IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人福井大学の特許一覧

特開2024-160865香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム
<>
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図1
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図2
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図3
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図4
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図5
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図6
  • 特開-香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024160865
(43)【公開日】2024-11-15
(54)【発明の名称】香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラム
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20241108BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20241108BHJP
【FI】
A23L5/00 H
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076337
(22)【出願日】2023-05-02
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】内村 智博
【テーマコード(参考)】
2G041
4B035
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA03
2G041EA05
2G041FA30
2G041GA06
2G041GA15
2G041GA19
2G041LA06
2G041LA08
4B035LC01
4B035LK02
4B035LP59
4B035LT20
(57)【要約】
【課題】香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計方法を提供すること。
【解決手段】本発明の香りの設計方法は、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意工程と、前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計工程と、を含むことを特徴とする。前記特徴量は、前記香り物質を含むサンプルを口腔内に投与した場合における前記口腔から前記鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化を質量分析装置で測定した結果から求められた近似式、または該近似式に係る定数であることが好ましい。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意工程と、
前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計工程と、を含むことを特徴とする香りの設計方法。
【請求項2】
前記特徴量は、前記香り物質を含むサンプルを口腔内に投与した場合における前記口腔から前記鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化を質量分析装置で測定した結果から求められた近似式、または該近似式に係る定数である請求項1に記載の香りの設計方法。
【請求項3】
前記質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置である請求項2に記載の香りの設計方法。
【請求項4】
前記近似式は、前記香り物質の強度の測定開始からの経過時間をt[秒]、前記経過時間t[秒]での前記香り物質の強度をyとして、前記香り物質の強度の時間変化の波形から、前記測定開始から所定時間経過後を近似開始点として算出されたものであり、
前記近似開始点における強度初期値をy、第n番目(nは2以上の整数)の指数関数項についての強度定数をA、時定数をτとしたときに、下記式:
y=y+Aexp(-t/τ)+ … +Aexp(-t/τ
で表される請求項2または3に記載の香りの設計方法。
【請求項5】
前記設計工程において、前記香りの設計は、複数の前記香り物質について得られた強度と時間変化との特性を評価し、それらを組み合わせることによって行う請求項1または2に記載の香りの設計方法。
【請求項6】
香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、前記組成物中に含まれる前記香り物質を質量分析装置で測定し、前記香り物質の強度の時間変化の波形を取得する第1の工程と、
前記第1の工程で取得された前記波形から、前記香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出する第2の工程と、を含むことを特徴とする香りの分析方法。
【請求項7】
コンピューターに、
香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意ステップと、
前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計ステップと、を実行させることを特徴とする香りの設計プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香りの設計方法、香りの分析方法、および、香りの設計プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
飲食物を飲みこんだ際に、口腔から鼻腔に抜ける香りであるレトロネーザルアロマは、実際に飲食中に感じられる風味であり、美味しさと密接に関わることからその把握に注目が集まっている。
【0003】
消費者の嗜好や商品設計に合う香料の開発が香料業界には求められている。要求を満たす開発を行うためには、口腔用組成物を口内に投与する際、あるいは飲食物を喫食する際に感じる風味に対して寄与度の大きいレトロネーザルアロマの特徴を把握することが重要である。
【0004】
