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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158942
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】皮膚表層の物性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20241031BHJP
   G01N 13/00 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
G01N3/00 A
G01N13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023074594
(22)【出願日】2023-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊平 寛
(72)【発明者】
【氏名】山岸 敦
(72)【発明者】
【氏名】須川 雅之
(72)【発明者】
【氏名】樋口 拓郎
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA12
2G061AB04
2G061BA06
2G061CA20
2G061CB01
2G061DA01
2G061EA02
2G061EA03
2G061EB03
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】皮膚表層の物性を評価しやすく、皮膚表面の凹凸の影響を受けにくい皮膚表層の物性の評価方法を提供すること。
【解決手段】皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子を接触させる工程と;前記接触子を、前記皮膚に対して垂直方向の荷重が加わらないように、少なくとも該垂直方向の位置決めをする位置決め工程と;前記接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、前記接触子を、前記皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させて、該皮膚に前記接触子の動きの応じた変化を与える変化付与工程を具備する。前記変化付与工程において生じる前記皮膚からの反力又は反トルクに基づき、該皮膚の表層の物性を評価する。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚表層の物性を評価する方法であって、
皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子を接触させる工程と、
前記接触子を、前記皮膚に対して垂直方向の荷重が加わらないように、少なくとも該垂直方向の位置決めをする位置決め工程と、
前記接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、前記接触子を、前記皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させて、該皮膚に前記接触子の動きの応じた変化を与える変化付与工程を具備し、
前記変化付与工程において生じる前記皮膚からの反力又は反トルクに基づき、該皮膚の表層の物性を評価する、皮膚表層の物性の評価方法。
【請求項2】
皮膚角層のヤング率を推定する、皮膚角層のヤング率の推定方法であって、
皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子を接触させる工程と、
前記接触子を、前記皮膚に対して接線方向及び垂直方向の荷重が加わらないように、位置決めする位置決め工程と、
前記接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、前記接触子を、前記皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させ、前記皮膚からの反力又は反トルクを測定する、第1工程と、
第1工程の前又は後に、前記接触子を前記皮膚に垂直な方向に移動させ、該皮膚からの反力を測定する、第2工程を有し、
第1工程における前記皮膚からの反力又は反トルクと、第2工程における前記皮膚からの反力とに基づき、該皮膚角層のヤング率を推定する、皮膚角層のヤング率の推定方法。
【請求項3】
前記角層のヤング率及び前記角層よりも下に位置する組織のヤング率を同じ値の初期値に設定し、第2工程における前記皮膚からの反力に基づき、前記角層よりも下に位置する組織の前記ヤング率を算出し、
第1工程における前記皮膚からの反力又は反トルクと、前記角層よりも下に位置する組織の前記ヤング率とから、前記角層のヤング率を算出する、請求項2に記載の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚表層の物性の評価方法及び皮膚角層のヤング率の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの肌に小じわ等の凹凸が生じることと、その肌の皮膚の物性との関連性が報告されている。
皮膚の物性の測定に使用可能な装置として、例えば、非特許文献1には、皮膚に当てる接触子の接触面の中心に吸引孔を有し、該吸引孔を介して、該接触子が接触する領域の中心に位置する皮膚の一部を吸引し、その皮膚の変化を計測することができる装置が記載されている。
非特許文献2には、肌に超音波振動を与え、反射する超音波を測定し、音響インピーダンスに変換して、肌の層構造を可視化する方法が記載されている。
非特許文献3には、皮膚に当てる接触子の接触面に、回転駆動される回動部と、該回動部の周囲を囲む周辺領域とを有し、周辺領域によって回動部の周囲の皮膚を拘束した状態下に回動部を回動することによって、回動部と周辺領域との間の隙間に位置する皮膚に生じる変位を計測する装置が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Courage+Khazaka electronic GmbH、"Cutometer(R) Dual MPA 580"、[online]、[令和5年4月28日検索]、インターネット<https://www.courage-khazaka.de/en/scientific-products/efficacy-tests/skin?view=article&id=266&catid=16>
