(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024159454
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】歯科用硬化性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 6/19 20200101AFI20241031BHJP
A61K 6/76 20200101ALI20241031BHJP
A61K 6/887 20200101ALI20241031BHJP
A61K 6/871 20200101ALI20241031BHJP
A61K 6/842 20200101ALI20241031BHJP
【FI】
A61K6/19
A61K6/76
A61K6/887
A61K6/871
A61K6/842
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023214571
(22)【出願日】2023-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2023072602
(32)【優先日】2023-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】藤盛 雄士
(72)【発明者】
【氏名】吉良 龍太
(72)【発明者】
【氏名】橋本 明香里
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089BA11
4C089BA13
4C089BD01
4C089BE03
4C089CA03
4C089CA08
(57)【要約】
【課題】 審美性や機械的強度に優れる硬化体を与えることができる歯科用硬化性組成物であって、ライニング用途等に適した高い流動性とX線造影性を有する、ハイフロー型フロアブルコンポジットレジンとして好的な歯科用硬化性組成物を提供する。
【解決手段】 酸性基を有しない重合性単量体(A):100質量部、電子顕微鏡観察画像解析で測定される平均一次粒子径が50nm~1μmであるシリカ系複合酸化物粉粒体からなる無機フィラー(B):140~290質量部、及びX線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である結晶性希土類金属フッ化物粒子が凝集した凝集粒子からなる、レーザー回折・散乱法で測定される平均粒子径が5~30μmである粉粒体からなり、窒素吸着法にて測定した比表面積が10~30m2/gである、無機フィラー(C):5~60質量部を含有する歯科用硬化性組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基を有しない重合性単量体(A):100質量部、
電子顕微鏡観察画像解析で測定される平均一次粒子径が50nm~1μmであるシリカ系複合酸化物粉粒体からなる無機フィラー(B):140~290質量部、及び
X線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である結晶性希土類金属フッ化物粒子が凝集した凝集粒子からなる、レーザー回折・散乱法で測定される平均粒子径が5~30μmである粉粒体からなり、窒素吸着法にて測定した比表面積が10~30m2/gである、無機フィラー(C):5~60質量部
を含有する、ことを特徴とする歯科用硬化性組成物。
【請求項2】
前記無機フィラー(B)及び前記無機フィラー(C)の合計質量に占める前記無機フィラー(C)の質量の割合が5~20質量%であり、且つ、酸性基を有する重合性単量体を含まない、請求項1に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の歯科用硬化性組成物からなるライニング用フロアブルコンポジットレジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科医療の分野において、天然歯の一部又は全体を代替し得る歯科材料、特に歯科用フロアブルコンポジットレジンとしてライニング用途等に好適に使用できる高流動性と高X線造影性を有する歯科用硬化性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科用硬化性組成物は、重合性単量体(モノマー)、無機フィラー、及び重合開始剤を主成分として含むものであり、中でもコンポジットレジン(以下、「CR」と略記することもある。)は歯の欠損やう蝕を除去した後の窩洞を修復するための材料として歯科治療において最も多用されている材料の一つである。
【0003】
無機フィラーは、コンポジットレジン硬化体の強度等の機械物性を高めるために配合されるものであるが、一般に、無機フィラーの配合量が多くなると硬化体強度は高くなる一方でペースト状体の流動性は低下することや、硬化体の審美性や表面滑沢性は配合する無機フィラーの粒子形態や屈折率の影響を受けることが知られている。コンポジットレジン(CR)においては、求められる諸物性に応じて無機フィラーの種類や配合量が適宜決定されている。また、歯科治療後におけるコンポジットレジンの充填部位と天然歯質部位とをレントゲンやCT撮影により判別するために必要なX線造影性を付与するためにX線造影材(或いは剤)を配合することも一般に行われている。
【0004】
CRに配合される無機フィラーとしては、硬化体の審美性(或いは透明性)などの観点や、シランカップリング剤による処理によりペースト性状等を制御することもできるといった理由からシリカ系粒子からなる粉粒体が使用されることが多い(特許文献1及び2参照)。また、X線造影材としては、X線造影性を高めるために配合量を増やしても硬化体の透明性を低下させ難いものも知られている(特許文献3参照)。
【0005】
また、このようなCRに関しては、近年、ニードルチップと呼ばれる、小さな孔を有するニードルを装着できるシリンジに充填し、前記ニードル先端から窩洞に直接ペーストを充填できるような流動性を有すると共に一定の硬化体強度や審美性を実現できるフロアブルコンポジットレジン(フロアブルCR)が開発され、より簡便に歯牙の修復が行えるという理由から、臨床現場でより多く使用されるようになっている。そして、上記フロアブルCRとしては、主として咬合面の再現が必要な症例に使用されるローフロータイプのものと、窩洞に薄くペーストを塗布するライニング(裏層)用(窩洞に開放する象牙細管開口部を封鎖し外部からの刺激が歯髄に伝わるのを防止するための層を形成する用途)に主として使用されるハイフロータイプのものが知られている。
【0006】
これらタイプのフロアブルCRにおいては、ニードルチップを装着したシリンジから流動性ペーストを吐出させる際にピストンに加える力を大きく増大させずに、微妙な力加減で吐出量を任意にコントールできるような良好な「稠度」を有すること、及び高流動性と硬化体が高強度であることの両立を図ることが望まれている。なお、「稠度」とは、流動性ペーストの硬さ(軟らかさ)を表す指標であり、荷重をかけたときの広がり易さによって評価されるものである。
