(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154853
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材および被覆材
(51)【国際特許分類】
C22C 21/12 20060101AFI20241024BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20241024BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20241024BHJP
C22C 21/06 20060101ALI20241024BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241024BHJP
C22F 1/057 20060101ALN20241024BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20241024BHJP
C22F 1/043 20060101ALN20241024BHJP
C22F 1/05 20060101ALN20241024BHJP
【FI】
C22C21/12
C22C21/00 L
C22C21/02
C22C21/06
C22C21/00 E
C22C21/00 J
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630M
C22F1/00 640A
C22F1/00 651A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/057
C22F1/04 B
C22F1/043
C22F1/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023069007
(22)【出願日】2023-04-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 一般社団法人軽金属学会、第142回春季大会講演概要、第125~126頁、令和4年4月27日発行 第142回春季大会、令和4年5月29日開催
(71)【出願人】
【識別番号】522160125
【氏名又は名称】MAアルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】中村 優希
(72)【発明者】
【氏名】吉野 路英
(57)【要約】
【課題】アルミニウム合金材の耐粒界腐食性を向上させる。
【解決手段】粒界に隣接する固溶元素欠乏層を有し、Tiを0.05~0.5質量%含有し、かつ、結晶内に、圧延方向に沿って伸び、Ti濃度が異なるTi濃淡層が板厚方向に対して層状に分布しているアルミニウム合金であって、Ti濃淡層のピッチ間隔が100μm以下であり、結晶粒内においてTi濃度が相対的に低い層の領域の孔食電位と固溶元素欠乏層においてTi濃度が相対的に低い領域の孔食電位との電位差が40mV以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒界に隣接する固溶元素欠乏層を有し、Tiを0.05~0.5質量%含有し、かつ、結晶内に、圧延方向に沿って伸び、Ti濃度が異なるTi濃淡層が板厚方向に対して層状に分布しているアルミニウム合金材であって、
前記Ti濃淡層のピッチ間隔が100μm以下であり、結晶粒内においてTi濃度が相対的に低い層の領域の孔食電位と、前記固溶元素欠乏層においてTi濃度が相対的に低い領域の孔食電位との電位差が40mV以下である、耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項2】
前記アルミニウム合金材が、Al-Cu系合金、Al-Mn系合金、Al-Si系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Mg-Si-Cu系合金のいずれか1つである請求項1記載の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項3】
前記アルミニウム合金材が、JIS A2000系合金。A3000系合金、A4000系合金およびA6000系合金のいずれか1つの合金組成を有する請求項1記載の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記Ti濃淡層で相対的に濃度が高い層のTi濃度が0.3質量%以上であり、前記Ti濃淡層で相対的に濃度が低い領域のTi濃度が0.1質量%未満である請求項1~3のいずれか1項に記載の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金材を芯材として、該芯材の片面または両面に、一層または2層以上のアルミニウムまたはアルミニウム合金皮材が張り合わせられている複層材。
