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  • 特開-電着液、絶縁皮膜の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156601
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】電着液、絶縁皮膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 13/10 20060101AFI20241029BHJP
   C25D 9/02 20060101ALI20241029BHJP
   C25D 13/00 20060101ALI20241029BHJP
   C25D 13/06 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
C25D13/10 B
C25D9/02
C25D13/00 307D
C25D13/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024017133
(22)【出願日】2024-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2023070843
(32)【優先日】2023-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】久保田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】福島 けい
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 芙弓
(72)【発明者】
【氏名】中川 卓眞
(72)【発明者】
【氏名】天田 裕介
(72)【発明者】
【氏名】藤田 将人
(57)【要約】
【課題】電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性に優れた絶縁皮膜を形成可能な電着液、および、この電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法を提供する。
【解決手段】導電性の基材にアニオン電着によって電着膜を電着させる電着液であって、水と、有機溶媒と、固形成分と、中和剤と、有機酸と、を含み、前記固形成分は、少なくともポリイミド系樹脂を含む。基材の表面に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜の製造方法であって、前述の電着液に、前記基材と対向電極とを浸漬し、前記基材を陽極、前記対向電極を陰極として、前記陽極と前記陰極との間に電圧を印加し、前記基材に電着膜を形成する電着膜形成工程と、前記電着膜を焼き付ける焼き付け工程と、を備えている。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の基材にアニオン電着によって電着膜を電着させる電着液であって、
水と、有機溶媒と、固形成分と、中和剤と、有機酸と、を含み、
前記固形成分は、少なくともポリイミド系樹脂を含むことを特徴とする電着液。
【請求項2】
前記有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸のいずれかを含むことを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項3】
前記有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸から選択される2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項4】
前記有機酸が、ヒドロキシ酸を含むことを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項5】
前記有機酸の濃度が5mg/L以上500mg/L以下の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項6】
前記中和剤の濃度Amg/Lと前記有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bが5以上500以下の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項7】
前記固形成分は、さらにフッ素樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の電着液。
【請求項8】
基材の表面に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜の製造方法であって、
請求項1から請求項7のいずれか一項の電着液に、前記基材と対向電極とを浸漬し、前記基材を陽極、前記対向電極を陰極として、前記陽極と前記陰極との間に電圧を印加し、前記基材に電着膜を形成する電着膜形成工程と、