【0007】
一方、その用途に応じてタイプ毎に求められるペースト性状は若干異なっている。すなわち、ローフロータイプにおいては、垂直面に塗布したときの垂れ易さとして評価される所謂「垂れ性」が低く、充填後に形状を整えてから硬化させるまでの間に変形しない良好な「賦形性」(静置時における自然流動により変形が起こり難く、形状を維持できる性質)を有することが求められている。一方、ハイフロータイプにおいては、適切な稠度を有することは重要であるものの、賦形性はさほど重要ではなく(「垂れ性」は上昇してもよく)、寧ろ水平面上で(無荷重の状態で)自然に延び広がるような高い「フロー性」が要求される。
【0008】
また、歯科治療後におけるコンポジットレジンの充填部位と天然歯質部位とをレントゲンやCT撮影により判別するために付与されるX線造影性の程度についても差があり、ライニングで形成されるコンポジットレジン硬化体層は薄いことから、ハイフロータイプにおいてはより高いX線造影性が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2014/083842号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2020/031444号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2023/042598号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、十分な強度の硬化体を与えることができ、しかも高いX線造影性及び高い「フロー性」、並びに「適切な稠度」を有する、ライニング用ハイフロータイプのフロアブルコンポジットレジンとして好適使用できる歯科用硬化性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、酸性基を有しない重合性単量体(A):100質量部、電子顕微鏡観察画像解析で測定される平均一次粒子径が50nm~1μmであるシリカ系複合酸化物粉粒体からなる無機フィラー(B):140~290質量部、及びX線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である結晶性希土類金属フッ化物粒子が凝集した凝集粒子からなる、レーザー回折・散乱法で測定される平均粒子径が5~30μmである粉粒体からなり、窒素吸着法にて測定した比表面積が10~30m2/gである、無機フィラー(C):5~60質量部を含有する、ことを特徴とする歯科用硬化性組成物である。
【0012】
上記形態の歯科用硬化性組成物(以下、「本発明の歯科用硬化性組成物」ともいう。)においては、前記無機フィラー(B)及び前記無機フィラー(C)の合計質量に占める前記無機フィラー(C)の質量の割合が5~20質量%であり、且つ、酸性基を有する重合性単量体を含まない、ことが好ましい。
【0013】
また、本発明の第2の形態は、本発明の歯科用硬化性組成物からなるライニング用フロアブルコンポジットレジンである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、十分な強度の硬化体を与えることができ、しかも高いX線造影性及び高い「フロー性」、並びに「適切な稠度」を有する、ライニング用ハイフロータイプフロアブルCRとして好適使用できる歯科用硬化性組成物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
特許文献3に開示された前記X線不透過性充填材、すなわち「重合性単量体を含む硬化性組成物に配合することにより前記硬化性組成物及びその硬化体にX線不透過性を付与するX線不透過性充填材であって、結晶性希土類金属フッ化物粒子を主成分として含み、且つ、X線回折パターンにおける前記結晶性希土類金属フッ化物粒子に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である第1の粉体、及び、前記第1の粉体を表面処理した第2の粉体からなる群より選択されるいずれかの粉体からなる、ことを特徴とするX線不透過性充填材」を配合すれば硬化体の透明性を低下させずにX線造影性を付与することは可能であると思われる。しかし、特許文献3では、上記X線不透過性充填材を配合した歯科用重合性組成物の「稠度」や「フロー性」については未検討である。また、シリカ系粉粒体との併用系についても具体的な検討はされていない。
【0016】
そこで、本発明者等は、一定の審美性や強度を有する硬化体を与えるためにシリカ系粒子からなる粉粒体を一定量含むハイフロータイプフロアブルCR用の硬化性組成物に上記X線不透過性充填材を配合したときのペースト性状について検討を行った。その結果、X線不透過性充填材の配合量が増えるに従い「フロー性」が低下する傾向があるが、前記結晶性希土類金属フッ化物粒子を凝集粒子とし、その平均粒子径及び比表面積が一定の範囲内となるような粉粒体として配合した場合には、「フロー性」の低下を抑制できることを見出し、本発明を完成したものである。
【0017】
このような効果が得られる理由は明らかではないが、シリカ系粒子の中性の水中で(たとえば、pH7のイオン交換水中に分散させて)測定したゼータ電位の極性が負(マイナス)であり、結晶性希土類金属フッ化物粒子の同極性が正(プラス)であったことから、X線不透過性充填材の配合量が増えるに従い、これら粒子の静電的な相互作用が強まり、3次のネットワーク構造を形成することで「フロー性」が低下するところ、結晶性希土類金属フッ化物粒子を凝集させて小さい比表面積としたことにより上記静電的な相互作用が大幅に弱められたためであると推定している。
【0018】
1.本発明の歯科用硬化性組成物
本発明の歯科用硬化性組成物では、コンポジットレジンとして一般的に使用されている重合性単量体(モノマー)、無機フィラー、及び重合開始剤を含む歯科用硬化性組成物において、無機フィラーとして、電子顕微鏡観察画像解析法で測定される平均一次粒子径が50nm~1μmであるシリカ系複合酸化物粉粒体からなる無機フィラー(B)及びX線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である結晶性希土類金属フッ化物粒子が凝集した凝集粒子からなる、レーザー回折・散乱法で測定される平均粒子径が5~30μmである粉粒体からなり、窒素吸着法にて測定した比表面積が10~30m2/gである、無機フィラー(C)を併用すると共に、これらの配合量を制御することにより、前記効果を得ることを可能としている。
【0019】
以下、本発明の歯科用硬化性組成物に含まれる各成分を中心に、本発明の歯科用硬化性組成物について詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0020】
