(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024153197
(43)【公開日】2024-10-29
(54)【発明の名称】シェル形針状ころ軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/48 20060101AFI20241022BHJP
F16C 19/46 20060101ALI20241022BHJP
F16C 35/063 20060101ALI20241022BHJP
【FI】
F16C33/48
F16C19/46
F16C35/063
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066954
(22)【出願日】2023-04-17
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】丸亀 聖也
(72)【発明者】
【氏名】一柳 彰汰
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 大旺
【テーマコード(参考)】
3J117
3J701
【Fターム(参考)】
3J117AA02
3J117DB10
3J117HA02
3J701AA14
3J701AA24
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701AA72
3J701BA34
3J701BA44
3J701BA46
3J701BA49
3J701BA54
3J701EA31
3J701FA46
3J701FA60
3J701XB03
3J701XB12
3J701XB33
(57)【要約】
【課題】シェル形針状ころ軸受に備わる一つ割り保持器に保持された複数の針状ころの内方への軸の挿入を容易にする。
【解決手段】転動体案内方式の一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側から外した自由状態にあるときの一つ割り保持器3の内径をフリー時の保持器内径φdcとし、一つ割り保持器3を自由状態よりも縮径させてシェル外輪1の第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1bとの間で弾性復元させた組込み状態にあるときの一つ割り保持器3の内径を組込み時の保持器内径φ(dc-α)としたとき、フリー時の保持器内径dcが組込み時の保持器内径φ(dc-α)よりも大きい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道部と、前記軌道部の軸方向一端から径方向に突き出た第一の内鍔部と、前記軌道部の軸方向他端から径方向に突き出た第二の内鍔部とを有するシェル外輪と、
前記軌道部上を転動する複数の針状ころと、
前記複数の針状ころを保持する転動体案内方式の一つ割り保持器と、を備え、
前記一つ割り保持器を前記シェル外輪の内側から外した自由状態にあるときの当該一つ割り保持器の内径をフリー時の保持器内径とし、前記一つ割り保持器を前記自由状態よりも縮径させて前記シェル外輪の前記第一の内鍔部と前記第二の内鍔部との間で弾性復元させた組込み状態にあるときの当該一つ割り保持器の内径を組込み時の保持器内径としたとき、前記フリー時の保持器内径が前記組込み時の保持器内径よりも大きいシェル形針状ころ軸受。
【請求項2】
前記フリー時の保持器内径と前記組込み時の保持器内径との寸法差が0.6mm以下である請求項1に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項3】
前記フリー時の保持器内径と前記組込み時の保持器内径との寸法差が0.25mm以下である請求項1に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項4】
前記組込み時の保持器内径が前記シェル外輪の前記第一及び第二の内鍔部の各内径よりも小さい請求項1又は2に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項5】
前記組込み状態にある一つ割り保持器が当該一つ割り保持器の周方向両端間を周方向に離した割れ目を形成する請求項1又は2に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項6】
