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特開2024-160608光学部材及びその製造方法並びに光学機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024160608
(43)【公開日】2024-11-14
(54)【発明の名称】光学部材及びその製造方法並びに光学機器
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/115 20150101AFI20241107BHJP
   B32B 7/023 20190101ALI20241107BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
G02B1/115
B32B7/023
B32B15/08 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023075799
(22)【出願日】2023-05-01
(71)【出願人】
【識別番号】000104652
【氏名又は名称】キヤノン電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 安紘
(72)【発明者】
【氏名】内山 真志
【テーマコード(参考)】
2K009
4F100
【Fターム(参考)】
2K009AA02
2K009BB11
2K009CC03
2K009DD07
2K009DD08
4F100AA06C
4F100AA19C
4F100AA20C
4F100AA21C
4F100AB01B
4F100AB16B
4F100AK01A
4F100AK02A
4F100AK03A
4F100AK12A
4F100AK25A
4F100AK41A
4F100AK42A
4F100AK45A
4F100AK51A
4F100AK54A
4F100AK55A
4F100AT00A
4F100BA04
4F100BA04C
4F100BA05
4F100BA05C
4F100BA31
4F100BA31A
4F100BA31B
4F100EH66
4F100EJ59
4F100EJ61
4F100GB41
4F100GB61
4F100JA05
4F100JA05A
4F100JB13A
4F100JB14A
4F100JD03
4F100JD04
4F100JK06
4F100JK14
4F100JM02
4F100JN01
4F100JN01C
4F100JN06
4F100JN06C
4F100JN08
4F100JN08C
4F100JN18
4F100JN18C
4F100YY00B
4F100YY00C
(57)【要約】
【課題】樹脂基材を用いた光学部材の光学性能を維持しながら耐久性を高めることを目的とする。
【解決手段】樹脂基材と、樹脂基材上に形成された金属膜と、金属膜上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜とを備える。樹脂基材と金属膜とが一次結合によって結合していること。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂基材と、
前記樹脂基材上に形成された金属膜と、
前記金属膜上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜とを備え、
前記樹脂基材と前記金属膜とが一次結合によって結合していることを特徴とする光学部材。
【請求項2】
前記金属膜を構成する金属元素をM、前記樹脂基材の炭素原子をCとしたとき、
前記樹脂基材と前記金属膜との前記一次結合はC-O-Mで表されることを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項3】
前記金属膜は連続膜であることを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項4】
前記光学膜は複数の屈折率の薄膜の積層構造を有し、
前記金属膜は、前記光学膜を形成する薄膜のうち最も薄い薄膜よりも薄いことを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項5】
前記金属膜の厚さが3nm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項6】
前記金属膜は原子層が堆積した膜であることを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項7】
前記金属膜は前記樹脂基材の両面に形成されており、
550nmにおける光透過率が60%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の光学部材。
【請求項8】
樹脂基材と、
前記樹脂基材上に形成された、厚さ3nm以下の金属膜と、
前記金属膜上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜と、
を備えることを特徴とする光学部材。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載の光学部材と、前記光学部材を通過した光の像を撮像する撮像素子と、を備える光学機器。
【請求項10】
光学部材の製造方法であって、
樹脂基材上に原子層堆積法により金属膜を形成する工程と、
前記金属膜上に、特定波長に透光性を有する光学膜を形成する工程と、
を含むことを特徴とする製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学部材及びその製造方法並びに光学機器に関し、特に樹脂基材に光学膜を積層する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
レンズ及び光学フィルタなどの光学部材には、従来から光学膜が形成されている。例えば、薄膜の光干渉を利用して、反射防止又は赤外カットなどの機能を有する光学膜が知られている。光学部材には光学膜によって特有の機能が付与される。また、光学膜として反射防止膜を形成することで、光学部材のゴースト及びフレアを抑制することができる。さらに、光学膜として赤外カット膜を形成することで、光学部材を光学機器に組み込んだ際に、撮像素子に不要な光(例えば赤外光)が入射することを抑制することができる。このように、撮影光学系において、光学膜を形成した光学部材は画像の劣化抑制のために用いることができる。
【0003】
