(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161121
(43)【公開日】2024-11-15
(54)【発明の名称】細胞外マトリクス、シート状細胞培養物および生体内分解性ゲルの順で構成される三層の積層体
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20241108BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024145217
(22)【出願日】2024-08-27
(62)【分割の表示】P 2021520804の分割
【原出願日】2020-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2019094836
(32)【優先日】2019-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大橋 文哉
(72)【発明者】
【氏名】竹内 涼平
(57)【要約】
【課題】トロンビン液の噴霧において、噴霧圧によるシート状細胞培養物の破損を低減し、シート状細胞培養物の片面にフィブリンゲルを形成する、より操作性の高い積層体の提供を目的とした。
【解決手段】シート状細胞培養物の製造において、温度応答性細胞培養基材上で細胞を培養し、下面に細胞外マトリクスを備えたシート状細胞培養物に対し、フィブリノゲンを滴下し、さらにトロンビン液をシート状細胞培養物に対して斜め方向から噴霧すること、およびシート状細胞培養物の片面にのみフィブリンゲル層を有し、逆の面に細胞外マトリクス層を有する積層体が提供されることにより上記課題が解決された。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、生体内分解性ゲルの順で構成される三層の積層体。
【請求項2】
生体内分解性ゲルが、フィブリンゲルである請求項1の積層体。
【請求項3】
積層体を製造する方法であって、以下:
(i)刺激応答性材料を有する細胞培養基材上で細胞を培養し、下面に細胞外マトリクス層が形成されたシート状細胞培養物を製造するステップ、
(ii)シート状細胞培養物の上面にフィブリノゲンを含む液体を滴下するステップ、
(iii)トロンビンを含む液体をシート状細胞培養物に対して斜め方向から噴霧するステップ、
(iv)前記フィブリノゲンと前記トロンビンとの反応によりフィブリンゲル層を前記シート状細胞培養物の上面に形成するステップ、
を含む、細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、フィブリンゲルの順で構成される三層の積層体を製造する方法。
【請求項4】
ステップ(iii)において、シート状細胞培養物を回転させることをさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
トロンビンを含む液体を噴霧するためのスプレーノズル、および
スプレーノズルを支持し、スプレーノズルの角度を調節するスタンド、
を含む、請求項3または4に記載の方法に用いる装置。
【請求項6】
回転台をさらに含む、請求項5に記載の装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載の装置に用いられるスタンドであって、支柱およびホルダを備える、前記スタンド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリクス、シート状細胞培養物および生体内分解性ゲルの順で構成される三層の積層体、当該積層体の製造方法および当該製造方法に用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織などの修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞などの利用が試みられている(非特許文献1)。
【0003】
このような試みの一例として、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発された。また、このような細胞培養物の応用のために、温度応答性細胞培養基材を使用することにより細胞外マトリクスなどの細胞が分泌した接着性タンパク質を保持したまま、細胞を剥離させる方法などが開発された(特許文献1)。さらに、このようなシート状細胞培養物は一般に脆弱であるため、かかる問題を改善するために、フィブリンゲルとの積層体を製造する方法が試みられてきた(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4422540号公報