【非特許文献2】応用物理、第87巻、第12号(2018)、p.932
【非特許文献3】Dia-Stron Limited.、"DTM310 Dermal Torque Meter"、[online]、[令和5年4月28日検索]、インターネット<https://www.diastron.com/app/uploads/2017/05/Dia-Stron-DTM310-Brochure.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ヒトの皮膚表層(角層を含む)は、乾燥、紫外線、及びPM2.5、黄砂等の大気中の粒子等の外的要因による影響を受けやすい一方、スキンケアによる効果も得られやすいため、皮膚表層の性状やそれを示す物性値を計測することは、スキンケアの効果検証やスキンケア剤の開発等にとって有益である。
しかしながら、非特許文献1に記載の装置は、皮膚の深さ方向の分解能が低い。そのため、皮膚深部の影響を受けやすく、皮膚表層の物性を評価する観点から好ましくない。また吸引孔を介して吸引する皮膚が、接触子が接触する皮膚の面積のうちの極一部であるため、皮膚に凹凸がある場合に、凸部を吸引したときの物性値と凹部を吸引したときの物性値とに差が生じる等、皮膚の凹凸が、測定する物性値に影響しやすい。
非特許文献2に記載の技術においては、皮膚にガラス板を当て、超音波付加装置とガラス板との間に水を配して、該皮膚に超音波を付加する。そのため、皮膚に、液状化粧料を塗布した場合には、皮膚物性の適切な評価が困難となる。
非特許文献3に記載の装置は、回動部と周辺領域との間に存する狭い環状の隙間に位置する皮膚の剪断応力に基づき該皮膚の物性を計測するものである。そのため、皮膚の深さ方向の分解能が低く、また皮膚に、液状化粧料を塗布した場合には、皮膚物性の適切な評価が困難となる。
【0005】
本発明は、上述した従来技術が有する解決課題を解消し得る、皮膚表層の物性の評価方法を提供することに関する。
本発明は、皮膚表層のヤング率を効率よく推定できるヤング率の推定方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明(第1方法)は、皮膚表層の物性を評価する方法に関する。
前記方法は、皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子を接触させる工程を備えることが好ましい。前記方法は、前記接触子を、前記皮膚に対して垂直な方向の荷重が加わらないように、少なくとも該垂直方向の位置決めをする位置決め工程を備えることが好ましい。前記方法は、前記接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、前記接触子を、前記皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させて、該皮膚に前記接触子の動きの応じた変化を与える変化付与工程を具備することが好ましい。前記方法は、前記変化付与工程において生じる前記皮膚からの反力又は反トルクに基づき、該皮膚の表層の物性を評価することが好ましい。
【0007】
本発明(第2方法)は、皮膚角層のヤング率を推定する、皮膚角層のヤング率の推定方法に関する。
前記方法は、皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子を接触させる工程を備えることが好ましい。前記方法は、前記接触子を、前記皮膚に対して接線方向及び垂直方向の荷重が加わらないように、位置決めする位置決め工程を備えることが好ましい。前記方法は、前記接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、前記接触子を、前記皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させ、前記皮膚からの反力又は反トルクを測定する、第1工程を備えることが好ましい。前記方法は、第1工程の前又は後に、前記接触子を前記皮膚に垂直な方向に移動させ、該皮膚からの反力を測定する、第2工程を備えることが好ましい。前記方法は、第1工程における前記皮膚からの反力又は反トルクと、第2工程における前記皮膚からの反力とに基づき、該皮膚角層のヤング率を推定することが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明(第1方法)の皮膚表層の物性の評価方法によれば、皮膚表層の物性を評価しやすく、皮膚表面の凹凸の影響も受けにくい。皮膚に液状化粧料等の塗布物を塗布した状態においても、皮膚物性の適切な評価が可能である。
本発明(第2方法)の皮膚角層のヤング率の推定方法によれば、皮膚表層のヤング率を効率よく推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の方法の実施に好ましく用いられる肌物性計測装置の一例を示す斜視図である。
図2図2は、図1に示す肌物性計測装置の反力等測定部を一部破断して示す側面図である。
図3図3は、肌物性計測装置の制御部の一例を示すブロック図である。
図4図4は、第1実施形態の説明図である。
図5図5は、第2実施形態の説明図である。
図6図6は、接触子を皮膚表面に接触させ、且つ該接触子の周囲に、化粧水を塗布した状態を示す模式断面図である。
図7図7は、ヒトの皮膚のモデルについて測定された圧縮による反力、剪断による反力、及び回転による反トルクの結果を示すグラフである。
図8図8は、接触子を皮膚に垂直な方向に移動させたときの皮膚の挙動を解析するためのモデル図である。
図9図9は、接触子を皮膚表面に垂直な軸回りに回動させたときの皮膚の挙動を解析するためのモデル図である。
図10図10は、接触子を皮膚表面に沿う方向に移動させたときの皮膚の挙動を解析するためのモデル図である。
図11図11(a)及び(b)は、被験者を対象とした角層のヤング率及び下層のヤング率の計算結果を示すグラフである。
図12図12(a)及び(b)は、被験者を対象とした角層のヤング率及び下層のヤング率の別の計算結果を示すグラフである。
図13図13(a)及び(b)は、被験者を対象とした角層のヤング率及び下層のヤング率の更に別の計算結果を示すグラフである。
