IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人佐賀大学の特許一覧

特開2024-159466医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法
<>
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図1
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図2
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図3
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図4
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図5
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図6
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図7
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図8
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図9
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図10
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図11
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図12
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図13
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図14
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図15
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図16
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図17
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図18
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図19
  • 特開-医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法 図20
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024159466
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7032 20060101AFI20241031BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20241031BHJP
   A23L 27/00 20160101ALI20241031BHJP
   A61K 31/737 20060101ALI20241031BHJP
   C07H 15/04 20060101ALI20241031BHJP
   C08B 37/00 20060101ALI20241031BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20241031BHJP
   A61P 3/04 20060101ALI20241031BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20241031BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20241031BHJP
   A61K 36/04 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
A61K31/7032
A23L33/105
A23L27/00 101Z
A61K31/737
C07H15/04 D
C08B37/00 H
C08B37/00 Q
A61P3/10
A61P3/04
A61P1/02
A61P31/04
A61K36/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024004028
(22)【出願日】2024-01-15
(31)【優先権主張番号】P 2023072532
(32)【優先日】2023-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ライフサイエンス~南日本ネットワーク~ 新技術説明会 オンライン開催(https://shingi.jst.go.jp/list/list_2023/2023_minaminihon.html)
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】濱 洋一郎
【テーマコード(参考)】
4B018
4B047
4C057
4C086
4C088
4C090
【Fターム(参考)】
4B018MD08
4B018MD67
4B018ME03
4B018ME14
4B018MF01
4B018MF14
4B047LB03
4B047LB08
4B047LG06
4B047LG42
4B047LP01
4B047LP20
4C057AA06
4C057BB02
4C057DD01
4C057JJ05
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA04
4C086EA05
4C086EA26
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086NA14
4C086ZA67
4C086ZA70
4C086ZB35
4C086ZC35
4C088AA14
4C088AC15
4C088BA08
4C088BA12
4C088BA13
4C088BA23
4C088BA27
4C088BA32
4C088BA34
4C088CA03
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZA67
4C088ZA70
4C088ZB35
4C088ZC35
4C090AA04
4C090BA38
4C090BB02
4C090BB13
4C090BB32
4C090BB33
4C090BB35
4C090BB36
4C090BB54
4C090BB63
4C090BB95
4C090BC05
4C090CA01
4C090CA09
4C090DA23
4C090DA27
(57)【要約】
【課題】低コストかつ高品質に製造できる医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法を提供する。
【解決手段】医薬用または食品用組成物は、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする食品用組成物であって、甘味を呈する甘味組成物であることを特徴とする。
【選択図】図1