従来は、熟練したフレーバーリストの経験および感性によって得られた知見によって、レトロネーザルアロマの特徴を把握してきたが、客観性という点では課題となっていた。
【0005】
鼻から呼気として抜けるレトロネーザルアロマについては、人の嗅覚でテストする主観的評価だけでは、個人差や体調、あるいは嗅覚の影響や心理的影響等から定量化は困難である。機器を用いる客観的な評価方法としてプロトン移動反応質量分析法(PTR-MS)等が行われているが、一呼吸ずつの変化を細分化して繰り返し計測することは容易ではない。また食品を咀嚼、嚥下した場合、複数成分のモニタリングが必要であるが、成分数が多くなるとデータが相互に干渉するため、個々のレトロネーザルアロマ成分の変化の評価が難しい。
【0006】
また、各種香り物質の口腔での香気の発現特性、言い換えると、例えば、香りの初発性あるいは持続性をこれまでのようにフレーバーリストの経験に頼ることなく、簡便、客観的かつ効率的に評価する方法が報告されている(例えば、特許文献1)。
【0007】
しかしながら、この方法では、客観的指標の算出方法および吸着剤を使用した探索方法が独自の手法となっており、かつ、限られた商品形態を対象としているため、飲食物を喫食時のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価した結果を基に、飲食物用の香料組成物を作製する方法とは言えない。
【0008】
口腔用組成物を投与時のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物用の香り物質の調製に有用な指標が求められている。また、口腔用組成物を投与時のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価した結果を基に、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことができる方法が求められているが、十分なものは提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009-031138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計方法を提供すること、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価することが可能な香りの分析方法を提供すること、および、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の香りの設計方法は、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意工程と、
前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の香りの設計方法において、前記特徴量は、前記香り物質を含むサンプルを口腔内に投与した場合における前記口腔から前記鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化を質量分析装置で測定した結果から求められた近似式、または該近似式に係る定数であることが好ましい。
【0013】
本発明の香りの設計方法において、前記質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置であることが好ましい。
【0014】
本発明の香りの設計方法において、前記近似式は、前記香り物質の強度の測定開始からの経過時間をt[秒]、前記経過時間t[秒]での前記香り物質の強度をyとして、前記香り物質の強度の時間変化の波形から、前記測定開始から所定時間経過後を近似開始点として算出されたものであり、
前記近似開始点における強度初期値をy、第n番目(nは2以上の整数)の指数関数項についての強度定数をA、時定数をτとしたときに、下記式:
y=y+Aexp(-t/τ)+ … +Aexp(-t/τ
で表されることが好ましい。
【0015】
本発明の香りの設計方法において、前記設計工程において、前記香りの設計は、複数の前記香り物質について得られた強度と時間変化との特性を評価し、それらを組み合わせることによって行うことが好ましい。
【0016】
本発明の香りの分析方法は、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、前記組成物中に含まれる前記香り物質を質量分析装置で測定し、前記香り物質の強度の時間変化の波形を取得する第1の工程と、
前記第1の工程で取得された前記波形から、前記香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出する第2の工程と、を含むことを特徴とする。
【0017】
本発明の香りの設計プログラムは、コンピューターに、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意ステップと、
前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計ステップと、を実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計方法を提供すること、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価することが可能な香りの分析方法を提供すること、および、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計プログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】香り物質の強度の時間変化の測定装置の一構成例を模式的に示す図である。
図2】飛行時間型質量分析装置の一構成例を模式的に示す図である。
図3】香り物質の強度の時間変化の波形の一例を示すグラフである。
図4】香り物質の強度の時間変化の波形を近似させた状態を示す図である。
図5】香り物質について、香りの強度を縦軸に、持続時間を横軸にプロットしたマトリックス図の一例を示す図である。
図6】人間の嗅覚の疲労度について説明する図であり、(A)は、匂い嗅ぎ試験の結果の一例を示すグラフであり、(B)は、人間の嗅覚の疲労度の予測を示す図である。
図7】本発明の香りの設計プログラムの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態の一例について詳細に説明する。
[1]香りの設計方法
まず、本発明の香りの設計方法について説明する。
【0021】
