(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024160398
(43)【公開日】2024-11-13
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20241106BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 A
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024144196
(22)【出願日】2024-08-26
(62)【分割の表示】P 2020210799の分割
【原出願日】2020-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】馬庭 啓史
(72)【発明者】
【氏名】北川 良彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正道
(57)【要約】
【課題】ガスシールドアーク溶接時における溶接作業性が良好であり、引張強度及び低温靱性が優れた溶接金属を得ることができる、フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】外皮にフラックスが充填されているガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤは、各化学成分を適切に制御するとともに、下記数式(I)により算出されるθが10.0以上30.0以下である。 θ=4.1×α-3.2×γ-32.3 ・・・(I) 但し、ワイヤ全質量に対するSi、Cr、Mo、Ti、C、N、Mn、Cu、Niの含有量を、それぞれ、質量%で[Si]、[Cr]、[Mo]、[Ti]、[C]、[N]、[Mn]、[Cu]、[Ni]としたとき、α=0.02×[Si]+[Cr]+1.20×[Mo]+0.3×[Ti]+0.30、γ=24×[C]+28×[N]+0.25×[Mn]+0.5×[Cu]+1.10×[Ni]とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外皮にフラックスが充填されているガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Fe:40質量%以上70質量%以下、
Cr:15.0質量%以上25.0質量%以下、
Ni:5.0質量%以上11.0質量%以下、
Si:0.5質量%以上3.0質量%以下、
Mn:0.5質量%以上5.0質量%以下、
Na及びKの総量:0.05質量%以上1.0質量%以下、
TiO2:3.0質量%以上9.0質量%以下、
ZrO2:1.0質量%超4.0質量%以下、
Al2O3:0.3質量%以上2.0質量%以下、を含有し、
C:0.015質量%未満、
Ti:1.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以下、
Cu:0.5質量%以下、
Al:0.9質量%以下、
N:0.040質量%以下、
F:0.30質量%以下、であるとともに、
下記数式(I)により算出されるθが10.0以上30.0以下であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
θ=4.1×α-3.2×γ-32.3 ・・・(I)
但し、ワイヤ全質量に対するSi含有量を質量%で[Si]、ワイヤ全質量に対するCr含有量を質量%で[Cr]、ワイヤ全質量に対するMo含有量を質量%で[Mo]、ワイヤ全質量に対するTi含有量を質量%で[Ti]、ワイヤ全質量に対するC含有量を質量%で[C]、ワイヤ全質量に対するN含有量を質量%で[N]、ワイヤ全質量に対するMn含有量を質量%で[Mn]、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で[Cu]、ワイヤ全質量に対するNi含有量を質量%で[Ni]としたとき、
α=0.02×[Si]+[Cr]+1.20×[Mo]+0.3×[Ti]+0.30
γ=24×[C]+28×[N]+0.25×[Mn]+0.5×[Cu]+1.10×[Ni]とする。
【請求項2】
さらに、
ワイヤ全質量に対して、
Bi:0.001質量%以上0.10質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ガスは輸送・保管の効率を上げるため、低温で液化してタンクに貯蔵されるため、貯蔵タンクの構造部材には貯蔵するガスの液化温度域における低温靱性が求められる。
液化エチレンガス用の貯蔵タンク等の構造部材としては、引張強度及び低温靱性が良好な5%Ni鋼板が使用されている。5%Ni鋼板の溶接材料には、Ni基合金溶接材料が使用されることが多いが、Ni基合金よりも低コストであるステンレス鋼の溶接材料も使用されている。
【0003】
ここで、特許文献1には、5%Ni鋼板用のステンレス鋼フラックス入りワイヤが開示されている。このフラックス入りワイヤは、完全オーステナイト組織となるように溶接金属の成分の調整を行うことにより、低温靱性の向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、液化天然ガス用の貯蔵タンクにおいては、液化エチレンガス用のタンクよりもさらに低い温度域での靱性特性が要求されるため、5%Ni鋼板よりも低温靱性に優れ、かつ高強度な9%Ni鋼板が使用されている。
【0006】
5%Ni鋼板同様、9%Ni鋼板においても、溶接材料にはNi基合金溶接材料が使用されることが一般的であるが、ステンレス鋼溶接材料が適用できれば低コスト化が可能である。
しかしながら、特許文献1に記載のステンレス鋼フラックス入りワイヤは、9%Ni鋼板用としては強度が不足することがあるため、使用出来ない。また、高温割れの発生を防止するためには完全オーステナイト組織ではなく、ある程度のフェライト相を含むことが望ましい。さらに、フラックス入りワイヤにおいては、アーク溶接時において、良好な溶接作業性も求められている。
