IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ スズキ株式会社の特許一覧

特開2024-156380共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム
<>
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図1
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図2
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図3
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図4
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図5
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図6
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図7
  • 特開-共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156380
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラム
(51)【国際特許分類】
   G16C 20/30 20190101AFI20241029BHJP
【FI】
G16C20/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070794
(22)【出願日】2023-04-24
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 和也
(57)【要約】
【課題】必要最小限度の化学量子計算によってパラメーターを定めて、共吸着エネルギーを予測可能な共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムを提供する。
【解決手段】金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーを共吸着エネルギーΔEads.、電荷移動にともなうエネルギー変化ΔEC.T.、初期吸着エネルギーΔE0、およびエネルギー変化ΔEdip.から予測する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーを式(1)から式(13)を用いて予測する共吸着エネルギーの予測方法。

【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【数11】
【請求項2】
金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーを前記式(2)から式(15)を用いて予測する共吸着エネルギーの予測方法。
【数12】
【数13】
【請求項3】
表面を有する金属と、自然数の添字iで識別される複数種の吸着分子と、を選定し、
前記表面に吸着するそれぞれの前記吸着分子の被覆率θiを仮定し、
それぞれの前記吸着分子の分極率αiを所与のデータから抽出し、
それぞれの前記吸着分子の内部に誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを所与のデータから抽出し、
それぞれの前記吸着分子の中心と界面との距離diを見積もり、
それぞれの前記吸着分子の初期吸着エネルギーΔE0 iを仮定し、
前記金属とそれぞれの前記吸着分子との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iを仮定し、
量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求め、
前記式(2)で求める第一項と、前記式(3)で求める前記電気双極子モーメントP0 inside iの加重平均P0 insideおよび前記式(4)で求める前記電気双極子モーメントP0 interface iの加重平均P0 interfaceを含む第二項と、の和である予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するまで前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interface iの修正を繰り返し、
前記予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似した場合には、そのとき仮定した前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interfaceを採用して共吸着エネルギーΔEads.の前記予測式を確定する共吸着エネルギーの予測方法。
【請求項4】
前記第二項は、前記式(3)から前記式(13)、および式(16)で求められる請求項3に記載の共吸着エネルギーの予測方法。
【数14】
【請求項5】
前記予測式は、前記第一項と、前記第二項と、前記式(15)、および式(17)で求める第三項と、の和である請求項4に記載の共吸着エネルギーの予測方法。
【数15】
【請求項6】
コンピューターに、
金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の共吸着エネルギーを前記式(1)から前記式(13)を用いて予測する機能
を実現させるための共吸着エネルギーの予測プログラム。
【請求項7】
コンピューターに、
表面を有する金属と、自然数の添字iで識別される複数種の吸着分子と、を選定する機能と、
前記表面に吸着するそれぞれの前記吸着分子の被覆率θiを仮定する機能と、
それぞれの前記吸着分子の分極率αiを所与のデータから抽出する機能と、
それぞれの前記吸着分子の内部に誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを所与のデータから抽出する機能と、
それぞれの前記吸着分子の中心と界面との距離diを見積もる機能と、
それぞれの前記吸着分子の初期吸着エネルギーΔE0 iを仮定する機能と、
前記金属とそれぞれの前記吸着分子との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iを仮定する機能と、
量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求める機能と、
前記式(2)で求める第一項と、前記式(3)で求める前記電気双極子モーメントP0 inside iの加重平均P0 insideおよび前記式(4)で求める前記電気双極子モーメントP0 interface iの加重平均P0 interfaceを含む第二項と、の和である予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するまで前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interface iの修正を繰り返す機能と、
前記予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似した場合には、そのとき仮定した前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interfaceを採用して共吸着エネルギーΔEads.の前記予測式を確定する機能と、
を実現させるための共吸着エネルギーの予測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
金属の表面に吸着した分子の電気双極子間の相互作用モデルが、吸着エネルギーの被覆率依存性を推定するのに適した近似解析形式で提示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】平井貴裕, 大越昌樹, 石川敦之, 中井浩, Journal of Computer Chemistry, Japan, 18 (2019), p.70-77
【非特許文献2】Robert G. Parr and Pratim K. Chattaraji, Journal of the American Chemical Society, (米), 113 (1991), p.1854-1856
【非特許文献3】R. G. Parr and R. G. Pearson, Journal of the American Chemical Society, (米), 105 (1983), p.7512-7516.
【非特許文献4】Anton Kokalj, Physical Review B, 84 (2011), 045418.
