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特開2024-157695下水道の硫化水素抑制方法及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157695
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】下水道の硫化水素抑制方法及びその用途
(51)【国際特許分類】
   E03F 3/04 20060101AFI20241031BHJP
   E03F 5/02 20060101ALI20241031BHJP
   E03F 5/22 20060101ALI20241031BHJP
   C02F 1/00 20230101ALI20241031BHJP
【FI】
E03F3/04 Z
E03F5/02
E03F5/22
C02F1/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023072201
(22)【出願日】2023-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】591177129
【氏名又は名称】エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106448
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 伸介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 邦威
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一哉
【テーマコード(参考)】
2D063
【Fターム(参考)】
2D063BA20
2D063DA00
2D063DC05
(57)【要約】
【課題】好気条件及び嫌気条件下の下水道管路内の硫化水素の発生を阻止し得る簡易かつ安価な方法と、その結果、道路陥没事故の可能性を減らす方法を提供する。
【解決手段】本発明の下水道の硫化水素抑制方法及び道路陥没事故の防止方法は、下水道管渠又はその付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下水道の硫化水素抑制方法であって、上記下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む、前記下水道の硫化水素抑制方法。
【請求項2】
前記腐植ペレットを設置することによって、前記下水道管渠を流れる下水の善玉菌占有率を50%以上にすることを特徴とする、請求項1に記載の下水道の硫化水素抑制方法。
【請求項3】
下水の日流量に対する前記腐植ペレットの設置量は、0.1kg/日流量m3以上である、請求項1に記載の下水道の硫化水素抑制方法
【請求項4】
前記付随施設がポンプ処理場である、請求項1に記載の下水道の硫化水素抑制方法。
【請求項5】
上記下水道の管渠又は付随施設が嫌気状態にある、請求項1に記載の下水道の硫化水素抑制方法。
【請求項6】
道路陥没事故の防止方法であって、道路下の下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む、前記道路陥没事故の防止方法。
【請求項7】
前記腐植ペレットを設置することによって、前記下水道管渠を流れる下水の善玉菌占有率を50%以上にすることを特徴とする、請求項6に記載の道路陥没事故の防止方法。
【請求項8】
下水の日流量に対する前記腐植ペレットの設置量は、0.1kg/日流量m3以上である、請求項6に記載の道路陥没事故の防止方法。
【請求項9】
前記付随施設がポンプ処理場である、請求項6に記載の道路陥没事故の防止方法。
【請求項10】
