(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154788
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】純チタン線材およびその加工方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/18 20060101AFI20241024BHJP
B21B 3/00 20060101ALI20241024BHJP
B21B 1/16 20060101ALI20241024BHJP
B21J 1/04 20060101ALI20241024BHJP
B21J 5/00 20060101ALI20241024BHJP
B21J 5/06 20060101ALI20241024BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241024BHJP
【FI】
C22F1/18 H
B21B3/00 K
B21B1/16 L
B21J1/04
B21J5/00 E
B21J5/06 F
C22F1/00 604
C22F1/00 605
C22F1/00 606
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 685A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
C22F1/00 691B
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023068848
(22)【出願日】2023-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】599143531
【氏名又は名称】川本重工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(72)【発明者】
【氏名】三浦 博己
(72)【発明者】
【氏名】川本 忠博
【テーマコード(参考)】
4E002
4E087
【Fターム(参考)】
4E002AA08
4E002AC14
4E002BB06
4E002BB07
4E002BC05
4E002BC07
4E087AA10
4E087BA05
4E087CA01
4E087CA46
4E087CB01
4E087CB02
4E087CB03
(57)【要約】
【課題】 高強度を維持しつつ低弾性率(低ヤング率)の純チタン線材とその加工方法を提供する。
【解決手段】 純チタン線材は、亜粒界が発達した繊維状の粗大粒と、平均粒径が1μm以下の微細な結晶粒もしくは亜結晶粒またはこれらの混合粒とを含む不均一な組織を呈し、組織中の亜粒界は、EBSD測定において全粒界中60%以上の比率を示す値となるものである。加工方法は、第1工程と、第2工程と含み、第1工程は、純チタンによる被加工材料の三次元方向に対して各1回以上の鍛造を施す多軸鍛造工程と、平ロール圧延により50%以上の圧延加工を施す圧延工程とを含み、第2工程は、70℃以上の加工熱を利用して被加工材料を80℃~500℃としつつスウェージングにより40%以上の断面減縮率に縮径する縮径工程を少なくとも含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度99%以上の純チタンによる棒状またはワイヤ状とする純チタン線材であって、
亜粒界が発達した繊維状の粗大粒と、平均粒径が1μm以下の微細な結晶粒もしくは亜結晶粒またはこれらの混合粒とを含む不均一な組織を呈し、
前記組織中の亜粒界は、EBSD測定において全粒界中60%以上の比率を示す値となるものである
ことを特徴とする純チタン線材。
【請求項2】
前記組織は、前記棒状またはワイヤ状の長手方向に対し、(10-10)柱面が集積した集合組織であり、EBSD測定における該集合組織の集積強度が9以上を示すものである請求項1に記載の純チタン線材。
【請求項3】
前記組織の高角度粒界には、母相中の含有酸素の濃度よりも高濃度の酸素が偏析しているものである請求項1に記載の純チタン線材。
【請求項4】
前記組織の高角度粒界に偏析される酸素濃度は、母相中の含有酸素濃度の2倍以上である請求項3に記載の純チタン線材。
【請求項5】
前記棒状またはワイヤ状の長手方向に対する引張強度が800MPa以上である請求項1~4のいずれかに記載の純チタン線材。
【請求項6】
純度99%以上の純チタンによる棒状またはワイヤ状とする純チタン線材の加工方法であって、
第1工程と、第2工程と含み、
前記第1工程は、純チタンによる被加工材料の三次元方向に対して各1回以上の鍛造を施し、該被加工材料の全体における各1回当たりのひずみ量が0.1~0.4の範囲内とする多軸鍛造工程と、前記多軸鍛造工程を終了した被加工材料に対して平ロール圧延により50%以上の圧延加工を施す圧延工程とを含むものであり、
前記第2工程は、70℃以上の加工熱を利用して前記被加工材料を80℃~500℃としつつスウェージングにより40%以上の断面減縮率に縮径する縮径工程を少なくとも含むものである
ことを特徴とする純チタン線材の加工方法。
【請求項7】
前記多軸鍛造工程および前記圧延工程は、いずれも被加工材料が再結晶を起こさない300℃以下による温間または冷間における加工である請求項6に記載の純チタン線材の加工方法。
【請求項8】
前記多軸鍛造工程と前記圧延工程との中間において、300℃~500℃における焼鈍を施す熱処理工程を含むものである請求項6に記載の純チタン線材の加工方法。
【請求項9】
前記第2工程は、溝ロールを使用して20%以上の断面減縮率となる溝ロール圧延を施す溝ロール圧延工程を含むものである請求項6~8のいずれかに記載の純チタン線材の加工方法。
【請求項10】
前記溝ロール圧延工程は、前記縮径工程の前後のいずれか一方または双方に実行されるものである請求項9に記載の純チタン線材の加工方法。
【請求項11】
前記溝ロール圧延工程は、前記縮径工程の後において少なくとも実行されるものであり、該溝ロール圧延工程は、溝ロール形状を楕円形状とする断面扁平工程と、これに続けて溝ロール形状を円形状とする断面復元工程とを含むものである請求項9に記載の純チタン線材の加工方法。
【請求項12】
純度99%以上の純チタンによる棒状またはワイヤ状とする純チタン線材の加工方法であって、