前記割れ目が周方向に0.8mm以上1.2mm以下の隙間である請求項5に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項7】
前記一つ割り保持器の径方向の厚さが前記針状ころのころ直径の0.8倍以下である請求項1又は2に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項8】
前記一つ割り保持器が合成樹脂によって形成されている請求項1又は2に記載のシェル形針状ころ軸受。
【請求項9】
前記シェル外輪の前記第一の内鍔部のビッカース硬さと、前記第二の内鍔部のビッカース硬さとの差が10以下である請求項1又は2に記載のシェル形針状ころ軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、シェル形針状ころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
シェル形針状ころ軸受は、シェル外輪と、複数の針状ころと、これら針状ころを保持する保持器と、を備えている。シェル形針状ころ軸受におけるシェル外輪は、軌道部と、両端の内鍔部とを有する。複数の針状ころは、シェル外輪の軌道部上を転動する。保持器は、複数の針状ころを保持する。
【0003】
一般的なシェル形針状ころ軸受は、平板状鋼鈑からなる外輪素材を深絞り加工してカップ状に形成した後、カップの底部を打ち抜いて第一の内鍔部を形成し、次に、軌道部を加工した後、全体に焼入れ処理(例えば浸炭焼入れ)を施した外輪中間体を製造し、この外輪中間体の第一の内鍔部とは反対側から保持器と複数の針状ころとを軌道部と径方向に対向する位置まで挿入し、この後、その外輪中間体の他端側の端部を径方向へ折り曲げて第二の内鍔部を形成することにより、シェル外輪の形成とシェル外輪の内側への保持器及び複数の針状ころの組込みが行われる。この一般的なシェル形針状ころ軸受の製造方法の場合、カップの底部分を打ち抜いた状態で一旦焼入れ処理が施されるため、第二の内鍔部の折り曲げ加工を行なうに際しては、該曲げ部分に部分的に焼きなまし処理を施して割れが発生しないようにしている。
【0004】
このような焼きなまし処理を含む製造工程はコスト高になる。焼きなまし処理を避けるため、周方向一か所だけで分割した形状の一つ割り保持器を採用したシェル形針状ころ軸受がある(特許文献1)。このようなシェル形針状ころ軸受は、その一つ割り保持器の割れ目を閉じて縮径させ、完成形のシェル外輪の内側(第一の内鍔部と第二の内鍔部との間)まで容易に配置することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、シェル形針状ころ軸受を用いて軸をハウジングに対して支持する場合、シェル外輪をハウジングに嵌合し、軸をシェル形針状ころ軸受に挿入する。その軸は、保持器に保持された複数の針状ころの内方に挿入される。この際、挿入される軸と、重力で下がった針状ころとが干渉すると、軸の挿入が容易でなくなる。特許文献1のシェル形針状ころ軸受では、一つ割り保持器をシェル外輪の内側に配置することは容易だが、軸の挿入性までは注目されていない。
【0007】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、シェル形針状ころ軸受に備わる一つ割り保持器に保持された複数の針状ころの内方への軸の挿入を容易にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、この発明は、軌道部と、前記軌道部の軸方向一端から径方向に突き出た第一の内鍔部と、前記軌道部の軸方向他端から径方向に突き出た第二の内鍔部とを有するシェル外輪と、前記軌道部上を転動する複数の針状ころと、前記複数の針状ころを保持する転動体案内方式の一つ割り保持器と、を備え、前記一つ割り保持器を前記シェル外輪の内側から外した自由状態にあるときの当該一つ割り保持器の内径をフリー時の保持器内径とし、前記一つ割り保持器を前記自由状態よりも縮径させて前記シェル外輪の前記第一の内鍔部と前記第二の内鍔部との間で弾性復元させた組込み状態にあるときの当該一つ割り保持器の内径を組込み時の保持器内径としたとき、前記フリー時の保持器内径が前記組込み時の保持器内径よりも大きいシェル形針状ころ軸受、という構成1を採用した。
【0009】
