(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024160875
(43)【公開日】2024-11-15
(54)【発明の名称】特定波長域の光に応答して可逆的に下限臨界溶液温度(LCST)がシフトする共重合体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08F 220/10 20060101AFI20241108BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20241108BHJP
A61K 31/74 20060101ALI20241108BHJP
A61K 31/787 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
C08F220/10
A61P35/00
A61K31/74
A61K31/787
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076365
(22)【出願日】2023-05-02
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136319
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 宏修
(74)【代理人】
【識別番号】100143498
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 健
(72)【発明者】
【氏名】宮田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】河村 暁文
(72)【発明者】
【氏名】服部 良隆
【テーマコード(参考)】
4C086
4J100
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086FA00
4C086FA03
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4J100AL08P
4J100AL08Q
4J100AM21R
4J100BA05P
4J100BA08P
4J100BA12R
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4J100BA87R
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4J100BC15Q
4J100BC43R
4J100BC53Q
4J100BC65Q
4J100CA05
4J100DA39
4J100DA61
4J100DA71
4J100JA53
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、細胞に対して毒性の高い抗がん剤を使用しないこと、がん細胞に選択的に取り込まれること、および正常細胞に対して悪影響が少なく時間的および空間的に制御可能な外部刺激によってがん細胞を死滅させることのすべての条件を満たす共重合体を提供することである。
【解決手段】本発明に係る共重合体は、特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する第1のモノマー由来成分と、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマー由来成分と、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマー由来成分と、を含む。また、本発明に係る共重合体は、特定波長域の光に応答して可逆的に下限臨界溶液温度(LCST)がシフトする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する第1のモノマー由来成分と、
がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマー由来成分と、
温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマー由来成分と、
を含み、
特定波長域の光に応答して可逆的に下限臨界溶液温度(LCST)がシフトする
共重合体。
【請求項2】
紫外光照射時における前記共重合体の前記下限臨界溶液温度(LCST)が40℃以上100℃以下の範囲内であり、
可視光照射時における前記共重合体の前記下限臨界溶液温度(LCST)が0℃以上37℃以下の範囲内である、請求項1に記載の共重合体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の共重合体を有効成分とする、がん治療剤。
【請求項4】
特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する第1のモノマーと、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマーと、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマーとを共重合させる、共重合体の製造方法。
【請求項5】
紫外線照射時における前記共重合体の前記下限臨界溶液温度(LCST)が40℃以上100℃以下の範囲内であり、可視光照射時における前記共重合体の前記下限臨界溶液温度(LCST)が0℃以上37℃以下の範囲内となるように、前記第1のモノマー、前記第2のモノマー、および前記第3のモノマーを共重合させる、請求項4に記載の共重合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定波長域の光に応答して可逆的に下限臨界溶液温度(LCST)がシフトする共重合体に関する。また、本発明は、そのような共重合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、がんに罹患する人、あるいは、がんにより死亡する人は世界的に増加している(非特許文献1参照)。そのため、今日では、がんの治療法として外科療法、放射線療法、化学療法などの様々な治療法が確立されている。その中でも、化学療法は、全身に対して抗がん剤の効果が期待できること、および、複数の抗がん剤を併用することができることなどの理由から、がんを罹患した多くの人に利用されている治療法である。しかし、化学療法は、内服や注射などにより抗がん剤を全身に滞留させるため、がん細胞のみならず正常細胞にまで影響を及ぼす場合がある。その結果、化学療法は、がん治療中の人に対して、脱毛、吐き気、臓器障害など重篤な副作用を引き起こすことがある。
【0003】
このような抗がん剤の副作用を低減させる手法を確立させるために、数多くの研究がなされている。例えば、正常細胞周辺とがん細胞周辺の温度やpHの違いを認識し、がん細胞周辺にのみ薬物を放出する薬物キャリアなどがその代表例である(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ahmedin, J. et al. CA CANCER J CLIN, 2018, 68, 394.
