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特開2024-153374iPS細胞の作製方法およびiPS細胞作製システム
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  • 特開-iPS細胞の作製方法およびiPS細胞作製システム 図1
  • 特開-iPS細胞の作製方法およびiPS細胞作製システム 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024153374
(43)【公開日】2024-10-29
(54)【発明の名称】iPS細胞の作製方法およびiPS細胞作製システム
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20241022BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20241022BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALN20241022BHJP
【FI】
C12N5/10
C12M3/00 Z
C12N5/0786
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067234
(22)【出願日】2023-04-17
(71)【出願人】
【識別番号】594164542
【氏名又は名称】キヤノンメディカルシステムズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】出口 勝彰
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA27
4B029BB11
4B029FA15
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BA21
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 ドナーから採取した限られた量の血液を有効に利用してiPS細胞を作製する技術を提供すること。
【解決手段】 全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離することと、分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製することと、分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製することとを含む、iPS細胞の作製方法。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離することと、
分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製することと、
分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製することと
を含む、iPS細胞の作製方法。
【請求項2】
前記第1原料細胞からCD34陽性細胞を抽出して、前記第1原料細胞を前記CD34陽性細胞と非CD34陽性細胞とに分離することと、
分離された前記CD34陽性細胞を初期化して、CD34陽性細胞由来のiPS細胞を作製することと、
分離された前記非CD34陽性細胞を第2培地で培養して、iPS細胞作製のための第2原料細胞を調製することと
を更に含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第2原料細胞を初期化して、T細胞由来のiPS細胞を作製することを更に含む請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1培地が、血球前駆細胞を培養するための培地である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記第2培地が、T細胞増殖因子を含む請求項2に記載の方法。
【請求項6】
全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離する単球抽出デバイスと、
分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製する単球初期化デバイスと、
分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製する非単球培養デバイスと