上記構成1によると、フリー時の保持器内径が組込み時の保持器内径よりも大きいため、組込み状態にある一つ割り保持器が弾性復元で拡径しようとする。一つ割り保持器が転動体案内方式であれば、複数の針状ころに対して一つ割り保持器が径方向に自由に動き得る量を外輪案内方式に比して少なくし、弾性復元で拡径しようとする一つ割り保持器によって各針状ころをシェル外輪の軌道部に接触させた状態に維持することが可能である。これにより、軸の挿入の際、各針状ころが重力で下がって軸に干渉することが防止されるので、その軸の挿入を容易にすることが可能になる。
【0010】
上記構成1において、前記フリー時の保持器内径と前記組込み時の保持器内径との寸法差が0.6mm以下である、という構成2を採用することができる。
【0011】
一つ割り保持器は、周方向一か所だけで分割した形状であるので、前述のようにシェル外輪の内側への組込み性に優れる反面、保持器剛性を犠牲にしているため、シェル形針状ころ軸受の回転時の遠心力によって一つ割り保持器が割れ目を開くように拡径する可能性がある。拡径した一つ割り保持器と針状ころの過剰な接触は、シェル形針状ころ軸受の軸受回転トルクの増大につながるので、好ましくない。組込み状態で拡径しようとする一つ割り保持器と針状ころとの接触力を抑えれば、遠心力の作用時における一つ割り保持器と針状ころの接触力を抑えることができる。上記構成2のように、フリー時の保持器内径と組込み時の保持器内径との寸法差を0.6mm以下という小さな値に設定しておけば、組込み状態で拡径しようとする一つ割り保持器と針状ころとの接触力を抑えることができる。
【0012】
上記構成1において、前記フリー時の保持器内径と前記組込み時の保持器内径との寸法差が0.25mm以下である、という構成3を採用することができる。
【0013】
上記構成3によると、上記構成2の場合よりも一層、遠心力の作用時における一つ割り保持器と針状ころとの接触力を抑えることができる。
【0014】
上記構成1から3のいずれか1つにおいて、前記組込み時の保持器内径が前記シェル外輪の前記第一及び第二の内鍔部の各内径よりも小さい、という構成4を採用することができる。
【0015】
上記構成4によると、組込み状態にある複数の針状ころに内接する円径と、シェル外輪の内鍔部の内径との径差の範囲内で一つ割り保持器の径方向の厚さ配分を保持器外径側で少なくし、その分、フリー時の保持器外径を小さく設けて一つ割り保持器をシェル外輪の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑えて、拡径しようとする一つ割り保持器の弾性復元力を抑えることができる。
【0016】
上記構成1から4のいずれか1つにおいて、前記組込み状態にある一つ割り保持器が当該一つ割り保持器の周方向両端間を周方向に離した割れ目を形成する、という構成5を採用することができる。
【0017】
上記構成5において、前記割れ目が周方向に0.8mm以上1.2mm以下の隙間である、という構成6を採用することができる。
【0018】
上記構成6によると、一般的な針状ころのころ直径未満の割れ目を組込み状態で残すだけなので、針状ころの本数減を抑えることができる。
【0019】
上記構成1から6のいずれか1つにおいて、前記一つ割り保持器の径方向の厚さが前記針状ころのころ直径の0.8倍以下である、という構成7を採用することができる。
【0020】
上記構成7によると、一つ割り保持器の径方向の厚さが過大にならないようにフリー時の保持器外径を小さく設けて一つ割り保持器をシェル外輪の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑えることができ、ひいては拡径しようとする一つ割り保持器の弾性復元力を抑えることができる。
【0021】
上記構成1から7のいずれか1つにおいて、前記一つ割り保持器が合成樹脂によって形成されている、という構成8を採用することができる。
【0022】
上記構成8によると、合成樹脂製の一つ割り保持器は、鋼板等の金属板製の一つ割り保持器に比して容易に弾性変形させることができる。
【0023】
上記構成1から8のいずれか1つにおいて、前記シェル外輪の前記第一の内鍔部のビッカース硬さと、前記第二の内鍔部のビッカース硬さとの差が10以下である、という構成9を採用することができる。
【0024】
上記構成9によると、両内鍔部の一方に焼きなましを行っておらず、両内鍔部の表面硬さに優れたシェル外輪を採用することができる。
【発明の効果】
【0025】
