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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152920
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】新規の澱粉分解物
(51)【国際特許分類】
   A23L 29/212 20160101AFI20241018BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20241018BHJP
   A23L 2/52 20060101ALN20241018BHJP
   A23L 2/00 20060101ALN20241018BHJP
   A23L 27/60 20160101ALN20241018BHJP
   A23G 9/00 20060101ALN20241018BHJP
   A23G 3/34 20060101ALN20241018BHJP
   A21D 2/18 20060101ALN20241018BHJP
   A21D 13/80 20170101ALN20241018BHJP
   A23L 21/10 20160101ALN20241018BHJP
   A23L 29/30 20160101ALN20241018BHJP
   A23F 5/24 20060101ALN20241018BHJP
   A23F 3/16 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
A23L29/212
A23L5/00 N
A23L2/52 101
A23L2/00 E
A23L2/00 B
A23L27/60 A
A23G9/00 101
A23G3/34 107
A23G3/34 106
A21D2/18
A21D13/80
A23L21/10
A23L29/30
A23G9/00
A23F5/24
A23F3/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【公開請求】
(21)【出願番号】P 2024140558
(22)【出願日】2024-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2023138575
(32)【優先日】2023-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】上原 悠子
(72)【発明者】
【氏名】天田 克己
(57)【要約】
【課題】高DEでありながらその水溶液が、同じDEを有する一般的な澱粉分解物に比べて高粘性であって、老化耐性が適度に低い澱粉分解物を提供すること。
【解決手段】以下の(1)~(3)を満たす澱粉分解物:
(1)DE17.5~30、
(2)DP3~10の糖含有量が固形分当たり10~20%、
(3)分子量5,000以上の糖組成物含有量が固形分当たり48~60%。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)~(3)を満たす澱粉分解物:
(1)DE17.5~30、
(2)DP3~10の糖含有量が固形分当たり10~20%、
(3)分子量5,000以上の糖組成物含有量が固形分当たり48~60%。
【請求項2】
さらに、(4)Brix30の水溶液の30℃における粘度が13~21mPa・s、かつ(5)Brix30の水溶液の4℃・7日間静置後の濁度が1.0以上である、請求項1に記載の澱粉分解物。
【請求項3】
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式1で算出されるY1(%)以上である、請求項1に記載の澱粉分解物:
(数式1)Y1=-0.743X+66.4(但し、XはDE値。)。
【請求項4】
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式2で算出されるY2(%)以上である、請求項1に記載の澱粉分解物:
(数式2)Y2=-0.788X+70.6(但し、XはDE値。)。
【請求項5】
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式3で算出されるY3(%)以下である、請求項1に記載の澱粉分解物:
(数式3)Y3=-0.368X+68.6(但し、XはDE値。)。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の澱粉分解物を含有する、飲食品。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載の澱粉分解物を含有する、呈味改善用組成物。
【請求項8】
請求項7に記載の呈味改善用組成物を飲食品に適用する工程を含む、飲食品の製造方法。
【請求項9】
(i)澱粉をα-アミラーゼでDE4~7まで加水分解して液化物を調製する工程、及び、
(ii)前記液化物をグルコアミラーゼでDE17.5~30まで加水分解して澱粉分解物を調製する工程を含む、澱粉分解物の製造方法。
【請求項10】
前記工程(i)の途中で105℃以上にする工程を含む、請求項9に記載の澱粉分解物の製造方法。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の方法によって製造された澱粉分解物を飲食品に適用する工程を含む、飲食品の製造方法。
【請求項12】
請求項1~5のいずれか一項に記載の澱粉分解物、又は請求項9若しくは10に記載の製造方法で調製された澱粉分解物を飲食品に適用することを含む、飲食品の呈味改善方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高DEでありながら水溶液粘度が比較的高く、加えて老化耐性の低い澱粉分解物に関し、食品にコクみを付与するにもかかわらず共存する素材の風味をマスキングしにくい澱粉分解物に関する。
【背景技術】
【0002】
澱粉分解物は、食品、医薬品、化粧品、工業品の各分野で広く用いられている。例えば、食品分野においては、甘味料用途のほか、コク味や濃厚感の付与、浸透圧の調整、保湿、粉末化基材などの各種用途に利用され、医薬品分野においては、経腸栄養剤の炭水化物源や薬剤の賦形剤として利用される。
【0003】