【請求項6】
請求項4に記載のアルミニウム合金材を芯材として、該芯材の片面または両面に、一層または2層以上のアルミニウムまたはアルミニウム合金皮材が張り合わせられている複層材。
【請求項7】
アルミニウムまたはアルミニウム合金芯材の片面または両面に皮材が一層または2層以上貼り合わせられており、前記皮材の少なくとも一層は、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金材からなる複層材。
【請求項8】
アルミニウムまたはアルミニウム合金芯材の片面または両面に皮材が一層または2層以上貼り合わせられており、前記皮材の少なくとも一層は、請求項4に記載のアルミニウム合金材からなる複層材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材および被覆材に関する。
【背景技術】
【0002】
構造部材や自動車ボディー材、さらには自動車や空調向けの熱交換器などに用いられるアルミニウム合金材は、高強度であることに加えて高耐食であることが要求される。近年、持続可能社会実現のために部品当たりのアルミニウム使用量を低減するために、部品の薄肉化、小型化の要求が強まっており、アルミニウム合金材に対しさらなる高強度化が望まれる。さらに、新地金使用率低減を目的にリサイクル材使用率の向上が検討されているが、材料中に様々な不純物元素含有量が増えて耐食性が低下するため、耐食性向上技術の検討は必要不可欠である。
【0003】
アルミニウム合金材の高強度化を図る場合、時効処理による析出強化が有効な手段として挙げられる。しかし、時効処理は強度向上だけでなく粒界析出を誘起することで粒界近傍に固溶元素欠乏層を形成し、これが腐食環境に曝された際に優先溶解することで粒界腐食が生じてしまう。粒界腐食はわずかな腐食量でも部材浸食深さが深く、比較的速やかに貫通孔となってしまうため材料強度や密閉性が求められる部材においてもっとも嫌われる腐食形態と言える。そのため、多少強度を犠牲にして粒界腐食を抑制するような時効処理条件を選択されており、高強度化と高耐食性の両立が十分に達成されていない。
また、時効熱処理を施さない場合でも、例えば熱交換器製造時におけるろう付熱処理を施した場合でも粒界腐食を生じる。このような場合の対策としては合金組成を適宜コントロールすることで粒界腐食を抑制する方法が提案されている(例えば特許文献1)。
また、材料の表面に水和酸化物皮膜を形成して粒界腐食を抑制する方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-75378号公報
【特許文献2】特開2001-20081号公報
【特許文献3】特開2008-255457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来、粒界腐食を抑制する方法として提案されている合金組成を調整する技術では、合金組成に依存するため普遍的ではなく、また対策が取れない場合もある。例えば、リサイクル材の使用率を向上させようとすると、様々な不純物元素を含有するため、普遍的な粒界腐食対策技術が課題になる。また、材料の表面に皮膜を形成する方法では、用途が限定されるとともに、製造コストが増加するという問題がある。
また、組成中にTiを添加することで耐食性を改善する方法が知られている(特許文献3)。Tiを添加した材料は圧延工程をたどることでTi濃度が異なる層が形成される。TiはAlに固溶すると電位が貴化するため、Ti濃淡層に対応した電位濃淡層が形成されることになる。低濃度層は高濃度層に比べて優先的に腐食するために腐食形態が層状となり、その結果、肉厚方向への腐食の進行が妨げられるとされている。
しかし、このTi濃淡層は粒界、粒内に対して無頓着であり、複数の結晶粒をまたぐように分布しており、粒界腐食に対しては十分な耐食性が得られていない。
【0006】
本発明は、上記事情を背景としてなされたものであり、組成の調整や表面への皮膜の形成を必要とするなく粒界腐食に対する耐性を十分に有するアルミニウム合金材および該合金材を用いた被覆材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記したように、Tiを添加した材料を適切な圧延工程をたどることでTi濃度が異なる層が形成される。ここで、Ti濃淡層による電位差に対して、結晶粒内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差が競合した状態になる。この際、結晶粒内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差が40mV以下に制御することで粒界腐食を抑制することができる。
