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特開2024-155441プレス機の金型損傷予測方法及びその装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155441
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】プレス機の金型損傷予測方法及びその装置
(51)【国際特許分類】
   B30B 15/28 20060101AFI20241024BHJP
   G01N 29/04 20060101ALI20241024BHJP
   G01N 29/48 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
B30B15/28 K
G01N29/04
G01N29/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070159
(22)【出願日】2023-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】596117625
【氏名又は名称】株式会社テクノステート
(74)【代理人】
【識別番号】100112335
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 英介
(74)【代理人】
【識別番号】100101144
【弁理士】
【氏名又は名称】神田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100101694
【弁理士】
【氏名又は名称】宮尾 明茂
(74)【代理人】
【識別番号】100124774
【弁理士】
【氏名又は名称】馬場 信幸
(72)【発明者】
【氏名】照井 翔太
【テーマコード(参考)】
2G047
4E089
【Fターム(参考)】
2G047AA06
2G047BA05
2G047BC03
2G047BC09
2G047GG25
2G047GG33
4E089GA02
4E089GB05
4E089GC05
4E089GC10
(57)【要約】
【課題】 生産ラインを停止させずに金型の突発的な損傷を防いで不良品発生を未然に防止でき、しかも、金型破損を招くことの少ない安価なプレス機の金型損傷予測方法及びその装置を提供する。
【解決手段】 金型1でコイル材をプレス加工するプレス機30のプレス加工時のAE波をAEセンサ40でAE値として検出し、AE値をプリアンプ50で増幅し、増幅されたAE値に基づいて金型損傷のおそれをコンピュータ機器70で判定し、判定結果に応じてプレス機30をコントローラ80で制御する金型損傷予測方法であって、コンピュータ機器70は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求め、包絡線から振動値を演算して閾値と比較し、振動値が閾値以上の場合に金型1に損傷のおそれ有と判定するとともに、振動値が閾値未満の場合に金型1に損傷のおそれ無と判定し、コントローラ80は、金型1に損傷のおそれ有と判定された場合にプレス機30の稼働を停止させる。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型を用いてプレス加工するプレス機のプレス加工時のAE波をAEセンサによりAE値として検出し、このAEセンサの検出したAE値を増幅手段により増幅し、増幅されたAE値に基づいてプレス機の金型損傷のおそれの有無を判定手段により判定し、この判定手段の判定結果に応じてプレス機を制御手段により制御するプレス機の金型損傷予測方法であって、
判定手段は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求め、この包絡線から振動値を演算して閾値と比較し、比較した結果、振動値が閾値以上の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定するとともに、比較した結果、振動値が閾値未満の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定し、
制御手段は、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定した場合にはプレス機の稼働を停止させ、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定した場合にはプレス機の稼働を継続させることを特徴とするプレス機の金型損傷予測方法。
【請求項2】
金型を用いて被加工材をプレス加工するプレス機と、このプレス機と金型のいずれかに取り付けられてプレス加工時のAE波をAE値として検出可能なAEセンサと、このAEセンサの検出したAE値を増幅する増幅手段と、増幅されたAE値に基づいてプレス機の金型損傷のおそれの有無を判定する判定手段と、この判定手段の判定結果に応じてプレス機を制御する制御手段とを含み、
