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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016188
(43)【公開日】2024-02-06
(54)【発明の名称】改変型菊酸エステラーゼ
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/40 20060101AFI20240130BHJP
   C12N 15/55 20060101ALN20240130BHJP
   C12N 9/16 20060101ALN20240130BHJP
【FI】
C12P7/40 ZNA
C12N15/55
C12N9/16 Z
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023190244
(22)【出願日】2023-11-07
(62)【分割の表示】P 2020559134の分割
【原出願日】2019-11-29
(31)【優先権主張番号】P 2018229479
(32)【優先日】2018-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(72)【発明者】
【氏名】大野 篤
(72)【発明者】
【氏名】吉田 和典
(57)【要約】      (修正有)
【課題】(1R,3S)-菊酸の製造に有用なエステラーゼを提供することを課題とする。
【解決手段】特定のアミノ酸配列において、特定のアミノ酸置換を含むアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列(但し、前記アミノ酸置換の位置以外の部分でアミノ酸配列の相違が生じている)を有し、前記アミノ酸配列からなるエステラーゼに比較して、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が向上している改変型エステラーゼ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のいずれかの改変型エステラーゼを(1R,3S)-菊酸エチルに作用させることを特徴とする、(1R,3S)-菊酸の製造方法:
配列番号1のアミノ酸配列において、以下の(1)~(3)の中のいずれか一つのアミノ酸置換を含むアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列(但し、前記アミノ酸置換の位置以外の部分でアミノ酸配列の相違が生じている)を有する、改変型エステラーゼ:
(1)変異点がF58、置換後のアミノ酸がA;
(2)変異点がI228、置換後のアミノ酸がW;
(3)変異点がA245、置換後のアミノ酸がG。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菊酸エチルに対する加水分解活性を示す酵素(菊酸エステラーゼ)の改変に関する。詳しくは、立体選択性が変化した改変型菊酸エステラーゼ及びその用途に関する。本出願は、2018年12月6日に出願された日本国特許出願第2018-229479号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
菊酸は合成ピレスロイド系殺虫剤の合成原料として広く利用されている。菊酸には4種類の異性体((1R,3R)-菊酸、(1R,3S)-菊酸、(1S,3S)-菊酸及び(1S,3R)-菊酸)が存在するが、(1R,3R)-菊酸の殺虫活性が最も高い。工業的には化学合成法を利用して菊酸が製造されている。一方、菊酸エステラーゼを利用することにより、酵素反応によって菊酸を製造することも行われている。菊酸エステラーゼに関する過去の報告を以下に示す(特許文献1、非特許文献1~3)。特許文献1には、アルスロバクター・グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)由来エステラーゼが1R,3R((+)-trans)特異的に菊酸エチルエステルを分解することが記載されている(表1)。また、非特許文献1には、Arthrobacter globiformis由来エステラーゼやその他の由来のエステラーゼにて1R,3R((+)-trans)特異的又は1S,3R((-)-trans)特異的に菊酸エチルエステルを分解することが記載されている。非特許文献2には、菊酸の各異性体の殺虫効果として、1R,3R((+)-trans)と1R,3S((+)-cis)で異なる殺虫効果を示すことが記載されている。非特許文献3は、Arthrobacter globiformis由来エステラーゼによる菊酸エチルエステルの分解に関する研究報告であり、特定の変異(K62R変異)によって立体選択性が変化すること((1S,3R)-菊酸エチルに対する反応性を示す)を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5-56787号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Agric.Biol.Chem.,55(11),2865-2870,1991
【非特許文献2】最近の合成ピレスロイドとその立体異性体の化学と作用、吉岡宏輔、有機合成化学第38巻第12号(1980)、1151-1162
【非特許文献3】微生物酵素を用いた光学活性ピレスロイド中間体の製造に関する研究、奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科、西澤雅子、2011年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
