(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158265
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】アルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 1/00 20060101AFI20241031BHJP
B22D 17/00 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
F02F1/00 D
B22D17/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073324
(22)【出願日】2023-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100139930
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 亮司
(72)【発明者】
【氏名】大和田 純史
【テーマコード(参考)】
3G024
【Fターム(参考)】
3G024FA14
3G024GA06
3G024GA12
3G024GA14
3G024GA21
3G024HA07
(57)【要約】
【課題】リサイクル材を用いて製造されるアルミニウム合金製シリンダブロックにおける耐焼付き性の低下を抑制する。
【解決手段】アルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法は、Siを12質量%以上20質量%以下含むアルミニウム合金のリサイクル材を用意する工程Aと、リサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて、Ni含有率が0.1質量%以下である溶湯を得る工程Bと、溶湯を用いてダイカスト鋳造を行う工程Cとを包含する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法であって、
Siを12質量%以上20質量%以下含むアルミニウム合金のリサイクル材を用意する工程Aと、
前記リサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて、Ni含有率が0.1質量%以下である溶湯を得る工程Bと、
前記溶湯を用いてダイカスト鋳造を行う工程Cと、
を包含する製造方法。
【請求項2】
前記工程Bで得られる前記溶湯のZn含有率が0.3質量%以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程Aで用意される前記リサイクル材のNi含有率が0.1質量%以下である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程Bで得られる前記溶湯のNi含有率が0.05質量%未満である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程Bで得られる前記溶湯のCu含有率が3.0質量%以上5.0質量%以下である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程Bは、
少なくとも前記リサイクル材を融解させて一次溶湯を得る工程b1と、
前記一次溶湯に対して成分分析を行う工程b2と、
を含む、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記工程Bは、
前記一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超である場合に、Ni含有率が0.1質量%未満のアルミニウム合金のバージン材で前記一次溶湯を希釈する工程b3をさらに含む、請求項6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法に関し、特に、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金製のシリンダブロックの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、内燃機関の軽量化を目的としてシリンダブロックのアルミニウム合金化が進んでいる。シリンダブロックには高い耐摩耗性が要求されるので、シリンダブロック用のアルミニウム合金として、Siを多く含有するアルミニウム合金、つまり、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金が有望視されている。アルミニウム-シリコン系合金から形成されたシリンダブロックでは、摺動面に位置するシリコン結晶粒が耐摩耗性の向上に寄与する。アルミニウム-シリコン系合金から形成されたシリンダブロックは、例えば特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
最近では、環境意識の高まりとともにカーボンニュートラルの実現に向けた種々の取り組みがなされている。本願出願人は、カーボンニュートラルの実現に貢献すべく、アルミニウム合金のリサイクル材の積極的な利用を進めている。
【0005】
しかしながら、本願発明者の検討によれば、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金製のシリンダブロックの製造にリサイクル材を用いた場合、シリンダブロックの耐焼付き性が低下するおそれがあることがわかった。
【0006】