【非特許文献5】Computational Chemistry Comparison and Benchmark DataBase, [online], National Institute of Standards and Technology,インターネット <URL:https://cccbdb.nist.gov/introx.asp>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1は、吸着エネルギーを吸着分子の被覆率の一次式で近似する技術を開示する。この技術は、1種類の気体分子が金属の表面に多数吸着した構造モデルを対象とする。非特許文献1は、複数種類の気体分子が金属の表面に混在して吸着(共吸着)した場合における、吸着分子間の相互作用を考慮していない。
【0005】
ところで、共吸着エネルギーの計算手法として、量子化学計算が挙げられる。この計算方法の問題点は、莫大な計算時間を要することである。また、共吸着する分子の種類と被覆率とが多様に変化する場合には、想定される構造モデルの候補は、膨大な数になる。したがって、興味のある共吸着エネルギーを量子化学計算で求めようとすると、膨大な数の構造モデルの全てについて莫大な計算時間を必要とする。つまり、それら膨大な数の構造モデルの全てについて化学量子計算を行うことは、時間的にも費用的にも極めて困難をともなう。
【0006】
そこで、共吸着エネルギーを予測する方法が望まれている。量子化学計算に時間を費やすことなく共吸着エネルギーを予測できれば、例えば、触媒設計の効率を向上できる。
【0007】
本発明は、必要最小限度の化学量子計算によってパラメーターを定めて、共吸着エネルギーを予測可能な共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するため本発明に係る共吸着エネルギーの予測方法は、金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーを式(1)から式(13)を用いて予測する。
【0009】
【数1】
【0010】
【数2】
【0011】
【数3】
【0012】
【数4】
【0013】
【数5】
【0014】
【数6】
【0015】
【数7】
【0016】
【数8】
【0017】
【数9】
【0018】
【数10】
【0019】
【数11】
【0020】
また、前記の課題を解決するため本発明に係る共吸着エネルギーの予測方法は、金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーを前記式(2)から式(15)を用いて予測する。
【0021】
【数12】
【0022】
【数13】
【0023】
さらに、前記の課題を解決するため本発明に係る共吸着エネルギーの予測方法は、表面を有する金属と、自然数の添字iで識別される複数種の吸着分子と、を選定し、前記表面に吸着するそれぞれの前記吸着分子の被覆率θiを仮定し、それぞれの前記吸着分子の分極率αiを所与のデータから抽出し、それぞれの前記吸着分子内部に誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを所与のデータから抽出し、それぞれの前記吸着分子の中心と界面との距離diを見積もり、それぞれの前記吸着分子の初期吸着エネルギーΔE0 iを仮定し、前記金属とそれぞれの前記吸着分子との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iを仮定し、量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求め、前記式(2)で求める第一項と、前記式(3)で求める前記電気双極子モーメントP0 inside iの加重平均P0 insideおよび前記式(4)で求める前記電気双極子モーメントP0 interface iの加重平均P0 interfaceを含む第二項と、の和である予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するまで前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interface iの修正を繰り返し、前記予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似した場合には、そのとき仮定した前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interfaceを採用して共吸着エネルギーΔEads.の前記予測式を確定する。
【0024】
また、前記の課題を解決するため本発明に係る共吸着エネルギーの予測プログラムは、コンピューターに、金属の表面に吸着する複数種の吸着分子の共吸着エネルギーを前記式(1)から前記式(13)を用いて予測する機能を実現させる。
【0025】
