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特開2024-156621データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化装置および方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156621
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化装置および方法
(51)【国際特許分類】
   G10K 11/175 20060101AFI20241029BHJP
   H04R 3/00 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
G10K11/175
H04R3/00 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2024065747
(22)【出願日】2024-04-15
(31)【優先権主張番号】2303775
(32)【優先日】2023-04-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.BLUETOOTH
(71)【出願人】
【識別番号】524145678
【氏名又は名称】アルカミ
【氏名又は名称原語表記】Arkamys
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100220489
【弁理士】
【氏名又は名称】笹沼 崇
(74)【代理人】
【識別番号】100225026
【弁理士】
【氏名又は名称】古後 亜紀
(74)【代理人】
【識別番号】100230248
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 圭二
(72)【発明者】
【氏名】ファディリ・ムーレイ
(72)【発明者】
【氏名】マイ・ヴァン・カーン
(57)【要約】      (修正有)
【課題】データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化装置および方法を提供する。
【解決手段】乗り物100において、等化装置114は、速度値と速度マスキングフィルタとゲイン値とを関連付けた速度フィルタデータセットおよびエンジン回転数値又は換気値とエンジンマスキングフィルタ又は換気マスキングフィルタとゲイン値とを関連付けた機能フィルタデータセットを記憶する記憶部と、乗り物の速度、乗り物のエンジン回転数および換気データセットからなる群から選択される機能パラメータとを定める通信バスで入手可能な、少なくとも2つのパラメータを受け取るように設けられた収集部と、騒音マージン値と2つのパラメータとを入力として受け取り、そこから速度フィルタデータセットおよび機能フィルタデータセットを導出し、これらを音声信号に適用されるマスキング等化フィルタとして組み合わせるように設けられた演算部と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化装置であって、
-速度値と、速度マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、速度フィルタデータセット、および、エンジン回転数値又は換気値と、エンジンマスキングフィルタ又は換気マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、機能フィルタデータセットを記憶するように設けられた、記憶部(200)と、
-前記乗り物の速度と、前記乗り物のエンジン回転数および換気データセットからなる群から選択される少なくとも1つの機能パラメータとを定める、前記通信バスで入手可能な少なくとも2つのパラメータを受け取るように設けられた、収集部(210)と、
-騒音マージン値と、前記通信バスで入手可能な前記少なくとも2つのパラメータとを、入力として受け取り、そこから少なくとも1つの速度フィルタデータセットおよび少なくとも1つの機能フィルタデータセットを導出し、これらを前記音声信号に適用されるマスキング等化フィルタとして組み合わせるように設けられた、演算部(220)と、
を備える、装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置において、前記演算部(220)が、
-前記収集部(210)により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部(200)内の速度フィルタデータセットおよび機能フィルタデータセットを決定し、
-少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を計算し、そこから速度フィルタデータセットを導出し、
-少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値、および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから機能フィルタデータセットを導出するように、
設けられている、装置。
【請求項3】
請求項2に記載の装置において、前記演算部(220)が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を保持することで、前記速度ゲイン値を計算し、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記速度ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算するように設けられている、装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の装置において、前記演算部(220)が、エンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータの存在下で、
-前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび第2の副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定し、
-少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出し、
-少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出し、
-前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算するように、
設けられている、装置。
【請求項5】
請求項1に記載の装置において、前記演算部(220)は、前記速度パラメータが所定の閾値未満である場合、
-前記収集部(210)により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部(200)内の機能フィルタデータセットおよび速度フィルタデータセットを決定し、
