(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024159550
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】有価元素の回収方法および金属の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 3/44 20060101AFI20241031BHJP
C22B 23/02 20060101ALI20241031BHJP
C22B 23/00 20060101ALI20241031BHJP
C22B 47/00 20060101ALI20241031BHJP
C22B 5/02 20060101ALI20241031BHJP
C22B 3/06 20060101ALI20241031BHJP
C22B 3/22 20060101ALI20241031BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20241031BHJP
C22B 1/02 20060101ALI20241031BHJP
H01M 10/54 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
C22B3/44
C22B23/02
C22B23/00 102
C22B47/00
C22B5/02
C22B3/06
C22B3/22
C22B7/00 C
C22B1/02
C22B3/44 101Z
H01M10/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024063281
(22)【出願日】2024-04-10
(31)【優先権主張番号】P 2023074323
(32)【優先日】2023-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】長岡 諒介
(72)【発明者】
【氏名】山口 東洋司
(72)【発明者】
【氏名】日野 雄太
(72)【発明者】
【氏名】井上 陽太郎
(72)【発明者】
【氏名】木島 秀夫
【テーマコード(参考)】
4K001
5H031
【Fターム(参考)】
4K001AA07
4K001AA09
4K001AA10
4K001AA16
4K001AA19
4K001AA34
4K001BA22
4K001CA01
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4K001JA03
4K001JA09
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4K001KA02
4K001KA06
5H031EE01
5H031EE03
5H031EE04
5H031HH03
5H031HH06
5H031RR02
(57)【要約】
【課題】不純物元素を除去でき、かつ、NiおよびCoを選択的に回収できる有価元素の回収方法を提供する。
【解決手段】Niおよび/またはCoならびにMnである有価元素と銅および鉄である不純物元素とを含有する酸化物に還元剤を添加して混合酸化物を得る。上記混合酸化物を加熱することにより、上記酸化物を還元して金属を得る。上記金属を酸液に接触させて浸出液を得る。上記浸出液に硫化剤を添加して銅を沈殿させ、銅が除去された上記浸出液を銅除去溶液として得る。上記銅除去溶液に酸化剤を添加して鉄を沈殿させ、鉄が除去された上記銅除去溶液を、上記有価元素を含有する有価元素溶液として得る。上記還元剤は炭素含有物質および鉄含有物質を含有し、上記鉄含有物質は金属鉄および/または酸化鉄であり、上記炭素含有物質および上記鉄含有物質の添加量は合計で1.0当量以上1.6当量以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルおよびコバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種ならびにマンガンである有価元素と、銅および鉄である不純物元素とを含有する酸化物に、還元剤を添加して、混合酸化物を得て、
前記混合酸化物を加熱することにより、前記酸化物を還元して、金属を得て、
前記金属を酸液に接触させて、前記有価元素および前記不純物元素を含有する浸出液を得て、
前記浸出液に硫化剤を添加して、銅を銅硫化物として沈殿させ、銅が除去された前記浸出液を銅除去溶液として得て、
前記銅除去溶液に酸化剤を添加して、鉄を鉄水酸化物として沈殿させ、鉄が除去された前記銅除去溶液を、前記有価元素を含有する有価元素溶液として得る、有価元素の回収方法。
ただし、前記還元剤は、炭素含有物質および鉄含有物質を含有し、前記鉄含有物質は、金属鉄および酸化鉄からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記炭素含有物質および前記鉄含有物質の添加量は、合計で、1.0当量以上1.6当量以下である。
【請求項2】
前記酸化物が、廃リチウムイオン電池から得られる、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項3】
前記酸化物が、更に、リチウムを含有する、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項4】
前記酸化物におけるマンガンの含有量が、3.0質量%以上12.0質量%以下である、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項5】
前記炭素含有物質の添加量が、1.0当量である、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項6】
前記混合酸化物を得る際に、前記酸化物に、CaOおよびSiO2を含有する造滓剤を更に添加する、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項7】
前記造滓剤が含有するCaOとSiO2との質量比(CaO/SiO2)が、0.50以下である、請求項6に記載の有価元素の回収方法。
【請求項8】
前記混合酸化物を加熱する際の温度が、1450℃以上である、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項9】
前記酸化鉄が、酸化第一鉄である、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項10】
前記鉄含有物質が、ダスト、スケール、スラッジおよびスクラップからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項11】
前記混合酸化物を加熱することにより得られる前記金属が、前記有価元素および前記不純物元素を含有する、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項12】
前記金属を、粉末化してから、前記酸液に接触させる、請求項1~11のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項13】
前記酸液は、酸および酸液用酸化剤を含有し、
前記酸液用酸化剤の含有量が、前記酸に対して、0.5体積%以上である、請求項1~11のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項14】
前記酸液用酸化剤が、過酸化水素である、請求項13に記載の有価元素の回収方法。
【請求項15】
前記硫化剤の添加量が、前記浸出液が含有する銅に対して、1.0当量以上であり、
前記銅硫化物を沈殿させる際に、前記硫化剤を添加した前記浸出液のpHを3.0以下にする、請求項1~11のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項16】
前記酸化剤が、空気およびオゾンからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤A、または、過酸化水素、次亜塩素酸および過マンガン酸カリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤Bであり、
前記酸化剤Aの添加量が、前記銅除去溶液に対して、0.1vvm以上であり、
前記酸化剤Bの添加量が、前記銅除去溶液に対して、0.005体積%以上であり、
