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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154167
(43)【公開日】2024-10-30
(54)【発明の名称】神経発達症群のモデル動物
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20241023BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20241023BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20241023BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20241023BHJP
【FI】
A01K67/027
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067846
(22)【出願日】2023-04-18
(71)【出願人】
【識別番号】593006630
【氏名又は名称】学校法人立命館
(71)【出願人】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100203253
【弁理士】
【氏名又は名称】村岡 皓一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100179039
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 洋介
(72)【発明者】
【氏名】中谷 仁
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
(57)【要約】
【課題】自閉スペクトラム症の症状が従来の自閉スペクトラム症モデルマウスよりも重篤なモデル動物、あるいは自閉スペクトラム症の他の症状を示す神経発達症群モデル動物を提供し、該モデル動物を用いることで、神経発達症群の病態の解明や、新規な神経発達症群の改善薬の探索などに資すること。
【解決手段】ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を4つ有する、遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を4つ有する、遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物。
【請求項2】
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症、知的発達症、注意欠如多動症及び常同運動症からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の動物。
【請求項3】
前記神経発達症群の少なくとも1種が自閉スペクトラム症である、請求項1又は2に記載の動物。
【請求項4】
注意欠如多動症様の症状を示す、請求項3に記載の動物。
【請求項5】
前記動物が哺乳動物である、請求項1~4のいずれか1項に記載の動物。
【請求項6】
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、請求項5に記載の動物。
【請求項7】
(1)ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を3つ有する動物同士を交配させて得られた仔動物をジェノタイピングする工程、及び
(2)工程(1)により該シンテニー領域を4つ有することが確認された仔動物を遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物として選別する工程、
を含む、神経発達症群のモデル動物の作製方法。
【請求項8】
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症、知的発達症、注意欠如多動症及び常同運動症からなる群から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症である、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
前記動物が哺乳動物である、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記ジェノタイピングが、サザンブロッティングにより得られるバンドの濃さを比較することにより行われる、請求項7~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
(1)請求項1~6のいずれか1項に記載の動物に被験物質を投与する工程、及び
(2)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該動物と比較して、遺伝学的異常に起因する神経発達症群様の症状が改善した場合に、該被験物質を神経発達症群の改善薬の候補物質として選別する工程
を含む、神経発達症群の改善薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
(1)請求項1~6のいずれか1項に記載の動物に被験物質を投与する工程、及び
(2)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該哺乳動物と比較して、自閉スペクトラム症様の症状又は注意欠如多動症様の症状が改善した場合に、該被験物質を自閉スペクトラム症又は注意欠如多動症の改善薬の候補物質として選別する工程
を含む、自閉スペクトラム症又は注意欠如多動症の改善薬のスクリーニング方法。
【請求項15】
