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特開2024-157094活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157094
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラム
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/44 20060101AFI20241030BHJP
   B01J 35/50 20240101ALI20241030BHJP
   G16C 10/00 20190101ALI20241030BHJP
【FI】
B01J23/44 A
B01J35/02 Z
G16C10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071208
(22)【出願日】2023-04-25
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 和也
【テーマコード(参考)】
4G169
【Fターム(参考)】
4G169AA14
4G169AA20
4G169BC72A
4G169CA03
4G169CA07
4G169CA08
4G169CA09
4G169CA13
4G169CA14
4G169CA15
4G169DA06
(57)【要約】
【課題】金属の表面に共吸着する複数種の気体分子の存在を考慮して、活性化エネルギーを精度よく予測する活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムを提供する。
【解決手段】表面16を有する金属15と、表面16に吸着する複数種の吸着分子11、12と、を選定し、表面16に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定し、対象とする吸着分子だけが第一反応物として表面に吸着した状態から第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求め、対象とする吸着分子を含む複数種の吸着分子11、12が第二反応物として表面に吸着した状態から第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求め、第一活性エネルギーと第二活性エネルギーとの関係から表面16に吸着する複数種の吸着分子11、12を加味した活性化エネルギーの予測式を得る。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定し、
前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定し、
対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求め、
前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求め、
前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る活性化エネルギーの予測方法。
【請求項2】
それぞれの前記吸着分子について、前記表面に前記吸着分子1個が吸着した場合の第一吸着エネルギーと前記表面に複数個の前記吸着分子が吸着した場合の前記吸着分子の1個あたりの第二吸着エネルギーとを求め、それら結果から前記吸着分子に係る被覆率と吸着エネルギーとの関係を求め、
前記被覆率の関数として記述した吸着平衡定数からそれぞれの前記吸着分子の前記被覆率が自己無頓着になるようそれぞれの前記吸着分子の前記被覆率を定めて前記支配的吸着分子を特定する請求項1に記載の活性化エネルギーの予測方法。
【請求項3】
前記第一活性エネルギー、前記第二活性エネルギー、前記第一吸着エネルギー、および前記第二吸着エネルギーを量子化学計算で求める請求項2に記載の活性化エネルギーの予測方法。
【請求項4】
前記被覆率と前記吸着エネルギーとの関係は、前記被覆率の1次式で表され、
前記吸着平衡定数は、式(1)で求められ、
前記被覆率は、吸着平衡を仮定して求められ、
前記支配的吸着分子は、求めた前記被覆率のうち最も大きい前記被覆率を有する吸着分子とする請求項2に記載の活性化エネルギーの予測方法。
【数1】
【請求項5】
前記予測式は、前記吸着分子の被覆率の1次式で表される請求項1に記載の活性化エネルギーの予測方法。
【請求項6】
コンピューターに、
表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定する機能と、
前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定する機能と、
対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求める機能と、
前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求める機能と、
前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る機能と、