前記鉄水酸化物を沈殿させる際に、前記酸化剤を添加した前記銅除去溶液のpHを3.0以上7.0以下にする、請求項1~11のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項17】
前記酸化剤を添加した前記銅除去溶液の温度が、10℃以上である、請求項16に記載の有価元素の回収方法。
【請求項18】
請求項1~11のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法を用いて、ニッケルおよびコバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、鉄とを含有する金属を製造する、金属の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有価元素の回収方法および金属の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車の普及により、リチウムイオン電池の需要が急速に増加している。
特に、昨今のCO2発生量削減の観点から、化石燃料を使用しない電気自動車の需要は、今後は更に拡大すると思われ、それに伴うリチウムイオン電池の需要も今後は更に増加することが予想される。
【0003】
一般に、リチウムイオン電池の正極材は、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、マンガン(Mn)等を含有する酸化物(複合酸化物)からなる。この複合酸化物の具体例としては、LiNiO2、LiCoO2、LiMnO2などが挙げられる。
Ni、Co、Mnなどの金属元素は、世界的に見ても豊富にあるとは言えない。
このため、廃リチウムイオン電池の正極材から、これらの金属元素(有価元素)を回収することは、資源を有効利用する観点から、非常に有益である。
ここで、「廃リチウムイオン電池」とは、リチウムイオン電池の廃品(使用済み品);リチウムイオン電池の不良品(リチウムイオン電池の製造過程などで発生したもの);等を指す。
【0004】
リチウムイオン電池は、正極材、負極材、セパレータ等の部材の組み合わせにより構成され、更に、電解液なども含む。
このため、廃リチウムイオン電池の正極材から有価元素を回収するに際しては、回収に先立って、電解液の除去、粉砕、破砕などの事前処理を実施する。
このような事前処理を経て、廃リチウムイオン電池から正極材を分離し、その後、分離した正極材から有価元素を回収する。
有価元素を回収する際の処理としては、正極材を還元剤および造滓剤とともに加熱して有価元素を還元生成させる乾式処理(例えば、特許文献1)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
乾式処理では、複合酸化物(LiNiO2、LiCoO2、LiMnO2)を還元することにより、有価元素(Ni、Co、Mn)を含有する金属のほか、スラグが生成する。
このとき、Mnを極力還元させないこと(Mnを金属に移行させないでスラグに残留させること)、ならびに、NiおよびCoを選択的に金属に移行させて回収することが要求される場合がある。
【0007】
また、乾式処理により得られる金属は、Ni、Coなどの有価元素のほかに、不純物元素を含む場合がある。不純物元素としては、廃リチウムイオン電池に由来する銅(Cu)および鉄(Fe)が挙げられる。
乾式処理により得られる金属を、リチウムイオン電池の正極材として再利用する場合、この金属に不純物元素(CuおよびFe)が含まれていると、電池性能を悪化させる可能性がある。このため、不純物元素は、できる限り除去することが望ましい。
【0008】
本発明は、以上の点を鑑みてなされたものであり、不純物元素を除去でき、かつ、NiおよびCoを選択的に回収できる有価元素の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[18]を提供する。
[1]ニッケルおよびコバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種ならびにマンガンである有価元素と、銅および鉄である不純物元素とを含有する酸化物に、還元剤を添加して、混合酸化物を得て、上記混合酸化物を加熱することにより、上記酸化物を還元して、金属を得て、上記金属を酸液に接触させて、上記有価元素および上記不純物元素を含有する浸出液を得て、上記浸出液に硫化剤を添加して、銅を銅硫化物として沈殿させ、銅が除去された上記浸出液を銅除去溶液として得て、上記銅除去溶液に酸化剤を添加して、鉄を鉄水酸化物として沈殿させ、鉄が除去された上記銅除去溶液を、上記有価元素を含有する有価元素溶液として得る、有価元素の回収方法。
ただし、上記還元剤は、炭素含有物質および鉄含有物質を含有し、上記鉄含有物質は、金属鉄および酸化鉄からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、上記炭素含有物質および上記鉄含有物質の添加量は、合計で、1.0当量以上1.6当量以下である。
[2]上記酸化物が、廃リチウムイオン電池から得られる、上記[1]に記載の有価元素の回収方法。
[3]上記酸化物が、更に、リチウムを含有する、上記[1]または[2]に記載の有価元素の回収方法。
[4]上記酸化物におけるマンガンの含有量が、3.0質量%以上12.0質量%以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[5]上記炭素含有物質の添加量が、1.0当量である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[6]上記混合酸化物を得る際に、上記酸化物に、CaOおよびSiO2を含有する造滓剤を更に添加する、上記[1]~[5]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[7]上記造滓剤が含有するCaOとSiO2との質量比(CaO/SiO2)が、0.50以下である、上記[6]に記載の有価元素の回収方法。
[8]上記混合酸化物を加熱する際の温度が、1450℃以上である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[9]上記酸化鉄が、酸化第一鉄である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[10]上記鉄含有物質が、ダスト、スケール、スラッジおよびスクラップからなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記[1]~[9]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[11]上記混合酸化物を加熱することにより得られる上記金属が、上記有価元素および上記不純物元素を含有する、上記[1]~[10]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[12]上記金属を、粉末化してから、上記酸液に接触させる、上記[1]~[11]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[13]上記酸液は、酸および酸液用酸化剤を含有し、上記酸液用酸化剤の含有量が、上記酸に対して、0.5体積%以上である、上記[1]~[12]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[14]上記酸液用酸化剤が、過酸化水素である、上記[13]に記載の有価元素の回収方法。
[15]上記硫化剤の添加量が、上記浸出液が含有する銅に対して、1.0当量以上であり、上記銅硫化物を沈殿させる際に、上記硫化剤を添加した上記浸出液のpHを3.0以下にする、上記[1]~[14]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[16]上記酸化剤が、空気およびオゾンからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤A、または、過酸化水素、次亜塩素酸および過マンガン酸カリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤Bであり、上記酸化剤Aの添加量が、上記銅除去溶液に対して、0.1vvm以上であり、上記酸化剤Bの添加量が、上記銅除去溶液に対して、0.005体積%以上であり、上記鉄水酸化物を沈殿させる際に、上記酸化剤を添加した上記銅除去溶液のpHを3.0以上7.0以下にする、上記[1]~[15]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[17]上記酸化剤を添加した上記銅除去溶液の温度が、10℃以上である、上記[16]に記載の有価元素の回収方法。