2.酸性基を有しない重合性単量体(A)について
本発明の歯科用硬化性組成物の成分である酸性基を有しない重合性単量体(A)としては、従来の歯科用硬化性組成物において使用される、分子内に少なくとも1つの重合性基を有し、且つ酸性基を有さない化合物が使用できる。ここで、重合性基とは、(メタ)アクリロイル基等のラジカル重合性基やエポキシ基等のカチオン重合性基等の重合性不飽和基を意味する。また、酸性基とは、この基を有する重合性単量体の水溶液または水懸濁液が酸性を呈するものであり、代表的にはカルボキシ基(―COOH)、スルホ基(―SO3H)、ホスホノ基(―P(=O)(OH)2)等が例示される。
【0021】
酸性基を有しない重合性単量体(A)としては、単官能及び多官能の(メタ)アクリレート系重合性単量体を使用することが好ましい。
【0022】
好適に使用できる(メタ)アクリレート系重合性単量体を例示すれば、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、6-ヒドロキシヘキシル(メタ)アクリレート、2,2-ビス[(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロピルオキシ)フェニル]プロパン、2,2-ビス〔4-(4-メタクリロイルオキシ)-3-ヒドロキシブトキシフェニル〕プロパン、2,2-ビス〔4-(4-メタクリロイルオキシ)-3-ヒドロキシブトキシフェニル〕プロパン、2,2-ビス〔4-(4-メタクリロイルオキシ)-3-ヒドロキシブトキシフェニル〕プロパン、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、テトラエチレングリコールジメタクリレート、ネオペンチルグリコールジメタクリレート、1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート、1,9-ノナンジオールジメタクリレート、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン等を挙げることができる。
【0023】
これら重合性単量体の中でも、重合性の高さや硬化体の機械的強度が高くなる等の理由から、二官能以上、より好適には二官能~四官能の重合性単量体が好ましい。また、これら重合性単量体は、単独で使用しても、異種を混合して使用してもよい。
【0024】
3.無機フィラー(B)について
本発明の歯科用硬化性組成物に配合される無機フィラー(B)は、電子顕微鏡観察画像解析で測定される平均一次粒子径が50nm~1μmであるシリカ系複合酸化物粉粒体からなる無機フィラーであり、硬化体の強度等の物性を良好にするために配合されるものである。ここで、平均粒子径とは、走査型又は透過型の電子顕微鏡を用いて次のようにして測定される平均粒子径を意味する。すなわち、明暗が明瞭で、粒子の輪郭を判別できる電子顕微鏡による撮影像について無作為に選択した30個以上、好ましくは100個以上の無機一次粒子について画像解析することにより各無機一次粒子の円相当径(対象粒子の面積と同じ面積を持つ円の直径):Xiを求め、下記式により算出された平均粒子(体積)径:Xを意味する。
【0025】
【0026】
平均一次粒子径が50nm未満の場合には歯科用硬化性組成物の粘度が高くなってニードルチップを装着したシリンジからの吐出に適した稠度に調整し難くなり、また、平均粒子径が1μmを超える場合、得られる硬化体の研磨性が低下し、滑沢な表面の硬化体が得難くなる。無機フィラー(B)の平均一次粒子径は、0.1~0.8μmであることが、より好ましい。
【0027】
無機フィラー(B)を構成する無機一次粒子の形状は特に限定されず、球状、略球状あるいは不定形状粒子を用いることができるが、耐摩耗性、表面滑沢性に優れるという観点から、球状または略球状であることが好ましい。なお、略球状とは、平均粒子径を測定時に用いた撮影像から選択された前記30個以上のn個の無機一次粒子について行った画像解析によって求められた各粒子の最大長を長径:Li及び該長径に直交する方向の径である最小幅:Biに基づき、下記式で定義される平均均斉度が0.6以上のものをいう。平均均斉度は0.7以上が好ましく、0.8以上であることが特に好ましい。
【0028】
【0029】
無機フィラー(B)を構成する無機粒子の材質は、汎用的に使用され、入手も容易であり、硬化体の審美性や透明性の観点から、シリカ系複合酸化物からなるものが使用される。好適に使用できるシリカ系複合酸化物を例示すれば、非晶質シリカ、石英、シリカ-ジルコニア、シリカ-チタニア、シリカ-チタニア-酸化バリウム、シリカ-チタニア-ジルコニア、ホウ珪酸ガラス、アルミノシリケートガラス、フルオロアルミノシリケートガラス等が挙げられる。
【0030】
無機フィラー(B)は、前記条件を満たせば、異なる材質からなる無機粒子の混合物であってもよく、また、これら無機粒子はシランカップリング剤等によって表面処理されていてもよい。
【0031】
本発明の歯科用硬化性組成物における無機フィラー(B)の配合量は、前記重合性単量体(A)100質量部に対して140~290質量部である必要がある。140質量部未満の時には歯科用硬化性組成物の硬化体の物性(強度や耐摩耗性等)が低下する虞があり、290質量部を超えるとニードルチップを装着したシリンジから吐出するのに適した稠度が得られ難くなる可能性があるだけでなく、ライニング用途として所望の流動性が得られない可能性がある。硬化体における高い物性とペースト状態での操作性を両立するという観点から上記配合量は、150~250質量部、特に160~220質量部であることが好ましい。
【0032】
無機フィラー(B)は、合成樹脂(重合性単量体の硬化体)と複合化された所謂有機無機複合フィラーとして配合されてもよい。なお、有機無機複合フィラーとしては、無機フィラー、重合性単量体、及び重合開始剤の混合物を重合させた後、粉砕して得られる有機無機複合フィラー;無機フィラーを構成する無機1次粒子が凝集した無機凝集粒子を、重合性単量体、重合開始剤及び有機溶媒を含む重合性単量体溶媒に浸漬してから有機溶媒を除去し、その後、重合性単量体を重合硬化させて得られる微多孔性の有機無機複合フィラー;などが知られており、有機無機複合フィラーに占める無機フィラーの含有率(以下、「充填率」ともいう。)は、通常60~90質量%である。
【0033】
無機フィラー(B)を有機無機複合フィラーとして配合する場合における有機無機複合フィラーは、無機フィラー(B)と重合性単量体の硬化体と複合化されたフィラーであれば、その形態は特に制限されないが、無機フィラー(B)の上記含有率(充填率)が65~90質量%、特に70~90質量%のものを配合することが好ましい。
【0034】