を実現させるための活性化エネルギーの予測プログラム。
【請求項7】
コンピューターに、
表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定する手順と、
前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定する手順と、
対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求める手順と、
前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求める手順と、
前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る手順と、
を実行させるための活性化エネルギーの予測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1は、平板状の酸化白金(PtO2)の表面で進行する一酸化窒素(NO)から二酸化窒素(NO2)が生じる酸化反応の活性化エネルギーを、量子化学計算で求める。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】The Journal of Physical Chemistry C, (米),2009, Volume 113, Issue 43, p.18746-18752.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば車両の排気管に設けられる触媒、いわゆる自動車排ガス浄化触媒の表面には、複数種の気体分子、例えば一酸化炭素(CO)および窒素酸化物(NOx)が多数吸着していると考えられる。
【0005】
しかしながら、非特許文献1が提案する従来の方法は、複数種の気体分子が表面に吸着する吸着構造、いわゆる共吸着(co-adsorption)する吸着構造について、活性化エネルギーを計算する具体的な方法を提案していない。
【0006】
そこで、本発明は、金属の表面に共吸着する複数種の気体分子の存在を考慮して、活性化エネルギーを精度よく予測する活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題を解決するため本発明に係る活性化エネルギーの予測方法は、表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定し、前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定し、対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求め、前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求め、前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る。
【0008】
また、前記の課題を解決するため本発明に係る活性化エネルギーの予測プログラムは、コンピューターに、表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定する機能と、前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定する機能と、対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求める機能と、前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求める機能と、前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る機能と、を実現させる。
【0009】
さらに、前記の課題を解決するため本発明に係る活性化エネルギーの予測プログラムは、コンピューターに、表面を有する金属と、前記表面に吸着する複数種の吸着分子と、を選定する手順と、前記表面に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定する手順と、対象とする吸着分子だけが第一反応物として前記表面に吸着した状態から前記第一反応物が第一生成物へ変化する際に必要な第一活性エネルギーを求める手順と、前記対象とする吸着分子を含む前記複数種の吸着分子が第二反応物として前記表面に吸着した状態から前記第二反応物が第二生成物へ変化する際に必要な第二活性エネルギーを求める手順と、前記第一活性エネルギーと前記第二活性エネルギーとの関係から前記表面に吸着する前記複数種の吸着分子を加味した活性化エネルギーの予測式を得る手順と、を実行させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、金属の表面に共吸着する複数種の気体分子の存在を考慮して、活性化エネルギーを精度よく予測する活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る共吸着エネルギーの予測方法、および共吸着エネルギーの予測プログラムの適用例である車両のブロック図。
