(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156329
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】ゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/04 20180101AFI20241029BHJP
G01N 23/20 20180101ALI20241029BHJP
G01N 23/2252 20180101ALI20241029BHJP
G01N 23/02 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
G01N23/04 330
G01N23/20
G01N23/2252
G01N23/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070701
(22)【出願日】2023-04-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載日:令和5年1月16日、掲載場所:出版社ELSEVIERのウェブサイト https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0032386122010904?via%3Di hub>
(71)【出願人】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】清水 克典
(72)【発明者】
【氏名】鹿久保 隆志
(72)【発明者】
【氏名】陣内 浩司
(72)【発明者】
【氏名】宮田 智衆
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 庸平
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA05
2G001BA11
2G001BA14
2G001CA01
2G001CA03
2G001DA06
2G001DA09
2G001HA07
2G001HA13
2G001KA01
2G001KA08
2G001LA02
2G001LA05
(57)【要約】
【課題】加硫ゴムと金属との境界に形成される化合物の結晶粒の組成とともにその構造を精度よく特定できるゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法を提供する。
【解決手段】検体10の画像データ20を走査型透過電子顕微鏡2により取得し、取得した画像データ20の中から選択された領域を演算装置3により高速フーリエ変換することにより、回析図形データ(24~26)を取得し、それぞれの回析スポットの中心Oからそれぞれの対象スポット(A~D)までの距離(L1~L4)、中心Oとそれぞれの対象スポット(A~D)とを結ぶ線分どうしの交差角(θ1~θ3)を算出し、算出したそれぞれの距離と交差角との組み合わせを用いて結晶粒の組成および構造を特定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加硫ゴムと金属との境界に形成されている接着界面層を含む薄肉の検体の画像データを走査型透過電子顕微鏡により取得し、前記画像データを用いて前記接着界面層に存在する前記金属を由来とする金属化合物の結晶粒の組成とともにその構造を特定するゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法において、
前記画像データの中から選択された領域を演算装置により高速フーリエ変換することにより、前記結晶粒の構造を示す回析図形データを取得し、取得した前記回析図形データに存在する多数の回析スポットの中から選択された互いに非線対称となる複数の前記回析スポットを対象スポットとして、それぞれの前記回析スポットの中心からそれぞれの前記対象スポットまでの距離、前記中心とそれぞれの前記対象スポットとを結ぶ線分どうしの交差角を算出し、算出したそれぞれの前記距離とそれぞれの前記交差角との組み合わせを用いて前記結晶粒の組成および構造を特定するゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法。
【請求項2】
多数種類の既知の金属化合物の結晶粒について、組成、互いに面方位が異なる複数の結晶格子面毎の面間隔、および、それぞれの前記結晶格子面どうしが成す面角度が集積されたデータベースを用いて、前記演算装置により、前記組み合わせをそれぞれの前記面間隔およびそれぞれの前記面角度と見做して、前記データベースの中からそれぞれの前記面間隔およびそれぞれの前記面角度が前記組み合わせに近似する前記既知の金属化合物の結晶粒を選択し、選択したその既知の金属化合物の結晶粒の前記組成に基づいて前記結晶粒の組成および構造を特定する請求項1に記載のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法。
【請求項3】
前記画像データは、暗視野像データまたは明視野像データと前記金属化合物を構成する元素の分布を示す元素マッピングデータとが重畳していて、
特定した前記結晶粒の組成および構造に基づいて前記演算装置によりその結晶粒をモデル化したモデルデータを作成し、作成したそのモデルデータと前記元素マッピングデータとを比較して、特定した前記結晶粒の組成および構造の正誤を判定する請求項1または2に記載のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法。
【請求項4】
前記モデルデータに基づいて前記演算装置により前記結晶粒の前記加硫ゴムと接触する結晶面を特定する請求項3に記載のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法。
