(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158416
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法および鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液
(51)【国際特許分類】
G01N 1/32 20060101AFI20241031BHJP
【FI】
G01N1/32 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073601
(22)【出願日】2023-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】板橋 大輔
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA11
2G052AA12
2G052AB01
2G052AB27
2G052AD12
2G052AD32
2G052AD52
2G052BA24
2G052EC14
2G052FB10
2G052GA09
2G052GA33
2G052JA09
(57)【要約】
【課題】電解抽出によって抽出された鉄鋼材料中の金属化合物微粒子を、損失させることなく安定して分散回収することが可能な、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法を提供する。
【解決手段】鉄鋼材料含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、鉄鋼材料を電解する電解工程と、鉄鋼材料を電解溶液中に浸漬した状態で、電解溶液に対して、超音波を印加して鉄鋼材料の表面から前記金属化合物微粒子を脱離させて、電解溶液中に金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含む、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料を含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、前記鉄鋼材料を電解する電解工程と、
前記鉄鋼材料を前記電解溶液中に浸漬した状態で、前記電解溶液に対して、超音波を印加して前記鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させて、前記電解溶液中に前記金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含む、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
【請求項2】
前記電解溶液が、前記金属化合物微粒子を分散させる機能を有する請求項1に記載の、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
【請求項3】
前記電解工程に引き続き、前記電解溶液に対して、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2以下となるように、任意の溶媒を添加する分散液調製工程を有する請求項1に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
【請求項4】
鉄鋼材料を含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、前記鉄鋼材料を電解する電解工程と、
前記鉄鋼材料を前記電解溶液中に浸漬した状態で、前記電解溶液に対して、超音波を印加して前記鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させて、前記電解溶液中に前記金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含み、
前記電解溶液が、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2以下となる溶媒を含む、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
【請求項5】
前記電解溶液は、鉄と錯体を形成する錯化剤を含む、請求項1または請求項4に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
【請求項6】
請求項1または請求項4に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法によって得られた前記金属化合物微粒子を含む前記電解溶液を分析する分析工程を有する、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
【請求項7】
前記分析工程は、前記金属化合物微粒子を分散させた前記電解溶液に対して、フィールドフローフラクショネーション法を行うことにより、前記金属化合物微粒子を粒子サイズ毎に分別する工程と、
粒子サイズ毎に分別された前記金属化合物微粒子の成分を分析する工程と、を有する請求項6に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
【請求項8】
前記分析工程は、前記金属化合物微粒子を分散させた前記電解溶液に対して、前記電解溶液中の前記金属化合物微粒子を残しつつ液相成分を除去することにより、前記金属化合物微粒子を含む電子顕微鏡観察用の試料を作製する工程と、
前記試料を電子顕微鏡で観察する工程と、を有する請求項6に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
【請求項9】
鉄鋼材料を含む電極と対極とを浸漬し、前記鉄鋼材料を電解して前記鉄鋼材料に含まれる金属化合物微粒子を抽出して前記金属化合物微粒子を分散させるための電解溶液であり、
前記電解溶液は、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2未満となる溶媒を含む鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
【請求項10】
25℃における比誘電率が30以上である、請求項9に記載の鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法および鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料中に含まれる介在物や析出物(以下、金属化合物微粒子という)は、その大きさや数量、化学組成などが鉄鋼材料の特性に大きな影響を及ぼす。例えば、粒径が数十マイクロメートルオーダーの比較的大きな金属化合物微粒子は、鉄鋼材料の特性を劣化させる有害なものとして扱われている。その一方で、近年、マイクロメートルオーダーあるいはそれ以下の大きさの金属化合物微粒子を積極的に利用して鋼の組織を制御することにより、鉄鋼材料の各種の特性を向上させる技術が発展している。これに伴い、鉄鋼材料中の微小な金属化合物微粒子の定量分析や粒度分布測定等を適切に行うニーズが高まっている。
【0003】
