(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157856
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】歯周病リスクの検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20241031BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20241031BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20241031BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALN20241031BHJP
【FI】
C12Q1/06 ZNA
C12M1/00 A
C12M1/34 Z
C12M1/34 D
C12Q1/6869 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023072478
(22)【出願日】2023-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤津 友基
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA23
4B029BB02
4B029BB20
4B029CC01
4B029FA01
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4B063QA13
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4B063QQ52
4B063QQ62
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR42
4B063QR62
4B063QR66
4B063QR72
4B063QR75
4B063QS03
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】汎用性の高い歯周病リスクの検出方法の提供。
【解決手段】被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び測定された細菌量の比(a/b)を基準値と比較する工程を含む、歯周病リスクの検出方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び測定された細菌量の比(a/b)を基準値と比較する工程を含む、歯周病リスクの検出方法。
【請求項2】
Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される1つ又は2つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定するものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
以下の(i)~(xi)のいずれかの細菌量の比(a/b)を測定するものである、請求項1記載の方法。
(i)Neisseria属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(ii)Haemophilus属の細菌量(a)のPrevotella属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(iii)Haemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(iv)Haemophilus属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(v)Cardiobacterium属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(vi)Cardiobacterium属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(vii)Neisseria属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(viii)Neisseria属及びCardiobacterium属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(ix)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のPrevotella属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(x)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(xi)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
【請求項4】
歯周病リスクが歯周病発症リスク又は歯周病初期の歯周病悪化リスクである、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
歯周病に対する予防又は治療的介入の前後の被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び細菌量の比(a/b)を増加させる介入を歯周病の予防又は治療効果がある介入と評価する工程を含む、該介入の評価方法。
【請求項6】
Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量、並びにSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量を測定するための試薬を含有する、請求項1~4のいずれか1項記載の方法に用いられる歯周病リスクの検出用キット又は請求項5記載の方法に用いられる介入の評価用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔常在菌を指標とした歯周病リスクの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病の原因細菌(歯周病関連菌)として、Red complexと呼ばれるPorphyromonas gingivalis、Tannerella forsythensis、Treponema denticolaの3菌種が重要視され、これらの菌が存在すると歯周病が重症化することが知られている(非特許文献1)。つまり、Red complexの3菌種を測定することで歯周病の進行を判断することが可能であり、例えば、唾液あるいは歯垢中のRed complexの3菌種の細菌数の合計した値と歯周病の進行度の関連が報告されている(非特許文献2)。
