(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158366
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】転がり軸受用グリース組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 169/06 20060101AFI20241031BHJP
C10M 125/02 20060101ALN20241031BHJP
C10M 147/02 20060101ALN20241031BHJP
C10M 143/02 20060101ALN20241031BHJP
C10M 129/68 20060101ALN20241031BHJP
C10M 115/08 20060101ALN20241031BHJP
C10M 137/08 20060101ALN20241031BHJP
C10M 159/24 20060101ALN20241031BHJP
C10M 107/02 20060101ALN20241031BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20241031BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20241031BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20241031BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20241031BHJP
【FI】
C10M169/06
C10M125/02
C10M147/02
C10M143/02
C10M129/68
C10M115/08
C10M137/08
C10M159/24
C10M107/02
C10N10:04
C10N30:00 Z
C10N40:02
C10N50:10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073515
(22)【出願日】2023-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(71)【出願人】
【識別番号】000162423
【氏名又は名称】協同油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】新吉 隆利
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健一朗
(72)【発明者】
【氏名】吉原 径孝
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 祐一
(72)【発明者】
【氏名】井上 茂
(72)【発明者】
【氏名】神保 友彦
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 寛征
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104AA04C
4H104BA07A
4H104BB31A
4H104BE13B
4H104BH05C
4H104CA02C
4H104CD02C
4H104DB07C
4H104FA02
4H104LA20
4H104PA02
4H104QA18
(57)【要約】
【課題】本発明は、高い耐久寿命を有する転がり軸受用グリース組成物を提供する。
【解決手段】本発明の一態様は、基油、増ちょう剤及び添加剤を含み、該添加剤が、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン及びポリエチレンワックスを必須成分として含む、転がり軸受用グリース組成物に関する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油、増ちょう剤及び添加剤を含み、該添加剤が、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン及びポリエチレンワックスを必須成分として含む、転がり軸受用グリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤の含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して2から15質量%の範囲である、請求項1に記載の転がり軸受用グリース組成物。
【請求項3】
前記カーボンブラックの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.1から10質量%の範囲であり、
前記ポリテトラフルオロエチレンの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して1から20質量%の範囲である、請求項1に記載の転がり軸受用グリース組成物。
【請求項4】
前記基油が、合成油を含み、前記合成油は、合成炭化水素油及びエステル系油からなる混合油であり、
前記エステル系油の含有量が、前記混合油の総質量に対して5から15質量%の範囲であり、
前記増ちょう剤が、ウレア基を有する化合物を含み、
