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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024015577
(43)【公開日】2024-02-06
(54)【発明の名称】車両制動制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/172 20060101AFI20240130BHJP
   B60T 8/176 20060101ALI20240130BHJP
【FI】
B60T8/172 Z
B60T8/176 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117721
(22)【出願日】2022-07-25
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】坂口 康平
(72)【発明者】
【氏名】丹山 翔太
(72)【発明者】
【氏名】池松 淳
【テーマコード(参考)】
3D246
【Fターム(参考)】
3D246BA02
3D246BA08
3D246DA01
3D246FA09
3D246GB01
3D246HA64A
3D246HA67B
3D246HA70C
3D246HA72B
3D246HA87B
3D246HB06C
3D246JA15
3D246JB19
3D246JB32
3D246JB33
3D246LA13Z
(57)【要約】
【課題】ABS制御の実施中において制動効率が低下することを抑制すること。
【解決手段】制御装置50は、車両の左右の両車輪の制動力を調整することによって当該左右の両車輪がロックすることを抑制するABS制御を実施する制御部M19を備えている。制御部M19は、上記ABS制御において、左右の両車輪のうち、右車輪を、制動力を増大させる第1車輪とし、左車輪を、第1車輪の制動力未満の範囲で制動力を調整する第2車輪とする右車輪期間と、左車輪を第1車輪とし、右車輪を第2車輪とする左車輪期間とを交互に切り替えるクロス処理を実行するとともに、左車輪期間及び右車輪期間の何れにおいても第2車輪の制動力を増大させるクロス処理を実行する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の左右の両車輪の制動力を調整することによって当該左右の両車輪がロックすることを抑制するアンチロックブレーキ制御を実施する制御部を備え、
前記制御部は、前記アンチロックブレーキ制御において、前記左右の両車輪のうちの一方の車輪を、制動力を増大させる第1車輪とし、前記左右の両車輪のうちの他方の車輪を、前記第1車輪の制動力未満の範囲で制動力を調整する第2車輪とする第1期間と、前記他方の車輪を前記第1車輪とし、前記一方の車輪を前記第2車輪とする第2期間と、を交互に切り替えるとともに、前記第1期間及び前記第2期間の何れにおいても前記第2車輪の制動力を増大させるクロス処理を実行する
車両制動制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記クロス処理において、前記第1車輪の制動力に対する前記第2車輪の制動力の比率が規定比率以下となる範囲で前記第2車輪の制動力を増大させる
請求項1に記載の車両制動制御装置。
【請求項3】
前記車輪の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出するスリップ値導出部を備え、
前記制御部は、前記クロス処理において、
前記第2車輪の制動力を調整するモードとして、前記第2車輪の制動力の減少及び保持のうち、少なくとも減少を行う非増大モードと、前記第2車輪の制動力を増大させる増大モードと、を順番に実行し、
前記非増大モードでの前記第2車輪の制動力の調整中に前記第2車輪の前記スリップ値がスリップ解消判定値未満になったことを条件に、前記モードを前記非増大モードから前記増大モードに移行する
請求項1に記載の車両制動制御装置。
【請求項4】
前記車輪の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出するスリップ値導出部を備え、
前記制御部は、前記クロス処理において、前記第2車輪の前記スリップ値が減速スリップ判定値以下である状況下で前記第1車輪の前記スリップ値が前記減速スリップ判定値を越えた場合に、前記第1車輪と前記第2車輪とを切り替える
請求項1又は請求項2に記載の車両制動制御装置。
【請求項5】
前記車輪の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出するスリップ値導出部を備え、
前記制御部は、前記アンチロックブレーキ制御の実施中において、前記第1車輪の前記スリップ値が減速スリップ判定値以下である状況下で前記第2車輪の前記スリップ値が前記減速スリップ判定値を越えた場合には、前記クロス処理を終了し、前記第1車輪と前記第2車輪との入れ替えを停止して当該第1車輪の制動力が当該第2車輪の制動力よりも大きい状態を維持しつつ、前記第1車輪及び前記第2車輪の前記スリップ値の何れもが前記減速スリップ判定値以下となるように前記第1車輪及び前記第2車輪の制動力を調整するスプリット路面処理を実行する
請求項1又は請求項2に記載の車両制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の左右の両車輪の制動力を調整するアンチロックブレーキ制御を実施する車両制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、車両の車輪がロックすることを抑制して車両挙動の安定化を図るアンチロックブレーキ制御を実施する制御装置を開示している。当該制御装置は、左右の両車輪のうち、車輪速が低い方の車輪に基づいたセレクトロー方式のアンチロックブレーキ制御を実施する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008-126859号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
セレクトロー方式のアンチロックブレーキ制御を制御装置が実施している場合には、左右の両車輪の制動力を車輪速の低い方の車輪に応じた大きさに設定するため、当該両車輪に必要以上の制動力が付与されるおそれがある。この場合、制動効率が低下するおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための車両制動制御装置は、車両の左右の両車輪の制動力を調整することによって当該左右の両車輪がロックすることを抑制するアンチロックブレーキ制御を実施する制御部を備えている。前記制御部は、前記アンチロックブレーキ制御において、前記左右の両車輪のうちの一方の車輪を、制動力を増大させる第1車輪とし、前記左右の両車輪のうちの他方の車輪を、前記第1車輪の制動力未満の範囲で制動力を調整する第2車輪とする第1期間と、前記他方の車輪を前記第1車輪とし、前記一方の車輪を前記第2車輪とする第2期間と、を交互に切り替えるとともに、前記第1期間及び前記第2期間の何れにおいても前記第2車輪の制動力を増大させるクロス処理を実行する。