さらに、Red complexの3菌種の細菌数を合計した値とFusobacterium nucleatumの細菌数の比率を算出することで、歯周病初期の歯周病の悪化リスクを判定できるという報告がある(特許文献1)。
【0003】
歯周病はSilent diseaseとも呼ばれ、人々が歯周病を自覚するころには既に歯周病が進行・重症化しているケースが多く、歯周病の症状を自覚してから治療を開始したとしても高度な外科的治療が必要な場合が多いため、歯周病の発症前あるいは初期段階に歯周病リスクを予測する方法が求められている。
【0004】
一方で特許文献1や非特許文献2で活用されているRed complexは、偏性嫌気性細菌に属する菌種であり、歯周病が進行し、嫌気環境となる歯周ポケットが形成されて初めて検出される細菌であることから、歯周病の発症前あるいは初期段階の患者で指標として活用するには適していないと考えられる。さらに、Red complexは、歯周ポケット内に存在する菌種であることから、検体中からRed complexが検出されなかった際に、真に細菌量が0であるのか、もしくは適切に歯周ポケット内の検体を採取できていなかったのか判断がつかないことも、Red complexを対象とする細菌検査の課題である。
【0005】
Neisseria属、Haemophilus属は健康な口腔状態の人の口腔内から広く検出される属である(非特許文献3、4)。Neisseria属は歯周病菌の感染を防ぐことが報告されているが(特許文献2)、口腔内での役割に関しては不透明な部分が多い。Cardiobacterium属も口腔内で検出される属であるが、Neisseria属、Haemophilus属と比較するとその存在割合は低い。口腔内Cardiobacterium属に着目した研究はほとんど見受けられないが、食道扁平上皮がんの患者では唾液中Cardiobacterium属が少ないという報告がなされている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第7122337号公報
【特許文献2】特開2021-90416号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Socransky SS, et al. J Clin Periodontol. 1998 Feb;25(2):134-44
【非特許文献2】歯周疾患者における抗菌療法の診療ガイドライン 2010 日本歯周病学会編集
【非特許文献3】Kageyama S,et al. PLoS One. 2017 Apr 3;12(4): e0174782
【非特許文献4】南部 隆之、日本歯科保存学雑誌、2020年63巻2号 p. 127-130
【非特許文献5】Chen X, et al. PLoS One. 2015 Dec 7;10(12): e0143603
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、汎用性の高い歯周病リスクの検出方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、Red complexのような歯周病関連菌ではなく、健常者から歯周病患者まで広く口腔内に保有されている口腔常在菌に着目し、口腔常在菌の特定の属の存在割合の別の特定の属の存在割合に対する比を指標とすることで、歯周病関連菌が属する属単独の存在割合を指標とする場合と比べて、健常者や初期の歯周病患者を含めた幅広い対象について歯周病リスクを評価できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の1)~3)に係るものである。
1)被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び測定された細菌量の比(a/b)を基準値と比較する工程を含む、歯周病リスクの検出方法。
2)歯周病に対する予防又は治療的介入の前後の被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び細菌量の比(a/b)を増加させる介入を歯周病の予防又は治療作用がある介入と評価する工程を含む、該介入の評価方法。
3)Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量、並びにSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量を測定するための試薬を含有する、1)記載の方法に用いられる歯周病リスクの検出用キット又は2)記載の方法に用いられる介入の評価用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、健常者や初期の歯周病患者を含めた幅広い対象について歯周病リスクを評価することができ、ひいては評価結果に応じて適した予防又は治療措置を取ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】各検体の歯科臨床指標と口腔内より採取された生体試料中の菌属の存在割合データの類似度に基づくクラスター解析の結果。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0014】
本発明において、「歯周病」とは、歯垢中の細菌によって歯肉に炎症がひき起こされる炎症性疾患を意味し、歯肉炎と歯周炎を包含する。歯肉炎は、歯垢中の歯周病の原因細菌(歯周病関連菌)が歯周組織へ感染し、歯肉の炎症が惹起された病態である。この歯肉炎病態が放置され炎症が悪化すると歯肉の腫れや出血だけでなく、歯周ポケットが深くなり歯周炎病態に移行する。この歯周炎が進行することで、歯肉の退宿や歯根を支える歯槽骨の吸収を引き起こし、最終的に歯の脱落を招く。
【0015】
本発明において、「歯周病リスク」は、歯周病発症リスク(歯周病の罹患のし易さ)と歯周病悪化リスク(歯周病の悪化のし易さ)を包含する。すなわち、あるヒト個体が高リスク群であるとは、該ヒト個体が歯周病を発症する危険率が高い又は該ヒト個体の歯周病が悪化する危険率が高いと予想されることを意味し、あるヒト個体が低リスク群であるとは、該ヒト個体が歯周病を発症する危険率が低い又は該ヒト個体の歯周病が悪化する危険率が低いと予想されることを意味する。
【0016】