【請求項5】
特定した前記結晶面での単位面積当たりの硫黄量を指標として用いて前記接着界面層の接着具合を評価する請求項4に記載のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法に関し、より詳しくは、加硫ゴムと金属との境界に形成されている化合物の結晶粒の組成とともにその構造を精度よく特定できる特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤなどのゴム製品にはスチールコードなどの金属材料が使用されている。ゴム製品の加硫工程では未加硫ゴム中の硫黄とブラスめっきスチールコードのブラスとが反応して、加硫ゴムと金属との境界に形成された接着界面層により両者が接着される。ゴムとブラスとの接着性を向上させるため、ブラスとゴムの接着界面に針状のCu-S系反応物を形成させることが提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
この接着界面層による接着のメカニズムには、接着界面層を構成しているブラス由来の金属化合物の結晶粒の組成および構造が影響していると考えられている。したがって、この金属化合物の組成および構造を明確に特定できれば、加硫工程での金属化合物の形成プロセスの解明、接着性の向上など様々に寄与することが期待される。走査型電子顕微鏡により取得した接着界面層の画像データでは金属元素の大凡の分布を特定できるが、金属化合物の結晶粒の組成および構造を特定できない。それ故、加硫ゴムと金属との境界に形成されている金属化合物の結晶粒の組成および構造を精度よく特定するには様々な工夫が必要になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、加硫ゴムと金属との境界に形成されている金属化合物の結晶粒の組成とともにその構造を精度よく特定できる特定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成する本発明のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法は、加硫ゴムと金属との境界に形成されている接着界面層を含む薄肉の検体の画像データを走査型透過電子顕微鏡により取得し、前記画像データを用いて前記接着界面層に存在する前記金属を由来とする金属化合物の結晶粒の組成とともにその構造を特定するゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法において、前記画像データの中から選択された領域を演算装置により高速フーリエ変換することにより、前記結晶粒の構造を示す回析図形データを取得し、取得した前記回析図形データに存在する多数の回析スポットの中から選択された互いに非線対称となる複数の前記回析スポットを対象スポットとして、それぞれの前記回析スポットの中心からそれぞれの前記対象スポットまでの距離、前記中心とそれぞれの前記対象スポットとを結ぶ線分どうしの交差角を算出し、算出したそれぞれの前記距離とそれぞれの前記交差角との組み合わせを用いて前記結晶粒の組成および構造を特定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、前記回析図形データに基づいて算出された個々の前記距離および個々の前記交差角との組み合わせは、結晶粒での互いに面方位が異なる複数の結晶格子面毎の面間隔およびそれぞれの結晶格子面どうしの面角度と見做せる。それぞれの面間隔および面角度は、同一の組成および構造を有する結晶粒どうしでの固有の値であるため、その組み合わせを用いることで、加硫ゴムと金属との境界の接着界面層に存在する実際の金属化合物の結晶粒の組成および構造を精度よく特定できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】走査型透過電子顕微鏡を例示する説明図である。
【
図3】ゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法の実施形態の手順を例示するフロー図である。
【
図5】
図4の一部の領域を拡大した領域画像データを例示する拡大図である。
【
図6】
図4の一部の領域を拡大した領域画像データを例示する拡大図である。
【
図7】
図4の一部の領域を拡大した領域画像データを例示する拡大図である。
【
図8】
図5の領域についての回析図形データを例示する説明図である。
【
図9】
図6の領域についての回析図形データを例示する説明図である。
【
図10】
図7の領域についての回析図形データを例示する説明図である。
【
図11】
図9の回析図形データを模式的に表す説明図である。
【
図12】データベースの一部を例示する説明図である。
【
図13】データベースの一部を例示する説明図である。
【
図15】変形例1の手順を例示するフロー図である。
【
図16】
図5の領域に存在している結晶粒のモデルデータを例示する説明図である。
【
図17】
図6の領域に存在している結晶粒のモデルデータを例示する説明図である。
【
図18】
図7の領域に存在している結晶粒のモデルデータを例示する説明図である。
【
図19】
図5の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図20】
図6の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図21】
図7の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図22】変形例2の手順を例示するフロー図である。
【
図23】
図5の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図24】