さらに、前記の課題を解決するため本発明に係る共吸着エネルギーの予測プログラムは、コンピューターに、表面を有する金属と、自然数の添字iで識別される複数種の吸着分子と、を選定する機能と、前記表面に吸着するそれぞれの前記吸着分子の被覆率θiを仮定する機能と、それぞれの前記吸着分子の分極率αiを所与のデータから抽出する機能と、それぞれの前記吸着分子の内部に誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを所与のデータから抽出する機能と、それぞれの前記吸着分子の中心と界面との距離diを見積もる機能と、それぞれの前記吸着分子の初期吸着エネルギーΔE0 iを仮定する機能と、前記金属とそれぞれの前記吸着分子との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iを仮定する機能と、量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求める機能と、前記式(2)で求める第一項と、前記式(3)で求める前記電気双極子モーメント電気双極子モーメントP0 inside iの加重平均P0 insideおよび前記式(4)で求める前記電気双極子モーメントP0 interface iの加重平均P0 interfaceを含む第二項と、の和である予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するまで前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interface iの修正を繰り返す機能と、前記予測式で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似した場合には、そのとき仮定した前記初期吸着エネルギーΔE0 iおよび前記電気双極子モーメントP0 interfaceを採用して共吸着エネルギーΔEads.の前記予測式を確定する機能と、を実現させる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、必要最小限度の化学量子計算によってパラメーターを定めて、共吸着エネルギーを予測可能な共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムの適用例である車両のブロック図。
図2】本発明の実施形態に係る吸着エネルギーを予測する予測式の概念図。
図3】共吸着エネルギーを予測する手順を示すフローチャート。
図4】共吸着エネルギーを求める構造モデルの一例を示す図。
図5】一酸化炭素分子に係る内部エネルギーと電子数との関係を示す図。
図6】予測式で求めた共吸着エネルギーと量子化学計算で求めた共吸着エネルギーとを比較するグラフ。
図7】比較例で見積もった共吸着エネルギーと量子化学計算で求めた共吸着エネルギーとを比較するグラフ。
図8】一酸化炭素分子の被覆率と酸素原子の被覆率との和が100パーセントの吸着構造における、被覆率に対する吸着エネルギーの変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムの実施形態について図1から図8を参照して説明する。なお、複数の図面中、同一または相当する構成には同一の符号が付されている。
【0029】
図1は、本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムの適用例である車両のブロック図である。
【0030】
図1に示すように、車両1は、内燃機関2と、内燃機関2が排出する排気ガスを導く排気管3と、排気管3に設けられる触媒5と、を備えている。
【0031】
触媒5は、例えば三元触媒(three-way catalyst、TWC)である。触媒5は、内燃機関2の排気ガスに含まれる有害成分、例えば炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、および窒素酸化物(NOx)を酸化反応および還元反応によって浄化して水(H2O)、二酸化炭素(CO2)、および窒素(N2)を排出する。触媒5は、例えば白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)のような貴金属を担持している。なお、排気ガスは、有害成分の他に酸素(O2)を含んでいる。
【0032】
本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムは、例えば、車両1の触媒5のように、共吸着分子の種類、および共吸着分子による金属表面の被覆率が多様に変化する場合の共吸着エネルギーの予測を対象とする。
【0033】
なお、本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測方法を、以下、単に「本予測方法」と呼び、本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測プログラムを、以下、単に「本予測プログラム」と呼ぶ。
【0034】
ここで、共吸着エネルギーを予測する予測式の導出について説明する。導出の過程で用いられる記号の意味を表1から表3に示す。表1から表3において単位[-]は、無次元量である。表1の記号の欄から表3の記号の欄について、次元を有する物理量は斜体で記載し、次元を有するベクトル量は太字の斜体で記載する。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
図2は、本発明の実施形態に係る吸着エネルギーを予測する予測式の概念図である。
【0039】
図2において、一方の気体分子11の種々の特性に添え字「A」を付して識別し、他方の気体分子12の種々の特性に添え字「B」を付して識別する。明細書中で一般化して論じる場合には、それら気体分子11、12の特性に添え字「i」を付して識別する。また、金属15の表面16に吸着した気体分子11、12を、吸着分子11、12と呼ぶ場合がある。例えば、一方の気体分子11は、例えば一酸化炭素(CO)であって、他方の気体分子12は、例えば窒素酸化物(NOx)であるように、気体分子11、12は相互に異なる種類の物質である。なお、それぞれの気体分子11、12は、少なくとも1個の気体分子を含むのであって、複数の同種の気体分子を含んでいても良い。
【0040】