本発明において測定対象となる口腔常在菌は、Neisseria属菌、Haemophilus属菌、Cardiobacterium属菌、Saccharibacteria(TM7)[G-1]属菌、Prevotella属菌及びSelenomonas属菌である。後記実施例に示すように、Neisseria属菌、Haemophilus属菌及びCardiobacterium属菌は、口腔内で歯周病進行度とともに減少する菌であり、本明細書では健康菌と称する。一方、Saccharibacteria(TM7)[G-1]属菌、Prevotella属菌及びSelenomonas属菌は、口腔内で歯周病進行度とともに増加する菌であり、本明細書ではリスク菌と称する。
【0017】
後記実施例に示すように、被験者の歯科臨床指標としての全歯の歯肉炎指数(gingival index:GI)、出血指数(bleeding on probing:BOP)及び歯周ポケットの深さ(probing pocket depth:PPD)の値と口腔内から採取された生体試料における菌属の存在割合のデータを類似度に基づいてクラスター解析した結果、健康菌としてNeisseria属菌、Haemophilus属菌、Cardiobacterium属菌及びArachnia属菌が、リスク菌としてSaccharibacteria(TM7)[G-1]属菌、Prevotella属菌及びSelenomonas属菌が認められた。次いで、健康菌、リスク菌又は比較対象としての歯周病関連菌の菌属の存在割合のデータと、GI又はPPDとの相関解析を行ったところ、特定の健康菌の1菌属又は2菌属の存在割合の特定のリスク菌の1菌属の存在割合に対する比をとると、GIとの相関係数が、リスク菌の1菌属の存在割合を用いる場合と比べて高く、歯周病関連菌の1菌属の存在割合を用いる場合と比べても遜色なく、また、相関係数を算出できた判定可能数(評価可能な被験者数)が、リスク菌の1菌属の存在割合を用いる場合と比べて同等以上、歯周病関連菌の1菌属の存在割合を用いる場合と比べて大きく増加した。尚、判定可能数は、健康菌、リスク菌及び歯周病関連菌のそれぞれの特性を考慮して、以下の基準に従って算出した。健康菌は、健常者も歯周病患者も保有している口腔常在菌であり、唾液から歯垢まで広く検出可能であることから、存在割合が0%の場合は真に保有していないと考えることができる。よって、健康菌の存在割合が0%の被験者は解析対象とした。一方で、歯周病関連菌は、歯周病が進行した後に歯周ポケット内から検出される菌であることから、存在割合が0%の場合は、真に保有していないのか、実際には保有しているにもかかわらず検体採取部位が適切でなく採取できなかったのかの判断がつかない。よって、歯周病関連菌の存在割合が0%の被験者は解析対象から除外した。リスク菌についても、同様に存在割合が0%の被験者は解析対象から除外した。
【0018】
したがって、被験者の口腔内から採取された生体試料中のNeisseria属、Haemophilus属菌及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌の存在割合のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌の存在割合に対する比を指標として、当該被験者の歯周病リスクを検出することができる。細菌の存在割合の比は細菌量の比に相当するから、被験者の口腔内から採取された生体試料中のNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を指標として、当該被験者の歯周病リスクを検出することができる。
ここで、歯周病リスクを検出するとは、歯周病の発症の可能性、歯周病の悪化の可能性(好ましくは歯周病初期の歯周病の悪化の可能性)、歯周病の病態の進行度(好ましくは歯周病初期の歯周病の病態の進行度)、歯周病の予防又は治癒の程度や予防又は治療効果等を検出することを含むものとする。
【0019】
本発明において、「検出」という用語は、測定、判定、評価又は評価支援という用語で言い換えることもできる。なお、ここで、「判定」又は「評価」という用語は、医師による判定や評価を含むものではない。
【0020】
本発明の歯周病リスクの検出方法は、被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び測定された細菌量の比(a/b)を基準値と比較する工程を含む。本発明の歯周病リスクの検出方法は、歯周病発症リスク又は歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出方法として好適であり、歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出方法として特に好適である。ここで、「歯周病初期」とは、歯周ポケットの深さが健常範囲である一方で、歯肉炎症が認められる状態をいい、例えば、歯周治療の指針2015(特定非営利活動法人 日本歯周病学会編)で非歯周炎と分類される歯周ポケットの深さが4mm未満かつ歯肉炎症指数が0.2以上1.0未満の歯肉状態であることが挙げられる。
【0021】
本発明において、生体試料としては、被験者の口腔内細菌が含まれる検体、例えば、歯垢(プラーク)若しくは唾液、又は歯表面、舌表面若しくは頬粘膜より採取される試料等が挙げられる。このうち、リスク菌の回収効率の観点から、歯垢又は唾液が好ましく、歯垢がより好ましく、縁下歯垢がさらに好ましい。生体試料を採取する方法は、特に限定されず、試料の種類に応じて適宜選択すればよい。生体試料は、採取後すぐに次の操作に用いることもできるが、-80℃で凍結保存することも可能である。
【0022】
生体試料を採取される被験者は、性別や人種など特に限定されないが、歯周病リスクの検出を必要とするヒト又は歯周病リスクの検出を希望するヒトが好ましく、歯周病発症リスク若しくは歯周病悪化リスクの検出を必要とするヒト又は歯周病発症リスク若しくは歯周病悪化リスクの検出を希望するヒトがより好ましく、歯周病発症リスク若しくは歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出を必要とするヒト又は歯周病発症リスク若しくは歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出を希望するヒトがさらに好ましく、歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出を必要とするヒト又は歯周病初期の歯周病悪化リスクの検出を希望するヒトがさらに好ましい。
【0023】
本発明において、細菌量の比(a/b)としては、精度、判定可能数及び操作性の観点から、Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される1つ又は2つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)が好ましく、以下の(i)~(xi)のいずれかがより好ましい。
