(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157385
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】チタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 1/08 20060101AFI20241030BHJP
B22F 1/05 20220101ALI20241030BHJP
B22F 3/11 20060101ALI20241030BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20241030BHJP
C22C 14/00 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C22C1/08 D
C22C1/08 F
B22F1/05
B22F3/11 B
B22F1/00 R
C22C14/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071721
(22)【出願日】2023-04-25
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-10-15
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】溝尾 航
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋介
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA06
4K018BA03
4K018BB04
4K018BD04
4K018CA33
4K018HA08
4K018KA22
(57)【要約】
【課題】比較的多い個数の微細な細孔が形成された表面を有するチタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法を提供する。
【解決手段】この発明のチタン多孔質体は、細孔を有するシート状のものであって、少なくとも一方の表面において、該表面に開口する細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ17μm2以下であり、前記細孔の面積の標準偏差値が20μm2以下であり、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する前記細孔の個数が250個以上であるというものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細孔を有するシート状のチタン多孔質体であって、
少なくとも一方の表面において、該表面に開口する細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ17μm2以下であり、前記細孔の面積の標準偏差値が20μm2以下であり、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する前記細孔の個数が250個以上であるチタン多孔質体。
【請求項2】
厚みが40μm以上かつ500μm以下である請求項1に記載のチタン多孔質体。
【請求項3】
前記表面において、前記細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ14μm2以下である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項4】
前記表面において、前記細孔の面積の標準偏差値が17μm2以下である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項5】
前記表面において、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する前記細孔の個数が300個以上である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項6】
細孔を有するシート状のチタン多孔質体を製造する方法であって、
平均粒径が25μm以下であるチタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むとともに、溶媒としての水を含まないペーストを乾燥させ、シート状の成形体を得る乾燥工程と、
前記成形体を加熱し、前記有機バインダーを揮発させる脱バインダー工程と、
前記脱バインダー工程後の成形体を加熱し、チタン粉末を焼結させる焼結工程と
を有し、