【0006】
上記車両制動制御装置がアンチロックブレーキ制御のクロス処理を実行している場合では、左右の両車輪のうち、第1車輪の制動力及び第2車輪の制動力の双方が増大される期間がある。しかし、当該期間では第2車輪の制動力が第1車輪の制動力未満である状態が維持される。そのため、第1車輪と比較して第2車輪では減速スリップの度合いが大きくなりにくい。すなわち、第2車輪は、第1車輪と比較してロックしにくい。したがって、アンチロックブレーキ制御の実施中において制動効率が低下することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、車両制動制御装置の一実施形態である制御装置を備える車両の概略を示す構成図である。
図2図2は、同制御装置の機能構成を示すブロック図である。
図3図3は、左右の両車輪に対するアンチロックブレーキ制御としてクロス処理が実行される場合のタイミングチャートである。
図4図4は、左右の両車輪に対するアンチロックブレーキ制御としてスプリット路面処理が実行される場合のタイミングチャートである。
図5図5は、同制御装置の実行装置が実行する処理ルーチンを示すフローチャートである。
図6図6は、同実行装置が実行する処理ルーチンを示すフローチャートである。
図7図7は、両輪ロック状態になったか否かを判定する処理を説明するためのタイミングチャートである。
図8図8は、左右の両車輪に対するアンチロックブレーキ制御の実施中に両輪ロック状態になったと判定される場合のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、車両制動制御装置の一実施形態を図1図8に従って説明する。
図1に示すように、車両10は、複数の車輪と、複数の車輪に付与する制動力を調整するブレーキシステムとを備えている。複数の車輪は、左前輪11と右前輪12と左後輪13と右後輪14とを含んでいる。ブレーキシステムは、前輪制動装置20と2つの後輪制動装置30と制御装置50とを備えている。本実施形態では、制御装置50が「車両制動制御装置」に対応する。
【0009】
<前輪制動装置>
前輪制動装置20は、2つの摩擦ブレーキ21と制動アクチュエータ27とを備えている。複数の摩擦ブレーキ21のうち、1つは左前輪11に対して設けられている一方、残りの1つは右前輪12に対して設けられている。複数の摩擦ブレーキ21は、被摩擦部22と摩擦部23とホイールシリンダ24とをそれぞれ有している。被摩擦部22は前輪11,12と一体に回転するため、摩擦ブレーキ21は、摩擦部23を被摩擦部22に押し付けることによって前輪11,12に制動力を付与できる。ホイールシリンダ24内の液圧が高いほど、摩擦部23を被摩擦部22に押し付ける力が大きくなる。すなわち、摩擦ブレーキ21は、ホイールシリンダ24内の液圧を調整することによって前輪11,12の制動力を調整できる。
【0010】
制動アクチュエータ27は、複数の摩擦ブレーキ21のホイールシリンダ24内の液圧を個別に制御できるように構成されている。制動アクチュエータ27は、ホイールシリンダ24内の液圧を制御することによって前輪11,12の制動力を調整する。
【0011】
<後輪制動装置>
2つの後輪制動装置30のうち、1つは左後輪13に対して設けられている一方、残りの1つは右後輪14に対して設けられている。複数の後輪制動装置30は、被摩擦部31と摩擦部32と電気モータ33と減速機構34と直動変換機構35とをそれぞれ備えている。被摩擦部31は後輪13,14と一体に回転するため、後輪制動装置30は、摩擦部32を被摩擦部31に押し付けることによって後輪13,14に制動力を付与できる。
【0012】
減速機構34は、電気モータ33の回転運動を減速して直動変換機構35に出力する。直動変換機構35は、減速機構34から入力された回転運動を直線運動に変換して摩擦部32に出力する。そのため、後輪制動装置30では、電気モータ33が駆動すると、電気モータ33の出力トルクが減速機構34及び直動変換機構35を介して摩擦部32に伝達される。これにより、摩擦部32が被摩擦部31に接近したり、摩擦部32が被摩擦部31から離間したりする。すなわち、電気モータ33の出力トルクを大きくすることにより、後輪13,14の制動力が大きくなる。
【0013】
<制御装置>
制御装置50には、検出系から信号が入力される。検出系は、4つの車輪速度センサ61,62,63,64と、前後加速度センサ65と、ブレーキセンサ66とを含んでいる。車輪速度センサ61~64は、対応する車輪11~14の回転速度に応じた信号を出力する。前後加速度センサ65は、車両10の前後加速度に応じた信号を出力する。ブレーキセンサ66は、車両10の運転者によるブレーキペダル16の操作に関する情報に応じた信号を出力する。例えば、ブレーキセンサ66は、運転者のブレーキペダル16の操作力又は当該操作力と相関する力を検出するセンサであってもよいし、ブレーキペダル16の操作量を検出するセンサであってもよい。そして、制御装置50は、各種のセンサから入力された信号を基に、制動アクチュエータ27及び複数の電気モータ33を制御する。
【0014】
なお、車輪速度センサ61~64の検出値に基づいた車輪の回転速度を「車輪速度VW」という。詳しくは、左前輪11の車輪速度VWを「車輪速度VW1」といい、右前輪12の車輪速度VWを「車輪速度VW2」といい、左後輪13の車輪速度VWを「車輪速度VW3」といい、右後輪14の車輪速度VWを「車輪速度VW4」という。前後加速度センサ65の検出値に基づいた車両10の前後加速度を「前後加速度GX」という。
【0015】
制御装置50は、車両10の減速時において車輪がロックすることを抑制するアンチロックブレーキ制御を実施する。以降では、アンチロックブレーキ制御を「ABS制御」という。制御装置50は、前輪11,12に対しては車輪毎にABS制御を個別に実施する。一方、制御装置50は、左右の両後輪13,14のうち、少なくとも一方の後輪がロックする可能性ありと判定した場合には、左右の両後輪13,14に対してABS制御を実施する。
【0016】
制御装置50は、実行装置51と記憶装置52とを備えている。例えば、実行装置51はCPUである。記憶装置52は、実行装置51によって実行される制御プログラムを記憶している。
【0017】
図2に示すように、実行装置51は、当該制御プログラムを実行することにより、車体速度導出部M11、スリップ値導出部M13、車輪加速度導出部M15、両輪ロック判定部M17及び制御部M19として機能する。
【0018】
車体速度導出部M11は、複数の車輪11~14の車輪速度VW1~VW4を基に、車両10の車体速度VS0を導出する。例えば車両10の制動時には、車体速度導出部M11は、左右の両後輪13,14のうち、車輪速度VWの高いほうの後輪の車輪速度VWに基づいて車体速度VS0を導出する。
【0019】
スリップ値導出部M13は、複数の車輪11~14の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出する。本実施形態では、スリップ値導出部M13は、車輪のスリップ率SLPをスリップ値として導出する。スリップ値導出部M13は、車体速度VS0から車輪の車輪速度VWを引いた値を車体速度VS0で割った値を、スリップ率SLPとして導出する。左前輪11のスリップ率SLPを「スリップ率SLP1」といい、右前輪12のスリップ率SLPを「スリップ率SLP2」といい、左後輪13のスリップ率SLPを「スリップ率SLP3」といい、右後輪14のスリップ率SLPを「スリップ率SLP4」という。