[18]上記[1]~[11]のいずれかに記載の有価元素の回収方法を用いて、ニッケルおよびコバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、鉄とを含有する金属を製造する、金属の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、不純物元素を除去でき、かつ、NiおよびCoを選択的に回収できる有価元素の回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】有価元素の回収方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】エリンガム図(標準自由エネルギー変化-温度線図)である。
【
図3】CuおよびNiの電位-pH図(S-H
2O系)である。
【
図4】FeおよびNiの電位-pH図(O
2-H
2O系)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[有価元素の回収方法]
本実施形態の有価元素の回収方法(便宜的に「本回収方法」ともいう)では、廃リチウムイオン電池の正極材(酸化物)に対して、乾式処理および湿式処理を施す。
【0014】
図1は、有価元素の回収方法の一例を示すフローチャートである。
図1に基づいて、本回収方法を概略的に説明する。
乾式処理では、まず、酸化物(Ni、Co、Mn、Cu、Fe)に、後述する還元剤を添加して、混合酸化物を得る。このとき、後述する造滓剤を添加してもよい。
次いで、得られた混合酸化物を加熱することにより、酸化物を還元して、金属(Ni、Co、Cu、Fe)およびスラグ(Mn)を得る。適宜、両者は分離される。
湿式処理の前に、得られた金属を粉末化して、金属粉末(Ni、Co、Cu、Fe)を得ることが好ましい。
湿式処理では、まず、金属(金属粉末)を酸液に接触させて、浸出液(Ni、Co、Cu、Fe)および浸出残渣を得る。適宜、両者は分離される。
次いで、得られた浸出液に硫化剤を添加して、銅硫化物(Cu)を沈殿させて、銅除去溶液(Ni、Co、Fe)を得る。適宜、両者は分離される。
その後、銅除去溶液に酸化剤を添加して、鉄水酸化物(Fe)を沈殿させて、有価元素溶液(Ni、Co)を得る。
【0015】
このようにして、酸化物から、不純物元素(Cu、Fe)を除去しつつ、有価元素であるNiおよびCoを、同じく有価元素であるMnとは区別して、選択的に回収できる。
本回収方法によれば、廃リチウムイオン電池の正極材(酸化物)から、有価元素を、リチウムイオン電池の原料として再利用できる程度の高純度で、容易に回収できる。
【0016】
次に、本回収方法をより詳細に説明する。
なお、以下の説明は、本実施形態の金属の製造方法の説明も兼ねる。
【0017】
〈還元対象(酸化物)〉
本回収方法における還元対象は、ニッケル(Ni)およびコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも1種ならびにマンガン(Mn)である有価元素と、銅(Cu)および鉄(Fe)である不純物元素とを含有する酸化物であり、具体的には、例えば、廃リチウムイオン電池の正極材である。この正極材(酸化物)は、更に、リチウム(Li)である準有価元素を含有していてもよい。
廃リチウムイオン電池に対して、電解液の除去、破砕、粉砕、選別などの事前処理を施すことによって、正極材(酸化物)を得る。
【0018】
一般的に、リチウムイオン電池の正極材として用いられる酸化物(複合酸化物)の組成範囲から鑑みて、酸化物におけるMnの含有量は、3.0質量%以上が好ましく、5.0質量%以上がより好ましい。
同様に、酸化物におけるMnの含有量は、12.0質量%以下が好ましく、10.0質量%以下がより好ましい。
【0019】
酸化物におけるMnの含有量は、ICP(誘導結合プラズマ)発光分光分析法を用いて求める。ICP発光分光分析法による測定結果と同様の測定結果が得られることを確認したうえで、簡易的に、蛍光X線(XRF)元素分析法を用いて求めてもよい。
【0020】
〈還元剤の添加(混合酸化物の取得)〉
まず、還元対象である酸化物に、還元剤を添加して、酸化物と還元剤との混合物である混合酸化物を得る。このとき、後述する造滓剤を添加してもよい。
【0021】
《本発明者らが得た知見》
リチウムイオン電池の正極材は、一般的に、LiNiO2、LiCoO2、LiMnO2などの酸化物(複合酸化物)からなる。
乾式処理を熱力学的に考えると、例えば、LiNiO2およびLiCoO2は、高温では以下のように分解し、それぞれ、NiOおよびCoOが生成する。
2LiNiO2→Li2O+2NiO+1/2O2
2LiCoO2→Li2O+2CoO+1/2O2
【0022】
NiOおよびCoOの分解反応における標準自由エネルギー変化(ΔG0)を、それぞれ、以下に示す。
NiO→Ni+1/2O2:ΔG0=234900-84.68T[J]
CoO→Co+1/2O2:ΔG0=235480-71.55T[J]
高温の任意の温度で、これらの標準自由エネルギー変化の値よりも低位な自由エネルギー変化値を有する物質を、還元剤として使用できる。
【0023】
乾式処理によって複合酸化物から有価元素を金属として回収する場合、一般的に、Mnは、不可避的に還元されて、金属に移行する。
しかし、金属に移行したMnは、後段の湿式処理による分離が困難とされている。このため、Mnを極力還元させないこと(Mnをスラグに残留させること)が望まれる。
【0024】
ところで、従来は、Al含有物およびSi含有物などの還元力の強い物質が還元剤として使用される。これには、還元不良を回避する狙いがある。還元剤の還元力が不足して、還元不良が生じると、正極材の一部が酸化物の形態のままスラグとして分離され、正極材を還元して得られる金属中の有価元素の含有量が低減する。
しかしながら、後述するエリンガム図(
図2)において上にある元素ほど金属化しやすいため、還元剤としてSiまたはAlを使用すると、Mnも金属化しやすく、Mnを極力還元させないというニーズを満たすことができない。
そこで、本発明者らは、新たな還元剤となり得る物質として、Al含有物およびSi含有物などよりも還元力の強くない物質を検討した。その結果、金属鉄(Fe)または酸化鉄が有効であることを見出した。
【0025】
酸化鉄の分解反応の標準自由エネルギー変化(ΔG0)は、以下のとおりである。
FeO=Fe+1/2O2:ΔG0=264430-64.73T[J]
Fe3O4=3FeO+1/2O2:ΔG0=302370-108.15T[J]
【0026】
図2は、エリンガム図(標準自由エネルギー変化-温度線図)である。
上述した標準自由エネルギー変化およびエリンガム図(
図2)を参照すると、Fe/FeO平衡は、Ni/NiO平衡およびCo/CoO平衡よりも卑であり、Feによる還元可能性が考えられる。
また、FeO/Fe
3O
4平衡は、Ni/NiO平衡よりも卑であるが、Co/CoO平衡よりは貴である。
このため、Niは金属として回収し、Coはスラグに残存させることも期待される。具体的には、以下の反応が期待される。
NiO+Fe→Ni+FeO:ΔG0=-29530-19.95T[J]
CoO+Fe→Co+FeO:ΔG0=-28950-6.82T[J]
【0027】
そして、上述したように、エリンガム図(
図2)において上にある元素ほど金属化しやすいため、還元剤としてFe(またはFeO)を使用することによって、Mnは金属化させないで、NiおよびCoのみを金属化させることが期待できる。
【0028】
もっとも、本発明者らが更に検討したところ、Fe(またはFeO)を還元剤として使用した場合、正極材(酸化物)を還元して得られる金属(生成金属)において、Mnの金属化は避けられるが、Feの割合が多くなり、有価元素であるNiおよびCoの割合が少なくなる場合があることが分かった。
【0029】
そこで、本発明者らは、還元剤として、鉄含有物質だけでなく、炭素含有物質を併用することを考えた。
