(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152605
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】高脂血症改善用の組成物、アディポネクチン産生促進用の組成物、エネルギー消費促進用の組成物、抗肥満用の組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/706 20060101AFI20241018BHJP
A23L 33/13 20160101ALI20241018BHJP
A61P 3/06 20060101ALI20241018BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
A61K31/706
A23L33/13
A61P3/06
A61P3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024015285
(22)【出願日】2024-02-02
(62)【分割の表示】P 2023064819の分割
【原出願日】2023-04-12
(71)【出願人】
【識別番号】505225197
【氏名又は名称】長崎県公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】521129635
【氏名又は名称】株式会社銀座セルクブラン
(71)【出願人】
【識別番号】521022989
【氏名又は名称】株式会社ウェルクリエイト
(74)【代理人】
【識別番号】100166039
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 款
(72)【発明者】
【氏名】田中 一成
(72)【発明者】
【氏名】城内 文吾
(72)【発明者】
【氏名】史 冠華
(72)【発明者】
【氏名】上村 誠一郎
【テーマコード(参考)】
4B018
4C086
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018LB10
4B018MD01
4B018MD08
4B018MD15
4B018MD18
4B018MD19
4B018MD21
4B018MD23
4B018MD30
4B018MD34
4B018ME01
4B018ME04
4B018ME14
4B018MF02
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA70
4C086ZC33
(57)【要約】
【課題】正常マウスよりもエネルギー代謝が低下している肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスにNMNを給餌させ、肥満、糖尿病およびそれらに伴う脂質代謝異常といった病態発症に及ぼす影響を評価してNMNの新たな機能を見出すとともに、これらの病態に有効な組成物を提供する。
【解決手段】ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有する高脂血症改善用、アディポネクチン産生促進用、エネルギー消費促進用、抗肥満用の組成物。
【選択図】
図2-1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有する高脂血症改善用の組成物。
【請求項2】
ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有するアディポネクチン産生促進用の組成物。
【請求項3】
ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有するエネルギー消費促進用の組成物。
【請求項4】
ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有する抗肥満用の組成物。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の組成物を含む飲料。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれかに記載の組成物を含む食品。
【請求項7】
請求項1ないし4のいずれかに記載の組成物を含む医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを有効成分として含有する組成物と、この組成物を含有する飲料、食品、医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(Nicotinamide mononucleotide:以降NMNと略記)は補酵素ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の中間代謝産物であり、水溶性ビタミンであるナイアシンから生成される。近年の研究成果から、環境や栄養状態によってNAD量が変動し、エネルギーセンシングとして機能することで、代謝、炎症、分化、老化などの多種多様な生命現象において重要な役割を果たすことが明らかにされつつある[1]。また、体内のNAD量を増加させることで、肥満や糖尿病、虚血再灌流障害、心不全、アルツハイマー病、網膜変性症、急性腎障害など様々な疾患が改善されることも報告されている[2]。しかし、NAD生合成経路は加齢とともに低下し、NADを消費する酵素群(ポリADPリボースポリメラーゼ、CD38ファミリー、サーチュイン)が加齢に伴って活性化されるため、加齢とともにNAD量が低下すること分かっている[2]。そして、このNADを補充するため、NADの前駆体であるNMN(
図1)に注目が集まり、現在はサプリメントとして流通している。実際に、NMN摂取による生理機能としては、体重増加の減少や耐糖能およびミトコンドリア機能の改善[3]、炎症からの保護[4]、認知機能の改善[5, 6]などが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
[1]吉野純, 今井眞一郎. 哺乳類代謝制御におけるNAD+の生理学的重要性と治療標的としての可能性. 化学と生物. 2013; 51(3):147-153.
[2]Hong W, et al. Nicotinamide mononucleotide: A promising molecule for therapy of diverse diseases by targeting NAD+ metabolism. Frontiers in Cell and Developmental Biology. 2020; 8:246.
[3]Uddin GM, et al. Nicotinamide mononucleotide (NMN) supplementation ameliorates the impact of maternal obesity in mice: comparison with exercise. Scientific Reports. 2017; 7:15063.
[4]Caton PW, et al. Nicotinamide mononucleotide protects against pro-inflammatory cytokine-mediated impairment of mouse islet function. Diabetologia. 2011; 54:3083-3092.
