(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024153378
(43)【公開日】2024-10-29
(54)【発明の名称】噛み合いクラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/08 20060101AFI20241022BHJP
【FI】
F16D41/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067242
(22)【出願日】2023-04-17
(71)【出願人】
【識別番号】000003355
【氏名又は名称】株式会社椿本チエイン
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(74)【代理人】
【識別番号】100138254
【弁理士】
【氏名又は名称】澤井 容子
(72)【発明者】
【氏名】山内 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】榑松 勇二
(57)【要約】
【課題】簡便な構造で、摩耗による耐久性及び摺動特性に優れ、小型化及び長寿命化を実現可能であり、高トルクにも対応可能な噛み合いクラッチを提供すること。
【解決手段】同軸上に相対回転可能に設けられた内輪110及び外輪115の間に設けられた複数のローラ130のうちの一部のものまたは全部を内輪110の外周面及び外輪115の内周面の一方に設けられたローラ支持部121と、内輪110の外周面及び外輪115の内周面の他方に設けられたポケット部125とで周方向に挟み込むことで内輪110と外輪115とが噛み合うように構成され、ローラ130をローラ支持部121に押し付けるよう径方向に荷重するトルクリミット部材150が、内輪110及び外輪115と同軸に設けられ、トルクリミット部材150は、軸方向に扁平な円環状をなし、径方向に弾性変形可能に構成される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上に相対回転可能に設けられた内輪及び外輪と、前記内輪と前記外輪との間でのトルクの伝達または遮断を行う複数のローラとを備え、前記複数のローラのうちの一部のものまたは全部が前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の一方に設けられたローラ支持部と前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の他方に設けられ前記ローラを収容可能に構成されたポケット部とによって周方向に挟み込まれることで前記内輪と前記外輪とが噛み合うように構成された噛み合いクラッチであって、
前記ローラを前記ローラ支持部に押し付けるよう径方向に荷重するトルクリミット部材が、前記内輪及び前記外輪と同軸に設けられ、前記トルクリミット部材が軸方向に扁平な円環状をなし、径方向に弾性変形可能に構成されていることを特徴とする噛み合いクラッチ。
【請求項2】
前記トルクリミット部材が、スパイラルリテイニングリングからなることを特徴とする請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項3】
前記複数のローラの各々の外周面が止め輪受け面を構成し、
前記トルクリミット部材の外周面または内周面が、前記複数のローラの各々における軸方向一側または両側を荷重するよう前記止め輪受け面と接していることを特徴とする請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項4】
前記ローラを挟み込む前記ローラ支持部の壁面と前記ポケット部の壁面との間で角度差を設けていることを特徴とする請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項5】
前記複数のローラは、前記内輪及び前記外輪の一方を他方に対し正転方向に回転させた時に、前記ローラ支持部と前記ポケット部とによって周方向に挟み込まれる第1ローラと、前記内輪及び前記外輪のうちの一方を他方に対し逆転方向に回転させた時に、前記ローラ支持部と前記ポケット部とによって周方向に挟み込まれる第2ローラとを含み、
前記第1ローラ及び前記第2ローラの各々を径方向に付勢する付勢手段と、前記第1ローラ及び前記第2ローラの一方または両方を前記付勢手段による付勢力に抗って対応するポケット部内に収容されるよう移動させることで噛み合いクラッチの動作モードを切り替える切替部材と、前記ローラ支持部または前記ポケット部との間で前記第1ローラを挟み込む平面部を有するピストン部材及び/または前記ローラ支持部または前記ポケット部との間で前記第2ローラを挟み込む平面部を有するピストン部材とをさらに備え、
前記トルクリミット部材は、その外周面または内周面が前記ピストン部材に接するよう設けられていることを特徴とする請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トルクリミッタを備えた噛み合いクラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