自閉スペクトラム症様の症状又は注意欠如多動症様の症状が、野生型動物と比較した社会性相互作用の障害、不安度の上昇、固執化傾向、不注意の傾向及び多動・衝動性の上昇の少なくともいずれかである、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経発達症群のモデル動物に関する。より詳細には、ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を4つ有する、遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物及びその製造方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
神経発達症群は、神経系の発達不全に起因する一群の疾患である。神経発達症候群は、発達の早期、しばしば就学前に明らかとなり、該疾患を発症する患者においては、個人的、社会的、学業又は職業において期待される機能を発揮しづらくなる。神経発達障害の原因の1つとして遺伝的な要因が挙げられ、特に、神経発達障害と染色体の一部の重複や欠失との関連性が着目されている。
【0003】
自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder:ASD)は、自閉症スペクトラム障害とも呼ばれ、神経発達症群に分類されるひとつの診断名である。ASDでは、患者にコミュニケーションや言語に関する症状が認められ、ASDは常同行動を示すといった様々な状態を連続体(スペクトラム)として包含する診断名である。ASDの判断基準として、米国精神医学会が作成した精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)や、世界保健機関(WHO)が作成した疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:ICD)などが存在する。
【0004】
実臨床における神経発達症群のより正確な診断のために、神経発達症群の病態の解明が求められており、例えば、神経発達症群モデル動物を使用して神経発達症群の原因遺伝子の候補の検討がなされている。かかる神経発達症群モデル動物として、ヒストンデアセチレース阻害剤であるバルプロ酸を妊娠マウスに投与する方法や2本鎖RNA、リポ多糖又は白血病阻止因子(LIF)の投与により妊娠マウスの免疫を不活化する方法(特許文献1)、動物の胎児の神経発生期に、GABAA受容体の亢進薬又は阻害薬を該動物に投与する方法(特許文献2)などの薬剤投与により作製されたASDモデルマウスなどが知られている。しかしながら、これら薬剤投与によるモデルマウスの作製方法では、自閉症様の行動を示す仔マウスが安定的に得られないことや、投与した薬剤により動物に生じる障害が非特異的であり、目的とする疾患に特異的な障害を有するモデル動物を作製することは困難であるとの問題があった。
【0005】
また、本発明者は以前、ASDモデル動物の開発を進め、ヒトASDの原因の1つであるヒト染色体15q11-13領域の重複に着目した。そして、ヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域(即ち、マウス染色体7c領域)が重複する(即ち、7番染色体中に3つのシンテニー領域を有する)ASDモデルマウス(以下、「染色体重複ASDモデルマウス」とも称する。)の作製に成功した(非特許文献1、特許文献3)。染色体重複ASDモデルマウスは、ヒト自閉スペクトラム症と同様(ASD様)の症状が認められるため、ASDの病態の解明やASDの改善薬のスクリーニング等に有用である。しかしながら、染色体重複ASDモデルマウスは、ASD様の症状が緩徐であることから、ASD様の症状がさらに重篤なモデル動物、あるいはASDの他の症状を示すモデル動物が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-180655号
【特許文献2】特開2016-027792号
【特許文献3】特開2007-166966号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nakatani J. et al., Cell. 137(7):1235-1246 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明は、ASD様の症状が染色体重複ASDモデルマウスよりも重篤なモデル動物、あるいはASD様の他の症状を示す神経発達症群モデル動物を提供し、該モデル動物を用いることで、神経発達症群の病態の解明や、新規な神経発達症群の改善薬の探索などに資することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、ヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域を3つ有する従来の染色体重複ASDモデルマウスにおいて、さらに該シンテニー領域を1つ増やすことで、より重篤な症状を有するASDモデルマウスを作製できるのではないかとの着想を得た。しかしながら、マウス染色体中の上記シンテニー領域(即ち、7c領域)は全長約6.3Mbpであり、複数の遺伝子を含む非常に長い領域である(ヒト染色体15q11-13領域とマウス染色体7c領域の比較図を図1として示す)。そのため、従来の染色体重複ASDモデルマウスの染色体にさらに1つシンテニー領域を付加させると、マウスは胎生致死となると推測された。さらに、ヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域が3つであるか4つであるかをジェノタイピングできる方法は知られていない。このような事情があるため、ヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域を4つ有する哺乳動物についての報告はなされていない。
【0010】
