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特開2024-154690細胞培養基材、および、その製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154690
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】細胞培養基材、および、その製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20241024BHJP
   C07K 14/415 20060101ALI20241024BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C07K14/415
C07K14/47
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023068660
(22)【出願日】2023-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】小島 理恵
【テーマコード(参考)】
4B029
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA21
4B029CC02
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA61
4H045CA33
4H045CA40
4H045EA01
4H045FA72
(57)【要約】
【課題】
本発明では、細胞培養に好適な細胞培養基材の提供を目的とする。特に、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能である、細胞培養基材の提供を目的とする。
【解決手段】
ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物上で、細胞を培養できることを見出した。そのため、当該複合構造物を備えた細胞培養基材は、細胞培養に好適に使用できる。また、当該複合構造物は、一種類の素材由来のタンパク質と脂質(例えば、牛乳由来のタンパク質と脂質や、大豆由来のタンパク質と脂質)で構成された複合構造物であることができる。そのため、本発明にかかる複合構造物を備えた細胞培養基材によって、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能な培養肉を提供できる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材。
【請求項2】
前記複合構造物が膜である、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物を形成する工程、
(工程3)前記複合構造物を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材の製造方法。
【請求項4】
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記分散液の液面に前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物の膜を形成する工程、
(工程3)前記液面から前記複合構造物の膜を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を備えた、細胞培養基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養基材、および、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、世界の人口増加に伴い、食肉需要が増加することが予想されている。このような食肉需要に対応できるようにするため、加えて家畜動物を愛護するという要望に応えるため、細胞を培養して作製される培養肉の研究開発が進められている。
【0003】
例えばステーキ肉、刺身、切り身、フォアグラなどの所望の形状や食感を有するように制御された培養肉を作製できるよう、細胞培養基材上に筋肉細胞や肝細胞などを3次元的に培養する必要がある。このとき、上述した趣旨に沿うよう培養肉を作製するにあたって、ゼラチンやコラーゲンなどの動物を殺傷して得られる材料を使用しないことが望ましい。
【0004】
このような培養肉の作製に使用可能な細胞培養基材として、望ましくは動物由来材料を使用しない多孔材(例えば、アルギン酸もしくはアルギン酸塩、グルコマンナン、セルロース誘導体、アミロース、ペクチン、グルコマンナン、アガロース、カラギーナン、ローカストビーンガムなどの天然高分子多糖類、バクテリアセルロース、キサンタンガム、ジェラン、プルラン、ヒアルロン酸などの微生物産生型多糖類、あるいは、ポリグルタミン酸、ポリリジンなどの微生物産生ポリアミノ酸類などで構成された多孔材)からなる可食性基材に、
・乳または卵など由来の非殺傷性動物由来成分を含む接着向上剤(特開2022-159217;特許文献1)、
あるいは、
・大豆など由来の非殺傷性植物由来成分を含む接着向上剤(特開2022-159216;特許文献2)、
