IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本ベクトン・ディッキンソン株式会社の特許一覧 ▶ 独立行政法人国立がん研究センターの特許一覧

<>
  • 特開-試料保存用組成物 図1
  • 特開-試料保存用組成物 図2
  • 特開-試料保存用組成物 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157569
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】試料保存用組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/04 20060101AFI20241030BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
C12N1/04
G01N33/48 P
【審査請求】有
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024131159
(22)【出願日】2024-08-07
(62)【分割の表示】P 2022501400の分割
【原出願日】2020-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】591147661
【氏名又は名称】日本ベクトン・ディッキンソン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西川 博嘉
(72)【発明者】
【氏名】小林 民代
(57)【要約】
【課題】試料を保存するための組成物、特に細胞の状態を変化させることなく、細胞または組織を保存できる組成物を提供することを目的とする。さらに、試料の保存方法、保存した試料から目的物を含む懸濁液を調製する方法、および試料に含まれる目的物を分析する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本開示は、アルブミンと、乳酸またはその塩と、を含み、組成物中のナトリウムイオン濃度が50~300mmol/Lである、試料を保存するための組成物を提供する。さらに、組成物を用いた試料の保存方法、試料懸濁液の調製方法、および試料懸濁液に含まれる目的物の分析方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を保存するための組成物であって、
アルブミンと、
乳酸またはその塩と、
を含み、前記組成物中のナトリウムイオン濃度が50~300mmol/Lである、組成物。
【請求項2】
前記アルブミンが0.01~2%(w/v)の量で含まれる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記乳酸またはその塩が0.1~100mmol/Lの量で含まれる、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記アルブミンがウシ血清アルブミン(BSA)である、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
前記乳酸またはその塩が乳酸ナトリウムである、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
0.01~10mmol/Lのリン酸二水素カリウムと、
0.01~50mmol/Lのリン酸水素二ナトリウムと、
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記組成物が多糖類を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
前記多糖類がトレハロース、フルクトオリゴ糖、難消化性デキストリン、およびそれらの混合物からなる群から選択される、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
前記試料が細胞、組織、またはその混合物である、請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
前記試料が哺乳類から採取される、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
前記哺乳類がヒト、イヌ、ラット、マウスからなる群から選択される、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の組成物に試料を浸漬させる、試料の保存方法。
【請求項13】
保存温度が0℃~4℃であり、前記組成物が非凍結状態である、請求項12に記載の保存方法。
【請求項14】
試料から目的物を含む試料懸濁液を調製する方法であって、
a)請求項1~11のいずれか一項に記載の組成物を提供するステップと、
b)前記組成物に試料を浸漬するステップと、
c)前記試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、
を含む、方法。
【請求項15】
前記酵素が、コラゲナーゼ、エラスターゼ、ヒアルロニダーゼ、ディスパーゼ、グリコシダーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、およびトリプシンからなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記目的物が細胞である、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
前記細胞が生きている細胞を含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記細胞が腫瘍浸潤免疫細胞である、請求項16または17に記載の方法。
【請求項19】
試料中の目的物を分析する方法であって、
a)請求項1~11のいずれか一項に記載の組成物を提供するステップと、