【0007】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、ガスシールドアーク溶接時における溶接作業性が良好であり、引張強度及び低温靱性が優れた溶接金属を得ることができる、フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、フラックス入りワイヤ中の成分を所定の範囲に規定することによって、溶接金属中のオーステナイト相とフェライト相の割合を制御し、凝固形態をフェライト単相凝固であるFモードにしたうえで、微細なウィドマンステッテンオーステナイトを析出させることで、引張強度と低温靱性を向上させることができることを見出した。本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
【0009】
本発明の上記目的は、フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0010】
[1] 外皮にフラックスが充填されているガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Fe:40質量%以上70質量%以下、
Cr:15.0質量%以上25.0質量%以下、
Ni:5.0質量%以上11.0質量%以下、
Si:0.5質量%以上3.0質量%以下、
Mn:0.5質量%以上5.0質量%以下、
Na及びKの総量:0.05質量%以上1.0質量%以下、
TiO2:3.0質量%以上9.0質量%以下、
ZrO2:1.0質量%超4.0質量%以下、
Al2O3:0.3質量%以上2.0質量%以下、を含有し、
C:0.015質量%未満、
Ti:1.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以下、
Cu:0.5質量%以下、
Al:0.9質量%以下、
N:0.040質量%以下、
F:0.30質量%以下、であるとともに、
下記数式(I)により算出されるθが10.0以上30.0以下であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
θ=4.1×α-3.2×γ-32.3 ・・・(I)
但し、ワイヤ全質量に対するSi含有量を質量%で[Si]、ワイヤ全質量に対するCr含有量を質量%で[Cr]、ワイヤ全質量に対するMo含有量を質量%で[Mo]、ワイヤ全質量に対するTi含有量を質量%で[Ti]、ワイヤ全質量に対するC含有量を質量%で[C]、ワイヤ全質量に対するN含有量を質量%で[N]、ワイヤ全質量に対するMn含有量を質量%で[Mn]、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で[Cu]、ワイヤ全質量に対するNi含有量を質量%で[Ni]としたとき、
α=0.02×[Si]+[Cr]+1.20×[Mo]+0.3×[Ti]+0.30
γ=24×[C]+28×[N]+0.25×[Mn]+0.5×[Cu]+1.10×[Ni]とする。
【0011】
また、フラックス入りワイヤに係る一実施態様は、
ワイヤ全質量に対して、
Bi:0.001質量%以上0.10質量%以下、を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ガスシールドアーク溶接時における溶接作業性が良好であり、引張強度及び低温靱性が優れた溶接金属を得ることができる、フラックス入りワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、発明例及び比較例の引張強度とθとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0015】
[フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」ともいう。)は、鋼製の外皮にフラックスが充填されている。
本実施形態において、ワイヤの外径は特に限定されないが、例えば、0.9mm以上1.6mm以下であることが好ましい。また、フラックス充填率は、ワイヤ中の各元素の含有量が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、ワイヤ製造時の伸線性及びワイヤ送給性の観点から、例えば、ワイヤ全質量に対して10質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。さらに、ワイヤは、外皮に継ぎ目を有する場合、継ぎ目を有しない場合など、その継ぎ目の形態や断面の形状に制限はない。本実施形態に係るワイヤは、例えば、100体積%CO2ガスをシールドガスとして、ガスシールドアーク溶接に用いることができる。
【0016】
以下、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤに含有される成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。
【0017】
<Fe:40質量%以上70質量%以下>
Feは、本実施形態に係るワイヤの主成分である。ワイヤ全質量に対するFe含有量は、40質量%以上とし、45質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。また、ワイヤ全質量に対するFe含有量は、70質量%以下とし、67.5質量%以下であることが好ましく、65質量%以下であることがより好ましい。
【0018】
<Cr:15.0質量%以上25.0質量%以下>
Crは、溶接金属のフェライト量を決定する重要な構成成分であるとともに、溶接金属の耐酸化性とフェライトの安定性、熱サイクルによる脆化挙動の抑制に重要な元素である。
ワイヤ全質量に対するCr含有量が15.0質量%未満であると、高フェライト組織の溶接金属を得るのに不十分となる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、15.0質量%以上とし、15.5質量%以上であることが好ましく、16.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するCr含有量が25.0質量%を超えると、溶接時の多重熱サイクルによる脆化傾向が顕著となる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、25.0質量%以下とし、24.5質量%以下であることが好ましく、24.0質量%以下であることがより好ましい。