無機フィラー(B)の配合量は主に(本発明の歯科用硬化性組成物の)硬化体物性の観点から決定され、無機フィラー(B)を有機無機複合フィラーとして配合する場合には、無機フィラー(B)の一部を有機無機複合フィラーとして配合することとし、無機フィラー(B)の質量ベースで、有機無機複合フィラーとして配合される無機フィラー(B)の量の割合を、全体量(質量部)の70質量%以下、特に60質量%以下とすることが好ましい。具体的には、有機無機複合フィラーの配合量(質量部)を、{無機フィラー(B)全体量(質量部)×上記割合(質量%)/有機無機複合フィラーにおける無機フィラー(B)の充填率(質量%)}で計算される量(質量部)とすることが好ましい。
【0035】
4.無機フィラー(C)について
本発明の歯科用硬化性組成物に配合される無機フィラー(C)は、X線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上である結晶性希土類金属フッ化物粒子が凝集した凝集粒子からなる、レーザー回折・散乱法で測定される平均粒子径が5~30μmである粉粒体からなり、窒素吸着法にて測定した比表面積が10~30m2/gの無機フィラーである。
【0036】
無機フィラー(C)は、歯科用硬化性組成物の硬化体にX線造影性を付与するためのX線造影材(剤)として機能するものであり、基本的には特許文献3に開示されている前記X線不透過性充填材の範疇に属するものである。したがって、希土類金属フッ化物としては、前記X線不透過性充填材と同様に、フッ化イッテルビウム(YbF3)、フッ化ランタン(LaF3)、フッ化セリウム(CeF3)等が好適に使用でき、その色調や安全性から、フッ化イッテルビウムが特に好適に使用できる。これら希土類金属フッ化物からなる結晶性粒子、特に、フッ化イッテルビウムは、X線造影性フィラーとして良く知られたものであるが、結晶性が高い状態でCR等の歯科用硬化性組成物に配合すると、硬化体の透明性が低下することが知られている。そこで、本発明では、特許文献3に開示されている前記X線不透過性充填材と同様に、例えばメカノケミカル処理を行うことにより、X線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上となるように、非晶質性を高めることで上記透明性低下を抑制している。また、本発明の歯科用硬化性組成物では、ハイフロータイプのフロアブルCRとしてライニング用途に用いた場合であっても硬化層を十分に認識できるような高いX線造影性を付与するのに必要な量を配合しても「フロー性」が低下しないようにするために、上記結晶性希土類金属フッ化物粒子を凝集粒子とし、該凝集粒子からなる粉粒体の平均(凝集)粒子径が5~30μmの範囲内となり、且つ比表面積が10~30m2/gの範囲内となるようにして使用している。
【0037】
ここで、平均(凝集)粒子径とは、無機フィラー(C)となる前記粉粒体についてレーザー回折・散乱法により得られる粒度分布におけるメディアン径を意味する。上記平均粒子径が5μm未満の場合には、ペースト状態での流動性が低下し易く、本発明の特長である高流動が得られない。30μmを超える場合には、歯科用硬化性組成物の硬化体が、CRとして要求される機械的強度を満たさない虞がある。特に機械的強度の観点から、平均粒径は5~30μmが好ましく、7~25μmがより好ましい。なお、該無機フィラー(C)は、より微細な平均一次粒子径を有する無機粒子からなる凝集粒子であるため、平均粒子径が1μm以上であっても得られる硬化体の研磨性が低下し、滑沢な表面の硬化体が得難くなることはない。
【0038】
無機フィラー(C)を構成する無機粒子の、前記電子顕微鏡観察画像解析で測定される平均一次粒子径(以下、「構成一次粒子径」ともいう)は、通常、300nm以下であり、審美性(例えば研磨性や透明性)の観点から10~300nmが好ましく、15~250nmであることがより好ましい。さらに、無機フィラー(C)の屈折率は、歯科用硬化性組成物の硬化体の透明性の観点から、1.4~1.7であることが好ましい。
【0039】
また、窒素吸着法にて測定した比表面積が10m2/g未満の場合には、CRとして要求される機械的強度を満たすことができない可能性がある。また、30m2/gを超える場合は、「フロー性」が低下し、ハイフロー用に必要な高流動性が得られ難くなる。このような観点から、上記比表面積は10~30m2/gが好ましく、15~25m2/gがより好ましい。なお、窒素吸着法による比表面積測定は、ガス吸着量測定装置により窒素吸着等温線を求め、BET法によって算出することができる。
【0040】
前記した様に、メカノケミカル処理、すなわち原料粉体に機械的エネルギーを与える処理(具体的には機械的摩砕、粉砕、分散の少なくとも一つを行う処理)、を行うことにより、X線回折パターンにおける結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上とすることができるが、無機フィラー(C)とするためには、その構成粒子を、前記条件を満足するような凝集粒子とする必要がある。すなわち、希土類金属フッ化物に上記メカノケミカル処理等を施した場合、希土類金属フッ化物粒子の小径化に伴い比表面積が増大し、そのまま組成物に配合すると、ペースト状態での賦形性が高くなり、本発明の特長である高流動性が得られなくなる。
【0041】
メカノケミカル処理により前記した非晶質性を有するようになった希土類金属フッ化物粒子について凝集化処理を行うことにより無機フィラー(C)を得ることができる。以下に、メカノケミカル処理及び凝集化処理について説明する。
【0042】
確実性及び効率の観点から、メカノケミカル処理は、湿式法による処理、特に湿式ビーズミルを用いた処理であることが特に好ましい。湿式ビーズミル処理とは、被処理物である粉体と媒質とを混合したスラリーを、攪拌や振動等により動きを与えたメディア(ビーズ)と接触させることにより、粉砕及び/又は解砕を行う処理方法である。湿式法でメカノケミカル処理を実施する場合、媒質としては水やアルコールなどの溶媒、重合性単量体をはじめとした媒質が使用可能である。しかし、処理後のスラリーをそのまま凝集化処理に用いることができるという理由から、水やアルコールなどの揮発性を有し常温(15~25℃)で液状である媒質を用いることが好ましい。メディア(ビーズ)として用いる材質としてはガラス、アルミナ、ジルコン、ジルコニア、スチール及び樹脂等が挙げられるが、耐摩耗性に優れ、コンタミネーションが比較的少ないことから、アルミナ或いはジルコニア製のビーズを用いることが好ましい。用いるビーズの大きさは目的とする希土類金属フッ化物粒子の粒径に応じて選択すればよく、特段制限はないが、歯科用硬化性組成物への配合に好ましい無機粒子を得るためにはφ0.01~0.5mmのビーズを用いることが好ましい。
【0043】
湿式ビーズミルには運転方式により、スラリーとビーズを直接装置に投入し処理を行うバッチ式やタンクと装置間をスラリーが循環する循環式、所定回数装置にスラリーを通過させるパス式等の種類があるがこれら運転方式は処理に用いる無機粒子の量によって選択すればよい。生産性がよく比較的多量の無機粒子を処理可能であることから循環式ビーズミルを用いることが好ましい。
