(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158906
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】ギヤダンパ、及びこれを組み込んだバランサ装置
(51)【国際特許分類】
F02B 77/00 20060101AFI20241031BHJP
F16F 15/126 20060101ALI20241031BHJP
F16F 15/26 20060101ALI20241031BHJP
F16F 15/127 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
F02B77/00 L
F16F15/126 B
F16F15/26 G
F16F15/26 H
F16F15/127 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023074530
(22)【出願日】2023-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179970
【弁理士】
【氏名又は名称】桐山 大
(74)【代理人】
【識別番号】100071205
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 陽一
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直也
(57)【要約】
【課題】ドリブンギヤを弾性体でフローティング支持するようにしたギヤダンパが有する各種の課題、例えばドライブギヤとドリブンギヤとの間の同軸性の確保、振動制御の困難性解消などを実現する。
【解決手段】バランサ装置は、ピストンに連結されるクランクシャフトの動力をバランスシャフトの回転駆動力として利用するために、クランクシャフトに固定したドライブギヤと、バランスシャフトに固定したドリブンギヤ33とを噛み合わせ、バランスシャフトをクランクシャフトと逆方向に回転させる。バランスシャフトにはハブ32を固定し、ハブ32とドリブンギヤ33とを弾性体34によって結合する。ハブ32とドリブンギヤ33との間の隙間G1には、ばね性を有する金属製の規制部材51を介在させる。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのクランクシャフトから動力を伝達されて回転するバランスシャフトに設けられるハブと、
前記ハブの外周面に隙間を空けて対面し、前記クランクシャフトに固定されたドライブギヤから動力伝達を受けるドリブンギヤと、
前記隙間に圧入され、前記ハブと前記ドリブンギヤとを結合する弾性体と、
前記ハブと前記ドリブンギヤとに接触するように前記隙間に介在するばね性を有する金属製の規制部材と、
を備えるギヤダンパ。
【請求項2】
前記規制部材は、互いにラジアル方向に対面する前記ハブと前記ドリブンギヤとの対向面にそれぞれ面接触する一対のフランジをウエブでつないだ環状形状を有している、
請求項1に記載のギヤダンパ。
【請求項3】
前記規制部材は、溝形鋼の断面形状を有している、
請求項2に記載のギヤダンパ。
【請求項4】
前記規制部材は、前記弾性体の端面に固定され、互いにラジアル方向に対面する前記ハブと前記ドリブンギヤとの対向面にそれぞれ内周端と外周端とを接触させる平板状の環状形状を有している、
請求項1に記載のギヤダンパ。
【請求項5】
前記規制部材は、前記弾性体の端面を覆うように前記ドリブンギヤから延びて前記ハブに接触する環状の延長フランジである、
請求項1に記載のギヤダンパ。
【請求項6】
前記ハブは、前記延長フランジを軸方向に位置規制する環状の規制片を有している、
請求項5に記載のギヤダンパ。
【請求項7】
前記延長フランジは、前記ハブとスプライン嵌合している、
請求項5に記載のギヤダンパ。
【請求項8】
エンジンのクランクシャフトから動力を伝達されて回転するバランスシャフトと、
前記バランスシャフトに設けられたハブと、
前記ハブの外周面に隙間を空けて対面し、前記クランクシャフトに固定されたドライブギヤから動力伝達を受けるドリブンギヤと、
前記隙間に圧入され、前記ハブと前記ドリブンギヤとを結合する弾性体と、
前記ハブと前記ドリブンギヤとに接触するように前記隙間に介在するばね性を有する金属製の規制部材と、
を備えるバランサ装置。
【請求項9】
前記規制部材は、互いにラジアル方向に対面する前記ハブと前記ドリブンギヤとの対向面にそれぞれ面接触する一対のフランジをウエブでつないだ環状形状を有している、
請求項8に記載のバランサ装置。
【請求項10】
前記規制部材は、溝形鋼の断面形状を有している、
請求項9に記載のバランサ装置。
【請求項11】
前記規制部材は、前記弾性体の端面に固定され、互いにラジアル方向に対面する前記ハブと前記ドリブンギヤとの対向面にそれぞれ内周端と外周端とを接触させる平板状の環状形状を有している、