判定手段は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求める機能と、この包絡線から振動値を演算する機能と、この振動値と閾値とを比較する機能と、比較の結果、振動値が閾値以上の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定する機能と、比較の結果、振動値が閾値未満の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定する機能とを実現し、
制御手段は、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定した場合にはプレス機の稼働を停止させる機能と、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定した場合にはプレス機の稼働を継続させる機能とを実現することを特徴とするプレス機の金型損傷予測装置。
【請求項3】
増幅されたAE値を波形としてスクリーンに表示する測定機器を含んでなる請求項2記載のプレス機の金型損傷予測装置。
【請求項4】
プレス機のボルスターに金型の下型を搭載し、ボルスターの表面周縁部、下型の中央部、及び下型の周縁部のいずれかに、AEセンサを音響カプラを介して密接させた請求項2又は3記載のプレス機の金型損傷予測装置。
【請求項5】
判定手段は、求めた包絡線をエンベロープ処理してその振幅の外形を取り出す機能を実現する請求項2又は3記載のプレス機の金型損傷予測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料等の被加工材に金型を押し付けて成形するプレス機の金型損傷予測方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、コイル形に巻かれた所定の幅の金属材料、すなわちコイル材を自動車部品に成形する場合には、高精度の自動車部品を大量かつ迅速に生産する観点から、金型を用いたプレス機が多用されている(特許文献1、2、3、4参照)。
【0003】
金型は、図示しないが、プレス機の下テーブルに搭載される下型と、プレス機の往復動可能なスライドに固定される上型とを備え、この上型が下型に接離可能に対向する。この金型には、単発型、順送型、トランスファー型の種類があるが、大量生産で加工処理速度の高速化が求められる場合には、複雑な構成の順送型が主に用いられる。
上記構成において、コイル材を自動車部品に成形する場合には、プレス機の金型を型開きし、この金型の下型と上型との間に平坦なコイル材を供給し、その後、金型を型締めすれば、コイル材を打ち抜いてパネル等の自動車部品を高速でプレス加工することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022‐090404号公報
【特許文献2】特開2018‐065151号公報
【特許文献3】特開2015‐174133号公報
【特許文献4】特開2011‐194416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来におけるプレス加工は、以上のように実施されるが、実施回数が増大(例えば、30,000回~60,000回)すると、金型のダイやパンチが徐々に摩耗して異常を来たしたり、金型のパンチが折れて異常を来たし、遂には金型が突発的に損傷してバリが生じ、不良品を発生させるという問題がある。この問題を解消する手段としては、(1)金型のダイやパンチ等の部品を定期的に交換し、金型の突発的な損傷を未然に防止する方法、(2)金型やプレス機にコイル材検出センサ、異物検出センサ、製品排出センサ等を設置し、これらのセンサの検出により、プレス機の稼働を停止する方法があげられる。
【0006】
しかしながら、(1)の方法の場合には、部品を頻繁に交換する必要があるので、交換の度に生産ラインを停止せざるを得ず、生産コストが増大するという大きな問題が新たに生じる。また、(2)の方法の場合には、不良品の発生を検出してプレス機の稼働を停止するので、不良率を低減することはできても、不良品の発生そのものを防止することは困難である。また、不良品の発生を事後的に捉えるので、複雑高価な金型が破損するおそれがあり、しかも、不良品の処置が適切ではないときには、不良品が次工程に流出するという問題が新たに生じることがある。
【0007】
本発明は上記に鑑みなされたもので、生産ラインを停止させることなく金型の突発的な損傷を防いで不良品の発生そのものを未然に防止することができ、しかも、金型の破損を招くことの少ない安価なプレス機の金型損傷予測方法及びその装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明においては上記課題を解決するため、金型を用いてプレス加工するプレス機のプレス加工時のAE波をAEセンサによりAE値として検出し、このAEセンサの検出したAE値を増幅手段により増幅し、増幅されたAE値に基づいてプレス機の金型損傷のおそれの有無を判定手段により判定し、この判定手段の判定結果に応じてプレス機を制御手段により制御するプレス機の金型損傷予測方法であって、