前記ペースト中の前記有機溶媒をアルコールとし、前記ペーストに、コールタールナフサを含有する分散剤を含ませる、チタン多孔質体の製造方法。
【請求項7】
前記ペースト中の前記分散剤の含有量を、0.01質量%以上かつ0.3質量%以下とする、請求項6に記載のチタン多孔質体の製造方法。
【請求項8】
厚みが40μm以上かつ500μm以下であるチタン多孔質体を製造する、請求項6又は7に記載のチタン多孔質体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン粉末の焼結等により製造されるチタン多孔質体は、細孔による通気性ないし通液性及び、電気伝導性を有し、また、表面に不動態皮膜が形成されること等により高い耐食性をも有するものである。
【0003】
そのような特性を有するチタン多孔質体は、固体高分子(Polymer Electrolyte Membrane、PEM)型の水電解装置内における腐食が生じ得る環境下にある多孔質輸送層(Porous Transport Layer、PTL)等に用いることが検討されている。特に、再生可能エネルギー由来の電力を用いてPEM型等の水電解装置で製造される水素は、グリーン水素と称され、脱炭素社会の実現に向けた動きが加速する近年において大きな期待が寄せられている。
【0004】
これに関連する技術として、特許文献1には、「隣接する他の部材と十分に接触させることができ、かつ、液体やガス等の流体を良好に流通させて拡散することが可能なチタン多孔質板材、および、このチタン多孔質板材からなる水電解用電極、水電解装置を提供すること」を目的として、「チタン又はチタン合金の焼結体からなるチタン多孔質板材であって、前記チタン多孔質板材は、前記チタン多孔質板材の表面に開口するとともに内部の気孔に連通している連通気孔を有する3次元網目構造をなし、一方の主面における開口率が他方の主面における開口率よりも小さくされており、前記一方の主面における開口率と前記他方の主面における開口率との差が10%以上であることを特徴とするチタン多孔質板材」が提案されている。この「チタン多孔質板材」を製造時の「チタン含有スラリー形成工程」では、「原料粉に、水溶性樹脂結合剤(メチルセルロース)、有機溶剤(ネオペンタン、ヘキサンおよびブタン)、可塑剤(グリセリンおよびエチレングリコール)、溶媒としての水、発泡剤、場合によっては界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩)を混合して、チタン含有スラリーを作製する」ことが記載されている。
【0005】
また特許文献2には、上記と同様の目的の下、「チタン又はチタン合金の焼結体からなるチタン多孔質板材であって、前記チタン多孔質板材は、前記チタン多孔質板材の表面に開口するとともに内部の気孔に連通している連通気孔を有する3次元網目構造をなし、前記チタン多孔質板材は、第1層と、第2層とが、厚さ方向に積層された構造とされており、前記第2層の平均気孔径は、前記第1層の平均気孔径よりも大きいことを特徴とするチタン多孔質板材」が開示されている。特許文献2では、そのような「チタン多孔質板材」の製造に、「原料粉に、水溶性樹脂結合剤(メチルセルロース)、有機溶剤(ネオペンタン、ヘキサンおよびブタン)、可塑剤(グリセリンおよびエチレングリコール)、溶媒としての水、場合によっては界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩)を混合し」た「第1チタン含有スラリー」、並びに、「原料粉に、水溶性樹脂結合剤(メチルセルロース)、有機溶剤(ネオペンタン、ヘキサンおよびブタン)、可塑剤(グリセリンおよびエチレングリコール)、溶媒としての水、場合によっては界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩)、に加えて発泡剤を添加し」た「第2チタン含有スラリー」が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2022/210421号
【特許文献2】国際公開第2022/210681号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
チタン多孔質体をPEM型の水電解装置内で多孔質輸送層として用いる場合、チタン多孔質体は、電解質膜に押し付けられて組み込まれることがある。このとき、チタン多孔質体の細孔が大きいと、チタン多孔質体が押し付けられた電解質膜が部分的に当該細孔内に入り込んで、その細孔に近接する箇所で大きく変形し、電解質膜の損傷を招くおそれがある。
【0008】
それ故に、電解質膜への損傷の発生を抑制するため、チタン多孔質体は、電解質膜側の表面に開口する細孔が小さく、そのような細孔が該表面に多数個存在するものであることが望まれる。細孔が多数個存在するチタン多孔質体は、上記のように電解質膜への損傷が発生しにくく、良好な通気性ないし通液性を有する多孔質輸送層となりうる。