本発明者は、ヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域を4つ有するマウス胎仔の中には、偶然にも胎生致死を免れるものも生じるのではないかとの着想を得た。そこで、本発明者は、シンテニー領域が3つであるか4つであるかをジェノタイピングできる方法を探索し、かかる方法を開発することに成功した。そして、本発明者は、さらに研究を重ねた結果、実際にヒト染色体15q11-13領域に対するシンテニー領域を4つ有するマウス(以下、7c領域4コピーマウス)(染色体の概要図を図2として示す)を作製することに成功した。7c領域4コピーマウスは、メンデルの法則よりも得られる個数が非常に少ないことを見出したが、これにより染色体7c領域を4コピー有する仔マウスの多くは胎生致死であることが強く示唆された。得られる仔の遺伝子型のパターンを図3に示す。さらには、かかるマウスでは、従来の染色体重複ASDモデルマウスと異なり、意外にも、注意欠如多動症(ADHD)と同様の症状も示すことを見出した。本発明者は、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりのものである。
[1]
ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を4つ有する、遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物。
[2]
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症、知的発達症、注意欠如多動症及び常同運動症からなる群から選択される少なくとも1種である、[1]に記載の動物。
[3]
前記神経発達症群の少なくとも1種が自閉スペクトラム症である、[1]又は[2]に記載の動物。
[4]
注意欠如多動症様の症状を示す、[3]に記載の動物。
[5]
前記動物が哺乳動物である、[1]~[4]のいずれか1つに記載の動物。
[6]
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、[5]に記載の動物。
[7]
(1)ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域を3つ有する動物同士を交配させて得られた仔動物をジェノタイピングする工程、及び
(2)工程(1)により該シンテニー領域を4つ有することが確認された仔動物を遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物として選別する工程、
を含む、神経発達症群のモデル動物の作製方法。
[8]
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症、知的発達症、注意欠如多動症及び常同運動症からなる群から選択される、[7]に記載の方法。
[9]
前記神経発達症群が、自閉スペクトラム症である、[7]又は[8]に記載の方法。
[10]
前記動物が哺乳動物である、[7]~[9]のいずれか1つに記載の方法。
[11]
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、[10]に記載の方法。
[12]
前記ジェノタイピングが、サザンブロッティングにより得られるバンドの濃さを比較することにより行われる、[7]~[11]のいずれか1つに記載の方法。
[13]
(1)[1]~[6]のいずれか1つに記載の動物に被験物質を投与する工程、及び
(2)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該動物と比較して、遺伝学的異常に起因する神経発達症群様の症状が改善した場合に、該被験物質を神経発達症群の改善薬の候補物質として選別する工程
を含む、神経発達症群の改善薬のスクリーニング方法。
[14]
(1)[1]~[6]のいずれか1つに記載の動物に被験物質を投与する工程、及び
(2)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該哺乳動物と比較して、自閉スペクトラム症様の症状又は注意欠如多動症様の症状が改善した場合に、該被験物質を自閉スペクトラム症又は注意欠如多動症の改善薬の候補物質として選別する工程
を含む、自閉スペクトラム症又は注意欠如多動症の改善薬のスクリーニング方法。
[15]
自閉スペクトラム症様の症状又は注意欠如多動症様の症状が、野生型動物と比較した社会性相互作用の障害、不安度の上昇、固執化傾向、不注意の傾向及び多動・衝動性の上昇の少なくともいずれかである、[14]に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、神経発達症群モデル動物が提供され、該モデル動物を利用することで、既存のASDなどの神経発達症群の改善薬の効果を確認することが可能であり、またASDなどの神経発達症群の症状を改善させる薬剤開発や適切な薬物介入の助けになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ヒト染色体15番11-13領域(左図)と、その保存領域であるマウス染色体7番c領域(右図)。
図2】コピー数増加に関する概念図。2コピーマウス(野生型:左図)、3コピーマウス(報告済のASDモデルマウス:中図)、4コピーマウス(新たに発明したASDモデルマウス:右図)。
図3】4コピーASDモデルマウスの作成方法。3コピーマウスのオスとメスを掛け合わせると、2コピーマウス、3コピーマウス、4コピーマウスが同腹仔として同時に生まれてくる。
図4】1段目は実際のサザンブロットの写真(1段目)、及び各遺伝子型におけるバンドの定量結果(2段目:野生型コントロール(Ctrl)、3段目:3コピーマウス(Dp)、4段目:4コピーマウス(DpDp))を示す。
図5】出生直後に於けるMRIの胸部断層撮影。2コピーマウス(左図)と4コピーマウス(右図)の比較。2コピーマウスでは肺に空気(黒い斑点)が入っており、出生時に肺呼吸が始まっているが、4コピーマウスではそれが開始されていない。
図6】各遺伝子型のマウスにおける生存率の結果を示す(点線:野生型マウス、細線:3コピーマウス、太線:4コピーマウス)。左から、3週での生存率、3週を1とした場合の生存率の変化、3-10週のオスの体重変化、10週から15ヶ月のオスの体重変化、3-10週のメスの体重変化及び10週から15ヶ月のメスの体重変化をそれぞれ示す。