(i)Neisseria属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(ii)Haemophilus属の細菌量(a)のPrevotella属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(iii)Haemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(iv)Haemophilus属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(v)Cardiobacterium属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(vi)Cardiobacterium属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(vii)Neisseria属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(viii)Neisseria属及びCardiobacterium属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(ix)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のPrevotella属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(x)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属の細菌量(b)に対する比(a/b)
(xi)Cardiobacterium属及びHaemophilus属の細菌量(a)のSelenomonas属の細菌量(b)に対する比(a/b)
【0024】
生体試料中のNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)、並びにSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)を測定する手段は特に限定されないが、好適には、生体試料中の細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて、生体試料中の細菌属又は種を解析する方法が挙げられる。
以下、16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて生体試料中の細菌属又は種を分類、同定する方法を説明する。
【0025】
1)生体試料からのゲノムDNAの抽出
被験者の口腔内から採取された生体試料について、公知の溶菌酵素法(BMC Microbiol.,2004,4:16)やビーズ法(Science, 2008,320,1647-1651)等により、核酸を遊離させた後、DNAの分離抽出法として知られている公知の方法、例えば、フェノール-クロロホルム法(Mol.Biol.,1986,191,615-624)やグアニジン法(Science,2005,308:1635-1638)等の汎用法を採用することにより細菌ゲノムDNAの抽出が行われる。
【0026】
2)ゲノムDNA中の16S rRNA遺伝子の配列決定
次に、抽出した細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子の配列が決定される。すなわち、各菌属又は菌種に特徴的な16S rRNA遺伝子の配列が決定され、その配列データに基づいて口腔内細菌の菌叢構造が解析される。このため、該菌叢構造を反映するように、配列決定を行うべき16S rRNA遺伝子の領域を選択する必要があるが、迅速に解析を行い、配列の読み取りエラーを排除すべく、各菌属又は菌種の配列の特徴が反映される限り、短い領域の配列を決定して比較することが望ましい。
配列決定を行うべき16S rRNA遺伝子の領域は、PCRによって増幅されるが、この場合のプライマーは、菌属又は菌種間で普遍的に保存されている領域に設定することが好ましい。斯かるプライマーとしては、これらに限定されるものではないが、例えば表1に示す配列を含んだプライマーが挙げられ、ForwardプライマーとReverseプライマーを所望の領域が増幅されるように適宜組み合わせて用いることができる。
【0027】
【0028】
増幅されたPCR産物を精製後、配列決定が行われる。配列決定は既知の如何なる方法をも用いることができるが、例えば、次世代型超高速シークエンス装置、例えば、MiSeq(Illumina社)等を使用すると、迅速に配列決定することができる。
細菌の16S rRNA遺伝子上には、塩基配列が菌種間で保存されずに、変化に富む領域(V1~V9)が存在することが知られている。したがって、斯かる領域の少なくとも1つ、例えば、V1及びV2を含む領域、又はV3及びV4を含む領域の塩基配列を決定することが望ましい。V1及びV2を含む領域は、例えば、27Fmod(配列番号1)及び338R(配列番号5)のプライマーセットにより増幅することができ、V3及びV4を含む領域は、例えば、341F(配列番号2)及び806R(配列番号6)のプライマーセットにより増幅することができる。
【0029】
取得された配列データの解析は、得られた塩基配列のデータ群について、QIIME2(Quantitative Insights Into Microbial Ecology 2)等の解析ソフトを用いて行うことができる。配列からの菌属又は菌種の同定は、例えば、amplicon sequence variant(ASV)を取得し、各ASVに対してeHOMD 16S rRNA RefSeq(Version 15.22)とTaxonomyファイルを利用してTaxonomyを割り当てることで行うことができる。また、The Ribosomal Database Project(Lan, Y et al, Using the RDP classifier to predict taxonomic novelty and reduce the search space for finding novel organisms. PLoS One 2012. 7:e32491.)の体系に従って行う、あるいはNCBI nucleatide database、NCBI 16S microbial rRNA database、Greengenes database、SILVAといった遺伝子配列データベースに対するBLAST アルゴリズムを用いた相同性検索によっても可能である(J.Mol.Biol.,1990,215(3):403-410)。