本発明の香りの設計方法は、香り物質を口腔内に投与した場合における口腔から鼻孔へ抜ける香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意工程と、データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計工程と、を含む。
【0022】
この方法では、データベース用意工程で、香り物質を口腔内に投与した場合における口腔から鼻孔へ抜ける香り物質、言い換えるとレトロネーザルアロマの強度の時間変化についての特徴量を、複数種の香り物質について備えるデータベースを用意することで、複数種の香り物質について、該香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価することができる。
【0023】
そして、設計工程で、データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行うことで、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能となる。
【0024】
これにより、本発明の設計方法では、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能となる。
【0025】
なお、本明細書中において、口腔用組成物とは、口腔内に付与して用いられるもののことをいい、例えば、食品、内服薬、吸入薬等の経口医薬品等のように口腔内に付与された後に、その大部分が食道、気道等の体腔(口腔以外の体腔)に導入されるものや、口腔用錠剤(舌下錠等)、口腔用軟膏等の経口医薬品のようにその大部分が口腔内の粘膜から吸収されるもの、歯磨き、うがい薬、口中清涼剤、洗口剤、口腔用スプレー等の口腔ケア製品、噛みたばこ、ガム等のように一旦口腔内に付与した後に、その大部分が口から体外に排出されるもの等が挙げられる。
【0026】
また、口腔用組成物は、例えば、固形状、半固形状(ゼリー、プリン等のゲル状等)、クリーム状、軟膏状、液状等、いかなる形態のものであってもよい。また、口腔用組成物は、スプレー剤や貼付剤として適用されるものであってもよい。なお、本明細書において、食品とは、調味料や風味剤、食品添加物、サプリメント(健康補助食品)も含む概念である。
【0027】
香り物質としては、口腔用組成物において香料として用いられているものに限定されず、嗅覚を刺激するもの(所定の香りを有するものと知覚されるもの)であればいかなるものであってもよい。
【0028】
[1-1]データベース用意工程
データベース用意工程では、香り物質を口腔内に投与した場合における口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の香り物質について備えるデータベースを用意する。
【0029】
本実施形態では、香り物質を、香り物質を含むサンプルとして口腔内に投与し、口腔から鼻孔へ抜ける香り物質の強度の時間変化を測定している。
【0030】
[1―1-1]サンプル
香り物質を含むサンプルとしては、香り物質を含み、かつ人間が口腔内に投与しても安全なものであれば、その形態は特に限定されない。
【0031】
香り物質を含むサンプルとしては、香り物質をそのまま単独でサンプルとしてもよいし、香り物質をベース成分に混合または封入したものであってもよい。
【0032】
ベース成分としては、特に限定されないが、無味、無臭に近いものであることが好ましい。これにより、香り物質の挙動についての測定の信頼性を高いものとすることができる。
【0033】
なお、無味、無臭としては、厳密なものではなく、香り測定に影響を与えない程度のものであればよい。
【0034】
このようなベース成分としては、例えば、水、ガムベース、グミベース、ゼリーベース、カプセル(硬カプセル、軟カプセル)、オブラート等が挙げられる。
【0035】
また、サンプルは、液体状、固体状等、種々の形態とすることができる。液体状のサンプルを口腔内に投与する際にスプレー状にしてもよい。
【0036】
香り物質を含むサンプルとして具体的には、例えば、香り物質を水に溶かしたもの、香り物質をガムベースに練り込んだもの、香り物質をカプセルに封入したもの等が挙げられる。
【0037】
サンプルは、複数種の香り物質を含むものであってもよいが、測定対象となる香り物質を実質的に単独で含むものであることが好ましい。
【0038】
これにより、測定対象となる香り物質について、より信頼性の高いデータを採取することができる。
【0039】
データベースの作成に際して複数のサンプルを用いる場合、当該複数のサンプルは、同様の形態を有するものであるのが好ましい。より具体的には、データベースの作成に際して、所定のサンプルとしてガム状のものを用いる場合には、他のサンプルもガム状のものを用いるのが好ましく、所定のサンプルとして液状のものを用いる場合には、他のサンプルも液状のものを用いるのが好ましい。
【0040】
[1―1-2]測定装置
次に、香り物質の強度の時間変化の測定に用いる測定装置について説明する。
図1は、香り物質の強度の時間変化の測定に用いる測定装置の一構成例を模式的に示す図である。
【0041】
この測定装置は、質量分析装置10と、試料導入管1と、デジタイザー3と、送風機4と、処理装置5と、記憶装置6とを備える。
【0042】
試料導入管1は、被験者20の鼻からの呼気を質量分析装置10に導入する。
試料導入管1としては、質量分析装置10の排気能力を考慮しつつ、被験者20の鼻から排出される呼気を瞬時に質量分析装置10に導入するための内径を有する中空細管を用いることができる。
試料導入管1としては、例えば、キャピラリーカラムを用いることができる。
【0043】
細い試料導入管1を被験者20の鼻腔に直接挿入すると、むず痒さを感じ、くしゃみが出てしまう場合がある。そのため、外管として、鼻の穴の大きさに合わせた形状を有する筒状のガイド管2を、被験者20の鼻にまず挿入し、ガイド管2の中に、試料導入管1を挿入することが好ましい。
【0044】
これにより、鼻腔内に試料導入管1を挿入する際に被験者20が感じるむず痒さを低減することができる。
【0045】
また、本実施形態では、被験者20からの呼気の採取は、マスク等を用いて被験者20の鼻口部を覆う閉鎖系ではなく、鼻口部を覆わない開放系としている。
【0046】
そのため、試料導入時に一度鼻から出た香気成分を吸気により再び取り込んでしまうと、測定に影響を与える可能性がある。そこで、本実施形態では、送風機4により送風することで、鼻から出た香気成分が被験者20の近傍に留まることを効果的に防止している。
【0047】
これにより、一度鼻から出た香気成分を再び吸気して取り込んでしまうことを防止でき、より正確な測定が可能となる。
【0048】
送風機4としては、例えば、扇風機、サーキュレーター等を用いることができる。
【0049】