図14図14(a)、図14(b)及び図14(c)は、接触子を往復直線運動させたときの反力値を測定した第1試験の結果を示すグラフである。
図15図15は、接触子を往復回動運動させたときの反トルク値を測定した第2試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の実施の形態(態様)について、図面を参照して、例示的に詳しく説明する。ただし、以下の実施形態(態様)に記載されている、構成、数値、処理の流れ、機能要素などは一例に過ぎず、その変形や変更は自由であって、本発明の技術範囲を以下の記載に限定する趣旨のものではない。
【0011】
〔肌物性計測装置〕
図1には、本発明の方法の実施に好ましく用いられる肌物性計測装置の一例が示されている。本発明の実施に好ましく用いられる肌物性計測装置について、図1に示す肌物性計測装置1を例に説明すると、肌物性計測装置1は、皮膚表面に接触させる接触子21を備えた反力等測定部2と、反力等測定部2を支持し、皮膚表面に対する接触子21の向きや位置を調整可能な位置調整機構3と、接触子21を電動で変位させる電動変位機構4とを備えている。
【0012】
反力等測定部2は、一方向に延びる棒状をなし、先端部に接触子21を備えている。接触子21は、図2に示すように、固定ねじ23等の固定手段を用い、接触子支持部22に対して、容易に、固定及び取り外しが可能な脱着式であることが好ましい。図2に示す接触子21は、円盤部21aと、円盤部21aの片面の中央部から突出する棒状部21bとを有し、接触子支持部22に設けた装着孔22aに棒状部21bを挿入し、その棒状部21bに、側方から固定ねじ23を押し当てることで、接触子支持部22に固定可能になされている。接触子21は、反力等測定部2に設けた接触子支持部22に対して脱着可能であることが、接触子21を容易に交換可能とする観点から好ましい。
本発明における接触子21は、脱着式のものに限られず、例えば、一端が、肌に対する接触面となる円柱状の接触子を、図2に示す接触子21及び接触子支持部22に代えて備えていてもよい。
【0013】
反力等測定部2は、接触子21よりも基端側に六軸力覚センサ24を備えている。基端側は、皮膚表面から遠い側である。六軸力覚センサ24とは、X,Y,Z軸方向の力(Fx,Fy,Fz)とモーメント(Mx,My,Mz)の大きさ及び方向を測定可能なセンサであり、保有する構造体に生じるひずみや変位量などの物理量をさまざまな方法で電気信号に変えて検出する。ひずみや変位量などの検出方法としては、ひずみゲージ式、圧電式、光学式、静電容量式などがあり、ひずみゲージを用いたものが好ましい。六軸力覚センサの原理及び構造は、例えば、精密工学会誌、Vol.84,No.4,2018のP.303-306に記載されている。
肌物性計測装置1において、六軸力覚センサ24は、その一端側が、接触子21と一体的に移動及び回動するように接触子支持部22と結合されており、他端側が、接続部材25を介してシャフト26と連結されている。
【0014】
位置調整機構3は、三脚等の装置支持体31に支持されたギア雲台又は自由雲台32と、手動のXYZステージ33とを備えている。電動変位機構4は、第1リニアアクチュエータ41と、第2リニアアクチュエータ42とを備えている。
第1リニアアクチュエータ41は、ギア雲台又は自由雲台32に固定されており、X方向に移動する第1スライダ41aを備えている。第2リニアアクチュエータ42は、第1リニアアクチュエータ41の第1スライダ41a上に固定されており、第1スライダ41aの移動方向と直交する方向に移動する第2スライダ42aを備えている。XYZステージ33は、第2スライダ42a上に固定されており、接触子21の位置をZ方向に微調整するための第1ステージ31a、接触子21の位置をZ方向と直交するX方向に微調整するための第2ステージ31b、及び接触子21の位置をZ方向及びX方向と直交するY方向に微調整するための第3ステージ31cを備えている。第1ステージ31a、第2ステージ31b及び第3ステージ31cは、それぞれ摘まみを廻すことによって、正逆両方向に移動する。第1ステージ31aの移動方向であるXYZステージ33のZ方向は、反力等測定部2の軸長方向及び六軸力覚センサ24のZ軸方向と一致する。
【0015】
肌物性計測装置1は、更に、接触子21を回動させる電動回動機構5と、制御及び情報処理部7とを備えている。図3に示すように、制御及び情報処理部7は、第1リニアアクチュエータ41及び第2リニアアクチュエータ42による接触子21の変位を制御する変位制御部71、電動回動機構5による接触子21の回動を制御する回動制御部72、六軸力覚センサ24の出力値を記録し、後述するヤング率の推定などの所定の解析を行う第1情報処理部73等を備えている。
電動回動機構5は、XYZステージ33の第3ステージ31cに固定されており、第3ステージ31cと一体的に移動する。電動回動機構5は、シャフト26を回動可能に支承する支承機構と、シャフト26を正逆両方向に回動させることが可能な駆動機構を備えている。駆動機構は、ステッピングモータやサーボモータ等の回転角度及び/又は回転角速度を制御可能な電動モータを備えることが好ましい。
【0016】
制御及び情報処理部7は、CPUなどの中央演算装置、ROM、RAMなどの記憶装置等を含むコンピュータ等に、所定のプログラムを組み込んで構成することができる。制御及び情報処理部7は、液晶モニター等の表示部、キーボード、タッチパネル等の入力部を有することが好ましい。制御及び情報処理部7と、六軸力覚センサ24、電動変位機構4、電動回動機構5とは、電気的に接続されている。電気的な接続には、必要に応じて、各種コネクタ、I/Oインターフェース等が用いられる。
【0017】
〔第1実施態様〕
次に、肌物性計測装置を用いた本発明の方法の実施態様について説明する。
本発明の第1実施態様は、皮膚角層のヤング率の推定方法の一実施態様である。
〔変化付与前工程〕
第1実施態様の方法においては、皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子21を接触させる接触工程及び、接触子21を、前記皮膚に対して垂直方向の荷重が加わらないように、位置決めをする位置決め工程を行う。
【0018】