【0009】
特許文献1、2に記載された技術では、チタン多孔質体の製造時に、ペースト中のチタン粉末が凝集することがあると思われる。ペースト中でチタン粉末が凝集している場合、それによるチタン粉末の偏りに起因して、製造後のチタン多孔質体の表面に大きな孔が形成される場合がある。
【0010】
この発明の目的は、比較的多い個数の微細な細孔が形成された表面を有するチタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は鋭意検討の結果、粒径がある程度小さいチタン粉末を混ぜ合わせて水を含まずに有機溶媒のアルコールを含むペーストであって、コールタールナフサを含有する分散剤を含むものを用いて、当該ペーストの乾燥、脱バインダー及び焼結後に、表面に多数個の微細な細孔が形成されたチタン多孔質体が得られることを見出した。これは、所定の分散剤によって、ペースト中でのチタン粉末の凝集ないし偏りが良好に抑制されることによるものと考えられる。
【0012】
この発明のチタン多孔質体は、細孔を有するシート状のものであって、少なくとも一方の表面において、該表面に開口する細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ17μm2以下であり、前記細孔の面積の標準偏差値が20μm2以下であり、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する前記細孔の個数が250個以上であるというものである。
【0013】
上記のチタン多孔質体の厚みは、40μm以上かつ500μm以下であることが好ましい。
【0014】
上記のチタン多孔質体の前記表面は、前記細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ14μm2以下であることが好ましい。
【0015】
上記のチタン多孔質体の前記表面は、前記細孔の面積の標準偏差値が17μm2以下であることが好ましい。
【0016】
上記のチタン多孔質体の前記表面は、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する前記細孔の個数が300個以上であることが好ましい。
【0017】
この発明のチタン多孔質体の製造方法は、細孔を有するシート状のチタン多孔質体を製造する方法であって、平均粒径が25μm以下であるチタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むとともに、溶媒としての水を含まないペーストを乾燥させ、シート状の成形体を得る乾燥工程と、前記成形体を加熱し、前記有機バインダーを揮発させる脱バインダー工程と、前記脱バインダー工程後の成形体を加熱し、チタン粉末を焼結させる焼結工程とを有し、前記ペースト中の前記有機溶媒をアルコールとし、前記ペーストに、コールタールナフサを含有する分散剤を含ませるというものである。
【0018】
上記の製造方法では、前記ペースト中の前記分散剤の含有量を、0.01質量%以上かつ0.3質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
上記の製造方法では、厚みが40μm以上かつ500μm以下であるチタン多孔質体を製造することができる。
【発明の効果】
【0020】
この発明のチタン多孔質体は、比較的多い個数の微細な細孔が形成された表面を有するものである。この発明のチタン多孔質体の製造方法は、そのようなチタン多孔質体の製造に適したものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態のチタン多孔質体は、細孔を有するシート状のものである。このチタン多孔質体は、少なくとも一方の表面について、その表面に開口する細孔の面積及び個数を確認すると、当該細孔の面積の平均値が10μm2以上かつ17μm2以下であり、当該細孔の面積の標準偏差値が20μm2以下であり、面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する当該細孔の個数が250個以上である。
【0022】
このようにチタン多孔質体の少なくとも一方の表面に、ある程度微細な細孔が比較的多い個数で形成されていれば、そのチタン多孔質体をPEM型の水電解装置の多孔質輸送層として用いたときに、上記の表面に押し付けられる電解質膜への損傷の発生が有効に抑制されると考えられる。これは、上記の表面に開口する細孔が微細であることにより、かかる細孔内に電解質膜が部分的に入り込むことが起こり難くなり、また、細孔の個数が多ければ、チタン多孔質体が押し付けられることによって電解質膜に作用する荷重が分散するためと考えられる。そのため、このチタン多孔質体は、PEM型の水電解装置の多孔質輸送層として好適に用いられ得るものであるといえる。