を含む、iPS細胞作製システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書及び図面に開示の実施形態は、iPS細胞の作製方法およびiPS細胞作製システムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、ドナーから採取した血液からiPS細胞を樹立する際、血液中の特定の細胞種からiPS細胞を樹立することが行われている。例えば、血液からT細胞を単離し、T細胞からiPS細胞を樹立することが行われている。しかし、T細胞はT細胞受容体遺伝子に組換えが起こっているため、T細胞由来のiPS細胞は、DNA情報がドナーのDNA情報とは一部異なっている。このため、T細胞由来のiPS細胞は、再度T細胞へ分化させて、ドナーの免疫を手助けするという用途で使用される。
【0003】
ドナーと同じDNA情報を有するiPS細胞を作製する必要がある場合には、血液からCD34陽性細胞を単離し、CD34陽性細胞からiPS細胞を樹立することが行われている。CD34陽性細胞は、未分化な血球細胞であり、血球前駆細胞ということもできる。また、ドナーと同じDNA情報を有するiPS細胞は、血液から単球を単離し、単球からiPS細胞を樹立することによっても作製されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-528397号公報
【特許文献2】特開2023-021090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本明細書及び図面に開示の実施形態が解決しようとする課題の一つは、ドナーから採取した限られた量の血液を有効に利用してiPS細胞を作製する技術を提供することである。ただし、本明細書及び図面に開示の実施形態により解決しようとする課題は上記課題に限られない。後述する実施形態に示す各構成による各効果に対応する課題を他の課題として位置づけることもできる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一つの側面によれば、全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離することと、分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製することと、分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製することとを含む、iPS細胞の作製方法が提供される。
【0007】
別の側面によれば、全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離する単球抽出デバイスと、分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製する単球初期化デバイスと、分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製する非単球培養デバイスとを含む、iPS細胞作製システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】iPS細胞の作製方法の一例を示すフローチャート。
図2】iPS細胞作製システムの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、ドナーから採取した血液は、限られた量であるため、血液中の一種類の細胞種を用いてiPS細胞を作製すると、iPS細胞を樹立できなかったり、iPS細胞の樹立後に目的細胞へ分化できなかったりする場合があることに着目した。例えば、CD34陽性細胞を用いてiPS細胞を作製すると、血液中のCD34陽性細胞の存在量が少ないため、初期化前に培養により増殖させても、iPS細胞の樹立に十分な細胞数が得られない場合がある。また、単球を用いてiPS細胞を作製すると、iPS細胞の樹立効率が低いため、iPS細胞を樹立できなかったり、iPS細胞の樹立後に目的細胞へ分化できなかったりする場合がある。このような場合、ドナーから再度採血をしてiPS細胞を樹立し直す必要があるため、ドナーへの負担が大きい上に、iPS細胞の樹立に時間がかかる。
【0010】
本発明者は、上記課題に新たに着目し、かかる新規課題を解決すること、すなわち、ドナーから採取した限られた量の血液を有効に利用してiPS細胞を作製することに取り組んだ。
【0011】
<1>iPS細胞の作製方法
一実施形態によれば、iPS細胞の作製方法は、
全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離することと、
分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製することと、
分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製することと
を含む。
【0012】
上記実施形態に係る方法は、
前記第1原料細胞からCD34陽性細胞を抽出して、前記第1原料細胞を前記CD34陽性細胞と非CD34陽性細胞とに分離することと、
分離された前記CD34陽性細胞を初期化して、CD34陽性細胞由来のiPS細胞を作製することと、
分離された前記非CD34陽性細胞を第2培地で培養して、iPS細胞作製のための第2原料細胞を調製することと