-少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから、該機能ゲイン値から機能フィルタデータセットを導出し、
-少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記機能ゲイン値、および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を決定し、そこから、該速度ゲインから速度フィルタデータセットを導出するように、
設けられている、装置。
【請求項6】
請求項5に記載の装置において、前記演算部(220)が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算し、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記機能ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算するように設けられている、装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載の装置において、前記演算部(220)が、エンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータの存在下で、
-前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定し、
-少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出し、
-少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出し、
-前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算するように、
設けられている、装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の装置において、前記演算部(220)が、前記騒音マージンと前記速度ゲイン値と前記機能ゲイン値との差に応じて、ハイパスフィルタを前記マスキング等化フィルタに適用するように設けられている、装置。
【請求項9】
データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化方法であって、
a)速度値と、速度マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、速度フィルタデータセット、および、エンジン回転数値又は換気値と、エンジンマスキングフィルタ又は換気マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、機能フィルタデータセットを記憶する過程と、
b)前記乗り物の速度と、前記乗り物のエンジン回転数および換気データセットからなる群から選択される少なくとも1つの機能パラメータとを定める、前記通信バスで入手可能な少なくとも2つのパラメータ、ならびに騒音マージン値を受け取る過程と、
c)過程b)のパラメータおよび前記騒音マージン値から、少なくとも1つの速度フィルタデータセットおよび少なくとも1つの機能フィルタデータセットを導出し、これらを音声信号に適用されるマスキング等化フィルタとして組み合わせる過程と、
を備える、音声信号等化方法。
【請求項10】
請求項9に記載の音声信号等化方法において、前記過程c)が、
c1)前記収集部(210)により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、速度フィルタデータセットおよび機能フィルタデータセットを決定する副過程、
c2)少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を計算し、そこから速度フィルタデータセットを導出する副過程、ならびに
c3)少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値、および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから機能フィルタデータセットを導出する副過程、
を含む、音声信号等化方法。
【請求項11】
請求項10に記載の音声信号等化方法において、前記副過程c2)が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算することを有し、前記副過程c3)が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記速度ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算することを有する、音声信号等化方法。
【請求項12】
請求項10または11に記載の音声信号等化方法において、前記副過程c3)は、前記過程b)がエンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータを返す場合、
c3a)前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび第2の副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定すること、
c3b)少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出すること、
c3c)少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出すること、ならびに、
c3d)前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算すること、
を有する、音声信号等化方法。
【請求項13】
請求項9に記載の音声信号等化方法において、前記過程c)は、前記過程b)の前記速度パラメータが所定の閾値未満である場合、
c1)前記収集部(210)により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部(200)内の機能フィルタデータセットおよび速度フィルタデータセットを決定する副過程、
c2)少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから、該機能ゲイン値から機能フィルタデータセットを導出する副過程、ならびに
c3)少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記機能ゲイン値、および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を決定し、そこから、該速度ゲインから速度フィルタデータセットを導出する副過程、