澱粉分解物は、甘味度、味質、浸透圧、粘性、吸湿性などの基本物性に応じて使い分けることが可能である。一般に、DE(澱粉の分解度)が高いものは甘味度や浸透圧が高いことから、甘味や水分活性の調整に利用されるが、吸湿しやすくハンドリングしづらいことから、長期保存される乾燥食品の原料や粉末化基材として利用されることは少ない。他方、DEが低いものは一般に甘味度が低く吸湿しにくいことから、マスキング・コク味付けといった呈味改善用途や粉末化基材に適するが、老化・白濁しやすいことから、透明性や食感が重視される飲食品の原料として利用されることは少ない。また、DEが低いものはコク味付与機能に優れるものの共存する素材の好ましい風味をマスキングするデメリットがあるため、風味を重視する場合は、粉末化基材としても利用しにくい場合がある。
【0004】
例えば、低DEでありながら老化・白濁しにくい澱粉分解物を得る方法として、DE14.1以上のコーンスターチの液化液に枝付け酵素を作用させる方法(特許文献1、実施例)や、DE0.6~16.5のコーンスターチ、ワキシーコーンスターチ又は甘藷澱粉の液化液に枝付け酵素を作用させる方法(特許文献2、実施例)が提案されている。
他方、高DEでありながら液粘度が高く、老化しにくい澱粉分解物を得る方法として、25質量%粘度が10~250mPa・sとなるまで澱粉を液化酵素で分解し、さらに糖化酵素でDEが18超え27以下となるまで分解する方法が提案されている(特許文献3)。
【0005】
しかし、高DEでありながら液粘度が高いというだけでなく、さらに低老化耐性を達成する澱粉分解物については開示されておらず、また、そのような澱粉分解物がコク味付与機能に優れるだけでなく原料素材の好ましい風味をマスキングしにくいことはこれまで開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-144187号公報
【特許文献2】特開2008-222822号公報
【特許文献3】特開2019-089932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、高DEでありながら、同じDEを有する一般的な澱粉分解物と比べて水溶液粘度が高く、老化耐性が適度に低い澱粉分解物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討したところ、例えば、タピオカ澱粉を液化酵素でDE4~7の液化物を調製し、次いで液化物をグルコアミラーゼでDE17.5~30となるまで加水分解することによって得られる特定のパラメーターを有する澱粉分解物が、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の[1]~[12]の態様を含む。
[1]
以下の(1)~(3)を満たす澱粉分解物:
(1)DE17.5~30、
(2)DP3~10の糖含有量が固形分当たり10~20%、
(3)分子量5,000以上の糖組成物含有量が固形分当たり48~60%。
[2]
さらに、(4)Brix30の水溶液の30℃における粘度が13~21mPa・s、かつ(5)Brix30の水溶液の4℃・7日間静置後の濁度が1.0以上である、[1]に記載の澱粉分解物。
[3]
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式1で算出されるY1(%)以上である、前記[1]又は[2]に記載の澱粉分解物:
(数式1)Y1=-0.743X+66.4(但し、XはDE値。)。
[4]
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式2で算出されるY2(%)以上である、前記[1]又は[2]に記載の澱粉分解物:
(数式2)Y2=-0.788X+70.6(但し、XはDE値。)。
[5]
分子量5,000以上の糖組成物含有量が以下の数式3で算出されるY3(%)以下である、前記[1]~[4]のいずれか1つに記載の澱粉分解物:
(数式3)Y3=-0.368X+68.6(但し、XはDE値。)。
[6]
[1]~[5]のいずれか1つに記載の澱粉分解物を含有する、飲食品。
[7]
前記[1]~[5]のいずれか1つに記載の澱粉分解物を含有する、呈味改善用組成物。
[8]
[7]に記載の呈味改善用組成物を飲食品に適用する工程を含む、飲食品の製造方法。
[9]
(i)澱粉をα-アミラーゼでDE4~7まで加水分解して液化物を調製する工程、及び、
(ii)前記液化物をグルコアミラーゼでDE17.5~30まで加水分解して澱粉分解物を調製する工程を含む、澱粉分解物の製造方法。
[10]
前記工程(i)の途中で105℃以上にする工程を含む、[9]に記載の澱粉分解物の製造方法。
[11]
[9]又は[10]に記載の方法によって製造された澱粉分解物を飲食品に適用する工程を含む、飲食品の製造方法。
[12]
[1]~[5]のいずれか1つに記載の澱粉分解物、又は[9]若しくは[10]に記載の製造方法で調製された澱粉分解物を飲食品に適用することを含む、飲食品の呈味改善方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高DEでありながら比較的高粘性かつ低老化耐性の澱粉分解物を提供することができる。また、本発明の澱粉分解物を飲食物に利用すれば、原料素材の風味立ちの抑制を避けつつ濃厚感(コク味、厚み、ボディー感、マウスフィールなど)を付与することができ、特に、流動性ある飲食物において保形性向上に寄与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において「DE」(Dextrose Equivalentの略)とは、還元糖の含有量の指標であって、「[(直接還元糖(ブドウ糖として表示)の質量)/(固形分の質量)]×100」で求められる数値である。その測定は、ウィルシュテッターシューデル(WS)法又はレーン・エイノン法によって行うことができる。本発明にいうDEは、反応工程においてはWS法による測定値であり、最終粉末品についてはレーン・エイノン法(以上、食品化学新聞社発行(平成3年11月1日発行)の「澱粉糖関連工業分析法」に収載)による測定値である。WS法とレーン・エイノン法の相違点は、WS法ではケト―スが分析されない点にある。グルコース含量の多い試料液は、脱塩目的でイオン交換樹脂に通液するとごく僅かに異性化されてケト―スであるフラクトースを生じるため、イオン交換樹脂を通過した試料液についてはレーン・エイノン法を用いて分析するものとする。レーン・エイノン法によるDEは、一般的に、WS法によるDEの1.1倍から1.2倍程度の数値となる。本発明の澱粉分解物のDEは、17.5~30、好ましくは18~29.5、より好ましくは18~28であり、例えば、17.5、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、29.5及び30からなる群より選ばれるいずれか2つの数値を下限値及び上限値とする数値範囲をとりうる。