【0019】
<Ni:5.0質量%以上11.0質量%以下>
Niは、Crと同様に、溶接金属のフェライト量を決定する重要な構成成分であるとともに、溶接金属の耐酸化性とオーステナイトの安定性、熱サイクルによる脆化挙動の抑制に重要な元素である。
ワイヤ全質量に対するNi含有量が5.0質量%未満であると、高オーステナイト組織の溶接金属を得るのに不十分となる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、5.0質量%以上とし、5.5質量%以上であることが好ましく、6.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNi含有量が11.0質量%を超えると、本発明で必要と考えられるフェライト量を確保することが困難になる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、11.0質量%以下とし、10.8質量%以下であることが好ましく、10.6質量%以下であることがより好ましい。
【0020】
<Si:0.5質量%以上3.0質量%以下>
Siは、溶接金属の脱酸剤として重要な元素であるとともに、溶接ビードのなじみをよくする効果を有する成分である。
ワイヤ全質量に対するSi含有量が0.5質量%未満であると、脱酸不足を引き起こし、ブローホール等の気孔欠陥の発生原因となったり、溶接金属の靱性が低下する原因となったりする。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、0.5質量%以上とし、0.6質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましい。
一方、Siは、フェライト安定化元素であるが、ワイヤ中に過多に添加されると、同一フェライト量であっても靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、3.0質量%以下とし、2.5質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態において、Si含有量とは、ワイヤ中に含有されるSi単体、Si化合物及びSi合金に由来する全Siの含有量を表す。
【0021】
<Mn:0.5質量%以上5.0質量%以下>
Mnは、溶接金属の脱酸剤として重要な元素である。
ワイヤ全質量に対するMn含有量が0.5質量%未満であると、脱酸不足を引き起こし、ブローホール等の気孔欠陥が発生する原因となったり、溶接金属の靱性が低下する原因となったりする。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、0.5質量%以上とし、1.0質量%以上であることが好ましく、1.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するMn含有量が5.0質量%を超えると、スラグ剥離性が低下するおそれがある。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、5.0質量%以下とし、4.0質量%以下であることが好ましく、3.0質量%以下であることがより好ましい。
【0022】
<Na及びKの総量:0.05質量%以上1.0質量%以下>
Na及びKは、アークを安定化させる効果を有する成分であり、適正な量でワイヤ中に添加することにより、良好なビード形状を得ることができる。
ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量が0.05質量%未満であると、良好なビード形状を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量は、0.05質量%以上とし、0.10質量%以上であることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量が1.0質量%を超えると、低温靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量は、1.0質量%以下とし、0.9質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。
なお、Na及びKの両方がワイヤ中に含有されていても、いずれか一方のみがワイヤ中に含有されていてもよく、その総量が0.05質量%以上1.0質量%以下であればよい。
【0023】
<TiO2:3.0質量%以上9.0質量%以下>
TiO2は、スラグ形成剤としてワイヤ中に添加され、被包性の良いスラグを形成する効果を有する成分である。
ワイヤ全質量に対するTiO2含有量が、3.0質量%未満であると、スラグの被包性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO2含有量は、3.0質量%以上とし、5.0質量%以上であることが好ましく、7.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するTiO2含有量が、9.0質量%を超えると、スラグ生成量が過剰となって、溶接部にスラグ巻き込みが発生しやすくなる。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO2含有量は、9.0質量%以下とし、8.5質量%以下であることが好ましく、8.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態においては、TiO2含有量は、Ti化合物のTiO2換算値である。
【0024】
<ZrO2::1.0質量%超4.0質量%以下>
ZrO2は、高融点酸化物であって、スラグの粘性及び融点を調整する成分であり、スラグの凝固温度を高くし、溶接時のビード形状を良好にする効果を有する。