を含む、音声信号等化方法。
【請求項14】
請求項13に記載の音声信号等化方法において、前記副過程c1)が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算することを有し、前記副過程c2)が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記機能ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算することを有する、音声信号等化方法。
【請求項15】
請求項13または14に記載の音声信号等化方法において、前記副過程c2)は、前記過程b)がエンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータを返す場合、
c2a)前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定すること、
c2b)少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出すること、
c2c)少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出すること、ならびに
c2d)前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算すること、
を有する、音声信号等化方法。
【請求項16】
請求項9から15のいずれか一項に記載の音声信号等化方法において、さらに、
前記騒音マージンと前記速度ゲイン値と前記機能ゲイン値との差に応じて、ハイパスフィルタを前記マスキング等化機能に適用する過程d)、
を備える、音声信号等化方法。
【請求項17】
請求項9から16のいずれか一項に記載の方法を実行する命令を備える、コンピュータにより用いられるコンピュータプログラム。
【請求項18】
請求項17に記載のコンピュータプログラムが記録されたデータ記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗り物の音声信号処理の分野に関し、より詳細には、騒音が大きくなり得る環境、特に、問題となる騒音が経時的に変化し易い場合の、このような音声信号の等化に関する。
【背景技術】
【0002】
第1の音声信号を第2の音声信号でマスキングするという作用は、第1の音声信号の聴覚閾値を、第2の音声信号の存在によって引き上げる過程のことである。すなわち、第2の信号の存在により、それよりも低い振幅で且つ同じ周波数帯にある第1の信号が検出できなくなると、その所定の周波数帯でスペクトルマスキングが起こっていることになる。
【0003】
車では、この作用が、該車の走行に関連した空力騒音や、エンジンの騒音によって一般的に起こる。騒音の存在下では、一部の周波数がマスキングされるため、車の車室内で発信されている音楽のスペクトルバランスについての知覚が、損なわれてしまう可能性がある。
【0004】
知覚される音調バランスは、発信音声レベルとマスキング閾値との差に左右される。音楽の信号のダイナミックレンジ(最大振幅と最小振幅との差)は一定であるため、dBSPL(「音圧レベル(Sound Pressure Level)」の意味)で与えられる平均レベル値が閾値近辺になる場合、信号の一部の成分は知覚されるのに対し、別の成分はマスキングされてしまう。
【0005】
マスキング現象を回避し、知覚される音調バランスを維持するには、発信される音声信号の一部の周波数をマスキング閾値以上にする必要がある。音響隔離が十分でないことから、マスキング現象を補償するマスキングフィルタを得るための信号処理技術が開発された。
【0006】
従来技術では、2種類の技術が一般的に用いられている。SDVC(「車速連動音量調節(Speed Dependent Volume Control)」の意味)と称される第1の技術は、車速テーブルから計算したゲインを追加することで、音声信号の音量(すなわち、音声信号の全体)をマスキング閾値以上にすることからなる。SDEC(「車速連動等化調節(Speed Dependent Equalisation Control)」の意味)と称される第2の技術は、車速と系全体の減衰量とに依存するパラメータでローシェルフフィルタを適用することからなる。
【0007】
以上の2種類の技術は、演算能力をそれほど必要としない点で有利であり、このことは、自動車の環境において、コストおよび組み込み易さの両方の観点から極めて重要である。
【0008】
しかし、次の例のように、車のような乗り物では、バックグラウンド騒音の騒音源が複数存在する:
-音響隔離や空気力学に関係する乗り物自体の構造、タイヤの種類、エンジンなど;
-HVAC(「暖房換気空調(Heating, Ventilation and Air-Conditioning)」の意味)システム、ハイブリッド車の熱機関の駆動/停止などの、バックグラウンド騒音を変え得る乗り物の一部の機能;
-走行音や空力騒音は、車の車速とともに増加する;
-路面の性質:アスファルト道路や、粒の大きい車道(滑らかなアスファルト道路よりも騒音は大きくなる);
-環境:開けた田舎道は、トンネルよりも騒音が小さくなる。雨や風も、乗り物のバックグラウンド騒音を大きくする。
【0009】
一般的に、バックグラウンド騒音は、高周波数域で1オクターブあたり6dB低下する広帯域騒音として表すことができる。しかし、この定義は、上記の騒音源によっては、実際に遭遇するマスキング現象を記述するのに不十分であり得る。例えば、雨の存在下では、高周波数域がマスキングされる場合もある。同じく、乗り物の性質やその速度によっては、実際にマスキングを受ける周波数帯が、経時的に変化する可能性がある。
【0010】
このような可変のマスキング作用に対し、SDVC機能は、車速の上昇時に信号の全体のレベルを上げることが予想され得る。しかし、発信される音声周波数信号の知覚は、マスキング閾値周辺では非線形となる(例えば、高周波数域は低周波数域よりも知覚され易くなり得る)。つまり、SVDC機能では車速の上昇時に信号の全体のレベルが引き上げられるが、全ての周波数域でこれが必ずしも必要であるとは限らない。
【0011】
これに対し、SDEC機能は、所定のスペクトル処理を導入することで、上記の作用を回避している。SDEC機能は、ローシェルフフィルタで信号を増幅することにより、一般的な鼻形の騒音プロファイル(すなわち、高周波数域で1オクターブあたり6dB低下するプロファイル)の低周波数域をマスキング閾値以上とし、知覚されるスペクトルバランスを確実に維持する。この場合も、バックグラウンド騒音のプロファイルは、乗り物の速度のみに依存していると仮定されている。しかし、前述のように、例えば路面や環境により、そのようなプロファイルは劇的に且つ予測不能に変化し得る。
【0012】