第1工程と、第2工程と含み、
前記第1工程は、純チタンによる被加工材料の三次元方向に対して各1回以上の鍛造を施し、該被加工材料の全体における各1回当たりのひずみ量が0.1~0.4の範囲内とする多軸鍛造工程と、前記多軸鍛造工程を終了した被加工材料に対して平ロール圧延により50%以上の圧延加工を施す圧延工程とを含むものであり、
前記第2工程は、溝ロール圧延による縮径工程を含み、該縮径工程は、溝ロール形状を楕円形状とする断面扁平工程と、これに続けて溝ロール形状を円形状とする断面復元工程とを含むものである
ことを特徴とする純チタン線材の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、純度99%以上のチタン(以下、「純チタン」という)の線材およびその加工方法に関し、特に高強度かつ低弾性率(低ヤング率)を有する純チタンによる線状材料とその加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、純チタンは強度が低く、そのため強度が要求される部材等には強度を増大させるためにチタン合金が使用されてきた。ところが、チタン合金は、高弾性率(高ヤング率)であるため、切削加工等が容易でなく、また生体適合性に問題ありとの報告事例があるため、医療向けの材料(例えば歯科用インプラント等)として特性の改善が望まれていた。そこで、より優れた生体適合性を有する純チタンについて、高強度化を実現するための技術が報告されている。この種の技術としては、側方押出(ECAP:Equal-Channel Angular Pressing)法と、47%~75%の冷間押出加工とを組み合わせることにより、1.1GPaの棒状またはワイヤ状に加工し得るものがあった(非特許文献1参照)。この技術は、均一な超微細粒組織(平均粒界が1μm以下)を発達させるものであり、巨大ひずみ加工法を利用した超高強度化生体材料として優れたものであったが、弾性率(ヤング率)は通常の純チタンと相違せず、延性や顎骨適合性に欠けるものとなっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開2014/038487号公報
【特許文献2】特開2018-069255号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】V.V. Stolyarov, Y.T. Zhu, T.C. Lowe, R.Z. Valiev, “Microstructure and Properties of Pure Ti Processed by ECAP and Cold Extrusion”, Mater. Sci. Eng. A, Vol.303 (2001) pp.82-89.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願における一部の発明者において、多軸鍛造(MDF:Multi-Directional Forging)法による巨大ひずみ加工法を開発し、さらに、このMDF法と圧延との組合せにより、純チタンの結晶粒組織の均一超微細化を可能とし、最大引張強度1GPa以上、かつヤング率85GPa以下であり、伸び率が10%以上となる純チタンを作製する技術を開発した(特許文献1参照)。上記技術により、圧延率の増加によって引張強度を徐々に増加させることができ、例えば、圧延率65%の追加により、ビッカース硬度比で約10%の上昇、圧延率86%の追加の場合には、ビッカース硬度比で約20%の上昇が可能となった。
【0006】
他方において、本願の一部の発明者において、純チタンを小径の線状に加工する技術を開発した(特許文献2参照)。この技術は、MDF法と線状成形加工との組合せにより、微細な結晶粒を形成しつつワイヤ状(線状または棒状)に加工するものであり、得られた純チタンの結晶粒は、ワイヤの長手方向に長尺となるものであって、長軸および短軸のいずれもが、平均粒径を0.5μm以下となるものであった。この場合の最大引張強度は1050MPa以上となっていた。
【0007】
上記のような純チタンを製造するためには、予備加工として、MDF法に平ロール圧延を組合せたものであり、変形加工工程として、70℃以下に維持される純チタン材料をスウェージングまたは引抜加工により縮径するものであった。
【0008】
上記加工工程により、少なくとも高強度の純チタンワイヤを製造できることで優れたものであるが、予備加工におけるMDF法および平ロール圧延によって結晶粒が微細化し、高強度となるため、スウェージングまたは引抜加工(縮径工程)が容易に実行できるものではなかった。そのため、製造工程を自動化することが難しく、さらに縮径工程に要する時間を短縮することも難しいものとなっていた。さらに、上記純チタンワイヤは、高強度(800MPa以上)を維持しつつワイヤ状となる純チタンを製造することが目的であったことから、その後の加工容易性や生体材料への適用を意識した低弾性率(低ヤング率)については考慮されていなかった。そのため、予備加工(MDF法および平ロール圧延)後におけるヤング率は100GPaを超えるものとなっており、製造される純チタンワイヤのヤング率も同等程度となっていた。従って、その後の加工性や生体材料への適用に欠けるものとならざるを得なかった。
【0009】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、高強度を維持しつつ低弾性率(低ヤング率)の純チタン線材とその加工方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本願の発明者らは、鋭意研究の結果、適度な温度の加工熱を利用した一種の熱処理工程を組み合わせることにより、粗大粒と超微細(亜)結晶粒とが不均一となること、また、上記のような不均一な組織により、機械的特性が向上することを見出し、本発明を完成することに至った。
【0011】
すなわち、純チタン線材に係る本発明は、亜粒界が発達した繊維状の粗大粒と、平均粒径が1μm以下の微細な結晶粒もしくは亜結晶粒またはこれらの混合粒とを含む不均一な組織を呈し、前記組織中の亜粒界は、EBSD測定において全粒界中60%以上の比率を示す値となるものであることを特徴とする。
【0012】