請求項8に記載のバランサ装置。
【請求項12】
前記規制部材は、前記弾性体の端面を覆うように前記ドリブンギヤから延びて前記ハブに接触する環状の延長フランジである、
請求項8に記載のバランサ装置。
【請求項13】
前記ハブは、前記延長フランジを軸方向に位置規制する環状の規制片を有している、
請求項12に記載のバランサ装置。
【請求項14】
前記延長フランジは、前記ハブとスプライン嵌合している、
請求項12に記載のバランサ装置。
【請求項15】
前記ハブは、前記バランスシャフトと別体で設けられ、前記バランスシャフトに固定されている、
請求項8に記載のバランサ装置。
【請求項16】
前記ハブは、前記バランスシャフトと一体に成形されている、
請求項8に記載のバランサ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ギヤダンパ、及びこれを組み込んだバランサ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動力伝達系の振動を減衰するための手法として、動力伝達系にギヤダンパを介在させることがある。ギヤダンパは、回転軸側と歯車側との間に弾性体を介在させた動力伝達体であり、例えばエンジンの振動を減衰するバランサ装置に適用することができる。
【0003】
レシプロエンジンでは、ピストンの上下動に伴う重心位置の変動によって振動が発生する。バランサ装置は、クランクシャフトと平行に配置したバランスシャフトにクランクシャフトの回転を伝達し、クランクシャフトとバランスシャフトとを互いに逆回転させ、ピストンの慣性力を打ち消すように振動を抑制する。
【0004】
ところがクランクシャフトの回転速度は、燃焼室内での爆発によって変動するため、バランサ装置では、クランクシャフト側のドライブギヤとバランスシャフト側のドリブンギヤとの間で歯打ち音が発生する。この問題を解決するのがギヤダンパである。
【0005】
特許文献1には、バランサ装置に適用されるギヤダンパの一例が開示されている。このギヤダンパは、ドリブンギヤを有するギヤ部をゴムブッシュからなる弾性体でフローティングするようにした構造を採用している(文献1の段落[0017]、
図2参照)。
【0006】
より詳しくは、バランスシャフト(10)の軸本体部(11)に一体に設けた鍔部(12)に対し、内環部(27)を介して、従動ギヤ(19)の内側にユニット(20)を組み合せたギヤ部(18)をフローティング支持するようにしている。
【0007】
特許文献1の段落[0021]に記載されているように、内環部(27)は、ダンパ機能を有する弾性体であり、クランクシャフト(60)とバランスシャフト(10)との間に生じ得るトルク変動を吸収(抑制)する役割を担っている。駆動ギヤ(61)と従動ギヤ(19)との間の歯打ち音は、内環部(27)によって低減される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1のギヤダンパ(軸構造)によれば、ユニット(20)の竪壁部(22)は円筒状の筒部(23)に連絡し、筒部(23)は、軸本体部(11)の外周を覆うように配置され、筒部(23)と軸本体部(11)との間は潤滑油を介して潤滑される、とされている(文献1の段落[0017]、
図1参照)。したがって従動ギヤ(19)は、弾性体である内環部(27)のみによって支持され、完全にフローティングした状態を維持しているものと考えられる。
【0010】
特許文献1に記載されたギヤダンパのように、ドリブンギヤを弾性体でフローティングするようにした構造のギヤダンパには、つぎに示すような留意事項がある。
【0011】
第一に、クランクシャフト側のドライブギヤとバランスシャフト側のドリブンギヤとの同軸性が損なわれやすい。
【0012】
第二に、ゴムブッシュによって振動の共振点が低い周波数帯に移行するため、思わぬ周波数帯で共振が発生し、かえって振動が増大してしまうことがある。振動制御が難しい。
【0013】
第三に、ドライブギヤと噛み合っているドリブンギヤとバランスシャフトとの間に軸方向ずれが生じやすくなるため、ゴムブッシュの耐久性を維持する観点から、軸方向移動を抑制する機構が必要になる。あるいはドライブギヤとドリブンギヤとを平歯車を用いて噛み合わせ、両ギヤ間の軸方向移動を積極的に許容するような工夫が必要になる。
【0014】
第四に、伝達可能なトルクが小さくなってしまう。
【0015】
以上説明したように、ドリブンギヤを弾性体でフローティングするようにしたギヤダンパには課題があり、改善の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