上述のように、この発明は、上記構成1の採用により、シェル形針状ころ軸受に備わる一つ割り保持器に保持された複数の針状ころの内方への軸の挿入を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】この発明の実施形態に係るシェル形針状ころ軸受を示す縦断正面図
【
図2】
図1に示す一つ割り保持器の自由状態を針状ころと共に示す縦断正面図
【
図5】
図1のシェル形針状ころ軸受に軸を挿入する様子を示す縦断側面図
【
図6】実施形態に係るシェル形針状ころ軸受の一つ割り保持器と針状ころの接触力に関する解析結果を示す図
【
図7】実施形態に係るシェル形針状ころ軸受の軸受回転トルクに関する解析結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0027】
この発明の一例としての実施形態に係るシェル形針状ころ軸受(以下、単に「このシェル形針状ころ軸受」という。)を添付図面に基づいて説明する。
【0028】
図1~
図5に示すこのシェル形針状ころ軸受は、シェル外輪1と、複数の針状ころ2と、これら針状ころ2を保持する一つ割り保持器3とで構成されている。以下、シェル外輪1の中心軸線(図示省略、以下、同じ。)に沿った方向のことを「軸方向」といい、シェル外輪1の中心軸線に直交する方向のことを「径方向」といい、シェル外輪1の中心軸線周りに一周する円周方向のことを「周方向」という。
【0029】
ここで、
図1は、シェル外輪1の中心軸線に直交しかつシェル外輪1の幅を二等分する位置においてこのシェル形針状ころ軸受を径方向に沿って切断した断面を示し、特に、一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側で最大限に拡径するまで弾性復元させた組込み状態を示している。
図1の組込み状態のとき、シェル外輪1の中心軸線がシェル形針状ころ軸受の回転中心(針状ころ2の公転運動の中心)となる。
図2は、
図1の一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側から外し、自由状態にあるときの一つ割り保持器3、すなわち実質的には一つ割り保持器3の製造時点の形状を示すと共に、自由状態の一つ割り保持器3に対する複数の針状ころ2を
図1と同一位置に示している。
図5は、
図1の一つ割り保持器3の割れ目g1を周方向に二等分する仮想アキシアル平面でこのシェル形針状ころ軸受を軸方向に沿って切断した断面において軸4を挿入する様子を示している。
【0030】
図1、
図5に示すように、シェル外輪1は、軌道部1aと、軌道部1aの軸方向一端(
図5において左端又は右端)から径方向内側に突き出た第一の内鍔部1bと、第一の内鍔部1bとは軸方向反対側である軌道部1aの他端(
図5において右端又は左端)から径方向内側に突き出た第二の内鍔部1bとを繋ぎ目なく一体に有する。
【0031】
軌道部1aは、円筒板部からなる。軌道部1aの内周面は、周方向に沿った円筒面状に形成されている。軌道部1aの外周面は、一般に、ハウジング(図示省略)にしまりばめされる。軌道部1aの内周面は、針状ころ2が転動する軌道面となる。
【0032】
シェル外輪1は、一枚の鋼板によって形成されている。シェル外輪1は、平板状鋼鈑を深絞り加工、打ち抜き加工等してシェル外輪1の全体的な形状を完成させた外輪中間体を形成し、この外輪中間体の全体に表面硬さを高めるための焼入れ処理(例えば浸炭焼入れ)を行い、この熱処理済みの外輪中間体に対して第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1bの一方の表面硬さを積極的に他方の表面硬さよりも低くするための熱処理を行うことなく完成させたものである。このため、シェル外輪1の第一の内鍔部1bのビッカース硬さと、第二の内鍔部1bのビッカース硬さとの差が10(HV)以下である。ここで、ビッカース硬さは、日本産業規格(JIS Z2244-1)で規定された「ビッカース硬さ試験―第1部:試験方法」に準拠した試験で求める硬さのことをいう。
【0033】
針状ころ2は、
図3~
図5に示すように、軌道部1aの内周面上を転動する円筒面状の転動面を有し、その長さが直径に比べて長い針状のころからなる。針状ころ2のころ直径をDrとすると、ころ直径Drは、一般に、6mm以下である。また、針状ころ2のころ長さは、一般に、ころ直径Drの3倍以上10倍以下である。
【0034】
一つ割り保持器3は、
図1、
図2、
図5に示すように、周方向一か所だけで分割した形状を有するかご形保持器からなる。すなわち、一つ割り保持器3は、