[5]Tarantini S, et al. Nicotinamide mononucleotide (NMN) supplementation rescues cerebromicrovascular endothelial function and neurovascular coupling responses and improves cognitive function in aged mice. Redox Biology. 2019; 24:101192.
[6]Wang X, et al. Nicotinamide mononucleotide protects against β-amyloid oligomer-induced cognitive impairment and neuronal death. Brain Research. 2016; 1643:1-9.
[7]Bligh EG, and Dyer WJ. A rapid method of total lipid extraction and purification. Canadian Journal of Biochemistry and Physiology. 1959; 37:911-917.
[8]Carr TP, et al. Enzymatic determination of triglyceride, free cholesterol, and total cholesterol in tissue lipid extracts. Clinical Biochemistry. 1993; 26:39-42.
[9]Rouser G, et al. Quantitative analysis of phospholipids by thin-layer chromatography and phosphorus analysis of spots. Lipids. 1966; 1:85-86.
[10]Markwell MA, et al. The subcellular distribution of carnitine acyltransferases in mammalian liver and kidney. A new peroxisomal enzyme. The Journal of Biological Chemistry. 1973; 248:3426-3432.
[11]Lowry OH, et al. Protein measurement with the folin phenol reagent. The Journal of Biological Chemistry. 1951; 193:265-275.
[12]Kelley DS, et al. Effect of prior nutritional status on the activity of lipogenic enzymes in primary monolayer cultures of rat hepatocytes. The Biochemical Journal. 1986; 235:87-90.
[13]Hariri N, and Thibault L. High-fat diet-induced obesity in animal models. Nutrition Research Reviews. 2010; 23:270-299.
[14]Yamaguchi S, et al. Adipose tissue NAD+ biosynthesis is required for regulating adaptive thermogenesis and whole-body energy homeostasis in mice. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2019; 116:23822-23828.
[15]Palazzi X, et al. Characterizing “Adversity” of Pathology Findings in Nonclinical Toxicity Studies: Results from the 4th ESTP International Expert Workshop. First published online. Toxicologic Pathology. 2016; 44:810-824.
[16]Cros C, et al. Safety evaluation after acute and sub-chronic oral administration of high purity nicotinamide mononucleotide (NMN-C) in Sprague-Dawley rats. Food and Chemical Toxicology. 2021; 150:112060.
[17]Hard GC, and Khan KN. Invited Review: A Contemporary Overview of Chronic Progressive Nephropathy in the Laboratory Rat, and Its Significance for Human Risk Assessment. Toxicologic Pathology. 2004; 32:171-180.
[18]You Y, et al. Subacute toxicity study of nicotinamide mononucleotide via oral administration. Frontiers in Pharmacology. 2020; 11:604404.
[19]永尾晃治, メタボリックシンドロームにおける機能性脂質の活用, 生物試料分析. 2012; 35:113-118.
[20]Khoramipour K, et al. Adiponectin: Structure, Physiological Functions, Role in Diseases, and Effects of Nutrition. Nutrients. 2021; 13:1180.
[21]Chien D, et al. Malonyl-CoA content and fatty acid oxidation in rat muscle and liver in vivo. American Journal of Physiology-Endocrinology and Metabolism. 2000; 279:E259-E265.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
NMNの研究が行われ始めてから10年ほどの時が経つが、先行研究[2]におけるNMN投与方法は腹腔内注射や飲水に限定されており、NMNを食餌として摂取させたものは見受けられず、NMNの栄養生理機能発現の詳細は明確になっていない。
【0005】
そこで、本発明の目的は、正常マウスよりもエネルギー代謝が低下している肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスにNMNを給餌させ、肥満、糖尿病およびそれらに伴う脂質代謝異常といった病態発症に及ぼす影響を評価してNMNの新たな機能を見出すとともに、これらの病態に有効な組成物と、この組成物を利用した飲料、食品、医薬品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願の発明者らは、正常マウスよりもエネルギー代謝が低下している肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスにNMNを給餌させ、肥満、糖尿病およびそれらに伴う脂質代謝異常といった病態発症に及ぼす影響を評価した結果、NMNに、エネルギー消費量の促進、肥満の抑制、アディポネクチン産生促進、高脂血症の改善作用があることを見出した。
【0007】
前述した目的は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを有効成分として含有する組成物によって達成される。また、前述した目的は、当該組成物を含む飲料、食品、医薬品によって達成される。
【発明の効果】
【0008】
NMNを有効成分として含有する組成物を摂取することで、
・エネルギー消費量の促進
・肥満の抑制
・アディポネクチン産生促進
・高脂血症の改善
を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】NMN(NADの前駆体)およびNADの化学構造. NMNAT (nicotinamide mononucleotide adenylyltransgerase): NMNからNADを合成する酵素.
