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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154064
(43)【公開日】2024-10-30
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20241023BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20241023BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20241023BHJP
【FI】
G01N27/62 D
H01J49/00 400
H01J49/40 800
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067673
(22)【出願日】2023-04-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 浩子
(72)【発明者】
【氏名】立石 勇介
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041DA05
2G041EA04
2G041GA01
2G041GA03
2G041GA06
2G041GA08
2G041GA09
2G041HA01
(57)【要約】
【課題】測定対象の質量電荷比範囲を複数に分割して取得した質量分析データを統合して測定感度が均一な質量分析データを得る。
【解決手段】基準イオンの質量電荷比で隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように複数の部分質量電荷比範囲を設定し(ステップ2)、各部分質量電荷比範囲で既知化合物の質量分析データを取得し(ステップ3、4)、隣接する部分質量電荷比範囲の質量分析データにおける基準イオンの測定強度に基づいて規格化係数を決定し(ステップ6、9)、各部分質量電荷比範囲で測定対象試料の質量分析データを取得し(ステップ12)、各部分質量電荷比範囲で取得した測定対象試料の質量分析データに規格化係数を乗じて質量分析データを規格化し(ステップ14)、規格化後の複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する(ステップ15)。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいてイオンの測定強度を規格化するための規格化係数を決定し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである、質量分析方法。
【請求項2】
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである、質量分析方法。
【請求項3】
前記質量分析データを統合する際に、重複する部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データとして、一方の部分質量電荷比範囲の質量分析データ、又は隣接する2つの部分質量電荷比範囲の質量分析データの平均値を用いる。
ものである、請求項1又は2に記載の質量分析方法。
【請求項4】
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように測定対象の質量電荷比範囲を分割した複数の部分質量電荷比範囲と、前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得された質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて定められた、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおける規格化係数とが保存された記憶部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える質量分析装置。
【請求項5】
さらに、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する部分質量電荷比範囲設定部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を質量分析することにより質量分析データを取得する第2測定実行部と、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて、前記複数の部分質量電荷比範囲においてイオンの測定強度を規格化するための規格化係数を決定し、前記複数の部分質量電荷比範囲、及び該複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおける規格化係数を前記記憶部に保存する規格化係数決定部
を備える、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する部分質量電荷比範囲設定部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える質量分析装置。
【請求項7】
さらに、
測定対象のイオンに所定の飛行空間を飛行させる飛行時間型の質量分離部
を備える、請求項4から6のいずれかに記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(Time-of-Flight Mass Spectrometer: TOF-MS)では、試料成分由来のイオン群を飛行時間型の質量分離部に導入し、該イオン群に一定の運動エネルギーを付与してドリフト空間に入射し、所定距離の軌道を飛行させてイオン検出器で各イオンを検出する。ドリフト空間では、質量電荷比が小さいイオンほど早く飛行し、より短時間でイオン検出器に入射する。従って、飛行時間を横軸、イオンの強度を縦軸とするグラフを作成し、予め用意された情報に基づいて飛行時間を質量電荷比に変換することによりマススペクトルが得られる。飛行時間型質量分析装置では、例えば、飛行時間型の質量分析部の前段に、四重極電極(QP)やイオントラップ(IT)が設けられる。四重極電極は、イオン群を飛行時間型の質量分離部に輸送し、イオントラップはイオン群を蓄積して一斉にドリフト空間へと射出する(特許文献1、2)。
