(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155901
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】色素増感型太陽電池作製キット及び色素増感型太陽電池の組み立て方法
(51)【国際特許分類】
H01G 9/20 20060101AFI20241024BHJP
【FI】
H01G9/20 121
H01G9/20 115B
H01G9/20 107B
H01G9/20 107A
H01G9/20 111Z
H01G9/20 305
H01G9/20 113D
H01G9/20 309
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024069108
(22)【出願日】2024-04-22
(31)【優先権主張番号】P 2023070282
(32)【優先日】2023-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】志熊 純一
(72)【発明者】
【氏名】渕上 雄太
(72)【発明者】
【氏名】石岡 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】村上 豪
(57)【要約】
【課題】色素増感型太陽電池作製キットの工作者が、自由に文字や絵柄を着色又は描画することができる色素増感型太陽電池キットを提供する。
【解決手段】電解質層を、色素増感された半導体粒子を有する半導体電極と対向電極とで挟むことにより構成される色素増感型太陽電池の作製キットは、電極基材11上に、導電体12を介して半導体粒子13からなる半導体層14が形成された染色用基板10と、増感色素を有するインクを含む筆記具20と、電解液を収容した電解液容器30と、電解液を封止するための枠体40と、対向電極50とを、有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質層を、色素増感された半導体粒子を有する半導体電極と対向電極とで挟むことにより構成される色素増感型太陽電池の作製キットであって、
電極基材上に、導電体を介して前記半導体粒子からなる半導体層が形成された染色用基板と、
増感色素を有するインクを含む筆記具と、
電解液を収容した電解液容器と、
前記電解液を封止するための枠体と、
対向電極とを、
有することを特徴とする、色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項2】
前記筆記具が、前記インクが充填されたマーキングペン、前記インクが充填された筆ペン、及び筆と前記インクを収容したインク容器とのセットのうち少なくとも1つであることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項3】
前記筆記具が、インクの色が異なる多色セットにより構成されることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項4】
前記電解液が、ヨウ素-ヨウ化物系レドックス対を含むとともに、ヨウ化物イオンのモル量に対する三ヨウ化物イオンのモル量の割合が1%未満であることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項5】
前記対向電極を構成する電極基板が、透明又は半透明であることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項6】
前記電解液に含まれる溶剤が、イソプロパノール又は3-メトキシ-3-メチルブタノールであることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項7】
前記半導体層上に、滲み防止用の複数の微粒子からなる下地層が更に形成されていることを特徴とする、請求項1に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載の色素増感型太陽電池作製キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる方法であって、
前記染色用基板における前記半導体層が形成された部分に、前記筆記具を用いて文字や絵柄を着色又は描画した後、前記枠体を装着し、更に前記枠体内に前記電解液を充填し、その後、前記枠体に前記対向電極を装着することを特徴とする、色素増感型太陽電池の組み立て方法。
【請求項9】
請求項7に記載の色素増感型太陽電池作製キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる方法であって、