【非特許文献2】Yatvin MB, et al. Science. 1978, 202, 1290.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記の手法では、薬物キャリア内に正常細胞に対しても毒性の高い抗がん剤が含有されている。また、温度やpHの変化により薬物キャリアの崩壊が起こると、薬物キャリア内の抗がん剤が一度に全て放出されてしまう。そうすると、体内における抗がん剤濃度が急激に上昇するため、正常細胞にも少なからず影響を及ぼすことが懸念される。また、上記の手法では、薬物キャリアを崩壊させるための外部刺激として温度変化やpH変化を利用しているため、特定の部位のみに刺激を与えることは困難な場合がある。
【0006】
本発明の課題は、細胞に対して毒性の高い抗がん剤を使用しないこと、がん細胞に選択的に取り込まれること、および正常細胞に対して悪影響が少なく時間的および空間的に制御可能な外部刺激によってがん細胞を死滅させることのすべての条件を満たす共重合体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一局面に係る共重合体は、特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する第1のモノマー由来成分と、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマー由来成分と、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマー由来成分と、を含む。また、本発明の第一局面に係る共重合体は、特定波長域の光に応答して可逆的に下限臨界溶液温度(LCST:Lower Critical Solution Temperature)がシフトする。なお、以下、説明の便宜上、このような共重合体を「 LCST光シフト共重合体」と称することがある。
【0008】
上記構成の共重合体は、第1のモノマー由来成分および第3のモノマー由来成分を含有していることにより、第1特定波長域の光が照射されるとLCSTが低温側にシフトし、第2特定波長域の光が照射されるとLCSTが高温側にシフトする。このため、例えば、この共重合体の低温側のLCSTを体温以下、共重合体の高温側のLCSTを体温以上に設定すると、特定波長域の光を選択的に照射することによって、体内において共重合体を沈殿させたり再溶解させたりすることができる。また、上記構成の共重合体は、第2のモノマー由来成分を含有していることにより、がん細胞に選択的に取り込まれる。
【0009】
本発明の第二局面に係る共重合体は、第一局面に係る共重合体であって、紫外光照射時におけるLCSTが40℃以上100℃以下の範囲内であり、可視光照射時におけるLCSTが0℃以上37℃以下の範囲内である。
【0010】
本願発明者らの鋭意検討の結果、上記構成の共重合体の紫外光照射時のLCSTは40℃以上100℃以下の範囲内となる。また、上記構成の共重合体の可視光照射時のLCSTは0℃以上37℃以下の範囲内となる。また、本願発明者らの鋭意検討の結果、体内の温度と近い温度である37℃の環境下において、予め紫外光を照射してLCSTを高温側にシフトさせた上記構成の共重合体を正常細胞およびがん細胞に接触させると、同共重合体ががん細胞に選択的に取り込まれることを確認した。また、同共重合体を取り込んだがん細胞に対して可視光を照射すると、同共重合体のLCSTが低温側にシフトし、同共重合体ががん細胞内で沈殿することが示唆された。その結果、同共重合体が、がん細胞内で異物として存在することにより、がん細胞の死滅を誘導することが示唆された。以上のことにより、上記構成の共重合体は、がん細胞のみを選択的に死滅させることができることが示唆された。
【0011】
また、上記第二局面に係る共重合体において、紫外光照射時におけるLCSTから可視光照射時におけるLCSTを差し引いた温度(以下、「LCSTのシフト幅」と称することがある。)範囲は、特に限定はされないが、例えば、3℃以上100℃以下の範囲内である。なお、このLCSTのシフト幅は、後述する第1のモノマー、第2のモノマー、第3のモノマーそれぞれの仕込みモノマー比率を調整することにより、適宜調整することができる。
【0012】
本発明に係る第三局面は、上記第一局面または第二局面に係る共重合体を有効成分とする、がん治療剤である。
【0013】
本発明の第四局面に係る共重合体の製造方法は、特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する第1のモノマーと、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマーと、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマーとを共重合させる方法である。
【0014】
上述の本発明に係る共重合体の製造方法において、上記第1のモノマーは、スピロピランアクリレート(SPAA)であることが好ましい。なお、上述の製造方法において、重合に使用する第1のモノマー材料の仕込みモノマー比率が5mol%以上30mol%以下の範囲内であることが好ましい。
【0015】
上述の本発明に係る共重合体の製造方法において、上記第2のモノマーは、4-アクリルアミド-3-フルオロフェニルボロン酸(AFBA)であることが好ましい。なお、上述の製造方法において、重合に使用する第2のモノマー材料の仕込みモノマー比率が5mol%以上30mol%以下の範囲内であることが好ましい。
【0016】