上記下水道の管渠又は付随施設が嫌気状態にある、請求項6に記載の道路陥没事故の防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下水道の硫化水素抑制方法及びその用途に関し、より詳細には下水道管渠内の硫化水素発生を抑制する方法及びそれを用いて道路陥没事故を防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下水道は、管渠、マンホール、ポンプ場等で構成され、住宅地、店舗、工場、橋上等から集めた汚水や雨水を終末処理場まで流下させる役割を担う。下水道管渠は、外圧、衝撃や腐食に充分耐えるように、陶器、無筋・鉄筋コンクリート、鋳鉄のような金属、塩化ビニル等が採用される。管渠は、下水道施設設計指針に従って計画下水量に対して0.6m~3.0m/秒となるように設計されている。下水の流速が小さいと管渠底部に汚物が沈殿し易く、逆に流速が大きいと管渠を損傷して管渠の耐用年数を短くする。
【0003】
道路の陥没事故が、2017年(平成29年)度に9526件発生し、最近は年間1万件を超え、毎年増加傾向を示している。道路陥没事故の原因は、道路下の地盤の空洞化であるが、その70%以上が道路排水施設、道路側溝、下水道管渠や雨水管渠に関係する。
【0004】
道路陥没事故の原因の一つに下水道管渠内で発生する硫化水素及び硫酸による管渠の損傷がある。そのメカニズムを、図1を用いて説明すると、コンクリート構造物からなる下水道管渠の底部に下水汚泥や汚物が沈殿又は滞留すると、その一帯は嫌気性状態になり易い。嫌気性状態で活動する硫酸塩還元菌は、下水や汚泥内の硫酸塩(SO4 2-)を硫化水素ガス(H2S)に変える。硫化水素ガスは、汚水や汚泥から水面上に放散する。硫化水素ガスは、空気より重いので拡散せず、結露と硫黄酸化細菌とによって硫酸(H2SO4)に変化する。生成した硫酸はコンクリート表面から内部に浸入してコンクリート中のアルカリ成分(CaO)と化学反応して、二水石膏(CaSO4・2H2O)やエトリンガイド(3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)を生成する。これらの化合物が、コンクリートを膨潤させ、粉状に崩壊させる。崩壊したコンクリート部分からは、汚水が漏れ出て、道路下の地盤を構成する土砂を下流に押し流す。土砂が流れ出た所に空洞部が生じる。空洞が拡がると、最悪の場合、道路陥没事故を引き起こす。下水道管渠が鋳鉄管のような金属でも、管渠腐食のメカニズムと道路陥没事故の危険性は上記と同様である。
【0005】
道路陥没事故対策への管理目標として、日本では主に表1に示すような空気注入法、酸素注入法及び硝酸塩注入法が採用される。これらの方法では、管渠内を嫌気性(還元)状態から好気性(酸化)状態にして、硫酸塩還元菌の活動を抑制することを目指す。
【0006】
【表1】
【0007】
米国の管理目標は、より具体的に、
(イ)下水中の溶存酸素濃度を0.5ppm以下、あるいはORP(酸化還元電位)を+100mV以上とする、
(ロ)下水中の溶存硫化物濃度を0.1~0.3mg/l以下とする、
(ハ)気相中の硫化水素濃度を3~5ppm以下とする、
(ニ)管路又は槽の表面のpHを4以上にする、
である。
【0008】
日本及び米国の管理目標はともに、管渠内の汚水を還元状態から酸化状態にするものであるが、しかし、下水管路は市街地に網目のように敷設されており、その全部に空気や酸素を充分に蔓延させて、管渠内全体を酸化状態にすることは到底困難といえる。
【0009】
管渠内の汚水を酸化状態に維持することは容易でない中で、現状の下水道技術は、下水管渠内の硫化水素の発生を自然現象として容認し、発生してしまう硫化水素を表1に示すポリ鉄でFeSとして固定化することで硫化水素の発生を阻止する。しかし、ポリ鉄注入法は、後述の比較例1に示すように、硫化水素の抑止策として十分とはいえず、根本的なコンクリートの損傷防止策となっていない。表1のポリ鉄を構成する硫黄原子が終末処理場で硫化水素発生源になるとの報告もある。さらに、ポリ鉄注入法は、安価な方法といえない。
【0010】
非特許文献1は、硝酸イオンによる硫酸塩還元細菌の働きの抑制と、鉄イオンによる硫化物の固定化の両方を企図する鉄含有硝酸塩注入法を提案する。この方法でも、硝酸塩注入法とポリ鉄注入法の欠点は解消されない。
【0011】
硫化水素の発生は、コンクリートや金属の腐食問題の他に、表2に示すように、人体にとって非常に毒性であり、また臭気による環境汚染をもたらすという問題もある。
【0012】
【表2】
【0013】