【特許文献2】特許第6495603号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Haraguchi et al., Stem Cells Trans1 Med. 2012 Feb;1(2):136-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に記載のシート状細胞培養物とフィブリンゲルの積層体に関して、積層体の作成においてトロンビンを含む液体を噴霧する際に、噴霧によりシート状細胞培養物が破損されること、および時折シート状細胞培養物の両面においてフィブリンゲルが生成され、操作性の低下した積層体を生じることが分かった。したがって、本発明はこれらの問題を有さない、より操作性の高い、積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねる中で、生体内分解性ゲルおよびシート状細胞培養物の積層体において、刺激応答性材料を有する細胞培養基材上で細胞を培養することでシート状細胞培養物を製造し、さらに生体内分解性ゲルがフィブリンゲルである場合においてトロンビンを含む液体を噴霧する際に、シート状細胞培養物に向かって垂直に噴霧するのではなく、シート状細胞培養物に対して一定角度を有して噴霧することにより、噴霧圧によるシート状細胞培養物の破損のリスクを低減させること、さらにかかる噴霧により、垂直に噴霧する際に比べてシート状細胞培養物上のトロンビンおよび/またはフィブリノゲンを押し出す力が弱くなり、シート状細胞培養物の片面にのみフィブリンゲル層を有し、逆の面に細胞外マトリクス層を有する積層体が提供されることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、生体内分解性ゲルの順で構成される三層の積層体。
[2]生体内分解性ゲルが、フィブリンゲルである[1]の積層体。
[3]積層体を製造する方法であって、以下:
(i)刺激応答性材料を有する細胞培養基材上で細胞を培養し、下面に細胞外マトリクス層が形成されたシート状細胞培養物を製造するステップ、
(ii)シート状細胞培養物の上面にフィブリノゲンを含む液体を滴下するステップ、
(iii)トロンビンを含む液体をシート状細胞培養物に対して斜め方向から噴霧するステップ、
(iv)前記フィブリノゲンと前記トロンビンとの反応によりフィブリンゲル層を前記シート状細胞培養物の上面に形成するステップ、
を含む、細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、フィブリンゲルの順で構成される三層の積層体を製造する方法。
[4]ステップ(iii)において、シート状細胞培養物を回転させることをさらに含む、[3]に記載の方法。
【0009】
[5]トロンビンを含む液体を噴霧するためのスプレーノズル、および
スプレーノズルを支持し、スプレーノズルの角度を調節するスタンド、
を含む、[3]または[4]に記載の方法に用いる装置。
[6]回転台をさらに含む、[5]に記載の装置。
[7][5]または[6]に記載の装置に用いられるスタンドであって、支柱およびホルダを備える、前記スタンド。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る積層体は、トロンビン噴霧中の噴霧圧によるシート状細胞培養物の破損のリスクが低減され、またシート状細胞培養物の片面にのみフィブリンゲルが存在し、逆の面には細胞外マトリクスの層が存在しているため、シート状細胞培養物を移植に用いる際に、移植部位に対する接着性が向上する。すなわち、本発明に依れば、操作性の優れたより良質のシート状細胞培養物を臨床現場に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1A~
図1Cは、本発明に係るスタンド1についての概略図を示す。
図1Aは、スタンド1の側面図を示す。
図1Bは、スタンド1の正面図を示す。
図1Cは、スタンド1のホルダ7および支柱3を外した平面図を示す。
【
図2】
図2A~
図2Dは、本発明に係るスタンド1のホルダ7部分の拡大図を示す。
図2Aは、ホルダ7の背面図を示す。
図2Bは、ホルダ7の平面図を示す。
図2Cは、ホルダ7の側面図を示す。
図2Dは、ホルダ7の正面図を示す。
【
図3】
図3は、回転台9と組み合わせたスタンド1の概略図を示す。
【
図4】
図4は、本発明の方法により製造した積層体の断面図を示す。
【
図5】
図5は、比較としてトロンビン液、フィブリノゲン液の順に滴下して製造した積層体の断面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の一側面は、細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、生体内分解性ゲルの順で構成される三層の積層体に関する。
一般的に「細胞外マトリクス」は、細胞から分泌される、水、タンパク質、多糖類などから構成される成分であり、これらに限定されないが、コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリンなどを含む。細胞外マトリクスは、細胞にとって物理的な足場になり、さらに組織の形態形成・分化・ホメオスタシスにおいても重要な役割を担っている。
【0013】
本発明において、細胞外マトリクスは、物理的な足場としての機能により、積層体の細胞外マトリクス層が、シート状細胞培養物が移植部位に接着することに寄与する。かかる効果により、シート状細胞培養物を移植する際に、例えば縫合などの、移植部位にシート状細胞培養物を接着するステップを簡略化することができ、臨床応用における操作性が向上する。細胞外マトリクスは細胞由来成分であるため、本発明に係る積層体と共に移植に供することにおいてなんら問題はない。本発明において、細胞外マトリクスの層の厚さは、1nm~100nmであり、好ましくは、1nm~50nmである。
【0014】
本発明において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、細胞接着因子などにより直接連結していてもよく、また細胞外マトリクスなどを介して間接的に連結していてもよい。シート状細胞培養物は、単層であってもよく、2層、3層、4層またはそれ以上といった複層になっていてもよく、もしくは層構造を有さない立体構造であってもよい。