前記染色用基板における前記下地層が形成された部分に、前記筆記具を用いて文字や絵柄を着色又は描画した後、前記枠体を装着し、更に前記枠体内に前記電解液を充填し、その後、前記枠体に前記対向電極を装着することを特徴とする、色素増感型太陽電池の組み立て方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素増感型太陽電池の作製キット及び色素増感型太陽電池の組み立て方法に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の太陽電池として、低温でより低コストで製造が可能な有機太陽電池の開発が期待されている。有機太陽電池の中でも色素増感型太陽電池は、製造コストを大幅に削減できる可能性があること、アモルファスシリコン太陽電池と同等な性能を持つこと、着色透明な太陽電池が作れることなど、従来の太陽電池にはない魅力を持つことから、特に注目を浴びている。
【0003】
色素増感型太陽電池は、一般に導電性基材上に、増感色素を吸着した半導体粒子からなる半導体電極と、対向電極と、半導体電極と対向電極との間に保持された電解質層から構成されている。なお、増感色素により光の吸収エネルギーが増し、光電変換効率が高まる。
【0004】
また、色素増感型太陽電池は、簡単に作製することができ、また薄膜シリコンに近いエネルギー変換効率が得られるため、学習教材や研究用途において、色素増感型太陽電池の組み立てキットに対する需要が高まっている。
【0005】
例えば、特許文献1には、光電極部材と、対向電極部材及び電解液から構成される色素増感型太陽電池作製キットが記載されている。この色素増感型太陽電池作製キットでは、対向電極部材が、金属箔からなる不透明導電性基板の上に、鉛筆を用いて黒鉛を含む導電性酸化還元触媒層が形成されている。また、光電極部材では、その中央部分に、導電性基板上に色素増感された半導体微粒子層が形成されている。そして、色素増感型太陽電池キットを用い、導電性酸化還元触媒層の上に、スポイトを用いて電解液を滴下した後、光電極部材の色素増感された半導体層と対向電極部材の導電性酸化還元触媒層とが対面するように対向させて、両電極部材を貼り合わせることにより、色素増感型太陽電池を製造している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の色素増感型太陽電池作製キットは、予め半導体微粒子に増感色素が吸着されているため、色素増感型太陽電池作製キットの工作者が、自由に文字や絵柄を着色又は描画することができない。
【0008】
そこで本発明は、色素増感型太陽電池作製キットの工作者が、自由に文字や絵柄を着色又は描画することができる色素増感型太陽電池キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、色素増感型太陽電池作製キットに係る下記[1]の構成により達成される。
【0010】
[1] 電解質層を、色素増感された半導体粒子を有する半導体電極と対向電極とで挟むことにより構成される色素増感型太陽電池の作製キットであって、
電極基材上に、導電体を介して前記半導体粒子からなる半導体層が形成された染色用基板と、
増感色素を有するインクを含む筆記具と、
電解液を収容した電解液容器と、
前記電解液を封止するための枠体と、
対向電極とを、
有することを特徴とする、色素増感型太陽電池作製キット。
【0011】
また、色素増感型太陽電池作製キットに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[7]に関する。
【0012】
[2] 前記筆記具が、前記インクが充填されたマーキングペン、前記インクが充填された筆ペン、及び筆と前記インクを収容したインク容器とのセットのうち少なくとも1つであることを特徴とする、[1]に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
[3]
前記筆記具が、インクの色が異なる多色セットにより構成されることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の色素増感型太陽電池作製キット。
[4] 前記電解液が、ヨウ素-ヨウ化物系レドックス対を含むとともに、ヨウ化物イオンのモル量に対する三ヨウ化物イオンのモル量の割合が1%未満であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の色素増感型太陽電池作製キット。
[5] 前記対向電極を構成する電極基板が、透明又は半透明であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の色素増感型太陽電池作製キット。