以上のように、下水道管渠内の硫化水素の発生は、道路設備、環境及び人体へ甚大な影響を与えるので、硫化水素の発生抑制・除去する技術開発は、重要課題といえる。
【0014】
硫酸塩還元細菌のような嫌気性菌が増殖し易い状態や環境であっても、菌の活動や増殖を抑制できることが好ましい。嫌気性環境にある菌を殺菌する手段として下水に塩素を注入することが考えられるが、塩素が市街地へ漏洩した場合には人命を危険に晒してしまう。
【0015】
本発明者等は、腐植抽出液を抗菌剤として使用する技術を長年にわたって開発してきた。例えば特許文献1には、腐植抽出液が大腸菌等の悪玉菌を殺傷する能力を有することが記載されている。しかし、下水管渠内は、住宅地等から下水が絶え流れ、下水中には有機物が含まれているので、自然状態で微生物を減らすことはできず、常に下水の腐敗や硫化水素が生じる環境にある。下水管渠に腐植抽出液を添加するとなると、常時、大容量の腐植抽出液が必要となり、費用面で実用的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2009-230184(腐植抽出液の製造方法)
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】戸嶋達郎等, ”汚水管路における鉄含有硝酸塩を用いた硫化水素抑制効果に関する実例”,下水道協会誌, vol.56, 2019, No.684, p128-131
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
従来の下水道技術では下水道管渠内で発生する硫化水素を阻止又は除去することは困難であって、道路陥没事故を有効に防げていないのが現状である。そして、下水道管渠内が嫌気性条件下であっても、硫化水素の発生を阻止するような技術開発が必要である。
【0019】
そこで、本発明の課題は、従来の下水道技術を根本から見直し、好気性及び嫌気性のいずれの条件下でも、下水道管渠内の硫化水素の発生を阻止し、その結果、道路陥没事故を減らすことを簡易かつ安価に行う方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
下水道管路内を好気性状態にすることが困難な状況において、本発明者等は、嫌気性状態でも硫酸塩還元菌を含む悪玉菌の活動や増殖を抑制する方法を鋭意検討した結果、意外にも下水道管渠に腐植ペレットを設置して、汚水や汚泥中に善玉菌を増殖させ、悪玉菌を抑制することで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、下水道の硫化水素抑制方法であって、上記下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む、前記下水道の硫化水素抑制方法を提案する。
【0021】
本発明はまた、下水道の硫化水素抑制方法の用途として、道路陥没事故の防止方法であって、道路下の下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む、前記道路陥没事故の防止方法を提供する。以下、本発明の下水道の硫化水素抑制方法及び道路陥没事故の防止方法をあわせて、本発明の方法又は本発明の腐植ペレット注入法ということがある。
【0022】
本発明の方法は、前記腐植ペレットを設置することによって、特に前記下水道管渠を流れる下水の善玉菌占有率を50%以上にすることが好ましい。前記善玉菌という用語は、本明細書において、汚水や汚泥を醗酵はするが有害ガスを産出しない菌の意味で使用され、主としてバチルス属細菌を含む。
【0023】
下水の日流量に対する前記腐植ペレットの設置量は、0.1kg/日流量m3以上であることが好ましい。
【0024】
前記付随施設には、例えばポンプ処理場(中継ポンプ場)が含まれる。
【0025】