【0003】
飛行時間型質量分析装置では、広い質量電荷比(m/z)範囲(例えばm/z=500~20,000)でイオンを測定することができる。しかし、イオントラップで蓄積可能なイオンの質量電荷比範囲は限られており、四重極電極で輸送可能なイオンの質量電荷比範囲も限られている。また、イオン検出器からの出力信号はデジタイザによってデジタル変換されるが、デジタイザの記憶容量は限られており、デジタル変換された膨大なデータを広い質量電荷比範囲に亘って記憶することはできない。これらの理由により、広い質量電荷比範囲を一度に測定することはできないことから、広い質量電荷比範囲で質量分析データを取得する際には、測定対象の質量電荷比範囲を複数に分割し、分割後の質量電荷比範囲毎に測定を行って、各測定で取得したマススペクトルを統合する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2019/220501号
【特許文献2】国際公開第2021/131140号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Noam Kishenbaum, Izhak Michaelevskim, Mical Sharon, "Analayzing Large Protein Complexes by Structural Mass Spectroscopy", J Vis. Exp. 2010 Jun 19,(40),1954
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分割後の質量電荷比範囲毎の測定では、当該質量電荷比範囲のイオンを捕捉したり通過させたりするために、質量電荷比範囲毎に異なる電圧がイオントラップや四重極電極に印加される。イオンの測定感度はイオントラップや四重極電極に印加する電圧の値によって異なるため、分割後の質量電荷比範囲毎に取得したマススペクトルをそのまま統合しても、質量電荷比範囲毎に測定感度が異なり、全質量電荷比範囲を一度に測定する場合のように測定感度が均一な質量分析データを得ることはできない。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、測定対象の質量電荷比範囲を複数に分割し、該分割後の質量電荷比範囲のそれぞれにおいて質量分析を行って取得した質量分析データを統合して、測定感度が均一な質量分析データを得ることができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法の一態様は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいてイオンの測定強度を規格化するための規格化係数を決定し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである。
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の一態様は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように測定対象の質量電荷比範囲を分割した複数の部分質量電荷比範囲と、前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得された質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて定められた前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおける規格化係数とが保存された記憶部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法の別の一態様は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである。
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の別の一態様は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する部分質量電荷比範囲設定部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する。この基準イオンは、実行する質量分析がMS分析である場合には、既知化合物から直接生成されるイオンであり、MS/MS分析である場合には、既知化合物から生成されるイオン、又は該イオン(プリカーサイオン)の解離によって生成されるイオン(プロダクトイオン)である。ここで、部分質量電荷比範囲の数をnとすると、基準イオンの数はn-1(nは正の整数)である。従って、部分質量電荷比範囲の数が2である場合には1種類の基準イオンのみを用い、部分質量電荷比範囲の数が3以上である場合には複数種類の基準イオンを用いることになる。そして、複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて既知化合物又は既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析して質量分析データを取得する。
【0013】
各部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データを取得したあと、隣接する部分質量電荷比範囲における基準イオンの測定強度に基づいて、複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれに規格化係数を決定する。本発明では、隣接する部分質量電荷比範囲について共通して測定される基準イオンの測定強度が揃うように規格化係数を決定することで、複数の部分質量電荷比範囲におけるイオンの測定感度を均一に揃える。そのため、規格化後の、複数の部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データを統合することにより、測定対象の質量電荷比範囲の全体にわたって測定感度が均一な質量分析データを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施形態の要部構成図。