こうしたニーズを実現するには、金属化合物微粒子が溶媒中に安定して分散する溶液を調製する必要がある。そこで、従来から、鉄鋼材料から金属化合物微粒子を抽出分離する段階と、抽出分離された金属化合物微粒子を液中に分散させる段階とを経ることにより、金属化合物微粒子を分散させた分散液の調製が試みられている。
【0004】
鋼中の金属化合物微粒子の抽出分離法としては、非水電解液を用いた電解抽出法が知られている。電解抽出法は、鉄鋼材料を陽極とし、白金電極を陰極とし、これら陽極及び陰極を非水電解液に浸漬させた上で、電気分解を行うことによって、鉄鋼材料のマトリックスである鉄を溶解させて、金属化合物微粒子を抽出させる方法である。
【0005】
非水電解液を用いた鉄鋼材料の電解抽出法では、抽出対象の物質に応じた溶媒と電位を選ぶことにより、金属化合物微粒子を選択的に抽出できるという特長がある。例えば、非特許文献1には、鉄鋼材料の電解抽出方法に使用する電解溶液として、鉄のキレート剤として10%アセチルアセトン(AA)や4%サリチル酸メチル-1%サリチル酸(MS)等を含み、支持電解質として1%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)を含む非水溶媒電解溶液が記載されている。これらの電解溶液中では、抽出された金属化合物微粒子が電解溶液中で凝集する場合があるので、金属化合物微粒子のサイズの測定を行うために、別途、適当な分散溶液中に鋼材試料を浸漬してから超音波印加するなどして、金属化合物微粒子を分散溶液中に分散させる必要がある。
【0006】
しかし、従来、電解抽出直後の鉄鋼材料の表面には、ほとんどの金属化合物微粒子が付着した状態にあり、そのままの状態で分散溶液中にて回収されていたと考えられていたが、最近になって、電解抽出工程において一部の金属化合物微粒子が鉄鋼材料の表面から脱落して電解溶液に残存してしまい、全量が分散溶液に回収されず、その結果、その後の分析段階において定量分析値が低値になるという問題が顕在化した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“試料分析講座 鉄鋼分析”,社団法人日本分析化学会編,丸善出版株式会社,平成23年9月15日発行,p.91,p.101
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、電解抽出によって抽出された鉄鋼材料中の金属化合物微粒子を、損失させることなく安定して分散回収することが可能な、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法および鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 鉄鋼材料を含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、前記鉄鋼材料を電解する電解工程と、
前記鉄鋼材料を前記電解溶液中に浸漬した状態で、前記電解溶液に対して、超音波を印加して前記鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させて、前記電解溶液中に前記金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含む、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
[2] 前記電解溶液が、前記金属化合物微粒子を分散させる機能を有する[1]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
[3] 前記電解工程に引き続き、前記電解溶液に対して、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2以下となるように、任意の溶媒を添加する分散液調製工程を有する[1]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
[4] 鉄鋼材料を含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、前記鉄鋼材料を電解する電解工程と、
前記鉄鋼材料を前記電解溶液中に浸漬した状態で、前記電解溶液に対して、超音波を印加して前記鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させて、前記電解溶液中に前記金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含み、
前記電解溶液が、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2以下となる溶媒を含む、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
[5] 前記電解溶液は、鉄と錯体を形成する錯化剤を含む、[1]または[4]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法。
[6] [1]または[4]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法によって得られた前記金属化合物微粒子を含む前記電解溶液を分析する分析工程を有する、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
[7] 前記分析工程は、前記金属化合物微粒子を分散させた前記電解溶液に対して、フィールドフローフラクショネーション法を行うことにより、前記金属化合物微粒子を粒子サイズ毎に分別する工程と、
粒子サイズ毎に分別された前記金属化合物微粒子の成分を分析する工程と、を有する[6]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
[8] 前記分析工程は、前記金属化合物微粒子を分散させた前記電解溶液に対して、前記電解溶液中の前記金属化合物微粒子を残しつつ液相成分を除去することにより、前記金属化合物微粒子を含む電子顕微鏡観察用の試料を作製する工程と、
前記試料を電子顕微鏡で観察する工程と、を有する[6]に記載の鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法。
[9] 鉄鋼材料を含む電極と対極とを浸漬し、前記鉄鋼材料を電解して前記鉄鋼材料に含まれる金属化合物微粒子を抽出して前記金属化合物微粒子を分散させるための電解溶液であり、
前記電解溶液は、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2未満となる溶媒を含む鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液。
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
ただし、式(1)におけるδd1は前記金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は前記金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は前記金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は前記溶媒のロンドン分散力、δp2は前記溶媒の双極子間力、δh2は前記溶媒の水素結合力である。