上述の本発明に係る共重合体の製造方法において、上記第3のモノマーは、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート(OEGMA)であることが好ましい。なお、上述の製造方法において、重合に使用する第3のモノマー材料の仕込みモノマー比率は、上述の第1のモノマー材料の仕込みモノマー比率と第2のモノマー材料の仕込みモノマー比率、および、所望とする LCSTの値などに応じて適宜変更することができる。
【0017】
また、上述の製造方法は、その方法により得られる共重合体の紫外線照射時におけるLCSTが40℃以上100℃以下の範囲内であり、可視光照射時における前記LCSTが0℃以上37℃以下の範囲内となるように、上述の第1のモノマー、上述の第2のモノマーおよび上述の第3のモノマーを共重合させる方法であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、細胞に対して毒性の高い抗がん剤を使用することなく、がん細胞に選択的に取り込まれ、時間的および空間的に制御可能な光という外部刺激によってがん細胞を死滅させることができる。ここで、体内において、がん細胞に取り込まれた共重合体に照射する光の波長域を可視光の波長域とすることで、正常細胞に悪影響を及ぼすことなく、がん細胞のみを選択的に死滅させることができる。また、本発明によれば、そのような共重合体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】AFBA、SPAA、OEGMA、およびP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の
1H-NMRスペクトルを示した図である。
【
図2】実施例1に係るP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を含むリン酸緩衝生理食塩水( PBS(-)/培養液 (v/v=1/1))の光線透過率の温度依存性を示す図である。
【
図3】実施例1に係るP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を含むリン酸緩衝生理食塩水( PBS(-)/培養液 (v/v=1/1))に37℃で波長400nm超の可視光を10秒照射した際の写真図である。
【
図4】(a)L929細胞、(b)HepG2細胞、および(c)Hela細胞に対するP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の取り込み挙動の評価結果を示す図である。
【
図5】P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)に4時間接触させた後の(a)L929細胞、(b)HepG2細胞、および(c)Hela細胞の蛍光顕微鏡観察結果を示す図である。
【
図6】(a)HepG2細胞および(b)Hela細胞における各濃度での可視光照射時または未照射時における細胞生存率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(LCST光シフト共重合体)
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体は、異なる2つ以上の特定波長域の光に応答して可逆的にLCSTをシフトさせる性質を有する共重合体であって、例えば、異なる2つ以上の特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基を有する共重合体等が挙げられる。なお、このような光応答基としては、異なる2つ以上の特定波長域の光に応答して可逆的にイオン化および非イオン化する官能基やシス-トランス異性化する官能基、例えば、以下の化学式に示されるようなスピロピラン基(可逆的に双性イオン化/非イオン化する)やアゾベンゼン基等が挙げられる。
【0021】
【0022】
【化2】
このLCST光シフト共重合体の合成に際しては、上述のような光応答基を有する第1のモノマー由来成分と、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する第2のモノマー由来成分と、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する第3のモノマー由来成分とを共重合させることが好ましい。
【0023】
(1)第1のモノマー由来成分
第1のモノマー由来成分は、異なる2つ以上の特定波長域の光に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する光応答基(光応答性)を有する。また、本発明に係る共重合体において、後述の1H-NMRの測定結果より算出した第1のモノマー由来成分の導入比が5mol%以上30mol%以下の範囲内であることが好ましい。
【0024】
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体を構成する第1のモノマー由来成分は、以下の式(1)
【0025】
【0026】
上記の式(1)に示す構造を有する第1のモノマー由来成分は、例えば、スピロピランアクリレート(SPAA)をモノマー材料として重合反応を行うことによって得られる。
【0027】
また、第1のモノマー由来成分のモノマー材料としては、上述のSPAAの他に、例えば、スピロピランメタクリレート、スピロピランノルボルネンカルボキシレート、アゾベンゼン(メタ)アクリレート、スチルベン(メタ)アクリレート、レチノール(メタ)アクリレート、ジアリールエテン4ビニル安息香酸エステル等が挙げられる。
【0028】
(2)第2のモノマー由来成分
第2のモノマー由来成分は、がん細胞表面に発現している糖鎖と選択的に結合する官能基を有する。なお、ここでいう官能基は、ボロン酸(-B(OH)2)を含む官能基であることが好ましい。また、本発明に係る共重合体において、後述の1H-NMRの測定結果より算出した第2のモノマー由来成分の導入比が5mol%以上30mol%以下の範囲内であることが好ましい。