【0015】
シート状細胞培養物を構成する細胞は、シート状細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、これらに限定されないが、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、間葉系幹細胞)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたものであってもよい。
【0016】
シート状細胞培養物を構成する細胞は、シート状細胞培養物による処置に供する任意の生物に由来することができ、かかる生物は、これらに限定されないが、ヒト、霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどを含む。また、シート状細胞培養物を構成する細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。本発明の好ましい態様において、シート状細胞培養物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も好ましい比率(純度)は、シート状細胞培養物製造終了時において、60%以上、好ましくは、70%以上、より好ましくは75%以上である。
本発明において、シート状細胞培養物は当業者に公知の任意の方法で製造することができる。例として、培養基材上に細胞を播種するステップ、播種した細胞をシート化するステップ、形成したシート状細胞培養物を培養基材から単離するステップを含む方法により調製することができる。好ましくは、培養基材は温度応答性細胞培養基材であり、さらに好ましくは細胞外マトリクスを形成するために、細胞を播種からシート状細胞培養物の単離まで、1時間以上温度応答性細胞培養基材上で培養する。
【0017】
本発明において「生体内分解性ゲル」は、生体内において分解し、体内へ吸収され、代謝、排泄されるゲルを指す。生体内分解性ゲルは、これらに限定されないが、フィブリンゲル、アドスプレー(登録商標)(テルモ社製)により形成されるゲルなどを含む。生体内分解性ゲルは、好ましくは2種類の液体を混合させることにより粘性を生じるものを指す。例えば、フィブリンゲルは、フィブリノゲンを含む液体(以下、フィブリノゲン液と称する)とトロンビンを含む液体(以下、トロンビン液と称する)を混合することにより、フィブリノゲンにトロンビンが作用して形成される高い強度を備えるゲルである。
本発明において、生体内分解性ゲル層は、シート状細胞培養物に強固に接着しており、シート状細胞培養物を培養容器から剥離させる際、およびシート状細胞培養物を移植などに供するために移動させる際に、シート状細胞培養物の破損を防ぐことに有用である。また、生体内分解性ゲルは生体内で分解することが可能であるため、本発明に係る積層体は、生体内分解性ゲル層ごと移植に供することが可能である。本発明において、生体内分解性ゲル層の厚さは、5μm~1300μmであり、好ましくは、50μm~300μmである。
【0018】
一態様において、生体内分解性ゲルは厚みが均一となっている。ここで均一とは、厚みの最も厚い部分と最も薄い部分の差異が20%以下であることを指す。均一は、厚みの差異が好ましくは、10%以下であることを指し、さらに好ましくは、5%以下であることを指す。一態様において、生体内分解性ゲルは固くないものである。好ましくは、生体内分解性ゲルは柔らかく粘性を有するものである。
一態様において、積層体は、下から順に、細胞外マトリクス層、シート状細胞培養物、生体内分解性ゲル層の順に積層されている。
【0019】
本発明の別の側面は、刺激応答性材料を有する細胞培養基材上で細胞を培養し、下面に細胞外マトリクス層が形成されたシート状細胞培養物を製造するステップ、シート状細胞培養物の上面にフィブリノゲン液を滴下するステップ、トロンビン液をシート状細胞培養物に対して斜め方向から噴霧するステップ、前記フィブリノゲンと前記トロンビンとの反応によりフィブリンゲル層を前記シート状細胞培養物の上面に形成するステップ、を含む、細胞外マトリックス、シート状細胞培養物、フィブリンゲルの順で構成される三層の積層体を製造する方法に関する。
【0020】
本発明において「刺激応答性材料を有する細胞培養基材」は、例えば温度、pH、光などによる刺激に応答して物性が変化する基材を含むものであり、かつ細胞培養に適しているものを指す。好ましくは、刺激応答性材料を有する細胞培養基材は、温度応答性細胞培養基材を指す。さらに好ましくは、温度応答性細胞培養基材は、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、別のある温度においては細胞非接着性を示すものを指す。従来、シート状細胞培養物を培養容器から剥離させる際には、トリプシン処理などを行う必要があり、このような処理によって細胞外マトリクスが破損されていた。しかしながら、温度応答性細胞培養基材を含む刺激応答性材料を有する細胞培養基材上で細胞を培養し、シート状細胞培養物を製造すると、剥離させる際にかかる処理が不要となり、細胞外マトリクスを備えたままシート状細胞培養物を剥離させることが可能となる。刺激応答性材料を有する細胞培養基材を備えた培養容器は、公知の任意のものを使用することができ、例えば、温度応答性細胞培養基材について、市販されている株式会社セルシードのUpcell(登録商標)や DIC株式会社のCepallet(登録商標)を使用することができる。
【0021】
フィブリノゲン液としては、トロンビンと反応してフィブリンゲルを形成し得るものであれば特に限定されず、フィブリノゲンを、例えば、1mg/mL~500mg/mL、5mg/mL~400mg/mL、10mg/mL~250mg/mL、20mg/mL~150mg/mL、40mg/mL~100mg/mL、50mg/mL~90mg/mLなどの濃度で含む液体が挙げられる。フィブリノゲン液の溶媒は、典型的に水である。フィブリノゲン液は、フィブリノゲン以外に、第XIII因子、アプロチニン、血清アルブミン、グリシン、L-アルギニン塩酸塩、L-イソロイシン、L-グルタミン酸ナトリウム、D-マンニトール、クエン酸ナトリウム水和物、塩化ナトリウムなどの成分を含んでいてもよい。フィブリノゲン液は、市販されているか、公知の手法に基づいて製造することができる。市販のフィブリノゲン液としては、これらに限定されないが、例えば、ボルヒール(登録商標)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン凍結乾燥粉末)をバイアル2の内容物(フィブリノゲン溶解液)で溶解したもの、ベリプラストPコンビセット(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン末)をバイアル2の内容物(アプロチニン液)で溶解したものなどが挙げられる。
【0022】
フィブリノゲン液の滴下は、公知の任意の手法、例えば、シリンジまたはピペットなどを用いて行うことができる。シリンジとしては、例えば、容量0.5mL~5mLの針なしシリンジまたは、針付シリンジ(例えば、18G~27Gの針付シリンジ)、ボルヒール(登録商標)組織接着用に付属する調製器セットの2液混合セット(内径約1mmのアプライノズル付、ニプロ社製)、ベリプラスト調製器セットの2液混合セット(アプライノズル付、ニプロ社製)などを用いることができる。フィブリノゲン液の滴下量は、シート状細胞培養物の上面を被膜できれば特に限定されず、例えば、約6μL/cm2~約70μL/cm2、約9μL/cm2~約50μL/cm2、約12μL/cm2~約45μL/cm2、約15μL/cm2~約40μL/cm2、約18μL/cm2~約32μL/cm2などであってもよい。フィブリノゲン液の滴下量は、これらに限定されないが、直径45mmのシート状細胞物に対して、約100μL~約1000μL、約150μL~約800μL、約200μL~約700μL、約250μL~約600μL、約300μL~約500μLなどが挙げられる。フィブリノゲン液を滴下する際の液滴の粒径は特に限定されないが、例えば、滴下後、シート状細胞培養物に付着した液滴の直径が約0.2cm~約2.0cmとなる範囲であってもよい。また前記液滴の重量は、これらに限定されないが、例えば、約10mg~約100mg、約15mg~約50mg、約20mg~約30mgなどの範囲であってもよい。液滴の粒径や重量は、シリンジへの針の装着の有無や、装着する針のゲージ数や針先の形状によって、適宜調整することができる。
【0023】
トロンビン液としては、フィブリノゲンと反応してフィブリンゲルを形成し得るものであれば特に限定されず、トロンビンを、例えば、1単位/mL~10000単位/mL、10単位/mL~5000単位/mL、25単位/mL~2500単位/mL、50単位/mL~1000単位/mL、100単位/mL~500単位/mL、250単位/mL~300単位/mLなどの濃度で含む液体が挙げられる。トロンビン液の溶媒は、典型的に水である。トロンビン液は、トロンビン以外に、クエン酸ナトリウム水和物、塩化ナトリウムなどの成分を含んでいてもよい。トロンビン液は、市販されているか、公知の手法に基づいて製造することができる。市販のトロンビン液としては、これらに限定されないが、例えば、ボルヒール(登録商標)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル3の内容物(トロンビン凍結乾燥粉末)をバイアル4の内容物(トロンビン溶解液)で溶解したもの、ベリプラストPコンビセット(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル3の内容物(トロンビン末)をバイアル4の内容物(塩化カルシウム液)で溶解したものなどが挙げられる。
【0024】
トロンビン液の噴霧は公知の任意の手法、例えば、スプレーなどを用いて行うことができる。スプレーは、これらに限定されないが、ボルヒール(登録商標)スプレーセット(秋田住友ベーク社製)、ベリプラストPコンビセット(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)に付属の2液混合セットにおいてスプレーチップを装着したものなどが挙げられる。トロンビン液の噴霧量は、シート状細胞培養物の上面を被覆できれば特に限定されず、シート状細胞培養物への推定付着量として、例えば、約3μL/cm2~約70μL/cm2、約5μL/cm2~約50μL/cm2、約6μL/cm2~約45μL/cm2、約12μL/cm2~約40μL/cm2、約18μL/cm2~約32μL/cm2等であってよい。トロンビン液の噴霧量の非限定例としては、直径45mmのシート状細胞培養物への推定付着量として、約50μL~約1000μL、約80μL~約800μL、約100μL~約700μL、約200μL~約600μL、約300μL~約500μL等が挙げられる。なお、シート状細胞培養物への推定付着量は、所定量のトロンビン液を、実際に噴霧するスプレー、高さ、噴霧圧、噴霧角度で噴霧した時に、所定の範囲内(例えば、直径45mmの円内)に付着した液の重量を測定し、これをトロンビン液の密度(0.999973g/cm3)で除して算出する。当業者であれば、本明細書の記載に基づき、トロンビン液の所望の推定付着量をもたらす噴霧条件を、過度の実験を要することなく決定することができる。例えば、噴霧量300μL、500μL、600μLおよび900μLに対する推定付着量が、それぞれ100μL、180μL、300μLおよび450μLであることが確認されていることから、最小二乗法により、推定付着量(μL)=噴霧量(μL)×0.6-88(μL)の近似曲線が得られ、これを基に、所望の推定付着量をもたらす噴霧量を求めることができる。
【0025】
本発明において、トロンビン液の噴霧は、シート状細胞培養物上に満遍なく滴下されたフィブリノゲン液に対し実施される。ここでトロンビン液の噴霧は、噴霧されたトロンビン液および/または滴下されたフィブリノゲン液がシート状細胞培養物の下面に回り込まず、かつ噴霧によりシート状細胞培養物に損傷を与えないよう様に実施されなければならない。噴霧されたトロンビン液および/またはフィブリノゲン液がシート状細胞培養物の下面に回り込むと、シート状細胞培養物の下面にもフィブリンゲル層が形成される。そうなると移植の際において、シート状細胞培養物と移植部位の間にフィブリンゲル層が入ることとなり、移植部位へシート状細胞培養物が接することを妨げ、細胞接着に関わる細胞外マトリクスをはじめ細胞が分泌する物質のやりとりを妨げるなど操作性が低下することとなる。
【0026】
一般に、スプレーノズルを用いて液体を噴霧する際は、噴霧対象に対して垂直方向からまっすぐに噴霧する。しかし、シート状細胞培養物に対してこのように垂直方向から噴霧すると、噴霧圧がすべてシート状細胞培養物に対し垂直にかかり、シート状細胞培養物に損傷を与えるリスクが高くなる。また既に滴下されているフィブリノゲン液および/または噴霧されたトロンビン液が、高い噴霧圧およびそれがシート状培養物にあたる際の反作用により強く遠くへ押し出され得る。噴霧圧を抑えるために、シート状細胞培養物から距離を取ると、ノズルから噴霧されたトロンビン液はより広く放射状に広がっていくため、トロンビン液が培養容器の縁をつたいシート状細胞培養物の下面に回り込む。加えてシート状細胞培養物の周囲にまで噴霧することとなり、噴霧に供するトロンビン液が余分に必要になってくる。
【0027】
本発明において、噴霧は斜め方向から実施される。斜め方向からの噴霧により噴霧圧は、シート状細胞培養物に対し垂直な方向と、平行な方向へと分散され、シート状細胞培養物にかかる圧力は垂直方向からの噴霧に比べて小さくなるため、シート状細胞培養物に対して損傷を与えるリスクも低減されると考えられる。またシート状細胞培養物に対して平行な方向へ分散された圧力により、トロンビン液は均等にならされていく。この時のシート状細胞培養物に対して水平な方向へ分散された圧力は、垂直方向から噴霧した際のフィブリノゲン液および/または噴霧されたトロンビン液を、強く遠くへ押し出す力よりも弱く、加えてすでにトロンビンと反応したフィブリノゲンが粘性をもってより押し流すのを妨げ、シート状細胞培養物の縁からフィブリノゲン液および/またはトロンビン液を押し出し、シート状細胞培養物の下面にフィブリンゲルが形成されるリスクを低減させ、さらにシート状細胞培養物に対して垂直方向にかかる圧力も低減されるため、垂直方向から噴霧する際に比べて距離を離さなくてよく、培養容器の縁をつたっていくこともないと考えられる。
【0028】
このような斜め方向からの噴霧は、シート状細胞培養物に対するトロンビン液が噴霧される高さ、角度により決定される。シート状細胞培養物に対してスプレーノズルの噴霧位置が約2cm~約15cmの高さであり、およびシート状細胞培養物に対して約15°~約150°傾斜した方向から、約0.005MPa~約0.1MPaの圧力で噴霧を実施することで、本発明の効果を奏することができる。好ましくは、スプレーノズルの噴霧位置が、シート状細胞培養物に対して7cmの高さであり、およびシート状細胞培養物に対して45°傾斜した方向から噴霧を実施する。
【0029】
好ましい態様において、トロンビン液の噴霧は、シート状細胞培養物を回転させながら実施する。ここで「回転」とは、シート状細胞培養物の中心を通り、シート状細胞培養物を含む面に垂直な軸の周りで、シート状細胞培養物を回転させることを指す。シート状細胞培養物を回転させることによって、フィブリンゲル層の厚みをより均一にすることが可能となる。これによって、積層体におけるフィブリンゲルの厚みのむらをより小さくすることができ、培養容器からの剥離または移植部位への移動の際などに、薄い部分が損傷することを防ぐことができる。回転は、作業者が手動で実施しても、また回転台のような器具を用いて回転させてもよい。また回転は、例えばシート状細胞培養物が丸まったときなどにおいて、縦方向および/または横方向の揺動が組み合わさったものであってもよい。好ましくは、回転は、噴霧している間継続して実施され続ける。
【0030】
一態様において、本発明における、フィブリンゲルを作成するステップは、温度応答性細胞培養基材からシート状細胞培養物を剥離させる前に実施することができる。かかる態様において、シート状細胞培養物の細胞外マトリクスを形成している面は、温度応答性細胞培養基材に接着しておりそれぞれの液が入り込まないため、シート状細胞培養物の細胞外マトリクスを含む側にフィブリンゲルが形成されるリスクを低減することができる。一態様において、本発明に係る方法は、すべてのステップにおいて無菌条件下で実施される。
【0031】
シート状細胞培養物に適用されるフィブリノゲン液とトロンビン液との比率は、得られる積層体の移植操作を過度に阻害しないものであれば特に限定されず、例えば、フィブリノゲン液の滴下量とトロンビン液の推定付着量との体積比として、約5:1~約1:3、約4:1~約1:2、約3:1~約1:1.5、約2.5~約1:1、約2:1~約1:1、約1.5~約1:1であり、好ましくは、約1:1である。また積層体に付着するフィブリノゲンとトロンビンとの比(mg:単位)として、約8:5~約8:75、約32:25~約4:25、約24:25~約16:75、約4:5~約8:25、約16:25~約8:25、約12:25~約8:25であり、好ましくは約8:25である。
【0032】
フィブリノゲン液とトロンビン液の濃度や量を調節することにより、得られる積層体の厚みや、性状(柔軟性、粘着性など)を変化させることができる。例えば、フィブリノゲン液の量を増大させることにより、積層体の厚みを増大させることができ、フィブリノゲン液(80mg/mL)の滴下量とトロンビン液(250単位/mL)の推定付着量との体積比を1:1に近づけるほど、また積層体に付着するフィブリノゲンとトロンビンとの比(mg:単位)を8:25に近づけるほど、積層体の柔軟性および粘着性が高まり、操作性が改善する。
【0033】
フィブリンゲルの層を形成するステップは、限定されずに、例えば、トロンビン液を噴霧後、シート状細胞培養物を一定期間静置することにより行うことができる。静置期間は、これらに限定されないが、例えば、約1分~約60分、約2分~約30分、約3分~約20分、約4分~約10分など、より具体的には、例えば、約1分、約2分、約3分、約4分、約5分、約6分、約7分、約8分、約9分、約10分などであり、好ましくは約5分である。
【0034】
本発明の別の側面は、スプレーノズルおよびスタンドを含む、斜め方向からトロンビンを含む液体を噴霧するための装置に関する。
本発明において「スプレーノズル」は、公知の任意のものを用いることができ、例えば、これらに限定されないが、ボルヒール(登録商標)スプレーセット(秋田住友ベーク社製)、ベリプラストPコンビセット(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)に付属の2液混合セットにおいてスプレーチップを装着したものなどが使用できる。
【0035】
本発明において「スタンド」は、トロンビンを噴霧するためのスプレーノズルを支持するためのものであり、スプレーノズルの位置、すなわちスプレーノズルの先端の噴霧開始位置およびスプレーノズルの角度を決定し、当該位置からシート状細胞培養物に対し一定の角度で噴霧を実施するためのものである。ここでスプレーノズルの角度は、噴霧対象、すなわちシート状細胞培養部を含む平面に対するスプレーノズルの傾きを指す。一態様において、スタンドは滅菌後に使用される。
以下、本発明を、図面を参照しつつ、好適な実施態様に基づき、詳細に説明する。なお、図中の数値は好適な態様におけるものを示すものであり、これらに限定されるべきものではない。
【0036】
図1は、本発明に係るスタンドの三面図を示す。
図1において、スタンド1は、シャフトホルダ2、支柱3、カラー4、クランプレバー5、プレート6、ホルダ7からなる。
図1Aはスプレーノズル8を備えたスタンド1の側面図を示している。スタンド1の高さは、支柱3の大きさによって変動し得、スプレーノズルの噴霧位置を、上記積層体の製造方法における好ましい高さに調節することができる。支柱3はシャフトホルダ2により固定され、プレート6により作業台上に安定して設置される。支柱3の上端にはホルダ7が取り付けられ、該ホルダがスプレーノズル8を固定する。ホルダ7の支柱3に対する取り付け角度により、スプレーノズル8の角度を変動し得、噴霧される角度を、上記積層体の製造方法における好ましい角度に調節することができる。
図1Bは、スタンド1の正面図を示す。
図1Cは、ホルダ7および支柱3を外した、スタンド1の平面図を示す。
図1Cにおいては、金属カラー4およびクランプレバー5が示されている。一態様において、クランプレバー5を操作することにより、シャフトホルダ2を緩めるか、または締めることができ、それにより支柱3の脱着ができる。
【0037】
図2は、
図1において示されたスタンド1におけるホルダ7を拡大した四面図を示す。
図2Aおよび
図2Bが示すように、ホルダ7はスプレーノズルが固定される好適な形状をしており、例えば、ボルヒール(登録商標)スプレーセット(秋田住友ベーク社製)のスプレーチップまたはベリプラストPコンビセット(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)を使用する態様においては、先端に進むにつれ、開口サイズが小さくなるような形状をしている。また、
図2Bの平面図のスリット71は、上記のスプレーノズルを使用する際に、スプレーノズルへのガス供給のためのエアラインを通すことを可能とする。
図2Cおよび
図2Dは、ホルダ7の側面図および正面図を示している。それぞれの図において、支柱3を接続する開口部72が示されており、ホルダ本体に対する開口部の角度により、ホルダ、すなわちホルダに固定されるスプレーノズルの角度を調節することができる。
【0038】
スタンド1を使用する際は、予め上記積層体の製造方法に用いるために適した高さおよび角度となるように、支柱3およびホルダ7を調節し、かかる状態でホルダ7にスプレーノズル8をエアラインがホルダ7のスリット部71に合うようにして固定する。作業者は、本発明に係るスタンドを用いることにより、噴霧の高さおよび角度など一定条件で噴霧し続けることができるようになり、噴霧作業を行うための習熟が軽減される。また、スプレーノズルを固定することにより、片手が空くため、1人の作業者による作業においても、シート状細胞培養物を回転させながら、トロンビン液を噴霧することが可能になる。
スタンド1を構成する材料としては、特に限定されないが、滅菌可能な材料であることが好ましい。滅菌可能な材料は、例として、これらに限定されないが、ステンレス、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、4フッ化エチレン・エチレン共重合樹脂などが挙げられる。好ましくは、滅菌可能な材料はステンレスである。
【0039】
一態様において、装置は、回転台をさらに含む。
本発明において「回転台」は、シート状細胞培養物を含む培養容器を静置することができる天板を有し、該天板を一定の角速度で回転させることができる器具を指す。一態様において、回転台は、設定を入力すると自動で回り続ける、電動のものである。
図3は、回転台を含む装置の概略図である。なお、説明を容易とするため、
図3における各部材の大きさおよび位置関係は、適宜強調されており、図示の各部材の大きさおよび位置関係は、それぞれ実際のものを示すものではない。
【0040】
図3に示すように、当該装置において、回転台9上で回転している試料に対して、スタンド1により固定されたスプレーノズル8から液を噴霧する。かかる態様により、上記積層体の製造方法における、トロンビン液の噴霧の際に、シート状細胞培養物の回転およびスプレーノズルの支持が賄われるため、作業者はトロンビン液のシリンジを押し込むだけで噴霧ステップを実施することができる。スタンド1と回転台9の位置関係は、スタンド1に支持されたスプレーノズル8の先端を延長したところに、回転台9上の試料の中心があることが望ましい。スタンド1と回転台9は物理的につながっていてもよく、また、別個に分かれていてもよい。
【実施例0041】
例1.積層体の製造
細胞凍結用保存液(10%DMSO含有MCDB培地)中で凍結保存した骨格筋芽細胞(CD56陽性細胞)を37℃で解凍し、0.5%血清アルブミンを含む生理緩衝液を用いて2回洗浄した。洗浄した細胞6.0×107個を、ヒト血清20%含有DMEM培地(10mL)に懸濁させ、直径10cmの細胞培養皿(UpCell(登録商標)10cmディッシュ、CS3005、セルシード社製)に播種した。播種後、細胞を37℃、5%CO2に設定されたインキュベーター(BNA-121D、エスペック社製)内で20時間培養した。培養後、培養皿をインキュベーターから取り出し、シート状細胞培養物が、培養皿底面全体を覆うように接着していることを確認し、培地を廃棄した。その後、温度処理(室温(20~25℃)に5~30分間静置)およびピペッティングにより、シート状細胞培養物を培養皿から剥離した。得られたシート状細胞培養物は47mm×47mmの大きさであった。
【0042】
培養皿中の培養液を除去し、必要に応じてシート状細胞培養物を整形した後、シート状細胞培養物上にフィブリノゲン液(ボルヒール(登録商標)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン凍結乾燥粉末)をバイアル2の内容物(フィブリノゲン溶解液)で溶解したもの、フィブリノゲン濃度80mg/mL、以下同じ)を500μL、ボルヒール(登録商標)組織接着用に付属する調製器セットの2液混合セット(長さ約6cm、内径約1mmのアプライノズル付、ニプロ社製)を用いて滴下した。次いで、トロンビン液(ボルヒール(登録商標)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル3の内容物(トロンビン凍結乾燥粉末)をバイアル4の内容物(トロンビン溶解液)で溶解したもの、トロンビン濃度250単位/mL、以下同じ)を800μL、ボルヒール(登録商標)スプレーセット(秋田住友ベーク社製)を用い、噴霧ノズルを細胞シートから約7cm離して0.03MPaの圧力で噴霧した。シート状細胞培養物は、培養皿から剥離することにより収縮し、培養皿の底面より小さくなるため、噴霧した800μLのトロンビン液のうち、約500μLがシート状細胞培養物上に付着したと推定される。なお、トロンビン液の推定付着量は、所定量のトロンビン液(この場合は800μL)を、所定のスプレー(本例の場合はボルヒール(登録商標)スプレーセット)、噴霧圧(本例の場合は0.03MPa)、高さ(本例の場合は約7cm)、噴霧角度(本例の場合は45°)で実際に噴霧し、所定の範囲内(本例の場合は、直径約45mmの円内)に付着したトロンビン液の重量を電子天秤で測定し、トロンビン液の密度で除すことにより算出した。
【0043】
フィブリノゲン液の滴下とそれに次ぐトロンビン液の噴霧における反応により、フィブリンゲルが形成される。約5分間静置後、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液(HBSS(+)、Cat No.14025、Life Technologies社製、以下同じ)を加え、直ちに除去することにより、シート状細胞培養物を含む培養皿を洗浄した。これにより、未反応のフィブリノゲン液やトロンビン液を除去することができる。次いで、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液を再度加えて約15分間静置後、培養皿中の溶液を除去し、シート状細胞培養物上以外で凝固したフィブリンゲルをスカルペルでトリミングし、フィブリンゲルとシート状培養物の積層体を単離した(積層体1)。単離した積層体の断面を確認したところ、フィブリンゲルはシート状細胞培養物の上面にのみ(
図4においては上下が反転している)フィブリンゲルが形成されており、そのゲルの厚みにはムラがなく均一となっていることが確認された(
図4)。
【0044】
また、比較のため、トロンビン液、フィブリノゲン液の順序により滴下する手法で、フィブリンゲルとシート状細胞培養物との積層体(比較積層体1)の製造を試みた。
積層体1と同様にシート状細胞培養物を形成させ、培養皿から剥離した。培養皿中の培養液を除去し、必要に応じてシート状細胞培養物を整形した後、シート状細胞培養物上にフィブリノゲン液を800μLおよびトロンビン液を800μL、ボルヒール(登録商標)組織接着用に付属する調製器セットの2液混合セット(長さ約6cm、内径約1mmのアプライノズル付、ニプロ社製)を用い、順に滴下した。約5分間静置後、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液を加え、直ちに除去することにより、シート状細胞培養物を含む培養皿を洗浄した。次いで、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液を再度加えて約15分間静置後、培養皿中の溶液を除去した。断面を確認したところフィブリンゲルは、シート状細胞培養物の上面だけでなく下面においても(
図5においては上下が反転している)形成されていたことが確認された。さらに、フィブリンゲル層は、ゲルの厚みが均一となっておらず、操作性が低下していた(
図5)。
【0045】
同様に比較のため、フィブリノゲン液、トロンビン液の順序により滴下する手法でフィブリンゲルとシート状細胞培養物との積層体(比較積層体2)、フィブリノゲン液およびトロンビンを両方とも噴霧した積層体(比較積層体3)およびトロンビン液の滴下に次いでフィブリノゲン液を噴霧した積層体(比較積層体4)の製造を試みた。製造は、それぞれの液を滴下および/または噴霧することおよびその順序以外は、比較積層体1の製造と同じ方法で実施した。
比較積層体2は、1300μmを超える分厚い積層体でかつ、固いゲルとなり、移植操作において適さないものであった。比較積層体3は、フィブリンゲルがシート状細胞培養物から剥離し、積層体を形成しなかった。比較積層体4は、フィブリンゲル層がまだらに形成され、層の裏側は固まっておらず、積層体を形成しなかった。
【0046】
例2.積層体の評価
積層体1の製造と同じ手順で、フィブリノゲン液の滴下量を300μL、トロンビン液の噴霧量を約600μL(推定付着量約300μL)とした積層体2を、フィブリノゲン液の滴下量を300μL、トロンビン液の噴霧量を900μL(推定付着量約450μL)とした積層体3を、フィブリノゲン液の滴下量を300μL、トロンビン液の噴霧量を300μL(推定付着量約100μL)とした積層体4を、フィブリノゲン液500μL、トロンビン液の噴霧量を500μL(推定付着量約180μL)とした積層体5を、それぞれ製造した。
【0047】
例1で得た積層体1および積層体2~5の大きさ、重量、強度、厚みおよび性状について評価した。大きさは定規により、重量は電子式非自動はかり(AT201、Mettler-Toledo社製)により、厚みはダイヤルシックネスゲージ(SM-124、テクロック社製)により測定した。強度は、積層体を液中で伸展させた状態で、ステンレス製の腸べら(幅45mm、以下同じ)ですくい上げ、積層体が腸べらの表面に付着した状態で液外に配置し、積層体を下面から上面へ貫通させ、両端を結び合わせて環状にした針付き縫合糸(6-0プロリン)をゲージ(汎用系デジタルフォースゲージ、FGC-1B、日本電産シンポ社製)につないで水平方向へ引っ張り、積層体破断時までの最大荷重(引張破断荷重)を測定した。強度の測定は、積層体の異なる3か所について行った(n=3)。性状は、積層体を、心臓を模したボトルの側面に移す操作の際に観察された状態に基づき定性的に評価した。
【0048】
【表1】
表1の結果より、混合比による強度の差は大きくないが、混合比により重みと固さ、粘度などの性質に違いが生じることが明らかとなった。また積層体を、心臓を模したボトルに移す操作における操作の容易性(腸べらへの載せやすさ、移動時の腸べらからの落ちにくさ、腸べらからボトルへの移しやすさ)および、操作時の積層体の状態(皺が寄る、破れるなどが生じないか)に基づくと、混合比が1:1であるときに最も良好な操作性を提供した。
本発明に係る積層体を用いることにより、製造したシート状細胞培養物を培養基材から剥離させる際、および移植部位などに移動させる際に、破損するリスクを低減させることができ、また移植部位において、シート状細胞培養物の接着のためのステップを簡略化することができる。このような操作性の高いシート状細胞培養物を提供することにより、シート状細胞培養物を用いた再生医療がより広く普及し得る。