(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157131
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】有機ハイドライド生成に用いられる触媒、当該触媒の製造方法、及び当該触媒を用いた有機ハイドライドの生成方法
(51)【国際特許分類】
B01J 23/42 20060101AFI20241030BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20241030BHJP
B01J 37/18 20060101ALI20241030BHJP
B01J 37/08 20060101ALI20241030BHJP
B01J 23/46 20060101ALI20241030BHJP
C07C 13/18 20060101ALI20241030BHJP
C07C 5/10 20060101ALI20241030BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
B01J23/42 Z
B01J37/02 301D
B01J37/18
B01J37/08
B01J23/46 311Z
C07C13/18
C07C5/10
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071281
(22)【出願日】2023-04-25
(71)【出願人】
【識別番号】301035851
【氏名又は名称】株式会社フレイン・エナジー
(71)【出願人】
【識別番号】504193837
【氏名又は名称】国立大学法人室蘭工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000316
【氏名又は名称】弁理士法人ピー・エス・ディ
(72)【発明者】
【氏名】神田 康晴
(72)【発明者】
【氏名】田中 希実
(72)【発明者】
【氏名】小池田 章
(72)【発明者】
【氏名】永金 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】有川 英一
(72)【発明者】
【氏名】青木 盛家
(72)【発明者】
【氏名】北内 千裕
【テーマコード(参考)】
4G169
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169AA09
4G169BA01A
4G169BA01B
4G169BA02A
4G169BA03A
4G169BA04A
4G169BA21C
4G169BB04A
4G169BB18A
4G169BB18B
4G169BB20C
4G169BC02C
4G169BC43A
4G169BC69A
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4G169BC71B
4G169BC75A
4G169BC75B
4G169BD01A
4G169BD01C
4G169BD03A
4G169BD03B
4G169BE01C
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4G169CB02
4G169CB65
4G169EA01Y
4G169EA02Y
4G169EA03Y
4G169EA06
4G169EA08
4G169EA18
4G169EB18Y
4G169EC02Y
4G169EC03Y
4G169FA02
4G169FB14
4G169FB19
4G169FB30
4G169FB34
4G169FB44
4G169FB57
4G169FC02
4G169FC07
4G169FC08
4H006AA02
4H006AC11
4H006BA24
4H006BA26
4H006BA31
4H006BA55
4H006BC10
4H006BC11
4H006BE20
4H039CA40
4H039CB10
(57)【要約】
【課題】 低圧条件でも水素化活性が高く、製造が比較的容易で低コストである、水素付加反応に用いることができる触媒と、その製造方法とを提供する。
【解決手段】 本発明に係る触媒は、水素添加付加反応の活性を有する金属と、金属を担持する担体と、金属に添加されたホウ素とを含む。金属に対するホウ素のモル比は、0.5~2.0であることが好ましい。また、本発明に係る触媒の製造方法は担体に金属が担持された原料触媒を準備する工程と、原料触媒にホウ素を添加する工程と、ホウ素が添加された原料触媒を還元する工程とを含む。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素付加反応の活性を有する金属と、
前記金属を担持する担体と、
前記金属に添加されたホウ素と
を含む触媒。
【請求項2】
前記金属に対する前記ホウ素のモル比が0.5~2.0である、
請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