本発明の技術によって、高強度化と粒界腐食のトレードオフを打破することができる。さらに、本発明技術は合金組成に依存しないため、固溶元素欠乏層優先溶解型の粒界腐食であれば普遍的な効果を得られる。
【0008】
すなわち、本発明の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材のうち、第一の形態は、固溶元素欠乏層を有し、Tiを0.05~0.5質量%含有し、かつ、結晶内に、圧延方向に沿って伸び、Ti濃度が異なるTi濃淡層が板厚方向に対して層状に分布しているアルミニウム合金材であって、
前記Ti濃淡層のピッチ間隔が100μm以下であり、結晶粒内においてTi濃度が相対的に低い層の領域の孔食電位と、前記固溶元素欠乏層においてTi濃度が相対的に低い領域の孔食電位との電位差が40mV以下である。
【0009】
他の形態の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材の発明は、前記形態の発明において、前記アルミニウム合金材が、Al-Cu系合金、Al-Mn系合金、Al-Si系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Mg-Si-Cu系合金のいずれか1つである。
【0010】
さらに他の形態の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材の発明は、前記形態の発明において、前記アルミニウム合金材が、JIS A2000系合金。A3000系合金、A4000系合金およびA6000系合金のいずれか1つの合金組成を有する。
【0011】
さらに他の形態の耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材の発明は、前記形態の発明において、前記Ti濃淡層で相対的に濃度が高い層のTi濃度が0.3質量%以上であり、前記固溶元素欠乏層で前記Ti濃淡層で相対的に濃度が低い領域のTi濃度が0.1質量%未満である。
【0012】
本発明の被覆材の発明うち第一の形態は、前記形態に記載の前記アルミニウム合金材を芯材として、該芯材の片面または両面に、一層または2層以上のアルミニウムまたはアルミニウム合金皮材が張り合わせられている。
【0013】
他の形態の被覆材の発明は、アルミニウムまたはアルミニウム合金芯材の片面または両面に皮材が一層または2層以上貼り合わせられており、前記皮材の少なくとも一層は、前記形態に記載のアルミニウム合金材からなる。
【0014】
以下に本発明で規定する内容について説明する。
Tiを0.05~0.5mass%含有
Tiは鋳造時の包晶反応とその後の適切な圧延工程によってTi濃度の異なる層を層状に形成する。下限未満では濃淡層が粗に分布するため十分な効果が得られない。上限越えであると鋳造時に粗大金属間化合物(晶出物)が生成し、圧延性が低下する。同様の理由により、下限を0.08%、上限を0.3%とするのが望ましい。
【0015】
Ti濃度が高い層および低い層の板厚深さ方向におけるピッチ間隔が100μm以下
Ti濃淡層のピッチ間隔が過剰であると、結晶粒を十分に横断することができずに粒界腐食の抑制効果が得られなくなる。よってピッチ間隔は100μm以下に制御する必要がある。
【0016】
結晶粒内においてTi濃度が低い領域(粒界近傍の固溶元素欠乏層を除く)の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差が40mV以下
結晶粒内においてTi濃度が低い領域(粒界近傍の固溶元素欠乏層を除く)の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差を40mV以下とすることにより、粒界における腐食を抑えることができる。この電位差が40mVを超えると、Ti濃淡層による粒界腐食抑制効果が得られなくなる。そのため、電位差は40mV以下に制御する必要がある。
なお、粒界近傍の固溶元素欠乏層は、粒界を挟んで幅500nm程度の領域において、結晶粒の中心部に比べてTi以外の固溶元素量が低下している領域を指す
【0017】
アルミニウム合金材
アルミニウム合金材は、固溶元素欠乏層が形成され、固溶元素欠乏層優先溶解型の性質を有し、Tiを含有する合金を広く対象とすることができる。
この種の合金材に用いられる合金としては、Al-Cu系合金、Al-Mn系合金、Al-Si系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Mg-Si-Cu系合金を挙げることができ、JIS番号では、JIS A2000系合金。A3000系合金、A4000系合金およびA6000系合金を挙げることができる。