図7】左上は3チャンバー社会性行動試験の結果であり、2匹のマウス(片方は本モデル、もう片方は野生型)の社会性行動を行なった時間を表す。2匹が出会った直後は、野生型(点線)は相手の登場に躊躇いを感じており、社会性行動は低下しているが、太線で表される4コピーは躊躇なく相手マウスに近づいていることが確認された。中上は一辺42.5センチメートルの正方形チャンバーの中にマウスを入れ、その行動を10分間、トレースした結果を示す。縦軸は中央に滞在した割合を示す。右上はプレパルスインヒビション試験で、70デシベル又は74デシベルの音を聞かせたあとで音を聞かせた場合、どれぐらいの音に対する驚愕度が低下するかをみる試験である。下段はfear conditioning試験で左は音と電気刺激を与えた場合の驚愕度の上昇、中は二十四時間後、同じチャンバーに入れた場合の驚愕度(電気や音刺激なし)、右は異なる形状のチャンバーに入れて驚愕を見た結果を示す。右の場合は4分から音が出る。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.疾患モデル及びその製法
後述の実施例で示す通り、ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域(以下では、「15q11-13シンテニー領域」と称することがある。)を4つ有する動物は、該領域を3つ有する(即ち、コピー数多型(Copy Number Variation; CNV)を有する)動物とは異なり、致死率が高く、また自閉スペクトラム症(Autistic spectrum disorder;ASD)と同様(ASD様)の症状(「ASDの症状」とも換言できる。)だけでなく、注意欠如多動症(Attention deficit hyperactivity disorder; ADHD)と同様(ADHD様)の症状(「ADHDの症状」とも換言できる。)も示すことが示された。よって、15q11-13シンテニー領域を4つ有する動物は、神経発達症群のモデル(好ましくはASDモデル動物)として、従来のモデル動物よりも好適に用いることができる。従って、本発明は、15q11-13シンテニー領域を4つ有する、神経発達症群モデル動物(以下では、「本発明のモデル動物」と称することがある。)を提供する。
【0015】
本明細書において、「神経発達症群モデル動物」とは、遺伝学的異常に起因して、ヒトにおける神経発達症群と同様な表現型を示す動物を意味する。本発明のモデル動物におけるモデルとなる神経発達症としては、特に限定されないが、例えば、知的発達症、発達性発話又は言語症、ASD、発達性学習症、発達性協調運動症、ADHD、常同運動症、その他の明示された神経発達症などが挙げられる。
【0016】
知的発達症としては、例えば、X連鎖精神遅滞、X連鎖精神遅滞症候群、常染色体劣性遺伝性知的発達障害、常染色体優性遺伝性知的発達障害、FRA12A精神遅滞、常染色体劣性精神遅滞症候群、症候群性知的発達障害などが挙げられる。また、神経発達症群には、関連する臨床的特徴として知的発達障害を伴う病状も含まれるものとする。関連する臨床的特徴として知的発達障害を伴う病状としては、例えば、アンジェルマン症候群、プラダー・ウィリー症候群、レット症候群、シュナイダー ロビンソン症候群、過剰驚愕症、Cohen症候群、ATR-X症候群、ZTTK症候群、レンペニング症候群、クリスチャンソン症候群、Stocco dos Santos X連鎖性精神遅滞症候群、Partington症候群、精神運動遅滞と特徴的顔貌を伴う小児筋緊張低下、ローレンス・ムーン症候群、PEHO症候群、Schaaf-Yang症候群、Skraban-Deardorff症候群、PEHO様症候群、低身長を伴う知的発達障害、てんかんを伴う過剰驚愕症、Ververi-Brady症候群、Helsmoortel-van der Aa症候群、筋緊張低下・運動失調及び成長遅滞症候群、成長遅滞、知的発達障害、筋緊張低下及び肝障害、Hao-Fountain症候群などが挙げられる。なかでも、モデルとなる神経発達症としては、染色体の一部の領域の重複、欠失及び/又は他の配列の挿入に起因する疾患が好ましく、該染色体の一部の領域(即ち、遺伝学的異常の領域)が、ヒト染色体15q11-13領域又はそのシンテニー領域である疾患がより好ましい。なお、特に断らない限り、疾患の定義、分類、名称等は、ICD-11の規定に従うものとする。
【0017】
ASDは、(A)対人的コミュニケーションの障害、(B)対人相互作用の障害、及び(C)行動、興味、活動の限定された反復的で常同的な様式を特徴とする広汎性発達障害の連続体である。ASDには、(いわゆる従来型)自閉性障害、アスペルガー症候群、レット症候群、小児崩壊性障害、及び特定不能の広汎性発達障害が含まれるが、これらに限定されない。ASDは、典型的には、米国精神医学会から発行されたDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-V)に従って診断されるものである。モデルとなる神経発達症群がASDの場合(即ち、ASDモデル動物の場合)、該モデル動物は、染色体中にCNVを有することにより、ヒトにおけるASDと同様な表現型、例えば、野生型動物と比較して社会性相互作用の障害、不安度の上昇、及び/又は固執化傾向を示し得る。
【0018】
ヒトの場合、神経発達症群のいくつかを併せ持つ場合も多くあり、例えば、ADHDの特性を有しながら、ASD及び/又は限局性学習症を併せ持つ症例も知られており、また15q11-13領域の染色体異常を伴う患者のほぼ全てで知的発達の遅れが認められる。よって、本発明の神経発達症群モデル動物においても、該神経発達症群は併発していてもよい(換言すれば、複数の神経発達症群が認められていてもよい)。また、15q11-13シンテニー領域を3つ有する動物においては、常同行動が認められる(非特許文献1)。従って、本発明のモデル動物は、ASD、知的発達症、ADHD及び常同運動症からなる群から選択される少なくとも1種の疾患のモデル動物であり得る。また、本発明の神経発達症群モデル動物は、ASD様の症状を有しているモデルであることが好ましく、またADHD様の症状も併せて有していてもよい。