上記下水道の管渠又は付随施設は、嫌気状態にあってもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明の下水道の硫化水素抑制方法は、腐植ペレットの腐植成分が管渠や付随施設内の汚水や汚泥中の悪玉菌を滅菌するだけでなく、汚水や汚泥内の善玉菌比率を上げることによって、腐植ペレットを設置した場所の下流にある下水道管渠や付随施設全体を悪玉菌の増殖や活動を抑制するバイオリアクターに変更する。このバイリアクターが、汚水や汚泥の腐敗を抑制し、さらに硫化水素の発生も抑制する。腐植ペレット注入法による硫化水素発生抑制の詳細なメカニズムは定かでないところ、本発明を限定する意味でないが、ヒトの大腸環境で善玉菌に対して悪玉菌や日和見気菌の比率が高いと病気や老化が進行し、逆に悪玉菌や日和見菌に対して善玉菌の比率が高いと健康になるのと同様な現象が起きていると考えられる。このような考え方は、嫌気性(還元)状態を好気性(酸化)状態に変更することで硫酸塩還元菌等の活動を抑え、また発生してしまった硫化水素をポリ鉄等で固定化するという従来の硫化水素抑制技術とは全く相違する。
【0027】
本発明の方法は、腐植ペレットを下水道の管渠又は付随施設に設置すればよく、下水道管渠内が好気性状態、嫌気性状態のいずれの状態であってもよい。腐植ペレットの効力は長期間維持され、その更新も非常に容易である。したがって、本発明の方法は、ポリ鉄や腐植抽出液のように絶えず補充する必要がない点で、簡易かつ安価な方法といえる。
【0028】
本発明の方法は、下水道の管渠や付随設備と接する気相の硫化水素濃度を規制基準以下に下げるので、環境への臭気対策になり、また人体に対する危険性を大幅に減じる。
【0029】
本発明の方法は、硫化水素を終末処理場まで送り込まず、汚水処理に障害を及ぼすこともない。
【0030】
本発明の下水道の硫化水素抑制方法は、腐植ペレットを設置した場所の下流の下水道管渠や付随施設の浄化が進み、最終的に硫化水素の発生がなくなる状態へもってゆく。その結果として、硫化水素が原因となる道路陥没事故やポンプ場や終末処理場の設備損傷を予防することが充分に期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】下水道管渠内で発生する硫化水素及び硫酸による管渠損傷のメカニズムを示す。
図2】市中の下水道の管渠及び付随施設のフローを示す。
図3】比較例1(ポリ鉄注入試験)及び実施例2(腐植ペレット注入試験)の試験前のポンプ場水路の汚水面に接する気相の硫化水素濃度の日間変動を示す。試験前の測定期間中の硫化水素濃度は、2ppm~923ppm(平均281ppm)と極めて高い濃度を示した。
図4】本発明に従う腐植ペレット注入法を行った実施例2において、腐植ペレット入り細目状袋収納支持枠をポンプ場水路内に設置したモデル図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の実施の形態をより詳細に説明する。本発明の腐植ペレット注入法は、下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを要する。下水道管渠は、住宅地、工場、店舗街等の汚水発生源からポンプ場を経由して終末処分場に至るすべての下水道管渠を含む。上記付随施設には、ポンプ処理場(中継ポンプ場)、マンホール等が含まれる。下水道の管渠又は付随施設の下水の流量や流速に特に制限はない。
【0033】
本発明に用いる腐植ペレットの原料である腐植物質は、腐植土を含水率50~80%に保って明反応させることにより得られる。一定の含水率の下での明反応は、暗反応で生成した補酵素NADP(酸化型、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を、NADPH2(還元型)に変換し、さらに水素イオンを遊離する。暗反応で生成したADPは、明反応でATPに変化される。この明反応による補酵素の生成により、生物反応を一層活性化することができる。
【0034】
具体的には、前記腐植土は、落葉樹の落ち葉、樹木などの有機物由来の分解・生合成物が、通常、例えば約8000年間以上の間、地下に埋蔵されて、腐植化されたものである。このような腐植土を掘削した後、明反応を行なわせる。すなわち、太陽光の下、通常、1~12ヶ月、好ましくは3~12ヶ月、特に好ましくは、6~12ヶ月放置する。地上の腐植土の含水率は、50~80%であり、好ましくは50~70%、さらに好ましくは50~65%と、発酵に適した含水率を維持する必要がある。腐植土全体を均一に明反応(発酵と熟成)させるために、時々、切り返しを行うことが好ましい。腐植土は、掘削時にpH=約7の中性であるが、地上での明反応を進めると、1ヶ月経過後にはpH=3程度になる。1年経過後しても、pHの大きな変化はなく、pH=2.6~3.3になる。