判定手段は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求め、この包絡線から振動値を演算して閾値と比較し、比較した結果、振動値が閾値以上の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定するとともに、比較した結果、振動値が閾値未満の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定し、
制御手段は、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定した場合にはプレス機の稼働を停止させ、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定した場合にはプレス機の稼働を継続させることを特徴としている。
【0009】
また、本発明においては上記課題を解決するため、金型を用いて被加工材をプレス加工するプレス機と、このプレス機と金型のいずれかに取り付けられてプレス加工時のAE波をAE値として検出可能なAEセンサと、このAEセンサの検出したAE値を増幅する増幅手段と、増幅されたAE値に基づいてプレス機の金型損傷のおそれの有無を判定する判定手段と、この判定手段の判定結果に応じてプレス機を制御する制御手段とを含み、
判定手段は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求める機能と、この包絡線から振動値を演算する機能と、この振動値と閾値とを比較する機能と、比較の結果、振動値が閾値以上の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定する機能と、比較の結果、振動値が閾値未満の場合にはプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定する機能とを実現し、
制御手段は、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定した場合にはプレス機の稼働を停止させる機能と、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ無と判定した場合にはプレス機の稼働を継続させる機能とを実現することを特徴としている。
【0010】
なお、増幅されたAE値を波形としてスクリーンに表示する測定機器を含むことができる。
【0011】
また、金型は、プレス機のボルスターに搭載される下型と、プレス機の昇降可能なスライドに固定されて下型に被加工材を挟んで対向する上型とを含み、
下型は、プレス機のボルスターに固定されるダイセットと、このダイセットの周縁部に設けられる複数のガイドポストと、ダイセットに搭載されるバッキングプレートと、このバッキングプレートに搭載されて被加工材を搭載するダイプレートと、このダイプレートに設けられるダイとを含み、
上型は、プレス機のスライドに固定されるダイセットと、このダイセットの周縁部に設けられて下型のガイドポストにスライド可能に嵌め通されるガイドブッシュと、ダイセットに積層されるバッキングプレートと、このバッキングプレートに装着されて被加工材を押し付けるパンチと、バッキングプレートに積層されてパンチの位置関係を保持するパンチプレートと、このパンチプレートにバネ部材を介し支持されて被加工材を押圧するストリッパプレートとを含んでなることが好ましい。
【0012】
また、プレス機のボルスターに金型の下型を搭載し、ボルスターの表面周縁部、下型の中央部、及び下型の周縁部のいずれかに、AEセンサを音響カプラを介して密接させることができる。
また、プレス機のボルスターに金型の下型を搭載し、ボルスターの表面周縁部にAEセンサを音響カプラを介して密接させ、下型とAEセンサとの距離を200mm以下とすることができる。
さらに、判定手段は、求めた包絡線をエンベロープ処理してその振幅の外形を取り出す機能を実現することが好ましい。
【0013】
ここで、特許請求の範囲における「AEセンサ」はアコースティックエミッションセンサの略称であり、AEは一般的に「材料に変形や亀裂が発生した際に材料内部の蓄積されていた歪みエネルギーを弾性波(音波)として放出する現象」をいう。このAEセンサは、専用品や汎用品を特に問うものではない。また、増幅手段には、少なくとも必要数のプリアンプや広域アンプシステム等の各種アンプ、ディスクリミネータ等が含まれる。
【0014】
判定手段は、包絡線から振動値を演算するが、この振動値には、振動時間、振幅やその最大値、振動値の最大値等が含まれる。この判定手段は、必要に応じ、LANやWAN等の通信ネットワークに接続することができる。また、音響カプラには、少なくとも各種のグリースやワセリン等が含まれる。さらに、本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置は、少なくとも自動車部品、自転車部品、航空機部品、ロケット部品、鉄道部品、家電製品、精密機器の部品、電子部品、締結具、日用品等の各種成形品のプレス加工に用いることができる。