図2】本発明に係る質量分析方法の一実施形態であるキャリブレーションモードの手順を説明するフローチャート。
図3】本実施形態における標準物質であるヨウ化セシウムから生成されるイオンの質量電荷比。
図4】本実施形態における部分質量電荷比範囲A~Cを説明する図。
図5】隣接する部分質量電荷比範囲で共通して測定されるイオンについて説明する図。
図6】部分質量電荷比範囲Bの規格化について説明する図。
図7】部分質量電荷比範囲Cの規格化について説明する図。
図8】本実施形態においてキャリブレーションモードを実行した後に実試料を測定する手順を説明するフローチャート。
図9】部分質量電荷比範囲A~Cのグラフデータを統合してマススペクトルデータを作成する処理について説明する図。
図10】本発明に係る質量分析方法の一実施形態である実試料分析モードの手順を説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置の実施形態について、以下、図面を参照して説明する。
【0016】
図1に、本実施形態における液体クロマトグラフ質量分析装置1の要部構成を示す。本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置1は、液体クロマトグラフ(LC)10と、質量分析装置20と、これらの動作を制御する制御・処理部40を備えている。液体クロマトグラフ10は、液体試料に含まれる各種の成分をカラムで分離し、エレクトロスプレーイオン化(ESI)プローブ211に導入する。
【0017】
質量分析装置20の内部は、イオン化室21、第1中間真空室22、第2中間真空室23、及び分析室24に区画されている。イオン化室21は、略大気圧であり、エレクトロスプレーイオン化(ESI)プローブ211が配置されている。第1中間真空室22、第2中間真空室23、及び分析室24は、真空チャンバ内に設けられており、この順に真空度が高くなる差動排気系の構成を有している。
【0018】
イオン化室21と第1中間真空室22の間には隔壁が設けられており、これらは該隔壁に設けられた脱溶媒管212で連通している。第1中間真空室22には、イオン化室21で生成されたイオンを、イオンの飛行方向の中心軸であるイオン光軸Cに沿って収束させつつ後段へと輸送するイオンガイド221が設けられている。
【0019】
第1中間真空室22と第2中間真空室23は、これらを隔てるスキマーコーン222の頂部に形成された小孔で連通している。第2中間真空室23にも、第1中間真空室22から進入するイオンをイオン光軸Cに沿って収束させつつ後段へと輸送するイオンガイド231が設けられている。
【0020】
第2中間真空室23と分析室24は、隔壁に形成された小孔で連通している。分析室には、四重極電極241、コリジョンセル242、リニアイオントラップ244、マルチターン飛行時間型質量分離部245、及びイオン検出器247が設けられている。四重極電極241は、測定対象範囲の質量電荷比のイオンをイオン光軸Cに沿って収束させつつ後段へと輸送する。コリジョンセル242の内部には多重極イオンガイド243が配置されている。コリジョンセル242には、真空チャンバの外に配置された衝突誘起解離(CID)ガス源(図示略)から、適宜のタイミングで不活性ガスが供給される。
【0021】
リニアイオントラップ244は、イオン光軸C上にイオン導入開口が形成された前面電極2441、及び背面電極2442と、イオン光軸C沿って、該イオン光軸Cを取り囲むように配置された4本のロッド電極2443を備えている。ロッド電極2443のうちの1つには、イオンを排出するためのスリット2444が形成されている。
【0022】
スリット2444の外には、マルチターン飛行時間型質量分離部245が配置されている。マルチターン飛行時間型質量分離部245は、イオン導入口2451、周回部246、及びイオン排出口2452を備えている。イオン導入口2451は、ロッド電極2443のスリット2444と対向して配置されている。周回部246は、略回転楕円体状の外側電極2461と、該外側電極2461の内側に設けられた略回転楕円体状の内側電極2462とを有する。図1には、外側電極2461及び内側電極2462の略回転楕円体における回転軸であるZ軸と、該Z軸に垂直な一方向の軸であるX軸を含むZX断面図を示している。周回部246は、Z軸を含む面で切断すると、断面の方位角(Z軸の周りの角度)に依らず、図1に示したものと略同一の形状を呈する。外側電極2461及び内側電極2462は、ZX平面において曲線状である1対の電極を向かい合わせた部分電極対と、ZX平面において直線状である1対の電極を向かい合わせた部分電極対で構成されている。イオン排出口2452の外側には、イオン検出器247が配置されている。
【0023】
制御・処理部40は、記憶部41を備えている。記憶部41には、各種の既知化合物に関する測定条件や解析条件が保存されている。既知化合物の情報には、以下に説明するキャリブレーションモードや実試料分析モードで使用される候補となる標準物質に関する保持時間や、当該標準物質から生成されるイオンの質量電荷比の情報等も含まれている。さらに、記憶部41には、キャリブレーションモードや実試料分析モードによって決定された部分質量電荷比範囲や規格化係数の情報が保存される。
【0024】
また、制御・処理部40は、機能ブロックとして、モード選択部51、標準物質決定部52、部分質量電荷比範囲設定部53、測定実行部54、データ作成部55、規格化係数算出部56、データ規格化部57、及びデータ統合部58を備えている。制御・処理部40の実体は一般的なパーソナルコンピュータであり、使用者が適宜の情報を入力するための入力部6と、適宜の情報を表示するための表示部7が接続されている。また、予めインストールされた質量分析プログラムをプロセッサで実行することにより、上記の機能ブロックが具現化される。
