド結合よりもN末端側で切断されて生じる抗体断片であって、H鎖定常領域(重鎖定常領域:以下CHと表記する)を構成する3つのドメイン(CH1、CH2、CH3)のうちVHに隣接するCH1とVH、及び完全長のL鎖から構成される。Fab'は、Fabよりもヒンジ部を含む分だけH鎖が若干長いが実質的にはFabと同等の構造を有する。Fab'は、IgG分子がペプシンによってヒンジ部のジスルフィド結合よりもC末端側で切断されて生じるFab'の二量体(F(ab')2)をマイルドな条件下で還元し、ヒンジ領域のジスルフィド連結を切断することによって得ることができる。これらの抗体断片は、いずれも抗原結合部位を包含していることから、抗原エピトープと特異的に結合する能力を有している。
【0040】
本発明の作製方法は、抗原ポリペプチドを発現させた同じ細胞で発現させた目的の糖鎖付加酵素によって抗原ポリペプチドへの糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒する場合(以下、「作製方法1」という)と、抗原ポリペプチドと目的の糖鎖付加酵素とを細胞外で反応させる場合(以下、「作製方法2」という)とで具体的な構成が異なる。
【0041】
上記作製方法1は、必須工程として形質転換細胞を培養する培養工程を含み、選択工程として形質転換工程及び/又は回収工程を含む。
【0042】
本発明の作製方法1における培養工程は、抗原ポリペプチド及び糖鎖付加酵素を発現する形質転換細胞を培養する工程である。本工程において培養した形質転換細胞では、抗原ポリペプチドに対する糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾が、抗原ポリペプチドを発現する同じ細胞が発現する糖鎖付加酵素によって触媒され、糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を含む抗原ポリペプチドが産生される。
【0043】
本発明の作製方法1の培養工程において形質転換細胞は、
(a)中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸(以下、「第1の核酸」という)、及び
(b)上記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸(以下、「第2の核酸」という)
で形質転換されており、第1の核酸によってコードされる抗原ポリペプチド、及び第2の核酸によってコードされる糖鎖付加酵素を発現することができる。
【0044】
本発明の作製方法1において、上記第1の核酸によってコードされる抗原ポリペプチドは、脳等の中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む。また、抗原ポリペプチドは、糖タンパク質又はその断片以外に、精製機能を付与する目的でHisタグペプチド、GSTタグペプチド、FLAGタグペプチド等のタグペプチドを含むこともできる。
【0045】
また、本発明の作製方法1において、上記第2の核酸によってコードされる糖鎖付加酵素は、第1の核酸によってコードされる抗原ポリペプチドに含まれる糖タンパク質又はその断片の脳等の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる。
【0046】
第1の核酸、及び第2の核酸の具体的な構成は、抗原ポリペプチド及び糖鎖付加酵素が形質転換細胞において発現し得る限り、特に限定しない。例えば、第1及び第2の核酸は、形質転換細胞に導入される遺伝子発現ベクターに含まれていてもよく、異なる遺伝子発現ベクターに含まれていてもよく、或いは同一の遺伝子発現ベクターに含まれていてもよい。また、第1及び第2の核酸は、ゲノム編集によって形質転換細胞のゲノム中に組み込まれていてもよく、同一の遺伝子座に組み込まれていてもよく、或いは異なる遺伝子座に組み込まれていてもよい。
【0047】
本明細書において「遺伝子発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片(以下「遺伝子等」と表記する)を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位を包含するベクターをいう。遺伝子発現ベクターは、プラスミドベクターやウイルスベクターであってもよい。
【0048】
本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、発現すべき遺伝子等を配置していることをいう。ベクターには、プラスミドベクター、ウイルスベクター等が知られるが、いずれのベクターも利用することができる。例えば、遺伝子組換え操作の容易なプラスミドベクター又はウイルスベクターであってもよい。
【0049】
プラスミドベクターは、例えばPromega社のpCIベクターやpSIベクター等の市販の哺乳動物細胞用発現ベクターや、哺乳動物細胞と大腸菌等の細菌間とで複製可能なシャトルベクターであってもよい。
【0050】
ウイルスベクターは、例えばレトロウイルスベクター(オンコレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、及び偽型ベクターを含む)、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、シミアンウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、センダイウイルスベクター、エプスタイン-バーウイルス(EBV)ベクター、及びHSVベクター等のウイルスベクターが使用可能である。感染細胞内で自己複製しないように複製能を欠くウイルスベクターを使用してもよい。
【0051】
本明細書において「プロモーター」とは、遺伝子発現ベクターを導入した細胞において、下流(3’末端側)に配置された遺伝子等の発現を制御することのできる遺伝子発現調節領域である。プロモーターは、発現制御下にある遺伝子等を発現させる場所に基づいて、ユビキタスプロモーター(全身性プロモーター)と部位特異的プロモーターに分類することができる。ユビキタスプロモーターは、全細胞、すなわち宿主個体全体で対象とする遺伝子等(対象遺伝子等)の発現を制御するプロモーターである。また、部位特異的プロモーターは、特定の細胞又は組織でのみ対象遺伝子等の発現を制御するプロモーターである。第1の核酸及び/又は第2の核酸を含む遺伝子発現ベクターに含まれるプロモーターは、ユビキタスプロモーター又は部位特異的プロモーターであってもよい。部位特異的プロモーターは、例えば神経特異的プロモーターや脳特異的プロモーターであってもよい。
【0052】
また、プロモーターは、発現の時期に基づいて構成的活性型プロモーター、発現誘導型プロモーター又は時期特異的活性型プロモーターに分類される。構成的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を恒常的に発現させることができる。発現誘導型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等の発現を任意の時期に誘導することができる。また、時期特異的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を発生段階の特定の時期にのみに発現誘導することができる。いずれのプロモーターも、宿主細胞内で対象遺伝子の過剰な発現をもたらし得ることから過剰発現型プロモーターと解することができる。
【0053】
プロモーターの具体例としては、CMVプロモーター(CMV-IEプロモーター)、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、Ubプロモーター、5' LTRプロモーター等が挙げられる。
【0054】
培養工程における培養方法は、特に限定せず、形質転換細胞の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された当該分野で公知の培養方法を用いればよい。
【0055】
培養工程で形質転換細胞を培養するための培地は、液体培地又は固形培地のいずれであってもよく、形質転換細胞の種類に応じて適宜選択することができる。形質転換細胞が哺乳類細胞であれば、培養培地として血清若しくは血漿含有培地、基本培地、又は無血清培地を使用することができる。例えば、血清又は血清置換液を加えた、DMEM培地、IMDM培地、GMEM培地、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI1640培地等の市販の哺乳類細胞用基礎培地を使用してもよい。形質転換細胞が細菌細胞や真菌細胞であれば、培地として、例えば、ペプトン、トリプトン等のタンパク酵素分解物、ポテトデキストロース、イーストエキス等の生物由来抽出物、グルタミン酸等のアミノ酸又はその塩、グルコース、グリセロール、スクロース等の糖類、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、リン酸二水素カリウム等の無機塩から選ばれる1つ以上の成分を含む培地であればよい。具体的な培地及び組成としては、LB培地、YPG培地、PD培地等が挙げられる。
【0056】
培養工程において、温度、CO2濃度、培養時間、及び培地交換頻度等の培養条件は、限定しない。例えば培養時間は、十分量の糖鎖を含む抗原ポリペプチドが得られる時間であれば、限定しない。例えば、1時間以上、2時間以上、4時間以上、12時間以上、24時間以上、2日以上、3日以上、又は1週間以上であってもよい。培養温度は、20~42℃、25~40℃、30~38℃、又は35~37℃であってもよい。また、本工程に用いる培地のpHは、形質転換細胞が成育可能であれば特に限定しない。例えば、pH3~11、pH4~10、pH5~9、又はpH7~9であってもよい。