【0020】
車輪加速度導出部M15は、複数の車輪11~14の車輪加速度DVWを導出する。具体的には、車輪加速度導出部M15は、車輪速度VWを時間微分した値を車輪加速度DVWとして導出する。このため、車輪加速度導出部M15は、車輪速度VWが大きくなる場合には正の値を車輪加速度DVWとして導出する一方、車輪速度VWが小さくなる場合には負の値を車輪加速度DVWとして導出する。左前輪11の車輪加速度DVWを「車輪加速度DVW1」といい、右前輪12の車輪加速度DVWを「車輪加速度DVW2」といい、左後輪13の車輪加速度DVWを「車輪加速度DVW3」といい、右後輪14の車輪加速度DVWを「車輪加速度DVW4」という。
【0021】
両輪ロック判定部M17は、左右の両後輪13,14に対してABS制御が実施されている場合に、左右の両後輪13,14の何れもがロックしている両輪ロック状態になったか否かを判定する。両輪ロック状態になったか否かを判定する処理の具体的な内容については後述する。
【0022】
制御部M19は、ABS制御を実施する。具体的には、制御部M19は、左前輪11のスリップ率SLP1が開始判定用閾値SLPth1を越えた場合、左前輪11がロックする可能性ありと判断できるため、左前輪11の制動力Fx1を調整するABS制御を実施する。制御部M19は、右前輪12のスリップ率SLP2が開始判定用閾値SLPth1を越えた場合、右前輪12がロックする可能性ありと判断できるため、右前輪12の制動力Fx2を調整するABS制御を実施する。制御部M19は、左右の両後輪13,14のうち少なくとも1つの後輪のスリップ率SLPが開始判定用閾値SLPth1を越えた場合、当該後輪がロックする可能性ありと判断できるため、両後輪13,14の制動力Fx3,Fx4を調整するABS制御を実施する。なお、制御部M19が制御する車輪の制動力Fx1~Fx4は、車輪に付与する制動力の指示値である。
【0023】
左右の両後輪13,14に対するABS制御は、クロス処理とスプリット路面処理とを含んでいる。クロス処理は、車両10の走行する路面がスプリット路面ではない場合のABS制御であると云える。スプリット路面処理は、車両10の走行する路面がスプリット路面である場合のABS制御であると云える。スプリット路面とは、左車輪が接地する路面と右車輪が接地する路面とでμ値が大きく異なる路面である。
【0024】
図3を参照し、クロス処理について説明する。図3の(A)では、破線が左後輪13の制動力Fx3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14の制動力Fx4の推移を示している。図3の(B)では、破線が左後輪13のスリップ率SLP3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14のスリップ率SLP4の推移を示している。図3の(C)では、破線が左後輪13の車輪速度VW3の推移を示し、一点鎖線は右後輪14の車輪速度VW4の推移を示し、実線は車体速度VS0の推移を示している。
【0025】
図3に示す例では、タイミングt11から両後輪13,14に制動力Fx3,Fx4が付与され始める。すると、左後輪13の車輪速度VW3、右後輪14の車輪速度VW4及び車体速度VS0の何れもが低下し始める。後輪13,14の制動力Fx3,Fx4が大きくなるにつれ、左後輪13のスリップ率SLP3及び右後輪14のスリップ率SLP4がそれぞれ大きくなる。そしてタイミングt12で、両後輪13,14のスリップ率SLP3,SLP4が開始判定用閾値SLPth1を越えるため、制御部M19はABS制御を実施し始める。具体的には、制御部M19は、ABS制御のクロス処理を開始する。
【0026】
クロス処理は、左右の両後輪13,14のうち、一方の後輪を、制動力を増大させる第1車輪とし、他方の後輪を、第1車輪の制動力未満の範囲で制動力を調整する第2車輪とするABS制御である。制御部M19は、クロス処理において、右後輪14を第1車輪とし、左後輪13を第2車輪とする右車輪期間と、左後輪13を第1車輪とし、右後輪14を第2車輪とする左車輪期間とを交互に切り替える。例えば右車輪期間を第1期間とした場合には左車輪期間が第2期間に該当する。反対に、左車輪期間を第1期間とした場合には右車輪期間が第2期間に該当する。第1車輪のスリップ率SLPを「スリップ率SLPa」とし、第2車輪のスリップ率SLPを「スリップ率SLPb」とする。例えば左後輪13が第1車輪である場合、左後輪13のスリップ率SLP3がスリップ率SLPaに対応し、右後輪14のスリップ率SLP4がスリップ率SLPbに対応する。
【0027】
制御部M19は、クロス処理において、第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2を越えた場合に、第1車輪と第2車輪とを切り替える。減速スリップ判定値SLPth2として、開始判定用閾値SLPth1よりも小さい値が設定されている。例えば、制御部M19は、右車輪期間中において、第2車輪である左後輪13のスリップ率SLP3が減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第1車輪である右後輪14のスリップ率SLP4が減速スリップ判定値SLPth2を越えると、右車輪期間を終了して左車輪期間を開始させる。また、制御部M19は、左車輪期間中において、第2車輪である右後輪14のスリップ率SLP4が減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第1車輪である左後輪13のスリップ率SLP3が減速スリップ判定値SLPth2を越えると、左車輪期間を終了して右車輪期間を開始させる。
【0028】
制御部M19は、クロス処理における第2車輪の制動力を調整するモードとして、非増大モードと、増大モードとを順番に実行する。非増大モードは、第2車輪の制動力を増大させないモードである。具体的には、非増大モードは、第2車輪の制動力の減少及び保持を行うことによって、第2車輪のスリップ率SLPbの減少を図るモードである。増大モードは、第2車輪の制動力を増大させるモードである。具体的には、増大モードは、第1車輪の制動力に対する第2車輪の制動力の比率が規定比率以下となる範囲で第2車輪の制動力を増大させる。規定比率は、100%未満の値である。例えば、70%以上であって且つ90%以下の値が規定比率として設定されている。
【0029】
なお、制御部M19は、非増大モードでの第2車輪の制動力の調整中に第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になったことを条件に、モードを非増大モードから増大モードに移行する。スリップ解消判定値SLPth3は車輪の減速スリップが解消されたか否かの判断基準である。スリップ解消判定値SLPth3として、減速スリップ判定値SLPth2よりも小さい値が設定されている。