前記金属が白金族金属である、
請求項1に記載の触媒。
【請求項4】
前記金属が、白金若しくはロジウム又はその両方である、
請求項3に記載の触媒。
【請求項5】
前記担体が金属酸化物である、
請求項1に記載の触媒。
【請求項6】
前記担体が、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタン若しくは酸化セリウム又はそれらの組み合わせである、
請求項5に記載の触媒。
【請求項7】
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の触媒の製造方法であって、
担体に金属が担持された原料触媒を準備する工程と、
前記原料触媒にホウ素を添加する工程と、
ホウ素が添加された前記原料触媒を還元する工程と
を含む、触媒の製造方法。
【請求項8】
前記原料触媒にホウ素を添加する工程は、
前記原料触媒にホウ素化合物の有機溶媒溶液を含浸させ、
前記有機溶媒溶液を含浸させた前記原料触媒を乾燥させる
ことを含む、請求項7に記載の触媒の製造方法。
【請求項9】
前記ホウ素化合物は、トリフェニルボラン、トリエチルボラン及び水素化ホウ素ナトリムのうちのいずれか1つ又はこれらの組み合わせである、
請求項8に記載の触媒の製造方法。
【請求項10】
ホウ素が添加された前記原料触媒を還元する工程は、水素雰囲気下において前記原料触媒を650℃~850℃で還元することを含む、
請求項7に記載の触媒の製造方法。
【請求項11】
有機ハイドライドを生成する方法であって、
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の触媒を還元する工程と、
還元された前記触媒に、不飽和炭化水素と水素とを含む原料を接触させる反応工程と、
前記反応工程によって生成された有機ハイドライドと水素とを含む生成物から、有機ハイドライドを分離する分離工程と
を含む方法。
【請求項12】
前記触媒を還元する工程は、水素雰囲気下において前記触媒を150℃~400℃で還元することを含む、
請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記反応工程は、反応圧力0MPaG~10MPaGで行われる、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記反応工程は、反応圧力0MPaG~1MPaGで行われる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記不飽和炭化水素がトルエンであり、前記有機ハイドライドがメチルシクロヘキサンである、
請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ハイドライド技術に関し、より具体的には、ホウ素が添加された触媒、該触媒の製造方法、及び該触媒を用いた有機ハイドライドの生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の消費に伴って発生する公害及び温暖化や、原子力エネルギーの利用に伴う被爆リスクを低減するための技術の一つとして、水素エネルギー利用技術が注目されている。水素は、水の電気分解によって生成することができるため、地球上にほぼ無尽蔵に存在すると言っても良い。また、燃焼後に二酸化炭素を発生させないクリーンなエネルギー源である。
【0003】
水素を利用するには、気体である水素を安全かつ効率よく貯蔵・輸送する必要がある。水素を貯蔵・輸送する技術として、近年、有機ハイドライド法が注目を集めている。有機ハイドライドとは、ベンゼン、トルエン、ナフタレンなどの芳香族化合物を含む不飽和炭化水素に水素を付加することによって生成される、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリンなどの飽和炭化水素をさす。有機ハイドライドを利用して水素の貯蔵・輸送を行う有機ハイドライド法では、水素の生産地において不飽和炭化水素に水素を付加して常温で液体の有機ハイドライドを生成し、有機ハイドライドを液体状態で貯蔵又は輸送し、需要地では脱水素反応によって有機ハイドライドを水素と不飽和炭化水素に分離する。分離された水素は、需要地においてエネルギー源として用いられ、不飽和炭化水素は、再び水素の生産地に輸送されて水素付加反応に用いられる。このように、炭化水素の水素付加反応と脱水素反応とを利用することによって、気体である水素の安全かつ効率的な貯蔵・輸送が可能となる。
【0004】
従来、有機ハイドライドを生成する水素付加反応においては、白金などの貴金属を酸化アルミニウムなどの担体に担持させた触媒が用いられている。しかし、貴金属を用いた触媒は、高コストである。また、水素付加反応は発熱反応であり、熱の管理(除熱)が必要であるところ、熱管理を容易にするためには水素付加反応を行う装置をコンパクトにする必要がある。装置のコンパクト化のためには、少ない触媒で効率的に有機ハイドライドを生成することができるように、触媒の水素付加の反応活性(以下、水素化活性という)の向上が不可欠である。