図2(a)は、それぞれの気体分子11、12と金属15の表面16とが互いに十分に離れており、相互作用が無い初期状態を示している。それぞれの気体分子11、12は、内部に誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを持つものとし、かつ化学ポテンシャルμiを持つものとする。金属15の表面16は、化学ポテンシャルμMetalを持つものとする。
【0041】
図2(a)の初期状態から図2(b)に示す状態に遷移する。図2(b)は、それぞれの気体分子11、12と金属15の表面16とが熱平衡に達した状態を示している。系全体の化学ポテンシャルμwholeが一様の値になるものとする。このときの電荷移動にともなうエネルギー変化をΔEC.T.とする。
【0042】
図2(b)の状態から図2(c)に示す状態に遷移する。図2(c)は、気体分子11、12間の相互作用を無視してそれぞれの気体分子11、12が金属15の表面16に吸着した状態を示している。それぞれの吸着分子11、12と金属15の表面16との界面に電気双極子モーメントP0 interface iが生じるものとする。金属15の内部にそれぞれの吸着分子11、12の鏡像の電気双極子モーメントP0 inside iが励起されるものとする。この過程におけるエネルギー変化を初期吸着エネルギーΔE0とおく。
【0043】
最後に図2(d)に示すように、図2(a)で無視した気体分子11、12間の相互作用が補正される。周囲の吸着分子11、12によりそれぞれの吸着分子11、12の中心位置に電場ベクトルEinside iが生じるものとする。電場ベクトルEinside iによって、電気双極子モーメントP0 inside iは、電気双極子モーメントPinside iに変化するものとする。また、それぞれの吸着分子11、12と金属15との界面に電場ベクトルEinterface iが生じるものとする。電場ベクトルEinterface iによって、電気双極子モーメントP0 interface iは、電気双極子モーメントPinterface iに変化するものとする。それらの変化は、誘電分極である。この過程におけるエネルギー変化を、電気双極子間の相互作用による吸着分子11、12の1個あたりのエネルギー変化ΔEdip.と呼ぶ。
【0044】
図2(a)から図2(d)を経て、共吸着エネルギーΔEads.は、式(16)で見積もられる。
【0045】
【数14】
【0046】
共吸着エネルギーΔEads.、電荷移動にともなうエネルギー変化ΔEC.T.、初期吸着エネルギーΔE0、およびエネルギー変化ΔEdip.は、吸着分子11、12の1個あたりで定義する。
【0047】
気体分子11、12間の相互作用を無視しているため、初期吸着エネルギーΔE0は、吸着分子11、12の種類のみに依存する定数で表現できる。そこで、初期吸着エネルギーの加重平均ΔE0は、それぞれの吸着分子11、12の初期吸着エネルギーΔE0 i、およびそれぞれの吸着分子11、12の被覆率θiから式(17)で計算できる。
【0048】
【数15】
【0049】
電荷移動にともなう系全体のエネルギー変化ΔEC.T.は、HSAB(Hard and Soft Acids and Bases)則で見積もり、エネルギー変化ΔEdip.は、Maxwell電磁気学で見積もる。
【0050】
先ず、非特許文献2、および非特許文献3に記載のようにHSAB則によると、気体分子11、12の化学的性質は、化学ポテンシャルμと化学的柔らかさS(Softness)とで表現できる。したがって、それぞれの気体分子11、12の化学ポテンシャルμiは、気体分子11、12の内部エネルギーEi、気体分子11、12に含まれる電子数Niから式(18)のように定義される。また、それぞれの気体分子11、12の化学的柔らかさSiは、式(19)のように定義される。
【0051】
【数16】
【0052】
【数17】
【0053】
電荷移動にともなうそれぞれの気体分子11、12の化学ポテンシャルμiの変化Δμiは、式(20)で計算できる。
【0054】
【数18】
【0055】
気体分子11、12に含まれる電子数Niは、電荷移動前の電子数を基準とした。電荷移動後の系全体の化学ポテンシャルμwholeは一定の値になる。すなわち、電荷移動後の気体分子11、12の化学ポテンシャルμi(ΔNi)が、系全体の化学ポテンシャルμwholeと一致するため、式(21)の関係が成立する。
【0056】
【数19】
【0057】
さらに電荷移動にともなう内部エネルギーの変化ΔEiは、式(22)で計算できる。
【0058】
【数20】
【0059】
[数21]のように気体分子11、12に対する電子の移動量ΔNiが零ならば(ΔEi÷ΔNi)は電荷中性状態の気体分子11、12の化学ポテンシャルμi(0)より、C1を電荷中性状態の気体分子11、12の化学ポテンシャルμi(0)とした。また式(22)の変形の仮定で式(19)を差分で近似表現して得られる関係式ΔNi=Si×Δμiを用いた。
【0060】
【数21】
【0061】
以上より、電荷移動にともなうエネルギー変化ΔEC.T.は、式(23)で計算できる。
【0062】
【数22】
【0063】
電荷移動後の系全体の化学ポテンシャルμwholeは、以下のように計算できる。
【0064】
先ず、金属15の表面16の持つ電荷の総和は、金属原子1つあたりに対する電子の移動量ΔNmetalと表面16に露出した金属原子の数nmetalとの積で見積もられる。また、吸着分子11、12の持つ電荷の総和は、気体分子11、12に対する電子の移動量ΔNiと吸着分子11、12の被覆率θiと表面16に露出した金属原子の数nmetalとの積となる。系全体の電子数は保存するため、式(24)が得られる。
【0065】
【数23】
【0066】
なお、電荷中性状態での金属15の表面16の化学ポテンシャルμmetal(0)、金属15の表面16の化学的柔らかさSmetal、および[数24]より式(24)を整理した。