【0057】
また、形質転換細胞がプラスミドベクターを含む場合には、本工程は抗生物質存在下で行うことができる。抗生物質の例として、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、又はクロラムフェニコール等が挙げられる。
【0058】
一実施形態において、本発明の作製方法1は、培養工程の前に形質転換工程を含むことができる。
【0059】
本発明の作製方法1において形質転換工程は、
(a)中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸(第1の核酸)、及び
(b)上記糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素をコードする核酸(第2の核酸)
を宿主細胞に導入し、形質転換細胞を得る工程である。
【0060】
形質転換工程において第1の核酸及び第2の核酸を宿主細胞に導入する方法は、特に限定はしない。例えば、Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された当該分野で公知の遺伝子導入方法(形質転換方法)を用いればよい。具体的には、ヒートショック法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、カチオン性脂質による導入、カチオン性ポリマー(例えばポリエチレンイミン(PEI))による導入、ナノ粒子による導入、ウイルスによる導入、粒子衝撃、CRISPR/Cas9等を利用したゲノム編集等が挙げられる。
【0061】
一実施形態において、本発明の作製方法1は、培養工程の後に回収工程を含むことができる。
【0062】
本発明の作製方法1において、形質転換工程は、培養工程後の形質転換細胞及び/又はその培養液から、糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を受けた糖鎖を含む抗原ポリペプチドを回収する工程である。
【0063】
回収工程において、抗原ポリペプチドを回収する方法は特に限定せず、例えばHisタグペプチド、GSTタグペプチド、FLAGタグペプチド等のタグペプチドを用いて抗原ポリペプチドを単離や精製をしてもよい。
【0064】
本発明の抗原ポリペプチドと目的の糖鎖付加酵素とを細胞外で反応させる方法(作製方法2)は、必須工程として形質転換細胞を培養する培養工程、抗原ポリペプチドを回収する回収工程、及び抗原ポリペプチドと糖鎖付加酵素とを反応させる反応工程を含み、選択工程として形質転換工程を含む。
【0065】
本発明の作製方法2における培養工程は、抗原ポリペプチドを発現する形質転換細胞を培養する工程である。本工程において培養した形質転換細胞では抗原ポリペプチドが産生される。
【0066】
本発明の作製方法2の培養工程において形質転換細胞は、中枢神経系で発現する糖タンパク質又はその断片を含む抗原ポリペプチドをコードする核酸で形質転換されており、核酸によってコードされる抗原ポリペプチドを発現することができる。当該核酸の構成は、作製方法1で上述した第1の核酸の構成に準ずるため、ここでの説明を省略する。また、当該核酸によってコードされる抗原ポリペプチドは、第1の核酸によってコードされる抗原ポリペプチドの構成に準ずるため、ここでの説明を省略する。例えば、当該核酸は、ゲノム編集によって形質転換細胞のゲノム中に組み込まれていてもよく、或いは形質転換細胞に導入される遺伝子発現ベクターに含まれていてもよい。
【0067】
また、本発明の作製方法2の培養工程における培養方法についても作製方法1で上述した培養方法に準ずるものとし、ここでの説明を省略する。
【0068】
本発明の作製方法2において回収工程は、培養工程後の前記形質転換細胞及び/又はその培養液から、前記抗原ポリペプチドを回収する工程である。この回収工程では、抗原ポリペプチドを回収する方法は特に限定せず、例えばHisタグペプチド、GSTタグペプチド、FLAGタグペプチド等のタグペプチドを用いて抗原ポリペプチドを単離及び/又は精製してもよい。
【0069】
本発明の作製方法2において反応工程は、回収工程後の抗原ポリペプチドと、糖鎖付加酵素とを反応させる工程である。ここでの糖鎖付加酵素は、抗原ポリペプチドに含まれる糖タンパク質又はその断片の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる酵素である。
【0070】
本工程で抗原ポリペプチドと反応させる糖鎖付加酵素は、限定せず、例えば上述の糖転移酵素(例えばグルクロン酸転移酵素)や糖鎖修飾酵素(例えば硫酸基転移酵素)であってもよい。また、糖鎖付加酵素は、全長アミノ酸配列であってもよく、又は酵素活性を有する活性断片であってもよい。
【0071】
本工程の反応条件は、糖鎖付加酵素の種類及び由来に応じた条件を用いることができる。通常は、20~42℃、25~40℃、30~38℃、又は35~37℃であってもよい。また、反応時間は、十分量の糖鎖を含む抗原ポリペプチドが得られる時間であれば、限定せず、1時間以上、2時間以上、4時間以上、12時間以上、24時間以上、又は2日以上であってもよく、例えば1時間~72時間、好ましくは24時間~48時間である。
【0072】
本発明の作製方法2において反応工程後に得られる、糖鎖付加酵素によって糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾が触媒された糖鎖を含む抗原ポリペプチドは、精製してもよい。例えば、Hisタグペプチド、GSTタグペプチド、FLAGタグペプチド等のタグペプチドを用いて糖鎖を含む抗原ポリペプチドを精製することができる。
【0073】
上述の作製方法1又作製方法2では、形質転換細胞は、中枢神経系細胞以外の細胞又は中枢神経系細胞のいずれであってもよいが、好ましくは中枢神経系細胞以外の細胞である。
【0074】
本明細書において「中枢神経系細胞」とは、中枢神経系に含まれる細胞であれば限定せず、例えば神経細胞、又はグリア細胞等の非神経細胞を問わない。中枢神経系細胞は、例えば脳に由来する脳細胞であってもよい。グリア細胞の例としては、アストロサイト、ミクログリア、及びオリゴデンドロサイト等が挙げられる。
【0075】
本明細書において「中枢神経系細胞以外の細胞」は、中枢神経系以外の任意の組織に由来する細胞であってよい。具体例としては、例えばHEK293細胞、HEK293T細胞、CHO細胞、COS細胞、Vero細胞、HeLa細胞、NIH3T3細胞、K562細胞、又はそのいずれかの派生細胞が挙げられる。
【0076】
一実施形態において、中枢神経系細胞以外の細胞又は中枢神経系細胞は、糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素を発現しないか又は実質的に発現していない細胞である。上記作製方法1では、上記第2の核酸を当該細胞に形質転換することによって当該糖鎖付加酵素を発現する。
【0077】
さらなる実施形態において、中枢神経系細胞以外の細胞又は中枢神経系細胞は、培養細胞である。後述する実施例では、生体内における中枢神経系細胞が糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を触媒することができる糖鎖付加酵素を発現している場合であっても、in vitro培養条件下では糖鎖付加酵素の発現量が変化して、糖タンパク質に対する中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾が得られないことが見出された。このような場合には、中枢神経系細胞において糖鎖付加酵素の発現を増強することにより、糖タンパク質に対する中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾を培養条件下において得ることが可能となる。
【0078】
一実施形態において、抗原ポリペプチドに含まれる糖タンパク質又はその断片は、髄液マーカータンパク質である。
【0079】
本明細書において「髄液マーカータンパク質」とは、髄液中に含まれるタンパク質であって疾患診断用等のバイオマーカー(髄液マーカー)となり得るタンパク質をいう。本明細書において「髄液」とは、脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)をいう。髄液は、脳と脊髄の周囲にのみ存在する無色透明の液体で、他の臓器とは硬膜、血液とは血液脳関門や血液脳脊髄液関門で隔てられている。髄液は、脈絡叢からの分泌や脳実質からの滲出に由来し、脳細胞と髄液との間には障壁が事実上存在しないことが近年の研究から明らかとなっている(Wang C, et al., 2012, Cerebrospinal Fluid: Physiology, biomarker and methodology. In: V. S, Dolezal, T., editor. Cerebrospinal Fluid: Functions, Composition and Disorders. New York: Nova Science Publishers; pp.1-37.)。本明細書において髄液マーカーの種類は限定せず、例えばグリオーマ等の腫瘍や中枢神経系疾患のマーカーであってもよい。髄液マーカーの具体例として、PTPRZ、トランスフェリン、可溶型アミロイドβ前駆体タンパク質、及びBACE1可溶型(β-site APP cleaving enzyme 1)等が例示される。
【0080】