上記のようにして、鼻からの呼気を効率的に質量分析装置10に導入することができる。
【0050】
質量分析装置10としては、特に限定されないが、例えば、飛行時間型質量分析装置(TOF-MS)を用いることが好ましい。
【0051】
飛行時間型質量分析装置によれば、リアルタイムで測定することが可能なため、例えば、1秒ごとに香り物質の強度を測定していくことで、香り物質の強度の時間変化についてのデータを好適に得ることができる。
【0052】
図2は、飛行時間型質量分析装置の一構成例を模式的に示す図である。
飛行時間型質量分析装置では、気体分子をイオン化して電圧により加速し、イオンの速度を利用してイオンを質量分離する。
【0053】
飛行時間型質量分析装置は、例えば、イオン化レーザー11、フライトチューブ12、およびイオン検出器13、温度コントローラー14を備える。
【0054】
イオン化レーザー11は、イオン化部15に導入された試料にレーザー光を照射し、レーザー光を吸収した試料中の物質の電子を取り去ることで選択的にイオン化を行う。
【0055】
イオン化部15において生じたイオンは、グリッド電極16と対向電極17との間に印加した電位差により加速され、フライトチューブ12内に導入される。
【0056】
同時に加速された複数のイオンは、無電場領域のフライトチューブ12内に形成された飛行空間を、質量に応じた一定の速度で飛行しイオン検出器13に到達する。
【0057】
イオンの加速度は、その質量mと電荷zによって異なり、質量電荷比m/zが小さいイオンほど大きな飛行速度を有するため、ほぼ同時に飛行を開始した各種のイオンの中で、質量電荷比m/zが小さなイオンから順にイオン検出器13に到達して検出される。
【0058】
導入イオンがイオン検出器13に到達するまでの時間によりイオン種ごとに検出することができる。
【0059】
この一定距離のイオンの飛行時間からイオンの質量を算出する。また、検出強度から濃度の定量分析が可能である。
【0060】
イオン検出器13は、例えば、入射したイオンの量に応じた検出信号を出力し、この検出信号はデジタイザー3によりデジタルデータに変換されて処理装置5に入力される。
【0061】
処理装置5は、例えば、デジタイザー3から入力されたデータに対して所定の処理を行う。例えば、処理装置5は、デジタイザー3から入力されたデータから、イオン到達時間を求めるように構成される。
【0062】
処理装置5による処理結果は、記憶装置6に格納される。
【0063】
なお、フライトチューブ12の内壁に汚染物質等が付着すると検出信号にノイズが加わり測定精度を落とす原因になる。そのため、フライトチューブ12の温度は、温度コントローラー14によって調節され汚染物質等が除去される。
【0064】
飛行時間型質量分析装置では、イオン検出器13から得られたデータから、横軸が飛行時間、縦軸が信号強度である飛行時間スペクトルが作成される。
【0065】
このような測定装置を用いて、口腔から鼻孔へ抜ける香り物質の強度についての測定は、例えば、以下に示すような手順で行うことができる。
【0066】
(1)測定の準備をする。
被験者20の鼻腔に試料導入管1の一方を挿入し、試料導入管1の他方を質量分析装置10に接続する。これにより、被験者20の鼻からの呼気を効率よく質量分析装置10に導入することができる。
【0067】
(2)質量分析装置10による呼気の測定を開始する。
この時点では、質量分析装置10に導入される試料は被験者20の呼気のみであり、香り物質は実質的に含まれていない。
【0068】
(3)香り物質を含むサンプルを被験者20の口腔内に投与する。
質量分析装置10による呼気の測定を行っている状態で、香り物質を含むサンプルを被験者20の口に投与する。
【0069】
(4)サンプル中の香り物質を口腔内に飛散させる。
これにより、被験者20は香りを感じることができる。
サンプルの形態によっては、サンプルを口腔内に投与してから、サンプル中の香り物質が飛散して香りが感じられるまでには、タイムラグが発生する場合がある。例えば、サンプルが、香り物質を水に溶解したものである場合には、被験者20は、サンプルを口に含んでまもなく香りを感じることができるが、サンプルが、香り物質をガムベースに練り込んだものである場合や、香り物質をカプセル内に封入したものである場合には、被験者20は、サンプルを口腔内に投与しただけでは実質的に香りを感じることはできず、サンプルを噛み潰すこと等により、香り物質を口腔内に放出させることで香りを感じることができる。
これにより、質量分析装置に導入される被験者20の呼気に香り物質が含まれることとなる。
【0070】
図3は、上述したような測定装置を用いて測定された、香り物質の強度の時間変化の一例を示すグラフである。飛行時間型質量分析装置で測定した一連のマススペクトル上の香り成分のピーク面積を、測定時間を横軸としてプロットしており、香り物質の強度の変化として取り扱うことができる。
【0071】
より具体的には、図3に示す結果は、以下に示す方法による測定で得られたものである。
【0072】
すなわち、香り物質を含むサンプルとしては、フーセンガム(マルカワ、1箱4個入り)を用いた。
【0073】
レーザーイオン化飛行時間型質量分析装置(LI-TOFMS)のイオン化部のレーザー光源としては、Nd:YAGレーザーの第四高調波(266nm,10Hz)を用いた。
【0074】
質量分析装置への試料導入には、長さ80cm、内径100μmのキャピラリーカラムを用いた。キャピラリーカラムの一方の先端の約5mmを被験者20の鼻腔に入れ、被験者20の鼻からの呼気を質量分析装置に導入した。
【0075】
質量分析装置での測定開始から30秒後に、香り物質を含むサンプルとしてのフーセンガムを4個口に入れ噛み始めた。測定中は、口を閉じた状態で3秒吸って3秒吐く、6秒周期で鼻呼吸した。唾液の嚥下のタイミングは任意とした。測定時間は5分間とし、信号が最も強くみられた、m/z=134の成分について解析した。
【0076】
図3では、上記測定で得られた信号の1秒ごとの変化を示している。信号の周期は約6秒であり、被験者20の呼吸の周期とほぼ一致していた。
【0077】
香り物質の信号は、フーセンガムを口に入れてから少し遅れて検出された。フーセンガムを噛み始めると口腔内に香り物質が放出されるとともに、分泌した唾液に香り物質が溶け込み、それを嚥下することで喉や気管、鼻腔等に拡散し、鼻から呼気として放出されると考えられる。また、信号は一度増加した後、徐々に減少した。
【0078】
そして、質量分析装置による計測で得られたデータから、香り物質の強度の時間変化についての特徴量を得る。具体的には、特徴量として、例えば、香り物質の強度の時間変化についての波形から、近似式または該近似式に係る定数を算出する。
【0079】