近年は、重量及びコストの観点から、光学部材の基材として樹脂性の材料が使用されるようになっている。例えば、特許文献1は、プラスチック基板に反射防止膜を形成する際に、密着性の向上を目的に、真空蒸着法によりプラスチック基板と反射防止膜との間に金属膜を設けることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-270402
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、過酷な条件では反射防止膜の密着力が不十分であり、クラック及び剥離などが発生する可能性があった。一方で、反射防止膜の密着性を高めるために金属膜の膜厚を大きくすると、透過率等の光学性能が低下するという課題があった。
【0006】
本発明は、樹脂基材を用いた光学部材の光学性能を維持しながら耐久性を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態に係る光学部材は、以下の構成を備える。すなわち、
樹脂基材と、
前記樹脂基材上に形成された金属膜と、
前記金属膜上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜とを備え、
前記樹脂基材と前記金属膜とが一次結合によって結合している。
【発明の効果】
【0008】
樹脂基材を用いた光学部材の光学性能を維持しながら耐久性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】一実施形態に係る光学部材の断面図。
図2】一実施形態に係る接合レンズ及び接合部の拡大図。
図3】一実施形態に係る接合レンズ及び接合部の拡大図。
図4】実施例1に係る光学部材の断面図及び光学特性を示す図。
図5】実施例2に係る光学部材の断面図及び光学特性を示す図。
図6】一実施形態に係る光学機器の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。なお、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。実施形態には複数の特徴が記載されているが、これらの複数の特徴の全てが発明に必須のものとは限らず、また、複数の特徴は任意に組み合わせられてもよい。さらに、添付図面においては、同一若しくは同様の構成に同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0011】
本発明の一実施形態に係る光学部材は、樹脂基材と、樹脂基材上に形成された金属膜と、金属膜上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜とを備える。ここで、樹脂基材と金属膜とは一次結合によって結合している。図1は、一実施形態に係る光学部材の断面図を示す。図1に示す光学部材4は、樹脂基材1上に形成された金属膜2と、金属膜2上に形成された光学膜3とからなる。
【0012】
(樹脂基材)
樹脂基材1の種類は特に限定されず、様々な樹脂材料を用いることができる。樹脂基材1の材料の例としては、ポリエステル系、オレフィン系、ポリエーテル系、アクリル系、スチレン系、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PES(ポリエーテルスルホン)系、ポリスルホン系、PEN(ポリエチレンナフタレート)系、PC(ポリカーボネート)系、又はポリイミド系の樹脂が挙げられる。また、樹脂基材1の材料としては、熱又は光硬化性樹脂を用いてもよく、例えば、芳香族デンドリマーのような多分岐構造を持つ多官能反応性ポリマーを用いることができる。
【0013】
また、樹脂基材1はレンズであってもよい。このレンズの材料も特に限定されないが、成形性及び屈折率特性の観点から、オレフィン系、PC系、アクリル系、スチレン系、ポリエステル系、又はポリウレタン系の樹脂を用いることができる。また、上記のような熱又は光硬化性樹脂を用いることもできる。レンズの性能を向上させるために、樹脂基材1の材料として、高屈折率でアッベ数の小さい材料、例えばPC系又はフルオレン含有ポリエステル樹脂などを用いることができる。もっとも、樹脂基材1の形状は特に限定されない。例えば、光学部材4が赤外カットフィルタ又はUVカットフィルタのようなフィルタであってもよく、この場合、樹脂基材1は平面状の基板であってもよい。
【0014】
樹脂基材は、ガラスなどの無機基材と比較すると、柔軟で軽く、加工性が良い一方で、熱による変形又は変質を起こしやすい。熱による変形又は変質を抑制するために、一実施形態における樹脂基材1は、高耐熱性(高ガラス転移温度Tg)を有しており、例えばガラス転移温度Tgが120℃以上又は140℃以上である。また、吸水による樹脂基材1の変形を抑制するために、樹脂基材1の材料としては、オレフィン系、特にシクロオレフィン系の材料を用いることができる。
【0015】
一実施形態において、樹脂基材1の、e線についての0℃における屈折率と80℃における屈折率との差は0.8%以下であり、又は0.6%以下である。このように、温度による屈折率変化が小さい樹脂基材1は、車載カメラ又は監視カメラ等の使用温度範囲が広い用途に適している。また、一実施形態において、樹脂基材1の、120℃で1500時間経過後の黄変度(YI:イエローインデックス)と初期YIとの差であるΔYIの値は10以下であり、又は8以下である。このように、高温による光学特性変化、すなわち黄変(ΔYI)が小さい樹脂基材1も、車載カメラ又は監視カメラ等の高温環境に設置される用途に適している。また、光学部材の透光性を高めるために、一実施形態において樹脂基材1の可視光波長透過率は80%以上であり、120℃で1500時間経過後の可視光波長透過率は60%以上である。ここで、可視光波長とは400~700nmの波長を指す。
【0016】
本実施形態に係る光学部材は複数種類の樹脂基材1を有していてもよい。例えば、レンズユニットなどのように、複数の基材が同一光学機器に使用される場合、屈折率又はアッベ数の異なる複数の樹脂基材1を用いることにより、収差などの光学特性を調整することができる。樹脂基材1は、異なる樹脂のレンズが接合された接合レンズであってもよい。接合レンズとは、異なる屈折率のレンズが接合されて一体化したレンズであり、同じ曲率の凸面と凹面とを接合することにより作製することができる。このような接合レンズを用いることにより、収差補正を向上することができる。
【0017】