一実施形態において、髄液マーカータンパク質は、受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)である。本明細書において「受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ」(本明細書では、しばしば「PTPRZ」と表記する。)は、プロテインチロシンホスファターゼスーパーファミリーに属する受容体型プロテインチロシンホスファターゼ(receptor-type PRPs:RPTPs)の1つで、N末端側を細胞質外に露出させた1回膜貫通型の膜タンパク質である。RPTPsは、構造的類似性から8つのサブファミリーに分類されるが、PTPRZはR5サブファミリーに分類されている。PTPRZは、細胞外のN末端側から順にカルボニックアンヒドラーゼ様ドメイン(CAドメイン)、タイプIIIフィブロネクチン様ドメイン(FNドメイン)、及びセリン-グリシンに富むコンドロイチン硫酸鎖結合領域(CS結合領域)、膜貫通ドメイン、そして細胞内のC末端側に位置する2つのPTPドメイン(D1及びD2)で構成されている。PTPRZは、主に中枢神経系で発現し、脱髄等に関与することが知られている(Harroch S. et al., 2002, Nat. Genet. 32, 411-4; Kuboyama K. et al. 2012, PloS One. 7, e48797)。
【0081】
本明細書におけるPTPRZは、特に断りのない限りヒトPTPRZを意味する。野生型のヒトPTPRZは、
図1に示す3種類のアイソフォーム(アイソフォーム1~3)が同定されている。
【0082】
アイソフォーム1(本明細書では、しばしば「PTPRZ-iso1」と表記する。)は、配列番号30で示す2315アミノ酸残基からなる。PTPRZ-iso1は、最長のPTPRZであって、1~24位にシグナルペプチドを、45~298位にCAドメインを、313~401位にFNドメインを、1637~1662位に膜貫通ドメインを、1717~1992位にD1ドメインを、そして2023~2282位にD2ドメインを有する。また、CS結合領域は、前記FNドメインと膜貫通ドメイン間でCS鎖結合している領域が該当する。このうち細胞外領域は、配列番号30で示すアミノ酸配列において25~1636位に相当する配列番号31で示すアミノ酸配列からなる。
【0083】
アイソフォーム2(本明細書では、しばしば「PTPRZ-iso2」と表記する。)は、配列番号32で示す2308アミノ酸残基からなる。PTPRZ-iso2は、PTPRZ-iso1におけるD1ドメインの1723~1729位に相当する8アミノ酸残基が欠失したアイソフォームである。したがって、アイソフォーム2の細胞外領域は、アイソフォーム1のそれと一致し、配列番号31で示すアミノ酸配列からなる。
【0084】
アイソフォーム3(本明細書では、しばしば「PTPRZ-iso3」と表記する。)は、配列番号33で示す1448アミノ酸残基からなる。PTPRZ-iso3は、PTPRZ-iso1におけるCS結合領域の大部分に相当し得る755~1614位の860アミノ酸残基と、1723~1729位に相当する7アミノ酸残基が欠失したアイソフォームである。したがって、アイソフォーム3の細胞外領域は、アイソフォーム1及び2のそれよりも短く、配列番号33で示すアミノ酸配列において25~754位及び1615~1636位に相当する配列番号34で示すアミノ酸配列からなる。
【0085】
なお、マウスPtprzにおいても、Ptprz-A、Ptprz-B、及びPtprz-Sからなる3種類のアイソフォームが知られている(Chow J.P., et al., 2008, J Biol Chem., 283(45):30879-89)。しかし、全てのアイソフォームが膜タンパク質であるヒトPTPRZと異なり、マウスのPtprz-Sは、膜貫通ドメインやチロシンフォスファターゼドメインを含まない分泌型PTPRZとして発現している。
【0086】
本明細書において「可溶型受容体型プロテインチロシンホスファターゼZ」(本明細書では、しばしば「可溶型PTPRZ」又は「sPTPRZ(soluble PTPRZ)」或いは「遊離型PTPRZ」又は「fPTPRZ(free-type PTPRZ)」と表記する。)とは、前記ヒトPTPRZにおける各アイソフォームの細胞外領域からなるポリペプチド断片若しくは当該領域からなる糖鎖化ポリペプチド断片、又はその一部からなるポリペプチド断片をいう。ここで「その一部からなるポリペプチド断片」とは、前記ヒトPTPRZにおける各アイソフォームの細胞外領域からなるポリペプチド断片若しくは当該領域からなる糖鎖化ポリペプチド断片が分解されて生じる任意の断片を意味する。PTPRZには、細胞外領域のC末端側にプロテアーゼに対し感受性の高い部位が存在する。この部位がメタロプロテアーゼ等のプロテアーゼの分解により切断されること等により、可溶型PTPRZとなる。
【0087】
前述のように、可溶型PTPRZには、PTPRZの細胞外ドメインに由来する約400kDaのlong-form(本明細書では、しばしば「sPTPRZ-long」又は「fPTPRZ-long」と表記する。)と約190kDaのshort-form(本明細書では、しばしば「sPTPRZ-short」又は「fPTPRZ-short」と表記する。)の2種類が主に存在するが、いずれもグリオーマ検出用バイオマーカーとなり得る。したがって、本明細書では、特に断りのない限り可溶型PTPRZは、sPTPRZ-long及びその一部を含むポリペプチド、例えばsPTPRZ-shortを意味するものとする。あるいは、可溶型PTPRZは、sPTPRZ-short及びその一部を含むポリペプチドを意味するものとする。例えば、可溶型PTPRZは、配列番号31で示すアミノ酸配列(1612アミノ酸)の、連続する、1129アミノ酸以上、1209アミノ酸以上、1290アミノ酸以上、1371アミノ酸以上、1451アミノ酸以上、1532アミノ酸以上、1580アミノ酸以上、及び1596アミノ酸以上のアミノ酸配列を含むペプチド等が例示される。また、例えば、可溶型PTPRZは、配列番号34で示すアミノ酸配列(752アミノ酸)の、連続する、269アミノ酸以上、349アミノ酸以上、430アミノ酸以上、511アミノ酸以上、591アミノ酸以上、672アミノ酸以上、720アミノ酸以上、及び736アミノ酸以上のアミノ酸配列を含むペプチド等が例示される。さらに、例えば、可溶型PTPRZは、sPTPRZ-longに由来する、175kDa以上、200kDa以上、225kDa以上、250kDa以上、275kDa以上、300kDa以上、325kDa以上、350kDa以上、及び375kDa以上の分子量の断片等が例示される。また、例えば、可溶型PTPRZは、sPTPRZ-shortに由来する、25kDa以上、50kDa以上、75kDa以上、90kDa以上、115kDa以上、140kDa以上、及び165kDa以上の分子量の断片等が例示される。
【0088】
なお、sPTPRZ-long及びsPTPRZ-shortは、糖鎖修飾を有するため分子量が不均一な分子として検出され得る。本明細書では、sPTPRZ-long及びsPTPRZ-shortに対応する分子量の範囲を、便宜的にそれぞれ「約400kDa」、「約190kDa」と記載するが、「約400kDa」とは、例えば約350~400kDa、約350kDaの分子量を含むものとする。また、「約190kDa」とは、例えば約160~190kDa、約160kDa、約180kDaの分子量を含むものとする。
【0089】
一実施形態において、抗原ポリペプチドに含まれる糖タンパク質又はその断片は、中枢神経系疾患のマーカータンパク質である。ここで中枢神経系疾患は特に制限されず、例えば認知症(例:アルツハイマー病)、神経変性疾患(例:パーキンソン病)、水頭症、髄液量減少症、脱髄疾患(例:多発性硬化症)、中枢神経系の自己免疫疾患、脳炎/髄膜炎、及び脳腫瘍(例:原発性脳腫瘍及び転移性脳腫瘍)が挙げられる。中枢神経系疾患のマーカータンパク質は、これらの疾患の任意のマーカータンパク質であってよい。
【0090】
一実施形態において、糖鎖付加酵素は糖転移酵素及び/又は糖鎖修飾酵素である。
【0091】
さらなる実施形態において、糖転移酵素は、グルクロン酸転移酵素、グルコース転移酵素、ガラクトース転移酵素、キシロース転移酵素、フコース転移酵素、マンノース転移酵素、シアル酸転移酵素、N-アセチルグルコサミン転移酵素、N-アセチルガラクトサミン転移酵素、又はイズロン酸転移酵素であり、例えばグルクロン酸転移酵素である。グルクロン酸転移酵素は、例えばB3GAT1(beta-1,3-Glucuronyltransferase 1;β-1,3-グルクロン酸転移酵素1)、B3GAT2(beta-1,3-Glucuronyltransferase 2;β-1,3-グルクロン酸転移酵素2)、又はB3GAT3(beta-1,3-Glucuronyltransferase 3;β-1,3-グルクロン酸転移酵素3)であってもよい。本明細書においてB3GAT1には、任意の生物種に由来するB3GAT1が含まれる。例えば、配列番号35で示すアミノ酸配列からなるヒトB3GAT1、及びそのオルソログが挙げられる。B3GAT1オルソログの例としては、配列番号35で示すアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号35で示すアミノ酸配列に対して60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるB3GAT1オルソログが挙げられる。B3GAT1オルソログのさらなる具体例としては、ラットGlcAT-Pタンパク質(配列番号27)が例示される。なお、ヒトB3GAT1をコードする核酸の塩基配列の例としては、配列番号36で示す塩基配列が挙げられ、ラットGlcAT-Pタンパク質をコードする核酸の塩基配列の例としては、配列番号37で示す塩基配列が挙げられる。
【0092】