【0030】
3)細菌量の測定
2)で得られたデータに基づき、Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌の配列データ数とSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌の配列データ数が算出される。これらは、それぞれ、Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)とSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に相当する。
【0031】
斯くして測定された細菌量(a)を細菌量(b)で除することで、Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)が算出される。
【0032】
あるいは、生体試料中のNeisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)、並びにSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)を測定する手段としては、生体試料中の細菌ゲノムDNAに含まれる各菌属に特徴的な塩基配列、好ましくは16S rRNA遺伝子の塩基配列を利用して、各菌属の細菌量を測定する方法を用いることもできる。以下、該方法についてNeisseria属を例に挙げて説明する。
【0033】
被験者の口腔内から採取された生体試料から上記1)により抽出した細菌ゲノムDNAに含まれるNeisseria属細菌に特徴的な塩基配列に基づいて、Neisseria属細菌の細菌量が測定される。すなわち、細菌ゲノムDNAを鋳型として、Neisseria属細菌に特徴的な塩基配列がPCRによって増幅され、細菌量が既知のNeisseria属細菌のゲノムDNAあるいはNeisseria属に特徴的な塩基配列を導入したプラスミドを鋳型として作成した検量線を用いて、細菌ゲノムDNAに含まれるNeisseria属細菌の細菌量が測定される。この場合のPCRのプライマーは、Neisseria属細菌に特徴的な塩基配列を特異的に認識し、増幅するプライマーである。Haemophilus属細菌、Cardiobacterium属細菌、Saccharibacteria(TM7)[G-1]属細菌、Prevotella属細菌及びSelenomonas属細菌についても、同様にしてそれぞれの細菌量が測定することができる。
【0034】
斯くして測定された細菌量(a)を細菌量(b)で除することで、Neisseria属、Haemophilus属及びCardiobacterium属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)が算出される。
【0035】
次いで、本発明の歯周病リスクの検出方法においては、測定された細菌量の比(a/b)が基準値と比較される。
基準値は、歯周病の進行度(歯科臨床指標値に基づいて分類された歯周病の有無若しくは進行度又は歯科臨床指標値)と細菌量の比(a/b)の関係に基づき、予め決定することができる。
【0036】
好ましい一例において、基準値は、健常者の口腔内から採取された生体試料中の細菌量比(a/b)が挙げられる。該細菌量比(a/b)は、複数人の健常者からのデータの統計値(例えば平均値)を使用することができる。又は、無作為に抽出した被験者の口腔内から採取された生体試料中の細菌量比(a/b)の分布に基づき、適宜健常者に相当する基準値を設定することができる。尚、健常者とは、歯周病を有さない者をいい、例えば、歯周ポケットの深さが4mm未満かつ歯肉炎症指数が0.2未満の歯肉状態を有する者を健常者とすることが挙げられる。
【0037】
測定された細菌量比(a/b)が基準値より小さい場合、被験者は歯周病リスクが高い、具体的には歯周病発症リスクが高い又は歯周病悪化リスクが高い、と判定でき、そうでない場合、被験者は歯周病リスクが低い、具体的には歯周病ではない、歯周病発症リスクが低い又は歯周病悪化リスクが低い、と判定できる。
例えば、測定された細菌量比(a/b)が基準値より統計学的に有意に小さい場合、被験者は歯周病リスクが高い、具体的には歯周病発症リスクが高い又は歯周病悪化リスクが高い、と判定でき、そうでない場合、被験者は歯周病リスクが低い、具体的には歯周病ではない、歯周病発症リスクが低い又は歯周病悪化リスクが低い、と判定できる。また例えば、測定された細菌量比(a/b)が基準値に対して好ましくは90%以下、より好ましくは80%以下、さらに好ましくは70%以下の場合、被験者は歯周病リスクが高い、具体的には歯周病発症リスクが高い又は歯周病悪化リスクが高い、と判定でき、そうでない場合、被験者は歯周病リスクが低い、具体的には歯周病ではない、歯周病発症リスクが低い又は歯周病悪化リスクが低い、と判定できる。
【0038】
別の好ましい一例において、ある集団を、歯周病の進行度に基づいて異なる進行度の複数の群に分け、それぞれの群における細菌量比(a/b)の統計値(例えば平均値)を参考に、それぞれの群への属否を判別する基準値を決定することができる。指標として複数種の細菌量比(a/b)を用いる場合は、各々の指標について基準値を求めることが好ましい。該集団としては、歯周病を有する患者群でも、健常者と歯周病を有する患者を合わせた群でも、特定の進行度の歯周病を有する患者群でもいずれでもよい。また、検出の対象となる被験者に応じて、年代ごと、世代ごと、男女ごとあるいは人種ごとに集団を作成してもよい。
基準値の算出に用いられる群の例としては、初期の歯周病を有する群(初期群)、進行した歯周病を有する群(進行群)等が挙げられる。あるいは、より詳細な進行度の分類に基づく患者群を選出し、該患者群ごとに基準値を算出してもよい。対照としての健常者群(歯周病を有さない群)を含めてもよい。
例えば、歯周病を有する患者群から歯科臨床指標であるGI又はPPDの値に基づいて群分けされた、特定の歯周病進行度の2以上の群から基準値が算出され得る。
【0039】
別の好ましい一例において、被験者における細菌量比(a/b)を経時的に(例えば毎月)測定し、過去の測定での細菌量比(a/b)を基準値とすることができる。
【0040】
測定された細菌量比(a/b)が基準値より小さい場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが高くなっている、具体的には歯周病発症リスクが高くなっている又は歯周病悪化リスクが高くなっている、と判定でき、そうでない場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが低くなっている、具体的には歯周病発症リスクが低くなっている又は歯周病悪化リスクが低くなっている、と判定できる。