接触子21を、皮膚が接触子21と共に動くように接触させる方法としては、図2に示すように、接触子21の肌対向面に粘着テープ21cを貼り付けておき、その状態で、反力等測定部2をZ軸方向に前進させ、接触子21を、粘着テープ21cを介して皮膚に密着させる。反力等測定部2を前進させるには、制御及び情報処理部7に所定の指令を入力して、第2リニアアクチュエータ42の第2スライダ42aをZ軸方向に前進させる。接触工程においては、皮膚に過度の荷重を加えないように配慮する。
【0019】
位置決め工程とは、皮膚に対して、少なくとも垂直方向の荷重が加わらないように、接触子21の該垂直方向の位置を調整する工程である。具体的には、接触子21をZ軸方向に前進又は後退させて、六軸力覚センサ24から得られるZ軸方向の荷重値がゼロに近づくように調整する。ここで、「垂直方向の荷重が加わらない」とは、垂直方向の荷重が完全にゼロであることを要しない。位置決め工程では、垂直方向の荷重の絶対値が、0.5N以下、より好ましくは0.3N以下、更に好ましくは0.1N以下となるように、位置決めをする。
【0020】
皮膚に対して垂直方向とは、皮膚の表面に対して垂直な方向である。皮膚に対して垂直な方向は、典型的には、反力等測定部2を前進又は後退させる方向(Z軸方向)と同一であるため、皮膚に対して垂直方向をZ軸方向ともいう。
【0021】
第1実施態様における位置決め工程は、皮膚に、垂直方向の荷重のみならず接線方向の荷重も加わらないように、接触子21の垂直方向及び接線方向の位置を調整する。具体的には、接触子21をZ軸方向と直交する方向である接線方向に移動させて、六軸力覚センサ24から得られる該接線方向の荷重値がゼロに近づくように調整する。ここで、「接線方向」は、典型的には、Z軸方向と直交する方向のうちの、一方向であるX軸方向及び該一方向に直交するY軸方向である。皮膚に対する接線方向の荷重は、例えば、互いに直交するX軸方向及びY軸方向のいずれについても加わらないようにすることが好ましい。その場合においても、荷重が完全にゼロであることを要しない。接線方向の荷重についても、その絶対値が、0.5N以下、より好ましくは0.3N以下、更に好ましくは0.1N以下となるように、位置決めをする。
なお、位置決め工程の位置合わせは、六軸力覚センサ24の出力値に基づき第1リニアアクチュエータ41及び第2リニアアクチュエータ42による接触子21の変位を変位制御部71が制御することによって行うことが好ましい。これに加えて、変位制御部71による自動調整で位置合わせしてもよく、あるいは操作者が六軸力覚センサ24の出力値を観察して位置合わせしてもよい。
【0022】
〔変化付与工程〕
接触工程及び位置決め工程後に変化付与工程を行う。
ヤング率の推定方法である第1実施態様においては、変化付与工程として、接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、接触子21を、皮膚表面に沿う方向に移動させるか(以下「剪断」ともいう。)又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させ(以下「捩り」ともいう。)、前記皮膚からの反力又は反トルクを測定する、第1工程と、接触子21を前記皮膚に垂直な方向に皮膚に向かって移動させ(以下「圧縮」ともいう。)、該皮膚からの反力を測定する、第2工程とを行う。この順番に代えて、接触子21を皮膚に垂直な方向に皮膚に向かって移動させ、該皮膚からの反力を測定する、工程を先に行い、次いで接触子の周囲の皮膚を拘束せずに、接触子21を、皮膚表面に沿う方向に移動させるか又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させ、前記皮膚からの反力又は反トルクを測定する工程を行ってもよい。つまり、第1工程の前に第2工程を行ってもよい。
【0023】
〔第1工程〕
第1実施態様の第1工程においては、図4に示すように、接触子21の周囲の皮膚を拘束せずに、接触子21を、皮膚表面に垂直な軸回りに回動させる。本明細書において「接触子の周囲の皮膚を拘束せずに」とは、該皮膚における接触子が直接当接した部分の周囲についても、接触子の動きの応じた変化が生じることを妨げないようにすることをいう。接触子の周囲の皮膚を拘束しないことにより、例えば、図6に示すように、接触子21の周囲の皮膚に、液体9を塗布して、液状化粧料の塗布の有無による皮膚物性の変化を調べることが可能となる。また、後述するヤング率の算出の際に、半無限体の弾性体に外力が作用する場合の理論解を適用することによって、ヤング率の高精度の推定が可能となる。
【0024】
図4には、顔面の頬の皮膚に接触子を固定し、該皮膚の物性値を測定する場合を示したが、接触子を固定する皮膚は、おでこ、眉間、鼻、顎等の頬以外の顔の皮膚、首、腕、脚、腹部、胸部、背中、臀部、足の甲又は裏等、任意の部位の皮膚を選択することができる。
【0025】
接触子21の回動は、図4に示すように時計周りR1の回転を正方向、反時計周り方向R2の回転を負方向としたときに、正方向の回動と負方向の回動とを、交互に、それぞれ少なくとも1回、より好ましくは、それぞれ複数回行うことが、より客観的な物理量の推定や計測を行う観点から好ましい。また接触子21を回動させる前の回動角度ゼロの位置を基準位置aとしたとき、該基準位置aからの回転角度は、正方向及び負方向のいずれについても、90度以下であることが好ましく、60度以下がより好ましい。前記回動角度を所定値以内に抑えることで、測定による皮膚物性への悪影響を防止することができる。他方、基準位置aからの回動角度は、正方向及び負方向のいずれについても、1度以上であることが好ましく、3度以上であることが更に好ましく、10度以上であることが一層好ましく、30度以上であることがより好ましい。前記回転角度を所定値以上とすることで、皮膚に変形を与える領域を拡大させることができ、より正確な計測をすることができる。接触子21の回動は、正方向又は負方向への一回の回動のみであってもよく、その場合においても、基準位置aからの回転角度は、上述した範囲であることが好ましい。
【0026】
接触子21の角速度は一定であることが好ましい。この場合、ヤング率などの物性を求めるだけでなく、複数の速度での計測から粘弾性の3要素固体モデルにおける3つのパラメータの同定が可能となる観点から、角速度は、正方向及び負方向のいずれについてもそれぞれ独立に0.01度/秒以上90度/秒以下とすることが好ましく、0.05度/秒以上60度/秒以下とすることが更に好ましく、0.1度/秒以上30度/秒以下とすることが一層好ましい。