また、さらなる実施形態において、糖鎖修飾酵素は、硫酸化酵素、アセチル化酵素、リン酸化酵素、水酸化酵素、酸化酵素、又は還元酵素であり、例えば硫酸基転移酵素である。硫酸基転移酵素は、例えばCHST10(carbohydrate sulfotransferase 10)タンパク質又はCHST15(carbohydrate sulfotransferase 15)タンパク質であってもよい。本明細書においてCHST10には、任意の生物種に由来するCHST10が含まれる。例えば、配列番号38で示すアミノ酸配列からなるヒトCHST10、及びそのオルソログが挙げられる。CHST10オルソログの例としては、配列番号38で示すアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号38で示すアミノ酸配列に対して60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるCHST10オルソログが挙げられる。CHST10オルソログの具体例としてラットHNK-1STタンパク質(配列番号28)が例示される。なお、ヒトCHST10をコードする核酸の塩基配列の例としては、配列番号39で示す塩基配列が挙げられ、ラットHNK-1STタンパク質をコードする核酸の塩基配列の例としては、配列番号40で示す塩基配列が挙げられる。
【0093】
上記いずれかの実施形態において、糖鎖付加酵素の種類は制限されず、糖タンパク質の中枢神経系における糖鎖付加及び/又は糖鎖修飾の構造に基づいて1種類又は複数種類の酵素を選択することができる。例えば、糖鎖付加酵素は糖転移酵素及び糖鎖修飾酵素の両方を含むことができ、B3GAT1タンパク質及びCHST10タンパク質を含んでもよい。
【0094】
(抗体産生ハイブリドーマの生産方法)
本発明の一態様によれば、抗体産生ハイブリドーマを生産する方法(以下、「抗体産生ハイブリドーマの生産方法」又は単に「生産方法」という)が提供される。本態様の生産方法によれば、中枢神経系等の生体内の糖タンパク質に対して高い親和性で結合することができる抗体を産生するハイブリドーマを生産することができる。
【0095】
本態様の生産方法は、必須工程として免疫工程、取得工程、及び生産工程を含み、選択工程としてクローン選択工程を含む。
【0096】
本態様の生産方法において免疫工程では、ハイブリドーマに産生させる抗体の標的となる抗原として、上述のいずれかの糖鎖を含む抗原ポリペプチドの作製方法で作製した糖鎖を含む抗原ポリペプチド及び/又はそれを細胞表面に発現する形質転換細胞で非ヒト動物を免疫する。
【0097】
非ヒト動物を免疫する方法として、糖鎖を含む抗原ポリペプチド及び/又はそれを細胞表面に発現する形質転換細胞(以下、単に「抗原」という)に対する液性免疫を誘導できる任意の方法を用いることができる。例えば抗原を投与して非ヒト動物を免疫すればよい。抗原は単独で投与してもよいし、アジュバント、担体又は希釈剤とともに投与してもよい。アジュバントとしては、完全フロイントアジュバント、不完全フロイントアジュバント、又は水酸化アルミニウム等の任意のアジュバントを使用することができる。抗原の投与経路(免疫経路)としては、腹腔内投与、静脈内投与、皮下投与、皮内投与、経鼻投与(点鼻投与など)、経肺投与、直腸内投与等の非経口経路を始めとする任意の経路が挙げられる。
【0098】
非ヒト動物に対する免疫の回数は、単回でも複数回(例えば、2回、3回、4回又は5回以上)でもよいが、複数回行うことがより好ましい。複数回免疫する場合は、1~6週間に1回の頻度で繰り返し投与することが好ましい。複数回免疫を行う場合、投与経路は同一であってもよいが、2種以上の投与経路を組み合わせてもよい。
【0099】
抗原での免疫後、非ヒト動物における抗原特異的抗体価が上昇していることが望ましいが、その上昇レベルは高くなくてもよく、二次リンパ組織に抗原特異的抗体産生細胞が存在していればよい。
【0100】
本態様の生産方法において取得工程では、上述の免疫工程で免疫した非ヒト動物から脾細胞及び/又はリンパ節細胞を取得する。この脾細胞又はリンパ節細胞の取得は、非ヒト動物から脾臓又はリンパ節を摘出し、そこから細胞を採取することにより行うことができる。
【0101】
本態様の生産方法において生産工程は、取得工程で取得した脾細胞及び/又はリンパ節細胞とミエローマ細胞とを融合させて、抗体産生ハイブリドーマを生産する工程である。本工程では、脾細胞又はリンパ節細胞を、同種又は異種動物のミエローマ細胞等の不死化細胞と細胞融合させることによって自律増殖能を持ったハイブリドーマ細胞を作製することができる。
【0102】
生産工程において脾細胞及び/又はリンパ節細胞とミエローマ細胞等の不死化細胞との細胞融合は、公知の方法(ケーラーら、Nature (1975) vol. 256、p.495-497)を用いることができる。例えば、細胞の洗浄後、ミエローマ細胞等の不死化細胞1に対し脾細胞及び/又はリンパ節細胞を1~10の割合で混合し、融合促進剤として、平均分子量1000~6000のポリエチレングリコール又はポリビニールアルコールを加え、細胞融合装置等を用いて電気刺激(例えば、エレクトロポレーション)を与えることにより、細胞融合を誘導することができる。
【0103】
一実施形態において、本態様の生産方法は、生産工程後の抗体産生ハイブリドーマから、糖タンパク質に対して特異的に結合する抗体を産生するクローンを選択するクローン選択工程をさらに含む。本工程では、糖タンパク質に対して特異的に結合する抗体を産生するハイブリドーマを高効率でスクリーニングすることができる。抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングは、ELISA、ウエスタンブロット、フローサイトメトリー等の公知の方法で行うことができる。
【0104】
(モノクローナル抗体の製造方法)
本発明の一態様によれば、モノクローナル抗体を製造する方法(以下、「モノクローナル抗体の製造方法」又は単に「製造方法」という)が提供される。本態様の製造方法によれば、中枢神経系等の生体内の糖タンパク質に対して高い親和性で結合することができるモノクローナル抗体を産生することができる。
【0105】
本態様の製造方法は、必須工程としてハイブリドーマ培養工程及び回収工程を含む。
【0106】
本態様の製造方法においてハイブリドーマ培養工程は、上述したいずれかの抗体産生ハイブリドーマの生産方法で生産した抗体産生ハイブリドーマを培養する工程である。本工程においてハイブリドーマを細胞培養することにより、糖タンパク質に対して特異的に結合する抗体を、大量に調製することができる。例えば、上記スクリーニングで得られたハイブリドーマ細胞を、無血清培地、例えば、Hybridoma-SFM(インビトロジェン社)に馴化させ、無血清培地にて培養して得た培養上清からモノクローナル抗体を調製できる。培養には、例えば、フラスコ、シャーレ、又はスピナーカルチャーボトルを使用することができる。或いは、大量にモノクローナル抗体を調製するためにヌードマウス又はSCIDマウスの腹腔内にプリスタンを投与した後、ハイブリドーマ細胞を腹腔内に投与して、さらに飼育することによって得られる腹水からモノクローナル抗体を調製することもできる。
【0107】
本態様の製造方法において回収工程は、ハイブリドーマ培養工程後の培養上清や上述の腹水からモノクローナル抗体を回収する工程である。本工程における回収方法は特に制限されず、抗体結合タンパク質を固定化した樹脂や磁性ビーズ等を用いるアフィニティー精製で回収することもできる。
【0108】
(抗PTPRZ抗体又はその断片)
本発明の一態様によれば、プロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)に結合する抗体又はその断片(本明細書において「抗PTPRZ抗体又はその断片」という)が提供される。本明細書において、抗PTPRZ抗体は、PTPRZタンパク質又はそのペプチド断片に対して免疫応答性を示す抗体をいう。
【0109】
本発明の抗PTPRZ抗体の由来生物種は、特に限定しない。好ましくは鳥類及び哺乳動物由来の抗体である。例えば、ニワトリ、ダチョウ、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ロバ、ヒツジ、ラクダ、ウマ、又はヒト等が挙げられる。
【0110】
本発明の抗PTPRZ抗体は、PTPRZタンパク質又はそのペプチド断片を認識し、免疫応答性を示す抗体である限り、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよい。好ましくは抗体価が安定しているモノクローナル抗体である。
【0111】
また、本明細書において「モノクローナル抗体」とは、フレームワーク領域(Framework region:以下、「FR」と表記する)及び相補性決定領域(Complementarity determining region:以下、「CDR」と表記する)を含み、抗原に特異的に結合し、かつそれを認識することのできる単一種の免疫グロブリン、又は免疫グロブリンに含まれる少なくとも1組の軽鎖可変領域(VL領域)及び重鎖可変領域(VH領域)を包含する組換え抗体又は合成抗体をいう。
【0112】
抗PTPRZ抗体が免疫グロブリン分子で構成される場合、免疫グロブリンは任意のクラス(例えば、IgG、IgE、IgM、IgA、IgD、及びIgY)、又は任意のサブクラス(例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、及びIgA2)とすることができる。
【0113】
本発明の抗PTPRZ抗体が認識するPTPRZタンパク質又はそのペプチド断片のエピトープの位置は特に限定しないが、細胞外に遊離して可溶化するsPTPRZタンパク質に含まれることが好ましく、エピトープが糖鎖を含むことがさらに好ましい。