b)前記組成物に試料を浸漬するステップと、
c)前記試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、
d)前記試料懸濁液中の目的物を分析するステップと、
を含む方法。
【請求項20】
前記ステップd)が、フローサイトメトリー、マスサイトメトリー、シングルセル遺伝子解析を含む遺伝子解析、イメージング、イムノアッセイ、質量分析、分光分析、およびそれらの組合せからなる群から選択される少なくとも1つにより行われる、請求項19に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、試料を保存するための組成物に関する。本開示はさらに、試料の保存方法、保存した試料から目的物を含む試料懸濁液を調製する方法、および試料懸濁液中の目的物を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞には、その細胞の種類に応じた様々な分子が発現することが知られており、細胞が発現する分子の種類、機能、および発現状態等の解析は、細胞同士の相互作用または薬剤に対する応答性等を解明する上で有用な手段である。
【0003】
新しいがん治療法として注目されている免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞上に発現する、PD-1またはCTLA-4といった、免疫抑制に関わる分子を阻害して、免疫細胞の抗腫瘍免疫応答を増強させる薬剤であり、悪性黒色腫および胃がんを含めた、様々な種類のがんに対して、強力かつ持続的な腫瘍退縮効果が認められている。免疫チェックポイント阻害薬に対しては、効果のある患者(レスポンダー)と効果のない患者(ノンレスポンダー)が存在することが知られており、臨床においては、投与前に免疫チェックポイント阻害薬に対する応答性を予測するための検査(コンパニオン診断)が行われている。しかし、コンパニオン診断を行っているにも関わらず、免疫チェックポイント阻害薬の奏効率は20~40%とも言われており、既存の検査方法では必ずしも正確な結果が得られているとはいえない。ノンレスポンダーへの薬剤の投与は、効果がないにも関わらず高額な医療費を支払うという経済的負担だけでなく、副作用に伴う精神的、肉体的負担をもたらす。また、新規の免疫チェックポイント阻害薬が次々と開発されている一方で、新薬の保険適用により、国の医療費が圧迫されつつある。したがって、レスポンダーとノンレスポンダーとに患者を層別化することは、患者の負担軽減、および国の医療費削減のために重要な課題となっている。
【0004】
コンパニオン診断で正確な結果が得られない原因として、診断の際の分子マーカーが適切でないことが考えられている。現在のコンパニオン診断においては、腫瘍細胞の表面分子であるPD-L1の発現を検査することが主流であり、例えば、キイトルーダ(登録商標)のコンパニオン診断薬として承認を受けているPD-L1 IHC 22C3 pharmDx「ダコ」は、抗PD-L1マウスモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色法に基づいたアッセイキットである。一方、抗腫瘍免疫応答においては、リンパ球およびマクロファージを含む免疫細胞が重要な役割を担っているにも関わらず、それら免疫細胞の存在の有無、および免疫細胞における分子の発現については何ら検査されていない。さらに、複数の種類のがんにおいて、PD-L1発現陰性患者に対しても奏効した例が認められており、免疫チェックポイント阻害薬の効果の予測には、腫瘍細胞上のPD-L1の検査だけでは不十分であることが明らかとなってきている。
【0005】
免疫細胞にはいくつかの種類があり、さらに免疫細胞に発現する分子は多数存在するが、免疫組織化学染色法では、一度に検出できるマーカーは1~2つ程度と著しく限られている。したがって、腫瘍組織周辺の各種免疫細胞の存在の有無、および免疫細胞における分子の発現状態を詳細に検査するためには、多数のマーカーを検出できる新たな分析方法が必要である。そのような分析方法として、近年、フローサイトメーターを用いたマルチカラー解析の手法が注目されているが、実用化には至っていない。
【0006】
その理由の1つとして、患者から摘出した腫瘍組織を、患者の体内局所にある状態に維持したまま、臨床現場から検査機関まで輸送する手段がないことが挙げられる。臨床現場においてフローサイトメトリーのような分析を実施することは稀であり、摘出した細胞または組織は、通常、検査機関に送られて分析される。輸送の際には、摘出した細胞または組織を、生理食塩水、細胞保存液または組織保存液等を利用して一時的に保存する必要があり、細胞または組織を生きた状態で保存するための保存液は、例えば特許文献1および特許文献2に開示されている。これらの保存液を用いることにより、細胞または組織を生きたまま保存することは可能であるが、これらの保存液は、細胞または組織を、患者の体内にある状態に維持したまま保存することまでは考えられていないため、輸送の間に細胞における分子の発現状態等には変化が生じてしまう。したがって、検査機関で行う必要があるような分析方法では、患者の体内の状態を反映した結果が得られず、正確な診断を行うことが難しい。
【0007】
また別の理由として、組織等の試料から、免疫細胞等を1つ1つの細胞(シングルセル)として抽出する方法が確立されていないことも挙げられる。従来、細胞の抽出は、試料となる組織をミキサーまたはホモジナイザー等を用いて機械的に分散させ、遠心分離することで行われている。しかし、このような機械的な分散方法は、分析の対象となる細胞も高い割合で破壊し、または傷害してしまうため、分析に十分な数の生きたままで、かつ無傷の細胞を得ることが困難である。
【0008】
このように、分析の目的となる細胞の状態を変化させることなく、細胞または組織等の試料を保存し、分析する方法が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4947948号明細書