ワイヤ全質量に対するZrO2含有量が1.0質量%以下であると、ビード形状が不良になる。したがって、ワイヤ全質量に対するZrO2含有量は、1.0質量%超とし、1.3質量%以上であることが好ましく、1.6質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するZrO2含有量が4.0質量%を超えると、溶融スラグの融点が過大になってビード外観及びビード形状が悪化するおそれがある。したがって、ワイヤ全質量に対するZrO2含有量は、4.0質量%以下とし、3.0質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態においては、ZrO2含有量はZr単体、Zr合金及びZr化合物に含まれるすべてのZrのZrO2換算値として規定されている。
【0025】
<Al2O3:0.3質量%以上2.0質量%以下>
Al2O3は、溶融スラグの粘性を高め、流動性を改良し、ビード外観及びビード形状を良好にする効果を有する成分である。
ワイヤ全質量に対するAl2O3含有量が0.3質量%未満であると、ビード外観及びビード形状を良好に保つことができず、特に、立向溶接の作業性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するAl2O3含有量は、0.3質量%以上とし、0.6質量%以上であることが好ましく、0.9質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するAl2O3含有量が2.0質量%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなりすぎて、ビード形状が不良になる。したがって、ワイヤ全質量に対するAl2O3含有量は、2.0質量%以下とし、1.5質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態においては、Al2O3含有量は、Al化合物のAl2O3換算値である。
【0026】
<C:0.015質量%未満>
ワイヤ中にCを含有させることにより、溶接金属中の炭素量が増加し、低温靱性が低下するため、ワイヤ全質量に対するC含有量は、できるだけ低減することが好ましい。
ワイヤ全質量に対するC含有量が0.015質量%以上であると、溶接金属の低温靱性が低下するとともに、溶接時に発生するスパッタ量が増加する。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.015質量%未満とし、0.012質量%以下であることが好ましく、0.009質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<Ti:1.0質量%以下>
Tiは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、脱酸作用を有する元素であるため、任意成分としてワイヤ中にTiを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するTi含有量が1.0質量%を超えると、強脱酸剤としての効果から、溶接金属中の炭素が増加し、溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するTi含有量は、1.0質量%以下とし、0.8質量%以下であることが好ましく、0.6質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するTi含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上であってもよい。
また、本実施形態おいて、Ti含有量は、Ti単体およびTi合金に含まれるTiの総量である。
【0028】
<Mo:2.0質量%以下>
Moは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、溶接金属の強度を向上させることを目的に、任意成分としてワイヤ中にMoを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するMo含有量が2.0質量%を超えると、低温靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、2.0質量%以下とし、1.8質量%以下であることが好ましく、1.6質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するMo含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上であってもよい。
【0029】
<Cu:0.5質量%以下>
Cuは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、オーステナイト組織を安定化させることを目的に、任意成分としてワイヤ中にCuを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するCu含有量が0.5質量%を超えると、低温靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.5質量%以下とし、0.3質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するCu含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上であってもよい。
【0030】
<Al:0.9質量%以下>
Alは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、脱酸作用を有する元素であるため、任意成分としてワイヤ中にAlを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するAl含有量が0.9質量%を超えると、フェライトの凝固組織が柱状晶から等軸晶に変化し、その後生成するオーステナイトの形状がウィドマンステッテン状から粒状に変化するため、靱性が低下するとともに、スラグ剥離性が悪化する。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、0.9質量%以下とし、0.6質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するAl含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上であってもよい。