を更に含んでいてもよい。
【0013】
更に、上記実施形態に係る方法は、
前記第2原料細胞を初期化して、T細胞由来のiPS細胞を作製すること
を更に含んでいてもよい。
【0014】
(iPS細胞の作製方法の一例)
iPS細胞の作製方法の一例を図1に示す。以下、図1に示す工程順にiPS細胞の作製方法の一例を説明する。
採血工程(S1)
ドナーから血液を採取する。ドナーから採取された血液は、本明細書において全血ともいう。ドナーから採取された血液は、通常、末梢血である。ドナーの動物種は、特に限定されないが、好ましくは哺乳類、より好ましくは霊長類、更に好ましくはヒトである。
【0015】
PBMCの抽出工程(S2)
採血工程(S1)で得た血液から末梢血単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cells)(以下、PBMCともいう)を抽出する。単核細胞は、単一の丸い核を持つ血液細胞を指し、単核細胞には、リンパ球(T細胞、B細胞、NK細胞)、単球、樹状細胞が含まれる。単核細胞には、赤血球、血小板、顆粒球は含まれない。PBMCは、末梢血に由来する単核細胞を指す。
【0016】
PBMCの抽出は、例えば、PBMCを分離可能な密度勾配媒体が充填された遠心チューブを用いて、密度勾配遠心法により行うことができる。遠心チューブとして、例えば、SepMate(Stemcell Technologies)を使用することができる。
【0017】
単球の抽出工程(S3)
PBMCの抽出工程(S2)で得たPBMCから単球を抽出する。これにより、PBMCを、単球と非単球とに分離する。単球の抽出は、サイズ分画により行うことができ、例えば、フローサイトメーターで、細胞の大きさを反映した前方散乱光(FSC)の強度および細胞の内部構造を反映した側方散乱光(SSC)の強度を測定することにより行うことができるが、この方法に限定されない。単球は、単球に特異的な蛍光標識抗体を用いてフローサイトメトリーにより抽出することもできる。
【0018】
単球の初期化工程(S4)
単球の抽出工程(S3)で分離された単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製する。単球の初期化は、エレクトロポレーション法やリポフェクション法などの公知のトランスフェクション法により、初期化因子を単球に導入することにより行うことができる。「初期化因子」は、体細胞に導入することにより体細胞からiPS細胞を誘導することができる遺伝子群を指す。初期化因子として、種々の遺伝子の組み合わせが公知であり、例えば、Oct3/4、Sox2、Klf4、およびc-Mycからなる4因子、またはOct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc、Lin28、およびNanogからなる6因子などが知られている。
【0019】
非単球の培養工程(S5)
単球の抽出工程(S3)で分離された非単球を、単球の初期化工程(S4)と並行して(すなわち、単球の初期化と同時期に)、培地で培養する。培地は、血球前駆細胞を培養するための培地を使用することが好ましい。血球前駆細胞を培養するための培地は、市販されており、例えばStemSpan SFEM II(Stemcell Technologies)が挙げられる。また、培地は、T細胞増殖因子を含んでいてもよい。T細胞増殖因子は、T細胞に増殖刺激を与える因子であり、例えばIL-2が挙げられる。培養は、例えば5~7日間行うことができる。
【0020】
培養により、非単球に含まれるCD34陽性細胞およびT細胞を増殖させることができる。すなわち、この培養工程により、この後のCD34陽性細胞の初期化工程(S7)およびT細胞の初期化工程(S9)のための原料細胞を調製することができる。
【0021】
この培養工程でCD34陽性細胞が増殖してCD34陽性細胞の数が増えると、この後のCD34陽性細胞の初期化工程(S7)でiPS細胞の樹立効率を高めることができる。また、この培養工程で、T細胞が増殖して細胞周期の分裂期にいると、この後のT細胞の初期化工程(S9)でiPS細胞の樹立効率を高めることができる。
【0022】
CD34陽性細胞の抽出工程(S6)
非単球の培養工程(S5)で得た細胞からCD34陽性細胞を抽出する。これにより、非単球を、CD34陽性細胞と非CD34陽性細胞とに分離する。CD34陽性細胞は、血球前駆細胞である。非CD34陽性細胞は、主にT細胞から構成される。非CD34陽性細胞は、CD34陰性細胞ということもできる。
【0023】
CD34陽性細胞の抽出は、例えば、蛍光標識された抗CD34抗体を用いてフローサイトメトリーにより行うことができるが、この方法に限定されない。CD34陽性細胞は、フローサイトメーターでサイズ分画により抽出することや、自家蛍光のスペクトルや特定の数個の波長における強度を解析することでCD34陽性細胞を抽出することもできる(特許文献2)。
【0024】
CD34陽性細胞の初期化工程(S7)