【0012】
本明細書において「Brix」とは、溶液中の可溶性固形分の濃度を指し、光屈折率(糖度計)を用いて測定される値(ショ糖濃度に換算された可溶性固形分濃度)である。
【0013】
本明細書において「粘度」とは、水溶液の粘度を指し、具体的には実施例で記載された条件でB型粘度計によって測定される値をいう。本発明の澱粉分解物は、DEが高いにもかかわらずその水溶液粘度が比較的高いことを特徴とする。すなわち、DEが18~30の一般的な澱粉分解物の場合、そのBrix30の水溶液粘度(30℃)は5~8mPa・s程度(例えば、DEが25~30の松谷化学工業株式会社製品「パインデックス#3」の粘度は7mPa・s程度)であるのに対し、本発明の澱粉分解物は比較的高粘度であり、濃厚感を付与することができるという特徴を有する。本発明の澱粉分解物の粘度は、本発明の効果をより顕著に奏する観点から、好ましくは10~30mPa・s、より好ましくは12~25mPa・s、さらに好ましくは13~21mPa・sであり、例えば、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20及び21mPa・sからなる群より選ばれるいずれか2つの数値を下限値及び上限値とする数値範囲であり得る。
【0014】
本明細書において「濁度」とは、澱粉分解物水溶液の老化耐性の指標であり、具体的には澱粉分解物のBrix30の水溶液を4℃・7日間静置後、720nmにおける吸光度(10cmセルによる測定値。1cmセルによる場合はその実測値×10とする。)である。本発明の澱粉分解物の濁度は、老化抑制の観点から、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.1以上、さらに好ましくは1.2以上、さらにより好ましくは1.3以上、特に好ましくは1.4以上である。また、上限について特に限定はないが、例えば15以下、14以下、13以下、12以下、11以下、10以下とすることができ、また溶液の取り扱いやすさから、8.0以下、7.7以下、又は6.5以下とすることができる。
【0015】
本明細書において「DP」とは、多糖(グルコースポリマー)を構成するグルコース残基の個数を指し、直鎖ポリマーを構成するグルコース残基の個数のみならず、分岐したグルコース残基の個数をも含む。本明細書において、DPは、実施例に示される高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法によって測定される。澱粉分解物の固形分当たりの各DPの糖の含有量は、クロマトグラムのピークの全面積に対する各DPのピークの面積の割合(%)として求められる。HPLCの測定方法(条件)は、以下である:
[カラム]:MCI GEL CK04SS(三菱ケミカル株式会社製品)
[カラム温度]:80℃
[移動相]:蒸留水
[流速]:0.3ml/min
[検出器]:示差屈折計
[サンプル注入量]:Brix5の水溶液10μL
【0016】
本発明の澱粉分解物は、DP3~10の糖の占める割合が、そのDEから想定されるより比較的小さいことを特徴とする。本発明の澱粉分解物中のDP3~10の糖の含有量は、澱粉分解物の固形分当たり、10~20%であり、好ましくは10.5~20%、より好ましくは11~18%である。
【0017】
本発明の澱粉分解物のDP11以上の糖の含有量は、本発明の効果をより顕著に奏する観点から、澱粉分解物の固形分当たり、好ましくは55~75%、より好ましくは58~73%、さらに好ましくは60~72%であり、例えば65~72%、又は65~70%である。
【0018】
本明細書において「分子量5,000以上の糖組成物含有量」は、ゲルろ過によるHPLCから得られる分子量分布をもとに算出される、糖固形分に対する割合(%)で示される。このHPLCによる分析は、プルラン標準品(昭和電工(株)製)、マルトトリオース及びグルコースの検出時間に対する分子量の検量線をまず作成し、次いで当該検量線に基づいて分子量5,000の検出時間を算出し、この検出時間より前に検出されるピークの全面積%を「分子量5,000以上の糖組成物含有量(%)」とすることによって行う。HPLC分析に用いるカラム、検出器その他の諸条件は、以下である:
[カラム]:TSKgel G2500PWXL,G3000PWXL、G6000PWXL(東ソー(株)製)
[カラム温度]:80℃
[移動相]:蒸留水
[流速]:0.5ml/min
[検出器]:示差屈折率計
[サンプル注入量]:Brix1の水溶液100μL
【0019】
本発明の澱粉分解物の「分子量5,000以上の糖組成物含有量」は、本発明の効果をより顕著に奏する観点から、澱粉分解物の固形分当たり、48~60%であり、その下限値は、DEとの関係では以下の数式で算出されるY1(%)以上であることが好ましく、Y2(%)以上であることよりが好ましい(但し、XはDE値。)。
[数式1] Y1=-0.743X+66.4
[数式2] Y2=-0.788X+70.6
また、その上限については、DEとの関係では以下の数式で算出されるY3(%)以下であることが好ましい(但し、XはDE値。)。
[数式3]Y3=-0.368X+68.6
【0020】
本発明の澱粉分解物は、実施例にも示されるように、以下の(1)~(3)を満たすことにより、多様な飲食品に対して濃厚感を有しつつ、風味立ちが抑制されにくいという特有の効果を奏する。
(1)DE17.5~30、
(2)DP3~10の糖含有量が固形分当たり10~20%、
(3)分子量5,000以上の糖組成物含有量が固形分当たり48~60%。
【0021】
本発明の澱粉分解物の製造方法は、澱粉をα-アミラーゼでDE4~7程度になるまで加水分解して液化物を調製する工程(本明細書中、工程(i)とも呼ぶ)、及び、前記液化物をグルコアミラーゼでDE17.5~30になるまで加水分解して澱粉分解物を調製する工程(本明細書中、工程(ii)とも呼ぶ)、を含む。