ギヤダンパの一態様は、エンジンのクランクシャフトから動力を伝達されて回転するバランスシャフトに固定されるハブと、前記ハブの外周面に隙間を空けて対面し、前記クランクシャフトに固定されたドライブギヤから動力伝達を受けるドリブンギヤと、前記隙間に圧入され、前記ハブと前記ドリブンギヤとを結合する弾性体と、前記ハブと前記ドリブンギヤとに接触するように前記隙間に介在するばね性を有する金属製の規制部材と、を備える。
【0017】
バランサ装置の一態様は、エンジンのクランクシャフトから動力を伝達されて回転するバランスシャフトと、前記バランスシャフトに設けられたハブと、前記ハブの外周面に隙間を空けて対面し、前記クランクシャフトに固定されたドライブギヤから動力伝達を受けるドリブンギヤと、前記隙間に圧入され、前記ハブと前記ドリブンギヤとを結合する弾性体と、前記ハブと前記ドリブンギヤとに接触するように前記隙間に介在するばね性を有する金属製の規制部材と、を備える。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、ドリブンギヤを弾性体でフローティングするようにしたギヤダンパに内在する課題に対して、改善策を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施の形態のギヤダンパを組み込んだエンジンの一例として、(A)は単気筒エンジンの模式図、(B)は吸気、圧縮、燃焼、排気のサイクルとクランク角との関係を示すグラフ。
【
図2】本実施の形態のギヤダンパを組み込んだエンジンの別の一例として、(A)は直列二気筒等間隔燃焼エンジンの模式図、(B)は吸気、圧縮、燃焼、排気のサイクルとクランク角との関係を示すグラフ。
【
図3】本実施の形態のギヤダンパを組み込んだエンジンの別の一例として、(A)は直列三気筒エンジンの模式図、(B)は吸気、圧縮、燃焼、排気のサイクルとクランク角との関係を示すグラフ。
【
図4】バランサ装置に組み込まれたギヤダンパを示す模式図。
【
図5】第1の実施の形態のギヤダンパの上半分の領域を示す垂直断面図。
【
図7】第2の実施の形態のギヤダンパの上半分の領域を示す垂直断面図。
【
図9】第3の実施の形態のギヤダンパの上半分の領域を示す垂直断面図。
【
図10】第4の実施の形態のギヤダンパを垂直断面にして斜めの方向から見た模式図。
【
図11】弾性体を取り除き、規制部材をなす延長フランジとハブとがスプライン嵌合をしている状態を斜めの方向から見た模式図。
【
図12】ギヤダンパの円周上の一部を切り欠き、
図10とは反対側の斜めの方向から見た模式図。
【
図13】規制部材をなす延長フランジとハブとのスプライン嵌合が脱落した状態を斜めの方向から見たギヤダンパの模式図。
【
図14】歯打ち音の発生メカニズムを説明するために、(A)はピストンが上死点に向かっているとき、(B)はピストンが上死点に到達したとき、(C)はピストンが下死点に向かっているとき、(D)はピストンが下死点に到達したときのドライブギヤの歯車とドリブンギヤの歯車との状態をそれぞれ示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
実施の形態を図面に基づいて説明する。つぎの項目に沿って説明する。
【0021】
1.構成
(1)バランサ装置を適用するエンジン
(1-1)単気筒エンジン
(1-2)直列二気筒等間隔燃焼エンジン
(1-3)直列三気筒エンジン
(1-4)振動
(2)バランサ装置
(3)ギヤダンパ
(3-1)第1の実施の形態
(3-2)第2の実施の形態
(3-3)第3の実施の形態
(3-4)第4の実施の形態
2.作用効果
(1)歯同士の衝突
(2)衝突の緩和
3.変形例
【0022】
1.構成
(1)バランサ装置を適用するエンジン
本実施の形態のバランサ装置11を適用するエンジン101として、三種類のエンジンを紹介する。一つ目は単気筒エンジン101A、二つ目は直列二気筒の360度クランクエンジン、いわゆる直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bである。三つ目は、直列三気筒エンジン101Cである。
【0023】
(1-1)単気筒エンジン
図1(A)に示すエンジン101は、単気筒エンジン101Aである。単気筒エンジン101Aは、一つのシリンダ102のみを備え、シリンダ102内に往復移動自在にピストン103を組み込んでいる。ピストン103は、コネクティングロッド104を介してクランクシャフト105に連結されている。ピストン103によって規定されるシリンダ102内の空間は、燃焼室106である。
【0024】
燃焼室106内ではピストン103の往復運動によって吸気、圧縮、燃焼、排気の各行程が繰り返され、このときのピストン103の往復運動がコネクティングロッド104を介してクランクシャフト105に伝達され、クランクシャフト105の回転運動として出力される。
【0025】
図1(B)に示すように、ピストン103が上死点に位置しているときのクランクシャフト105の回転位置、つまりクランク角を0度とすると、ピストン103が下降して下死点に到達したときのクランアングルは180度である。その間に燃焼室106では吸気行程が行なわれる。