【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、
甘味を呈する甘味組成物であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項2】
イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、
血糖値を低下させる血糖値低下用組成物であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項3】
イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、
食欲を抑制させる食欲抑制用組成物であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項4】
イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、
口腔内常在菌の増殖を抑制させる口腔内常在菌増殖抑制用組成物であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の医薬用または食品用組成物において、
前記有効成分が、紅藻類の抽出物であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項6】
請求項5に記載の医薬用または食品用組成物において、
前記紅藻類がアマノリ(Neopyropia)属に属することを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項7】
請求項6に記載の医薬用または食品用組成物において、
前記紅藻類が、板状海苔であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項8】
請求項7に記載の医薬用または食品用組成物において、
前記板状海苔が、色落ちした板状海苔であることを特徴とする
医薬用または食品用組成物。
【請求項9】
請求項1に記載の甘味組成物を含有することを特徴とする
医薬用または食品用添加物。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか一項に記載の医薬用または食品用組成物を含有することを特徴とする
医薬品、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、または機能性表示食品。
【請求項11】
紅藻類から糖類を抽出する糖類抽出方法であって、
前記紅藻類を粉砕する細断工程と、
細断された前記紅藻類を板状に乾燥する乾燥工程と、
板状に乾燥した前記紅藻類を浸漬溶液に浸漬する浸漬工程と、
前記浸漬溶液から前記糖類としてイソフロリドシドを抽出する抽出工程と、を含むことを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項12】
請求項11に記載の糖類抽出方法において、
前記紅藻類がアマノリ(Neopyropia)属に属することを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項13】
請求項12に記載の糖類抽出方法において、
前記乾燥工程により製造された乾燥状態の紅藻類である板状海苔のうち色落ちした板状海苔を選別する選別工程と、
を含むことを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項14】
請求項13に記載の糖類抽出方法において、
前記細断工程が、紅藻類を2.5mm~5.0mmに粉砕することを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項15】
請求項13に記載の糖類抽出方法において、
前記抽出工程が、抽出温度1~10℃、および/または、抽出時間1~3時間でイソフロリドシドを抽出することを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項16】
請求項13に記載の糖類抽出方法において、
前記抽出工程により抽出されたイソフロリドシドを結晶化する精製工程と、
を含むことを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項17】
請求項13に記載の糖類抽出方法において、
前記抽出工程により得られた抽出残渣から前記糖類としてポルフィランを抽出する再抽出工程と、
を含むことを特徴とする
糖類抽出方法。
【請求項18】
請求項17に記載の糖類抽出方法において、
前記再抽出工程により抽出されたポルフィランの抽出量と、前記抽出工程により抽出されたイソフロリドシドの抽出量を、温度により制御する制御工程と、
を含むことを特徴とする
糖類抽出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬用または食品用組成物およびその用途ならびにそれに関連する糖類抽出方法に関し、特に、低コストで安全性が高い医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の高まりと共に、天然由来成分を原料とする天然食品添加物や機能性食品さらには医薬品の需要が高まっている。
【0003】
このような天然由来成分として、海藻の海苔に含まれるフロリドシド類の1つであるイソフロリドシドが、内臓脂肪を減少させるという抗メタボリックシンドローム効果が検証されている(例えば、非特許文献1参照)。このフロリドシド類とはガラクトシルグリセロールの慣用名である。この他にも、海苔には、天然由来成分として、保水性が非常に高い硫酸化粘性多糖のポルフィランも多量に含まれている。
【0004】
その一方で、海苔については、商品としての見た目等の品質が低いという点から、ほとんど利用されていない「色落ち海苔」と呼ばれる生海苔や乾海苔に加工されたものがあり、例えば、乾海苔の等級としては色落ちの程度に応じて色落ち等級の4等、5等などが定められており、その多くは廃棄海苔として廃棄されている。
【0005】
この「色落ち海苔」と呼ばれる生海苔から上記のイソフロリドシドが抽出できることが知られている(例えば、上記の非特許文献1参照)。
【0006】
この他にも、この「色落ち海苔」をタンパク質含量30重量%以下の海苔と定義して、このような海苔から、0~30℃の水のみを溶媒としてフロリドシド類を抽出する方法が知られている(特許文献1参照)。
【0007】
この他にも、この「色落ち海苔」をタンパク質含量30重量%以下の海苔と定義して、このような海苔から、0~30℃の水のみを溶媒としてフロリドシド類を抽出する方法が知られている(特許文献1参照)。
【0008】
また、上記のイソフロリドシドとは異なるが、機能性食品の観点からは、ガラクトースとグリセロールをリン酸存在下で反応させて製造されたフロリドシドが、唾液を酸性に変化させることを根拠にして、非う蝕性を示すことが主張されている。また、食品に用いる甘味料としての利用可能性も示唆されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-290971号公報
【特許文献2】特開2011‐057610号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】https://www.affrc.maff.go.jp/docs/public_offering/agri_food2016/25055c.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、上記特許文献1に記載の方法では、抽出に10~16時間という長時間を必要とし、抽出の生産性が低いという課題がある。また、副生物として抽出されるポルフィランは保水性が非常に高いため、水を乾海苔粉末に加えるとゾル状を呈し、ここから抽出溶.媒の水を分離するためには、吸引濾過や遠心分離などの煩雑な工程が必要となり、製造コストが嵩むという課題もある。