図6の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図25】
図7の領域画像データに対する比較データを例示する説明図である。
【
図26】結晶面データベースを例示する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明のゴムと金属との化合物の結晶粒の組成および構造の特定方法を、図に示す実施形態に基づいて説明する。
【0010】
図1に例示する観察システム1は、本発明の特定方法を実施するために使用される。この特定方法では、まず、薄肉の検体10を用いて走査型透過電子顕微鏡2(以下、顕微鏡2という)により後述する
図4に例示する画像データ20を取得する。次いで、取得した画像データ20を用いて演算装置3により検体10の接着界面層に存在する金属化合物の結晶粒の組成および構造を特定する。
【0011】
まず、観察システム1について説明する。
【0012】
観察システム1は、顕微鏡2および演算装置3を備えている。演算装置3は種々のデータが入力、記憶され、これらデータを用いてデータ処理を行う。演算装置3は公知の種々のコンピュータを用いることができる。演算装置3は、中央演算処理部(CPU)、主記憶部(メモリ)、補助記憶部(例えば、HDD)、入力部(キーボード、マウス)、および、出力部(ディスプレイ)を有している。
【0013】
図2に例示する顕微鏡2は、検体10に電子線を照射し、透過した電子線の強弱から検体10の内部の電子透過率の空間分布が観測可能な暗視野像(HAADF-STEM像、LAADF-STEM像)データや明視野像(BF-STEM像)データなどの像データを取得する。また、顕微鏡2は、その像データの取得に加えて、像データに存在する元素の分布が観測可能な元素マッピングデータを取得する。演算装置3により顕微鏡2が取得した暗視野像データおよび明視野像データのどちらか一方の像データと元素マッピングデータとが重畳(合成)されて生成された画像データ20が演算装置3の補助記憶部に記憶される。
【0014】
顕微鏡2は、公知の種々の走査型透過電子顕微鏡を用いることができるが、球面収差補正装置6が組み込まれたものが好ましい。具体的に顕微鏡2は、電子銃4、コンデンサーレンズ5、球面収差補正装置(凹レンズ)6、対物レンズ(凸レンズ)7、および、各種の検出器を有している。検出器としては、DF(暗視野)検出器8a、BF(明視野)検出器8b、EDS(エネルギー分散型X線分光法)検出器9a、EELS(電子エネルギー損失分光法)検出器9bを有している。顕微鏡2が球面収差補正装置6を有することにより、分解能をより小さくでき、単原子レベルでの構造の特定や元素の識別の精度向上には有利になる。
【0015】
検出器としては、DF検出器8aとBF検出器8bとのどちらか一方の検出器と、EDS検出器9aとEELS検出器9bとのどちらか一方の検出器と、を有していればよく、全ての検出器を有する必要はない。ただし、全ての検出器を有していれば、複数種類のデータを取得することができ、多方面からの分析を行うことが可能となる。
【0016】
DF検出器8aは上面視で円環形状であり、高角度に散乱された電子を検出する。DF検出器8aの取り込み角(検出可能な電子の散乱角)は、例えば、20mrad超200mrad以下である。DF検出器8aは、大小二つの円環形状の検出器で構成することもでき、この場合は大径の検出器が小径の検出器よりも上方に配置される。上方に配置された大径の検出器の取り込み角は例えば90mrad超200mrad以下、下方に配置された小径の検出器の取り込み角は例えば20mrad超90mrad以下である。
【0017】
BF検出器8bは上面視で円環形状であり、検体10を透過した電子や小角度に散乱した電子を検出する。BF検出器8bの取り込み角は、例えば20mrad以下である。BF検出器8bは、大小二つの円環形状の検出器で構成することもでき、この場合は大径の検出器の取り込み角が例えば10mrad超20mrad以下、小径の検出器の取り込み角が例えば10mrad以下である。
【0018】
EDS検出器9a、EELS検出器9bは、電子線の照射により発生する原子の内殻電子励起に伴う電子の非弾性散乱過程を利用して検体10での元素の分布を分析している。EDS検出器9aは、電子線の照射により検体10に存在する原子から発生する特性X線のスペクトルを分析する。EELS検出器9bは、電子線と検体10に存在する原子との相互作用により失うエネルギーのスペクトルを分析する。
【0019】
次に、検体10について説明する。
【0020】
検体10には、金属が含まれた状態の未加硫ゴムを加硫することにより製造された金属ゴム複合材料が用いられる。金属には、銅および亜鉛の少なくとも一方を含むことが好ましく、銅および亜鉛の両方を含んでもよい。この金属としては、真鍮(黄銅)あるいはブラスめっき金属の板やワイヤ、真鍮の粉末が例示される。磁気を帯びた金属では顕微鏡2の電子ビームが偏向されて、高分解能での観察が困難になることから、金属は磁気を帯びていないものが好ましい。
【0021】
未加硫ゴムは、原材料となるゴム成分(ポリマー)が、硫黄を含む架橋剤により架橋可能なゴム成分であればよく、天然ゴム(NR)、あるいは、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、イソプレンゴム(IR)などの合成ゴムが例示される。架橋剤としては、少なくとも硫黄を含んでいればよく、硫黄とパーオキサイドなどの有機過酸化物とを併用してもよい。未加硫ゴムには、架橋剤以外の添加剤として、例えば、架橋促進剤(加硫促進剤)、充填剤(シリカやカーボンブラックなど)、老化防止剤、難燃剤、補強材、および、着色剤などが配合されていてもよい。
【0022】