【0029】
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体を構成する第2のモノマー由来成分は、以下の式(2)
【0030】
【0031】
上記の式(2)に示す構造を有する第2のモノマー由来成分は、例えば、4-アクリルアミド-3-フルオロフェニルボロン酸(AFBA)をモノマー材料として重合反応を行うことによって得られる。
【0032】
なお、第2のモノマー由来成分のモノマー材料としては、上述のAFBAの他に、例えば、フェニルボロン酸誘導体、ビニル基修飾レクチン、ビニル基修飾セレクチンなどが挙げられる。
【0033】
(2)第3のモノマー由来成分
第3のモノマー由来成分は、温度に応答して可逆的に疎水化あるいは親水化する温度応答基を有する。また、本発明に係る共重合体において、後述の1H-NMRの測定結果より算出した第3のモノマー由来成分の導入比が40mol%以上90mol%以下の範囲内であることが好ましいが、これに限定されなくてもよい。
【0034】
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体を構成する第3のモノマー由来成分は、以下の式(3)
【0035】
【化5】
に示す構造を有していることが好ましい。なお、上記の式(3)において、数値「x」は、1以上100以下の値を取り得る。xの値は、上述の第1のモノマー由来成分と第2のモノマー由来成分との混合比、および、所望とするLCSTの値などに応じて適宜変更することができる。xの値は、1以上10以下とすることが好ましい。xの値を10以下とすることで、上述の第1のモノマー由来成分と第2のモノマー由来成分の混合比を適量に調整することができる。また、LCSTを体温付近に調整しやすくなる。
【0036】
なお、上記の式(3)における数値「x」は、共重合体中の個々の第3のモノマー由来成分ごとに異なる値を取り得る。この第3のモノマー由来成分としては、例えば、x=3.35のものが挙げられる。この数値は、共重合体中の個々の第3のモノマー由来成分におけるxの値を平均したものである。
【0037】
上記の式(3)に示す構造を有する第3のモノマー由来成分は、例えば、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート(OEGMA)をモノマー材料として重合反応を行うことによって得られる。
【0038】
また、第3のモノマー由来成分のモノマー材料としては、上述のOEGMAの他に、例えば、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、メトキシポリ(エチレングリコール)メタクリレート(PEGMA)、メトキシポリ(エチレングリコール)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレート、2-メタクリロイルオキシホスホリルコリン、メトキシオリゴ(エチレングリコール)アクリレート、メトキシオリゴ(プロピレングリコール)(メタ)アクリレート、アルキルアクリルアミドとその誘導体、ビニルエーテルとその誘導体、アルキルセルロース誘導体などが挙げられる。
【0039】
また、このLCST光シフト共重合体の合成に際し、上記以外のモノマー、例えば、LCSTを調整するためのモノマーを共重合してもかまわない。なお、LCSTを高温側に設定する場合は親水性基を有するモノマーを共重合し、LCSTを低温側に設定する場合は疎水性基を有するモノマーを共重合すればよい。
【0040】
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体は、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体などの種々の共重合体構造を取り得るが、ランダム共重合体であることが好ましい。後述の実施例において合成したP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)は、ランダム共重合体である。
【0041】
本発明の実施の形態に係るLCST光シフト共重合体は、3種類のモノマーを用いて合成されたターポリマーであるが、4種類のモノマーを用いて合成されたテトラポリマーなどであってもよい。
【0042】
<実施例>
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【実施例0043】
1.P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の合成
先ず、ナスフラスコにスピロピランアクリレート(Spiropyran acrylate、SPAA)0.203g(0.50mmol)と、活性アルミナカラムにより重合禁止剤を取り除いたオリゴ(エチレングリコール)メタクリレート(Oligo(ethyleneglycol)methacrylate、 OEGMA)1.135g(3.90mmol)と、 4-アクリルアミド- 3-フルオロフェニルボロン酸( 4-Acrylamide-3-fluorophenylboronic acid、 AFBA)0.148g(0.05mmol)と、重合開始剤である2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)( 2,2’-Azobis(isobutyronitrile)、 AIBN)8g(0.05mmol)を採取し、20mLのエタノールを加えて溶解させた。次いで、液体窒素を用いて、同ナスフラスコ内の溶媒を凍結させた後、真空ポンプを用いて、同ナスフラスコ内を10分間減圧した。