【0044】
上記循環式やパス式等の運転方式によってはメカノケミカル処理を実施する際にスラリーとビーズとを分離する必要がある。ビーズ分離方式としてはスリット式、スクリーン式及び遠心分離式等が挙げられるが、これらビーズ分離方式は用いるビーズの粒径によって選択すればよく、いずれの方式も特に制限なく用いることができる。メカノケミカル処理に具するスラリーの濃度は媒質100質量部に対して、無機粒子が50質量部以下であることが好ましい。スラリー中の無機粒子が50質量部を超えるとスラリーの粘度が高くなり、メカノケミカル処理が困難となる。
【0045】
上記スラリー粘度上昇はスラリーに分散剤を添加することで抑制可能であり、より高濃度のスラリーをメカノケミカル処理することが可能となる。用いる分散剤としては通常の充填材に用いられる界面活性剤であれば特に制限なく用いることができ、例えば、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、及びこれらの高分子系界面活性剤等が挙げられる。具体的には、グリセリン脂肪酸エステル及びそのアルキレングリコール付加物、脂肪族モノカルボン酸塩、アルキルアミン塩、並びに、アルキルベタイン等が挙げられる。
【0046】
前記メカノケミカル処理によって得られる希土類金属フッ化物粒子は、X線回折パターンにおける前記結晶性希土類金属フッ化物に由来する最大強度ピークの半値全幅が0.3°以上であることが好ましい。透明性の低下抑制効果の観点から、最大ピーク半値全幅0.4°以上、特に0.5°以上であることが好ましい。なお、最大ピーク半値全幅の上限値は特に限定されないが通常は、40°を超えることはない。
【0047】
ここで、前記X線回折パターンにおける最大ピーク半値全幅は、メカノケミカル処理後の結晶性希土類金属フッ化物粒子からなる無機粒子についてX線回折測定を行うことで決定することができる。具体的には、X線回折装置にて2θ;20~120°の範囲でX線回折測定を行い、得られた、横軸を2θ(°)とし、縦軸を回折強度とする、X線回折パターン(チャート)における結晶性希土類フッ化物に由来するピークを同定し、その中で最大強度を有するピーク(例えば、YbF3については、2θ=28.0°付近に現れる、結晶面(1,1,1)に該当するピーク)について半値全幅、すなわち強度がピーク強度(最大強度)の50%となる強度におけるピーク幅(当該強度とピークラインとの2つの交点の2θの差の絶対値:単位“deg[°]”)を求めることにより決定することができる。なお、測定に際しては、例えば目開き100μmの篩を用いる等して粗粒を除いた粉体を測定試料とすることが好ましい。
【0048】
さらに、メカノケミカル処理条件は用いる湿式ビーズミルの運転方式やビーズ径、前記結晶性希土類金属フッ化物の最大ピーク半値全幅、及びスラリーの濃度等の条件によって変動する。これら条件の調整は、実際にメカノケミカル処理を実施する装置、条件において予備実験を行い、メカノケミカル処理時間に対する処理を施した結晶性希土類金属フッ化物の最大ピーク半値全幅を確認すればよい。製造時には、必要に応じて処理スラリーをサンプリングし、最大ピーク半値全幅を適宜確認することで確実に所望の最大ピーク半値全幅を有するX線不透過性充填材を製造することが可能である。
【0049】
次にメカノケミカル処理等を施した希土類金属フッ化物粒子の一次粒子を凝集粒子とする方法は、前記条件を満足する凝集粒子を得ることができる方法であれば特に限定されないが、取り扱いや生産性から、構成一次粒子を揮発性の液状媒体に分散させたスラリー(例えば媒質として水やアルコールを用いたメカノケミカル処理液)を噴霧乾燥する方法を採用することが好ましい。上記噴霧乾燥は、高速の気流を用いて、上記混合液を細かい液滴にして噴霧し、乾燥させる方法、1000~50000rpmの回転速度で回転する円盤状の回転体上に前記混合液を滴下し、遠心力によってこれを霧状に弾き飛ばして、乾燥する方法などが採用できる。
【0050】
上記噴霧乾燥により得られる凝集粒子には、僅かであるが分散媒が残留することがある。このため、噴霧乾燥の後に、更に真空乾燥を行うことが好ましい。真空乾燥は、0.01~100ヘクトパスカルの減圧下、20~150℃で1~48時間行うのが一般的である。さらに、真空乾燥機などを用いて、減圧状態で加熱することにより、噴霧乾燥で残留した分散媒の除去に加えて、希土類金属フッ化物粒子の凝集力を高めることができる。
【0051】
希土類金属フッ化物からなる無機フィラー(C)の平均粒子径は、通常、噴霧乾燥時の液滴の大きさによって変動するが、スラリーの濃度を調節することで、粒子径の制御が可能である。また、メカノケミカル処理により、希土類金属フッ化物粒子の平均一次粒子径は小さくなり、無機フィラー(C)の比表面積は希土類金属フッ化物粒子の平均一次粒子径に対応するため、メカノケミカル処理の処理時間を調節することで前記比表面積を制御することができる。
【0052】
なお、無機フィラー(C)は、シランカップリング剤やチタネートカップリング剤等で表面処理されていてもよい。
【0053】
本発明の歯科用硬化性組成物における無機フィラー(C)の配合量は、前記重合性単量体(A)100質量部に対して5~60質量部である必要がある。5質量部未満の時には歯科用硬化性組成物のX線造影性が得られ難くなり、60質量部を超えると歯科用硬化性組成物の機械的強度が低下する虞がある。X線造影性、硬化性および歯科用硬化性組成物に好適な色調や透明性が得られやすいという観点から上記配合量は、10~55質量部、特に15~50質量部であることが好ましい。
【0054】
また、本発明の歯科用硬化性組成物で高い流動性を有し、十分なX線造影性を付与し易いという理由から、無機フィラー(B)及び無機フィラー(C)の合計量に占める前記無機フィラー(C)の質量割合は5~20質量%、特に7~15質量%であることが好ましい。
【0055】
5.重合開始剤
本発明の歯科用硬化性組成物には、重合開始剤が添加されてもよい。重合開始剤は前記重合性単量体(A)を重合させる機能を有するものであれば特に限定されないが、口腔内で硬化させる場合が多い歯科の直接充填修復用途で使用される光重合開始剤又は化学重合開始剤を使用することが好ましく、混合操作の必要が無く簡便な点から、光重合開始剤(組成)を使用することが更に好ましい。
【0056】