検体10の加硫具合は、特に限定されるものではなく、金属と加硫ゴムとの境界に接着界面層が形成されていればよい。接着界面層には、周辺の金属に由来する金属化合物(金属硫化物)の結晶粒が存在している。
【0023】
検体10は、その厚さが予め設定した厚さ基準範囲に収まっている薄肉片である。この検体10の作製方法は、まず、金属ゴム複合材料の内部に形成されている接着界面層を横断するように金属ゴム複合材料をスライスする。次いで、スライスした金属ゴム複合材料の薄切片を研磨して接着界面層をより露呈させて、かつ、予め設定した厚さ基準範囲の厚さにする。スライスには、例えば公知のウルトラミクロトームを用いる。研磨には、例えば公知の機械研磨方式やイオンミリング方式を用いる。金属ゴム複合材料の薄切片の研磨では、機械式研磨方式とイオンミリング方式との両方の方式を用いるとよく、機械研磨方式で研磨した後に、イオンミリング方式で研磨するとよい。厚さ基準範囲は、後述する
図4に例示する画像データ20での接着界面層に存在する金属化合物の結晶粒の明確程度が許容範囲になるよう設定されている。
【0024】
画像データ20での結晶粒の明確程度とは、結晶粒の構造の視認性に影響を及ぼす原子の明確さ度合い(観察に対する適正度合い)である。結晶粒の構造を特定するには、画像データ20において金属化合物の結晶粒が明確に観察できる領域が必要になる。顕微鏡2によって取得した画像データ20には、金属や金属化合物がそれぞれを構成する原子の相違を示すコントラスト(明暗の差)で表される。画像データ20では、それぞれの原子の密集度が高いと原子によるコントラストがより不鮮明になり、原子の密集度が低いとこのコントラストがより鮮明になる。そして、画像データ20では、検体10の厚さが大きいほど、それぞれの原子の密集度が高くなる。したがって、検体10の厚さが大きいほど、画像データ20での原子の明確程度は低くなるので金属化合物の結晶粒の観察には不適切になる。一方、検体10の厚さが小さいほど、画像データ20での原子の明確程度は高くなるので観察に適している。厚さ基準範囲は、多数の試験結果に基づいて適切に設定されていて、画像データ20でのコントラストが不鮮明になるものが除外されるように設定されている。したがって、この明確程度が許容範囲である場合は、それぞれの原子の密集度が適度に低く、画像データ20でのコントラストが鮮明になる。
【0025】
金属ゴム複合材料を構成する金属や未加硫ゴムの種類によって最適な厚さ基準範囲は多少異なるが、試験結果を考慮すると下記の範囲であれば、殆どの種類の金属ゴム複合材料に対して有効であると考えられる。そこで、厚さ基準範囲は、1nm以上100nm以下であればよいが、1nm以上50nm以下が好ましく、1nm以上20nm以下がより好ましい。
【0026】
次に、特定方法について説明する。
【0027】
図3は特定方法の実施形態の手順の一例を示している。この特定方法では、上記した検体10を使用する。検体10に用いる金属ゴム複合材料には、例えば、厚さ10μm以上100μm以下の真鍮板を架橋剤として硫黄を含む未加硫ゴムで挟んで接触させて加硫したものを用いる。尚、検体10の厚さは殆どの種類の金属ゴム複合材料に対して有効であると思われる1nm以上50nm以下にすればよい。即ち、この特定法では、金属ゴム複合材料を1nm以上50nm以下の厚さにスライス、研磨して金属と加硫ゴムの接着界面層を含む検体10として使用する。
【0028】
まず、顕微鏡2を用いて検体10の画像データ20を取得する(S110)。次いで、取得した画像データ20の中から所望の金属化合物の結晶粒が存在している領域を選択して、顕微鏡2を用いてその領域の回析図形データ(後述する
図8~
図10に例示する回析図形データ24~26)を取得する(S120、S130)。次いで、所定のプログラムを実行して、演算装置3により各データ処理を実行する(S140、S150)。以下に、各ステップ(S110~S150)の内容について詳述する。
【0029】
ステップ(S110)では、検体10を顕微鏡2にセットして検体10の画像データ20を顕微鏡2により取得する。画像データ20は、暗視野像データまたは明視野像データと元素マッピングデータとを重畳(合成)して作成される。暗視野像データおよび明視野像データのどちらか一方の像データのみでも、その像データに写る接着界面層の形状や接着界面層での存在位置などから所望する金属化合物の結晶粒が存在する領域を特定できる場合がある。一方で、像データに元素マッピングデータを重畳した画像データ20を取得することにより、画像データ20での元素の分布をより詳細に把握できる。それ故、金属と未加硫ゴムとの組み合わせが既存ではない新規の金属ゴム複合材料を試料として用いたとしても、金属化合物の結晶粒が存在する領域を特定できる。元素マッピングデータの作成には、EDS検出器9aまたはEELS検出器9bのどちらか一方の検出器を用いればよいが、金属化合物の結晶粒の組成および構造の特定には、重元素の分析に向いたEDS検出器9aを用いるとよい。
【0030】
ステップ(S120)では、画像データ20の中から所望の金属化合物の結晶粒が存在する領域を選択する。所望する結晶粒が存在する領域は、元素マッピングデータの元素の分布を利用して選択される。
【0031】
図4に例示する画像データ20は、DF検出器8aで検出した暗視野像データ(HAADF-STEM像:高角散乱環状暗視野像)とEDS検出器9aで検出した元素マッピングデータを重畳して作成される。それぞれの画像データ20では、白色部分が金属や金属化合物を示していて、黒色部分が加硫ゴムを示している。画像データ20での白色部分と黒色部分とが隣接する境界付近が接着界面層になっている。
【0032】
図4中には図示できないが実際の画像データ20では、元素マッピングデータが複数の元素ごとに色分けされていて、元素マッピングデータが示す元素の分布により接着界面層での金属化合物の分布が把握できる。元素マッピングデータでは、例えば、Cu、Zn、S、Oの四種類の元素の分布が示されている。したがって、