樹脂基材1が接合レンズである場合、樹脂種によらず、各樹脂と金属膜2とが一次結合を形成することができる。このように、レンズの表裏で樹脂の材質が異なっていても、双方において強固な結合を得ることができる。さらに、後述する原子層堆積法(ALD法)はコンフォーマルな膜が形成できる特徴を有するため、接合レンズの主面に加えて、接合レンズの接合部を覆うように金属膜2を形成することができる。このように金属膜2を形成することにより、接合レンズにおけるレンズ同士の接合強度を高めることができる。
【0018】
接合レンズにおけるレンズ同士の接合には、光学用接着剤を使用することができる。ところで、接合レンズの樹脂から光学接着剤がはみ出ていると、接合レンズを光学系に配置する場合に光軸に対する位置合わせが難しくなる。このため、光学接着剤は、接合レンズを形成する各樹脂の位置出し面の端面とつらがあうように(すなわち樹脂の端面と接着剤の端面が揃う)、又は各樹脂の端面に対してやや凹となるように(接着剤が樹脂の端面よりも突出しないように)、塗布されることが多い。ALD法で形成された金属膜2は、微細な構造にも追従して成膜される特性があるので、このように光学接着剤が形成されていても光学接着剤を覆うことができる。例えば、図2に示すように、位置出し面6に対して光学接着剤5が凹に形成されている(すなわち樹脂の端面より内側に接着剤の端面が位置する)場合であっても、光学接着剤5に直接金属膜2が形成される。このため、光学接着剤5に水蒸気などが侵入し、接着強度が低下するのを効果的に抑制することができる。
【0019】
このように、ALD法で形成された金属膜2は、接合部への水蒸気又は酸素の侵入を抑制することができるため、樹脂基材の黄変抑制のために効果的である。より効果的に接着剤の劣化又は樹脂基材の黄変を抑制するためには、後述する光学膜も接合部を覆うようにALD法で成膜することができる。なお、接合レンズにおける、光学接着剤の接着強度低下、又は接合部から侵入する酸素若しくは水蒸気による樹脂基材の黄変抑制の効果は、ALD法によって金属膜以外の膜を形成することでも得ることができる。
【0020】
なお、図2では接合される各樹脂の端部が揃っているが、必ずしもこれらの端部が揃っている必要はなく、例えば図3に示すように一方の樹脂レンズの方が他方の樹脂レンズより大きくなっていてもよい。このような場合、ALD法によれば、樹脂レンズ間の接合部周辺の、大きい樹脂レンズの影となっている部分に対してもコーティングが可能であるため、このような場合であっても接合部及び光学接着剤5を覆うように金属膜2を成膜することが容易である。図3のように、接合部が光軸との位置合わせに影響しない場合、光学接着剤は、位置合わせに影響しない程度に接合部からはみ出していてもよい。なお、ALD法で得られた膜は単原子層の積み重ねであるため、膜厚が略均一である。したがって、金属膜2の膜厚のばらつきによる位置合わせへの影響は少ない。
【0021】
樹脂基材1は、例えば射出成形法で成形することができる。具体的には、固定側鏡面駒及び可動側鏡面駒を突き合わせることで形成される、レンズ部、外周部、及びゲート部などを含むキャビティに、ゲート部より樹脂材料を充填し、樹脂が固化したら金型を開き、基材を取り出す。最後に、ゲート部を切断する。このような方式で、非球面レンズ又は高曲率レンズのような、ガラス材料を用いた場合には加工が難しい形状を有するレンズも比較的容易に作製することができる。なお、樹脂基材1の成形方法は射出成型法には限られず、射出圧縮成型法又は注型重合法などの様々な方法を用いることができる。
【0022】
なお、樹脂基材1が吸着した水分の除去又は成形による内部応力の解放を目的として、金属膜2及び光学膜3を形成する前に、樹脂基材1に対してアニール処理を行うことができる。アニール処理は、80℃程度以上、樹脂基材1のTg程度以下、好ましくは樹脂基材のTgより15℃低い程度の温度以下で、0.5時間以上、より好ましくは1時間以上、24時間以下、より好ましくは12時間以下、行うことが好適である。
【0023】
(金属膜)
金属膜2は、樹脂基材1上に形成されている。金属膜2を構成する金属に特に限定されないが、コストを低減するために卑金属を用いることができる。金属膜2を構成する金属としては、例えばAl、Ni、Ti、Nb、Ta、W、及びHfなどが挙げられる。なお、金属膜2は一種類の金属の分子層から形成されていてもよいし、異なる複数の種類の金属の分子層から形成されていてもよい。
【0024】
金属膜2は金属同士の金属結合によって形成されている。金属結合で形成された膜は、延性に優れ、比較的自由に変形可能である。金属結合においては、特定の原子核の近傍に留まらず全体に非局在化した自由電子と、正電荷をもつ金属の原子核と、の間のクーロン力により金属原子が結びついている。自由電子の移動範囲が広いために、原子核の移動が起きても結合が破壊されにくい。このため、例えば樹脂基材1が熱又は吸水により伸縮しても、金属膜2はこれに追従して変形しやすいため、クラック又は剥離の発生を抑制できる。
【0025】
金属膜2は層(連続膜)を形成している。このように、樹脂基材1と接する金属膜2が層となっていることで、樹脂基材1への酸素及び水蒸気の侵入を抑制することができる。このように樹脂基材1と金属膜2との界面から酸素又は水蒸気の侵入を抑制することにより、樹脂基材1の黄変を抑制することができる。また、このように金属膜2が層を形成することにより、樹脂基材1と光学膜の1層目とが接触する界面が生じることが抑制され、この領域においてクラック又は剥離が発生することも抑制される。このような構成によれば、使用する温度帯域の影響により、大気中の酸素又は水蒸気が樹脂基材1に到達し、樹脂基材1が酸化することにより、光学部材4において可視光波長の短波長領域における吸収が発生することを抑制することができる。
【0026】
ここで、金属膜2がその厚みのために連続膜、すなわち層となっているか否かは、例えば面積抵抗Rsと表面付着重量密度tとの関係から判断することができる。ここで、膜厚は面積当たりの重量に基づいて求めることができる。面積抵抗Rsの対数目盛を縦軸、表面付着重量密度tを横軸とした片対数グラフにおいて、金属膜2が層となっている場合には、表面付着重量密度tにかかわらずRs=ρ/tが成り立つ。ここで、ρは比抵抗を示す。すなわち、ln Rs=ln ρ-ln tが成り立ち、表面付着重量密度tの変化が狭い範囲では、ln tの変化は非常に小さく、面積抵抗Rsは片対数グラフにおいて横軸に略平行となる。一方、金属膜2が層を形成していないとき、Rsは核密度、核の寸法、及び核と核との間の距離等によって決まるため、膜厚依存性を示さない。したがって、面積抵抗Rsは片対数グラフにおいて縦軸に略平行な曲線となる。