菊酸の異性体の一つである(1R,3S)-菊酸も殺虫活性を有し、それ自体が有用である。(1R,3S)-菊酸を効率よく生成する酵素(即ち、(1R,3S)-菊酸エチルに選択性の高いエステラーゼ)は知られておらず、現在は菊酸エチル異性体混合物の化学的加水分解及びその後の光学分割(キラルカラムによる精製)によって(1R,3S)-菊酸が得られている。収率やコストの面、或いは排水規制の観点から、酵素を利用して(1R,3S)-菊酸を製造することが望まれるが、(1R,3S)-菊酸エチルに選択的ないし特異的に作用する酵素は報告されていない。そこで本発明は、(1R,3S)-菊酸の製造に有用なエステラーゼを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく本発明者らは、アルスロバクター属微生物(Arthrobacter globiformis)由来のエステラーゼの蛋白質工学的手法による立体選択性の改変を試みた。当該エステラーゼは(1R,3R)-菊酸エチルに特異的であり、(1R,3S)-菊酸の製造には事実上、利用できない。試行錯誤の末、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性又は選択性の向上に有効な複数の変異点(アミノ酸残基)を特定することに成功し、有用性の高い変異体(改変型エステラーゼ)が得られた。特に、2箇所のアミノ酸が置換された変異体(A328G/A221F)は(1R,3S)-菊酸エチル特異的に作用する酵素であり、その有用性及び利用価値は極めて高い。尚、当該変異体にも含まれる変異A328Gは、基質の立体選択性を規定するともいえる重要な変異である。
【0007】
以下の発明は以上の成果及び考察に基づく。
[1]配列番号1のアミノ酸配列において、以下の(1)~(23)の中のいずれか一つのアミノ酸置換を含むアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列(但し、前記アミノ酸置換の位置以外の部分でアミノ酸配列の相違が生じている)を有し、配列番号1のアミノ酸配列からなるエステラーゼに比較して、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が向上している改変型エステラーゼ:
(1)変異点がF58、置換後のアミノ酸がE、I、C、A、M又はY;
(2)変異点がD227、置換後のアミノ酸がI、S、A、W、H、G、F又はV;
(3)変異点がI228、置換後のアミノ酸がY、S、T又はW;
(4)変異点がL229、置換後のアミノ酸がY、F又はV;
(5)変異点がL231、置換後のアミノ酸がM、A又はG;
(6)変異点がS244、置換後のアミノ酸がF;
(7)変異点がA245、置換後のアミノ酸がN又はG;
(8)変異点がV297、置換後のアミノ酸がR、W、Q、A又はI;
(9)変異点がF298、置換後のアミノ酸がS;
(10)変異点がA328、置換後のアミノ酸がN;
(11)変異点がA328、置換後のアミノ酸がG;
(12)変異点がA328とF58、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点F58の置換後のアミノ酸がL又はE;
(13)変異点がA328とL151、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点L151の置換後のアミノ酸がQ、R、H、W、A、V、M、N、C、T又はI;
(14)変異点がA328とF217、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D、T、R、E、V又はY;
(15)変異点がA328とS220、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点S220の置換後のアミノ酸がQ、L、N又はG;
(16)変異点がA328とA221、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E、R、G又はS;
(17)変異点がA328とD227、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点D227の置換後のアミノ酸がE又はC;
(18)変異点がA328とI228、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点I228の置換後のアミノ酸がL又はG;
(19)変異点がA328とL229、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点L229の置換後のアミノ酸がR、V、I又はH;
(20)変異点がA328とV297、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点V297の置換後のアミノ酸がC又はL;
(21)変異点がA328とA221とD326、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV;
(22)変異点がA328とA221とD326とF298、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV、変異点F298の置換後のアミノ酸がL;
(23)変異点がA328とA221とD326とF298とN222、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV、変異点F298の置換後のアミノ酸がL、変異点N222の置換後のアミノ酸がD。
[2](1)の置換後のアミノ酸がE、I、C、A又はMであり、
(2)の置換後のアミノ酸がI、S、A、W、H又はGであり、
(3)の置換後のアミノ酸がY又はSであり、
(4)の置換後のアミノ酸がY又はFであり、
(5)の置換後のアミノ酸がM又はAであり、
(8)の置換後のアミノ酸がR、W又はQであり、
(12)の変異点F58の置換後のアミノ酸がLであり、
(13)の変異点L151の置換後のアミノ酸がQ又はRであり、
(14)の変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D、T、R又はEであり、
(15)の変異点S220の置換後のアミノ酸がQ又はLであり、
(16)の変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E、R又はGであり、
(19)の変異点L229の置換後のアミノ酸がR、V又はIである、[1]に記載の改変型エステラーゼ。