前記電着膜を焼き付ける焼き付け工程と、を備えていることを特徴とする絶縁皮膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性の基材にアニオン電着によって電着膜を電着させる際に用いる電着液、および、絶縁皮膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
導電性の基材を絶縁性の樹脂からなる絶縁皮膜で被覆した絶縁導体は、絶縁が必要な各種電気機器の導電材料や放熱板材料として広く用いられている。
絶縁皮膜の構成材料として、種々の樹脂が用いられており、例えば、特許文献1には、ポリアミドイミド樹脂等のポリイミド系樹脂を用いたものが開示されており、特許文献2には、ポリイミド系樹脂とフッ素系樹脂との混合樹脂を用いたものが提案されている。
【0003】
このような絶縁性の樹脂からなる絶縁皮膜を導電性の基材の表面に形成する方法として、電着法が知られている。
電着法は、絶縁皮膜の材料を分散させた電着液に、絶縁皮膜を形成する基材と対向電極とを浸漬し、基材と対向電極との間に電圧を印加することによって、絶縁皮膜の材料を基材の表面に析出させた電着膜を形成する方法である。そして、形成した電着膜を加熱して、電着膜を基材に焼付けることによって絶縁皮膜が形成される。
【0004】
また、電着法においては、基材を陽極として電圧を印加し、基材の表面に絶縁皮膜を形成するアニオン電着法と、基材を陰極として電圧を印加し、基材の表面に絶縁皮膜を形成するカチオン電着法とがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-115120号公報
【特許文献2】特開2018-070663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、アニオン電着法に用いられるアニオン電着液においては、上述の樹脂を含む固形成分と、水と、有機溶媒と、中和剤とを含んでおり、電圧の印加によって、陽極(基材)の表面近傍でpHが低下し、固形成分が陽極(基材)の表面に析出し、電着膜が形成される。
ここで、陽極の表面に形成された電着膜を焼き付ける際に、微細なクラックが生じ、絶縁皮膜の絶縁性を確保できなくなるおそれがあった。
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであって、電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性に優れた絶縁皮膜を形成可能な電着液、および、この電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、電着膜を焼き付ける際に発生する微細なクラックは、電着膜に含まれる有機溶媒量が不足することによって生じるが、適正量の有機酸を電着液に添加すると、電着膜に含まれる有機溶媒量の不足を解消できることが分かった。
よって、適正量の有機酸を電着液に添加すると、固形成分が陽極(基材)の表面に析出する際に、電着膜に含まれる有機溶媒量が適正化され、焼き付け時に発生する微細なクラックの発生を抑制可能となるとの知見を得た。
【0009】
本発明は上述の知見に基づいてなされたものであって、本発明の態様1の電着液は、導電性の基材にアニオン電着によって電着膜を電着させる電着液であって、水と、有機溶媒と、少なくともポリイミド系樹脂を含む固形成分と、中和剤と、有機酸と、を含むことを特徴としている。
【0010】
本発明の態様1の電着液によれば、有機酸を含んでいるので、有機酸によるpH緩衝効果、および、樹脂と有機溶媒との相溶性に影響を及ぼす効果により、電着膜に含まれる有機溶媒量を調整することが可能となる。すなわち、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下を抑制し、電着膜に有機溶媒を十分に含ませることが可能となる。これにより、電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性の高い絶縁皮膜を形成することができる。
【0011】
本発明の態様2の電着液は、本発明の態様1の電着液において、前記有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸のいずれかを含むことを特徴としている。なお、ヒドロキシプロピオン酸やヒドロキシ酪酸などは官能基の位置によらず効果を発揮するため位置異性体であっても効果を生じる。
本発明の態様2の電着液によれば、上述の有機酸を含有しているので、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下を確実に抑制でき、電着膜に有機溶媒を十分に含ませることが可能となり、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
【0012】
本発明の態様3の電着液は、本発明の態様1または態様2の電着液において、前記有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸から選択される2種以上であることを特徴としている。