が練り込まれた細胞培養基材、または、可食性基材の表面へこれら接着向上剤が付与された細胞培養基材が活用されている。
【0005】
特許文献1~2にかかる細胞培養基材は、上述した接着向上剤の存在によって、細胞培養基材と細胞との接着性を向上できるという知見のもと発明されたものであって、共に可食性である基材と接着向上剤から構成されている。そのため、当該細胞培養基材上で培養された培養肉から当該細胞培養基材および接着向上剤を除去することなく、培養された培養肉を細胞培養基材ごと口にして消化可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2022-159217号公報
【特許文献2】特開2022-159216号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上述の従来技術にかかる細胞培養基材を提供するためには、可食性基材と接着向上剤を各々用意する必要があった。また、接着向上剤を可食性基材に練り込み細胞培養基材を調製する、あるいは、接着向上剤を可食性基材の表面へ付与して細胞培養基材を調製する必要があった。そのため、上述の従来技術にかかる細胞培養基材を用いた培養肉の提供は、煩雑でコストがかかるという問題を有しているものであった。
【0008】
更に、当該細胞培養基材は少なくとも二種類の素材(例えば、動物由来材料を使用しない多孔材と非殺傷性動物由来成分からなる接着向上剤)から構成されている。そのため、食物アレルギーを有する人が培養肉を細胞培養基材ごと口にしようとする場合、口にする前に当該人における、多孔材と接着向上剤いずれに対してもアレルギーの有無を確認する必要があった。そのため、上述の従来技術にかかる細胞培養基材を用いて培養した培養肉を、アレルギーに配慮し安全性を高くして提供することには限界があり、また、その安全性を確認するためには時間を要するという問題を有しているものであった。
【0009】
本発明では、細胞培養に好適な細胞培養基材の提供を目的とする。特に、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能である、細胞培養基材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
「(請求項1)
ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材。
(請求項2)
前記複合構造物が膜である、請求項1に記載の細胞培養基材。
(請求項3)
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物を形成する工程、
(工程3)前記複合構造物を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材の製造方法。
(請求項4)
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記分散液の液面に前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物の膜を形成する工程、
(工程3)前記液面から前記複合構造物の膜を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を備えた、細胞培養基材の製造方法。」
である。
【発明の効果】
【0011】
本願出願人が検討を続けた結果、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物(以降、複合構造物と略すことがある)上で、細胞を培養できることを見出した。そのため、当該複合構造物を備えた細胞培養基材は、細胞培養に好適に使用できる。特に複合構造物が膜であると、当該膜上で効率良く細胞培養を行うことができると共に、当該膜上に筋肉細胞や肝細胞を培養することで、当該膜の主面に沿って細胞が培養されてステーキ肉などを模した平板形状を有する培養肉を作製し易い。
【0012】
また、複合構造物は、一種類の素材由来のタンパク質と脂質(例えば、牛乳由来のタンパク質と脂質や、大豆由来のタンパク質と脂質)で構成された複合構造物であることができる。
【0013】
そのため、本発明にかかる複合構造物を備えた細胞培養基材によって、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能な培養肉を提供できる。
【0014】
なお、本発明でいうラムスデン現象とは、分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液(例えば、牛乳や豆乳)から分散媒(例えば、水)が除去されてゆくことによって、当該分散液に存在するタンパク質と脂質の濃度が上昇して発生する、当該タンパク質と当該脂質の複合構造物の形成現象(多くの場合、当該複合構造の膜が分散液の液面に沿って形成される)を指す。そのため、ラムスデン現象の発生には、上述のとおり分散液に存在するタンパク質と脂質の濃度上昇を皮切りに発生するものであり、タンパク質の熱変性は必須要件でない。
【0015】
そして、本発明にかかる製造方法を用いることで、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた細胞培養基材、更には当該複合構造物の膜を備えた細胞培養基材を製造できる。