特に接触子21の角速度は、肌物性の等方性(対称性)の推定や動的粘弾性への影響を同一にする観点から、正方向及び負方向のいずれについても同じであることが好ましい。
【0027】
接触子21の横断面は円形であり、その半径は、皮膚に確実に固定できるだけの面積を確保し、且つ、ある程度の広い領域で皮膚を変形させ得るに足る値である必要がある。一方、接触子の半径が過度に大きいと、元の形態の皮膚を大きく変形させ過ぎ、そのことに起因して皮膚に初期ひずみが加わるだけでなく、接触子周辺の変形(計測)可能な領域も狭くなる。更に、接触子を皮膚に当接させたときに違和感を生じにくくすることも要求される。これらの観点から、接触子21の半径は、1mm以上30mm以下とすることが好ましく、5mm以上25mm以下とすることが更に好ましく、10mm以上20mm以下とすることが一層好ましい。なお、接触子21の回動中心は横断面の円形の中心に一致していることが計測を正確に行う点から好ましい。
【0028】
第1工程においては、接触子21の周囲の皮膚を拘束せずに、接触子21を、皮膚表面に垂直な軸回りに回動させること(捩り、図4参照)に代えて、接触子21の周囲の皮膚を拘束せずに、接触子21を、皮膚表面に沿う方向に移動させてもよい(剪断、図5参照)。接触子21の周囲の皮膚を拘束させないことの利点は上述したとおりである。
【0029】
接触子21は、一直線上を一方向のみに向けて移動させてもよく、あるいは一直線上を往復運動させてもよい。
接触子21を、一直線上を一方向のみに向けて移動させる場合、移動距離を一定の値以上とすることで精度の低下を抑制できる。また、移動距離を一定の値以下とすることで皮膚に加わる負担を軽減できる。これらの観点から、接触子21の移動距離は1mm以上100mm以下であることが好ましく、2mm以上80mm以下であることが更に好ましく、3mm以上50mm以下であることが一層好ましい。
その場合の移動速度は一定であることが好ましい。この場合、ヤング率などの物性を求めるだけでなく、複数の速度での計測から粘弾性の3要素固体モデルにおける3つのパラメータの同定が可能となる観点から、移動速度は0.01mm/s以上100mm/s以下であることが好ましく、0.05mm/s以上80mm/s以下であることが更に好ましく、0.1mm/s以上50mm/s以下であることが一層好ましい。
接触子21を、一直線上を往復運動させる場合、図5に示すように、往路移動と復路移動とを、交互に、それぞれ少なくとも1回、より好ましくは、それぞれ複数回行うことが、より客観的な物理量の推定や計測を行う観点から好ましい。また、接触子21を移動させる前の位置を基準位置Xとしたとき、皮膚への負担を軽減し、且つ、高い測定精度が得られるようにする観点から、Xを起点とし、一方向の終点X1までの距離、及びXを起点とし、他方向の終点X2までの距離はそれぞれ独立に0.1mm以上100mm以下であることが好ましく、0.5mm以上80mm以下であることが更に好ましく、1mm以上50mm以下であることが一層好ましい。
その場合の移動速度は一定であることが好ましい。この場合、ヤング率などの物性を求めるだけでなく、複数の速度での計測から粘弾性の3要素固体モデルにおける3つのパラメータの同定が可能となる観点から、移動速度は、往路移動及び復路移動それぞれにおいて0.01mm/s以上100mm/s以下であることが好ましく、0.05mm/s以上80mm/s以下であることが更に好ましく、0.1mm/s以上50mm/s以下であることが一層好ましい。特に、Xを起点とし、一方向の終点X1までの距離、及びXを起点とし、他方向の終点X2までの距離は同じであることが、肌物性の等方性(対称性)の推定が可能になる点から好ましい。同様の理由によって、往路移動及び復路移動の速度は同じであることが好ましい。
【0030】
第1工程中には、六軸力覚センサ24からの出力値を記録するとともに、好ましくは制御及び情報処理部7が該出力値から反トルク値又は反力を算出する。
【0031】
〔第2工程〕
第2工程においては、図4に示すように、接触子21が皮膚に近づくように、接触子21を皮膚に垂直な方向へ直線的に移動させて、接触子21によって皮膚を押し込み、そのときの反力を測定する。
接触子21の押し込み量は、接触子21が皮膚に接触した時点を基準として、皮膚への負担を軽減し、且つ、高い測定精度が得られるようにする観点から、0.1mm以上30mm以下であることが好ましく、0.5mm以上15mm以下であることが更に好ましく、1mm以上10mm以下であることが一層好ましい。
その場合の接触子21の移動速度は一定であることが好ましい。この場合、ヤング率などの物性を求めるだけでなく、複数の速度での計測から粘弾性の3要素固体モデルにおける3つのパラメータの同定が可能となる観点から、移動速度は0.01mm/s以上100mm/s以下であることが好ましく、0.05mm/s以上80mm/s以下であることが更に好ましく、0.1mm/s以上50mm/s以下であることが一層好ましい。
【0032】
第2工程中には、六軸力覚センサ24からの出力値を記録するとともに、好ましくは制御及び情報処理部7が該出力値から反力を算出する。
【0033】
〔ヤング率の算出〕
第1工程における剪断による反力又は捩りによる反トルクと、第2工程における圧縮による反力とに基づき、該皮膚角層のヤング率を算出する。このヤング率の算出は、第1及び第2工程が完全に終了した後に行ってもよく、第1及び第2工程のいずれか一方又は両工程が完全には完了していなくても、必要な情報が得られた段階で算出してもよい。いずれの場合であっても、先ず圧縮による反力に基づく計算(計算1)を行い、次いで剪断による反力に基づく計算又は捩りによる反トルクに基づく計算(計算2)を行う。計算2及び計算1の順で計算を行ってはならない。
【0034】