【0026】
その後ピストン103は再び上死点を目指して移動することで圧縮行程が行なわれ、ピストン103が上死点に達すると燃焼行程が行なわれる。
図1(B)中、符号fは燃焼を示している。このときのクランク角は360度、つまりクランクシャフト105は一回転している。
【0027】
燃焼fによって燃焼室106内では燃焼気体の膨張が発生し、ピストン103は再び下死点に向けて下降する。ピストン103が下死点に到達したときのクランク角は540度である。
【0028】
下死点に到達したピストン103は再び上昇し、排気行程が行なわれる。ピストン103が上死点に到達すると、吸気、圧縮、燃焼、排気のサイクルが完了する。このときのクランク角は720度、つまりクランクシャフト105は二回転している。
【0029】
クランクシャフト105側のドライブギヤ107とバランスシャフト12側のドリブンギヤ33との間で生ずる歯打ち音は、燃焼室106内の燃焼のタイミングでの発生が支配的である。単気筒エンジン101Aは、ピストン103の往復運動に伴うクランクシャフト105の二回転、つまり720度に一度の割合で燃焼を生じ、そのタイミングで比較的大きな歯打ち音を発生させる。
【0030】
(1-2)直列二気筒等間隔燃焼エンジン
図2(A)に示すエンジン101は、直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bである。このエンジン101は、二つのシリンダ102を直列に配列している。こうしたシリンダ102の配列から、直列二気筒はパラレルツインとも呼ばれている。
【0031】
図2(B)に示すように、直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bでは、二つのシリンダ102間でクランクシャフト105を同一位相で駆動し、吸気、圧縮、燃焼、排気の各行程からなるサイクルを360度ずらして実行している。つまり1番シリンダと2番シリンダとに等間隔の360度間隔で燃焼fを発生させている。これにちなんで直列二気筒360度クランクエンジンとも呼ばれている。
【0032】
1番シリンダと2番シリンダとの間の同一位相駆動及び360度ごとの燃焼fについては、
図2(B)中に示すクランク角の曲線及び燃焼fの位置を参照することで、容易に理解することができよう。
【0033】
このように直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bは、ピストン103の往復運動に伴うクランクシャフト105の一回転、つまり360度に一度の割合で燃焼を生ずるので、そのタイミングで比較的大きな歯打ち音を発生させる。
【0034】
直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bにおける
A.シリンダ102の内部にピストン103を往復運動自在に設け、コネクティングロッド104を介してピストン103とクランクシャフト105とを連結する基本構造
B.吸気、圧縮、燃焼、排気の各行程からなるサイクル、及び
C.各行程とクランク角との関係
については、単気筒エンジン101と共通しているため、説明は省略する。
【0035】
(1-3)直列三気筒エンジン
図3(A)に示すエンジン101は、直列三気筒エンジン101Cである。このエンジン101は、三つのシリンダ102を直列に配列している。
【0036】
図3(A)に示すように、直列三気筒エンジン101Cでは、三つのシリンダ102間でクランクシャフト105を120度ずらした位相で駆動し、吸気、圧縮、燃焼、排気の各行程からなるサイクルを120度ずらして実行している。一般的には1番、2番、3番の順に点火タイミングを定めており、この場合には1番シリンダと2番シリンダと3番シリンダとに等間隔の240度間隔で燃焼fが発生する。
【0037】
1番シリンダと2番シリンダとの間の120度位相がずれた駆動及び240度ごとの燃焼fについては、
図3(B)中に示すクランク角の曲線及び燃焼fの位置を参照することで、容易に理解することができよう。
【0038】
このように直列三気筒エンジン101Cは、ピストン103の往復運動に伴うクランクシャフト105の一回転、つまり240度に一度の割合で燃焼を生ずるので、そのタイミングで比較的大きな歯打ち音を発生させる。
【0039】
直列三気筒エンジン101Cにおける
A.シリンダ102の内部にピストン103を往復運動自在に設け、コネクティングロッド104を介してピストン103とクランクシャフト105とを連結する基本構造
B.吸気、圧縮、燃焼、排気の各行程からなるサイクル、及び
C.各行程とクランク角との関係
については、単気筒エンジン101と共通しているため、説明は省略する。
【0040】
(1-4)振動