このため、本願の出願人は、NDEC(「騒音連動等化調節(Noise Dependent EQ Control)」の意味)と称される、マスキングによる等化を開発した。これは、乗り物の音響センサで収集した騒音に応じて等化調節を行うことからなる。この処理は、マイクロフォンで収集した騒音を解析し、そこから騒音のスペクトルをリアルタイムで推定し、音声信号に補償フィルタを適用するというアルゴリズムに基づく。これは、種々の騒音に対して優れた適応性を有するという大きな利点を奏する。しかしながら、マイクロフォンを使用する必要性や、演算資源やメモリ資源の極めて激しい消費や、音声に特化した処理の必要性などの、数多くの短所も有する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、現況では、簡素であるが騒音源の多様性から効果がそれほど高くないマスキングによる等化と、効果的であるが実施が極めて高コストで複雑になる等化との、いずれかを選択する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、この状況を改善する。この目的のために、データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化装置であって、
-速度値と、速度マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、速度フィルタデータセット、および、エンジン回転数値又は換気値と、エンジンマスキングフィルタ又は換気マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、機能フィルタデータセットを記憶するように設けられた、記憶部と、
-前記乗り物の速度と、前記乗り物のエンジン回転数および換気データセットからなる群から選択される少なくとも1つの機能パラメータとを定める、前記通信バスで入手可能な少なくとも2つのパラメータを受け取るように設けられた、収集部と、
-騒音マージン値と、前記通信バスで入手可能な前記少なくとも2つのパラメータとを、入力として受け取り、そこから少なくとも1つの速度フィルタデータセットおよび少なくとも1つの機能フィルタデータセットを導出し、これらを前記音声信号に適用されるマスキング等化フィルタとして組み合わせるように設けられた、演算部と、
を備える、装置を提案する。
【0015】
本装置は、主な各騒音源に対して効果を発揮する等化を、合理的に保たれた実施コストで、ハードウェアを追加することなく、あらゆる乗り物に存在するアーキテクチャを用いて適用することが可能なので、極めて有利である。
【0016】
各種の実施形態において、本発明は、以下の少なくとも1つの構成を備えていてもよい:
-前記演算部が、前記収集部により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部内の速度フィルタデータセットおよび機能フィルタデータセットを決定し、少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を計算し、そこから速度フィルタデータセットを導出し、少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値、および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから機能フィルタデータセットを導出するように、設けられている;
-前記演算部が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算し、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記速度ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算するように設けられている;
-前記演算部が、エンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータの存在下で、前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび第2の副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定し、少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出し、少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出し、前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算するように、設けられている;
-前記演算部は、前記速度パラメータが所定の閾値未満である場合、前記収集部により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部内の機能フィルタデータセットおよび速度フィルタデータセットを決定し、少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから、該機能ゲイン値から機能フィルタデータセットを導出し、少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記機能ゲイン値、および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を決定し、そこから、該速度ゲインから速度フィルタデータセットを導出するように、設けられている;
前記演算部が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算し、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記機能ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算するように設けられている;
前記演算部が、エンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータの存在下で、前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび第2の副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定し、少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出し、少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出し、前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算するように、設けられている;
前記演算部が、前記騒音マージンと前記速度ゲイン値と前記機能ゲイン値との差に応じて、ハイパスフィルタを前記マスキング等化フィルタに適用するように設けられている。
【0017】
本発明は、さらに、データ通信バスを用いる乗り物の音声信号等化方法であって、