【0005】
水素付加反応における触媒の水素化活性の向上を目的とする先行技術が提案されている。特許文献1(特許第6099238号公報)及び特許文献2(特許第6734275号公報)は、水素化活性を向上させることができる構造を有する触媒に関する技術である。特許文献3(特開2006-130378号公報)では、スパッタリング法を用いて触媒材料を担体にコーティングすることによって得られる触媒に関する技術が提案され、特許文献4(特開2018-103158号公報)では、触媒金属を担示する担体として層状覆水酸化物を用いた触媒に関する技術が提案されている。しかし、これらの触媒は、構造の制御が難しい、製造コストが高い、量産が難しいなどといった問題がある
【0006】
なお、脱水素化反応に関する技術に関して、本発明の発明者は、ロジウムを酸化アルミニウムに担持させた触媒にリンを添加した新たな触媒を開発した(非特許文献1)。この触媒は、ロジウム触媒よりも高いメチルシクロヘキサン脱水素活性を示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6099238号公報
【特許文献2】特許第6734275号公報
【特許文献3】特開2006-130378号公報
【特許文献4】特開2018-103158号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】神田康晴,他3名,「有機ハイドライド・アンモニアの合成と利用プロセス」p.85-93,シーエムシー出版,2021年
【非特許文献2】"Remarkable Enhancement in Hydrogenation Ability by Phosphidation of Ruthenium: Specific Surface Structure Having Unique Ru Ensemble ", S. Furukawa et al., ACS Catalysis, 8 (2018), 8177-8181
【非特許文献3】"Efficient hydrogen storage in boron doped graphene decorated by transition metals - A first-principles study", S.Nachimuthu et al., Carbon, 73(2014), 132-140
【非特許文献4】"The double tuning effect of TiO2 on Pt catalyzed dehydrogenation of methylcyclohexane", X. Yang et al., Mol. Catal., 492(2020), 110971
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、低圧条件でも水素化活性が高く、製造が比較的容易で低コストである、水素付加反応に用いることができる触媒と、その製造方法とを提供することを目的とする。
本発明は、上記の触媒を用いることによって、高効率で有機ハイドライドを生成する方法を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者らは、有機ハイドライドの生成(水素化反応)に用いられる、水素付加反応の活性を有する金属を金属酸化物に担持させた触媒に、ホウ素を添加することによって、従来の触媒より水素化活性の高い触媒を得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明の一態様は、有機ハイドライド生成用の触媒を提供する。本触媒は、水素付加反応の活性を有する金属と、金属を担持する担体と、金属に添加されたホウ素とを含む。金属に対するホウ素のモル比は、0.5~2.0であることが好ましい。また、水素付加反応の活性を有する金属は、白金族金属であることが好ましく、白金若しくはロジウム又はその両方であることがより好ましい。金属を担持する担体は、金属酸化物であることが好ましく、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタン若しくは酸化セリウム又はそれらの組み合わせであることがより好ましい。
【0012】
本発明の別の態様は、有機ハイドライド生成用の触媒の製造方法を提供する。製造方法は、担体に金属が担持された原料触媒を準備する工程と、その原料触媒にホウ素を添加する工程と、ホウ素が添加された原料触媒を還元する工程とを含む。原料触媒にホウ素を添加する工程は、原料触媒にホウ素化合物の有機溶媒溶液を含浸させ、有機溶媒溶液を含浸させた原料触媒を乾燥させる工程を含むことが好ましい。ホウ素化合物は、トリフェニルボラン、トリエチルボラン及び水素化ホウ素ナトリムのうちのいずれか1つ又はこれらの組み合わせであることが好ましい。ホウ素が添加された原料触媒を還元する工程は、水素雰囲気下において原料触媒を650℃~850℃で還元する工程を含むことが好ましい。