これにより、香り物質の強度の時間変化を定量的な指標として表すことができる。
【0080】
図3に示す、香り物質の強度の時間変化についての波形を、単一の成分として指数関数を用いて近似させてもよいが、単一の成分として指数関数を用いた場合には、実測された香り物質の強度の測定データの変化を忠実に表すことが困難である。
【0081】
そこで、本実施形態では、上記波形を、複数の成分について指数関数の減衰として近似させている。これにより、実際の減衰挙動に近い近似曲線を得ることができる。
【0082】
本実施形態では、近似式は、香り物質の強度の測定開始からの経過時間をt[秒]、経過時間t[秒]での香り物質の強度をyとして、香り物質の強度の時間変化の波形から、測定開始から所定時間経過後を近似開始点として算出されたものであり、近似開始点における強度初期値をy、第n番目(nは2以上の整数)の指数関数項についての強度定数をA、時定数をτとしたときに、下記式:
y=y+Aexp(-t/τ)+ … +Aexp(-t/τ
で表している。
【0083】
なお、本明細書では、香り物質を含むサンプルを被験者20の口腔内に投与し、香り物質の信号が検出され始めた時点を、香り物質の強度の測定開始時点としている。
【0084】
例えば、サンプルが香り物質をガムベースに練り込んだガムである場合、ガムを口腔内に投与してから、ガムを噛んで香りを飛散させた時点が、測定開始時点とされる。また、サンプルが香り物質を水に溶解したものである場合、水溶液を口に含んだ時点が、測定開始時点とされる。また、サンプルが、香り物質をカプセル内に封入したものである場合、カプセルを噛み潰して香り物質を飛散させた時点が、測定開始時点とされる。
【0085】
なお、サンプルの形態によっては、サンプル中の香り物質が大気中に飛散することで、サンプルを口腔内に投与する前に、香りを感じる場合があるが、サンプルを口腔内に投与する前に香りを感じていても、測定開始時点とはしない。
【0086】
図4は、香り物質の強度の時間変化の波形を近似させた状態を示す図である。より具体的には、図4では、質量分析装置による測定を開始した時点をtで、サンプルであるガムを口内に投与して噛み始めた時点をtで、香り物質が検出され始めた時点をtで、近似開始点をtで、それぞれ示している。
【0087】
具体的には、図4に示す例では、質量分析装置による測定開始から香り物質を口腔内に投与するまでの時間(t-t)は、30秒であり、香り物質を口腔内に投与してから香り物質が検出され始めるまでの時間(t―t)は、10秒であり、香り物質が検出され始めてから近似開始点までの時間は(t-t)は、10秒である。
【0088】
なお、上述した例は一例であり、t、t、tの時間やタイミング等はこれに限定されない。例えば、サンプルを口腔内に投与した時点ですぐに香りを感じるような場合には、tとtとは実質的に同じタイミングとなる。また、被験者20によっても、サンプルを口腔内に投与してから香り物質を飛散させるまでのタイミングにばらつきがあるため、補正等の処理を行ってもよい。
【0089】
以下の説明では、図3に示した香り物質の強度の時間変化の波形についての近似式を、2つの指数関数項の和として表した場合について中心的に説明する。すなわち、上記波形の近似式は、
y=y+Aexp(-t/τ)+Aexp(-t/τ
で表すことができる。
【0090】
図4では、香り物質の強度の時間変化の波形を、2つの指数関数項の和として近似させた結果を破線で示している。
【0091】
香り物質の強度の時間変化の波形から、香り物質の強度と時間との関数を、複数、例えば2つの指数関数項の和で表される近似式として算出することで、実際の波形に近い近似式を得ることができる。
【0092】
これにより、香り物質の強度の時間変化を、定量的な値として表すことができる。また、香り物質の平均的な変動挙動を評価することができる。
【0093】
この結果では、香り物質の強度は指数関数的に減少するものの、単純な1成分の減衰ではなく2成分の減衰、言い換えると、早い減衰成分と、遅い減衰成分とがあることを示している。
【0094】
例えば、早い減衰成分は、上記近似式において時定数τを用いて表される指数関数項に相当する成分であり、遅い減衰成分は、上記近似式において時定数τを用いて表される指数関数項に相当する成分である。
【0095】
早い減衰成分は、呼吸器系の空間から直接呼気として排出される成分の減衰を示していると考えられる。この時間は、ほぼ3回の呼吸に相当する時間であり、レトロネーザルアロマは3回の呼吸でほぼ放出されると考えられる。
【0096】
遅い減衰成分は、繰り返し唾液を嚥下したことによる影響に加え、呼吸器系の粘膜等に吸着してから排出される成分の時間変化や消化器系から徐々に排出される成分の減衰を示していると考えられる。また、遅い減衰成分は、複数回唾液を嚥下したことで、成分が呼吸器系の空間に徐々に供給されたことに起因する時間、あるいは、呼吸器系の粘膜に吸着した成分が脱着する時間等に起因すると考えられる。
【0097】
このように、本実施形態では、香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出することで、香り成分を、減衰時間の異なる複数の成分に分解して表すことができることがわかった。
【0098】
これにより、香り物質の強度の時間変化についての情報を、定量的な、言い換えると客観的なデータとして得ることができる。
【0099】
なお、この結果は、純粋に鼻からの呼気に含まれる香り物質の分析結果であり、人が実際に感じる匂いや人の嗅覚の慣れの情報は含まれない。
【0100】
上述したような、口腔から鼻孔へ抜ける香り物質の強度の測定は、人間が実際に香り物質を含むサンプルを口腔内に投与することで行うことができる。
【0101】
さらに、上記測定は、1人の被験者20に対して複数回行う、または、複数の被験者20に対して行い、平均化することが好ましい。
これにより、データの客観性や信頼性を高いものとすることができる。
【0102】
また、口腔から鼻孔へ抜ける香り物質の強度の測定は、実際の人間に変えて、人間の口腔部や鼻孔部の構造を模したモデルや人形を用いて行うこともできる。モデルや人形を用いることで、個人差によるデータのばらつきを排除して、より客観的なデータを得ることができる。
【0103】
また、上述した説明では、サンプルを口腔内に投与して香り物質が検出され始めた時点を測定開始時点とした場合を例に挙げて説明したが、サンプルの形態によっては、口腔内に投与する前からが大気中に飛散している香り物質や、ベース成分の香り成分、測定雰囲気中に元から含まれる香り成分が、被験者20の呼気を通じて試料中に混入する場合もあり、これらは測定において誤差の原因となる。
【0104】