【0114】
上記エピトープを認識する抗PTPRZ抗体の具体例として、後述する実施例の抗体クローン7B、8A、及び9Bが挙げられる。
【0115】
抗体クローン7Bは、重鎖可変領域が配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、また軽鎖可変領域が配列番号2で示すアミノ酸配列からなる。Kabatのルール(Kabat E.A., et al., 1991, Sequences of proteins of immunological interest, Vol.1, eds. 5, NIH publication)によれば、抗体クローン7Bの重鎖可変領域において、CDR1は配列番号3で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号4で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号5で示すアミノ酸配列からなる。また、抗体クローン7Bの軽鎖可変領域において、CDR1は配列番号6で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号7で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号8で示すアミノ酸配列からなる。
【0116】
抗体クローン8Aは、重鎖可変領域が配列番号9で示すアミノ酸配列からなり、また軽鎖可変領域が配列番号10で示すアミノ酸配列からなる。Kabatのルールによれば、抗体クローン8Aの重鎖可変領域において、CDR1は配列番号11で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号12で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号13で示すアミノ酸配列からなる。また、抗体クローン8Aの軽鎖可変領域において、CDR1は配列番号14で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号15で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号16で示すアミノ酸配列からなる。
【0117】
抗体クローン9Bは、重鎖可変領域が配列番号17で示すアミノ酸配列からなり、また軽鎖可変領域が配列番号18で示すアミノ酸配列からなる。Kabatのルールによれば、抗体クローン9Bの重鎖可変領域において、CDR1は配列番号19で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号20で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号21で示すアミノ酸配列からなる。また、抗体クローン9Bの軽鎖可変領域において、CDR1は配列番号22で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号23で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号24で示すアミノ酸配列からなる。
【0118】
本態様の抗体又はその断片によれば、上述のいずれかの抗体又はその断片をコードする核酸も提供される。
【0119】
(グリオーマ検出方法)
本発明の一態様によれば、グリオーマ検出方法が提供される。本態様のグリオーマ検出方法は、被験者由来の髄液中に含まれるグリオーマ検出用バイオマーカーの量を測定し、その測定値に基づいて、例えばin vitroでの検査により、該被験者のグリオーマの罹患の有無を判定することを特徴とする。本態様の方法によれば、侵襲性が極めて高い脳の生検術を必要とせず、また、従来、画像診断だけではグリオーマとの鑑別が困難であった他の中枢神経系原発腫瘍や中枢神経系非腫瘍性疾患との鑑別も容易になる。
【0120】
「グリオーマ(神経膠腫)」は、脳神経細胞を支持する神経膠細胞(グリア細胞)より発生するとされる腫瘍の総称で、膠芽腫、星細胞系腫瘍、乏突起膠細胞系腫瘍、上衣系腫瘍等が含まれる。グリオーマは、浸潤性が高く、悪性脳腫瘍に分類されるものが臨床上大半を占める。ただし、グリオーマは、悪性度に応じて、病理診断上、4つのWHOグレードに分けられ、グレードが高いほど悪性度が高いとされており、一部には良性腫瘍も含まれる。一般に、毛様細胞性星細胞腫等はグレードIに、びまん性星細胞腫、及び乏突起神経膠腫等はグレードIIに、退形成性星細胞腫及び退形成性乏突起神経膠腫等はグレードIIIに、そして膠芽腫はグレードIVに分類されている。このうちグレードIが良性腫瘍に、またグレードII、III、IVが悪性腫瘍に該当する。特にグレードIVの悪性度は非常に高く、手術及び放射線・化学療法を行っても平均余命が14か月に留まる。本明細書のグリオーマは、いずれのグレードに属する腫瘍も包含し、また、本発明の方法及びキットにおけるグリオーマは、いずれのグレードも対象となり得る。
【0121】
本明細書において「中枢神経系原発腫瘍」とは、脳や脊髄等の中枢神経系で最初に発生する腫瘍をいう。本明細書では、良性腫瘍及び悪性腫瘍のいずれも包含する。良性腫瘍の例として、限定はしないが、髄膜種・神経鞘腫が挙げられる。また、悪性腫瘍の例として、限定はしないが、グリオーマや悪性リンパ腫が挙げられる。本明細書において「他の中枢神経系原発腫瘍」とは、グリオーマ以外の中枢神経系原発腫瘍を意味する。特に、診断上、グリオーマとの鑑別が困難な中枢神経系原発腫瘍が該当する。
【0122】
本明細書において「中枢神経系非腫瘍性疾患」とは、中枢神経系で発生する非腫瘍性の疾患をいう。特に、診断上、グリオーマとの鑑別が困難な非腫瘍性疾患が該当する。例えば、限定はしないが、多発性硬化症が挙げられる。
【0123】
本明細書において「グリオーマ検出用バイオマーカー」とは、グリオーマの罹患の有無を反映するバイオマーカーである。グリオーマと、他の中枢神経系原発腫瘍、又は中枢神経系非腫瘍性疾患との鑑別用マーカーにもなり得る。
【0124】
本明細書におけるグリオーマ検出用バイオマーカーは、具体的には、受容体型プロテインチロシンホスファターゼZの細胞外領域からなるポリペプチド若しくは当該領域からなる糖鎖化ポリペプチド(Glycosylated polypeptide)、又はその一部からなるポリペプチドである。グリオーマに罹患している患者では、その量が非グリオーマ患者と比較して増加している。
【0125】
本明細書において「被験者」とは、本態様の方法又はキットの適用対象となるヒト個体をいう。被験者は、限定はしないが、グリオーマ罹患の疑いがある患者、特に、医師による所見や画像診断によりグリオーマ罹患の疑いがあるが、悪性リンパ腫のようなグリオーマ以外の中枢神経系原発腫瘍や多発性硬化症のような中枢神経系非腫瘍性疾患との判別が困難な患者が好適である。被験者における性別、年齢、身長、体重、治療歴、健康状態、遺伝的素因等の条件は問わない。
【0126】
本明細書において「対照者」とは、本態様の方法又はキットにおいて対照となるヒト個体をいう。具体的には、グリオーマに罹患していないことが明白なヒト個体(非グリオーマ患者)である。限定はしないが、対照者は被験者の条件に近い個体が好ましい。例えば、被験者と同性で、同年齢の者が挙げられる。
【0127】
本態様のグリオーマ検出方法は、測定工程、及び判定工程を必須工程として含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0128】
本態様のグリオーマ検出方法において測定工程は、単位容量あたりの髄液中に含まれるグリオーマ検出用バイオマーカーのタンパク質量を上述のいずれかの抗PTPRZ抗体又はその断片を用いて測定し、その測定値を得る工程である。本工程での測定対象となるグリオーマ検出用バイオマーカーは、前述のように髄液中に存在する可溶型PTPRZである。測定対象は、sPTPRZ-long又はその一部を含むポリペプチド、例えばsPTPRZ-short、あるいはそれらの任意の組合せである。
【0129】
本工程で測定に供される髄液は、被験者由来の髄液である。被験者から髄液を採取する方法は、既知の方法であればよく、特に限定はしない。例えば、腰椎穿刺により採取すればよい。腰椎穿刺は、事前に市販の局所麻酔薬を用いることで、痛みを採血と同等程度にすることが可能であり、また無外傷性針を用いることで、副作用を軽減できることから侵襲性が比較的低く、髄液を採取する場合には好適な方法である。また、手術過程で、グリオーマ患者から採取された髄液は治療効果判定用の陽性コントロールとなる。
【0130】
「単位容量」は、容量の単位であって、例えば、マイクロリットル(μL)若しくは立方mm(mm3)、ミリリットル(mL)若しくは立方cm(cm3)、及びリットル(L)等が挙げられる。
【0131】
本明細書において「測定値」は、単位容量あたりの髄液中に含まれるグリオーマ検出用バイオマーカーの量を測定し、得られた値である。
【0132】
本工程で測定に供する髄液の量は限定しないが、例えば、1μL~10μL、2μL~20μL、5μL~50μL、8μL~80μL、10μL~100μL、20μL~200μL、50μL~500μL、80μL~800μL、100μL~1mL、200μL~2mL、又は500μL~5mLの範囲内であればよい。
【0133】
髄液中のグリオーマ検出用バイオマーカーのタンパク質量を測定する方法は、ペプチド定量方法であればよく、特に限定はしない。例えば、免疫学的検出法等の公知の定量方法を利用できる。
【0134】