【0023】
上記のチタン多孔質体を製造するには、これに限らないが、チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むペーストの乾燥、脱バインダー及び、チタン粉末の焼結を順次に行う方法を採用することができる。ペーストの有機溶媒はアルコールとし、ペーストは溶媒として水を含まないものとする。そして、そのような製造方法で特に、所定の小さい粒径のチタン粉末を使用すること、及び、ペーストにコールタールナフサを含有する分散剤を含ませることが肝要である。分散剤中のコールタールナフサは、チタン粉末の表面に少量張り付いて、チタン粉末の粒子同士を滑りやすくし、ペースト中のチタン粉末を良好に分散させるべく作用すると考えられる。これにより、ペースト中でのチタン粉末の凝集ないし偏りが抑制され、粒径が小さい当該チタン粉末が焼結時に比較的均一な配置で結合し得る。その結果、少なくとも一方の表面に微細な細孔が多数個形成されたチタン多孔質体が得られる。典型的には、チタン多孔質体の上記表面の裏側の表面にも、多数個の微細な細孔が形成されることが多い。
【0024】
(組成)
チタン多孔質体は、チタン製である。チタン製であれば、ある程度の相対密度で高い電気伝導性を有するチタン多孔質体が得られる。チタン多孔質体のチタン含有量は、好ましくは97質量%以上であり、また好ましくは98質量%以上である。チタン含有量の上限側は、これに限らないが、例えば99.8質量%以下、99質量%以下とする場合がある。このチタン含有量は、金属成分のみならず酸素等のガス成分の不純物も考慮したチタンの純度を意味する。このため、チタン含有量は、金属成分及び、ガス成分を含む不純物成分の総含有量を100質量%から差し引くことにより求められる。
【0025】
チタン多孔質体は不純物としてFeを含有することがあり、Fe含有量は、たとえば0.25質量%以下となることがある。またチタン多孔質体には、たとえば製造過程に起因する不可避的不純物として、Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snが含まれる場合がある。Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snの各々の含有量は0.10質量%未満であること、それらの合計の含有量は0.30質量%未満であることがそれぞれ好適である。
【0026】
チタン多孔質体の酸素含有量は特に限定されないが、0.9質量%以上かつ2.0質量%以下になることがある。酸素含有量は、不活性ガス溶融-赤外線吸収法により測定することができる。
【0027】
チタン多孔質体は、酸素含有量を除き、JIS H 4600(2012)の純チタン1~4種、典型的には1~2種に相当する純度である場合がある。
【0028】
(シート寸法)
シート状のチタン多孔質体の厚みは、40μm以上かつ500μm以下とすることがある。たとえば、PEM型水電解装置の多孔質輸送層には、このようにある程度厚いチタン多孔質体が求められ得る。一方、厚みが厚すぎると、PEM型水電解装置の大型化を招くおそれがある。チタン多孔質体の厚みは、たとえば、400μm以下、また350μm以下、また300μm以下、また250μm以下、また200μm以下とし、この一方で、40μm以上、また80μm以上とすることがある。
【0029】
厚みは、チタン多孔質体の周縁の4点と中央の1点の計5点について、例えばミツトヨ製デジタルシックネスゲージ(型番547-321)等の、測定子がΦ10mmのフラット型で測定精度が0.001~0.01mmのデジタルシックネスゲージを用いて測定し、それらの測定値の平均値とする。シート状のチタン多孔質体が平面視で矩形状をなす場合は、上記の周縁の4点は、四隅の4点とする。
【0030】
シート状のチタン多孔質体の平面視における表面の面積は、用途に応じて適宜決定すればよいので特に限定されないが、例えば70mm2以上、350000mm2以下、40000mm2~600000mm2とすることがある。
【0031】
なお、チタン多孔質体についての「シート状」とは、平面視の寸法に対して厚みが小さい板状もしくは箔状を意味し、平面視の形状については特に問わない。
【0032】
(細孔)
チタン多孔質体は、チタン粉末同士が結合して構成されており、互いに結合したチタン粉末間に細孔が形成された三次元網目構造を有する。一例として、チタン多孔質体は、スポンジチタン状の三次元網目構造の骨格を有することがある。なお、チタン繊維を用いて製造されたチタン多孔質体は、不織布状の三次元網目構造になる傾向がある。多くの場合、チタン多孔質体の互いに結合されたチタン粉末で構成される骨格の内部は中空ではなく中実である。