【0027】
上記のように、金属膜2は樹脂基材1上に形成されている。一実施形態において、上記のように樹脂基材1を保護するために、金属膜2は樹脂基材1の光学主面を完全に覆っている。一方で、一実施形態において、金属膜2は樹脂基材1の光学主面だけではなく樹脂基材1の端部も覆っている。ここでいう光学主面とは、光学系に光学部材4を搭載した際に光が入射する面及びその対面を指す。樹脂基材1の端部までを金属膜2で覆うことで、樹脂基材1の端部から酸素又は水蒸気が侵入することを抑制できる。このような構成によれば、樹脂基材1の黄変をより効果的に抑制できる。また、このような構成によれば、樹脂基材1が吸湿することによる膨張を抑制できるため、よりクラックが発生しにくくなる。
【0028】
金属膜2は、光学部材4の光学特性(例えば光学膜がAR膜であるときは低反射化特性)を達成するための主な要素ではなくてもよい。このため、金属膜2は光学膜3を形成する各薄膜よりも薄くすることができる。より具体的には、金属膜2は、光学膜3を形成する薄膜のうち最も薄い薄膜より薄くてもよい。具体的には、金属膜2の厚みは5nm以下とすることができる。特に、光学部材4に透光性が求められる場合には、金属膜2を形成することによる光損失、すなわち金属膜2による光吸収は小さい方が好ましい。このような観点から、金属膜2の厚みは3nm以下であることが好ましく、2nm以下であることがより好ましく、1nm以下であることがさらに好ましい。また、一実施形態において、金属膜2は、ALD法により成膜されているため、少なくとも1原子層の厚みを有する。このような薄さの連続層(樹脂基材1の光学主面を破綻なく覆う層)は、後述するALD法により形成することができる。
【0029】
一実施形態において、金属膜2は樹脂基材の両面に形成されており、550nmにおける光透過率が60%以上である。このような光学部材4は、例えば、金属膜2の膜厚を3nm以下程度とすることにより得ることができる。なお、光学膜がAR膜ではない場合であっても、光学膜3の持つ光透過領域における金属膜2の光吸収は小さいことが好ましい。例えば、光学膜3が赤外領域に透過領域を有する場合、この透過領域(例えば700nm~1200nmの赤外領域)における、光学部材4の分光透過率が60%以上となるように、金属膜2の膜厚を選択することができる。
【0030】
(一次結合)
金属膜2は、樹脂基材1と一次結合によって結合している。一次結合とは、化学的結合力であって、一般的には共有結合、イオン結合、及び金属結合を指す。もっとも、樹脂基材1と金属膜2とが金属結合することはないので、この一次結合は実質的には共有結合又はイオン結合であり、好ましくは共有結合である。一次結合は、アンカー効果のような機械的結合及び分子間力のような二次結合とは区別される。もっとも、金属膜2と樹脂基材1とが、一次結合に加えてこれらの結合により結合していてもよい。一実施形態において、金属膜2と樹脂基材1との結合には一次結合が主要な役割を果たしており、すなわち金属膜2は樹脂基材1と主に一次結合によって結合している。
【0031】
樹脂基材1と金属膜2との結合は、例えばXPS(X-ray photoelectron spectroscopy)によって評価できる。金属膜2を構成する金属元素をM、樹脂基材1の炭素原子をCとしたとき、樹脂基材1と金属膜2との一次結合はC-O-Mで表すことができる。したがって、光学部材4においては、樹脂基材1と金属膜2との界面において、一次結合の結果生じるO-M結合及びC-O結合がそれぞれ検出される。例えば、XPSによって樹脂基材1と金属膜2との界面を含む領域の測定を行った場合に、O-M結合が検出された場合、樹脂基材1と金属膜2とは一次結合によって結合していると評価できる。
【0032】
また、全てのMを含む結合のうち、O-M結合の割合をPO-M、全てのCを含む結合のうち、C-O結合の割合をPC-Oとする。このとき、PO-M/PC-Oが0.1以上であることが好ましく、0.2以上であることがより好ましい。また、PO-M/PC-Oが10.0以下であることが好ましく、5.0以下であることがより好ましい。樹脂基材1と金属膜2とが主に一次結合により結合している場合、PO-M/PC-Oはこのような範囲をとることができる。なお、PO-Mは、樹脂基材1の分子骨格にC-O結合を含む場合は、分子骨格に由来するC-O結合を差し引くことにより求められる。
【0033】
樹脂基材1と金属膜2との結合は、密着強度によって評価することもできる。密着強度は例えば、超薄膜スクラッチ試験機(CSR-2000:レスカ社製)を使用したマイクロスクラッチ法で評価することができる。マイクロスクラッチ法はレコード針型のセンサに取り付けられた触針に荷重を増加させながら試料を触針で引っ掻き、薄膜のはく離が生じる荷重値を取得するものである。ここで得られた荷重値に基づいて樹脂基材1と金属膜2との密着強度を評価することができる。樹脂基材1と金属膜2とが一次結合で結びついている場合には、真空蒸着法にて樹脂基材1上に金属膜2を成膜した場合と比較して、荷重値が大きくなる。また、樹脂基材1と金属膜2とが主に一次結合で結びついている場合には、真空蒸着法にて樹脂基材1上に金属膜2を成膜した場合と比較して、荷重値が120%以上となり、好ましくは150%以上となる。なお、真空蒸着法にて樹脂基材1上に金属膜2を成膜した場合には、樹脂基材1と金属膜2とは主に一次結合で結びついていない。
【0034】
XPSによる分析と、マイクロスクラッチ法による評価の、いずれか一方により、樹脂基材1と金属膜2との結合が一次結合であると評価される場合、樹脂基材1と金属膜2との結合が一次結合であると考えられる。双方の評価において樹脂基材1と金属膜2との結合が一次結合であると評価されることは、樹脂基材1と金属膜2との結合が一次結合であるとより強く考えられる点で好ましい。
【0035】
(金属膜の形成方法)
樹脂基材1に一次結合によって結合するように金属膜2を形成する方法としては、原子層堆積法(ALD法:Atomic Layer Deposition)が挙げられる。ここで、ALD法について説明する。ALD法はCVD(Chemical Vapor Deposition)と類似の気相薄膜形成法である。CVDでは反応チャンバー内に2種のプリカ―サーを同時に導入し、反応生成物が基板に堆積していくのに対し、ALDで反応チャンバー内に導入するプリカ―サーは1種のみ(第一のプリカ―サー)であり、基板に吸着されなかった第一のプリカ―サーは、チャンバー外に排出される。その後、基材と吸着している第一のプリカ―サーは、第二のプリカ―サー、酸素、又はプラズマなどの作用により、酸化又は還元されて層となる。この時、基材1と形成される層とは一次結合により結び付き、すなわち樹脂基材1と金属膜との間には一次結合(共有結合又はイオン結合)が形成される。