上記構成によれば、平均粒径が1μm以下の微細な結晶粒が高角度粒界(粒界方位が15度以上)によって包囲させる超微細粒組織となる領域を残存させることにより、適度な強度を維持しつつ、繊維状の粗大粒を含むことで全体として不均一な組織となるものである。このような組織により、延性が向上し、弾性率(ヤング率)を低下させることができる。また、粒界方位に関し、EBSD測定(電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scattered Diffraction)法による測定)において、亜粒界(粒界方位が数度未満)が全粒界中の40%以上となることにより、強度と延性(低弾性率)とが好適なバランスとなる。すなわち、純チタンの強度を維持しつつ低弾性率(低ヤング率)となる線材を得ることができる。なお、亜粒界の比率を60%以上としているが、超微細粒組織が残存することから、全ての粒界が亜粒界となる(亜粒界が100%となる)ことはない。すなわち、亜粒界のほかに低角度粒界(粒界方位が数度~15度)も存在し、亜粒界と低角度粒界を含める場合には70%以上となるが、高角度粒界は18%以上が残存するため、亜粒界の比率の上限は、80%程度となるものである。
【0013】
純チタン線材に係る上記構成の発明において、前記組織は、前記棒状またはワイヤ状の長手方向に対し、(10-10)柱面が集積した集合組織であり、EBSD測定における該集合組織の集積度(発達強度)が9以上を示すものとすることができる。
【0014】
上記構成によれば、純チタンの長手方向に(10-10)集合組織((10-10)柱面が集積した集合組織をいう、以下同じ)が発達することにより、当該集合組織の(10-10)柱面がすべり面として機能するため延性が向上するとともに、柱面鉛直方向[10-10]が最稠密方向ではないため弾性率(ヤング率)の低下に資することとなる。他方において、(0001)面の割合が相対的に低下し、長手方向が最稠密方向[0001]からずれるため、高ヤング率の要素を低減させることとなる。
【0015】
純チタン線材に係る上記構成の発明において、前記組織の高角度粒界には、母相中の含有酸素の濃度よりも高濃度の酸素が偏析しているものとしてよい。超微粒子組織の粒界への不純物の偏析の効果については、他の金属に関するものではあるが、強度を高めることを本願の一部の発明者が確認し、既に報告している(Mater. Sci. Eng. A、 Vol.833 (2022) pp. 142531.「Age-Hardening Mechanisms of Heterogeneous-Nanostructured SUS316LN Stainless Steel Fabricated by Heavy Cold Rolling、」参照)。従って、純チタンにおいても、粒界に不純物としての酸素が偏析することにより、強度を高めることができるものとなる。
【0016】
純チタン線材に係る上記構成の発明において、前記組織の高角度粒界に偏析される酸素濃度は、母相中の含有酸素濃度の2倍以上であることが好ましい。純チタンにおいて、粒界に偏析される不純物には、酸素の他に炭素や窒素もあるが、これら酸素以外の不純物は、粒界に偏析させることが容易でないため、不純物としての酸素の偏析濃度を大きくすることにより、強度を高めるものとなる。なお、偏析濃度は、母相中の濃度との比較によることとなるが、2倍以上の濃度差によって偏析されることにより、不純物の偏析の効果を顕著に得ることができる。酸素の偏析は、2倍以上であればよく、実験による場合には約3倍の濃度を偏析させることができることか確認している。
【0017】
純チタン線材に係る上記構成の発明において、前記棒状またはワイヤ状の長手方向に対する引張強度が800MPa以上であることが好ましい。すなわち、EBSD測定において全粒界中の高角度粒界を18%以上とし、亜粒界と低角度粒界を含めた割合が70%以上(亜粒界の割合が60%以上)となるように調整することで、長手方向の引張強度を800MPa以上に維持することができる。
【0018】
上記構成によれば、MDF法と平ロール圧延との併用により結晶粒を微細化させ、高強度となった純チタンの強度を維持するとともに、適度な低弾性率(低ヤング率)と集合組織により延性を向上させた純チタン線材を得ることができる。これにより、強度が要求される用途において、所望の加工が容易となる純チタンを提供することができる。
【0019】
他方、純チタンによる棒状またはワイヤ状とする純チタン線材の加工方法に係る発明にあっては、第1工程と、第2工程と含み、前記第1工程は、純チタンによる被加工材料の三次元方向に対して各1回以上の鍛造を施し、該被加工材料の全体における各1回当たりのひずみ量が0.1~0.4の範囲内とする多軸鍛造工程と、前記多軸鍛造工程を終了した被加工材料に対して平ロール圧延により50%以上の圧延加工を施す圧延工程とを含むものであり、前記第2工程は、70℃以上の加工熱を利用して前記被加工材料を80℃~500℃としつつスウェージングにより40%以上の断面減縮率に縮径する縮径工程を少なくとも含むものであることを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、第1工程により微小化した組織を、第2工程により回復させながら、亜粒界が発達した繊維状の粗大粒を出現させ、不均一な組織を形成させることができる。このときの純チタン(被加工材料)の温度を80℃~500℃とすることにより、再結晶化に至らず、回復させることができる。スウェージングは、周知のとおり、ダイス(金型)を周方向に回転させながら高速に打撃することによって縮径する加工方法であり、比較的高温の加工熱を発生させる。この可能熱を利用することにより材料温度を上昇させ、組織の回復を伴いつつ縮径させることができるのである。このとき、被加工材料の径等によって加工熱が異なるため、材料温度を一律に設定することは難しいが、再結晶化に至らない範囲(500℃かつ30分)とすることで回復に寄与させることができる。また、縮径工程における加工を容易にするため、被加工材料が軟化することが好ましいことから、150℃以上であることが好ましく、さらに300℃以上であることがより好ましい。150℃以上の温度においても加工時間の短縮が実現されたことから軟化しているものと推測され、300℃において顕著な軟化を確認することができた。80℃以下の低温状態においても縮径加工は可能であるが、亜粒界が発達した繊維状の粗大粒を出現させるためには、80℃以上であることが要求される。この温度の高低により出現する繊維状の粗大粒の割合が変化し、高温域となるにつれて亜粒界を出現させやすく、発達した繊維状の粗大粒の割合が大きくなるものである。なお、低温域では、局部的に亜粒界が出現されるため、全粒界中の比率は小さくなり、下限値の40%に近くなるものである。