本発明の実施形態は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、リサイクル材を用いて製造されるアルミニウム合金製シリンダブロックにおける耐焼付き性の低下を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書は、以下の項目に記載のアルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法を開示している。
【0008】
[項目1]
アルミニウム合金製シリンダブロックの製造方法であって、
Siを12質量%以上20質量%以下含むアルミニウム合金のリサイクル材を用意する工程Aと、
前記リサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて、Ni含有率が0.1質量%以下である溶湯を得る工程Bと、
前記溶湯を用いてダイカスト鋳造を行う工程Cと、
を包含する製造方法。
【0009】
本発明の実施形態による製造方法は、Siを12質量%以上20質量%以下含むアルミニウム合金(つまり過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金)のリサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて溶湯を得る工程Bを包含しており、この工程Bで得られる溶湯のNi含有率は0.1質量%以下である。これにより、製造されたシリンダブロック中のNiを含む金属間化合物の生成が抑制されるので、シリンダブロックの耐焼付き性の低下が抑制される。
【0010】
[項目2]
前記工程Bで得られる前記溶湯のZn含有率が0.3質量%以下である、項目1に記載の製造方法。
【0011】
耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程Bで得られる溶湯のZn含有率が0.3質量%以下であることがより好ましい。
【0012】
[項目3]
前記工程Aで用意される前記リサイクル材のNi含有率が0.1質量%以下である、項目1または2に記載の製造方法。
【0013】
工程Aにおいて、Ni含有率が0.1質量%以下のリサイクル材を用意することにより、工程Bで得られる溶湯のNi含有率を0.1質量%以下にすることが容易となる。
【0014】
[項目4]
前記工程Bで得られる前記溶湯のNi含有率が0.05質量%未満である、項目1から3のいずれかに記載の製造方法。
【0015】
耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程Bで得られる溶湯のNi含有率が0.05質量%未満であることがより好ましい。
【0016】
[項目5]
前記工程Bで得られる前記溶湯のCu含有率が3.0質量%以上5.0質量%以下である、項目1から4のいずれかに記載の製造方法。
【0017】
溶湯がCuを含むことにより、熱処理後の強度が向上する。溶湯のCu含有率は、例えば3.0質量%以上5.0質量%以下である。
【0018】
[項目6]
前記工程Bは、
少なくとも前記リサイクル材を融解させて一次溶湯を得る工程b1と、
前記一次溶湯に対して成分分析を行う工程b2と、
を含む、項目1から5のいずれかに記載の製造方法。
【0019】
工程Bは、少なくともリサイクル材を融解させて一次溶湯を得る工程b1と、一次溶湯に対して成分分析を行う工程b2とを含んでいてもよい。これにより、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%以下であるか否かを判定することができるので、工程Bで最終的に得られる溶湯のNi含有率を管理することが容易となる。
【0020】
[項目7]
前記工程Bは、
前記一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超である場合に、Ni含有率が0.1質量%未満のアルミニウム合金のバージン材で前記一次溶湯を希釈する工程b3をさらに含む、項目6に記載の製造方法。
【0021】
工程Bは、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超である場合に、Ni含有率が0.1質量%未満のアルミニウム合金のバージン材で一次溶湯を希釈する工程b3をさらに含んでいてもよい。このような工程b3を行うことにより、工程Bで最終的に得られる溶湯のNi含有率を低くすることができるので、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超であっても、最終的に得られる溶湯のNi含有率を0.1質量%以下にすることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の実施形態によると、リサイクル材を用いて製造されるアルミニウム合金製シリンダブロックにおける耐焼付き性の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施形態による製造方法により製造され得るシリンダブロック100を模式的に示す斜視図である。
【
図2】シリンダブロック100の摺動面を拡大して模式的に示す平面図である。
【
図3】本発明の実施形態による製造方法のフローチャートである。
【
図4】試作例1および2のシリンダブロックについて、焼付き特性の評価結果を示すグラフである。
【
図5】バージン材およびリサイクル材について、液相の割合の計算結果を示すグラフである。
【
図6】リサイクル材の液相の組成の計算結果を示すグラフである。
【
図7】バージン材およびリサイクル材について、昇温過程におけるDSC曲線を示すグラフである。