光重合に用いる重合開始剤としては、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテルなどのベンゾインアルキルエーテル類、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタールなどのベンジルケタール類、ベンゾフェノン、4,4’-ジメチルベンゾフェノン、4-メタクリロキシベンゾフェノンなどのベンゾフェノン類、ジアセチル、2,3-ペンタジオンベンジル、カンファーキノン、9,10-フェナントラキノン、9,10-アントラキノンなどのα-ジケトン類、2,4-ジエトキシチオキサンソン、2-クロロチオキサンソン、メチルチオキサンソン等のチオキサンソン化合物、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-2,5-ジメチルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-4-プロピルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-1-ナフチルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)―フェニルホスフィンオキサイドなどのビスアシルホスフィンオキサイド類等が使用できる。
【0057】
なお、光重合開始剤には、しばしば還元剤が添加されるが、その例としては、2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート、4-ジメチルアミノ安息香酸エチル、N-メチルジエタノールアミンなどの第3級アミン類、ラウリルアルデヒド、ジメチルアミノベンズアルデヒド、テレフタルアルデヒドなどのアルデヒド類、2-メルカプトベンゾオキサゾール、1-デカンチオール、チオサリチル酸、チオ安息香酸などの含イオウ化合物などを挙げることができる。
【0058】
更に、上記光重合開始剤、還元性化合物に加えて光酸発生剤を加えて用いる例がしばしば見られる。このような光酸発生剤としては、ジアリールヨードニウム塩系化合物、スルホニウム塩系化合物、スルホン酸エステル化合物、およびハロメチル置換-S-トリアジン誘導体、ピリジニウム塩系化合物等が挙げられる。
【0059】
これら重合開始剤は単独で用いることもあるが、2種以上を混合して使用してもよい。重合開始剤の配合量は目的に応じて有効量を選択すればよいが、重合性単量体100質量部に対して通常0.01~10質量部の割合であり、より好ましくは0.1~5質量部の割合で使用される。
【0060】
6.その他添加剤等
本発明の歯科用硬化性組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で、前記無機フィラー(B)及び(C)以外の他の無機フィラー、具体的には、無機フィラー(B)及び(C)において平均(一次)粒子径に関する条件を満たさないもの等を添加することもできる。さらに、本発明の歯科用硬化性組成物においては、その効果を阻害しない範囲で、重合禁止剤、顔料、紫外線吸収剤、蛍光剤等の添加剤を配合することができる。
【0061】
7.本発明の歯科用硬化性組成物の用途について
本発明の歯科用硬化性組成物は、前述したように、高いX線造影性を有し、流動性(フロー性や垂れ)が高いため、ライニング用フロアブルコンポジットレジン(CR)として好適である。
【0062】
ここで、歯科材料として必要とされる実用的なX線造影性は、硬化体と同一の厚みを有するアルミニウム材と同等程度前後あるいはそれ以上のX線造影性を示すことが必要である。アルミニウムは、象牙質と等価なX線造影性をもつので、厚さが1mmのアルミニウムと等価なX線造影性をもつ厚さ1mmの材料は、象牙質と等価なX線造影性をもつと扱われている。
【0063】
なお、稠度とは、前記したように、流動性ペーストの硬さ(軟らかさ)を表す指標であるが、本発明では、流動性も加味して25℃で、0.2gのペーストを50gの荷重で押しつぶし、10秒間経過後にペーストの長径と短径を測定した際の、その両者の平均値を以て定量的に評価している。上記稠度の値が20mmよりも小さい場合は、後述するペーストのフロー性や垂れが小さくなり、十分な流動性が得られづらくなる。一方、30mmを超える場合は、ペーストにおける重合性単量体成分の割合が多くなり、強度が低下する虞がある。このように上記稠度の値が20~30mmであれば十分な流動性を有したペースト性状であるといえるが、20~25mmであることがさらに好ましい。
【0064】
また、本発明では、上記「フロー性」を、20Gのニードルチップを装着したシリンジから、0.1gのペーストをガラス板上に、直径5mmの円内に吐出し、37℃で2分間経過した後のペーストの広がりを計測した値として評価し、また、「垂れ」を、20Gのニードルチップを装着したシリンジから、0.03gのペーストをガラス板上に量り取り、歯科用硬化性組成物が垂直になるように固定した後、37℃で1分間経過した後のペーストが移動した距離を計測した値として評価している。上記フロー性が8mm以上の場合には、ライニング用途として適切な高い流動性を有するペースト性状であるといえる。より流動性が高く、ライニングに適切であるという理由から9mm以上が好ましく、10mm以上がさらに好ましい。また、前記垂れが2mm以上の場合には、口腔内で使用した際にニードルを通じて吐出されたペーストが歯牙の修復部位に流れこみやすいため、使用しやすく、3mm以上がより好ましい。
【0065】
8.本発明の歯科用硬化性組成物の製造方法
本発明の歯科用硬化性組成物は、前記各成分および必要に応じて添加する各任意成分の所定量を十分に混練してペーストを得、さらにこのペーストを減圧下で脱泡して気泡を除去することで調製できる。前記各成分および必要に応じて添加する各任意成分の所定量を十分に混練できる方法であれば特に限定されないが、無機フィラー(C)の凝集粒子を歯科用硬化性組成物中で維持するという観点から、本発明の歯科用硬化性組成物は、前記重合性単量体(A)、無機フィラー(B)を混練によりペーストを調製し、重合性単量体(A)中に無機フィラー(B)を均一に分散させ、得られたペーストに無機フィラー(C)を加えて均一化させることで調製することが好ましい。ここで、重合性単量体(A)中に無機フィラー(B)を均一に分散する方法であれば、混練方法は特に限定されない。また、得られたペースト中に無機フィラー(C)の凝集を崩さずに無機フィラー(C)を均一化させる方法であれば、混練方法は特に限定されない。
【実施例0066】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
先ず、実施例および比較例において、調製される組成物の原材料として使用した物質とその略号、並びに上記原材料及び調製された組成物の評価方法について説明する。
【0067】
1.原材料とその略称・略号
(1)酸性基を有しない重合性単量体
・UDMA:1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,2-4-トリメチルヘキサン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・GMA:2,2-ビス[(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロピルオキシ)フェニル]プロパン