【0067】
【数24】
【0068】
非特許文献2、および非特許文献3が2つの物質の化学反応を考慮しているところ、式(22)、および式(23)に示すように、本予測方法は、2つの気体分子11、12および金属15の表面16、つまり3つの物質の化学反応にともなうエネルギー変化を予測する。また、本予測方法は、反応物は2つの気体分子11、12と金属15の表面16に限定されず、3つ以上の物質間の電荷移動による化学反応のエネルギーを予測できる。
【0069】
次いで、電気双極子間の相互作用による吸着分子11、12の1個あたりのエネルギー変化ΔEdip.について説明する。
【0070】
Maxwell電磁気学によると、電気双極子モーメントPが位置ベクトルrに作る電場ベクトルEは、式(25)で表される。
【0071】
【数25】
【0072】
簡単のため吸着分子11、12を1種類と近似すると、式(26)が得られる。任意の吸着分子11、12を基準に測定した他の吸着分子11、12の位置ベクトルRから、Rdは式(27)で定義され、R2dは式(28)で定義される。Rndは、任意の電気双極子モーメントを基準に測定した他の電気双極子モーメントの位置ベクトルである。
【0073】
【数26】
【0074】
【数27】
【0075】
式(26)の第一項は、周囲の吸着分子11、12の内部の電気双極子モーメントPinsideが励起する電場ベクトルであり、第二項は周囲の吸着分子11、12と金属15との界面に励起される電気双極子モーメントPinterfaceが励起する電場ベクトルであり、第三項は周囲の鏡像の電気双極子モーメントPinsideが励起する電場ベクトルである。
【0076】
さらに、吸着分子11、12が垂直方向に配位しており吸着分子11、12の内部の電気双極子モーメントPinside、および金属15と吸着分子11、12との界面に励起される電気双極子モーメントPinterfaceも垂直方向を向くと考える。対称性より吸着分子11、12の中心位置に生じる電場ベクトルEinsideは垂直方向を向き、式(29)を得る。
【0077】
【数28】
【0078】
式(29)の計算は、非特許文献4を参考に式(30)を定義することで実施できる。
【0079】
【数29】
【0080】
式(30)を用いて式(29)を式(31)に変形する。
【0081】
【数30】
【0082】
六方晶の表面において式(32)のように近似される。
【0083】
【数31】
【0084】
ここで式(33)が定義される。
【0085】
【数32】
【0086】
同様の手順で金属と吸着分子との界面に生じる電場ベクトルEinterfaceは式(34)で計算できる。
【0087】
【数33】
【0088】
ここで誘電分極を考慮する。吸着分子11、12の内部には最初に誘電分極が無いと仮定した電気双極子モーメントP0 insideが存在し、これが吸着分子の中心位置に生じる電場ベクトルEinsideにより吸着分子の内部の電気双極子モーメントPinsideに変化したと考える。このとき式(36)が得られる。
【0089】
【数34】
【0090】
同様に式(36)も成立する。
【0091】
【数35】
【0092】
以上の式を解くと、式(37)、および式(38)が得られる。
【0093】
【数36】
【0094】
ここで式(37)、式(38)のA、B、Cは、式(39)から式(41)で定義される。
【0095】
【数37】
【0096】
電気双極子モーメントPが電場ベクトルE中に存在するとき、ポテンシャルエネルギーは[数38]に安定化する。しかしながら、電気双極子モーメントPが電場ベクトルEによって励起された場合には、安定化するエネルギーは[数39]だけ減少する。初期の電気双極子モーメントP0と電気双極子モーメントPとは、[数40]の関係を有する。よって、安定化するエネルギーは、[数41]となる(非特許文献4)。以上のことから式(42)によってエネルギー変化ΔEdip.を計算できる。なお、出願様式の幅の制約から式(42)を3つの分数式の加算と減算とに分かち{ }で括った。
【0097】
【数38】
【0098】
【数39】
【0099】
【数40】
【0100】
【数41】
【0101】
【数42】
【0102】
式(42)の変形前の右辺の第1項は、吸着分子11、12内部の電気双極子によって安定化するエネルギーを示す。鏡像の電気双極子が安定化するエネルギーも同じ値となるため、第一項を2倍する。式(42)の変形前の右辺の第2項は、界面に励起される双極子によるエネルギー変化を示す。式(42)を具体的に計算するためには、最近接する吸着分子11、12間の距離Rnn、吸着分子11、12の中心と界面との距離の加重平均d、吸着分子11、12の分極率の加重平均α、誘電分極が無いと仮定した場合における吸着分子11、12の内部の電気双極子モーメントの加重平均P0 inside、誘電分極が無いと仮定した場合における金属15と吸着分子11、12との界面に励起される電気双極子モーメントの加重平均P0 interfaceを決定する。六方晶の(111)表面において、表面16の金属原子1個が占める面積は、[数43]であるため、吸着分子1個が占める面積は、[数44]である。被覆率θは、式(43)で計算する。なお、式(42)の変形後の右辺は1つの分数式に纏めることができるが、出願様式の幅の制約から3つの分数式の加算と減算とに分かち{ }で括った。
【0103】
【数43】
【0104】
【数44】
【0105】
【数45】
【0106】
吸着分子11、12も六方晶に配列すると仮定すると、最近接する吸着分子11、12間の距離Rnnは式(44)で見積もられる。
【0107】
【数46】
【0108】