a)速度値と、速度マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、速度フィルタデータセット、および、エンジン回転数値又は換気値と、エンジンマスキングフィルタ又は換気マスキングフィルタを定める係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目からなる、機能フィルタデータセットを記憶する過程と、
b)前記乗り物の速度と、前記乗り物のエンジン回転数および換気データセットからなる群から選択される少なくとも1つの機能パラメータとを定める、前記通信バスで入手可能な少なくとも2つのパラメータ、ならびに騒音マージン値を受け取る過程と、
c)過程b)のパラメータおよび前記騒音マージン値から、少なくとも1つの速度フィルタデータセットおよび少なくとも1つの機能フィルタデータセットを導出し、これらを音声信号に適用されるマスキング等化フィルタとして組み合わせる過程と、
を備える、音声信号等化方法に関する。
【0018】
各種の実施形態において、本発明は、以下の少なくとも1つの構成を備えていてもよい:
-前記過程c)が、c1)前記収集部により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、速度フィルタデータセットおよび機能フィルタデータセットを決定する副過程、c2)少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を計算し、そこから速度フィルタデータセットを導出する副過程、ならびにc3)少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値、および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから機能フィルタデータセットを導出する副過程を含む;
前記副過程c2)が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算することを有し、前記副過程c3)が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記速度ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算することを有する;
前記副過程c3)は、前記過程b)がエンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータを返す場合、c3a)前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび第2の副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定すること、c3b)少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出すること、c3c)少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値、前記速度ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出すること、ならびに、c3d)前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算すること、を有する;
前記過程c)は、前記過程b)の前記速度パラメータが所定の閾値未満である場合、c1)前記収集部により決まる、前記少なくとも2つのパラメータから、前記記憶部内の機能フィルタデータセットおよび速度フィルタデータセットを決定する副過程、c2)少なくとも、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、機能ゲイン値を決定し、そこから、該機能ゲイン値から機能フィルタデータセットを導出する副過程、ならびにc3)少なくとも、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記機能ゲイン値、および前記騒音マージン値から、速度ゲイン値を決定し、そこから、該速度ゲインから速度フィルタデータセットを導出する副過程、を含む;
前記副過程c1)が、決定された前記機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値のうちの、最小値を選択することで、前記機能ゲイン値を計算することを有し、前記副過程c2)が、決定された前記速度フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値と前記機能ゲイン値との差のうちの、最小値を選択することで、前記速度ゲイン値を計算することを有する;
前記副過程c2)は、前記過程b)がエンジン回転数機能パラメータおよび換気データセット機能パラメータを返す場合、c2a)前記エンジン回転数機能パラメータおよび前記換気データセット機能パラメータから、主要な機能フィルタデータセットおよび副次的な機能フィルタデータセットを、該主要な機能フィルタデータセットのゲイン値が該副次的な機能フィルタデータセットのゲイン値よりも大きくなるように決定すること、c2b)少なくとも、前記主要な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値および前記騒音マージン値から、第1の機能ゲイン値を決定し、そこから第1の機能フィルタデータセットを導出すること、c2c)少なくとも、前記副次的な機能フィルタデータセットの前記ゲイン値、前記第1の機能ゲイン値および前記騒音マージン値から、第2の機能ゲイン値を決定し、そこから第2の機能フィルタデータセットを導出すること、ならびにc2d)前記第1の機能ゲイン値、前記第2の機能ゲイン値、前記第1の機能フィルタデータセットおよび前記第2の機能フィルタデータセットから、機能ゲイン値および機能フィルタデータセットを計算すること、を有する;
本方法が、さらに、前記騒音マージンと前記速度ゲイン値と前記機能ゲイン値との差に応じて、ハイパスフィルタを前記マスキング等化機能に適用する過程d)、を備える。
【0019】
本発明は、さらに、本発明に係る方法を実行する命令を備えるコンピュータプログラム、このようなコンピュータプログラムが記録されたデータ記憶媒体、このようなコンピュータプログラムを記録したメモリに接続されたプロセッサを備えるコンピュータシステム、に関する。
【0020】
本発明のその他の構成および利点については、図面を参照しながら、例示に過ぎず本発明を限定するものではない例を参考にしつつ行う以下の説明を読むことで、より明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明を実施する乗り物で音声信号を発信するシステムを示す図である。
図2】本発明を実施する図1のシステムにマスキングによる等化を適用する装置の構造例を示す図である。
図3図2の装置による等化の第1の実施形態を示す図である。