図1に示す組込み状態のときに軌道部1aに沿って周方向に有限長さ(一周未満)で延びる一対の軸方向端部3aと、これら一対の軸方向端部3a同士の間を周方向に区切る多数の柱部3bとを繋ぎ目なく一体に有する。一つ割り保持器3は、一対の軸方向端部3aの周方向一端同士を繋ぐ柱部3bと、一対の軸方向端部3aの周方向他端同士を繋ぐ柱部3bとの間を周方向に離した割れ目g1,g2を形成する。これら周方向両端の柱部3b以外の他の柱部3bと一対の軸方向端部3aとによって、針状ころ2を保持する多数のポケット3cが一定ピッチで構成されている。
【0035】
一つ割り保持器3は、合成樹脂によって形成されている。ここで、合成樹脂によって形成されているとは、母材とした合成樹脂によって所定形状を成していることを意味し、母材とした一又は複数種類の合成樹脂に炭素繊維、ガラス繊維等の強化材、改質材を含有してもよい。その合成樹脂としては、機械的性質、耐油性に優れるポリアミド系樹脂を採用することが好ましい。一つ割り保持器3の材質としては、鉄系よりも合成樹脂を採用する方が容易に弾性変形させることが可能なものとなる。また、比較的に柱部3bの周方向幅を小さくして針状ころ2の本数を多くしたり、その表面硬さを小さくして針状ころ2に対する攻撃性を抑えたりすることも可能になる。
【0036】
なお、一つ割り保持器3が保持する針状ころ2の本数は、図示において36本の場合を例示したが、これに限定されず、例えば、コンパクトで希薄潤滑化でも使用できるトルク損失の少ないシェル形針状ころ軸受にする場合、特許文献1にて開示された数式を満足する本数にすることができる。
【0037】
ここで、
図2に示すように、自由状態にあるときの一つ割り保持器3の内径をフリー時の保持器内径φdcとし、当該一つ割り保持器3の外径をフリー時の保持器外径φDcとする。フリー時の保持器内径φdcは、自由状態にあるときの一つ割り保持器3に内接する最小の仮想円の直径に相当する。フリー時の保持器外径φDcは、自由状態にあるときの一つ割り保持器3に外接する最大の仮想円の直径に相当する。
【0038】
図2に示す一つ割り保持器3の割れ目g2を閉じることにより、一つ割り保持器3の内径をフリー時の保持器内径φdよりも小さくすると共に一つ割り保持器3の外径をフリー時の保持器外径φDcよりも小さくすることができる。このため、割れ目g2を完全に閉じた一つ割り保持器3を径方向に対して少し傾けた姿勢で
図5に示すシェル外輪1の第一又は第二の内鍔部1bの内方からシェル外輪1の内側(第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1bとの間)へ差し込み、その傾きを直してから一つ割り保持器3を弾性復元させることにより、シェル外輪1の内側まで容易に配置することができる。
【0039】
前述のように一つ割り保持器3を自由状態よりも縮径させてシェル外輪1の第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1b間で弾性復元させた組込み状態にあるとき、当該一つ割り保持器3の内径は、フリー時の保持器内径φdcよりも小さく、当該一つ割り保持器3の外径は、フリー時の保持器外径Dcよりも小さい。ここで、
図1に示すように、前述の組込み状態にあるときの一つ割り保持器3の内径を組込み時の保持器内径φ(dc-α)とし、当該一つ割り保持器3の外径を組込み時の保持器外径φ(Dc-α)とする。なお、フリー時や組込み時の保持器の内径や外径は、投影機や画像測定器で測定することが可能である。
【0040】
図1、
図2に示すように、一つ割り保持器3は、フリー時の保持器内径φdcが組込み時の保持器内径φ(dc-α)よりも大きく設定されているものなので、
図1、
図3、
図5に示す組込み状態のときに一つ割り保持器3が弾性復元で拡径しようとする。
【0041】
一つ割り保持器3の各ポケット3cは、
図3、
図4に示すように、1本の針状ころ2を保持し、当該ポケット3cからの当該針状ころ2の脱出を阻止する爪部3d、3eを含む。針状ころ2の中心よりも径方向内方に寄った位置の爪部3dは、針状ころ2の径方向内方への脱出を阻止する部位であり、ポケット3cの周方向両側にそれぞれ形成されている。針状ころ2の中心よりも径方向外方に寄った位置の爪部3eは、フリー時の針状ころ2の径方向外方への脱出を阻止する部位であり、ポケット3cの周方向両側にそれぞれ形成されている。
図4、
図5に示すように、ポケット3cと針状ころ2との間に周方向、径方向及び軸方向のポケットすきまが設定されている。