入力軸側から出力軸側へトルクを伝達または遮断するクラッチにおいては、過大なトルクが伝達されることを防止するためのトルクリミッタを備えたものが知られている。
【0003】
トルクリミッタとしては、トレランスリングや摩擦板を利用したいわゆる摩擦式のトルクリミッタや、例えばボールとボールに対し軸方向または径方向に荷重をかける付勢手段とを利用したいわゆる機械式のトルクリミッタなどが知られている。付勢手段としては、例えばコイルスプリング、皿ばねまたは板バネなどが用いられる。
【0004】
例えば、特許文献1には、トレランスリングが外輪の外周面と入力伝達部材の内周面との間もしくは内輪の外周面と入力伝達部材の外周面との間に配置され、規定トルクを超える大きさのトルクの入力があった場合には、内輪、外輪または入力伝達部材とトレランスリングとの間で滑りが発生し、トルクの伝達を制限するよう構成されたトルクリミッタが開示されている。
【0005】
また、例えば特許文献2には、孔に入れて嵌め込んだボールに対し片側に寄せる力が加わるよう円形の板バネが設けられ、例えば過剰なトルクの入力があった場合には、板バネが拡開方向に弾性変形されてボールが孔から押し出されることで、トルクの伝達を制限するよう構成されたトルクリミッタが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-156432号公報
【特許文献2】特表2005-505431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
而して、特許文献1に記載のトルクリミッタなどのように、摩擦式のトルクリミッタにあっては、摩擦板などの摩擦係数に大きく依存するものが多く、トリップ時(トルク伝達遮断時)に摺動するため、このようなトルクリミッタを備えたクラッチにおいては、環境変化による荷重コントロールが難しく、トリップを繰り返すと摩耗による耐久性やリミッタ荷重の不安定さが懸念される。
また、特許文献2に記載のトルクリミッタなどのように、機械式のトルクリミッタにあっては、付勢手段として用いられる例えば板バネ等では、高いトルクを発生させるのが難しく、また、付勢手段を配置するためにスペースを大きくとるため、高トルク、省スペースが必要な車両の動力伝達用途には適さず、また、部品点数も増加し、製造コストが増大するといった問題がある。さらに、板バネの位置合わせも必要となる。
【0008】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、簡便な構造で、摩耗による耐久性及び摺動特性に優れ、小型化及び長寿命化を実現可能であり、高トルクにも対応可能な噛み合いクラッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、同軸上に相対回転可能に設けられた内輪及び外輪と、前記内輪と前記外輪との間でのトルクの伝達または遮断を行う複数のローラとを備え、前記複数のローラのうちの一部のものまたは全部が前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の一方に設けられたローラ支持部と前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の他方に設けられ前記ローラを収容可能に構成されたポケット部とによって周方向に挟み込まれることで前記内輪と前記外輪とが噛み合うように構成された噛み合いクラッチであって、前記ローラを前記ローラ支持部に押し付けるよう径方向に荷重するトルクリミット部材が、前記内輪及び前記外輪と同軸に設けられ、前記トルクリミット部材が軸方向に扁平な円環状をなし、径方向に弾性変形可能に構成されていることにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0010】
本請求項1に係る発明によれば、トルクリミット部材が径方向に対し高荷重を与圧することが可能なものであると共に軸方向に扁平な円環状をなす構造上の理由から狭いスペースでの組付けが可能なものであるため、簡便な構造で、高トルクにも対応可能となる共に、小型化を図ることが可能となる。
さらにまた、トルクリミット荷重が、トルクリミット部材の弾性力と、ローラとポケット部との摺動面における摩擦力とに応じて設定可能であるので、トルクリミット荷重の調整を摩擦係数に左右されることなしに容易に行うことが可能となると共に、摺動部分の摩耗リスクを低減して耐久性を向上させることが可能となり、コンパクト性と機能安定性の両立を図ることができる。
しかも、内輪と外輪とを噛み合わせる係合子としてのローラを、トルクリミット部材を弾性変形させる部材としても利用することで、部品点数を削減することが可能となってコスト低減化を図ることが可能となると共に小型化及び構造の簡素化が容易となる。
【0011】