【0012】
また、紅藻類には、所望とするイソフロリドシドの他にも、フロリドシド類のうちガラクトースがグリセロールに結合する水酸基の位置の違いによって生じる異性体フロリドシドが存在しており、これらの分離精度を高めるためにも煩雑な工程が必要となり、製造コストが嵩むという課題もある。
【0013】
また、機能性食品の観点からは、上記特許文献2に記載のように、フロリドシドが、ヒトの唾液を酸性に変化させることのみでは、口腔内の口腔常在菌叢に対する影響が不明であることから、非う蝕性の根拠に乏しく、その効果は不明である。
【0014】
また、そもそも、フロリドシドは、実際には、甘味に乏しく、むしろ苦いような嫌な味を呈することから、甘味を呈する機能性食品としての利用可能性は困難である。フロリドシドは、このように甘味に関して乏しい性質を有することから、機能性食品のみならず、他の用途においても、一般に甘味をつけるという目的には適さない。例えば、各種食品に添加する食品用組成物である甘味料としても、また医薬品に含有する医薬用組成物である甘味剤としても利用可能性が困難である。
【0015】
本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、低コストで安全性が高い医薬用または食品用組成物およびその用途ならびに糖類抽出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、海藻を原料とするイソフロリドシドから新規の機能性を明らかにするとともに、さらに、その効率的な糖類の抽出方法を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
かくして、本発明に従えば、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、甘味を呈する甘味組成物である医薬用または食品用組成物が提供される。また、当該甘味組成物を含有する医薬用または食品用添加物が提供される。また、また、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、血糖値を低下させる血糖値低下用組成物である医薬用または食品用組成物が提供される。また、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、食欲を抑制させる食欲抑制用組成物である医薬用または食品用組成物が提供される。また、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする医薬用または食品用組成物であって、口腔内常在菌の増殖を抑制させる医薬用または口腔内常在菌増殖抑制用組成物が提供される。当該医薬用または食品用組成物を含有することを特徴とする医薬品、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、または機能性表示食品が提供される。
【0018】
また、紅藻類から糖類を抽出する糖類抽出方法であって、前記紅藻類を粉砕する細断工程と、細断された前記紅藻類を板状に乾燥する乾燥工程と、前記板状海苔を浸漬溶液に浸漬する浸漬工程と、前記浸漬溶液から前記糖類としてイソフロリドシドまたはその誘導体を抽出する抽出工程と、を含むことを特徴とする糖類抽出方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の第1の実施形態に係る糖類抽出方法のフローチャートを示す。
図2】本発明の第1の実施形態に係る糖類抽出方法のフローチャートを示す。
図3】本発明の第1の実施形態に係る糖類抽出方法のフローチャートを示す。
図4】本発明の第2の実施形態に係る糖類抽出方法のフローチャートを示す。
図5】本発明の第3の実施形態に係る糖類抽出方法のフローチャートを示す。
図6】本発明の実施例1における乾海苔中のイソフロリドシドの含量結果を示す。
図7】本発明の実施例1における乾海苔中のフロリドシドおよびイソフロリドシドの含量結果を示す。
図8】本発明の実施例1における抽出方法の検討結果を示す。
図9】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法の精製方法および結果を示す。
図10】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドのESI-TOF-MS分析結果を示す。
図11】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドのガスクロマトグラフィー(GLC)分析結果(a)、およびEI-GC-MS分析結果(b)を示す。
図12】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドの1H-NMR分析結果を示す。
図13】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドの13C-NMR分析結果を示す。
図14】本発明の実施例1に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシド(IF)およびフロリドシド(F)の抽出時間、温度、および抽出率の結果を示す。
図15】本発明の実施例2に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドの甘味質の評価結果を示す。
図16】本発明の実施例3に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドの血糖値低下作用の結果を示す。
図17】本発明の実施例3に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドにより、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)における内因性T1R2/T1R3の活性化を介した細胞内Ca2+上昇の結果を示す。
図18】本発明の実施例3に係る糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシド添加の1時間後の培地中のGLP-1レベルの結果を示す。
図19】本発明の実施例4に係るイソフロリドシドの甘味強さの確認結果(官能検査結果)を示す。
図20】本発明の実施例5に係るイソフロリドシドの食欲抑制効果の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(第1の実施形態)
本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、イソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とする。誘導体とは、イソフロリドシド骨格を大幅に変えない程度の置換がなされた化合物を意味する。例えば、イソフロリドシドを構成する一部の水素原子がメチル基で置換された化合物が例示される。
【0021】
この食品用とは、機能性食品も含めて、各種の食品が対象となる。
【0022】