【0042】
一つ割り保持器3は、針状ころ2によって径方向に案内される転動体案内方式に設けられている。すなわち、一つ割り保持器3が
図1、
図3、
図5に示す組込み状態からシェル外輪1に対して径方向に偏心する挙動(径方向に自由に動き得る偏心量)は、ポケット3cと、偏心方向に対応した1本以上の針状ころ2との接触によって規制される。
【0043】
転動体案内方式に対応のポケット3cと針状ころ2との間のポケットすきまは外輪案内方式にする場合に比して小さく設定することが可能である。そうすると、
図1、
図3、
図5に示すように、組込み状態にあるときの一つ割り保持器3は、拡径しようとする弾性復元に伴い、各ポケット3cの各爪部3dで針状ころ2を抱え、その弾性復元力でシェル外輪1の軌道部1aに向かって付勢する。これにより、組込み状態においては、拡径しようとする一つ割り保持器3の各爪部3dにより、各針状ころ2がシェル外輪1の軌道部1aに接触させられた状態に維持される。組込み状態にあるときの一つ割り保持器3の弾性復元による拡径変形は、割れ目g1を残して、針状ころ2との接触で止まることになる。
【0044】
勿論、
図1、
図3、
図5に示す針状ころ2が重力でポケット3cから下がる量は、その周方向両側の爪部3dによって規制される。ここで、
図5に示すように、このシェル形針状ころ軸受において、一つ割り保持器3の各爪部3dによってシェル外輪1の軌道部1aに径方向に接触する状態に維持された複数の針状ころ2に内接する仮想円の直径をころ内接円径φdiとする。ころ内接円径φdiは、各爪部3dによるころ下がり規制があるため、所定以上に確保される。その内接円径φdiは、複数の針状ころ2の内方に挿入される軸4に円筒面状に形成された軌道面4aの直径φDs以上になっている。これにより、軸4の挿入の際、各針状ころ2が重力で下がって軸4に干渉することが防止されるため、複数の針状ころ2の内方への軸4の挿入を容易にすることができる。なお、当然ながら、軸4は、その挿入方向の先端から軌道面4aまでの範囲に直径φDs以上の部位をもたない。
【0045】
このシェル形針状ころ軸受は、前述のように組込み状態の一つ割り保持器3によって各針状ころ2をシェル外輪1の軌道部1aとの接触を維持することが可能だが、針状ころ2を軌道部1aに押し付ける力が過大になることは好ましくない。すなわち、このシェル形針状ころ軸受の回転時に一つ割り保持器3に作用する遠心力が大きいと、一つ割り保持器3の割れ目g1が開いて一つ割り保持器3が
図1、
図3、
図5の組込み状態から更に拡径変形し、柱部3bと針状ころ2とが過剰な接触となり、この接触力が大きくなって軸受回転トルクが増大する可能性がある。仮に、フリー時の保持器内外径と組込み時の保持器内外径を同等にした場合、柱部と針状ころとの過剰接触を防止することは可能だが、組込み状態における一つ割り保持器の弾性復元力がないため、針状ころが重力で下がる分、軸の挿入が容易でなくなる。また、仮に、フリー時の保持器内外径が組込み時の保持器内外径よりも小さい場合、組込み状態における一つ割り保持器はフリー時の状態まで弾性復元で縮径しようとするため、遠心力によって柱部の径方向外方側の爪部と針状ころとの過剰な接触が起こり得、軸の挿入が最も容易でなくなるので、好ましくない。したがって、このシェル形針状ころ軸受のようにフリー時の保持器内外径>組込み時の保持器内外径に設定した上で、柱部3bの爪部3dと針状ころ2との過剰な接触を防ぐため、組込み状態において複数の針状ころ2をシェル外輪1の軌道部1aに接触させた状態で尚も拡径しようとする一つ割り保持器3の弾性復元力を適切に抑えることが好ましく、それ故、フリー時の保持器内外径と組込み時の保持器内外径の寸法差の設定を適切にすることが重要になる。
【0046】
具体的には、
図1に示す組込み時の保持器内径φ(dc-α)は、
図5に示すシェル外輪1の第一及び第二の内鍔部1bの各内径φdoよりも小さい。組込み時の保持器内径φ(dc-α)<内鍔部の内径φdoの設定により、一つ割り保持器3の径方向の厚さtのうちの1/2近い厚さ分、図示例では1/2の厚さ分が各内鍔部1bの内径φdoよりも径方向内方に位置しており、その分、一つ割り保持器3の径方向の厚さtを薄くすることなく、組込み時の保持器外径φ(Dc-α)と各内鍔部1bの内径φdoとの径差を抑え、フリー時の保持器外径Dcを小さく設けることになる。したがって、一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑え、結果的には組込み時の保持器外径φ(Dc-α)も抑え、針状ころ2を軌道部1aに接触させて尚も拡径しようとする一つ割り保持器3の弾性復元力を抑えることができる。なお、