【特許文献2】特開第2012-116823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本開示は、試料を保存するための組成物、特に細胞の状態を変化させることなく、細胞、組織、またはその混合物を保存できる組成物を提供することを目的とする。さらに、本開示は、試料の保存方法、保存した試料から目的物を含む懸濁液を調製する方法、および試料に含まれる目的物を分析する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本開示に係る発明は、以下の態様を有する。
【0012】
(1)アルブミンと、乳酸またはその塩と、を含み、組成物中のナトリウムイオン濃度が50~300mmol/Lである、試料を保存するための組成物。
【0013】
(2)アルブミンが0.01~2%(w/v)の量で含まれる、(1)に記載の組成物。
【0014】
(3)乳酸またはその塩が0.1~100mmol/Lの量で含まれる、(1)または(2)に記載の組成物。
【0015】
(4)アルブミンがウシ血清アルブミン(BSA)である、(1)~(3)のいずれかに記載の組成物。
【0016】
(5)乳酸またはその塩が乳酸ナトリウムである、(1)~(4)のいずれかに記載の組成物。
【0017】
(6)0.01~10mmol/Lのリン酸二水素カリウムと、0.01~50mmol/Lのリン酸水素二ナトリウムと、を含む、(1)~(5)のいずれかに記載の組成物。
【0018】
(7)多糖類を含む、(1)~(6)のいずれかに記載の組成物。
【0019】
(8)多糖類がトレハロース、フルクトオリゴ糖、難消化性デキストリン、およびそれらの混合物からなる群から選択される、(7)に記載の組成物。
【0020】
(9)試料が細胞、組織、またはその混合物である、(1)~(8)いずれかに記載の組成物。
【0021】
(10)試料が哺乳類から採取される、(1)~(9)のいずれかに記載の組成物。
【0022】
(11)哺乳類がヒト、イヌ、ラット、マウスからなる群から選択される、(10)に記載の組成物。
【0023】
(12)(1)~(11)のいずれかに記載の組成物に試料を浸漬させる、試料の保存方法。
【0024】
(13)保存温度が0℃~4℃であり、組成物が非凍結状態である、(12)に記載の保存方法。
【0025】
(14)試料から目的物を含む試料懸濁液を調製する方法であって、a)(1)~(11)のいずれかに記載の組成物を提供するステップと、b)前記組成物に試料を浸漬するステップと、c)前記試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、を含む。
【0026】
(15)酵素がコラゲナーゼ、エラスターゼ、ヒアルロニダーゼ、ディスパーゼ、グリコシダーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、およびトリプシンからなる群から選択される少なくとも1つを含む、(14)に記載の方法。
【0027】
(16)目的物が細胞である、(14)または(15)に記載の方法。
【0028】
(17)細胞が生きている細胞を含む、(16)に記載の方法。
【0029】
(18)細胞が腫瘍浸潤免疫細胞である、(16)または(17)に記載の方法。
【0030】
(19)試料中の目的物を分析する方法であって、a)(1)~(11)のいずれかに記載の組成物を提供するステップと、b)前記組成物に試料を浸漬するステップと、c)前記試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、d)前記試料懸濁液中の目的物を分析するステップと、を含む。
【0031】
(20)ステップd)が、フローサイトメトリー、マスサイトメトリー、シングルセル遺伝子解析を含む遺伝子解析、イメージング、イムノアッセイ、質量分析、分光分析、およびそれらの組合せからなる群から選択される少なくとも1つにより行われる、(19)に記載の方法。
【発明の効果】
【0032】
本開示の組成物および試料の保存方法は、試料、特に細胞または組織を、体内における状態を維持したまま保存することを可能にする。さらに、本開示の組成物および試料の保存方法によれば、試料を長時間保存することができるため、試料の長距離輸送が可能になる。したがって、例えば、外国で採取された試料を、細胞の状態を維持したまま、国内に輸送することも可能である。
【0033】
また、本開示の試料懸濁液の調製方法によれば、試料に含まれる目的物、特に目的の細胞を、体内における状態を維持したまま懸濁液とすることができる。本開示の方法によれば、従来の方法よりも穏やかな条件で試料懸濁液を調製することができるため、従来の分散方法よりも多くの数の生きた細胞を、体内局所にある状態に維持したまま、抽出することができる。
【0034】
さらに、本開示の分析方法によれば、試料に含まれる目的物、特に目的の細胞を、体内にある状態を維持したまま分析することができる。これにより、体内にある状態のままの細胞を解析することができるため、例えば免疫チェックポイント阻害薬に関連するコンパニオン診断において、薬剤に対する応答性を従来よりも正確に予測できるようになることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】実施例9に記載の方法にしたがい、腫瘍組織をフローサイトメトリーで分析した結果(対照)を示す。
図2】実施例9に記載の方法にしたがい、腫瘍組織をフローサイトメトリーで分析した結果(48時間後)を示す。
図3】実施例9に記載の方法にしたがい、腫瘍組織をフローサイトメトリーで分析した結果(72時間後)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本開示に係る発明の実施の形態について説明するが、本開示は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0037】
[試料を保存するための組成物]