【0015】
本発明によれば、プレス機の金型が突発的に損傷する前兆としてAE波がプレス機の稼働中に発生すると、AE波がAEセンサに検出されてAE値に変換され、このAE値が増幅手段により必要なレベルまで増幅された後、増幅されたAE値が判定手段に出力される。判定手段は、AE値をヒルベルト変換して包絡線を求め、この包絡線から振動値を演算し、この振動値と予め設定された閾値とを比較し、振動値が閾値以上の場合には、プレス機の金型に損傷のおそれ有と判定してその判定結果を制御手段に出力する。制御手段は、判定手段がプレス機の金型に損傷のおそれ有と判定した場合、プレス機に停止信号を出力し、稼働中のプレス機を停止させる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生産ラインを停止させることなく、金型の突発的な損傷を防いで不良品の発生そのものを未然に防止することができるという効果がある。また、金型の破損を招くことが少なく、生産コストを削減することができるという効果がある。また、増幅手段により、AEセンサからの微弱なAE値を解析に必要なレベルまで増幅したり、機械的振動等の解析に不要な信号を判定手段の判定前に予め除去するので、判定手段による正確高精度な判定が期待できる。
【0017】
請求項3記載の発明によれば、測定機器により、増幅されたAE値を波形としてスクリーン表示することができるので、AEセンサの取り付け状態の調整、金型の健全性評価や損傷対策に資することができる。
【0018】
請求項4記載の発明によれば、ボルスターの表面周縁部にAEセンサを密接させれば、各種の機構等を備えた複雑高価な金型を慎重に改良する手間を省くことができる。また、AEセンサを音響カプラを介して密接させるので、AE波がAEセンサの受波面で反射せずに透過し、極めて微弱なAE値を高精度に検出することができる。
【0019】
請求項5記載の発明によれば、包絡線をエンベロープ処理して比較的単純な波形に変換するので、判定手段の負荷を軽減して信号処理の便宜を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態を模式的に示す全体説明図である。
図2】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態における順送型の金型を模式的に示す説明図である。
図3】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態におけるオシロスコープからの増幅されたAE値を模式的に示す説明図である。
図4】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態におけるヒルベルト変換前のAE値を模式的に示す説明図である。
図5】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態におけるヒルベルト変換後の包絡線を模式的に示す説明図である。
図6】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態におけるエンベロープ処理後の包絡線を模式的に示す説明図である。
図7】本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置の実施形態におけるエンベロープ処理後の包絡線から振動時間を演算する状態を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施の形態を説明すると、本実施形態におけるプレス機の金型損傷予測装置は、図1ないし図7に示すように、順送型の金型1を用いて被加工材であるコイル材20を自動車部品にプレス加工するプレス機30と、このプレス機30のプレス加工時のAE波をAE値として検出可能なAEセンサ40と、このAEセンサ40の検出したAE値用のプリアンプ50と、増幅されたAE値を表示するオシロスコープ60と、増幅されたAE値に基づいてプレス機30の金型損傷のおそれの有無を判定するコンピュータ機器70と、このコンピュータ機器70の判定結果に応じてプレス機30を制御するコントローラ80とを備えることにより、国連サミットで採択されたSDGsの目標9の達成に貢献する。
【0022】
順送型の金型1は、例えばせん断加工、曲げ加工、絞り加工等の複数の加工法を一つの型に搭載した複雑高価な金型であり、プログレ型とも呼ばれる。この金型1は、図1図2に示すように、プレス機30の下テーブルであるボルスター31に搭載される下型2と、プレス機30の昇降可能なスライドに固定される上型8とを備え、この上型8が下型2に板形のコイル材20を挟んで上方から接離可能に対向する。
【0023】