CD34陽性細胞の抽出工程(S6)で分離されたCD34陽性細胞を初期化して、CD34陽性細胞由来のiPS細胞を作製する。CD34陽性細胞の初期化は、エレクトロポレーション法やリポフェクション法などの公知のトランスフェクション法により、初期化因子をCD34陽性細胞に導入することにより行うことができる。
【0025】
非CD34陽性細胞の培養工程(S8)
CD34陽性細胞の抽出工程(S6)で分離された非CD34陽性細胞を、CD34陽性細胞の初期化工程(S7)と並行して(すなわち、CD34陽性細胞の初期化と同時期に)、培地で培養する。培地は、T細胞を培養するための培地を使用することが好ましい。T細胞を培養するための培地は、市販されており、例えばX-Vivo 10(Lonza)が挙げられる。また、培地は、T細胞増殖因子を含んでいることが好ましい。T細胞増殖因子は、T細胞に増殖刺激を与える因子であり、例えばIL-2やCD3もしくはCD28モノクローナル抗体が挙げられる。培養は、例えば5~7日間行うことができる。
【0026】
培養により、非CD34陽性細胞に含まれるT細胞を増殖させることができる。すなわち、この培養工程により、この後のT細胞の初期化工程(S9)のための原料細胞を調製することができる。
【0027】
この培養工程で、T細胞が増殖して細胞周期の分裂期にいると、この後のT細胞の初期化工程(S9)でiPS細胞の樹立効率を高めることができる。
【0028】
T細胞の初期化工程(S9)
非CD34陽性細胞の培養工程(S8)で得た細胞(T細胞を含む)を初期化して、T細胞由来のiPS細胞を作製する。T細胞の初期化は、エレクトロポレーション法やリポフェクション法などの公知のトランスフェクション法により、初期化因子をT細胞に導入することにより行うことができる。
【0029】
T細胞の初期化工程(S9)で使用される細胞は、2回の培養工程(S5およびS8)を経ており、採血工程(S1)から例えば10~14日経過しているが、iPS細胞の作製に成功したことが実験により実証されている。
【0030】
(初期化の順序)
上記の方法では、非単球の培養(S5)を、単球の初期化(S4)と並行して行い、単球の初期化(S4)の後に、CD34陽性細胞の初期化(S7)を行う。その後、非CD34陽性細胞の培養(S8)を、CD34陽性細胞の初期化(S7)と並行して行い、CD34陽性細胞の初期化(S7)の後に、T細胞の初期化(S9)を行う。すなわち、上記の方法では、単球の初期化(S4)、CD34陽性細胞の初期化(S7)、およびT細胞の初期化(S9)を、一連のプロセスでこの順序で行う。
【0031】
上記の方法で、単球、CD34陽性細胞、T細胞の順に初期化を行う理由を以下に説明する。単球は、in vitroで培養によって維持することが難しいことから、最初に初期化を行うことが望ましい。CD34陽性細胞およびT細胞は、in vitroで培養によって維持することができるが、CD34陽性細胞は、血液中の存在量が少なく貴重であるため、CD34陽性細胞の分離後、速やかに初期化を行うことが望ましい。また、T細胞は、非CD34陽性細胞の分離後に培養して、iPS細胞の樹立効率を高めることができるため、最後に初期化を行うことが望ましい。
【0032】
(第1変形例)
例示した上述の方法では、単球の初期化工程(S4)、CD34陽性細胞の初期化工程(S7)、およびT細胞の初期化工程(S9)を、この順序で行うが、第1変形例では、CD34陽性細胞の初期化工程(S7)とT細胞の初期化工程(S9)の順序を逆にしてもよい。
【0033】
第1変形例では、上述の方法と同様に、採血(S1)からCD34陽性細胞の抽出(S6)までを行う。その後、分離された非CD34陽性細胞の培養(S8)を行い、T細胞の初期化(S9)を行った後に、CD34陽性細胞の初期化(S7)を行う。すなわち、第1変形例では、単球、T細胞、CD34陽性細胞の順にiPS細胞の作製を行う。
【0034】
(第2変形例)
例示した上述の方法では、非単球の培養工程(S5)を行うが、第2変形例では、非単球の培養工程(S5)は省略してもよい。
【0035】
第2変形例は、非単球の培養工程(S5)を省略したこと以外は、例示した上述の方法と同様に行うことができる。すなわち、第2変形例では、単球の抽出工程(S3)で分離した非単球を、培養することなく、CD34陽性細胞の抽出工程(S6)に移す。
【0036】
(効果)
実施形態に係る方法によれば、ドナーの血液から3種類の血球細胞(すなわち、単球、CD34陽性細胞、およびT細胞)を分離し、3種類の血球細胞を順番に初期化してiPS細胞を作製する一連のプロセスを行う。一方、従来法では、ドナーの血液から1種類の血球細胞を分離し、1種類の血球細胞のみをiPS細胞の作製に利用する。
【0037】
実施形態に係る方法は、3種類の血球細胞を順番に初期化してiPS細胞を作製する一連のプロセスを行うため、従来法と比べて、iPS細胞を樹立できる確率が高く、iPS細胞を樹立できないリスクを減らすことができる。このため、実施形態に係る方法は、従来法と比べて、必要な量のiPS細胞を確保し易い。