減圧後、同ナスフラスコを20℃付近まで温めて同ナスフラスコの溶媒を解凍した。この作業を3回繰り返し、同ナスフラスコ内の気体を除去した。その後、同ナスフラスコ内にアルゴンガスを充填し、同ナスフラスコ内をアルゴン雰囲気下にした後、同ナスフラスコを65℃まで加熱し重合反応を開始した。該重合反応を開始してから8時間が経過した後、該重合により得られた溶液をセルロース透析膜(分画分子量:3500)に入れ、メタノールを用いて3日間透析を行った。この時、一度に使用するメタノールは350mLである。また、本透析では、透析外部溶液を9回交換した。その後、ロータリーエバポレーターを用いて30℃、110mmHgの環境下で透析後の溶液の減圧留去を行い、深紅色の粘性固体を得た。該減圧留去により得られた粘性固体を、デシケーターを用いて3日間真空乾燥を行い、メタノールを完全に除去することにより深紅色の固体を得た。なお、その固体の収率は74.3%であった。また、この時の化学反応は、以下の化学反応式に示される通りである。
【0044】
【化6】
その後、核磁気共鳴装置(NMR:JNM-ECZL-400(400MHz)、溶媒:CDCl
3)を用いて、その固体の同定を行った。なお、
図1には、その
1H-NMRスペクトルを示した。
図1より、5.4~6.4ppm付近に見られるAFBA、SPAA、およびOEGMAのビニル基に由来するピークが、重合後においては消失していることが確認された。また、8.0ppm付近にAFBAに由来するピーク、8.5ppm付近にSPAAに由来するピークおよび2.0ppm付近にOEGMAに由来するピークが確認された。さらに、ピークがブロード化していることからも、上述で得られた深紅色の固体は、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)であると同定された。
【0045】
以下の表1中の「In feed (mol%)」は、重合に使用したモノマー材料のそれぞれの仕込みモノマー比率を示しており、「In polymer (mol%)」は、1H-NMRの測定結果より算出したモノマー由来成分の導入比を示している。また、表1中の「Yield (%)」は、共重合により得られたP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の収率を示している。
【0046】
【表1】
2.P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の評価
【0047】
(1)光照射による LCSTシフト現象の確認
紫外光(波長:365nm)および可視光(波長>400nm)を照射した際の P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)(1.0mg/ml)を含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS(-)/培養液 (v/v=1/1))(以下、「P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液」と称する。)の各温度における波長650nmの光線透過率を測定した。
図2には、その結果、すなわち、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液の光線透過率の温度依存性を示した。
図2より、紫外光照射時および可視光照射時のP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液の光線透過率が共に温度の増加に伴って急激に減少したことがわかる。また、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液の紫外光照射時の光線透過率の減少が42℃付近で生じたのに対し、可視光照射後の光線透過率の減少は35℃付近と比較的低温で生じた。これは、可視光照射によりP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)中のスピロピラン基が開環体から閉環体に異性化し、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の疎水性が増加したため、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液のLCSTが42℃から35℃へと低温側にシフトしたためであると考えられる。したがって、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液は、可視光照射によりLCSTが低温側にシフトすることが確認された。
【0048】
また、
図3には、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液に37℃で波長400nm超の可視光を10秒間照射した際の写真を示した。
図3より、可視光照射によりP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液が白濁したことがわかる。これは、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)中のスピロピラン基が開環体から閉環体に異性化し、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)水溶液のLCSTが37℃を下回ったためと考えられる。したがって、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)は、37℃において波長400nm超の可視光を照射することにより水溶性が変化し、沈殿することが確認された。
【0049】
