(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155608
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】測定流路の処理方法及び液体クロマトグラフィ装置
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20241024BHJP
G01N 30/20 20060101ALI20241024BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
G01N30/88 Q
G01N30/20 L
G01N30/26 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070465
(22)【出願日】2023-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 一輝
(57)【要約】
【課題】各種ヘモグロビンピークを良好に分離する。
【解決手段】検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置の測定流路に、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を流すコンディショニング処理を、ヘモグロビンを分析する前に実行することを含む、測定流路の処理方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置の測定流路に、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を流すコンディショニング処理を、ヘモグロビンを分析する前に実行することを含む、測定流路の処理方法。
【請求項2】
前記ヘモグロビンは、ヘモグロビンA0とヘモグロビンA2とを含む、請求項1に記載の測定流路の処理方法。
【請求項3】
前記アルブミンはウシ血清アルブミンである、請求項1に記載の測定流路の処理方法。
【請求項4】
前記アルブミンはウシ血清アルブミンである、請求項2に記載の測定流路の処理方法。
【請求項5】
前記測定流路を次亜塩素酸で洗浄した後に、前記コンディショニング処理を実行する、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の測定流路の処理方法。
【請求項6】
測定流路を有するとともに、前記測定流路に検体を流すことで該検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置であって、
前記測定流路が、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液でヘモグロビンの測定前にあらかじめコンディショニング処理されている、液体クロマトグラフィ装置。
【請求項7】
測定流路を有するとともに、前記測定流路に検体を流すことで該検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置であって、
アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を測定流路に供給する供給装置を備える、液体クロマトグラフィ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフィによるヘモグロビン分析における測定流路の処理方法及び液体クロマトグラフィ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血液中のヘモグロビンは様々な疾患の診断材料となる。たとえば、HbAが糖化したHbA1cは糖尿病の診断指標であり、HbA2はサラセミア症の診断指標である。これらのヘモグロビンは様々な測定原理により測定される。たとえば、陽イオン交換クロマトグラフィでは各種ヘモグロビンのピークを分離して面積を算出することでそのヘモグロビン種の割合を算出して、これを測定値としている。この測定値は、液体クロマトグラフィのカラムの下流に設けられた光学セルにヘモグロビンの吸収波長の光を照射して得られる吸光度を基に求められる。上記のような疾患を高い精度で診断するためにヘモグロビンの測定も高い精度が求められ、ヘモグロビンのピークを良好に分離することが求められている。
【0003】
液体クロマトグラフィ装置では、カラムや光学セルに高圧がかけられるため、機械的強度を担保するため流路を有する部材はステンレス等の金属で形成されていることが多い。一方で、流路の金属面には検体のタンパク質成分が非特異的に吸着するため、測定結果に影響を及ぼすこともある。この点に鑑み、下記特許文献1には、多孔質金属フィルターを使用した液体クロマトグラフィ用カラムをポリリジンでコンディショニングすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高速液体クロマトグラフィでヘモグロビン分析を繰り返すうちに測定流路が汚れるため、定期的に洗浄を行う必要がある。しかし、洗浄直後に実施したヘモグロビン分析では、隣接するピークの分離度がかえって悪化する場合があった。これは、ヘモグロビンが、測定流路の清浄な金属表面に吸着することが一因と考えられる。