この医薬用とは、例えば、肥満および/または口腔に関連する疾病の予防および/もしくは治療のための用途が挙げられ、その用途として医薬品に用いることができる。例えば、このような疾病としては、例えば、糖尿病、メタボリックシンドローム、および虫歯が挙げられる。
【0023】
このイソフロリドシドまたはその誘導体は、好適には、以下化学式で示されるイソフロリドシドである。イソフロリドシドは、ガラクトースとグリセロールが1対1で結合した化合物のうち、当該ガラクトースが、当該グリセロールの3つある炭素のうち1番目、3番目の炭素の水酸基と結合しているものである。つまり,イソフロリドシドには互いに異性体となる2種類の化合物がある(1-O-(α-D-galactopyranosyl)glycerol、3-O-(α-D-galactopyranosyl)glycerol)。本発明者は、当該イソフロリドシドが、ヒト甘味受容体に作用する事を分子レベルではじめて明らかにしている(後述の実施例参照)。
【0024】
【化1】
【0025】
さらに、本発明者は、イソフロリドシドが小腸内分泌細胞上の甘味受容体に作用し、血糖値を低下させる消化管ホルモンであるインクレチン(GLP-1;グルカゴン様ペプチド-1)の分泌を促すことも確認している(後述の実施例参照)。このインクレチン(GLP-1)は、抗肥満/抗糖尿病に働くホルモンとして注目されている。
【0026】
また、イソフロリドシドは、小腸で消化吸収されることなく大腸に到達することが報告されており、生体のエネルギー源となりにくい。したがって、エネルギーとして使用するために小腸で吸収されないゼロカロリーの分子である。この他にも、本発明者は、イソフロリドシドが口腔内常在菌の増殖を抑制させる作用を見出している(後述の実施例参照)。
【0027】
このようなことから、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、イソフロリドシドまたはその誘導体として特にイソフロリドシドまたはその誘導体を有効成分とすることで、天然由来ノンカロリー甘味料として利用できる甘味を呈する甘味組成物や、血糖値を低下させる血糖値低下用組成物、食欲を抑制させる食欲抑制用組成物、口腔内常在菌の増殖を抑制させる口腔内常在菌増殖抑制用組成物としての各種機能が発揮される。
【0028】
つまり、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、甘味を呈する甘味組成物として利用される場合には、ノンカロリー機能性天然甘味料として食品用添加物としての利用が期待できるだけでなく、同時に、糖尿病罹患者用の天然甘味料としても使用できることとなる。また、医薬用組成物の側面からは、医薬品に含有するノンカロリー甘味剤としても使用できることとなる。これにより、例えば、糖尿病罹患者用の医薬品に含有する食品添加物である天然甘味剤として、患者が糖分摂取を気にすることなく安全で安心して飲みやすい医薬品を構成できる。
【0029】
従来の人工甘味料としては、アセスルファムKやアスパルテームなどの低カロリー人工甘味料が知られており、食品中や2型糖尿病の管理において広く使用されている(Li et al.,2011)。しかし、このような人工甘味料は脂肪生成を刺激し、中毒等を引き起こす可能性が懸念されている(Simon et al.,2013)。そのため、安全性を向上させた新たな天然甘味料の開発が強く求められている。本実施形態に係る食品用組成物は、天然由来の甘味を呈する甘味組成物としてそのようなニーズを満たすものとなる。
【0030】
また、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、血糖値を低下させる血糖値低下用組成物として利用される場合には、食品用組成物の側面からは、天然ノンカロリー血糖値低下食品として機能性食品や健康食品やサプリメントとしても使用できることとなる。また、医薬用組成物の側面からは、例えば、糖尿病罹患者用または糖尿病予防用の医薬品である血糖値低下剤としても使用できることとなる。
【0031】
また、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、食欲を抑制させる食欲抑制用組成物として利用される場合には、食品用組成物の側面からは、天然ノンカロリー食欲抑制食品として例えば食べ過ぎ防止や痩身減量ダイエット向けの健康食品やサプリメントとしての利用が期待できる。また、医薬用組成物の側面からは、肥満をはじめとするメタボリックシンドローム罹患者用またはメタボリックシンドローム予防用の医薬品である食欲抑制剤として使用できることとなる。
【0032】
また、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、口腔内常在菌の増殖を抑制させる口腔内常在菌増殖抑制用組成物として利用される場合には、食品用組成物の側面からは、天然ノンカロリー口腔内常在菌増殖抑制食品として例えば虫歯予防の健康食品やサプリメントとしての利用が期待できる。また、医薬用組成物の側面からは、口腔環境改善の医薬品である口腔ケア剤や口腔環境改善剤や虫歯予防剤として使用できることとなる。
【0033】
このようなことから、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物は、例えば、医薬品、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、または機能性表示食品としての幅広い用途に適用可能となる。
【0034】
このように本発明者が見出した優れた機能を発揮する、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物の有効成分となるイソフロリドシドまたはその誘導体について、その製造方法は、特に限定されない。すなわち、その製造方法としては、化学的に合成されたものでも可能であり、また、天然物由来の抽出物を利用するものでも可能であり、特に限定されない。
【0035】
ここで、イソフロリドシドは、スサビノリなどの紅藻類(Neopyropia yezoensis)(Colin & Gueguen, 1930)(H. Noda, H, Abo, & Horiguchi、1981)に含まれており、紅藻類の光合成によって獲得したエネルギーを貯蔵するという浸透圧調整に関与している。
【0036】
イソフロリドシドは、紅藻類のうち特に海苔の原料であるスサビノリに多量に含まれており、スサビノリの生育環境や成長に応じて海苔中の含有量は変動する。また、イソフロリドシドは、海苔のうち特にいわゆる色落ち海苔中の含量が高く、多いものでは乾海苔重量の1割以上を占めている(後述の実施例参照)。
【0037】
このような点から、本実施形態に係る医薬用または食品用組成物の有効成分は、紅藻類の抽出物であれば特に限定されないが、例えば板海苔(板状海苔)の抽出物を用いることができ、このうち特に色落ち海苔の抽出物であることが好適である。本実施形態では、この板海苔(板状海苔)の抽出物のうち特に色落ち海苔を原料に用いることにより、効率的にイソフロリドシドが抽出できると共に、その多くが廃棄海苔となっている色落ち海苔の有効活用が実現され、環境への廃棄物を減量することができ、環境に優しい技術といえる。
【0038】
(製造方法)
本実施形態に係る医薬用または食品用組成物の有効成分であるイソフロリドシドまたはその誘導体は、特に限定されないが、以下の本実施形態に係る糖類抽出方法により、上述の紅藻類(Neopyropia yezoensis)を原料として抽出できる。
【0039】
原料となる紅藻類としては、特に限定されないが、アマノリ(Neopyropia)属に属するものが好適である。