(2) P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の正常細胞およびがん細胞への取り込み挙動
評価細胞として、正常細胞であるマウス線維芽細胞(L929細胞)、がん細胞であるヒト肝癌由来細胞(HepG2細胞)およびヒト子宮頸癌由来細胞(Hela細胞)に、予め紫外光(波長:365nm)を30分間照射させたP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)(1.0mg/ml)を37℃の環境下で4時間接触させた細胞、並びに、コントロールとしてP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を接触させていないL929細胞、HepG2細胞およびHela細胞を用いて各細胞への取り込み挙動を評価した。評価は、フローサイトメーター(BECKMAN COULTER)により各細胞の蛍光強度を測定した。その結果を、
図4に示す。
図4より、がん細胞である HepG2細胞および Hela細胞に P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を接触させたものは、それぞれのコントロールよりも強い蛍光強度が見られた。それに対して、正常細胞であるL929細胞にP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を接触させたものは、そのコントロールと同程度の位置にピークが見られることが確認された。さらに、
図5には、正常細胞であるL929細胞およびがん細胞であるHepG2細胞とHela細胞に、予め紫外光(波長:365nm)を30分間照射させたP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を37℃の環境下で4時間接触させた際の蛍光顕微鏡画像を示した。
図5より、がん細胞であるHepG2細胞およびHela細胞の内部にのみ、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)由来の赤色の蛍光発光が僅かに観察できた。したがって、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)は、がん細胞であるHepG2細胞およびHela細胞のいずれにも取り込まれるのに対し、正常細胞であるL929細胞にはほとんど取り込まれないことが確認された。このように、がん細胞により効果的にP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)が取り込まれたのは、がん細胞表面に過剰発現しているシアル酸中のジオールとP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)に含まれるAFBA中の芳香族ボロン酸との親和性が高いためと考えられる。また、この時の結合様式は、以下の化学反応式に示される通りである。
【0050】
【0051】
(3)細胞毒性評価
上述の(2)と同様に、予め紫外光(波長:365nm)を30分間照射させたP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を37℃の環境下で4時間接触させたHepG2細胞およびHela細胞を用いて、可視光を照射および未照射時におけるP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の細胞毒性を評価した。
図6には、がん細胞であるHepG2細胞およびHela細胞にP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を各濃度で4時間接触させ、洗浄後、可視光(波長:>400nm)を10秒間照射した際の細胞生存率(
図8における「Vis irrad.」に相当。)を示す。また、
図6には、がん細胞であるHepG2細胞およびHela細胞にP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)を各濃度で4時間接触させ、洗浄後、可視光を照射していない細胞生存率(
図6における「Unirradiated」に相当。)も併せて示している。
図6より、可視光未照射時では、HepG2細胞およびHela細胞のいずれの細胞においてもP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)濃度に関わらず高い細胞生存率を示している。このことから、可視光未照射時におけるP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)の細胞毒性が低いことが確認された。一方、可視光照射時では、HepG2細胞およびHela細胞のいずれの細胞においてもP (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)濃度の上昇に伴って細胞生存率が明確に低下した。このことから、P (AFBA-co-SPAA-co-OEGMA)は、可視光照射時にのみ細胞の死滅を誘導することが示唆された。
【0052】
(まとめ)
以上の結果から、本発明に係る共重合体は、がん細胞表面に過剰発現しているシアル酸を認識することで、がん細胞に優先的に取り込まれることが確認された。また、本発明に係る共重合体は、約37℃のリン酸緩衝生理食塩水中において、可視光照射によってLCSTが37℃以下の低温側にシフトする。このため、リン酸緩衝生理食塩水中に溶解していた共重合体が相転移により析出し、沈殿する。このことから、本発明に係る共重合体を取り込んだがん細胞に対して、カテーテルなどを用いて可視光を照射することによりがん細胞内で共重合体を沈殿させ、がん細胞の死滅を誘導することができる。