エリンガム図(
図2)において、1400℃以上では、炭素(C)は、Mnよりも下に来るため、Mnを還元しやすい可能性がある。
しかし、本発明者らは、還元剤として、鉄含有物質と炭素含有物質とを適量で併用することにより、Mnについては還元を抑制してスラグ(生成スラグ)中に残留させつつ、NiおよびCoについては生成金属として高い還元率で得られ、更に、生成金属中のFeの割合を低減できることを見出した。すなわち、NiおよびCoを選択的に生成金属に移行できることを見出した(後述する[実施例]を参照)。
【0030】
《還元剤》
本回収方法に用いる還元剤は、炭素含有物質および鉄含有物質を含有する。すなわち、還元剤として、炭素含有物質と鉄含有物質とを併用する。
還元剤中における炭素含有物質および鉄含有物質の含有量(合計含有量)は、90質量%以上が好ましく、95質量%以上がより好ましく、98質量%以上が更に好ましく、100質量%が特に好ましい。
【0031】
炭素含有物質としては、例えば、黒鉛、コークス、固体炭化水素などの固体炭素含有物質;一酸化炭素(CO)、炭化水素ガス(例えば、プロパンガス)などの気体炭素含有物質;等が挙げられる。
還元剤として炭素含有物質を用いる場合、還元後にCO、CO2、H2Oなどのガスが生成し、生成スラグ量の増大を招かずに済むという点で好ましい。
【0032】
鉄含有物質は、金属鉄(Fe)および酸化鉄からなる群から選ばれる少なくとも1種である。金属鉄(Fe)としては、例えば、製鉄所などで使用するスクラップや粒鉄などを使用してもよい。
【0033】
酸化鉄は、一般的に、ウスタイトとも呼ばれる酸化第一鉄(FeO)、マグネタイトとも呼ばれる四酸化三鉄(Fe3O4)およびヘマタイトとも呼ばれる酸化第二鉄(Fe2O3)の3種類に区分される。
これらのうち、マグネタイトおよびヘマタイトは、標準自由エネルギー変化が同一温度でのウスタイトのそれよりも高位であり、還元反応を引き起こしにくい場合がある。
このため、還元反応を引き起こしやすいという理由から、酸化鉄としては、酸化第一鉄(ウスタイト)が好ましい。
酸化鉄は、製鉄プロセスにおいて副次的に生成されるダスト、スケールおよびスラッジの少なくともいずれか1種(以下、便宜的に「ダスト類」と呼ぶ)であってもよい。
酸化鉄としてダスト類を使用することは、製鉄プロセスの副産物を有効利用する観点および安価な鉄源を利用する観点から、好ましい。
【0034】
(還元剤の添加量)
還元対象である酸化物を還元するのに必要な還元剤の量を、1.0当量と呼ぶ。
例えば、還元剤が、金属鉄(Fe)、酸化第一鉄(FeO)、コークス(C)およびプロパン(C3H8)である場合、1.0当量の還元剤を用いる還元は、それぞれ、以下のように示される。
Fe+(NiO,CoO,MnO)→(Ni,Co,Mn)+FeO
3FeO+(NiO,CoO,MnO)→(Ni,Co,Mn)+Fe3O4
C+2(NiO,CoO,MnO)→2(Ni,Co,Mn)+CO2
C3H8+10(NiO,CoO,MnO)→10(Ni,Co,Mn)+3CO2+4H2O
【0035】
なお、炭素含有物質の当量計算においては、還元に寄与する成分として、炭素含有物質に含まれる、固定炭素分ならびに揮発分中の炭素分および水素分を考慮する。
例えば、炭素含有物質がコークスである場合、コークスの添加量×コークス中の炭素含有量(単位:質量%)を計算する。
また、炭素含有物質がプロパンガスである場合、(プロパンの添加量(単位:Nm3)/22.4)×(12×3+8)を計算する。
【0036】
還元剤の添加量を決定する際には、まず、還元対象である酸化物におけるNiO、CoOおよびMnOの含有量を求める。
具体的には、還元対象(酸化物)におけるNi、CoおよびMnの含有量を測定し、それぞれ、還元対象(酸化物)におけるNiO、CoOおよびMnOの含有量とみなす。
Ni、CoおよびMnの含有量は、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて測定する。
【0037】
還元剤である炭素含有物質および鉄含有物質の添加量は、合計で、1.0当量以上1.6当量以下である。
これにより、上述したように、Mnについては還元を抑制して生成スラグ中に残留させつつ、NiおよびCoについては生成金属として高い還元率で得られ、更に、生成金属中のFeの割合を低減できる。
【0038】
炭素含有物質および鉄含有物質の合計添加量は、化学量論組成である1.0当量以上であり、1.2当量以上が好ましく、1.3当量以上がより好ましい。
一方、この合計添加量は、1.6当量以下であり、1.4当量以下が好ましい。
【0039】
還元剤として用いる炭素含有物質および鉄含有物質のうち、コークス(C)等の炭素含有物質のみの添加量は、例えば1.0当量であることが好ましい。
これにより、還元不良をできるだけ抑制し、上述したように、NiおよびCoについて、より高い還元率が得られる。
【0040】
なお、還元不良を避けるために、酸化物に還元剤を多く添加すると、生成金属に含まれる、有価元素以外の元素(例えば、Fe)の量が大きくなりやすい。
しかし、本回収方法においては、湿式処理によってFeを除去できるため、還元剤の添加量を多くすることができ、還元不良を抑制しやすい。
【0041】
《造滓剤》
本回収方法においては、酸化カルシウム(CaO)および二酸化ケイ素(SiO2)を含有する造滓剤を用いることが好ましい。
造滓剤中におけるCaOおよびSiO2の含有量(合計含有量)は、90質量%以上が好ましく、95質量%以上がより好ましく、98質量%以上が更に好ましく、100質量%が特に好ましい。
【0042】
(質量比(CaO/SiO2))
造滓剤について、CaOとSiO2との質量比(CaO/SiO2)は、塩基度とも呼ばれる。造滓剤の質量比(CaO/SiO2)は、例えば、2.00以下であり、1.80以下が好ましく、1.60以下がより好ましい。
【0043】
もっとも、Mnの還元率をより抑制できるという理由からは、造滓剤は低塩基度にすることが好ましい。具体的には、造滓剤の質量比(CaO/SiO2)は、1.50以下が好ましく、1.00以下がより好ましく、0.50以下が更に好ましく、0.35以下が特に好ましい。
また、酸化物(正極材)がリチウム(Li)を含有する場合、造滓剤をこのように低塩基度にすることにより、NiおよびCoを含有する生成金属のほかに、Liを多く含有する生成スラグが得られる。これにより、リチウムも簡便に効率良く回収できる。
なお、生成スラグからLiを更に回収する方法については、特に限定されず、湿式処理により炭酸リチウムの形態で回収する方法などの各種方法が挙げられる。
【0044】
造滓剤の質量比(CaO/SiO2)の下限は、特に限定されず、例えば0.15であり、0.20が好ましく、0.25がより好ましく、0.30が更に好ましい。
【0045】
(質量比{(CaO+Li2O)/SiO2})
造滓剤は、CaOおよびSiO2のほか、更に、酸化リチウム(Li2O)を含有していてもよい。
造滓剤は、リチウム量を考慮して調製することが好ましい。
具体的には、還元製錬能を維持しやすい(還元反応速度の低下を抑止しやすい)という理由、および、Li2Oをスラグに固定しやすい(後工程におけるLiの回収可能性が優位である)という理由から、造滓剤の質量比{(CaO+Li2O)/SiO2}は、0.05以上が好ましく、0.10以上がより好ましく、0.15以上が更に好ましい。
一方、スラグボリュームの増大を抑止しやすいという理由、および、Li2Oをスラグに固定しやすいという理由から、造滓剤の質量比{(CaO+Li2O)/SiO2}は、2.50以下が好ましく、2.00以下がより好ましく、1.50以下が更に好ましい。
【0046】
(造滓剤の添加量)
造滓剤の添加量は、特に限定されないが、還元対象である酸化物に対する造滓剤の質量比(造滓剤/酸化物)は、0.40~1.00が好ましく、0.45~0.85がより好ましく、0.50~0.80が更に好ましい。
【0047】
〈混合酸化物の加熱(金属およびスラグの取得)〉
次に、混合酸化物(酸化物と還元剤と造滓剤との混合物)を加熱する。これにより、酸化物が還元される。
混合酸化物の加熱に用いる設備としては、特に限定されず、例えば、アーク炉、サブマージドアーク炉、抵抗炉、高周波溶解炉、低周波溶解炉、ロータリーキルン、竪型炉、製鋼炉などの従来公知の設備が挙げられる。
【0048】
《加熱温度》