【0021】
加工方法に係る上記構成の発明において、前記多軸鍛造工程および前記圧延工程は、いずれも被加工材料が再結晶を起こさない300℃以下による温間または冷間における加工であるものとすることが好ましい。
【0022】
上記構成の場合には、多軸鍛造工程(MDFによる加工時)および圧延工程(平ロールによる圧延加工時)において、平均粒径が1μm以下の微細な結晶粒が高角度粒界によって包囲される超微細粒組織を出現させることができ、高強度の純チタンとすることができ、後の工程による低弾性率(低ヤング率)を向上させる工程により低下する強度を補完することができる。すなわち、MDF加工時や平ロール圧延時に再結晶化すると、微細な結晶粒が高角度粒界に包囲される組織の割合が減少するため、後工程によって再び強度を増加させることが難しくなることから、第1工程では再結晶化しない温度域(300℃以下)とする必要がある。なお、300℃においては再結晶化までの温度(500℃)までに温度幅を有しているが、300℃においても回復・軟化することが実験的に得られていることから、この300℃を上限としたものである。当然ながら、低温(常温)を維持しつつ加工する場合は、結晶粒の微細化が進み、微細な結晶粒が高角度粒界に包囲される組織の出現割合が大きくなり、強度面においてより好適となる。
【0023】
さらに、上記に示した構成の加工方法に係る発明において、前記多軸鍛造工程と前記圧延工程との中間において、300℃~500℃における焼鈍を施す熱処理工程を含むものとすることができる。
【0024】
上記構成によれば、微小組織を再結晶化させず、回復させることにより、内部エネルギを減少させることができる。内部エネルギを減少させることにより、後工程(縮径工程)における断面積の変化に際して欠陥(亀裂等)の発生を緩和させることができることとなる。
【0025】
また、加工方法に係る上記各構成の発明において、前記第2工程は、溝ロールを使用して20%以上の断面減縮率となる溝ロール圧延を施す溝ロール圧延工程を含むものであるものとすることができる。
【0026】
溝ロールを使用した圧延は、スウェージングとは異なり、加工熱による高温域での加工ではなく冷間での加工を行うことができる。そのため、第1工程において組織の微細化により高強度化させた純チタンの強度を低下させず、また、スウェージングによる低弾性率(低ヤング率)の双方を維持しつつ縮径を推進させることができる。
【0027】
加工方法に係る上記構成の発明において、前記溝ロール圧延工程は、前記縮径工程の前後のいずれか一方または双方に実行されるものとすることができる。
【0028】
上記構成の場合、溝ロール圧延は、強度および弾性率に大きく影響を与えることなく断面積(または断面形状)を変化させるものとして採用するものとなり、高強度かつ低弾性率(低ヤング率)の純チタンを所望の径または形状に仕上げることが可能となる。特に、スウェージングによる縮径工程の後に溝ロール圧延を実施することにより、所望の形状に仕上げることが容易となる。
【0029】
さらに、加工方法に係る上記各構成の発明において、前記溝ロール圧延工程は、前記縮径工程の後において少なくとも実行されるものであり、該溝ロール圧延工程は、溝ロール形状を楕円形状とする断面扁平工程と、これに続けて溝ロール形状を円形状とする断面復元工程とを含むものとすることができる。
【0030】
上記構成によれば、溝ロールを使用して丸棒状の純チタン線材に加工する際、径方向に対する圧縮を繰り返すことができることから、一種のMDFと同じ論理によって、純チタンの強度を向上させることができる。このような扁平・復元の両工程は、径を小さくする縮径のために行うことができるほか、線材に対し、径方向に対するひずみを付与することにより、線材の表面方向(N.D.方向)に結晶粒の底面((0001)面)を集積させ、長手方向(R.D.方向)に(10-10)柱面を集積させることにより、弾性率(ヤング率)の低下を促すために行うことができる。
【発明の効果】
【0031】
純チタン線材に係る本発明によれば、繊維状の粗大粒(亜粒界の発達)と微細な結晶粒(亜粒界に囲まれた亜結晶粒の場合もあり得る)とで不均一な組織となり、亜粒界が全粒界の40%以上となる(EBSD測定による)ことで、微細な結晶粒が高角度粒界に包囲される組織の割合を小さく抑えて低弾性率(低ヤング率)とすることができる。その結果、本発明の純チタン線材を利用する際の加工性と生体材料への適用性が向上することとなる。
【0032】
他方、純チタン線材の加工方法に係る本発明によれば、十分な強度を保持しつつ低弾性率(低ヤング率)の純チタン線材を容易に加工することができる。すなわち、純チタンを適度な径に縮径する際、スウェージング時の加工熱を利用しつつ、適度な温度範囲で加工することにより、回復・軟化を伴った縮径工程とすることができる。また、溝ロール圧延との併用により、所望の径や形状に変形加工することが可能となる。溝ロール圧延の前にスウェージングを実施しておく場合には、既に回復・軟化された材料を変形させるものとなるため、当該溝ロール圧延による径や形状の変更も容易となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】純チタン線材の加工方法に係る実施形態による手順の概略を示す説明図である。
【
図2】溝ロール圧延工程における加工方法の一例を示す説明図である。
【
図3】(a)は純チタン線材に係る第1の実施形態を示すTEM像であり、(b)は比較例のTEM像である。
【
図4】(a)は純チタン線材に係る第1の実施形態のEBSD測定のマップであり、(b)は(a)の組織中における(亜)結晶粒径の分布と(亜)粒界の方位差分布を示すグラフである。
【
図5】(a)は比較例のEBSD測定のマップであり、(b)は(a)の組織中における(亜)結晶粒径の分布と(亜)粒界の方位差分布を示すグラフである。
【
図6】実験例1において作製した純チタンによる加工品の写真である。
【
図7】実験例2による引張試験の結果を示す応力-ひずみ曲線のグラフである。
【
図8】製造した純チタン線材の高角度粒界の三次元アトムプローブの分析結果のグラフである。