【0033】
チタン多孔質体に形成された細孔のうち、少なくとも一方の表面で該表面に開口する多数個の細孔は、その面積の平均値が10μm2以上かつ17μm2以下である。また、その表面の細孔の面積の標準偏差値は、20μm2以下である。このように少なくとも一方の表面で、大多数の細孔が比較的小さい面積を有するものであれば、当該表面は概して平滑であるということができ、PEM型の水電解装置内での電解質膜の損傷を良好に抑制することができる。この観点から、当該表面における細孔の面積の平均値は10μm2以上かつ14μm2以下であることが好ましい。また同様の観点から、当該表面における細孔の面積の標準偏差値は17μm2以下であることが好ましい。細孔の面積の平均値が小さすぎると、通気性ないし通液性が低下するおそれがある。なお、面積がある程度大きい細孔が、当該表面に若干存在することは許容され得る。
【0034】
また、上記の表面において面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域内に存在する細孔の個数は、250個以上、好ましくは300個以上である。当該表面に上記のような微細な細孔が多く存在することにより、所要の通気性ないし通液性が確保されやすくなり、表面の平滑性との両立を実現することができる。当該矩形領域内の細孔の個数は、これに限らないが、たとえば500個以下になる場合がある。
【0035】
上述したような表面に開口する細孔の面積の平均値及び標準偏差値、並びに所定の矩形領域内の個数は、走査型電子顕微鏡(キーエンス製超深度マルチアングルレンズ VHX-D510)により測定する。より詳細には、チタン多孔質体の表面において面積が40000μm2で縦横比が4:5である矩形領域について、倍率1500倍でSEM画像を取得する。そして、走査型電子顕微鏡を用いてSEM画像の分析を行い、SEM画像について輝度の最大検出値の半分の値を閾値とし、輝度が0~閾値の範囲内にある閉領域を一個の細孔とみなす。このとき、必要に応じて、SEM画像に二値化処理を施してもよい。二値化処理の後、50ピクセル以下の小粒除去処理(二値化した後の黒ピクセルへの処理)を行い、次に50ピクセル以下の穴埋め処理(二値化した後の白ピクセルへの処理)を実施する。これを用いて各細孔の個数及び面積を算出し、分散の平方根としての標準偏差値を求める。このようなSEM画像の分析を、チタン多孔質体の表面における少なくとも一部が互いにずれた5個の矩形領域について行い、それらの矩形領域での細孔の面積の平均値、標準偏差値及び個数の平均をそれぞれ、当該チタン多孔質体の細孔の面積の平均値及び標準偏差値並びに矩形領域内の個数とする。平面視で正方形もしくは長方形の矩形であるチタン多孔質体の場合、上記の5個の矩形領域は、中央と四隅における5個の矩形領域とする。
【0036】
(用途)
上記のチタン多孔質体は特に、PEM型の水電解装置の多孔質輸送層に好適に用いることができる。PEM型の水電解装置は、陽極及び陰極と、陽極と陰極との間に配置されて、両面に白金族金属等の電極触媒層が設けられたパーフルオロカーボンスルホン酸膜等の電解質膜と、電解質膜の各電極触媒層と陽極もしくは陰極との間のそれぞれに配置された多孔質輸送層とを備えることがある。
【0037】
上記のPEM型水電解装置で、陽極に水を供給して電圧を印加すると、陽極側の多孔質輸送層を通って移動して電極触媒層に到達した水が分解し、酸素とプロトン(H+)が生成する。プロトンは、陽極側の電解質膜を通って陽極から陰極へ移動し、陰極側の電極触媒層で電子を得て、陰極側で水素を発生させる。一方、酸素は多孔質輸送層を通って排出側の流路へと移動し、装置外へ排出される。
【0038】
そのようなPEM型の水電解装置では、特に陽極側の多孔質輸送層が配置されるスペースは、強酸性かつ強酸化条件になるが、高い耐食性を有するチタン多孔質体であれば、そのような極めて苛酷な環境下の多孔質輸送層としても良好に使用することが可能である。また上述したように、この発明のチタン多孔質体では、少なくとも一方の表面に多数個の微細な細孔が形成されることにより、PEM型の水電解装置内で、その表面側を電解質膜に押し付けて配置したときに、電解質膜の損傷の発生を抑制することができる。
【0039】
なお、チタン多孔質体は、上記のPEM型の水電解装置のほか、PEM型のリアクターを用いた有機電解合成でも使用が検討されている。そのような装置でも、プロトン交換膜にプロトンを通過させて電解を実施する。ここで述べたチタン多孔質体は、PEM型のリアクターを用いた有機電解合成にも良好に用いることができる可能性があり、プロトン交換膜を使用する電解装置の陽極側の多孔質輸送層(PTL)として使用可能であると考えられる。