下型2は、図1図2に示すように、例えばプレス機30のボルスター31に締結具を介して固定されるダイセット3を備え、このダイセット3の周縁部には、上型8に嵌通して高精度に位置決めする複数のガイドポスト4が立設されており、各ガイドポスト4が円柱形に形成される。
【0024】
ダイセット3の表面には、プレス機30のプレス加工時に上型8がダイセット3にめり込むのを防止する高強度のバッキングプレート5が搭載され、このバッキングプレート5には、コイル材20を搭載する板形のダイプレート6が搭載されるとともに、このダイプレート6には、上型8の受けとなる高精度の雌型刃であるダイ7が装着されており、このダイ7がプレス加工時に破損するのをダイプレート6が防止する。ダイプレート6には、雌型刃のダイ7と一体化されるタイプや入れ子タイプ等があるが、いずれのタイプでも良い。
【0025】
これに対し、上型8は、同図に示すように、例えばプレス機30のスライドに締結具を介して固定されるダイセット9を備え、このダイセット9の周縁部には、下型2のガイドポスト4に昇降可能に嵌通される円筒形のガイドブッシュ10が配設されており、このガイドブッシュ10の内周面とガイドポスト4の周面との間には、僅かな隙間のベアリング隙間が区画される。
【0026】
上型8のダイセット9は、下型2のダイセット3よりも狭く小さく構成されるのが一般的である。このダイセット9の表面には、プレス機30のプレス加工時に上型8がダイセット9にめり込むのを防止する高強度のバッキングプレート11が積層され、このバッキングプレート11には、コイル材20を押圧するための雄型刃であるパンチ12が装着されるとともに、パンチ12の位置関係と垂直を保持する板形のパンチプレート13が積層されており、このパンチプレート13には、コイル材20を押圧するストリッパプレート14が複数のコイルスプリング15を介して弾圧可能に吊持される。ストリッパプレート14は、コイル材20の変形や位置ずれを防止したり、パンチ12をガイドして破損を防止する機能をも発揮する。
【0027】
コイル材20は、図1に示すように、所定の幅を有する長い帯形の金属材料がコイル形に巻装されることにより形成され、外周側から巻きほぐすアンコイラに支持されており、このアンコイラから歪み除去用のレベラーと送り装置とを順次通過した後、金型1のダイプレート6に連続して供給される。金属材料は、例えば厚さ0.4mm以上2.0mm以下の冷間圧延鋼板、ステンレス鋼板、合金鋼板、アルミニウム合金、銅合金等があげられるが、特に問うものではない。また、レベラーと送り装置とは、一体型でも良いし、別体の装置でも良い。
【0028】
プレス機30は、フレームの下部に設けられる下テーブルであるボルスター31と、フレームに支持されてボルスター31に対向する昇降可能なスライドと、このスライド等を制御する電源ボタン付きの制御盤とを備えたC字型タイプに構成され、送り装置の下流に設置される。このプレス機30は、機械機構を用いる機械プレス、油等の液体を利用する液圧プレス、サーボモーターを用いてスライドの動きを高精度に制御するサーボプレス等に分類されるが、生産性が高く、保守も容易な機械プレスが一般的である。
【0029】
プレス機30のボルスター31は、例えば厚板に形成され、金型1設置用の複数本の設置溝が規則的に切り欠かれる。また、プレス機30のスライドは、コネクティングロッドを介してプレス機30のフレーム内のスライドギブに規制状態に嵌合され、モータの回転に基づくクランクシャフトの直線運動により昇降する。
【0030】
このようなプレス機30は、金型1でコイル材20を打ち抜いて自動車部品をプレス加工するが、プレス加工の実施回数が増大すると、金型1のダイ7やパンチ12が徐々に摩耗して異常を来たし、その後、金型1が突発的に損傷することがある。しかしながら、金型1が損傷するはるか以前に予兆として高周波成分を有する極めて微弱な弾性波、すなわちAE波が多くの場合に発生するので、この極めて微弱なAE波の発生を捉えれば、プレス加工中に金型1の異常を的確に評価し、金型1の突発的な損傷を予測することが可能となる。
【0031】
AEセンサ40は、図1図2に示すように、例えばPZT(ジルコン酸チタン酸・鉛)等の圧電素子を用いて音響の放射を検出する取付方向性のないセンサであり、プレス機30のボルスター31の表面周縁部に固定されてプリアンプ50に接続され、プレス機30のプレス加工中に極めて微弱なAE波が発生した場合に、この極めて微弱なAE波をAE値に電圧変換して検出するよう機能する。このAEセンサ40には、一般的な不平衡型、AEセンサ40とプリアンプ50間に混入する雑音をキャンセルできる平衡型、高感度で低雑音な特性を得ることが可能なプリアンプ内蔵型等があるが、いずれでも良い。
【0032】
AEセンサ40は、例えば小型の円柱形に構成され、ボルスター31の表面周縁部の隅等に音響カプラを用いて隙間なく密接されるとともに、固定用ケース41に嵌合して一部露出状態に位置決め固定されており、金型1の下型2に可能な限り近接する。これは、金型1ではなく、ボルスター31にAEセンサ40を密接させれば、例えばエア噴射機構等を備えた複雑高価な金型1を時間をかけて慎重に改良する手間を省くことができるからである。音響カプラは、例えばシリコングリース等からなり、AEセンサ40の取付予定位置に塗布された後、AEセンサ40が密接する。