【0030】
制御部M19がクロス処理を実行している場合に、第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2を越えることがある。この場合、車両10の走行する路面がスプリット路面になったと判断できるため、制御部M19はクロス処理を終了してスプリット路面処理を実行する。
【0031】
図4を参照し、スプリット路面処理について説明する。図4の(A)では、破線が左後輪13の制動力Fx3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14の制動力Fx4の推移を示している。図4の(B)では、破線が左後輪13のスリップ率SLP3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14のスリップ率SLP4の推移を示している。
【0032】
図4に示す例では、タイミングt21から両後輪13,14に制動力Fx3,Fx4が付与され始める。すると、制動力Fx3,Fx4が大きくなるにつれ、左後輪13及び右後輪14の何れにおいてもスリップ率SLP3,SLP4が大きくなる。そしてタイミングt22で、両後輪13,14のうち、左後輪13のスリップ率SLP3が開始判定用閾値SLPth1を越えるため、制御部M19はABS制御を実施し始める。タイミングt22以降における制御部M19の処理がスプリット路面処理である。
【0033】
スプリット路面処理は、左右の両後輪13,14のうち、スリップ率SLPの小さい方の後輪を第1車輪とし、スリップ率SLPの大きい方の後輪を第2車輪とするABS制御である。制御部M19は、スプリット路面処理において、第1車輪と第2車輪との切り替えを行わない。図4に示す例では、制御部M19は、右後輪14を第1車輪とし、左後輪13を第2車輪とする状態を維持した上で、左後輪13及び右後輪14のスリップ率SLP3,SLP4の何れもが減速スリップ判定値SLPth2以下となるように左後輪13及び右後輪14の制動力Fx3,Fx4を調整する。具体的には、制御部M19は、第1車輪と第2車輪との入れ替えを停止して第2車輪の制動力が第1車輪の制動力よりも大きい状態を維持しつつ、第1車輪及び第2車輪の制動力を調整する。例えば第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2を越えた場合、制御部M19は、第1車輪及び第2車輪の制動力の双方を減少させる。制動力を減少させることによって第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になると、制御部M19は、第1車輪及び第2車輪の制動力の双方を増大させる。
【0034】
制御部M19がスプリット路面処理を実行している場合に、第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2を越えることがある。この場合、車両10の走行する路面がスプリット路面ではなくなったと判断できるため、制御部M19はスプリット路面処理を終了してクロス処理を実行する。
【0035】
<左右の両後輪に対してABS制御を実施する際の処理の流れ>
図5を参照し、左右の両後輪13,14に対してABS制御を開始するか否かを判断したり、当該ABS制御を終了するか否かを判断したりするための処理ルーチンを説明する。実行装置51は、制御プログラムを実行することにより、本処理ルーチンを所定の制御サイクル毎に繰り返し実行する。
【0036】
本処理ルーチンにおいてステップS11では、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、ABS実施フラグFLG1にオフがセットされているか否かを判定する。左右の両後輪13,14に対するABS制御が実施されている場合にはABS実施フラグFLG1にオンがセットされる一方、当該ABS制御が実施されていない場合にはABS実施フラグFLG1にオフがセットされる。実行装置51は、ABS実施フラグFLG1にオフがセットされている場合(S11:YES)、処理をステップS13に移行する。一方、実行装置51は、ABS実施フラグFLG1にオンがセットされている場合(S11:NO)、処理をステップS21に移行する。
【0037】
ステップS13において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、左右の両後輪13,14に対するABS制御の開始条件が成立しているか否かを判定する。以下の2つの条件のうち少なくとも一方が成立している場合は、開始条件が成立していると見なす。一方、2つの条件の何れもが成立していない場合は、開始条件が成立していないと見なす。
・左後輪13のスリップ率SLP3が開始判定用閾値SLPth1を越えていること。
・右後輪14のスリップ率SLP4が開始判定用閾値SLPth1を越えていること。
【0038】
実行装置51は、開始条件が成立していると判定した場合(S13:YES)、処理をステップS15に移行する。一方、実行装置51は、開始条件が成立していないと判定した場合(S13:NO)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0039】
ステップS15において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、ABS実施フラグFLG1にオンをセットする。ステップS17において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、条件係数KNを1とする。条件係数KNは、クロス処理を実行するかスプリット路面処理を実行するかを決めるための係数である。本実施形態では、開始条件が成立してABS制御を開始する際には、クロス処理を選択するために条件係数KNに1がセットされる。その後、実行装置51は本処理ルーチンを一旦終了する。
【0040】
ステップS21において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、左右の両後輪13,14に対するABS制御を終了させるための終了条件が成立しているか否かを判定する。例えば、実行装置51は、車両10が停止したり、後輪13,14に対する制動要求がなくなったりすると、終了条件が成立したと判定する。実行装置51は、終了条件が成立していると判定した場合(S21:YES)、処理をステップS27に移行する。一方、実行装置51は、終了条件が成立していないと判定した場合(S21:NO)、処理をステップS23に移行する。
【0041】
ステップS23において、実行装置51は、両輪ロック判定部M17として機能することにより、両輪ロック状態になったか否かを判定する。実行装置51は、両輪ロック状態になったと判定した場合(S23:YES)、処理をステップS25に移行する。一方、実行装置51は、両輪ロック状態になっていないと判定した場合(S23:NO)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0042】