【0019】
また、下述の実施例で示される通り、本発明のASDモデル動物は、従来のASDモデル動物と比較して、15q11-13シンテニー領域を4つ有する(即ち、過剰なCNVを有する)ため、高い(9割以上の)致死率を示し得る。また、生き残った個体に関しても明瞭な低体重が観察され得る。上記高い致死率も、ASDなどの神経発達症群の研究の上では重要な点であり得る。近年、神経発達症群と診断される子供の割合は増加傾向にある。その正確な理由は不明であり、出産時期の高齢化や、神経発達症群の知名度の向上も指摘されている。しかしながら、遺伝的な異常に起して神経発達症群が発症している場合、該患者においては、中枢神経系のみならず循環器系や呼吸器系などにも何らかの異常があると考えられるため神経発達症群が発症する以前に、そもそも生命予後が不良である可能性がある。現代の医療技術の向上に伴い、循環器系や呼吸器系などに異常が生じている場合であっても、新生児救急で命は助かる可能性が高くなり、結果として神経発達症群の患者の増加に寄与することが推測される。また、循環器系や呼吸器系などの異常は、新生児の発育不良にも繋がり得るが、このことは、低出生体重児の中に、後に神経発達症群の診断される子供の割合が高いこととも関与する可能性も推測される。即ち、本発明のモデル動物は、より実際のヒト神経発達症群での病態に近い性質を示す可能性がある。
【0020】
本発明のモデル動物の元となる動物種としては、ヒト以外の動物であれば特に制限されず、哺乳動物、鳥類の動物、爬虫類の動物、両生類の動物、魚類の動物などが挙げられるが、好ましくは哺乳動物である。かかる哺乳動物としては、例えば、げっ歯類動物(例:マウス、ラット、モルモット、スナネズミ、ハムスター等)、霊長類動物(例:アカゲザル、カニクイザル、ニホンザル、チンパンジー等)、フェレット、ウサギ、イヌ、ミニブタ等の実験動物、イヌ、ネコ等の愛玩動物やウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ等の家畜などが挙げられる。中でも、系統が確立されている点(例えば、マウス純系としてC57BL/6系統、BALB/c系統、DBA2系統など、マウス交雑系としてB6C3F1系統、BDF1系統、B6D2F1系統、ICR系統などが存在し、またラット系統として、Wistar、SDなどが存在する。)や取り扱いの容易さからは、げっ歯類動物が好ましく、また、遺伝学的にヒトにより近いという点で非ヒト霊長類動物もまた好ましい。
【0021】
ヒト染色体15q11-13領域は、インプリンティング領域であり、インプリンティングセンターのDNAメチル化の有無によって父性・母性染色体の遺伝子発現パターンが決まる。そのため、父性由来の重複と母性由来の重複では遺伝子発現量がインプリンティングによって異なる。ヒト染色体15q11-13領域に含まれる代表的な父性発現遺伝子として、MKRN3、MAGEL2、NDN及びSNRPNが挙げられ、母性発現遺伝子として、UBE3A及びATP10Aが挙げられ、両性発現遺伝子として、GABRB3、GABRA5、GABRG3、OCA2及びHERC2が挙げられる。よって、本明細書において、「ヒト染色体15q11-13領域に対する他の動物におけるシンテニー領域」は、少なくとも上記の遺伝子全てのオーソログを含む他の動物の染色体の領域であればよい。かかるシンテニー領域として、マウスの場合には、染色体7c領域が、ウサギの場合には、染色体17番領域が、ゼブラフィッシュの場合には、染色体6番領域が、マカク属動物(例:アカゲザル、カニクイザル、ニホンザル等)では染色体7番領域が挙げられるが、これらの動物種に限定されない。
【0022】
本発明のモデル動物において、15q11-13シンテニー領域は、野生型動物が生来有する2つの15q11-13シンテニー領域(以下では、「内因性15q11-13シンテニー領域」と称することがある。)に加えて、さらに2つの外因性の15q11-13シンテニー領域(以下では、「外因性15q11-13シンテニー領域」と称することがある。)を有することとなる。各外因性15q11-13シンテニー領域は、任意の染色体(即ち、内因性15q11-13シンテニー領域が存在する染色体以外の染色体であってもよい)の任意の領域に存在してもよい。即ち、各外因性15q11-13シンテニー領域は、内因性15q11-13シンテニー領域が存在する染色体以外の染色体に存在してもよく、内因性15q11-13シンテニー領域が存在する染色体と同じ染色体に存在する場合には、内因性15q11-13シンテニー領域に隣接するように存在してもよく、離れた位置に存在してもよい。また、両方の外因性15q11-13シンテニー領域が、同一の染色体(父系相同染色体又は母系相同染色体)上に存在してもよい。好ましくは、少なくとも一方の外因性15q11-13シンテニー領域が内因性15q11-13シンテニー領域と同一の染色体上に存在し、より好ましくは内因性15q11-13シンテニー領域に隣接する。特に、両方の外因性15q11-13シンテニー領域が各内因性15q11-13シンテニー領域と同一の染色体上に存在し、より好ましくは両方の外因性15q11-13シンテニー領域は各内因性15q11-13シンテニー領域に隣接する(即ち、父系相同染色体及び母系相同染色体上に、それぞれ15q11-13シンテニー領域が2つ隣接して(タンデムに)存在することとなる)。
【0023】
本発明のモデル動物は、例えば、生存率は低いものの、従来の15q11-13シンテニー領域を3つ有する動物(以下では、「従来の神経発達症群モデル動物」と称することがある。)同士を交配させることで、得ることができる。従って、本発明の別の態様において、
(1)従来の神経発達症群モデル動物同士を交配させて得られた仔動物をジェノタイピングする工程、及び
(2)工程(1)により該シンテニー領域を4つ有することが確認された仔動物を遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物として選別する工程、
