(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155561
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】積層体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B28B 1/30 20060101AFI20241024BHJP
【FI】
B28B1/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070373
(22)【出願日】2023-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊成
(72)【発明者】
【氏名】木ノ村 幸士
【テーマコード(参考)】
4G052
【Fターム(参考)】
4G052DA03
4G052DA08
4G052DB12
4G052DC06
(57)【要約】
【課題】本発明は、水硬性組成物の可使時間を事前に想定した使用時間以上となるように管理できる積層体の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明に係る積層体の製造方法は、水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標と、基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標とを比較して、前記水硬性組成物の流動性が前記基準材料よりも低くなるように調整する流動性調整工程と、前記水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に入った後に、前記水硬性組成物の積層を開始する積層工程と、を含み、前記基準材料は、流動性が最も高くなった状態でも積層可能な材料であり、前記可使範囲は、積層可能な流動性指標の範囲である。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標と、基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標とを比較して、前記水硬性組成物の流動性が前記基準材料よりも低くなるように調整する流動性調整工程と、
前記水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に入った後に、前記水硬性組成物の積層を開始する積層工程と、を含み、
前記基準材料は、流動性が最も高くなった状態でも積層可能な材料であり、
前記可使範囲は、積層可能な流動性指標の範囲であることを特徴とする積層体の製造方法。
【請求項2】
前記流動性調整工程では、前記水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標が、前記基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標に近づくように前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加することを特徴とする請求項1に記載の積層体の製造方法。
【請求項3】
前記流動性指標はベーンせん断抵抗値であって、
前記流動性調整工程では、前記水硬性組成物への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値と、前記基準材料への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値との差が、0.5kPa以下となるように前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加し、
前記可使範囲は、0.4~0.9kPaであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の積層体の製造方法。
【請求項4】
前記流動性調整工程の前に、前記基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標と、前記可使範囲と、を特定する準備工程を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の積層体の製造方法。
【請求項5】
積層の開始後において、前記水硬性組成物の流動性指標の経時変化と前記可使範囲とに基づいて推定される積層可能時間が、積層に必要となる残り時間よりも短い場合に、前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加する積層時間調整工程を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の積層体の製造方法。
【請求項6】
前記水硬性組成物は、環境配慮型の材料であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水硬性組成物を積層させることによって積層体を形成する3Dプリンティングに関する技術開発が進められている。そして、この3Dプリンティングについて、様々な技術が提案されている。
例えば、特許文献1では、材料押出方式の装置を用いて、コンクリートをノズルから押出して積層することで構造物を構築する方法が提案されている。
また、特許文献2では、3Dプリンティングによって製造した供試体に対して重錘で荷重を付与し、供試体の側方への変位量を測定し、その測定値に基づいて供試体の評価を行う装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2006-515908号公報