前記増ちょう剤の含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して2から15質量%の範囲であり、
前記添加剤が、リン系化合物及びカルシウム系化合物をさらに含み、
前記リン系化合物は、アミンホスフェートであり、前記アミンホスフェートの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であり、
前記カルシウム系化合物は、過塩基性カルシウムスルホネートであり、前記過塩基性カルシウムスルホネートの塩基価が、50から500 mgKOH/gの範囲であり、前記過塩基性カルシウムスルホネートの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であり、
前記カーボンブラックの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.1から10質量%の範囲であり、
前記ポリテトラフルオロエチレンの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して1から20質量%の範囲である、
請求項1に記載の転がり軸受用グリース組成物。
【請求項5】
光干渉法弾性流体潤滑(EHL)測定システムによって測定した、10 mm/sでの油膜厚さが120 nm以上である、請求項1に記載の転がり軸受用グリース組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両においては、車輪部のような可動部分に多くの転がり軸受が使用される。転がり軸受では、軌道面と転動体との間にグリースが充填される。軌道面と転動体との間に充填されたグリースは油膜を形成し、軌道面と転動体との間の非接触状態を保持する。
【0003】
例えば、特許文献1は、外輪と、内輪と、前記外輪と前記内輪との間に転動自在に配設された複数の転動体と、前記外輪と前記内輪との間に形成され前記転動体が内設された空間に充填された導電性グリースと、を備えた転がり軸受において、前記導電性グリースは、基油と、シリコン化合物及びフッ素化合物の少なくとも一方からなる増ちょう剤と、0.2~10質量%のカーボンブラックと、を備えることを特徴とする転がり軸受を記載する。
【0004】
特許文献2は、基油と、カーボンブラックを含む添加剤とを含有する、自動車の操縦安定性を向上させるための潤滑剤を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-250353号公報
【特許文献2】特開2020-117696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
グリース組成物を転がり軸受に適用すると、軌道面と転動体との間に形成された油膜が軌道面と転動体との間の非接触状態を保持する。しかしながら、転がり軸受の使用に伴い、グリース組成物の付着性が低下し、転動体の回転によって初期の充填状態からグリース組成物が避けられる現象(グリースのチャネリング)が起きることが知られている。チャネリングが発生すると、最終的に軌道面及び転動体が接触し、損傷が発生する。このため、転がり軸受を長期に亘って使用するために、グリース組成物の耐久寿命の向上が必要とされた。
【0007】
それ故、本発明は、高い耐久寿命を有する転がり軸受用グリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン及びポリエチレンワックスを添加剤として含むグリース組成物は、転がり軸受に適用すると高い耐久寿命を発揮することを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様及び実施形態を包含する。
(実施形態1) 基油、増ちょう剤及び添加剤を含み、該添加剤が、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン及びポリエチレンワックスを必須成分として含む、転がり軸受用グリース組成物。
(実施形態2) 前記増ちょう剤の含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して2から15質量%の範囲である、前記実施形態1に記載の転がり軸受用グリース組成物。
(実施形態3) 前記カーボンブラックの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.1から10質量%の範囲であり、
前記ポリテトラフルオロエチレンの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して1から20質量%の範囲である、前記実施形態1又は2に記載の転がり軸受用グリース組成物。
(実施形態4) 前記基油が、合成油を含み、前記合成油は、合成炭化水素油及びエステル系油からなる混合油であり、
前記エステル系油の含有量が、前記混合油の総質量に対して5から15質量%の範囲であり、
前記増ちょう剤が、ウレア基を有する化合物を含み、
前記増ちょう剤の含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して2から15質量%の範囲であり、
前記添加剤が、リン系化合物及びカルシウム系化合物をさらに含み、
前記リン系化合物は、アミンホスフェートであり、前記アミンホスフェートの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であり、