【0040】
まず、図1に示すように、この紅藻類スサビノリ(Neopyropia yezoensis)を、海水または真水を使って洗浄後、ミンチ状に細断して粉砕する(S1:細断工程)。より好適には、上記細断工程(S1)において、紅藻類を2.5mm~5.0mmに細断して粉砕する。
【0041】
次に、この細断された前記紅藻類を、海苔簾の上で抄き上げて、板状に乾燥する(S2:乾燥工程)。この乾燥は、特に限定されないが、例えば40~80℃の温度で2~3時間で水分10%前後となるように風乾燥することができる。
【0042】
つまり、ここまでの工程自体は、従来からの板海苔(板状海苔)の製造方法と同様である。そのため、板海苔(板状海苔)を製造する既存の設備をそのまま流用できるという利点がある。
【0043】
前記板状海苔を浸漬溶液に浸漬する(S3:浸漬工程)。この浸漬溶液としては、特に限定されないが、入手容易性、コスト、安全性の面から、水を用いることが好適である。例えば、この浸漬には、乾海苔(乾燥した板状海苔)を網状の構造物の上に配置し、これを水中に浸漬することで行うことができる。
【0044】
さらに、一定時間浸漬後、網状の構造物ごと水中から引き上げ、しばらく静置することにより、板海苔にまとわりついた抽出溶媒である水を効率的かつ簡易に除去する。板海苔を複数枚重ねて配置し、同様に水中に浸漬することにより、同様にイソフロリドシドを抽出できる。
【0045】
このようにして、前記浸漬溶液から前記糖類としてイソフロリドシドまたはその誘導体を抽出する(S4:抽出工程)。より好適には、抽出温度1~10℃、および/または、抽出時間1~3時間でイソフロリドシドまたはその誘導体を抽出する。例えば、抽出温度1~10℃の条件下で抽出時間1~3時間とすることができる。この抽出時間は、板海苔を複数枚重ねて抽出する場合には、板海苔が単数枚の場合よりも要する時間が長くなる。
【0046】
このように、浸漬溶液に浸漬する海苔は、従来のように生海苔を使用することとは異なり、本実施形態では、板状に乾燥したままの板状海苔を用いる。すなわち、乾海苔の状態を留めたまま粉砕することなく、浸漬溶液に浸漬するものである。
【0047】
この方法により、5℃で3時間水中に浸漬した場合のイソフロリドシド抽出率は80%を超えたことが確認されている(後述の実施例参照)。また、25℃で同じように抽出しても、イソフロリドシドの抽出率は同程度であり、乾海苔を3枚重ねて抽出した場合でも、5℃で3時間の条件下でのイソフロリドシドの抽出率は70%を超えたことが確認されている。
【0048】
このように、本実施形態において、浸漬溶液への浸漬時間は、従来技術の上記特許文献1のように10時間以上も必要とはせず、極めて短時間かつ高効率でイソフロリドシドまたはその誘導体を効率的に抽出することができる。
【0049】
この優れた効果を発揮するメカニズムは、未だ詳細には解明されていないが、上述のように板状海苔に加工するプロセスにおいて、特に細断工程(S1)においてすでに細断されているため,さらなる粉末化することなく浸漬することにより、イソフロリドシドまたはその誘導体の抽出が促進されているものと推察される。
【0050】
より好適には、図2に示すように、上記の乾燥工程(S2)後に、前記乾燥工程により製造された乾燥状態の板状海苔のうち色落ちした板状海苔を選別する(S21:選別工程)。この選別については、例えば、板状海苔の明度やたんぱく質量を測定して判断基準となる閾値に基づいて、色落ちした前記板状海苔を選別することが可能である。この他にも、例えば、市場取引(入札)の対象とならなかった低品質の色落ち海苔を利用することもできる。
【0051】
この色落ち海苔を選別することにより、より高い含有量でイソフロリドシドを抽出することができる。この後は、上記と同様に、選別された板状海苔を、浸漬溶液に浸漬し(上記S3:浸漬工程)、前記浸漬溶液から糖類としてイソフロリドシドまたはその誘導体を抽出する(上記S4:抽出工程)。
【0052】
さらに、図3に示すように、前記抽出工程により抽出されたイソフロリドシドまたはその誘導体を結晶化することができる(S5:精製工程)。
【0053】
結晶化プロセスは、特に限定されないが、例えば、無水エタノールを加えて加温して溶解後、1℃~5℃で冷却することにより結晶を析出させることができる。エタノールを加えて4℃で1週間放置してイソフロリドシドの結晶を生成させることも可能である。
【0054】
抽出液中には、混在するフロリドシドも同程度の抽出率で含まれているため、このように精製の最終段階で結晶化を行うことにより、イソフロリドシドの純度をさらに上げることができる。
【0055】
(第2の実施形態)
第2の実施形態に係る糖類抽出方法としては、上記の第1の実施形態と同様に、前記細断工程と、前記乾燥工程と、前記選別工程と、前記浸漬工程と、前記抽出工程と、を含み、さらに、図4に示すように、前記抽出工程により得られた抽出残渣から前記糖類としてポルフィランを抽出する再抽出工程(S6)と、を含む構成である。
【0056】
多糖ポルフィランは冷水中にはほとんど溶け出さないため、5℃の冷水での抽出残渣には大部分のポルフィランが残存している。この再抽出工程(S6)では、これをポルフィラン抽出の原料として利用する。抽出残渣を、海苔などの紅藻特有の硫酸化粘性多糖であるポルフィランの抽出に利用できる。
【0057】
(第3の実施形態)
第3の実施形態に係る糖類抽出方法としては、上記の第2の実施形態と同様に、前記細断工程と、前記乾燥工程と、前記選別工程と、前記浸漬工程と、前記抽出工程と、前記再抽出工程と、を含み、さらに、図5に示すように、前記再抽出工程により抽出されたポルフィランの抽出量と、前記抽出工程により抽出されたイソフロリドシドまたはその誘導体の抽出量を、温度により制御する制御工程(S7)と、を含む構成である。
【0058】
この制御工程(S7)により、例えば、温度を高温側(90℃近傍)に高温化させることで、ポルフィランの選択的な抽出量を高められる。また、温度を低温側(5℃~20℃近傍)に低温化させてイソフロリドシドまたはその誘導体の選択的な抽出量を高められる。
【0059】
これは、ポルフィランとイソフロリドシドとの抽出温度特性に基づくものである。すなわち、高温側(90℃近傍)で抽出すると,ポルフィランが抽出されやすくなる。また、イソフロリドシドは低温でも高温でも,容易に抽出される特性がある。
【0060】
このことから、この制御工程により、まず低温側(5℃~20℃近傍)でイソフロリドシドを選択的に抽出し、その後で高温抽出(90℃近傍)することにより,ポルフィランが選択的に抽出される。このように、所望とする化合物を温度制御により自在に容易かつ効率的に得ることができる。
【0061】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
(実施例1)
以下、紅藻類として乾海苔(乾燥した板状海苔)(佐賀県有明漁業協同組合から提供)を用いた。
【0063】
(1)乾海苔中のイソフロリドシドまたはその誘導体含有量の確認
乾海苔中のイソフロリドシドまたはその誘導体の含有量を確認した。得られた結果を図6に示す。色落ち海苔として、イソフロリドシド含有量は、色落ち海苔A(平成31年1月摘採)が242.8(mg/g-乾海苔)であり、色落ち海苔B(令和3年1月摘採)が94.6(mg/g-乾海苔)という高値を示した。
【0064】
また、乾海苔の異なる等級におけるフロリドシド(F)およびイソフロリドシド(IF)の含有量の測定結果を以下の表および図7に示す。対象とした乾海苔のうち7等級およびA3~A5等級に該当する乾海苔は、業界的には等級的には十分に低い等級として扱われており、外観的にもいわゆる色落ち海苔に該当するカテゴリーである。