複数種の吸着分子11、12の中心と界面との距離d、複数種の吸着分子11、12の分極率α、誘電分極が無いと仮定した場合における吸着分子11、12の内部の電気双極子モーメントP0 inside、金属15と吸着分子11、12との界面に励起される電気双極子モーメントP0 interfaceは、それぞれの吸着分子11、12の持つ値の平均値で近似する。すなわち、それぞれの吸着分子11、12の持つ電気双極子モーメントP0 inside i、それぞれの吸着分子11、12と金属15の表面16と界面に励起されるそれぞれの電気双極子モーメントP0 interface i、それぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離di、それぞれの吸着分子11、12の分極率αiについて、平均値を式(45)から式(48)のように定義する。加重係数は、対応する吸着分子11、12の被覆率θiである。
【0109】
【数47】
【0110】
よって、それぞれの吸着分子11、12の持つ電気双極子モーメントP0 inside i、それぞれの吸着分子11、12と金属15の表面16との界面に励起されるそれぞれの電気双極子モーメントP0 interface i、それぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離di、それぞれの吸着分子11、12の分極率αi、およびそれぞれの吸着分子11、12の被覆率θiを指定することで式(42)を計算できる。
【0111】
それぞれの吸着分子11、12の分極率αi、およびそれぞれの吸着分子11、12の持つ電気双極子モーメントP0 inside iには、文献値が存在する。それぞれの吸着分子11、12の被覆率θiは、考慮する吸着構造から決定される。それぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離diは、例えば吸着分子11、12の分子半径で見積もられる。
【0112】
それぞれの吸着分子11、12と金属15の表面16との界面に励起されるそれぞれの電気双極子モーメントP0 interface iは、フリーパラメーター(自由パラメーター)として取り扱われる。
【0113】
本予測方法および本予測プログラムは、1分子を3個の電気双極子モーメントで表現すること、すなわち共吸着分子n個の相互作用を3n個の電気双極子モーメントで近似すること、その相互作用を記述する数式を解析的に導出したこと、の二点について、物質表面に吸着した分子間の電気双極子モーメントを計算する方法を開示する非特許文献4と異なる。
【0114】
以上より、式(16)は、予測式(49)のように書き換えられる。なお、出願様式の幅の制約から予測式(49)の第三項を3つの分数式の加算と減算とに分かち{ }で括った。
【0115】
【数48】
【0116】
予測式(49)を用い、図3に示す手順で共吸着エネルギーΔEads.を予測できる。
【0117】
図3は、共吸着エネルギーΔEads.を予測する手順を示すフローチャートである。
【0118】
図3に示すように、本予測方法は、大きく7つのステップを含んでいる。
【0119】
第一ステップS1は、0より大きい整数の添字iで識別される複数種の吸着分子11、12と、表面16を有する金属15と、を選定する手順、および表面16に吸着するそれぞれの吸着分子11、12の被覆率θiを仮定する手順である。つまり、第一ステップS1は、想定される構造モデルの候補を選定する手順である。
【0120】
第二ステップS2は、それぞれの吸着分子11、12の化学ポテンシャルμiと、それぞれの吸着分子の化学的柔らかさSiと、を量子化学計算で算出する手順、それぞれの吸着分子11、12の分極率αiを所与のデータから抽出する手順、それぞれの吸着分子11、12の内部の誘電分極が無いと仮定した場合における電気双極子モーメントP0 inside iを所与のデータから抽出する手順、およびそれぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離diを見積もる手順である。
【0121】
第三ステップS3は、金属15の表面16とそれぞれの吸着分子11、12との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iを仮定する手順、およびそれぞれの吸着分子11、12の初期吸着エネルギーΔE0 iを仮定する手順である。
【0122】
第四ステップS4は、量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求める手順である。
【0123】
第五ステップS5は、予測式(49)で算出する共吸着エネルギーΔEads.が第四ステップS4の量子化学計算で求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するか否かを判断する手順である。
【0124】
そして、予測式(49)で算出する共吸着エネルギーΔEads.が量子化学計算によって求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似するまで、第六ステップS6で複数の電気双極子モーメントP0 interface iと初期吸着エネルギーΔE0 iとを修正し、ステップS4からステップS5を繰り返す。
【0125】
予測式(49)で算出する共吸着エネルギーΔEads.が第四ステップS4の量子化学計算で求めた共吸着エネルギーΔEads.に近似した場合には、第七ステップS7で、そのとき仮定した電気双極子モーメントP0 interface、およびそれぞれの気体分子11、12の初期吸着エネルギーΔE0 iを採用して共吸着エネルギーΔEads.の予測式(49)を確定する。