[3](4)の置換後のアミノ酸がYであり、
(5)の置換後のアミノ酸がMであり、
(8)の置換後のアミノ酸がR又はWであり、
(13)の変異点L151の置換後のアミノ酸がQであり、
(14)の変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D又はTであり、
(16)の変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E又はRである、[1]に記載の改変型エステラーゼ。
[4]アミノ酸置換が(11)~(23)の中のいずれか一つであり、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性が向上している、[1]に記載の改変型エステラーゼ。
[5]アミノ酸置換が、A328G、A328G/F217W、A328G/A221M、A328G/A221L、A328G/A221V、又はA328G/I228Lである、[4]に記載の改変型エステラーゼ。
[6]アミノ酸置換がA328G/A221Fであり、(1R,3S)-菊酸エチル特異的に作用する、[4]に記載の改変型エステラーゼ。
[7]アミノ酸置換がA328G/A221F/D326Vである、[4]に記載の改変型エステラーゼ。
[8]アミノ酸置換がA328G/A221F/D326V/F298Lである、[4]に記載の改変型エステラーゼ。
[9]アミノ酸置換がA328G/A221F/D326V/F298L/N222Dである、[4]に記載の改変型エステラーゼ。
[10]前記同一性が95%以上である、[1]~[9]のいずれか一項に記載の改変型エステラーゼ。
[11]配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列からなる、[1]に記載の改変型エステラーゼ。
[12][1]~[11]のいずれか一項に記載の改変型エステラーゼをコードする遺伝子。
[13]配列番号13~22のいずれかの塩基配列を含む、[12]に記載の遺伝子。
[14][12]又は[13]に記載の遺伝子を含む組換えDNA。
[15][14]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[16][1]~[11]のいずれか一項に記載の改変型エステラーゼを含む酵素剤。
[17]以下のステップ(I)~(III)を含む、改変型エステラーゼの調製法:
(I)[1]~[11]のいずれか一項の改変型エステラーゼのアミノ酸配列をコードする核酸を用意するステップ;
(II)前記核酸を発現させるステップ、及び
(III)発現産物を回収するステップ。
[18]前記アミノ酸配列が配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列である、[17]に記載の調製法。
[19]前記核酸が、配列番号13~22のいずれかの塩基配列を含む、[17]に記載の調製法。
[20][1]~[11]のいずれか一項の改変型エステラーゼを(1R,3S)-菊酸エチルに作用させることを特徴とする、(1R,3S)-菊酸の製造方法。
[21](1R,3S)-菊酸エチルが、(1R,3R)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル及び(1S,3R)-菊酸エチルと共存した状態である、[20]に記載の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】変異F58Xの評価結果。「(1R,3S)-菊酸エチル(単独基質)を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」(B)を「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」(A)で除した値(B/A)で「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性」を評価した(以下の変異についても同様)。
図2】変異F217X、S220X、D227Xの評価結果。
図3】変異I228X、L229X、L231Xの評価結果。
図4】変異S244X、A245X、V297Xの評価結果。
図5】変異F298X、A328Xの評価結果。
図6】組み合わせ変異A328G/F58X、A328G/L151X、A328G/F217Xの評価結果。「混合基質を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」(C)を「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」(D)で除した値(C/D)で「(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性」を評価した(以下の組み合わせ変異についても同様)。(1R,3S)-菊酸の生成量/(1R,3R)-菊酸の生成量の値も示した。
図7】組み合わせ変異A328G/S220X、A328G/A221X、A328G/D227Xの評価結果。
図8】組み合わせ変異A328G/I228X、A328G/L229X、A328G/V297Xの評価結果。
図9】組み合わせ変異A328G/A221F、A328G/A221F/D326V、A328G/A221F/D326V/F298L、A328G/A221F/D326V/F298L/N222Dの評価結果。
【発明を実施するための形態】
【0009】
説明の便宜上、本発明に関して使用する用語の一部について以下で定義する。
(用語)
用語「改変型エステラーゼ」とは、基準となるエステラーゼ(以下、「基準エステラーゼ」と呼ぶ)を改変ないし変異して得られる酵素である。基準エステラーゼは、典型的には、配列番号1のアミノ酸配列を有する、アルスロバクター属微生物(Arthrobacter globiformis)由来のエステラーゼである。
【0010】
本発明では、改変ないし変異として「アミノ酸の置換」が行われる。従って、改変型エステラーゼと基準エステラーゼを比較すると、一部のアミノ酸残基に相違が認められる。尚、本明細書では、改変型エステラーゼのことを改変型酵素又は変異体とも呼ぶ。