【0022】
工程(i)で使用されるα-アミラーゼとは、多糖類のα-1,4グルコシド結合を加水分解するエンド型酵素をいい、どのようなものであっても使用することができる。もっとも、計量のしやすさや経済性の観点から製剤を用いるのがよく、市販品としては、例えば、クライスターゼL1(天野エンザイム社製品)、クライスターゼSD-KM(天野エンザイム社製品)、ターマミル2XL(ノボザイムズジャパン社製品)などが挙げられる。このα-アミラーゼ製剤の使用量は特に限定されないが、反応開始時の反応液における原料澱粉の濃度を15~40質量%程度とし、その原料澱粉100質量部(固形分換算)に対して0.05~0.4質量%添加するのが好ましく、0.1~0.3質量%添加するのがより好ましい。また、その反応温度は、好ましくは70~100℃又は80~95℃、pHは、好ましくは5.0~7.0又は5.5~6.5である。
【0023】
工程(i)の加水分解の反応時間は、酵素量、温度、澱粉の種類によって適宜変更しうるが、好ましくは3~40分又は5~30分である。ここで、反応時間は下記の昇温工程中の時間は含まない。
【0024】
工程(i)において、加水分解の途中に温度を好ましくは105℃以上、より好ましくは110℃以上、さらに好ましくは120℃以上、さらにより好ましくは130℃以上、そして例えば135℃以下又は130℃以下にする工程(昇温工程)を少なくとも1回含むことが好ましい。当該昇温工程により未消化部分にα-アミラーゼが作用しやすくなる。その結果、本発明の澱粉分解物の製造において加熱後冷却した際に急速に老化するのを抑止することで、製造適性を良好とすることができる。
【0025】
上記昇温工程の昇温のタイミングは、α-アミラーゼによる加水分解の途中であり、即ち昇温前と昇温後にα-アミラーゼ処理がなされるのであれば特に限定されないが、DEが、3.5~5.5、より好ましくは3.7~5.2、さらに好ましくは4.0~5.0となった段階で行うことが好ましい。上記昇温工程における時間は、未消化部分に酵素がアクセス可能となる程度であれば特に限定されず、酵素量、温度、澱粉の種類によって適宜変更しうるが、例えば10秒以上、20秒以上、30秒以上、40秒以上又は60秒以上であり、1時間以下、30分以下、20分以下、10分以下、5分以下又は2分以下とすることができる。工程(i)の加水分解を完了させるためには、昇温後の混合物に再度上記の工程(i)の反応条件でα-アミラーゼを作用させればよい。当該昇温によりα-アミラーゼが失活する場合は、例えば、α-アミラーゼを加えて残りの工程(i)の加水分解反応を行えばよい。
【0026】
上記昇温工程は、例えば加圧条件下(例えば、0.2MPa)での加熱(例えば、加熱加圧蒸煮釜などを使用)で行うことができる。
【0027】
工程(i)の反応は、例えば、DEが4~7の範囲となったときに酵素を失活させて停止することができる。酵素失活は、昇温工程と同様に加圧条件下での加熱でも行うことができ、また酸などにより行うことができるが、加圧条件下での加熱がより好ましい。
【0028】
本発明の澱粉分解物は、上述のα-アミラーゼ処理により得られた液化物について、さらにグルコアミラーゼを用いてDEが17.5以上30以下、例えば、17.5、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、29.5及び30からなる群より選ばれる2つの数値を下限値及び上限値とする数値範囲となるまで加水分解することを特徴とする(工程(ii))。グルコアミラーゼとは、多糖のα-1,4グルコシド結合を非還元末端からグルコース単位で加水分解するエキソ型の糖化酵素であって、計量のしやすさや経済性の観点から先のα-アミラーゼと同じく製剤を用いるのが簡便であり、その市販品は、例えば、グルクザイムNL4.2(天野エンザイム社製品)、グルコチーム#20000(ナガセケムテックス社製品)、アミラーゼAG300L(ノボザイムズジャパン社製品)などが挙げられる。このグルコアミラーゼ製剤は、先の手順で得られた液化液のpHを好ましくは3.0~6.0、より好ましくは3.0~4.5に調整しておき、液固形分に対して好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.02~0.5質量%を添加した後、温度を好ましくは45~70℃、より好ましくは55~65℃としつつ、処理時間を好ましくは3~400分、より好ましくは10~200分に設定して反応させるのがよい。以上の糖化反応は、糖化液のDEが、好ましくは17.5以上30以下、より好ましくは18以上29.5以下の範囲に到達した時点で、酵素を失活させて終了させるとよい。酵素失活には、例えば90℃以上の加温又は加圧処理を用いることができる。
【0029】
上述の工程(i)及び(ii)を経て得られた糖化液は、精製工程としての珪藻土によるろ過及びイオン交換樹脂による脱塩を経て、さらに濃縮して液状品とするか、噴霧乾燥等により粉末品とすることができる。また、糖化液を精製した後に還元(水素添加)して還元型澱粉分解物の液状品又は粉末品とすることもできる。
【0030】
本発明の澱粉分解を得るための原料となる澱粉(原料澱粉)は、自然界に見出される植物由来(藻類含む)の澱粉のほか、遺伝子工学技術や育種技術などによって改変された澱粉、物理的又は化学的に改変・修飾された澱粉であってもよく、その代表的な供給源は、穀類、塊茎、根、藻、豆果、果物であるが、穀類、塊茎又は根が好ましく、より具体的には、トウモロコシ、エンドウ、ジャガイモ、サツマイモ、バナナ、オオムギ、コムギ、米、サゴ、アマランス、タピオカ、カンナ、及びモロコシから選ばれる1種単独、又は2種以上の組み合わせが挙げられる。本発明の効果をより顕著に奏する観点から、なかでもトウモロコシ及び/又はタピオカを用いるのがより好ましく、タピオカを用いるのがさらに好ましい。原料澱粉は、糯種か粳種かは問わないが、粳種を用いるのが好ましい。
【0031】
