(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155364
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】キャップチップ
(51)【国際特許分類】
B23K 11/30 20060101AFI20241024BHJP
C01B 32/186 20170101ALI20241024BHJP
C01B 32/182 20170101ALI20241024BHJP
【FI】
B23K11/30 320
C01B32/186
C01B32/182
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070020
(22)【出願日】2023-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】392014760
【氏名又は名称】新光機器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】弁理士法人クスノキ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】蕗澤 武夫
(72)【発明者】
【氏名】増岡 悦男
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AB07
4G146AC30B
4G146AD40
(57)【要約】 (修正有)
【課題】研磨が必要となるまでの打点数を、従来品よりも大幅に増加させたキャップチップを提供する。
【解決手段】銅合金からなる電極本体10の表面に、グラフェン成膜層20を形成したキャップチップである。グラフェン成膜層20は、少なくともナゲット形成面12に形成されておればよい。また、端面にグラフェン成膜層が形成された銅合金からなるインサートを、銅合金からなる電極本体の中央に埋め込んだ構造としてもよい。銅合金はクロム銅、ジルコクロム銅、またはそれらの表面にハードクロムメッキされたハードクロム銅であることが好ましく、グラフェン成膜層がプラズマCVD法により形成された成膜層であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金からなる電極本体の表面に、グラフェン成膜層を形成したことを特徴とするキャップチップ。
【請求項2】
グラフェン成膜層が、電極本体のナゲット形成面に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のキャップチップ。
【請求項3】
端面にグラフェン成膜層が形成された銅合金からなるインサートを、銅合金からなる電極本体の中央に埋め込んだことを特徴とする請求項2に記載のキャップチップ。
【請求項4】
銅合金が、クロム銅、ジルコクロム銅、またはそれらの表面にハードクロムメッキを施したハードクロム銅であることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載のキャップチップ。
【請求項5】
グラフェン成膜層がプラズマCVD法により形成された成膜層であることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載のキャップチップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板などの抵抗溶接用電極として用いられるキャップチップに関するものである。
【背景技術】
【0002】
キャップチップは抵抗溶接用の電極チップであり、特許文献1に示されるように、抵抗溶接機のシャンクやガンアームの先端に取り付けて使用される部材である。キャップチップは溶接点を加圧しつつ大電流を流し、相手金属を溶接する部材であるから、導電性のほかに高温での変形圧力に耐える硬度が求められる。最近では、銅にジルコニウムとクロムを含有させて高温強度を高めたジルコクロム銅からなるキャップチップも用いられている。
【0003】
特に自動車ボディーの生産工程では、薄板鋼板どうしを重ねてその両側からキャップチップで加圧し、溶接点に大電流を集中させて溶接部(ナゲット)を形成するスポット溶接が普及している。鉄の融点は1538℃であるのに対して銅合金の軟化温度はこれより低いため、高温強度に優れたジルコクロム銅を用いたとしても、徐々にキャップチップのナゲット形成面が変形し、ナゲット径が減少して行くことが避けられない。
【0004】