【0033】
固定用ケース41は、例えば所定の樹脂材料(ナイロン樹脂やポリカーボネート樹脂等)を用いてAEセンサ40の大部分を視認可能とする略逆U字形に成形され、周縁部に永久磁石等の磁石42が装着されており、この磁石42がボルスター31の表面周縁部に着脱自在に吸着する。また、AEセンサ40は、金型1の下型2に200mm以下、好ましくは1mm以上200mm以下、より好ましくは1mm以上150mm以下の距離で近接すると良い。これは、金型1に200mm以下の距離で接近すれば、極めて微弱なAE波を正確に検出することができるからである。
【0034】
プリアンプ50は、取り付け場所の制約やケーブルによるAE値の減衰が大きいのに配慮した小型の前置増幅器であり、プレス機30のフレームに固定されてオシロスコープ60にケーブル等を介し接続され(図1参照)、AEセンサ40の検出した極めて微弱なAE値を解析に必要なレベルまで増幅したり、機械的振動等の解析に不要な信号を予め除去し、オシロスコープ60に出力するよう機能する。このプリアンプ50は、極めて微弱なAE値に環境ノイズが混入するのを防止する観点から、AEセンサ40の600mm以内、好ましくは500mm以内に接近して設置されることが好ましい。プリアンプ50は、AEセンサ40がプリアンプ内蔵型の場合、省略することが可能である。
【0035】
オシロスコープ60は、図1に示すように、例えば必要に応じて使用される小型のデジタルオシロスコープ等からなり、コンピュータ機器70にケーブル等を介して接続され、プレス機30のフレームやその近傍に固定される。このオシロスコープ60は、増幅されたAE値を波形としてスクリーンにリアルタイムで表示し、AEセンサ40の密接状態を観察したり、金型1の健全性評価や損傷対策に資するよう機能する。増幅されたAE値を波形表示するのは、金型1の状態を直感的に把握することができるからである。
【0036】
コンピュータ機器70は、図1に示すように、例えば市販されているディスプレイ付きの汎用品(例えば、ノートパソコン等)からなり、必要に応じ、有線LANや無線LANからなるLANに接続されており、プレス機30のフレームやその近傍に設置される。このコンピュータ機器70には、テスト、計測、制御アプリケーション向けの解析ソフトがインストールされるが、この解析ソフトとしては、例えばLabVIEWやマットラボ〔米国MathWorks製:製品名〕等があげられる。これらの中では、ハードウェアに対して素早いアクセスが可能でソフトの改造が容易なLabVIEWの採用が好ましい。
【0037】
このようなコンピュータ機器70は、CPUがRAMを作業領域としてハードディスク等に記憶された解析ソフトの所定のプログラムを読み込むことにより、コンピュータとして所定の機能を実現する。具体的には、オシロスコープ60からの増幅されたAE値(図3参照)をヒルベルト変換(元の波形を複素数に変換し、実数部と虚数部の大きさを合成する変換)して包絡線を求める機能(図4図5参照)と、この求めた包絡線をエンベロープ処理して振幅の外形を取り出す任意の機能(図6参照)と、エンベロープ処理された包絡線から振動時間を演算する機能(図7参照)と、この振動時間と閾値である規定時間とを比較する機能と、比較の結果、振動時間が規定時間以上の場合にはプレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定する機能と、比較の結果、振動時間が規定時間未満の場合にはプレス機30の金型1に損傷のおそれ無と判定する機能とを実現する。
【0038】
これらコンピュータ機器70により実現される諸機能は、必要に応じ、コンピュータ機器70のディスプレイに表示される。具体的には、コンピュータ機器70のディスプレイに波形表示、文字表示、点滅表示等される。また、コンピュータ機器70はAE値をヒルベルト変換するが、これは包絡線を容易に求めることができるからである。また、包絡線をエンベロープ処理してその振幅の外形を取り出すが、これは、必要な場合に単純な波形に変換すれば、コンピュータ機器70の負荷を軽減して信号処理の便宜を図ることができ、しかも、包絡線の変動周期だけ判明すれば、判定に充分であるからである。
【0039】
規定時間は、金型1のパンチ12の長さ(深さ)、テスト結果、及び過去の経験則等により求めることができる。また、コンピュータ機器70がプレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定した場合、コンピュータ機器70がLANに接続されているときには、判定結果がプレス機30の管理者が使用するコンピュータ機器やモバイル端末等に送信される。
【0040】