[6] 前記電解液に含まれる溶剤が、イソプロパノール又は3-メトキシ-3-メチルブタノールであることを特徴とする、[1]~[5」のいずれか1つに記載の色素増感型太陽電池作製キット。
[7] 前記半導体層上に、滲み防止用の複数の微粒子からなる下地層が更に形成されていることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載の色素増感型太陽電池作製キット。
【0013】
また、本発明の上記目的は、色素増感型太陽電池の組み立て方法に係る下記[8]及び[9]の構成により達成される。
【0014】
[8] [1]~[6]のいずれか1つに記載の色素増感型太陽電池作製キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる方法であって、
前記染色用基板における前記半導体層が形成された部分に、前記筆記具を用いて文字や絵柄を着色又は描画した後、前記枠体を装着し、更に前記枠体内に前記電解液を充填し、その後、前記枠体に前記対向電極を装着することを特徴とする、色素増感型太陽電池の組み立て方法。
[9] [7]に記載の色素増感型太陽電池作製キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる方法であって、
前記染色用基板における前記下地層が形成された部分に、前記筆記具を用いて文字や絵柄を着色又は描画した後、前記枠体を装着し、更に前記枠体内に前記電解液を充填し、その後、前記枠体に前記対向電極を装着することを特徴とする、色素増感型太陽電池の組み立て方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、色素増感型太陽電池作製キットの工作者が、自由に文字や絵柄を着色又は描画することが可能な色素増感型太陽電池キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットの主要内容物を示す模式図であり、(A)は染色用基板、(B)は筆記具、(C)は電解液容器、(D)は枠体、(E)は対向電極をそれぞれ示している。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットの一部である染色用基板の構成を模式的に示す断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットの一部である対向電極を模式的に示す断面図である。
【
図4】
図4は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる手順1を示す模式図である。
【
図5】
図5は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる手順2を示す模式図である。
【
図6】
図6は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる手順3を示す模式図である。
【
図7】
図7は、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる手順4を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態に関して図面を参照して詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0018】
[色素増感型太陽電池キット]
図1に、色素増感型太陽電池キットの主要内容物を模式的に示す。
図1(A)は染色用基板10、
図1(B)は筆記具20、
図1(C)は電解液容器30、
図1(D)は枠体40、
図1(E)は対向電極50を、それぞれ示している。そして、これら内容物が一式、箱や袋等のキット容器(図示せず)に収容されている。なお、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットは、少なくとも染色用基板10、筆記具20、電解液容器30、枠体40及び対向電極50により構成されていればよく、必要によりその他の付随品を更に備えることを妨げるものではない。
【0019】
(染色用基板10)
図2に示すように、染色用基板10(半導体電極)は、電極基材11の一方の面上に、導電体12を介して、単一又は複数の粒径を有する無数の半導体粒子13(半導体微粒子)からなる半導体層14、さらには滲み防止を担う、複数の微粒子16からなる下地層15が、順に形成されて構成されている。なお、本発明の色素増感型太陽電池キットにおける染色用基板10としては、下地層15を備えることが好ましいものの、必ずしも下地層15を必須とするものではない。