【表1】
【0065】
得られた結果から、いずれの等級の乾海苔からもイソフロリドシド(IF)の含有が確認された。このうち特に、7等級およびA3~A5等級として示される低品質海苔(色落ち海苔)ほどイソフロリドシドの含有量が多いことが確認された。特に含有量の高い海苔では、イソフロリドシドの含有量が、乾重量の20%まで達していた。
【0066】
(2)抽出方法の検討
また、図8のように、乾海苔を用いる抽出方法を検討した。図8の上側の写真では、25℃で24時間浸漬した状態を示す。図8の下側の写真では、5℃で24時間浸漬した状態を示す。低温の水中では、乾海苔がほぐれず形状が安定していた。これにより、その後の水切りが非常に容易となった。
【0067】
(3)紅藻類由来のイソフロリドシドの抽出
上記第1の実施形態に従い、紅藻類からイソフロリドシドを抽出した。すなわち、乾海苔を、海水または真水を使って洗浄後、ミンチ状に細断して粉砕した。次に、この細断された乾海苔を、海苔簾の上で抄き上げて、40~80℃の温度で2~3時間で水分10%前後となるように風乾燥し、板状に乾燥した。
【0068】
つまり、ここまでの工程自体は、従来からの板海苔(板状海苔)の製造方法と同様である。そのため、板海苔(板状海苔)を製造する既存の設備をそのまま流用できる。
【0069】
前記乾燥工程により製造された乾燥状態の板状海苔のうち色落ちした板状海苔を選別した(S21:選別工程)。乾海苔を網状の構造物の上に配置し、これを水中に浸漬した(S3:浸漬工程)。
【0070】
さらに、抽出温度1~10℃で抽出時間1~3時間浸漬後、網状の構造物ごと水中から引き上げ、しばらく静置することにより、板海苔にまとわりついた抽出溶媒である水を効率的かつ簡易に除去した。板海苔を複数枚重ねて配置し、同様に水中に浸漬することにより、
同様にイソフロリドシドを抽出した(S4:抽出工程)。
【0071】
図9のように、色落ち海苔93.6g(乾海苔29枚相当)から、フロリドシド類の純度51.5%の抽出液を得て、さらに、イオン交換して純度83.5%の抽出液を得て、限外濾過を行って純度96.7%の抽出液を得た。その後、無水エタノールを加えて加温して溶解後、4℃で冷却することにより結晶を析出させる結晶化を行い結晶9.6gを得た。以下に示す結晶分析により、この結晶は、イソフロリドシド含量96.7%(フロリドシド含量3.3%)まで精製できたことが確認された。
【0072】
図10に、上記の糖類抽出方法で抽出された結晶のESI-TOF-MS分析結果を示す。得られた結果から、この結晶は、分子量:254.10、分子式:C9H18O8であることが同定された。また、上記の糖類抽出方法で抽出された結晶20μgに対して、ガスクロマトグラフィー(GLC)分析結果を図11(a)に示す。内部標準物質をD-マンニトールとした。これにより、イソフロリドシド:フロリドシドが、96.7:3.3の比率で含まれていることが確認された。
【0073】
図11(b)に、上記の糖類抽出方法で抽出された結晶20μgに対して、EI-GC-MS分析結果を示す。得られた結果から、この結晶のスペクトルが確かにフロリドシド類と一致することが確認された。
【0074】
図12に、上記の糖類抽出方法で抽出された結晶の1H-NMR分析結果を示す。また、図13に、上記の糖類抽出方法で抽出された結晶の13C-NMR分析結果を示す。L-イソフロリドシド、D-イソフロリドシドは、イソフロリドシドの互いに異性体となる2種類の化合物であり、それぞれ1-O-(α-D-galactopyranosyl)-glycerol、3-O-(α-D-galactopyranosyl)glycerolである。得られた結果から、L-イソフロリドシド:D-イソフロリドシドが、75.4:24.6の比率で含まれていることが確認された。また、イソフロリドシド:フロリドシドが、97.6:2.4の比率で含まれていることが確認された。
【0075】
このように乾海苔から抽出できるイソフロリドシド(IF)およびフロリドシド(F)の抽出時間、温度、および抽出率の関係を示した図を図14に示す。特に1時間未満の短時間では抽出温度25℃での抽出率のほうが有意に高いことが確認された。また、抽出温度5℃の場合でも、抽出時間が2時間を経過すると80%以上が抽出され、その後の抽出率はほぼ一定となった。また、乾海苔を3枚重ねて抽出した場合でも、5℃で3時間の条件下でのイソフロリドシドの抽出率は70%を超えた。
【0076】
(4)甘味質評価
ショ糖水溶液を基準に海苔抽出物(イソフロリドシド)水溶液の甘味質を評価した。試飲者としてのパネル数6人、試料量2mlにて、ショ糖水溶液3%と、海苔抽出物(イソフロリドシド)水溶液3.0%、6.0%、9.0%をブラインド条件下で飲み比べを行い、甘味が強い方を選択して、甘味質評価を行った結果を図15に示す。
【0077】
得られた結果の図15に示すように、海苔から抽出されたイソフロリドシドの甘味の特徴として、すっきり感が強く、爽やかな甘味であり、しつこさや後味が弱く、口の中に残りにくいことが評価された。
【0078】
(5)甘味度算出
上記で得られた海苔抽出物であるイソフロリドシド6.0%(ショ糖3%に相当)について、本実験で使用した精製物中のイソフロリドシド含量:86.2%であったことから、イソフロリドシド濃度5.2%と算出した。これにより、甘味度は、甘味料の甘さの指標としてショ糖の甘さを1としたときの相対値として、イソフロリドシドの甘味度0.58(3.0 / 5.2 ≒ 0.58)と算出された。これは、既存甘味料のキシリトールと同程度の甘味度であった。
【0079】
(実施例2)
紅藻類由来のイソフロリドシドについて、甘味性を確認する目的で、甘味受容体T1R2/T1R3活性化作用を確認した。
【0080】
紅藻類として乾海苔(佐賀県有明漁業協同組合から提供)を用いた。乾燥した板状の海苔をMeOH/CHCl3/H2O(12/5/3、v/v/v)混合液中で破砕し、5000×g(重力加速度:1g[gravity]=9.807[m/s2])で5分間遠心分離して上清を得た。上清を濃縮し、得られた残渣を蒸留水に再溶解し、カチオン性樹脂(AGR50-X8水素型、BioRad社製)およびアニオン性樹脂(AGR1-X8水酸化物型、BioRad社製)のカラムを通過させて分画し、イオン性分子を除去した。
【0081】
通過した画分を乾燥させ、蒸留水に溶解させた。エタノールを最終濃度約89%になるように添加した。この溶液を4 ℃で2週間静置し、イソフロリドシドの結晶化を誘導した。単離された結晶は、核磁気共鳴(NMR)分析によって上記実施例1と同じくイソフロリドシドと同定され、その純度は、GC-MSを用いて95%以上と評価した。
【0082】
甘味性について、ヒトは、味蕾の細胞に存在する味覚受容体タイプ1メンバー2(T1R2)と味覚受容体タイプ1メンバー3(T1R3)からなるヘテロ二量体受容体複合体を介して甘味を感じている。受容体はT1R2/T1R3ヘテロダイマーを形成した後、甘味物質に対してのみ反応する。ヘテロ二量体が甘味物質と結合すると活性化し、甘味信号が脳に伝達される。T1R2、T1R3受容体ともに、さまざまな甘味物質の認識と結合に重要な役割を担っていることが知られている。
【0083】
味蕾細胞は、T1R2/T1R3と特徴的なヘテロ三量体Gタンパク質であるガストデューシン(gustducin)の両方を発現している。ガストデューシンのαサブユニット(Gαgust)は、T1R2/T1R3のシグナル伝達のために必要である。
【0084】
(1)ウェスタンブロッティング