図4図3の等化の第1の実施例を示す図である。
図5図3の等化の第2の実施例を示す図である。
図6図3の等化の第3の実施例を示す図である。
図7図2の装置による等化の第2の実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図面および後述の説明には、基本的に、所定の性質の構成が含まれている。つまり、それらは、本発明を理解し易くするためだけでなく、本発明の定義にも適宜貢献し得る。
【0023】
本説明は、その性質上、著作権による保護が可能な構成を含んでいる。同権利の保持者は、公式の包袋内の本特許書類又はその中の記載を誰かが複製することについては反対しない。それ以外の行為については、権利を留保する。
【0024】
図1に、乗り物100の形態を取る発信環境において本発明を用いて実施される、音声信号を発信するシステム110を示す。同図では、乗り物が車の形態で描かれているが、本発明はどのような種類の原動機付き乗り物も用途となる。後で明らかになるように、本発明は、乗り物100がCANバスをデータ通信バスとしているという点を特に礎としている。
【0025】
発信システム110は、複数のラウドスピーカ112と、本発明に係る等化装置114と、を備える。等化装置114は、図3又は図7で説明する任意の実施形態に従って、マスキングによる等化を実施するように構成されている。図2に、装置114の使用例の概要を示す。
【0026】
種々の実施形態において、等化装置114は、発信システム110に組み込まれておらず、むしろ、有線(例えば、USB接続等や、その等価物)や無線(例えば、Bluetooth、Wi-Fi等や、これらと等価的な接続)で発信システム110と接続されて発信音声信号や等化音声信号などのデータをやり取りする。発信システム110は、ラウドスピーカ112を一つだけ有するものであってもよい。
【0027】
図2に、等化装置114の使用例の概要を示す。同図に記載の例では、等化装置114が、記憶部200、収集部210および演算部220を備える。
【0028】
記憶部200は、デジタルデータを受け取ることが可能なデータストレージであれば、ハードディスク、フラッシュメモリ付きハードディスク、任意の形態のフラッシュメモリ、ランダムアクセスメモリ、磁気ディスク、ローカル又はクラウドに分散したストレージなどの、どのような種類のデータストレージであってもよい。とはいっても、本発明の自動車用途から、記憶部200はフラッシュメモリまたはハードディスクである可能性が高く、システム110、収集部210および演算部220がこれにアクセスし得る。
【0029】
本明細書に記載の例では、記憶部200が、装置114に関する全てのデータ、すなわち、収集部210や演算部220をインスタンス化するプログラムやソフトウェア、そのパラメータ、入力として受け取ったデータ(但し、そのようなデータがある場合に限る)、中間的なフィルタゲイン値や係数値、バッファに格納されたデータ、およびマスキングフィルタデータ出力、を受け取る。前記装置により計算されるデータは、記憶部200と同様の任意の種類の記憶部に、あるいは、記憶部200に記憶され得る。これらのデータは、前記装置がタスクを実行した後に消去され得るか、あるいは、保持され得る。
【0030】
記憶部200は、速度値と、ゲイン値と、速度マスキングフィルタ係数と、を関連付けた三項目からなる、速度フィルタデータセット、および、エンジン回転数値又は換気値と、ゲイン値と、エンジンマスキングフィルタ係数又は換気マスキングフィルタ係数と、を関連付けた三項目からなる、機能フィルタデータセットを受け取る。これらの係数のセットにより、様々なフィルタを迅速に且つ低コストで実施することが可能となる。前記係数のセットは、汎用的なものであってもよいし、乗り物ごとに特化したものであってもよい。本発明の文脈では、後者のほうが望ましい。同図に記載の例では、使用されるマスキングフィルタが、双二次フィルタである。一変形例において、同フィルタは、再帰形フィルタ、有限インパルス応答フィルタなどの、時間領域で実施される任意の種類のものとされ得る。同フィルタは、周波数領域で実施されるものであってもよい。
【0031】
記憶部200は、入力データとしてのパラメータと、少なくとも1つの騒音マージンデータとを、受け取る。
【0032】
前記パラメータは、装置114によるフィルタリング対象であるマスキング騒音現象の特徴を定める役割を果たす。前記パラメータは、前記乗り物の例えばCANバス等の通信バスから、収集部210が取得する。CANバスには、速度やエンジン回転数、さらに、HVACシステムのパラメータなどのその他の機能情報(例えば動作インジケータ、換気速度値、換気動力値等であるが、これらに限定されない)といった、前記乗り物の状態の定量化を可能にする多数の情報項目が流れていることから、本実施形態は極めて有利である。以後、速度は速度パラメータを表し、エンジン回転数およびHVACシステムのパラメータは機能パラメータを表す。このように区別する理由は、速度が、路面と、乗り物の空気力学および移動とによる、十分に分かっている騒音源であり、それに関連するマスキングフィルタも、十分に分かっている反面、エンジンやHVACシステムに関する騒音のマスキングのフィルタリングについては、合理的なコストで計算したいため、きちんと制御を行わないからである。例えば、SDEC手法で後者を処理しない理由は、このためである。
【0033】
本願の出願人は、驚くべきことに、あらゆる予想に反して、CANにより、エンジン騒音やHVAC騒音などの機能騒音を定めるための全ての必要不可欠なデータを供給し、SDECフィルタリングを補強できるということに気付いた。後で分かるように、種々の騒音源とそれらの特徴をこのように区別することにより、NDECの性能に匹敵する差別化処理が、遥かに低コストで、かつ、乗り物のプラットフォームに依存しない極めて高い汎用性で、かつ、ミクロを必要とせずに可能となる。しかも、既存のCAN(やその他の通信バス)を利用するという上記の単純性から、前記乗り物への装置114の組込みも簡単である。
【0034】
つまり、演算コストを節約するために、速度範囲、エンジン回転数およびHVACシステムデータを別々に分けて、それぞれに、記憶部200に記憶されたフィルタゲインとフィルタ係数とを対応付けている。よって、速度値(エンジン回転数またはHVACシステムデータ)とゲインとフィルタ係数セットとを関連付けた三項目が、それぞれ、速度フィルタデータセット(エンジンデータセットまたは換気データセット)を規定している。このようなフィルタデータセットが演算部220により操作されて、マスキング等化フィルタが算出される。好ましくは、これらのフィルタデータセットは、乗り物の種族ごとに個別化されており、装置114の使用前に調節される。
【0035】
騒音マージンデータは、2つの性質を呈し得る。一つは、音声信号に求められる音量に対する減衰量であり、もう一つは、装置114に求められる利得(ゲイン)の最大値である。以後、騒音マージンは、これら2種類の数値のうちの小さいほうを表す。一変形例として、これらの2種類の数値の一方のみが考慮されてもよく、その場合には、騒音マージンが、その時々の事例に応じて、必要な減衰量または必要な利得の最大値と等しくなる。