単気筒エンジン101Aでは、クランクシャフト105が360度回転する間にピストン103の重心位置が一回変化し、このような重心の変化によって一次振動が発生する。この点は直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bもクランク角が同位相であることから単気筒エンジン101Aと同様で、クランクシャフト105が360度回転する間にピストン103の重心位置が一回変化して一次振動が発生する。
【0041】
その一方で、これらの単気筒エンジン101A及び直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bでは二次振動は問題とならず、偶力による振動も発生しない。クランク角に位相差が発生しないからである。
【0042】
これに対して直列三気筒エンジン101Cでは一次振動及び二次振動は発生しないものの、偶力による振動が発生する。エンジン101の中心に対して1番ピストンと3番ピストンとの往復運動が非対称になるからである。
【0043】
本実施の形態のバランサ装置11を適用するエンジン101として、三種類のエンジンを紹介した。もちろん一次振動、二次振動、あるいは偶力による振動が発生するエンジンであって、その振動を減衰しようとするのであれば、バランサ装置11は、他の種類のエンジンに適用することが可能である。例えば二次振動が不可避の直列4気筒エンジン、偶力による振動が発生する直列5気筒エンジン、及びV型6気筒エンジンなどである。
【0044】
(2)バランサ装置
図1(A)に示す単気筒エンジン101A、及び
図2(A)に示す直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bに設けられるバランサ装置11は、エンジン101に発生する一次振動を減衰する。
図3(A)に示す直列三気筒エンジン101Cに設けられるバランサ装置11は、エンジン101に発生する偶力による振動を減衰する。
【0045】
バランサ装置11は、バランスシャフト12をクランクシャフト105と同じ回転数で逆方向に回転させる構造を基本としている。バランスシャフト12には、軸A2(
図4参照)から偏心した位置にバランスウエイト13が設けられている。バランスウエイト13は、クランクシャフト105に生ずる振動、つまり単気筒エンジン101A及び直列二気筒等間隔燃焼エンジン101Bに生ずる一次振動、並びに直列三気筒エンジン101Cに生ずる偶力による振動を打ち消すように、軸A2を中心とするバランスシャフト12の重量バランスを所定の角度範囲だけ偏らせる。
【0046】
バランサ装置11は、クランクシャフト105に固定されたドライブギヤ107からの動力伝達を受け、クランクシャフト105とは逆方向にバランスシャフト12を回転させる。クランクシャフト105の回転をバランスシャフト12に伝達するのはギヤダンパ31である。
【0047】
(3)ギヤダンパ
図4に示すように、クランクシャフト105とバランスシャフト12とは、それぞれの軸A1、A2を平行に配置し、同一の端部側に設けたドライブギヤ107とギヤダンパ31とを噛み合わせている。
【0048】
ギヤダンパ31は、バランスシャフト12の一端側に固定したハブ32とドリブンギヤ33とを備え、これらのハブ32とドリブンギヤ33とを弾性体34によって結合し、動力伝達経路中に、弾性体34による緩衝機能を提供する構造体である。
【0049】
ハブ32は、バランスシャフト12を挿入するシャフト孔32aを中心部分に有しており、シャフト孔32aに挿入したバランスシャフト12に固定されている。ハブ32は金属製である。
【0050】
ドリブンギヤ33は、ハブ32の外周面に対して隙間G1を空けて内周面を対面させる金属製の環状部材であり、外周側には、クランクシャフト105に固定されたドライブギヤ107の歯107aに噛み合う歯33aを成形している。ドライブギヤ107の歯107aとドリブンギヤ33の歯33aとは同じ歯数に定められている。したがってクランクシャフト105が回転したとき、バランスシャフト12は、クランクシャフト105と同一の角速度で逆回転する。
【0051】
弾性体34は、ハブ32とドリブンギヤ33との間の隙間G1に圧入され、ハブ32とドリブンギヤ33とを結合する。
【0052】
ギヤダンパ31は、ハブ32とドリブンギヤ33との間の隙間G1に、弾性体34とは別に、規制部材51も介在させている(
図5-13参照)。規制部材51については、各種のバリエーションとともに後述する。
【0053】
(3-1)第1の実施の形態
ギヤダンパ31の第1の実施の形態を
図5及び
図6に基いて説明する。
【0054】
図5に示すように、弾性体34は、環状の弾性部材35の内周面と外周面とにインナーリング36とアウターリング37とを固定した構造を有している。弾性部材35に対するインナーリング36及びアウターリング37の固定は、例えば接着剤による接着、加硫接着などによる。