ヒトの皮膚のモデルとして、ゲル及び該ゲル上に配置されたラップフィルムを用いて、圧縮による反力、剪断による反力、及び捩りによる反トルクをこの順で測定した。その結果を図7に示す。同図に示す結果は、縦150mm、横100mm、厚さ20mmの直方体状ゲルの上面に、該上面の全域を覆うようにラップフィルムを皺が生じないように配置して作製したヒトの皮膚のモデルを用いたものである。ゲルはヒトの皮膚における角層よりも下に位置する組織(以下、便宜的に「下層」ともいう。)のモデルであり、ラップフィルムは角層のモデルである。使用したゲルのヤング率は0.02MPaである。ラップフィルムは厚みが異なる2種類(6μm及び25μm)を使用した。厚み6μmのラップフィルムのヤング率は90MPaであり、厚み25μmのラップフィルムのヤング率は50MPaである。圧縮量は3mm、圧縮速度は1mm/s、剪断の移動距離は3mm、圧縮速度は1mm/s、捩りの角度は正方向及び負方向にいずれも3度、角速度は正方向及び負方向にいずれも1度/秒とした。また接触子の横断面の半径は8mmとした。
【0035】
図7に示す結果から明らかなとおり、剪断による反力、及び捩りによる反トルクに比べて、圧縮による反力はラップフィルムの存在の有無、及びラップフィルムのヤング率の影響を受けづらいことが分かる。したがって、圧縮よる反力を測定することで、ゲルのヤング率、換言すれば角層よりも下に位置する組織(下層)のヤング率を測定できることが判明した。そこで本発明においては、先ず圧縮よる反力を測定し、その結果に基づき角層よりも下に位置する組織(下層)のヤング率を推定し、次に剪断による反力又は捩りによる反トルクと、角層よりも下に位置する組織(下層)のヤング率とに基づき角層のヤング率を推定することとした。
【0036】
具体的な計算は、先ず角層のヤング率及び下層のヤング率を同じ値の初期値に設定し、更にそれぞれの層のポアソン比と厚みを与え、圧縮による反力に基づき下層のヤング率を決定する。詳細には、角層は薄いため剛性にほとんど影響しないが、角層のヤング率は暫定的に5MPa程度で固定し、他の層のヤング率の数値を変えて実測の反力と同じ値になる数値を探索して、他の層のヤング率を決定する。すなわち、与えられた初期値に基づき、以下の理論に従い圧縮による反力を計算する。計算された反力と、実際に測定された反力とを比較し、両者の差が閾値を超えている場合には、下層のヤング率を変更して再度反力の計算を行い、実際に測定された反力とを比較する。この場合、計算値>実測値である場合には、下層のヤング率を小さくして再計算を行う。逆に計算値<実測値である場合には、下層のヤング率を大きくして再計算を行う。この操作を繰り返し、両者の差が閾値以下になったら、そのときの値を下層のヤング率と決定する。
このようにして下層のヤング率が決定したら、次いで、下層のヤング率と、剪断による反力又は捩りによる反トルクとに基づき角層のヤング率を計算する。詳細には、角層のヤング率に初期値を与え、実測の反力又は反トルクと同じ値になる数値を探索して、角層のヤング率を決定する。計算された反力又は反トルクと、実際に測定された反力又は反トルクとを比較し、両者の差が閾値を超えている場合には、角層のヤング率を変更して再度反力又は反トルクの計算を行い、実際に測定された反力又は反トルクとを比較する。この場合、計算値>実測値である場合には、角層のヤング率を小さくして再計算を行う。逆に計算値<実測値である場合には、角層のヤング率を大きくして再計算を行う。この操作を繰り返し、両者の差が閾値以下になったら、そのときの値を角層のヤング率と決定する。
【0037】
下層のヤング率の具体的な計算方法を説明する。図8に示すとおり、半無限体を3つの層に分割する。これらを表面から順に角層、表皮、真皮及び皮下組織などの下層(表皮等の下層)、並びに骨とする。骨は硬くて変形しないので、見かけ上は有限の厚みの肌モデルを設定できる。つまり肌を2層構造と定義する。3つの層に対して下記の式が成り立つ。
【0038】
【数1】
【0039】
これらを行列で表示して,角層、表皮等の下層、骨の順番に表面と底面の座標を代入していく。
【0040】
【数2】
【0041】
【数3】
【0042】
境界条件からz→∞時に変位や応力がゼロになるためにはC3=D3=0でなければならない。
【0043】
【数4】
【0044】
表皮等の下層(2層目)の底面と、骨(3層目)の表面では、変形量(r方向及びz方向の変形量)や応力(垂直応力及び剪断応力)は一致するので、
【0045】
【数5】
【0046】
それぞれの行列をS,Tとすると、表皮等の下層の定数A,B,C,Dは次のように求められる。
【0047】
【数6】
【0048】
2層目の表面の式の行列をUとして上式を代入すると、
【0049】
【数7】
【0050】
角層(1層目)の底面と表皮等の下層(2層目)の表面では変形量や応力は一致するので、
【0051】
【数8】
【0052】
定数A,B,C,Dは次のように求められる。
【0053】
【数9】
【0054】
角層(1層目)の表面の式の行列をWとして上式を代入すると、
【0055】
【数10】
【0056】
ここからは、骨から順番にハンケル変換後の変形量と応力をzの関数として求めていく。ハンケル変換を採用した理由は以下のとおりである。
角層の厚みは0.01mm程度であり、ヒトの皮膚における他の層と比べると非常に薄い。したがって角層を正しく評価するためには、皮膚の厚み方向に対して高次の関数を用いてモデル化する必要がある。そのような方法としては有限要素法が有力であるが、有限要素法では皮膚の表面形状や角層の厚みが異なると、その都度モデル化を行う必要があることから非常に煩雑である。また、通常の有限要素モデルは、低次の関数を用いていることから角層の評価に適していると言い難い。理論解析的アプローチでは、調和関数や重調和関数を用いて連立偏微分方程式を解く必要があるところ、その解法としてハンケル変換がある。ハンケル変換を用いる場合、角層の厚みやヤング率の値を入力するだけで結果が得られるので、ツール化が容易であるという利点がある。このような理由によって本発明ではハンケル変換を採用している。
【0057】
【数11】
【0058】
【数12】
【0059】
以上で、骨、表皮等の下層及び角層のすべての層で、ハンケル変換後の変位量と応力が求まる。肌(角層と表皮等の下層)の変位量と応力を逆ハンケル変換するとそれらの解析解が得られる。
【0060】
【数13】
【0061】
このようにして求められた下層のヤング率と、捩りによる反トルクとを用いて角層のヤング率を決定する。詳細には、与えられた角層のヤング率の初期値に基づき、以下の理論に従い捩りによる反トルクを計算する。計算された反トルクと、実際に測定された反トルクとを比較し、両者の差が閾値を超えている場合には、角層のヤング率を変更して再度反トルクの計算を行い、実際に測定された反トルクとを比較する。この操作を繰り返し、両者の差が閾値以下になったら、そのときの値を角層のヤング率と決定する。