【0006】
本開示の測定流路の処理方法は、液体クロマトグラフィの測定流路へのヘモグロビンの吸着の抑制を図り、隣接ピークの分離能を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の測定流路の処理方法は、検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置の測定流路に、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を流すコンディショニング処理を、ヘモグロビンを分析する前に実行する。
【発明の効果】
【0008】
本開示の処理方法によれば、ヘモグロビンの隣接ピークの分離能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態の液体クロマトグラフィ装置の概要を表す模式図である。
【
図2】第2実施形態の液体クロマトグラフィ装置の概要を表す模式図である。
【
図3】ヘモグロビン分析クロマトグラムの一例である。
【
図4】隣接する2つのピークの分離度を説明するための仮想的なヘモグロビン分析クロマトグラムである。
【
図5】光学セルの洗浄前と洗浄後とを比較したヘモグロビン分析クロマトグラムである。
【
図6】光学セル洗浄後のHbA2ピーク値の推移を示すグラフである。
【
図7】光学セル洗浄直後の測定と、その後300回目の測定とを比較したクロマトグラムである。
【
図8】光学セル洗浄後のHbA0ピークとHbA2ピークとの分離度の推移を示すグラフである。
【
図9】各種コンディショニング液によるコンディショニング処理の効果を、HbA2ピーク値で比較したグラフである。
【
図10】各種コンディショニング液によるコンディショニング処理の効果を、HbA0ピークとHbA2ピークとの分離度で比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ヘモグロビンは、複雑な立体構造を有するため、電荷的かつ疎水的な吸着作用が強く、測定流路の配管及び検出器などに使用される金属表面と結合しやすい。そしてヘモグロビン分析の際には、隣接するピーク同士が融合するなどして良好な分離能を得ることができないことがある。その原因は、検体が分析装置に導入されカラムを介して検出器を通過する過程で、検体中のヘモグロビンが測定流路における金属を含む部材と接触して吸着し、検出ピークの幅が拡大することによる。
【0011】
ここで、カラムは耐圧性を要するため、樹脂での置換は困難であり、必然的にステンレスのような、鉄を含む金属が使用される。また、配管についてはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)のような樹脂での代替が進んでいるが、検出器の中は樹脂での置換ができておらず、鉄原子が内側面に露出している部分が存在している。
【0012】
そこで、本実施形態の測定流路の処理方法では、検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置の測定流路に、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を流すコンディショニング処理を、ヘモグロビンを分析する前に実行することで、流路における鉄とヘモグロビンとの非特異的な結合を抑制し、それにより隣接するピークの分離能を向上することができる。
【0013】
コンディショニング液でコンディショニング処理がなされる測定流路は、検体が流れる流路である。具体的には検体がカラムを介してヘモグロビンの検出部の一部を構成する光学セルを通過するまでに検体が通る流路である。たとえば、カラムに検体を導入するインジェクタと、インジェクタの下流に設けられたカラムとを接続する流路と、カラムと、カラムの下流に設けられた検出部とを接続する流路と検出部とを表面処理液で表面処理すればよい。
【0014】
ここで、本開示でいう「コンディショニング」とは、測定流路において検体が接触する部分に、検体の測定対象(具体的にはヘモグロビン)とは無関係のタンパク質を含む液(すなわち、本開示でいうコンディショニング液)をあらかじめ接触させることで、表面にその無関係のタンパク質を非特異的に吸着させることをいう。このコンディショニングにより、検体の測定対象であるヘモグロビンの、測定流路の表面への非特異的吸着が、あらかじめ非特異的に測定流路に吸着している無関係のタンパク質により妨げられる。
【0015】