本開示の組成物は、試料を保存するための組成物であり、アルブミンと、乳酸またはその塩と、を含み、組成物中のナトリウムイオン濃度が50~300mmol/Lである。
【0038】
本開示の組成物はアルブミンを含む。アルブミンは動植物の細胞および体液等に含まれる水溶性タンパクである。本開示の組成物の一実施形態において用いることのできるアルブミンには、脊椎動物の血清に含まれる血清アルブミン、卵白に含まれる卵白アルブミン、乳汁に含まれる乳アルブミン、植物の種子に含まれる種子アルブミン等が含まれる。脊椎動物としては、ヒト、ウシ、ウマ、ウサギ等が挙げられるが、これらに限定されない。本開示において、アルブミンは好ましくは血清アルブミンであり、より好ましくはヒト由来、ウシ由来、またはウマ由来のアルブミンであり、最も好ましくはウシ血清アルブミン(BSA)である。
【0039】
一実施形態において、アルブミンは、0.01~2%(w/v)、好ましくは0.05~1%(w/v)、より好ましくは0.1~0.5%(w/v)、最も好ましくは0.1~0.3%(w/v)の濃度で組成物に含まれる。
【0040】
本開示の組成物は乳酸またはその塩を含む。「乳酸またはその塩」とは、乳酸、または水に溶解して乳酸イオンおよびカチオンを生じるあらゆる乳酸塩を意味する。乳酸塩としては、例えば乳酸リチウム、乳酸ナトリウム、乳酸カリウム、乳酸カルシウム、乳酸アンモニウム、乳酸アルミニウム、乳酸マグネシウム等が挙げられるが、これらに限定されない。乳酸またはその塩は、好ましくは乳酸ナトリウムである。
【0041】
一実施形態において、乳酸またはその塩は、組成物中の乳酸イオンの濃度が0.1~100mmol/L、好ましくは1.0~50mmol/L、より好ましくは1.0~30mmol/L、最も好ましくは3.0~20mmol/Lとなるように、組成物に含まれる。
【0042】
乳酸には、鏡像異性体の関係にあるD体およびL体の2つの立体構造があり、乳酸塩も、乳酸の構造に対応した立体構造を有する。鏡像異性体とは、立体構造を重ね合わすことができない、像と鏡像の関係にある立体異性体を意味する。D体およびL体の等量混合物はラセミ体、もしくはDL体という。本開示の組成物において、乳酸またはその塩はL体およびDL体が好ましく、L体がより好ましい。
【0043】
本開示の組成物は、50~300mmol/L、好ましくは80~250mmol/L、より好ましくは100~200mmol/Lの濃度でナトリウムイオンを含む。ナトリウムイオン濃度をこの範囲に調整することにより、本開示の組成物は、体内における状態を維持したまま、試料、特に細胞または組織を保存することができる。
【0044】
ナトリウムイオン濃度は、水に溶解してナトリウムイオンを生じる物質を添加することで調整される。ナトリウムイオンを生じる物質としては、例えば水酸化ナトリウム、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、シュウ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム等が挙げられるが、これらに限定されない。ナトリウムイオンを生じる物質は、好ましくは、塩化ナトリウムである。
【0045】
本開示の組成物は、さらにリン酸二水素カリウムおよびリン酸水素二ナトリウムを含んでもよい。一実施形態において、リン酸二水素カリウムは、0.01~10mmol/L、好ましくは0.05~5.0mmol/L、より好ましくは1.0~2.5mmol/Lの濃度で組成物に含まれ、リン酸水素二ナトリウムは、0.01~50mmol/L、好ましくは1.0~25mmol/L、より好ましくは5~15mmol/L濃度で組成物に含まれる。
【0046】
本開示の組成物は、好ましくはカルシウムイオンを含まない。カルシウムイオンの存在下では、細胞において、一部の分子、特にCTLA-4の発現が高まることがある。したがって、カルシウムイオンを含む組成物では、採取直後の状態を維持したまま、試料を保存することが難しい。
【0047】
本開示の組成物は、多糖類を含んでもよい。多糖類とは、2個以上の単糖類、その置換誘導体、またはそれらの混合物が脱水結合して生じる化合物である。多糖類としては、例えばスクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース等の二糖類、ラフィノース、マルトトリオース等の三糖類、アカルボース、スタキオース等の四糖類、マルトオリゴ糖、フルクトオリゴ糖などのオリゴ糖、およびさらに多くの分子からなるグリコーゲン、デンプン、デキストリン等が挙げられるが、これらに限定されない。多糖類は、好ましくはトレハロース、フルクトオリゴ糖、難消化性デキストリン、およびそれらの混合物からなる群から選択され、より好ましくはトレハロースである。一実施形態において、本開示の組成物は、0.01~3.0%(w/v)、好ましくは0.03~1.0%(w/v)、より好ましくは0.05~0.5%(w/v)の濃度で多糖類を含む。
【0048】
一実施形態において、本開示の組成物により保存される試料は、細胞、組織、またはその混合物から選択される。
【0049】
本開示の組成物により保存することのできる細胞には、種々の細胞、例えばリンパ球、幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞、筋細胞、骨髄細胞、造血幹細胞、および腫瘍細胞等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞を保存する場合、生物から採取された直後の細胞を保存することもでき、人為的に培養された後の細胞を保存することもできる。本開示の組成物により保存される細胞は、生きている細胞でも、死んでいる細胞でもよく、好ましくは生きている細胞を含む。
【0050】