【0036】
収集部210および演算部220は、記憶部200に、直接または間接的にアクセスする。収集部210および演算部220は、1つ以上のプロセッサで実行される適切なコンピュータコードの形態で形成され得る。プロセッサとは、後述の計算に適した任意のプロセッサであると理解されたい。このようなプロセッサは、パーソナルコンピュータ又はラップトップ又はタブレット又はスマートフォン用のマイクロプロセッサ、FPGA又はSoC型の専用チップ、グリッド又はクラウド上のコンピューティング資源、グラフィカルプロセッサ(GPU)のクラスタ、マイクロコントローラなどの、後述の処理の完了に必要な演算力を提供することが可能なあらゆる形態の、任意の既知の様式で形成されたものであり得る。これらの少なくとも1つは、ASICなどの特殊な電子回路の形態で形成されたものであってもよい。また、プロセッサと電子回路との組合せを検討してもよい。本発明は自動車を背景とするものであるから、装置114のコストを最適化するため、プロセッサは出来る限り簡素なものが望ましい。
【0037】
また、収集部210の唯一の機能は、前記パラメータおよび前記騒音マージンを取り出して、演算部220を動かすことである点は明らかである。一変形例として、収集部210と演算部220は一体化されてもよいし、あるいは、装置114の動作が機能的に変わらないことを前提として、演算部220がより小さい機能部に分割されてもよい。
【0038】
図3に、図2の装置により実施されるマスキング等化の第1の実施形態を示す。本実施形態では、速度が、最も大きい騒音源であると想定している。このため、その処理が、優先されている。その後に、機能パラメータに関する騒音が処理されるが、後で分かるように、この処理は、速度騒音の処理に左右される。図3に示す例では、1つの機能パラメータだけが存在していると仮定している。一変形例として、例えば二つ目のマスキング等化の実施で説明するように、複数の機能パラメータを処理対象とすることも可能である。
【0039】
過程300では、収集部210が、CANバスから、演算部220による処理に必要なデータ、すなわち、乗り物Vの速度(速度パラメータ)と、エンジン回転数rpmまたは換気データHVAC[]と、騒音マージンHRと、を取り出す。速度V、エンジン回転数rpmおよび換気データHVAC[]は、CAN(または前記乗り物のその他の通信バス)上を移動する任意のデータから、直接または間接的に取得することが可能である。
【0040】
次に、過程310,320,330にて、速度騒音を処理する。過程310では、演算部220が、記憶部200にコールを行い、速度Vを引数として受ける関数Filt1()を用いて、速度Vに合致する速度フィルタデータセットを取り出す。速度Vの数値が記憶部200内に存在する速度フィルタデータセット中に存在しない場合、関数Filt1()は、速度Vに最も近い速度の速度フィルタデータセット、あるいは、少なくとも1つの速度フィルタデータセットの外挿から導出された速度フィルタデータセットを返し得る。次に、過程320にて、関数Min()を用いて、ゲインLSGが決定される。関数Min()の役割は、演算部220による処理において、騒音マージン(すなわち、「ヘッドルーム」)が有限であるという点を考慮に入れることである。音声信号に対し、その音量に従って、ただ単に補正を施すということはできない。しかも、再生される音声信号がラウドスピーカ112の飽和リスクを超えるほど極めて強いものである場合には、信号を増幅してマスキングをフィルタリングする必要性はないと考えられる。そのため、同図に記載の例では、関数Min()が、騒音マージンおよび過程310の速度フィルタデータセットのゲイン値のうちの、最小値を取る。最後に、過程320で過程310のゲインと異なるゲインLSGが生成された場合には、過程330にて、記憶部200内における、ゲインLSGに最も合致するゲインの速度フィルタデータセットを決定する関数Filt2()が、実行される。ここでも、関数Filt2()は、ゲインLSGに最も近いゲインGVの速度フィルタデータセット、あるいは、少なくとも1つの速度フィルタデータセットの外挿から導出された速度フィルタデータセットを返し得る。
【0041】
過程310~330の後、演算部220は、過程340~360を実施して機能パラメータに関する騒音を処理する。前述のように、図3の実施形態では、エンジン回転数と換気データのいずれか1つの機能パラメータだけを処理する。過程340は、過程310と似ており、対象の機能パラメータを用いて関数Filt1()を実施することにより、メモリ200内における、該機能パラメータと最も近い機能フィルタデータセットを決定する。次に、過程350では、過程320と同様に、騒音マージンを考慮に入れてゲインPの計算を行う。ただし、過程310~340の処理を考慮に入れるために、過程340の機能フィルタデータセットのゲインと比較するのは、騒音マージンではなくて、過程330の速度ゲインGVを切り取った後の騒音マージンとする。最後に、過程360では、過程350で決定された機能ゲインPに応じて過程340の機能フィルタデータセットが再処理されて、機能フィルタデータセットFP[]が返される。
【0042】
最後に、過程370では、演算部220が、過程330の速度ゲインGVおよび速度フィルタデータセットFV[]と、過程360の機能ゲインGPおよび機能フィルタデータセットFP[]とを組み合わせる関数Comb()を実行し、マスキング等化フィルタMFを算出する。
【0043】
好ましい一実施形態では、任意の過程380にて、低周波数域での過剰なゲインからラウドスピーカ112を保護するために、ハイパスフィルタを用いてマスキング等化フィルタMFを改良する。
【0044】
過程310と過程340が、並行して実施可能であることは明らかである。一方、後続の過程350は、過程320,330に左右される。
【0045】
つまり、マスキング等化フィルタが、得られる騒音マージンを考慮に入れながら、逐次的なキーによって構築されていくという点は明らかである。本発明のコストをさらに低減するために、オールパス型のフィルタデータセットを記憶し、これに対し、所定の段階で決定されるゲインに応じて変更を施していくことで、同フィルタの係数の計算を行うようにしてもよい。例えば、過程360のフィルタデータセットは、以下の演算から決定することが可能である:
b0=0.5*((1 + gainLin)+b0_ap*(1-gainLin));
b1=0.5*((1 + gainLin)*a1_ap+b1_ap*(1-gainLin));
b2=0.5*((1+gainLin)*a2_ap+(1-gainLin));
a1=a1_ap;
a2=a2_ap;
