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特開2024-156506半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼、およびそれを用いた半硬質磁性部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156506
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼、およびそれを用いた半硬質磁性部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241029BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241029BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20241029BHJP
   H01F 1/047 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
C22C38/00 303H
C22C38/60
C21D6/00 A
H01F1/047
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071024
(22)【出願日】2023-04-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】久井 志紘
(72)【発明者】
【氏名】森田 晋也
(72)【発明者】
【氏名】池田 憲史
【テーマコード(参考)】
5E040
【Fターム(参考)】
5E040AA11
5E040AA19
5E040CA05
5E040HB11
5E040NN01
(57)【要約】
【課題】低原料コストであり、且つ焼入れ焼戻し処理を施すことによって十分な半硬質磁気特性が得られる半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼を提供する。
【解決手段】C:0.30質量%以上1.50質量%以下、Si:0.75質量%以下(0質量%を含まない)、Mn:2.00質量%以下(0質量%を含まない)、P:0.050質量%以下(0質量%を含む)、S:0.050質量%以下(0質量%を含む)、Cu:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、Ni:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、Cr:0.20質量%以上2.30質量%以下、Al:0.100質量%以下(0質量%を含まない)、Ti:0.100質量%以下(0質量%を含む)、V:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Nb:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Ta:1.00質量%以下(0質量%を含む)、W:1.00質量%以下(0質量%を含む)、B:0.010質量%以下(0質量%を含む)、Ca:0.100質量%以下(0質量%を含む)、Mg:0.100質量%以下(0質量%を含む)、Zr:0.100質量%以下(0質量%を含む)、およびN:0.0200質量%以下(0質量%を含む)を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、65面積%以上のパーライト組織を含み、前記パーライト組織中に球状炭化物相を1面積%以上含む、半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.30質量%以上1.50質量%以下、
Si:0.75質量%以下(0質量%を含まない)、
Mn:2.00質量%以下(0質量%を含まない)、
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、
Ni:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、
Cr:0.20質量%以上2.30質量%以下、
Al:0.100質量%以下(0質量%を含まない)、
Ti:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
V :1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Nb:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ta:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
W :1.00質量%以下(0質量%を含む)、
B :0.010質量%以下(0質量%を含む)、
Ca:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Mg:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Zr:0.100質量%以下(0質量%を含む)、および
N :0.0200質量%以下(0質量%を含む)を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
65面積%以上のパーライト組織を含み、
前記パーライト組織中に球状炭化物相を1面積%以上含む、半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼。
【請求項2】
請求項1に記載の半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼に、焼入れ焼戻し処理および部品加工を施すことを含む、半硬質磁性部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼、およびそれを用いた半硬質磁性部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、励磁時と無励磁時共に優れた磁気特性を必要とする電磁部品が増加している。該電磁部品に組み込まれる磁性部品として、永久磁石と軟磁性材料の中間の保磁力(500~20000A/m)を有する半硬質磁性部品が使用される。
【0003】