【0011】
本明細書では慣例に従い、以下の通り、各アミノ酸を1文字で表記する。
メチオニン:M、セリン:S、アラニン:A、トレオニン:T、バリン:V、チロシン:Y、ロイシン:L、アスパラギン:N、イソロイシン:I、グルタミン:Q、プロリン:P、アスパラギン酸:D、フェニルアラニン:F、グルタミン酸:E、トリプトファン:W、リジン:K、システイン:C、アルギニン:R、グリシン:G、ヒスチジン:H
【0012】
本明細書では、N末端のアミノ酸残基を1番目としてN末端からC末端に向かって付けた番号によって変異点の位置を特定する。
【0013】
本明細書では、アミノ酸置換による変異を、置換前のアミノ酸残基を表す1文字、変異点(アミノ酸置換が生じるアミノ酸残基の位置)を表す数字、及び置換後のアミノ酸残基を表す1文字の組合せで表現する。例えば、328位のアラニンがグリシンに置換される変異であれば「A328G」と表現される。また、二つの変異の組合せ(併用)を表す場合、記号「/」を用いる。例えば、328位のアラニンがグリシンに置換される変異と、221位のアラニンがフェニルアラニンに置換される変異の組合せであれば、「A328G/A221F」と表現される。
【0014】
1.改変型エステラーゼ
本発明の第1の局面は改変型エステラーゼ(改変型酵素)に関する。本発明の改変型酵素は、典型的には、配列番号1のアミノ酸配列において、一又は二以上の特定のアミノ酸置換(変異)を含むアミノ酸配列を有する。当該特徴により、配列番号1のアミノ酸配列からなるエステラーゼと比較して、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性又は選択性或いはこれらの両者が向上している。尚、配列番号1のアミノ酸配列は、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼ)の配列である。
【0015】
「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性」は、(1R,3S)-菊酸エチルの光学異性体((1R,3R)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル、(1S,3R)-菊酸エチル)に対する反応性と比較した場合の反応性(相対的反応性)も含む表現である。従って、「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性の向上」は、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上、(1R,3S)-菊酸エチルに対する活性の上昇、(1R,3S)-菊酸エチルの光学異性体((1R,3R)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル、(1S,3R)-菊酸エチル)に対する活性の低下等によってもたらされる。
【0016】
ここで、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼ(野生型酵素)は(1R,3R)-菊酸エチルに対して高い選択性を有し、4種の光学異性体((1R,3R)-菊酸エチル、(1R,3S)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル、(1S,3R)-菊酸エチル)が共存する場合、(1R,3R)-菊酸エチルを優先的に加水分解する。そのため、通常、生成物として(1R,3R)-菊酸のみが検出される。また、野生型酵素は(1R,3S)-菊酸エチルに対する加水分解活性も有しているが、その反応速度が(1R,3R)-菊酸に対する加水分解活性の反応速度に比べて圧倒的に遅いため、(1R,3R)-菊酸エチル共存下では見かけ上(1R,3S)-菊酸エチルに反応しない。一方で、(1R,3S)-菊酸エチルを単独で基質として反応させると、その生成物(1R,3S)-菊酸が検出される。
【0017】
本願では野生型酵素の上記特性を考慮し、「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性」が、基質として(1R,3S)-菊酸エチルのみ(単独基質)を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量と、(1R,3R)-菊酸エチル、(1R,3S)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル及び(1S,3R)-菊酸エチルの混合物である混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸エチルの生成量に基づき評価される。具体的には、「(1R,3S)-菊酸エチル(単独基質)を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」を「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」で除した値で「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性」が評価され、当該値が1を超える場合に「(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性」が向上していると判定される。好ましい改変型酵素では当該値が2.0以上となり、反応性向上の程度が高い。更に好ましい改変型酵素では当該値が3.0以上となり、反応性が一層向上している。尚、野生型酵素は改変前の酵素、即ち基準エステラーゼである。
【0018】