(式中、gainLinは、機能ゲイン値(dB)を式:gainLin=10^(P/20)に従った線形ゲインに変換したものであり、aiおよびbiは、機能フィルタデータセットFP[]の係数であり、ai_apおよびbi_apは、オールパスフィルタデータセットの係数である。)
【0046】
図4に、騒音マージンが速度ゲインと機能ゲインの合計よりも大きい場合に生成されるマスキング等化フィルタの一例を示す。
【0047】
本例は、速度:70kn/時(ゲイン3.3dBの速度フィルタデータセットに相当)、騒音マージン:13dB、およびエンジン騒音の基本周波数:120Hz(エンジン回転数(rpm)と気筒数との積を120で割った(別の式を採用してもよい)rpm値:3600から決定;ゲイン5dBの速度フィルタデータセットに相当)というデータに基づく。
【0048】
過程320の関数Min()は、3.3dBの速度ゲインを返す。つまり、過程310の速度フィルタデータセットは、変更されない。次に、5dBのゲインを13-3.3、すなわち、9.7dBと比較することにより、機能ゲインが決定される。つまり、ここでも、過程340の機能フィルタデータセットは、変更されない。エンジン騒音の性質から、エンジンフィルタデータセットの係数は、前述した120Hzの周波数であるエンジン騒音の基本周波数の、高調波に関係したものとされる。
【0049】
最後に、騒音マージンから速度ゲインと機能ゲインを差し引く、すなわち、13-3.3-5=4.7dBとすることにより、最終ゲインが計算される。これが、過程380のハイパスフィルタによる基準値として用いられる。
【0050】
図5に、騒音マージンが乗り物の速度に関する速度フィルタデータセットのゲインよりも小さい場合に生成されるマスキング等化フィルタの一例を示す。
【0051】
本例は、速度:105kn/時(ゲイン4dBの速度フィルタデータセットに相当)、騒音マージン:3.1dB、およびエンジン騒音の基本周波数の値:120Hz(ゲイン5dBの速度フィルタデータセットに相当)というデータに基づく。
【0052】
過程320の関数Min()は、3.1dBの速度ゲインを返す。つまり、過程330にて、過程310の速度フィルタデータセットを変更する必要がある。あいにく、過程330は、3.1dBの速度ゲインの速度フィルタデータセットを返す。結果として、過程350は必然的に0dB(3.1-3.1)を返すので、機能ゲインの計算が不要になる。これは、ハイパスフィルタには当てはまらない。この場合、機能フィルタの適用がなくなる(0次フィルタが適用される)。
【0053】
図6に、騒音マージンが、乗り物の速度に関する速度フィルタデータセットのゲインよりも大きいものの、この速度ゲインを機能パラメータに関する機能フィルタデータセットのゲインに足したものよりは小さい場合に関する、第3の例を示す。
【0054】
本例は、速度:105kn/時(ゲイン4dBの速度フィルタデータセットに相当)、騒音マージン:3dB、およびエンジン騒音の基本周波数の値:120Hz(ゲイン5dBの速度フィルタデータセットに相当)というデータに基づく。
【0055】
過程320の関数Min()は、3dBの速度ゲインを返す。つまり、過程330にて、過程310の速度フィルタデータセットを変更する必要がある。本例では、過程330が、2dBの速度ゲインの速度フィルタデータセットを返す。結果として、機能ゲインは、Min(5;3-2)=1dBとして算出される。過程360では、それに応じて機能フィルタが決定される。3dBの騒音マージンは速度ゲイン(2dB)と機能ゲイン(1dB)の合計に等しいことから、0次のハイパスフィルタが適用されることになる。
【0056】
以上は適当な例であるが、騒音マージンを考慮に入れることでマスキング等化フィルタの定義が大幅に変わる様子を理解することができる。
【0057】
図7に、巧妙性を考慮に入れた変形例として、機能速度パラメータと換気データ機能パラメータが存在する場合の処理を説明した一実施形態を示す。
【0058】
本実施形態のうち、図3と同様の過程は、参照符号の下2桁が、図3の過程のそれと共通している。相違点についてのみ、説明する。
【0059】
本実施形態の主な相違点は、機能騒音に対する速度騒音の処理の順序を決めるために、速度閾値を考慮に入れるという点である。図3での騒音マージンと同じく、各処理では、残留マージンを起点として残留騒音を処理する。
【0060】
速度が高速である場合、空力騒音は極めて大きく、機能騒音よりも優先する必要がある。反面、例えば50km/時未満等の低速では、この処理を逆にするのが有利となり得る。
【0061】
よって、過程705では、速度Vが、閾値Vmと比較される。この比較で高速となれば、過程709で、図3で説明した処理が(後述の2つの機能パラメータの処理を付け加えるかたちで)実施される。
【0062】
そうでない場合、機能騒音が優先的に処理される。同図に記載の実施形態では、エンジン騒音と換気騒音との2種類の異なる機能騒音が処理される。どちらを優先的に処理するのかを判断するために、過程310に似た過程710にて、rpm機能パラメータに合致するエンジンフィルタデータセットおよび換気データ機能パラメータHVAC[]に合致する換気フィルタデータセットを取り出すための関数Filt3()が実行される。これら2つのセットは、それらに対応付けられたゲインを基に分別される。過程720,722にて、第1の機能ゲインPG1およびその係数のセットが過程320と同様にして決定され、過程724,726にて、第2の機能ゲインPG2およびその係数のセットが第1の機能ゲインPG1を考慮に入れて決定される。最後に、過程730にて、機能ゲイン係数PG1と機能ゲイン係数PG2、さらに、それらに対応する係数セット同士が組み合わされる。このように、様々な性質の機能パラメータに対し、騒音マージンを低下させながら、階層的処理が反復的に行われる。
【0063】
次に、過程740,750,760にて、速度ゲインおよび速度フィルタデータセットが、過程340~360と同様にして(但し、「機能」と「速度」の役割を入れ替えるという点を除く)決定される。過程770にてマスキング等化フィルタが算出されて、任意の過程780でハイパスフィルタの適用が行われる。
【0064】
上記では、フィルタデータセットが、指標値(速度、エンジン回転数および換気データ)と、マスキングフィルタを共同で定める各係数に対応付けられたゲイン値と、を関連付けた三項目によって形成されている。しかしながら、ゲイン値/係数のペアを係数単独で表すようにしてもよく、ゲイン値は、係数のノルムに暗示的に含まれていることになる。
【0065】
つまり、上記のように、本願の出願人は、様々な種類の騒音を考慮に入れて、利用できる直接の情報源(通信バス)から該騒音に関する情報を取り出し、極めて低い演算コストでマスキング等化フィルタを算出することのできる処理を開発した。SDECを起点としてこのような結果が得られるとは、本願の出願人によるNDECの特許(FR2211921)の出願から分かるように、予想外のことであった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【外国語明細書】