ステップS25において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、両輪ロックフラグFLG2にオンをセットする。その後、実行装置51は本処理ルーチンを一旦終了する。
【0043】
ステップS27において、実行装置51は、制御部M19として機能することにより、ABS実施フラグFLG1及び両輪ロックフラグFLG2の双方にオフをセットする。その後、実行装置51は本処理ルーチンを一旦終了する。
【0044】
図6を参照し、左右の両後輪13,14に対するABS制御を実施するための処理ルーチンを説明する。実行装置51は、制御プログラムを実行することにより、本処理ルーチンを所定の制御サイクル毎に繰り返し実行する。本処理ルーチンを構成する複数のステップS41~S63は、実行装置51が制御部M19として機能することによって実行される処理である。
【0045】
本処理ルーチンにおいてステップS41では、実行装置51は、ABS実施フラグFLG1にオンがセットされているか否かを判定する。実行装置51は、ABS実施フラグFLG1にオンがセットされている場合(S41:YES)、処理をステップS43に移行する。一方、実行装置51は、ABS実施フラグFLG1にオフがセットされている場合(S41:NO)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0046】
ステップS43において、実行装置51は、両輪ロックフラグFLG2にオフがセットされているか否かを判定する。実行装置51は、両輪ロックフラグFLG2にオフがセットされている場合(S43:YES)、処理をステップS45に移行する。一方、実行装置51は、両輪ロックフラグFLG2にオンがセットされている場合(S43:NO)、処理をステップS53に移行する。
【0047】
ステップS45において、実行装置51は、条件係数KNが1であるか否かを判定する。実行装置51は、条件係数KNが1である場合(S45:YES)、処理をステップS47に移行する。一方、実行装置51は、条件係数KNが1ではない場合(S45:NO)、処理をステップS59に移行する。
【0048】
ステップS47において、実行装置51は、左右の両後輪13,14に対するABS制御として上記のクロス処理を実行する。ステップS49において、実行装置51は、以下の2つの条件が成立しているか否かを判定する。2つの条件の何れもが成立している場合は、車両10の走行する路面がスプリット路面になったと見なせる。
・第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2以下であること
・第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2よりも大きいこと。
【0049】
実行装置51は、2つの条件の何れもが成立している場合(S49:YES)、処理をステップS51に移行する。一方、実行装置51は、2つの条件のうち、少なくとも一方が成立していない場合(S49:NO)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0050】
ステップS51において、実行装置51は条件係数KNを2とする。その後、実行装置51は本処理ルーチンを一旦終了する。
ステップS53において、実行装置51は、第1車輪と第2車輪との入れ替えを指示する。すなわち、実行装置51は、両輪ロック状態になったと判定すると、第1車輪と第2車輪とを入れ替えさせる。そしてステップS55において、実行装置51は、両輪ロックフラグFLG2にオフをセットする。
【0051】
ステップS57において、実行装置51は、左右の両後輪13,14に対するABS制御としてクロス処理を実行しているか否かを判定する。実行装置51は、クロス処理を実行している場合(S57:YES)、処理をステップS47に移行する。すなわち、実行装置51は、クロス処理の実行中に両輪ロック状態になったと判定した場合、第1車輪と第2車輪とを入れ替えた上でクロス処理を継続する。一方、実行装置51は、クロス処理を実行していない場合(S57:NO)、スプリット路面処理を実行中であるため、処理をステップS59に移行する。すなわち、実行装置51は、スプリット路面処理の実行中に両輪ロック状態になったと判定した場合、第1車輪と第2車輪とを入れ替えた上でスプリット路面処理を継続する。
【0052】
ステップS59において、実行装置51は、左右の両後輪13,14に対するABS制御として上記のスプリット路面処理を実行する。ステップS61において、実行装置51は、以下の2つの条件が成立しているか否かを判定する。2つの条件の何れもが成立している場合は、車両10の走行する路面がスプリット路面ではなくなったと見なせる。
・第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2よりも大きいこと。
・第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2以下であること。
【0053】
実行装置51は、2つの条件の何れもが成立している場合(S61:YES)、処理をステップS63に移行する。一方、実行装置51は、2つの条件のうち、少なくとも一方が成立していない場合(S61:NO)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0054】
ステップS63において、実行装置51は、条件係数KNを1とする。その後、実行装置51は本処理ルーチンを一旦終了する。
<両輪ロック状態になったか否かの判定>
図7を参照し、両輪ロック状態になったか否かを判定する処理について説明する。実行装置51は、両輪ロック判定部M17として機能することによって当該処理を実行する。なお、図7の(A)では、破線が左後輪13の車輪速度VW3の推移を示し、一点鎖線は右後輪14の車輪速度VW4の推移を示し、実線は車体速度の実値VSを示し、二点鎖線は車体速度VS0の推移を示している。図7の(B)では、破線が左後輪13のスリップ率SLP3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14のスリップ率SLP4の推移を示している。
【0055】
実行装置51は、両後輪13,14に対してABS制御を実施している場合に、すなわちクロス処理又はスプリット路面処理を実行している場合に、両輪ロック状態になったか否かを判定する処理を実行する。
【0056】
図7におけるタイミングt31からタイミングt32までの期間のように、実行装置51は、両後輪13,14のスリップ率SLP3,SLP4の何れもが両輪減速スリップ判定値SLPth4以上になったことを条件に、両輪ロック状態になったと判定する。両輪減速スリップ判定値SLPth4として、減速スリップ判定値SLPth2以下であって、且つスリップ解消判定値SLPth3よりも大きい値が設定されている。具体的には、実行装置51は、スリップ率SLP3及びスリップ率SLP4の何れもが両輪減速スリップ判定値SLPth4以上である状態の継続時間が規定時間以上になった場合に、両輪ロック状態になったと判定する。規定時間として、左後輪13のスリップ率の実値及び右後輪14のスリップ率の実値の何れもが両輪減速スリップ判定値SLPth4以上であるか否かを判断できる時間の長さが設定されている。