なお、本実施形態おいて、Al含有量は、Al単体およびAl合金に含まれるAlの総量である。
【0031】
<N:0.040質量%以下>
Nは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、溶接金属の強度向上や表面張力を低下させビードのなじみを良好にする効果を有する元素であるため、任意成分としてワイヤ中にNを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するN含有量が0.040質量%を超えると、溶融金属の表面張力が低くなり過ぎて、スパッタが増加するとともにビード形状が劣化し、スラグ剥離性も劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は、0.040質量%以下とし、0.030質量%以下であることが好ましく、0.020質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するN含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上であってもよい。
【0032】
<F:0.30質量%以下>
Fは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、溶融スラグの粘性を高め、流動性を改良し、ビード外観及びビード形状を良好にする効果を有する元素であるため、任意成分としてワイヤ中にFを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するF含有量が0.30質量%を超えると、気孔欠陥が増加するおそれがある。したがって、ワイヤ全質量に対するF含有量は、0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
なお、ワイヤ全質量に対するF含有量の下限値は特に限定されず、0質量%であってもよいが、0.001質量%以上あってもよい。
【0033】
<数式(I)により算出されるθ:10.0以上30.0以下>
本実施形態においては、上記各元素の含有量を適切に制御するとともに、ワイヤ中に含有される各合金元素量に基づき、下記数式(I)によって算出されるθを制御することにより、溶接金属を所定のフェライト量に維持し、所望の強度及び靱性を得ることができる。
数式(I)により算出されるθが10.0未満であると、フェライト量が不足し溶接金属の強度が不十分となる。したがって、θは10.0以上とし、12.0以上であることが好ましく、24.0以上であることがより好ましい。
一方、数式(I)により算出されるθが30.0を超えると、フェライト量が過剰となり低温靱性が低下し、所望のシャルピー衝撃値を得ることができない。したがって、θは30.0以下とし、29.0以下であることが好ましい。
【0034】
θ=4.1×α-3.2×γ-32.3 ・・・(I)
但し、ワイヤ全質量に対するSi含有量を質量%で[Si]、ワイヤ全質量に対するCr含有量を質量%で[Cr]、ワイヤ全質量に対するMo含有量を質量%で[Mo]、ワイヤ全質量に対するTi含有量を質量%で[Ti]、ワイヤ全質量に対するC含有量を質量%で[C]、ワイヤ全質量に対するN含有量を質量%で[N]、ワイヤ全質量に対するMn含有量を質量%で[Mn]、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で[Cu]、ワイヤ全質量に対するNi含有量を質量%で[Ni]としたとき、
α=0.02×[Si]+[Cr]+1.20×[Mo]+0.3×[Ti]+0.30
γ=24×[C]+28×[N]+0.25×[Mn]+0.5×[Cu]+1.10×[Ni]とする。
【0035】
<Bi:0.001質量%以上0.10質量%以下>
本実施形態に係るワイヤは、さらに、Biを含有していてもよい。
Biは、スラグ剥離性を向上させる効果を有する成分であるが、ワイヤ中に過剰に含有させると、Biが溶接金属の最終凝固域に偏析し、溶接金属の耐高温割れ性が劣化する。
ワイヤ中にBiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するBi含有量が0.001質量%以上であると、スラグ剥離性を向上させる効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するBi含有量は、0.001質量%以上であることが好ましく、0.01質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するBi含有量が0.10質量%以下であると、溶接金属の耐高温割れ性の劣化を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するBi含有量は、0.10質量%以下であることが好ましく、0.08質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態において、Bi含有量とは、Bi単体、Bi合金、Bi化合物に含まれる合計のBi量である。
【0036】
<残部>
本実施形態に係るワイヤは、上記以外の成分の残部として、不可避的不純物が2.0%以下の範囲で含まれる。また、ワイヤの残部には、Cо、V、W、などが、それぞれ1.0%以下の範囲で含まれても良い。
【0037】
本実施形態に係るワイヤは、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Na及びK、TiO2、ZrO2、Al2O3、C、Ti、Mo、Cu、Al、N、Fを合計で、90質量%以上含むことが好ましく、93質量%以上含むことがより好ましく、95質量%以上含むことがさらに好ましく、98質量%以上含むことが特に好ましい。
【実施例0038】