T1R2、T1R3、およびガストデューシン発現プラスミドを、ポリエチレンイミン(PEI)を用いてHEK293T細胞にトランスフェクトした。24時間後、培地を無血清DMEMの培地に変更した。さらに6時間培養した後、10mM イソフロリドシド、アセスルファムK(Ace K)、またはHHBS(20mMのHEPESを含むハンクス緩衝液)で10分間処理した。細胞を回収し、50 mM Tris-HCl緩衝液, pH 7.5, 150 mM NaCl, 1% NP-40, 0.1% SDS, 0.25% デオキシコール酸ナトリウム, 1 mM EDTA, PhosSTOP(登録商標) (Roche Diagnostics社製) および Complete(登録商標) EDTA-free (Roche Diagnostics社製) で構成する緩衝液を用いて溶解させた。タンパク質をポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分離し、ウェスタンブロッティングを行った。
【0085】
化学発光は化学発光撮影装置(LuminoGraph I、アトー株式会社製)を用いてモニターし、シグナルは画像解析ソフトウェア(CS Analyzer、アトー株式会社製)を用いて定量化した。使用した一次抗体はphosphor-p44/42 MAP kinase antibodyおよびp44/42 MAP kinase anti-body (Cell Signaling Technology社製)である。使用した二次抗体は抗マウスF(ab')-HRPおよび抗ラビットF(ab')-HRP(株式会社医学生物学研究所製)である。
【0086】
(2)細胞内Ca2+濃度の測定
イソフロリドシドがT1R2/T1R3に作用するかどうかを調べるために、培養細胞の細胞内Ca2+の変化を測定した。
【0087】
細胞内Ca2+濃度は、カルシウム指示薬Calbryte(登録商標) 520 a.m. (AAT Bioquest社製)を用いて測定した。 蛍光は、マイクロプレートリーダーInfinite F200 PRO(TECAN Group社製)を用いて、励起波長488 nm、発光波長510 nmで測定した。アセスルファムK(Ace K)(10 mM)、イソフロリドシド(10 mM)、HHBS(20mMのHEPESを含むハンクス緩衝液)、またはラクチゾール(lactisole)(4 mM)は、装置に取り付けられたインジェクターを使用して加えた。
【0088】
図16(A)に示すように、イソフロリドシド添加後、細胞内Ca2+の急激な増加が観察された(図中の矢印)。しかし、コントロールプラスミドを導入した細胞では、Ca2+濃度の上昇はほとんど見られなかった。したがって、図16(A)および(B)に示すように、イソフロリドシドはリセプターT1R2/T1R3依存的に細胞内Ca2+を増加させたことが確認された。
【0089】
公知の人工甘味料であるアセスルファムK(Ace K)も、図16(B)に示すように、イソフロリドシドと同様に、T1R2/T1R3依存的に細胞内Ca2+濃度を上昇させた。Ace Kはスクロースの200倍の甘さを持つ人工甘味料であり、強力なT1R2/T1R3活性化因子として知られている。また、イソフロリドシドは、図16(C)に示すように、T1R2/T1R3シグナル伝達経路の下流成分であり、受容体の活性化によりリン酸化されるErkのリン酸化を増加させた。
【0090】
イソフロリドシドの甘味性はこれまで未解明であったが、本実施例の結果から、T1R2/T1R3発現HEK293T細胞において、イソフロリドシドが細胞内Ca2+濃度の上昇とErkリン酸化の上昇を引き起こし、イソフロリドシドがT1R2/T1R3と相互作用して甘味を伝達していることが確認された。この結果から、イソフロリドシドは新規な甘味料としての作用を有することが確認された。
【0091】
(実施例3)
(血糖値低下作用の確認)
上記実施例2で得られた紅藻類由来のイソフロリドシドについて、血糖値低下作用を確認する目的で、血糖値低下作用を示す消化管ホルモンであるインクレチン(GLP-1)の分泌促進作用を確認した。
【0092】
(1)細胞培養
HEK293T細胞株(理研BRCから入手)を、10%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM,Sigma Aldrich社製)中で培養した。また、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)(CRL-3254)細胞株(American Type Culture Collection(ATCC)から入手)を、5%ウシ胎児血清および5%ウマ血清を添加したD-MEM(Sigma Aldrich社製)中で培養した。
【0093】
(2)インクレチン(GLP-1)の酵素結合免疫吸着測定
マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)は、24ウェルプレートで培養した。培地を、グルコースを含まないDMEM(富士フイルム和光純薬株式会社製)に変更し、1mM ピルビン酸ナトリウムおよび4mM L-グルタミンを6時間補充した。アセスルファムK(Ace K)(10mM)、イソフロリドシド(10mM)、α-リノレン酸(ALA,25μM)またはHHBSを添加して60分後に培地を回収した。培地中のインクレチン(GLP-1)量は、インクレチン(GLP-1)ELISAキット(富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いて測定した。
【0094】
イソフロリドシドは内因性T1R2/T1R3の活性化を介して細胞内Ca2+上昇を誘導し、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)におけるインクレチン(GLP-1)の分泌を促進させる。近年、甘味受容体は全身の様々な器官で発現し、重要な役割を担っていることが明らかになってきた。
【0095】
消化管では、栄養センサーとして働き、代謝ホルモン群であるインクレチン(GLP-1)の分泌に重要な役割を果たしていることが知られている。インクレチン(GLP-1)は、食欲の抑制やインスリン分泌の促進など様々な機能を持ち、抗肥満・抗糖尿病作用を有している。すなわち、インクレチン(GLP-1)は、胃に対しては、腸への食べものの排出を遅らせ,食後高血糖になることを抑制する機能を持つ。また、膵臓に対しては、インスリンの分泌を促進する機能を持ち、グルカゴンの分泌を抑制し、血糖値を低下させる。また、脳・中枢神経系に対しては、食欲を抑制する機能を持つ。インクレチン(GLP-1)分解酵素DPP4の阻害剤は、2型糖尿病の治療薬として販売されている。
【0096】
インクレチン(GLP-1)を分泌することができるマウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)を用いて、消化管におけるイソフロリドシドの生理機能を確認した。すなわち、上記糖類抽出方法で抽出されたイソフロリドシドにより、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)における内因性T1R2/T1R3の活性化を介した細胞内Ca2+上昇の結果を図17に示す。
【0097】
図17(A)は、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)におけるT1R2およびT1R3の発現量をqPCRにより調べた結果を示す(*p < 0.05)。図17(A)に示すように、T1R2とT1R3では発現量に有意な差が認められたが、マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)ではT1R2、T1R3ともに十分なレベルで発現していることが確認された。