コントローラ80は、図1に示すように、例えばユーザが変更可能なプログラムにより機器を制御可能なプログラマブルコントローラ(PLC)等からなり、プレス機30とコンピュータ機器70にケーブル等を介して接続される。このコントローラ80は、コンピュータ機器70がプレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定した場合には、プレス機30の稼働を直ちに停止させる機能と、コンピュータ機器70がプレス機30の金型1に損傷のおそれ無と判定した場合には、プレス機30の稼働を継続させる機能とを実現する。コントローラ80は、プレス機30に警報ランプが付設されている場合、プレス機30の稼働が停止したときに警報ランプを動作させることができる。
【0041】
上記構成において、コイル材20を自動車部品に成形する場合には、プレス機30の金型1の下型2と上型8とを型開きし、これら下型2と上型8との間に平坦化したコイル材20を送り装置から1ピッチ分供給し、下型2に上型8を圧下して型締めすれば良い。この型締めにより、コイル材20は、上型8のストリッパプレート14に位置決めされながら下型2のダイ7と上型8のパンチ12により打ち抜かれるので、パネルやフレーム、ブラケット、ワッシャ等の自動車部品を大量かつ高速でプレス加工することができる。
【0042】
次に、プレス機30のプレス加工数が増大(例えば、30,000回~60,000回)し、金型1のダイ7やパンチ12が摩耗して異常を来すと、金型1内部に蓄えられていた弾性エネルギーが極めて微弱なAE波となってプレス機30のプレス加工中に周囲に放出される。すると、極めて微弱なAE波は、AEセンサ40に検出されて極めて微弱なAE値に変換され、この極めて微弱なAE値がプリアンプ50により解析に必要なレベルまで増幅され、その後、増幅されたAE値がオシロスコープ60に出力される。
【0043】
この際、AEセンサ40は、ボルスター31の表面周縁部にビスやボルトを用いて螺着されるのではなく、塗布した音響カプラを用いて隙間なく密接され、AE波が受波面で反射せずに透過するので、極めて微弱なAE値を高精度に検出することができる。また、プリアンプ50が極めて微弱なAE値を増幅するので、例えケーブルによるAE値の減衰が大きくても、コンピュータ機器70による確実な判定が期待できる。
【0044】
オシロスコープ60は、増幅されたAE値を波形としてスクリーンにリアルタイムで表示するとともに、増幅されたAE値をコンピュータ機器70に出力する。係る表示により、プレス機30の管理者は、出力された振動波形をコンピュータ機器70によってリアルタイムで解析することにより、金型1のダイ7やパンチ12の摩耗の進行度を把握し、金型1の状態を検討することができる。コンピュータ機器70は、検討結果に基づいてプレス機30を速やかに停止させ、プレス機30の停止要因を異常表示してプレス機30の管理者に知らせることができる。
【0045】
次いで、増幅されたAE値がオシロスコープ60からコンピュータ機器70に出力されると、コンピュータ機器70は、ディスプレイに増幅されたAE値を波形表示(図3参照)し、このAE値をディスプレイに波形表示(図4参照)しながらヒルベルト変換して包絡線を求め、この包絡線をディスプレイに表示する(図5参照)。こうして包絡線を求めたら、この求めた包絡線をエンベロープ処理して振幅の外形(図6参照)をディスプレイに表示し、このエンベロープ処理された包絡線から振動時間を演算(図7参照)してディスプレイに表示し、この振動時間と予め設定された規定時間とを比較する。
【0046】
振動時間と規定時間とを比較した結果、振動時間が規定時間以上の場合、コンピュータ機器70は、プレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定し、この判定結果をディスプレイに表示するとともに、コントローラ80に出力する。また、比較の結果、振動時間が規定時間未満の場合、コンピュータ機器70は、プレス機30の金型1に損傷のおそれ無と判定し、この判定結果をディスプレイに表示するとともに、コントローラ80に出力する。
【0047】
ディスプレイ表示の際、ディスプレイは、「プレス機の金型に損傷のおそれがあります。直ちにプレス機を止めて下さい」、あるいは「プレス機の金型は良好な状態にあります」等と文字表示したり、文字を点滅表示する。また、ディスプレイに「プレス機の金型に損傷のおそれがあります。直ちにプレス機を止めて下さい」と表示される場合、必要に応じ、コンピュータ機器70から警告音が出力される。
【0048】
次いで、判定結果がコンピュータ機器70からコントローラ80に出力されると、コントローラ80は、コンピュータ機器70がプレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定した場合には、プレス機30に停止信号を直ちに出力し、プレス機30の稼働を迅速に停止させる。これに対し、コンピュータ機器70がプレス機30の金型1に損傷のおそれ無と判定した場合には、プレス機30の稼働をそのまま継続させる。
【0049】
不良品の発生前にその兆候をプレス機30のプレス加工中に把握し、プレス機30を停止させて金型1をメンテナンスすることができるので、バリ付きの不良品の発生を未然に防止することができ、複雑高価な金型1が破損するおそれを払拭することができる。また、不良品が次工程、例えば別のプレス工程、バリ取り工程、バレル加工工程、プレス加工油の洗浄工程等に流出するという問題を有効に解消することができる。