【特許文献2】特開2021-006767号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1、2に記載されているような3Dプリンティングで積層体を製造する場合は、型枠工法の場合と異なり、積層した後に水硬性組成物に対してバイブレーターをかけて流動性を回復させるといった処理が行えない。そのため、3Dプリンティングに使用する水硬性組成物は、積層前の調整が非常に重要となる。
3Dプリンティングに使用する水硬性組成物は、流動性指標が経時的に変化するが、水硬性組成物を適切に積層可能な流動性指標の範囲(可使範囲)が狭いため、水硬性組成物を積層できる時間(可使時間)も短い。水硬性組成物を設計通りに配合しても、可使時間にバラツキが生じる可能性もある。3Dプリンティングを実施するために水硬性組成物を準備しても、可使時間が想定よりも短い場合には、廃棄材料が多く発生し、歩掛りが悪くなるといった事態を招く可能性がある。
そこで、本発明者らは、積層前の水硬性組成物を適切に調整することによって、水硬性組成物の可使時間を事前に想定した使用時間以上となるように管理したいと考えた。
【0005】
このような観点から、本発明は、水硬性組成物の可使時間を事前に想定した使用時間以上となるように管理できる積層体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題は、以下の手段により解決することができる。
本発明に係る積層体の製造方法は、水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標と、基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標とを比較して、前記水硬性組成物の流動性が前記基準材料よりも低くなるように調整する流動性調整工程と、前記水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に入った後に、前記水硬性組成物の積層を開始する積層工程と、を含み、前記基準材料は、流動性が最も高くなった状態でも積層可能な材料であり、前記可使範囲は、積層可能な流動性指標の範囲である。
本発明によれば、水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に入った後に積層を開始することから、水硬性組成物の流動性がピークの状態(流動性が最も高くなる状態)に至る前から積層することができる。よって、本発明によれば、水硬性組成物の積層可能な時間を長期化できる。
また、本発明によれば、流動性調整工程において水硬性組成物の流動性を基準材料よりも低くなるように調整することで、水硬性組成物の流動性がピークの状態であろうと、水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に含まれることとなる。よって、垂れなどの発生に伴う積層体の品質の低下を招くことなく、適切に積層体を製造することができる。
本発明に係る積層体の製造方法では、前記流動性調整工程において、前記水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標が、前記基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標に近づくように前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加するのが好ましい。
本発明によれば、水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に含まれる時間がより長くなることによって、水硬性組成物の積層可能な時間を更に長期化できる。
本発明に係る積層体の製造方法においては、前記流動性指標はベーンせん断抵抗値であって、前記流動性調整工程では、前記水硬性組成物への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値と、前記基準材料への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値との差が、0.5kPa以下となるように前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加し、前記可使範囲は、0.4~0.9kPaであるのが好ましい。
本発明によれば、より確実に水硬性組成物の積層可能な時間を長期化できる。
本発明に係る積層体の製造方法では、前記流動性調整工程の前に、前記基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標と、前記可使範囲と、を特定する準備工程を含むのが好ましい。
本発明によれば、事前に基準材料の流動性指標と可使範囲とを特定することができる。
本発明に係る積層体の製造方法では、積層の開始後において、前記水硬性組成物の流動性指標の経時変化と前記可使範囲とに基づいて推定される積層可能時間が、積層に必要となる残り時間よりも短い場合に、前記水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加する積層時間調整工程を含むのが好ましい。
本発明によれば、水硬性組成物の積層可能な時間を更に長期化することで、より確実に積層体を完成させることができる。
本発明に係る積層体の製造方法は、前記水硬性組成物は、環境配慮型の材料であるのが好ましい。
本発明によれば、環境配慮型の材料であろうと、適切に水硬性組成物の積層可能な時間を長期化できる。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る積層体の製造方法によれば、水硬性組成物の可使時間を事前に想定した使用時間以上となるように管理できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】準備工程における作業の手順を示したフローチャートである。