【0036】
なお、樹脂基材1上に金属膜2を形成する場合は、第一のプリカ―サーをチャンバー内に導入する前に、プラズマ又はオゾン処理などにより、樹脂基材1の表面に水酸基(OH基)を形成する。すなわち、樹脂基材1の表面の炭素原子をCとした時、樹脂基材1の表面にはC-OHの構造が形成される。金属膜2の原料となる第一のプリカ―サーの金属種をMとした時、第一のプリカーサーをチャンバー内に導入すると、樹脂基材1の表面のC-OHのOHとMとが結びつきM-OH結合を形成するように、Mは樹脂基材1の表面に吸着される。そして、第二のプリカ―サー、酸素、又はプラズマなどの作用により、Mの配位子又はM-OHの水素が脱離させる。このようにして、樹脂基材1と金属膜2の間にはC-O-Mで表される一次結合が生じる。このように、金属膜2のうち、樹脂基材1と金属膜2との界面層である1層目は、主に共有結合又はイオン結合により結合する。一方で、金属膜2を形成する2層目以降の層は、金属同士の結合、すなわち金属結合を形成していると考えられる。
【0037】
ところで、ALD法では、露出している基材全面にプリカ―サーが吸着される一方で、プリカ―サー同士での反応は基本的に起きない。このため、成膜領域の全面で単原子層が均一に形成される。すなわち、ALD法により形成された金属膜2は、原子層が堆積した層であるといえる。すなわち、ALD法によれば、形状追従性が良好な膜を形成することができ、膜厚制御精度も非常に高くなる。また、ALD法により成膜された金属膜2は、膜厚が薄い場合であっても連続した層を形成しやすいため、他のプロセスで成膜した金属膜よりもガスバリア性が高い。
【0038】
ここで、ALD法としては、熱により反応を促進するサーマルALD法と、プラズマにより反応を促進するPEALD法(Plasma Enhanced Atomic Layer Deposition)とが知られている。樹脂基材1の耐熱性及び使用するプリカ―サーなどを考慮して、適宜最適な手法を選択すればよい。
【0039】
なお、樹脂基材と主に一次結合によって結合していない金属膜は、真空蒸着法又はスパッタリング法などの物理蒸着(以下PVD)により形成できる。PVDによる金属膜の成超過程としては、核成長型、単層成長型、及びその複合型の3タイプが存在することが知られている。ここで、単層成長型及び複合型は、ある特殊な条件の時のみ起きる。前者の条件は、例えば基材が原子レベルで平滑である、基材表面原子格子間隔と金属膜原子格子間隔とが等しい又は小さい整数比をとる、又は基材に入射する金属原子の表面移動が盛んである(基材温度が高温である)時である。また、後者の条件は、例えば金属基材に金属膜を特定の条件で成膜する時などである。すなわち、樹脂基材に成膜を行う場合、基本的に金属膜は核成長型の成長を行う。
【0040】
核成長においては、樹脂基材の表面に入射した金属原子は、一部は反射し、一部は基材に吸着される。吸着された金属原子は、基材の表面を移動しながら、一部は再蒸発し、一部は別の金属原子との2体粒子を形成する。これを繰り返すことにより、複数個の金属原子の結合体であるクラスタが形成される。クラスタは基材表面に存在する金属原子との衝突及び単原子の放出を繰り返し、クラスタ構成原子数がある臨界値を超えると安定核(島)となる。安定核はさらに成長を続け、隣接する安定核と合体することで連続膜(層)となる。ここで、安定核が連続膜になる膜厚は、基材、膜種、又は成膜条件にもよるが、およそ6nm程度である。すなわち、PVDで樹脂基材上に層として金属膜を形成する場合には、金属膜は6nm程度以上の厚みを有することとなる。しかしながら、樹脂基材の両面に厚さ6nm程度の金属膜を形成すると、光学部材全体の550nmにおける光透過率が60%未満になる可能性が高い。
【0041】
(光学膜)
光学膜3は、金属膜上に形成されており、特定波長に透光性を有する。透光性を有するとは、特定波長における透過率が80%以上であることを指す。光学膜3の種類は、例えばAR膜、赤外カット膜、紫外線カット膜、又は赤外パス膜などである。これらの膜においては、屈折率の異なる薄膜の光干渉によって所望の分光特性を得ることができる。このように、光学膜3は、複数の薄膜を積層した構成を有することができる。例えば、光学膜3は、複数の屈折率の薄膜の積層構造を有していてもよい。光学部材4の主な光学特性は、光学膜3によって得られる。
【0042】
例として、AR膜(反射防止膜)について説明する。AR膜では、低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層することで、所望の波長領域における低反射が実現される。なお、AR膜の最表層(反射防止層)は低屈折率層とすることができる。AR膜に用いる低屈折率層及び高屈折率層としては、MgF、SiO、Al、MgO、HfO、ZrO、LaTi(LaTiO)、Si、Ta、Nb、又はTiO等を用いることかできる。
【0043】
AR膜全体の応力が極力小さくなるように、低屈折率層及び高屈折率層としては、互いに異なる方向の応力を持つ材料を選択することができる。例えば、相反する応力を持ち且つ屈折率差が大きい材料として、低屈折率材料としては圧縮応力を持つSiOを、高屈折率材料としては引張応力を持つTiOを選択することができる。屈折率差が大きいことは、所望の分光特性を得るために必要な積層数(膜厚)を減らすことができるために、クラック抑制に寄与する。
【0044】
光学膜3の少なくとも1層をAlの層とすることができる。Alはガスバリア性が高いため、樹脂基材1を用いた光学部材4において、樹脂基材1が酸素などの影響で酸化することで発生する光学特性の変化(例えば黄変)を抑制することができる。Alの層は複数層設けてられていてもよい。この場合、ガスバリア性を有効に活用するために、Alの層は、基材に近い場所及び表面に近い場所に配置することができ、特にAR膜の1層目及び最表層である反射防止層の直下に設けることができる。
【0045】
樹脂基材1を用いる場合、AR膜は4層以上で構成されることが好ましくは、6層以上で構成されることがより好ましい。一方で、AR膜は12層以下で構成されることが好ましくは、10層以下で構成されることがより好ましい。AR膜のような積層体は、積層数が増えるほどガスバリア性能が高くなる傾向がある。これは、仮に積層体を形成する層に欠陥があっても、他の層において同じ領域に欠陥が無ければ樹脂基材1に酸素又は水蒸気などのガスが到達しにくいからである。すなわち、積層数が多い方が、AR膜を形成する層に微小な膜欠陥が生じた場合であっても樹脂基材1の黄変などの変質を抑制しやすい。一方で、積層数を増やし過ぎると、特にレンズのように曲率を有する樹脂基材1を用いたとき、膜応力によってAR膜にクラックが入りやすくなる。ここでいう積層数とは、光干渉を発現する薄膜の積層数を指す。