【
図2-1】肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスのエネルギー代謝に及ぼすNMN摂取の影響. Control食あるいはNMN食を3週間摂食させたdb/dbマウスにおける呼吸商(a)及び糖質燃焼量(b)の経時変化.
【
図2-2】肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスのエネルギー代謝に及ぼすNMN摂取の影響. Control食あるいはNMN食を3週間摂食させたdb/dbマウスにおける脂肪燃焼量(c)及びエネルギー消費量(d)の経時変化.
【発明を実施するための形態】
【0010】
はじめに、本発明の実施形態について説明する。
【0011】
本発明の第1の実施形態は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有する高脂血症改善用の組成物である。
【0012】
本発明の第2の実施形態は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有するアディポネクチン産生促進用の組成物である。
【0013】
本発明の第3の実施形態は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有するエネルギー消費促進用の組成物である。
【0014】
本発明の第4の実施形態は、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含有する抗肥満用の組成物である。
【0015】
なお、上述した組成物は、飲料、食品、または医薬品の形態で提供することもできる。
【0016】
以下、本発明の具体的実施例について説明する。
【実施例0017】
I.実験方法
1.動物飼料
スクロースは三井製糖株式会社(東京)より、カゼインおよびDL-メチオニンは富士フィルム和光純薬株式会社(大阪)より、β-コーンスターチ、セルロース、AIN-76ミネラル混合およびAIN-76ビタミン混合はオリエンタル酵母工業株式会社(東京)より、コーン油はナカライテスク株式会社(京都)より、重酒石酸コリンはSIGMA-ALDRICH CO.(MO,USA)より、コレステロールは関東化学株式会社(東京)よりそれぞれ購入した。
本研究に用いたニコチンアミドモノヌクレオチド(Nicotinamide mononucleotide:以降NMNと略記)(純度99.8%)は、株式会社ウェルクリエイト(長崎)より供与された。
【0018】
2.実験動物および食餌組成
実験動物は、5週齢雄性のC57BL/6Jマウスおよび肥満・糖尿病モデルのdb/dbマウス(日本クレア株式会社)を用い、温度22 ± 1℃、湿度55 ± 5%、12時間明暗サイクル(明期:8~20時)に設定された長崎県立大学シーボルト校動物実験室内で飼育した。AIN-76組成に準じて調製し、Corn oilを7%、Cholesterolを0.1%添加した食餌をControl食とし、NMNを0.5%添加したものをNMN食とした(表1)。Control食および蒸留水を自由摂取させ、3日間の予備飼育後、db/dbマウスの平均体重が同程度になるよう2群に群分けし(CON群およびNMN群,n = 6/group)、上記の実験食を4週間pair-feedingで与え、蒸留水を自由摂取させた。また、Control食を給餌させたC57BL/6Jマウスをポジティブコントロール群(NOR群,n = 6/group)として設けた。なお、飼育中は1日おきに摂食量および飲水量を測定した。また、隔日おきに体重を測定した。飼育3週目において、呼気ガス分析装置(小動物用エネルギー代謝測定システム,有限会社アルコシステム,千葉)にてエネルギー代謝の測定を行った。飼育終了前の6日間の糞を採取し、凍結保存した。4週間の飼育後、C57BL/6Jマウスおよびdb/dbマウスを9時間絶食させ、イソフルラン麻酔下で体長(鼻先から肛門までの長さ)を測定した後、心臓採血により屠殺を行い、肝臓、膵臓、各種白色脂肪組織(睾丸周囲、腎臓周囲、腸間膜周囲および皮下)、褐色脂肪組織、筋肉(大腿四頭筋)を摘出し、氷冷した生理食塩水で洗浄、重量測定後に分析まで-80℃で凍結保存した。得られた血液はEDTA-2Naと混和し、冷却遠心(1,200 × g, 20 min, 4 ℃)することで血漿を調製し、分析まで-80℃で凍結保存した。
【0019】
なお、NMN群を本発明の実施例とし、CON群を比較例1とし、NOR群を比較例2とした。