【0062】
図8と同様に、図9に示すとおり、半無限体を3つの層に分割する。これらを表面から順に角層、表皮、真皮及び皮下組織などの下層(表皮等の下層)、並びに骨とする。骨は硬くて変形しないので、見かけ上は有限の厚みの肌モデルを設定できる。つまり肌を2層構造と定義する。
【0063】
【数14】
【0064】
境界条件からz→∞のときにuθ→0、τzθ→0になるためにはA=0でなければならない。
【0065】
【数15】
【0066】
それぞれの行列をS,Tとすると、A,Bは次のようになる。
【0067】
【数16】
【0068】
2層目の表面の式の行列をUとして、上式を代入すると
【0069】
【数17】
【0070】
【数18】
【0071】
上式の中辺の行列をVとすると、A,Bは次のようになる。
【0072】
【数19】
【0073】
1層目の表面の式の行列をWとして上式を代入すると、
【0074】
【数20】
【0075】
ここからは、骨から順番にハンケル変換後の変形量(θ方向の変形量)と応力(剪断応力)をzの関数として求めていく。
【0076】
【数21】
【0077】
以上で、骨、表皮等の下層及び角層のすべての層でハンケル変換後の変位量と応力が求まる。そして、変位量と応力を逆ハンケル変換すると、これらの解析解が得られる。
【0078】
【数22】
【0079】
以上は、下層のヤング率と、捩りによる反トルクとを用いて角層のヤング率を決定する手法についての説明であるところ、下層のヤング率と、剪断による反力とを用いて角層のヤング率を決定する手法について以下に説明する。
【0080】
図8と同様に、図10に示すとおり、半無限体を3つの層に分割する。これらを表面から順に角層、表皮、真皮及び皮下組織などの下層(表皮等の下層)、並びに骨とする。骨は硬くて変形しないので、見かけ上は有限の厚みの肌モデルを設定できる。つまり肌を2層構造と定義する。3つの層に対して下記の式が成り立つ。
【0081】
【数23】
【0082】
【数24】
【0083】
【数25】
【0084】
【数26】
【0085】
【数27】
【0086】
【数28】
【0087】
【数29】
【0088】
【数30】
【0089】
境界条件からz→∞のときに変位や応力がゼロになるためにはA=B=E=0でなければならない。その条件で、z=0のときは、
【0090】
【数31】
【0091】
表皮等の下層(2層目)の底面と骨の層(3層目)の表面では変形量や応力は一致するので、
【0092】
【数32】
【0093】
【数33】
【0094】
前記の式の行列をS,Tとすると表皮等の層の定数A,B,C,D,E,Fは次のように求められる。
【0095】
【数34】
【0096】
2層目の表面の式の行列をUとして上式を代入すると、
【0097】
【数35】
【0098】
角層(1層目)の底面の行列をVとし、角層の底面と表皮等の層の表面では変形量や応力は一致するので、
【0099】
【数36】
【0100】
【数37】
【0101】
角層(1層目)の表面の式の行列をWとして前記の結果を代入すると、
【0102】
【数38】
【0103】
【数39】
【0104】
【数40】
【0105】
ここからは、骨から順番にハンケル変換後の変形量と応力をzの関数として求めていく。
【0106】
【数41】
【0107】
【数42】
【0108】
【数43】
【0109】
以上で、骨、表皮等の下層及び角層のすべての層でハンケル変換後の変位量と応力が求まる。肌(角層と表皮等の層)の変位量と応力を逆ハンケル変換するとそれらの解析解が得られる。
【0110】
【数44】
【0111】
【数45】
【0112】
角層(i=1)、表皮等の下層(i=2)のそれぞれに対して下記の計算を行えば変位と応力が求められる。
【0113】
【数46】
【0114】
【数47】
【0115】
以上で、すべての変位と応力を求めることができる。
【0116】
次に、以下の表1に示す被験者を対象として、前腕内側部の角層のヤング率及び下層のヤング率の算出結果を図11(a)及び(b)に示す。算出に際しては、被験者の年齢及び性別を考慮して、角層及び下層の厚みを同表に示す値に設定した。またポアソン比は0.4に設定した。
測定は、先ず、接触子21による圧縮の反力を測定し皮下組織のヤング率を求め、次いで変化付与として捩りを与えて反トルクを測定するか、又は剪断を与えて反力を測定した。
接触子21は横断面が半径16mmの円形であった。
位置決め工程における接触子21の垂直方向の荷重は絶対値が0.05N以下になるようにした。
接触子21による圧縮の押し込み量は3mmとし、そのときの押し込み速度は1mm/s(定速)とした。
変化付与として捩りを与えるときの角度は正方向及び負方向のいずれにも10度とし、角速度は正方向及び負方向のいずれにも1度/秒(定速)とした。
変化付与として剪断を与えるときには、接触子21を一直線上を往復運動させるときの移動距離は、起点Xから一方向の終点X1及び他方向の終点X2までの距離をいずれも5mmとし、速度を往路移動及び復路移動のいずれにおいても1mm/s(定速)とした。
図11(a)及び(b)に示す結果から明らかなとおり、角層のヤング率及び真皮のヤング率のいずれについても被験者の年齢が上がるにつれてヤング率の値が低下する傾向が認められた。このことは、加齢によって肌の弾性が低下することを示唆している。
真皮のヤング率は0.05MPa程度と言われていることから、図11(a)に示す結果は妥当なものであると判断される。
なお、図11(b)に示すとおり、剪断による反力に基づく角層のヤング率が2名の被験者において定まらなかった。この理由は、下層の厚みを大きな値に設定したことによるものと考えられる。
【0117】
【表1】
【0118】
前腕内側部の筋肉は硬いことから、筋肉を骨として考えると下層の厚みは前記の計算に用いた値よりも小さくなる。そこで、下層の厚みを5mmに設定して再計算を行った。その結果を図12(a)及び(b)に示す。
被験者のうち、乾燥肌と判定された被験者は、角層のヤング率が高い傾向が認められた。また、被験者Sugaは60代の男性であるところ、腕にワセリンを塗る習慣があることに起因して、角層のヤング率が低くなったと考えられる。
【0119】
図13(a)及び(b)は、下層の厚みを3mmに設定して再計算を行った結果を示す。計算結果の傾向は、下層の厚みを5mmに設定した場合と同様であるが、角層のヤング率が全般に高い結果となった。