半硬質磁性部品は、金属組織を制御して磁壁の移動を抑制することにより、同じく磁性材として知られる軟磁性部品よりも高保磁力を有する。半硬質磁性部品は、その半硬質磁気特性として、500~20000A/mの保磁力を有しつつ、無励磁時の電磁力に影響する残留磁束密度が高く、蓄えられる磁気エネルギーを高めるために角形比が高いことが一般的に要望される。
【0004】
上記半硬質磁性部品を得るための鋼材(以下、「半硬質磁性部品用鋼材」とも称する)は、焼入れ処理などの半硬質磁気特性を得るための組織制御方法に関連して、焼入硬化鋼またはγ/α変態合金などとも呼ばれる。
半硬質磁性部品用鋼材に、焼入れ焼戻し処理などの熱処理を加えた後、部品加工を施すことで半硬質磁性部品が得られる。あるいは半硬質磁性部品用鋼材に部品加工を施した後に、焼入れ焼戻し処理を加えて半硬質磁性部品を得ることもできる。
【0005】
半硬質磁性部品用鋼材として、具体的には、例えばNi、Mn、Co、Crおよび/またはVなどを含有した鋼材が挙げられる。半硬質磁性部品用鋼材は、線材および棒鋼などの形態で用いられることが多い。
【0006】
特許文献1は、Niを5.0質量%以上含む半硬質磁性部品用鋼材を開示している。特許文献2は、Cuを2.0質量%以上含む半硬質磁性部品用鋼材を開示している。非特許文献1は、Fe-Co-V系の半硬質磁性部品用鋼材(Co含有量は例えば30質量%以上、V含有量は例えば3質量%以上)を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2013/027665号
【特許文献2】特開2008-274399号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】木村康夫、“半硬質磁性材料の現状”、日本金属学会会報、1970年、第9巻、第11号、p.703-707
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1~2および非特許文献1に開示されるような従来技術では、半硬質磁性部品用鋼材はいずれも多量の(例えば合計で2.0質量%以上の)Ni、Cu、Coおよび/またはV等の高価な元素を含有している。このような場合、原料コストが極めて高くなるおそれもある。単純に上記元素の量を減らすと、コスト低減等は可能であるが、上記元素は磁壁の移動を抑制する上で有用な元素でもあり、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性が著しく低下し得る。また、特許文献1~2および非特許文献1では、半硬質磁性部品用鋼材が線材又は棒鋼の形態を有することを開示していない。そのため、特許文献1~2および非特許文献1に開示されるような従来技術では、低コストにした上で、焼入れ焼戻し処理後に十分な半硬質磁気特性を有する線材又は棒鋼を得るのは困難であった。
【0010】
本開示はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、低原料コストであり、且つ焼入れ焼戻し処理を施すことによって十分な半硬質磁気特性が得られる半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼、およびそれを用いた半硬質磁性部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の態様1は、
C :0.30質量%以上1.50質量%以下、
Si:0.75質量%以下(0質量%を含まない)、
Mn:2.00質量%以下(0質量%を含まない)、
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、
Ni:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、
Cr:0.20質量%以上2.30質量%以下、
Al:0.100質量%以下(0質量%を含まない)、
Ti:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
V :1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Nb:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ta:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
W :1.00質量%以下(0質量%を含む)、
B :0.010質量%以下(0質量%を含む)、
Ca:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Mg:0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Zr:0.100質量%以下(0質量%を含む)、および
N :0.0200質量%以下(0質量%を含む)を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
65面積%以上のパーライト組織を含み、
前記パーライト組織中に球状炭化物相を1面積%以上含む、半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼である。
【0012】
本発明の態様2は、
態様1に記載の半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼に、焼入れ焼戻し処理および部品加工を施すことを含む、半硬質磁性部品の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態によれば、低原料コストであり、且つ焼入れ焼戻し処理を施すことによって十分な半硬質磁気特性が得られる半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼、およびそれを用いた半硬質磁性部品の製造方法を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、低原料コストであり、且つ焼入れ焼戻し処理を施すことによって十分な半硬質磁気特性(高角形比および高残留磁束密度)が得られる半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼を実現するべく、様々な角度から検討した。