【0013】
本発明のさらに別の態様は、有機ハイドライド生成用の触媒を用いて有機ハイドライドを生成する方法を提供する。この方法は、本発明に係る有機ハイドライド生成用触媒を還元する工程と、還元された触媒に、不飽和炭化水素と水素とを含む原料を接触させる反応工程と、反応工程によって生成された有機ハイドライドと水素とを含む生成物から、有機ハイドライドを分離する分離工程とを含む。一実施形態においては、用いられる不飽和炭化水素をトルエン、生成される有機ハイドライドをメチルシクロヘキサンとすることができる。触媒を還元する工程は、水素雰囲気下において前記触媒を150℃~400℃で還元する工程を含むことが好ましい。反応工程は、反応圧力0MPaG~10MPaGで行われることが好ましく、反応圧力0MPaG~1MPaGで行われることがより好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、水素付加反応の活性を有する金属を金属酸化物に担持させた触媒にホウ素を添加することによって、従来の触媒と比較して水素化活性の高い触媒を得ることができる。本発明に係る触媒を用いることによって、従来の触媒より高効率で有機ハイドライドを生成することができるため、水素付加反応装置のコンパクト化が可能であり、除熱が不可欠な水素付加反応における熱管理が容易になる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
<触媒>
本発明に係る触媒は、水素付加反応の活性(水素化活性)を有する金属と、水素化活性を有する金属を担持する担体と、水素化活性を有する金属に添加されたホウ素とを含む。従来、有機ハイドライドを生成する水素付加反応に用いられる触媒として、水素化活性を有する金属が担体に担持されたものが一般に用いられている。しかし、従来の触媒は、水素化活性が十分ではなかった。これに対して、本発明に係る触媒は、ホウ素が添加されることによって、従来の触媒と比較して水素化活性が高く、高効率で反応を行わせることができる。
【0017】
本発明に係る触媒に含まれる金属として、水素化活性を有する金属である白金族金属、金及び銀を用いることができる。本発明に係る触媒に含まれる金属として、中でも、より高い水素化活性を有することから、白金族金属がより好ましく、白金及びロジウムがさらに好ましい。これらの金属は、それぞれ単体で用いることも、組み合わせて用いることもできる。
【0018】
本発明に係る触媒に含まれる担体は、一般的に水素付加反応に用いられる物質を必要に応じて利用することができる。担体として、金属酸化物を用いることが好ましく、金属酸化物の中でも、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタン及び酸化セリウムを用いることがより好ましく、酸化アルミニウムを用いることがさらに好ましい。これらの金属酸化物は、それぞれ単体で用いることも、組み合わせて用いることもできる。
【0019】
担体の形状は、特に限定されるものではないが、多孔質粒子の形状とすることも、多孔質膜の形状とすることもでき、あるいは、ハニカム形状やモノリス形状とすることもできる。多孔質粒子の形状の場合、担体の粒径は、典型的には5μm~500mmであるが、これに限定されるものではない。担体は、限定されるものではないが、表面積が1m2/g~200m2/gであることが好ましい。本発明に係る触媒においては、水素化活性を有する金属は、通常、粒子状で担体に担持されることが好ましいが、これに限定されるものではなく、例えば、針状、棒状、膜状、網状などの形態で担体に担持されていてもよい。
【0020】
触媒中の金属の担持量は、限定されるものではないが、担体100質量%に対して、0.1質量%~50質量%であることが好ましい。金属の担持量が0.1質量%より少ない場合は、所望の触媒性能が得られないおそれがある。金属の担持量が50質量%より多い場合は、コストが高くなる。
【0021】
本発明に係る触媒は、水素化活性を有する金属及び担体に加えて、ホウ素が添加されていることを特徴とする。ホウ素は、水素化活性を有する金属に、0価のホウ素の状態で付加されている。ホウ素が添加されることによって、本発明に係る触媒は、従来の触媒と比較して、水素化反応の活性を向上させることができる。
【0022】
本発明に係る触媒において、金属に対するホウ素の添加比率は、モル比で0.5~2.0であることが好ましく、0.8~1.2であることがより好ましく、約1.0であることがさらに好ましい。金属に対するホウ素の添加比率が0.5より低い場合には、所望の触媒性能が得られないおそれがある。添加比率が2.0より高い場合には、水素化活性を有する金属がホウ素で覆われて露出しないおそれがある。
【0023】