・D-2.6E:2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン。
【0068】
(2)無機フィラー用無機粒子
なお、以下に示す各粒子における、平均一次粒子径および平均均斉度は、各粒子からなるフィラー(粉体)について後述の評価方法に基づき決定された値である。
(2-1) シリカ系複合酸化物粒子
・F-1:ゾルゲル法で製造した平均一次粒子径280nmの球状シリカ-ジルコニア粒子(平均均斉度:0.95)
・F-2:ゾルゲル法で製造した球状シリカ-チタニア粒子(平均一次粒子径70nm、平均均斉度:0.95)
・F-3:ゾルゲル法で製造した球状シリカ-ジルコニア粒子(平均一次粒子径150nm、平均均斉度:0.95)
・F-4:ゾルゲル法で製造した不定形シリカ-ジルコニア粒子(平均一次粒子径1000nm)
・F-5:ゾルゲル法で製造した球状シリカ-ジルコニア粒子(平均一次粒子径40nm、平均均斉度:0.90)
・F-6:ゾルゲル法で製造した不定形シリカ-ジルコニア粒子(平均一次粒子径4000nm)。
【0069】
(2-2) 結晶性希土類フッ化物粒子
・YbF3―1:平均一次粒子径100nmのフッ化イッテルビウム(Treibacer社製)。
【0070】
(3)重合開始剤
・CQ:カンファーキノン
・DMBE:N,N-ジメチル-p-安息香酸エチル。
【0071】
2.無機フィラーの評価方法及び評価結果
(1)シリカ系複合酸化物粒子からなるフィラー:F-1について、次のようにして平均一次粒子径を求めた。結果を表1に示す。
<平均一次粒子径の測定方法>
走査型電子顕微鏡(フィリップス社製「XL-30S」)で粉体の写真を5000~100000倍の倍率で撮り、画像解析ソフト(「IP-1000PC」、商品名;旭化成エンジニアリング社製)を用いて、撮影した画像の処理を行い、その写真の単位視野内に観察される粒子の数(100個以上)の測定値に基づき、平均一次粒子径を求めた。
【0072】
【0073】
(2)希土類フッ化物粒子からなるフィラーについて
前記各結晶性希土類金属フッ化物粒子(YbF3-1)について、メカノケミカル処理及び噴霧乾燥処理を行うことにより、無機フィラー(C):MF-1を調製した。
【0074】
メカノケミカル処理は、湿式ビーズミルSC50{三井鉱山(株)製}を用いて、イオン交換水100質量部に対して5.0質量部の各結晶性希土類フッ化物粒子を混合したスラリーを、メディアとしてφ0.3mmジルコニアビーズ100gを用い、回転数3000rpmにて、360分間分散処理することにより行った。なお、得られたスラリーの質量パーセント濃度を5%とし、ノズル式スプレードライヤー(Mini Spray Dryer B―290 Adbanced;日本ビュッヒ社製)を用いて乾燥し、サイクロン回収部より無機凝集粒子を得た。得られた無機凝集粒子をバットに広げ、80℃で15時間の真空乾燥を行うことで得た粉体を無機フィラー(C):MF-1とした。
【0075】
スプレードライヤーによる噴霧乾燥時のスラリーの質量パーセント濃度を夫々10%、20%、40%とする他は、MF-1と同様にして無機フィラー(C)の条件を満たすMF-2~MF-4を調製した。なお、MF-4と同条件で本体下回収部より得た無機凝集粒子をMF-5とした。
【0076】
湿式ビーズミルでの処理時間を90分とする他は、MF-1と同様にして無機フィラー(C)の条件を満たすMF-6を調製した。
【0077】
また、スプレードライヤーでの噴霧乾燥時のスラリー質量パーセント濃度を1%とする他は、MF-1と同様にして無機フィラー(C)の条件を満たさないMF-7を調製した。
【0078】
さらに、MF-5を目開き25μmの篩にかけ、篩の上に残った粉体を無機フィラー(C)の条件を満たさないMF-8とした。
【0079】
メカノケミカル処理を行わない他は、MF-4と同様にして無機フィラー(C)の条件を満たさないMF-9を調製した。
【0080】
メカノケミカル処理時間を600分とした他は、MF-4と同様にして無機フィラー(C)の条件を満たさないMF-10を調製した。
【0081】
このようにして得られた無機フィラー(C)について、次のようにして平均(凝集)粒子径、比表面積、X線回折パターンにおける結晶面(1,1,1)のピークの2θおよび半値全幅(deg:°)を測定した。結果を表2に示す。
【0082】
【0083】
<平均(凝集)粒子径の測定方法>
0.1gの無機フィラー(C)をイオン交換水10mLに懸濁した懸濁液を準備した。この懸濁液を粒度分布計(LS13-320、BECKMAN COULTER社製)を用いて粒度分布測定を行い、体積粒度分布を得た。そして、体積粒度分布の小径側から累積50%となる粒子径(D50v値)を無機フィラー(C)の平均粒子径とした。
【0084】
<比表面積の測定方法>
試料セルに前記した無機フィラー(C)を0.1g入れ、前処理装置(マイクロトラック・ベル株式会社製「BELPREP-miniII」)を用いて、100℃で3時間、真空排気により前処理を行った。その後、吸着ガスとして窒素、冷媒として液体窒素を用いて、ガス吸着法細孔分布測定装置(マイクロトラック・ベル株式会社製「BELSORP-miniII」)により、窒素吸着等温線を求め、BET法により比表面積を算出した。
【0085】
<結晶面(1,1,1)の2θおよび半値全幅(deg:°)の測定方法>
前記した無機フィラー(C)を試料台に充填し、X線回折装置{(株)リガク製「Smartlab」}により測定し得られた、横軸を2θ(°)とし、縦軸を回折強度とする、X線回折パターン(チャート)を得た。ここで、X線回折測定のX線としては、CuKα線を使用した。
無機フィラー(C)の材質がYbF3である場合、最も大きな強度を有するピークは(1,1,1)面に起因するピーク(2θ=28°前後に観察されるピーク)であるため、このピークについて半値全幅(deg:°)を求めた。
【0086】
3.実施例及び比較例
実施例1
UDMA:70質量部及び3G:30質量部からなる重合性単量体に重合開始剤としてCQ:0.20質量部、DMBE:0.5質量部を完全に溶解させることで重合性単量体溶液を調製した。その後、γ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランで表面処理したF-1:210質量部と前記重合性単量体溶液とを乳鉢内で均一になるまで混練しペースト化した後、さらにMF-1:23質量部を添加し、乳鉢内で均一になるまで混合して脱泡することで、ペースト状の歯科用硬化性組成物を調製した。
得られた歯科用硬化性組成物について、以下に示す方法によってペースト状態での稠度、垂れ、フロー性、および硬化体のX線造影性、曲げ強さ、コントラスト比を評価した。
【0087】
<「稠度」の測定方法>