本明細書において、「組織」とは、多種類の細胞の集団を意味する。本開示の組成物により保存することのできる組織には、上皮組織、骨組織と、軟骨組織と、血球組織とを含む結合組織、神経組織、筋肉組織、およびこれらの組織由来の腫瘍組織が含まれる。組織は、生物から採取されたものでも、細胞を培養し人為的に構成されたものでもよい。本開示の組成物により保存される組織は、好ましくは腫瘍組織である。
【0051】
一実施形態において、細胞、組織、またはその混合物は、好ましくは動物から採取され、より好ましくは、哺乳類から採取される。哺乳類としては、例えばヒト、オラウータン、チンパンジー、サル、ウマ、ウシ、ブタ、イヌ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が挙げられるが、これらに限定されない。一実施形態において、哺乳類は、好ましくはヒト、イヌ、マウス、ラット、ハムスター、モルモットからなる群から選択され、より好ましくはヒトである。
【0052】
本開示の組成物は、特にヒトから採取された腫瘍組織の保存に適する。
【0053】
[試料の保存方法]
本開示はさらに試料の保存方法を提供する。試料の保存は、試料を本開示の組成物に浸漬させることができれば、あらゆる方法で行うことができる。例えば、試料の浸漬は、組成物を分注した容器に採取した試料を入れることで行われてもよく、採取した試料を容器に入れ、本開示の組成物を後から注ぐことで行われてもよい。
【0054】
本開示の試料の保存方法において、保存温度は約0℃~約4℃であることが好ましく、約0℃~約1℃であることがより好ましく、0℃超~1℃以下の温度であり、かつ保存液および試料が凍らない温度が最も好ましい。保存温度が0℃より低くなると、試料および組成物が凍り、試料の状態が維持できないおそれがある。保存温度が4℃を超えた場合も、試料の状態を維持できないことがある。
【0055】
本開示の方法により、試料、特に採取した細胞、組織、またはその混合物を、採取した直後の状態を維持したまま、例えば24時間、48時間、または72時間といった長時間保存することができる。
【0056】
[試料懸濁液の調製方法]
本開示はさらに、目的物を含む試料懸濁液の調製方法を提供する。試料懸濁液の調製方法は、a)本開示の組成物を提供するステップと、b)試料を本開示の組成物に浸漬するステップと、c)試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、を含む。
【0057】
a)本開示の組成物を提供するステップは、あらゆる方法で行うことができ、例えば、蓋付きの容器に分注することを含む。
【0058】
b)試料を本開示の組成物に浸漬するステップは、試料を浸漬させることができれば、あらゆる方法で行うことができる。試料を浸漬する方法は、[試料の保存方法]の項の記載に従う。
【0059】
c)試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップは、酵素処理により、試料、特に細胞、組織、またはその混合物を分散させることができれば、当業者に既知のあらゆる方法で行うことができる。
【0060】
酵素処理には、あらゆる酵素を使用することができる。酵素処理に用いることのできる酵素としては、例えば、コラゲナーゼ、エラスターゼ、ヒアルロニダーゼ、ディスパーゼ(登録商標)を含む中性プロテアーゼ、グリコシダーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ(DNase)、およびトリプシン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0061】
酵素処理はまた、既存の細胞分散液等を用いて行ってもよい。既存の細胞分散液としては、例えば、ベクトン・ディッキンソン株式会社から入手可能なBD Horizon(商標) Dri Tumor&Tissue Dissociation Reagent(TTDR)等が挙げられる。本開示の方法における酵素処理は、好ましくはTTDRを用いる。
【0062】
本開示の方法における酵素処理は、従来よりも穏やかな条件において、試料、特に細胞または組織を十分に分散させることができる。酵素処理による細胞または組織を分散させる効果は、使用する酵素の種類、酵素の濃度、処理温度、および処理時間等の要因により変化するが、特に、使用する酵素の種類および酵素の濃度は、細胞または組織の分散状態に大きく影響する。従来、細胞または組織の十分な分散を得るために、基質に強く作用する酵素を選択し、または酵素の濃度を高めるといった手段が取られるが、これらは同時に細胞の収率および生存率の低下、ならびに細胞の機能不全をもたらす危険性を増加させる。したがって、これまで、細胞の高い生存率を達成することと、細胞の状態を維持したまま、試料を十分に分散させることの両立は困難であった。
【0063】
しかし、本開示の方法によれば、酵素処理における酵素の種類および濃度、処理時間、ならびに処理温度といった条件を、従来よりも穏やかにしても試料が十分に分散されるため、試料に含まれる細胞の生存率および収率を高めることができ、かつ、細胞の状態を変化させずに分散させることが可能になる。従来の保存液では、試料、特に細胞、組織またはその混合物を長時間浸漬すると、細胞または組織の状態が変化してしまうため、長時間浸漬しておくことができず、したがって、穏やかな条件では細胞または組織を十分に分散させることができなかった。一方、これに限定されるものではないが、本開示の組成物は、試料を長時間浸漬しておくことができることから、試料に液体である組成物が十分に浸透することで試料が柔らかくなり、酵素が試料の表面だけでなく、内部にも容易に作用できるようになるため、従来よりも穏やかな条件での酵素処理によっても試料が十分に分散されると考えられる。
【0064】
酵素処理はあらゆる温度で行うことができるが、試料の状態を変化させず、かつ十分な分散を得るという目的から、好ましくは1~45℃、より好ましくは10~40℃、最も好ましくは15~30℃で行われる。酵素処理は、温度を一定に保つことのできる恒温水槽等の装置を用いて、温度を制御しながら行ってもよいが、室温下で行うこともできる。室温とは、外部から加熱も冷却もしていない状態を指す。