本発明の澱粉分解物は、各種の飲食品に利用することができる。本発明の澱粉分解物は、飲食品に適用して、呈味改善のために使用することができる。よって、本発明の他の態様は、本発明の澱粉分解物を含む飲食品である。その飲食品の形態は特に限定されないが、喫食時に液状、ペースト状、ゲル状又はゾル状といった比較的含水量の多い飲食品形態が好ましい。そのような食品形態において、本発明の澱粉分解物を適用すると、原料風味が際立ち濃厚感が増すといった効果がより発揮される。本発明の飲食品の具体例としては、コーヒー、スポーツドリンク、乳系飲料(乳成分、豆乳、ライスミルク、アーモンドミルク、ココナッツミルク等を含有する飲料等)、ノンアルコールビールテイスト飲料、ジュース、茶系飲料〔紅茶(ミルクティー、レモンティー等を含む)、烏龍茶、緑茶、抹茶、ほうじ茶、玄米茶、麦茶、ルイボスティー、マテ茶、杜仲茶、黒豆茶等〕等の清涼飲料などの非アルコール飲料;ビール、ビールテイストアルコール飲料(発泡酒、第三のビール等)、酎ハイ、サワー、カクテル、ハイボール等のアルコール飲料;プリン、カスタードクリーム、ヨーグルト、クリーム、チーズ、バター類、ムース、練乳等の乳含有製品;餡、羊羹、どらやき、水ようかん、饅頭、最中、汁粉、団子、餅、餡、ういろう等の和菓子類;フルーツプレパレーション、フルーツソース、ゼリー等の水菓子類、ビスケット、クッキー、パン、クラッカー、プレッツェル、蒸しパン、ケーキ類、蒸しケーキ、ドーナツ、マフィン、スポンジ、カステラ、カヌレ、パイ、シュー、ワッフル、マカロン、ピザ、ホットケーキ等のベーカリー製品;メレンゲ;中華麺、うどん、そば、そうめん、冷麦、パスタ(スパゲティー、マカロニ等)、冷麺、フォー、ビーフン、春雨等の麺類;せんべい、あられ、おかき等の米菓類;アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓等の冷菓類;つゆ・たれ類;すし酢、ドレッシング、マヨネーズ、ケチャップ、ソース等の調味製品;カレー、シチュー、パスタ、炒飯、ピラフ、コロッケ、シューマイ、餃子、肉まん、天ぷら・フライ類、たこ焼き、お好み焼き等の調理済み食品;豆腐類;フラワーペースト;バッター;濃厚流動食;経腸栄養剤等が挙げられ、喫食前に水などに溶解又は懸濁して液状、ペースト状、ゲル状又はゾル状の形態とする食品であれば、製造・流通段階において粉末状や顆粒状であってもよく、それら飲食品は、澱粉分解物による原料本来の風味のマスキングが抑えられ、風味立ちが良好で好ましい濃厚感を呈する。粉末状や顆粒状の飲食品形態とする場合、本発明の澱粉分解物は、その粉末化等のための基材としても好適に利用される。
本発明の上記飲食品は、本発明の効果をより顕著に奏する観点から、本発明の澱粉分解物を好ましくは0.5~30質量%、例えば、1~30質量%、1.5~20質量%、2~15質量%、2~11質量%、又は2~10質量%の範囲で含有することができる。
【0032】
和菓子等に使用される餡(並餡)に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、並餡全量に対して、2~15質量%が好ましく、2.5~10質量%がより好ましい。
【0033】
マヨネーズに使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、本発明の効果をより顕著に奏する観点から、マヨネーズ全量に対して、0.5質量%を超えて、5質量%以下が好ましく、0.6~3質量%がより好ましく、0.6~2.5質量%がさらに好ましい。
【0034】
飲料に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、飲料全量に対して0.01~20質量%であり、好ましくは1~10質量%、1~8質量%、又は1~5質量%である。飲料に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、飲料全量に対して、例えば、1質量%、2質量%、3質量%、4質量%、5質量%、6質量%、7質量%、8質量%、9質量%及び10質量%からなる群より選ばれるいずれか2つを下限値及び上限値とする数値範囲とすることができる。
【0035】
練り羊羹に使用する場合、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、本来添加される砂糖の量に対して、十分な硬さを付与する観点から例えば5質量%以上、より好ましくは10質量%以上を置き換えるのが好ましく、過度な粘りを抑える観点から例えば30質量%未満、より好ましくは20質量%未満を本発明の澱粉分解物で置き換えるのが好ましい。練り羊羹に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、本来添加される砂糖の量に対して、十分な硬さを付与する観点から、例えば2質量%以上又は3質量%以上が好ましく、過度な粘りを抑える観点から7質量%以下又は5質量%以下が好ましい。
【0036】
ビスケットに使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、色づき及び食感を良好とする観点から、穀粉(小麦粉(薄力粉等)等)の総質量に対して好ましくは3質量%以上、より好ましくは5質量%以上である。そして、本発明の澱粉分解物の含有量は、生地のべたつきによる製造効率の低下、焼成後生地のダレ、及び過度な焼き色及び焦げ風味を抑える観点から、穀粉(小麦粉(薄力粉等)等)の総質量に対して30質量%未満が好ましく、20質量%未満がより好ましく、10質量%以下がさらに好ましい。
【0037】
フルーツソース、フルーツゼリー等の果汁含有飲食品に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、飲食品全量に対して2~10質量%が好ましく、5~10質量%がさらに好ましい。澱粉分解物の含有量が10質量%よりも多い場合、他の原材料(例えば砂糖)が十分に添加できず、十分な食感や風味が得られない場合がある。
【0038】
冷菓類に使用する場合、本発明の澱粉分解物の含有量は、使用する原材料の種類及び量等に応じて適宜変更しうるが、冷菓類全量に対して2~10質量%が好ましく、5~10質量%がさらに好ましい。
【0039】
以下、本発明の実施形態を記載するが、これら実施例に限定されるものではない。また、実施例内において特に説明がない場合には、「%」は「質量%」を意味する。
【実施例0040】
<澱粉分解物の調製例1>
表1及び2に記載の反応条件、並びに以下の手順で各澱粉分解物を調製した。