図1、
図2に示す一つ割り保持器3の径方向の厚さtは、そのときの保持器外径と保持器内径の径差に相当するが、フリー時の厚さtと組込み時の厚さtは実質的に同等である。第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1bは、一般に、同一の内径φdoを有し、シェル外輪1の内径は、内鍔部1bの内径φdoに一致する。
【0047】
また、一つ割り保持器3の径方向の厚さtは、針状ころ2のころ直径Drの0.8倍以下である。これにより、一つ割り保持器3の径方向の厚さtが強度的に過大にならないようにフリー時の保持器外径Dcを小さく設けることになる。したがって、一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑え、結果的には組込み時の保持器外径φ(Dc-α)も抑え、針状ころ2を軌道部1aに接触させて尚も拡径しようとする一つ割り保持器3の弾性復元力を抑えることができる。
【0048】
また、
図1に示すように、組込み状態にあるときの一つ割り保持器3は、当該一つ割り保持器3の周方向両端間を周方向に離した割れ目g1を形成する。割れ目g1は、一つ割り保持器3がその周方向一端と周方向他端との間に形成する隙間である。組込み状態における一つ割り保持器3の割れ目g1が周方向両端間の隙間として敢えて残されている分、自由状態の一つ割り保持器3の割れ目g2を閉じてシェル外輪1の内側に配置後にある程度弾性復元させてから針状ころ2をシェル外輪1の軌道部1aに接触させることになる。つまり、フリー時と組込み時の保持器内外径の径差(α分)を少なくすることになる。
【0049】
その割れ目g1の周方向の寸法は、0.8mm以上1.2mm以下に設定されている。割れ目g1が一般的な針状ころ2のころ直径Dr未満であるため、一つ割り保持器3に設けるポケット3cの数を一つ減らすだけで、組込み状態において割れ目g1を残すための周方向スペースを設けることが可能である。したがって、割れ目g1を残すための針状ころ2の本数減を最小限に抑えることができる。
【0050】
このシェル形針状ころ軸受においてフリー時の保持器内径と組込み時の保持器内径の寸法差(以下、単に、「寸法差α」という。)が相違する複数の解析モデルを設定し、その軸受回転数と、その軸受回転数における遠心力を考慮した一つ割り保持器と針状ころとの接触力(以下、単に「接触力」という。)を数値解析し、同じく軸受回転トルクを実測した。その第一の解析モデルは、寸法差αが0.6mmであり、第二の解析モデルは寸法差αが0.25mmであり、第三の解析モデルは寸法差αが0mmである。第一から第三の各解析モデルにおける接触力の数値解析結果を
図6に示し、第一及び第二の各解析モデルにおける軸受回転トルクの実測結果を
図7に示す。なお、
図7では、第一の解析モデル(寸法差0.6mm)と第二の解析モデル(寸法差0.25mm)の軸受回転トルクの大小関係について、第一の解析モデルにおける軸受回転トルクの大きさを1とした場合のトルク比で示している。
【0051】
図6に示す数値解析結果から、寸法差αが大きくなる程に、また、軸受回転数が高くなる程に接触力が大きくなることが分かる。また、
図7に示す実測結果から、寸法差αが0.25mmである場合、寸法差αが0.6mmである場合よりも軸受回転トルクが20%以上低減することが分かる。
【0052】
寸法差αを0mmよりも大きく、0.6mm以下に設定すれば、針状ころとシェル外輪の軌道部との接触を維持できる程度の弾性復元力を確保して軸の挿入を容易にすることが可能でありながら、接触力が過大にならない。軸受回転トルクの低減を図る場合は、特に、寸法差αを0.25mm以下に設定するとよい。また、一つ割り保持器の剛性も接触力に影響することが考えられるため、フリー時の保持器内径がφ40mm以上φ60mm以下、一つ割り保持器の径方向の厚さが1.5mm以上である場合、寸法差αを0mmよりも大きく、0.25mm以下に設定することの効果が大きくなる。
【0053】
このシェル形針状ころ軸受(以下、
図1~