【0038】
また、実施形態に係る方法は、従来法でiPS作製をした場合に起こる各血球細胞のデメリット、すなわち、iPS細胞の樹立効率が低いという単球のデメリットや、血液中のCD34陽性細胞の細胞数が少ないというデメリットや、T細胞由来のiPS細胞はDNA情報が変化しているというデメリットを他の血球細胞によって補うことができる。
【0039】
また、iPS細胞は、原料細胞の種類によって、分化し易い細胞の種類が異なる場合がある。このため、複数の原料細胞種に由来するiPS細胞を作製しておくと、iPS細胞の樹立後に目的細胞へ分化できないリスク(分化抵抗性)を減らすとともに、分化細胞のバリエーションを増やすことができる。すなわち、複数の原料細胞種に由来するiPS細胞を作製しておくと、iPS細胞の用途の幅を広げることができる。
【0040】
以上述べたとおり、実施形態に係る方法は、ドナーから採取した限られた量の血液を有効利用し、これにより、iPS細胞の樹立効率および目的細胞への分化効率を高めることができる。
【0041】
また、iPS細胞を樹立できなかった場合や目的細胞へ分化させることができなった場合、ドナーから再度採血をして、iPS細胞の作製や目的細胞への分化をやり直す必要がある。しかし、実施形態に係る方法は、iPS細胞の樹立効率および目的細胞への分化効率を高めることができるため、ドナーから再度採血をする可能性を減らし、採血に伴うドナーへの負担を軽減することができる。
【0042】
加えて、実施形態に係る方法は、3種類の血球細胞を順番に初期化してiPS細胞を作製し、初期化プロセスを同時並行で行わないため、サンプルの取り違いや混入のリスクが少ない点でも優れている。
【0043】
<2>iPS細胞作製システム
上述の「iPS細胞の作製方法」を実施するシステムを以下に説明する。一実施形態によれば、iPS細胞作製システムは、
全血から分離された単核細胞から単球を抽出して、前記単核細胞を前記単球と非単球とに分離する単球抽出デバイスと、
分離された前記単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製する単球初期化デバイスと、
分離された前記非単球を第1培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製する非単球培養デバイスと
を含む。
【0044】
上記実施形態に係るシステムは、
前記第1原料細胞からCD34陽性細胞を抽出して、前記第1原料細胞を前記CD34陽性細胞と非CD34陽性細胞とに分離するCD34陽性細胞抽出デバイスと、
分離された前記CD34陽性細胞を初期化して、CD34陽性細胞由来のiPS細胞を作製するCD34陽性細胞初期化デバイスと、
分離された前記非CD34陽性細胞を第2培地で培養して、iPS細胞作製のための第2原料細胞を調製する非CD34陽性細胞培養デバイスと
を更に含んでいてもよい。
【0045】
更に、上記実施形態に係るシステムは、
前記第2原料細胞を初期化して、T細胞由来のiPS細胞を作製するT細胞初期化デバイス
を更に含んでいてもよい。
【0046】
(iPS細胞作製システムの一例)
iPS細胞作製システムの一例を図2に示す。図2に示すように、iPS細胞作製システム1は、PBMC抽出デバイス2と、単球抽出デバイス3と、単球初期化デバイス4と、非単球培養デバイス5と、CD34陽性細胞抽出デバイス6と、CD34陽性細胞初期化デバイス7と、非CD34陽性細胞培養デバイス8と、T細胞初期化デバイス9とを備えている。なお、各デバイスの間の細胞の搬送は、自動で行ってもよいし手動で行ってもよい。
【0047】
PBMC抽出デバイス2は、全血からPBMCを抽出する。PBMC抽出デバイス2として、例えば、PBMCを分離可能な密度勾配媒体が充填された遠心チューブと、遠心分離機とを使用することができる。遠心チューブとして、例えば、SepMate(Stemcell Technologies)を使用することができる。
【0048】
単球抽出デバイス3は、PBMCから単球を抽出して、PBMCを単球と非単球とに分離する。単球抽出デバイス3として、例えば、フローサイトメーターを使用することができる。
【0049】
単球初期化デバイス4は、単球を初期化して、単球由来のiPS細胞を作製する。単球初期化デバイス4として、例えば、単球と培地を収容するための培養容器と;培養容器に収容された単球を、制御された環境下で培養するための培養空間を内部に有する第1インキュベータとを使用することができる。第1インキュベータは、培養空間の雰囲気条件(温度、湿度、ガス組成など)を制御するように構成されている。例えば、第1インキュベータは、ヒータ、調湿器、ガス供給器、培養空間のガスを循環させるファン、培養空間の雰囲気条件を測定するセンサなどを備えていてもよい。
【0050】