そのため、必要に応じて補正等の処理を行うことにより、上記のような誤差による影響を排除してもよい。
【0105】
複数種の香り物質について、上述したような測定を行い、それぞれの香り物質について、強度の時間変化についての特徴量を算出する。
【0106】
強度の時間変化についての特徴量は、例えば、強度の時間変化の波形から得られた上記近似式、あるいは、該近似式に係る定数、例えば、初期強度yや強度定数A…A、時定数τ…τが挙げられる。また、これらの組み合わせであってもよい。
【0107】
そして、複数種の香り物質について、強度の時間変化についての特徴量を蓄積してデータベースとする。
【0108】
データベースは、例えば、図1の測定装置の記憶装置6に記憶される。
【0109】
なお、上述した説明では、質量分析装置として、飛行時間型質量分析装置を用いた場合を例に挙げて説明したが、これに限定されず、飛行時間型質量分析装置以外の質量分析装置を用いてもよい。また、イオン化の方法も、上述した例に限定されない。
【0110】
また、上述した説明では、香り物質の強度の時間変化についての特徴量として、波形から得られた近似式、あるいは、該近似式に係る定数である場合を例に挙げて説明したが、これらに限定されず、強度の時間変化を定量的に表すことができる特徴量であればよい。
【0111】
また、上述した説明では、香り物質の強度の時間変化の波形についての近似式を、2つの指数関数項の和として表した場合を例に挙げて説明したが、これに限定されず、近似式は、例えば、3つ以上の指数関数項の和として表したものであってもよい。また、前述した実施形態では、近似式の一例として、指数関数の和を挙げて具体的に説明したが、例えば、指数関数以外の関数、より具体的には、ロジスティック関数や三角関数等を用いてもよい。
【0112】
また、近似式は、複数の指数関数項の和として表したものでなくてもよい。
【0113】
[1-2]設計工程
設計工程では、データベース用意工程で得られたデータベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う。
例えば、香り物質の各特徴量を対応させた軸で構成されたマトリクス空間に、そのサンプルが有する香り物質の特徴量をプロットして、それらを解析することで該サンプルの香り特性を評価することができる。また、その評価結果を用いて所望の香りを定量的に設計することができる。
【0114】
設計工程において、香りの設計は、例えば、複数の香り物質について得られた強度と時間変化との特性を評価し、それらを組み合わせることによって行うことができる。
【0115】
これにより、香りの強度と持続性について、求められる香り、具体的には、消費者の嗜好や商品設計に合う香りを定量的に設計することができる。
【0116】
データベース用意工程で得られた、香り物質の特微量、一例として香り物質の強度の時間変化についての特徴量を解析することで、香り物質の強度と時間変化との特性について、例えば、以下に述べるような評価をすることができる。
【0117】
データベース用意工程で得られた、強度の時間変化の波形についての近似式において、強度定数(A…A)は、香りの強さに関わる定数であり、時定数(τ…τ)は、香りの持続時間に関わる定数である。これらの強度定数と時定数との組み合わせによって、香り物質の性質、具体的には、強度と持続時間とについての性質を表すことができる。
【0118】
図5は、香り物質について、香りの強さを縦軸に、持続時間を横軸にプロットしたマトリックス図の一例を示す図である。
【0119】
このようなマトリックス図を用いることで、香り物質のレトロネーザルアロマ成分の強度と持続性についての評価が可能となる。
【0120】
例えば、マトリックス図において、第一象限は、香りが強く、持続性が高い性質を有することを表し、第二象限は、香りが強く、持続性が低い性質を有することを表し、第三象限は、香りが弱く、持続性が低い性質を有することを表し、第四象限は、香りが弱く、持続性が高い性質を有することを表している。
【0121】
このように、各象限間の関係を使って、香り物質の種類ごとに、例えば、「人が感じることのできる匂いの強さ」を強度定数で評価でき、「人が感じることのできる匂いの持続性」を時定数で評価できる。言い換えると、マトリックス図において強度定数を縦軸に、時定数を横軸にプロットすることで、香り物質の性質を表すことができる。
【0122】
図5では、一例として、サンプルXについて算出された近似式の2つの指数関数項、言い換えると、早い減衰成分(τ1X,A1X)、遅い減衰成分(τ2X,A2X)についてプロットしている。
【0123】
また、マトリックス図では、得られた定数をプロットするだけでなく、香り物質の主成分分析の結果を用いて表示してもよい。
【0124】
また、サンプルXについて算出された近似式の2つの指数関数項における時定数τ1X、τ2Xや強度定数A1X、A2Xの値をプロットすることで、各レトロネーザルアロマ成分が、人が実際に感じる匂いの強弱や持続性にどの程度寄与しているかを推定できる。例えば、図5では、同じサンプルXを用いて行った主観的な試験(いわゆる官能試験)、例えば、後述する匂い嗅ぎ試験の解析から得られた時定数τ1X’、強度定数A1X’を合わせて示している。
【0125】
そして、香りの設計は、複数の香り物質について得られた強度と時間変化との特性を評価し、求められる香りの特性に応じて、それらを組み合わせることによって行う。
【0126】
例えば、香りは強いが持続性の低い香り物質と、香りは弱いが持続性が高い香り物質とを組み合わせることで、口に入れた際にはパンチのある強い香りを感じさせるとともに、香りの余韻を長く感じることのできる香りを設計することができる。
【0127】
しかしながら、実際には、人間の嗅覚の疲労、言い換えると、嗅覚の慣れがあるため、同じ香りをずっと嗅いでいると、その匂いを感じにくくなってしまう。
【0128】
口腔用組成物を口に入れた直後は、まだ嗅覚が慣れておらず、香り物質の量に応じて嗅覚が慣れてくる。口腔用組成物中の香り物質は次第に減少し、一方で、嗅覚は慣れてくるため、人が感じる匂いは弱くなっていく。そして、香り物質の量が閾値以下になると人は匂いを感じなくなると考えられる。
【0129】
そのため、設計工程においては、人間の香りに対する嗅覚の疲労度を考慮して、香りの設計を行うことが好ましい。
【0130】
図6は、人間の嗅覚の疲労度について説明する図であり、図6(A)は、上述した香り物質の強度の測定実験において用いたガムと同様のガムを咀嚼した際に、人がどのように匂いの強さを感じたかの調査結果(匂い嗅ぎ試験の結果)の一例を示している。この調査では、以下のような手順で、匂い嗅ぎ試験を行った。
【0131】
(1)測定開始から30秒後に、香り物質を含むサンプル(ガム)を口腔内に投与して咀嚼し、その時に被験者20が感じた香りの強さを50とする。