前記カルシウム系化合物は、過塩基性カルシウムスルホネートであり、前記過塩基性カルシウムスルホネートの塩基価が、50から500 mgKOH/gの範囲であり、前記過塩基性カルシウムスルホネートの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であり、
前記カーボンブラックの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して0.1から10質量%の範囲であり、
前記ポリテトラフルオロエチレンの含有量が、前記グリース組成物の総質量に対して1から20質量%の範囲である、
前記実施形態1から3のいずれかに記載の転がり軸受用グリース組成物。
(実施形態5) 光干渉法弾性流体潤滑(EHL)測定システムによって測定した、10 mm/sでの油膜厚さが120 nm以上である、前記実施形態1から4のいずれかに記載の転がり軸受用グリース組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、高い耐久寿命を有する転がり軸受用グリース組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一態様の転がり軸受用グリース組成物の性能を評価するための森式転動剥離試験機の概要を表す模式図である。
【
図2】森式転動剥離試験における停止後のボール及びテストプレートの表面を表す画像である。図中、Aは、比較例1のグリース組成物の試験結果であり、Bは、実施例1のグリース組成物の試験結果である。A及びBにおいて、上図は、停止後のボールの表面の画像であり、下図は、停止後のテストプレートの表面の画像である。
【
図3】森式転動剥離試験における停止後のボールの表面に付着したリン及び酸素の検出量を表すグラフである。図中、白抜きの棒は、リン検出量を、黒塗りの棒は、酸素検出量を、それぞれ示す。縦軸は、検出された元素の総質量に対するリン又は酸素の質量%を示す。
【
図4】本発明のグリース組成物が高い耐久寿命を発揮する推定機構を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0013】
本発明の一態様は、転がり軸受用グリース組成物(以下、単に「グリース組成物」とも記載する)に関する。本態様のグリース組成物は、基油、増ちょう剤及び添加剤を含む。
【0014】
本態様のグリース組成物において、基油は、合成油を含むことが好ましく、合成炭化水素油及びエステル系油からなる混合油であることがより好ましい。合成炭化水素油は、ポリα-オレフィン油(PAO)であることが好ましい。
【0015】
一実施形態において、基油が合成炭化水素油及びエステル系油からなる混合油である場合、エステル系油の含有量は、前記混合油の総質量に対して5から15質量%の範囲であることが好ましく、5から10質量%の範囲であることがより好ましい。基油が前記特徴を有する混合油である場合、本態様のグリース組成物は高い耐久寿命を発揮することができる。
【0016】
本態様のグリース組成物において、増ちょう剤は、ウレア基を有する化合物を含むことが好ましい。ウレア基を有する化合物としては、例えば、ジウレア、トリウレア又はテトラウレアのようなポリウレア等のウレア基を有する化合物、ウレア基及びウレタン基を有する化合物、ジウレタン等のウレタン基を有する化合物、又はこれらの混合物等を挙げることができる。前記で例示したウレア基を有する化合物のうち、ジウレアを有する化合物が好ましく、脂環式アミン及び脂肪族アミンの混合アミンと、ジイソシアネートとを反応させて得られるジウレアを有する化合物がより好ましい。この組み合わせのジウレアを有する化合物の場合、同ちょう度となる増ちょう剤の含有量を減らすことができ、結果として本態様のグリース組成物を適用する転がり軸受における摩擦抵抗を低減することができる。
【0017】
前記で例示したジウレアを有する化合物において、脂環式アミンとしては、例えば、シクロヘキシルアミン又はジシクロヘキシルアミン等を挙げることができる。脂肪族アミンとしては、例えば、炭素数16から20の直鎖又は分岐鎖アルキルのアミン等を挙げることができる。ジイソシアネートとしては、例えば、脂肪族ジイソシアネート、脂環式ジイソシアネート又は芳香族ジイソシアネート等を挙げることができる。脂肪族ジイソシアネートとしては、例えば、飽和及び/又は不飽和の直鎖又は分岐鎖の炭化水素基を有するジイソシアネートを挙げることができる。特に、脂肪族ジイソシアネートとしては、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート又はヘキサンジイソシアネート(HDI)等を挙げることができる。脂環式ジイソシアネートとしては、例えば、シクロヘキシルジイソシアネート又はジシクロヘキシルメタンジイソシアネート等を挙げることができる。芳香族ジイソシアネートとしては、例えば、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルジイソシアネート又は4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)等を挙げることができる。これらのうち、芳香族ジイソシアネートを使用することが好ましく、MDIを使用することがより好ましい。