【0046】
AR膜の膜厚は、200nm以上であることが好ましく、250nm以上であることがより好ましい。一方で、600nm以下であることが好ましく、500nm以下であることがより好ましい。膜厚を厚くすることにより、薄膜の干渉効果による反射防止効果を得やすくなり、またAR膜によるガスバリア効果が向上する。一方で、膜厚を薄くすることにより、クラックが発生しにくくなる。
【0047】
また、最表層である反射防止層を除く、低屈折率層及び高屈折率層の各層の膜厚は80nm以下であることが好ましい。各層の膜厚を薄くすることにより、その層の応力を小さくすることができ、特にレンズ基板に成膜した場合にクラック又は剥離が発生することを抑制できる。最表層は反射防止のため、対象波長λにおける光学膜厚が略λ/4となるように形成することができる。
【0048】
ここまで、レンズ基板にAR膜を形成する場合の好適な条件を説明した。もっとも、形成する光学膜に合わせて適宜好適な条件を選択することができる。例えば、赤外カット膜又は赤外パス膜のように、光学特性を得るために多くの積層数及び膜厚を必要とする光学膜を形成する場合は、クラックが発生しない程度に積層数及び膜厚を決定することができる。
【0049】
光学膜3は、金属膜2と同様に、ALD法で成膜してもよい。一方で、光学膜3は、CVD法、又はスパッタリング法、イオンプレーティング法、若しくは真空蒸着法などのPVD法により成膜してもよい。樹脂基材1としてレンズを用いる場合など、コンフォーマル性が重要視される用途では、光学膜3をALD法で成膜することは有利である。一方で、生産性を重視する場合には、ALD法よりも成膜速度が速い、CVD法又はPVD法を選択することができる。また、必要に応じて、光学膜3を複数の方法を用いて成膜してもよく、例えばAR膜の一部をALD膜、残りの部分をCVD法又はPVD法で成膜してもよい。
【0050】
ここまで、光学膜3の各層が単一の物質で構成される場合について説明した。一方で、ALD法の特性を利用して、光干渉を発現しないレベルの分子層を積層することにより光学膜3を形成してもよい。例えば、屈折率が互いに異なる分子層を積層することで、その中間的な屈折率を有する層を形成することができる。このような手法によれば、膜設計の自由度が上がる。また、応力方向が互いに反対の分子層を積層することで、膜応力が非常に小さい層を形成することができ、光学膜3にクラックが発生することを抑制することができる。
【0051】
本発明の一実施形態に係る光学部材4は、樹脂基材1と一次結合によって結合する金属膜2を有することにより、上記のように耐クラック及び耐黄変性のような耐久性が向上する。特に、光学部材4は、過酷環境下での耐久性が向上する。過酷環境下での耐久性は、例えば、高温試験(120℃/3000hr)又は高温高湿試験(85℃85%/2000hr)後により生じるクラック及び黄変度(ΔYI)を評価することにより確認することができる。
【0052】
ΔYIは以下のように算出することができる。ΔYIは試験後のYIから試験前のYIを引くことにより得られる値であり、試験前後のYIは式(1)に従って算出される。式(1)において、X、Y、及びZは、スペクトルデータ(T)にD65イルミナントの相対出力(S)と心理物理量である標準観測者の三刺激値(x、y、z)を波長(λ)ごとに掛け合わせて得られる値の総量である。YIは2度視野で算出し、Cx及びCzは以下に示す係数を使用している。スペクトルデータ(T)は分光光度計(例えばU-4100:日立ハイテク社製)を用いて測定することができる。
【数1】
【数2】
【0053】
本発明の一実施形態に係る、樹脂基材1と一次結合によって結合する金属膜2を有する光学部材4は、例えば、高温試験(120℃/3000hr)及び高温高湿試験(85℃85%/2000hr)後にクラックが確認されない。とりわけ、樹脂基材上に真空蒸着法によって形成された金属膜を有し、光学部材4と同様の層構成を有する光学部材において、高温試験(120℃/3000hr)又は高温高湿試験(85℃85%/2000hr)によってクラックが確認される場合であっても、本発明の一実施形態に係る光学部材4には、同様の高温試験又は高温高湿試験後にクラックが確認されない。本発明の一実施形態によれば光学部材にクラックが発生しにくくなり、これは金属膜2の樹脂基材1に対する密着性が良好となるためと考えられる。
【0054】
また、本発明の一実施形態に係る、樹脂基材1と一次結合によって結合する金属膜2を有する光学部材4は、例えば、高温試験(120℃/3000hr)及び高温高湿試験(85℃85%/2000hr)後におけるΔYIが低く、例えば4以下である。とりわけ、樹脂基材上に真空蒸着法によって形成された金属膜を有し、光学部材4と同様の層構成を有する光学部材において、高温試験(120℃/3000hr)又は高温高湿試験(85℃85%/2000hr)にΔYIが高く、例えば9以上となる場合であっても、本発明の一実施形態に係る光学部材4では、同様の高温試験又は高温高湿試験後のΔYIがより低く、例えば4以下になる。このように、本発明の一実施形態によれば光学部材の黄変が抑制され、これは膜欠陥の少ない良質な金属膜2が設けられるためと考えられる。
【0055】
また、本発明の別の一実施形態に係る光学部材4は、樹脂基材1と、樹脂基材1上に形成された、厚さ3nm以下の金属膜2と、金属膜2上に形成された、特定波長に透光性を有する光学膜3と、を備える。このような光学部材4は、例えば、上述のように連続膜である金属膜2をALD法により設けることにより、作製することができる。このような構成によれば、上述のように、光学部材4の光透過性を維持しながら、耐久性(例えば過酷環境下での耐クラック及び耐黄変性)を高めることができる。
【0056】
(製造方法)
本発明に係る光学部材4の製造方法について説明する。以下では、金属膜2及びAR膜である光学膜3を共にALD法で成膜する場合について説明する。しかしながら、光学部材4の製造方法は以下の方法には限定されず、例えば、光学膜3はAR膜以外の膜であってもよいし、AR膜を他の手法で成膜してもよい。以下では、金属膜2はNiであり、AR膜の1層目はAl、以降はSiOとTiOとの交互積層体である場合について説明する。