本発明の態様3の電着液によれば、上述の有機酸を2種以上含有しているので、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下をさらに効果的に抑制でき、電着膜に有機溶媒を十分に含ませることが可能となり、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
【0013】
本発明の態様4の電着液は、本発明の態様1から態様3のいずれかひとつの電着液において、前記有機酸が、ヒドロキシ酸を含むことを特徴としている。
本発明の態様4の電着液によれば、前記有機酸がヒドロキシ酸を含んでいるので、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下をさらに効果的に抑制でき、電着膜に有機溶媒を十分に含ませることが可能となり、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
【0014】
本発明の態様5の電着液は、本発明の態様1から態様4のいずれかひとつの電着液において、前記有機酸の濃度が5mg/L以上500mg/L以下の範囲内であることを特徴としている。
本発明の態様5の電着液によれば、前記有機酸の濃度が5mg/L以上500mg/L以下の範囲内とされているので、適度なpH緩衝効果を作用させることができ、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができるとともに、電着膜を安定して形成することができる。
【0015】
本発明の態様6の電着液は、本発明の態様1から態様5のいずれかひとつの電着液において、前記中和剤の濃度Amg/Lと前記有機酸の濃度bmg/Lとの比A/Bが5以上500以下の範囲内であることを特徴としている。
本発明の態様6の電着液によれば、前記中和剤の濃度Amg/Lと前記有機酸の濃度bmg/Lとの比A/Bが5以上500以下の範囲内とされているので、中和剤の作用を阻害することなく、有機酸の作用効果によって焼き付け時の微細なクラックの発生を抑制できる。
【0016】
本発明の態様7の電着液は、本発明の態様1から態様6のいずれかひとつの電着液において、前記固形成分は、さらにフッ素樹脂を含むことを特徴としている。
本発明の態様7の電着液によれば、前記固形成分として、ポリイミド系樹脂とともにフッ素樹脂を含有しているので、絶縁特性と誘電特性に特に優れた絶縁皮膜を成膜することが可能となる。また、フッ素樹脂を含む電着膜は、ポリイミド系樹脂単体の場合よりもクラック抑制が一層困難であるため、有機酸の添加は有効である。
【0017】
本発明の態様8の絶縁皮膜の製造方法は、基材の表面に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜の製造方法であって、本発明の態様1から態様7のいずれかひとつの電着液に、前記基材と対向電極とを浸漬し、前記基材を陽極、前記対向電極を陰極として、前記陽極と前記陰極との間に電圧を印加し、前記基材に電着膜を形成する電着膜形成工程と、前記電着膜を焼き付ける焼き付け工程と、を備えていることを特徴としている。
【0018】
本発明の態様8の絶縁皮膜の製造方法によれば、本発明の態様1から態様7のいずれかひとつの電着液を用いて電着膜を形成する電着膜形成工程と、この電着膜を焼き付ける焼き付け工程を備えているので、焼き付け工程において電着膜に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁特性に優れた絶縁皮膜を安定して製造することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性に優れた絶縁皮膜を形成可能な電着液、および、この電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態に係る電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明の一実施形態である電着液、および、絶縁皮膜の製造方法について説明する。
本実施形態である電着液は、導電性の基材の表面に絶縁皮膜の前駆体となる電着膜を成膜する際に使用されるものである。
なお、本実施形態においては、基材を陽極として電圧を印加し、陽極である基材の表面に絶縁皮膜を形成するアニオン電着法に用いられるものである。
【0022】
本実施形態である電着液においては、水と、有機溶媒と、固形成分と、中和剤と、有機酸と、を含んでいる。
なお、本実施形態の電着液においては、上述のように、アニオン電着法に用いられるものであることから、中和剤としてアミンを含んでいる。
【0023】
本実施形態においては、固形成分は、少なくともポリイミド系樹脂を含むものとされており、ポリイミド系樹脂およびフッ素系樹脂の2種類の樹脂を含むものであることが好ましい。
ここで、本実施形態においては、ポリイミド系樹脂としては、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミド等が挙げられる。また、フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン、ペルフルオロアルコキシアルカン等が挙げられる。
【0024】