【0040】
(製造方法)
上述したチタン多孔質体は、たとえば、次に述べるようなペースト作製工程、ペースト塗布工程、乾燥工程、脱バインダー工程及び焼結工程をこの順序で行うことにより製造することができる。但し、既にペーストが作製されて得られている場合やペーストがシート状に塗布されている場合は、ペースト作製工程、さらにペースト塗布工程を省略することもある。
【0041】
はじめに、ペースト作製工程で、チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むペーストを作製する。
【0042】
ここで、ペーストに含ませるチタン粉末の平均粒径は、25μm以下とし、好ましくは18μm以下とすることができる。このような粒径が小さいチタン粉末を使用し、さらに、後述するように所定の分散剤を使用することで、最終的に製造されるチタン多孔質体の表面の平滑化を実現することができる。チタン粉末の平均粒径が25μmを超える場合、所定の分散剤を使用しても、チタン多孔質体の表面の細孔が大きくなる傾向がある。なお、比較的低廉なチタン粉末を使用して製造コストの増大を抑えるとともに、チタン粉末の取扱いを容易にするとの観点から、チタン粉末の平均粒径は、5μm以上、さらに10μm以上とすることがある。平均粒径は、レーザー回折散乱法によって得られた粒度分布で体積基準の累積分布が50%となる粒子径を意味する。
【0043】
チタン粉末は純度が高いものが好適であり、純チタン粉末を使用できる。チタン粉末のチタン含有量は99質量%以上とする場合がある。チタン粉末は、粉砕粉末や、アトマイズ粉のような球状粉末その他の任意の粉末とすることができる。チタン粉末として、スポンジチタン等のチタン原料を水素化して粉砕した水素化チタン粉末を使用することも可能であり、この場合、水素化チタン粉末の水素含有量は5質量%以下であることが好ましい。また、水素化チタン粉を使用する場合、後述の脱バインダー工程と焼結工程の間に、真空等の減圧雰囲気の下、500℃以上かつ650℃以下の温度範囲で脱水素処理を施してもよい。水素化チタン粉末に脱水素処理を行った水素化脱水素粉末(HDH粉末)を使用することもできる。
【0044】
またここで、ペーストに使用する有機バインダーとしては、様々なものを適宜選択して用いることができるが、たとえば、メチルセルロース系、ポリビニルアルコール系、エチルセルロース系、アクリル系、ポリビニルブチラール系等のものを挙げることができる。疎水性を示す有機バインダーが好ましい。但し、ここで挙げたものに限らない。有機溶媒は、アルコール(エタノール、イソプロパノール、ターピネオール、ブチルカルビトール等)とする。一例として、有機バインダーはポリビニルブチラール、有機溶媒はイソプロピルアルコールとすることがある。ペーストにはさらに、可塑剤(グリセリン、エチレングリコール等)や、界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩等)を含ませてもよい。
【0045】
ペーストは、溶媒としての水を含まないものとする。ペーストは、さらに発泡剤も含まないことが好適である。ペーストが水を含む場合の、乾燥時の有機溶媒と水との乾燥挙動の違いによるペースト中のチタン粉末の凝集や、チタン多孔質体の表面へのピンホールの発生を抑制するためである。また、ペーストが発泡剤を含まないときは、チタン多孔質体に、発泡剤の発泡に起因する局所的に大きな空隙が形成されなくなる。その結果、チタン多孔質体は、表面が平滑なものになりやすい他、ハンドリング時に割れが生じにくくなる。したがって、ここでは、ペースト中に気泡を生じさせる発泡処理を行わない。なお、ペーストは溶媒として水を含まないものであればよく、吸湿等の意図せずにペーストに混入し得る水の含有は許容される。
【0046】
また、ペーストには、コールタールナフサを含有する分散剤を含ませる。そのような分散剤を使用すれば、水を含まないペースト中でチタン粉末が分散してその凝集ないし偏りが抑えられると考えられ、チタン多孔質体の表面への大きな細孔の形成を抑制することができる。また、コールタールナフサは沸点が比較的低温の炭化水素混合物であり、乾燥工程や脱バインダー工程で上記の有機溶媒や有機バインダーとともに揮発すると考えられるので、チタン多孔質体に大きな影響を及ぼさない。
【0047】
特に分散剤がコールタールナフサを20質量%以上含有するときは、それによるチタン粉末の分散効果がより一層有効に発揮され得る。分散剤は、コールタールナフサ以外の成分を含むことがあり、典型的にはポリカルボン酸アミン塩を含有する場合がある。チタン粉末をさらに良好に分散させるため、ペースト中の分散剤の含有量は、0.01質量%以上かつ0.3質量%以下、さらに0.01質量%以上かつ0.1質量%以下、特に0.05質量%以上かつ0.1質量%以下であることが好ましい。