【0018】
Ti濃度
Ti濃淡層では、濃度が高い層は0.3質量%以上、低い層は0.1質量%未満となるものが例として挙げられる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、Ti濃度が高い固溶元素欠乏層とTi濃度が低いマトリクスの電位差が小さくなることで、粒界に沿った固溶元素欠乏層の優先的な溶解を抑制することができ、耐粒界腐食性に優れたアルミニウム合金材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施形態における結晶組織の概念図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明の一実施形態を説明する。
対象の合金組成として、Al-Cu系合金、Al-Mn系合金、Al-Si系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Mg-Si-Cu系合金またはJIS A2000系合金、A3000系合金、A4000系合金およびA6000系合金で示される合金成分を有し、これら合金組成に、Tiを0.05~0.5質量%含有する組成の合金が使用される。
Al-Cu系合金としては、Cu: 0.5~6.0%を含有し、さらに、所望により、Si: 0.01~1.5%、Fe:0.01~1.5%、Mn:0.05~2.0%、Mg:0.05~2.0%,および0.5%以下のZr,Cr,Sr、V、Znのうち1種あるいは2種以上、の一種以上を含んでもよい。
Al-Mn系合金としては、Mn: 0.5~2.5%を含有し、さらに、所望により、Si:0.05~2.0%、Fe:0.01~1.5%、Cu:0.05~2.0%、Mg:0.01~2.0%、Zn:0.05~8.0%、および0.5%以下のZr,Cr,Sr、Vのうち1種あるいは2種以上、の一種以上を含んでもよい。
Al-Si系合金としては、Si: 0.5~12.5%を含有し、さらに、所望により、Mn:0.01~0.7%、Fe;0.01~1.5,Cu:0.1~3.5%、Mg:0.01~1.0%、Zn:0.05~5.0%、および0.5%以下のZr,Cr,Sr、Vのうち1種あるいは2種以上、の一種以上を含んでもよい。
Al-Mg-Si系合金としては、Mg:0.5~2.0%、Si:0.1~2.0%を含有し、さらに、所望により、Mn:0.01~1.2%、Fe:0.01~1.5%、Zn: 0.05~5.0%、および0.5%以下のZr,Cr,Sr、Vのうち1種あるいは2種以上、の一種以上を含んでもよい。
Al-Mg-Si-Cu系合金としては、Mg:0.5~2.0%、Si:0.1~2.0%、Cu:0.05~1.0%を含有し、さらに、所望により、Mn:0.01~1.2%、Fe:0.01~1.5%、Zn:0.05~5.0%、および0.5%以下のZr,Cr,Sr、Vのうち1種あるいは2種以上、の一種以上を含んでもよい。
上記各合金では、Tiを0.05~0.5質量%含有し、残部をAlおよび不可避不純物とすることができる。
【0022】
該合金は、鋳造⇒均質化処理⇒面削⇒均熱処理⇒熱間圧延⇒冷間圧延の工程を経て、さらに必要に応じて、中間焼鈍、および最終焼鈍を行う。
【0023】
鋳造に際しては、冷却速度を0.2℃/秒以上、25℃/秒未満とするのが望ましい。鋳造時の冷却速度が0.2℃/秒未満である場合、Al3Tiが粗大にして疎に分布するため、Ti濃淡層のピッチ間隔が満足できない。25℃/秒以上の場合、冷却速度が速すぎて包晶反応が十分に進まず、Ti濃度が高い層を形成することができなくなる。
【0024】
均質化処理としては特定の条件に限定されないが、例えば、400~500℃、1~10時間の処理を行うことができる。その理由は冷却時に生じるひずみ解消や、拡散速度が速い元素についての分布を均一にするためである。
【0025】
均熱処理では、例えば、450~530℃で1時間以上実施することができる。金熱処理は熱間圧延に備えて行われる。
【0026】
熱間圧延および冷間圧延は、常法により行うことができる。
【0027】
中間焼鈍
冷間圧延の途中には、中間焼鈍を行うことができ、例えば、200~450℃、1~10時間で実施する。中間焼鈍は、圧延性確保のための材料軟化や、最終圧延における圧下率調整のために実施される。
【0028】
最終焼鈍
冷間圧延後に、最終焼鈍を行うことができる。例えば、200~450℃、1~10時間で実施する。最終焼鈍は、機械的性質の制御などが目的に行われる。
【0029】
[時効処理]