コンディショニング液には、ヘモグロビンとは無関係のタンパク質又はこれを含む物質として、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクが溶解されている。これらアルブミン、カゼイン又はスキムミルクは、これらのうちの少なくとも一つが溶解されていれば、それ以外が溶解されていてもよい。アルブミンとしては、ウシ血清アルブミン(BSA)又はヒト血清アルブミン(HSA)を用いることができるが、ヒトヘモグロビンを測定する意味でより無関係のタンパク質として、BSAを用いることが望ましい。
【0016】
コンディショニング液におけるアルブミン、カゼイン又はスキムミルクの濃度は、0.5~5質量%、望ましくは1~3質量%、さらに望ましくは1.5~2.5質量%である。なお、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクのうち二つ以上がコンディショニング液液に溶解されている場合、上記の濃度はそれらの濃度の合計を意味する。コンディショニング液に用いられる溶媒は、アルブミン及びスキムミルクの場合は精製水が、水に難溶のカゼインの場合はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)がそれぞれ望ましい。
【0017】
測定流路のコンディショニング処理は、コンディショニング液を測定流路の内表面に接触させればよい。たとえば測定流路内部をコンディショニング液で浸漬してもよいし、測定流路にコンディショニング液を通液してもよい。なお、測定流路の内表面の全てをコンディショニング液で表面処理することが好ましいが、金属が露出している測定流路の部分が分かっている場合はその部分のみをコンディショニング処理してもよい。たとえば、測定流路のうちカラムの内表面にのみ金属が露出している場合、そのカラムの内表面のみをコンディショニング処理してもよい。また測定流路の内表面のうち金属が露出している部分の全てをコンディショニング処理することが好ましいが、金属が露出している部分の一部をコンディショニング処理するだけでもよい。
【0018】
なお、液体クロマトグラフィ装置の測定流路は適宜のタイミングで洗浄が行われるが、この洗浄には次亜塩素酸を含む洗浄液を用いるのが効果的である。しかし、次亜塩素酸を含む洗浄液で測定流路を洗浄した直後は、測定流路の金属部分が露出した状態となり、続くヘモグロビン測定の際にヘモグロビンが非特異的吸着を起こしやすくなっている。したがって、本開示のコンディショニング処理は、測定流路を次亜塩素酸で洗浄した後に実行することが望ましい。
【0019】
本開示の測定流路の処理方法は、たとえば
図1に示す第1の実施形態のように模式化した液体クロマトグラフィ装置10により実施される。この液体クロマトグラフィ装置10では、分析対象であるヘモグロビンに適した担体である充填剤21が充填されたカラム20の上流及び下流にそれぞれ測定流路40、50が接続している。上流側の測定流路40のさらに上流には、液体を測定流路40に導入するインジェクタ60が設けられている。インジェクタ60の最上流には溶離液が供給される溶離液供給路61が位置し、その上流には溶離液を貯留する溶離液貯留槽80が位置している。なお、溶離液貯留槽80は、タンク形状には限られず、溶離液が封入された使い捨てのパックであってもよい。
【0020】
一方、溶離液供給路61の下流には溶離液を下流へ送出するポンプ62が位置する。ポンプ62の下流には、上流側の測定流路40に、コンディショニング液を流入させるコンディショニング液流路64と、検体を流入させる検体流路65とを合流させる導入部63が位置している。
【0021】
溶離液貯留槽80は複数の領域(又は複数のパック)に区分され、複数種類の溶離液がそれぞれ互いに混じり合わないように貯留されている。ポンプ62は溶離液貯留槽80に貯留された複数種類の溶離液を任意の割合で混合して下流に送出することができる。カラム20の下流の測定流路50には、測定流路50中にヘモグロビンの吸収波長を含む光(図中矢印で示す)を照射する光源71と、測定流路50と接続する流路が設けられた、光源71から照射された光が透過する光学セル73と、光学セル73内を通過した光を受光する検出器72とが設けられている。測定流路50において、光源71と光学セル73と検出器72とによってヘモグロビンが検出される部分が検出部70である。
【0022】
第1の実施形態の液体クロマトグラフィ装置10では、コンディショニング液を収容した適宜の容器(たとえば、シリンジ等)がコンディショニング処理の度に、コンディショニング液流路64に接続されて流路へ注入される。これによって、測定流路40、50を有するとともに、測定流路40、50に検体を流すことで検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィ装置10において、測定流路40、50が、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液で、ヘモグロビンの測定前にあらかじめコンディショニング処理される。