【0065】
酵素処理の時間に特に制限はないが、試料の状態を変化させず、かつ十分な分散を得るという目的から、処理時間は、好ましくは約1~約60分間、より好ましくは約5~30分間、より好ましくは約10~20分間である。
【0066】
酵素処理は静置した状態で行ってもよく、撹拌または振とうしながら行ってもよい。酵素を試料全体に満遍なく作用させるために、酵素処理は、好ましくは、細胞を傷害しない強さで穏やかに振とうしながら行う。
【0067】
試料懸濁液を調製するステップは、ろ過、遠心分離、および染色等、あらゆる追加の操作を含んでもよい。
【0068】
本開示の方法により調製された試料懸濁液は目的物を含む。目的物は、試料に含まれ得る物質ならいかなるものでもよい。目的物としては、例えば、細胞、遺伝子、抗体を含むタンパク質、アミノ酸、および神経伝達物質を含む化学物質等が挙げられるが、これらに限定されない。一実施形態において、目的物は細胞である。細胞は、生きている細胞でも、死んでいる細胞でもよいが、目的物は、好ましくは生きている細胞を含む。
【0069】
目的物になり得る細胞としては、例えば、免疫細胞、赤血球、血小板、腫瘍細胞、幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞、筋細胞、骨髄細胞、造血幹細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。免疫細胞は、T細胞、B細胞、およびNK細胞を含むリンパ球と、好中球、好酸球、および好塩基球を含む顆粒球と、樹状細胞と、マクロファージとを含む。目的物は、好ましくは免疫細胞、より好ましくは腫瘍浸潤免疫細胞、最も好ましくは腫瘍浸潤リンパ球(TIL)である。
【0070】
腫瘍浸潤免疫細胞とは、腫瘍組織内に浸潤している免疫細胞を意味し、その中でリンパ球を特にTILという。TILは、細胞の種類に応じて、CD4、CD8、CTLA-4、およびPD-1等の細胞表面分子を発現することが知られている。TILには、CD4陽性(CD4+)T細胞、CD8陽性(CD8+)T細胞、制御性T細胞(Treg)およびNK細胞が含まれる。
【0071】
[目的物を分析する方法]
本開示はさらに、試料を分析する方法を提供する。試料を分析する方法は、a)請求項1~10に記載の組成物を提供するステップと、b)前記組成物に試料を浸漬するステップと、c)前記試料を酵素で処理して試料懸濁液を調製するステップと、d)前記試料懸濁液中の目的物を分析するステップと、を含む。ステップa)~c)については、[試料懸濁液の調製方法]の項の記載に準ずる。
【0072】
d)分析するステップは、あらゆる分析方法を用いることができる。分析方法としては、フローサイトメトリー、マスサイトメトリー、シングルセル遺伝子解析を含む遺伝子解析、イメージング、イムノアッセイ、質量分析、分光分析およびそれらの組合せが挙げられるが、これらに限定されない。本開示の方法において、分析方法は、好ましくはフローサイトメトリーおよびマスサイトメトリーであり、より好ましくはフローサイトメトリーである。
【0073】
本開示の分析方法によれば、試料に含まれる目的物、特に細胞を採取直後の状態から変化させることなく、試料を分析することができる。
【0074】
本開示の分析方法は、組織に含まれる細胞の分析に適し、特に、フローサイトメトリーによる腫瘍組織内のTILの分析に適する。本開示の分析方法によれば、より多くの生きた細胞を、患者の体内にある状態に維持したまま分析することができる。したがって、本開示の分析方法は、例えば免疫チェックポイント阻害薬に関連するコンパニオン診断において、薬剤に対する応答性および患者の予後の正確な予測に役立つことが期待される。
【0075】
さらに、本開示の分析方法は、採取した試料を、採取直後の状態に維持したまま長時間保存することができるため、試料の長距離輸送を可能にする。したがって、本開示の方法によれば、例えば病院で採取した試料を、遠く離れた分析機関に輸送して分析することができる。
【実施例0076】
以下に、本開示の態様を実施例により詳細に説明するが、これらは単なる例示であり、本開示の範囲を狭めることを意図するものではない。
【0077】
試料懸濁液に含まれる細胞を標識し、フローサイトメトリーにより分析した結果から、生きた細胞の数、およびそれぞれの細胞集団における各細胞の割合を解析することで、本開示による組成物の性能を評価した。分析対象の細胞は、ヒト由来サンプルにおいては、表1に、マウス由来サンプルにおいては表2に記載する試薬を用いて標識した。なお、ヒト由来サンプルにおいては、抗体の非特異的結合を防止するために、抗体染色前にBD Pharmingen(商標)Human BD Fc Block(商標)(BD社)を添加した。さらに、ヒト由来サンプル、マウス由来サンプルともに、BD Pharmingen(商標)Transcription Factor Buffer Set(BD社)により細胞膜固定透過処理を行い、細胞内のFoxP3分子の抗体染色を行った。
【0078】
結果は、FVS(Fixable Viability Stain)により生きた細胞を同定した後、リンパ球>CD3+細胞>CD4+細胞またはCD8+細胞の順にゲーティングし、CD4+細胞のうち、FoxP3が陽性かつCD45RAが陰性の細胞をTreg(制御性T細胞)とした。一方、マウス由来サンプルにおいてはFoxP3が陽性かつCD25が陽性の細胞をTreg(制御性T細胞)とした。したがって、それぞれの細胞の割合とは、生きた細胞集団中のリンパ球の割合、リンパ球集団中のCD3+細胞の割合、CD3+細胞集団中のCD4+細胞またはCD8+細胞の割合、およびCD4+細胞集団中のTregの割合を意味する。CD8+細胞およびTregについては、さらにCTLA-4+細胞およびPD-1+細胞をそれぞれゲーティングした。組織(mg)あたりの細胞数は、絶対数カウントビーズ BD Trucount(商標) Absolute Counting Tubes(Becton, Dickinson and Company、以下「BD社」ともいう)を用い算出した。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