まず、本発明者らは、低原料コストを実現するために、Ni、Cu、Coおよび/またはVといった高価な元素の含有量を合計で2.0質量%未満(好ましくは1.0質量%未満)にすることを考えた。
【0015】
上記成分組成の制約の中で、本発明者らは、焼入れ焼戻し処理により、焼戻しマルテンサイト相を形成可能な金属組織について検討した。当該焼戻しマルテンサイト相は、例えばフェライト相よりも結晶粒が微細であり、微細な結晶粒が磁壁の移動をピン止めすることで、角形比を向上させることができる。
焼戻しマルテンサイト相の結晶粒を微細化して角型比を向上させるために、固溶C量を増加させることが考えられる。しかしながら、当該固溶C量を増加させると、焼戻しマルテンサイト相の磁気モーメントが低下して半硬質磁性部品の残留磁束密度が低下する。
【0016】
そこで、本発明者らは、焼入れ焼戻し処理において固溶しやすい炭化物相と、固溶しにくい炭化物相の両方を含む金属組織を検討した。その結果、所定の成分組成に調整した上で、固溶しやすいように伸長した炭化物相を含むパーライト組織を所定の割合含有させると共に、固溶しにくい球状炭化物相を当該パーライト組織中に所定の割合含有させることにより、焼入れ焼戻し後に十分な半硬質磁気特性が得られる半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼を見出した。
【0017】
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。なお、本明細書において、「半硬質磁性」とは、保磁力が500~20000A/mの範囲内であることを意味する。また、本明細書において「部品」とは、部品加工が施されたものを指す。部品加工が施されていないものは、例えば、圧延及び/又は伸線の結果、円柱状、直方体状など、中実構造が一方向に直線的に延在する単純形状であり得るが、部品加工が施されているものは、圧延及び/又は伸線に加えて、さらに鍛造、切削などの加工が施された結果、研削部分、曲げ部分及び/又は開口部分を有するなど、中実構造が一方向に直線的に延在していない複雑な形状であり得る。
【0018】
<1.成分組成>
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、成分組成が、C:0.30質量%以上1.50質量%以下、Si:0.75質量%以下(0質量%を含まない)、Mn:2.00質量%以下(0質量%を含まない)、P:0.050質量%以下(0質量%を含む)、S:0.050質量%以下(0質量%を含む)、Cu:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、Ni:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、Cr:0.20質量%以上2.30質量%以下、Al:0.100質量%以下(0質量%を含まない)、Ti:0.100質量%以下(0質量%を含む)、V:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Nb:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む)、Ta:1.00質量%以下(0質量%を含む)、W:1.00質量%以下(0質量%を含む)、B:0.010質量%以下(0質量%を含む)、Ca:0.100質量%以下(0質量%を含む)、Mg:0.100質量%以下(0質量%を含む)、Zr:0.100質量%以下(0質量%を含む)、およびN:0.0200質量%以下(0質量%を含む)を含有し、残部が鉄および不可避不純物であることが好ましい。以下、各元素について詳述する。
【0019】
(C:0.30質量%以上1.50質量%以下)
Cは、焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。また、焼入れ焼戻し処理前のパーライト組織を形成するために必要である。上記の効果を有効に発揮させるため、C含有量は、0.30質量%以上とする。C含有量は好ましくは0.4質量%以上であり、より好ましくは0.50質量%以上である。
C含有量が過剰であると、焼入れ焼戻し処理前の金属組織では、ベイナイト組織などのパーライト組織以外の金属組織の形成が促進され、パーライト組織の割合が減少する。パーライト組織が減少することにより、焼戻しマルテンサイト相の磁気モーメントが低下して残留磁束密度が低下する。そこでC含有量は1.50質量%以下とする。C含有量は好ましくは1.40質量%以下であり、より好ましくは1.30質量%以下であり、さらに好ましくは1.20質量%以下である。
【0020】
(Si:0.75質量%以下(0質量%を含まない))
Siは、脱酸材として有効に作用すると共に、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上にも寄与する。これらの効果を有効に発揮させるため、Si含有量は0質量%超とする。Si含有量は、好ましくは0.010質量%以上であり、より好ましくは0.050質量%以上であり、更に好ましくは0.10質量%以上である。
Si含有量が過剰であると、磁気モーメントが低下し、半硬質磁気特性が低下する。また、Si含有量が過剰であると、固溶強化等により、焼入れ焼戻し後の硬さが増大し、加工性が低下する。そこで、Si含有量は、0.75質量%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.65質量%以下であり、より好ましくは0.55質量%以下であり、更に好ましくは0.35質量%以下である。
【0021】
(Mn:2.00質量%以下(0質量%を含まない))
Mnは、脱酸材として有効に作用すると共に、焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。また、パーライト組織中の球状炭化物相形成を促進する。上記の効果を十分に発揮させるため、Mn含有量の下限は、0質量%超とする。Mn含有量は、好ましくは0.05質量%以上であり、より好ましくは0.10質量%以上である。
Mn含有量が過剰であると、磁気モーメントが低下し、半硬質磁気特性が低下する。また焼入れ焼戻し処理後の硬さが増大し、加工性が低下する。そのため、Mn含有量を2.00質量%以下とする。Mn含有量は好ましくは1.80質量%以下であり、より好ましくは1.70質量%以下であり、更に好ましくは1.50質量%以下である。
【0022】