[10] 25℃における比誘電率が30以上である、[9]に記載の鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電解抽出によって抽出された鉄鋼材料中の金属化合物微粒子を、損失させることなく安定して分散回収することが可能な、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法および鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、フィールドフローフラクショネーション装置の要部を示す断面模式図。
【
図2A】
図2Aは、AlNのハンセン溶解度パラメータを求める際に作成したハンセン空間およびハンセン溶解球を示す図。
【
図2B】
図2Bは、TiNのハンセン溶解度パラメータを求める際に作成したハンセン空間およびハンセン溶解球を示す図。
【
図3】
図3は、各種のペレット試料を作用極(WE)としてLSV測定を行った場合の電解電位-電流曲線を示す図(電解溶液:5体積%アセチルアセトン(AA)-1質量%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)-79体積%N,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)-16体積%Water(水))。
【
図4】
図4は、実施例1および比較例1のFFF-ICP質量分析の測定結果を示すグラフであって、m/z=27のイオン強度を示す図。
【
図5】
図5は、実施例1および比較例1のFFF-ICP質量分析の測定結果を示すグラフであって、m/z=93のイオン強度を示す図。
【
図6】
図6は、比較例に用いた電解溶液中に残存したAlNおよびNbNを示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、鉄鋼材料中に含まれる金属化合物微粒子を、電解抽出するとともに、抽出後の金属化合物微粒子を凝集させることなく安定して分散させることが可能な電解溶液を検討する中で、ハンセン溶解度パラメータに着目した。ハンセン溶解度パラメータδtは、物質の溶解性の予測に用いられる指標であり、Hildebrandが定義した溶解度パラメータ(凝集エネルギー密度)をさらに三成分に分解したものであり、以下の式(A)で示すことができる。
【0013】
δt=(δd
2+δp
2+δh
2)1/2 …(A)
【0014】
式(A)において、δdは分子間のロンドン分散力、δpは分子間の双極子間力、δhは分子間の水素結合力である。
【0015】
一般に、溶解度パラメータは、溶液中での分子間力を溶解力のパラメータとみなして定義され、2種類の成分混合に要するエネルギーΔEMは、『成分1および成分2がそれぞれ純物質として存在する場合の凝集エネルギーと、成分1と成分2との混合物である場合の凝集エネルギーの差』として表現できる。つまり、二種類の物質に対して溶解度パラメータがそれぞれ分かっている場合、この値が近ければ近いほど混じり合うのに要するエネルギーが小さくなり、溶解しやすくなる。
【0016】
式(A)における3種のパラメータは、三次元空間(ハンセン空間)における座標とみなせる。そして2種の物質のハンセン溶解度パラメータをそれぞれハンセン空間内に置いたとき、2点間の距離が近ければ近いほど互いに溶解しやすいことが示唆される。2点間の距離は、下記式(B)に示すハンセン溶解度パラメータ距離Raで表すことができる。
【0017】
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(B)
【0018】
式(B)におけるδd1は成分1のロンドン分散力、δp1は成分1の双極子間力、δh1は成分1の水素結合力、δd2は成分2のロンドン分散力、δp2は成分2の双極子間力、δh2は成分2の水素結合力である。
【0019】
ハンセン溶解度パラメータ距離Raは、上述のように、物質の溶解性の予測に用いられ、特に有機材料同士の相溶性の評価に用いられるが、本発明者らは、鉄鋼材料に含まれる金属化合物微粒子の凝集性を評価するパラメータとして利用することを検討した。その結果、対象とする金属化合物微粒子と、選定候補の電解溶液の溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Raが所定の範囲内にある場合に、金属化合物微粒子が当該溶媒中で凝集せずに分散することを見出した。
【0020】
ハンセン溶解度パラメータ距離Raが所定の範囲内にある溶媒を含む電解溶液は、鉄鋼材料の電解抽出が可能であるとともに、電解抽出された金属化合物微粒子をそのまま電解溶液に分散させることが可能になる。そして、金属化合物微粒子が分散された電解溶液は、そのまま、様々な分析方法の試料として使用可能になる。すなわち、従来の電解溶液は、電解抽出が可能であったが金属化合物微粒子を凝集させてしまうために、電解抽出後の鉄鋼材料を電解溶液から別の分散溶媒に移した上で、当該分散溶媒中において金属化合物微粒子を分散させる必要があったところ、本発明では電解溶液中において金属化合物微粒子を凝集させず分散させることが可能であるため、こうした操作が不要になり、金属化合物微粒子が分散された電解溶液を、各種の分析手法の試料として、例えば、フィールドフローフラクショネーション法の試験液として、また、透過型電子顕微鏡の支持膜法による試料作成時の試料として、更には金属化合物微粒子の成分分析の試料として、使用することができる。これにより、電解工程において一部の金属化合物微粒子が鉄鋼材料の表面から脱落して電解溶液に残存した場合であっても、電解抽出した金属化合物微粒子の全量を分散回収することができ、その後の分析段階において定量分析値が低値になることがなく、金属化合物微粒子のサイズ測定の精度や個数密度分布評価の定量性の精度を改善できる。
【0021】
以下、本発明の実施形態である、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分散回収方法(以下、分散回収方法という場合がある)、鉄鋼材料中の金属化合物微粒子の分析方法(以下、分析方法という場合がある)および鉄鋼材料の電解抽出用の電解溶液について説明する。
【0022】
本実施形態の分散回収方法は、鉄鋼材料を含む電極と対極とを電解溶液中に浸漬し、鉄鋼材料を電解する電解工程と、鉄鋼材料を電解溶液中に浸漬した状態で、電解溶液に対して、超音波を印加して鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させて、電解溶液中に前記金属化合物微粒子を分散させる分散工程と、を含む。
【0023】
電解工程におよび分散工程に用いられる電解溶液は、分散回収対象の金属化合物微粒子を分散させる溶媒を含む必要がある。より具体的に、電解溶液は、下記(1)式に示す、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Raが、8.0(J/cm3)1/2以下となる溶媒を含むことが好ましい。
【0024】
Ra=[4(δd1-δd2)2+(δp1-δp2)2+(δh1-δh2)2]1/2 …(1)
【0025】