【0018】
ウレア基を有する化合物の原料として脂環式アミン及び脂肪族アミンの混合アミンが使用される場合、脂環式アミンと脂肪族アミンとの配合割合(モル比)は、脂環式アミン:脂肪族アミン=50:50から90:10の範囲であることが好ましい。混合アミンとジイソシアネートとは、種々の方法及び条件下で反応させることができる。増ちょう剤の均一分散性が高いジウレアが得られることから、基油中で反応させることが好ましい。また、反応は、混合アミンを溶解した基油中に、ジイソシアネートを溶解した基油を添加して行ってもよいし、ジイソシアネートを溶解した基油中に、混合アミンを溶解した基油を添加して行ってもよい。これらの反応における温度及び時間は、特に限定されず、通常のこの種の反応と同様でよい。反応開始温度は、混合アミンの揮発性の点から、25から100℃の範囲であることが好ましい。反応温度は、混合アミン及びジイソシアネートの溶解性及び揮発性の点から、60から170℃の範囲であることが好ましい。反応時間は、混合アミンとジイソシアネートとの反応を完結させるという点、及び製造時間短縮による効率化の点から、0.5から2.0時間の範囲であることが好ましい。
【0019】
増ちょう剤がウレア基を有する化合物を含む実施形態において、増ちょう剤の含有量は、グリース組成物の総質量に対して2から15質量%の範囲であることが好ましく、3から12質量%の範囲であることがより好ましく、3から10質量%の範囲であることがさらに好ましい。増ちょう剤の含有量が前記下限値未満の場合、グリース組成物が過度に軟化し、転がり軸受から漏洩する可能性がある。増ちょう剤の含有量が前記上限値を超える場合、転がり軸受に対する付着性が低下する可能性がある。それ故、前記範囲の含有量で増ちょう剤を含むことにより、本実施形態のグリース組成物は、転がり軸受から漏洩することなく転がり軸受に対して高い付着性を発揮して、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0020】
本態様のグリース組成物において、添加剤は、カーボンブラック、ポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」とも記載する)及びポリエチレンワックスを必須成分として含む。
【0021】
本態様のグリース組成物において、カーボンブラックの含有量は、前記グリース組成物の総質量に対して0.1から10質量%の範囲であることが好ましく、0.1から8質量%の範囲であることがより好ましく、0.1から5質量%の範囲であることがさらに好ましい。カーボンブラックの含有量が前記下限値未満の場合、転がり軸受に対する付着性が低下する可能性がある。また、カーボンブラックの含有量が前記上限値を超える場合、本態様のグリース組成物の流動性が低下し、本態様のグリース組成物を適用する転がり軸受において、該グリース組成物が十分に行き渡らない可能性がある。それ故、前記範囲の含有量でカーボンブラックを含むことにより、本態様のグリース組成物は、転がり軸受に対して高い付着性を発揮して、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0022】
本態様のグリース組成物において、PTFEの含有量は、前記グリース組成物の総質量に対して1から20質量%の範囲であることが好ましく、1から15質量%の範囲であることがより好ましく、1から10質量%の範囲であることがさらに好ましい。PTFEの含有量が前記下限値未満の場合、転がり軸受に対する付着性が低下する可能性がある。また、PTFEの含有量が前記上限値を超える場合、本態様のグリース組成物の流動性が低下し、本態様のグリース組成物を適用する転がり軸受において、該グリース組成物が十分に行き渡らない可能性がある。それ故、前記範囲の含有量でPTFEを含むことにより、転がり軸受に対して高い付着性を発揮して、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0023】
本態様のグリース組成物において、ポリエチレンワックスの含有量は、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であることが好ましく、0.1から5質量%の範囲であることがより好ましく、0.5から2質量%の範囲であることがさらに好ましい。前記範囲の含有量でポリエチレンワックスを含むことにより、本態様のグリース組成物は、転がり軸受に対して高い付着性を発揮して、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0024】
本態様のグリース組成物は、カーボンブラック、PTFE及びポリエチレンワックスに加えて、所望により、当該技術分野で通常使用される1種以上のさらなる添加剤を含むことができる。さらなる添加物としては、限定するものではないが、例えば、カーボンブラック及びPTFE以外の固体添加物、極圧剤、耐摩耗剤、油性剤、酸化防止剤、錆止め剤及び金属不活性化剤を挙げることができる。本態様のグリース組成物において、添加剤は、リン系化合物及びカルシウム系化合物をさらに含むことが好ましい。前記リン系化合物は、アミンホスフェートであることが好ましい。この場合、アミンホスフェートの含有量は、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であることが好ましく、0.05から1質量%の範囲であることがより好ましい。また、前記カルシウム系化合物は、過塩基性カルシウムスルホネートであることが好ましい。この場合、前記過塩基性カルシウムスルホネートの塩基価は、50から500 mgKOH/gの範囲であることが好ましい。前記過塩基性カルシウムスルホネートの含有量は、前記グリース組成物の総質量に対して0.05から5質量%の範囲であることが好ましい。前記特徴を有する添加剤を含むことにより、本態様のグリース組成物は、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0025】