【
図8】表5に示す組成(Ni含有率が0.1質量%、Zn含有率が0.3質量%)を有するリサイクル材について、液相の割合の計算結果を示すグラフである。
【
図9】溶湯を得る工程S2の他の態様を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0025】
まず、本発明の実施形態による製造方法により製造されるシリンダブロックの例を説明する。本発明の実施形態による製造方法により、例えば、
図1に示すシリンダブロック100が製造され得る。
【0026】
シリンダブロック100は、Siを含むアルミニウム合金、より具体的には、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金から形成されている。
【0027】
シリンダブロック100は、
図1に示すように、シリンダボア102を画定する壁部(「シリンダボア壁」と呼ぶ)103と、シリンダボア壁103を包囲し、シリンダブロック100の外郭を構成する壁部(「シリンダブロック外壁」と呼ぶ)104とを有している。シリンダボア壁103とシリンダブロック外壁104との間には、冷却液を保持するウォータジャケット105が設けられている。
【0028】
シリンダボア壁103のシリンダボア102側の表面101が、ピストンと接触する摺動面である。この摺動面101を拡大して
図2に示す。
図2は、摺動面101を模式的に示す平面図である。
【0029】
シリンダブロック100は、
図2に示すように、摺動面101に複数のシリコン結晶粒1、2および金属間化合物4を有している。これらのシリコン結晶粒1、2および金属間化合物4は、アルミニウムを含む固溶体のマトリックス(合金母材)3中に分散して存在している。
【0030】
過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金の溶湯を冷却したときに、最初に晶出するシリコン結晶粒は「初晶シリコン粒」と呼ばれ、次いで晶出するシリコン結晶粒は「共晶シリコン粒」と呼ばれる。
図2に示す複数のシリコン結晶粒1、2のうち、比較的大きなシリコン結晶粒1は、初晶シリコン粒である。また、初晶シリコン粒の間に位置する比較的小さなシリコン結晶粒2は、共晶シリコン粒である。金属間化合物4には、溶湯を冷却したときに晶出するものと、熱処理により析出するものとがある。
【0031】
シリンダブロック100は、摺動面101が上述した構造を有していることにより、優れた耐摩耗性を有し得る。
【0032】
本願発明者が、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金から形成されるシリンダブロックの製造にリサイクル材を用いることについて検討を進めたところ、リサイクル材を用いると、シリンダブロックの耐焼付き性が低下するおそれがあることがわかった。本願発明者は、さらに検討を重ね、焼付きの発生が、Ni(ニッケル)を含む金属間化合物に起因していることを見出した。本願発明は、本願発明者が見出したこのような知見に基づいてなされたものである。
【0033】
以下、
図3を参照しながら、本発明の実施形態によるシリンダブロックの製造方法を説明する。
図3は、本発明の実施形態による製造方法のフローチャートである。
【0034】
まず、Siを含むアルミニウム合金のリサイクル材を用意する(工程S1)。このアルミニウム合金は、過共晶組成のアルミニウム-シリコン系合金であり、Si含有率は、具体的には、12質量%以上20質量%以下(より好ましくは16質量%以上18質量%以下)である。
【0035】
次に、工程S1で用意されたリサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて、溶湯を形成する(工程S2)。この工程S2で得られる溶湯のNi含有率は、所定値以下であり、具体的には、0.1質量%以下である。溶湯の形成は、原料を溶解炉で加熱して融解させることによって行われる。原料として、リサイクル材のみが用いられても(つまり原料の前部がリサイクル材であっても)よいし、リサイクル材とバージン材とが組み合わせて用いられてもよい。原料としてリサイクル材のみを用いると、リサイクル材の利用をいっそう促進することができる。
【0036】
続いて、得られた溶湯を用いてダイカスト鋳造を行う(工程S3)。つまり、溶湯を金型内に高速・高圧で注入して冷却し、成形体を形成する。このとき、摺動面近傍を大きな冷却速度(例えば4℃/秒以上400℃/秒以下)で冷却することにより、耐摩耗性に寄与するシリコン結晶粒を表面近傍に有する成形体が得られる。この工程S3は、例えば、特許文献1に開示されている鋳造装置を用いて行うことができる。
【0037】
次に、金型から取り出した成形体に対し、「T5」、「T6」および「T7」と呼ばれる熱処理のうちのいずれかを行う(工程S4)。T5処理は、成形体を金型から取り出した直後に水冷等により急冷し、続いて、機械的性質の改善や寸法安定化のために所定温度で所定時間だけ人工時効し、その後空冷する処理である。T6処理は、成形体を金型から取り出した後に所定温度で所定時間だけ溶体化処理し、続いて水冷し、次いで所定温度で所定時間だけ人工時効処理し、その後空冷する処理である。T7処理は、T6処理に比べて過時効にする処理であり、T6処理よりも寸法安定化を図ることができるが硬度はT6処理よりも低下する。
【0038】
続いて、成形体に所定の機械加工を行う(工程S5)。具体的には、シリンダヘッドとの合せ面やクランクケースとの合せ面の研削等を行う。
【0039】