非単球培養デバイス5は、非単球を培地で培養して、iPS細胞作製のための第1原料細胞を調製する。非単球培養デバイス5として、例えば、非単球と培地を収容するための培養容器と;培養容器に収容された非単球を、制御された環境下で培養するための培養空間を内部に有する第2インキュベータとを使用することができる。第2インキュベータとして、上記の第1インキュベータを使用してもよい。
【0051】
CD34陽性細胞抽出デバイス6は、第1原料細胞(非単球)からCD34陽性細胞を抽出して、原料細胞をCD34陽性細胞と非CD34陽性細胞とに分離する。CD34陽性細胞抽出デバイス6として、例えば、フローサイトメーターを使用することができる。CD34陽性細胞抽出デバイス6としてフローサイトメーターを使用する場合、単球抽出デバイス3のフローサイトメーターを使用してもよい。
【0052】
CD34陽性細胞初期化デバイス7は、CD34陽性細胞を初期化して、CD34陽性細胞由来のiPS細胞を作製する。CD34陽性細胞初期化デバイス7として、例えば、CD34陽性細胞と培地を収容するための培養容器と;培養容器に収容されたCD34陽性細胞を、制御された環境下で培養するための培養空間を内部に有する第3インキュベータとを使用することができる。第3インキュベータとして、上記の第1インキュベータを使用してもよい。
【0053】
非CD34陽性細胞培養デバイス8は、非CD34陽性細胞を培地で培養して、iPS細胞作製のための第2原料細胞を調製する。非CD34陽性細胞培養デバイス8として、例えば、非CD34陽性細胞と培地を収容するための培養容器と;培養容器に収容された非CD34陽性細胞を、制御された環境下で培養するための培養空間を内部に有する第4インキュベータとを使用することができる。第4インキュベータとして、上記の第1インキュベータを使用してもよい。
【0054】
T細胞初期化デバイス9は、第2原料細胞(T細胞を含む)を初期化して、T細胞由来のiPS細胞を作製する。T細胞初期化デバイス9として、例えば、T細胞と培地を収容するための培養容器と;培養容器に収容されたT細胞を、制御された環境下で培養するための培養空間を内部に有する第5インキュベータとを使用することができる。第5インキュベータとして、上記の第1インキュベータを使用してもよい。
【0055】
いくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、実施形態同士の組み合わせを行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例0056】
上述の「iPS細胞の作製方法の一例」に示された態様にて実験による実証を行った。以下に実証された例を記す。
【0057】
採血工程(S1)において、ドナーから採取された血液としてヒトの末梢血を使用した。
PBMCの抽出工程(S2)において、遠心チューブとしてSepMate(Stemcell Technologies)を用いた。
単球の抽出工程(S3)は、フローサイトメーターにおいて、細胞の大きさを反映した前方散乱光(FSC)の強度および細胞の内部構造を反映した側方散乱光(SSC)の強度を測定することによるサイズ分画により実施した。
【0058】
単球の初期化工程(S4)は、センダイウイルス法(CytoTune-iPS 2.0L)により、Oct3/4、Sox2、Klf4、およびL-Mycからなる4因子を単球に導入することにより実施した。
非単球の培養工程(S5)において血球前駆細胞を培養するための培地としては、StemSpan SFEM II(Stemcell Technologies)に、T細胞増殖因子としてIL-2を添加したものを使用した。
CD34陽性細胞の抽出工程(S6)は、蛍光標識された抗CD34抗体を用いたフローサイトメトリーにより実施した。
【0059】
CD34陽性細胞の初期化工程(S7)は、センダイウイルス法(CytoTune-iPS 2.0L)により、Oct3/4、Sox2、Klf4、およびc-Mycからなる4因子をCD34陽性細胞に導入することにより実施した。
非CD34陽性細胞の培養工程(S8)においてT細胞を培養するための培地としては、X-Vivo 10(Lonza)に、T細胞増殖因子としてIL-2並びにCD3及びCD28モノクローナル抗体を添加したものを使用した。
T細胞の初期化工程(S9)は、センダイウイルス法(CytoTune-iPS 2.0L)により、Oct3/4、Sox2、Klf4、およびc-Mycからなる4因子をT細胞に導入することにより行った。
【0060】
以上の条件において、培養工程を経て順番に初期化を行っても、3種類の血球細胞のそれぞれから、従来と同程度のiPS細胞樹立効率を達成できた。すなわち、単球由来のiPS細胞、CD34陽性細胞由来のiPS細胞、およびT細胞由来のiPS細胞のそれぞれを、従来と同程度の樹立効率で作製することができた。
【符号の説明】
【0061】
1…iPS細胞作製システム、2…PBMC抽出デバイス、3…単球抽出デバイス、4…単球初期化デバイス、5…非単球培養デバイス、6…CD34陽性細胞抽出デバイス、7…CD34陽性細胞初期化デバイス、8…非CD34陽性細胞培養デバイス、9…T細胞初期化デバイス
図1
図2