本請求項2に係る発明によれば、スパイラルリテイニングリングは、周方向において切れ目を有さないものであるため、スパイラルリテイニングリングの組付けに際して位相合わせをする必要がなく、巻き数を増やすことでスパイラルリテイニングリングに作用する応力を分散させることができるため、強度を確保し耐久性を向上することができる。
【0012】
本請求項3に係る発明によれば、複数のローラの各々の外周面が止め輪受け面を構成することにより、部品点数の削減による構造の簡素化及び低コスト化を図ることが容易となる。また、トリップ時にトルクリミット部材と内輪及び外輪の間でローラが転動するため、摩耗による耐久性を向上させることができる。
特に、トルクリミット部材がローラの各々における軸方向両側を荷重するよう設けられることで、ローラを安定して抑えることが可能であり、機能安定性の向上を図ることが可能となる。また、トルクリミット部材の外周面がローラの止め輪受け面に接するよう設けられることで、高速回転時に遠心力による荷重アシストを受けることができ、高トルクに対応可能なものとして構成することが容易となる。
【0013】
本請求項4に係る発明によれば、ローラを挟み込むローラ支持部の壁面とポケット部の壁面との間で角度差を設けることにより、ローラとポケット部との摺動面における摩擦力に基づくトルクリミット荷重の分担荷重と、トルクリミット部材の弾性力に基づくトルクリミット荷重の分担荷重との配分が変更可能であり、機能安定性の向上を容易に図ることが可能となる。また、内輪及び外輪のうちの一方を他方に対して相対回転させるときの回転方向によってトリップトルクを調整することも可能となる。
【0014】
本請求項5に係る発明によれば、噛み合いクラッチの動作モードを変更可能に構成されたいわゆるセレクタブルクラッチにおけるトルクリミッタとして上記トルクリミット部材を用いたピストン機構を備えることで、コンパクト性と機能安定性の両立を図ることができる。また、正転方向及び逆転方向の各回転方向においてトルクリミット荷重の変更が可能となる共に正転方向及び逆転方向のいずれか一方向にのみトルクリミット機能を設けることも可能となり、高い設計の自由度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る噛み合いクラッチの一構成例を示す分解斜視図である。
【
図2】
図1に示す噛み合いクラッチの構成を、一部を省略して示す軸方向前方側から見た平面図である。
【
図3】
図2におけるA-A線断面の一部を示す断面図である。
【
図4】
図2における破線で囲まれた領域を示す拡大図である。
【
図5】
図1に示す噛み合いクラッチにおけるトルクリミッタ機能を説明するためのベクトル図である。
【
図6A】内輪に対し正転方向に規定トルクを超える大きさのトルクが入力されてトルクリミット機構が作動した状態を示す模式図である。
【
図6B】内輪と外輪との噛み合いが解除されトルクが解放された状態を示す模式図である。
【
図7】本発明の第1実施形態に係る噛み合いクラッチの他の構成例における回転軸心に沿った断面の一部を示す図である。
【
図8】本発明の第1実施形態に係る噛み合いクラッチのさらに他の構成例における回転軸心に沿った断面の一部を示す図である。
【
図9】本発明の第2実施形態に係る噛み合いクラッチの一構成例における回転軸心に沿った断面の一部を示す図である。
【
図10】
図9に示す噛み合いクラッチにおける要部を拡大して示す軸方向前方側から見た平面図である。
【
図11】本発明の第3実施形態に係る噛み合いクラッチの一構成例を示す分解斜視図である。
【
図12】
図11に示す噛み合いクラッチの構成を示す、回転軸心に沿った平面で切った断面図である。
【
図14】噛み合いクラッチの要部の構成を示す拡大断面図である。
【
図16A】内輪に対し正転方向に規定トルクを超える大きさのトルクが入力されてトルクリミット機構が作動した状態を示す模式図である。
【
図16B】内輪と外輪との噛み合いが解除されトルクが解放された状態を示す模式図である。
【
図17A】
図11に示す噛み合いクラッチの動作モードが一方向ロックモードにある時の噛み合いクラッチの状態を示す側面図である。
【
図17B】
図11に示す噛み合いカムクラッチの動作モードが一方向ロックモードにある時の第1ローラ及び第2ローラの状態を概略的に示す模式図である。
【
図18A】
図11に示す噛み合いクラッチの動作モードが両方向フリーモードにある時の噛み合いクラッチの状態を示す側面図である。
【
図18B】
図11に示す噛み合いカムクラッチの動作モードが両方向フリーモードにある時の第1ローラ及び第2ローラの状態を概略的に示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
<第1実施形態>
図1乃至
図4に示すように、第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100は、同軸上に相対回転可能に設けられた内輪110及び外輪115と、内輪110と外輪115との間でのトルクの伝達または遮断を行う複数のローラ130と、内輪110の前面及び後面の各々に対し例えばビス止めにより固定され軸方向前面側及び後面側を覆うよう設けられた側板140とを備える。