【0057】
タイミングt33からタイミングt34までの期間のように、両後輪13,14の減速スリップの度合いが徐々に大きくなることがある。この場合、両後輪13,14の車輪速度VW3,VW4の低下に合わせ、図7に二点鎖線で示すように車体速度VS0も小さくなる。そのため、両後輪13,14で減速スリップが発生しても、スリップ率SLP3,SLP4が大きくならない。すなわち、両スリップ率SLP3,SLP4の何れもが両輪減速スリップ判定値SLPth4以上にならない。
【0058】
そこで、実行装置51は、以下の条件(A1)及び(A2)の何れもが成立したことを条件に、両輪ロック状態になったと判定する。具体的には、実行装置51は、2つの条件(A1)及び(A2)の何れもが成立している状態の継続時間が規定時間以上になった場合に、両輪ロック状態になったと判定する。
(A1)左後輪13のスリップ率SLP3と右後輪14のスリップ率SLP4との差分が所定差分未満であること。
(A2)左後輪13の車輪加速度DVW3及び右後輪14の車輪加速度DVW4の何れもが車輪加速度判定値DVWth以下であること。
【0059】
スリップ率SLP3とスリップ率SLP4との差分が所定差分未満である場合は、スリップ率SLP3とスリップ率SLP4との差がほとんどないと見なせる。車輪加速度判定値DVWthは、後輪13,14の車輪速度VW3,VW4が低下しているか否かの判断基準である。
【0060】
<本実施形態の作用及び効果>
(1)車両10に制動力が付与されている状況下で、両後輪13,14のうち少なくとも一方でスリップ率SLPが開始判定用閾値SLPth1を越えると、両後輪13,14に対するABS制御としてクロス処理が開始される。図3に示すように、クロス処理では、左後輪13を第1車輪とし、右後輪14を第2車輪とする左車輪期間と、右後輪14を第1車輪とし、左後輪13を第2車輪とする右車輪期間とが交互に切り替えられる。
【0061】
クロス処理は、第2車輪の制動力を制御するモードとして、非増大モード及び増大モードを有している。増大モードで第2車輪の制動力を調整する場合には、第1車輪の制動力未満の範囲で第2車輪の制動力が増大される。すなわち、クロス処理が実行されている場合には、第1車輪の制動力及び第2車輪の制動力の何れもが増大される期間がある。しかし、当該期間では第2車輪の制動力が第1車輪の制動力未満である状態が維持される。そのため、第1車輪と比較して第2車輪では減速スリップが大きくなりにくい。したがって、ABS制御の実施中において左右の両後輪13,14の何れもがロックする状態に陥ることを抑制できる。つまり、ABS制御の実施中において制動効率が低下することを抑制できる。
【0062】
(2)ABS制御の実施中において左右の両後輪13,14の何れもがロックする状態になることを抑制する手法として、第2車輪の制動力を増大させない手法も考えられる。この場合、両後輪13,14の何れもがロックする状態になることは抑制できるものの、左右の両後輪13,14の制動力差が大きくなり、車両10のヨーモーメントが大きくなる。また、車両10全体の制動力も大きくなりにくいため、車両10の減速度が大きくなりにくい。この点、本実施形態では、第2車輪の制動力も増大されるため、左右の両後輪13,14の制動力差が大きくなることを抑制できるとともに、ABS制御の実施に起因する車両10全体の制動力の低下も抑制できる。したがって、ABS制御の実施中において、車両10の減速度の低下を抑制しつつ、車両10のヨーモーメントが大きくなることを抑制できる。
【0063】
(3)図3の(C)における太い破線は、左右輪独立方式のABS制御を実施する場合に導出される車体速度VS1の推移を示している。両後輪13,14の何れもがロックすると、両後輪13,14の車輪速度VW3,VW4が大きく低下するため、車体速度VS1が車体速度の実値と比較して大幅に小さくなることがある。この場合、車輪11~14のスリップ率SLP1~SLP4の導出精度が低下する。
【0064】
この点、左右の両後輪13,14に対するABS制御として上述したような制御を実施することにより、両後輪13,14の何れもがロックする状態に陥ることを抑制できる。そのため、車両10の制動時における車体速度VS0の推定精度が低下することを抑制できる。したがって、車輪11~14のスリップ率SLP1~SLP4の導出精度が低下することも抑制できる。
【0065】
(4)増大モードで第2車輪の制動力を増大させる場合、第1車輪の制動力に対する第2車輪の制動力の比率が規定比率以下となる範囲で第2車輪の制動力が増大される。このため、モードが非増大モードから増大モードに切り替わった際に、第2車輪の制動力が急増することを抑制できる。そのため、第2車輪の制動力を増大させることに起因する車両10の挙動の安定性の低下を抑制できる。
【0066】
(5)本実施形態では、第2車輪の制動力を調整するモードとして非増大モードが実行されると、図3に示したように、第2車輪の制動力がある程度の制動力まで減少されると、第2車輪の制動力が保持される。そして、第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になると、第2車輪の減速スリップが解消されたと判断できるため、モードが非増大モードから増大モードに移行する。すなわち、第2車輪の減速スリップを解消させてから第2車輪の制動力を増大させることが開始される。したがって、ABS制御の実施中において両後輪13,14の何れもがロックする状態になることを抑制する効果をより高くできる。
【0067】
なお、非増大モードによって第2車輪の制動力をある程度の大きさで保持していても、第2車輪の減速スリップがなかなか解消されないことがある。この場合は、第2車輪の制動力をさらに減少させることにより、第2車輪の減速スリップを解消させる。
【0068】
(6)クロス処理を実行している場合に、第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2以下である状況下で第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2を越えてしまうことがある。この場合、第2車輪の接地する路面のμ値が第1車輪の接地する路面のμ値よりも低いスプリット路面を車両10が走行している可能性がある。そのため、クロス処理が終了されてスプリット路面処理が開始される。
【0069】
図4に示したように、スプリット路面処理では、第1車輪と第2車輪との切り替えが停止される。そして、第1車輪の制動力が第2車輪の制動力よりも大きい状態を保持しつつ、第1車輪及び第2車輪の制動力が調整される。具体的には、第1車輪の制動力及び第2車輪の制動力を増大させると、低μ路に接地する第2車輪のスリップ率SLPbが大きくなる。そして、第2車輪のスリップ率SLPbが減速スリップ判定値SLPth2を越えると、第1車輪の制動力及び第2車輪の制動力の何れもが減少される。そして、第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になると、第2車輪の減速スリップが解消されたと判断できるため、第1車輪の制動力及び第2車輪の制動力の何れもが増大される。
【0070】