【0035】
得られた腐植に酢酸マグネシウムカルシウム水和物を添加することにより、腐植物質の活性化向上を図ってもよい。上記成分のほかに、適宜、アミノ酸の一種であるシステインを添加混合してもよい。溶藻性微生物を含む微生物を円滑に増殖させるために、前記腐植に軽石を混合することが好ましい。特に、できるだけ多種類のミネラルを含む軽石が好ましい。
【0036】
腐植が徐々に共同結合体を形成するという特徴を活かして、上記で得られた腐植を適宜の形状に固める。腐植ペレットの形状は、特に制限されないが、例えば直径20mm×長さ15~30mmの円筒形である。腐植ペレットは、市販のものでもよく、例えば製品名SP-201(エンザイム株式会社製)が挙げられる。
【0037】
腐植ペレットは、腐植抽出液や腐植粉剤と違って系外へ排出されないので、腐植ペレットの設置後に正常な反応系が継続することが本発明の大きな利点である。また、設置場所は、嫌気性及び好気性のいずれの状態であってもよいが、本発明の腐植ペレット注入法は、従来技術では硫化水素の発生を阻止し難い嫌気性状態で効果を発揮する。
【0038】
腐植ペレットを下水道管渠又はその付随施設に設置する方法には、特に制限がない。例えば図4に示すように、一定量の腐植ペレットを入れた網状袋体を鋼製支持枠に担持させた後、下水道管渠等を流れる汚水に網状袋体の一部又は全部が浸かるように設置する。設置した鋼製支持枠が水流で移動しないように、固定手段(図4ではチェーン)を介して管渠等に固定する。腐植ペレットの設置場所は、2か所以上に分散させてもよい。
【0039】
汚水や汚泥中の善玉菌占有率は、下記式:
【数1】
で定義される。善玉菌及び全菌数の測定方法は、常法に基づく。
【0040】
本明細書において、善玉菌は、汚水や汚泥を醗酵はするが、有害ガスを算出しない菌を意味し、その例は主としてバチルス属細菌を含み、その他に乳酸菌を含んでもよい。悪玉菌は、汚泥や汚水を腐敗させ、アンモニア、硫化水素等の有害ガスを産出させるような菌を意味し、その例には、硫酸塩還元菌、硫黄酸化菌、大腸菌、緑膿菌、ウエルシュ菌、黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌等を含む。
【0041】
本発明において、汚水の善玉菌占有率の下限は、通常、50%でよく、好ましくは70%、特に好ましくは80%で管理される。下限が上記範囲より低いと、汚水や汚泥の腐敗が進み、汚水からの硫化水素の発生を効率良く阻止できない場合がある。逆に、汚水の善玉菌占有率の上限は特に制限されない。
【0042】
腐植ペレットの設置量は、下水の流量、管渠に沈積した汚物の推定堆積量等に応じて適宜決めればよい。下水の日流量(m)に対する腐植ペレット設置量(kg)の下限は、通常、0.1kg/日流量m3でよく、好ましくは0.2kg/日流量m3であり、さらに好ましくは0.24kg/日流量m3である。上記の下限よりも低過ぎると、管渠内の硫化水素の発生を阻止する効率が低下し、阻止効率を維持するためにペレット更新の頻度が増す場合がある。腐植ペレットの設置量の上限は、通常、10kg/日流量m3でよく、好ましくは1kg/日流量m3であり、さらに好ましくは0.3kg/日流量m3である。
【0043】
腐植ペレットの更新、交換又は補充の時期は、腐植ペレット設置量、腐植ペレットの消失状況、善玉菌占有率の推移や硫化水素の発生状況に応じて適宜決めればよい。腐植ペレットの使用期間の上限は、通常、24ヶ月でよく、好ましくは18ヶ月であり、特に好ましくは12ヶ月である。逆に、使用期間の下限に特に制限はないが、短すぎるとコスト高となり得る。
【0044】
本発明によれば、腐植ペレットを設置した場所の下流において、腐植ペレットの腐植成分が硫酸塩還元菌を含む悪玉菌を抑制し、さらにバチルス属菌などの善玉菌を増殖して悪玉菌をより一層抑制し、汚泥や汚水の腐敗と硫化水素の発生を抑制する。腐植ペレットの設置場所よりも上流側であって、好気的条件下にある等の理由で硫化水素の発生が少ない管渠等には、マンホール、大気開放部等から腐植ペレットや腐植粉剤(例えば、製品名SP-70、エンザイム社製)を定期的に投入して、管渠の底に堆積している汚物の腐敗を防いでもよい。