【0020】
【0021】
3.呼気ガス分析装置を用いたエネルギー代謝の測定
実験食を3週間摂食させたマウスを小動物用陰圧チャンバー(120 × 150 × 240 mm,有限会社アルコシステム,千葉)に移し、小動物用エネルギー代謝測定システムを用いて24時間にわたりエネルギー代謝を測定した。チャンバー内の呼吸ガスはガスサンプラー(ARCO-2000-GS-16,有限会社アルコシステム)を介して、換気流量0.3 L/minに設定した生体ガス用質量分析装置(ARCO-2000,有限会社アルコシステム)に送られ、マウス各個体あたりの酸素消費量(VO2)および二酸化炭素排出量(VCO2)を得た。これらの値から、以下の式より単位時間あたりの糖質燃焼量、脂肪燃焼量およびエネルギー消費量を算出し、それらを測定時の体重で補正した。
【0022】
【0023】
なお、エネルギー代謝測定時(24時間)の摂取エネルギーが2群間(CON群とNMN群)で同等となるようにした。
【0024】
4.血漿生化学パラメータの測定
血漿トリグリセリド濃度は、トリグリセライドE-テストワコー(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてGPO・DAOS法により波長600 nmにおける吸光度を測定して定量した。
【0025】
血漿総コレステロール濃度は、コレステロール E-テストワコー(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてコレステロールオキシダーゼ・DAOS法により波長600 nmにおける吸光度を測定して定量した。
【0026】
血漿リン脂質濃度は、リン脂質C-テストワコー(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてコリンオキシダーゼ・DAOS法により波長600 nmにおける吸光度を測定して定量した。
【0027】
血漿グルコース濃度は、グルコースCII-テストワコー(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてムタロターゼ・GOD法により波長505 nmにおける吸光度を測定して定量した。
【0028】
血漿アディポネクチン濃度は、マウス/ラットアディポネクチン測定キット(大塚製薬株式会社,東京)を用いてELISA法により波長450 nmにおける吸光度を測定して定量した。
【0029】
血漿インスリン濃度は、レビス(R) インスリン - マウスT測定キット(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてELISA法により主波長450 nmおよび副波長620 nmにおける吸光度を測定して定量した。なお、スタンダード濃度(μIU/mL)換算は、キットに準じて26 IU/mgで行った。
【0030】
血漿中のAST活性およびALT活性は、トランスアミナーゼCII-テストワコー(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いてPOP・TOOS法により波長555 nmにおける吸光度を測定して解析した。なお、得られた各サンプルのASTおよびALT活性値(Karmen単位)に0.482を乗じることで国際単位(IU/L)に換算した。
【0031】
5.肝臓脂質量の測定
肝臓の総脂質は、Blight-Dyer法[7]により抽出し、脂質抽出液の有機溶媒を自然乾燥によりDry upした。乾固した脂質にホールピペットを用いて2-プロパノール3.0 mLを加え再溶解させ、得られた溶液を肝臓脂質抽出液とした。
【0032】
肝臓トリグリセリドおよび総コレステロール量は上記のキットを用いて酵素法で測定した[8]。肝臓総リン脂質量の測定は、Rouserらの方法[9]により無機リンを定量後、無機リン-リン脂質換算係数を乗じて算出した。
【0033】
6.肝臓における脂肪酸代謝関連酵素活性の測定
凍結保存していた肝臓0.5 gにpH7.4に調製したホモジネートバッファー[0.25 M スクロース(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社、東京)、10 mM トリス塩酸(ナカライテスク株式会社)、1 mM EDTA(和光純薬工業株式会社、大阪)]6 mLを加え、氷冷下でホモジナイズした。ホモジネートを4℃、700 × gで10分間遠心し、核や残渣を沈殿させた。上清をさらに、4℃、10,000 × gで10分間遠心し、上清を超遠心チューブに回収後、沈殿物に0.625 mLのホモジネートバッファー を加えてホモジナイズしたものをミトコンドリア画分とした。上清を4℃、125,000 × g、で60分間遠心後、上清をサイトソル画分とし、沈殿物にホモジネートバッファーを0.5 mL加えてホモジナイズしたものをミクロソーム画分とした。