(2)ガムを口腔内に投与してから30秒後に、最小を0、最大を100として、被験者20が感じた香りの強さを記録する。
(3)以降、30秒ごとに被験者20が感じた香りの強さを記録する。
【0132】
なお、1回だけの試験では偏りの程度が大きくなるため、複数の被験者20に対して行い、平均値を求めた。図6(A)では平均値を記している。
【0133】
結果として、被験者20が実際に感じた匂いの強さは、指数関数的に減少しており、単純な1成分の減衰として、初期強度y強度定数A’、時定数τ’を用いて、以下の式で近似できる。
y’=y’+A’exp(-t/τ)+0
で表すことができる。
なお、図6(A)では近似結果を点線で示している。
【0134】
そのため、図4で示した質量分析による香り物質の減衰挙動とは必ずしも一致しない。言い換えると、匂いの感覚は、線形的な相関ではないことがわかる。すなわち、主観的評価の場合には、人の嗅覚の慣れも加味された結果が得られる。
【0135】
例えば、同じサンプルXを用いて、主観的な匂い嗅ぎ試験の結果から算出された時定数τ1X’が60秒、定量的な質量分析の結果から得られた時定数τ1Xが15秒であった場合、τ1X’はτ1Xの4倍ということになり、必ずしもτ1Xだけでτ1X’を推定することはできないが、これは、このサンプルXを口に入れた直後の香りの強さが大きいことに起因しているためであり、実際には、τ1X’の時の信号強度を、人が感じる嗅覚の閾値として示すことができる。ただし、これは嗅覚の疲労度について考慮していない場合であり、嗅覚の疲労度を考慮すると、嗅覚の閾値はさらに低くなると考えられる。
【0136】
図6(B)は、人間の嗅覚の疲労度、言い換えると、嗅覚の慣れの度合いの予測を示す図である。
【0137】
匂い嗅ぎ試験の結果に加えて、上述した質量分析により得られた香り物質の変動挙動を含めて解析することで、嗅覚の疲労度を定量的に(例えば時定数等を用いて)評価することができる。
【0138】
この嗅覚の疲労の度合いは、例えば、図6(A)に示した匂い嗅ぎ試験の結果を、図4に示した質量分析の結果で除する、あるいはそれぞれを標準化した後に減ずることで、簡易的に得ることができる。
【0139】
また、例えば、口腔用組成物を口に投入する前に、香りを鼻から直接嗅いでいる場合(オルソネーザルアロマである場合)、すでに嗅覚が慣れている状態であるため、主観的な匂い嗅ぎ試験では、匂いが「弱く、すぐ消失する」という判定になると考えられる。一方で、口腔から鼻孔へ抜けるレトロネーザルアロマの量や時定数は変わらないため、これらのデータからも嗅覚の疲労の度合いを推定できると考えられる。
【0140】
香りの設計においては、データベースからのデータに加えて、人の香りに対する嗅覚の疲労度を考慮して、香りの設計を行うことで、実際に消費者が感じる香りに即した香りを設計することができる。
【0141】
このような香りの設計方法によれば、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことができる。
【0142】
なお、本発明の香りの設計方法においては、データベース用意工程において、複数の香り物質についてのデータベースを用意しておき、一度用意したデータベースを、異なる香りの設計において、共通のデータベースとして繰り返し用いるものであってもよいし、異なる香りの設計を行う際に、毎回、あるいは必要に応じてデータベースを用意するものであってもよい。
【0143】
[2]香りの分析方法
次に、本発明の香りの分析方法について説明する。
【0144】
本発明の香りの分析方法は、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、組成物中に含まれる香り物質を質量分析装置で測定し、香り物質の強度の時間変化の波形を取得する第1の工程と、第1の工程で取得された波形から、香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出する第2の工程と、を含む。
【0145】
これにより、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した際の香り物質の挙動を客観的に評価することが可能となる。
【0146】
[2-1]第1の工程
第1の工程では、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、組成物中に含まれる香り物質を質量分析装置で測定し、香り物質の強度の時間変化の波形を取得する。
【0147】
本実施形態において、香り物質を含む組成物としては、上述した口腔用組成物と同様のものを挙げることができる。
【0148】
本実施形態において、組成物中に含まれる香り物質の測定は、例えば、上述した[1-1]データベース用意工程の項で説明した方法と同様にして行うことができる。
【0149】
これにより、香り物質の強度の時間変化についての情報を、定量的な、言い換えると、客観的なデータとして得ることができる。
【0150】
[2-2]第2の工程
第2の工程では、第1の工程で取得された波形から、香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出する。
【0151】
本実施形態において、近似式は、例えば、香り物質の強度の測定開始からの経過時間をt[秒]、経過時間t[秒]での香り物質の強度をyとして、香り物質の強度の時間変化の波形から、測定開始から所定時間経過後を近似開始点として算出されたものであり、近似開始点における強度初期値をy、第n番目(nは2以上の整数)の指数関数項についての強度定数をA、時定数をτとしたときに、下記式:
y=y+Aexp(-t/τ)+ … +Aexp(-t/τ
で表される。
【0152】
香り物質の強度の時間変化の波形から、香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出することで、実際の波形に近い近似式を得ることができる。
【0153】
これにより、香り物質の強度の時間変化について、香り物質の平均的な変動挙動を評価することができる。
【0154】
このような香りの分析方法は、例えば、口腔から鼻孔へ抜けるレトロネーザルアロマの分析に好適に用いることができる。
【0155】
このような本発明の香りの分析方法は、口腔用組成物の香りの分析や設計等に好適に用いることができる。
【0156】
[3]香りの設計プログラム
次に、本発明の香りの設計プログラムについて説明する。
図7は、本発明の香りの設計プログラムの一例を示すフローチャートである。
【0157】