図4に示す接着界面層では、上側の加硫ゴムから下方の金属に向かって順に、金属化合物として主にCu
xS(Cu
1.75SやCu
2Sなど)が存在する層、ZnSが存在する層、ZnOが存在する層が把握できる。元素マッピングデータでは、さらに、接着界面層をより詳細に把握するために、加硫ゴムの主要成分である炭素元素Cの分布が示されていてもよい。
【0033】
図4中では、所望する結晶粒が存在する領域として、三つの領域(21~23)が選択されている。以下、それぞれの領域21、22、23を示す画像データ20を領域画像データ21、22、23とする。
【0034】
図5、
図6、および、
図7に例示する領域画像データ21、22、23のそれぞれには、白色部分に点や線のような模様が現れていて、元素マッピングデータにより、元素の分布が可視化されていることが分かる。実際の領域画像データ21、22、23では、元素マッピングデータによりCuおよびSが多く分布していることが確認できる。したがって、それぞれの領域に存在する金属化合物がCu
xSであることが特定されている。ただし、Cu
xSの組成(
xの値)までは特定するには至っていない。
【0035】
ステップ(S130)では、選択した領域21、22、23を演算装置3により高速フーリエ変換(FFT)して、
図8、9、10に例示する結晶粒の構造を示す回析図形データ(24、25、26)を取得するデータ処理が実行される。顕微鏡2のレンズによる結像系はフラウンホーファー回析として扱えることから、検体10による散乱波から画像データ20の取得までの一連の経過は、フーリエ変換と逆フーリエ変換の繰り返しと言える。よって、高速フーリエ変換を用いてデータ処理することにより、結晶粒の構造として結晶粒のそれぞれの結晶格子面の周期性がその周期と方向(周期配列)に対応する空間周波数の位置に回析スポットとして現れる回析図形データ(24~26)が取得される。
【0036】
図8、9、10に例示する回析図形データ24、25、26では、回析スポットが白点として現れている。
図8~
図10中の回析スポットの周囲に存在する(011)などの三桁の数字(一部、オーバーバー“ ̄”」が付与)は、それぞれの結晶格子面のミラー指数を示している。
【0037】
ステップ(S140)では、演算装置3により、後述する
図11に示すそれぞれの回析スポットの中心Oからそれぞれの対象スポット(A~D)までの距離(L1~L4)、中心Oとそれぞれの対象スポット(A~D)とを結ぶ線分どうしの交差角(θ1~θ3)を算出するデータ処理が実行される。回析図形データ(24~26)に存在する多数の回析スポットには、結晶粒の構造の並進対称性から互いに線対称となる回析スポットどうしが存在する。互いに線対称となる回析スポットどうしでは結晶格子面の周期性が同じ特徴を示すため、対象スポットとして同じ特徴となる回析スポットを選択しないようにする。したがって、対象スポットは、互いに非線対称となる複数の回析スポットが選択される。対象スポットの数は二つ以上であれば特に限定されるものではないが、対象スポットとして、多数の回析スポットの中から互いに非線対称となる全ての回析スポットが選択されることが好ましい。
【0038】
図11は、上記の
図9に示す回析図形データ25を模式的に表している。
図11中では、白丸点が回析スポットを示している。回析図形データ25には、8個の回析スポットが存在していて、互いに非線対称となる回析スポットは8個中の4個である。中心Oは8個の回析スポットの中心である。対象スポットA~Dは、互いに非線対称になっている。それぞれの距離L1~L4は、中心Oからそれぞれの対象スポットA~Dまでの距離である。それぞれの交差角θ1~θ3は、中心Oとそれぞれの対象スポットA~Dとを結ぶ線分どうしのなす角である。例えば、交差角θ1は、「中心Oと対象スポットAとを結ぶ線分と、中心Oと対象スポットBとを結ぶ線分と、のなす角」である。交差角θ1~θ3以外の交差角としては、「中心Oと対象スポットAとを結ぶ線分と、中心Oと対象スポットDとを結ぶ線分と、のなす角」や「中心Oと対象スポットAとを結ぶ線分と、中心Oと対象スポットCとを結ぶ線分と、のなす角」などが存在する。これらその他の交差角は、前述したそれぞれの交差角(θ1~θ3)を用いて算出できる。したがって、ステップ(S130)では、中心Oを中心とする円周方向に隣り合う線分どうしの交差角を算出すればよい。
【0039】
ステップ(S150)では、算出したそれぞれの距離(L1~L4)とそれぞれの交差角(θ1~θ3)との組み合わせを用いて接着界面層に存在する金属化合物の結晶粒の組成および構造を特定する。それぞれの距離(L1~L4)とそれぞれの交差角(θ1~θ3)との組み合わせは、結晶粒の互いに面方位が異なる複数の結晶格子面毎の面間隔およびそれぞれの結晶格子面どうしの面角度と見做せる。それぞれの面間隔およびそれぞれの面角度は、同一の組成および結晶構造の結晶粒どうしでの固有の値になっている。したがって、その組み合わせに基づいて結晶粒の組成および結晶構造(結晶系またはブラペー格子の種類)を特定することが可能である。結晶粒の組成および結晶構造が特定されることで、結晶粒での原子の三次元的配列が把握できる。このように、それぞれの距離(L1~L4)とそれぞれの交差角(θ1~θ3)との組み合わせは、結晶粒の組成および構造を特定する指標として用いることができる。
【0040】
具体的に、結晶粒の組成および結晶構造を特定するには、それぞれの距離(L1~L4)とそれぞれの交差角(θ1~θ3)との組み合わせに基づいて、演算装置3により、データベースD1の中から該当する既知の金属化合物の結晶粒を選択して、選択したその既知の金属化合物の結晶粒の組成を観察対象の結晶粒の組成として特定するデータ処理が実行される。データベースD1は、演算装置3の補助記憶部に予め記憶させておくことが望ましいが、データサーバーなどの演算装置3の外部のコンピュータの補助記憶部に記憶されていてもよい。