【0057】
まず、樹脂基材1を成膜冶具にセットし、チャンバーに投入する。樹脂基材1を反応チャンバーに投入したら、真空ポンプを用いてチャンバー内を所望の圧力とする。また、必要に応じてヒータを用いて樹脂基材1又はチャンバー内の温度を調整する。ここで、アニール処理として、成膜開始前に樹脂基材1を一定時間チャンバー内で保持してもよい。
【0058】
成膜の準備が出来たら、樹脂基材1上に金属膜2の第一のプリカ―サーが吸着できるサイト、例えばOH基を設ける。OH基を設けるには、例えばプラズマ又はUV/Oなどを用いることができる。また、例えば水分子をプリカ―サーとして用いることにより基板にOH基を吸着させてもよい。次に、形成する金属膜2の原料ガスである第一のプリカ―サー(この例では、Ni(Cp):ビス(シクロペンタジエニル)ニッケル(II))を基板に吸着させる。この時、第一のプリカ―サーが吸着できるのは樹脂基材1に形成されたOH基が露出している箇所であるから、吸着された第一のプリカ―サーは樹脂基材1の形状にかかわらず成膜面に単分子層を形成する。
【0059】
次に、成膜面に吸着されなかった余剰の第一のプリカ―サー及び第一のプリカ―サーが成膜面に吸着される際に生成したガスをパージ(排除)する。そして、成膜面に吸着された第一のプリカ―サーを酸化又は還元する第二のプリカ―サー、若しくはラジカル・オゾン・プラズマを用いて、樹脂基材1に吸着された第一のプリカ―サーから配位子を取り除く。こうして、樹脂基材1上に金属層2を構成するNiの単分子膜が形成される。
【0060】
続けて、樹脂基材1上に形成されたNi膜に、さらに第一のプリカーサーを吸着させる。2回目以降は、必ずしもOH基のような第一のプリカ―サーが吸着するサイトを設けなくても金属層2の形成は進行する。この場合は、成膜面、すなわち樹脂基材1上に既に形成されている金属層に、第一のプリカ―サーが、例えば配位子の一部を脱離しながら吸着される。既に形成されている金属層に第一のプリカ―サーが十分に吸着されたら、余剰の第一のプリカ―サー及び第一のプリカ―サーが成膜面に吸着される際に生成したガスをパージする。さらに、成膜面に吸着された第一のプリカ―サーを酸化若しくは還元させる第二のプリカ―サー、又はラジカル・オゾン・プラズマなどを用いて、成膜面に吸着された第一のプリカ―サーから配位子を取り除く。こうして、さらなる金属膜2を構成するさらなるNi膜が形成される。2回目以降においては、Ni膜は既に形成されているNi膜と金属結合を形成するものと考えられる。このプロセスを繰り返すことにより、所望の膜厚を有する金属膜2を形成することができる。
【0061】
この例では第一のプリカ―サーとしてNi(Cp)を使用したが、第一のプリカ―サーはこれに限定されない。第一のプリカ―サーとしては、例えば、Ni(dmamb)、Ni(hfip)、Ni(iPrMeCOCNtBu)、Ni(acac)、Ni(acac)(tmeda)、又はNi(Chex)(Cp)などの有機ニッケル錯体を使用することができる。上記の例では金属膜2としてNiを用いたが、他の金属を用いる場合には、これに応じた有機金属錯体を第一のプリカーサーとして使用できる。
【0062】
また、第二のプリカ―サーとしては、例えば、H、NH、O、HO、N、又はCHOHなどを、単独で、又は適宜混合して使用することができる。なお、各プリカ―サーの導入時にはキャリアーガス、例えばN又はArなどの不活性ガスを利用することができる。
【0063】
上記のサイクルを繰り返すことにより所望の膜厚の金属膜2を得た後は、光学膜3としてAR膜を成膜する。まず、金属膜2に、AR膜の1層目であるAl層を形成するための第一のプリカ―サー(TMA:トリメチルアルミニウム)が吸着するサイトであるOH基を設ける。OH基を設けるためには、例えばプラズマ又はUV/Oなどを用いてもよいし、例えば水分子をプリカ―サーとして用いてもよい。
【0064】
次に、反応チャンバー内にTMAを供給する。この時、TMAはCHを脱離しながら、金属膜上のOH基と結びつく。次に、余剰のTMA及び生成したCHをパージにより排除する。パージには、例えばNやArなどの不活性ガスを用いることができる。次に水分子を第二のプリカ―サーとし成膜チャンバー内に供給する。すると、金属膜2に吸着されている第一のプリカ―サーが有する未脱離のメチル基がOH基に入れ替わる。この後、さらに第一のプリカーサーであるTMAを供給することで、再びCHを生成しながらOH基にTMAが吸着する。このサイクルを繰り返すことにより、所望の膜厚のAl層が形成される。
【0065】
次に、SiO層を成膜する。SiO層は、第一のプリカ―サーとしてTDMAS(トリスジメチルアミノシラン)を、第二のプリカ―サーとして水分子を使用することで、上述のAl層と略同様の成膜プロセスで成膜できる。
【0066】
所望の膜厚を有するようにSiO層を成膜したら、TiO層を成膜する。TiO層は、例えば第一のプリカ―サーとしてTDMAT(テトラキス(ジメチルアミノ)チタン)を、第二のプリカ―サーとして水分子を用いることで、上述のAl層と略同様の成膜プロセスで成膜できる。
【0067】
上記の例では、Al層、SiO層、及びTiO層を形成するための第一のプリカ―サーとして、それぞれTMA、TDMAS、及びTDMATを用いたが、第一のプリカ―サーはこれらには限られない。例えば、Al層を形成するためには、第一のプリカーサーとして三塩化アルミニウム、トリメチルアルミニウム、トリエチルアルミニウム、クロロジメチルアルミニウム、アルミニウムエトキシド、アルミニウムイソプロキシド、又はアルミニウムセクブトキシドなどを用いることができる。また、SiO層を形成するためには、第一のプリカーサーとして四塩化シラン、ビスジイソプロピルアミノシラン、ビスジエチルアミノシランなどを用いることができる。また、TiO層を形成するためには、第一のプリカーサーとして、四塩化チタン、テトラキス(エチルメチルアミド)チタン、又はチランイソプロキシドビス(アセチルアセトナート)などを用いることができる。
【0068】
(光学機器)
一実施形態に係る光学機器は、光学部材4と、光学部材を通過した光の像を撮像する撮像素子と、を備える。図6は、このような光学機器の一例である光学機器21を示す。光学機器21は、レンズ鏡筒11、レンズ13~16、及び絞り17を備えるレンズユニット20を含み、さらに保護フィルタ12、カバーガラス18、及び撮像素子19を備える。レンズユニットに入射した光は、レンズ13~16により、CCD又はCMOSセンサのような撮像素子19に集光される。撮像素子19に集光された光は、撮像素子19において電気信号に変換され、必要に応じて映像化される。