【
図2】流動性調整工程における作業の手順を示したフローチャートである。
【
図3】積層時間調整工程における作業の手順を示したフローチャートである。
【
図4】積層可能時間の推定方法を説明するグラフである。
【
図5】実施例における基準材料のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフである。
【
図6】実施例における基準材料と水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフである。
【
図7】実施例における水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフであって、積層時間調整工程に焦点を当てたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本実施形態に係る積層体の製造方法について説明する。
[積層体の製造方法]
本実施形態に係る積層体の製造方法は、水硬性組成物を積層させることによって積層体を製造する方法であり、いわゆる3Dプリンティングに関する技術である。そして、本実施形態に係る積層体の製造方法は、流動性調整工程と、積層工程とを含み、さらに、流動性調整工程の前に準備工程を含んでもよく、積層の開始後に積層時間調整工程を含んでもよい。
以下、本実施形態に係る積層体の製造方法で使用する水硬性組成物と流動性指標を説明した後、各工程を詳細に説明する。
【0010】
(水硬性組成物)
水硬性組成物とは、積層体を形成する水硬性の材料(硬化性材料とも呼ばれる)であって、3Dプリンティングに使用できる材料であれば特に限定されない。そして、水硬性組成物は、JISR5210:2009に規定されている各種ポルトランドセメントを全く使用しない材料(セメントゼロ型)、CO2を吸収した炭酸カルシウムなどの素材を使用する材料(カーボンリサイクル型)、前記各種ポルトランドセメントの使用量を減らし、代わりに高炉スラグを使用する材料(環境基準法対応型)、前記各種ポルトランドセメントの使用量を減らし、代わりに高炉スラグとフライアッシュを使用する材料(フライアッシュ活用型)といった環境配慮型の組成物が好ましい。そして、セメントゼロ型は、例えば、高炉スラグ微粉末、膨張材、消石灰、石灰石微粉末、細骨材、を含むとともに、適宜、高性能減水剤、超遅延剤、増粘剤、消泡剤、硬化促進剤などを含んで構成される。
このような環境配慮型の材料は、CO2排出量の削減に寄与できるという観点だけでなく、可使時間が短くなる傾向があることから、本発明の効果(可使時間の長期化)がより顕著に現れるという観点からも好ましい。
なお、水硬性組成物は、通常、水以外の材料を混練した後で加水することにより生成するが、加水した後は、まず、流動性が大きく向上(流動性向上段階)し、その後、徐々に流動性が低下(流動性損失段階)する。
基準材料は、流動性が最も高くなった状態でも積層可能な材料であって、基本的には、水硬性組成物に含まれる成分と同じ成分を含んで構成される。なお、後記するように、水硬性組成物は基準材料よりも流動性が低くなるように成分の配合量を調整していることから、基準材料は、水硬性組成物と同じ成分を含みつつ、水硬性組成物よりも流動性が高い材料(流動性向上剤の配合量が多い材料)である、ということもできる。
以下の説明では、水硬性組成物としてセメントゼロ型(環境配慮型)を用いた場合を説明する。
【0011】
(流動性指標)
流動性指標とは、水硬性組成物の流動性の度合いを判断できる指標である。そして、流動性指標とは、具体的には、ベーンせん断抵抗値、モルタルフロー値、ゴム硬度、塑性粘度、降伏値などを挙げることができる。
ベーンせん断抵抗値は、一般的なベーン試験機を用いて、地盤工学会基準(JGS 1411-012)の「原位置ベーンせん断試験方法」に規定の方法で測定することができる。また、モルタルフロー値は、JIS R 5201:2015に規定の方法で測定することができる。また、ゴム硬度は、JIS K 6253:2012に規定の方法で測定することができる。また、塑性粘度および降伏値は、JIS Z 8803:2011に規定の方法で測定することができる。
以下の説明では、流動性指標としてベーンせん断抵抗値を用いた場合を説明する。
【0012】
(準備工程)
準備工程では、流動性調整工程の前に、基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標と可使範囲とを特定する。
図1は、準備工程における作業の手順を示したフローチャートである。
まず、準備工程S1では、基準材料の配合を決定(S10)する。そして、基準材料のベーンせん断抵抗値の可使範囲(Umin~Umax)を特定(S11)する。このベーンせん断抵抗値の可使範囲とは、積層体を積層可能なベーンせん断抵抗値の範囲であって、詳細には、積層体を形成した際に垂れが発生しない下限値(Umin)と積層体の表面にガサつきが生じない上限値(Umax)とからなる。なお、ベーンせん断抵抗値の可使範囲は、基準材料を用いて実際に積層体を形成する試験を実施し、当該試験の結果に基づいて設定してもよいし、従来の知見(張文博ほか「建設3Dプリンティング材料の品質評価に関する実験的検討」大成建設技術センター報 第55号(2022)など)を活用して、0.4~0.9kPaという数値範囲を用いてもよい。
【0013】