【0041】
図12、
図13に例示するデータベースD1の一部には、Cu
2Sの結晶粒の個々の面間隔と個々の面角度が集積されている。実際のデータベースD1には、例示したCu
2Sの結晶粒を含む多数種類の既知の金属化合物の結晶粒についての組成、互いに面方位が異なる複数の結晶格子面毎の面間隔、および、それぞれの結晶格子面どうしの面角度が集積されている。既知の金属化合物の結晶粒は、例えば、CuS、Cu
1.96S、Cu
1.94S、Cu
1.75S、Cu
1.80S、Cu
2S、ZnS、ZnOなどの結晶粒である。このデータベースD1は、公知の種々の文献やインターネットを介して公開されているデータベースなどを利用して作成されている。公知の文献やデータベースでは、結晶格子面の面間隔やミラー指数が開示されているが、それぞれの結晶格子面どうしの成す面角度が開示されていない場合が多い。そこで、データベースD1のそれぞれの面角度は、開示されている各結晶格子面のミラー指数を用いて算出されている。データベースD1は、結晶構造を示す結晶粒の結晶系やブラペー格子の種類を有していてもよい。
【0042】
ステップ(S150)では、演算装置3が、算出した組み合わせをそれぞれの結晶粒の面間隔および面角度と見做して、データベースD1の中からそれぞれの面間隔およびそれぞれの面角度が算出したその組み合わせに近似する既知の金属化合物の結晶粒を選択する。近似するか否かは、算出した組み合わせをデータベースD1の面間隔および面角度と比較して、近似していると設定されている許容範囲か否かを判定すればよい。許容範囲は任意に設定することができるが、例えば、データベースD1の面間隔や面角度の値に対して±5%程度の範囲である。また、近似するか否かの判定では、算出した組み合わせでの各距離の比率や各交差角の比率を、データベースD1の各面間隔の比率や各面角度の比率と比較するとよい。
【0043】
データベースD1を用いたデータ処理により、上述した
図8の回析図形データ24が示す結晶粒は、組成がCu
2Sであると特定される。同様に、
図9の回析図形データ25が示す結晶粒は、組成がCu
1.75Sであると特定されて、
図10の回析図形データ26が示す結晶粒は、組成がCuSであると特定される。組成が特定されたそれぞれの結晶粒が多形ではない場合、組成の特定に伴って結晶系やブラペー格子の種類も特定される。このように、算出したそれぞれの距離および交差角の組み合わせとデータベースD1とを比較することにより、観察対象の結晶粒の組成と結晶構造とを特定できる。
【0044】
以上のように、本実施形態によれば、算出したそれぞれの距離(L1~L4)とそれぞれの交差角(θ1~θ3)との組み合わせは、結晶粒での互いに面方位が異なる複数の結晶格子面毎の面間隔およびそれぞれの結晶格子面どうしの面角度と見做せる。即ち、その組み合わせを指標として用いることで、画像データ20での観察対象の結晶粒の組成および結晶構造を特定できる。このように、本実施形態によれば、加硫ゴムと金属との境界の接着界面層に存在する実際の金属化合物の結晶粒の組成とともにその構造を精度よく特定できる。
【0045】
図14に例示する画像データ20は、実施形態と同様の検体10を用いて上述の特定方法により特定された結晶粒の分布を示している。
図14の画像データ20では、白線で囲った部分がCuSの結晶粒の分布を示し、黒線で囲った部分がCu
2Sの結晶粒の分布を示している。Cu
1.75Sの結晶粒については、Cu
2SやCuSに比して存在比が小さいため図示していない。
図14中には、三つのCu
2Sの結晶性個体(多数の結晶粒の集合体)と八つのCuSの結晶性個体とが確認できる。
【0046】
図14では、接着界面層の加硫ゴム側にCu
2SとCuSの結晶性個体が形成されていることが分かる。接着界面層の加硫ゴム側では、金属側に比して硫黄量が多い。それ故、接着界面層の加硫ゴム側に、硫黄の組成比が大きいCu
2SとCuSの結晶性個体が多く形成されると推測できる。
【0047】
画像データ20でのCu2SとCuSのそれぞれの結晶性個体の形状を楕円に近似した場合、Cu2Sの結晶性個体での近似した楕円の長軸と短軸のアスペクト比は1.6±0.6であり、Cu2Sの結晶性個体の形状は球状に近似している。Cu2Sの結晶性個体の各結晶面はS原子の面密度が類似しているため、各結晶面での加硫ゴムとの間の界面エネルギーが概ね同一である。それ故、各結晶面での成長速度が同様になり、Cu2Sの結晶性個体の形状には等方性があると推測できる。CuSの結晶性個体でのアスペクト比は2.6±0.9であり、CuSの結晶性個体の形状は細長い形状に近似している。CuSの結晶性個体の各結晶面はS原子の面密度に大きな差異があるため、各結晶面での加硫ゴムとの間の界面エネルギーも相違する。それ故、各結晶面での成長速度が異なり、CuSの結晶性個体の形状には異方性があると推測できる。
【0048】
結晶面の面密度が高い程、また、加硫ゴムに接触する結晶面の面積が大きい程、加硫ゴムとの共有結合が多く形成されることになる。したがって、形状に異方性があり加硫ゴムの内部により深く侵入しているCuSの結晶性個体は、加硫ゴムとの接触面積が大きいため、加硫ゴムとの親和性が高いと推測できる。CuSの結晶性個体に比して結晶面の面密度がより高いCu2Sの結晶性個体は、加硫ゴムとの接触面積が小さいが面密度の高さにより加硫ゴムとの親和性が高いと推測できる。このように、接着界面層に存在する金属化合物の結晶性個体の分布や形状は、接着界面層での接着のメカニズムを解明する重要な要因になっている。したがって、本実施形態によれば、金属化合物の結晶粒の組成および構造を特定することに伴って、金属化合物の結晶性個体の分布や形状も精度よく把握できるので、接着界面層での接着のメカニズムの解明に大いに寄与する。