(実施例1:BSAの影響の評価1)
表3に記載の成分を超純水に溶解し、組成物1および組成物2を調製した。患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLと混合し、0℃~1℃の温度で保存した。24時間後および48時間後、組成物をアスピレーターで除去し、TTDR(BD社)7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次いで、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターBD FACSLyric(商標)(BD社)で分析した。対照は、組成物による保存を行わなかった以外は、同様に操作した。
【0082】
【表3】
【0083】
結果は表4に示し、ヒト大腸がん由来腫瘍組織10mgあたりのそれぞれの生きた細胞の数で表す。この結果より、BSAを含む組成物2は、BSAを含まない組成物1と比べて、細胞の生存維持能力を高めることが示された。さらに興味深いことに、組成物2で保存した組織において、対照よりも多くの生きた細胞が検出された。
【0084】
【表4】
【0085】
(実施例2:BSAの影響の評価2)
表5に記載の成分を超純水に溶解し、組成物3~5を調製した。続いて、健常人由来PBMC1×106個を組成物約5mLと混合し、0℃~1℃の温度で保存した。24時間後、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。
【0086】
【表5】
【0087】
結果を表6に示す。各細胞の割合は、BSAの添加量を変化させた組成物3~組成物5の間でほとんど同じであった。
【0088】
【表6】
【0089】
(実施例3:乳酸イオン濃度の影響の評価)
表7に記載の成分を超純水に溶解し、組成物6~9を調製した。続いて、患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物6約15mLに、肺がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物7~9約15mLに浸漬させ、0℃~1℃の温度で保存した。24時間後、組成物をアスピレーターで除去し、TTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は、同様に操作した。
【0090】
【表7】
【0091】
結果を表8~10に示す。いずれの細胞においても、CTLA-4の発現は対照と同程度であった。一方、L-乳酸ナトリウムの増加に伴い、特にTregにおいて、PD-1の発現は増加する傾向にあった。
【0092】
【表8】
【0093】
【表9】
【0094】
【表10】
【0095】
(実施例4:ナトリウムイオン濃度の影響の評価)
表11に記載の成分を超純水に溶解し、組成物10~13を調製した。続いて、マウスから摘出した脾臓約20mg(2ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLに浸漬させ、0℃~1℃の温度で保存した。24時間後、組成物をアスピレーターで除去し、TTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表2に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は同様に操作した。
【0096】
【表11】
【0097】
結果を以下に示す。いずれの組成物においても、リンパ球、CD4+細胞、Treg、CD8+細胞は対照と同程度の割合で検出された。CD3+細胞は、組成物9および組成物10において、対照と同程度の割合で検出された。組成物中のナトリウムイオン濃度が低いと、PD-1の発現が増加する傾向が認められた。
【0098】
【表12】
【0099】
(実施例5:多糖類添加の影響)
表13に記載の成分を超純水に溶解し、以下の組成を有する組成物14~16を調製した。続いて、患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLに浸漬させ、0℃~1℃の温度で保存した。48時間後、組成物をアスピレーターで除去し、TTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は同様に操作した。
【0100】
【表13】
【0101】
結果を表14に示す。いずれの組成物においても、それぞれの細胞の割合は、対照と同程度であった。
【0102】
【表14】
【0103】
(実施例6:保存温度の影響)
GIBCO(登録商標)D-PBS(-)(Thermo Fisher Scientific社、カタログナンバー:14190)942mLに超純水58mLを加え、次いでBSAおよびL-乳酸ナトリウムを加えることで組成物17を調製した。続いて、マウスから摘出した脾臓約20mg(2ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLに浸漬させ、氷上および4℃で保存した。48時間後、アスピレーターで組成物を取り除き、TTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表2に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は同様に操作した。
【0104】
【表15】
【0105】
結果を表16に示す。組織10mgあたりの細胞の数において、氷上で保存した組織からは、対照と同程度の細胞が検出されたが、4℃で保存した組織では、TregおよびCD8+細胞の減少が認められた。細胞の割合については、どちらの条件でも対照と同程度であった。
【0106】
【表16】