【0023】
一方、
図2に示す第2の実施形態の液体クロマトグラフィ装置10は充填剤21が充填されたカラム20、カラム20のそれぞれ上流及び下流に位置する測定流路40、50、溶離液供給路61、ポンプ62、導入部63、コンディショニング液流路64、検体流路65を有するインジェクタ60、光源71、光学セル73及び検出器72を有する検出部70については第1の実施形態の液体クロマトグラフィ装置10と同様である。しかし、第2の実施形態の液体クロマトグラフィ装置10は、コンディショニング液流路64の上流に、アルブミン、カゼイン又はスキムミルクを溶解したコンディショニング液を測定流路に供給する供給装置90を備える点で、第1の実施形態の液体クロマトグラフィ装置10と相違する。
【0024】
供給装置90は、コンディショニング液を貯留するコンディショニング液貯留槽91と、コンディショニング液をコンディショニング液流路64に送出するポンプ92とで構成される。供給装置90のポンプ92は、インジェクタ60のポンプ62と同様に、図示しない制御装置によって制御される。これによって、測定流路40、50のコンディショニング処理を、たとえば、所定の測定回数を消化した後であるとか、所定の時間ごとであるとかの、所定のタイミングで実行させるようにすることができる。
【0025】
本実施例では、インジェクタ60の導入部63に検体流路65を経て導入された検体は、上流側の測定流路40、カラム20及び下流側の測定流路50、光学セル73の順に流れる。ここで、光学セル73に備わる流路の内表面にも金属が露出している。そのため、検体が流れる光学セル73の流路をあらかじめコンディショニング処理することで、検体に含まれるヘモグロビンが検出部70に到達する過程において、測定流路50との非特異的な吸着が妨げられることになる。
【0026】
コンディショニング処理の後、溶離液を測定流路40に送出後、検体流路65からインジェクタ60内の導入部63に検体が導入される。そして各ヘモグロビン分画に適した適宜の組成の溶離液が順次、測定流路40へ送出される。溶離液とともに測定流路40に導入された検体はカラム20へ送出され、検体に含まれるヘモグロビンはここで各ヘモグロビン分画に分離される。分離されたヘモグロビン分画は、カラム20の下流の測定流路50に設けられた検出部70によって吸光度が測定される。そして、検体が測定流路40に導入された時間からの経過時間に対する吸光度を示したクロマトグラムが得られる。
【0027】
上記のヘモグロビンを分析したときのクロマトグラムの一例を
図3に示す。このクロマトグラムでは、溶出時間9.8秒付近でHbA1cピークが現れ、溶出時間18.8秒付近でHbA0ピークが現れ、溶出時間22.2秒付近でHbA2ピークが現れている。
【0028】
ここで、
図4に示す仮想的なヘモグロビン分析クロマトグラムのように、分析対象となる2つのピークを想定する。この
図4のクロマトグラムにおける縦軸及び横軸は、
図3と同様に吸光度及び溶出時間(秒)である。そして、図中左側のピーク(以下「第1ピーク」とする。)の頂点に対応する溶出時間をt
R1とし、図中右側のピーク(以下「第2ピーク」とする。)の頂点に対応する溶出時間をt
R2とする。また、第1ピークの高さをh
1とし、第2ピークの高さをh
2としたとき、第1ピークにおいて高さ0.5h
1におけるピークの幅(以下、「半値幅」(単位は時間(秒))とする。)をW
0.5h1、及び第2ピークにおいて高さ0.5h
2における半値幅をW
0.5h2とする。このとき、第1ピークと第2ピークとの分離度Rは、下記数式にて定義される。
【0029】
【0030】
すなわち、上記数式にてtR2-tR1で定義されるピーク間距離(換言すると、ピークが生ずる時間差)が大きいほど、また、各ピークの幅が小さいほど、2つのピークの分離度は高くなる。
【実施例0031】
(1)測定流路洗浄の影響
液体クロマトグラフィ装置によるヘモグロビン分析において、測定流路を洗浄することによるピークの分離度への影響を調べた。具体的には、まず、検出部において、ステンレス製の光学セルの導入口から、カラムからの配管接続部を取り外した。次に、シリンジを用いて、0.5質量%次亜塩素酸ナトリウム溶液2mLを光学セルの導入口から注入して、光学セル内の測定流路を次亜塩素酸ナトリウム溶液で満たし、この状態で5分間静置した。これにより、光学セル内の測定流路に吸着したタンパク質は酸化分解されると推測される。その後、光学セル73の導入口にカラムからの配管接続部を装着し、溶離液を十分量送出して、光学セル内の次亜塩素酸ナトリウム溶液を排出し、溶離液で置換した。
【0032】
上記の測定流路の洗浄の前後で、検体としてのヒト血液のヘモグロビン分析を実施した。ヘモグロビン分析は以下のとおりに行った。
【0033】
(1-1)溶離液