【
図9】実験例3による動的微小硬度計の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。なお、説明の都合上、加工方法に係る実施形態を説明した後の純チタン線材の実施形態について説明することとする。
【0035】
<加工方法に係る実施形態>
図1は、純チタン線材の加工方法の手順を概略示すものである。この図に示されているように、本実施形態の加工方法は、第1工程と第2工程とに区分されている。第1工程は、専ら強度を向上させるための加工工程であり、第2工程は、専ら純チタンを線材に成形すると同時に、弾性率(ヤング率)を低下させるための加工工程である。
【0036】
ここで、第1工程は、多軸鍛造(MDF)法を採用した多軸鍛造工程と、平ロール圧延による圧延工程とを順次行うものである。多軸鍛造工程は、被加工材料(純度99%以上の純チタンインゴット)に対し、三次元方向に各1回以上(合計3回:三次元方向に各1回(合計3回)をもって1パスとする)の鍛造を施すものであり、被加工材料の全体における各1回当たりのひずみ量が0.1~0.4の範囲内とするものである。ひずみ速度は1×10-3/秒~10/秒の範囲としている。上記を繰り返すことにより、作用させた総ひずみ量としては、1.2(例えば0.2×2パス(すなわち0.2の鍛造を3方向に2回ずつ))~7.2(例えば0.2×12パス)によることができる。各1回のひずみ量やパス数は適宜変更可能であり、上記例示のひずみ量およびパス数を増減してもよい。なお、総ひずみ量を2.4程度とする多軸鍛造により、結晶粒の適度な微細化を実現し得るものである。
【0037】
平ロール圧延による圧延工程は、被加工材料に巨大ひずみを与え、これまた結晶粒の微細化を促すものである。圧延率は、50%以上とし、複数回に分けて圧延することにより、複数回の総圧延率を50%以上とするものである。この巨大ひずみ加工により結晶粒は微細化されるが、同時に高角度粒界も出現することとなる。純チタンの強度は、これらの結晶粒の微細化と高角度粒界の出現によって実現されるものである。
【0038】
上記に示した多軸鍛造工程および圧延工程は、いずれも被加工材料が再結晶を起こさない300℃以下による温間または冷間における加工とするものである。300℃を超えて500℃のような高温の環境下における加工の場合は、後述のように、再結晶を起こすこととなり、微細化させた結晶粒が再結晶により粗大化することがあるため、強度の低下を招くことになるからである。なお、上限を300℃としているのは、被加工材料を大きく軟化させないことと、150℃~300℃の範囲内であっても短時間であれば結晶組織の再結晶が発現せずに回復のみを特性制御に利用できることによるものである。結晶粒の微細化を好適に行うためには、冷間圧延とすることが好ましい。
【0039】
第2工程の中心的工程は、縮径工程である。縮径加工に使用される被加工材料は、前記第1工程によって圧延された板状の純チタンを切断し、適度な大きさの棒状材としたものである。そのため、第1工程と第2工程の間に切断工程が行われる。なお、詳細は後述するが、第2工程では、縮径工程の前工程として、スウェージング(縮径工程)に使用するために丸棒状とするための溝ロール圧延工程を行うものとしている。
【0040】
縮径工程は、被加工材料を80℃~500℃の範囲内における高温域でのスウェージングによって、40%以上の断面減縮率とする縮径のための加工である。被加工材料に対する加熱は、専らスウェージングによって生じる加工熱(70℃以上)を利用するものである。所定の温度により加工するため、初期段階においてスウェージング加工機のダイスまたは被加工材料を直接加熱してもよいが、被加工材料に対する打撃(ダイスによる被加工材料への打撃)が開始されると、被加工材料の温度が上昇し70℃以上の加工熱が発生する。この加工熱を冷却等によって排除せず温存させることにより、被加工材料は80℃を超える温度域まで上昇することとなる。ただし、上昇する被加工材料の温度は、500℃(再結晶化する温度)を超えない範囲に抑えるように調整するものである。
【0041】
スウェージングによる縮径工程における温度は、150℃以上、好適には300℃以上であれば、被加工材料(純チタン)が軟化するため、スウェージングによる縮径が容易となる。また、150℃以上の温度域においてスウェージングを実施することにより、第1工程によって微細化され、形成された高角度粒界に対する組織改善を可能にする。すなわち、微細な結晶粒もしくは亜結晶粒またはこれらの混合粒とは別に、亜粒界が発達した繊維状の粗大粒を出現させることができる。これらが不均一となり、亜粒界の割合が所望の比率により発達させることができるのである。
【0042】
第2工程は、上記スウェージングにより終了させてもよいが、純チタンを所望形状の線材とし、また所望の大きさ(断面積)として仕上げる場合には、仕上げ工程として、再度の溝ロール圧延工程を実施してもよい。特に、スウェージングでは、その加工方法から円形断面(丸棒または円筒)の線材として加工されるため、多角形断面の線材に仕上げる場合は、ロールの溝断面を多角形とする溝ロールを使用することが要請される。
【0043】
上記のような加工手順においては、第1工程と第2工程との間に、被加工材料を500℃以下に加熱する焼鈍を行うこととしてもよい。これは、スウェージングによる加工熱を利用して被加工材料を150℃以上(好適には300℃以上)の高温域で縮径加工を行うべきであるところ、加工熱による被加工材料の加熱状態が見込めない場合に、予め再結晶温度(500℃)以下の温度で短時間の予備焼鈍しておくことで、再結晶化させることなく回復させ、内部エネルギを減少させることができる。この焼鈍により、縮径工程等における断面積の変化に際して欠陥(亀裂等)の発生を抑制することができるものとなる。なお、スウェージング時の被加工材料の温度が300℃以上であるときは、上述の組織の改善と同時に内部エネルギを減少させることができる。
【0044】
また、熱処理に関しては、再結晶温度以下において焼鈍する場合、短時間の焼鈍時間とする場合は、ビッカース硬度による測定において、硬化(強化)することを、本願の発明者らにおいて見出した。このことから、純チタンに限っては、焼鈍温度が500℃以下であれば、焼鈍時間が100秒~5000秒において硬化する(強化する)ため、結晶組織を変化させることなく高強度化させるための焼鈍を行うことも可能である。そして、このような目的による焼鈍は、全ての加工(第2工程)終了後において、強度(硬度)を付与するために追加して実施してもよい。