【0107】
【表17】
【0108】
(実施例7:カルシウムイオンの影響)
表7に記載の成分を超純水に溶解し、組成物7を調製した。また、比較として、0.2%BSAを含むグルコース不含RPMI培地(Thermo Fisher Scientific社)を用意した。続いて、健常人由来PBMC1×106個を組成物約5mLまたはRPMI培地約5mLに懸濁させ、0℃~1℃の温度で保存した。24時間後、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は、同様に操作した。
【0109】
結果を表18に示す。RPMI培地で保存したPBMCでは、CTLA-4の発現が顕著に高まることが示された。これは、RPMI培地に含まれるカルシウムイオンが、CTLA-4の発現を増強させたものと考えられる。
【0110】
【表18】
【0111】
(実施例8:ヒト由来腫瘍組織における本開示の組成物の性能評価1)
GIBCO D-PBS(-)942mLに超純水58mLを加え、次いでBSAおよびL-乳酸ナトリウムを加えることで組成物18を調製した。また、表19に記載の成分を超純水に溶解し、組成物19を調製した。続いて、患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLに浸漬させ、0℃~1℃の温度で保存した。72時間後、アスピレーターで組成物を取り除きTTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は同様に操作した。試験は、対照はn=4で行い、それ以外はn=3で行った。
【0112】
【表19】
【0113】
結果は表20および表21に、平均および標準偏差(SD)で表す。どちらの組成物においても、組織10mgあたりの細胞の数は、対照と同等以上であった。また、各細胞の割合は、どちらの組成物においても対照とほとんど変わらなかった。したがって、本開示の組成物は、TILを腫瘍局所にあった状態に維持したまま、腫瘍組織を長時間保存できることが示された。
【0114】
【表20】
【0115】
【表21】
【0116】
(実施例9:ヒト由来腫瘍組織における本開示の組成物の性能評価2)
既存の細胞の保存液と、本開示による組成物との性能を比較した。GIBCO D-PBS(-)942mLに超純水58mLを加え、次いでBSA、L-乳酸ナトリウムおよびトレハロースを加えることで組成物20を調製した。続いて、患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を、組成物20またはHypoThermosol(登録商標)(HemaCare社)約15mLに浸漬させ、0℃~1℃の温度で保存した。48時間および72時間後、TTDR7mLを加え、室温で15分間、穏やかに振とうしながら組織を酵素で処理した。次に、表1に記載する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、試料懸濁液を洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は同様に操作した。試験は、対照および48時間はn=3で行い、72時間はn=2で行った。
【0117】
【表22】
【0118】
結果を表23~26に示す。本開示の組成物20で保存した組織からは、HypoThermosolで保存した組織からよりもより多くの生きた細胞が検出された。これは、本開示の組成物が、既存の保存液よりも細胞の生存維持能力を高めることができることを示す。また、図1図3に示すように、HypoThermosolで保存した組織では、72時間後において、CD8の発現が著しく低下することが示されたが、本開示の組成物で保存した組織では対照と同程度であった。したがって、この結果から、本開示の組成物は、TILを腫瘍局所にあった状態に維持したまま、腫瘍組織を保存できることが示された。
【0119】
【表23】
【0120】
【表24】
【0121】
【表25】
【0122】
【表26】
【0123】
(実施例10:ミエロイド系細胞に対する本開示の組成物の性能評価)
ミエロイド系細胞に対する本開示の組成物の性能を評価した。ここで、ミエロイド系細胞とは、骨髄に由来する好中球、好酸球、好塩基球とこれらの前駆細胞を意味する。まず、表19に記載の成分を超純水に溶解し、組成物18を調製した。次に、患者から摘出した大腸がん由来腫瘍組織約30mg(3ピース:約10mg/ピース)を組成物約15mLに浸漬し、0~1℃で保存した。48時間および72時間後、表27に列挙する試薬類を加え、細胞を標識した。標識後、洗浄し、フローサイトメーターで分析した。対照は、組成物による保存を行わず、摘出した組織を直ちに酵素処理した以外は、同様に操作した。試験はn=3で行った。
【0124】
【表27】
【0125】
フローサイトメトリーの結果は、まず生きた細胞を同定し、そこからリンパ球細胞集団以外の集団を解析対象として、さらにCD14が陰性かつHLAが陰性または低発現細胞(CD14-HLAneg/low細胞)と、CD14が陽性かつHLAが陰性または低発現細胞(CD14+HLAneg/low細胞)と、CD14およびHLA陽性細胞(CD14+HLA+細胞)とをそれぞれ展開した。それぞれの細胞において、CD11b+CD11c+細胞、およびCD11b+CD33+細胞をさらにゲーティングした。CD14+HLA+細胞集団においては、CD68が陰性かつCD163が陰性の細胞(CD68-CD163-細胞)、およびCD68が陰性かつCD163が陽性の細胞(CD68-CD163+細胞)もまたゲーティングした。
【0126】
結果を表28~29に示す。いずれの時間においても、対照と同等以上の数の細胞が検出された。また、各細胞の割合は、対照とほとんど同じであった。したがって、本開示の分析方法は、ミエロイド系細胞においても、細胞の状態を維持したまま、より多くの生きた細胞を検出できることが示された。
【0127】
【表28】
【0128】
【表29】
図1
図2
図3