【0069】
ここで、レンズユニット20が有するレンズ13~16のうち、少なくとも1つは、上記の光学部材4である。すなわち、レンズユニット20を構成するレンズのうち少なくとも1つのレンズは、樹脂基材1上に少なくとも金属膜2と光学膜3が形成された構造を有する。レンズユニット20に搭載されるレンズ13~16は、ガラスレンズ及び樹脂レンズ等の様々なレンズの組み合わせでありうる。ガラスレンズを使用する場合、撮像素子19から最も遠いレンズ13が最も酸素及び水蒸気と接しやすいことから、レンズ13として劣化しにくいガラス製レンズを用いることができる。
【0070】
絞り17は、撮像素子19に不要な光が入射するのを防ぐ機能を持つ。絞り17は、レンズ13~16のそれぞれの間に設けてもよいし、レンズ13~16の間の一部のみに設けてもよい。光学機器21が車載カメラ又は監視カメラなどのように過酷な温度条件で使用する場合には、金属製の基板で形成された絞り17を用いることができる。このような金属製の絞り17の材料としては、例えば、陽極酸化により黒化された金属板、又は光吸収機能を有する膜を蒸着などにより形成された金属板を用いることができる。
【0071】
保護フィルタ12は、レンズユニット20を紫外線、汚れ、又は破損から保護するためのフィルタである。保護フィルタ12は、UVカット、撥水、撥油、親水、又はハードコートなどの機能を有することができる。更に、保護フィルタ12は、可視領域の波長のうち一部をカットする機能を有していてもよい。
【0072】
レンズ13~16の材料として樹脂基材を使用する場合、黄変により、主に可視領域の短波長領域において、光吸収が発生することがある。樹脂基材の黄変前後で透過率のばらつき、すなわち撮像素子19に入射する光量のばらつきを抑えるためには、この領域における光透過を予め制限することができる。例えば、黄変の影響を大きく受ける光波長450nm程度以下の波長をカットすることで、効果的に黄変前後の撮像素子19に入射する光のばらつきを小さくすることができる。このようなカット機能は、例えば低屈折率層と高屈折率層を交互に複数層積層させることで、光干渉効果により得ることができる。なお、保護フィルタ12は必ずしも設ける必要はない。一方で、最も撮像素子19から遠いレンズ13が保護フィルタ12の機能を有していてもよい。
【0073】
カバーガラス18は、撮像素子19に異物などが付着するのを防止するために設けられる。カバーガラス18の材料は、ガラス材であってもよいし、水晶基板などを用いることもできる。なお、カバーガラス18は近赤外カット機能を有していてもよい。撮像素子19に入射した光を映像化する場合、撮像素子19が近赤外領域における感度を有していると、映像の色合いと人の目に見える色合いとの間に差異が出ることがある。このような時には、近赤外領域の光が撮像素子19に入射するのを抑制するために、カバーガラス18に赤外カット膜等を形成することができる。赤外カット膜は、光干渉効果を用いて実現することができ、例えば低屈折率層と高屈折率層とを交互に複数層積層させることで設けることができる。また、カバーガラス18の材料として、近赤外領域に吸収を有する金属イオンなどの材料が練り込まれた赤外吸収ガラスを用いてもよい。
【0074】
樹脂基材の黄変を抑制するために、レンズ鏡筒11内は窒素やアルゴンなどの不活性ガスで充填してもよい。また、レンズ鏡筒11内に、鉄などの脱酸素剤を、光路に入らないように配置してもよい。このような構成によれば、樹脂基材が酸素と接触する機会が抑制され、酸化による変色、例えば黄変を抑制できる。
【0075】
図6に示すレンズユニット20は4枚のレンズで構成されているが、レンズの枚数に制限はなく、4枚より多くてもよいし、少なくてもよい。なお、図6に示す光学機器21は、レンズである光学部材4を有しているが、レンズ以外の、赤外カットフィルタ又はUVカットフィルタのような光学部材4を有していてもよい。
【0076】
[実施例1]
図4(A)は実施例1に係る光学部材の構成図を、図4(B)は実施例1に係る光学部材の分光特性を、それぞれ示す。なお、図4では説明のために樹脂基材の片面に光学膜が形成された様子が示されているが、実際には同じ光学膜が樹脂基材の反対面にも成膜されている。実施例1において、基材はシクロオレフィン系樹脂製の平板樹脂基材(Φ=20mm、t=2mm)又は樹脂レンズであり、樹脂基材1上にPEALD法によりNi膜を、Ni膜上に同じくPEALD法でAR膜を成膜している。Ni膜の膜厚は1nmである。AR膜の1層目はAl膜であり、AR膜の2層目以降はTiOとSiOとの交互積層構造である。
【0077】
実施例1に係る光学部材の透過率の評価結果によれば、光学部材は可視光波長領域において80%以上の透過率を保つ。また、実施例1に係る光学部材の反射率の評価結果によれば、反射率は可視光波長領域において1.5%以下となっている。
【0078】
[実施例2]
図5(A)は実施例2に係る光学部材の構成図を、図5(B)は実施例2に係る光学部材の分光特性を、それぞれ示す。実施例2において、基材はシクロオレフィン系の平板樹脂基材(Φ=20mm、t=2mm)又は樹脂レンズであり、樹脂基材1上にALD法によりNi膜を、Ni膜上にイオンプレーティング法によりAR膜を成膜している。本実施例では、ALD法などと比較して、異なる膜材料を積層することが容易である真空蒸着法の1つであるイオンプレーティング法を、AR膜の成膜のために用いている。Ni膜の膜厚は1nmである。AR膜はSiOとTiOとの交互積層構成と、ガスバリア性向上を目的に最表層の直下に設けられたAl層と、反射防止層として機能するように最表層として設けられた、屈折率が低いために低反射化のために有利なMgF層とを含む。
【0079】
実施例2に係る光学部材の透過率の評価結果によれば、光学部材は可視光波長領域において80%以上の透過率を保つ。また、実施例2に係る光学部材の反射率の評価結果によれば、反射率は可視光波長領域において1.0%以下となっている。
【0080】
発明は上記実施形態に制限されるものではなく、発明の精神及び範囲から離脱することなく、様々な変更及び変形が可能である。従って、発明の範囲を公にするために請求項を添付する。
【符号の説明】
【0081】
1:樹脂基材、2:金属膜、3:光学膜、4:光学部材、5:光学接着剤、6:位置出し面、11:レンズ鏡筒、12:保護フィルタ、13~16:レンズ、17:絞り、18:カバーガラス、19:撮像素子、20:レンズユニット、21:光学機器
図1
図2
図3
図4
図5
図6