図2】本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法を適用する構造モデルの一例を示す概念図。
図3】本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法を示すフローチャート。
図4】吸着分子が吸着していない金属の表面を表現する構造モデルの一例の図。
図5】吸着分子が吸着している金属の表面(被覆率θ=25パーセント)を表現する構造モデルの一例の図。
図6】吸着分子が吸着している金属の表面(被覆率θ=100パーセント)を表現する構造モデルの一例の図。
図7】一酸化窒素について被覆率と吸着エネルギーとの関係を示すグラフ。
図8】金属表面に1つの気体分子が吸着した吸着構造の一例を示す図。
図9】金属表面に吸着した1つの気体分子が解離した構造の一例を示す図。
図10】金属表面に複数の気体分子が共吸着した吸着構造の一例を示す図。
図11】金属表面に吸着した共吸着した複数の気体分子の1つが解離した構造の一例を示す図。
図12】一酸化窒素分子について被覆率と活性化エネルギーとの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムの実施形態について図1から図12を参照して説明する。なお、複数の図面中、同一または相当する構成には同一の符号が付されている。
【0013】
図1は、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムの適用例である車両のブロック図である。
【0014】
図1に示すように、車両1は、内燃機関2と、内燃機関2が排出する排気ガスを導く排気管3と、排気管3に設けられる触媒5と、を備えている。
【0015】
触媒5は、例えば三元触媒(three-way catalyst、TWC)である。触媒5は、内燃機関2の排気ガスに含まれる有害成分、例えば一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素化合物(HC)、を酸化反応および還元反応によって浄化して水(H2O)、二酸化炭素(CO2)、および窒素(N2)を排出する。触媒5は、例えば白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)のような貴金属を担持している。なお、排気ガスは、有害成分の他に酸素(O2)を含んでいる。
【0016】
本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法、および活性化エネルギーの予測プログラムは、例えば、車両1の触媒5のように、共吸着分子の種類、および共吸着分子による金属表面の被覆率が多様に変化する場合の活性化エネルギーの予測を対象とする。
【0017】
なお、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法を、以下、単に「本予測方法」と呼び、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測プログラムを、以下、単に「本予測プログラム」と呼ぶ。
【0018】
図2は、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法を適用する構造モデルの一例を示す概念図である。
【0019】
図2に示すように、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法は、複数種の気体分子11、12が金属15の表面16に共吸着する構造モデルを対象とする。一方の気体分子11は、例えば一酸化炭素(CO)であって、他方の気体分子12は、例えば窒素酸化物(NOx)であるように、気体分子11、12は相互に異なる種類の物質である。なお、それぞれの気体分子11、12は、少なくとも1個の気体分子を含み、複数の同種の気体分子を含んでいても良い。金属15の表面16に吸着した気体分子11、12を、吸着分子11、12と呼ぶ場合がある。
【0020】
図3は、本実施形態に係る活性化エネルギーの予測方法を示すフローチャートである。
【0021】
図3に示すように、本予測方法および本予測プログラムは、吸着平衡を仮定して共吸着する吸着分子11、12のそれぞれの被覆率θiを得て金属15の表面16の支配的に吸着する支配的吸着分子の種類を明らかにする前半の7つのステップと、共吸着する吸着分子11、12が存在しない第一類型、および共吸着する吸着分子11、12が存在する第二類型を含む複数の類型で、予測対象の気体分子の反応の活性化エネルギーを求めて、複数種の吸着分子11、12を加味した活性化エネルギーの予測式を得る後半の3つのステップと、を含んでいる。
【0022】
先ず前半の7つのステップについて説明する。
【0023】
第一ステップS1は、表面16を有する金属15と、表面16に吸着する複数種の吸着分子11、12と、を選定する手順である。以下、説明の便宜のために金属15としてパラジウム(Pd)を選定し、複数種の吸着分子11、12として一酸化窒素分子(NO)、一酸化炭素分子(CO)、および酸素分子(O2)を選定する。つまり、本予測方法および本予測プログラムは、具体例として、一酸化窒素(NO)、一酸化炭素(CO)、および酸素(O2)が共存する雰囲気のパラジウム(Pd)の表面16で進行する一酸化窒素解離反応の活性化エネルギーを予測する。