また近年においては防錆性能を高めるために、ボディー材料として亜鉛めっき鋼板の使用が増加している。亜鉛めっき鋼板を抵抗溶接する場合には、ナゲット形成面に亜鉛を含有する合金が形成されて融点が低下するため、キャップチップのナゲット形成面がさらに変形し易くなる。ナゲット径が変化すると電流密度も変動するため、溶接品質が不安定となる。そこで数百回の溶接を行う度にキャップチップをシャンク等から取外し、ナゲット径が一定に保たれるまで研磨することが行われている。しかしその間は溶接を行うことができず、生産性の低下を招くこととなる。溶接回数は打点数と呼ばれ、現状ではジルコクロム銅からなるキャップチップは600打点ごとの研磨を基準としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、研磨が必要となるまでの打点数を従来品よりも大幅に増加させたキャップチップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記の課題を解決するために検討を重ねた結果、炭素原子がハニカム構造で六角形に結び付いてシート状になったグラフェン(Graphene)に着目し、キャップチップの表面にグラフェンの成膜層を形成することにより、ナゲット形成面の変形を防止し、研磨が必要となるまでの打点数を飛躍的に増加できることを実験により確認した。また、現状ではグラフェンの成膜には高額のコストが必要となるため、できるだけ経済的に提供することができるキャップチップの構造についても研究を行った。
【0008】
本発明は上記の知見に基づいて完成されたもので、銅合金からなる電極本体の表面に、グラフェン成膜層を形成したことを特徴とするものである。
【0009】
なお、グラフェン成膜層が、電極本体のナゲット形成面に形成されていることが好ましい。このため、端面にグラフェン成膜層が形成された銅合金からなるインサートを、銅合金からなる電極本体の中央に埋め込んだ構造とすることができる。
【0010】
なお、銅合金が、クロム銅、ジルコクロム銅、またはそれらの表面にハードクロムメッキを施したハードクロム銅であることが好ましく、グラフェン成膜層がプラズマCVD法により形成された成膜層であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明のキャップチップは、銅合金からなる電極本体の表面にグラフェン成膜層を形成したことによって、研磨が必要となるまでの打点数を従来品よりも大幅に増加させることができる。また端面にグラフェン成膜層が形成された銅合金からなるインサートを、銅合金からなる電極本体の中央に埋め込んだ構造とすれば、キャップチップの表面全体にグラフェン成膜層を形成する必要がないため、生産コストを引き下げ、安価に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1の実施形態のキャップチップを示す中央断面図である。
【
図4】第2の実施形態のキャップチップを示す中央断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態のキャップチップを示す中央断面図である。10は銅合金製の電極本体であり、その上部の半球状部11の先端にナゲット形成面12が形成されている。ナゲット形成面12の直径はナゲット径と呼ばれ、初期状態では6mmに設定されている。電極本体10の形状はこれに限定されるものではなく、例えば半球状部11をテーパ状部としてもよい。なお13はキャップチップをシャンクやガンアームの先端に取り付けるための凹部である。
【0014】
電極本体10の材質は導電性に優れた銅合金であり、例えばクロム銅、ジルコクロム銅、またはハードクロムメッキされたハードクロム銅などを用いることが好ましい。クロム銅は銅とクロムとの合金であり、ジルコクロム銅は銅とジルコニウムとクロムの合金であり、ハードクロム銅はこれらの表面にハードクロムメッキを施したものである。これらの銅合金は純銅と比べて導電性はやや劣るものの、耐熱性、高温強度、硬度に優れるため、キャップチップの材質として好適である。ハードクロム銅は電極本体10の表面に酸化膜が形成されることを防止する特性に優れている。
【0015】
図1に示す第1の実施形態では、電極本体10の半球状部11の表面全体に、グラフェン成膜層20が形成されている。グラフェンは
図2に示すように炭素原子がハニカム構造で六角形に結び付いてシート状になったものであり、その1層の厚さは原子1個分(0.332nm)といわれている。グラフェンの引張強度は鋼鉄の100倍以上であり、導電率(IACS)は銀の100%を超える132%である。さらに耐熱温度は3000℃以上であり、常温でナノスケールの圧力を加えるとダイヤモンドと同等以上の硬度に変化するといわれている。なお、炭素原子が六角形に結び付いて球状となったものはフラーレン、チューブ状となったものはカーボンナノチューブと呼ばれるが、2次元のシート状となったものがグラフェンである。
【0016】
グラフェンの成膜方法には、スコッチテープ法、SiC熱分解法、CVD法などが知られているが、キャップチップに適用した前例はない。しかしキャップチップに成膜する場合には、成膜面積が大きく、直接成膜が可能なプラズマCVD法を採用することが好ましい。
【0017】
図3はプラズマCVD法の概要説明図である。30はCVD反応容器であり、その内部は図示を略した真空ポンプにより予め高度に減圧されている。マスフローコントローラ31から原料ガスであるメタンと、キャリアガスであるアルゴンガスと水素ガスがCVD反応容器30の内部に導入される。CVD反応容器30の天井部には導波管32が設置され、それらの間には石英からなるプラズマ励振板33が設けられている。導波管32にはマイクロ波が供給される。マイクロ波のパワーは1000~1500Wである。