発明者らは、後述される実験から、本発明に係る触媒を用いて原料である不飽和炭化水素(具体的には、トルエン)の水素化反応により飽和炭化水素(具体的には、メチルシクロヘキサン)を生成すると、従来の触媒を用いた場合より、不飽和炭化水素の転化率が同等か又は高い結果を得た。また、この実験で用いられた触媒のCO吸着量(露出金属量と等価である)を測定したところ、本発明に係る触媒のCO吸着量は、従来の触媒のCO吸着量より少ないことがわかった。これらの結果を用いて触媒のTOFを求めたところ、本発明に係る触媒のTOFは、従来の触媒のTOFの約2.5倍~約3.4倍となり、水素化活性が高いことがわかった。
【0024】
ここで、TOF(Turnover frequency)は、1つの活性点(金属1原子)が単位時間で処理できる反応物の量を表す数値であり、この値が高いほど水素化活性の高い触媒であることを意味する。TOFは、以下の式(1)で求めることができる。
TOF=(F×X/100)/(W×U) (1)
F=不飽和炭化水素の供給速度(mol/h)
X=転化率(%)
W=触媒重量(g)
U=CO吸着量(mol/g)
【0025】
本発明の発明者らは、ホウ素の添加によって本発明に係る触媒の水素化活性が従来の触媒より高くなる理由を、次のように推測している。まず、本発明者らは、本発明に係る触媒のXPS(X線光電子分光法)スペクトルの測定を行った。その結果、本発明に係る触媒では、負に帯電(δ-)した金属と負に帯電していない金属が存在していることがわかった。また、水素化反応の原料である不飽和炭化水素は、電子リッチであるため、負に帯電した金属には吸着しにくい。ここで、非特許文献2では、ルテニウムを含む触媒にリンを添加した触媒が報告されており、この文献では、ルテニウムがδ+に帯電し、ここに電子リッチなトルエンが強く吸着することによって、従来の触媒より高い水素化活性が得られるとされている。そうすると、本発明に係る触媒は、非特許文献2とは異なるメカニズムで水素化活性が向上していると考えられる。
【0026】
本発明者らは、本発明に係る触媒の水素化活性が高いのは、ホウ素の添加に起因して原子状水素の移動(スピルオーバー現象)が起こりやすくなったことが要因であると考えている。遷移金属担持炭素において、ホウ素の添加によって水素原子移動の活性化エネルギーが減少すること(非特許文献3)や、負に帯電した金属ではスピルオーバー水素が生成しやすいことは知られている(非特許文献4)。したがって、本発明に係る触媒においては、負に帯電していない金属によって不飽和炭化水素が吸着され水素化されることに加えて、負に帯電していない金属に吸着された不飽和炭化水素が、負に帯電した金属で生成されたスピルオーバー水素によって水素化されるという、二元機能的なメカニズムによって水素化活性が高くなると考えられる。なお、一般に、水素は、触媒として機能する金属原子に解離(H-H結合を開裂した原子状で)吸着し、条件(触媒金属、担体、反応温度など)によっては、解離吸着した水素が担体上を移動することが知られており、この担体上を移動する水素をスピルオーバー水素という。
【0027】
<触媒の製造方法>
次に、本発明に係る触媒の製造方法を説明する。製造方法は、担体に金属が担持された原料触媒を準備する工程と、原料触媒にホウ素を添加する工程とを含む。以下、含浸法による製造方法を説明するが、製造方法は、これに限定されるものではなく、例えば共沈法を用いることもできる。
【0028】
担体に金属が担持された原料触媒を準備する工程においては、まず、水素化活性を有する金属を含む出発物質の水溶液を調製する。出発物質として、水素化活性を有する金属元素の塩を用いることができる。水素化活性を有する金属が白金の場合は、出発物質として、限定されるものではないが、塩化白金酸、塩化テトラアンミン白金、ジアンミンジニトロ白金硝酸塩などを用いることができる。水素化活性を有する金属がロジウムの場合は、出発物質として、限定されるものではないが、塩化ロジウム、硝酸ロジウム、塩化ヘキサアンミンロジウムなどを用いることができる。水素化活性を有するその他の金属についても、同様である。出発物質の水溶液は、上記の出発物質を水に加え、撹拌することによって調製することができる。
【0029】
次に、出発物質の水溶液を担体に含浸させ、必要に応じて、静置する。水溶液を含浸させる前に、担体を乾燥させることが好ましい。水溶液を含浸させた含浸物の水分を蒸発させ、乾燥させた後、必要に応じて、熱処理により出発物質を分解することによって、原料触媒を得る。
【0030】
水分を蒸発させる方法は、特に限定されるものではなく、例えばホットプレート上で行うことができる。乾燥及び熱処理は、酸化を防止するために、不活性気体の雰囲気下で行うことが好ましい。乾燥温度、乾燥時間、及び熱処理温度は、特に限定されるものではない。
【0031】
原料触媒にホウ素を添加する工程においては、上記のとおり準備した原料触媒に、ホウ素元素を含む有機溶媒溶液を含浸させ、必要に応じて、静置する。ホウ素元素を含む溶液は、限定されるものではないが、例えば、トリフェニルボラン、トリエチルボラン、水素化ホウ素ナトリウムなどを、トルエン、n-オクタン、エタノールなどの有機溶媒に加えて調製することができる。溶液を含浸させた原料触媒の水分を蒸発させ、乾燥させることによって、本発明に係る触媒を得る。