(1)まず、表1で示した条件で各液化物を調製した。タピオカ澱粉688~690gを水に懸濁して41~45質量%の澱粉懸濁液とし、消石灰を用いてpH6.0に調整後、α-アミラーゼ(天野エンザイム社製品「クライスターゼSD-KM」)を対紛0.15~0.22質量%となるように添加した。これを約83℃に保温した加熱加圧蒸煮釜内の水375~600gに対して12~15分間かけて徐々に投入(チャージ)した(この時点で澱粉最終濃度は約20~30質量%となる)。投入完了後、83℃で12~15分間反応(ホールド)させることによって、各液化物を得た。酵素失活は130℃・1分で行った。
(2)次に、表1の各番号の液化物を、同じ番号で示した表2の条件でグルコアミラーゼ処理し、各澱粉分解物を調製した。各液化液を60℃に冷却後、シュウ酸を用いてpH3.5に調整し、グルコアミラーゼ(天野エンザイム社製品「グルクザイムNL4.2」)又はβ-アミラーゼ(ノボザイムズ社製品「Maltogenase2XL」)を対紛換算0.04~0.4質量%となるように添加して50℃又は60℃で各時間反応させた。酵素失活は、95℃又は100℃で10分間加熱することにより行った。各液化液及び糖化液のBrixは、株式会社アタゴ製品屈折計(RX-5000)による値であり、表1のDEは、ウィルシュテッターシューデル法による値である。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
<粉末品の調製及び分析>
得られた各糖化液は、珪藻土によるろ過及びイオン交換樹脂による脱塩によって精製した後、Brix25まで濃縮して噴霧乾燥し、以降に詳述する手順によって、DE、粘度(mPa・s)、濁度、DP3~10の割合(%)、及び分子量5,000以上の割合(%)を測定した。
【0044】
(DE)
最終粉末品のDEは、レーン・エイノン法により分析した。
【0045】
(粘度)
最終的に得られた澱粉分解物のBrix30水溶液について、粘度計(「BM型」、東機産業株式会社製品)により30℃における粘度を測定した。より具体的には、Brix30の試料液を30℃に調整し、60rpm/分、ローターNo.1を用いて30秒間測定し、これを粘度(mPa・s)とした。
【0046】
(濁度)
最終的に得られた澱粉分解物のBrix30水溶液を30ml容のガラス製バイアル瓶に入れ、品温4℃で7日間保存した後、1cmのセル長のプラスティック材質のセルに移し、分光光度計(U-2900、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて、720nmの波長における吸光度を測定し、この実測値を10倍した値を濁度とした。
【0047】
(DP3~10の測定)
以下の条件のHPLCにより糖組成を測定した。試料中のDP3~10の合計は、全糖固形分に対する割合(%)として表す。
[カラム]:MCI GEL CK04SS(三菱ケミカル株式会社製品)
[カラム温度]:80℃
[移動相]:蒸留水
[流速]:0.3ml/min
[検出器]:示差屈折計
[サンプル注入量]:Brix5の水溶液10μL
【0048】
(分子量5,000以上の測定)
以下の条件によりHPLCを用いて分子量分布を測定した。まず、プルラン標準品(昭和電工(株)製)、マルトトリオース及びグルコースの検出時間に対する分子量の検量線を作成し、この検量線に基づいて算出される分子量5,000の検出時間より前に検出されるピークの全面積%を「分子量5,000以上の糖組成物含有量(%)」として計測した。
[カラム]:TSKgel G2500PWXL、G3000PWXL、G6000PWXL(東ソー(株)製)
[カラム温度]:80℃
[移動相]:蒸留水
[流速]:0.5ml/min
[検出器]:示差屈折率計
[サンプル注入量]:Brix 1の水溶液100μL
【0049】
<官能評価の方法>
以下の試験例では、食品の研究開発に従事し、官能評価に熟練した者により官能評価を実施した。試験例1~5では、パネリスト9名からなる官能評価パネルでブラインドによる官能評価を行った。各パネリストによる官能評価は、「濃厚感」と「風味立ち」について、0から10のスケールにおける相対位置付け(数字が大きいほど「良好」の意味)により行った。具体的には、一般的な澱粉分解物であるNo.17とNo.18の澱粉分解物を利用し、それぞれの濃厚感を「8」と「2」に、風味立ちを「2」と「8」にまず位置付け、これらとの相対評価(相対位置付け)を行った(表3参照)。最終の評価判定は、濃厚感と風味立ちのスコアの単純平均がいずれも5以上のときは「○」、いずれかが5未満のときは「×」とした。
【0050】
【表3】
【0051】
[試験例1.澱粉分解物含有ミルクティーの調製と評価]
市販品の紅茶飲料(キリンビバレッジ株式会社製品「午後の紅茶(おいしい無糖)」)87.5質量部、スキムミルク(森永乳業株式会社製品「森永スキムミルク」)2.5質量部、各澱粉分解物試料10質量部を混合溶解して得られるミルクティーについて、「濃厚感」(ミルク味の濃厚さ)と「風味立ち」(紅茶の華やかな芳醇さ)を評価した。使用した各澱粉分解物の分析値及びミルクティーの官能評価結果を表4に示した。
【0052】
【表4】
【0053】
試験No.1~8の澱粉分解物は、DEが17.5以上と比較的高いにもかかわらず粘度が13mPa・s以上と高く、また、濁度は1.0以上となり、老化耐性が低いことがわかった。他方、試験No.9~16の澱粉分解物は、DEが高ければ老化耐性は高く(例えば、試験No.9)、DEが低いと老化耐性が低い(例えば、試験No.13)など、DEと老化耐性の関係は一般的な範囲(例えば、一般的な澱粉分解物であるNo.17、18を参照)であった。また、試験No.9~16の澱粉分解物は、DEが高いと粘度が低く(例えば試験No.14)、DEが低いと粘度が高い(例えば試験No.15)といったように、DEと粘度の関係も一般的な範囲(例えば、一般的な澱粉分解物であるNo.17、18を参照)にとどまった。
【0054】
次に、ミルクティーで評価した結果、試験No.1~8の澱粉分解物は、「濃厚感」及び「風味立ち」のいずれもが5以上であったが、試験No.9~16の澱粉分解物は、「濃厚感」又は「風味立ち」のいずれかが5未満であるか、いずれもが5未満であった。
通常、DEが高い澱粉分解物は、飲食品の風味立ちを良好とすることはできるが濃厚感を付与することはできず、他方、DEが低い澱粉分解物は、濃厚感を付与することはできるが好ましい風味までマスキングしてしまう。しかし、前記結果が示すように、試験No.1~8の澱粉分解物は、DEが比較的高く、好ましい風味をマスキングすることなく風味立ちが良い性質を保持しつつ、濃厚感を付与できるという特有の効果を奏する。