を含む、神経発達症群モデル動物の作製方法(以下では、「本発明のモデル動物の製法」と称することがある。)も提供される。
【0024】
本発明のモデル動物の製法の工程(1)で用いる従来の神経発達症群モデル動物は、既に存在するものを用いてもよく、あるいは非特許文献1又は特許文献3に記載の方法により作製してもよい。具体的には、例えば、以下の手順で作製することができる。
(i)5'Hprt-loxP及び3'Hprt-loxPを、15q11-13シンテニー領域に存在するそれぞれMkrn3及びHerc2遺伝子の外側のイントロンに配置するターゲティングベクターを構築する。
(ii)構築した5'Hprt-loxPを含むターゲティングベクターをエレクトロポレーション法などにより多能性幹細胞胞(例えば、人工多能性幹細胞(iPS細胞)又は胚性幹細胞(ES細胞))に導入し、導入された細胞を薬剤耐性によって選抜する。相同組換えにより所望の位置に挿入されたことはサザンブロッティング(Southern法)によって確認してもよい。
(iii)構築した3'Hprt-loxPを含むターゲティングベクターを工程(ii)で選抜した多能性幹細胞に導入し、3'Hprt-loxPについても同様にして薬剤耐性及びサザンブロッティングによって確認する。
(iv)工程(iii)で選抜した多能性幹細胞をCreレコンビナーゼ処理して15q11-13シンテニー領域の重複を引き起こし、標的領域が重複した多能性幹細胞をサザンブロッティングによって確認する。
(v)重複が確認された多能性幹細胞を哺乳動物の胚盤胞に導入し、レシピエント(仮親)へ移植し、一定期間後帝王切開により仔動物を得る。仔動物の生殖系列細胞への染色体重複の導入を確認する(サザンブロッティング、RT-PCR、FISH、BAC-CGH)。
【0025】
あるいは、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9システムなどを利用したゲノム編集より作製することもできる。かかる方法は、例えば、Tamada K. et al., Nat Commun. 12(1):4056 (2021)などを参照することができる。
【0026】
本発明のモデル動物の製法の工程(1)で用いる仔動物は、新たに交配して得られた仔動物を用いてもよく、既に存在する仔動物を用いてもよい。よって、本発明のモデル動物の製法には、工程(0)従来の神経発達症群モデル動物同士を交配させて得られた仔動物を得る工程、又は該仔動物を準備する工程が含まれていてもよい。本発明のモデル動物の製法の工程(0)~(2)は、全て同一の者が行ってもよく、一部の工程を別の者が行ってもよい。工程(0)で得られた又は準備された仔動物は、遺伝子型として、15q11-13シンテニー領域を2つ有するもの(即ち、野生型動物)、15q11-13シンテニー領域を3つ有するもの(即ち、従来の神経発達症群モデル動物)、及び15q11-13シンテニー領域を4つ有するもの(即ち、本発明のモデル動物)のいずれかである。従って、上記仔動物をジェノタイピングし、15q11-13シンテニー領域を4つ有することが確認された動物を神経発達症群モデルとして選別することで、本発明のモデル動物を得ることができる。
【0027】
上記工程(1)でのジェノタイピングは、例えば、サザンブロッティングにより得られるバンドの濃さ(強度)を比較することにより行うことができる。より具体的には、例えば、以下の方法により行うことができる。動物の尾よりゲノミックDNAを抽出し、それを制限酵素(例:SacI等)で切断し、アガロースゲルで電気泳動を行う。ナイロンメンブレンにトランスファーを行い、外因性15q11-13シンテニー領域と内因性15q11-13シンテニー領域をバンドの長さで区別できるプローブ(後述の実施例では、野生型アレルを有する場合には8.9 kbのDNA断片のバンドが、シンテニー領域を2つ有するアレル(Dpアレル)では8.9 kb及び32 kbのDNA断片のバンドが検出されるプローブを用いた)でハイブリダイズを行い、洗浄後、得られたサザンブロッティングのバンドの強さをイメージングプレートで定量を行う。具体的には、後述の実施例で用いたプローブ及び制限酵素を使用した場合には、野生型アレルのみを有するマウスの場合には、8.9 kbのDNA断片のバンドが検出され、野生型アレルとDpアレルを有するマウス(Dpマウス)及びDpアレルのみを有するマウス(DpDpマウス)の場合には、8.9 kb及び32 kbのDNA断片のバンドが検出される。DpDpマウスの場合には、32 kbのDNA断片がDpマウスより約倍量得られるため、バンドの濃さを比較することで、DpマウスとDpDpマウスとを区別することが可能となる。
【0028】
ジェノタイピングにより、15q11-13シンテニー領域を4つ有することが確認された動物は、理論上はASDなどの神経発達症群と同様の症状(以下、「神経発達症群様の症状」とも称する。「神経発達症群の症状」とも換言できる。)を示すが、実際にヒトにおける神経発達症群様の症状を示すか否かを、オープンフィールド試験、社会性行動試験、プレパルス試験(音に対する驚愕反応を見る試験)、fear conditioning試験(電気ショックなどを与えて恐怖学習を見る試験)などによって評価してもよい。
【0029】
さらに、本発明のモデル動物は、かかる染色体異常が生殖系列細胞に導入されているため、本発明の神経発達症群モデル同士を交配させることでも同様に神経発達症群モデルが得られるが、この場合にはもはやジェノタイピングは不要である。よって、本発明のさらに別の態様において、15q11-13シンテニー領域を4つ有する動物同士を交配させて得られた仔動物を得る工程を含む、遺伝学的異常に起因する神経発達症群のモデル動物の作製方法も提供される。上記のモデル動物の製法は例示であり、これらの方法に限定されるものではない。
【0030】
2.疾患モデルの用途