【0032】
水分の蒸発方法は、限定されるものではなく、例えばホットプレート上で行うことができる。乾燥は、酸化を防止するために、不活性気体の雰囲気下で行うことが好ましい。乾燥温度及び乾燥時間は、特に限定されるものではない。
【0033】
次に、ホウ素が添加された原料触媒を還元する。還元は、水素雰囲気下において、温度650℃~850℃で、所定の時間をかけて行われることが好ましい。ホウ素が添加された原料触媒(触媒前駆体ともいう)を上記の温度範囲で還元することによって、高い水素化活性を有する活性相(ホウ化物)を生成することができる。還元温度が650℃より低いとホウ化物がうまく生成されず、還元温度が850℃より高くなるとシンタリングが生じるため、いずれも好ましくない。
【0034】
<有機ハイドライドの生成方法>
次に、本発明に係る触媒を用いて有機ハイドライドを生成する方法を説明する。有機ハイドライドの生成は、当業者に周知の装置を用いて行うことができ、例えば、限定されるものではないが、流通床式反応装置、固定床式反応装置などを用いて行うことができる。有機ハイドライドを生成する方法は、本発明に係る触媒に、不飽和炭化水素と水素とを含む原料を接触させる反応工程と、反応工程によって生成された有機ハイドライドと水素とを含む生成物から、有機ハイドライドを分離する分離工程とを含む。
【0035】
原料となる不飽和炭化水素として、限定されるものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、ナフタレンを挙げることができ、必要に応じてこれらのうちの1種又はこれらの組み合わせを、原料の不飽和炭化水素として用いることができる。これらは、ガソリンと同様の第4類危険物第1石油類であるため、既存のインフラで利用することができる。これらの化合物の中でも、常温・常圧で液体であること、反応温度では気体であること、構造が強固であること、ベンゼン環が安定していること、環境・人体への悪影響が少ないことなどの観点から、原料となる不飽和炭化水素は、トルエンであることが好ましい。
【0036】
生成される有機ハイドライドとして、限定されるものではないが、例えば、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリンを挙げることができる。好ましい不飽和炭化水素としてトルエンを用いた場合には、有機ハイドライドとしてメチルシクロヘキサンを得ることができる。メチルシクロヘキサンもまた、トルエンと同様、常温・常圧で液体であること、反応温度では気体であること、構造が強固であること、ベンゼン環が安定していること、環境・人体への悪影響が少ないことなどといった利点を有する。
【0037】
不飽和炭化水素と水素とを含む原料から有機ハイドライドを生成する反応式は、例えば以下の式で表される。
C6H6+3H2 → C6H12 (ベンゼンの水素付加反応)
C7H8+3H2 → C7H14 (トルエンの水素付加反応)
C10H8+5H2 → C10H18 (ナフタレンの水素付加反応)
【0038】
反応工程においては、不飽和炭化水素と水素とを含む原料が反応器に供給される。反応器には、不飽和炭化水素と水素とが混合された原料ガスを原料として供給することが好ましく、この場合には、不飽和炭化水素は、反応器に供給される前に、予熱され、気体として水素ガスと混合される。なお、原料を反応器に供給する方法は、これに限定されるものではなく、例えば、不飽和炭化水素を液体又は気体の状態で反応器に供給し、そこに水素ガスを加えてもよく、水素ガスを先に反応器に供給し、そこに液体又は気体の状態の不飽和炭化水素を加えてもよい。いずれにしても、触媒上で不飽和炭化水素と水素との反応が行われればよい。
【0039】
反応工程における反応温度は、30℃~500℃であることが好ましく、80℃~250℃であることがより好ましく、100℃~200℃であることがさらに好ましい。反応温度が30℃より低い場合は、原料が液化して反応場が少なくなり反応の効率が低下する。また、反応温度が低いと、必要な反応速度が得られない、触媒表面からの生成物の離脱が起こりにくいなどの問題もある。反応温度が500℃より高い場合は、触媒劣化の原因となるコーキングを誘発する他、平衡反応においては高温条件では発熱反応を打ち消す方向(すなわち、吸熱反応の向き)に平衡が傾くことから、発熱反応である水素化反応の場合、平衡的に高温条件では不利になり、反応率が低下する。
【0040】
反応工程における反応圧力は、0MPaG~10MPaGであることが好ましく、0MPaG~1MPaGであることがより好ましい。反応圧力が0MPaGより低い場合は、反応の効率が低下する。反応圧力が10MPaGより高い場合は、触媒が劣化し、装置の耐久性が低下するおそれがある。特に、本発明に係る触媒を用いれば、反応圧力が0MPaG~1MPaGのように低くても、効率的な水素化反応を進行させることができる。本発明に係る触媒において、このように低圧での反応でも水素化活性を高めることができるのは、すでに説明したように、ホウ素の添加によってスピルオーバー現象が発生しやすくなったためと考えられる。