本明細書において「免疫学的検出法」とは、標的分子と特異的に結合する抗体又はその結合断片を用いて、その標的分子を定量する方法である。免疫学的検出法には、例えば、酵素免疫測定法(ELISA法、EIA法を含む)、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、水晶振動子マイクロバランス(QCM)法、免疫比濁法、ラテックス凝集免疫測定法、ラテックス比濁法、赤血球凝集反応、粒子凝集反応法、金コロイド法、キャピラリー電気泳動法、ウエスタンブロット法又は免疫組織化学法(免疫染色法)等が知られているが、本方法ではいずれの検出法を用いてもよい。限定はしないが、ELISA法は好適であり、標的分子の異なる2つのエピトープをそれぞれ特異的に認識する抗体を用いたサンドイッチELISA法は、簡便性、検出感度、及び定量性の点から特に好ましい。
【0135】
本態様のグリオーマ検出方法において判定工程は、前記測定工程で得られた測定値に基づき、被験者におけるグリオーマの罹患の有無を判定する工程である。
【0136】
測定値に基づいた判定方法として、限定はしないが、例えば、カットオフ値を定め、そのカットオフ値に基づきグリオーマの罹患を判定する方法、及び被験者の測定値を対照者群の測定平均値と比較したときの統計学的有意差に基づきグリオーマの罹患を判定する方法が挙げられる。
【0137】
カットオフ値は、定量結果を陽性、陰性に分類するための境界値をいう。カットオフ値は、通常、疾患の罹患率とROC曲線(receiver operating characteristic curve)より算出された感度及び特異度に基づき算出することができる。カットオフ値により陽性と判定された被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いことを、また陰性と判定された被験者はグリオーマに罹患していない可能性が高いことをそれぞれ示す。カットオフ値の設定法は特に限定しない。
【0138】
例えば、所定の値をカットオフ値と定め、測定値がその値より高い場合であれば、測定工程での髄液提供者である被験者は陽性であり、グリオーマに罹患している可能性が高いと判定すればよい。逆にカットオフ値以下であれば陰性であり、グリオーマには罹患していない可能性が高いと判定すればよい。例えば、被験者の測定値とグリオーマに罹患していない対照者に由来する髄液の単位容量あたりに含まれる可溶型PTPRZの測定値とを比較して、被験者の測定値が対照者の測定値よりも高いときに、前記被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定することができる。
【0139】
または、対照者群から得られた測定値をパーセンタイルで分類し、その分類に用いたパーセンタイル値をカットオフ値とすることもできる。例えば、対照者から得られた測定値の95パーセンタイルをカットオフ値とし、その値以上を陽性、値未満を陰性とした場合、被験者の測定値が95パーセンタイル以上であれば、被験者は陽性のため、グリオーマに罹患している可能性が高いと判定すればよい。
【0140】
統計学的有意差に基づき判定する方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法であれば限定はしない。例えば、t検定法や多重比較検定法等が挙げられる。「統計学的(に)有意」とは、帰無仮説の下で、得られた値の偶然性が統計確率的に低く、意味があることをいい、「有意差」とは2つの値の間で有意な差があることをいう。具体的には、危険率(有意水準)が5%、1%、0.3%、0.2%又は0.1%より小さい場合が挙げられる。本方法の場合であれば、被験者の測定値と対照者群の平均測定値を前記t検定法等により統計学的に処理したときに、両者間に統計学的有意差があることをいう。「対照者群の平均測定値」とは、前記測定工程において被験者に対して行った測定方法と同じ方法により、複数の対照者から得た測定値の平均値をいう。
【0141】
対照者群の測定平均値と被験者の測定値の間に有意差が認められた場合、その被験者はグリオーマに罹患している可能性が高いと判定すればよい。一方、有意差が認められない場合、その被験者はグリオーマに罹患していない可能性が高いと判定すればよい。
【0142】
本態様のグリオーマ検出方法によれば、被験者の髄液を検査試料として、本発明の抗PTPRZ抗体又はその断片を用いて効率よくグリオーマの罹患を検出することができる。
【0143】
(グリオーマ検出用キット)
本発明の一態様によれば、グリオーマ検出用キットが提供される。本態様のキットは、グリオーマ検出用バイオマーカーに特異的に結合する結合手段として上述の抗PTPRZ抗体又はその断片を構成要素として含む。本発明のキットによれば、被験者由来の髄液中に存在し得るグリオーマ検出用バイオマーカーを検出し、その被験者のグリオーマ罹患を容易、かつ簡便に検出することができる。
【0144】
本明細書において「結合手段」とは、sPTPRZ、すなわちPTPRZの細胞外領域を特異的に認識し、結合する手段をいう。具体的には、配列番号4又は配列番号5で示すアミノ酸配列の全部、又は一部を特異的に認識し、結合する手段である。結合手段を構成する素材は、特に限定はしないが、ポリペプチドや核酸が適当である。ポリペプチドで構成される結合手段には、例えば、抗体、若しくはその結合断片、又はペプチドアプタマーが挙げられる。核酸で構成される結合手段には、例えば、核酸アプタマー(RNAアプタマー、DNAアプタマー)が挙げられる。
【0145】
本態様のグリオーマ検出用キットは、結合手段として上述の抗PTPRZ抗体又はその断片のみを含んでもよい。或いは、上述の抗PTPRZ抗体又はその断片に加えてそれ以外の結合手段を含むこともできる。本発明のグリオーマ検出用キットが結合手段を2種以上含む場合、上述の抗PTPRZ抗体又はその断片以外の結合手段(以下、「第2の結合手段」という)はsPTPRZの異なる部位を特異的に認識するものであってもよい。例えば、第2の結合手段が抗体の場合、sPTPRZ上の異なるエピトープを認識して結合する抗体が該当する。このようなsPTPRZの異なる部位を特異的に認識する複数種の結合手段は、例えば、サンドイッチELISA法等で使用することができ、より高い感度と精度でグリオーマ検出用バイオマーカーを検出できるため構成要素として好ましい。
【0146】
なお、本発明のグリオーマ検出用キットの適用対象となる試料は、原則として単離された髄液である。
【実施例0147】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、この実施例は単なる一例示に過ぎず、本発明は実施例に記載の範囲に限定されるものではない。
【0148】
<実施例1:抗PTPRZ抗体の作製>
(目的)
可溶型のプロテインチロシンホスファターゼZ(PTPRZ)タンパク質を特異的かつ高感度で検出可能なモノクローナル抗体(抗PTPRZ抗体)を開発する。
【0149】
本実施例では、HEK293T細胞にて発現させたPTPRZタンパク質を抗原ポリペプチドとして免疫に使用し、得られたクローンの培養上清を用いて髄液中のPTPRZタンパク質を検出できるかどうかを検討する。
【0150】
(方法と結果)
(1)抗原ポリペプチドによる免疫
抗PTPRZ抗体の作製は、株式会社免疫生物研究所に委託して実施した。具体的には、配列番号25で示すアミノ酸配列からなるヒトPTPRZタンパク質からシグナルペプチドに相当する1位~33位の部分を除いた34-304部分にHisタグを結合させたポリペプチド配列をHEK293T細胞で発現させた後、培養上清に放出されたPTPRZタンパク質(以下、「sPTPRZ34-304」と称する)をNi-Sepharose High Performance(Cytiva)を使用してプルダウンにより回収した。回収したsPTPRZ34-304を後述の抗体S(Santa Cruz Biotechnology, sc-33664)を用いたウエスタンブロットにより確認した結果を
図2に示す。このsPTPRZ34-304を抗原としてマウスを免疫した後、試験採血を行ってELISAにて抗体価を確認した。
【0151】
(2)細胞融合及びスクリーニング
免疫後のマウス個体からリンパ細胞を単離し、リンパ細胞とミエローマ細胞とを融合した後、培養上清中の抗体産生をELISAを用いてスクリーニングした。次いで良好なウェルを対象として限界希釈法によりハイブリドーマのクローニングとELISAによるスクリーニングを実施した。ハイブリドーマのクローンとして、#1~#7の7クローンが得られた。
【0152】
(3)クローン#1~#7の解析
クローン#1~#7の培養上清及び対照抗体を用いて、グリオーマ患者の髄液中のPTPRZタンパク質を検出対象としてウエスタンブロットを実施した。具体的には、グリオーマ患者から採取した脳髄液5μLを0.2mUのコンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC;本明細書において「ChABC」と略記する場合がある)により1時間、37℃にて処理した試料を検出用の試料として使用し、検出用の一次抗体として各クローンの培養液0.25mL及びCan get signal Solution 1(Toyobo)0.25mLを使用した。
【0153】
本実施例及び以降の実施例では、対照の市販抗体として以下の抗体を使用した。それぞれの抗体を「抗体S」、「抗体C」、及び「抗体P」と称する。抗体S、抗体C、及び抗体Pの使用濃度はいずれも1:1000とした。
(i)抗体S:抗PTPRζ抗体、マウスIgM(Santa Cruz Biotechnology, sc-33664)
(ii)抗体C:抗PTPRζ抗体、マウスIgM(Merck Millipore, MAB1581)
(iii)抗体P:抗phosphacan抗体(Morise, J. et al., Glycobiology, 2014, 24: 314-324.)