以下、本実施形態に係る発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
ワイヤの化学成分が種々の含有量となるように調製し、直径が1.20mmであるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを作製した。
【0040】
<機械的特性の評価>
作製したフラックス入りワイヤを用いて、下記表1に示す機械的特性の評価試験用溶接条件により、ガスシールドアーク溶接を実施した。なお、本実施例においては、JIS Z3111規定の記号1.3の試験板を用い、その開先面に、使用するワイヤを用いて2層のバタリングを施した後、ガスシールドアーク溶接を実施し、溶着金属試験体を作製した。溶着金属の機械的特性は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠し、溶着金属試験体から、A0号引張試験片を採取して、引張試験により引張強度を評価するとともに、Vノッチ試験片を採取して、-196℃におけるシャルピー衝撃試験により低温靱性を評価した。
機械的特性の評価基準としては、引張強度が640MPa以上であるとともに、-196℃におけるシャルピー衝撃値が25J以上であったものを〇(良好)とし、これらのうち、引張強度が670MPa以上であったものを◎(優良)とした。また、引張強度が640MPa未満であるか、又は-196℃におけるシャルピー衝撃値が25J未満であったものを×(不良)とした。
【0041】
[溶接作業性の評価]
さらに、溶接作業性を評価するため、上記フラックス入りワイヤを用いて、下記表1に示す溶接作業性の評価試験用溶接条件により、ガスシールドアーク溶接を実施した。なお、本実施例においては、水平すみ肉溶接及び立向上進すみ肉溶接の2種類の溶接姿勢とした。
【0042】
<ビード形状の評価>
AWS A5.22 15.2.2に準拠し、ビード形状を評価した。
ビード形状の評価基準としては、上記AWS規格の判断基準を満たしたものを〇(良好)とし、上記判断基準を満たさず、ビードが凸形状となったものを×(不良)とした。
【0043】
<スラグ剥離性の評価>
溶接後の継手に対して、ハンマーで軽度の衝撃を与え、スラグの剥離を確認することによりスラグ剥離性を評価した。
スラグ剥離性の評価基準としては、スラグが自然剥離するか、又は軽度の衝撃によりスラグが剥離したものを〇(良好)とし、スラグがビードの表面に焼付いて、剥離しなかったものを×(不良)とした。
【0044】
作製したワイヤの成分組成及び特定成分に基づく算出値を下記表2及び3に示し、評価結果を下記表4に示す。
なお、表2において、「Na+K」は、ワイヤ中のNa含有量とK含有量との総量を表す。また、表3における「特定成分に基づく算出値」の欄において、
α=0.02×[Si]+[Cr]+1.20×[Mo]+0.3×[Ti]+0.30
γ=24×[C]+28×[N]+0.25×[Mn]+0.5×[Cu]+1.10×[Ni]とし、θは下記数式(I)により算出される値とする。
θ=4.1×α-3.2×γ-32.3 ・・・(I)
但し、上記式中、[Si]は、ワイヤ全質量に対するSi含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、ワイヤ全質量に対するCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]はワイヤ全質量に対するMo含有量を質量%で表した値であり、[Ti]は、ワイヤ全質量に対するTi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、ワイヤ全質量に対するC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、ワイヤ全質量に対するN含有量を質量%で表した値であり、[Mn]はワイヤ全質量に対するMn含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、ワイヤ全質量に対するNi含有量を質量%で表した値である。
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
上記表2~4に示すように、発明例であるワイヤNo.1~11は、ワイヤの成分及び式(1)により得られるθが本発明の範囲内であるため、機械的特性及び溶接作業性が優れたものとなった。
【0050】
一方、比較例であるワイヤNo.12は、各成分の含有量は本発明の範囲内であるが、数式(I)により算出されるθが本発明範囲の上限を超えているため、低温靱性が低下した。
【0051】
比較例であるワイヤNo.13は、ワイヤ中のCr、Ni及びCの含有量が本発明範囲の上限を超えているとともに、θが本発明範囲の上限を超えているため、低温靱性が著しく低下した。
【0052】
比較例であるワイヤNo.14~16は、ワイヤ中のAl2O3含有量が本発明範囲の下限未満であるため、立向上進すみ肉溶接におけるビード形状及びスラグ剥離性が不良となり、水平すみ肉溶接におけるスラグ剥離性も不良となった。また、ワイヤNo.16は、低温靱性も低下した。
【0053】
比較例であるワイヤNo.17~20は、ワイヤ中のAl含有量が本発明範囲の上限を超えているため、立向上進すみ肉溶接におけるビード形状及びスラグ剥離性が不良となり、水平すみ肉溶接におけるスラグ剥離性も不良となった。また、これらのワイヤは、低温靱性も低下した。
【0054】
比較例であるワイヤNo.21は、ワイヤ中のMo含有量が本発明範囲の上限を超えているため、低温靱性が低下した。
【0055】
図1は、縦軸を引張強度(MPa)とし、横軸をθとした場合の、発明例及び比較例のワイヤの引張強度とθとの関係を示すグラフである。なお、
図1中に示す破線は、各点を線形近似した近似直線である。
図1に示すように、数式(I)により算出されるθの値が小さくなるにしたがって、引張強度が低下していることが示された。
【0056】
以上詳述したように、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、ビード形状及びスラグ剥離性が良好であり、引張強度と低温靱性とのバランスが優れた溶接金属を得ることができた。