調製したペースト状の歯科用硬化性組成物を、45℃のインキュベータに1日間静置後、25℃に30分間静置したペーストについて下記の方法にて稠度を測定した。0.2gのペーストをポリプロピレンフィルム上に、中心を盛り上げるように量り取った。その上にポリプロピレンフィルム、ガラス板及び重り(合計50g)をこの順番で乗せ、10秒間経過後、ガラス板および重りを取り除き、その際のペーストの縦径と横径とをポリプロピレンフィルム越しに測定し、両者の平均を算出する。前記評価を2回行い、平均値をペーストの稠度とした。
【0088】
<「垂れ」の測定方法>
調製したペースト状の歯科用硬化性組成物を、45℃のインキュベータに1日間静置後、円筒状のシリンジに充填し、該シリンジの内容物を押し出すためのプランジャーと、シリンジ先端に装着される20Gのニードルチップを装着した。その後、25℃の恒温室内で30分間静置した後に、ガラス板上に0.03gの歯科用硬化性組成物をニードルチップ先端から押し出した。吐出した歯科用硬化性組成物が垂直になるように固定し、37℃のインキュベータ内で1分間静置したにペーストが移動した距離を測定した。前記評価を2回行い、平均値をペーストの垂れとした。
【0089】
<「フロー性」の測定方法>
調製したペースト状の歯科用硬化性組成物を、45℃のインキュベータに1日間静置後、円筒状のシリンジに充填し、該シリンジの内容物を押し出すためのプランジャーと、シリンジ先端に装着される20Gのニードルチップを装着した。その後、25℃の恒温室内で30分間静置した後に、ガラス板上にあらかじめ直径5mmの円を描いておき、その円内に0.1gの歯科用硬化性組成物を吐出した後に、37℃のインキュベータ内で2分間水平の状態で静置した。その際のペーストの広がりについて、縦径と横径を測定し、両者の平均を算出した。前記評価を2回行い、平均値をペーストのフロー性とした。
【0090】
<「X線造影性」の測定方法>
直径15mm、厚さ1mmの孔を有するポリエチレンテレフタラート製の型にペーストを充填し、ポリプロピレンフィルムにて圧接した状態で可視光線照射器(トクヤマ製「パワーライト」)にて全体に光が当たるように場所を変えてポリプロピレンフィルムに密着させて計5回光照射を行なった。ポリプロピレンフィルムを除去し、硬化体を型から取り外し試料とした。作製した試料を卓上型X線透過検査装置(μB1300、松定プレシジョン)にて観察した。また、サンプルの観察時、1~4mm厚のアルミニウムステップウェッジを同時に観察した。観察像を専用画像取り込みソフトウェア(μRayVision、松定プレシジョン)に取り込み、サンプル及びアルミニウムステップウェッジの輝度を測定した。各厚みのアルミニウムステップウェッジの輝度より検量線を作成し、サンプルのX線造影性をアルミニウム厚相当(Al%)として算出した。
<「曲げ強さ」の測定方法>
歯科用硬化性組成物のペーストについて、ステンレス製型枠に充填し、ポリプロピレンフィルムで圧接した状態で、可視光線照射器(トクヤマ製「パワーライト」)を用いて一方の面から30秒×3回、全体に光が当たるように場所を変えてポリプロピレンフィルムに密着させて光照射を行なった。次いで、反対の面からも同様にポリプロピレンフィルムに密着させて30秒×3回光照射を行い、硬化体を得た。#1500の耐水研磨紙にて、硬化体を2×2×25mmの角柱状に整え、この試料片を試験機(島津製作所製「オートグラフAG5000D」)に装着し、支点間距離20mm、クロスヘッドスピード1mm/分で3点曲げ破壊強度を測定し、荷重-たわみ曲線を得、以下に示す式より曲げ強さを求めた。試験片5個について評価し、その平均値を曲げ強さとした。
式:σB=(3PS)/(2WB2)
なお上記中の記号は、夫々、σB:曲げ強度(Pa),P:試験片破折時の荷重(N),S:支点間距離(m),W:試験片の幅(m),B:試験片の厚さ(m)を表す。
【0091】
<「硬化性組成物硬化体のコントラスト比(Yb/Yw)」の測定方法>
各実施例および比較例で調製した組成物を、7mmφ×1mmの貫通した孔を有する型にいれ、両面にポリエステルフィルムを圧接した。可視光線照射器(トクヤマ製「パワーライト」)で両面を30秒ずつ光照射し硬化させた後、型から取り出し、イオン交換水に浸漬して37℃のインキュベータに1日間静置後、色差計(東京電色製「TC-1800MKII」)を用いて、上記硬化体の三刺激値のY値(背景色黒及び白)を測定した。下記式、
コントラスト比(Yb/Yw)=背景色黒の場合のY値/背景色白の場合のY値
に基づいてコントラスト比(Yb/Yw)を計算した。
【0092】
実施例2~16、比較例1~6、8~9
用いる無機フィラー(B)及び無機フィラー(C)(無機凝集粒子(C))を表3に示すように変更する以外は実施例1と同様にしてペースト状の歯科用硬化性組成物を調製し、得られた組成物について実施例1と同様に評価を行った。実施例の結果を表3及び表4に、比較例の結果を表5に示す。
【0093】
比較例7
実施例1と同様にして重合性単量体溶液を調製し、その後、γ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランで表面処理したF-1:222質量部とMF-4:12質量部と前記重合性単量体溶液とを乳鉢内で混練し、無機フィラー(C)を解砕して一次粒子とし、ペースト化した後、脱泡することで、ペースト状の歯科用硬化性組成物を調製した。結果を表5に示す。
【0094】
【0095】
【0096】
【0097】
実施例1~16の結果から理解されるように、本発明の要件を満たす重合性単量体(A)、無機フィラー(B)、無機フィラー(C)を用いた歯科用硬化性組成物は、ニードルチップを装着したシリンジから吐出するのに適し、ペーストの流動性(フロー性や垂れ)が向上され、ライニング用途としてのフロアブルコンポジットレジンに適した流動性および操作性を示す。
【0098】
比較例1、2から理解されるように、平均粒経が本発明の要件を満たしていない無機フィラー(C)(MF-7、MF-8)を含む場合は、流動性が低下し、ライニング用途に適した流動性が得られない、または硬化体の曲げ強さが低下する。
【0099】
比較例3、4から理解されるように、比表面積が本発明の要件を満たしていない無機フィラー(C)(MF-9、MF-10)を含む場合は、硬化体の曲げ強さが低下し、コントラスト比が高くなり歯科用硬化性組成物が不透明になる、または流動性が低下し、ライニング用途に適した流動性が得られない。
【0100】
比較例5、6から理解されるように、無機フィラー(C)の配合量が本発明の要件を満たしていない場合は、X線造影性が低下する、または硬化体の曲げ強さが低下する。
【0101】
比較例7の結果から理解されるように、無機フィラー(C)の凝集を解砕して一次粒径に限りなく近い状態とした場合には、流動性が低下し、ライニング用途に適した流動性が得られない。
【0102】
比較例8、9から理解されるように無機フィラー(B)の平均一次粒子径が本発明の要件を満たしていない場合、流動性が低下し、ライニング用途に適した流動性が得られない、または硬化体の曲げ強さが低下する。