【0154】
本実施例で作製したクローン#1~#7の培養上清を一次抗体として使用した場合には、PTPRZタンパク質のバンドは全く検出されなかった。一方、対照として抗体Sを使用した場合には、PTPRZタンパク質の細胞外ドメインに由来するlong-form(本明細書では、しばしば「sPTPRZ-long」と表記する。)が検出された。
【0155】
この結果から、PTPRZタンパク質をHEK293T細胞に発現させて抗原ポリペプチドを作製してマウスを免疫しても、髄液中のPTPRZタンパク質を十分に検出できる抗体が得られないことが判明した。
【0156】
<実施例2:髄液中のPTPRZタンパク質の糖鎖解析>
(目的)
実施例1において髄液中のPTPRZタンパク質を検出できる抗体が得られなかった理由は不明である。一般的に抗体作製において十分な抗体が得られない理由としては、抗原タンパク質が精製途中に分解されてしまうことが考えられる。また、マウス体内への注入後に速やかに分解されてしまうことも考えられる。或いは、抗原タンパク質に特有の性質により抗体が得られない可能性もある。そのような場合には、抗原ペプチドを高分子キャリアと結合させたものを免疫に使用することにより抗体が得られる場合もある。実際には、十分な抗体が得られないことは珍しいことではなく、抗体作製の試み自体を断念する場合も多い。
【0157】
一方で、生体内のPTPRZタンパク質では、その細胞外領域が高度にグリコシル化されることも知られている(Nagai, K., et al., 2023, Int J Mol Sci 23.;Dwyer, C.A., et al., J Biol Chem, 2015, 290: 10256-10273.)。したがって、脳から髄液中に放出されるPTPRZタンパク質においても糖鎖が結合しており、この糖鎖によってエピトープ認識の障害になっている可能性がある。通常、糖鎖の存在はタンパク質の抗原性を低下させると考えられており、糖タンパク質では高親和型抗体の作製が困難であるとして抗体作製が断念されることも珍しくない。
【0158】
そこで本実施例では、グリオーマ患者の髄液においてPTPRZタンパク質に結合している糖鎖構造を解析する。
【0159】
(方法と結果)
グリオーマ患者の髄液においてPTPRZタンパク質に結合している糖鎖を解析するために、グリオーマ患者の髄液10μLを、0.2mUのChABC(Sigma, chondroitinase ABC;本明細書において「ChABC」と略記する場合がある)、3μLのガラクトシダーゼ(R&D Systems, endo-β-galactosidase;本明細書において「Gal'ase」と略記する場合がある)、2μLのシアリダーゼ(Arthrobacter ureafaciens Neuraminidase;本明細書において「Sia'ase」と略記する場合がある)、及び/又は2μLのpeptide-N-glycosidase F(New England BioLabs;本明細書において「PNGase」と略記する場合がある)で消化した。この酵素反応は、protease inhibitor cocktail(Nacalai)を含有するTris-acetate緩衝液(pH7.4)中で37℃にて1時間実施した。酵素処理後、上述の抗体S、抗体C、又は抗体Pを一次抗体として用いてウエスタンブロットを行った。
【0160】
ここで抗体P(抗phosphacan抗体)は、リコンビナントsPTPRZに対して作製された抗体であり(Morise, J. et al., Glycobiology, 2014, 24: 314-324.)、抗体C(Merck Millipore, MAB1581)はHNK-1でキャップされたO-Manグリカン及びPTPRZペプチド領域を検出する抗体である(Dino, M. R., et al., Neuroscience, 2006, 142:1055-1069.)。抗体S(Santa Cruz Biotechnology, sc-33664)のエピトープについては詳細は不明である(Yamanoi, Y., et al., Neurooncol Adv 2, vdaa055, 2020)。
【0161】
ウエスタンブロットの結果を
図3に示す。グリオーマ患者の髄液をChABC及びend-β-galactosidaseで消化してコンドロイチン硫酸及びケラタン硫酸を除去した場合には、sPTPRZ-longアイソフォーム(300~500kDa)のシグナルが、抗体P、抗体C、及び抗体Sによって検出された(
図3A~3C、レーン1~2)。この結果から、sPTPRZ-longに特異的なドメインがこれらのグリコサミノグリカン鎖で修飾されており、エピトープ認識を妨害していることが示唆された。また、sPTPRZ-short(~200kDa)も、3種類の抗体によって検出された。さらに、シアリダーゼ消化ではsPTPRZ-long及びsPTPRZ-shortの分子量が減少し、両者ともにシアリル化されていることが分かった(
図3A~3C、レーン2~3)。PNGase処理によりN型糖鎖を除去した場合には、sPTPRZ-long及びsPTPRZ-shortのバンドがシフトしたことから、両者ともにN型糖鎖を有することが分かった(
図3A~3C、レーン2及び4)。シアリダーゼ消化ではN型糖鎖を持たないsPTPRZ-longの分子量も低下したことから、シアル酸はO型糖鎖上にも存在することが示唆された(
図3A~3C、レーン4及び5)。抗体Pは、抗体Cや抗体Sと比較して、グリコサミノグリカン鎖除去後もsPTPRZと弱く反応したが、さらにグリコシダーゼ処理を行うとsPTPRZのシグナルは増強したことから、抗体Pのエピトープ認識ではグリコシル化が障害になっていることが示唆された。
【0162】
<実施例3:HEK293T細胞で発現したPTPRZタンパク質の糖鎖解析>
(目的)
抗体C及び抗体Sが結合するエピトープについてさらに検討するために、HEK293T細胞で発現させたヒトPTPRZタンパク質を対象として、抗体結合を検証する。さらに、HEK293T細胞においてPTPRZタンパク質を発現させる際に糖鎖修飾酵素を同時に発現させることによって、糖修飾に基づく抗体結合への影響を検討する。
【0163】
(方法と結果)
上記実施例2において、抗体C及び抗体Sは共に髄液中のsPTPRZタンパク質を検出することができた。また、グリコシダーゼ処理後の髄液において抗体C及び抗体Sによって検出されたバンドパターンも互いに類似していた。これらの結果から、抗体C及び抗体Sは類似エピトープを認識している可能性がある。
【0164】
そこでHEK293T細胞においてヒトPTPRZタンパク質を発現させる際に、糖転移酵素を同時に発現させて、PTPRZタンパク質に糖修飾を追加し、抗体結合への影響を検討する。当該糖転移酵素としては、HNK-1エピトープの合成において重要な糖転移酵素であるGlcAT-P酵素及びHNK-1ST酵素を使用した。なお、以降の実施例では、GlcAT-P酵素及びHNK-1ST酵素の2つの酵素を合わせて「GlycoT×2」と呼ぶ場合がある。
【0165】
具体的には、PTPRZタンパク質としてC末端側にHisタグを付加したヒト由来のsPTPRZタンパク質であるsPTPRZ754-His(配列番号26)をHEK293T細胞に発現させた。また、GlcAT-P酵素としてラットGlcAT-Pタンパク質の全長(配列番号27)を、HNK-1ST酵素としてラットHNK-1STタンパク質の全長(配列番号28)をHEK293T細胞に同時に発現させた。HEK293T細胞から放出された可溶型のsPTPRZ754-Hisは、Ni-Sepharose High Performance(Cytiva)を用いて培養上清から回収した。回収後のsPTPRZ754-Hisをウエスタンブロットで検出した。
【0166】
ウエスタンブロットの結果を
図4に示す。GlycoT×2を共発現しない場合、sPTPRZ754-Hisは抗体Pで検出されたが、抗体Cや抗体Sでは検出されなかった(
図4A~
図4C、レーン2)。一方でGlycoT×2を共発現した場合には、sPTPRZ754-Hisは抗体Pのみならず抗体C及び抗体Sによっても強く検出された(