例えば、測定された細菌量比(a/b)が基準値より統計学的に有意に小さい場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが高くなっている、具体的には歯周病発症リスクが高くなっている又は歯周病悪化リスクが高くなっている、と判定でき、そうでない場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが低くなっている、具体的には歯周病発症リスクが低くなっている又は歯周病悪化リスクが低くなっている、と判定できる。また例えば、測定された細菌量比(a/b)が基準値に対して好ましくは90%以下、より好ましくは80%以下、さらに好ましくは70%以下の場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが高くなっている、具体的には歯周病発症リスクが高くなっている又は歯周病悪化リスクが高くなっている、と判定でき、そうでない場合、被験者は過去の測定時に比べて歯周病リスクが低くなっている、具体的には歯周病発症リスクが低くなっている又は歯周病悪化リスクが低くなっている、と判定できる。
【0041】
本発明の方法によれば、特定の口腔常在菌を指標とすることから、進行した歯周病患者のみならず健常者や初期の歯周病患者を含めた幅広い被験者について歯周病リスクを検出することができる。これにより、被験者は、早期に歯周病リスクを認識できるとともに、リスクに応じて適した予防又は治療措置を取ることが可能となる。予防又は治療措置としては、歯科分野で一般的に実施される予防又は治療措置が挙げられる。例えば、歯周病リスクが高いと判定された被験者は、歯科医による診断を受けることが好ましく、必要に応じて、ブラッシング、歯垢・歯石の除去(スケーリング、ルートプレーニング)、咬み合わせの調整等の歯周基本治療、外科治療、再生療法等を受けることができる。
【0042】
上述した本発明の歯周病リスクの検出方法は、歯周病に対する予防又は治療的介入の前後で実施することにより、当該介入の効果を評価することができる。
すなわち、本発明の歯周病に対する予防又は治療的介入効果の評価方法は、歯周病に対する予防又は治療的介入の前後の被験者の口腔内から採取された生体試料におけるNeisseria属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)のSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)に対する比(a/b)を測定する工程、及び細菌量の比(a/b)を増加させる介入を歯周病の予防又は治療効果がある介入と評価する工程を含む。本発明の歯周病に対する予防又は治療的介入効果の評価方法は、歯周病に対する予防的介入効果又は初期の歯周病に対する治療的介入効果の評価方法として特に好適である。
【0043】
ここで、歯周病に対する予防又は治療的介入とは、歯周病に対して予防又は治療効果を期待して実施される介入であり、化学的介入、物理的又は機械的介入が包含される。化学的介入としては、天然物質、合成物質、組成物等の物質の投与が挙げられ、物理的又は機械的介入としては、ブラッシング、歯垢・歯石の除去等の措置が挙げられる。
【0044】
生体試料、好ましい細菌量比(a/b)、及び細菌量比(a/b)の測定方法については、本発明の歯周病リスクの検出方法の場合と同様である。
【0045】
測定された介入前後の細菌量比(a/b)を比較し、介入後に細菌量比(a/b)を増加させる介入は歯周病の予防又は治療効果がある介入と評価でき、そうでない介入は歯周病の予防又は治療効果がない介入と評価できる。このとき、介入後の細菌量比(a/b)の増加程度が大きければ大きい程、歯周病の予防又は治療効果が大きい介入であると評価できる。
例えば、介入後の細菌量比(a/b)が介入前の細菌量比(a/b)より統計学的に有意に大きい場合、歯周病の予防又は治療効果がある介入と評価でき、そうでない場合、歯周病の予防又は治療効果がない介入と評価できる。また例えば、介入後の細菌量比(a/b)が介入前の細菌量比(a/b)に対して好ましくは110%以上、より好ましくは120%以上、さらに好ましくは130%以上の場合、歯周病の予防又は治療効果がある介入と評価でき、そうでない場合、歯周病の予防又は治療効果がない介入と評価できる。
【0046】
歯周病リスク検出用キット又は介入効果の評価用キットは、本発明による歯周病リスクの検出方法に従って被験者の歯周病リスクを検出するためのキット、及び本発明による介入効果の評価方法に従って介入効果を評価するためのキットである。
本発明のキットは、Neisseria属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(a)、並びにSaccharibacteria(TM7)[G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属からなる群より選択される少なくとも1つの属の細菌量(b)を測定するための試薬を含有する。該試薬としては、例えば、各菌属に由来する核酸と特異的に結合(ハイブリダイズ)するオリゴヌクレオチド(例えば、PCR用プライマー)を含む、核酸増幅又はハイブリダイゼーションのための試薬が挙げられる。その他、検量線作成用標準サンプル、標識試薬、緩衝液、試験に必要な器具やコントロール、被験者の口腔内から生体試料を採取するための用具、採取した生体試料を保存するための試薬、保存用の容器、採取した生体試料からゲノムDNAを抽出するための試薬等を含むことができる。
【実施例0047】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0048】
実施例1 縁下歯垢検体を用いた歯周病リスクの予測
<患者の臨床情報の取得と検体の採取>
本試験は花王株式会社倫理委員会に承認を受け、全ての被検者にインフォームドコンセントを行い同意を得たうえで試験を実施した。歯科臨床指標として、全歯の歯肉炎指数(GI)、出血指数(BOP)、歯周ポケットの深さ(PPD)を測定した。なお、本試験での解析では、検体採取部位の歯科臨床指標値を用いている。検体として縁下歯垢を20代から70代の計180名から採取した。歯垢は歯科臨床指標値の測定後、下顎左側舌側臼歯部(左下舌側4-7)から採取した。全ての生体試料は採取後直ちにドライアイス上で凍結させ、DNA抽出まで-80℃にて保管した。
歯肉炎指数(GI):歯肉の炎症の程度を示す指標。炎症が認められない健常歯肉の場合を0、軽度の炎症のみで出血が無い場合を1、中程度の炎症で出血が認められる場合を2、重度の炎症の場合で自然出血している場合を3とした。