必要に応じて材料強度向上のために時効処理を行う。時効処理は冷間圧延後に溶体化処理を経て実施しても良いし、溶体化処理を伴わず実施しても良い。
時効処理条件としては、例えば、180~450℃、1~1000分で適宜実施される。
溶体化処理としては、例えば300~580℃、1~180分で実施し、その後水冷する。
【0030】
時効処理条件と電位差の関係は合金ごとに条件が異なるため一概に指定はできない。時効処理によって粒界析出が促進して粒界近傍に固溶元素欠乏層が形成されるため、結晶粒内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差が40mVを超えないような時効条件に制御する必要がある。
【0031】
[ろう付熱処理]
必要に応じてろう付熱処理を行う。ろう付熱処理は冷間圧延後に実施しても良いし、再結晶焼鈍後に実施してもよい。また、ろう付相当熱処理後に材料強度向上のために時効処理を施しても良い。
ろう付時の冷却速度と電位差の関係は合金ごとに条件が異なるため一概には指定できない。ろう付熱処理は高温状態では溶体化処理に類似した金属組織を形成できるが、その後の冷却速度が緩慢であると粒界析出が促進して粒界近傍に固溶元素欠乏層が形成されるため、結晶粒内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差が40mVを超えないような冷却速度に制御する必要がある。
ろう付条件は、例えば、590~610℃を1~600秒保持したのち、150℃まで冷却速度を5~200℃/分で制御することができる。
【0032】
圧延完了後の材料に熱処理を実施する場合のトータル入熱量ΣDt
トータル入熱量ΣDt<25.0×10-10であることが望ましい。圧延完了後の材料に熱処理を加える場合、調質焼鈍や時効熱処理、ろう付熱処理工程が挙げられるが、これらにおける入熱量が過剰であるとTiが拡散してしまいTi濃淡層の濃度差が保持できなくなってしまう。また濃度差が小さくなって、Ti濃淡層のピッチ間隔を維持できなくなる。同様の理由で、ΣDt<25.0×10-10であることが望ましい。より好ましくはΣDt<15.0×10-10である。
ここでのΣDtは、tが熱処理時間(s)を意味し、室温から狙い温度、冷却し100℃までの時間である。また、DはZnの拡散係数(cm2/s)を用いて算出される。
Dは以下の式により算出される。
D=D0exp(-Q/RT)において、
D0: 1.77×10-1(cm2/s)
Q : 118(kJ/mol)
R : 8.3145(J/Kmol)
T : 温度(K)
【0033】
製造されたアルミニウム合金では、
図1に示すように、結晶1に、圧延方向に沿って、Ti濃度が相対的に低いTi低濃度層2とTi濃度が相対的に高いTi高濃度層3とが形成される。Ti低濃度層2およびTi高濃度層3のピッチ間隔tは、100μm以下である。ピッチ間隔は、例えば、近接するTi高濃度層3、3の一方にある端部間の距離により求めることができる。層間のピッチは、適切な量のTiを添加し、かつ、鋳造時の冷却速度、圧延完了後の材料に熱処理を実施する場合のトータル入熱量ΣDtを適切に制御することで達成される。Ti高濃度層3は、0.3質量%以上のTi含有量を有し、Ti低濃度層2は、0.1質量%未満のTi含有量を有している。
【0034】
結晶1では、粒界1Aに沿って、Tiを除き、Si、Cu、Mg、Mnなどの固溶元素欠乏層4が形成される。固溶元素欠乏層4で欠乏する元素は組成に依る。
Ti低濃度層2では、マトリックスとしての電位EMを有する場合、Ti高濃度層3では、Ti固溶による電位変化量ΔETiが加わってEM+ΔETiとなり、Ti高濃度層3がTi低濃度層2よりも相対的に貴になり、Ti低濃度層2が優先的に腐食する。
固溶元素欠乏層4では、Tiが高濃度に存在する領域とTiが低濃度に存在する領域とが跨がるように存在している。このため、固溶元素欠乏層4において、Ti濃度が相対的に低い領域では電位EIになり、Ti濃度が相対的に高い領域ではTi固溶による電位変化量ΔETiが加わってEI+ΔETiとなる。本実施形態では、EMとEIの電位差が40mV以下になっている。EMとEIの電位差は、時効処理する場合は時効条件、ろう付熱処理を施す場合はろう付熱処理後の冷却速度を合金種ごとに、圧延完了後の材料に熱処理を実施する場合のトータル入熱量ΣDtを適宜制御することで達成される。
【0035】
得られた合金は、耐粒界腐食性にすぐれた材料として広く利用することができる。
【0036】
上記実施形態では、本発明のアルミニウム合金材単体について説明をしたが、該アルミニウム合金材はベア材として用いてもよく、また、複層材の構成材として使用してもよい。