このようにスプリット路面処理では、高μ路に接地する第1車輪の制動力を、低μ路に接地する第2車輪の制動力よりも大きくしつつも、第1車輪のスリップ率SLPaが大きくなることを抑制できる。したがって、左右の両後輪13,14の何れもがロックする状態に陥ることを抑制できる。さらに、第1車輪の車輪速度VWに基づいて車体速度VS0を導出することにより、車体速度VS0の推定精度が低下することを抑制できる。
【0071】
(7)クロス処理又はスプリット路面処理を実行していても、左右の両後輪13,14の何れもがロックする両輪ロック状態になることがあり得る。例えば、以下に示す条件(B1)、(B2)、(B3)及び(B4)の何れかが成立する場合には、クロス処理又はスプリット路面処理の実行中に両輪ロック状態になる可能性がある。
(B1)左後輪13用の後輪制動装置30の制動特性と右後輪14用の後輪制動装置30の制動特性との間に大きな乖離があること。
(B2)左後輪13が接地する路面のμ値と、右後輪14が接地する路面のμ値との間に大きな乖離があること。
(B3)左後輪13のタイヤのμ値と、右後輪14のタイヤのμ値との間に大きな乖離があること。
(B4)左後輪13のタイヤの直径と、右後輪14のタイヤの直径との間に大きな乖離があること。
【0072】
ここで、制動装置の制動特性とは、制動力の指示値と制動力の実値との比である制動比である。制動比が小さいと、制動力の指示値に対して制動力の実値が小さい。
図8を参照し、左後輪13用の後輪制動装置30の制動特性と右後輪14用の後輪制動装置30の制動特性との間に大きな乖離がある場合のABS制御を説明する。図8に示す例は、左後輪13用の後輪制動装置30の制動比が右後輪14用の後輪制動装置30の制動比よりも小さい場合である。図8の(A)では、破線が左後輪13のスリップ率SLP3の推移を示し、一点鎖線が右後輪14のスリップ率SLP4の推移を示す。図8の(B)では、細い破線が左後輪13の制動力の指示値Fx3の推移を示し、細い一点鎖線が右後輪14の制動力の指示値Fx4の推移を示し、太い一点鎖線が右後輪14の制動力の実値Fx4Rの推移を示す。なお、本例では、右後輪14では制動力の指示値Fx4と制動力の実値Fx4Rとの間に大きな乖離が発生するものの、左後輪13では制動力の指示値Fx3と制動力の実値との間に乖離がほとんど生じない。
【0073】
車両10に制動力が付与されている状況下のタイミングt41で左右の両後輪13,14に対するABS制御が開始される。右後輪14を第1車輪とする一方で左後輪13を第2車輪とするスプリット路面処理が実行されている最中のタイミングt42で、実行装置51は両輪ロック状態になったと判定する。そのため、実行装置51は、第1車輪と第2車輪とを入れ替えた上でスプリット路面処理を継続する。すなわち、タイミングt42以降では、左後輪13が第1車輪となり、右後輪14が第2車輪となる。そのため、左後輪13の制動力の指示値Fx3が右後輪14の制動力の指示値Fx4よりも大きくなるように、左後輪13の制動力の指示値Fx3が増大される一方で、右後輪14の制動力の指示値Fx4が減少される。右後輪14と左後輪13との制動力差がある程度の大きさになるまで、右後輪14の制動力の指示値Fx4は増大されない。
【0074】
図8に示す例では、タイミングt43で、第2車輪である右後輪14のスリップ率SLP4が減速スリップ判定値SLPth2以下である状態で第1車輪である左後輪13のスリップ率SLP3が減速スリップ判定値SLPth2を越える。そのため、スプリット路面処理が終了されてクロス処理が実行されるようになる。すると、第1車輪と第2車輪とが切り替えられる。そして、第1車輪である右後輪14の制動力の指示値Fx4が増大される一方で、第2車輪である左後輪13の制動力の指示値Fx3が減少される。クロス処理では、左後輪13の減速スリップが解消されたタイミングt44から左後輪13の制動力の指示値Fx3が増大される。
【0075】
タイミングt44以降では、左後輪13の制動力の実値と右後輪14の制動力の実値Fx4Rとがほぼ同じとなる。そのため、左後輪13のスリップ率SLP3及び右後輪14のスリップ率SLP4の双方が徐々に大きくなる。すなわち、上記の条件(A1)及び(A2)の双方が成立するようになる。そして、クロス処理の実行中のタイミングt45で、実行装置51は、両輪ロック状態になったと判定し、第1車輪と第2車輪とを入れ替えた上でクロス処理の実行を継続する。
【0076】
ABS制御の実施中に両輪ロック状態になったと判定されると、第1車輪と第2車輪とが切り替えられる。これにより、第1車輪及び第2車輪のうち、スリップ率SLPが大きくなりにくいほうの後輪の制動力が大きくなることが抑制される。その結果、スリップ率SLPが大きくなりにくいほうの後輪のスリップ率SLPが大きくなることを抑制できる。したがって、クロス処理又はスプリット路面処理を実行しているために両輪ロック状態になったとしても、両輪ロック状態を早期に解消できる。
【0077】
(8)例えば、両後輪13,14のスリップ率SLP3,SLP4の何れもが両輪減速スリップ判定値SLPth4以上になった場合に、両輪ロック状態になったと判定される。また、両後輪13,14のスリップ率SLP3,SLP4が大きくならない場合であっても、上記条件(A1)及び(A2)の何れもが成立すると、両輪ロック状態になったと判定される。したがって、両輪ロック状態になったか否かの判定精度を高くできる。
【0078】
<変更例>
上記実施形態は、以下のように変更して実施することができる。上記実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
【0079】
・両輪ロック状態になったと判定した場合には、左右の両後輪13,14のうち、一方の後輪の制動力を保持した上で、他方の後輪の制動力を調整するABS制御を実施してもよい。また、両輪ロック状態になったと判定した場合には、左右の両後輪13,14の制動力差がより大きくなるように、両後輪13,14の制動力を調整するABS制御を実施してもよい。
【0080】
・クロス処理又はスプリット路面処理を実行している場合に、両輪ロック状態になったか否かを判定する処理を実行することは必須ではない。
・実行装置51は、クロス処理の実行中に第2車輪のスリップ率SLPbが第1車輪のスリップ率SLPaよりも大きくなった場合に、クロス処理を終了してスプリット路面処理を開始するようにしてもよい。
【0081】
・実行装置51は、スプリット路面処理の実行中に第1車輪のスリップ率SLPaが第2車輪のスリップ率SLPbよりも大きくなった場合に、スプリット路面処理を終了してクロス処理を開始するようにしてもよい。
【0082】
・後輪13,14に対するABS制御としてクロス処理を実行するのであれば、スプリット路面処理を実行することは必須ではない。
・上記実施形態では、クロス処理を実行している場合、第1車輪のスリップ率SLPaが減速スリップ判定値SLPth2を越えると、第1車輪と第2車輪とを切り替えるようにしているが、これに限らない。例えば、左後輪13を第1車輪としている場合、左後輪13の制動力Fx3を増大している状態の継続時間が所定継続時間に達すると、左後輪13を第2車輪とするとともに右後輪14を第1車輪とすることにより、左後輪13の制動力を減少させる一方で右後輪14の制動力Fx4を増大させるようにしてもよい。