本態様のグリース組成物は、厚い油膜を形成し、且つ高い付着性を有する。例えば、光干渉法弾性流体潤滑(EHL)測定システムによって測定した、本態様のグリース組成物の10 mm/sでの油膜厚さは、通常は120 nm以上であり、特に140 nm以上である。例えば、グリース切れ試験によって測定した、本態様のグリース組成物の摩擦係数が0.2に上昇するまでの時間は、通常は100秒以上であり、特に150秒以上である。例えば、森式転動剥離試験によって測定した、本態様のグリース組成物におけるテストプレート損傷までの回転数は、通常は250,000回転以上であり、特に280,000回転以上である。前記特徴を有する本態様のグリース組成物は、厚い油膜を形成し、且つ高い付着性を有することにより、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0026】
EHL油膜厚さ測定試験は、例えば、以下の手順で実施することができる。光干渉法EHL測定システムを用いて、EHL油膜形成領域におけるグリース組成物の油膜厚さを測定する。試験機のガラスディスクにグリース組成物を少量固定して塗布し、所定の荷重でボールを接触させ、ガラスディスクの回転速度を変化させながら、各回転速度におけるEHL油膜厚さを連続的に測定する。
【0027】
グリース切れ試験は、例えば、以下の手順で実施することができる。ボールオンディスク型試験機(Mini Traction Machine, MTM)のプレートにグリース組成物を少量固定して塗布し、所定の荷重でボールを接触させ、プレートの回転速度を変化させながら、摩擦係数が0.2に上昇するまでの時間を測定する。
【0028】
森式転動剥離試験は、例えば、以下の手順で実施することができる。森式転動剥離試験機(
図1)のテストプレートにグリース組成物を塗布する。塗布したグリース組成物にボール及び回転プレートを載置し、所定の荷重を付与しながら回転プレートを回転させる。テストプレートの損傷による振動が発生すると、振動を検知して自動的に装置が停止する。グリース組成物について、試験開始から停止するまでの回転数を集計する。
【0029】
本態様のグリース組成物は、通常は、転がり軸受に使用される。本態様のグリース組成物が適用される転がり軸受は、例えば、自動車等の車両の転がり軸受、特に、車軸用の転がり軸受であることが好ましい。
【0030】
本発明の別の一態様は、転がり軸受用グリース組成物の製造方法に関する。本態様の方法は、特に限定されず種々の方法を適用することができる。例えば、本態様の方法は、基油、増ちょう剤及び添加剤を混合する工程(以下、「混合工程」とも記載する)を含む。
【0031】
本態様の方法において、混合工程は、ロールミル、フライマミル、シャーロットミル又はホモゲナイザ等の当該技術分野において通常使用される混練手段を用いて実施することができる。混合工程において、各種成分を混合する順序は特に限定されない。例えば、基油に、増ちょう剤及び添加剤を同時に添加して混合してもよく、或いは別々に(例えば、連続的に又は所定の間隔を空けて)添加して混合してもよい。
【実施例0032】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
<I:グリース組成物の調製>
基油(合成炭化水素油及びエステル系油からなる混合油、動粘度:30 mm2/s(40℃))に、増ちょう剤(ジウレア化合物)及び添加剤を加えて、3本のロールミルで混練して、実施例1及び比較例1のグリース組成物を調製した。実施例1及び比較例1のグリース組成物における各成分の種類及び混合比、並びに含有量を表1に示す。表中、基油の混合比は、基油の総質量に対する各成分の質量比として示す。増ちょう剤の混合比は、原料成分の総モル数に対する各原料成分のモル比として示す。増ちょう剤及び添加剤の含有量は、グリース組成物の総質量に対する各成分の質量%として示す。
【0034】
【0035】
<II:グリース組成物の性能評価>
[II-1:油膜厚さ測定試験による弾性流体潤滑油膜の評価]
光干渉法EHL測定システムを用いて、EHL油膜形成領域における実施例1及び比較例1のグリース組成物の油膜厚さを測定した。試験機のガラスディスクにグリース組成物を少量固定して塗布し、所定の荷重でボールを接触させ、ガラスディスクの回転速度を変化させながら、各回転速度におけるEHL油膜厚さを連続的に測定した。
【0036】
[II-2:グリース組成物のグリース切れ試験によるグリース組成物の付着性の評価]
ボールオンディスク型試験機(Mini Traction Machine, MTM)を用いて、実施例1及び比較例1のグリース組成物の付着性を評価した。試験機のプレートにグリース組成物を少量固定して塗布し、所定の荷重でボールを接触させ、プレートの回転速度を変化させながら、摩擦係数が0.2に上昇するまでの時間を測定した。