その後、成形体のシリンダボア壁となる部分の内側表面(すなわち摺動面となる面)に対して摺動面を形成するための加工を行う(工程S6)。例えば、ファインボーリング加工、ホーニング処理、エッチングなどを行う。
【0040】
上述したように、本発明の実施形態による製造方法は、Siを12質量%以上20質量%以下含むアルミニウム合金のリサイクル材を原料の少なくとも一部に用いて溶湯を得る工程S2を包含しており、この工程S2で得られる溶湯のNi含有率は0.1質量%以下である。既に説明したように、焼付きの発生は、Niを含む金属間化合物に起因していると考えられる。溶湯のNi含有率が0.1質量%以下であることにより、製造されたシリンダブロック中のNiを含む金属間化合物の生成が抑制されるので、シリンダブロックの耐焼付き性の低下が抑制される。
【0041】
耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程S2で得られる溶湯のZn(亜鉛)含有率が0.3質量%以下であることがより好ましい。焼付きへのZnの影響については、後述する。
【0042】
例えば、工程S1において、Ni含有率が0.1質量%以下のリサイクル材を用意することにより、工程S2で得られる溶湯のNi含有率を0.1質量%以下にすることが容易となる。
【0043】
また、耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程S2で得られる溶湯のNi含有率が0.05質量%未満であることがより好ましい。溶湯のNi含有率が0.05質量%未満であることにより、耐焼付き性の低下をより確実に抑制し得る。
【0044】
工程S2で得られる溶湯のSiおよびNi以外の成分の含有率に特に制限はないが、溶湯がCu(銅)を含むことにより、熱処理後の強度が向上する。溶湯のCu含有率は、例えば3.0質量%以上5.0質量%以下である。
【0045】
ここで、リサイクル材を用いることによる耐焼付き性への影響を調査した結果を説明する。
【0046】
まず、表1に示す化学組成を有するバージン材を用いて試作例1のシリンダブロックを製造するとともに、表1に示す化学組成を有するリサイクル材を用いて試作例2のシリンダブロックを製造した。
【0047】
【0048】
次に、走査型電子顕微鏡(SEM)および波長分散型X線分析(EPMA)により、試作例1および2の金属組織の観察を行った。試作例2では、Al、CuおよびNiから形成されている金属間化合物(Al7Cu4Niと考えられ、以下では「AlCuNi化合物」と呼ぶことがある)が観察されたが、試作例1では、そのような金属間化合物は観察されなかった。
【0049】
続いて、試作例1および2について、往復摺動試験(SRV試験)を行って焼付き特性を評価した。試験条件は、以下に示す通りであり、試作例1および2のそれぞれについて、評価を5回ずつ行った。
相手材:表面にSnメッキが施された樽型のFe製テストピース
ストローク:2000μm
周波数:10Hz
ヒータ温度:175℃
オイル:10W-40 2500μl(浸漬)
慣らし運転時間(50N一定):1分
荷重:600N
試験時間:焼付き発生まで(最大30分)
【0050】
焼付き特性の評価結果を
図4に示す。
図4中の「×」は、焼付きの発生を表している。
図4に示すように、試作例1と試作例2とでは、焼付きが発生するまでの時間に明確な差異が見られた。具体的には、試作例2では、試作例1に比べ、焼付きが発生するまでの時間が短かった。
【0051】
次に、試作例1および2について、上述したSRV試験を焼付きの発生直前で停止し、相手材の表面観察を行った。試作例1では、相手材への移着物がほぼ見らなかったが、試作例2では、相手材への移着物が見られた。試作例2の移着物に対して成分分析を行った結果(移着物の化学組成)を表2に示す。また、移着物の化学組成と、試作例2の原料であるリサイクル材の化学組成について、Alの量を100として他元素の量を算出した結果を表3に示す。
【0052】
【0053】
【0054】
表2および表3から、移着物の組成では、リサイクル材の組成(つまり元の組成)に比べ、NiおよびCuが多いことがわかる。これは、試作例2のシリンダブロックにおいて、AlCuNi化合物が形成されていることが影響していると考えられる。
【0055】
続いて、バージン材およびリサイクル材について、熱力学計算ソフトウェア(製品名:Thermo-Calc)を用いて融点近傍(具体的には500~600℃)における液相の割合と、液相の組成を計算した。バージン材およびリサイクル材のそれぞれについて、表4に示す組成で計算を行った。表4に示すように、バージン材とリサイクル材とで、Zn、Mn、Ni、Snの含有率が異なっている。
【0056】
【0057】
図5に、バージン材およびリサイクル材について、液相の割合の計算結果を示す。
図5から、バージン材とリサイクル材とで融解特性が異なっていることがわかる。具体的には、比較的低温では、バージン材の方がリサイクル材よりも液相の割合が高いが、530~540℃において液相の割合の高低が逆転する。そして、540~560℃では、リサイクル材の方が、バージン材よりも液相の割合が5~10%高い。上述した試作例2において焼付きの発生までの時間が短かったのは、このような融解特性の差異に起因していると考えられる。
【0058】
図6に、リサイクル材の液相の組成の計算結果を示す。
図6には、全体量を1.0kgとしたときのAl、Cu、Zn、Mn、Ni、Snの量が示されている。
図6から、530~540℃における液相割合の高低の逆転は、Niの融解(Niを含む金属間化合物の融解)に起因すると考えられる。また、Znの融解も寄与していると推察される。
【0059】