混合酸化物を加熱する際の温度(加熱温度)は、還元不良を抑制しやすいという理由から、1300℃以上が好ましく、1350℃以上がより好ましく、1400℃以上が更に好ましく、1450℃以上が特に好ましい。
上限は特に限定されないが、加熱温度は、1800℃以下が好ましく、1700℃以下がより好ましい。
【0049】
《加熱雰囲気》
混合酸化物を加熱する際の雰囲気(加熱雰囲気)としては、例えば、窒素ガス(N2)雰囲気、アルゴンガス(Ar)雰囲気などの不活性雰囲気;一酸化炭素ガス(CO)雰囲気などの還元性雰囲気;等が好適に挙げられる。
【0050】
《加熱時間》
混合酸化物を加熱する時間(加熱時間)は、還元不良を抑制しやすいという理由から、1時間以上が好ましく、2時間以上がより好ましく、3時間以上が更に好ましい。
上限は特に限定されないが、加熱時間は、6時間以下が好ましく、5時間以下がより好ましい。
【0051】
《生成物(金属)》
還元対象である酸化物(正極材)を還元することにより、金属が生成する。すなわち、酸化物に含有される有価元素であるNiおよびCoは、金属として回収される。
【0052】
酸化物の還元により得られる金属(「生成金属」ともいう)は、有価元素(Ni、Co)および不純物元素(Cu、Fe)を含有する合金である。
生成金属は、有価元素(Ni、Co)のうち1種のみを含有していてもよい。
生成金属は、例えば、ニッケル(Ni)およびコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、鉄(Fe)とを含有する金属であってもよい。
生成金属は、1種の有価元素の割合が、他の有価元素の割合よりも多い金属であってもよい。
【0053】
《生成物(スラグ)》
酸化物(正極材)を還元することにより、金属のほか、更に、スラグ(「生成スラグ」ともいう)が得られる。生成スラグは、生成金属に含まれなかった有価元素であるMnを、酸化物(MnO)の形態で含有する。
Mnを含有する酸化物(正極材)を還元する場合、還元剤として鉄含有物質を使用することにより、Mn/MnO平衡が、Fe/FeO平衡およびFeO/Fe3O4平衡よりも卑であるため、還元により得られる生成金属中にMnが混入することを抑制できる。
なお、湿式処理によって生成金属中からMnを分離することは、負荷が大きい。生成金属中にMnが混入することを抑制して、生成スラグ中にMnを留めておくことは、このような負荷を低減できるため、有益である。
【0054】
還元剤として鉄含有物質を使用することにより、生成スラグは、FeOを含有する。
また、上述したように、酸化物(正極材)がリチウム(Li)を含有する場合、生成スラグは、Liを含有する。
【0055】
〈金属とスラグとの分離〉
酸化物の還元によって得られる生成金属および生成スラグについては、生成金属の粉末化(後述する)を実施する前に、両者を分離することが好ましい。分離の方法は、特に限定されず、公知の方法を採用できる。
【0056】
〈金属の粉末化(金属粉末の取得)〉
次に、得られた生成金属を粉末化して、金属粉末を得ることが好ましい。
湿式処理では、後述するように、まず、生成金属に対して、酸液を用いた浸出を実施する。このとき、生成金属が、酸化物の還元により得られた状態のままでは、浸出効率が不十分となる場合がある。このため、酸液を用いた浸出を実施する前に、生成金属を粉末化することが好ましい。
【0057】
金属粉末の粒径が小さいほど、浸出効率は良い。
もっとも、金属粉末の粒径が小さすぎると、ハンドリング性が悪化したり、爆発的な反応による危険性が増大したりする可能性もあることから、これらの点も考慮して、金属粉末の粒径を、適正な範囲に収める。
具体的には、例えば、金属粉末の粒径は、250~6000μmが好ましく、300~5000μmがより好ましい。
粒径は、レーザ回折・散乱法によって求める粒度分布における体積基準のメディアン径(積算値50%での粒径)である(以下、同様)。
【0058】
生成金属を粉末化する方法としては、得られる金属粉末の粒径を適正な範囲に収めることができれば特に限定されず、例えば、ジョークラッシャー、振動ミルなどの粉砕装置を用いる方法;アトマイズ法;等が挙げられる。
【0059】
〈金属と酸液との接触(浸出液の取得)〉
次に、金属(金属粉末)と酸液とを接触させて、有価元素(Ni、Co)および不純物元素(Cu、Fe)を浸出させる。すなわち、有価元素および不純物元素を含有する浸出液を得る。
有価元素および不純物元素が浸出した金属は、残渣(浸出残渣)となる。
金属と酸液とを接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば、金属を酸液に浸漬させる方法;金属に酸液をスプレーする方法;等が挙げられる。
【0060】
《固液比(金属/酸液)》
金属に接触させる酸液の量が少なすぎる(酸液の量に対して金属の量が多すぎる)と、いったん酸液に溶け出した有価元素などの金属元素の一部が飽和溶解度に達して析出し、浸出率が不十分となり得る。
このため、液体である酸液の体積(単位:mL)に対する固体である金属の質量(単位:g)の割合(「固液比(金属/酸液)」ともいう)は、1/5以下が好ましく、1/7以下がより好ましく、1/10以下が更に好ましい。
なお、固液比(金属/酸液)が1/10であるとき、例えば、1gの金属を10mLの酸液に浸漬させる。
一方、固液比(金属/酸液)は、1/50以上が好ましく、1/35以上がより好ましく、1/20以上が更に好ましい。
【0061】
《酸液》
金属に接触させる酸液は、少なくとも酸を含有する。
【0062】
(酸)
酸液に用いる酸としては、硫酸、塩酸、硝酸などの無機酸が挙げられ、これらを1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
廃リチウムイオン電池をリサイクルして再びリチウムイオン電池の原料として用いる「バッテリー・トゥ・バッテリー」を実現する観点からは、酸として硫酸を用いることが好ましい。これは、リチウムイオン電池の正極材に利用しやすい硫酸塩の形態で有価元素を得ることができるからである。
硫酸中に塩化物を含有させ、これを酸として用いてもよい。
【0063】
((酸濃度))
酸液に用いる酸(例えば、硫酸)の濃度(酸濃度)は、浸出の速度を上げることができるという理由から、0.1mol/L以上が好ましく、0.5mol/L以上がより好ましく、1.0mol/L以上が更に好ましい。
上限は特に限定されないが、酸濃度は、8.0mol/L以下が好ましく、6.0mol/L以下がより好ましく、4.0mol/L以下が更に好ましく、3.0mol/L以下が特に好ましい。
【0064】
(酸液用酸化剤)
本発明者らが検討したところ、固液比(金属/酸液)および酸濃度が上述した範囲内であっても、浸出が不十分な場合があることが分かった。
このため、浸出の促進剤として、酸液に酸化剤(酸液用酸化剤)を添加することが好ましい。酸液用酸化剤としては、過酸化水素、次亜塩素酸、過マンガン酸カリウム、オゾンなどが挙げられる。これらのうち、次亜塩素酸および過マンガン酸カリウムを用いると、塩素、カリウム、マンガンなどに対する煩雑な後処理が必要となる可能性があることから、過酸化水素およびオゾンが好ましい。
【0065】
((酸液用酸化剤の含有量))
浸出を十分に実施する観点から、酸液における酸液用酸化剤(例えば過酸化水素)の含有量は、酸(例えば硫酸)に対して、0.5体積%以上が好ましく、1.0体積%以上がより好ましく、3.0体積%以上が更に好ましく、5.0体積%以上がより更に好ましく、6.0体積%以上が特に好ましく、6.9体積%以上が最も好ましい。
一方、酸液における酸液用酸化剤(例えば過酸化水素)の含有量は、酸(例えば硫酸)に対して、15.0体積%以下が好ましく、13.0体積%以下がより好ましく、10.0体積%以下が更に好ましい。
【0066】
《接触時間》
金属と酸液とを接触させる時間(接触時間)は、浸出を十分に実施するため、0.5時間以上が好ましく、0.8時間以上がより好ましく、1.0時間以上が更に好ましい。
一方、生産性の観点から、接触時間は、3.0時間以下が好ましく、1.5時間以下がより好ましい。
【0067】
〈浸出液と浸出残渣との分離〉
浸出液および浸出残渣については、硫化剤の添加(後述する)を実施する前に、両者を分離することが好ましい。分離の方法は、特に限定されず、公知の固液分離方法を採用できる。
【0068】
〈硫化剤の添加(銅除去溶液の取得)〉