【0041】
本発明の発明者らは、本発明に係る触媒を用いた反応工程の温度及び圧力に関して、以下のように考えている。
反応物の転化率をより高めるとともに、装置に供給するエネルギーの低減や反応器等の部材等への負担低減の観点から、反応工程は、できるだけ低温、低圧で行われることが好ましい。したがって、従来の触媒と比較してより低温、低圧での水素化活性が高い本発明に係る触媒は、有機ハイドライドの生成に極めて適している。
【0042】
有機ハイドライドの生成反応が効率的に行われるためには、反応工程の温度が、(1)反応物(すなわち、不飽和炭化水素)及び生成物(有機ハイドライド)の沸点以上であり、かつ、(2)より低温であることが好ましい。(1)に関して、反応物及び生成物を反応器全体に拡散させて反応場を多くするという観点から、反応物及び生成物はガス状であることが必要であり、そのためには、反応工程の温度は、反応物及び生成物の沸点より高いことが重要である。(2)に関して、反応工程の温度が高くなると、水素付加反応より脱水素反応側に平衡がシフトするため、より低い温度で反応させることによって高い反応物の転化率を得ることができるとともに、反応時の消費エネルギーを低減し、部材への負担を減らすことができる。
【0043】
反応物としてトルエンを例に説明すると、トルエンの沸点は、大気圧(0.1MPaG)では110℃程度、一般的な反応圧力である0.7MPaGでは200℃以上である。低圧でも水素化活性の高い本発明の触媒を用いると、0MPaG~0.3MPaGでの反応が可能であり、そうすると、この圧力でのトルエンの沸点である110~160℃程度で反応工程を実施することができる。すなわち、従来の触媒を用いる場合には、一般的に200℃より高い温度で反応工程が実施されるため、本発明の触媒を利用すると、より低温で装置を運転することが可能である。
【0044】
反応工程を行う前に、水素雰囲気下において、本発明に係る触媒を還元することが好ましい。還元は、温度150℃~400℃で、所定の時間をかけて行われることが好ましい。触媒を上記の温度範囲で還元することによって、触媒表面の酸化皮膜を除去することができる。従来の触媒においても同様の目的で、使用前に還元が行われることは公知であるが、従来の触媒の場合の還元温度は、100℃~200℃程度である。これに対して、本発明に係る触媒は、従来の触媒の場合より高い温度範囲での還元が可能である。本発明に係る触媒が、高い温度範囲での還元が可能であるのは、すでに説明したとおりである。
【0045】
反応工程において有機ハイドライドが生成されると、反応器から、生成された有機ハイドライドと水素とを含む生成物が排出される。排出された生成物は、冷却されることによって、液体の有機ハイドライドと水素ガスが混合した状態となり、この生成物から水素ガスが除去されることによって、液体の有機ハイドライドが分離される。生成物から有機ハイドライドを分離する分離工程は、当業者に周知の気液分離器を用いて行うことができる。
【実施例0046】
以下、本発明の内容を実施例を用いて説明する。本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
<触媒の製造>
(実施例1)
アルミナに担持されたホウ素添加白金触媒(B/Pt/Al2O3)の製造方法を説明する。まず、原料触媒として、アルミナ担持白金触媒(Pt/Al2O3)を準備する。白金を含む出発物質として、関東化学株式会社製の塩化白金酸六水和物(H2PtCl6・6H2O)を用いた。塩化白金酸六水和物を水に加えて撹拌し、水溶液を調整した。
【0048】
担体のアルミナを400℃で1時間乾燥させた後、アルミナに上記水溶液を含浸させ、24時間静置した。白金の担持量は、アルミナ95質量%に対して白金が5質量%となるように調製した。次に、水溶液を加えた担体を、ホットプレート上で90℃~100℃で蒸発乾固させ、窒素気流中(70mL/min)において110℃で24時間乾燥させ、さらに窒素気流中(200mL/min)において450℃で1時間加熱し、白金塩化物を分解した。これにより原料触媒としてアルミナ担持白金触媒を得た。
【0049】
次に、Strem Chemicals, Inc.製のトリフェニルボラン(B(C6H5)3)をトルエンに溶解させてトルエン溶液を準備した。トリフェニルボランの溶解量は、アルミナ担持白金触媒中の白金に対するホウ素のモル比が1となるように調整した。トリフェニルボランのトルエン溶液をアルミナ担持白金触媒に含浸させ、24時間静置した。次に、トルエン溶液を加えたアルミナ担持白金触媒を、ホットプレート上で90℃~100℃で蒸発乾固させ、窒素気流中(70mL/min)において110℃で24時間乾燥させた。これにより、ホウ素添加アルミナ担持白金触媒を得た。