【0045】
本発明はまた、下水道の硫化水素抑制方法の用途を提供する。その用途として、下水道管渠内での硫化水素の発生による道路陥没事故の発生を防止する方法、前記硫化水素による下水道のポンプ場や終末処理場の機械・器具等の設備の損傷を防止する方法等である。
【0046】
上記道路陥没事故の防止方法は、具体的には、道路下の下水道の管渠又は付随施設の硫化水素発生域又はその上流に腐植ペレットを設置することを含む、前記道路陥没事故の防止方法を提供する。発明の内容の詳細は、下水道の硫化水素抑制方法で説明したのと同様である。
【実施例0047】
以下に、本発明に従う実施例を用いて、本発明をより詳細に説明する。しかし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
〔実施例1〕
本発明の腐植ペレット注入法が、下水道管渠又はその付随施設を流下する汚水内の悪玉菌の増殖抑え、善玉菌の比率を上げることで、硫化水素の発生を防ぐことを確かめる実験を行った。実験内容の詳細を以下に示す。
【0049】
腐植土をペレット化した腐植ペレット(製品名SP-201、エンザイム社製)を用意した。ペレットの物性を表3に示す。
【表3】
【0050】
農村集落の排水施設の好気処理槽(容積120m3)及び嫌気処理槽(容積120m3)の各槽に上記腐植ペレット24kgを浸漬した。いずれの処理槽にも汚水が100m3/日通過したので、1日当たりの汚水流量に対するペレット設置量は、0.24kg/日流量m3(=ペレット24kg÷日流量100m3)となった。
【0051】
腐植ペレットの使用開始から1年後、好気処理槽と嫌気処理槽の菌数を測定した。両槽内の全菌数と善玉菌(バチルス属菌)数を測定値とそれから求めた善玉菌の占有率を表4に示す。
【0052】
【表4】
【0053】
表4に示すように、善玉菌であるバチルス属菌は、還元状態にある嫌気処理槽で全菌数の86%を占めた。悪玉菌比率14%では、汚泥から臭気はなく、硫化水素の発生もなかった。両槽から回収した脱水ケーキは、1か月放置しても腐敗しなかった。上記の結果から、当初はほぼ全数悪玉菌を含む汚水処理槽は、腐植ペレットの添加によって、善玉菌のバチルス属菌が徐々に増え、結果として、腐敗と硫化水素が生じなくなったといえる。
【0054】
上記の本発明の腐植ペレット注入法によれば、下水道の硫化水素発生域に腐植ペレットを設置することで、そこの悪玉菌を退治するだけでなく善玉菌を持続的に増やすバイオリアクターに変える。このバイオリアクターで善玉菌を高い占有率で増殖させ続けると、下水や汚泥の腐敗が止まるだけでなく、硫酸塩還元菌を含む悪玉菌の増殖や活動を抑制し、結果として硫化水素の発生が抑えられることが判明した。
【0055】
上記実験では善玉菌占有率が86%を示したが、これから、善玉菌占有率は、通常、50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上であれば硫化水素発生が十分に低減するといえる。仮に硫化水素が少量発生したとしても、腐植ペレットはキレート反応で硫化水素を除去する能力も有する。
【0056】
〔比較例1、実施例2〕
実施例1で示した本発明の腐植ペレット注入法が善玉菌の増殖と悪玉菌の抑制を行ったことで、汚水や汚泥の腐敗と硫化水素の抑制が可能であることを確認したので、実規模の下水道管渠で本発明の効果を検証する試験を行った。
【0057】
〔実験系〕
実験に使用した日本国内の市街にある下水道の管渠及び付随施設のフローを図2に示す。住宅地等の汚水源から排出される汚水は、Φ500mmの下水道管渠(断面積0.20m2)を2km流れた後、下水道の付随施設であるポンプ場を通過して、さらに約7km先の終末下水処理場に達している。
【0058】
ポンプ場への下水の流量は2500m3/日であったので、ポンプ場に流下する時点の管渠の下水の流速は、0.145m/sec(=2500m3/24*60*60sec/0.2m2)であった。この数値は、下水道施設設計指針の0.6~3.0m/secよりも大幅に低かった。したがって、住宅地等の汚水源からポンプ場へ至る管渠の底部には汚物が沈積して、管底で汚水や汚泥の腐敗と硫化水素が大量に発生し易い状況にあったと考えられた。