次に、有価元素(Ni、Co)および不純物元素(Cu、Fe)を含有する浸出液に硫化剤を添加して、不純物元素である銅(Cu)を銅硫化物として沈殿させる。こうして、選択的に銅(Cu)が除去された浸出液を、銅除去溶液として得る。
【0069】
図3は、銅(Cu)およびニッケル(Ni)の電位-pH図(S-H
2O系)である。
図3では、銅(Cu)-硫黄(S)-水(H
2O)系の電位-pH図上に、溶解度を加味した銅(Cu)およびニッケル(Ni)の酸化物(水酸化物)または硫化物の沈殿が形成する領域を示している。
なお、コバルトはニッケルと同様の傾向で沈殿するため、
図3ではコバルトの図示を省略している。
図3に示すように、pHが3.0以下であり、かつ、酸化還元電位が低い領域においては、銅(Cu)が選択的に沈殿する。
図3には図示していないが、この領域では、銅は硫化銅(II)(CuS)として沈殿する。このことを利用して、浸出液を低pHかつ還元性にすることによって、浸出液に含まれる銅(Cu)を、硫化銅(II)として沈殿させて、選択的に除去する。すなわち、銅(Cu)が除去された浸出液である銅除去溶液を得る。
【0070】
《硫化剤》
浸出液に添加する硫化剤としては、硫黄(S)、硫化水素(H2S)、硫化水素ナトリウム(NaSH)、硫化ナトリウム(Na2S)などが挙げられ、これらを1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
これらのうち、取り扱い性の観点からは、有毒ガスである硫化水素よりも、固体または溶液として取り扱える硫黄、硫化水素ナトリウムおよび硫化ナトリウムの方が好ましい。 ただし、いずれの場合も、硫化反応によって硫化水素ガスが発生する場合があるので、実施の際は注意が必要である。
【0071】
なお、硫化剤を添加した浸出液の温度(硫化温度)は、特に限定されず、例えば、室温でよい。
【0072】
(硫化剤の添加量)
浸出液に含まれる銅を十分に除去する観点から、硫化剤の添加量は、浸出液が含有する銅(Cu)に対して、1.0当量以上が好ましく、1.5当量以上がより好ましく、2.0当量以上が更に好ましい。
一方、硫化剤を過剰に添加すると、有価元素(Ni、Coなど)の硫化物(沈殿)の量が多くなり、得られる銅除去溶液中に残したい有価元素の量が低下する可能性がある。このような観点からは、硫化剤の添加量は、浸出液が含有する銅(Cu)に対して、3.0当量以下が好ましく、2.5当量以下がより好ましく、2.0当量以下が更に好ましい。
【0073】
例えば、1.0当量の硫化水素ナトリウム(NaSH)を硫化剤として用いて、硫化銅(II)(CuS)を生成させる場合、浸出液に含まれる1molの銅(Cu)に対して、1molの硫化水素ナトリウム(NaSH)を用いる。
【0074】
《硫化pH》
浸出液に硫化剤を添加して銅硫化物を沈殿させる際、硫化剤を添加した浸出液のpH(硫化pH)が高いと、銅除去溶液に残したい有価元素の硫化物(沈殿)の量が多くなる可能性がある。このため、硫化pHは、3.0以下が好ましく、2.0以下がより好ましく、1.0以下が更に好ましく、0(ゼロ)が特に好ましい。
硫化pHは、例えば、浸出液にpH調整剤を添加することにより調整する。pH調整剤としては、特に限定されず、硫酸、水酸化ナトリウム等が挙げられる。
【0075】
《硫化時間》
浸出液に含まれる銅を硫化剤と反応させて硫化する時間(硫化時間)は、0.1時間以上が好ましく、0.2時間以上がより好ましく、0.3時間以上が更に好ましい。
一方、生産性の観点から、硫化時間は、3.0時間以下が好ましく、2.0時間以下がより好ましく、1.0時間以下が更に好ましい。
【0076】
〈銅硫化物と銅除去溶液との分離〉
銅硫化物および銅除去溶液については、酸化剤の添加(後述する)を実施する前に、両者を分離することが好ましい。分離の方法は、特に限定されず、公知の固液分離方法を採用できる。
【0077】
〈酸化剤の添加(有価元素溶液の取得)〉
次に、有価元素(Ni、Co)および鉄(Fe)を含有する銅除去溶液に酸化剤を添加して、不純物元素である鉄(Fe)を鉄水酸化物として沈殿させる。こうして、選択的に鉄(Fe)が除去された銅除去溶液を、有価元素(Ni、Co)を含有する有価元素溶液として得る。
【0078】
図4は、鉄(Fe)およびニッケル(Ni)の電位-pH図(O
2-H
2O系)である。
図4では、鉄(Fe)-酸素(O
2)-水(H
2O)系の電位-pH図上に、溶解度を加味した鉄(Fe)およびニッケル(Ni)の酸化物(水酸化物)の沈殿が形成する領域を示している。
なお、コバルトはニッケルと同様の傾向で沈殿するため、
図4ではコバルトの図示を省略している。
図4に示すように、pHが3.0以上7.0以下であり、かつ、酸化還元電位の高い領域においては、鉄(Fe)が選択的に沈殿する。
図4には図示していないが、この領域では、鉄は酸化水酸化鉄(III)(FeO(OH))として沈殿する。このことを利用して、銅除去溶液を酸性~中性かつ酸化性にすることによって、銅除去溶液に含まれる鉄(Fe)を、酸化水酸化鉄(III)として沈殿させて、選択的に除去する。すなわち、鉄(Fe)が除去された銅除去溶液である有価元素溶液を得る。
【0079】
《酸化剤》
銅除去溶液に添加する酸化剤としては、例えば、空気およびオゾンからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤A;過酸化水素、次亜塩素酸および過マンガン酸カリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化剤B;等が挙げられる。
これらのうち、次亜塩素酸および過マンガン酸カリウムを用いると、塩素、カリウム、マンガンなどに対する煩雑な後処理が必要となる可能性があることから、空気、過酸化水素およびオゾンが好ましい。
【0080】
(酸化剤の添加量)
銅除去溶液に含まれる鉄を十分に酸化させる観点から、ガスである酸化剤A(空気、オゾン)の添加量は、銅除去溶液に対して、0.1vvm以上が好ましく、0.3vvm以上がより好ましく、0.5vvm以上が更に好ましい。
一方、酸化剤Aの添加量は、銅除去溶液に対して、5.0vvm以下が好ましく、4.0vvm以下がより好ましく、3.0vvm以下が更に好ましい。
【0081】
なお、単位「vvm」は、液に対して毎分で何倍のガスが吹き込まれるかを体積比で表す単位であり、例えば、酸化剤Aの添加量が2vvmである場合は、1Lの銅除去溶液に対して、毎分で2Lの酸化剤Aを吹き込む。
【0082】
同様の理由から、酸化剤B(過酸化水素、次亜塩素酸、過マンガン酸カリウム)の添加量は、銅除去溶液に対して、0.005体積%以上が好ましく、0.015体積%以上がより好ましく、0.050体積%以上が更に好ましく、0.100体積%以上が特に好ましい。
一方、酸化剤Bの添加量は、銅除去溶液に対して、1.500体積%以下が好ましく、1.000体積%以下がより好ましく、0.500体積%以下が更に好ましく、0.300体積%以下が特に好ましい。
【0083】
《酸化温度》
本発明者らが検討したところ、上述した酸化剤を使用するのみでは、銅除去溶液に含まれる鉄の酸化が不十分な場合があることが分かった。
このため、酸化を促進する観点から、酸化剤を添加した銅除去溶液の温度(酸化温度)は、高くすることが好ましい。具体的には、酸化温度は、10℃以上が好ましく、30℃以上がより好ましく、50℃以上が更に好ましい。
一方、酸化温度は、90℃以下が好ましく、80℃以下がより好ましい。
【0084】
《酸化pH》
銅除去溶液に酸化剤を添加して鉄水酸化物を沈殿させる際、酸化剤を添加した銅除去溶液のpH(酸化pH)が低すぎると、沈殿が生成しにくい場合がある。このため、酸化pHは、3.0以上が好ましく、3.7以上がより好ましく、4.0以上が更に好ましく、4.5以上が特に好ましい。
一方、酸化pHが高すぎると、有価元素(Ni、Coなど)の共沈が増え、得られる有価元素溶液中に残したい有価元素の量が低下する懸念がある。このため、酸化pHは、7.0以下が好ましく、6.0以下がより好ましく、5.0以下が更に好ましい。
酸化pHは、例えば、銅除去溶液にpH調整剤を添加することにより調整する。pH調整剤としては、特に限定されず、硫酸、水酸化ナトリウム等が挙げられる。
【0085】
《酸化時間》
銅除去溶液に含まれる鉄を酸化剤と反応させる時間(酸化時間)は、0.3時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、1.0時間以上が更に好ましい。