【0050】
(実施例2)
実施例2として、アルミナに担持されたホウ素添加ロジウム触媒(B/Rh/Al2O3)を用意した。この触媒の製造方法は、ロジウムを含む出発物質として関東化学株式会社製の塩化ロジウム三水和物(RhCl3・3H2O)を用いたこと以外は、実施例1と同様である。
【0051】
<触媒の性能評価>
実施例1の触媒(ホウ素添加アルミナ担持白金触媒((B/Pt/Al2O3))及び実施例2の触媒(ホウ素添加アルミナ担持ロジウム触媒(B/Rh/Al2O3)と、比較例1の触媒(アルミナ担持白金触媒(Pt/Al2O3))及び比較例2の触媒(アルミナ担持ロジウム触媒(Rh/Al2O3))とを用いて、トルエンの水素化反応を行った。比較例1の触媒及び比較例2の触媒は、それぞれ、実施例1及び実施例2の触媒を製造するための原料触媒を用いた。なお、以下においては、実施例1の触媒を「Pt-B」、実施例2の触媒を「Rh-B」、比較例1の触媒を「Pt」、比較例2の触媒を「Rh」とする。水素化反応は、常圧固定床流通式反応装置を用いて行った。
【0052】
水素化反応の条件は、以下のとおりであった。
触媒量 0.02g
触媒の還元条件 H2(30mL/min),850℃,1時間
反応温度 150℃
原料ガス トルエン:H2:N2=3.8:16.25:81.25 kPa
原料ガス流量 H2+N2 30mL/min
トルエン 1.17mL/min(3.13×10-3mol/h)
反応時間 180min(30minごとに生成ガス分析)
【0053】
実験は、以下の手順で行った。最初に、反応器に触媒を設置し、装置に反応器を組み付けた後、装置内の空気を水素ガスで置換(30mL/minで10分)した。次に、実施例及び比較例とも、水素による触媒の還元を850℃で1時間行った。次いで、反応器に原料ガスを流して触媒に接触させ、メチルシクロヘキサンを生成させた。
【0054】
反応による生成物(メチルシクロヘキサン、未反応トルエン及び水素の混合物)をシリンジで装置から抜き取り、水素炎イオン化検出器を備えたガスクロマトグラフにより分析した。分析条件は、以下のとおりである。
キャリアガス N2 (200kPa)
カラム DB-1(30m)
カラム温度 60℃-140℃
分析時間 21min
試料導入部温度 280℃
検出器温度 280℃
分析して得られたトルエンの面積から、以下の式(2)によりトルエンの転化率を求めた。
転化率[%]=全生成物の面積/(全生成物の面積+未反応トルエンの面積)×100
(2)
【0055】
H2(30mL/min)中において、触媒0.1gを10℃/minで還元温度まで昇温し、1時間還元した。He(30mL/min)中において25℃まで冷却した後、Heをキャリアガスとして用いて、パルス法で3分ごとにCOを触媒層に流通した。触媒層流通後のCOは、熱伝導度検出器を備えたガスクロマトグラフにより分析した。10パルスのCO吸着を行った後、飽和吸着時の平均面積と飽和吸着前の面積との差の合計値から、CO吸着量を求めた。
また、触媒のTOFは、上述の式(1)から求めた。
【0056】
【0057】
実施例及び比較例の触媒について求めたトルエンの転化率、CO吸着量及びTOFを、表1に示す。実施例1の触媒(Pt-B)を用いた場合、トルエン転化率は約73%であった。これに対して、比較例1の触媒(Pt)では、トルエン転化率は約36%であり、実施例1のおよそ半分の転化率であった。また、比較例1の触媒のCO吸着量(露出金属量と等価である)は、約59μmol/gであった。これに対して、実施例1の触媒では、CO吸着量は、約36μmol/gまで減少した。これらのトルエン転換率及びCO吸着量から上記(1)の式を用いて求めたTOFは、実施例1の触媒が3.2×103(h-1)であったのに対して、比較例1の触媒が9.5×102(h-1)であり、実施例1の触媒のTOFは、比較例1の触媒の約3.4倍であった。
【0058】
実施例2(Rh-B)及び比較例2(Rh)の場合も同様に、トルエン転化率及びCO吸着量を用いてTOFを求めると、実施例2の触媒が6.4×102(h-1)であったのに対して比較例2の触媒が2.6×102(h-1)であり、実施例2の触媒のTOFは、比較例2の触媒の約2.5倍であった。なお、実施例2と比較例2とを比較すると、実施例2のトルエン転化率は比較例2と同等(又は、若干少なく)となっているが、実施例2のCO吸着量が比較例2より大幅に少なかったため、結果として、実施例2の触媒のTOFは、比較例2の触媒のTOFより大きくなった。
【0059】
これらの結果から、ホウ素を添加することによって、触媒の水素化活性が向上することがわかる。なお、実施例1の触媒と実施例2の触媒のTOFを比較すると、実施例1のTOFは実施例2のTOFより高い。したがって、実施例1の触媒、すなわち、水素化活性を有する金属として白金を用いた触媒は、実施例2の触媒、すなわち、水素化活性を有する金属としてロジウムを用いた触媒と比較して、より優れた水素化活性を示す。