【0037】
[II-3:森式転動剥離試験によるグリース組成物の寿命の評価]
森式転動剥離試験機(
図1)を用いて、実施例1及び比較例1のグリース組成物の寿命を評価した。試験機のテストプレート(S55C(60Φ×6)、プレート粗さ:Rz=3.0 μm、Rq=0.5 μm)にグリース組成物を塗布した。塗布したグリース組成物にボール(SUJ2(3/8インチ)、3個)及び回転プレートを載置し、荷重(700 N、面圧:3.0 GPa)を付与しながら回転プレートを回転(1800 rpm)させた。テストプレートの損傷による振動が発生すると、振動を検知して自動的に装置が停止する。実施例1及び比較例1のグリース組成物について、試験開始から停止するまでの回転数を集計した。また、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、停止後のボールの表面に付着した元素を測定した。
【0038】
[II-4:結果]
各種試験の結果を表2に示す。
【0039】
【0040】
表2に示すように、実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較してEHL油膜厚さが向上した。また、実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較してグリース切れまでの時間が長くなった。さらに、実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較して平均寿命が向上した。
【0041】
森式転動剥離試験における停止後のボール及びテストプレートの表面を表す画像を
図2に示す。図中、Aは、比較例1のグリース組成物の試験結果であり、Bは、実施例1のグリース組成物の試験結果である。A及びBにおいて、上図は、停止後のボールの表面の画像であり、下図は、停止後のテストプレートの表面の画像である。また、森式転動剥離試験における停止後のボールの表面に付着したリン及び酸素の検出量を表すグラフを
図3に示す。図中、白抜きの棒は、リン検出量を、黒塗りの棒は、酸素検出量を、それぞれ示す。縦軸は、検出された元素の総質量に対するリン又は酸素の質量%を示す。
【0042】
図2に示すように、森式転動剥離試験機が振動を検知して停止した時点で、ボール(上図)及びテストプレート(下図)の表面に損傷が発生した。しかしながら、損傷が発生するまでの回転数は、比較例1のグリース組成物と比較して実施例1のグリース組成物は大きかった(表2)。また、
図3に示すように、実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較して、損傷によってボールの表面に付着するリン及び酸素の検出量が少なかった。
【0043】
実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較して、厚い油膜を形成し、且つ高い付着性を有する。このため、実施例1のグリース組成物は、比較例1のグリース組成物と比較して、高い耐久寿命を有する。
【0044】
本発明のグリース組成物が高い耐久寿命を有する理由は、以下のように説明することができる。なお、本発明の各態様は、以下の作用及び原理に限定されるものではない。本発明のグリース組成物が高い耐久寿命を発揮する推定機構を表す模式図を
図4に示す。半固体状の潤滑剤であるグリースを転がり軸受に適用する場合、転動体の回転によって初期の充填状態からグリースが避けられる現象(グリースのチャネリング)が起きることが知られている。付着性が低いグリース(従来技術のグリース組成物、
図4の上図)の場合、潤滑部近傍からグリースが避けられて、潤滑部へのグリースの供給が不足する(ステップ1)。さらにグリースの供給が不足すると、潤滑部近傍の油膜厚さが低下して、軸受部と転動体との間に反応膜が形成される(ステップ2)。さらに転動体を回転させると、反応膜の破壊が形成を上回り、軸受部と転動体との間で金属接触が発生して、軸受部と転動体との間で損傷が発生する(ステップ3)。これに対し、付着性が高いグリース(本発明のグリース組成物、
図4の下図)の場合、除電特性を有するカーボンブラック及びPTFEを添加剤として含むため、良好な付着性を示す(ステップ1)。この良好な付着性により、チャネリングの発生を抑制し、潤滑部近傍にグリースが付着して、厚い油膜を保持することができる(ステップ2)。このため、軸受部と転動体との間で形成される反応膜が少ないまま油膜切れが発生し、軸受部と転動体との間で金属接触が発生して、軸受部と転動体との間で損傷が発生する(ステップ3)。それ故、本発明のグリース組成物を転がり軸受に適用する場合、本発明のグリース組成物は、厚い油膜を形成し、且つ高い付着性を有することにより、軸受部と転動体との間で金属接触が発生することを実質的に抑制して、高い耐久寿命を発揮することができる。
【0045】
なお、本発明は、前記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施例は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加、削除及び/又は置換をすることが可能である。