【0048】
ペーストは、上述したようなチタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒等を、たとえば攪拌機付混合機、回転混合機又は三本ロールミル等を用いて混合させることにより作製することができる。このとき、振動ミル、ビーズミルその他の粉砕混合機等を用いて粉砕してもよい。
【0049】
ペースト塗布工程では、上記のペーストを基材上に比較的薄く塗布する。基材には予め離型層を設けておくことができる。この場合、離型層を介して基材上にペーストを塗布する。基材に離型層を設けた場合は、乾燥工程後にペーストが乾燥して得られる成形体を基材から分離させることが容易になる。
【0050】
基材としては、樹脂基材が、ある程度安価に入手できる点で好ましい。また、樹脂基材は、可撓性を有することから取扱いが容易であるという利点もある。樹脂基材の具体的な材質としては、たとえば、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PEN(ポリエチレンナフタレート)等のポリエステル類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリビニルアルコール等のポリビニル類が挙げられるが、なかでも、PETは安価であり、乾燥工程後に基材から成形体を容易に分離させることができる点で好ましい。
【0051】
基材上に離型層を設けることは任意であるが、離型層を設ける場合、シリコーンコーティング等を離型層として用いることができる。例えば、東レ株式会社製のセラピール(登録商標)など、そのような材料が予め塗布された基材を選択することにより、基材上に離型層を設けることができる。基材上に離型層を設けることで、乾燥工程後に得られる薄いシート状の成形体を、基材から容易に分離させることが可能になる。
【0052】
乾燥工程では、たとえば炉内や乾燥機内等にて基材上でペーストを乾燥させる。これにより、ペースト中の有機溶媒が蒸発し、基材上にシート状の成形体が得られる。
【0053】
乾燥温度は、90℃以上かつ165℃以下とすることができる。この範囲内の温度でペーストを加熱して乾燥させることにより、ペースト中の有機溶媒等の成分の沸騰を抑制しつつ、比較的短時間のうちに乾燥を終了させることができる。その結果、有機溶媒の成分の沸騰や長時間の加熱に起因する表面の局所的な荒れやピンホールの形成が抑えられ、表面が平滑なチタン多孔質体が得られやすくなる。
【0054】
乾燥時間は特に限定されず適宜決定すればよく、たとえば5分以上かつ300分以下とすることができる。ペーストから有機溶媒を有効に除去するとの観点から、乾燥は、炉内や乾燥機内等から気体を排出させながら行うことが望ましい。炉内や乾燥機内から排気するに当たり、炉内や乾燥機内は、減圧雰囲気とすることができる他、大気等の気体の供給により、外部と同等の圧力としてもよい。
【0055】
乾燥工程が終了したとき、脱バインダー工程の前に、ペーストが乾燥して得られた成形体を、基材から剥離させる等して分離させてもよい。この段階で成形体を基材から分離させておくと、基材とともに後の脱バインダー工程や焼結工程を行った場合の、基材の変形によるチタン多孔質体のシート形状の不良化や、基材の材質によるチタン多孔質体の汚染を抑制することができる。樹脂基材を使用したときは、基材からの成形体の分離が容易になる。金属基材は、基材から成形体を分離させることが難しくなる場合がある。
【0056】
次いで、脱バインダー工程で上記の成形体を炉内で加熱し、成形体中の有機バインダーを揮発させて除去する。脱バインダー工程では、たとえば、成形体を、300℃以上かつ450℃以下の温度に3時間以上かつ12時間以下の時間で加熱することができる。
【0057】
その後、脱バインダー工程を経た成形体に対して焼結工程を行い、成形体中のチタン粉末を焼結させる。焼結工程では成形体中のチタン粉末が焼結すれば、その条件は特に限らない。たとえば、焼結工程では、成形体を700℃以上かつ1000℃以下の温度に、1時間以上かつ4時間以下の時間にわたって加熱することがある。この実施形態のチタン多孔質体は、比較的厚みが薄いので、ある程度の低温かつ短時間の加熱で、チタン粉末の焼結が適切に行われ得る。焼結時の雰囲気は、たとえば1.0×10-2Pa以下の真空、又は、ArやHeの不活性雰囲気とすることができる。
【0058】
焼結工程後、チタン多孔質体が得られる。このチタン多孔質体は、先述したように、少なくとも一方の表面に多数個の微細な細孔が形成されたものになる。