【0083】
・上記実施形態では、第2車輪の制動力を調整する場合、第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になると、モードが非増大モードから増大モードに移行するようにしているが、これに限らない。例えば、非増大モードの開始時点から所定時間が経過すると、モードを非増大モードから増大モードに移行するようにしてもよい。この場合、第2車輪の減速スリップを解消できると想定される時間を、所定時間として設定するとよい。
【0084】
・クロス処理では、以下の2つの条件(C1)及び(C2)のうち、少なくとも一方が成立すると、第2車輪の制動力を調整するモードを非増大モードから増大モードに移行させるようにしてもよい。
(C1)第2車輪のスリップ率SLPbがスリップ解消判定値SLPth3未満になること。
(C2)非増大モードの開始時点から所定時間が経過すること。
【0085】
・非増大モードで第2車輪の制動力を調整する場合、当該制動力を減少させる期間を設けることができるのであれば、制動力を保持する期間を設けないようにしてもよい。
・クロス処理では、第2車輪の制動力が第1車輪の制動力以上にならないのであれば、第2制動力を増大させることにより、第1車輪の制動力に対する第2車輪の制動力の比率が規定比率よりも大きくなってもよい。
【0086】
・左右の両後輪13,14に対するABS制御の開始条件が成立した場合において、両後輪13,14のスリップ率の差分が判定スリップ率差以上であるときには、最初からスプリット路面処理を実行するようにしてもよい。
【0087】
・制御部は、クロス処理において、以下の2つの条件(D1)及び(D2)の何れもが成立した場合に、第1車輪と第2車輪とを切り替えるようにしてもよい。
(D1)第2車輪のスリップ率SLPb(第2車輪のスリップ値)が減速スリップ判定値SLPth2以下であること。
(D2)第2車輪の車輪加速度DVWが車輪加速度判定値DVWth以上である状況下で第1車輪のスリップ率SLPa(第1車輪のスリップ値)が減速スリップ判定値SLPth2を越え、且つ第1車輪の車輪加速度DVWが車輪加速度判定値DVWth以下であること。
【0088】
・制御部は、ABS制御の実施中において、以下の2つの条件(E1)及び(E2)の何れもが成立した場合に、クロス処理を終了し、第1車輪と第2車輪との入れ替えを停止して第1車輪の制動力が第2車輪の制動力よりも大きい状態を維持しつつ、第1車輪及び第2車輪の制動力を調整するスプリット路面処理を実行するようにしてもよい。
(E1)第1車輪のスリップ率SLPa(第1車輪のスリップ値)が減速スリップ判定値SLPth2以下であり、且つ第1車輪の車輪加速度DVWが車輪加速度判定値DVWth以上であること。
(E2)条件(E1)が成立している状況下で、第2車輪のスリップ率SLPb(第2車輪のスリップ値)が減速スリップ判定値SLPth2を越え、且つ第2車輪の車輪加速度DVWが車輪加速度判定値DVW以下であること。
【0089】
・上記実施形態では、車輪の減速スリップの度合いを示すスリップ値としてスリップ率SLPを導出していたが、これに限らない。例えば、車体速度VS0から車輪速度VWを引いた値であるスリップ量を、スリップ値として導出するようにしてもよい。
【0090】
・上記実施形態では、左右の両後輪13,14に対してクロス処理やスプリット路面処理を実行する場合について説明した。しかし、クロス処理及びスプリット路面処理を、左右の両前輪11,12に対して実行するようにしてもよい。
【0091】
・制御装置50は、コンピュータプログラムに従って動作する1つ以上のプロセッサ、各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する専用のハードウェアなどの1つ以上の専用のハードウェア回路又はこれらの組み合わせを含む回路として構成し得る。専用のハードウェアとしては、例えば、特定用途向け集積回路であるASICを挙げることができる。プロセッサは、CPU並びに、RAM及びROMなどのメモリを含み、メモリは、処理をCPUに実行させるように構成されたプログラムコード又は指令を格納している。メモリ、すなわち記憶媒体は、汎用又は専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体を含む。
【0092】
・ブレーキシステムは、複数の車輪11~14の制動力を個別に調整できるのであれば、図1に示したブレーキシステムとは異なる構成であってもよい。
なお、本明細書において使用される「少なくとも1つ」という表現は、所望の選択肢の「1つ以上」を意味する。一例として、本明細書において使用される「少なくとも1つ」という表現は、選択肢の数が2つであれば「1つの選択肢のみ」又は「2つの選択肢の双方」を意味する。他の例として、本明細書において使用される「少なくとも1つ」という表現は、選択肢の数が3つ以上であれば「1つの選択肢のみ」又は「2つ以上の任意の選択肢の組み合わせ」を意味する。
【0093】
<他の技術的思想>
次に、上記実施形態及び変更例から把握できる技術的思想を付記として記載する。
(付記1)前記制御部は、前記左右の両車輪のうち少なくとも1つの車輪の前記スリップ値が開始判定用閾値を超えた場合に前記アンチロックブレーキ制御を開始するようになっており、
前記減速スリップ判定値として、前記開始判定用閾値よりも小さい値が設定されていることが好ましい。
【0094】
(付記2)前記アンチロックブレーキ制御が実施されている場合に、前記左右の両車輪の何れもがロックしている両輪ロック状態になったか否かを判定する両輪ロック判定部を備え、
前記制御部は、前記アンチロックブレーキ制御において、前記両輪ロック状態になったと判定された時点で、前記第1車輪と前記第2車輪とを切り替えることが好ましい。
【0095】
(付記3)前記車輪の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出するスリップ値導出部を備え、
前記両輪ロック判定部は、前記第1車輪の前記スリップ値及び前記第2車輪の前記スリップ値の何れもが両輪減速スリップ判定値以上になったことを条件に、前記両輪ロック状態になったと判定することが好ましい。
【0096】
(付記4)前記車輪の減速スリップの度合いを示す値であるスリップ値を導出するスリップ値導出部と、
前記車輪の回転速度の増大速度である車輪加速度を導出する車輪加速度導出部と、を備え、
前記両輪ロック判定部は、前記第1車輪の前記スリップ値と前記第2車輪の前記スリップ値との差分が所定差分未満であること、及び、前記第1車輪の前記車輪加速度及び前記第2車輪の前記車輪加速度の何れもが車輪加速度判定値以下であることの何れもが成立していることを条件に、前記両輪ロック状態になったと判定することが好ましい。
【符号の説明】
【0097】
10…車両
11~14…車輪
50…制御装置
51…実行装置
52…記憶装置
M13…スリップ値導出部
M17…両輪ロック判定部
M19…制御部
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8