【0018】
プラズマ励振板33の下面には多数の凹部が形成されており、これらの凹部に電解が集中することによりプラズマの発生起点となり、低電力でのプラズマ発生が容易となる。導波管32の下部にはスロットアンテナ34が配置され、スロットアンテナ34を介してCVD反応容器30の内部及びプラズマ励振板33に電磁波が供給される。CVD反応容器30の内部には加熱装置35が設置されており、その上に成膜対象物であるキャップチップの電極本体10が載せられて加熱される。なお、電極本体10は予めアセトン及びメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させておくことが好ましい。
【0019】
CVD反応容器30の外部にレーザ光源36と、レーザ光線を拡散するためのコリメータレンズ37が設けられている。レーザ光線はCVD反応容器30の透明窓38を介して照射される。
図3ではレーザ光源36は片側だけに設けられているが、両側に設けても良い。また加熱装置35上で成膜対象物を回転させるようにしてもよい。
【0020】
CVD反応容器30の内部圧力を30~500Pa、温度を50~600℃とすることにより、電極本体10の表面に10分程度でグラフェンの成膜が行われる。特にレーザ光線を照射することにより結晶性の良好なグラフェン膜を均一に成膜することができる。
【0021】
このようにして、
図1に示すように電極本体10のナゲット形成面12を含む表面にグラフェン成膜層20が形成された第1の実施形態のキャップチップを製造することができる。グラフェンは引張強度、導電率、耐熱温度、硬度に優れるため、後記する実施例に示すようにキャップチップのナゲット径の変形を防止する効果に優れ、研磨が必要となるまでの打点数を従来品よりも大幅に増加させることができる。しかしナゲット形成面12以外の部分に形成されたグラフェン成膜層20はナゲット径の拡大を防止する効果に直接寄与しないと考えられる。そこで次に示す第2の実施形態のキャップチップは、ナゲット形成面12のみにグラフェン成膜層20を形成した構造とした。
【0022】
図4は、本発明の第2の実施形態のキャップチップを示す中央断面図である。第2の実施形態のキャップチップは、端面にグラフェン成膜層20が形成された銅合金からなるインサート14が、銅合金からなる電極本体10の中央に埋め込まれた構造である。インサート14発明円柱状であり、その直径はナゲット形成面12の直径(6mm)よりもやや大きくしておくことが好ましく、第2の実施形態では直径9mmとした。インサート14と電極本体10は、熱膨張差を避けるためにも同一の銅合金からなるものとすることが好ましい。インサート14は予め形成しておいた電極本体10の下穴に焼き嵌めされている。インサート14のグラフェン成膜層20が形成された端面は、電極本体10の下穴周囲の高さと同一としておくことが好ましい。次に、本発明の実施例を示す。
【実施例0023】
これらの第1の実施形態と第2の実施形態のキャップチップの性能を評価する実験を行った。評価対象となるキャップチップを抵抗溶接機に上部電極及び下部電極として取付けて抵抗溶接を行い、ナゲット径の変化を観測した。使用した抵抗溶接機はパナソニック製の型式350SM2(35KVA)であり、被溶接材は板厚0.7mmの亜鉛めっき鋼板(SCGA270C-45)である。抵抗溶接条件は、電流8400A、時間12Hz、加圧力200kgf/cm2である。
【0024】
前記した通り、従来のジルコクロム銅製のキャップチップは600回の打点数でナゲット形成面の変形が大きくなり、研磨を必要としていた。これに対してジルコクロム銅からなる電極本体の表面にグラフェン成膜層を形成した第1の実施形態のキャップチップは、打点数が3000回となるまで研磨を必要とせずに使用することができた。
【0025】
また、ジルコクロム銅からなる電極本体の表面にハードクロムメッキを施し、更にその表面にグラフェン成膜層を形成したキャップチップは、打点数が5700回となるまで使用することができた。ハードクロム銅は表面に酸化被膜を形成しないため局所的な電気抵抗のばらつきがなくなり、打点数が向上したものと考えられる。
【0026】
さらにジルコクロム銅からなる電極本体の中央にグラフェン成膜層が形成されたインサートを焼き嵌めした第2の実施形態のキャップチップは、打点数が25500回となるまで使用することができた。焼き嵌めにより圧縮応力が作用し、キャップチップ全体の強度や剛性が高められたため、打点数が更に向上したものと考えられる。
【0027】
上記したように、本発明のキャップチップは研磨せずに使用できる打点数を従来品の5倍~425倍に飛躍的に増加させることに成功したものである。本発明のキャップチップを用いれば、その交換や研磨の頻度を従来よりもはるかに減らすことができ、溶接作業性を高めることができる効果は大きい。