一方、生産性の観点からは、酸化時間は、3.0時間以下が好ましく、2.0時間以下がより好ましく、1.5時間以下が更に好ましい。
【0086】
《酸化助剤》
鉄水酸化物の沈殿を生成させる反応の速度を向上させる観点から、上述した酸化剤と併せて、酸化助剤を使用してもよい。
酸化助剤としては、例えば、酸化第二鉄(Fe2O3)および酸化水酸化鉄(III)(FeO(OH))からなる群から選ばれる少なくとも1種が挙げられ、酸化助剤の形態は、粉末が好ましい。
酸化助剤によって反応の速度が向上する原理は、触媒作用である。具体的には、酸化助剤は、水溶液(銅除去溶液)中で負に帯電しやすいことから、Fe2+イオンを吸着し、Fe2+内部のe-との結びつきを弱める。これにより、Fe2+→Fe3++e-という反応(Fe酸化反応)の活性化エネルギーが低下し、反応が促進されると考えられる。
【0087】
(酸化助剤の添加量)
酸化助剤の添加量が多いほど反応表面積が増え、Fe酸化反応の速度が大きくなると考えられる。このため、酸化助剤の添加量は、銅除去溶液に対して、0.1g/L以上が好ましく、0.5g/L以上がより好ましく、1.0g/L以上が更に好ましい。
一方、酸化助剤の添加量が多すぎると、有価元素(Ni、Coなど)の共沈が増える懸念がある。このため、酸化助剤の添加量は、銅除去溶液に対して、40.0g/L以下が好ましく、10.0g/L以下がより好ましく、5.0g/L以下が更に好ましい。
【0088】
(酸化助剤の粒径)
酸化助剤の粒径が小さすぎると反応表面積が過大となり、有価元素(Ni、Coなど)の共沈が増える懸念がある。このため、酸化助剤の粒径は、0.1μm以上が好ましく、0.3μm以上がより好ましく、0.5μm以上が更に好ましい。
一方、酸化助剤の粒径が大きすぎると、反応表面積が過小となり、所望する効果が得られない場合がある。このため、酸化助剤の粒径は、3.0μm以下が好ましく、2.0μm以下がより好ましく、1.0μm以下が更に好ましい。
【0089】
〈鉄水酸化物と有価元素溶液との分離〉
鉄水酸化物および有価元素溶液については、両者を分離することが好ましい。分離の方法は、特に限定されず、公知の固液分離方法を採用できる。
このようにして得られた有価元素溶液中の有価元素は、例えば、リチウムイオン電池の正極材として利用できる。
【実施例0090】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例に限定されない。
【0091】
[試験A]
〈正極材の準備:試験A〉
廃リチウムイオン電池の正極材を準備した。
具体的には、廃リチウムイオン電池に対して、分解、放電、電解液の除去等の事前処理を実施して、正極材を分離した。正極材におけるニッケル(Ni)、コバルト(Co)およびマンガン(Mn)の組成比(モル比)を、下記表1に示す。正極材におけるMnの含有量は11.3質量%であった。なお、正極材は、更に、不純物元素として、銅(Cu)および鉄(Fe)を含有していた。また、正極材は、更に、準有価元素として、リチウム(Li)を含有していた。
【0092】
【0093】
〈還元剤の準備:試験A〉
還元剤として、コークス(C)の粉体を準備した。
更に、還元剤として、アトマイズ処理により得られた金属鉄(Fe)の粉体、および、酸化第一鉄(FeO)の粉体を準備した。
【0094】
〈造滓剤の準備:試験A〉
造滓剤として、CaO、SiO2およびLi2Oを含有する造滓剤を準備した。CaOとSiO2との質量比(CaO/SiO2)が異なる複数種類の造滓剤を準備した。
【0095】
〈還元剤および造滓剤の添加:試験A〉
ヒートサイズ150kg規模のサブマージドアーク炉に、準備した正極材を入れ、還元剤および造滓剤を添加し、混合酸化物を得た。
より詳細には、正極材45kgに対して、30kgの造滓剤を添加した。すなわち、正極材に対する造滓剤の質量比(造滓剤/正極材)は、約0.67とした。
用いた還元剤の種類および添加量(単位:当量)、ならびに、用いた造滓剤の質量比(CaO/SiO2)および質量比{(CaO+Li2O)/SiO2}を、下記表2に示す。
【0096】
〈混合酸化物の加熱:試験A〉
得られた混合酸化物を、加熱した。加熱温度は1600℃、加熱時間は3時間、加熱雰囲気はAr雰囲気とした。
こうして、正極材を還元し、生成金属および生成スラグを得て、両者を分離した。
【0097】
Ni、CoおよびMnの各金属元素について、下記式に基づいて、還元率(単位:質量%)を求め、単位を「質量%」から「モル%」に換算した。結果を下記表2に示す。
還元率=100×(生成金属が含有する金属元素の量[kg])/(還元対象である酸化物が含有する金属元素の量[kg])
【0098】
更に、Liについて、下記式に基づいて、生成スラグ中の残留率(単位:質量%)を求め、単位を「質量%」から「モル%」に換算した。結果を下記表2に示す。
生成スラグ中の残留率=100×(生成スラグが含有するLiの量[kg])/(還元対象である酸化物が含有するLiの量[kg])
【0099】
下記表2に示すように、還元剤として、コークス(C)のみを使用した比較試験例2-1~比較試験例2-2は、Mnの還元率が高かった。
また、還元剤として、金属鉄(Fe)または酸化第一鉄(FeO)のみを使用した比較試験例2-3~比較試験例2-5は、Mnの還元は抑制できたが、NiおよびCoの還元が不十分であった。
これに対して、還元剤として、金属鉄(Fe)または酸化第一鉄(FeO)とコークス(C)とを併用した試験例2-1~試験例2-6は、Mnの還元を抑制しつつ、NiおよびCoについては高い還元率が得られた。すなわち、NiおよびCoを選択的に回収できた。
【0100】
なお、還元剤として金属鉄(Fe)または酸化第一鉄(FeO)のみを使用した比較試験例2-3~比較試験例2-5よりも、金属鉄(Fe)または酸化第一鉄(FeO)とコークス(C)とを併用した試験例2-1~試験例2-4の方が、生成金属中のFeの割合が少なかった。
【0101】
試験例2-1と試験例2-2とを対比すると、炭素含有物質であるコークス(C)の添加量を1.0当量とした試験例2-2は、これを0.4当量とした試験例2-1よりも、NiおよびCoについて、より高い還元率が得られた。
【0102】
試験例2-2~試験例2-4を対比すると、質量比(CaO/SiO2)が0.50の造滓剤を用いた試験例2-3~試験例2-4は、質量比(CaO/SiO2)が1.50の造滓剤を用いた試験例2-2と比べて、Mnの還元をより抑制することができた。また、Liの生成スラグ中の残留率をより高くすることができた。
【0103】
試験例2-3~試験例2-4と試験例2-5~試験例2-6とを対比すると、造滓剤の質量比(CaO/SiO2)がより低い試験例2-5~試験例2-6においては、試験例2-3~試験例2-4と比較して、NiおよびCoの還元率の大きな低下を招くことなく、Mnの還元を更に抑制できた。
【0104】
【0105】
〈金属の粉末化:試験A〉
正極材の還元により生成した金属およびスラグの組成を求めた。
正極材の還元により生成した金属のうち、下記表3に示す組成を有する金属を、振動ミルを用いて粉末化して、金属粉末を得た。
得られた金属粉末の粒径は、1100μmであった。
【0106】
〈金属と酸液との接触:試験A〉
硫酸(濃度:2.0mol/L)に対して、7.0体積%の過酸化水素を酸液用酸化剤として添加して、酸液を調製した。
調製した酸液に、下記表3に示す組成を有する金属(金属粉末)を、1/10の固液比(金属/酸液)で接触させた(接触時間:1.0時間)。具体的には、金属粉末を酸液に浸漬させた。こうして、浸出液および浸出残渣を得て、両者を分離した。
浸出液に含まれる各元素の濃度を、XRF(蛍光X線)分析を用いて求め、金属から浸出液への各元素の浸出率(単位:質量%)を算出した。結果を下記表3に示す。
下記表3に示すように、各元素とも浸出率は100質量%であり、金属から浸出液に各元素を全て浸出できた。
【0107】
【0108】
〈硫化剤の添加:試験A〉
得られた浸出液における各元素の含有量(単位:g/L)を、下記表4に示す。
得られた浸出液に、硫化剤として硫化水素ナトリウム(NaSH)を添加し、室温(25℃)下で攪拌した。硫化剤(硫化水素ナトリウム)の添加量は、浸出液が含有するCuに対して、2.0当量とした。
硫化剤を添加した浸出液のpH(硫化pH)を、pH調整剤として硫酸および水酸化ナトリウムを用いて、0(ゼロ)に調整した。