また、固形成分の平均粒径は、50nm以上、500nm以下、より好ましくは50nm以上、450nm以下、さらに好ましくは50nm以上、300nm以下であればよい。また、固形成分の粒径の標準偏差は250nm以下、より好ましくは150nm以下、さらに好ましくは100nm以下であればよい。
【0025】
水および有機溶媒は、固形成分であるポリイミド系樹脂およびフッ素系樹脂が分散されるものである。
ここで、有機溶媒としては、例えば、N,N-ジメチルアセトアミド、プロピレンカーボネイト、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルホルムアミド、4-ブチロラクトン、N-メチル-2-ピロリドン、N-メチル-2-ピロリドン等が挙げられる。
【0026】
また、電着液中の水の含有割合は、15質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましい。一方、電着液中の水の含有割合は、85質量%以下であることが好ましく、75質量%以下であることがさらに好ましい。
さらに、電着液中の有機溶剤の含有割合は、15質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましい。一方、電着液中の有機溶剤の含有割合は、85質量%以下であることが好ましく、75質量%以下であることがさらに好ましい。
【0027】
有機酸は、pH緩衝作用、および、固形成分である樹脂と有機溶媒との相溶性に影響を及す作用を、有するものである。この有機酸の材質および含有量を調整することにより、電着膜に含まれる有機溶媒量を制御することが可能となる。
ここで、有機酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸のいずれかを含むことが好ましく、これらから選択される2種以上を含むことがさらに好ましい。
また、有機酸として、ヒドロキシ酸を含むことが好ましい。ヒドロキシ酸としては、グリコロール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸、タルトロン酸、グリセリン酸等が挙げられる。なお、ヒドロキシプロピオン酸やヒドロキシ酪酸などは官能基の位置によらず効果を発揮するため位置異性体であっても効果を生じる。
【0028】
本実施形態においては、電着液における有機酸の濃度は、5mg/L以上500mg/L以下の範囲内であることが好ましい。有機酸の濃度を5mg/L以上とすることで、pH緩衝効果を十分に奏功せしめることができ、電着膜内に有機溶媒が適切に取り込まれ、焼き付け時の微細なクラックの発生を的確に抑制することが可能となる。一方、有機酸の濃度を500mg/L以下とすることで、電着膜内に取り込まれる有機溶媒が過剰になることよる膨れとクーロン効率の低下を防ぎ、効率的に電着膜の成膜を行うことができる。
なお、電着液における有機酸の濃度は、10mg/L以上であることがさらに好ましく、20mg/L以上であることがより好ましい。また、電着液における有機酸の濃度は、100mg/L以下であることがさらに好ましく、50mg/L以下であることがより好ましい。
【0029】
本実施形態においては、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度bmg/Lとの比A/Bが5以上500以下の範囲内であることが好ましい。有機酸はアミン化合物からなる中和剤と酸塩基反応を起こし、中和剤が果たすべき樹脂を電離させる作用を阻害するおそれがあるため、それぞれの効果を確実に発揮させるために、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度bmg/Lとの比A/Bを上述の範囲内とすることが好ましい。比A/Bが5未満では中和剤による樹脂の電離効果が損なわれるため、液の安定性が損なわれる。比A/Bが500を超えると、有機酸が所望の効果を発揮せず膜にクラックが生じる。
なお、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bは、20以上であることがさらに好ましく、50以上であることがより好ましい。また、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bは、400以下であることがさらに好ましく、200以下であることがより好ましい。
【0030】
次に、本実施形態である電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法について、図1を参照して説明する。
【0031】
図1に示すように、本実施形態における絶縁皮膜の製造方法は、表面前処理工程S01と、電着膜形成工程S02と、焼き付け工程S03とを有している。
【0032】
(表面前処理工程S01)
まず、電着膜(絶縁皮膜)を形成する基材を準備する。この基材は、導電性を有しており、例えば、銅又は銅合金、アルミニウム又はアルミニウム合金等の金属材料で構成されている。
そして、有機溶剤や界面活性剤等の表面処理液を用いて、上述の基材の表面を付着している油脂や酸化皮膜を取り除く。
【0033】