(P:0.050質量%以下(0質量%を含む))
P(リン)は、不可避不純物であり、鋼中で粒界偏析を起こして靱性に悪影響を及ぼす有害元素である。そのため、P含有量は0.050質量%以下とする。P含有量は、好ましくは0.030質量%以下であり、より好ましくは0.020質量%以下である。P含有量の下限として、0質量%超であってもよく、0.001質量%以上であってもよい。
なお、本明細書において「0質量%を含む」とは、意図的に添加しない実施形態、すなわち不可避不純物レベル以下の含有量である場合を包含する(意図的に添加した場合を排除するものではない)ことを意味する。
【0023】
(S:0.050質量%以下(0質量%を含む))
S(硫黄)は、不可避不純物であり、鋼中でMnSを形成し、延性を劣化させるので、加工性には有害な元素である。そのため、S含有量は0.050質量%以下とする。S含有量は、好ましくは0.030質量%以下であり、より好ましくは0.020質量%以下であり、更に好ましくは0.010質量%以下である。S含有量の下限として、0質量%超であってもよく、0.001質量%以上であってもよい。
【0024】
(Cu:0.30質量%以下(0質量%を含まない)、Ni:0.30質量%以下(0質量%を含まない))
CuおよびNiは、いずれも焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。そのため、CuおよびNiの含有量は、それぞれ0質量%超とする。
CuおよびNiの含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、CuおよびNiはそれぞれ0.30質量%以下とする。好ましくはそれぞれ0.25質量%以下、より好ましくはそれぞれ0.20質量%以下であり、更に好ましくはそれぞれ0.10質量%以下である。また、原料コストをさらに低減する観点で、Cuは0.05質量%未満であることが更により好ましい。同様に、原料コストをさらに低減する観点で、Niは0.05質量%未満であることが更により好ましい。
【0025】
(Cr:0.20質量%以上2.30質量%以下)
Crは、焼戻しマルテンサイト相形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相による磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。また、パーライト組織中の球状炭化物形成を促進する。これらの効果を有効に発揮させるために、Cr含有量は、0.20質量%以上とし、好ましくは、0.25質量%以上であり、より好ましくは0.30質量%以上であり、更に好ましくは0.35質量%以上である。
Cr含有量が過剰であると、焼入れ焼戻し処理前の金属組織において、マルテンサイト相及び/又はベイナイト組織などのパーライト組織以外の金属組織の形成が促進され、パーライト組織の割合が減少する。マルテンサイト相及びベイナイト組織中のフェライト相は、パーライト組織中のフェライト相に比べて固溶C量が多いため、焼入れ焼戻し処理後の焼戻しマルテンサイト相に含まれる固溶C量が過剰となり、残留磁束密度が低下する。そのため、Cr含有量は、2.30質量%以下とする。Cr含有量は、好ましくは2.00質量%以下であり、より好ましくは1.80質量%以下である。
【0026】
(Al:0.100質量%以下(0質量%を含まない))
Alは脱酸材として有効に作用する元素であり、脱酸に伴って不純物を低減する効果がある。この効果を有効に発揮させるため、Al含有量は0質量%超とする。Al含有量は、好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.010質量%以上である。
Al含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下する。そのため、Al含有量は、0.100質量%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.080質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.040質量%以下である。
【0027】
(N:0.0200質量%以下(0質量%を含む))
Nは、鋼に不可避的に含まれる不純物であるが、鋼中に固溶Nが多く含まれていると、ひずみ時効による硬度上昇、延性低下を招き、加工性が低下する。したがって、N含有量は、0.0200質量%以下とし、好ましくは0.0180質量%以下、より好ましくは0.0160質量%以下、更に好ましくは0.0140質量%以下である。
【0028】
(Ti:0.100質量%以下(0質量%を含む))
Tiは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Ti含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Tiは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Ti含有量は0質量%超としてもよい。Ti含有量は、好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.010質量%以上である。
Ti含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、Ti含有量は、0.100質量%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.080質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.040質量%以下である。
【0029】
(V:1.00質量%以下(0質量%を含む))
Vは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、V含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Vは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、V含有量は0質量%超としてもよい。V含有量は、好ましくは0.01質量%以上であり、より好ましくは0.02質量%以上である。