ただし、式(1)におけるδd1は金属化合物微粒子のロンドン分散力、δp1は金属化合物微粒子の双極子間力、δh1は金属化合物微粒子の水素結合力、δd2は溶媒のロンドン分散力、δp2は溶媒の双極子間力、δh2は溶媒の水素結合力である。
【0026】
より具体的には、金属化合物微粒子毎に、金属化合物微粒子と選定候補の溶媒との間のハンセン溶解度パラメータ距離Raを求め、金属化合物微粒子毎のハンセン溶解度パラメータ距離Raの全てが8.0(J/cm3)1/2以下となる場合に、選定候補の溶媒を、電解溶液に利用可能な溶媒とすることが好ましい。
【0027】
その前提として、金属化合物微粒子および溶媒のハンセン溶解度パラメータを把握する。
【0028】
溶媒のハンセン溶解度パラメータは、公知のものを使うことができる。表1に、その一例を示す。
【0029】
【0030】
また、2種以上の溶媒を混合した混合溶媒のハンセン溶解度パラメータは、以下の計算式によって求めることができる。
【0031】
例えば、a体積%の溶媒Aとb体積%(a+b=100%)の溶媒Bからなる2成分系の混合溶媒について、混合溶媒のロンドン分散力δdM、双極子間力δpM、水素結合力δhMはそれぞれ、次の式(C)~式(E)によって求める。3成分系の混合溶媒の場合も同様に、体積分率を乗じたものとする。
【0032】
δdM=(a×δdA+b×δdB)/(a+b) …(C)
δpM=(a×δpA+b×δpB)/(a+b) …(D)
δhM=(a×δhA+b×δhB)/(a+b) …(E)
【0033】
式(C)~式(E)において、δdAは溶媒Aのロンドン分散力、δpAは溶媒Aの双極子間力、δhAは溶媒Aの水素結合力であり、δdBは溶媒Bのロンドン分散力、δpBは溶媒Bの双極子間力、δhBは溶媒Bの水素結合力である。
【0034】
金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータは、公知のものを利用してもよく、実験で求めてもよい。表2に、その一例を示す。なお、表2における数値の単位は(J/cm3)1/2である。
【0035】
【0036】
金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータを実験によって測定する場合は、公知の方法によって行えばよい。具体的には、例えば、ハンセン溶解度パラメータが既知である表1に示される28種類の溶媒にそれぞれ、あらかじめ一次粒子径が既知である金属化合物微粒子を添加し、超音波処理を施す。一定時間(例えば1時間)の静置後に、各粒子の分散性、すなわち、分散しているか凝集しているかを評価する。分散性の評価には、沈降法または動的光散乱法(例えば、Malvern製、Zetasizer NanoS装置)を用いる。
【0037】
沈降法による場合の分散性の判断は、各種溶媒中での重力または遠心力による粒子の沈降速度からストークス径を測定し、既知の一次粒子径と近似する場合に、分散していると評価する。また、動的光散乱法による場合の判断は、動的光散乱装置によって測定された流体力学的径と、既知の一次粒子径とが近似する場合に、分散していると評価する。
金属化合物微粒子の分散性を評価する溶媒としては、上記の手順で分散していると評価される溶媒が少なくとも4種以上であり、分散していると評価される溶媒と分散していると評価されない溶媒とを合わせて20種以上であれば、金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータを再現性良く決定することができる。
【0038】
次いで、28種類の溶媒のハンセン溶解度パラメータを、ハンセン空間にプロットする。このとき、ハンセン空間上で、金属化合物微粒子が分散した溶媒と、金属化合物微粒子が凝集した溶媒とを区別できるようにしておく。そして、金属化合物微粒子が分散した溶媒のプロットを全て内部に包含するような、ハンセン溶解球を、最小二乗法により計算して求める。そして、ハンセン空間におけるハンセン溶解球の重心の位置を、金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータとする。ハンセン空間を利用した上記の計算は、市販のソフトウエア(ソフトウエア名:HSPiP、提供元:Pirika.com)を利用して計算することができる。表2に記載の金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータは、上記の方法によって求められたものである。
【0039】
選定対象の溶媒および金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータが確定したら、鉄鋼材料から電解抽出され得る金属化合物微粒子毎に、金属化合物微粒子と選定候補の溶媒との間のハンセン溶解度パラメータ距離Raを、上記の(1)式により求める。
【0040】
次に、算出した金属化合物微粒子毎のハンセン溶解度パラメータ距離Raが全て8.0(J/cm3)1/2以下となるかどうかを判断する。そして、全部のハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0(J/cm3)1/2以下の場合に、選定候補の溶媒を、利用可能な電解溶液の溶媒として選定する。
【0041】
溶媒の選定基準となるハンセン溶解度パラメータ距離Raの上限(8.0(J/cm3)1/2以下)は、実験によって決定した値である。具体的には、種々の溶媒に各種の金属化合物微粒子を添加し、超音波振動を付与して分散させ、その後12時間程度静置して、分散するか沈降するかを観察し、分散評価結果を得る。このようにして得られた分散評価結果と、溶媒と金属化合物微粒子とのそれぞれの組合せについて、ハンセン溶解度パラメータ距離Raとを比較照合すると、ハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0(J/cm3)1/2以下の組合せでは、金属化合物微粒子は溶媒中で分散し、8.0(J/cm3)1/2超の組合せでは、金属化合物微粒子は溶媒中で沈降する(すなわち分散しない)ということがわかった。従って、ハンセン溶解度パラメータ距離Raの上限値(8.0(J/cm3)1/2以下)は、鉄鋼材料に含まれうる金属化合物微粒子が溶媒中で分散するか否かを判別するための閾値として利用可能である。
【0042】
ハンセン溶解度パラメータ距離Raが小さいほど、溶媒に対する金属化合物微粒子の分散性が良好になる。ハンセン溶解度パラメータ距離Raの上限値は、より好ましくは5.0(J/cm3)1/2以下であり、さらにより好ましくは、3.0(J/cm3)1/2以下である。しかし、ハンセン溶解度パラメータ距離Raが過剰に小さいと、金属化合物微粒子が溶媒に溶解する可能性がある。このため、ハンセン溶解度パラメータ距離Raは1.0(J/cm3)1/2以上としてもよい。
【0043】
本実施形態では、利用可能な溶媒として、複数の溶媒が選定される可能性がある。その場合、更なる絞り込みの選定基準としては、ハンセン溶解度パラメータ距離Raがより小さくなるものを選定することが好ましい。また、その他の絞り込みの選定基準として、電解工程及び分散回収工程後の分析工程において、例えば、フィールドフローフラクショネーション法や電子顕微鏡観察において、取り扱いに支障のないものを選定してもよい。また、人体や環境に悪影響を及ぼさない溶媒を選定してもよい。
【0044】