【0034】
ミトコンドリア画分のCarnitine palmitoyltransferase II(CPTII)活性はMarkwellらの方法[10]を一部改変し、以下のように測定した。最終濃度0.0375 mMパルミトイルCoA(SIGMA-ALDRICH CO.)、0.25 mM DTNB(関東化学株式会社、東京)、1.25 mM EDTA(和光純薬工業株式会社)および0.1%トリトンX-100を含む、58 mM トリス塩酸緩衝液(pH 8.0)にミトコンドリアを添加し、27℃、412 nmで5分間吸光度を追跡した。その後L-カルニチン(SIGMA-ALDRICH CO.)を添加し、CoAの生成を3分間追跡した(総容量1 mL)。L-カルニチン添加時から得られた吸光度の増加とブランクの吸光度の増加の差からCoAの生成速度を求め、酵素活性を算出した。計算式は以下の通りである。活性(nmol/min/mg protein)={(反応時の吸光度の増加-ブランクの吸光度の増加)/13600}× 109 ×(反応液量 mL/ 1000)×(1 / 反応時間 min)×(1 / タンパク質量 mg)。なお、13600はCoAのモル吸光係数である。また、各画分のタンパク質量は、150倍希釈した後にLowryらの方法[11]にて測定した。
【0035】
サイトソル画分のFatty acid synthase(FAS)活性は、Kelleyら[12]の方法を一部改変し、以下のように測定した。最終濃度0.05 mMアセチルCoA(SIGMA-ALDRICH CO.)、0.3 mM NADPH(SIGMA-ALDRICH CO.)および0.2 mM EDTA(和光純薬工業株式会社)を含む、100 mM リン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)にサイトソル画分を添加し、NADPHの減少を30℃、340 nmで3分間吸光度を追跡した。その後マロニルCoA(SIGMA-ALDRICH CO.)(最終濃度0.2 mM)を加えて混合し、2分間追跡した(総容量1 mL)。マロニルCoA添加時から得られた吸光度の減少からブランクの吸光度の減少を差し引き、NADPHの減少速度を求め、酵素活性を算出した。計算式は以下の通りである。活性(nmol/min/mg protein)={(反応時の吸光度の減少-ブランクの吸光度の減少)/6220}× 109 ×(反応液量 mL/ 1000)×(1 / 反応時間 min)×(1 / タンパク質量 mg)。なお、6220はNADPHのモル吸光係数である。また、各画分のタンパク質量は、150倍希釈した後にLowryらの方法[11]にて測定した。
【0036】
7.統計処理
実験結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各パラメータの等分散性についてはF検定により確認し、等分散性が担保されたパラメータはStudentのt検定で解析を行った。等分散性が担保されなかったパラメータについては対数変換を行い、再度F検定に供し等分散性の確認を行い、等分散性が担保できたらStudentのt検定で解析し、対数変換後も等分散性が担保できなかったパラメータについてはWelchのt検定にて解析した。以上の統計解析において、P < 0.05を統計学的に有意とし、0.05 ≦ P < 0.1を傾向として扱った。
【0037】
II. 実験結果
NMN摂取がエネルギー代謝に及ぼす影響
NMN群の呼吸商(RQ)はCON群に比べて常に低値を推移し、特に暗期(マウスの活動期)である20~1時の時間帯、明期(マウスの非活動期(睡眠期))である9時、10時、12時および14~19時の時間帯において有意に低値を示した(
図2a)。
【0038】
24時間の炭水化物燃焼量はNMN群で有意に低値を示し(NOR群, 6719 ± 414; CON群, 3624 ± 183; NMN群, 2707 ± 101* mg/100 g体重/24 hr)、各時間での推移としては暗期の20~23時、明期の15時および17~19時の時間帯で、NMN群で有意に低値を示した(
図2b)。
【0039】