【0098】
マウス小腸内分泌L細胞(STC-1細胞)のCa2+プローブ・カルシウム指示薬 Calbryte(登録商標)520-AM(コスモ・バイオ株式会社製)を用いて、細胞内Ca2+の変化を測定した結果を図17(B)に示す。図17(B)中の黒矢印は、イソフロリドシド(IF)とアセスルファムK(Ace K)添加の時点を示し、図17(B)中の白矢印は、ラクチゾール(lactisole)添加の時点を示している。
【0099】
このラクチゾールは、天然由来のカルボン酸であり、味覚受容体タイプ1メンバー3(T1R3)のTMD(Transmembraneドメイン)に結合することで甘味やうま味を抑制することが知られている。
【0100】
図17(B)に示すように、イソフロリドシドとAce Kの両方を添加すると、細胞内のCa2+濃度が急激に上昇したことが確認された(図中の黒矢印)。
【0101】
Ace K、イソフロリドシド、ラクチゾールの添加から20秒後の平均蛍光強度を算出し、プロットした結果を図17(C)および(D)に示す。エラーバーは4つの独立した実験からのSDを表す(**p < 0.01)。すべての統計解析はスチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて行った。
【0102】
同細胞にラクチゾールを添加すると、図17(B)(白矢印)、(C)、および(D)に示すように、細胞内Ca2+濃度が急激に低下した。これらの結果から、イソフロリドシドおよびAce Kは、STC-1細胞に内因的に発現しているT1R2/T1R3と相互作用することにより、細胞内Ca2+レベルを上昇させることが明確に確認された。
【0103】
STC-1細胞にイソフロリドシド、Ace K、またはα-リノレン酸(ALA)を添加してから1時間後に培地を回収し、ELISAを用いてGLP-1の量を定量化した。上記抽出されたイソフロリドシド添加の1時間後の培地中のGLP-1レベルの結果を図18に示す。エラーバーは、3つの独立した実験からのSDを表す(*p < 0.05)統計解析は、スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて行った。
【0104】
得られた結果から、培地中のインクレチン(GLP-1)レベルが有意に上昇していることが確認された。すなわち、イソフロリドシドはSTC-1細胞からのインクレチン(GLP-1)の分泌を促進することが確認された。遊離脂肪酸受容体4(FFAR4)は、消化管におけるGLP-1分泌に関与する主要な受容体として知られている。イソフロリドシドはT1R2/T1R3に作用し、ALAによるFFAR4活性化と同等の強度でインクレチン(GLP-1)分泌を誘導した。
【0105】
(実施例4)
(甘味強さの確認)
上記実施例2で得られた紅藻類由来のイソフロリドシドについて、甘味料や甘味剤としての甘味の強さを確認する目的で、被検者5名に対して、ブラインド試食テストを実施した。比較例としては、ショ糖、グリセリン、およびフロリドシド(マクサ抽出物)を用いた。各々500mM溶液濃度として実施した。得られた結果を図19に示す。
【0106】
図19に示すように、イソフロリドシドの甘味料や甘味剤としての甘味の強さは、甘味が一般に強いとされるショ糖に近いものであるとの結果が得られた。具体的には、被検者の回答からは、グリセリンよりしっかりとした強い甘味であったこと、普段食べたことがあるような甘味であったこと、10mMの濃度でも十分な甘味を感じたこと、という見解が得られた。
【0107】
また、フロリドシドの甘味料や甘味剤としての甘味の強さは、一般に甘味が少ないとされるグリセリンよりもさらに甘味が弱いとの結果が得られた。具体的には、被検者の回答からは、甘味とは違う異味であったこと、好まない甘味を少し感じたこと、10 mMの濃度では甘味を感じなかったこと、という見解が得られた。
【0108】
このことから、イソフロリドシドの甘味料や甘味剤としての甘味は十分に強く実用的であるのに対して、フロリドシドは甘味料や甘味剤として使用されることは実用的ではないことが確認された。
【0109】
(実施例5)
(食欲抑制作用の確認)
上記実施例2で得られた紅藻類由来のイソフロリドシドについて、食欲抑制作用を確認する目的で、肥満マウスに対して、0.9%生理食塩水を比較例として、イソフロリドシド投与後の摂餌量を確認した。
【0110】
まず、マウス(C57BL/6J、日本クレア株式会社製)を4週齢で導入し、10週間(70日間)、高脂肪食(マウス・ラット用 High Fat Diet32 (HFD32)、日本クレア株式会社製)を給与して肥満マウス(14週齢、36.2 g)を作成した。
【0111】
次に、この肥満マウスに3時間絶食後,以下条件にて強制経口投与を行った。
・イソフロリドシド群:20%イソフロリドシド水溶液(2g/10ml)
・コントロール群: 0.9% 生理食塩水
・投与量:10 ml/kg-体重
【0112】
その後、上記投与後16時間での摂餌量を測定した。
【0113】
摂餌量を測定した結果を、図20に示す。得られた結果から、コントロール群に比べてイソフロリドシド群では、平均摂餌量(kcal)が13.3kcalから6.1kcalまで、割合として54%低下したことが確認された。
【0114】
以上の結果から、イソフロリドシド投与によりマウスの食欲は有意に抑制されたこと(46%に減少)が確認された(p < 0.0003)。
【0115】
(実施例6)
(口腔内常在菌増殖抑制作用の確認)
口腔内常在菌に関して、ミュータンス群は7菌種に分類されており、このうちヒトの口腔内に存在するのはストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)とストレプトコッカス・ソブリヌス(Streptococcus sobrinus)であり、ともにう蝕に関与している。ストレプトコッカス・ミュータンスは、菌体内に保持する酵素群によりう蝕過程の反応を活性化させる。スクロースを基質として、グルコシルトランスフェラーゼによりグルカンを産生する。このグルカンにより、菌は歯の平滑面に対しても強い付着能を有し、プラークを形成させる。
【0116】
上記実施例2で得られた紅藻類由来のイソフロリドシドについて、口腔内常在菌増殖抑制作用を確認する目的で、イソフロリドシドの炭素源としての利用性(最小培地による生育評価)を確認した。SDM生寒天培地を用いて、37℃、CO2濃度5%の条件下で、2日間培養を行った。得られた結果を以下に示す。
<凡例>
〇:生育有り (目視により濁り有り)
x :生育無し (目視により濁り無し)
n.t.:未実施(Not tested)
【0117】
【表2】
【0118】
【表3】
【0119】
得られた結果から、う蝕原因菌S.mutansを含む口腔常在 Streptococcus 属細菌は、イソフロリドシドを炭素源として利用できないこと、および殺菌的な作用が無いことが確認された。この結果から、イソフロリドシドについて、抗う蝕性を含めて、口腔常在菌叢に対し好適な影響を与えるものとなる。このことは、口腔内の善玉菌を保護するという点から、イソフロリドシドが口腔常在菌叢を有効な環境を整えるものであり、口腔環境にとって非常に重要な役割を果たすものとなる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20