出血指数(BOP):歯周ポケット内に歯科用プローブを挿入し、出血が認められる場合を0、点状出血の場合を1、線状出血の場合を2、自然出血の場合を3とした。
歯周ポケットの深さ(PPD):歯周ポケット内に歯科用プローブを挿入し、歯周ポケットの深さを1mm単位で測定した際の値。
【0049】
<検体からのDNA抽出>
検体からのDNA抽出は、DNeasy PowerSoil Kit(QIAGEN)によりQIAcubeを使用して行った。180名の被検者の縁下歯垢サンプルに、180μL Enzyme Lysis buffer(20mM Tris-HCl(pH8.0)(ニッポンジーン)、2mM EDTA(ニッポンジーン)、1.2% Triton-X 100(Sigma-Aldrich)、20mg/mL Lysozyme(Sigma-Aldrich))を加え、37℃で50分間インキュベートした。あらかじめKit付属のPower Bead tubeから180μLの溶液を除去し、60μL Solution C1を添加しておき、インキュベート後の歯垢サンプル溶液を180μL添加した。サンプル添加後のPower Bead tubeは、TissueLyser LT(QIAGEN)の最大速度(1/50s)で10分間破砕し、10,000g、20℃、2分間の遠心分離後、480μLの上清をRotor Adapters(QIAGEN)の中心のチューブへ移した。QIAcubeへセット後、PowerSoil Kit IRTプロトコルで抽出を行い、70μLで溶出した。抽出を行ったgDNAは、その後の解析を行うまで-80℃で保存した。
【0050】
<アンプリコンPCR>
縁下歯垢菌叢中の属レベル及び種レベルの存在割合データはイルミナ社のMiseqプラットフォーム(Illumina)によるV1-V2領域の16S rRNAシーケンシング解析により算出した。バクテリアの16S rRNA遺伝子のV1-V2領域約300bpを増幅可能な下記のプライマーセットを用い、2×KAPA HiFi HotStart ReadyMix(KAPA Biosystems)を用いて下記表2のPCR反応液組成及び表3の反応条件でアンプリコンPCRを行った。
アンプリコンPCR反応後はアガロースゲル電気泳動にてアンプリコンPCR産物の適切な増幅を確認した後、AMPure XP(Beckman Coulter)を用いて精製した。各サンプルに対して20μLのAMPure XPを使用し、試薬プロトコルに従って精製を行い、40μLの10mM Tris-HCl(pH8.5)(ニッポンジーン)にて溶出した。
フォワードプライマー(27Fmod):5'-TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGAGRGTTTGATYMTGGCTCAG-3'(配列番号9、下線部はアダプター配列)
リバースプライマー(338R):5'-GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAGTGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3'(配列番号10、下線部はアダプター配列)
【0051】
【0052】
【0053】
<インデックスPCR>
インデックスPCRはIllumina社のNextera XT IndexKit(Illumina)を使用し、付属のプロトコル通りにユニークバーコードの付与を行った。2×KAPA HiFi HotStart ReadyMix(KAPA Biosystems)を用いて下記表4のPCR反応液組成及び表5の反応条件で行った。
【0054】
【0055】
【0056】
<16S rRNAシーケンシング>
得られたインデックスPCR産物は、上述したAMPure XP精製と同様の方法でクリーンアップを行った後、KAPA Library Quantification Kits(KAPA Biosystems)を用いたqPCRにて濃度を測定してプールすることでライブラリを作製した。ライブラリ濃度はQubit dsDNA HS Assay Kit(Life Technologies)を使用して、Qubit Fluorometer 2.0(Life Technologies)にて測定し、終濃度8pMに調整した(15% PhiXを含む)。シーケンシングはMiSeq Reagent Kit v3(Illumina)を使用し、メーカープロトコルに従い300bpのpaired-end sequencing protocolにて行った。
【0057】
<シーケンスデータ解析と菌種割合データの取得>
16S rRNA遺伝子アンプリコンの配列データは、オープンソースソフトウェア「QIIME2」を用いて解析した。全てのペアリードについて、プライマー配列を含むリード末端配列と低クオリティの配列データを除去し、アンプリコン配列エラーをDADA2を用いて修正し、amplicon sequence variant(ASV)を取得した。ASVsに対するTaxonomyは、eHOMD 16S rRNA RefSeq(Version 15.22)とTaxonomyファイル(eHOMD 16S rRNA RefSeq Version 15.22 Taxonomy File for QIIME)をclassify‐sklearn naive Bayes taxonomy classifierで学習させた分類器を用いて割り当てた。
QIIME2解析に続いて、実際のデータ解析の前処理や菌種割合データ(属レベル)の取得は、qiime2R packageとphyloseq packageを用いて統計ソフトウェア「R」にて取得した。リード数は7000リードに統一し、7000リードに満たないサンプルは解析から除外した(173検体が解析対象)。
【0058】
<歯科臨床指標と菌種割合の相関解析>
解析対象となった173検体に関して、歯科臨床指標(GI、BOP、PPD)と得られた菌種割合データ(属レベル)を対応させた。
対応させた各検体の歯科臨床指標と菌種割合データ(属レベル)を類似度によってクラスタリングするため、Rにて各検体のユークリッド距離を算出後、ウォード法にてクラスター分析を行いクラスター分類と系統樹で可視化するとともに(
図1)、各クラスターにおける歯科臨床指標の平均値(Mean)と標準偏差(SD)を算出することで各クラスターの歯肉状態の違いを示した(表6)。
【0059】
【0060】
各クラスターにおける菌種割合(属レベル)の違いを、平均存在比率上位20の属について表7に示す。このうち、歯周病進行度とともに減少する菌を健康菌、歯周病進行度とともに増加する菌をリスク菌とした。