次に、基準材料について、ベーンせん断抵抗値(Ct)を測定(S12)する。基準材料のベーンせん断抵抗値(Ct)は、加水後に経時変化するため、S12での測定タイミングは、加水から一定時間ごと(例えば3~12分ごと、好ましくは5~10分ごと)とすればよく、途中で変更してもよい。ただし、S12での測定や管理の条件は、出来る限り、流動性調整工程以降に実施する測定や管理の条件(実際に積層体を製造する際の条件)と合わせるのが好ましい。例えば、実際に積層体を製造する際、ベーンせん断抵抗値が可使範囲に入るまでは、ミキサ内で材料を管理しつつ、5分間静置→2分間攪拌の後に測定を繰り返し、ベーンせん断抵抗値が可使範囲に入った後は、ホッパー内で材料を管理しつつ、10分ごとに測定を行う、という条件の場合、S12でも基準材料に対して同様の条件で測定や管理を行うのが好ましい。
S12において、基準材料のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフ(横軸:加水からの時間、縦軸:ベーンせん断抵抗値)を作成する。このグラフ上の測定結果の点を結ぶことで得られる曲線(
図5のような曲線)が「目標経時曲線」となる。
【0014】
その後、基準材料について、ベーンせん断抵抗値の最低値(Cmin)が可使範囲の下限値(Umin)以上であるかを判断(S13)する。S13において、ベーンせん断抵抗値の最低値が可使範囲の下限値以上となる場合(Yesの場合:Cmin≧Uminの場合)は、基準材料の「目標経時曲線」を採用(S14)する。一方、ベーンせん断抵抗値の最低値が可使範囲の下限値未満となる場合(Noの場合:Cmin<Uminの場合)は、S10に戻り、基準材料の配合からやり直すこととなる。
なお、準備工程S1では、様々な材料の配合や環境温度に応じた複数の「目標経時曲線」を準備しておいてもよいが、使用する水硬性組成物や環境温度が確定していれば、これらの条件に対応する「目標経時曲線」を1つだけ準備してもよい。
【0015】
(流動性調整工程)
流動性調整工程では、水硬性組成物への加水から所定時間経過時の流動性指標と、基準材料への加水から所定時間経過時の流動性指標とを比較して、水硬性組成物の流動性が基準材料よりも低くなるように調整する。
図2は、流動性調整工程における作業の手順を示したフローチャートである。
まず、流動性調整工程S2では、目標経時曲線を決定(S20)する。このS20では、実施日の環境温度と使用する材料の配合に応じて、準備工程で事前に用意した複数の目標経時曲線の中から対応する目標経時曲線を選択する。
次に、水硬性組成物の配合を決定(S21)する。このS21では、基準材料よりも僅かにベーンせん断抵抗値が高くなるような配合、言い換えると、水硬性組成物の流動性が基準材料よりも低くなるような配合に設定する。具体的には、水硬性組成物における流動性向上剤(高性能減水剤など)の含有量を基準材料よりも若干少なくなるように設定する。水硬性組成物の配合を基準材料と全く同じにした場合に、環境温度や材料の含水率などの僅かな変動要因により、偶発的に水硬性組成物の流動性が基準材料よりも高くなってしまうという事態を回避するためである。
【0016】
次に、水硬性組成物の混練を開始するとともに、水硬性組成物の加水から経時変化するベーンせん断抵抗値の測定を開始(S22)する。このS22での測定や管理条件は、基準材料で実施した条件と合わせるのが好ましい。
次に、水硬性組成物への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値(Xt)と、基準材料への加水から所定時間経過時のベーンせん断抵抗値(Ct)とを比較して、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値(Xt)が所定条件を満たすか判断(S23)する。なお、S23は、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が得られたタイミングで実施する。
詳細には、S23では、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値(Xt)が基準材料のベーンせん断抵抗値(Ct)よりも大きな値となるか(Xt≧Ctを満たすか)と、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値(Xt)が基準材料のベーンせん断抵抗値(Ct)に漸近しているか(Xt≦Ct+0.5を満たすか)の2点を判断する。そして、S23において、Xt≧Ctを満たしXt≦Ct+0.5を満たす場合(Ct≦Xt≦Ct+0.5の場合)は、S24に移行し、Xt≧Ctを満たすもののXt≦Ct+0.5を満たさない場合(Xt>Ct+0.5の場合)は、S26に移行し、そもそもXt≧Ctを満たさない場合(Xt<Ct)は、S27に移行する。
S24では、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値(Xt)が準備工程で設定した可使範囲(Umin~Umax)に入っているかを判断する。水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が可使範囲に入っている場合(Yesの場合:Xt≦Umaxの場合)は、積層を開始(S25)し、可使範囲に入っていない場合(Noの場合:Xt>Umaxの場合)は、次に得られる水硬性組成物のベーンせん断抵抗値に基づいてS23から判断を再度実施する。
S26では、水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加する。流動性向上剤としては、流動性を向上できるものであればよく、例えば、高性能減水剤、減水剤、AE減水剤、高性能AE減水剤、流動化剤などが挙げられる。なお、S26での流動性向上剤の添加量が多過ぎると、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料の値よりも低くなってしまうため、例えば、高性能減水剤を使用する場合は0.001~0.010w/w%(高炉スラグ微粉末、膨張材、消石灰、石灰石微粉末などの粉体に対する割合)の添加量とすればよい。そして、S26の後は、次に得られる水硬性組成物のベーンせん断抵抗値に基づいてS23から判断を再度実施する。