【0045】
なお、スウェージングの前後に溝ロール圧延工程を実施する場合は、これらの溝ロール圧延工程は相互に異なるものである。すなわち、スウェージング前の溝ロール圧延工程(事前圧延工程)は、スウェージングによる加工を可能にするためのものであり、専ら断面形状を円形とするものである。そのため、断面減縮率はほとんど考慮されるものではない。従って、切断加工により円形断面に加工できれば省略し得るものである。これに対し、スウェージング後の溝ロール圧延工程(事後圧延工程)の場合は、所望の形状や大きさに仕上げるためのものであることから、所望の径に調整するためには断面減縮率を伴う加工となるものである。溝ロール圧延工程(事後圧延工程)の場合は、20%以上の断面減縮率となる溝ロール圧延を施すものとし、スウェージング後の線材の径に対し仕上げ材の径が小さい場合には、断面減縮率が80%を超える場合もあり得る。そして、事前圧延工程も実施する場合であって当該事前圧延工程時に適度な断面減縮を伴う場合は、双方の溝ロール圧延における総減面率を20%以上となるように調整されるものである。溝ロール圧延工程において断面減縮率を20%以上とするのは、後述するように、線材の表面方向(N.D.方向)に結晶粒の底面((0001)面)を集積させ、長手方向(R.D.方向)に(10-10)柱面を集積させることが目的である。
【0046】
また、最終的な線材形状が円形断面以外である場合には、当該形状に合致させるために溝ロールの溝形状を所望形状としつつ加工することとなり、同時に径を調整するために、やはり断面減縮率が考慮される。なお、円形断面の線材であってスウェージング後の径を変更する必要がない場合は、事後圧延工程としての溝ロール圧延工程を省略し得るが、この場合でも後述のように、敢えて事後圧延工程としての溝ロール圧延工程を実施する場合がある。
【0047】
図2に、円形断面の線材加工時における事後圧延工程としての溝ロール圧延工程の実施の内容を例示する。この溝ロール圧延工程は、初期円形材料Aに対し、偏った方向へ圧力を付与し(
図2の(a-1),(a-2)参照)、断面形状を楕円とする扁平材料Bを形成させる(
図2の(b-1),(b-2)参照)。これが断面扁平工程である。その後、扁平材料Bを周方向に90度回転させた方向へ圧力を付与し(
図2の(c-1),(c-2)参照)、断面形状を円形に復元し、円形材料Cとする(
図2の(d-1),(d-2)参照)。これが断面復元工程である。この円形溝と楕円形溝を用いた溝ロール圧延は、通常の菱形溝を用いた溝ロール圧延の際に発生する角部での表面亀裂を効果的に抑制する利点を有する。
【0048】
これらの断面扁平工程および断面復元工程は、いずれも溝ロールによる溝ロール圧延によるものであるが、断面扁平工程においては、溝ロールの溝形状を楕円形(片方のみは半楕円形状であり両溝を合わせて楕円形状)とし、ロールの圧力を一方向(図中のX方向)に集中させ、その直交方向(図中のY方向)に膨出させるように加工するものである、他方、断面復元工程は、溝ロールの溝形状は円形(片方のみは半円形状であり両溝を合わせて円形)とするものであり、断面扁平工程により膨出された方向(図中のY方向)に対して圧力を集中させることにより、円形断面に復元させるものである。この両工程は、双方合わせて1対であるため、これを2回以上繰り返してもよい。複数回を繰り返す場合には、2回目以降の断面扁平工程による圧力の集中方向を第1回目と異なる方向(例えば、図中のX方向とY方向との中間など)としてもよい。
【0049】
このような扁平・復元の両工程は、径を小さくする縮径のために断面減縮を目的としてもよいが、断面減縮の必要がない場合でも同じ径を維持しつつ両工程を行ってもよい。すなわち、線材に対し、径方向に対するひずみを付与することにより、線材の表面方向(N.D.方向)に結晶粒の底面((0001)面)を集積させ、長手方向(R.D.方向)に(10-10)柱面を集積させることを目的とした加工とするものである。この結晶粒の方位の変化により、弾性率(ヤング率)の低下を促すことができる。なお、上記のような加工法は、多角形断面の線材においても、直交する2方向に圧力を付与することにより、結晶方位を変化させることが可能となるから、多角形線材においても、所定形状とする溝ロール圧延工程後において、敢えて事後圧延工程として扁平工程と復元工程を行ってもよい。また、このような結晶粒面の集積のみによる弾性率(ヤング率)の低下により所望の延性を得られる場合は、溝ロール圧延工程のみとしてスウェージングを省略する工程とすることも考慮できることとなり、また、スウェージング時の加熱処理に代えて、短時間の熱処理を導入することも考慮し得るものである。
【0050】
<純チタン線材に係る第1の実施形態>
純チタン線材に係る本発明の第1の実施形態について
図3を参照しつつ説明する。なお、
図3(a)は、前述の第1工程(MDFおよび平ロール圧延)後に、スウェージングのみを施した線材のR.D.方向(長手方向)におけるTEM像であり、
図3(b)は、比較のための第1工程後に溝ロール圧延のみを行った場合のR.D.方向のTEM像である。
【0051】
本実施形態は、
図3(a)に示すTEM像によって表されているように、繊維状の粗大粒と、微細な結晶粒とが不均一な組織を呈するものである。スウェージング(
図3(a))も溝ロール圧延(
図3(b))も総加工率(断面減縮前に対する断面減縮後の割合)は、いずれも5.1%となるように断面減縮率を同じ状態としたものであり、両組織を比較すると、双方は、ともに微細な組織が発達している。ところが、明視野像と制限視野回折像との比較によると、溝ロール圧延(
図3(b))では円弧状であった回折スポットが、スウェージング(
図3(a))では明瞭な回折点として確認でき、同時に、発達した下部組織も等軸状に近付いている。また、加工ひずみに起因する粒内の白黒のコントラストがスウェージング(
図3(a))では、ほぼ消失している。
【0052】
特に、
図3(a)に示されているスウェージングによる場合の特徴は、長手方向(R.D.方向)からの観察であるにもかかわらず、(亜)結晶粒組織が連なって長細い帯状の組織(繊維状の粗大粒)が形成されていることである。一般的に、大きな断面減縮によって棒状(線状)に加工した場合の線材の長手方向(R.D.方向)の組織は、等軸な粒状組織となるものとされているが、