本発明のモデル動物は、ヒト神経発達症群と同様の症状を示し得るため、本発明のモデル動物は、神経発達症群の改善薬のスクリーニングに用いることができ、この点でも本発明のモデル動物は有用である。また、本発明のモデル動物がASDモデル動物である場合には、該動物の行動様式が過活動の傾向、即ちADHD様の傾向も示し得るため、本発明のモデル動物は、例えば、ASD又はADHDの改善薬のスクリーニングに用いることもできる。また、本発明のモデル動物は、ASD又はADHDなどの神経発達症群の発症メカニズムや病態の解明にも用いることができる。従って、さらに別の態様において、本発明は、
(1)本発明のモデル動物に被験物質を投与する工程、及び
(2)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該動物と比較して、神経発達症群様の症状が改善した場合に、該被験物質を神経発達症群の改善薬の候補物質として選別する工程を含む、神経発達症群の改善薬のスクリーニング方法(以下では、「本発明のスクリーニング法」と称することがある。)も提供する。
【0031】
また、本発明のスクリーニング法の一態様において、
(1’)本発明のモデル動物に被験物質を投与する工程、及び
(2’)被験物質を投与していない対照群又は被験物質を投与する前の該哺乳動物と比較して、ASD様の症状又はADHD様の症状が改善した場合(ASD様の症状及びADHD様の症状の両方の症状が改善された場合も含む)に、該被験物質をASD又はADHDの改善薬(ASD及びADHDの両方の改善薬も含む)の候補物質として選別する工程
を含む、ASD又はADHDの改善薬のスクリーニング方法が提供される。
【0032】
本発明のスクリーニング法における動物への被験物質の投与は、経口的に又は非経口的(例えば、皮下注射、筋肉注射、局所注入(例:脳室内投与)、腹腔内投与など)に行うことが可能であるが、非経口的に投与するのが望ましい。被験物質は、常套手段に従って医薬上許容される担体と混合するなどして、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造してもよい。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液などが挙げられる。
【0033】
非経口的な投与に好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射液剤が挙げられ、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性及び非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び医薬上許容される担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0034】
本発明のスクリーニング法において、「被験物質を投与していない」には、例えば、被験物質を製剤の形態で投与する場合には、該被験物質以外は同一成分を含む製剤を投与すること、該被験物質とは異なる、神経発達症群の改善効果のないことが既知の物質を含む製剤を投与すること、あるいはこれらの剤のいずれも投与しないことなどが包含される。また、工程(2)で対照として用いる被験物質を投与していないモデル動物としては、例えば、同様の方法により作製した別個のモデル動物(例えば、同腹仔)を使用してもよい。工程(2)における比較の結果、神経発達症群の症状が改善した被験物質を、神経発達症群の改善薬の候補物質として選別することができる。
【0035】
上記神経発達症群様の症状としては、神経発達症群がASDの場合には、野生型動物と比較して社会性相互作用の障害、不安度の上昇、固執化傾向、不注意の傾向、多動・衝動性の上昇などが挙げられるが、少なくとも1つの神経発達症群様の症状が改善する被験物質であれば、神経発達症群の改善薬の候補となる。神経発達症群の症状が改善したか否かは、例えば、オープンフィールド試験、社会性行動試験、プレパルス試験、fear conditioning試験などにより評価することができ、例えばこれらのテストのスコアが有意に高い又は低い場合に、神経発達症群の症状が改善されたと評価することができる。候補薬剤として有力な薬剤が選択された場合は、種々の用量及び経路で本発明のモデル動物に投与した場合の症状の改善の程度を評価して、かかる薬剤の最適用量及び投与経路を決定することもできる。この神経発達症群モデル動物の最適用量のヒトにおける用量の算出は従来公知の方法によって行うことができる。
【0036】
本発明のスクリーニング法に用いる被験物質としては、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、天然化合物などが挙げられる。
【0037】
上記被験物質はまた、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他の4つのアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997)Anticancer Drug Des. 12:145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6909-13; Erb et al.(1994)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91:11422-6; Zuckermann et al.(1994)J. Med. Chem. 37:2678-85; Cho et al.(1993)Science 261:1303-5; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2059; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2061; Gallop et al.(1994)J. Med. Chem. 37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90; Devlin(1990)Science 249:404-6; Cwirla et al.(1990)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:6378-82; Felici(1991)J. Mol. Biol. 222:301-10; 米国特許出願第2002103360号)として作製され得る。