【0017】
S27では、水硬性組成物を静置する。水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料よりも大きな値となるように水硬性組成物を配合しているため、通常、S27には移行しないものの、偶発的に水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料よりも低い値となってしまった場合の措置である。なお、S27では、経時的に取得するベーンせん断抵抗値において最も低い値を記録した後であって(つまり流動性のピークが過ぎた後であって)、ベーンせん断抵抗値が可使範囲に入るまで、水硬性組成物の静置を行い、その後、積層を開始(S25)する。S27に移行する場合は、水硬性組成物の流動性が基準材料よりも高くなっていることから、仮に、水硬性組成物の流動性のピークが過ぎる前に積層を開始してしまうと、積層体に垂れが発生してしまう可能性がある。つまり、S27は、このような事態の発生を防止するための措置である。
【0018】
(積層工程)
積層工程では、水硬性組成物の流動性指標が可使範囲に入った後に、水硬性組成物の積層を開始する。
積層工程での積層処理は、一般的な3Dプリンティング用の装置を使用すればよく、例えば、水硬性組成物を貯留するホッパー、水硬性組成物を所定箇所に排出するノズル、ホッパー内の水硬性組成物をノズルに移送する移送機構などで構成される装置を使用すればよい。
【0019】
(積層時間調整工程)
積層時間調整工程では、積層の開始後において、水硬性組成物の流動性指標の経時変化と可使範囲とに基づいて推定される積層可能時間が、積層に必要となる残り時間よりも短い場合に、水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加する。
図3は、積層時間調整工程における作業の手順を示したフローチャートである。
図4は、積層可能時間の推定方法を説明するグラフである。
まず、積層時間調整工程S3では、積層開始(S25)の後、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化と可使範囲とに基づいて積層可能時間を推定(S30)する。詳細には、S30では、
図4に示すように、経時的に取得したベーンせん断抵抗値において、最も低い値以降の連続する3つの測定値から、ベーンせん断抵抗値の仮想線(点線)を導き出す。そして、仮想線が可使範囲の上限値(Umax)に到達するまでの時間を積層可能時間Teとして推定する。なお、仮想線は、最小二乗法による近似直線の算出など、一般的な方法で算出すればよい。
【0020】
次に、S30で算出した積層可能時間Teが積層に必要な残り時間Trよりも長いかを判断(S31)する。積層可能時間が積層に必要な残り時間よりも長い場合(Yesの場合:Te≧Trの場合)は、積層体が完成するまで積層を実施(S32)し、積層可能時間が積層に必要な残り時間よりも長い場合(Yesの場合:Te<Trの場合)は、S33に移行する。
S33では、水硬性組成物に対して流動性向上剤を添加する。なお、流動性向上剤は、流動性調整工程で説明したとおりである。そして、S33の後は、その後に得られる水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の連続する3つの測定値に基づいてS30から推定作業を再度実施する。
以上の流れに沿って、本実施形態に係る積層体の製造方法により、積層体を製造することができる。
【0021】
[別実施形態]
本実施形態に係る積層体の製造方法では、S11において可使範囲の一例として0.4~0.9kPaを挙げたが、高い品質が要求される場合は狭い範囲(例えば、0.5~0.8kPa)、そうでない場合は広い範囲(例えば、0.4~1.0kPa、0.3~1.0kPa)としてもよく、更には、使用する材料に応じて適宜変更してもよい。
本実施形態に係る積層体の製造方法では、S23において「Xt≦Ct+0.5」との指標を用いて水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料に漸近しているかを判断したが、前記式中の切片は、適宜変更(例えば、0.3~0.8の間の数値)してもよい。
本実施形態に係る積層体の製造方法では、S30において水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の連続する3つの測定値を用いて積層可能時間を推定したが、より正確に推定するため、推定に用いる測定値を4つ、5つ以上など、適宜、増やしてもよい。
【実施例0022】
[材料]
実施例で使用したベース材料、基準材料、水硬性組成物の各配合を表1に示すとともに、使用した各材料の詳細を表2に示した。
なお、表1に示すベース材料、基準材料、水硬性組成物は、セメントゼロ型(環境配慮型)の材料である。
【0023】
【0024】
【0025】
[試験内容]
実施例における積層体の製造方法は、基本的には本実施形態で説明した製造方法に沿って実施したが、詳細な条件については、
図1~3に示すステップ記号を用いながら、以下に説明する。
(準備工程)
基準材料の配合については、表1に示す配合に決定(S10)した。そして、基準材料のベーンせん断抵抗値の可使範囲を0.4~0.9kPaと特定(S11)した。
次に、基準材料を混練した後、加水から経時変化するベーンせん断抵抗値を測定(S12)した。なお、基準材料の混練は、ミキサ内において、以下の手順(1)~(6)で実施した。
(1)水以外の材料を3分間混練
(2)加水し、2分間混練
(3)かき落とし
(4)2分間混練