本発明の香りの設計プログラムは、コンピューターに、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意ステップ(S1)と、データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計ステップ(S2)と、を実行させることを特徴とする。
【0158】
本発明の香りの設計プログラムでは、コンピューターに実行させることで、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能となる。
【0159】
[3-1]データベース用意ステップ
データベース用意ステップ(S1)では、コンピューターに、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の香り物質について備えるデータベースを用意させる。
【0160】
データベース用意ステップ(S1)では、コンピューターに、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、口腔から鼻孔へ抜ける香り物質を質量分析装置で測定させ(S11)、香り物質の強度の時間変化の波形を取得させ(S12)、取得された波形から、香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出させる(S13)ことが好ましい。
【0161】
これにより、香り物質の強度の時間変化を、定量的な値として表すことができる。また、香り物質の平均的な変動挙動を評価することができる。
【0162】
そして、S11からS13を複数種の香り物質について行い、複数種の香り物質について特徴量を蓄積させる(S14)。
【0163】
[3-2]設計ステップ
設計ステップ(S2)では、コンピューターに、データベース用意ステップ(S1)で得られたデータベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行わせる。
【0164】
これにより、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことができる。
【0165】
設計ステップ(S2)において、香りの設計を、複数の香り物質について得られた強度と時間変化との特性を評価し(S21)、それらを組み合わせる(S22)ことによって行わせることが好ましい。
【0166】
これにより、求められる香り、具体的には、消費者の嗜好や商品設計に合う香りを定量的に設計することができる。
【0167】
このようなプログラムは、例えば、コンピューター読み取り可能な記録媒体に記憶されており、このプログラムをコンピューターが読み出して実行することによって上記各ステップが行われる。
【0168】
また、コンピューター読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等をいう。また、このコンピュータープログラムを通信回線によってコンピューターに配信し、この配信を受けたコンピューターが当該プログラムを実行するようにしてもよい。
【0169】
上記プログラムは、上述したステップの一部を実現するためのものであってもよい。さらに、上述したステップをコンピューターシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。また、上述したステップは、クラウドコンピューティングを利用して実現されるものであってもよい。
【0170】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、これらに限定されない。
【0171】
例えば、本発明の香りの設計方法は、前述した工程以外の工程(例えば、前工程、中間工程、後工程等)を有していてもよい。
【0172】
また、例えば、本発明の香りの分析方法は、前述した工程以外の工程(例えば、前工程、中間工程、後工程等)を有していてもよい。
【0173】
また、例えば、本発明の香りの設計プログラムは、上述したステップ以外のステップ(例えば、前処理ステップ、中間処理ステップ、後処理ステップ等)をコンピューターに実行させるものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0174】
本発明の香りの設計方法は、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意し、前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う。そのため、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計方法を提供することができる。本発明の香りの分析方法は、香り物質を含む組成物を口腔内に投与した場合における、前記組成物中に含まれる前記香り物質を質量分析装置で測定し、前記香り物質の強度の時間変化の波形を取得する第1の工程と、前記第1の工程で取得された波形から、前記香り物質の強度と時間との関数を、複数の指数関数項の和で表される近似式として算出する第2の工程と、を含む。そのため、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価することが可能な香りの分析方法を提供することができる。本発明の香りの設計プログラムは、コンピューターに、香り物質を口腔内に投与した場合における前記口腔から鼻孔へ抜ける前記香り物質の強度の時間変化についての特徴量を、複数種の前記香り物質について備えるデータベースを用意するデータベース用意ステップと、前記データベースに基づいて、口腔用組成物の香りの設計を行う設計ステップと、を実行させる。これにより、香り物質を口腔内に投与した際のレトロネーザルアロマの挙動を客観的に評価し、口腔用組成物の香りの設計を個人の感覚によらず定量的に行うことが可能な香りの設計プログラムを提供することができる。
したがって、本発明の香りの設計方法、香りの分析方法および香りの設計プログラムは、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0175】
1 試料導入管
2 ガイド管
3 デジタイザー
4 送風機
5 処理装置
6 記憶装置
10 質量分析装置
11 イオン化レーザー
12 フライトチューブ
13 イオン検出器
14 温度コントローラー
15 イオン化部
16 グリッド電極
17 対向電極
20 被験者
強度定数
1X 強度定数
1X’ 強度定数
2X 強度定数
τ 時定数
τ1X 時定数
τ1X’ 時定数
τ 時定数
τ2X 時定数
測定開始時点
サンプルの口内投与時点
香り物質が検出され始めた時点
近似開始点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7