【0055】
一方、評価の劣る試験No.9~16の澱粉分解物のうち、特に、試験No.10、15の澱粉分解物は、濃厚感が良好であるのに好ましい風味をマスキングし、風味立ちが悪かった。試験No.10、15の澱粉分解物は、分子量5,000以上の割合が62%以上と高く、また、粘度も25mPa・s以上であったことから、これらがその効果の要因の一部と考えられた。
他方、試験No.9、14、16の澱粉分解物は、風味立ちは良好であるにもかかわらず、濃厚感はさほど感じられなかった。試験No.9、14、16の澱粉分解物は、先の試験No.10、15の澱粉分解物とは異なり、分子量5,000以上の割合が48%未満と低く、また、粘度も13mPa・s未満と低いことから、これらがその効果の要因の一部と考えられた。
試験No.12の澱粉分解物は、DEが20.1であり、分子量5,000以上の割合が48.1%であったため、濃厚感と風味立ちの両効果が期待されたが、濃厚感はさほど認められなかった。これは、DP3~10の占める割合が22.0%と高いことが要因のひとつと考えられた。
試験No.11、13の澱粉分解物は、濃厚感と風味立ちのどちらの効果もさほど認められなかった。試験No.11、13の澱粉分解物は、グルコアミラーゼでなくβ-アミラーゼによって調製したために、全体の糖組成のバランスがこれまでのα-グルコシダーゼを用いて調製した澱粉分解物とは異なることが要因と考えられた。
【0056】
[試験例2.澱粉分解物含有オレンジエードの調製と評価]
表5に示す配合で原料を混合・攪拌し、ビン容器に充填後、85℃・10分間加熱殺菌してオレンジエードを調製した。オレンジエードの官能評価は、「濃厚感」についてはオレンジ果汁の濃厚さを、「風味立ち」についてはオレンジ果汁のフレッシュな香りを対象として行った。
その結果、試験No.14、17、18の澱粉分解物については、3%添加しても濃厚感及び風味立ちのいずれかが弱かったが、試験No.1の澱粉分解物については、1~5%添加したときにオレンジエードの濃厚感及び風味立ちともによく、バランスが良好であった(表6)。
【0057】
【表5】
【0058】
【表6】
【0059】
[試験例3.澱粉分解物含有マヨネーズ(半固体状ドレッシング)の調製と評価]
下の表7に示す配合でマヨネーズを調製した。具体的には、植物油以外の原料にサラダ油を少量ずつ添加して混合・撹拌し、コロイドミル(「MILL MIX」、(株)日本精機製作所)の4,000rpm、クリアランス0.3mmにて乳化し、マヨネーズを調製した。マヨネーズの官能評価は、「濃厚感」についてはマウスフィール(口腔内の皮膚感触の残存)を、「風味立ち」についてはビネガーのフレッシュな風味を対象として行った。
その結果、表8に示すように、No.14、17、18の澱粉分解物については、1%添加しても濃厚感及び風味立ちのいずれかが弱かったが、No.1の澱粉分解物については、0.6~2.5%添加するとマヨネーズ特有の濃厚感及び風味立ちともによく、濃厚さと風味のバランスが良好であった。一方、マヨネーズに1%の砂糖を添加しても濃厚感は低評価であり、また甘味が強く感じられ、風味のバランスが劣っていた。
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
[試験例4.澱粉分解物含有ラクトアイスの調製と評価]
下の表9に示す配合でラクトアイスを調製した。ます、ヤシ油以外の原料を混合・攪拌してからヤシ油を投入し、内容物の温度が85℃に達するまで加熱撹拌した。これをホモミキサーで5000rpm、5分間処理した後、高圧ホモジナイザーで150kgf/cmの圧力で均質化処理し、冷水で5℃まで冷却した。これを庫内温度5℃の冷蔵庫で12時間以上冷蔵してからアイスクリームフリーザーでフリージングし、-4℃で取り出して直径70mm×高さ43mmのカップに充填し、-30℃の急速冷凍庫中で1時間冷凍することによってラクトアイスを調製した。ラクトアイスの官能評価は、「濃厚感」については主に乳脂肪に由来するコク味を、「風味立ち」についてはミルク風味を対象として行った。
その結果、試験No.1の澱粉分解物を3%添加すると、乳脂肪のコク味とミルク風味を強く感じ、そのバランスは非常に良好であった。他方、試験No.14、17、18の澱粉分解物は、3%添加しても乳脂のコク味とミルク風味のいずれかが弱く、物足りない味わいだった(表10)。
【0063】
【表9】
【0064】
【表10】
【0065】
[試験例5.澱粉分解物含有粉末めんつゆの調製と評価]
表11に示す配合で原料を混合溶解し、70℃に加温しながらスプレードライヤーで噴霧乾燥してめんつゆの粉末品を調製した。
得られた粉末めんつゆ20質量部と水100質量部を混合溶解し、官能評価を行った。めんつゆの官能評価は、「濃厚感」についてはボディー感(主にうまみの強さ)を、「風味立ち」については昆布の風味を対象として行った。
その結果、澱粉分解物No.1を添加して粉末化しためんつゆは、うまみと昆布の風味が強いだけでなく、塩味まで強く感じられた。他方、澱粉分解物No.14を添加して粉末化しためんつゆは、昆布の風味は強かったが、うまみと塩味は若干弱かった。澱粉分解物No.17、18を添加して粉末化しためんつゆは、うまみか昆布風味のいずれか一方が非常に弱く、味質のバランスが悪かった。
【0066】
【表11】
【0067】
【表12】
【0068】
[試験例6.澱粉分解物含有こし並餡の調製と評価]
表13に記載の配合と、表14に記載の手順で抹茶入りのこし並餡を調製し、官能評価した。
その結果、試験No.1の澱粉分解物を含むこし並餡は、対照(澱粉分解物不含有)及び比較例(表1のNo.17、No.18、及びパインデックス6(松谷化学工業株式会社製)含有)に比べて、濃厚感(ボディー感)と口溶けがより良好であった。
【0069】
【表13】
【0070】
【表14】
【0071】
[試験例7.澱粉分解物含有練り羊羹の調製及び評価]
表15に記載の配合と表16に記載の手順で、抹茶入りの練り羊羹を調製し、官能評価した。
その結果、試験No.1の澱粉分解物を含む実施例の抹茶入りの練り羊羹は、いずれも十分な硬さが得られ、対照(澱粉分解物不含有)及び比較例よりもボディー感及び口どけが良く、良好な食感を示した。実施例B-2及び実施例B-3に比べて、実施例B-1では粘りがより適度に抑えられていた。