【0049】
次に、
図15に示す特定方法の実施形態の変形例1について説明する。
【0050】
変形例1では、上述した
図3の手順に対して別のステップS160、S170が追加されている。即ち、変形例1の手順では、結晶粒の組成および構造を特定した(S150)後に、演算装置3により、特定した結晶粒の組成および構造の正誤の確認(S160、S170)が行われる。したがって、変形例1では、測定誤差などに起因する誤りが正される。また、変形例1では、正誤の確認の過程で、観察対象の結晶粒の組成および結晶構造に加えて結晶軸の方向が特定されて、画像データ20での金属化合物の結晶粒の原子の三次元配列が把握される。なお、変形例1の画像データ20には、暗視野像データまたは明視野像データのどちらか一方の像データと元素マッピングデータとが重畳(合成)されたものを用いる。
【0051】
ステップ(S160)では、特定した結晶粒の組成および構造に基づいて、演算装置3によりその結晶粒をモデル化したモデルデータ(後述する
図16、17、18に例示するモデルデータ27、28、29)を作成するデータ処理が実行される。結晶粒のモデル化には、結晶粒の組成および結晶構造からモデルデータを作成可能な公知の種々の描画ソフトウェアを用いることができる。この描画ソフトウェアは、作成したモデルデータから回析図形をシミュレーション可能であることが好ましく、作成したモデルデータと回析図形とを相互にシミュレーション可能であることがより好ましい。
【0052】
図16、17、18のそれぞれに例示するモデルデータ27、28、29は、領域画像データ21、22、23のそれぞれに存在しているそれぞれの結晶粒がモデル化されたものである。
図16~
図18中では、黒球がCuを表していて、白球がSを表している。結晶軸であるa軸、b軸、c軸は、描画ソフトウェアによるシミュレーションを用いて特定される。具体的に、描画ソフトウェアのシミュレーションにより作成したモデルデータ27、28、29から生成したそれぞれの回析図形が、上述した
図8~
図10の回析図形データ24、25、26のそれぞれに一致するように、各モデルデータ27、28、29を三次元的に回転させて特定される。例えば、
図16のモデルデータ27が描画ソフトのシミュレーションにより生成した回析図形での各回析スポットは、上述した
図8の回析図形データ24での各回析スポットに概ね一致する。一致したときのモデルデータ27の姿勢(a軸、b軸、c軸の方向)は、領域画像データ21での観察対象の結晶粒の姿勢と見做せる。なお、a軸、b軸、c軸のそれぞれの結晶軸どうしの交差角やその長さは、結晶系毎に異なっている。
【0053】
各モデルデータ27、28、29を作成することにより、結晶粒の組成および結晶構造(結晶系やブラペー格子の種類など)に加えて、結晶軸の方向(結晶粒の配列)が特定される。したがって、このモデルデータ27、28、29は、実際の結晶粒の構造を精度よく表している。接着界面層には、同一の組成であっても、それらを構成する結晶粒の結晶軸の方向が異なる結晶性個体が存在する。結晶粒の結晶軸の方向が異なる結晶性個体どうしでは、その特徴が異なる。それ故、モデルデータ27、28、29を作成して結晶粒の結晶軸の方向を特定することで、結晶粒の結晶軸の方向が異なる結晶性個体どうしを個別に判別できるので、接着界面層での接着のメカニズムの解明には有利になる。なお、観察対象の金属化合物の結晶粒が多形である場合、組成と結晶軸の方向に加えて、結晶系またはブラペー格子の種類も特定する必要がある。多形の金属化合物の結晶粒としては、例えば、二硫化鉄があり、当軸晶系と斜方晶系とが存在する。このような多形の金属化合物に対してはモデルデータを作成する過程で、結晶系またはブラペー格子の種類が特定できる。
【0054】
ステップ(S170)では、演算装置3により、作成したそのモデルデータ27、28、29と領域画像データ21、22、23とを比較して、特定した結晶粒の組成および構造の正誤を確認するデータ処理が実行される。具体的に、演算装置3は、比較データ(後述する
図19、20、21に例示する比較データ31、32、33)を作成する。比較データは、例えば、領域画像データ21の所定範囲にその領域画像データ21に対応したモデルデータ27を多数、配置して作成される。次いで、演算装置3は、配置された多数のモデルデータ27が示す原子の三次元配列と領域画像データ21での元素マッピングデータが示す元素の分布とを比較して、それぞれが一致した場合に特定した結晶粒の組成および構造が正しいと判定し、一致しない場合に特定した結晶粒の組成および構造が誤りと判定する。特定した結晶粒の組成および構造が誤りであった場合、再度、別の領域を選択し直す(S120へ戻る)、あるいは、算出した組み合わせに基づいた結晶粒の組成および構造の特定(S150へ戻る)をやり直す。
【0055】
図19、20、21のそれぞれに例示する比較データ31、32、33では、モデルデータ27、28、29においてCuを示すそれぞれの黒球と元素マッピングデータのCuを示す点群とが一致し、モデルデータ27、28、29のSを示すそれぞれの白球と元素マッピングデータのSを示す点群とが概ね一致している。このように、それぞれのデータが概ね一致することは、特定した結晶粒の組成および構造が正しいことを意味する。また、それぞれが明らかに一致していないことは、特定した結晶粒の組成および構造が誤りであることを意味する。
【0056】
このステップ(S170)において、一致するか否かの判定には、公知の種々の画像類似度判定などを用いることもできる。例えば、モデルデータ27、28、29での各元素の色分けを元素マッピングデータでの元素の色分けと同一として、比較データ31、32、33とモデルデータを重畳していない元の領域画像データ21、22、23との類似度を算出し、算出された類似度に基づいて一致するか否かを判定する。