【0055】
インナーリング36及びアウターリング37は、いずれも金属製の環状部材である。弾性部材35は、例えば合成ゴムなどの高分子系材料である。合成ゴムとしては、例えば水添ニトリルゴム、アクリルゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴムなどを用いることが可能である。
【0056】
軸方向(軸A2方向)の長さとして、ハブ32は長さL1、ドリブンギヤ33は長さL2を有している。本実施の形態では、長さL1とL2とは一致している。これに対して弾性体34の軸方向の長さは、長さL1、L2よりも短い長さL3である。弾性体34は、一端側をハブ32とドリブンギヤ33との端面に一致させて隙間G1に圧入されており、隙間G1内には、長さL1、L2から長さL3を減じた分の軸方向の長さL4を持つ空間部Sが発生する。この空間部Sには、規制部材51が配置されている。規制部材51の軸方向の長さL5は、長さL4よりも短い。
【0057】
図6に示すように、規制部材51は、一対のフランジ52(52a、52b)をウエブ53でつないだ金属製の環状部材である。一対のフランジ52は、互いにラジアル方向に対面するハブ32とドリブンギヤ33との対向面、つまりハブ32の外周面とドリブンギヤ33の内周面とにそれぞれ面接触する。ウエブ53は、一対のフランジ52の一端側の位置で、これらのフランジ52を結合している。したがって規制部材51は、溝形鋼の断面形状、つまり断面U字形状を有している。
【0058】
このような規制部材51は、一つの実施態様として、単一の材料からプレス加工によって成形されている。別の実施態様としては、一対のフランジ52とウエブ53とをそれぞれ別の部材として用意し、例えば溶接によって接合するようにしてもよい。
【0059】
規制部材51は、ウエブ53を奥側にして、一対のフランジ52の端面がハブ32及びドリブンギヤ33の端面と同一面内に配置されるように隙間G1に取り付けられている。したがってハブ32及びドリブンギヤ33の一端側の端面(
図5中の左側)では、弾性体34が同一面内に位置づけられ、一端側と反対側の端面(
図5中の右側)では、規制部材51が同一面内に位置づけられる。このとき空間部Sの軸方向長さL4よりも、規制部材51の軸方向長さL5の方が短いため、弾性体34と規制部材51との間には隙間G2が発生する。
【0060】
規制部材51は、ばね性を有する金属材料によって生成されている。例えばSPCC、SPHC、S45Cなどの炭素鋼、機械構造用合金鋼などである。
【0061】
(3-2)第2の実施の形態
ギヤダンパ31の第2の実施の形態を
図7及び
図8に基いて説明する。第1及び第2の実施の形態と同一部分は同一符号で示し、説明も省略する。
【0062】
本実施の形態は、フランジ52とウエブ53とからなる規制部材51に替えて、
図7に示すように、平板状の環状形状を有する規制部材51を採用している。規制部材51は、隙間G2を空けることなく、弾性体34の一端面に接合されている。接合は、弾性体34のうちの弾性部材35に対してなされていても、インナーリング36とアウターリング37とのうちのいずれか一方又は両方に対してなされていてもよい。あるいはインナーリング36とアウターリング37とのうちのいずれか一方又は両方への接合に加え、弾性部材35に接合された態様であってもよい。
【0063】
このような規制部材51は、互いにラジアル方向に対面するハブ32とドリブンギヤ33との対向面にそれぞれ内周端51aと外周端51bとを接触させている。つまり規制部材51の内周端51aはハブ32の外周面に接触し、外周端51bはドリブンギヤ33の内周面に接触している。
【0064】
第1及び第2の実施の形態ともう一つ相違するのは、ドリブンギヤ33の厚み、つまり軸方向(軸A2の方向)の長さL2である。
【0065】
図7に示すように、ハブ32の軸方向長さL1に対して、ドリブンギヤ33の軸方向長さL2は、弾性体34の軸方向長さL3に、規制部材51の厚み(軸方向長さL5)を加えた長さにとどめられている。したがってドリブンギヤ33の軸方向長さL2は、ハブ32の軸方向長さL1よりも長さL6だけ短くなっている。
【0066】
(3-3)第3の実施の形態
ギヤダンパ31の第3の実施の形態を
図9に基いて説明する。第1及び第2の実施の形態と同一部分は同一符号で示し、説明も省略する。
【0067】
本実施の形態のギヤダンパ31は、ドリブンギヤ33の一部を規制部材51として利用している。規制部材51は、弾性体34の端面を覆うようにドリブンギヤ33のフロント面から延び、ハブ32に接触する環状の延長フランジ54を有している。
【0068】
延長フランジ54は、軸方向(軸A2の方向)の厚みを長さL7に定めている。この厚みは、延長フランジ54にばね性を付与し得る厚みである。
【0069】