【0024】
パラジウム(Pd)の表面モデルとして、Pd(111)-(2x2)表面を仮定した。
【0025】
図4は、吸着分子が吸着していない金属の表面を表現する構造モデルの一例の図である。
【0026】
図5は、吸着分子が吸着している金属の表面(被覆率θ=25パーセント)を表現する構造モデルの一例の図である。
【0027】
第二ステップS2は、それぞれの吸着分子11、12について、1個の吸着分子が金属15の表面16に吸着した場合の吸着エネルギーΔE adsを量子化学計算で求める手順である。図5に示すように、金属15としてのパラジウム(Pd)の表面16に1個の吸着分子11としての一酸化窒素分子(NO)を配置する吸着構造を設定した。表面16に配置される4個のパラジウム原子(Pd)に対して1個の一酸化窒素分子(NO)が吸着しているので、被覆率θは、1/4=25パーセントである。量子化学計算によって求めた一酸化窒素分子(NO)の吸着エネルギーΔE NO adsは、-2.19 eV/moleculeであった。
【0028】
図6は、吸着分子が吸着している金属の表面(被覆率θ=100パーセント)を表現する構造モデルの一例の図である。
【0029】
第三ステップS3は、それぞれの吸着分子11、12について、複数個の吸着分子が金属15の表面16に吸着した場合の吸着エネルギーΔE adsを量子化学計算で求める手順である。図6に示すように、金属15としてのパラジウム(Pd)の表面16に4個の吸着分子11としての一酸化窒素分子(NO)を配置する吸着構造を設定した。表面16に配置される4個のパラジウム原子(Pd)に対して4個の一酸化窒素分子(NO)が吸着しているので、被覆率θは、4/4=100パーセントである。量子化学計算によって求めた一酸化窒素分子(NO)の1個あたりの吸着エネルギーΔE NO adsは、-0.97 eV/moleculeであった。
【0030】
第二ステップS2および第三ステップS3は、数種の吸着分子11、12として選定した一酸化窒素分子(NO)、一酸化炭素分子(CO)、および酸素原子(O)の全てについて行う。結果を表1に纏める。吸着エネルギーΔE adsは、大きな負の値ほど安定している。
【0031】
【表1】
【0032】
第四ステップS4は、それぞれの吸着分子について、吸着エネルギーΔE adsを被覆率θの一次関数として近似し、傾き(第一係数)と切片(第二係数)とを求める手順である。
【0033】
図7は、一酸化窒素について被覆率と吸着エネルギーとの関係を示すグラフである。
【0034】
図7に示すように、第二ステップS2で求めた被覆率θ=25パーセントにおける一酸化窒素分子(NO)の吸着エネルギーΔE NO ads=-2.19 eV/molecule、および第三ステップS3で求めた被覆率θ=100パーセントにおける一酸化窒素分子(NO)の吸着エネルギーΔE NO ads=-0.97 eV/moleculeから、一酸化窒素(NO)の吸着反応(NO + * → NO ads)の吸着エネルギーΔE NO adsについて[数1]の一次式を得る。*は吸着サイト、adsは吸着した状態を表す。
【0035】
同様に一酸化炭素(CO)の吸着反応(CO + * → CO ads)の吸着エネルギーΔE CO adsについて[数2]の一次式を得、酸素分子(O2)の解離吸着反応(1/2 O2 + * → O ads)の吸着エネルギーΔE O adsについて[数3]の一次式を得た。1 eV/moleculeは、96500ジュール毎モル(J/mol)である。
【0036】
【数1】
【0037】
【数2】
【0038】
【数3】
【0039】
つまり、第二ステップS2から第四ステップS4では、それぞれの気体分子11、12について被覆率θと吸着エネルギーΔE adsとの関係が[数1]から[数3]のような一次式で得られる。この一次の関係式は、相互に異なる少なくとも2つの被覆率θと、それぞれの被覆率θにおける吸着エネルギーΔE adsと、から算出される。
【0040】
第五ステップS5は、それぞれの吸着分子11、12について、吸着平衡定数K adsを求める手順である。一酸化窒素分子(NO)の吸着平衡定数K NO adsは、[数4]のとおりに定義され、一酸化炭素分子(CO)の吸着平衡定数K CO adsは、[数5]のとおりに定義され、酸素原子(O)の吸着平衡定数K O adsは、[数6]のとおりに定義される。吸着エネルギーΔEadsをθの関数として求めているため、吸着平衡定数K adsもθの関数として求まる。Rは気体定数であり、Tは系の温度である。[NO ads]は、金属15の表面16に吸着した一酸化窒素分子の被覆率θである。[NO]は、ガス中の一酸化窒素分子(NO)の分圧である。[*]は、金属15の表面16に存在する全ての吸着サイトに対する、分子が吸着していない吸着サイトの比率、つまり空きサイトの比率である。
【0041】
【数4】
【0042】
【数5】
【0043】
【数6】
【0044】
第六ステップS6は、それぞれの吸着分子について、吸着平衡を仮定して被覆率θを求める手順である。先ずそれぞれの気体分子11、12の被覆率θと金属15の表面16の吸着サイトの空きサイトの比率は、[数7]の関係にある。[数7]を用いることで[数4]から[数6]は、[数8]から[数10]のように書き換えられる。