【0025】
次に、本実施形態における質量分析方法について説明する。
【0026】
本実施形態における質量分析方法では、まず、モード選択部51が、表示部7にモード選択画面を表示し、使用者に分析モードを選択させる。分析モードには、キャリブレーションモードと、実試料分析モードがある。
【0027】
まず、使用者がキャリブレーションモードを選択した場合について説明する。図2は、キャリブレーションモードに係るフローチャートである。キャリブレーションモードは、例えば液体クロマトグラフ質量分析装置1の出荷時や据付時に製造者によって行われる。あるいは、質量分析装置20の部品交換や各部の設定変更を行った後や、定期的に行われるメンテナンス時などに、液体クロマトグラフ質量分析装置1のユーザによって行われる。なお、液体クロマトグラフ質量分析装置1のユーザによって行われる場合、後記の測定実行部54は、本発明における第2測定実行部に相当する。
【0028】
キャリブレーションモードが開始されると、標準物質決定部52は、標準物質に関する情報を入力するための画面を表示部7に表示し、キャリブレーションを実行しようとする質量電荷比範囲において、複数のイオンを生成する標準物質を決定させる(ステップ1)。これには、例えば、記憶部41に保存されている、標準物質候補の一覧を、各標準物質から生成されるイオンの質量電荷比の情報とともに表示し、その中から使用者に選択させる方法を採ることができる。あるいは、使用者が標準物質の名称と、該標準物質から生成されるイオンの質量電荷比の情報を入力してもよい。こうした標準物質としては、例えばCsI(ヨウ化セシウム)を用いることができる。非特許文献1に記載されているように、CsIからは、393から10,000を超える広い質量電荷比範囲において等しい質量電荷比間隔でクラスターイオンが生成される。図3に、CsIから生成されるイオンの質量電荷比を示す。
【0029】
本実施例のような飛行時間型の質量分析装置では、広い質量電荷比(m/z)範囲(例えばm/z=500~20,000)でイオンを測定することができる。しかし、リニアイオントラップ244で蓄積可能なイオンの質量電荷比範囲は限られており、四重極電極241で輸送可能なイオンの質量電荷比範囲も限られている。また、イオン検出器247からの出力信号はデジタイザによってデジタル変換されるが、デジタイザの記憶容量は限られており、デジタル変換された膨大なデータを広い質量電荷比範囲に亘って記憶することはできない。特に、本実施形態のようなマルチターン飛行時間型質量分離部245では、イオンの飛行距離を長くすることで質量分解能を高めることができるが、その一方で、サンプリング回数が増大し、データ容量が大きくなる。これらの理由により、広い質量電荷比範囲を一度に測定することはできないことから、広い質量電荷比範囲で質量分析データを取得する際には、測定対象の質量電荷比範囲を複数に分割し、分割後の質量電荷比範囲毎に測定を行って、各測定で取得したマススペクトルを統合する。
【0030】
標準物質が決定すると、部分質量電荷比範囲設定部53は、使用者に、キャリブレーションを実行する質量電荷比範囲を設定させる。この例では、質量電荷比範囲として500-10,800の範囲を設定する。また、部分質量電荷比範囲設定部53は、使用者に、設定した質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割させる画面を表示部7に表示する(ステップ2)。複数の部分質量電荷比範囲の大きさ(広さ)は、1つの印加電圧条件で四重極電極241によりイオンを輸送可能であり、1つの印加電圧条件でリニアイオントラップ244にイオンを捕捉可能であり、かつ、1度の測定でイオン検出器247により取得されるデータ量がデジタイザに記憶可能な範囲内になるように定める。また、隣接する部分質量電荷比範囲を部分的に重複させ、その部分に標準物質から生成されるイオンの質量電荷比が含まれるようにする。
【0031】
この例では、図4に示す3つの部分質量電荷比範囲A~Cを設定する。部分質量電荷比範囲Aはm/z=500-1,500、部分質量電荷比範囲Bはm/z=1,300-3,900、部分質量電荷比範囲Cはm/z=3,600-10,800である。部分質量電荷比範囲Aと部分質量電荷比範囲Bは、(CsI)5Cs+の質量電荷比(m/z=1,432)を含む質量電荷比範囲m/z=1,300-1,500で重複し、部分質量電荷比範囲Bと部分質量電荷比範囲Cは、(CsI)14Cs+の質量電荷比(m/z=3,770)を含む質量電荷比範囲m/z=3,600-3,900で重複している。部分質量電荷比範囲の数は2つであってもよく、あるいは4つ以上であってもよい。
【0032】
部分質量電荷比範囲が設定され、使用者が標準物質をセットして測定開始を指示すると、測定実行部54は、決定した3つの部分質量電荷比範囲A~Cのそれぞれにおいて同量の標準物質を測定する(ステップ3)。標準物質の測定時には、液体クロマトグラフ10を介して質量分析装置20に導入してもよく、質量分析装置20のESIプローブ211に直接導入してもよい。質量分析装置20では、例えば、当該部分質量電荷比範囲内のイオンを全て四重極電極241等で輸送し、リニアイオントラップ244にいったん捕捉してからドリフト空間に射出して測定する。なお、マルチターン飛行時間型質量分離部245の周回部246内に規定された所定の距離をイオンが飛行するのに要する時間と質量電荷比は非線形の関係にあるため、複数の部分質量範囲のそれぞれにおける測定時にデータをサンプリングする時間間隔(イオンの強度を蓄積する時間の長さ)は必ずしも同じでなくてよい。質量電荷比が大きい部分質量電荷比範囲において、質量電荷比が小さい部分質量電荷比範囲よりもサンプリング間隔を長くしても、これらの部分質量電荷比範囲でほぼ同じ質量分解能でイオンを測定することができる。
【0033】