ハブ32は、延長フランジ54を軸方向(軸A2の方向)に位置規制する環状の規制片55を有している。規制片55は、外面側からオーバーラップして延長フランジ54を位置規制する。このような規制片55は、軸方向の厚みを長さL8に定めている。
【0070】
延長フランジ54は、隙間G2を空けて弾性体34の端面と対面している。
【0071】
(3-4)第4の実施の形態
ギヤダンパ31の第4の実施の形態を
図10~
図13に基いて説明する。第3の実施の形態と同一部分は同一符号で示し、説明も省略する。
図10~
図13中、ドリブンギヤ33は模式的に示しており、クランクシャフト105に固定されたドライブギヤ107の歯107a(
図3参照)に噛み合う歯33aについては、その表示を省略している。
【0072】
本実施の形態は、規制部材51をなす延長フランジ54とハブ32との間をスプライン嵌合によって連結している。
【0073】
図10に示すように、本実施の形態では、バランスシャフト12とハブ32とが一体に成形されている。ドリブンギヤ33は、弾性体34を介して、バランスシャフト12と一体に成形されたハブ32に結合している。この点は、第1~第3の実施の形態と相違する点である。
【0074】
その他の点に関して、本実施の形態は、基本的には第3の実施の形態を踏襲し、ドリブンギヤ33に規制部材51となる延長フランジ54を一体に成形しており、延長フランジ54をハブ32に接触させている。ただし第3の実施の形態とは、つぎの二つの点で相違する。
【0075】
第1に、第3の実施の形態では、ハブ32はバランスシャフト12と別体で成形され、バランスシャフト12に固定されているのに対して(第1、第2の実施の形態も同様)、本実施の形態のハブ32は、バランスシャフト12と一体に成形されている。
【0076】
ハブという用語は、元来、車輪のこしき、つまり車輪のスポーク(輻)が集まる、中心の太い丸い部分であり、中を車軸が貫いているもの、というほどの意味合いをもつ(新明解国語辞典)。このような意味合いを起源として、ハブは、円形などの回転部品の軸付近の部位または構成部品という概念をもち、歯車やプーリ、プロペラなどの機械要素でも広く用いられている。軸付近の「部位」は、その通常の意味内容から、軸と一体をなすものと把握される。軸付近の「構成部品」は、その通常の意味内容から、軸と別体であって、軸に固定されているもの、と把握される。
【0077】
そこで本実施の形態のハブ32は、バランスシャフト12と一体に成形されたバランスシャフト12の一部分であって、回転部品であるドリブンギヤ33、弾性体34、及び規制部材51(延長フランジ54)の軸付近の部位として観念される。
【0078】
第2に、第3の実施の形態とは異なり、ハブ32には規制片55が設けられておらず、ハブ32と延長フランジ54とはスプライン嵌合によって連結され、バランスシャフト12の軸A2の方向に抜き差し自在になっている。
【0079】
図11及び
図12に示すように、本実施の形態のハブ32は、延長フランジ54との接触部分にスプライン56を設けている。その結果バランスシャフト12は、スプライン軸を構成する。延長フランジ54は、スプライン56に嵌合するスプライン穴57を設けている。そこで
図13に示すように、ハブ32と延長フランジ54とは、スプライン56とスプライン穴57との嵌合によって、バランスシャフト12の軸A2の方向に抜き差し自在である。
【0080】
弾性体34の端面と延長フランジ54とが、隙間G2を空けて互いに対面している点については、第3の実施の形態と同様である。
【0081】
2.作用効果
(1)歯同士の衝突
レシプロエンジン(エンジン101)では、主にシリンダ102内で発生する燃焼の影響で、クランクシャフト105の角加速度に変動が発生する。
【0082】
クランクシャフト105の回転角速度に変動が生ずると、これに呼応するように歯打ち音が発生する。歯打ち音は、クランクシャフト105の回転角速度が大きく変動するタイミングで、ドライブギヤ107とドリブンギヤ33との歯107a、33a同士が衝突するときの衝撃音である(
図14(A)~(D)参照)。
【0083】
図14(A)~(D)は、ドライブギヤ107の歯107aとドリブンギヤ33の歯33aとの噛み合い状態を示す模式図である。
【0084】
両ギヤ107、33の間にはバックラッシュが設定されており、両者の歯107a、33aの間には余裕が設けられている。バックラッシュは二つの歯車の間で回転を伝達する場合に不可欠なもので、バックラッシュがなければ二つの歯車は噛み合ったまま回転することができない。
図14(A)~(D)中、矢印はドライブギヤ107の歯107aの進行方向を示している。
【0085】
歯打ち音は、ドリブンギヤ33を駆動中(
図14(A)参照)のドライブギヤ107の回転角速度が減少したとき、ドリブンギヤ33が慣性力によってドライブギヤ107の歯107aの駆動面DSを追い抜き(