【0016】
そのため、本発明にかかる細胞培養基材の製造方法によって、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能な培養肉を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明では、例えば以下の構成など、各種構成を適宜選択できる。なお、本発明で説明する各種測定は特に記載や規定のない限り、常圧のもと25℃温度条件下で測定を行う。そして、本発明で説明する各種測定結果は特に記載や規定のない限り、求める値よりも一桁小さな値まで測定で求め、当該値を四捨五入することで求める値を算出する。具体例として、小数第一位までが求める値である場合、測定によって小数第二位まで値を求め、得られた小数第二位の値を四捨五入することで小数第一位までの値を算出し、この値を求める値とする。また、本発明で例示する各上限値および各下限値は、任意に組み合わせることができる。
【0018】
本発明にかかる細胞培養基材は、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えている。当該複合構造体の身近な例として、ホットミルクの表面に形成される膜や、湯葉などを挙げることができる。
【0019】
なお、本発明では細胞培養基材が備える複合構造物について、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物であるというプロダクト・バイ・プロセスを用い表している。この理由は、当該複合構造物を構成しているタンパク質と脂質の分布状況や分子間の絡み合いの状況を、直接特定することが不可能または非実際的なためである。
つまり、「ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物」というプロダクト・バイ・プロセスの表現を用いることなく、本発明にかかる複合構造物を、物の構造又は特性により直接特定することが不可能または非実際的なためである。
【0020】
本発明にかかる複合構造物が含むタンパク質の種類は、培養しようとする細胞の種類や培養条件などによって適宜選択でき、牛乳など動物の乳といった動物の体液に含まれるタンパク質、牛や豚あるいは鳥など家畜の肉、皮、腱、骨あるいは肝臓など臓器に含まれるタンパク質、魚介類に含まれるタンパク質、大豆など植物の種子や果実に含まれるタンパク質、昆虫や微生物などが産生するタンパク質などを採用できる。
【0021】
また、本発明にかかる複合構造物が含む脂質の種類は、細胞培養基材を調製できるものであればよく、牛乳など動物の乳といった動物の体液に含まれる脂質、牛や豚あるいは鳥など家畜の肉や脂肪あるいは肝臓など臓器に含まれる脂質、魚介類に含まれる脂質、大豆など植物の種子や果実に含まれる脂質、昆虫や微生物などが産生する脂質などを採用できる。
【0022】
本発明にかかる複合構造物の形状は、培養しようとする細胞の種類や培養条件などによって適宜選択である。例えば膜状(多孔フィルム状または無孔フィルム状)、顆粒状(球状やロッド状など)、繊維状、当該繊維が絡み合い構成された布帛状(不織布状、織物状、編物状)、発泡体シート形状、ブロック形状、不定形形状などであることができる。
【0023】
特に複合構造物が膜であると、当該膜上で効率良く細胞培養を行うことができると共に、当該膜上に筋肉細胞や肝細胞を培養することで、当該膜の主面に沿って細胞が培養されてステーキ肉などを模した平板形状を有する培養肉を作製し易く好ましい。
【0024】
複合構造物の目付や厚みなどの諸構成は適宜調整できる。具体例として、複合構造物の膜である場合、当該複合構造物の目付は10~5000g/mであることができ、50~2500g/mであることができ、100~1000g/mであることができ、厚みは0.01~5mmであることができ、0.05~2.5mmであることができ、0.1~1mmであることができる。
【0025】
なお、当該複合構造物の厚みと目付は、以下のようにして測定できる。
(1)測定対象となる複合構造物の膜を25℃の純水中に3時間浸漬する。
(2)その後、純水中から取り出した複合構造物の膜に対し、一方の主面にペーパータオルを3秒間当て、次いで、もう一方の主面にもペーパータオルを3秒間当てることで、表面に存在する余分な水滴を除去する。
(3)不要な純水を除去した後の複合構造物の膜について、その主面(最も広い面)における1mあたりに換算した質量を算出し、当該算出値を複合構造物の膜の目付(単位:g/m)とする。同様に、このようにして調整した複合構造物について、その主面と垂直を成す方向におけるマイクロメーター((株)ミツトヨ製、VL-50S-B、測定力0.01N)を用いて測定した長さを、複合構造物の膜の厚み(単位:mm)とする。
【0026】
本発明にかかる複合構造物を用いて細胞培養基材を調製可能であるが、培養しようとする細胞の種類や培養条件などに合わせて、当該複合構造物から当該複合構造物に含まれる脂質のうち一部の脂質を除去してなる複合構造物を用いて調製してもよい。このようにして調製される、当該一部の脂質を除去してなる複合構造物は、培養中に培地へ脂質が溶出するのを抑制できる細胞培養基材である。そのため、脂質が培養中の細胞へ影響を与えるのが抑制された、細胞培養により好適に使用できる細胞培養基材を提供できる。