図1乃至
図3におけるCは回転軸心である。
【0018】
内輪110は、円筒状部材の外周面にローラ130の下方面を支持するローラ支持部121が周方向に所定間間隔で形成されて構成されている。ローラ支持部121は、回転軸方向に延びるよう形成され断面形状が例えば円弧状の凹溝により構成されている。ローラ支持部121の開口縁部の断面形状は、例えば角部のないR面取り形状とされており、これにより、ローラ130の転動促進及びラチェットノッチ音の低減を図ることが可能となっている。
【0019】
外輪115は、円環板状部材の内周面にローラ130を収容可能に構成されたポケット部125がローラ支持部121の各々に対応して周方向に所定間間隔で形成されて構成されている。ポケット部125は、回転軸方向に延びるよう形成され断面形状が例えば等脚台形と該等脚台形の2つの等辺に接する円とを結合した形状の凹溝により構成されている。
【0020】
ローラ130は円柱状であって、外輪115のポケット部125に転動可能に収容された状態で、内輪110のローラ支持部121により支持されており、本実施形態の噛み合いクラッチ100は、内輪110及び外輪115の一方が他方に対し正転方向または逆転方向に相対的に回転されることで、ローラ130がローラ支持部121とポケット部125とによって周方向に挟み込まれることで内輪110と外輪115とが噛み合うよう構成されている。このため、噛み合い時におけるワインドアップ(弾性変形)が発生することがなく、高い剛性が得られると共に、安定した噛み合いを簡単な構造で実現可能となっている。また、小さいスペースに多くのローラ130を配置することができるため、小型化及び高いトルクの伝達が可能となっている。さらにまた、噛み合い時におけるローラ支持部121及びポケット部125に作用する面圧、並びに、ローラ130に作用する面圧を低くすることができるため、衝撃による欠けや摩耗に強い安価な材料で設計可能となると共に、ローラ130自体が回転するため、同一個所での噛み合いとはなりにくく耐久性を向上することが可能となり、長寿命化を図ることが可能となっている。
【0021】
而して、本実施形態に係る噛み合いクラッチ100においては、径方向に弾性変形可能に構成され軸方向に扁平な円環状をなし、複数のローラ130の各々を径方向に荷重するトルクリミット部材150が内輪110及び外輪115と同軸上に設けられている。
【0022】
本実施形態におけるトルクリミット部材150は、軸方向に扁平な円環状をなすよう平線材が巻回(コイリング)されてなるスパイラルリテイニングリングからなり、本実施形態においては、平線材を二重巻きにしてなるスパイラルリテイニングリングが用いられている。
【0023】
本実施形態の噛み合いクラッチ100においては、ローラ130の外周面が止め輪受け面を構成しており、トルクリミット部材150は、外輪115の前面側及び後面側において、その内周面が複数のローラ130の各々の止め輪受け面に接するよう外嵌され、これにより、複数のローラ130の各々をローラ支持部121に押し付けるように、複数のローラ130の各々における軸方向両側を径方向に荷重している。
複数のローラ130の各々の外周面が止め輪受け面を構成することにより、部品点数の削減による構造の簡素化及び低コスト化を図ることが容易となっている。また、トリップ時にトルクリミット部材150と内輪110及び外輪115の間でローラ130が転動するため、摩耗による耐久性を向上させることができる。
また、トルクリミット部材150がローラ130の各々における軸方向両側を荷重するよう設けられることで、ローラ130を安定して抑えることができ、機能安定性の向上を図ることが可能となっている。
【0024】
図5に示すように、内輪110及び外輪115の噛み合い時に、ローラ130に作用するローラ荷重がTr[N]であるとすると、ローラ130は、ローラ支持部121の壁面から(Tr・sinθ
1 )で示される内輪垂直抗力Tb[N]を受ける。θ
1 は、(90°-θn)で示される角度[°]であり、θnは、
図4に示すように、ローラ支持部121におけるローラ130を挟み込む壁面の、径方向に対してなす荷重作用面角度[°]である。
また、ポケット部125は、ローラ130からポケット部125の壁面に沿った方向に(Tb・cosθ
2 )で示される摺動面に平行な分力Tc[N]が作用すると共に、ローラ130とポケット部125との摺動面に対し垂直方向に(Tb・sinθ
2 )で示される摺動面垂直抗力Td[N]が作用する。θ
2 は、(90°-(θn-θg))で示される角度[°]であり、θgは、
図4に示すように、ポケット部125におけるローラ130を挟み込む壁面の、径方向に対してなす摺動面角度[°]である。また、摺動面摩擦係数をμとすると、ローラ130とポケット部125との摺動面に対し(μTd)で示される摺動面摩擦力Tf[N]が作用する。
一方、トルクリミット部材150は、ローラ130からポケット部125の壁面に沿った方向に(Tc-μTd)で示される押圧荷重Nc[N]を受け、(Nc・cosθ