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例0039】
実施例1:過剰CNVモデルの作製
CNVモデルマウスの作製に関しては、Cre/loxPシステムを用いてマウスES細胞の染色体の組み替えを行い、該ES細胞を用いてマウスを作製した(非特許文献1)。この3コピーマウスをC57BL/6-Tyr-cBrd/cBrdに少なくとも10世代以上掛け合わせた。その3コピーマウスのオスとメスを交配し、サザンブロットのバンド強度を定量することによりジェノタイピングを行なった。
【0040】
サザンブロットの結果を図4に示す。図4の1段目は実際のサザンブロットの写真で、上から下に向かって電気泳動を行なっている。1レーン(Ctrl)はコントロールで8.9 kbのバンドしか検出されていないが、これは2段目の左図の様に白四角の放射性プローブで検出すると野生型では8.9 kbのバンドが出ないためである。一方で5レーン(Dp)は8.9 bpと32 bpの二つのバンドが検出された。これは、3段目から分かる通り、Dpでは組み換えを起こしたDpアレルがあり、単一のアレル内に二箇所の検出領域があるためであり、またそのバンド長が異なる様に設計されているため、8.9 bpと32 bpでバンドが検出される。ただ、8.9 bpの方が領域としては広くなるため、バンドを定量すると大体2:1となる(三段目右のグラフ)。4コピーマウスでは、8.9 bpと32 bpの領域数が等しくなるため(4段目左図)、バンドの数は2つで同じであるもののそのバンド強度が異なる。定量すると1:1となる(4段目右グラフ)。以上より、3コピーマウス同士をかけ合わせることで、4コピーマウスが得られることが確認された。
【0041】
実施例2:MRI解析
出生直後のマウス(P0)を回収し、パラフォルムアルデヒドで固定を行い、Agilent Technology社7.0T-MRI scannerを用いて胸部の撮像を行なった。撮像条件は、15mm X 15mm field of view, 0.50mm slice thickness, 512 X 512 resolution, 4200ms echo time (TE) and 36 ms repetition time (TR)である。
【0042】
結果を図5に示す。図5より、2コピーマウスでは肺に空気(黒い斑点)が入っており、出生時に肺呼吸が始まっているが、4コピーマウスではそれが開始されていないことが示された。また、4コピーマウスにおける出生時の肺呼吸不全が、高い致死率に関連することが示唆された。
【0043】
実施例3:致死率及び出生時体重の測定
幼少時の致死率は3週齢から10週齢で体重測定と匹数のカウントを行い、体重変化と致死率を算出した。
【0044】
結果を図6に示す。図6より、4コピーマウスにおいて、2コピーマウスよりも体重増加が低く、致死率も高いことが示された。
【0045】
実施例4:過剰CNVモデルの行動評価
3チャンバー社会性行動試験装置、オープンフィールド試験装置(小原医科産業社製)を用いて評価した。
【0046】
3チャンバー社会性行動試験
3つの憩室に分かれ、互いに行き来できるチャンバーの一番スミに檻で動けないマウスを置き、それに対して10分間、被験マウスを自由に行動させた。結果を図7左上に示す。図7左上のデータは、各一分間にどの程度、これら二匹のマウスが社会性行動を取ったかを示す。本試験より、4コピーマウスは、試験の始まった最初から積極的に社会性行動を取っていることが明らかとなった。
【0047】
オープンフィールド試験
一辺42.5センチメートルの正方形のチャンバー内に10分間、被験マウスを入れ、自由に行動させた。結果を図7中央上に示す。図7中央上のデータは、10分間のうち、被験マウスがチャンバーの中央部にどれくらいの時間滞在していたのかを表している。一般にこの時間が短ければ恐怖心が強いと考えられる。本試験より、3コピーマウスでは滞在時間の低下が認められたが、4コピーマウスではその傾向はなく、むしろ2コピーマウス(野生型)と変わらない値であった。
【0048】
プレパルスインヒビション(PPI)試験
PPIは、マウスが一度、音を聞いてから次の音を聞くとき、無意識に2回目の音に対してガード(準備)し、小さく聞こえる現象である。一般に統合失調症患者ではそれらPPIが低下する、という事が知られている。結果を図7右上に示す。本試験より、4コピーマウスでは、他のマウスと比べて、PPIが有意に低下しており、統合失調症患者と同じ傾向が認められる。
【0049】
恐怖条件付け試験
本試験では、マウスを立方体のチャンバーに入れ、音と電気ショックを与え、条件付けを行った。結果を図7下に示す。図7下において、電気ショック(左)と音(右)でグラフが右上がりの傾向にあり、これはfreezing ratioが上昇していることを意味する。中央のグラフは文脈試験の結果であり、該試験では、単に次の日に同じチャンバーにマウスを入れた。この時、マウスは前日の恐怖を記憶しているので、チャンバーに入れられただけで、freezingを起こしている。右のグラフは音試験の結果であり、該試験では、異なる形状のチャンバーに入れ、4分後から音を出した(横線)。これらの3つのステップで4コピーマウスは、freezing ratioは低下していることが示された。換言すれば、4コピーマウスは、恐怖を恐怖と思っていないことが示された。
【0050】
本実施例から、4コピーマウスでは、従来の3コピーマウスと異なり、注意欠如多動症(ADHD)様の症状も示すことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のモデル動物を利用することで、神経発達症群の改善薬の効果の確認やスクリーニング、神経発達症群の発症メカニズム研究の精度のよいモデル動物として利用できるため、特に医療分野において有用である。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7