部分質量電荷比範囲A~Cではそれぞれ、当該部分質量電荷比範囲内のイオンを輸送するのに適した電圧(高周波電圧及び/又は直流電圧)が四重極電極241等に印加され、当該部分質量電荷比範囲内のイオンを捕捉するのに適した電圧(高周波電圧及び/又は直流電圧)がリニアイオントラップ244に印加される。つまり、部分質量電荷比範囲A~Cの測定時に四重極電極241やリニアイオントラップ244に印加される電圧値は互いに異なる。そのため、部分質量電荷比範囲A~Cにおいて同一の測定手法でイオンを測定しても、測定感度は均一でないことが多い。そこで、本実施形態では、以下のようにして部分質量電荷比範囲A~Cの質量分析データを規格化する。
【0034】
測定終了後、データ作成部55は、複数の部分質量電荷比範囲A~Cのそれぞれについて、飛行時間を横軸、イオンの強度を縦軸とするグラフデータ(飛行時間-強度スペクトルデータ)を作成する(ステップ4)。
【0035】
続いて、規格化係数算出部56は、隣接する複数の部分質量電荷比範囲で共通して測定されている標準物質由来のイオンのマスピークの強度値を算出する。具体的には、まず、部分質量電荷比範囲Aと部分質量電荷比範囲Bのグラフデータから、2つの部分質量電荷比範囲A, Bで共通して測定される(CsI)5Cs+のマスピーク(m/z=1,432)の強度値を算出する(ステップ5、図5参照)。これにより、部分質量電荷比範囲Aにおける(CsI)5Cs+のマスピーク(m/z=1,432)の強度値[peak-area_A-upper]と、部分質量電荷比範囲Bにおける(CsI)5Cs+のマスピーク(m/z=1,432)の強度値[peak-area_B-lower]の組が得られる。なお、本実施形態では、マスピークの面積値をマスピークの強度値とする。マスピークの高さをマスピークの強度とすることも可能ではあるが、上記の通り、部分質量電荷比範囲A~Cの測定時の各部への印加電圧が異なることにより、面積値が同じであってもピークが相違し、その結果ピーク高さも相違する場合がある。従って、マスピークの強度値は、当該ピークの面積値とすることが好ましい。
【0036】
規格化係数算出部56は、上記組の強度値の比を算出することにより、部分質量電荷比範囲A, Bの規格化係数を算出する(ステップ6)。本実施形態では、[peak-area_A-upper]/[peak-area_B-lower]の値を部分質量電荷比範囲Bの規格化係数として算出する。規格化における基準とした部分質量電荷比範囲Aの規格化係数は1とする。そして、データ規格化部57は、算出した部分質量電荷比範囲Bの規格化係数を、該部分質量電荷比範囲Bにおけるグラフデータの強度値に乗じて部分質量電荷比範囲Bのグラフデータを規格化する(ステップ7、図6参照)。これにより、部分質量電荷比範囲Aと部分質量電荷比範囲Bの測定感度が揃えられる。ここでは、部分質量電荷比範囲Aを基準とし、部分質量電荷比Bを規格化するように規格化係数を決定したが、他の方法を採ることもできる。例えば、2つの部分質量電荷比範囲A, Bで共通して測定される(CsI)5Cs+のマスピーク(m/z=1,432)の強度値が、予め決められた所定値となるように、部分質量電荷比範囲A, Bの規格化係数を決定するなどの方法を採ることもできる。
【0037】
規格化係数算出部56は、また、上記規格化後の部分質量電荷比範囲Bと、部分質量電荷比範囲Cのデータから、(CsI)14Cs+のマスピーク(m/z=3,770)の強度を算出する(ステップ8)。ここでも上記同様に、マスピークの面積値を該マスピークの強度とする。これにより、規格化後の部分質量電荷比範囲Bにおける(CsI)14Cs+のマスピーク(m/z=3,770)の強度値[peak-area_B-upper]'と、部分質量電荷比範囲Cにおける(CsI)14Cs+のマスピーク(m/z=3,770)の強度値[peak-area_C-lower]の組が得られる。
【0038】
規格化係数算出部56は、上記組の強度値の比を算出することにより規格化係数を算出する(ステップ9)。本実施形態では、[peak-area_B-upper]'/[peak-area_C-lower]の値を部分質量電荷比範囲Cの規格化係数として算出する。そして、データ規格化部57は、算出した規格化係数を、部分質量電荷比範囲Cのグラフデータの強度値に乗じて部分質量電荷比範囲Cのデータを規格化する(ステップ10、図7)。これにより、規格化後の部分質量電荷比範囲Bと部分質量電荷比範囲Cの測定感度が揃えられ、最終的に部分質量電荷比A~Cの全てにおける測定感度が揃えられる。本実施形態では、3つの部分質量電荷比範囲A~Cを設定したため、強度比から規格化係数を算出する処理を2回行ったが、この処理の回数は、設定した部分質量電荷比範囲の数に応じて異なる。なお、キャリブレーション時に各部分質量電荷範囲の規格化係数を得るのみでよい場合は、ステップ10を省略してもよい。
【0039】
上記の処理を経て算出された部分質量電荷比範囲A~Cの規格化係数の値は、各部分質量電荷比範囲A~Cの質量電荷比範囲とともに、記憶部41に保存される。
【0040】
次に、キャリブレーションモードが実行された後に、測定対象の実試料を測定する際の手順を、図8のフローチャートを参照して説明する。
【0041】
まず、部分質量電荷比範囲設定部53は、記憶部41に保存されている、複数の部分質量電荷比範囲A~Cの対象範囲及び規格化係数の情報を読み出す(ステップ11)。
【0042】
使用者が、実試料をセットして測定開始を指示すると、読み出した複数の部分質量電荷比範囲A~Cのそれぞれにおいて実試料を測定し(ステップ12)、部分質量電荷比A~Cのそれぞれにおいて、飛行時間を横軸、イオンの強度を縦軸とするグラフデータ(飛行時間-強度スペクトルデータ)を作成する(ステップ13)。実試料の測定時には、例えば、液体クロマトグラフ10に試料を導入し、そのカラムで分離された試料成分が質量分析装置20に導入されている時間帯(各成分の保持時間)に、部分質量電荷比範囲A~Cの測定を繰り返し実行する。
【0043】