また、本実施形態の電解溶液の溶媒として、比誘電率が適当なものを選択することが、電解工程の効率を向上できる点で好ましい。具体的には、25℃における比誘電率εrが30以上、より好ましくは32.7以上である溶媒を選択するとよい。これにより、電解溶液中に支持電解質を十分に溶解させることができ、電解抽出の効率を向上することが可能になる。25℃における比誘電率εrが30未満の場合でも電解工程を行うことが可能だが、電解処理に長時間を要する可能性がある。比誘電率の上限は特に規定する必要はないが、水の比誘電率が78.54程度であることから、比誘電率の条件が78.54以下とする。なお、選定候補の溶媒が混合溶媒である場合は、混合溶媒を構成する各溶媒の比誘電率の体積分率で重み付けした加重平均値を、混合溶媒の比誘電率とすればよい。
【0045】
更に、本実施形態の電解溶液には、鉄と錯体を形成する錯化剤を含むことが好ましい。鉄との錯体を形成する錯化剤としては、アセチルアセトン、サリチル酸、無水マレイン酸、クエン酸、フタル酸など、公知のものを用いることができる。なお、ハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0(J/cm3)1/2以下となる溶媒に、鉄と錯体を形成する錯化剤が含まれるのであれば、それをそのまま用いることができる。
【0046】
更に、本実施形態の電解溶液には、電解質が含有されることが好ましい。電解質として、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム、塩化テトラメチルアンモニウム、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラエチルアンモニウム、塩化テトラブチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウムテトラフルオロボラート、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロホスファートのうちいずれか1種または2種以上を含有することが好ましい。これらの電解質を含有することで、電解溶液に電気伝導度を付与することができ、電解抽出用の電解溶液として利用できる。
【0047】
電解溶液における電解質の配合率は、0.001~5.0質量%の範囲が好ましく、0.1~1.0質量%の範囲がより好ましい。電解質の配合率が0.001質量%以上であれば、電解に必要十分な電流を流すことができる。また、5.0質量%以下であれば、電解速度が速くなりすぎることがない。
【0048】
また、鉄鋼材料に含まれうる金属化合物微粒子の全てを、一度の電解工程によって抽出させることが困難な場合がある。そのため、通常、電解条件は、金属化合物微粒子毎に最適な条件に設定する。従って、本実施形態の選定方法では、実際の分析対象である鉄鋼材料に含まれうる金属化合物微粒子のうち、一度の電解によって同時に抽出可能な1種または2種以上の金属化合物微粒子を対象として、電解溶液用の溶媒を選定してもよい。
【0049】
更に、電解溶液の溶媒として、鉄鋼材料中の分析対象の金属化合物微粒子と溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Ra(J/cm3)1/2が8.0以下となり、かつ、鉄鋼材料中の分析対象外の金属化合物微粒子と当該溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0超となる溶媒を選定してもよい。ここで、溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0以下となる金属化合物微粒子は、例えば、粒径測定を目的とする対象であってもよく、ハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0超となる金属化合物微粒子は、粒径測定の必要がない粒子であってもよい。
【0050】
分析対象外の金属化合物微粒子は、溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Ra(J/cm3)1/2が8.0超であるため、電解溶液中で分散せずに凝集沈降するようになる。一方、分析対象の金属化合物微粒子は、電解溶液中で分散状態のままとなるので、適当な大きさの孔径を有するフィルターによるろ過を行うことで、分析対象の金属化合物微粒子と、分析対象外の金属化合物微粒子とを分別することが可能になる。
【0051】
すなわち、溶媒とのハンセン溶解度パラメータ距離Ra(J/cm3)1/2が8.0超である分析対象外の金属化合物微粒子は、電解溶液中で凝集し、ろ過工程でフィルター上に残存するので、ろ液への混入が少なくなり、粒径測定を目的とする金属化合物微粒子の粒径測定や元素分析が正確かつ容易に実施可能となる。
【0052】
本実施形態の選定方法に適用可能な鉄鋼材料は、特に制限はない。また、対象とする金属化合物微粒子についても特に制限はないが、炭化物または/および窒化物であることが好ましい。
【0053】
(電解工程)
電解工程は、鉄鋼材料を電解して鉄鋼材料中の金属化合物微粒子を抽出する工程である。本実施形態に係る電解工程は、電解液を用いた一般的な鉄鋼材料の電解抽出法を適用できる。すなわち、本実施形態の電解工程では、選定した溶媒を含む電解溶液に、鉄鋼材料を含む陽極と、陰極とを浸漬させ、電解溶液中で鉄鋼材料を電解する。陰極としては例えば白金電極を用いるとよい。
【0054】
電解条件は、定電位条件、定電流条件のいずれでもよい。電解の際に、所定の電位、電流を採用することで、対象とする金属化合物微粒子は溶解させずに鉄マトリックスのみを選択的に溶解させることが可能である。
【0055】
電解工程後の鉄鋼材料の表面には、マトリックスである鉄が除かれた結果、金属化合物微粒子が表面に付着した状態で抽出されている。また、一部の金属化合物微粒子は、鉄鋼材料の表面から脱落して電解溶液中に分散している場合もある。
【0056】
(分散回収工程)
電解工程の終了後に分散回収工程を行う。分散回収工程では、鉄鋼材料が電解溶液中に浸漬されたままの状態で、電解溶液に対して、超音波を印加して鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させ、電解溶液中に金属化合物微粒子を分散させる。すなわち、電解溶液をそのまま分散液として用いる。超音波を印加することで、鉄鋼材料から金属化合物微粒子の解離が促進される。超音波の印加時間は、例えば2分以内がよく、1分以内がより好ましい。
【0057】
電解工程によって鉄鋼材料の表面に現れた金属化合物微粒子は、分散回収工程を経ることによって、電解溶液中に分散される。電解溶液の溶媒は、鉄鋼材料に含まれうる金属化合物微粒子の全て、または実際の分析対象である鉄鋼材料に含まれうる金属化合物微粒子とのハンセン溶解度パラメータ距離Raが8.0(J/cm3)1/2以下であるので、金属化合物微粒子を長時間に渡り安定して分散させた状態に保つことができ、金属化合物微粒子の凝集を防止できる。
【0058】
なお、分散回収工程の段階で、電解溶液に分散剤を添加してもよい。分散剤は例えば、ドデシル硫酸ナトリウム(以下、SDSという。)、コール酸ナトリウム(以下、SCという。)などを例示できる。分散剤の濃度は、50~3000ppm程度でよい。なお、分散剤はSDS、SCに限定されるものではない。これらの分散剤を電解溶液に添加することにより、長時間にわたる分散安定性が向上し、1日以上にわたって、安定した分散状態を維持できる。