複層材では、上記アルミニウム合金材を芯材として用いてもよく、または/および、皮材として用いてもよい。
【0037】
上記アルミニウム合金材を芯材として用いる場合、皮材には、アルミニウムまたはアルミニウム合金を一層または二層以上設けることができる。皮材の材料には、本発明のアルミニウム合金材を用いてもよく、その他のアルミニウムやアルミニウム合金を用いることができ、皮材に用いる材料は特定のものに限定されない。
【0038】
上記アルミニウム合金材を皮材として用いる場合、芯材にはアルミニウムまたはアルミニウム合金を用いる。芯材の材料には、本発明のアルミニウム合金材を用いてもよく、その他のアルミニウムやアルミニウム合金を用いることができ、芯材に用いる材料は特定のものに限定されない。また、皮材は一層または二層以上設けることができ、二層以上設ける際には、他の皮材の材料としては本発明のアルミニウム合金材を用いてもよく、その他のアルミニウムやアルミニウム合金を用いることができ、皮材に用いるその他の材料は特定のものに限定されない。
前段落または本段落で皮材を二層以上とする場合、各皮材の組成は同じものでもよく、また異なる組成とするものであってもよい。
【0039】
複層材の製造は、通常の手順を経て製造することができ、特定の方法に限定されない。その工程では、鋳造時の冷却速度、圧延完了後の材料に熱処理を実施する場合のトータル入熱量ΣDt等を適切に制御することで、Ti濃淡層のピッチ間隔や、結晶粒内においてTi濃度が相対的に低い層の領域の孔食電位と、前記固溶元素欠乏層においてTi濃度が相対的に低い領域の孔食電位との電位差を確保する。
【実施例0040】
表1に示すアルミニウム合金(残部がAlと不可避不純物)を、鋳造、均質化処理、金熱間圧延、冷間圧延を経て、板厚0.3mmtとした。その後、最終焼鈍や溶体化処理、時効処理、ろう付処理を行った。
鋳造は表1に示す鋳造冷却速度で行い、均質化処理は520℃×5時間、均熱処理は480℃×2時間で行い、溶体化処理、時効処理、ろう付は表1に示す条件で行って、供試材を得た。
得られた供試材について、Ti濃淡層のピッチ間隔、孔食電位の電位差を測定した。
【0041】
・Ti濃淡層のピッチ間隔
材料断面を樹脂埋め後、エメリー研磨、バフ研磨により鏡面としたのち、断面方向からFE-EPMA(電子放出型電子線マイクロアナライザ、日本電子製:JXA-8530F)を用いて元素濃度面分析を実施し、40000μm2の観察視野において計測した。ピッチ間隔は、近接するTi高濃度層の一方の端部間距離とした。
【0042】
・結晶内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と、粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位の電位差
サンプルを15×50mmに切り出し、10×10mmの暴露面積を残してマスキングした供試材を50℃の5%NaOH水溶液で30sエッチング、純粋で水洗したのち、室温のHNO3水溶液で60秒間デスマット処理した。材料を再度純水で洗浄したものを、室温下で酢酸によってpHを3に調整した5%NaCl水溶液を電解液とし、高純度窒素ガスを用いて十分脱気した後、アノード分極測定を実施した。アノード分極測定は自然浸漬電位を290秒間測定したのち、その電位から電位掃引速度0.1mV/sの条件でアノード電流が20mA/cm2流れるまで電位掃引を実施した。
【0043】
その後、分極測定したサンプルについて50℃の5%NaOH水溶液で5秒間エッチングしたものを純水洗浄、室温のHNO3水溶液で10秒間のデスマット処理を施し、再び同一条件でアノード分極測定を実施した。ここで、孔食電位は電位掃引に対して電流値が急増する電位を孔食電位と定義する。
【0044】
1度目の分極測定で得られた孔食電位は粒界近傍の固溶元素欠乏層においてTi濃度が低い領域の孔食電位、2度目の分極測定で得られた孔食電位を結晶内においてTi濃度が低い領域の孔食電位と定義し、これらの電位差を求めることができる。なお、参照電極はAg/AgClを用いた。
【0045】
・耐粒界腐食性の評価
サンプルを15×70mmに切り出し、10×20mmの暴露面積を残してマスキングし、300ppmCl-+100ppmSO4
2-水溶液中で電気量1mA/cm2×5時間の電気量においてアノード溶解試験を行った。アノード溶解試験後のサンプルを沸騰させたリン酸クロム酸混合溶液に10分間浸漬して腐食生成物を除去した後、腐食部を樹脂埋めし、エメリー研磨、バフ研磨により鏡面としたのち、光学顕微鏡で断面観察を実施して粒界及び粒内の溶解状態を確認することで粒界腐食性を評価した。粒界の溶解が支配的であるものを×、粒界と粒内が同程度に溶解したものを〇、粒内の溶解が支配的であるものを〇〇とした。
【0046】