図3(a)では、そのような組織とは全く異なるものとなっている。このような組織の形成により、後述する実験結果のように、弾性率(ヤング率)の低下を可能とするものである。
【0053】
<純チタン線材に係る第2の実施形態>
純チタン線材に係る本発明の第2の実施形態について
図4を参照しつつ説明する。なお、
図4(a)は、EBSD測定によるマップを示し、
図4(b)は、(a)の組織中における(亜)結晶粒径の分布と(亜)粒界の方位差分布を示す。ただし、本実施形態は、MDF(総ひずみ量2.4)の後に、平ロール圧延(断面減縮率が68%)を施し(第1工程)、その後、事前圧延工程としての溝ロール圧延(断面減縮率が25%)を行い、スウェージング(断面減縮率が40%)の後に事後圧延工程としての溝ロール圧延(断面減縮率が80%)を行った(第2工程)ことにより得られる線材である。上記各工程による総断面減縮率を97%とした。
【0054】
また、上記との比較のために、スウェージングを行わず第2工程として溝ロール圧延(断面減縮率が91%)のみとし、総断面減縮率を97%とした場合に得られた線材について、
図4と同様に、
図5(a)がEBSD測定によるマップを示し、
図5(b)が(亜)結晶粒径の分布と(亜)粒界の方位差分布を示す。
【0055】
この
図4(a)と
図5(a)とを比較すれば、線材の長手方向に沿った縦断面(R.D.面)の組織については大きな差異はないものの、横断面(N.D.面)には、スウェージングによる回復の効果により、EBSD測定での分析可能領域が大きく増加し、長手方向に伸びた繊維状の粗大粒と微細な粒状組織が混在していることが明瞭になった。このことは、図中に示される「N.D.面」における平均粒径が、0.38μm(
図4(a))と、0.30μm(
図5(a))との差異からも明らかである。なお、図はカラーによるマップを白黒に変換したため、若干わかりづらいものの白色部分を見れば、上記を確認することができる。
【0056】
このことは、線材の表面(径)方向(N.D.方向)に結晶粒の底面((0001)面)が集積し、長手方向(R.D.方向)に(10-10)面が強く集積していることを示すものである。
【0057】
また、
図4(b)と
図5(b)とを比較すると、(亜)結晶粒分布(ともに左側のグラフ)の比較によれば、ともに0.02μm~1μmの幅広い分布となっている。ところが、(亜)粒界方位差の分布(ともに右側のグラフ)を比較すれば、亜粒界(図中「SGB」と記載)は、
図5(b)では48%であるのに対し、
図4(b)では、63%(60%以上)に達しており、低角度粒界(図中「LAGB」と記載)を含めても、一方が61%であるの対し、本実施形態の場合は82%(70%以上)となっている。さらに、高角度粒界(図中「HAGB」と記載)は、本実施形態の場合18%と僅かな状態となっている。そして、粒界方位の平均値では、本実施形態が10度(20度未満)という低角度傾向となっている。これは比較例の平均方位が21度に比べて半分以下である。
【0058】
このことは、超微細粒組織の定義において、主として高角度粒界によって形成されるとされる状態とは明らかに異なるものである。高強度を達成させることができた従来の組織(特許文献1および2)と比較しても明らかに異なるものである。
【実施例0059】
<実験例1>
各種の条件により純チタン線材を作製した。
図6は、作製した純チタン線材の写真である。
図6に示す純チタン線材のうち、最上段から、MDF(総ひずみ量3.6)により加工したものを溝ロール圧延(断面減縮率90%)のみにより線材としたもの、MDF(総ひずみ量3.6)の後に平ロール圧延(断面減縮率90%)としたもの、MDF(総ひずみ量2.4)の後に平ロール圧延(断面減縮率68%)を施し、溝ロール圧延(断面減縮率91%)により線材としたもの(総断面減縮率97%)、最後の最下段が、MDF(総ひずみ量2.4)の後に平ロール圧延(断面減縮率68%)を施し、スウェージング(断面減縮率40%)の後に溝ロール圧延(断面減縮率80%)により線材としたもの(総断面減縮率97%)である。
【0060】
上記の作製過程において、溝ロール圧延は、断面扁平工程および断面復元工程を繰り返す方法を採用した。また、当初の総ひずみ量を3.6とするMDFを採用し、断面減縮率を90%とする平ロール圧延を行ったところ、端割れが発生し(
図6の上から2段目)、歩留まりが悪いことから、MDFによる総ひずみ量を2.4とし、平ロール圧延による断面減縮率を68%とした。この場合においても、溝ロール圧延による断面減縮率91%で線材を製作した場合には、
図6の上から3段目にあるように、割れが発生しやすい状態となった。そこで、スウェージング(加工熱による高温域(150℃)での加工)を実施することにより、好適な線材を作製することができた(
図6の最下段)。このことより、スウェージング時における加工熱の利用によって高温域で加工されることから、回復による効果を得ることができたものと判断される。なお、再結晶しない程度である300℃以下において焼鈍処理を行う場合も同様の結果を得ることができることが推測される。
【0061】
<実験例2>
次に、各種の条件により作製した純チタン線材について引張試験を行った。その結果(応力-ひずみ曲線)を
図7に示す。なお、図中の「MDF2.4」は、MDFにより総ひずみ量を2.4とする加工を示し、「平68%」は、平ロール圧延により断面減縮率を68%とする圧延加工を示し、「SW68%」は、スウェージングにより断面減縮率を68%とする加工を示し、「溝44%」は、溝ロール圧延により断面減縮率を44%とする加工を示す。各数字は、加工時の総ひずみ量または断面減縮率を示すため、個々の数字が異なる場合は当該数字の内容で加工を行ってことを示す。そして、各加工の順番を「+」で接続することにより示している。以下においても同様の表記方法を採用することとする。
【0062】
なお、実験例1において示したように、総ひずみ量を3.6とするMDFを採用し、断面減縮率を90%とする平ロール圧延を行ったところ、端割れが発生したことを考慮し、ここでは、MDFによる総ひずみ量を2.4とし、平ロール圧延による断面減縮率を68%とすることとした。また、溝ロール圧延においては、断面扁平工程と断面復元工程とを繰り返す方法によるものとしている。
【0063】
その結果、