24時間の脂肪燃焼量はNMN群で有意に高い値を示し(NOR群, 2026 ± 115; CON群, 1241 ± 45; NMN群, 1999 ± 60* mg/100 g体重/24 hr)、CON群に比べてNMN群が有意に高い値を示し、各時間での推移としては暗期の20~5時、明期の11時、13時および17~19時の時間帯で、NMN群で有意に高値を示した(
図2c)。
【0040】
24時間のエネルギー消費量はNMN群で有意に増加し(NOR群, 44667 ± 539; CON群, 25557 ± 711; NMN群, 29284 ± 765* cal/100 g体重/24 hr)、各時間での推移としては暗期である3時および4時の時間帯と明期である13時の時間帯において、NMN群で有意に増加した(
図2d)。
【0041】
NMN摂取がdb/dbマウスの形態計測パラメータに及ぼす影響(表2)
終体重、体重増加量、食餌効率、体長およびLee indexが、CON群と比較してNMN群で有意に低値を示し、飲水量はNMN群で有意に増加した。臓器重量において、腎臓重量のみCON群と比較してNMN群で有意に増加した。白色脂肪組織重量において、腎臓周囲を除く、睾丸周囲、腸間膜、腹部および皮下でCON群と比較してNMN群で有意に減少した。また、直腸温では、CON群と比較してNMN群で有意に高値を示した。その他の成長パラメータ(初体重、摂食量、肝臓重量、睾丸重量、大腿四頭筋重量および腎臓周囲白色脂肪)および糞重量においては、有意差は認められなかった。
【0042】
【0043】
NMN摂取が血漿生化学パラメータに及ぼす影響(表3)
血漿トリグリセリド濃度は、CON群と比較してNMN群が有意に低値を示し、その低下はHDLおよびNon-HDL画分のいずれにおいても認められた。血漿アディポネクチン濃度、ALT活性およびAST活性はNMN群が有意に高値を示した。また、HDLコレステロール濃度は、CON群と比較してNMN群で上昇傾向が見られた。その他の血漿パラメータ(総コレステロール濃度、Non-HDLコレステロール濃度、リン脂質、グルコースおよびインスリン濃度)については有意な差は認められなかった。
【0044】
【0045】
NMN摂取が肝臓脂質量に及ぼす影響(表4)
肝臓中のトリグリセリド量およびリン脂質量は、CON群と比較して、NMN群で低下傾向が見られた。その他の肝臓脂質量(総コレステロール、遊離型コレステロール、コレステロールエステル)に有意な差は認められなかった。
【0046】
【0047】
NMN摂取が肝臓における脂肪酸代謝関連酵素活性に及ぼす影響(表5)
NMN摂取により肝臓トリグリセリド量の減少傾向、血漿トリグリセリド濃度の有意な低下が認められたことから、肝臓における脂肪酸β酸化および脂肪酸合成に関与する酵素の活性を評価した。脂肪酸β酸化を担うCarnitine palmitoyltransferase II(CPTII)活性は、CON群と比較してNMN群で有意に上昇した一方で、脂肪酸合成を担うFatty acid synthase(FAS)活性はCON群と比較してNMN群で有意に低下した。
【0048】
【0049】
III. 考察
本研究では、NMNの栄養生理機能発現の詳細を捉えるべく、正常なC57BL/6Jマウスよりもエネルギー代謝が低下している肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスにNMNを給餌させ、肥満、糖尿病およびそれらに伴う脂質代謝異常といった病態発症に及ぼす影響を評価した。db/dbマウスにおいてCON群とNMN群の摂食量に差はないが、NMN群の終体重、体重増加および体長は有意に低値を示した(表2)。体重および体長から算出されるLee indexは肥満度の指標[13]であり、NOR群よりもCON群で高値を示したその値はNMN群で有意に低下し(表2)、NMN摂取により肥満の抑制が示唆された。実際、解剖所見として、睾丸周囲、腸間膜周囲、腹部および皮下の白色脂肪組織重量はCON群と比較してNMN群で有意に減少し(表2)、NMN摂取による抗肥満作用が確認された。飼育3週目に実施したエネルギー代謝測定において、NMN摂取によりRQが低値を推移することが示された(
図2a)。RQの変動はエネルギー産生に利用したエネルギー基質(炭水化物と脂肪)の燃焼比率を反映しており、NMN摂取により脂肪優位の燃焼パターンとなっていることが初めて示され(
図2b & 2c)、食餌としてNMNを摂取させた場合においても24時間のエネルギー消費量が有意に増加することを認めた(