【0020】
電極基材11の材質は、特に限定されず、例えばガラス板、プラスチック板、プラスチックフィルム、ステンレス板のような金属板などを用いることができる。
【0021】
導電体12は、白金、金、銀、ルテニウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、クロム、鉄、モリブデン、チタン、タンタル及びこれらの合金等の金属、黒鉛(グラファイト)、カーボンブラック、グラッシーカーボン、カーボンナノチューブ、フラーレン等の炭素材料を用いることができる。また、また、FTO、ITO、ATO、酸化亜鉛、IZO、GZO、AZO等の金属酸化物も用いることができる。
【0022】
半導体粒子13は、多孔質の金属酸化物半導体であることが好ましく、例えば酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズが挙げられ、特に二酸化チタン、さらにはアナターゼ型二酸化チタンであることが好適である。そして、半導体粒子13からなる半導体層14を積み重ね、さらにその上に複数の微粒子16からなる下地層15を積み重ねることで、全体として描画半導体層17となる。この描画半導体層17が形成された部分が、描画領域10a(
図1や
図4等参照)となる。
【0023】
半導体層14は、半導体粒子13を積み重ねて所定の厚さとしたものである。半導体層14は、粒径の揃った半導体粒子13を層状に積み上げてもよいが、
図2に示されるように、導電体12側を小径粒子の層とし、その上に大径粒子の層を積層した2層構造とすることが好ましい、このような2層構造によれば、入射光を大径粒子からなる層で散乱させて光路長を長くする「光封じ込め効果」を利用することができる。この場合、小径粒子の平均粒径は100nm以下であることが好ましく、大径粒子の平均粒径を200nm~700μmとすることが好ましい。
【0024】
さらに、半導体層14は、3層以上の多層構造にすることもでき、導電体12に近い側から順次、大径粒子になるように積層するとよい。また、この場合の半導体層14の厚さは、用いる酸化物やその平均粒径により最適値が異なるが、導電体12に最も近い層が5~15μm、導電体12から最も遠い層が3~10μmであることが好ましい。
【0025】
なお、半導体層14を形成するには、例えばゾルゲル法や、分散体ペーストの塗布、電析や電着させる方法がある。また、半導体層14の厚さは、用いる酸化物により最適値が異なるため特には限定されないが、0.1μm~50μm、好ましくは3~30μmであり、より好ましくは5~15μmである。
【0026】
また、描画半導体層17は、筆記具20を用いて文字や絵柄が着色又は描画されるため、文字や絵柄が滲まないように、半導体層14の上にさらに滲み防止を担う、多孔質の下地層15(多孔質層)が形成されている。
【0027】
下地層15は、無機又は有機の微粒子をバインダー樹脂で結着したものであり、微粒子とバインダー樹脂とで形成された多数の微細な空隙を有する多孔質構造を有する。そして、増感色素を含有するインクを下地層15に塗布し、インク中の溶剤を蒸発させることで増感色素が半導体層に吸着される。その際、下地層15に到達したインクの液滴が、微粒子16とバインダー樹脂とで形成される微細な空隙へと徐々に浸透して行き、さらに半導体層14の半導体粒子13の空隙にまで浸透し、インク中の溶剤が蒸発すると、増感色素が半導体層14の半導体粒子13を被覆した状態となり、半導体粒子13に増感色素が吸着する。それと同時に、下地層15の空隙にも増感色素が残存する(空隙内に増感色素が付着)ために、下地層15は、増感色素の模様が反映されたものとなる。なお、半導体粒子13の全面に増感色素が吸着していてもよく、また、半導体粒子13の表面の一部に増感色素が吸着していてもよい。
【0028】
これに対して下地層15がバインダー樹脂のみの場合には、微粒子16とバインダー樹脂との間の空隙が存在せず、増感色素の空隙への浸透もないため、半導体層14へ到達する増感色素の量が少なくなる。また、液滴に含まれている溶剤がバインダー樹脂を膨潤させるため、増感色素の模様や色彩がぼやけるようになる。
【0029】
下地層15を形成するには、無機又は有機の微粒子16と、バインダー樹脂と、架橋剤とを含有するインクを半導体層14に塗布し、乾燥させる。
【0030】