【0059】
(分析工程)
次に、本実施形態の分析方法を説明する。本実施形態の分析方法では、分散回収工程によって得られた金属化合物微粒子を含む電解溶液を分析する分析工程を行う。以下、分析工程の具体例を説明する。
【0060】
(第1の例)
分析工程の第1の例として、フィールドフローフラクショネーション法(以下、FFF法という)への適用を挙げることができる。第1の例では、上述の分散回収工程によって得られた電解溶液に対して、フィールドフローフラクショネーション法を行うことにより、金属化合物微粒子を粒子サイズ毎に分別する分別工程と、粒子サイズ毎に分別された金属化合物微粒子の成分を分析する分析工程とを行う。
【0061】
図1に、本例に適用可能なFFF装置の一例を示す。このFFF装置は、展開溶液が流通する分離セル16、分離セル16内に配置された透過性膜21、クロスフロー14を分離セル16に導入する図示略のクロスフロー導入部、試験液15(分散回収工程後の電解溶液)を分離セル16に導入する図示略のサンプル導入部、分離セル16内での展開溶液やクロスフロー14の流れを制御する図示略の制御手段と、が備えられる。クロスフロー14とは展開溶液による
図1の上から下に向かう流れである。
【0062】
分離セル16は、所定の間隔を空けて配置された上部筐体16a及び下部筐体16bから構成される。分離セル16の内部空間は、展開溶液が流通するチャネル部16cである。下部筐体16bはメッシュ状の部材から構成される。下部筐体16bのチャネル部16c側には透過性膜21が積層されている。透過性膜21は、電解溶液の溶媒や展開溶液などの液体成分は透過させるが、金属化合物微粒子は透過させないものである。
更に、分離セル16の図中右側には、図示略のICP質量分析装置が接続されている。
【0063】
次に、分別工程及び分析工程を行う。
分別工程では、FFF法の試験液として、上述の分散回収方法によって得られた電解溶液を用いる。電解溶液には、分散剤を含んでいてもよい。分散剤は、例えば、SDS、SCを例示できる。分散剤の濃度は、50~3000ppm程度でよい。
【0064】
分別工程では、まず、FFF装置において、クロスフロー14と呼ばれる展開溶液の流れを生じさせる。更に、分離セル16の左側と右側からも展開溶液を流す。これにより、左右両側から相対するように流れる展開液の流れが、クロスフロー14の流れに導かれて、透過性膜21に向かう流れを形成させる。この流れが安定した後、金属化合物微粒子を含む試験液15(電解溶液)を展開液に添加する。
【0065】
すると、展開溶液の流れに乗って、金属化合物微粒子は透過性膜21の近傍に局所的に濃縮される。展開溶液の流れを所定の時間に渡って保持すると、金属化合物微粒子が次第にブラウン運動を伴い拡散する。透過性膜21には大きなサイズの大粒子20がクロスフロー14の流れによって押し付けられるが、その一方で、比較的サイズが小さな中粒子19及び小粒子18は、ブラウン運動により分離セル16中に浮遊した状態になる。小粒子18ほど上方に浮遊しやすくなる。この操作をフォーカシングと呼ぶ。この状態にすることで、分離セル16の中で金属化合物微粒子がサイズ毎に並び替えられることとなる。
【0066】
その後、クロスフロー14を維持したまま、分離セル16の左右から押し付けていた展開溶液の流れを変えて、展開溶液からなるチャネルフロー17を形成させる。チャネルフロー17は層流であり、
図1に示すような流速分布を有している。すなわち、チャネル部16cの厚さ方向中心での流速が最も速く、中心から離れるに従って流速が遅くなる。すなわち、小粒子18の存在領域では流速が大きく、大粒子20の存在領域では流速が小さくなる。
【0067】
このとき、透過性膜21近傍に金属化合物微粒子を留める役割のクロスフロー14の圧力を徐々に低下させると、分離膜21近傍に留められていた金属化合物微粒子が、チャネルフロー17の層流の流れに乗って、徐々に小さな粒子から大きな粒子の順で右側に排出される。
【0068】
なお、FFFの分離原理としては、クロスフロー液による押さえつけ力とブラウン運動との組み合わせの他に、重力、電場、磁場、温度勾配等を利用してもよい。
【0069】
次に、分析工程について説明する。FFF法によってサイズ毎に分離された金属化合物微粒子は、チャネルフロー17によって、FFF装置の外部に設置されているICP質量分析装置に導かれる。ICP質量分析装置には、粒径の小さい順に金属化合物微粒子が到達する。到達した金属化合物微粒子は、プラズマの熱エネルギーにより原子レベルまで分解、その後イオン化されて、質量分析計に導入される。質量分析計によって、各金属化合物微粒子に特有な質量スペクトルを得る。また、各イオンの検出量を縦軸とし、検出時間を横軸とする各イオンの時間変化量のチャートも得られる。
【0070】
また、FFF装置とICP質量分析装置の間に、レーザ光照射検出装置を配置してもよい。レーザ光照射検出装置において複数角度に設置された光検出器より、レーザ光散乱された光強度を得る。小さな粒子の場合は、角度依存性が非常に少なく全方位散乱現象を示す。一方、粗大な粒子になるにつれて、前方散乱現象が強くなるため、この角度依存性の傾きを取ることにより金属化合物微粒子のサイズを一義的に決定できる。
【0071】
金属化合物微粒子は、電解溶液中において凝集沈降せずに分散されているので、FFF装置に対して適切な量の金属化合物微粒子を導入することができる。これにより、FFF装置の後段に設置したICP質量分析装置やレーザ光検出装置において、金属化合物微粒子を確実に検出することができる。
【0072】
また、電解溶液がFFF装置に導入された後も、金属化合物微粒子は凝集せずに分散された状態が維持される。これにより、FFF法において、分離セル16内にて金属化合物微粒子のサイズ毎の並び替えが適切に行われて、小さな粒子から大きな粒子の順に導出させることが可能になり、粒子サイズ毎にICP質量分析装置などによる分析を行うことができる。この他、電解溶液をレーザ回折粒度分布測定装置で粒度分布を測定してもよい。また、ICP質量分析装置に電解溶液を直接導入して、シングルパーティクル法によって、粒度と元素組成を分析してもよい。
【0073】
尚、分析工程の前に、電解溶液をフィルターでろ過して、ろ液を分析に用いてもよい。フィルターの孔径は適宜選択することができる。
一例として、フィルターの孔径は、所定の値dm(μm)として、2.0×dm以上2.5dm以下であることが望ましい。所定の値dm(μm)は、例えば、この後の粒径測定や元素分析において、粒径dm(μm)以上の粒子が存在すると支障をきたすものとして決めてもよい。粒径測定や元素分析において支障をきたす例としては、粒子を搬送するための配管の詰まりやICP質量分析装置のネブライザーの詰まりが挙げられる。フィルターの孔径が2.0×dm(μm)未満の場合、粒径がdm(μm)未満の粒子もフィルター上に残留する割合が多くなり、粒径測定を目的とする対象の金属化合物微粒子の粒径を正確に測定できない。フィルターの孔径が2.5×dm(μm)を超えると、粒径がdm(μm)以上の粒子がろ液に混入する割合が多くなり、粒径測定や元素分析に支障をきたす。dmは例えば、1~5μmの範囲で適宜選択されうる。