図2d)。本研究により、(1) NMNのエネルギー消費量の増加作用は多成分混合状態にある食餌で与えても減弱しないこと、(2) NMNによる脂肪の優先的燃焼を介したエネルギー消費量の増加が抗肥満作用の発現に関わることが示された。また、NMN摂取によるエネルギー消費量の増加が体温(直腸温)の有意な上昇(表2)に関与していることが示唆された。
【0050】
本研究において、体重あたりの腎臓重量がCON群に比べてNMN群で有意に高い値を示し(表2)、肝機能バイオマーカーとして知られるALTおよびASTの値がNMN群で有意に高値を示したことから(表3)、NMN摂取の安全性が危惧された。91日間、NMNを375、750および1500 mg/kgの投与量でSD系ラットに1日1回経口投与した先行研究においても、NMNを750および1500 mg/kgで投与した雄性SD系ラットで有意な腎臓重量の増加を認めたが、重症度が非常に低いこと、関連する臨床病理の変化がないこと[15]から非有害であると判断されている[16]。また、C57BL/6Jマウスに1日2回(2680 mg/kg/day)のNMNを多量経口投与した先行研究においても、ALT値の上昇が認められているが、肝臓および腎臓の病理所見や臨床病理の変化がないことから、肝臓や腎臓の生理学的機能は損なわれないと報告されている[18]。この先行研究でのNMN投与量(2680 mg/kg/day)に対し、本研究でのNMN摂取量は902 ± 26 mg/kg/dayであったことも鑑みるとNMN群の体重あたりの腎臓重量増加、血中ALTおよびAST値の上昇は有害事象ではないと考えられた。
【0051】
余剰エネルギーの貯蔵庫としてのみ捉えられてきた脂肪組織が、能動的に生理活性物質(アディポサイトカイン)を分泌して全身の代謝を調節しうる臓器であると明らかになったことで、肥満とメタボリックシンドローム発症との関連性を説明するエビデンスがもたらされ、メタボリックシンドロームの発症病理の理解が進んできている[19]。アディポネクチンは脂肪組織特異的に発現し、分泌され、その血中濃度が肥満度と逆相関する唯一のアディポサイトカインである[20]。アディポネクチンの生理作用としては、全身の糖質および脂質代謝を正常化する作用が報告されている[20]。本研究において、NOR群よりもCON群で低値を示した血漿アディポネクチン濃度がNMN群で有意に上昇した(表3)。よって、NMN摂取が脂肪組織におけるアディポネクチンの遺伝子発現上昇を介して、血漿濃度を上昇させた可能性が考えられた。
【0052】
血漿生化学パラメータにおいて、血漿トリグリセリド濃度、HDLおよびNon-HDLの両画分におけるトリグリセリド濃度がCON群に比べてNMN群で有意に低い値を示し(表3)、NMN摂取による高脂血症改善作用が認められた。脂質代謝の中心臓器である肝臓における脂質量の測定したところ、トリグリセリドおよびリン脂質量はNMN群で減少傾向を示した(表4)。さらに、肝臓における脂肪酸代謝関連の酵素活性を測定したところ、脂肪酸β酸化を担うCarnitine palmitoyltransferase II(CPTII)活性はNMN群で有意に上昇した一方で、脂肪酸合成を担うFatty acid synthase(FAS)活性はCON群と比較してNMN群で有意に低下したことから(表5)、NMN摂取による高脂血症改善作用には肝臓における脂肪酸β酸化の亢進および脂肪酸合成の抑制が関与することが示された。
【0053】
アディポネクチンによる脂質代謝の正常化には、AMP activated protein kinase(AMPK)のリン酸化(AMPKの活性化)が関与している。活性化されたAMPKは脂肪酸合成系酵素の1つであるAcetyl-CoA carboxylase(ACC)をリン酸化し不活性化する。ACCが不活性化されることで、マロニルCoAの産生が低下し、マロニルCoAとアセチルCoAからパルミチン酸を合成するFAS活性の低下が生じる。また、マロニルCoAはCPTの強力な内因性阻害因子であることから、アディポネクチン産生上昇はマロニル-CoA産生抑制を介してCPT活性を上昇させる。以上のことから、NMN摂取によるアディポネクチン産生上昇が高脂血症改善のトリガーであることが推察された。
【0054】
IV. まとめ
肥満・糖尿病モデルdb/dbマウスにNMNを食餌として摂取させた本研究によれば、エネルギー代謝の亢進および血漿・肝臓脂質プロファイルの改善が示され、摂取したNMNが生体内でNADへと変換されたことによって生理機能が発現したものと考えられる。