【0027】
本発明にかかる複合構造物は単体で細胞培養基材として使用可能であるが、複合構造物に基材を積層あるいは複合してなる細胞培養基材であってもよい。基材の種類は適宜選択できるが、培養された培養肉を細胞培養基材ごと口にして消化可能にできるよう、デンプン等が主成分の可食シート、ゼラチン等のゲルや繊維、これらの複合構造体など可食性の基材を採用するのが好ましい。なお、複合構造物で培養された細胞を医薬品の細胞アッセイ用途や、補綴材や移植用細胞片など再生医療用途に用いる場合は、可食性成分でなくともよく、生体適合性や生分解性を有するポリ乳酸系樹脂やキチン・キトサン由来プラスチックなどからなる基材も選択できる。
【0028】
使用する基材の形状は適宜選択でき、膜状(多孔フィルム状または無孔フィルム状)、布帛状(不織布状、織物状、編物状)、発泡体シート形状、粒子状、短繊維状、不定形のゲル状であることができる。なお、複合構造物と基材の積層方法は適宜調整できるが、ただ重ねて積層する方法、重ねて超音波溶着装置やヒートシール装置、溶媒などへ供することによって溶着させ積層一体化する方法、バインダなどを用いて接着させ積層一体化する方法などを採用できる。
【0029】
また、複合構造物にゲルなどの基材を塗布することで、あるいは、ゲルなどの基材中に複合構造物を埋め込むことで、当該基材と当該複合構造物からなる細胞培養基材を調製しても良い。
【0030】
本発明の細胞培養基材を用いて培養できる細胞の種類は、培養しようとする細胞の種類や培養条件などによって適宜選択できる。例えば、牛や豚あるいは鳥など動物の筋肉細胞や肝細胞など臓器を成す細胞、魚介類の筋肉細胞や臓器を成す細胞などを培養できる。なお、培養方法および培養条件は公知の方法や条件を用いることができる。
【0031】
本発明の細胞培養基材の製造方法について、一例を挙げ説明する。本発明の細胞培養基材の製造方法は適宜選択できるが、例えば、
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物を形成する工程、
(工程3)前記複合構造物を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材の製造方法であることができる。あるいは、
(工程1)分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用意する工程、
(工程2)前記分散液に含まれる前記分散媒を除去してゆくことで、前記分散液の液面に前記タンパク質と前記脂質を含む複合構造物の膜を形成する工程、
(工程3)前記液面から前記複合構造物の膜を回収する工程、
を備える、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物を備えた、細胞培養基材の製造方法であることができる。
【0032】
工程1について説明する。
【0033】
分散液を用意する方法は適宜選択でき、市販されている牛乳や豆乳など既に水中にタンパク質と脂質が分散している分散液を用いても、水などの分散媒にタンパク質と脂質を分散させて分散液を調製しても良い。
【0034】
分散液に含まれるタンパク質と脂質の各濃度は、複合構造物を調製できるよう適宜調整する。また、複合構造物が容易に調製できるよう分散液へ塩や酸などの添加剤や、複合構造物の機械的物性を調整するためのフィラー、細胞培養を促進する成長因子などの生理活性物質などを加えても良い。更に、食味に富む複合構造物を調製できるよう、分散液へグルタミン酸ナトリウムなどの調味料を加えても良い。
【0035】
なお、本発明でいうラムスデン現象には既述のとおりタンパク質の熱変性は必須要件でないが、分散液を予め加熱処理しておくことで分散液に存在するタンパク質に熱変性を生じさせておくこともできる。このように熱変性によりタンパク質の不溶化が予め促進された分散液を用いれば、より耐水性や強度に優れる複合構造物を作製することができる。
【0036】
工程2および工程3について説明する。
【0037】
分散液に含まれる分散媒を除去してゆく方法は適宜選択できるが、大気下に放置して分散媒を揮発させてゆく方法、減圧下へ曝して分散媒を揮発させてゆく方法、加熱することで分散媒を蒸発させてゆく方法などを挙げることができる。なお、加熱温度や処理時間などの各方法における処理条件は、複合構造物を調製できるよう適宜調整する。
【0038】
本工程によって、分散液中(例えば、液面)に複合構造物が形成され、分散液中から回収することで本発明にかかる複合構造物を得ることができる。特に分散液の液面に膜状に形成された複合構造物を回収することによって、複合構造物の膜を得ることができる。
【0039】
なお、回収した複合構造物を、次いで、タンパク質成分を架橋する工程へ供してもよい。当該架橋する方法として、加熱して熱架橋する方法、ホルマリン等の架橋剤に供することによって架橋反応を行う方法などを挙げることができる。架橋処理を施すことで、剛性が高くハンドリング性に富む細胞培養基材を実現できる。その結果、よりハンドリング性に富むことで効率良く細胞を培養できる細胞培養基材を製造でき好ましい。
【0040】