V含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、V含有量は、1.00質量%以下とする。V含有量は、好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0030】
(Nb:1.00質量%以下(0質量%を含む))
Nbは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Nb含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Nbは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Nb含有量は0質量%超としてもよい。Nb含有量は、好ましくは0.01質量%以上であり、より好ましくは0.02質量%以上である。
Nb含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、Nb含有量は、1.00質量%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0031】
(Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む))
Moは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Mo含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Moは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。さらに、Moは焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Mo含有量は0質量%超であってもよい。Mo含有量は、好ましくは0.01質量%以上であり、より好ましくは0.02質量%以上である。
Mo含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、Mo含有量は、1.00質量%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0032】
(Ta:1.00質量%以下(0質量%を含む))
Taは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Ta含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Taは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Ta含有量は0質量%超であってもよい。Ta含有量は、好ましくは0.01質量%以上であり、より好ましくは0.02質量%以上である。
Ta含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、Ta含有量は、1.00質量%以下とする。Ta含有量は、好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0033】
(W:1.00質量%以下(0質量%を含む))
Wは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、W含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Wは、金属組織中に微細な炭化物を形成し、当該炭化物の磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。さらに、Wは焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、W含有量は0質量%超であってもよい。W含有量は、好ましくは0.01質量%以上であり、より好ましくは0.02質量%以上である。
W含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、W含有量は、1.00質量%以下とする。W含有量は、好ましくは0.80質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.40質量%以下である。
【0034】
(B:0.010質量%以下(0質量%を含む))
Bは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、B含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Bは、金属組織中に微細な炭化物及び/又は窒化物を形成し、それらの磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。さらに、Bは微量の添加で焼戻しマルテンサイト相の形成を促進し、焼戻しマルテンサイト相の磁壁移動のピン止め効果作用により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、B含有量は0質量%超であってもよい。B含有量は、好ましくは0.001質量%以上であり、より好ましくは0.002質量%以上である。
B含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、B含有量は、0.010質量%以下とする。B含有量は、好ましくは0.005質量%以下であり、より好ましくは0.003質量%以下である。
【0035】
(Ca:0.100質量%以下(0質量%を含む))
Caは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Ca含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Caは、脱酸材によって発生する介在物を金属組織中に微細分散させることができ、介在物による悪影響を抑制する作用を有する。さらに、微細分散された介在物によって結晶粒を微細化させることができ、磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Ca含有量は0質量%超であってもよい。Ca含有量は、好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.010質量%以上である。