【0074】
(第2の例)
次に、分析工程の第2の例を説明する。第2の例では、上述の分散回収工程によって得られた電解溶液に対して、電解溶液中の金属化合物微粒子を残しつつ液相成分を除去することにより、金属化合物微粒子を含む電子顕微鏡観察用の試料を作製する試料作成工程と、試料を電子顕微鏡で観察する観察工程と、を行う。
【0075】
試料作成工程では、例えば、透過型電子顕微鏡の観察用の支持膜上において、電解溶液中の金属化合物微粒子を残しつつ液体成分を除去する。電解溶液には、固体成分である金属化合物微粒子の他に、液体成分である溶媒や錯化剤が含まれる。試験観察工程では、電解溶液を加熱または減圧して液体成分を蒸発させるか、あるいは電解溶液を25℃程度の室温のまま保持して液体成分を揮発させる。液体成分が除去されたことにより、観察用の支持膜上に、金属化合物微粒子が分散した状態で残存する。
【0076】
次に、観察工程では、金属化合物微粒子を支持膜ごと透過型電子顕微鏡に導入して、金属化合物微粒子の形態観察、粒子サイズ測定等を行う。また、透過型電子顕微鏡に付属するEDS等の元素分析装置によって、金属化合物微粒子の定性分析または組成分析を行ってもよい。
【0077】
金属化合物微粒子は、電解溶液中において分散されていたので、試料作成工程において液体成分が除去された後も、分散されたままの状態が維持される。これにより、支持膜上の金属化合物微粒子同士は互いに凝集するおそれがない。これにより、透過型電子顕微鏡で金属化合物微粒子を観察した場合に、金属化合物微粒子が相互に離間した状態のまま観察できるので、金属化合物微粒子の形状の把握が容易になり、また、粒径測定を正確に行えるなど、金属化合物微粒子の形態観察を適切に行うことができる。
【0078】
本実施形態の金属化合物微粒子の分散回収方法は、上記の実施形態に限定されるものではなく、以下の変更を行ってもよい。
すなわち、電解工程における電解溶液として、金属化合物微粒子を分散させる機能を有しない電解溶液を用いて電解工程を行う。次いで、電解工程後の当該電解液に対して別の溶媒を添加する(分散液調整工程)。これにより、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が、8.0(J/cm3)1/2以下となる分散液とする。なお、別の溶媒を添加する際は、電解工程後の鉄鋼材料を電解溶液に浸漬させたままとすることが好ましい。そして、この分散液に対して超音波を印加することによって、鉄鋼材料の表面から金属化合物微粒子を脱離させ、分散液中に金属化合物微粒子を分散させる分散工程を行う。
【0079】
金属化合物微粒子を分散させる機能を有しない電解溶液は、電解抽出は可能であるが(例えば、25℃における比誘電率が30以上のもの)、分散回収対象の金属化合物微粒子の全てとのハンセン溶解度パラメータ距離Ra((1)式)が8.0(J/cm3)1/2超となる電解液を例示できる。
【0080】
以上の操作を行うことによっても、電解抽出によって抽出された鉄鋼材料中の金属化合物微粒子を、損失させることなく安定して分散回収することが可能になる。
【実施例0081】
(準備および確認実験)
ハンセン溶解度パラメータが既知である表1に示される28種類の溶媒にそれぞれ、あらかじめ一次粒子径が既知である金属化合物微粒子を添加し、超音波処理を施した。金属化合物微粒子としては、AlN粒子(Sigma-Aldrich製、一次粒径:100nm以下)と、TiN粒子(富士フィルム和光純薬製、一次粒径:1.2~1.8μm)を用いた。
【0082】
超音波処理後、一定時間(例えば1時間)の静置後に、各粒子の分散性、すなわち、分散しているか凝集しているかを評価した。分散性の評価には、動的光散乱(DLS)装置(Malvern製、Zetasizer NanoS)を用いた。
【0083】
次いで、28種類の溶媒のハンセン溶解度パラメータを、ハンセン空間にプロットした。このとき、ハンセン空間上で、金属化合物微粒子が分散した溶媒と、金属化合物微粒子が凝集した溶媒とを区別できるようにしておいた。そして、金属化合物微粒子が分散した溶媒のプロットを全て内部に包含するような、ハンセン溶解球を、最小二乗法により計算して求めた。そして、ハンセン空間におけるハンセン溶解球の重心の位置を、金属化合物微粒子のハンセン溶解度パラメータとした。ハンセン空間を利用した上記の計算は、市販のソフトウエア(ソフトウエア名:HSPiP、提供元:Pirika.com)を利用して計算した。
【0084】
ハンセン溶解球を用いた解析法によって評価した結果を、
図2Aおよび
図2Bに示す。
図2Aは、AlNのハンセン溶解度パラメータを求める際に作成したハンセン空間およびハンセン溶解球を示す図であり、
図2Bは、TiNについてのハンセン空間およびハンセン溶解球を示す図である。
図2A、
図2B中の球形のプロットは、AlNまたはTiNが分散したままの溶媒を示し、直方体形のプロットは、AlNまたはTiNが凝集した溶媒を示す。そして、球形のプロットが全て内部に含まれ、かつ半径が最小となるような球体(ハンセン溶解球)を作成している。ハンセン溶解球の内部には分散性が良好となる溶媒が含まれている。AlN、TiNのそれぞれについて求められたハンセン溶解球の中心点の座標を、AlN、TiNのハンセン溶解度パラメータとした。
【0085】
その結果、AlNのハンセン溶解度パラメータは、δd1=14.63、δp1=16.26、δh1=16.83であった。また、TiNのハンセン溶解度パラメータは、δd1=19.31、δp1=16.82、δh1=20.47であった。
【0086】
次に、これらAlN、TiNのハンセン溶解度パラメータと距離が最小となる溶媒を探索した。加えて25℃における比誘電率が30以上、双極子モーメントが1.5D以上となるものを探索した。その結果、5体積%アセチルアセトン(AA)-1質量%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)-79体積%N,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)-16体積%Water(水)なる組成の電解溶液を選定した。AlNと当該電解溶液、TiNと当該電解溶液とのハンセン溶解度パラメータ距離Raはそれぞれ、8.0(J/cm3)1/2以下であった。
【0087】
次に、選定した電解溶液によってAlNおよびTiNの電解抽出が可能となる条件の確認を行った。
【0088】
作用極(WE)、対極(CE)、参照極(RE)および電解液を備えた電気分解セルを構築した。電気分解セルに北斗電工製のポテンショスタット装置(HA-7000)を接続し電解電位-電流(Linear Sweep Voltammetry; LSV)測定試験を行なった。
【0089】
作用極(WE)は、鉄鋼試料として炭素鋼のほか、各種の窒化物、炭化物および硫化物を含むペレット試料とした。ペレット試料は、各種の窒化物、炭化物および硫化物の試薬品を、グラファイト粉末と重量比1:1の割合で混合して加圧成型することによって得た。窒化物、炭化物および硫化物として、TiN、AlN、NbN、NbC、TiC、MnSを用いた。
【0090】
参照電極(RE)には銀-塩化銀(Ag/AgCl)電極を用い、対極(CE)にはPt板(ニラコ製、99.9999%)を用いた。
【0091】