【0059】
2021年9月7~17日の10日間、上記ポンプ場の水路の汚水面に接する気相の硫化水素濃度を測定した。硫化水素濃度の日間変動を図3に示す。上記測定期間中の硫化水素濃度は、最小値2ppm~最大値923ppm(平均281ppm)で推移した。この数値範囲は、表2に示す生命の危険に達する高濃度であり、また、硫化水素除去対策をとらないと、管渠は急速に損傷し、道路陥没事故が起こると予想された。
【0060】
管渠内の下水の流速0.145m/secから、住宅地等の汚水排出源から2km先のポンプ場への下水到達時間は3時間50分と計算され、この間の管渠内で硫化水素が大量発生していたことになる。ポンプ場よりも上流の管渠底には汚物が堆積しており、そこでの腐敗と硫化水素の発生が起きていたと考えられる。
【0061】
〔比較例1〕
上記の状況下にあるポンプ場の水路において、ポリ鉄注入法による硫化水素除去試験を一般的で仕様で行った。2021年9月19~10月1日の12日間にわたるポリ鉄注入試験中、ポンプ場の水路の汚水面に接する気相の硫化水素濃度を測定した。測定期間中の硫化水素濃度は、最小値ND~最大値202ppm(平均値12ppm)で推移した。汚水の平均温度は、27℃に低下した。
【0062】
ポンプ場の下水の硫化水素濃度は、ポリ鉄注入法によって平均値12ppmまで改善されたものの、自治体が推奨する労働安全衛生法の硫化水素基準である10ppm以下を上回る点で不充分であった。硫化水素濃度が最大202ppm示したことから、下水に多量の硫化水素が残存することが明白であった。このような下水がポンプ場で流下すると終末処分場までの管渠を徐々に損傷する可能性が残り、陥没事故の危険性がなくなったとはいえなかった。
【0063】
〔実施例2〕
比較例1の試験から1年後、図4に示す本発明に従った腐植ペレット注入法を、以下の仕様で行った。まず、腐植ペレット(製品名:SP-201、エンザイム社製)を細目状袋に7.5kg入れたペレット入り細目状袋体11を合計54個作製した(腐植ペレット総量405kg)。横500mm×縦500mm×高さ800mmの鋼製支持枠12に上記ペレット入り細目状袋を3~4個ずつ入れて、腐植ペレット入り細目状袋体を収納した支持枠(以下、腐植ペレット収納支持枠という)を14個作製した。ポンプ場水路1内に上記腐植ペレット収納支持枠12を合計14個設置し、移動しないようにチェーン13で固定した。
【0064】
ポンプ場水路1の下水流量は2500m3/日あったので、1日当たりの汚水流量に対するペレット設置量は0.162kg/日流量m3(=ペレット405kg÷2500m3)となった。
【0065】
上記腐植ペレット収納支持枠設置後10日目から現在に至る100日間、ポンプ場の水路の汚水面に接する気相の硫化水素濃度を測定した。測定期間中、汚水面に接する気相の硫化水素濃度は最小値ND~最大値5ppm(平均1ppm)で推移した。この数値範囲は、比較例1のポリ鉄注入法の硫化水素濃度の測定値よりも低く、したがって本発明の腐植ペレット注入法は、従来技術のポリ鉄注入法よりも優れる。また、最大値5ppmという数値は、上記の米国管理目標(ハ)の3~5ppm以下と合致しており、本発明に従う腐植ペレット注入法によれば、下水道の管渠又は付随設備の硫化水素濃度を抑制し、道路陥没事故を防止するレベルに達したといえる。
【0066】
【表5】
【0067】
上記試験は、ポンプ場から終末処理場までの区間の硫化水素抑制対策となっており、すなわち、ポンプ場~終末処理場までの下水道管渠は、腐植ペレットを設置するよりも前に沈積していた汚泥によって発生する硫化水素を明らかに低減した。本発明の腐植ペレット注入法を継続することで、腐植ペレットを設置したポンプ場下流の下水道管渠の浄化が進み、最終的に硫化水素の発生がなくなると予想される。本発明の腐植ペレット浸漬法を用いれば、コンクリートの自然な老化現象は避けられないが、硫化水素が原因となる道路陥没事故を予防することが充分に期待できるといえる。
【符号の説明】
【0068】
1 ポンプ場水路
11 腐植ペレット入り網状袋体
12 鋼製支持枠
13 固定手段(チェーン)
図1
図2
図3
図4