Ca含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下する。そのため、Ca含有量は、0.100質量%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.080質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.040質量%以下である。
【0036】
(Mg:0.100質量%以下(0質量%を含む))
Mgは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Mg含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Mgは、脱酸材によって発生する介在物を金属組織中に微細分散させることができ、介在物による悪影響を抑制する作用を有する。Mgは、さらに、微細分散された介在物によって結晶粒を微細化させることができ、磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Mg含有量は0質量%超であってもよい。Mg含有量は、好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.010質量%以上である。
Mg含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下する。そのため、Mg含有量は、0.100質量%以下とする。Mg含有量は、好ましくは0.080質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.040質量%以下である。
【0037】
(Zr:0.100質量%以下(0質量%を含む))
Zrは、任意に含有してもよい元素である。本発明の実施形態は、Zr含有量が不可避不純物レベル以下の含有量、すなわち0質量%である態様も包含する。Zrは、脱酸材によって発生する介在物を金属組織中に微細分散させることができ、介在物による悪影響を抑制する作用を有する。Zrは、さらに、微細分散された介在物によって結晶粒を微細化させることができ、磁壁移動を抑制する効果(すなわち磁壁移動のピン止め効果)により、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性の向上に寄与する。この効果を有効に発揮させるため、Zr含有量は0質量%超であってもよい。Zr含有量は、好ましくは0.005質量%以上であり、より好ましくは0.010質量%以上である。
Zr含有量が過剰であると、磁気モーメントが減少し、残留磁束密度が低下すると共に、原料コストが増大する。そのため、Zr含有量は、0.100質量%以下とする。Zr含有量は、好ましくは0.080質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.040質量%以下である。
【0038】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は鉄および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。なお、例えば、P、SおよびNのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0039】
<2.金属組織>
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、65面積%以上のパーライト組織を含み、そのパーライト組織中に球状炭化物相を1面積%以上含む。以下、各要件について詳述する。
【0040】
(65面積%以上のパーライト組織)
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、65面積%以上のパーライト組織を含む。パーライト組織は、フェライト相と伸長した炭化物相が交互に緻密かつ均一に分布した組織である。このパーライト組織を、焼入れ焼戻し処理前の金属組織中に65面積%以上存在させることで、焼入れ焼戻し処理により、伸長した炭化物相が多く溶解するため、焼戻しマルテンサイト相が微細となり、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁性部品の角形比を向上させることができ、結果として十分な角形比と十分な残留磁束密度とを両立させることができる。
パーライト組織の面積率の上限は特に限定されないが、本発明の実施形態に係る成分組成および製造条件を考慮すれば、おおむね99面積%程度である。
【0041】
(パーライト組織中に球状炭化物相を1面積%以上)
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、パーライト組織中に含まれる球状炭化物相が1面積%以上である。パーライト組織においてラメラ構造を構成する伸長した炭化物相と比べ、パーライト組織中の球状炭化物相は安定であり、焼入れ焼戻し処理時の炭化物相の固溶が抑制される。よって、当該球状炭化物相が1面積%以上であることにより、焼入れ焼戻し処理中にマルテンサイト相に固溶するC量が減少し、焼入れ焼戻し処理後の焼戻しマルテンサイト相中の磁気モーメントが増加し、十分な残留磁束密度を有する半硬質磁性部品が得られる。
当該球状炭化物相の面積率の上限は特に限定されないが、本発明の実施形態に係る成分組成および製造条件を考慮すれば、おおむね10面積%程度である。なお、本明細書における「球状炭化物相」とは、パーライト組織中に存在し、アスペクト比が3以下であり、さらに長径が0.04μm以上である、炭化物相を意味する。なお、本明細書において、球状炭化物相の最大長さを「長径」とし、球状炭化物相の当該長径と垂直な線分のうち最長のものを「短径」とし、「長径/短径」を「アスペクト比」とする。
【0042】
上記各面積率は、線材又は棒鋼の表層を除く任意の位置の断面から、後述の実施例で記載する方法により求めることができる。なお、線材又は棒鋼の表層とは、表面から中心に向かって1mm未満の深さの位置であり得る。
【0043】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼の直径は、特に限定されないが、線材の場合は、例えば、5.5mm~55mmであり得、棒鋼の場合は、例えば、18mm~105mmであり得る。