無機微粒子の種類には特に制限はなく、例えばシリカ、カオリナイト、タルク、軽質炭酸カルシウム、重質炭酸カルシウム、ゼオライト、アルミナ、硫酸バリウム、カーボンブラック、酸化亜鉛、硫酸亜鉛、炭酸亜鉛、二酸化チタン、サチンホワイト、珪酸アルミニウム、ケイソウ土、珪酸カルシウム、水酸化アルミニウム、加水ハロイサイト、炭酸マグネシウム、水酸化マグネシウム等の微粒子が挙げられる。また、有機微粒子の種類にも特に制限はなく、例えばアクリル又はメタアクリル系、塩化ビニル系、酢酸ビニル系、ナイロン、スチレン/アクリル系、スチレン/ブタジエン系、ポリスチレン/アクリル系、ポリスチレン/イソプレン系、メチルメタアクリレート/ブチルメタアクリレート系、メラミン系、ポリカーボネート系、尿素系、エポキシ系、ウレタン系、フェノール系、ジアリルフタレート系、ポリエステル系等の微粒子が挙げられる。中でも、シリカは低屈折率、コスト等の面から好ましく、表面に細孔を有する合成非晶質シリカが更に好ましい。
【0031】
また、微粒子16は、粒径が100μm以下であることが好ましい。微粒子16が100μmよりも大きいと、下地層15の表面が粗面になり、増感色素の模様が乱れるようになる。粒径の下限には制限はないが、小径になるほど下地層15が緻密になり、空隙が狭くなって液滴が浸透し難くなる。
【0032】
さらに、微粒子16は、表面改質されていてもよい。表面改質により、下地層15での微粒子16の分散性が良好になり、バインダー樹脂との結着性が高まる等の効果が得られる。表面処理としては、有機シラン、有機チタネートなどを用いる化学処理、パラフィンワックスやグリコール系を表面に付着させる物理処理などがある。
【0033】
バインダー樹脂は、微粒子16及び半導体層14を形成する金属酸化物半導体との結着性が高いことが好ましく、更には電解質層の溶剤に対する耐性に優れるものが好ましい。例えば、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステルウレタン樹脂、アクリル系樹脂、アラビアゴム、ポリアクリルアミド、スチレン-ブタジエンゴム等の樹脂が挙げられる。
【0034】
架橋剤を併用することにより、耐水性を向上させることができる。架橋剤としては、例えばメラミン樹脂、エポキシ樹脂、イソシアネート、グリオキザール、イソバン、ほう砂、尿素系樹脂等が使用できる。架橋剤の添加量は特に限定されるものではないが、バインダー樹脂100質量部に対して、架橋剤を0.5~50質量部とすることが好ましい。架橋剤が0.5質量部未満では下地層の耐水性が不足することがあり、50質量部を超えると下地層15の膜質や強度が低下する傾向がある。また、架橋剤の反応促進効果を有する触媒化合物を更に添加してもよい。
【0035】
下地層15における微粒子16の含有量は、バインダー樹脂100質量部に対して150~250質量部が好ましい。微粒子16が150質量部よりも少ないと、十分な量の空隙が形成されなくなる。一方、微粒子16が250質量部を超えると、バインダー樹脂が少なすぎて下地層15の強度が低下したり、半導体層14との密着性が低下したりする。
ただし、描画時の書き味や下地層15の強度の面からは、微粒子16がシリカであることが好ましく、また、ポリウレタン系のバインダー樹脂であることが好ましく、その場合は、シリカの含有量はバインダー樹脂100重量部に対して150質量部以下100質量部以上とすることが好ましい。
【0036】
なお、下地層15には、界面活性剤や蛍光染料、蛍光増白剤、可塑剤、紫外線吸収剤、顔料分散剤、抑泡剤、消泡剤、防腐剤等の各種添加剤を目的に応じて適量添加することができる。
【0037】
下地層15の厚さは、2~100μmが好ましい。上記したように、インクの液滴が下地層15に浸透して半導体層14に吸着されるが、下地層15が2μmより薄いと浸透しきれなかった液滴が多くなり、増感色素の模様や色彩がぼやけるようになる。また、下地層15が100μmを超えて厚くなると、下地層15を浸透して半導体層14にまでインクの液滴が到達できず、半導体層14に色素が吸着され難くなる。なお、微粒子16としてシリカ微粒子を用いた場合は、5~50μmが好ましい。
【0038】
(筆記具20)
筆記具20は、例えば増感色素と溶剤とを含有するインクをペンに内蔵したり、筆にインクを付けて使用したりするものであればよい。具体的には、筆記具20が、インクが充填されたマーキングペン(フェルトペンも含む)、インクが充填された筆ペン、及び筆とインクを収容したインク容器とのセットのうち少なくとも1つであることが好ましい。
【0039】
筆記具に含まれる増感色素としては、例えばルテニウム錯体、鉄錯体、銅錯体等の金属錯体色素、シアン系色素、ポルフィリン系色素、ポリエン系色素、クマリン系色素、シアニン系色素、スクアリン酸系色素、メチン系色素、キサンテン系色素、インドリン系色素が挙げられる。
なお、増感色素は1種類のみを用いてもよいが、所望の色を表現するために複数種類を混ぜてもよい。
【0040】