図5を適宜参照。)は、上述のように、軌道部1aと、軌道部1aの軸方向一端から径方向に突き出た第一の内鍔部1bと、軌道部1aの軸方向他端から径方向に突き出た第二の内鍔部1bとを有するシェル外輪1と、軌道部1a上を転動する複数の針状ころ2と、複数の針状ころ2を保持する転動体案内方式の一つ割り保持器3と、を備え、一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側から外した自由状態にあるときの当該一つ割り保持器3の内径をフリー時の保持器内径φdcとし、一つ割り保持器3を自由状態よりも縮径させてシェル外輪1の第一の内鍔部1bと第二の内鍔部1bとの間で弾性復元させた組込み状態にあるときの当該一つ割り保持器3の内径を組込み時の保持器内径φ(dc-α)としたとき、フリー時の保持器内径φdcが組込み時の保持器内径φ(dc-α)よりも大きいことにより、複数の針状ころ2に対して一つ割り保持器3が径方向に自由に動き得る量を外輪案内方式に比して少なくし、組込み状態にあるときに弾性復元で拡径しようとする一つ割り保持器3によって各針状ころ2をシェル外輪1の軌道部1aに接触させた状態に維持することができ、これにより、軸4の挿入の際、各針状ころ2が重力で下がって軸4に干渉することが防止されるので、その軸4の挿入を容易にすることが可能になる。このように、このシェル形針状ころ軸受は、その一つ割り保持器3に保持された複数の針状ころ2の内方への軸4の挿入を容易にすることができる。
【0054】
また、このシェル形針状ころ軸受は、フリー時の保持器内径φdcと組込み時の保持器内径φ(dc-α)との寸法差(α)が0.6mm以下であることにより、組込み状態で拡径しようとする一つ割り保持器3と針状ころ2との接触力を抑えることができる。
【0055】
また、このシェル形針状ころ軸受は、フリー時の保持器内径φdcと組込み時の保持器内径φ(dc-α)との寸法差(α)が0.25mm以下であることにより、一層、遠心力の作用時における一つ割り保持器3と針状ころ2との接触力を抑えることができる。
【0056】
また、このシェル形針状ころ軸受は、組込み時の保持器内径φdcがシェル外輪1の第一及び第二の内鍔部1bの各内径doよりも小さいことにより、組込み状態にある複数の針状ころ2に内接する円径φdiと、シェル外輪1の内鍔部1bの内径φdoとの径差の範囲内で一つ割り保持器3の径方向の厚さtの配分を保持器外径側で少なくし、その分、フリー時の保持器外径φDcを小さく設けて一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑えて、拡径しようとする一つ割り保持器3の弾性復元力を抑えることができる。
【0057】
また、このシェル形針状ころ軸受は、組込み状態にある一つ割り保持器3が当該一つ割り保持器3の周方向両端間を周方向に離した割れ目g1を形成することにより、フリー時と組込み時の一つ割り保持器3の径差(α)を少なくすることができる。
【0058】
また、このシェル形針状ころ軸受は、その割れ目g1が周方向に0.8mm以上1.2mm以下の隙間であることにより、一般的な針状ころ2のころ直径Dr未満の割れ目を組込み状態で残すだけなので、針状ころ2の本数減を抑えることができる。
【0059】
また、このシェル形針状ころ軸受は、一つ割り保持器3の径方向の厚さtが針状ころ2のころ直径Drの0.8倍以下であることにより、一つ割り保持器3の径方向の厚さtが過大にならないようにフリー時の保持器外径φDcを小さく設けて一つ割り保持器3をシェル外輪1の内側へ組み込むのに必要な縮径量を抑えることができ、ひいては拡径しようとする一つ割り保持器3の弾性復元力を抑えることができる。
【0060】
また、このシェル形針状ころ軸受は、一つ割り保持器3が合成樹脂によって形成されていることにより、鋼板等の金属板製の一つ割り保持器3に比して容易に弾性変形させることができる。
【0061】
また、このシェル形針状ころ軸受は、シェル外輪1の第一の内鍔部1bのビッカース硬さと、第二の内鍔部1bのビッカース硬さとの差が10以下であることにより、第一及び第二の内鍔部1bの一方に焼きなましを行っておらず、これら第一及び第二の内鍔部1bの表面硬さに優れたシェル外輪1を採用することができる。ひいては、このシェル形針状ころ軸受のシェル外輪1をハウジング(図示省略)に対して圧入する方向性を無くすことが可能になる。
【0062】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0063】
1 シェル外輪
1a 軌道部
1b 内鍔部
2 針状ころ
3 一つ割り保持器
4 軸
g1,g2 割れ目