【0126】
次いで、具体的な手順を説明する。
【0127】
先ず、第四ステップS4の量子化学計算によって共吸着エネルギーΔEads.を求める手順について説明する。第四ステップS4の実行に当たって第一ステップS1の実施を前提としている。
【0128】
図4は、共吸着エネルギーを求める構造モデルの一例を示す図である。
【0129】
図4に示すように、金属15としてのロジウム(Rh)の表面16に吸着分子11、12としての一酸化炭素分子(CO)と酸素原子(O)とが吸着した構造を想定した(第一ステップS1)。ロジウム(Rh)の表面16は、周期境界条件を課した(111)-(2×2)表面である。表面16の代表的な吸着サイトとしてFCCサイト、HCPサイト、およびTopサイトの3種類を仮定した。それぞれの吸着分子11、12の被覆率θiを25パーセントから100パーセントの間で変化させた。それぞれの吸着分子11、12の比率、つまり一酸化炭素分子(CO)と酸素原子(O)との比率を0パーセントから100パーセントの間で変化させた。
【0130】
そして、想定した吸着構造ついて、吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーΔEads.を、量子化学計算によって式(50)から求めた。
【0131】
【数49】
【0132】
式(50)で用いられる記号の意味を表4に示す。表4において単位[-]は、無次元量である。また、量子化学計算によって式(50)から求めた吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーΔEads.を表5に示す。
【0133】
【表4】
【0134】
【表5】
【0135】
次いで、第五ステップS5を行うため予測式(49)を用いて吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーΔEads.を求める。
【0136】
それぞれの吸着分子11、12の分極率αi、およびそれぞれの吸着分子11、12の電気双極子モーメントP0 inside iに非特許文献5に記載の値を採用した(第二ステップS2)。複数種の吸着分子11、12の分極率の加重平均αは、式(46)による。電気双極子モーメントP0 insideは、式(47)による。
【0137】
次いで、それぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離diを見積もった(第二ステップS2)。一酸化炭素分子(CO)の中心と界面との距離diは、ロジウム原子(Rh)の原子半径、炭素原子(C)の原子半径、および一酸化炭素分子(CO)の結合距離の半分の和で見積もった。酸素原子(O)の中心と界面との距離diは、ロジウム(Rh)の原子半径と酸素原子(O)の原子半径との和で見積もった。それぞれの吸着分子11、12の中心と界面との距離diの加重平均dは、式(45)による。
【0138】
それぞれの気体分子11、12の化学ポテンシャルμiは、式(18)を用いて量子化学計算で求めた(第二ステップS2)。また、それぞれの気体分子11、12の化学的柔らかさSiは、式(19)を用いて量子化学計算で求めた(第二ステップS2)。
【0139】
図5は、一酸化炭素分子(CO)に係る内部エネルギーEiと電子数Niとの関係を示す図である。
【0140】
図5に示すように、電子数Niを変化させて一酸化炭素分子(CO)の内部エネルギーEiを量子化学計算で求めた。
【0141】
図5に示すように、一酸化炭素分子(CO)に係る内部エネルギーEと電子数Nとの間には、[数50]の近似曲線の関係がある。
【0142】
【数50】
【0143】
式(18)から、一酸化炭素分子(CO)の化学ポテンシャルμは、[数51]のように求まる。
【0144】
【数51】
【0145】
また、式(19)から、一酸化炭素分子(CO)の化学的柔らかさSは、[数52]のように求まる。
【0146】
【数52】
【0147】
それぞれの気体分子11、12の初期吸着エネルギーΔE0 i、および金属15の表面16とそれぞれの吸着分子11、12との界面に励起される複数の電気双極子モーメントP0 interface iはフリーパラメーターである。そのため、それら2つのフリーパラメーター(ΔE0 i、P0 interface i)の値を、量子化学計算が再現される値に決定した(第三ステップS3)。それぞれの気体分子11の初期吸着エネルギーの加重平均ΔE0は、式(17)による。金属15の表面16とそれぞれの吸着分子11、12との界面に励起される電気双極子モーメントP0 interface iの加重平均P0 interfaceは、式(48)による。
【0148】
表6および表7に解析に用いたパラメーターを示す。
【0149】
【表6】
【0150】
【表7】
【0151】
表6および表7に示すパラメーターの値、および予測式(49)を用いて吸着分子の1個あたりの共吸着エネルギーΔEads.を求めた。
【0152】
図6は、予測式(49)で求めた共吸着エネルギーΔEads.と量子化学計算で求めた表5の共吸着エネルギーΔEads.とを比較するグラフである(第五ステップS5)。
【0153】
図6に示すように、予測式(49)で求めた共吸着エネルギーΔEads.と量子化学計算で求めた表5の共吸着エネルギーΔEads.とを比較した。
【0154】
予測式(49)を用いる本予測方法により、0.058(eV)の絶対平均誤差(Mean Absolute Error、MAE)で共吸着エネルギーΔEads.を予測できることが示された。
【0155】
次いで、比較例について説明する。
【0156】