図7に示されているように、MDF2.4+平68%の場合は、800MPaを超える強度と、15%を超える延性であった。これは前掲の特許文献1に記載されている内容を同じである。次に、MDF2.4+平68%+SW68%の場合(総断面減縮率90%)では、強度は上昇しないが、ピーク応力後の応力低下が僅かに緩やかになり、局部収縮が小さくなった。これは高温域(150℃以上)によるスウェージングによる回復したことによるものと考えられる。これに対し、SWに代えて溝68%(MDF2.4+平68%+溝68%)とする場合には、約1GPaの引張強度が達成された。これは、前掲の特許文献2に記載されている内容と同じである。
【0064】
次に、MDF2.4+平68%+SW44%+溝44%の場合(総断面減縮率90%)では、1GPaを僅かに下回る(ほぼ1GPaの)引張強度を得ることができるとともに、延性の回復が得られた。
【0065】
また、MDF2.4+平68%+溝91%(総断面減縮率97%)とする場合には、引張強度が1.1GPaとなり、伸びについても12%を達成したが、加工中の割れ(実験例1参照)の発生が起こり、歩留まりの悪いものとなっていた。これに対し、MDF2.4+平68%+溝25%+SW40%+溝80%(総断面減縮率97%)の場合には、1.15GPaの引張強度となり、延性の低下もない優れた線材を得ることができた。
【0066】
なお、上記引張試験の結果において、MDF2.4+平68%+溝25%+SW40%+溝80%(総断面減縮率97%)の場合の引張強度が1.15GPaとなっており、他の条件による材料よりも大きくなっている。これは、スウェージング時の加熱(再結晶しない温度での高温域での加工)の後に、大きい断面減縮率(80%)の溝ロール圧延によって、高角度粒界に不純物(酸素)が偏析したためである。既述のように、粒界に不純物が偏析されると強度が大きくなるため、母相中の含有酸素の濃度よりも高濃度の酸素が偏析したことによるものと判断される。
【0067】
上記を確認するため、MDF2.4+平68%+SW40%+溝80%(総断面減縮率97%)により加工した材料につき、3D-アトムプローブを用いて結晶粒界に偏析する元素を分析した。その結果を
図8に示す。
【0068】
上記結果によれば、不純物としての酸素濃度が、母相中の含有酸素の濃度よりも高濃度に偏析している。測定に使用した材料は、上述のような加工条件であり、偏析された酸素濃度の割合は母相中の酸素濃度に比較すれば約3倍となっている。これを前述の引張試験の結果とともに考察すれば、スウェージングのみ(MDF2.4+平68%+SW68%)では800MPa、溝ロール圧延のみ(MDF2.4+平68%+溝68%)では約1GPaの引張強度であったのに対し、スウェージング後に僅かに溝ロール圧延を行った場合(MDF2.4+平68%+SW44%+溝44%)で約1GPaに到達しており、この場合も結晶粒界に酸素が偏析したためであると理解できる。この場合の酸素の偏析濃度比率(母相中の濃度と粒界の濃度の割合)は、約2倍と推測される。これらの考察より、純チタンの場合には、結晶粒界における酸素の偏析濃度比率が2倍以上であれば、強度を大きくし得ることが判明した。このような状態は、加工熱を利用した高温域でのスウェージング後に溝ロール圧延を行うことにより得られるものであることも判明した。
【0069】
<実験例3>
最後に、加工熱を利用したスウェージングを施した場合と、断面扁平工程および断面復元工程を繰り返す溝ロール圧延による場合におけるヤング率の低下の程度について実験した。すなわち、加工熱を利用した高温域でのスウェージングによる組織の改善によるヤング率(弾性率)の低下の傾向と、扁平・復元を繰り返すことによる結晶面の集積の変化によるヤング率(弾性率)の低下の傾向を確認した。
【0070】
ヤング率は、動的微小硬度計によって測定したものであり、加工条件を変えて測定した結果を
図9に示す。なお、使用する材料は、「初期材」として熱間鍛造材とし、この初期材にMDFにより総ひずみ量3.6としたもの(「MDF3.6」と表記)、また、初期材に対し、MDFにより総ひずみ量2.4とした後に断面減縮率68%とする平ロール圧延をしたもの(○中に1と表記、以下「圧延材料1」という)、「○1」の材料に断面減縮率68%のスウェージング(高温域)をしたもの(○中に2と表記、以下「圧延材料2」という)、および「○1」の材料に断面減縮率68%の溝ロール圧延(扁平・復元の繰り返し)をしたもの(○中に3と表記、以下「圧延材料3」という)について行った。なお、圧延加工を施した材料については、圧延方向(長手方向(R.D.方向))に対するヤング率の測定を実施し、「○3」についてのみ確認のために表面(径)方向(N.D.方向)についても測定した。
【0071】
図9の結果からは、MDF3.6の材料は、前掲の特許文献1において記載されているように延性が向上することから、ヤング率の低下は予想されるものであった。また、平ロール圧延を追加した圧延材料1は、前掲の特許文献2において高強度化を目的としたことからヤング率は上昇している。
【0072】
この圧延材料1に対し、圧延材料2および圧延材料3は、いずれも100GPa以下のヤング率となっており、圧延材料1におけるヤング率よりも低下させることができた。これらは一般的な純チタンのヤング率(105GPa~115GPa)よりも低い値である。個別に参照すると、圧延材料2の場合が98GPaであり、圧延材料3の場合が82GPaであり、圧延材料3に至っては、MDF3.6の材料よりもヤング率が低下する結果を得ることができた。
【0073】
これらは、上述のように、スウェージング時の温度上昇に伴う回復の効果によるもの(圧延材料2)と考えられるほか、溝ロール圧延における扁平と復元との繰り返しによる結晶面の変化によるもの(圧延材料3)と考えられる。従って、適度な温度域におけるスウェージングによって組織が回復されたことで低弾性率(低ヤング率)を実現できることが判明したものであるうえに、組織が回復された後の溝ロール圧延において、割れ等の発生を抑制しつつ、結晶面の特異な集積を発現させることにより、さらに低弾性率(低ヤング率)を実現できることが判明した。
【0074】
なお、圧延材料3における表面(径)方向(N.D.方向)でのヤング率は、100GPaを超えている結果から、上記の結晶面の特異な集積によって特定方向(長手方向)に対しての弾性率(ヤング率)の低下を可能にするものであることも判明した。