こうして、浸出液に含まれる銅(Cu)を、硫化剤と反応させて硫化し(硫化時間:20分間)、銅硫化物(硫化銅(II))として沈殿させた。その後、銅硫化物と、銅が除去された浸出液である銅除去溶液とを分離した。
銅除去溶液における各元素の含有量(単位:g/L)を、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析)によって求めた。結果を下記表4に示す。
更に、各元素について、浸出液での含有量に対する、銅除去溶液での含有量の割合を、残留率a(単位:質量%)として求めた。結果を下記表4に示す。
下記表4に示すように、銅除去溶液におけるCuの含有量は非常に低いので、浸出液からCuを非常に高い効率で除去できたことが分かる。
【0109】
〈酸化剤の添加:試験A〉
次に、まず、銅除去溶液を、水を用いて希釈した。希釈後の銅除去溶液における各元素の含有量(単位:g/L)を、下記表4に示す。希釈した理由は、予備実験において、下記表4に示す銅除去溶液と同様の組成を有するモデル溶液に酸化剤を添加したところ、沈殿が過多となり、攪拌が不可となる場合があったからである。
銅除去溶液(希釈済み)に、酸化剤として過酸化水素を添加し、攪拌した。酸化剤(過酸化水素)の添加量は、銅除去溶液(希釈済み)に対して、0.020体積%とした。
酸化剤を添加した銅除去溶液のpH(酸化pH)を、pH調整剤として硫酸および水酸化ナトリウムを用いて、4.5に調整した。酸化剤を添加した銅除去溶液の温度(酸化温度)は、70℃とし、これを維持した。
こうして、銅除去溶液に含まれる鉄(Fe)を、酸化剤と反応させて酸化し(酸化時間:1.0時間)、鉄水酸化物(酸化水酸化鉄(III))として沈殿させた。その後、鉄水酸化物と、鉄が除去された銅除去溶液である有価元素溶液とを分離した。
有価元素溶液における各元素の含有量(単位:g/L)を、ICP-AESによって求めた。結果を下記表4に示す。
更に、各元素について、銅除去溶液(希釈済み)での含有量に対する、有価元素溶液での含有量の割合を、残留率b(単位:質量%)として求めた。結果を下記表4に示す。
下記表4に示すように、有価元素溶液におけるFeの含有量は非常に低いので、銅除去溶液からFeを非常に高い効率で除去できたことが分かる。
【0110】
更に、各元素について、残留率aおよび残留率bから、有価元素溶液における最終的な残留率を、総合残留率(単位:質量%)として求めた。結果を下記表4に示す。
下記表4に示す結果から、乾式処理を実施し、その後、乾式処理によって得られた金属を粉末化してから、湿式処理を実施することによって、有価元素(Ni、Co)を非常に高い純度で回収できたことが分かる。
【0111】
【0112】
[試験B]
〈正極材の準備~金属の粉末化:試験B〉
正極材の準備から金属の粉末化までは、試験Aと同じであるため、説明を省略する。
【0113】
〈金属と酸液との接触:試験B〉
硫酸(濃度:2.0mol/L)に対して、下記表5に示す添加量(単位:体積%)で、酸液用酸化剤(過酸化水素)を添加して、複数の酸液を調製した。
酸液用酸化剤の添加量を変更した以外は、上述した試験Aと同様にして、金属(金属粉末)を酸液に接触させて、浸出液を得た。
更に、上述した試験Aと同様にして、金属から浸出液への各元素の浸出率(単位:質量%)を算出した。結果を下記表5に示す。
下記表5に示すように、酸液用酸化剤の添加量が増大するに伴い、浸出率は増大した。有価金属(Ni、Co)を十分に浸出するためには、酸液用酸化剤(過酸化水素)の添加量は、6.9体積%以上が好適であることが分かった。
もっとも、添加量が6.9体積%を超えると、浸出率が頭打ちとなる。このため、コストの観点からは、本実施例の範囲においては、酸液用酸化剤(過酸化水素)の添加量として、6.9体積%が好適であることが分かった。
【0114】
【0115】
〈硫化剤の添加:試験B〉
上記表4に示す浸出液に、下記表6に示す添加量(単位:当量)で、硫化剤として硫化水素ナトリウム(NaSH)を添加し、攪拌した。このとき、硫化pHを、下記表6に示す値に調整した。
硫化剤の添加量および硫化pHを変更した以外は、上述した試験Aと同様にして、浸出液に含まれる銅を銅硫化物として沈殿させて、銅除去溶液を得た。
更に、上述した試験Aと同様にして、得られた銅除去溶液におけるCu含有量(単位:mg/L)、ならびに、Ni残留率(単位:質量%)およびCo残留率(単位:質量%)を求めた。結果を下記表6に示す。
下記表6に示すように、銅を十分に除去するためには、硫化剤の添加量は、銅に対して2.0当量以上が好適であるが、硫化剤の添加量が増えるほど、Ni残留率およびCo残留率が低下することが分かった。
また、下記表6に示すように、硫化pHが大きくなるに従い、銅の除去が不十分となり、かつ、Ni残留率およびCo残留率が低下する傾向が見られた。
以上のことから、本実施例の範囲においては、硫化剤の添加量は2.0当量、硫化pHは0(ゼロ)が好適であることが分かった。
【0116】
【0117】
〈酸化剤の添加:試験B〉
まず、上記表6の試験例6-4において得られた銅除去溶液を5倍に希釈した。
次いで、銅除去溶液(希釈済み)に、下記表7に示す添加量(単位:体積%)で、酸化剤として過酸化水素を添加し、攪拌した。このとき、酸化pHおよび酸化温度(単位:℃)を、下記表7に示す値に調整した。
酸化剤の添加量、酸化pHおよび酸化温度を変更した以外は、上述した試験Aと同様にして、銅除去溶液に含まれる鉄を鉄水酸化物として沈殿させて、有価元素溶液を得た。
なお、試験Aおよび試験Bともに、酸化助剤は使用しなかった。
更に、上述した試験Aと同様にして、得られた有価元素溶液におけるFe含有量(単位:mg/L)、ならびに、Ni残留率(単位:質量%)およびCo残留率(単位:質量%)を求めた。結果を下記表7に示す。
下記表7に示すように、鉄を十分に除去するためには、酸化pHを6.0にする、または、酸化pHを4.5以上にし、かつ、酸化剤を添加することが好適であることが分かった。
また、下記表7に示すように、酸化pHが大きくなるに従い、鉄が効率的に除去される一方で、Ni残留率およびCo残留率が低下する傾向が見られた。
以上のことから、本実施例の範囲においては、酸化剤(過酸化水素)の添加量は0.030体積%、酸化pHは4.5~5.0の範囲が好適であることが分かった。
【0118】
【0119】
[試験C]
試験Aに準拠して、乾式処理および湿式処理(つまり、正極材の準備から酸化剤の添加まで)を実施して、有価元素溶液を得た。なお、下記表8に示すように、便宜的に、使用した正極材(酸化物)の質量を100kgとしている。
試験例8-1~試験例8-2は、還元剤として用いたFeおよびCの添加量がそれぞれ異なる。なお、比較試験例8-1では、乾式処理のみを実施した。比較試験例8-2では、還元剤としてFeのみを使用した。
【0120】
乾式処理により得られた生成金属のNi+Co還元率(単位:質量%)と、湿式処理により得られた有価元素溶液のNi+Co残留率(単位:質量%)とから、Ni+Co回収率(単位:質量%)求めた。結果を下記表8に示す。
なお、乾式処理のみを実施した場合は、生成金属のNi+Co還元率を、Ni+Co回収率として、下記表8に記載した。
【0121】
また、湿式処理で得られた有価元素溶液について、金属元素中のNi+Co割合を、最終的なNi+Co純度(単位:質量%)として求めた。結果を下記表8に示す。
ただし、乾式処理のみを実施した比較試験例8-1においては、乾式処理で得られた生成金属のNi+Co純度を、最終的なNi+Co純度として、下記表8に記載した。
【0122】
比較試験例8-1と試験例8-1とを対比すると、両者は乾式処理の条件が同じであるが、湿式処理を実施した試験例8-1では、湿式処理を実施しなかった比較試験例8-1と比べて、最終的に、有価元素(Ni+Co)が高い純度で得られた。
【0123】
比較試験例8-2と試験例8-1~試験例8-2とを対比すると、還元剤としてFeとCとを併用した試験例8-1~試験例8-2は、Feのみを使用した比較試験例8-2よりも、生成金属中のFe質量が少なく、還元剤、硫化剤および酸化剤の合計質量が少なく、最終的なNi+Co回収率も高かった。
【0124】
試験例8-1と試験例8-2とを対比すると、還元剤としてのCの添加量が多い(Feの添加量が少ない)試験例8-2は、Cの添加量が少ない(Feの添加量が多い)試験例8-1よりも、生成金属中のMn質量は多いが、最終的なNi+Co回収率は高かった。
【0125】