【0050】
上記構成によれば、金型1のダイ7やパンチ12等の部品を頻繁に交換しなくても、金型1の突発的な損傷を未然に防止することができるので、部品交換の度に生産ラインを停止する必要がなく、生産コストを抑制することができる。また、AEセンサ40を用いた判断手法により、不良品の発生そのものを早期かつ迅速に防止することができるので、メンテナンススケジュールの計画的な立案や保守部品の在庫低減が可能になる。また、不良率の低下は、製造コストの抑制が期待できる他、納期の短縮や環境負荷の低減にも大いに資することができる。これらの諸効果は、自動車部品を大量かつ高速でプレス加工する順送型の金型1を用いる場合、実に有意義である。
【0051】
また、ボルスター31の表面周縁部にAEセンサ40を接着固定するのではなく、着脱自在の固定用ケース41で一部露出状態に位置決め固定するので、敏感なAEセンサ40の位置調整が実に容易となる。また、コンピュータ機器70のディスプレイに数値で表示するのではなく、波形表示するので、金型1のダイ7やパンチ12の状態を直感的に把握することができる。また、コンピュータ機器70の解析ソフトとしてLabVIEWを使用すれば、高度な解析プログラムを簡単に構築したり、ハードウェアと統合することができ、理解も容易となる。さらに、AEセンサ40、プリアンプ50、オシロスコープ60、及びコンピュータ機器70をプレス機30やその近傍にまとめて設置することができるので、省スペース化が大いに期待できる。
【0052】
なお、上記実施形態における順送型の金型1を用いてコイル材20を家電製品、精密機器の部品、電子部品等の各種成形品にプレス加工しても良い。また、上記実施形態では順送型の金型1を示したが、何らこれに限定されるものではない。例えば、特に問題を生じないのであれば、大型加工品の加工を得意とする安価な単発型の金型でも良いし、複数の工程を自動加工でき、材料歩留まりに優れる複雑高価なトランスファー型の金型を用いても良い。このトランスファー型の金型にも大量生産が要求される場合が多いので、上記諸効果が期待できる。また、上記実施形態では自動化された量産ラインに好適なコイル材20を示したが、ブランク、定尺材、スケッチ材、あるいはテーラードブランクと呼ばれる金属材料をプレス加工しても良い。
【0053】
また、被加工材として炭素繊維複合材料等を選択してプレス加工し、成形品や中間品を成形しても良い。また、プレス機30は、作業性重視のC字型タイプの他、加圧能力や剛性に優れる門型タイプを用いることができる。また、特に支障を来さなければ、金型1の下型2の中央部、下型2のダイセット3の表面周縁部、及び下型2のガイドポスト4のいずれかに、AEセンサを音響カプラを介して隙間なく密着することができる。
【0054】
また、AEセンサ40あるいはプリアンプ50からのAE信号を広域アンプシステムで増幅してフィルタリングを施こすこともできる。また、固定用ケース41を透明あるいは半透明の樹脂材料により、AEセンサ40を視認可能な断面略逆U字形の蓋形(キャップ形)に成形することもできる。また、任意のオシロスコープ60を省略し、プリアンプ50からコンピュータ機器70に増幅されたAE値をケーブルを介して出力することも可能である。
【0055】
さらに、コンピュータ機器70は、振動時間ではなく、振幅(振幅の最大値)を基準として判定しても良い。この場合のコンピュータ機器70は、オシロスコープ60からの増幅されたAE値をヒルベルト変換して包絡線を求める機能と、この求めた包絡線をエンベロープ処理して振幅の外形を取り出す任意の機能と、エンベロープ処理された包絡線から振幅値を演算する機能と、この振幅値と閾値とを比較する機能と、比較の結果、振幅値が閾値以上の場合にはプレス機30の金型1に損傷のおそれ有と判定する機能と、比較の結果、振幅値が閾値未満の場合にはプレス機30の金型1に損傷のおそれ無と判定する機能とを実現する。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係るプレス機の金型損傷予測方法及びその装置は、プレス機を用いたプレス加工の分野で使用される。
【符号の説明】
【0057】
1 金型
2 下型
3 ダイセット
4 ガイドポスト
5 バッキングプレート
6 ダイプレート
7 ダイ
8 上型
9 ダイセット
10 ガイドブッシュ
11 バッキングプレート
12 パンチ
13 パンチプレート
14 ストリッパプレート
15 コイルスプリング
20 コイル材(被加工材)
30 プレス機
31 ボルスター
40 AEセンサ
41 固定用ケース
42 磁石
50 プリアンプ(増幅手段)
60 オシロスコープ(測定機器)
70 コンピュータ機器(判定手段)
80 コントローラ(制御手段)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7