図4A~
図4C、レーン3)。
【0167】
以上の結果から、抗体C及び抗体Sは共にsPTPRZタンパク質上のHNK-1エピトープを認識することが明らかになった。また、実施例2の結果と合わせることにより、髄液中のsPTPRZタンパク質はこのエピトープを含むことも示唆された。
【0168】
以上の実施例の結果に基づいて推定された、髄液中におけるsPTPRZの糖鎖構造を
図5Bに示す。
【0169】
<実施例4:ヒト神経膠腫細胞で発現したPTPRZタンパク質の糖鎖解析>
(目的)
ヒト神経膠腫細胞(LN-229細胞)におけるPTPRZタンパク質の糖鎖構造について解析する。LN-229細胞を培養した場合(以下、「in vitro条件」という)、及びマウス脳内に移植した場合(以下、「in vivo条件」という)について検討する。
【0170】
(方法と結果)
(1)ヒト神経膠腫細胞をin vitro培養する場合(in vitro条件)
ヒト神経膠腫細胞LN-229(ATCC、CRL-2611)をルシフェラーゼ及び緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識して得られた「LN-229Luc細胞」、及びLN-229Luc細胞においてCRISPR/Cas9システムを用いてPTPRZをノックダウンした「ΔPTPRZ-LN-229Luc細胞」を使用した。
【0171】
LN-229Luc細胞の培養上清においてPTPRZタンパク質をウエスタンブロットにより抗体で検出した。
【0172】
結果を
図6Aに示す。LN-229Luc細胞から放出されたPTPRZタンパク質は抗体Pによって検出された(
図6A、抗体P)。これに対して、抗体Cや抗体Sを一次抗体として使用した場合には、LN-229Luc細胞から放出されたPTPRZタンパク質が検出されなかった(
図6A、抗体C及び抗体S)。
【0173】
実施例2~3の結果からは、髄液中のsPTPRZが由来すると考えられる神経膠腫細胞では、PTPRZに対する糖鎖修飾によってHNK-1エピトープが形成されると予想された。しかしながら、本実施例の結果では、in vitro培養したヒト神経膠腫細胞においてPTPRZタンパク質は抗体C及び抗体Sによって検出されず、この結果は予想外であった。
【0174】
(2)ヒト神経膠腫細胞を脳内移植する場合(in vivo条件)
200,000個のLN-229Luc細胞をSCID-Beigeマウス(雌、6~8週齢)の脳内に注入することによって、異種移植モデルを作製した。細胞の注入から6週間後に脳を摘出して、上記(1)と同様の方法でウエスタンブロットを行った。
【0175】
結果を
図6Bに示す。マウス脳内に移植したLN-229Luc細胞では、抗体C及び抗体SによってPTPRZタンパク質の強いシグナルが検出された(
図6B、「Xenograft-bearing brain」)。これに対して、in vitro培養したLN-229細胞から調製したライセートでは、上記(1)と同様にPTPRZタンパク質のシグナルは検出されなかった(
図6B、「In vitro」)。
【0176】
(3)脳内移植したLN-229Luc細胞におけるGlcAT-P酵素のmRNA発現レベル
上記結果から、抗体C及び抗体Sのエピトープは、in vitro条件では発現しないが、in vivo条件では発現することが明らかになった。この知見から、抗体C及び抗体Sのエピトープの形成に必要なグリコシル化酵素の発現が、in vitro条件では抑制される一方で、in vivo条件では生体内の外因性シグナル等によって誘導される可能性が考えられた。そこで、異種移植モデルの脳からLN-229Luc細胞をFACSにより回収し、GlcAT-P酵素のmRNAレベルを測定した。
【0177】
結果を
図7に示す。脳内移植したin vivo条件のLN-229Luc細胞では、in vitro条件のLN-229Luc細胞と比較して、GlcAT-PのmRNAレベルが6倍高いことが明らかになった。
【0178】
<実施例5:糖鎖修飾を含む抗原ポリペプチドを用いた抗PTPRZ抗体の作製>
(目的)
可溶型のPTPRZタンパク質を特異的かつ高感度で検出可能なモノクローナル抗体(抗PTPRZ抗体)を開発する。実施例2~4の結果から、実施例1において十分な抗体が得られなかったのは、HEK293T細胞で調製した組換えPTPRZタンパク質には脳型糖鎖が欠如していたためである可能性が考えられた。そこで本実施例では、エピトープ形成に重要な糖鎖修飾が導入されるように、糖転移酵素を同時に発現させたHEK293T細胞にてPTPRZタンパク質を発現させて抗原ポリペプチドを作製して、抗体作製を試みる。
【0179】
(方法と結果)
(1)抗原ポリペプチドによる免疫
抗PTPRZ抗体の作製は、株式会社免疫生物研究所に委託して実施した。具体的には、Hisタグを結合させたヒトPTPRZタンパク質(sPTPRZ34-304-TEV-His;配列番号29)と共に、GlcAT-P酵素(ラットGlcAT-P全長;配列番号27)及びHNK-1ST酵素(ラットHNK-1ST全長;配列番号28)をHEK293T細胞に発現させた。HEK293T細胞の培養上清からNi-Sepharose High Performance(Cytiva)を使用してプルダウンして得られたsPTPRZ34-304-Hisを抗原としてマウスの免疫に用いた。免疫後、試験採血を行ってELISAにて抗体価を確認した。
【0180】
(2)細胞融合及びスクリーニング
免疫後のマウス個体からリンパ細胞を単離し、リンパ細胞とミエローマ細胞とを融合した後、培養上清中の抗体産生をELISAによりスクリーニングした。次いで良好なウェルを対象として限界希釈法によりハイブリドーマのクローニングとELISAによるスクリーニングを実施した。ハイブリドーマのクローンとして、8つのクローン(クローン1、2、7、8、9、11、16、及び19)が得られた。
【0181】
(3)クローンの解析
8つのハイブリドーマの培養上清及び対照抗体を用いて、グリオーマ患者の髄液に由来するPTPRZタンパク質に対するウエスタンブロットを実施した。検出用のPTPRZタンパク質としては、グリオーマ患者から採取した脳髄液5μLを0.2mUのコンドロイチナーゼ(Sigma, chondroitinase ABC)により1時間、37℃にて処理したものを使用した。
【0182】
結果を
図8に示す。実施例1の結果と異なり、本実施例では髄液中のタンパク質に反応性を示すクローンが複数得られた。
【0183】
サブクローニングによって、クローン7、8、及び9からそれぞれクローン7B、8A、及び9Bが得られた。クローン7B、8A、及び9Bの培養上清を用いて、グリオーマ患者の髄液に由来するPTPRZタンパク質に対するウエスタンブロットを実施した結果を
図8に示す。
【0184】
(4)重鎖可変領域及び軽鎖可変領域のアミノ酸配列、並びにCDR配列の決定
クローン7B、8A、及び9Bの重鎖及び軽鎖の可変領域配列並びにCDR配列を決定するために、株式会社ファスマックに抗体アミノ酸配列の決定を委託した。重鎖及び軽鎖の各可変領域及び各CDRの配列を決定した結果を以下の表1~3に示す。なお、CDRの同定はKabatの抗体ナンバリングシステムに従った。また、クローン7BはIgMであり、クローン8AはIgMであり、クローン9BはIgGであることも判明した。
【0185】
【0186】
【0187】
【0188】
髄液マーカータンパク質や脳等の中枢神経系で発現するタンパク質では、中枢神経系に特異的な糖鎖修飾を受けているものが多い。しかしながら、組換えタンパク質の発現に通常用いられるHEK293等の細胞では中枢神経系における糖鎖修飾がされないため、これらの細胞で発現させた抗原ポリペプチドで免疫して得られる抗体は、髄液中のマーカータンパク質を効率的に検出できず、この点が髄液マーカータンパク質の検出ツールの開発において大きな障害となっていたことが、上記実施例の結果から明らかになった。本発明者らは、抗原ポリペプチドと共に糖鎖付加酵素を同時に発現させて抗原ポリペプチドを作製することによって、髄液中の抗原検出にも適用可能な抗体を作製し得ることを実証した。