また、回収した複合構造物、あるいは、架橋する工程へ供した後の複合構造物を、次いで、複合構造物から脂質の一部を除去する工程へ供してもよい。当該脂質の一部を除去する方法として、複合構造物をエタノールなどアルコールやエタノール水溶液といった脂質を溶解する有機溶媒へ浸漬する方法などを挙げることができる。当該脂質の一部を除去することで、培養中に培地へ脂質が溶出するのを抑制できる細胞培養基材を実現できる。その結果、脂質が培養中の細胞へ影響を与えるのが抑制された、細胞培養により好適に使用できる細胞培養基材を製造でき好ましい。
【0041】
以上のようにして調製された複合構造物は、そのまま細胞培養基材として使用可能である。しかし、細胞培養基材の用途や細胞の培養条件に合わせて、求める形状の細胞培養基材となるよう厚みを調整する工程、打ち抜くあるいは切り抜く工程、別途用意した基材と積層工程など、二次加工へ供して細胞培養基材を製造しても良い。
【実施例0042】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0043】
(実施例1)
市販の乾燥湯葉を用意し純水中に浸漬することで、乾燥湯葉を湿潤した湯葉に戻した。純水中から湯葉を取り出し不要な純水を拭き取ることで、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を調製した。
そして、これを細胞培養基材とした。
【0044】
(分散液の用意)
分散媒中にタンパク質と脂質が分散している分散液である、市販の成分無調整牛乳(200ml当たりの成分:エネルギー140kcal、タンパク質7.0g、脂質8.1g、糖質9.7g、食塩相当量0.21g、カルシウム233mg、120℃で2秒間殺菌)を用意した。
【0045】
(実施例2)
蓋のない容器へ成分無調整牛乳を入れ、加熱温度90℃に調整したドライヤー装置へ供し10分間加熱した。ドライヤー装置から取り出した成分無調整牛乳の液面には、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜が形成されていた。
このようにして形成された複合構造物の膜を成分無調整牛乳から取り出し、別の容器に入れた。この時、前記容器の底には膜を置く台部を設置し、膜と容器の底は直接接触しないようにした。次いで、当該容器の底に前記台部よりも低い高さとなるように少量の純水を添加し、容器に蓋をした。そして、当該容器ごと電子レンジへ入れ、300Wに設定した電子レンジ加熱条件で1分間加熱した。このようにして、当該膜へ湿熱による架橋処理を施し、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を調製した。
そして、これを細胞培養基材とした。
【0046】
(実施例3)
成分無調整牛乳をガラス瓶内に密封して、90℃30分間湯煎した。
次いで、蓋のない容器へ成分無調整牛乳を入れ替え、加熱温度90℃に調整したドライヤー装置へ供し10分間加熱した。ドライヤー装置から取り出した成分無調整牛乳の液面には、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜が形成されていた。
このようにして形成された複合構造物の膜を成分無調整牛乳から取り出すことで、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を調製した。
そして、これを細胞培養基材とした。なお、実施例3では複合構造物の膜へ架橋処理を施さなかった。
【0047】
(実施例4)
成分無調整牛乳をガラス瓶内に密封して、90℃30分間湯煎した。
次いで、蓋のない容器へ成分無調整牛乳を入れ替え、加熱温度90℃に調整したドライヤー装置へ供し10分間加熱した。ドライヤー装置から取り出した成分無調整牛乳の液面には、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜が形成されていた。
このようにして形成された複合構造物の膜を成分無調整牛乳から取り出し、別の容器に入れた。この時、前記容器の底には膜を置く台部を設置し、膜と容器の底は直接接触しないようにした。次いで、当該容器の底に前記台部よりも低い高さとなるように少量の純水を添加し、容器に蓋をした。そして、当該容器ごと電子レンジへ入れ、300Wに設定した電子レンジ加熱条件で1分間加熱した。このようにして、当該膜へ湿熱による架橋処理を施し、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を調製した。
そして、これを細胞培養基材とした。
【0048】
(実施例5)
成分無調整牛乳をガラス瓶内に密封して、90℃30分間湯煎した。
次いで、蓋のない容器へ成分無調整牛乳を入れ替え、加熱温度90℃に調整したドライヤー装置へ供し10分間加熱した。ドライヤー装置から取り出した成分無調整牛乳の液面には、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜が形成されていた。
このようにして形成された複合構造物の膜を成分無調整牛乳から取り出し、10v/v%濃度のホルマリン水溶液中に一晩浸漬した。このようにして、当該膜へホルマリンによる架橋処理を施した。