電解液は、5体積%アセチルアセトン(AA)-1質量%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)-79体積%N,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)-16体積%Water(水)なる組成の先に選定した電解溶液を用いた。25℃における比誘電率εrは44.29であった。
【0092】
作用極(WE)に用いる鉄鋼試料に対する予備電解処理は、次に示す条件で行なった。LSV測定前に、10%AA系電解液((10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール溶液))を用いて、500mAで450Cの定電流電解を行ない、その後、表面をメタノールで洗浄することで、鉄鋼試料表面の酸化層や汚染物を除去した。
【0093】
そして、LSV測定の前に、電解溶液中にArガスを20分間吹き込んで、電解液中にArガスを飽和させて系内を不活性雰囲気にした。測定中は各電極が振動しない程度に流量を減らした状態でArガスを導入し続けることで、不活性雰囲気を維持した。加えて、測定中の電解溶液の組成の均一性を保つためにスターラーによる撹拌を電極が振動しない程度で実施した。なお、電極の振動を回避する理由は、LSV測定中の電極間距離を一定にして、得られるデータの再現性を確保するためである。
【0094】
電位の走査範囲を-1000~+1500mV(vs.Ag/AgCl)とし、100mV毎にステップワイズで電位を上昇させながらLSV測定を行なった。なお、各電位の保持時間は5分間とし、そのうち電流が最も安定した最後の10秒間の電流値の平均値を各電位における電流値として計測した。
【0095】
同様にして、鉄鋼試料に代えて、各種のペレット試料を作用極(WE)としてLSV測定を行った。測定結果を
図3に示す。
図3に示す曲線は、電解電位-電流曲線である。
【0096】
図3に示すように、鉄は-600mV(vs.Ag/AgCl)、AlN、TiNをはじめとする窒化物および炭化物は、概ね、+400mV(vs. Ag/AgCl)で電気分解することが明らかとなった。よって、選定した電解溶液により、鉄鋼試料中からAlN、TiNを溶解させずに抽出し、かつそのまま電解液中に分散可能であることが予想された。
【0097】
(実施例1)
供試材として、熱延鋼板(C:0.15質量%、Si:0.22質量%、Mn:1.2質量%、Al:0.015質量%、S:0.009質量%、Nb:0.06質量%、残部:Feおよび不純物)を用意した。この熱延鋼板には、微細なAlNおよびNbNが析出していることが、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察結果から確認されている。
【0098】
上記鋼板に対して、電解工程を行った。上記鋼板から切出した鉄鋼材料を陽極とし、白金電極を陰極として、電解溶液に浸漬した。電解溶液は、5体積%アセチルアセトン(AA)-1質量%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)-79体積%N,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)-16体積%Water(水)なる組成の、先に選定した電解溶液である。電解条件は定電流条件とし、500mAで通電量を3600クーロンとした。
【0099】
次いで、分散回収工程として、電解工程後の鉄鋼材料が浸漬された電解溶液に、超音波を印加して、鋼板表面に付着している微粒子を電解溶液中に分散させた。更に、分散後の電解溶液に対して回転数1000rpm、1分間の条件で遠心分離を行い、粗大な析出物を沈降除去した。このようにして、実施例1の試験液を調製した。
【0100】
実施例1において用いた電解溶液は、AlNとのハンセン溶解度パラメータ距離Raが6.1(J/cm3)1/2であり、NbNとのハンセン溶解度パラメータ距離Raが6.7(J/cm3)1/2であり、いずれも8.0(J/cm3)1/2以下になるものであった。
【0101】
(比較例1)
電解溶液として、10%AA系電解液((10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール溶液))を用いたこと以外は、上記実施例1と同様にして、電解工程を行った。
【0102】
その後、分散回収工程として、電解抽出後の鉄鋼試料を、分散回収液(45%ジメチルスルホキシド(DMSO)-45%エチレングリコール(EG)―10%メタノール液)に浸漬し、超音波を印加することにより、鉄鋼試料表面に露出した微粒子を分散回収液中に分散させた。更に、分散後の分散回収液に対して回転数1000rpm、1分間の条件で遠心分離を行い、粗大な析出物を沈降除去した。このようにして、比較例1の試験液を調製した。
【0103】
比較例1において用いた電解溶液は、NbNとのハンセン溶解度パラメータ距離Raが10.4(J/cm3)1/2、AlNとのとのハンセン溶解度パラメータ距離Raが6.0(J/cm3)1/2になるものであった。なお、比較例1において用いた分散回収液とAlN、NbNとのハンセン溶解度パラメータ距離Raは、分散回収液とAlNについてのRaは7.2(J/cm3)1/2であり、分散回収液とNbNについてのRaは5.5(J/cm3)1/2であり、いずれも8.0(J/cm3)1/2以下であって、分散性は良好と考えられた。
【0104】
次に、1時間静置後の実施例1及び比較例1の試験液に対して、FFF-ICP質量分析を行なった。FFF法によって粒子サイズ毎に分別し、質量分析によってm/z=27およびm/z=93のイオンを検出した。m/z=27のイオンはアルミニウム、m/z=93のイオンはニオブに由来する。結果を
図4に示す。
【0105】
図4および
図5に示すように、比較例1は、m/z=27およびm/z=93のイオンの検出量が少なかったのに比べて、実施例1の場合はm/z=27およびm/z=93のイオンの検出量が比較例に比べて明らかに多くなった。これは、実施例1において、電解工程によって電解した鉄鋼試料を、他の分散液に移し替えることなく、電解溶液に浸漬させたまま分散回収工程を行ったため、AlN、NbNの損失が大幅に低減されたためと考えられる。
【0106】
また、比較例1においては、電解溶液におけるAlNの分散性は良好である一方、電解溶液におけるNbNの分散性は不良であり、AlNとNbNとの間で電解溶液に対する分散性に違いがあったものの、比較例1では電解溶液から分散溶液への移し替えの操作を行ったために、電解溶液にNbNおよびAlNの一部が残存してしまい、このため、分析値が低値になったと考えられた。
【0107】
この点を検証するため、比較例1で使用した電解工程後の10%AA系電解液を0.2μmのフィルターで吸引ろ過したところ、
図6に示した通り、多量のAlN粒子およびNbN粒子が電解液中に脱落していることが分かった。
【0108】
以上の結果から、実施例1の電解溶液を用いることにより、FFF-ICP-MSによる鉄鋼材料中の微粒子の評価の定量性が大幅に改善されることが判明した。
14…クロスフロー、15…試験液、16…分離セル、16a…上部筐体、16b…下部筐体、16c…チャネル部、17…チャネルフロー、18…小粒子、19…中粒子、20…大粒子、21…透過性膜。