続いて、データ規格化部57は、部分質量電荷比A~Cのグラフデータのそれぞれに対し、記憶部41から読み出した規格化係数を乗じる(ステップ14)。そして、データ統合部58が、規格化後の部分質量電荷比A~Cのグラフデータを1つに統合する(ステップ15、図9上段参照)。このとき、部分質量電荷比範囲Aと部分質量電荷比範囲Bで重複する領域のグラフデータ、及び部分質量電荷比範囲Bと部分質量電荷比範囲Cで重複する領域のグラフデータは、いずれか一方のデータをそのまま用いてもよく、あるいは重複する領域のデータを平均したものを用いてもよい。
【0044】
最後に、予め用意された情報(イオンの質量電荷比と飛行時間の関係を表す情報)に基づいて、統合後のグラフデータの横軸の飛行時間を質量電荷比に変換することによりマススペクトルデータを作成する(ステップ16、図9下段参照)。これにより、広い質量電荷比範囲の全体にわたって測定感度が均一なマススペクトルデータを得ることができる。
【0045】
次に、使用者が実試料分析モードを選択した場合について、図10のフローチャートを参照して説明する。
【0046】
実試料分析モードが開始されると、標準物質決定部52は、標準物質に関する情報を入力するための画面を表示部7に表示し、実試料を測定する質量電荷比範囲において、複数のイオンを生成する標準物質を決定させる(ステップ21)。標準物質には、上記のキャリブレーションモードと同様に、例えばCsI(ヨウ化セシウム)を用いることができる。また、標準物質の入力方法についてもキャリブレーションモードと同様に行えばよい。
【0047】
次に、部分質量電荷比範囲設定部53は、使用者に、キャリブレーションを実行する質量電荷比範囲を設定させ、また、その質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割させる。この例でも、上記同様に、質量電荷比範囲として500-10,800の範囲を設定し、3つの部分質量電荷比範囲A~Cを設定する(ステップ22)。複数の部分質量電荷比範囲の要件は、キャリブレーションモードにおける要件と同じである。
【0048】
部分質量電荷比範囲が設定され、使用者が標準物質を添加した実試料セットして測定開始を指示すると、測定実行部54は、決定した3つの部分質量電荷比範囲A~Cのそれぞれにおいて標準物質を添加した実試料を測定する(ステップ23)。
【0049】
測定終了後、データ作成部55は、複数の部分質量電荷比範囲A~Cのそれぞれについて、飛行時間を横軸、イオンの強度を縦軸とするグラフデータ(飛行時間-強度スペクトルデータ)を作成する(ステップ24)。
【0050】
続いて、キャリブレーションモードにおけるステップ5~10に相当する処理を実行する。即ち、規格化係数算出部56が、隣接する複数の部分質量電荷比範囲A, Bで共通して測定されている標準物質由来のイオンのマスピークの強度値を算出して(ステップ25)、その比を求め(ステップ26)、データ規格化部57が、その比に応じて部分質量電荷比範囲A, Bのグラフデータを定数倍することにより規格化する(ステップ27)。続いて、規格化係数算出部56が、隣接する複数の部分質量電荷比範囲B, Cで共通して測定されている標準物質由来のイオンのマスピークの強度値を算出して(ステップ28)、規格化後の部分質量電荷比範囲Bにおける強度値と部分質量電荷比範囲Cにおける強度値の比を求め(ステップ29)、データ規格化部57が、その比に応じて部分質量電荷比範囲Cのグラフデータを定数倍することにより規格化する(ステップ30)。
【0051】
データ統合部58は、規格化後の部分質量電荷比A~Cのグラフデータを1つに統合する(ステップ31)。ここでも、部分質量電荷比範囲Aと部分質量電荷比範囲Bで重複する領域のグラフデータ、及び部分質量電荷比範囲Bと部分質量電荷比範囲Cで重複する領域のグラフデータは、いずれか一方のデータをそのまま用いてもよく、あるいは重複する領域のデータを平均したものを用いてもよい。
【0052】
最後に、予め用意された情報(イオンの質量電荷比と飛行時間の関係を表す情報)に基づいて、統合後のグラフデータの横軸の飛行時間を質量電荷比に変換することによりマススペクトルデータを作成する(ステップ32)。これにより、広い質量電荷比範囲の全体にわたって測定感度が均一なマススペクトルデータを得ることができる。
【0053】
上記実施形態は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施形態は液体クロマトグラフ質量分析装置1としたが、ガスクロマトグラフ質量分析装置や、クロマトグラフを有しない質量分析装置においても上記同様の構成を採ることができる。イオン源についても、測定する試料に応じて適宜のものを用いればよい。また、上記実施形態ではイオンを捕捉し一斉にドリフト空間に射出するためにリニアイオントラップを用いたが、三次元イオントラップを用いてもよい。さらに、上記実施形態ではマルチターン飛行時間型質量分析部を用いたが、イオンを直線飛行させるものや折り返し飛行させるものを用いてもよい。あるいは、四重極マスフィルタ等の、飛行時間型以外の質量分離部を備えた質量分析装置においても本発明を適用することが可能である。
【0054】
上記実施形態では、標準物質や実試料から生成されるイオンをそのまま質量分析(MS分析)する測定について説明したが、標準物質や実試料から生成されたイオンのうち、各部分質量範囲内のものを選別することなくコリジョンセル242に導入して解離させることにより生成したプロダクトイオンを網羅的に測定(MS/MS分析)する場合にも上記同様の処理を行えばよい。具体的には、標準物質や実試料から生成されるイオンのうち予め決められた質量電荷比範囲に含まれる質量電荷比を有するものを、四重極電極241においてプリカーサイオンとして一括して選択し、それらプリカーサイオンをコリジョンセル242で解離させてプロダクトイオンを生成する。あるいは、標準物質や実試料から生成されるイオンのうち、予め決められた特定の質量電荷比を有するものを四重極電極241においてプリカーサイオンとして選択し、そのプリカーサイオンをコリジョンセル242で解離させてプロダクトイオンを生成してもよい。そして、上記実施例と同様に複数の部分質量電荷比範囲を設定し、該複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいてプロダクトイオンをリニアイオントラップ224で捕捉し、ドリフト空間に一斉に射出して、飛行時間が短い順にプロダクトイオンを測定する。