2 )で示される径方向押圧荷重N[N]がトルクリミット部材150に作用する。
【0025】
従って、径方向押圧荷重Nが、トルクリミット部材150の弾性力すなわちローラ130に対し径方向に付加する荷重より大きくなるようトルクが入力された場合には、
図6Aに示すように、トルクリミット部材150を拡径方向に弾性変形させるようローラ130がポケット部125の底部に向かって移動するよう転動する。そして、
図6Bに示すように、ローラ130がローラ支持部121から内輪110の外周面上に乗り上げるように移動することで、内輪110と外輪115との噛み合いが解除されることでトルクが開放され、内輪110と外輪115との間で伝達されるトルクの大きさを制限するようになっている。
【0026】
本実施形態においては、
図4に示すように、ローラ支持部121における荷重作用面角度θnと、ポケット部125における摺動面角度θgとの間で角度差が設けられている。このため、ローラ130とポケット部125との摺動面における摺動面摩擦力Tfに基づくトルクリミット荷重の分担荷重と、トルクリミット部材150の弾性力に基づくトルクリミット荷重の分担荷重との配分が変更可能であり、機能安定性の向上を容易に図ることが可能となっている。また、内輪110及び外輪115のうちの一方を他方に対して相対回転させるときの回転方向によってトリップトルクを調整することも可能となっている。
【0027】
而して、上記の噛み合いクラッチ100によれば、トルクリミット部材150を構成するスパイラルリテイニングリングが例えば巻き数を適宜変更することで径方向に対し高荷重を与圧することが可能であると共に狭いスペースでの組付けが可能なものであるため、簡便な構造で、高トルクにも対応可能なものとして行使することができる共に小型化を図ることができる。
また、スパイラルリテイニングリングは、周方向において切れ目を有さないため、トルクリミット部材150の組付けに際して位相合わせをする必要がなく、巻き数を増やすことでトルクリミット部材150に作用する応力を分散させることができるため、強度を確保し耐久性を向上することができる。
さらにまた、トルクリミット荷重が、トルクリミット部材150の弾性力と、ローラ130とポケット部125との摺動面における摺動面摩擦力とに応じて設定可能であるので、トルクリミット荷重の調整を摩擦係数に左右されることなしに容易に行うことが可能となると共に、摺動部分の摩耗リスクを低減して耐久性を向上させることができ、コンパクト性と機能安定性の両立を図ることができる。
しかも、ローラ130を、トルクリミット部材150を弾性変形させる部材としても利用することで、部品点数を削減することが可能となってコスト低減化を図ることができると共に小型化及び構造の簡素化を容易に図ることができる。
【0028】
上記の第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100においては、平線材を二重巻きにしてなるスパイラルリテイニングリングをトルクリミット部材150として用いた構成について説明したが、スパイラルリテイニングリングの巻き数及びその他の構成は、特に限定されるものではなく、必要とされるトルク荷重に応じた弾性力が得られるように適宜設定することが可能である。例えば、
図7に示すように、トルクリミット部材150として平線材を三重巻きにしてなるスパイラルリテイニングリングを用いた構成としてもよい。
また、上記の第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100においては、複数のローラ130の各々における軸方向両側を荷重するようトルクリミット部材150を設けた構成について説明したが、例えば、
図8に示すように、複数のローラ130の各々における軸方向一側を荷重するようトルクリミット部材150を設けた構成としてもよい。
【0029】
上記の第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100においては、トルクリミット部材150をスパイラルリテイニングリングにより構成したものについて説明したが、トルクリミット部材150を、例えば複数のC形止め輪を軸方向に積重して構成してもよい。
【0030】
さらにまた、上記の第1実施形態においては、トルクリミット部材150が、その内周面が複数のローラ130の各々の外周面により構成される止め輪受け面に接するよう外嵌された構成について説明したが、トルクリミット部材150が、その外周面が複数のローラ130の各々の外周面により構成される止め輪受け面に接するよう内嵌された構成としてもよい。
【0031】
<第2実施形態>
図9は、本発明の第2実施形態に係る噛み合いクラッチの一構成例における回転軸心に沿った断面の一部を示す図、
図10は、
図9に示す噛み合いクラッチにおける要部を拡大して示す軸方向前方側から見た平面図である。
この噛み合いクラッチにおいては、外輪115の内周面にローラ支持部121が形成され、内輪110の外周面にポケット部125が形成されている。