【0044】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、焼入れ焼戻し処理を施すことにより、十分な半硬質磁気特性を示し、具体的には、保磁力が500~20000A/mの範囲内であることに加え、残留磁束密度(Br)が1.40T以上、且つ角形比(Br/B10k)が0.85以上である。なお、「B10k」は、磁場10kA/mのときの磁束密度(単位:T)である。好ましくは、残留磁束密度(Br)が1.45T以上である。
【0045】
<3.半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼の製造方法>
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼の製造方法は、
上述の成分組成を満たす鋼片を準備する工程と、
前記鋼片を800~1000℃に加熱する工程と、
前記加熱する工程後、600℃まで平均冷却速度を1.0℃/秒以上20℃/秒未満として冷却する工程と、を含む。
上記冷却する工程後、本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼が得られる。以下、各工程について詳述する。
【0046】
(鋼片を準備する工程)
上述の成分組成を満たす鋼片を準備する。例えば、通常の溶製法に従って溶製し、鋳造することにより準備してよい。
【0047】
鋳造後、必要に応じて、ソーキング処理を施してもよい。ソーキング処理を行うことで、鋼片中の成分偏析および組織偏析を解消し、均質な金属組織を得ることができる。鋼片中の成分を十分拡散させるためにソーキング処理は高温かつ長時間実施することが好ましい。具体的には、ソーキング処理温度は1150℃以上が好ましく、ソーキング処理時間は、1時間以上が好ましい。一方で、高温すぎると鋼片の一部が融解し均質な金属組織を得られないおそれがあり、ソーキング処理温度は1350℃以下であることが好ましく、1300℃以下がより好ましい。
【0048】
(加熱する工程)
上記鋼片を800~1000℃に加熱する。このとき、必要に応じて、線材又は棒鋼にするよう、圧延または鍛造などの加工(すなわち熱間加工)を行ってもよく、別のタイミングで加工することにより線材又は棒鋼にしてもよい。加熱温度が1000℃超であると、球状炭化物が過度に固溶するおそれがある。加熱温度は、好ましくは950℃以下である。一方、加熱温度が800℃未満であると、所望の金属組織が得られないおそれがある。また、熱間加工を施す場合は、硬さが増大して圧延機などの設備の荷重負荷が増大するなどの問題が生じ得る。
【0049】
(冷却する工程)
上記加熱する工程後、600℃まで平均冷却速度を1.0℃/秒以上として冷却する。当該平均冷却速度を速くすることにより、高温における金属組織中の原子拡散が進みにくくなり、球状炭化物相以外の網状炭化物相等の核生成が抑制されると共に、未固溶の球状炭化物相を核とした炭化物成長が促進され、球状炭化物相の面積率を増加させやすくなる。そのため、上記平均冷却速度は1.0℃/秒以上とし、好ましくは1.3℃/秒以上である。また、このような組織形成は特に、600℃程度までの高温で進行する。そのため、600℃未満の温度域の平均冷却速度は任意の速度であってよい。
600℃までの平均冷却速度が速すぎると、ベイナイト組織及び/又はマルテンサイト相などの形成が促進され、パーライト組織が十分得られず、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性が低下する。そのため、上記平均冷却速度は20℃/秒未満とする。上記平均冷却速度は、好ましくは15℃/秒未満であり、より好ましくは10℃/秒未満である。
【0050】
600℃までの平均冷却速度の制御方法について、単に放冷する場合の平均冷却速度は通常1.0℃/秒より遅いため、冷却水又は油を用いて冷却速度を制御することが有効である。600℃未満の冷却方法は特に制限されず、放冷など任意の条件で冷却してよい。
【0051】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼の製造方法は、本発明の目的を逸脱しない限り、例えば加工工程などの他の工程を含んでもよい。
【0052】
<4.半硬質磁性部品の製造方法>
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品の製造方法は、本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼に、焼入れ焼戻し処理および部品加工を施すことを含む。
【0053】
(焼入れ焼戻し処理)
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、焼入れ処理を施すことで、磁性を有するマルテンサイト相を含む金属組織が形成され得る。マルテンサイト相は、フェライト相より結晶粒が細かいため、磁壁の移動が阻害され、高い保磁力及び角形比を得ることができる。ただし、焼入れ処理直後の状態であると、熱ひずみ及び/又は変態ひずみにより、硬さが非常に高く、加工性が乏しい。そこでひずみの低減のため、焼戻し処理を実施するのがよい。
焼入れ焼戻し処理条件は特に制限されず、公知の方法で行ってよい。本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼のパーライト組織およびパーライト組織中の球状炭化物相の効果を有効に発揮させるために、例えば以下の条件が挙げられる:
焼入れ処理時の保持温度:800℃以上900℃以下;
焼入れ処理時の保持時間:10分以上60分以下;
焼入れ処理時の冷却方法:油急冷;
焼戻し処理時の保持温度:500℃以上650℃以下;
焼戻し処理時の保持時間:30分以上180分以下;および
焼戻し処理時の冷却方法:空冷。
なお、焼入れ焼戻し処理中の雰囲気は組織に顕著な変化を及ぼさないため、いずれの雰囲気で焼入れ焼戻しを実施してよい。
【0054】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼は、上述の焼入れ焼戻し処理に加え、切削加工及び/又は表面処理などの部品加工を施すことにより、半硬質磁性部品を得ることができる。なお、焼戻し処理温度以下で部品加工を施しても、半硬質磁気特性に顕著な悪影響を及ぼさない。そのため、本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼から、半硬質磁性部品を得る際、焼戻し処理温度以下での部品加工と焼入れ焼戻し処理の実施順は制限されない。例えば、焼入れ焼戻し処理前に部品加工しその後焼入れ焼戻し処理した場合と、焼入れ焼戻し処理後に部品加工した場合のいずれでも、十分な半硬質磁気特性を有する半硬質磁性部品を製造できる。