非特許文献1は、被覆率θの一次式で共吸着エネルギーΔEads.を表現することを提案している。この考え方を応用すると、それぞれの吸着分子11、12の吸着エネルギーΔEads.iは、式(51)で計算できる。そして、吸着分子11、12の1個あたりの共吸着エネルギーΔEads.は、式(52)で見積もることができる。
【0157】
【数53】
【0158】
式(51)の係数ai、係数biは、フリーパラメーターである。量子化学計算で求めた表5の共吸着エネルギーΔEads.に対応するように、それら係数ai、係数biを表8の値にフィッティングした。
【0159】
【表8】
【0160】
図7は、比較例である式(52)で見積もった共吸着エネルギーΔEads.と量子化学計算で求めた表5の共吸着エネルギーΔEads.とを比較するグラフである。
【0161】
図7に示すように、式(52)で共吸着エネルギーΔEads.を見積もることにより、0.066 (eV)の絶対平均誤差で共吸着エネルギーΔEads.を予測できる。つまり、本予測方法は、非特許文献1で提案された方法より高精度に共吸着エネルギーΔEads.を予測できることが示された。
【0162】
本予測方法の有効性が顕著な一例は、一酸化炭素分子(CO)と酸素原子(O)とが金属15の表面16に吸着した吸着構造に現れる。
【0163】
図8は、一酸化炭素分子(CO)の被覆率θCOと酸素原子(O)の被覆率θOとの和が100パーセントの吸着構造における、被覆率θCOに対する吸着エネルギーの変化を示す図である。
【0164】
図8に示すように、量子化学計算(図8中の「◇」)によると、一酸化炭素分子(CO)の被覆率θCOが50パーセント、酸素原子(O)の被覆率θOが50パーセントの時に共吸着エネルギーΔEads.が最も安定化する。
【0165】
比較例(図8中の「△」)は、一酸化炭素分子(CO)の被覆率θCOに対して共吸着エネルギーΔEads.が線形に変化すると予測しており、予測精度が悪い。
【0166】
本予測方法(図8中の「□」)は、一酸化炭素分子(CO)の被覆率θCOに対して共吸着エネルギーΔEads.が極小値を持つことを再現できている。このことから、本予測方法は比較例より優れていることが分かる。
【0167】
なお、本予測方法は、吸着分子1種類あたり2個のフリーパラメーター(ΔE0 i、P0 interface i)をフィッティングする必要がある。比較例でも、吸着分子1種類あたり2個のフリーパラメーター(ai、bi)をフィッティングする必要がある。つまり、説明変数の数は、本予測方法と比較例とで同じである。説明変数の数が同じであるにも係わらず、本予測方法のほうが量子化学計算を精度よく予測できており、提案した予測式(49)の優位性は明らかである。
【0168】
また、発明者は、予測式(49)の第二項を省略した第二予測式(53)によっても共吸着エネルギーΔEads.を予測可能であることを確認した。なお、出願様式の幅の制約から第二予測式(53)の第二項を3つの分数式の加算と減算とに分かち{ }で括った。予測式(49)の第二項、つまり電荷移動にともなうエネルギー変化をΔEC.T.を無視した第二予測式(53)で求めた共吸着エネルギーΔEads.と量子化学計算で求めた表5の共吸着エネルギーΔEads.との絶対平均誤差は、比較例よりも優位であった。
【0169】
【数54】
【0170】
さらに、誘電分極を無視して、吸着分子の分極率の加重平均α=0としても良い。この場合には、第三予測式(54)により共吸着エネルギーΔEads.を予測できる。なお、出願様式の幅の制約から第三予測式(54)の第二項を3つの式の減算に分かち{ }で括った。
【0171】
【数55】
【0172】
また、[数56]のように近似すると、第三予測式(54)のA、B、Cは[数57]のように整理される。この場合には、第四予測式(55)により共吸着エネルギーΔEads.を予測できる。
【0173】
【数56】
【0174】
【数57】
【0175】
【数58】
【0176】
本予測方法は、金属15の表面16への気体分子11、12の共吸着エネルギーΔEads.を精度よく予測する。そのため、本予測方法は、触媒5の材料の設計に有効に活用できるし、触媒5の材料の高精度な設計を可能にする。また、センサー材料や撥水被膜の探索においても吸着エネルギーが説明変数に用いられている。よって、本予測方法は、触媒5の材料の設計のみならず、多様な機能性材料の設計に応用できる。
【0177】
また、本予測プログラムは、本予測方法を実行する機能をコンピューターに実現させる。つまり、本予測プログラムは、本予測方法によって確定される予測式(予測式(49)、第二予測式(53)、第三予測式(54)、第四予測式(55))を用いて共吸着エネルギーΔEads.を予測する機能をコンピューターに実現させる。また、本予測プログラムは、図3の第一ステップS1から第七ステップS7を実行する機能をコンピューターに実現させる。つまり、本予測プログラムは、第一ステップS1から第七ステップS7の実行を経て、予測式(予測式(49)、第二予測式(53)、第三予測式(54)、第四予測式(55))を確定させる機能をコンピューターに実現させる。そのような本予測プログラムは、気体分子11、12の共吸着エネルギーΔEads.を予測するComputer Aided Engineering(CAE)ソフトウェアーとして提供される。
【0178】
したがって、本予測方法および本プログラムによれば、必要最小限度の化学量子計算によってパラメーターを定めて、共吸着エネルギーを予測することができる。
【符号の説明】
【0179】
1…車両、2…内燃機関、3…排気管、5…触媒、11、12…気体分子、15…金属、16…金属の表面。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8