筆記具に含まれる溶剤としては、増感色素を溶解することが可能であれば制限はなく、例えばエタノール、プロパノール、ブタノール、3-メトキシ-3-メチルブタノール、エチレングリコール等のアルコール、トルエン、アセトン、アセトニトリル、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレン等の有機溶媒や水を用いることができるが、万一、口に入ったり、皮膚に付着したりしたとしても、人体に害が及ばないように、人体安全性に優れることも必要であることから、エタノール、3-メトキシ-3-メチルブタノール等の人体安全性に優れるアルコール系や水が好ましい。
また、描画時の摩擦を少なくして描き易くすることや、描画半導体層17の剥離を抑える効果が高いことなどから、筆記具に含まれる溶剤は、沸点が高い方が好ましいが、沸点が高すぎるとインクの乾燥に時間が掛かってしまうため、適度な沸点の高さを有する溶媒、例えば3-メトキシ-3-メチルブタノールが好ましい。
【0041】
インクにおける増感色素の濃度は、使用する色素や溶媒の種類、粘度等に応じて調整することができるが、0.1mM~50mMであることが好ましい。増感色素濃度が0.1mMよりも希薄であると、半導体粒子13への吸着量が少なすぎて吸光効果が不十分である。また、増感色素濃度が50mMを超えると、色素が溶け切らないおそれがあり、特にマーキングペンや筆ペンのペン先が目詰まりを起こす原因となる。
なお、筆記具のインクには、増感色素、溶剤の他に、増感色素溶解助剤、樹脂や、レベリング剤、界面活性剤等、通常用いられる添加剤を適宜用いることができる。
【0042】
また、筆記具20は、
図1に示されるように、インクの色が異なる複数種により構成される多色セットにすることができる。例えば、赤色を呈する増感色素を含有するインクを内蔵する筆記具20a、黄色を呈する増感色素を含有するインクを内蔵する筆記具20b、青色を呈する増感色素を含有するインクを内蔵する筆記具20c等で構成することができる。
【0043】
そして、色素増感型太陽電池作製キットの工作者が、筆記具20を用いて、染色用基板10の描画領域10aに、自由に文字や絵柄を着色又は描画する。その際に、筆記具20からのインクが、下地層15に染み込み、さらに半導体層14にまで染み込むことで、インク中の増感色素が半導体層14に吸着される。したがって、筆記具20における描画半導体層17との接触部(すなわち、ペン先や筆先)により描画半導体層17が損傷しないように、筆記具20としては、上記したマーキングペンや筆ペン、筆とインクとのセットのような、筆記具20における描画半導体層17との接触部が比較的に柔らかい素材で構成されるものを用いることが好ましい。なお、ペン先としては、繊維束、フェルト、樹脂等からなる多孔性の成形物であって、インクがペン先に毛細管現象によって供給されて筆記を可能とするものであることが好ましい。
【0044】
(電解液容器30)
電解液容器30には、電解液が収容されている。電解液は、酸化還元対を溶剤に溶解した溶液であるが、半導体層14に着色又は描画した文字や絵柄が見えるように、透明又は透明に近いことが必要である。また、口に入ったり、皮膚に付着したりしたとしても、人体に害が及ばないように、人体安全性に優れることも必要である。
【0045】
酸化還元対として、光電変換効率に優れるヨウ素系酸化還元対を用いることができる。ヨウ素は、うがい薬や消毒液の他、甲状腺治療にも使用されており、人体安全性も有する。ただし、電解液が褐色系の色相を呈するため、ヨウ化物イオン(I-)のモル量に対する三ヨウ化物イオン(I3
-)のモル量の割合(I3
-/I-)比」が1%未満であることが好ましい。
【0046】
また、電解液に含まれる溶剤としては、非水性有機溶媒、常温溶融塩、プロトン性有機溶媒等を用いることができ、例えばアセトニトリル、メトキシアセトニトリル、3-メトキシプロピオニトリル等のニトリル化合物、γ-ブチロラクトンやバレロラクトン等のラクトン化合物、エチレンカーボネートやプロピレンカーボネート等のカーボネート化合物、酢酸エチル、ポリソルベート等のエステル化合物、ジオキサンやジエチルエーテル、エチレングリコールジアルキルエーテル、低重合度ポリエチレングリコール等のエーテル類、メタノール、エタノール等のアルコール類、スルホラン、エチルメチルスルホン、エチルイソプロピルスルホン等のスルホン酸、ジメチルホルムアミドやイミダゾール類等が挙げられ、口に入ったり、皮膚に付着したりしたとしても、人体に害が及ばないように、人体安全性に優れることも必要である。
また、電解液に含まれる溶剤は、人体安全性に優れる範囲かつ、融点が10℃以下の溶剤であれば、増感色素の溶解能力が低いものが好ましい。例えば、アルコール類であれば、炭素数が多いものであって、特に炭素数3以上であるものが好ましく、具体的には、エタノールよりもイソプロパノール又は3-メトキシ-3-メチルブタノールが好ましい。これらの溶剤は、色落ちし難いという利点もある。