【0045】
【数7】
【0046】
【数8】
【0047】
【数9】
【0048】
【数10】
【0049】
[数8]から[数10]は非線型方程式である。そこで、数値計算で[数8]から[数10]の解を求める。それぞれの吸着分子11、12の被覆率θである[NOads]、[CO ads]、および[O ads]を適当に仮定し、被覆率θ=[NO ads]+[COads]+[O ads]として被覆率θを計算した。
【0050】
求めた被覆率θを用いて[数1]から[数3]によってそれぞれの吸着分子11、12の1個あたりの吸着エネルギーΔE adsを求め、さらに[数4]から[数6]によってそれぞれの吸着分子11、12の吸着平衡定数K adsを求めて[NO ads]、[CO ads]、および[O ads]を再度得る。仮定した[NOads]、[CO ads]、および[O ads]と算出した[NO ads]、[COads]、および[O ads]が一致するとき、つまり自己無頓着(自己無撞着、self-consistent)になったとき、仮定した[NO ads]、[CO ads]、および[Oads]が求める被覆率θであると判定した。
【0051】
なお、[数1]から[数6]の計算で自己無頓着になる被覆率θは、例えばMicrosoft社のExcelのような表計算ソフトウェアを利用することで容易に算出できる。一例として、[NO]=1000 ppm、[CO]=1.00容量パーセント濃度、[O2]=0.45容量パーセント濃度と仮定し、系の温度T=500ケルビン(K)とすると、[NOads]=17パーセント、[CO ads]=83パーセント、[O ads]=0パーセントが算出された。
【0052】
第七ステップS7は、第6ステップS6で求めたそれぞれの吸着分子11、12の被覆率θのうち、最も大きい被覆率θを有する吸着分子11、12を、金属15の表面16に支配的に吸着する支配的吸着分子とする手順である。すなわち、系の温度T=500 Kとする場合の[NO ads]=17パーセント、[CO ads]=83パーセント、[O ads]=0パーセントの算出結果の場合には、支配的吸着分子は、一酸化炭素分子(CO)と判断される。
【0053】
以上の前半の7つのステップを経て金属15の表面16に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定できた。続いて後半の3つのステップについて説明する。
【0054】
第八ステップS8は、金属15の表面16に共吸着する気体分子11、12がない類型(これを「第一類型」と呼ぶ。)について、対象とする気体分子11、12の化学反応が進行するのに必要な活性化エネルギーを量子化学計算で求める手順である。
【0055】
図8は、金属表面に1つの気体分子が吸着した吸着構造の一例を示す図である。
【0056】
図9は、金属表面に吸着した1つの気体分子が解離した構造の一例を示す図である。
【0057】
先ず、対象とする気体分子は、一酸化窒素分子(NO)とする。金属15の表面16として選定したパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)に、反応物(第一反応物)として1つの一酸化窒素分子(NO)が吸着した吸着構造を仮定する(図8)。次いで、金属15の表面16として選定したパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)で、反応物が、生成物(第一生成物)としての原子状の窒素(N)と原子状の酸素(O)に解離した状態を仮定する(図9)。このパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)で生じる1つの一酸化窒素分子(NO)の解離吸着反応における被覆率θは、6.25パーセントである。
【0058】
なお、金属15の表面16の吸着サイトの数量16は、活性化エネルギーを量子化学計算で求める際の計算時間の長さと、前半の7つのステップで算出したそれぞれの吸着分子11、12の被覆率θの比率の再現性との比較衡量によって決めた。
【0059】
そして、反応物(図8)が生成物(図9)へ変化する際に必要な活性化エネルギーを量子化学計算で求めた。求められた活性化エネルギーは、2.51 eV/moleculeであった。
【0060】
第九ステップS9は、金属15の表面16に共吸着する気体分子11、12がある類型(これを「第二類型」と呼ぶ。)について、対象とする気体分子11、12の化学反応が進行するのに必要な活性化エネルギーを量子化学計算で求める手順である。
【0061】
図10は、金属表面に複数の気体分子が共吸着した吸着構造の一例を示す図である。
【0062】
図11は、金属表面に吸着した共吸着した複数の気体分子の1つが解離した構造の一例を示す図である。
【0063】