最後に、ホルマリン水溶液中から架橋処理を施した複合構造物の膜を取り出し、残留ホルマリンを純水で洗浄除去した後に不要な純水を拭き取ることで、ラムスデン現象によって生じたタンパク質と脂質を含む複合構造物の膜を調製した。
そして、これを細胞培養基材とした。
【0049】
(細胞の培養方法)
本項の手順はクリーンベンチ内での無菌操作で実施し、実施例1~5の手順で作製した細胞培養基材以外の器具および試薬は滅菌済みのものを使用した。
細胞低接着表面処理が施された24ウェルプレートのウェル底面上に、当該ウェル底面の形状に合わせて切り出した細胞培養基材を敷設した。
次いで、当該ウェル内へリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を、1ウェルあたり1ml注液した。その後、30分間静置することで細胞培養基材にPBSを吸液させた。
そして、ウェル内からPBSを除去した後、当該ウェル内へ70v/v%エタノール水溶液を、1ウェルあたり1ml注液した。その後、30分間静置することで細胞培養基材を滅菌処理した。
最後に、ウェル内からエタノール水溶液を除去した後、PBSでウェル内と細胞培養基材を洗浄した後、当該ウェル内から不要なPBSを除去した。
以上のようにして用意した、24ウェルプレートのウェル底面上に細胞培養基材が敷設されているウェル内へ、DMEM培地(10v/v%牛胎児血清と1v/v%ペニシリン・ストレプトマイシンを含む)に懸濁した接着性動物細胞(マウス線維芽細胞株NIH3T3)の懸濁液(細胞数:1.5×10cells/ml)を1ml播種した。
そして、24ウェルプレートを37℃5%CO充填雰囲気下のインキュベータ内へ供し、細胞培養基材上で接着性動物細胞を一晩培養した。
【0050】
(細胞培養基材に接着している細胞数の測定方法)
本項の手順はクリーンベンチ内での無菌操作で実施した。
細胞培養を行った後のウェル内からDMEM培地を除去した。その後、別途用意した37℃に温めたDMEM培地を用いて、ウェル内の細胞培養基材を洗浄した。なお洗浄にあたり、1ウェルあたり1mlのDMEM培地を用いた洗浄とDMEM培地を除去することを二度繰り返した。この操作により、細胞培養基材に接着していない細胞を除去した。
次いで、WST-8テトラゾリウム塩試薬を用いた生細胞数計測キット(株式会社同仁化学研究所、CK04)を用いて、細胞培養基材に接着している生細胞数を測定した。なお、前述の細胞培養を4回行い各々得られた測定結果(測定された生細胞数)の平均値を求め、これを細胞培養基材に接着している細胞数とした。
【0051】
(細胞培養基材へ接着している細胞における、接着状態の評価方法)
上述した細胞数の測定方法へ供した後の24ウェルプレートに対し、ウェル内へ10v/v%中性緩衝ホルマリン水溶液1mlを注液し、その後、30分間室温でインキュベートした。
次いで、ウェル内から中性緩衝ホルマリン水溶液を除去した後、PBSを用いてウェル内の細胞培養基材を洗浄した。なお洗浄にあたり、1ウェルあたり1mlのPBSを用いた洗浄とPBSを除去することを二度繰り返した。
その後、細胞培養基材に接着している細胞に対しヘマトキシリン・エオジン染色を施し、光学顕微鏡写真を撮影し、目視により染色された細胞の細胞培養基材への接着状態を観察した。また、細胞培養基材に接着している細胞に対し脱水・凍結乾燥処理を施し、電子顕微鏡写真を撮影し、目視により細胞の細胞培養基材への接着状態を観察した。
【0052】
(評価結果)
実施例1:細胞培養基材に、播種した細胞数の19%が接着し培養されていた。また、細胞培養基材上に平面状に細胞が培養しているものであった。
実施例4:細胞培養基材に、播種した細胞数の17%が接着し培養されていた。また、細胞培養基材上にブドウの房状のようなクラスター状態を成し細胞が培養しているものであった。
実施例2、3、5:実施例4の結果と同様の結果であった。
【0053】
以上から、本発明にかかる複合構造物を備えた細胞培養基材を用いることで、接着性動物細胞を接着状態で培養できることが判明した。
【0054】
そして、本発明にかかる細胞培養基材は簡単かつコスト低く製造できたものであり、また、一種類の素材から製造可能なものである。そのため、本発明にかかる複合構造物を細胞培養基材として用いることによって、培養肉の作製にかかる煩雑さとコストを低減可能であると共に、安全性が高く当該安全性の確認に要する時間を短縮可能にして、培養肉を提供できる。
【0055】
なお、実施例2~5で調製した各細胞培養基材の物性を比較した結果から、架橋処理を施してなる細胞培養基材(実施例2、実施例4~5)は、架橋処理を施していない細胞培養基材(実施例3)よりも、剛性が高くハンドリング性に富むことが判明した。そのため、架橋処理を施してなる細胞培養基材を用いることによって、よりハンドリング性に富むことで効率良く細胞を培養して、培養肉を提供できる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の細胞培養基材上で、筋肉細胞や肝細胞などの細胞を培養できる。そのため、本発明にかかる細胞培養基材を用いることで、培養肉を提供できる。また、本発明の細胞培養基材上で培養した細胞は、医薬品の細胞アッセイ用途や、補綴材や移植用細胞片など再生医療用途に用いることができる。