(5)5分間静置
(6)1分間混練
混練の後、引き続きミキサ内で基準材料を保管しつつ、以下の手順(7)と(8)とを繰り返してベーンせん断抵抗値を測定(S12)した。
(7)5分間静置
(8)2分攪拌した後、ベーンせん断抵抗値を測定
そして、基準材料のベーンせん断抵抗値が可使範囲に入った後(0.9kPa以下となった後)は、基準材料を3Dプリンティング装置のホッパーに投入し、適宜、ケレン棒で基準材料を突き、約10分ごとにベーンせん断抵抗値を測定(S12)した。
なお、ベーンせん断抵抗値の測定は、地盤工学会基準(JGS 1411-012)の「原位置ベーンせん断試験方法」に規定の方法で実施した。
【0026】
図5は、実施例における基準材料のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフである。
図5に示すように、基準材料のベーンせん断抵抗値の最低値Cminが可使範囲の下限値Umin以上であったため(S13でYes)、
図5に示す点線の曲線を「目標経時曲線」として採用(S14)した。
【0027】
(流動性調整工程)
目標経時曲線を
図5に示すものに決定(S20)した。また、水硬性組成物の配合を表1に示す配合に決定(S21)した。なお、水硬性組成物の配合は、基準材料と比較して、高性能減水剤の量を少なくして、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料よりも僅かに大きい値となるようにした。
次に、水硬性組成物の混練を開始するとともに、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の測定を開始(S22)した。なお、水硬性組成物の混練とベーンせん断抵抗値の測定は、前記した基準材料と同様の手順で実施した。
【0028】
図6は、実施例における基準材料と水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフである。なお、
図6における点線の曲線が目標経時曲線であり、実線の曲線が水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化の結果である。
取得した水硬性組成物のベーンせん断抵抗値について、S23の判断を実施した。測定値を取得するたびにS23の判断を行い、S23→S24→S23やS23→S26→S23を繰り返し、最終的に、
図6に示す時間範囲(加水から37~51分)において、高性能減水剤を水硬性組成物に添加(粉体(高炉スラグ微粉末、膨張材、消石灰、石灰石微粉末)に対する添加量:合計0.007w/w%)した。
その後、加水から67分後(
図6の矢印が示す時点)の水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が0.4~0.9kPaの範囲に入ったことから(S24でYes)、積層を開始(S25)した。
なお、積層は、材料押出(ME)方式の付加製造装置(3Dプリンタ)を用いて実施した。
【0029】
(積層時間調整工程)
図7は、実施例における水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化を示すグラフであって、積層時間調整工程に焦点を当てたグラフである。なお、
図7における実線の曲線が水硬性組成物のベーンせん断抵抗値の経時変化の結果である。
経時的に取得した水硬性組成物のベーンせん断抵抗値において、加水から73分で最も低い値となったため、加水から73分、83分、95分の3つの測定値に基づいて、最小二乗法により近似直線を算出した後、この近似直線と可使範囲の上限値(0.9kPa)に基づいて積層可能時間Teが29分であると算出(S30)した。また、残りの積層量を積層速度で除することにより、積層に必要な残り時間Trが39分であると算出した。
そして、積層可能時間Teの29分が積層に必要な残り時間Trの39分よりも短かったことから(S31でNo)、
図7の矢印が示す時点において、高性能減水剤を水硬性組成物に添加(S33,粉体(高炉スラグ微粉末、膨張材、消石灰、石灰石微粉末)に対する添加量:0.005w/w%)した。
その後、加水から113分、123分、134分の3つの測定値と可使範囲の上限値(0.9kPa)に基づいて積層可能時間を算出すると、「加水から144分まで積層できると」いう結果が得られた。つまり、S33における高性能減水剤の添加によって、水硬性組成物の可使時間が20分延長(124分→144分)され、その結果、積層に必要な時間である「加水から134分」以上となった。
【0030】
[結果の検討]
図6に示すとおり、本発明によると、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が可使範囲に入った後に積層を開始したことから、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が最低値を記録する前(流動性が最も高くなる前)から積層することができた。加えて、本発明によると、水硬性組成物のベーンせん断抵抗値が基準材料よりも大きな値となるように調整していることから、水硬性組成物の流動性がピークの状態でもベーンせん断抵抗値が可使範囲に含まれていた。よって、本発明によると、垂れなどの発生に伴う積層体の品質の低下を招くことなく水硬性組成物の積層可能な時間を長期化でき、水硬性組成物の可使時間が事前に想定した使用時間以上となる可能性を向上できることがわかった。
図7に示すとおり、本発明によると、推定した積層可能時間Teが積層に必要な残り時間Trよりも短かったために高性能減水剤を水硬性組成物に添加したことから、水硬性組成物の積層可能な時間を更に長期化でき、より確実に水硬性組成物の可使時間を事前に想定した使用時間以上にできることがわかった。