【0055】
イオンを解離させる場合には、予め、化合物データベースから、標準物質由来のプリカーサイオンから生成される1乃至複数のプロダクトイオンの質量電荷比の情報(MRMトランジションに相当する情報)を取得しておき、そのプロダクトイオンのマスピークの強度値に基づいて各部分質量電荷比範囲の質量分析データを規格化する。具体的には、図5-7に示したピーク面積として、隣接する部分質量電荷比範囲に共通して含まれるプロダクトイオン(基準イオン)のマスピークの面積値を求め、その面積値が一致するように、各部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を求めればよい。コリジョンセル242で解離しなかったプリカーサイオンそのものが検出される場合には、該プリカーサイオンを基準イオンとして、そのマスピークの強度に基づいて質量分析データを規格化してもよい。
【0056】
上記実施形態では、標準物質を選択し、その後に測定する質量電荷比範囲、及びそれを分割した複数の部分質量電荷比範囲を設定したが、この順は逆でもよい。その場合には、例えば、使用者が設定した複数の部分質量電荷比範囲を、記憶部41に保存されている標準物質の情報(生成されるイオンの質量電荷比の情報)と照合し、設定された複数の部分質量電荷比範囲に適した1乃至複数の標準物質を表示部7に表示したり、設定された複数の部分質量電荷比範囲に適した標準物質が存在しない場合に、部分質量電荷比範囲の設定の変更を促す画面を表示部7に表示したりするとよい。
【0057】
上記実施形態では、部分質量電荷比範囲A~Cにおける、横軸を飛行時間、縦軸を測定強度とするグラフデータを規格化し、最後に飛行時間を質量電荷比に変換してマススペクトルデータを作成したが、部分質量電荷比範囲A~Cで取得されたグラフデータからマススペクトルデータを作成した後に各部分質量電荷比範囲A~Cのマススペクトルデータを規格化してもよい。
【0058】
上記実施形態では、部分質量電荷比範囲Aの測定データを基準として部分質量電荷比範囲Bの規格化係数を算出して測定データを規格化し、さらに、規格化後の部分質量電荷比範囲Bの測定データを基準として部分質量電荷比範囲Cの規格化係数を算出して測定データを規格化したが、基準とする部分質量電荷比範囲は適宜に選択すればよい。例えば、上記の実施形態において、部分質量電荷比範囲Bを基準とする場合には、部分質量電荷比範囲A及びCの規格化係数を同時に算出して規格化することもできる。
【0059】
上記実施形態では、標準物質として1種類の化合物(ヨウ化セシウム)のみを用いたが、複数の化合物を混合したものを標準物質として使用してもよい。
【0060】
[態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0061】
(第1項)
本発明の一態様に係る質量分析方法は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいてイオンの測定強度を規格化するための規格化係数を決定し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである。
【0062】
(第2項)
また、本発明の別の一態様に係る質量分析方法は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割し、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得し、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化し、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合する
ものである。
【0063】
(第4項)
本発明の一態様に係る質量分析装置は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように測定対象の質量電荷比範囲を分割した複数の部分質量電荷比範囲と、前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得された質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて定められた、前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおける規格化係数とが保存された記憶部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて取得した前記測定対象試料の質量分析データにおけるイオンの測定強度に、当該部分質量電荷比範囲に対応する規格化係数を乗じて質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える。
【0064】
(第6項)
また、本発明の別の一態様に係る質量分析装置は、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する部分質量電荷比範囲設定部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析することにより質量分析データを取得する測定実行部と、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度が揃うように、前記部分質量電荷比範囲のそれぞれの質量分析データにおけるイオンの測定強度を定数倍して質量分析データを規格化するデータ規格化部と、
前記規格化後の、前記複数の部分質量電荷比範囲の質量分析データを1つの質量分析データに統合するデータ統合部と
を備える。
【0065】