(電着膜形成工程S02)
次に、本実施形態である電着液に、基材と対向電極とを浸漬し、基材を陽極、対向電極を陰極として、陽極(基材)と陰極(対向電極)との間に電圧を印加する。これにより、基材の周辺の電着液のpHが低下し、基材の表面に固形成分(本実施形態では、ポリイミド系樹脂とフッ素系樹脂との混合物)が析出する。これにより、基材の表面に電着膜を形成する。このとき、本実施形態においては、電着液に有機酸が添加されているので、有機酸のpH緩衝効果により電着膜の中に有機溶媒が適切に含有されることになる。
【0034】
電着膜形成工程S02における電着液の温度(液温)は、5℃以上35℃以下の範囲内に調整することが好ましい。
液温を5℃以上とすることで、結露によって電着液に水が混入することを抑制できる。一方、液温を35℃以下とすることで、電着液の保存安定性が向上し、安定して電着膜を成膜することができる。
【0035】
電着膜形成工程S02における基材(陽極)と対向電極(陰極)との間の印加電圧は、10V以上600V以下の範囲内とすることが好ましい。
印加電圧を10V以上とすることで、電着速度を確保でき、生産性を向上させることができる。一方、印加電圧を600V以下とすることで、基材の表面に気泡が多く発生することを抑制でき、後工程の焼き付け工程S03において、気泡が弾けて、絶縁皮膜に多数の凹凸が生じることを抑制できる。
【0036】
(焼き付け工程S03)
焼き付け工程S03では、電着膜形成工程S02で得られた固形成分(本実施形態では、ポリイミド系樹脂とフッ素系樹脂との混合物)を含む電着膜が形成された基材を、例えば、200℃以上、かつ固形成分の融点以下の温度範囲内で乾燥させて残留電着液を除去した後、電着膜を基材に焼き付けて絶縁皮膜を形成する。
【0037】
焼き付け工程S03における焼き付け温度は、固形成分(本実施形態では、ポリイミド系樹脂とフッ素系樹脂との混合物)の電着膜が造膜して、基材に絶縁皮膜が形成される温度範囲であればよく、例えば、200℃以上400℃以下の範囲内にすればよい。また、焼き付け時間は、例えば、0.5分間以上60分間以下の範囲内であればよい。
【0038】
以上のような工程を経て、導電性の基材に、固形成分(本実施形態では、ポリイミド系樹脂とフッ素系樹脂との混合物)を含む絶縁皮膜を形成することができる。これにより、焼き付け時における微細なクラックの発生が抑制され、絶縁性が良好な絶縁皮膜が得られる。
【0039】
以上のような構成とされた本実施形態である電着液によれば、有機酸を含んでいるので、有機酸によるpH緩衝効果、および、樹脂と有機溶媒との相溶性に影響を及ぼす効果により、電着膜に含まれる有機溶媒量を調整することにより、電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性の高い絶縁皮膜を形成することが可能となる。
【0040】
本実施形態の電着液において、有機酸として、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸のいずれかを含む場合には、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下を確実に抑制でき、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
さらに、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸から選択される2種以上を含有する場合には、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下をさらに効果的に抑制でき、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
また、有機酸として、ヒドロキシ酸を含む場合には、陽極(基材)の表面近傍におけるpHの急激な低下をさらに効果的に抑制でき、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。
【0041】
本実施形態の電着液において、有機酸の濃度が5mg/L以上とされている場合には、有機酸のpH緩衝効果を確実に作用させることができ、電着膜を焼き付ける際のクラックの発生を十分に抑制することができる。一方、有機酸の濃度が500mg/L以下とされている場合には、pH緩衝効果が必要以上に作用することが抑制され、膨れを生じることなく効率的に電着膜を形成することができる。
【0042】
本実施形態の電着液において、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bが5以上500以下の範囲内である場合には、中和剤の含有量が確保されており、中和剤の作用を阻害することなく、有機酸のpH緩衝効果によって焼き付け時における微細なクラックの発生を抑制できる。
【0043】
本実施形態の電着液において、固形成分として、ポリイミド系樹脂とともにフッ素樹脂を含有している場合には、ポリイミド系樹脂とフッ素樹脂の混合樹脂からなる電着膜を形成でき、絶縁特性に特に優れた絶縁皮膜を成膜することが可能となる。
【0044】