【実施例0059】
次に、この発明のチタン多孔質体を試作し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0060】
表1に示す平均粒径であってチタン含有量が99質量%以上であるチタン粉末(HDH粉末)を、有機バインダーとしてのポリビニルブチラール、有機溶剤としてのイソプロピルアルコールとともに混合して、ペーストを作製した。当該ペーストは発泡剤を添加しないものとした。
【0061】
実施例1~7及び比較例2及び4では、ペーストがさらに分散剤Aを含むものとした。分散剤Aは、サンノプコ株式会社製のSNスパース2190であり、コールタールナフサを42質量%、ポリカルボン酸アミン塩等を58質量%含有するものである。
【0062】
比較例1では、分散剤を含まないペーストを使用した。比較例3では、分散剤Bを含むペーストを使用した。分散剤Bは、サンノプコ株式会社製のSNスパース70であり、脂肪族アミド系界面活性剤を63質量%、非イオン界面活性剤を26質量%、ジエタノールアミンを11質量%含有するものである。
【0063】
実施例1~7及び比較例1~3のいずれにおいても、チタン粉末:有機バインダー:有機溶媒の質量比は、100:9:36とした。実施例1~7及び比較例2~4のペースト中の分散剤の含有量はそれぞれ、表1に示すとおりである。
【0064】
実施例1~7及び比較例1~3のペーストはいずれも水を含まないものとしたが、比較例4では、実施例1のペーストから有機溶媒を10質量%減らし、その代わりに水を10質量%添加したものとした。
【0065】
実施例1~7及び比較例1~3のそれぞれについて、上記のペーストを、PETシートに設けた離型層上にシート状に塗布し、これを大気雰囲気の下、表1に示す温度で加熱して乾燥させて有機溶媒を除去して成形体を得た。次いで、離型層からを引き剥がした成形体を大気雰囲気の下、360℃で加熱して脱バインダー処理を施した。その後、真空雰囲気下(1.0×10-3Pa以下)で775℃に加熱してチタン粉末を焼結させ、表面積が240000mm2であって平面視の寸法が約600mm×400mmであるシート状のチタン多孔質体を製造した。なお、比較例4では、ペースト中のチタン粉が分散せずに凝集していたことから、PETシート上への塗布以降の工程を行わず、チタン多孔質体の製造を断念した。
【0066】
上記のようにして製造した各チタン多孔質体について、先述した方法により、厚みと、製造時にPETシートの離型層に接していた表面の細孔の面積の平均値及び標準偏差値並びに矩形領域内の細孔の個数を測定した。ここでは、チタン多孔質体を5つに切り分けて、各サンプルについて走査型電子顕微鏡による観察を行った。走査型電子顕微鏡としては、(キーエンス製超深度マルチアングルレンズ VHX-D510)を用いた。その結果を表1に示す。なお、いずれの実施例のチタン多孔質体も、チタン含有量が97質量%以上、酸素含有量が0.9質量%以上かつ2.0質量%以下であった。
【0067】
【0068】
表1より、実施例1~7のチタン多孔質体はいずれも、多数個の微細な細孔が形成された表面を有するものであった。
【0069】
これに対し、比較例1では、製造時にペーストに分散剤を含ませなかったことから、チタン多孔質体の表面において細孔の面積の標準偏差値が大きくなり、細孔の個数が少なくなった。比較例2では、製造に用いたチタン粉末の平均粒径が大きかったことに起因して、チタン多孔質体の表面において細孔の面積の平均値及び標準偏差値がともに大きく、また細孔の個数が少なかった。比較例3では、ペーストに含ませた分散剤Bがコールタールナフサを含有しないものであったことにより、チタン多孔質体の表面において細孔の面積の平均値及び標準偏差値が大きく、かつ、細孔の個数が少なかった。
【0070】
また、各チタン多孔質体の通気性を確認するため、各チタン多孔質体の透気度を、ISO-5636に準拠し、ガーレー式デンソメータにより測定した。但し、通気性の測定時の通気口サイズは、22mmではなく6mmとした。
【0071】
透気度は、チタン多孔質体の厚みに依存するところ、実施例1の厚みが500μmのチタン多孔質体は、透気度が5μm/Pa・S以上であった。実施例2、4、6及び7の厚みが100μmであるチタン多孔質体は、透気度が50μm/Pa・S以上であった。実施例3の厚みが40μmであるチタン多孔質体は、透気度が100μm/Pa・S以上であった。実施例5の厚みが250μmであるチタン多孔質体は、透気度が10μm/Pa・S以上であった。いずれの実施例1~7も、各厚みに応じた優れた通気性を有するものであった。
【0072】
以上より、この発明によれば、比較的多い個数の微細な細孔が形成された表面を有するチタン多孔質体が得られることがわかった。