第1項及び第2項に記載の質量分析方法や、第4項及び第6項に記載の質量分析装置では、既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する。この基準イオンは、実行する質量分析がMS分析である場合には、既知化合物から直接生成されるイオンであり、MS/MS分析である場合には、既知化合物から生成されるイオン、又は該イオン(プリカーサイオン)の解離によって生成されるイオン(プロダクトイオン)である。ここで、部分質量電荷比範囲の数をnとすると、基準イオンの数はn-1(nは正の整数)である。従って、部分質量電荷比範囲の数が2である場合には1種類の基準イオンのみを用い、部分質量電荷比範囲の数が3以上である場合には複数種類の基準イオンを用いることになる。そして、複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて既知化合物又は既知化合物を添加した測定対象試料を質量分析して質量分析データを取得する。
【0066】
各部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データを取得したあと、隣接する部分質量電荷比範囲における基準イオンの測定強度に基づいて、複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれに規格化係数を決定する。第1項及び第2項に記載の質量分析方法や、第4項及び第6項に記載の質量分析装置では、隣接する部分質量電荷比範囲について共通して測定される基準イオンの測定強度が揃うように規格化係数を決定することで、複数の部分質量電荷比範囲におけるイオンの測定感度を均一に揃える。そのため、規格化後の、複数の部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データを統合することにより、測定対象の質量電荷比範囲の全体にわたって測定感度が均一な質量分析データを得ることができる。
【0067】
(第3項)
第3項に係る質量分析方法は、第1項又は第2項に係る質量分析方法において、
前記質量分析データを統合する際に、重複する部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データとして、一方の部分質量電荷比範囲の質量分析データ、又は隣接する2つの部分質量電荷比範囲の質量分析データの平均値を用いる。
【0068】
第1項又は第2項に係る質量分析方法では、第3項に係る質量分析方法のように、重複する部分質量電荷比範囲に対応する質量分析データとして、一方の部分質量電荷比範囲の質量分析データ、又は隣接する2つの部分質量電荷比範囲の質量分析データの平均値を用いることによって質量分析データを1つに統合することができる。
【0069】
(第5項)
第5項に係る質量分析装置は、第4項に係る質量分析装置において、さらに、
既知化合物から生成される所定の基準イオンの質量電荷比で、隣接する部分質量電荷比範囲が重なり合うように、測定対象の質量電荷比範囲を複数の部分質量電荷比範囲に分割する部分質量電荷比範囲設定部と、
前記複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおいて前記既知化合物を質量分析することにより質量分析データを取得する第2測定実行部と、
前記隣接する部分質量電荷比範囲でそれぞれ取得した質量分析データにおける前記基準イオンの測定強度に基づいて、前記複数の部分質量電荷比範囲においてイオンの測定強度を規格化するための規格化係数を決定し、前記複数の部分質量電荷比範囲、及び該複数の部分質量電荷比範囲のそれぞれにおける規格化係数を前記記憶部に保存する規格化係数決定部
を備える。
【0070】
第5項に係る質量分析装置では、装置の出荷時に記憶部に保存された部分質量電荷比範囲及び規格化係数とは別に、装置のユーザが自ら複数の部分質量電荷比範囲及び規格化係数を決定することができる。
【0071】
(第7項)
第7項に係る質量分析装置は、第4項から第6項のいずれかに係る質量分析装置において、さらに、
測定対象のイオンに所定の飛行空間を飛行させる飛行時間型の質量分離部
を備える。
【0072】
第7項に係る質量分析装置のように、飛行時間型の質量分析部を備えた構成では、広い質量電荷比(m/z)範囲(例えばm/z=500~20,000)でイオンを測定することができる。しかし、イオントラップで蓄積可能なイオンの質量電荷比範囲は限られており、四重極電極で輸送可能なイオンの質量電荷比範囲も限られている。また、イオン検出器からの出力信号はデジタイザによってデジタル変換されるが、デジタイザの記憶容量は限られており、デジタル変換された膨大なデータを広い質量電荷比範囲に亘って記憶することはできない。特に、マルチターン飛行時間型の質量分離部を備えた質量分析装置では、イオンの飛行時間を長くし、かつデータのサンプリング間隔を短くすることによって質量分解能を高めることができるという特徴を有する一方、データ量が多くなりやすい。第4項から第6項のいずれかに係る質量分析装置は、特に、第7項に係る質量分析装置のように、飛行時間型の質量分析部を備えた構成を有する場合に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0073】
1…液体クロマトグラフ質量分析装置
10…液体クロマトグラフ
20…質量分析装置
21…イオン化室
211…ESIプローブ
212…脱溶媒管
22…第1中間真空室
221…イオンガイド
222…スキマーコーン
23…第2中間真空室
231…イオンガイド
24…分析室
241…四重極電極
242…コリジョンセル
243…多重極イオンガイド
244…リニアイオントラップ
2441…前面電極
2442…背面電極
2443…ロッド電極
2444…スリット
245…マルチターン飛行時間型質量分離部
2451…イオン導入口
2452…イオン排出口
246…周回部
2461…外側電極
2462…内側電極
247…イオン検出器
40…制御・処理部
41…記憶部
51…モード選択部
52…標準物質決定部
53…部分質量電荷比範囲設定部
54…測定実行部
55…データ作成部
56…規格化係数算出部
57…データ規格化部
58…データ統合部
6…入力部
7…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10