【0072】
【表15】
【0073】
【表16】
【0074】
[試験例8.澱粉分解物含有ビスケットの調製及び評価]
表17に記載の配合と、表18に記載の手順でビスケットを調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含有する実施例のビスケットは、いずれも対照(澱粉分解物不含有)に比べて良好な食感を示し、色づきが適度に向上し、ザクっとした硬さが付与される傾向が見られた。実施例C-1、C-2は、実施例C-3及びC-4に比べてべたつきが少なく型抜きが容易であった。実施例C-4はべたつきが強く型抜きがしにくい傾向が見られ、焼成後の生地のダレが生じ、焼き色及び焦げ風味が強めであった。
【0075】
【表17】
【0076】
【表18】
【0077】
[試験例9.澱粉分解物含有フルーツソースの調製及び評価]
表19に記載の配合と、表20に記載の手順でフルーツソースを調製し、官能評価した。澱粉分解物を含有しない対照は、喫食時に最初の酸味が強いのに対し、No.1の澱粉分解物を含有する実施例は、いずれも最初の酸味が適度に抑えられた。一方、実施例のフレーバーリリースは澱粉分解物によって抑制されず、対照と同等であった。実施例D-3はグラニュー糖の量が少ないため、他の実施例に比べて甘味度がやや低く、物性も緩いものであった。
【0078】
【表19】
【0079】
【表20】
【0080】
[試験例10.澱粉分解物含有ぶどうゼリーの調製及び評価]
表21に記載の配合と、表22に記載の手順でぶどうゼリーを調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含有する実施例E-1は、対照と比較して酸味の立ちが良くボディー感も良好であった。一方、比較例E-1はボディー感は良好であるが酸味の立ちが実施例E-1より弱く、比較例E-2は酸味の立ちは良好であるがボディー感が実施例E-1より弱かった。
【0081】
【表21】
【0082】
【表22】
【0083】
[試験例11.澱粉分解物含有レモンゼリーの調製及び評価]
表23に記載の配合と、表24に記載の手順でレモンゼリーを調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含む実施例Fのレモンゼリーは、対照に比べてボディー感とフレーバーリリースの両方が向上した。一方、比較例F-1は、対照に比べてボディー感が向上したがフレーバーリリースは向上しなかった。また比較例F-2は、対照に比べてフレーバーリリースは向上したが、ボディー感が向上しなかった。
【0084】
【表23】
【0085】
【表24】
【0086】
[試験例12.澱粉分解物含有ミルクティーの調製及び評価]
表25に記載の配合と、表26に記載の手順でミルクティーを調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含む実施例Gのミルクティーは、対照に比べてボディー感とフレーバーリリースの両方が向上した。一方、比較例G-1は、対照に比べてボディー感が向上したがフレーバーリリースは向上しなかった。また比較例G-2は、対照に比べてフレーバーリリースは向上したが、ボディー感が向上しなかった。
【0087】
【表25】
【0088】
【表26】
【0089】
[試験例13.澱粉分解物含有コーヒーの調製及び評価]
表27に記載の配合と、表28に記載の手順でコーヒーを調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含む実施例のコーヒーは、対照に比べてボディー感とフレーバーリリースの両方が向上した。一方、比較例H-1は、対照に比べてボディー感が向上したがフレーバーリリースは向上しなかった。また比較例H-2は、対照に比べてフレーバーリリースは向上したが、ボディー感が向上しなかった。
【0090】
【表27】
【0091】
【表28】
【0092】
[試験例14.澱粉分解物含有氷菓の調製及び評価]
表29に記載の配合と、表30に記載の手順で氷菓(ぶどう果汁含有)を調製し、官能評価した。No.1の澱粉分解物を含む実施例の評価は、対照に比べてボディー感とフレーバーリリースの両方が向上した。一方、比較例I-1は、対照に比べてボディー感が向上したがフレーバーリリースは向上しなかった。また比較例I-2は、対照に比べてフレーバーリリースは向上したが、ボディー感が向上しなかった。
【0093】
【表29】
【0094】
【表30】
【0095】
<澱粉分解物の調製例2>
表31及び表32に記載の反応条件、並びに以下の手順で各澱粉分解物を調製した。
(1)澱粉分解物の調製例1と同じαアミラーゼを用いて表29に記載した条件で液化反応(一次反応及び二次反応)を行った。No.20ではDE4.65になった段階で昇温した後、αアミラーゼを添加して二次反応を行い、酵素失活させて最終的にDE5.97の液化物を調製した。No.21では途中の昇温工程なしにDE5.71まで加水分解し、酵素失活させて液化物を調製した。
(2)得られた液化物を、澱粉分解物の調製例1と同じグルコアミラーゼを用いて、表32の条件で加水分解(糖化)し、澱粉分解物を調製した。
【0096】
【表31】
【0097】
【表32】
【0098】
得られた澱粉分解物を<澱粉分解物の調製例1>と同じ方法により分析した。得られた分析値を表33に示した。
【0099】
【表33】
【0100】
次に、得られた澱粉分解物について、以下の手順で老化安定性試験を行った。老化安定性を確認するために、いったん加熱処理してから4℃で保存した。
(1)ビーカーに量り取った澱粉分解物に純水を加えて溶かし、Brix30に調整した。
(2)ビーカーの重量を測定した後、10分間沸騰浴で加熱した。
(3)再度ビーカーの重量を測定し、純水を加えて蒸発した水分量を補正した。
(4)20mLスクリュー瓶に20g分注した。
(5)4℃の冷蔵庫に静置した。
(6)所定の日数経過後に、<澱粉分解物の調製例1>に記載した方法で吸光度測定して濁度を求めた。
【0101】
得られた濁度を表34に示した。α-アミラーゼによる加水分解途中で加熱したNo.20の澱粉分解物は、加熱しなかったNo.21のサンプルと対比すると、ほぼ同じ分子量分布を示すにもかかわらず、老化安定性がより優れていた。
【0102】
【表34】