図14(B)参照)、さらに進行してドライブギヤ107の歯107aの非駆動面NSに衝突する(
図14(C)参照))ことによって発生するものと考えられる。このような現象が発生するのは、ドライブギヤ107とドリブンギヤ33との間にバックラッシュがあるからである。
【0086】
以上、シリンダ102内の燃焼行程に起因すると推定されるクランクシャフト105の回転角速度が増加から減少に転ずるとき、つまりドリブンギヤ33を駆動中のドライブギヤ107の回転角速度が減少したとき(
図14(A)~(C)参照)に発生する歯打ち音について、その発生原因を説明した。歯打ち音は、このような発生原因に限らず、クランクシャフト105の回転角速度が減少から増加に転ずるときにも発生する。もっともこのときの歯打ち音は、ドライブギヤ107の回転角速度が減少したときに発生する歯打ち音に比べると小さい。
【0087】
(2)衝突の緩和
前述した通り、歯打ち音は、ドライブギヤ107とドリブンギヤ33との歯107a、33a同士が衝突するときに発生する衝撃音である。この衝撃音は、ドリブンギヤ33が受けた衝撃がハブ32を介してバランスシャフト12に伝達されることにより、より一層増幅される。
【0088】
本実施の形態では、ドリブンギヤ33とハブ32との間に弾性体34を介在させているため、ドリブンギヤ33からハブ32へ伝達される振動が減衰され、その分歯打ち音の音量レベルや音質が改善される。
【0089】
その一方、本実施の形態では、ドリブンギヤ33とハブ32との間に規制部材51も介在させている。規制部材51は金属製であり、ドリブンギヤ33とハブ32との間に弾性体34のみを介在させたいわゆるフローティング構造に比べると、振動減衰の点では一歩後退する。その反面で完全なフローティング構造を採用した場合、『発明が解決しようとする課題』の項目で述べたような各種の課題が発生する。概ね、
(a)ドライブギヤとドリブンギヤとの同軸性
(b)振動制御の困難性
(c)耐久性維持の観点からの構造の複雑化
(d)伝達トルクの減少
などである。
【0090】
本実施の形態によれば、弾性体34よりは高い剛性を持ちながら、ばね性という振動の減衰性能も兼ね備えた規制部材51をドリブンギヤ33とハブ32との間に介在させたことによって、上記課題に対する改善が図られる。その結果、
(a)各部の摩耗の進行を抑制し、耐久性を向上させることができる
(b)振動をより望ましい状態に制御することができる
(c)耐久性維持のための付加的な構造が不要になり、構造の複雑化を回避できる
(d)バランサ装置の応答性を向上させ、振動減衰効果を高めることができる
という効果を得ることができる。
【0091】
3.変形例
実施に際しては、各種の変形や変更が可能である。
【0092】
例えば本実施の形態では、ギヤダンパ31を構成する弾性体34の弾性部材35について材料を示したが、これらの材料は例示にすぎず、実施に際しては別の材料によって弾性部材35等を製造するようにしてもよい。
【0093】
本実施の形態では、一次振動を減衰するように、バランスシャフト12をクランクシャフト105と同じ回転数で逆方向に回転させる構造のバランサ装置11を紹介した。これに対して直列4気筒エンジンに発生する二次振動を減衰する場合には、クランクシャフト105と平行に二本のバランスシャフト12を配置し、二本のバランスシャフト12をいずれもクランクシャフト105の二倍の回転数で逆方向に回転させる。バランサ装置11は、減衰しようとする振動の種類に応じて各種の形態をとる。
【0094】
本実施の形態では、バランスシャフト12とハブ32とを別部品として設け、バランスシャフト12にハブ32を固定するようにした態様を例示したが、実施に際して、ハブ32はバランスシャフト12に一体に成形されていてもよい。
【0095】
本実施の形態では、ドライブギヤ107とドリブンギヤ33とに平歯車を用いた一例を示したが、実施に際してはこれに限らず、ヘリカルギヤを用いるようにしてもよい。
【0096】
その他あらゆる変形や変更が許容される。
【符号の説明】
【0097】
11 バランサ装置
12 バランスシャフト
13 バランスウエイト
31 ギヤダンパ
32 ハブ
32a シャフト孔
33 ドリブンギヤ
33a 歯
34 弾性体
35 弾性部材
36 インナーリング
37 アウターリング
51 規制部材
51a 内周端
51b 外周端
52 フランジ
53 ウエブ
54 延長フランジ
55 規制片
56 スプライン
57 スプライン穴
101 エンジン
101A 単気筒エンジン
101B 直列二気筒等間隔燃焼エンジン
101C 直列三気筒エンジン
102 シリンダ
103 ピストン
104 コネクティングロッド
105 クランクシャフト
106 燃焼室
107 ドライブギヤ
107a 歯
A1 軸(クランクシャフト)
A2 軸(バランスシャフト)
DS 駆動面
f 燃焼
G1 隙間
G2 隙間
NS 非駆動面
S 空間部