【0047】
なお、電解液容器30そのものには、スポイトや点眼用容器等を用いることができる。
【0048】
(枠体40)
枠体40は、染色用基板10の描画領域10aを取り囲む部材であり、
図1では、一例として四角形の枠を示している。そして、この枠体40の枠内に電解液を注入する。また、染色用基板10と対向電極50とを貼り合わせた際に、枠体40とともに電解液を封止して電解質層を形成する。なお、枠体40は、例えば樹脂製とすることができる。
【0049】
(対向電極50)
図3に示すように、対向電極50は、電極基材55の表面に触媒層58を形成して構成される。なお、図中の触媒層58が、電解質層側である。電極基材55は、触媒層58の支持体兼集電体として用いられるため、電極基板56の表面に導電体57を形成したものが好適である。電極基板56としてはガラス板やプラスチック板等を用いることができ、導電体57としては白金、金、銀、ルテニウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、クロム、鉄、モリブデン、チタン、タンタル及びこれらの合金等の金属、黒鉛(グラファイト)、カーボンブラック、グラッシーカーボン、カーボンナノチューブ、フラーレン等の炭素材料を用いることができる。また、FTO、ITO、ATO、酸化亜鉛、IZO、GZO、AZO等の金属酸化物も用いることができる。
【0050】
触媒層58としては、電解液からなる電解質層への電子の授受を速やかに進行させることが可能な電極特性を有するものであれば特に制限されない。例えば、塩化白金酸を塗布、熱処理したものや、白金を蒸着した白金触媒電極、活性炭やグラッシーカーボン、カーボンナノチューブのような炭素材料、塩化コバルト等の無機化合物、ポリチオフェンやポリピロール、ポリアニリン等の導電性高分子を使用できるが、中でも白金触媒電極、導電性高分子が好ましい。
【0051】
また、後述する色素増感型太陽電池の組み立て方法に記載しているように、染色用基板10の文字や絵柄が見えるように、対向電極50を透明又は半透明にすることが好ましい。そのため、対向電極50の電極基板56を透明なガラス板やプラスチック板とし、導電体57を金属酸化物とし、触媒層58を導電性高分子とすることが好ましい。
【0052】
[色素増感型太陽電池の組み立て方法]
以下、
図4~
図7を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てる手順1~手順4を説明する。
【0053】
(手順1)
本発明の一実施形態に係る色素増感型太陽電池キットは、少なくとも上記の内容物により構成される。この色素増感型太陽電池キットを用いて色素増感型太陽電池を組み立てるには、まず、
図4に示すように、染色用基板10の描画半導体層17が形成された描画領域10aに、色素増感型太陽電池作製キットの工作者が筆記具20を用いて自由に文字や絵柄を着色又は描画する。
【0054】
(手順2)
次いで、
図5に示すように、染色用基板10の描画領域10aを取り囲むように、枠体40を装着する。なお、上記枠体40の装着にあたっては、接着剤や両面粘着テープを用いて染色用基板10に固定するものであってもよい。
【0055】
(手順3)
次いで、
図6に示すように、枠体40の枠内に電解液容器30中の電解液31を注入する。
【0056】
(手順4)
次いで、
図7に示すように、対向電極50を触媒層58が枠体40と接触する方向で、枠体40に装着する。装着状態を保持するために、同図に示すように、クリップ60で染色用基板10、枠体40及び対向電極50を積層した状態で挟むことも好ましい。また、上記対向電極50の装着にあたっては、接着剤や両面粘着テープを用いて枠体40に固定するものであってもよい。
【0057】
以上の手順1~手順4により、色素増感型太陽電池が完成する。そして、完成した色素増感型太陽電池の染色用基板10と対向電極50とを、電球や羽付きのモータ等のデバイス65に電気的に接続し、光を照射して発電していることを確認することができる。
【0058】
なお、染色用基板10の側から光を照射し、照射と同方向から文字や絵柄を見てもよいが、文字や絵柄が反転して見えるという問題がある。そこで、対向電極50における電極基板56、導電体57及び触媒層58を透明又は半透明とし、対向電極50の側から光を照射して文字や絵柄を見ることにより、文字や絵柄が反転することなく見ることができる。
【0059】
以上のとおり、完成した色素増感型太陽電池は、工作者による文字や絵柄が着色又は描画されており、意匠性や芸術性に富んだものとなる。