トルクリミット部材150は、内輪110の前面側及び後面側において、その外周面が複数のローラ130の各々の止め輪受け面に接するよう内嵌され、これにより、複数のローラ130の各々をローラ支持部121に押し付けるように、複数のローラ130の各々における軸方向両側を径方向に荷重している。本実施形態においては、トルクリミット部材150として、例えば、2つのC形止め輪を軸方向に積重して用いているが、平線材を二重巻きしてなるスパイラルリテイニングリングを用いてもよい。
【0032】
この噛み合いクラッチにおいては、ローラ130による径方向押圧荷重が、トルクリミット部材150の弾性力より大きくなるようトルクが入力された場合には、トルクリミット部材150を縮径方向に弾性変形させるようローラ130がポケット部底部に向かって移動するよう転動し、ローラ130がローラ支持部121から外輪115の内周面上に乗り上げるように移動することで、内輪110と外輪115との噛み合いが解除される。これによりトルクが開放され、内輪110と外輪115との間で伝達されるトルクの大きさを制限するようになっている。
【0033】
而して、第2実施形態に係る噛み合いクラッチによれば、上記の第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100と同様の効果を得ることができると共に、高速回転時に遠心力による荷重アシストを受けることができるため、一層安定した噛み合いを実現することができると共に、高トルクに対応可能なものとして構成することが容易である。
【0034】
<第3実施形態>
図11は、本発明の第3実施形態に係る噛み合いクラッチの一構成例を示す分解斜視図、
図12は、
図11に示す噛み合いクラッチの構成を示す、回転軸心に沿った平面で切った断面図、
図13は、
図12におけるB-B線断面図、
図14は、噛み合いクラッチの要部の構成を示す拡大断面図である。
この第3実施形態に係る噛み合いクラッチ100は、動作モードを変更可能に構成されたいわゆるセレクタブルクラッチであって、同軸上に相対回転可能に設けられた内輪110及び外輪115と、内輪110と外輪115との間でのトルクの伝達または遮断を行う複数のローラ130と、複数のローラ130の各々を径方向に付勢する付勢手段160と、外輪115の後面に対し例えばビス止めにより固定され軸方向後面側を覆うよう設けられた側板140と、噛み合いクラッチ100の動作モードを切り替える切替部材170と、トルクリミット部材150を用いたピストン機構により構成されたトルクリミッタ151を備える。
図11及び
図12におけるCは回転軸心である。
【0035】
内輪110の外周面には、ローラ130の下方面を支持するローラ支持部121が周方向に所定間隔で形成されている。
本実施形態においては、互いに隣接する2つのローラ支持部121の各々に支持された2つのローラ130が対をなし、4つのローラ対131が周方向に等間隔で配置された構成とされている。以下においては、便宜上、
図13における時計方向を正転方向、反時計方向を逆転方向といい、ローラ対131における正転方向側のローラ130を第1ローラ130a、逆転方向側のローラ130を第2ローラ130bとし、特に言及する場合を除いて、第1ローラ130a及び第2ローラ130bを単にローラ130と称する。
ローラ対131の数は特に限定されるものではなく、目的とするトルク容量に応じて適宜変更することが可能であり、また、ローラ対131の配置間隔は等間隔でなくてもよい。
【0036】
外輪115の内周面には、ローラ対131の第1ローラ130aに対応する第1ポケット部125aが径方向外方に向かって正転方向に傾斜して延びるように形成されていると共に、ローラ対131の第2ローラ130bに対応する第2ポケット部125bが径方向外方に向かって逆転方向に傾斜して延びるように形成されている。
第1ポケット部125a及び第2ポケット部125bは、それぞれ、ローラ130を内輪110から離脱させることができるようローラ130を内部に収容可能に構成されている。
【0037】
付勢手段160は、例えばガータースプリングにより構成され、複数のローラ130の各々の外周面に周方向に延びるように形成された装着溝135に装着されている。付勢手段160としてガータースプリングを用いることで、複数のローラ130の各々に対応する複数の付勢手段を設ける必要がなくなるので、部品点数を削減することが可能となると共に小型化が容易となる。
【0038】
切替部材170は、内輪110及び外輪115の回転動作とは独立して軸方向に移動させて第1ローラ130a及び第2ローラ130bの一方または両方を対応するポケット部内に収容されるよう移動させることで、噛み合いクラッチ100の動作モードを切り替え可能となるように構成されている。
【0039】
切替部材170は、
図15に示すように、円環板状の基部171と、基部171の前面に軸方向に延びるよう一体に設けられ複数のローラ対131の各々に対応する複数のローラ位置変更部172とを備える。
【0040】
各々のローラ位置変更部172は、柱部173と、柱部173の正転方向側に設けられ第1ローラ130aを押圧する第1押圧部174と、柱部173の逆転方向側に設けられ第2ローラ130bを押圧する第2押圧部175を有する。
第1押圧部174は、第2押圧部175に対し軸方向後方側に位置されており、切替部材170の軸方向への移動量を調整することで、ローラ対131における第2ローラ130bのみの位置変更及び第1ローラ130aと第2ローラ130bの両者の位置変更が可能となっている。
【0041】
複数のローラ位置変更部172の各々は、側板140に形成された貫通孔141に対し挿通され、柱部173が径方向内輪110側において対応するローラ対131における第1ローラ130a及び第2ローラ130b間に位置されている。
複数のローラ位置変更部172の各々の前端側部分は、外輪115に形成された貫通孔127を介して導出しており、前端面に円環板状の止め部材176が例えばビス止め固定されている。
【0042】
トルクリミッタ151は、ピストン部材155と、ピストン部材155に接して一定荷重を付与するトルクリミット部材150とを備える。ピストン部材155は、円柱状部材の一端部を中心軸に対し傾斜した平面で切り欠いた柱状体により構成されている。
本実施形態においては、
図14に示すように、トルクリミッタ151は、複数のローラ対131の各々における第2ローラ130bに対応して第2ローラ130bの正転方向側に設けられており、外輪115における第2ポケット部125bの径方向外方側壁面に形成されたピストン部材収容穴126内に、ピストン部材155がその一端部が外輪115の外周面より突出する状態で摺動可能に収容されている。ピストン部材155は、中心軸が径方向に対し正転方向側に傾斜して延びる姿勢で配置されており、ピストン部材155先端の平面部により、第2ローラ130aをローラ支持部121との間で周方向に挟み込むことが可能となっている。
【0043】
本実施形態においては、トルクリミット部材150として、平線材を二重巻きしてなる2つのスパイラルリテイニングを軸方向に積重して用いている。トルクリミット部材150は、外輪115の後面側において、その内周面が複数のピストン部材155の各々に接するよう外嵌され、これにより、複数のローラ130の各々をローラ支持部121に押し付けるように径方向に荷重している。
【0044】
本実施形態に係る噛み合いクラッチ100においては、
図12に示すように、止め部材176が外輪115の前面に当接するよう切替部材170を第1固定位置に固定している状態では、例えば内輪110を外輪115に対して正転方向に回転させると、第2ローラ130bをローラ支持部121とピストン部材155とで周方向に挟み込み、内輪110と外輪115とが噛み合うようになっている。また、内輪110を外輪115に対して逆転方向に回転させると、第1ローラ130aをローラ支持部121と第1ポケット部125aとで周方向に挟み込み、内輪110と外輪115とが噛み合うようになっている。従って、噛み合いクラッチ100の動作モードは、正転方向及び逆転方向の両方向における内輪110及び外輪115の相対回転を禁止する両方向ロックモードとされている。
【0045】
而して、内輪110を外輪115に対して正転方向に回転させたときに、ピストン部材155とピストン部材収容穴126との摺動面摩擦力と、トルクリミット部材150の弾性力とで規定される規定トルクを超える大きさのトルクの入力があった場合には、
図16Aに示すように、第2ローラ130bが第2ポケット部125bの底部に向かって移動するよう転動することで、ピストン部材155を押圧しトルクリミット部材150を拡径方向に弾性変形させる。そして、
図16Bに示すように、第2ローラ130bがローラ支持部121から内輪110の外周面上に乗り上げるように移動することで、内輪110と外輪115との噛み合いが解除されてトルクが開放され、内輪110と外輪115との間で伝達されるトルクの大きさを制限するようになっている。
【0046】
第1実施形態と同様に、ローラ支持部121における荷重作用面角度と、ピストン部材155の平面部の傾斜角度とは、互いに同一の大きさであっても、角度差を有していてもいずれであってもよい。ローラ支持部121における荷重作用面角度と、ピストン部材155の平面部の傾斜角度との間で角度差を設けた場合には、ピストン部材155とピストン部材収容穴126との摺動面における摺動面摩擦力に基づくトルクリミット荷重の分担荷重と、トルクリミット部材150の弾性力に基づくトルクリミット荷重の分担荷重との配分が変更可能であり、機能安定性の向上を容易に図ることが可能である。
【0047】
この噛み合いクラッチ100においては、
図17Aに示すように、切替部材170を軸方向前方に移動させて切替部材170を第2固定位置で固定すると、
図17Bに示すように、ローラ位置変更部172における第2押圧部175の作用によってローラ対131における第2ローラ130bのみが第2ポケット部125b内に収容されるよう移動される。これにより、第2ローラ130bが内輪110から離脱した状態に保持され、噛み合いクラッチ100の動作モードが内輪110の外輪115に対する逆転方向の相対回転を禁止する一方向ロックモードに切り替えられる。