溶離液として、以下の溶離液A~Cを調整した。溶離液Aとして、リン酸二水素ナトリウム二水和物を1.44質量%及びリン酸水素二ナトリウムを0.16質量%の水溶液を調整し、pH5.08に調整した。溶離液Bとして、リン酸二水素ナトリウム二水和物を0.02質量%及びリン酸水素二ナトリウムを0.50質量%の水溶液を調整し、pH8.0に調整した。溶離液Cとして、リン酸二水素ナトリウム二水和物を0.12質量%及びリン酸水素二ナトリウムを0.33質量%の水溶液を調整し、pH6.82に調整した。
【0034】
(1-2)分析方法
まず、カラムに溶離液Aを流して平衡化したのち、希釈した所定量の検体をカラムに導入した。そして、溶離液Aを13秒間流して、HbF及びHbA1cを溶出した。次いで、溶離液Aと溶離液Cとを1:9の割合で混合した液を5秒間流してHbA0を溶出した。次いで、溶離液Cを17秒間流してHbA2を溶出した。次いで、溶離液Bを2秒間流して分析カラムに残ったヘモグロビンを全て溶出した。最後に、溶離液Aを5秒間流した。検出部における測定波長は420nmとし、得られた吸光度からクロマトグラムを作成した。
【0035】
(1-3)測定結果
測定結果は、
図5に示すとおりであった。すなわち、セル洗浄後のクロマトグラムでは、図中の矢印で示すとおり、HbA0ピーク及びHbA2ピークのいずれにおいても、ピークの裾野が広がる、いわゆるテーリングが生じていた。
【0036】
また、クロマトグラムにおけるピーク全体に対する、HbA2ピークの割合(以下、「A2割合」と表記する。)は、洗浄前が2.66%であったのに対し、洗浄後は2.96%となった。これは、テーリングの影響で洗浄後のA2割合が増大したと考えられる。これに伴い、HbA0ピークとHbA2ピークとの分離度(以下、単に「分離度」と表記する。)は、洗浄前が0.767であったのに対し、洗浄後は0.713と、洗浄による悪化が確認された。
【0037】
(2)洗浄後の測定による影響
次に、測定流路の洗浄後、ヘモグロビン分析を繰り返すことによるピークの分離度への影響を調べた。具体的には、上記(1)と同様に光学セル内の測定流路を洗浄してから溶離液で置換したのち、(1)で用いた検体とは異なる検体を用いて、(1)と同様の測定を繰り返して、A2割合(
図6)及び分離度(
図8)を観察した。
【0038】
その結果、
図6に示すように、A2割合は測定を繰り返していくうちに数値が低下していった。これは、測定を繰り返すうちに、測定流路がヘモグロビン蛋白でコーティングされていくことで、測定時におけるヘモグロビンの非特異的な吸着が抑制された結果と推測される。また、洗浄後1回目の測定と、301回目の測定とのヘモグロビン分析クロマトグラムを重複して表示させた
図7によって、測定を繰り返すことでテーリングが抑制されたことが示される。これにより、
図8に示すように、測定を繰り返すことで、分離度が向上していくことも示された。
【0039】
(3)考察
上記(1)の結果より、テーリングの発生、A2割合の変動及び分離度の悪化の原理は次のとおり考えられる。本開示の液体クロマトグラフィ装置では、カラムにより分離されたヘモグロビンが光学セルを通過する際に吸光度が取得されてこれによりクロマトグラムが描かれる。光学セルはステンレス材質で構成されており、一般にステンレスにはタンパク質が吸着することが知られている。よって光学セルを通過するヘモグロビン分子はその一部がステンレス表面への吸着と脱離を繰り返しながら流路内を進んでいくと考えられる。
【0040】
そして、吸着したヘモグロビン分子は遅く溶出されるため、これがテーリングとしてクロマトグラムに現れると考えられる。HbA0ピークのテーリングが顕著なのは、ピークが大きくその分子数が多いため、吸着も発生しやすいためと考えられる。すなわち、HbA0ピークにテーリングが生ずる結果、分離度は悪化し、分離度の悪化に伴い、A2割合が実際よりも大きく算出されたと考えられる。
【0041】
一方、上記(2)の結果から、ヘモグロビン測定を繰り返すことで、血液試料中のタンパク質が光学セルのステンレス表面へと吸着していき、ヘモグロビン分子が吸着できる箇所が徐々に少なくなっていくことで、ヘモグロビンの吸着が抑制され、結果テーリングも抑制されると考えられる。すなわち、新品の光学セル又は洗浄直後の光学セルではテーリングが発生し、測定を繰り返して既にタンパク質が吸着した光学セルではテーリングは発生しないと考えられる。
【0042】
新品の光学セル又は洗浄直後の光学セルでは、上記したように、テーリングが発生しやすく分離度が悪化するためA2割合を正確に測定することが困難である。よって、上記(2)の結果から示唆されるように、検体の測定前に、光学セルの測定流路を安定化させる必要がある。この安定化のためには、測定対象の検体を用いて測定を繰り返せばよいが、300回以上の測定を繰り返すことは時間面及びコスト面から現実的ではない。
【0043】
そこで、測定を繰り返すことによる測定流路の安定化に代わり、測定系とは無関係のタンパク質溶液を光学セルの測定流路に流すコンディショニング処理により同様の効果が得られるかどうか、以下で検証した。