【0120】
次に、肌物性計測装置を用いた本発明の第2実施態様の評価方法について説明する。
第2実施態様においても、第1実施態様におけるのと同様にして、皮膚表面に、皮膚が接触子と共に動くように接触子21を接触させる接触工程を行う。また、第1実施態様における第1工程と同様にして、接触子21を、前記皮膚に対して垂直方向、好ましくは接線方向及び垂直方向の両方向の荷重が加わらないように、該接触子21の位置を調整する位置決め工程を行う。
そして、変化付与工程においては、皮膚に対して垂直方向、好ましくは接線方向及び垂直方向の両方向の荷重が加わらないように維持しつつ、接触子21を、皮膚表面に沿う方向に移動させるか(剪断)、又は皮膚表面に垂直な軸回りに回動させて(捩り)、該皮膚に前記接触子の動きの応じた変化を与える。
そして、変化付与工程において得られる、剪断による反力又は捩りによる反トルクに基づき、該皮膚の表層の物性を評価する。この皮膚の表層の物性の評価は、変化付与工程が完全に終了した後に行ってもよく、また変化付与工程が完全には完了していなくても、必要な情報が得られた段階で行ってもよい。
【0121】
次に、第2実施態様の評価方法を、より具体的な例(第1試験及び第2試験)を示して説明する。
〔第1試験〕
図14(a)は、30代男性及び50代男性の2名を被験者とし、図5に示すように、前腕内側部に接触子21を両面テープ(図示せず)で接着し、皮膚表面に対して垂直方向及び接線方向の荷重をゼロに調整した後、接触子21を、前腕の長手方向に複数回往復直線運動させる第1試験を行ったときの長手方向(X軸方向)の応力の変化を示すグラフである。往復直線運動の好ましい条件は、第1実施態様の場合と同様であるので、ここでの説明は割愛する。
【0122】
第1試験は、前腕に水を付加する前並びに水付加直後及び水付加後の複数の時点(水付加直後、水付加5分後、水付加10分後、水付加20分後)で行い、いずれも温度25℃相対湿度50%の環境下で行った。水は、塗布前の皮膚に接触子を固定した後付加した。図6に示すとおり、液体9である水の付加は、接触子21の周囲の十分な範囲に行った。接触子21と対向し接触している部位の皮膚には水を付与していない。
図14(b)は、図14(a)に示す結果から1回目のピークトップの値を抽出して示すグラフであり、図14(c)は、各計測段階における皮膚の水分量を示すグラフである。
図14(b)に示すように、1回目のピークトップの反力値は、水付加前に比して、水付加直後(グラフ中「水付加」と表記)に大きく低下し、その後、時間の経過に伴い水分量が減少するにつれて増加している。
また、2名の被験者間での比較から明らかなとおり、30代男性の被験者の方が、50代男性の被験者よりも、反力の値が高いことが分かる。
第1試験の計測結果には、水の付加による角層の軟化という既知の現象が数値(ピークトップ値の低下)として示された。具体的には、30代男性の肌には、はりがあり、皺も少ないことが観察された。更に、前記計測結果によれば、皮膚からの反力が大きく、また水を付加した場合における柔軟性の変化も大きいことが示された。
以上のことから、30代男性の肌はスキンケア剤などの保湿効果が得られやすい状態の肌であることが推定された。
このこととは対照的に、50代男性の肌は弛んでおり皺が多く観察された。前記計測結果によれば、皮膚からの反力が小さく、また水を付加した場合における柔軟性の変化も小さかった。
以上のことを纏めると、第1試験は、それぞれの年代の肌の特徴を的確に評価することが可能であることを示しているといえる。
【0123】
〔第2試験〕
図4に示すとおり、接触子をヒトの頬の略中央部に両面テープで接着し、皮膚表面に対して垂直方向及び接線方向の荷重をゼロに調整した後、接触子を、時計回り方向R1の回動及び反時計周りR2の回動を一往復として複数回往復回動運動させた。回動運動の好ましい条件は、第1実施態様の場合と同様であるので、ここでの説明は割愛する。
【0124】
第2試験は、30代男性及び60代男性の2名を被験者として行った。第2試験は、化粧水の塗布前及び塗布後に行い、いずれも温度20℃相対湿度40%の環境下で行った。図6に示すとおり液体9である化粧水の付加は、接触子21の周囲の十分な範囲に行った。接触子21と対向している部位の皮膚には化粧水を付与していない。接触子の回動速度は10度/秒とした。接触子の回動角度は、当初は±5度とし、複数回往復回動させた後、±10度、±15へと回動角度を増加させた。図15に測定結果を示す。
この結果から明らかなとおり、化粧水の塗布の前後を問わず、30代男性の被験者の方が反トルクの値が低いことが分かる。
また、化粧水の塗布後の反トルクは、両被験者とも、塗布前の反トルクよりも低下している。低下の度合いは、30代男性の被験者が約40%であったのに対し、60代男性の被験者は約50%であり、30代男性の被験者の方が、反トルクよりも低下の度合いが小さいことが分かる。
【0125】
図14及び図15に示す結果から明らかなとおり、本発明の方法の第2実施態様によれば、皮膚表層の物性を評価しやすく、また皮膚表面の凹凸の影響も受けにくい。更に、当該実施態様によれば、皮膚に液状化粧料等の塗布物を塗布した状態においても、皮膚物性の適切な評価が可能である。
【0126】
本発明の第1実施態様及び第2実施態様は、肌の柔軟性、肌の締まり、肌の膨らみ及び肌のしなやかさなどの評価に有用であり、それによって加齢的老化、太陽光線による肌の老化、ホルモン性老化、及び化学線老化などの皮膚科学的兆候の判断が可能となる。
【0127】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されない。例えば図2に示す反力等測定部2においては接触子21の肌対向面に粘着テープ21cを貼り付けて、該粘着テープ21cを皮膚に密着させたが、これに代えて接触子21を中空構造となすとともに、該接触子21の肌対向面に複数の貫通孔を設け、該貫通孔を通じて皮膚を吸引することで、接触子21を皮膚に密着させてもよい。
【符号の説明】
【0128】
1 肌物性計測装置
2 反力等測定部
3 位置調整機構
4 電動変位機構
5 電動回動機構
7 情報処理部
21 接触子
21c 粘着テープ
24 六軸力覚センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15