対象とする気体分子は、第8ステップS8と同じ一酸化窒素分子(NO)である。前半の第7ステップS7で支配的吸着分子は、一酸化炭素分子(CO)と判断されているので、金属15の表面16として選定したパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)に、14個の一酸化炭素分子(CO)と、反応物(第二反応物)として1つの一酸化窒素分子(NO)が吸着した吸着構造を仮定する(図10)。次いで、金属15の表面16として選定したパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)で、反応物が、生成物(第二生成物)としての原子状の窒素(N)と原子状の酸素(O)に解離した状態を仮定する(図11)。このパラジウム(Pd)の表面Pd(111)-(4x4)で生じる一酸化窒素分子(NO)の解離吸着反応における被覆率θは、93.75パーセントである。
【0064】
そして、反応物(図10)が生成物(図11)へ変化する際に必要な活性化エネルギーを量子化学計算で求めた。求められた活性化エネルギーは、2.99 eV/moleculeであった。
【0065】
第八ステップS8および第九ステップS9の結果を表2に纏める。
【0066】
【表2】
【0067】
第十ステップS10は、対象とする化学反応について、活性化エネルギーを被覆率θの一次関数として近似し、傾き(第一係数)と切片(第二係数)とを求める手順である。
【0068】
図12は、一酸化窒素分子について被覆率と活性化エネルギーとの関係を示すグラフである。
【0069】
図12に示すように、第8ステップS8で求めた被覆率θ=6.25パーセントにおける一酸化窒素分子(NO)の活性化エネルギー=2.51 eV/molecule、および第九ステップS9で求めた被覆率θ=93.75パーセントにおける一酸化窒素分子(NO)の活性化エネルギー=2.99 eV/moleculeから、一酸化窒素(NO)の解離吸着反応の活性化エネルギーについて[数11]の一次式を得る。この[数11]の一次式が、第一ステップS1で選定した条件に係る、金属15の表面16に共吸着する気体分子11、12の存在を加味した活性化エネルギーの予測式である。
【0070】
【数11】
【0071】
仮定している系の温度T=500ケルビン(K)では、被覆率θ≒100パーセントであると分かっている。そのため、活性化エネルギーは292000ジュール毎モル(J/mol)と見積もられる。
【0072】
つまり、第八ステップS8から第十ステップS10では、気体分子11、12の被覆率θと活性化エネルギーとの関係が[数11]のような一次式で得られる。この一次の関係式は、相互に異なる少なくとも2つの被覆率θと、それぞれの被覆率θにおける活性化エネルギーと、から算出される。このとき用いられる一方の被覆率θは、対象とする気体分子1個が金属15の表面16に吸着した吸着構造の被覆率であり、他方の被覆率θは、対象とする気体分子1個、および複数個の支配的吸着分子が金属15の表面16に吸着した吸着構造の被覆率であって、前半の7つのステップで求められる支配的吸着分子の被覆率を衡量して定められる。
【0073】
非特許文献1が提案する従来の方法は、複数種の気体分子11、12が金属15の表面16に吸着する吸着構造、いわゆる共吸着(co-adsorption)する吸着構造について、活性化エネルギーを計算する具体的な方法を提案していない。つまり、従来の方法は、本予測方法および本予測プログラムにおける第八ステップS8を単独で実施するに過ぎない。したがって、従来の方法で見積もられる、一酸化窒素分子(NO)の解離吸着反応の活性化エネルギーは、被覆率θ=6.25パーセントにおける2.51 eV/molecule≒242000ジュール毎モル(J/mol)である。
【0074】
本予測方法は、金属15の表面16に支配的に吸着する支配的吸着分子を特定し(ステップS1からステップS7)、実際の触媒表面における被覆率θを模擬して一酸化窒素分子(NO)の解離吸着反応の活性化エネルギーを求めるので、本予測方法が予測する活性化エネルギー=292000ジュール毎モル(J/mol)のほうが従来の方法よりも適切な予測値であると考えられる。
【0075】
本予測方法は、金属15の表面16に共吸着する気体分子11、12の活性化エネルギーを精度よく予測する。精度よく予測された活性化エネルギーを用いて反応速度解析を行うことによって、触媒活性の予測精度が向上する。つまり、本予測方法は、触媒活性の予測精度を向上させる。したがって、本予測方法は、不均一触媒の設計に活用できる。触媒活性の予測精度向上は、排気ガス浄化用触媒の設計精度を向上させる。
【0076】
また、本予測プログラムは、本予測方法を実行する機能をコンピューターに実現させる、または本予測方法が含む種々の手順をコンピューターに実行させる。つまり、本予測プログラムは、第一ステップS1から第十ステップS10を実行する機能をコンピューターに実現させて、予測式[数11]を算出する環境をユーザーに提供する。また、本予測プログラムは、第一ステップS1から第10ステップS10の手順を経て、予測式[数11]をコンピューターに算出させる。そのような本予測プログラムは、吸着分子11、12の活性化エネルギーを予測するComputer Aided Engineering(CAE)ソフトウェアとして提供される。
【符号の説明】
【0077】
1…車両、2…内燃機関、3…排気管、5…触媒、11、12…気体分子、15…金属、16…金属の表面。
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図12