【0044】
(4)コンディショニング処理の効果
(4-1)コンディショニング液
下記の表1に示す材料を、最終タンパク質濃度2質量%に精製水で溶解して、コンディショニング液を調整した。ただし、カゼインは水に難溶のため、PBS(組成:塩化ナトリウム8g/L、塩化カリウム0.2g/L、リン酸水素二ナトリウム1.44g/L、リン酸二水素カリウム0.24g/L、pH:7.4)にて他と同じ濃度に調整した。「溶液1」の「BSA」には「BOVINE SERUM ALBUMIN」(Sigma-Aldorich、A7906-50G)を使用した。「溶液2」の「HSA」には「Albumin, from human serum」(Sigma-Aldorich、A1653-10G)を使用した。「溶液3」の「カゼイン」には「カゼイン,乳由来」(富士フイルム和光純薬、030-01505)を使用した。「溶液4」の「スキムミルク」には「スキムミルク粉末」(富士フイルム和光純薬、190-12865)を使用した。また、「溶液5」の材料として使用した「精度管理物質」とは、液体クロマトグラフィ装置の測定精度管理に用いられる、既知の濃度のヘモグロビン溶液であり、具体的には「ADAMS A1c コントロール」(アークレイ、71285)を使用した。さらに、「溶液7」及び「溶液8」の材料として使用した血球及び全血は、一度-80℃で凍結したのち溶血したものを使用とした。
【0045】
【0046】
(4-2)評価方法
上記表1の各コンディショニング液につき、以下のとおり評価を行った。まず、上記(1)と同様に、光学セル内の測定流路を洗浄してから溶離液で置換した。その後、再び、光学セルの導入口から、カラムからの配管接続部を取り外した。次に、シリンジを用いて、上記各コンディショニング液2mLを光学セルの導入口から注入して、光学セル内の測定流路をコンディショニング液で満たし、この状態で5分間静置した。
【0047】
その後、光学セル73の導入口にカラムからの配管接続部を装着し、溶離液を十分量送出して、光学セル内のコンディショニング液を排出し、溶離液で置換した。この状態で、(1)と同様に血液試料を測定し、A2割合及び分離度を測定した結果をそれぞれ
図9及び
図10に示す。なお、洗浄前の光学セルで測定した結果を陽性対照(図中「(+)」と表示)として、及び、洗浄後コンディショニング処理を行わずに測定した結果を陰性対照(図中「(-)」と表示)として、各図に示す。
【0048】
図9に示すA2割合の結果からは、いずれのコンディショニング液でも、セル洗浄前と同様に、テーリングが十分防がれていることが示された。また、
図10に示す分離度の結果についても、いずれのコンディショニング液でも、コンディショニング処理を行わない場合に比べ、分離度が向上していることが示された。特に、BSAは、セル洗浄前を上回る分離度を示し、特にコンディショニング処理の結果がよいことが示された。
【0049】
なお、精度管理物質、血球及び全血については、テーリングの防止及び分離度の向上の効果は認められたが、タンパク質としてヘモグロビンを含有するため、測定対象をヘモグロビンとする測定系では測定結果に影響を及ぼす懸念があるため、使用は避けた方がよいと思われる。さらに、HSA及び血漿は、いずれもヒト血液由来の物質であり、ヘモグロビンを微量に含有している可能性が否定できないため、同じ理由で使用は避けた方がよいと思われる。以上より、コンディショニング液の材料としては、BSAが最も優れていて、スキムミルク及びカゼインも使用可能であることが分かった。
【0050】
(5)BSAの使用条件
最後に、上記(4)にてコンディショニング液の材料として最も優れていると思われたBSAについて、使用条件を調べた。
【0051】
(5-1)濃度
BSAを、下記表2に示す様々な濃度で精製水に溶解してコンディショニング液を調整した。調整したコンディショニング液を、前記(4-2)と同様にコンディショニング処理に供したのち、(1)と同様に血液試料を測定し、A2割合及び分離度を測定した。その結果を下記表2に併せて示す。なお、表中の「(+)」及び「(-)」については前記(4-2)と同様である。
【0052】
【0053】
上記結果からは、BSA濃度が高いほど、テーリングが生じにくくなり、分離度が向上することが分かった。
【0054】
(5-2)処理時間
BSAを、濃度0.0002%で精製水に溶解してコンディショニング液を調整した。調整したコンディショニング液を、処理時間を下記表3に示すとおりにした他は前記(4-2)と同様にコンディショニング処理に供したのち、(1)と同様に血液試料を測定し、A2割合及び分離度を測定した。その結果を下記表3に併せて示す。なお、表中の「(+)」及び「(-)」については前記(4-2)と同様である。
【0055】
【0056】
上記結果からは、処理時間が長いほど、テーリングが生じにくくなり、分離度が向上することが分かった。