なお、図示してはいないが、例えば切替部材170における第1押圧部174を第2押圧部175に対し軸方向前方側に位置するように形成すれば、切替部材170を第2固定位置に固定することで、ローラ対131のうち第1ローラ130aのみを内輪110から離脱した状態に保持することができ、噛み合いクラッチ100の動作モードを内輪110の外輪115に対する正転方向の相対回転を禁止する一方向ロックモードに切り替えられるよう構成することも可能である。
【0048】
また、
図18Aに示すように、切替部材170を軸方向前方に移動させて切替部材170の基部171が側板140の後面に当接する第3固定位置で固定すると、
図18Bに示すように、ローラ位置変更部172における第1押圧部174の作用によってローラ対131における第1ローラ130aが第1ポケット部125a内に収容されるよう移動される。これにより、第1ローラ130a及び第2ローラ130bが共に内輪110から離脱した状態に保持され、噛み合いクラッチ100の動作モードが正転方向及び逆転方向の両方向における内輪110及び外輪115の相対回転を許容する両方向フリーモードに切り替えられる。
【0049】
而して、第3実施形態に係る噛み合いクラッチ100によれば、上記の第1実施形態に係る噛み合いクラッチ100と同様の効果を得ることができると共に、トルクリミッタ151としてトルクリミット部材150を用いたピストン機構を備えることで、コンパクト性と機能安定性の両立を図ることができる。
【0050】
上記の第3実施形態においては、トルクリミッタ151を複数のローラ対131の各々における第2ローラ130bに対応して第2ローラ130bの正転方向側に設けた構成について説明したが、トルクリミッタ151を第1ローラ130aに対応して第1ローラ130aの逆転方向側に設けた構成、もしくは、トルクリミッタ151を第1ローラ130a及び第2ローラ130bの各々に対応して設けた構成としてもよい。トルクリミッタ151を第1ローラ130a及び第2ローラ130bの各々に対応して設ける場合には、正転方向及び逆転方向の各回転方向においてトルクリミット荷重を変更することも可能であり、機能安定性の向上を図ることが容易となる共に高い設計の自由度を得ることができる。
【0051】
また、上記の第3実施形態においては、内輪110の外周面にローラ支持部121を形成すると共に外輪115の内周面に第1ポケット部125a及び第2ポケット部125bを形成し、トルクリミット部材150をその内周面が外輪115に配置したピストン部材155に接するよう外嵌した構成について説明したが、外輪の内周面にローラ支持部を形成すると共に内輪の外周面にポケット部を形成し、トルクリミット部材をその外周面が内輪に配置したピストン部材に接するよう内嵌した構成としてもよい。
【0052】
さらにまた、上記の第3実施形態においては、噛み合いクラッチ100の動作モードを、両方向ロックモード、一方向ロックモード及び両方向フリーモードの間で切り替え可能とされた構成について説明したが、内輪の外輪に対する正転方向の相対回転を禁止する一方向ロックモード及び内輪の外輪に対する逆転方向の相対回転を禁止する一方向ロックモードの2つの一方向ロックモードを含む4つの動作モードで切り替え可能とされた構成であってもよい。
また、噛み合いクラッチの動作モードの切り替えは、切替部材170を内輪110及び外輪115の回転動作と独立して軸方向に移動させることでローラ130をローラ支持部121から離脱させる構成について説明したが、切替部材を内輪及び外輪の回転動作と独立して回転させることでローラをローラ支持部から離脱させる構成であってもよい。
【0053】
以上、本発明の実施形態を詳述したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明を逸脱することなく種々の設計変更を行なうことが可能である。
例えば、上記の各実施形態においては、内輪を固定して外輪を回転させる構成、外輪を固定して内輪を回転させる構成、及び、内輪及び外輪がともに回転する構成のいずれであってもよい。
【符号の説明】
【0054】
100 ・・・ 噛み合いクラッチ
110 ・・・ 内輪
115 ・・・ 外輪
121 ・・・ ローラ支持部
125 ・・・ ポケット部
125a ・・・ 第1ポケット部
125b ・・・ 第2ポケット部
126 ・・・ ピストン部材収容孔
127 ・・・ 貫通孔
130 ・・・ ローラ
130a ・・・ 第1ローラ
130b ・・・ 第2ローラ
131 ・・・ ローラ対
135 ・・・ 装着溝
140 ・・・ 側板
141 ・・・ 貫通孔
150 ・・・ トルクリミット部材
151 ・・・ トルクリミッタ
155 ・・・ ピストン部材
160 ・・・ 付勢手段
170 ・・・ 切替部材
171 ・・・ 基部
172 ・・・ ローラ位置変更部
173 ・・・ 柱部
174 ・・・ 第1押圧部
175 ・・・ 第2押圧部
176 ・・・ 止め部材
C ・・・ 回転軸心