【0057】
このステップ(S170)では、多数のモデルデータ27、28、29を配列する所定範囲を徐々に拡張する、あるいは、領域画像データ21、22、23に複数の所定範囲を設定することにより、領域画像データ21、22、23での結晶性個体および加硫ゴムの境界、結晶性個体どうしの境界や同一の結晶性個体での結晶粒界などの様々な境界を把握できる。例えば、比較データ31に複数の所定範囲を設定して、それぞれの所定範囲の中に一致具合が異なる所定範囲が存在する場合、その所定範囲には、結晶性個体および加硫ゴムの境界、結晶性個体どうしの境界や結晶粒界が存在する。このように、領域画像データ21、22、23の全域に渡って比較データ31、32、33を用いて一致具合を判定することで、結晶性個体および加硫ゴムの境界、結晶性個体どうしの境界や結晶粒界などの様々な境界を特定できる。
【0058】
以上のように変形例1によれば、特定された結晶粒の組成および構造の正誤を確認することにより、正しい可能性のより高い結晶粒の組成および構造を用いて金属と加硫ゴムとの接着に及ぼす影響の度合いを観察できる。また、正誤を確認する過程で、結晶粒の組成や結晶構造に加えて結晶軸の方向も把握できる。それ故、結晶粒の構造を精度よく把握するには有利になる。さらに、結晶性個体および加硫ゴムの境界、結晶性個体どうしの境界や同一の結晶性個体での結晶粒界などの様々な境界も特定でき、実際の接着界面層における不規則な金属化合物の分布や形状(金属化合物の結晶性個体の成長具合)をより忠実に把握できる。
【0059】
次に、
図22に示す特定方法の実施形態の変形例2について説明する。
【0060】
変形例2では、上述した
図15の手順に対して別のステップS180が追加されている。即ち、変形例2の手順では、特定した結晶粒の組成および構造の正誤を確認した(S170)後に、演算装置3により、加硫ゴムと接触する結晶粒の結晶面の特定(S180)が行われる。したがって、変形例2では、特定した結晶面での単位面積当たりの硫黄量を指標として用いて、結晶粒と加硫ゴムとの間に働く親和性を定量化する。
【0061】
ステップ(S180)では、モデルデータ27、28、29に基づいて、演算装置3により、加硫ゴムに接触するその結晶粒の結晶面を特定するデータ処理が実行される。具体的に、演算装置3は、上述した
図19、20、21の比較データ31、32、33を用いて、加硫ゴムに接触する結晶面のミラー指数を特定する。比較データ31、32、33では、加硫ゴムの境界まで所定範囲を拡張しておくことで、モデルデータ27、28、29の原子の三次元配列に基づいてその境界の結晶面を特定できる。
【0062】
図23、24、25に例示する比較データ31、32、33では、各図中の白線が加硫ゴムに面する結晶面を示している。その白線の周辺に存在する括弧で囲った三桁の白文字が結晶面のミラー指数を示している。一部のミラー指数には、オーバーバー“ ̄”が付与されていて、このオーバーバーは「-」(負の値)を示している。白線で示される結晶面は、多数の結晶粒が集まって構成された微小な結晶性個体の表面を形成する面の中で加硫ゴムに接触する面である。このように、加硫ゴムに接触する結晶面のミラー指数を特定することで、接着界面層に存在する金属化合物の金属と加硫ゴムとの接着に及ぼす影響の度合いを観察できる。
【0063】
加硫ゴムに接触する結晶面が特定されると、特定した結晶面での単位面積当たりの硫黄量(原子量や原子の数)を算出できる。単位面積当たりの硫黄量は、原子量と原子の数のどちらを用いてもよい。具体的に、演算装置3は、後述する
図26に例示する結晶面データベースD2を用いて、特定した結晶面での単位面積当たりの硫黄量を算出する。
【0064】
図26に例示する結晶面データベースD2には、金属化合物の結晶粒の結晶面毎のミラー指数と面積と硫黄量(原子の数)と単位面積[Å
2]当たりの硫黄量が集積されている。この結晶面データベースD2は、データベースD1と同様に公知の種々の文献やインターネットを介して公開されている種々のデータベースを参照して作成されている。
【0065】
結晶面データベースD2から、低指数面(ミラー指数の合計値が低い結晶面)ほど単位面積当たりの硫黄量が多くなることが分かる。金属化合物の結晶面のS原子と加硫ゴムとの間にも化学結合が形成されると仮定した場合、単位面積当たりの硫黄量が多い低指数面の方が高指数面に比してより多くの結合を形成できるため安定化される(接着性が高い)。したがって、例えば、CuSとCu2Sの低指数面の単位面積当たりの硫黄量は約6~7[原子数/Å2]であるが、Cu2Sは全ての結晶面が低指数面で構成されていることから、CuSよりも加硫ゴムとの親和性が大きい。このような知見から、金属化合物の加硫ゴムに接触する結晶面の単位面積当たりの硫黄量を指標として用いることで、金属と加硫ゴムとの接着具合を評価できる。
【0066】
既述した実施形態や変形例1、2では、領域画像データ21、22、23の主にCuxSが存在する層を用いたが、ZnSが存在する層やZnOが存在する層にも適用でき、それらの層の結晶粒の組成および構造も特定できる。また、同様にCuxSが存在する層に存在するZnSやZnOの結晶粒の組成および構造も特定できる。
【0067】
本発明は特定の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0068】
1 観察システム
2 走査型透過電子顕微鏡
3 演算装置
10 観察用検体
20 画像データ
21、22、23 領域画像データ
24、25、26 回析図形データ
27、28、29 モデルデータ
31、32、33 比較データ
D1 データベース
D2 結晶面データベース