【0055】
本発明の実施形態に係る半硬質磁性部品用の線材又は棒鋼から得られる半硬質磁性部品は、適切な部品加工により、リレー(ラッチングリレー、フェリード)、リードスイッチ、メモリー、モーター(外部回転子、内部回転子)、電磁クラッチ(可動子、固定子)、電磁ブレーキ等の複合磁性部品(複数の部材からなり、少なくとも一部が磁性を有する部品)として好適に使用され得る。上記半硬質磁性部品を含む複合磁性部品は、十分な半硬質磁気特性を有する鋼部品を含むため、産業上有用である。
【実施例0056】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【0057】
表1に示す成分組成の供試材A~Iをボタン溶解で溶製した後、鋳造した。得られた鋼片を900~1000℃で加熱した後、600℃まで表1に示す平均冷却速度で空冷し、試験No.1~9の鋼材を得た。なお、これらの鋼材は、直径40mmの線材又は棒鋼を模擬して、当該線材又は棒鋼と同様の材質および特性を有するように、鋳造後において直径40mm、厚さ20mmの円柱状としている。また、表1に示す成分組成の供試材Jを転炉溶製した後、鋳造して得られた鋼片を、900~1000℃に加熱して熱間圧延を施して、直径65mmの棒状にした後、600℃まで表1に示す平均冷却速度で空冷し、試験No.10の棒鋼を得た。なお、空冷時の平均冷却速度について、試験No.1~9の鋼材(線材又は棒鋼の模擬品)は、試験N.10の棒鋼と比べて、空冷前のサイズが小さかったため、表2に示すように加熱温度~600℃までの平均冷却速度が速かった。
【0058】
【表1】
【0059】
試験No.1~9の鋼材(線材又は棒鋼の模擬品)は、外径18mm×内径10mm×厚さ4mmのリング状に加工した。このとき、加工前の円柱の中心と、加工後のリングの中心が一致するようにした。試験No.10の棒鋼は、外径38mm×内径30mm×厚さ4mmのリング状に加工した。このとき、加工前の棒(円柱)の中心と、加工後のリングの中心が一致するようにした。
リング状に加工した試験No.1~10(リング状部品)について、パーライト組織の面積率とパーライト組織中の球状炭化物の面積率を、以下の方法によって測定した。
【0060】
<パーライト組織の面積率>
リング状部品の円周方向に垂直な断面が測定できるよう部品を切断後、樹脂埋めし、エメリー研磨、ダイヤモンドバフ研磨をした後、ナイタ-ル腐食した。当該断面の中心近傍(通常は、4×4mm正方形断面の対称中心とし、偏析などで金属組織の不均一がある場合はその部位を除いた範囲の中心近傍とする)の倍率400倍の光学顕微鏡像を得た。当該像において、15μmの等間隔な方眼のメッシュを150点(縦10点×横15点)設定し、各格子点の組織を同定し、全格子点数に対するパーライト組織である格子点数の割合から、表2に記載のパーライト組織の面積率を算出した。前記したように本明細書におけるパーライト組織とはフェライト相中に伸長した炭化物相が縞状に混在する組織(ラメラ構造)のことである。パーライト組織中の伸長した炭化物相は、球状炭化物相によって分断され得るが、分断されている場合もパーライト組織とみなした。
【0061】
<パーライト組織中の球状炭化物の面積率>
リング状部品の円周方向に垂直な断面が測定できるよう部品を切断後、樹脂埋めし、エメリー研磨、ダイヤモンドバフ研磨をした後、ピクラル腐食した。当該断面の中心近傍をSEM(Scanning Electron Microscope、走査型電子顕微鏡)を用いて観察し、パーライト組織またはパーライト組織とパーライト組織の境界部分を視野の中心に含むように、倍率10000倍の二次電子像を得た。各視野で等間隔な0.43μm方眼のメッシュを560点(縦20点×横28点)設定し、各格子点の組織を同定し、パーライト組織である格子点数に対する球状炭化物相である格子点数の割合から、球状炭化物相の面積率を算出した。
【0062】
リング状に加工した試験No.1~10(リング状部品)について、ラボ炉を用いて、焼入れ処理時の保持温度:840℃、焼入れ処理時の保持時間:30分、焼入れ処理時の冷却方法:油急冷、焼戻し処理時の保持温度:600℃、焼戻し処理時の保持時間:120分、焼戻し処理時の冷却方法:空冷として、焼入れ焼戻し処理を実施した。焼入れ焼戻し処理後、以下の方法によって半硬質磁気特性を評価した。
【0063】
<半硬質磁気特性評価>
焼入れ焼戻し処理後のリング状部品に対して、絶縁被覆された導線を、磁場印加用コイル及び磁束検出コイルとして、リング円周上で均一に巻き線し、交流磁場の印加によって消磁した後、最大磁場10kA/mの条件で直流電流によってB-H曲線を室温で測定し、保磁力Hc、残留磁束密度Br、角形比Br/B10kを求めた。
【0064】
上記結果を表2にまとめる。
【0065】
【表2】
【0066】
表2の結果より、次のように考察できる。表2の試験No.1~5は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満足しており、低原料コストであり、且つ焼入れ焼戻し処理を施すことによって十分な半硬質磁気特性(保磁力:500~20000A/m、残留磁束密度(Br):1.40T以上、角形比(Br/B10k):0.85以上)を示した。
一方、表2の試験No.6~10は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしておらず、焼入れ焼戻し処理後の半硬質磁気特性が不十分であった。
【0067】
試験No.6および7は、C含有量が0.30質量%未満であり、パーライト組織が65面積%未満であり、焼入れ焼戻し処理後の角形比(Br/B10k)が0.85未満となった。
【0068】
試験No.8は、C含有量が1.50質量%を超えており、パーライト組織が65面積%未満であり、焼入れ焼戻し処理後の残留磁束密度(Br)が1.40T未満となった。
【0069】
試験No.9は、Cr含有量が2.30質量%を超えており、パーライト組織が65面積%未満であり、焼入れ焼戻し処理後の残留磁束密度(Br)が1.40T未満となった。
【0070】
試験No.10は、600℃までの平均冷却速度が1.0℃/秒未満であり、パーライト組織中の球状炭化物相が1面積%未満であり、焼入れ焼戻し処理後の残留磁束密度(Br)が1.40T未満となった。