本実施形態の絶縁皮膜の製造方法においては、本実施形態である電着液に、基材と対向電極とを浸漬し、基材を陽極、対向電極を陰極として、陽極と陰極との間に電圧を印加し、基材に電着膜を形成する電着膜形成工程S02と、電着膜を焼き付ける焼き付け工程S03と、を備えているので、焼き付け工程S03において電着膜に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁特性に優れた絶縁皮膜を安定して製造することができる。
【0045】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【実施例0046】
以下に、本発明の有効性を確認するために行った確認実験の結果について説明する。
【0047】
表1,2に示すように、水、有機溶媒、固形成分、中和剤、有機酸を準備し、これらを表1,2に示す(質量比)となるように混合して電着液を得た。
そして、導電性の基材として無酸素銅の平角棒材(1.47mm×2.94mm×長さ25cm)を準備するとともに、対向電極として円筒状の銅板を準備した。
上述の電着液に基材と対向電極を浸漬し、電着液の液温を20℃、印加電圧を500V、保持時間0.5分として、電着膜を形成した。
その後、電着膜に対して、焼き付け時のワーク温度140~170℃にて10分間、240℃~260℃にて5分間、340~350℃にて90秒保持ご速やかに冷却する三段階の昇温プロファイルで焼き付けを行い、絶縁皮膜を形成した。
【0048】
ここで、電着膜に含まれる有機酸の濃度は、以下のようにして評価した。
電着液を超純水で希釈した後、夾雑物を除去およびメンブランフィルターに通した濾液をイオンクロマトグラフィー測定用の溶液とした。
次に、イオンクロマトグラフThermo Fisher Scientific ICS-5000+を用いて測定した。イオンクロマトグラフの固定相として陰イオン交換カラムDionex IonPac AG15およびDionex IonPac AS15、溶離液として水酸化カリウム水溶液、サプレッサーとしてDionex ADRS 600、検出器として電気伝導度を使用した。
【0049】
また、形成した絶縁皮膜の外観を観察し、クラック、膨れについて評価した。
目視観察で基材のCuが確認できるクラックがあるものを「×」、目視観察で基材のCuが確認できないクラックがあるものを「△」、目視観察では確認できないが顕微鏡観察で確認できるクラックがあるものを「〇」、顕微鏡観察でもクラックが確認できないものを「◎」と評価した。
また、目視観察で、絶縁皮膜に膨れが認められた場合を「あり」、認められなかった場合を「なし」と評価した。
【0050】
さらに、絶縁皮膜の比誘電率を以下のように測定した。
絶縁皮膜表面の端2箇所10mmと中央部分100mmに銀ペーストを塗布し、測定用サンプルを作製する。導体と中央部分の銀ペースト間の静電容量を日置電機製LCRメータIM3536で測定し、測定した静電容量と皮膜の厚みから比誘電率を算出した。
【0051】
また、電着液の安定性について評価した。電着液を40℃で5日間保持した際に、電着液に分離や沈殿が生じたものを「△」、電着液に分離や沈殿が生じなかったものを「〇」と評価した。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
比較例1~3においては、電着液に有機酸を添加しておらず、焼き付け後の絶縁皮膜には、基材のCuが確認できるクラックが生じていた。
【0055】
これに対して、本発明例1~24においては、電着液に有機酸を添加しており、焼き付け後の絶縁皮膜には、基材のCuが確認できるようなクラックは生じなかった。
また、本発明例3~24においては、有機酸として、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸のいずれかを含むものとされており、目視で観察されるクラックは生じなかった。
【0056】
なお、本発明例1~5においては、有機酸の濃度が5mg/L未満であり、微細なクラックが確認されたが、基材が確認されるクラックは生じておらず、絶縁性に問題はなかった。本発明例6~9においては、有機酸の濃度が500mg/Lを超えているため、皮膜に膨れが生じていた。
また、本発明例6,8,9,15,16においては、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bが5未満であり、40℃で5日間保持した際に、電着液において分離や沈殿が生じており、電着液の安定性に劣っていた。本発明例10~14においては、有機酸の濃度が5mg/L以上であっても、中和剤の濃度Amg/Lと有機酸の濃度Bmg/Lとの比A/Bが500を超えているため微細なクラックが生じていた。
さらに、本発明例21,22においては、固形成分として、ポリイミド系樹脂とフッ素樹脂を含んでおり、比誘電率が十分に低くなり、絶縁特性に特に優れていた。
【0057】
以上の確認実験の結果から、本発明例によれば、電着膜を焼き付ける際に微細なクラックが発生することを抑制でき、絶縁性に優れた絶縁皮膜を形成可能な電着液、および、この電着液を用いた絶縁皮膜の製造方法を提供可能であることが確認された。
図1