次に、表4に示した組成を有するバージン材およびリサイクル材について、実際に両者の融解特性が異なっているか否かを検証すべく、示差走査熱量測定(DSC)を行った。
図7に、昇温過程におけるDSC曲線を示す。
【0060】
図7から、530~540℃付近から、バージン材とリサイクル材とで、融解特性に差が生じており、リサイクル材の方が、バージン材よりもピークが低温側に位置していることがわかる。このように、バージン材およびリサイクル材の実際の融解特性の評価結果は、熱力学計算ソフトウェアによる計算結果と概ね一致していた。
【0061】
上述したように、バージン材とリサイクル材とで融解特性が異なっていることが確認された。融解特性の差異は、既に説明したように、AlCuNi化合物の生成の有無により生じていると考えられ、融解特性のこのような差異が、焼付き特性の差異の原因と考えられる。
【0062】
上述したように、本発明の実施形態による製造方法では、工程S2で得られる溶湯のNi含有率が0.1質量%以下であるので、製造されたシリンダブロック中のAlCuNi化合物の生成が抑制され、その結果、シリンダブロックの耐焼付き性の低下が抑制される。耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程S2で得られる溶湯のNi含有率が0.05質量%未満であることがより好ましい。
【0063】
また、
図6を参照しながら説明したように、融解特性の差異にはZnの融解も寄与していると推察されるので、耐焼付き性の低下を抑制する観点からは、工程S2で得られる溶湯のZn含有率が0.3質量%以下であることがより好ましいと言える。
【0064】
図8に、表5に示す組成(Ni含有率が0.1質量%、Zn含有率が0.3質量%)を有するリサイクル材について、熱力学計算ソフトウェア(製品名:Thermo-Calc)を用いて融点近傍(具体的には500~600℃)における液相の割合を計算した結果を示す。
図8には、表4に示した組成のバージン材およびリサイクル材についての計算結果も併せて示している。
【0065】
【0066】
図8から、表5に示す組成のリサイクル材は、バージン材に近い融解特性を有していることがわかる。
【0067】
図9を参照しながら、溶湯を得る工程S2の他の態様を説明する。溶湯を得る工程S2は、
図9に示す工程S21、S22およびS23を含んでいてもよい。
【0068】
図9に示す例では、まず、少なくともリサイクル材を融解させて一次溶湯を得る(工程S21)。原料として、リサイクル材のみが用いられても(つまり原料の前部がリサイクル材であっても)よいし、リサイクル材とバージン材とが組み合わせて用いられてもよい。
【0069】
次に、一次溶湯に対して成分分析を行う(工程S22)。成分分析の方法としては、公知の種々の方法を用いることができ、例えば、発光分光分析法を用いることができる。
【0070】
一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超である場合には、Ni含有率が0.1質量%未満のアルミニウム合金のバージン材で一次溶湯を希釈する(工程S23)。これにより、最終的に得られる溶湯のNi含有率を0.1質量%以下とすることができる。一次溶湯のNi含有率が0.1質量%以下である場合には、一次溶湯がそのまま最終的な溶湯となる。なお、工程S23の後に、希釈された溶湯に対して成分分析を行ってもよい。
【0071】
このように、工程S2が、一次溶湯を得る工程S21と、一次溶湯に対して成分分析を行う工程S22とを含んでいてもよい。これにより、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%以下であるか否かを判定することができるので、工程S2で最終的に得られる溶湯のNi含有率を管理することが容易となる。
【0072】
また、例示したように、工程S2が、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超である場合に、Ni含有率が0.1質量%未満のバージン材で一次溶湯を希釈する工程S23をさらに含んでいてもよい。このような工程S23を行うことにより、工程S2で最終的に得られる溶湯のNi含有率を低くすることができるので、一次溶湯のNi含有率が0.1質量%超であっても、最終的に得られる溶湯のNi含有率を0.1質量%以下にすることができる。
【0073】
なお、既に説明したように、工程S2で得られる溶湯のSi含有率およびNi含有率は、それぞれ12質量%以上20質量%以下(好ましくは16質量%以上18質量%以下)および0.1質量%以下(好ましくは0.05質量%未満)である。また、工程S2で得られる溶湯のZn含有率は0.3質量%以下であることが好ましい。工程S2で得られる溶湯の他の成分は特に限定されないが、工程S2で得られる溶湯の組成の好適な一例は、表6に示す通りである。
【0074】
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の実施形態によると、リサイクル材を用いて製造されるアルミニウム合金製シリンダブロックにおける耐焼付き性の低下を抑制することができる。本発明の実施形態による製造方法により製造されるシリンダブロックは、例えば、自動二輪車をはじめとする各種の輸送機器の内燃機関に好適に用いられる。
【符号の説明】
【0076】
1:初晶シリコン粒、2:共晶シリコン粒、3:マトリックス、4:金属間化合物、100:シリンダブロック、101:摺動面、102:シリンダボア、103:シリンダボア壁、104:シリンダブロック外壁、105:ウォータジャケット