【0061】
【0062】
相関解析では、健康菌、リスク菌に加え、比較対象として歯周病関連菌であるRed complexが属するPorphyromonas属、Tannerella属、Treponema属のそれぞれの存在割合(属レベル)とGIあるいはPPDとの相関解析を行った。相関係数はスピアマンの相関係数を算出し、相関係数を算出できた人数を判定可能数としてカウントした(表8)。
【0063】
【0064】
表9では、健康菌の存在割合(属レベル)とリスク菌・歯周病関連菌の存在割合(属レベル)の比(健康菌/リスク菌もしくは健康菌/歯周病関連菌)とGIあるいはPPDとの相関解析を実施し、表10では健康菌2種の存在割合(属レベル)の和とリスク菌・歯周病関連菌の存在割合(属レベル)の比((健康菌1の割合+健康菌2の割合)/リスク菌もしくは(健康菌1の割合+健康菌2の割合)/歯周病関連菌)とGIあるいはPPDとの相関解析を実施した。表8と同様に、相関係数はスピアマンの相関係数を算出し、相関係数を算出できた人数を判定可能数としてカウントした。
【0065】
【0066】
【0067】
健康菌の相関係数に関しては判定可能数としてカウントしていない理由ならびに、比の取り方の根拠は以下のスキームの通りである。簡単に述べると、健康菌は健常な人から保有されている常在菌であり唾液から歯垢まで広く検出可能である。したがって存在割合が0%の場合は真に保有していないと考えることができ、すべての検体で評価可能と判断できる。一方で歯周病関連菌は歯周病が進行した後に歯周ポケット内から検出される偏性嫌気性菌を主体とする菌である(非特許文献1)。すなわち、その値が0%の時に真に保有率が0%であるのか、実際は歯周ポケット内に保有しているにもかかわらず検体採取部位ズレで検出できていないだけであるか判断がつかない。リスク菌に関しても歯周病関連菌ほど嫌気性の厳しい属ではないものの、その性質上、0%の検出率を真に保有率が0%と断言することは難しい。したがって、歯周ポケットの浅い健常者や初期歯周病患者から歯周病リスクを適切に評価するためには、リスク菌・歯周病関連菌が検出された場合のみを判定する必要性があると考えられ、十分な精度を保ちつつも、いかにその判定可能数を大きくできるかが健常者や初期歯周病患者からの歯周病リスク判定には重要である。
【0068】
【0069】
<結果>
クラスター分析により歯周病進行度の異なる4つのクラスターが形成され、平均GIが0.07と歯肉炎症のほとんど認められないGroup1、平均GIが1.0未満であり非常に軽度な歯肉炎症が認められるGroup2及びGroup3、平均GIが1.33と歯肉の炎症が認められるGroup4に分けられた(
図1)。歯肉炎症を評価する代表的な指標GIを基準として、平均GIが0.2未満の集団はほとんど歯肉に炎症の所見が認められない健常群、平均GIが0.2以上1.0未満の集団はいくつかの箇所で歯肉炎症が認められる歯周病初期群、平均GIが1.0以上の集団は非常に多くの箇所で炎症が認められ、歯肉炎のみならず歯周炎まで進行するリスクも孕んでいる進行した歯周病群と分類することができる。Group1は健常群、Group2及び3は歯周病初期群、Group4は進行した歯周病群に該当する。
そこで続いて、歯周病進行度とともに減少する菌を健康菌、歯周病進行度とともに増加する菌をリスク菌とした。なお、本解析では健常者から歯周病罹患者まで広く保有されている菌種データの活用を意図していることから、菌種割合データとして平均存在比率上位20の属レベルの菌種割合データを使用した。
その結果、口腔内の数多くの常在菌種のうち健康菌としてNeisseria属、Arachnia属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属菌が見出され、リスク菌としてSaccharibacteria (TM7) [G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属菌が見出された(表7)。
これらの菌種の存在割合(属レベル)とGIあるいはPPDとの相関関係を解析した結果が表8となる。また合わせてRed complexが属する歯周病関連菌の存在割合(属レベル)とGIあるいはPPDとの相関関係もベンチマークとして示した。リスク菌単独でもGIとの相関係数が0.3程度と歯周病進行との関連性が認められた(表8)。一般的に言われているようにリスク菌と比較して、歯周病関連菌に該当するTannerella属とTreponema属を用いることでGIとの相関係数が高い結果が得られた一方で、判定可能数はそれぞれ173人中95人、122人と低い結果となった。
判定精度(GIとの相関係数の絶対値)を維持したまま判定可能数の増加を図る方法を誠意検討し、健康菌とリスク菌の存在割合(属レベル)の比を算出することで、一部の組み合わせで十分な判定精度を維持しつつ、歯周病関連菌を用いる場合よりも判定可能数が大きく増加することを見出した。
具体的には、健康菌1菌属とリスク菌1菌属の組み合わせでは、健康菌のうちNeisseria属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属菌のうち1菌属の存在割合と、リスク菌のうちSaccharibacteria (TM7) [G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属菌のうち1菌属の存在割合の比を活用することで十分な判定精度を維持しつつ判定可能数が大きく増加した。一方で、健康菌としてArachnia属菌を用いた場合にはその効果が認められなかった(表9)。健康菌を2菌属活用した場合には表10の通り健康菌のNeisseria属、Arachnia属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属菌のうち2菌属の存在割合の和と、リスク菌のSaccharibacteria (TM7) [G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属菌のうち1菌属の存在割合の比を活用することで十分な判定精度を維持しつつ判定可能数が大きく増加する組み合わせが認められた。
したがって、口腔常在菌のうち我々の定義した特定の健康菌(Neisseria属、Cardiobacterium属及びHaemophilus属菌)とリスク菌(Saccharibacteria (TM7) [G-1]属、Prevotella属及びSelenomonas属菌)の存在割合の比、すなわち該健康菌の細菌量の該リスク菌の細菌量に対する比を算出することで、歯周病進行患者でしかなしえなかった歯周病リスク検査を健常者から歯周病患者まで広く応用できることが分かった。