【実施例0060】
以下、上記の色素増感型太陽電池作製キットを用いて色素増感型太陽電池を作製した一例を示す。
【0061】
(染色用基板10の作製)
ジオマテック(株)製の高耐久性透明導電膜付きガラスを所定のサイズに切り出し、ガラス洗浄剤、純水の順番で各10分ずつ超音波洗浄を行って、電極基材11を作製した。電極基材11を、乾燥後において、70℃の四塩化チタン水溶液(富士フイルム和光純薬(株)製)中に30分間浸漬した。浸漬後、純水で洗浄し、乾燥させた。そして、透明導電膜表面に酸化チタンペースト(Sоlarоnix社製「Ti-Nanoxide T/SP」)をスクリーン印刷法により塗布し、120℃で3分程静置し、乾燥させて小径粒子からなる層を形成した。その上に、酸化チタンペースト(Sоlarоnix社製「Ti-Nanoxide D/SP」)をスクリーン印刷法により塗布し、120℃で3分程静置し、乾燥させて大径粒子からなる層を形成した。その後、大気中、500℃で焼成し、厚さ10μm程度の多孔質金属酸化物からなる半導体層14を得た。
【0062】
次いで、インクジェット受容層溶液である高松油脂(株)製「MZ-480」に、バインダー樹脂である高松油脂(株)製「IJ-200」を添加して、混合溶液を調製した。この混合溶液を、半導体層14の上にバーコート法により100μm程度の厚さに塗布し、120℃で3分程度乾燥させて下地層15を形成し、描画半導体層17を得た。なお、高松油脂(株)製「MZ-480」は、シリカ微粒子(微粒子16)を含有しており、下地層15は多孔質である。
その際、インクジェット受容層溶液の液量とバインダー樹脂量との比率を変えて、描画半導体層17の剥離強度を測定した。結果を表1に示す。
【0063】
(筆記具20)
増感色素としてシアン系色素(Sоlarоnix社製「Sensidizer SQ2」)を溶媒に溶解し、色素濃度2.0mMのインクを調製し、マーキングペンに充填して筆記具20とした。その際、溶媒には、エタノール又は3-メトキシ-3-メチルブタノールを用い、筆記試験に供して描き具合を評価した。
【0064】
なお、筆記試験は、描画半導体層17の剥離強度及び描画時における動摩擦係数を評価した。測定には、Bruker社製の摩擦摩耗試験機「UMT_TriboLAB」を用い、上記マーキングペンを90°の角度で固定した。試験条件は、荷重を25gfから200gfまで変化させながら、筆記速度1cm/sec、筆記距離3cmで同一箇所を2往復させ、筆記箇所の剥離の発生有無、動摩擦係数の測定を行った。結果を表1に示す。
【0065】
また、上記の構成による色素増感型太陽電池について、光電変換特性を評価した。エタノールに溶解させたシアン系色素を充填した上記マーキングペンを用い、上記描画半導体層17上の8mm角の領域を、重ね塗りすることなく塗り潰すことで、染色用基板10の染色を行った。
【0066】
(対向電極50)
ジオマテック(株)製の高耐久性透明導電膜付きガラスを所定のサイズに切り出し、ガラス洗浄剤、純水の順番で各10分ずつ超音波洗浄を行って、電極基材55を作製した。乾燥後、ナガセケムテックス(株)製「デナトロンPT-448」を、バーコーターを用いて塗布し、130℃で5分程度乾燥させることで、触媒層58を形成し、対向電極50とした。
【0067】
(電解液31)
ヨウ化ナトリウムを0.2Mの濃度になるように3-メトキシ-3-メチルブタノールに溶解させて、電解液31を調製した。
【0068】
そして、この電解液31を、枠体40を用いて上記の染色用基板10と対向電極50との間に充填して電解質層とし、色素増感型太陽電池を作製した。なお、枠体40には、ペクセル・テクノロジーズ社製熱融着性フィルムであるハイミラン「PECHM」を所定の形状に切り出して用いた。
【0069】
光電変換特性の評価には、ニコン(株)製の白色LED光照射装置「C-FLED2」を用い、約700ルクスでの最大出力(Pmax)を測定した。結果を表2に示す。
【0070】
【0071】
【0072】
表1に示すように、バインダー樹脂の比率が増すのに伴って描画半導体層17が剥離し難くなり、バインダー樹脂の比率としては30質量%以上が好ましいといえる。また、筆記具20に用いる溶剤は、エタノールよりも3-メトキシ-3-メチルブタノールの方が剥離し難くなり、動摩擦抵抗も小さくなっており、筆記時の引っ掛かりが小さくなり、描き心地が滑らかになる。
【0073】
また、表2に示すように、バインダー樹脂の比率が増すのに伴って最大出力Pmaxが小さくなる傾向にあるため、バインダー樹脂の比率としては50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましいといえる。