(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161699
(43)【公開日】2024-11-20
(54)【発明の名称】湿式係合機構の制御装置
(51)【国際特許分類】
F16D 25/0638 20060101AFI20241113BHJP
F16D 48/06 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
F16D25/0638
F16D28/00 A
F16D48/06 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076619
(22)【出願日】2023-05-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083998
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 丈夫
(74)【代理人】
【識別番号】100096644
【弁理士】
【氏名又は名称】中本 菊彦
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 克也
【テーマコード(参考)】
3J057
【Fターム(参考)】
3J057AA04
3J057BB04
3J057GA02
3J057GA64
3J057GB11
3J057GB13
3J057GB14
3J057GB19
3J057GB22
3J057GC01
3J057GC06
3J057GC08
3J057GD01
3J057GE05
3J057GE07
(57)【要約】
【課題】潤滑オイルが劣化した場合であっても係合させるための圧力(油圧)を適正に制御できる装置を提供する。
【解決手段】潤滑オイルによって湿潤状態とさせられる摩擦面を、係合要求に応じて加圧接触させることにより、トルクを伝達する湿式係合機構の制御装置であって、潤滑オイルの劣化の程度を判定する劣化判定部(ステップS1)と、潤滑オイルによって湿潤状態となっている摩擦面での滑り回転数と摩擦係数との関係である摩擦特性を劣化判定部(ステップS1)で判定された潤滑オイルの劣化の程度に基づいて求める摩擦特性算出部(ステップS3)と、要求されているトルクを伝達するのに必要とする摩擦面の接触圧力である締結力を摩擦特性算出部(ステップS3)で求められた摩擦特性に基づいて求める制御出力部とを備えている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑オイルによって湿潤状態とさせられる摩擦面を、係合要求に応じて加圧接触させることにより、トルクを伝達する湿式係合機構の制御装置であって、
前記潤滑オイルの劣化の程度を判定する劣化判定部と、
前記潤滑オイルによって湿潤状態となっている前記摩擦面での滑り回転数と摩擦係数との関係である摩擦特性を前記劣化判定部で判定された前記潤滑オイルの劣化の程度に基づいて求める摩擦特性算出部と、
要求されているトルクを伝達するのに必要とする前記摩擦面の締結力を前記摩擦特性算出部で求められた前記摩擦特性に基づいて求める制御出力部と
を備えていることを特徴とする湿式係合機構の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑オイルによって湿潤状態にした摩擦面を加圧接触させることによりトルクの伝達を行う湿式係合機構を制御する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械装置類において、オイルは力を伝達する手段や潤滑のための手段あるいは信号を伝達する手段などとして多用されている。そのオイルは高分子材料であって、熱や荷重を受けて次第に劣化し、本来の機能が次第に低下する。そのため、オイルは、劣化の程度に応じて使用することが望ましく、例えば特許文献1に記載された装置では、内燃機関に使用される潤滑オイルの劣化を制御することとしている。すなわち、特許文献1に記載された装置は、潤滑オイルの劣化度合いを判定し、所定レベル以上に劣化していることが判定された場合には、潤滑オイルを加圧して吐出するオイルポンプの圧力(吐出圧)を低くするように構成されている。こうすることにより、潤滑オイルの温度が高くならず、あるいは潤滑オイルの温度を下げることができる。その結果、特許文献1の装置によれば、潤滑オイルの劣化の進行を抑制できるとともに、オイルポンプの駆動エネルギを下げてエネルギ効率を向上させることができ、さらには冷却するものではないので過度に温度を下げたり、あるいは潤滑オイルの粘度を高くしてしまうなどの事態を回避できる、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開2010/109622号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された装置では、潤滑オイルがある程度劣化した場合に、潤滑オイルに掛ける荷重(圧力)を下げ、それに伴って温度の上昇を抑制するので、潤滑オイルの劣化の進行を抑制することができる。しかしながら、特許文献1に記載された装置は、潤滑オイルの劣化が判定された場合に、その劣化の進行を抑制できるものの、潤滑オイルを使用し続けるので、潤滑を充分に行うことができなくなるなど、本来の作用もしくは機能を得られなくなる可能性がある。例えば、クラッチなどの摩擦係合装置では、摩擦面の冷却や摩擦係数の維持のために潤滑オイルを使用しているが、その潤滑オイルが劣化すると、摩擦係数が変化するので、そのまま使用を継続すると、トルクの伝達を正常に行うことができず、あるいはトルクの制御性が悪化する可能性がある。
【0005】
本発明は、上記の技術的課題に着目してなされたものであって、長期間使用して潤滑オイルが劣化しても締結力あるいはトルク容量を適正に制御もしくは設定することのできる湿式係合機構の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の目的を達成するために、潤滑オイルによって湿潤状態とさせられる摩擦面を、係合要求に応じて加圧接触させることにより、トルクを伝達する湿式係合機構の制御装置であって、前記潤滑オイルの劣化の程度を判定する劣化判定部と、前記潤滑オイルによって湿潤状態となっている前記摩擦面での滑り回転数と摩擦係数との関係である摩擦特性を前記劣化判定部で判定された前記潤滑オイルの劣化の程度に基づいて求める摩擦特性算出部と、要求されているトルクを伝達するのに必要とする前記摩擦面の締結力を前記摩擦特性算出部で求められた前記摩擦特性に基づいて求める制御出力部とを備えていることを特徴とするものである。
【0007】
なお、本発明においては、潤滑オイルの劣化の程度は、係合機構の入力回転数と入力トルクとの積を、潤滑オイルの温度もしくはその温度に応じた係数で重み付けした値とすることができる。
【0008】
また、本発明において、前記摩擦特性は、前記劣化の程度が大きいほど摩擦係数が小さくなる特性であり、前記制御出力部は摩擦係数が小さいほど前記締結力を大きくするように構成されていてよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、継続的に使用することにより変化する潤滑オイルの摩擦特性を、判定した劣化の程度に応じて求め、その劣化した状態での潤滑オイルの摩擦特性に基づいて、締結力すなわち摩擦面を接触させる圧力を求めて湿式係合機構を制御する。したがって、潤滑オイルの劣化の程度に応じて係合力を設定するので、過度に係合力を増大させたり、あるいは反対に係合力が不足して必要とするトルクを伝達できず、あるいは摩擦面で過度な滑りを生じさせるなどの事態を回避もしくは抑制できる。すなわち、潤滑オイルが劣化しても適正な係合制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態を説明するための模式図である。
【
図2】そのコントローラの機能的構成を示すブロック図である。
【
図3】μ-vマップを劣化の程度に応じて変更する制御を説明するためのフローチャートである。
【
図4】劣化区分に応じたμ-vマップの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
つぎに、本発明を図に示す実施形態に基づいて説明する。なお、以下に説明する実施形態は本発明を具体化した場合の一例に過ぎないのであって、本発明を限定するものではない。
【0012】
本発明で対象とする係合機構は、摩擦力によってトルクを伝達する係合機構であり、特に摩擦面を潤滑オイルによって湿潤状態とすることにより、摩擦面の摩擦係数を所定の値に維持するとともに摩擦面の冷却を行うように構成した湿式の係合機構である。ここで、トルクの伝達は、入力側の部材と出力側の部材とを連結して両者を共に回転させるトルクの伝達と、回転部材に掛かっているトルクを固定部に伝達して回転部材の回転を止めるトルクの伝達とのいずれであってもよく、前者はクラッチ機構であり、後者はブレーキ機構である。
【0013】
図1に本発明の実施形態としての係合機構1およびその制御系統を模式的に示してある。この係合機構1は、クラッチの例であり、クラッチドラム2の内周面に複数のクラッチプレート3が軸線方向に所定の間隔をあけてスプライン嵌合している。これらのクラッチプレート3は、スナップリング4によってクラッチドラム2に対して抜け止めされている。クラッチドラム2の内周側には、クラッチドラム2と同心円上にクラッチハブ5が配置されており、上記のクラッチプレート3と軸線方向に交互に配置したクラッチディスク6が、そのクラッチハブ5の外周面にスプライン嵌合している。このクラッチディスク6の表裏両面(クラッチプレート3と対向する面)に摩擦板7が取り付けられている。クラッチプレート3は金属板であるのに対して、摩擦板7は合成樹脂ならびに天然繊維などによって、潤滑オイルを含浸するように構成されている。これらクラッチプレート3および摩擦板7の互いに対向する面がトルクを伝達する摩擦面となっている。
【0014】
クラッチドラム2を構成している側壁部8の内側には、ピストン9が配置されている。クラッチドラム2の側壁部8の内側には、クラッチプレート3とは反対方向に窪んだ油室10が形成されており、ピストン9はその油室10の開口部を閉じるように、クラッチプレート3に対向した状態で油室10内に前後可能に収容されている。したがって、油室10に油圧を供給することによってピストン9がクラッチプレート3を押し、その結果、クラッチプレート3がクラッチディスク6を挟み付けて両者が加圧接触することにより、両者の間で生じる摩擦力によりトルクを伝達するように構成されている。なお、油室10の油圧を低下させることにより、図示しないリターンスプリングでピストン9が後退し、クラッチプレート3とクラッチディスク6との加圧接触を解除する(クラッチを解放する)ようになっている。
【0015】
油室10に供給する油圧を制御して係合機構1のトルク容量もしくは締結力(あるいは係合圧)を制御するコントローラ11が設けられている。コントローラ11は、記憶素子や演算素子さらには入出力インターフェースなどからなるマイクロコンピュータを主体とした電子制御装置であって、入力されたデータや予め記憶しているデータなどを使用して、予め記憶しているプログラムに従って演算を行い、その演算の結果を制御指令信号として出力するように構成されている。センサ(図示せず)などから入力されるデータの例を挙げると、係合機構1に入力されるトルクTinや入力回転数Nin、出力回転数Nout、潤滑オイルの温度Tなどを挙げることができる。また、予め記憶しているデータとしては、入力された潤滑オイルの温度Tに応じて定めてある油温係数や、摩擦面での滑り回転数(もしくは滑り速度)vと摩擦係数μとの関係を定めたマップであって潤滑オイルの劣化の程度ごと(区分ごと)に設定した複数のマップなどである。
【0016】
ここで、要求されているトルクを伝達するのに要する締結力(目標とするトルク容量とするための締結力)が目標締結力であり、これは、摩擦面での摩擦係数μと、摩擦面の面積と、圧力(油圧)との積(=μ×面積×圧力(油圧))として求められる。摩擦係数μは予め知ることができ、あるいは推定することができ、また面積は構造上予め決まっているので、これらの値と目標締結力とから油圧を算出できる。コントローラ11はこうして求めた油圧を油室10に供給するように制御を行う。
【0017】
摩擦面に供給する潤滑オイルは使用を継続することにより摩擦特性が変化して摩擦面での摩擦係数が低下する。そこで、コントローラ11は、潤滑オイルの劣化の程度を判定するとともに、目標締結力の算出に使用する摩擦係数μを求める前述したマップを、劣化の判定の結果に基づいて切り替えるように構成されている。
【0018】
したがって、コントローラ11は、
図2に示す機能的構成を備えている。すなわち、潤滑オイルの劣化の程度を求める劣化特性算出部11aと、求められた劣化の程度に応じたマップを読み取る特性設定部11bとが設けられている。さらに、伝達することが要求されているトルクに対応した目標締結力と、読み取られたマップに基づく摩擦係数μと、予め記憶している面積とに基づいて締結力(油圧)を求める締結力算出部11cが設けられており、係合要求に基づいてその締結力算出部11cによって求められた締結力を達成するように制御指令信号を出力する制御出力部11dが設けられている。
【0019】
図3は、潤滑オイルの劣化の程度に応じた摩擦係数μを求めるための制御の一例を示すフローチャートであって、ここに示すルーチンは、上記のコントローラ11によって、例えば上記の係合機構1が運転される場合に、所定の短時間ごとに繰り返し実行される。
図3において、先ず、劣化特性を計算する(ステップS1)。これは、要は、潤滑オイルの劣化の程度を判定する制御ステップであって、潤滑オイルの劣化要因となる運転状態などの事象を検出し、その検出された事象の多寡や繰り返し頻度、累積値、あるいはこれらのデータに基づく係数の累積値などを求める。具体的な一例を挙げると、下記の劣化特性パラメータを演算し、その累積値を劣化の程度とすることができる。
劣化特性パラメータ=油温係数×入力回転数×入力トルク
ここで油温係数は、潤滑オイルの温度Tに応じた予め定めた係数であり、したがって潤滑オイルの温度で重み付けを行っていることになる。潤滑オイルは、温度が高いほど劣化が進行し易いので、その温度Tを劣化の程度の演算に反映させるために油温係数を用意してあり、例えば温度Tが高いほど大きい値となる係数である。
【0020】
ついで、求められた劣化の程度(劣化特性パラメータ)の属する劣化区分を求め、直前の制御で属していた劣化区分とは異なったか否か、すなわち劣化区分の変遷の有無を判断する(ステップS2)。本発明では、目標締結力を達成するための圧力(油圧)を求めるために使用する摩擦係数μを、劣化の程度に応じた値とすればよいのであり、したがって演算に用いる摩擦係数を劣化の程度に応じて連続的に変化させてもよく、あるいは
図3ならびに後述する
図4に示すように、複数の劣化区分を設けて、それぞれの区分に摩擦係数についてのマップを割り付け、そのマップを読み出して上記の演算に使用することとしてもよい。
図3に示す制御例はそのような劣化区分を設けた例であり、ステップS2でそのように設定されている劣化区分を変更する程度に劣化が生じているか否かを判断することになる。
【0021】
図4はその劣化の区分の例を示しており、ここに示すマップは、横軸に摩擦面での滑り回転数vを採り、縦軸に摩擦係数μを採ってある。なお、滑り回転数vは、前述した入力回転数Ninと出力回転数Noutとの差である。劣化区分Iは潤滑オイルの劣化が進行していない状態でのマップであり、劣化区分IIは潤滑オイルが中程度に進行した状態でのマップであり、劣化区分IIIは潤滑オイルが大きく進行した状態でのマップである。これらのマップとして示すように、摩擦係数μは滑り回転数vが大きいほど小さい値になる。また上記の劣化特性パラメータが大きくなるように劣化が進行すると、係合機構1を係合させるための圧力(油圧)の算出に使用する摩擦係数μが小さくなる。なお、これらステップS1およびステップS2は前述した劣化特性算出部11aで実行され、またステップS1を実行する機能的手段が本発明における劣化判定部に相当する。さらにステップS2を実行する機能的手段が本発明における摩擦特性算出部に相当する。
【0022】
上記のステップS2の判断結果が「NO」の場合には、一旦、リターンする。すなわち、従前に採用していたマップ(μ-vマップ)を使用して制御を継続する。これに対してステップS2の判断結果が「YES」の場合には、目標締結力を達成するための圧力(油圧)を求めるために使用する摩擦係数μを定めてあるマップを、ステップS1で求められた劣化特性に対応する劣化区分に応じたマップに書き換える(切り替える)(ステップS3)。その後、リターンする。なお、このステップS3は前述した特性設定部11bで実行され、また上記のステップS2を実行する機能的手段およびステップS3を実行する機能的手段が本発明における摩擦特性算出部に相当する。
【0023】
したがって、本発明の上記の実施形態によれば、係合機構1を係合させる圧力(油圧もしくは係合圧)を制御するのにあたり、摩擦係数として潤滑オイルの劣化の程度に応じて変化した値を採用するので、クラッチプレート3とクラッチディスク6とを接触させる圧力(油圧もしくは係合圧)を過不足なく適正化することができる。その結果、油圧が過度に高くなって係合ショックが生じたり、油圧を発生させるための動力を無駄に消費したりすることを回避もしくは抑制でき、また反対に油圧が過度に低くなって摩擦面での滑りが増大して摩耗が進行し、あるいは出力されるトルクが不足し、もしくはトルクの増大に遅れが生じたりする不都合を回避もしくは抑制することができる。
【0024】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されないのであって、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜に変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0025】
1 係合機構
2 クラッチドラム
3 クラッチプレート
4 スナップリング
5 クラッチハブ
6 クラッチディスク
7 摩擦板
8 側壁部
9 ピストン
10 油室
11 コントローラ
11a 劣化特性算出部
11b 特性設定部
11c 締結力算出部
11d 制御出力部
v 滑り回転数(滑り速度)