上記の通り、野生型酵素は(1R,3R)-菊酸エチルに対して高い選択性を有し、混合基質に反応させた場合、(1R,3S)-菊酸は検出されない(実質的に生成しない)。一方、後述の実施例に示すように、野生型酵素の328位アミノ酸アラニンをグリシンに置換した変異体(A328G変異体)は(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性が向上しており、混合基質に反応させた場合においても(1R,3S)-菊酸エチルに対する加水分解活性を示し、(1R,3S)-菊酸の生成が認められた。そこで本願では、「(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性」の評価にA328G変異体を利用する。具体的には、「混合基質を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」を「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」で除した値で「(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性」が評価される。当該値が1以上の場合、A328G変異体と同等又はそれ以上の選択性であり、「(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性」が向上していると判定される。好ましい改変型酵素では当該値が1.5以上となり、選択性向上の程度が高い。更に好ましい改変型酵素では当該値が2.0以上となり、選択性が一層向上している。尚、(1R,3R)-菊酸の生成量が検出限界以下の場合、即ち、(1R,3R)-菊酸が実質的に生成していない場合は「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量のA328G変異体変異体に対する比率」がゼロであり、上記値は計算不能となる。このような結果をもたらす改変型酵素(A328G/A221F変異体が該当する)は(1R,3S)-菊酸エチル特異的といえる。
【0019】
本明細書において「アミノ酸置換を含む」とは、変異点(即ち、特定のアミノ酸置換が生ずるアミノ酸残基の位置)が置換後のアミノ酸になっていることを意味する。従って、アミノ酸置換を含むアミノ酸配列(変異アミノ酸配列)を、アミノ酸置換を含まない配列番号1のアミノ酸配列(基準アミノ酸配列)と比較すれば、当該アミノ酸置換の位置においてアミノ酸残基の相違が認められることになる。
【0020】
以下、本発明の改変型酵素が含み、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性の向上をもたらすアミノ酸置換(変異点及び置換後のアミノ酸)を列挙する。尚、(11)~(23)は、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性に加え、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性についても向上させるものであり、より好ましい。
【0021】
(1)変異点がF58、置換後のアミノ酸がE、I、C、A、M又はY。好ましくは、置換後のアミノ酸がE、I、C、A又はM。
(2)変異点がD227、置換後のアミノ酸がI、S、A、W、H、G、F又はV。好ましくは、置換後のアミノ酸がI、S、A、W、H又はG。更に好ましくは、置換後のアミノ酸がI、S、A、W又はH。
(3)変異点がI228、置換後のアミノ酸がY、S、T又はW。好ましくは、置換後のアミノ酸がY又はS。
(4)変異点がL229、置換後のアミノ酸がY、F又はV。好ましくは、置換後のアミノ酸がY又はF。更に好ましくは、置換後のアミノ酸がY。
(5)変異点がL231、置換後のアミノ酸がM、A又はG。好ましくは、置換後のアミノ酸がM又はA。更に好ましくは、置換後のアミノ酸がM。
(6)変異点がS244、置換後のアミノ酸がF。
(7)変異点がA245、置換後のアミノ酸がN又はG
(8)変異点がV297、置換後のアミノ酸がR、W、Q、A又はI。好ましくは、置換後のアミノ酸がR、W又はQ。更に好ましくは、置換後のアミノ酸がR又はW。
(9)変異点がF298、置換後のアミノ酸がS。
(10)変異点がA328、置換後のアミノ酸がN。
(11)変異点がA328、置換後のアミノ酸がG。
(12)変異点がA328とF58、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点F58の置換後のアミノ酸がL又はE。好ましくは、変異点F58の置換後のアミノ酸がL。
(13)変異点がA328とL151、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点L151の置換後のアミノ酸がQ、R、H、W、A、V、M、N、C、T又はI。好ましくは、変異点L151の置換後のアミノ酸がQ又はR。更に好ましくは、変異点L151の置換後のアミノ酸がQ。
(14)変異点がA328とF217、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D、T、R、E、V又はY。好ましくは、変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D、T、R又はE。更に好ましくは、変異点F217の置換後のアミノ酸がW、G、A、D又はT。
(15)変異点がA328とS220、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点S220の置換後のアミノ酸がQ、L、N又はG。好ましくは、変異点S220の置換後のアミノ酸がQ又はL。
(16)変異点がA328とA221、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E、R、G又はS。好ましくは、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E、R又はG。更に好ましくは、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、M、L、V、E又はR。
(17)変異点がA328とD227、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点D227の置換後のアミノ酸がE又はC。
(18)変異点がA328とI228、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点I228の置換後のアミノ酸がL又はG。
(19)変異点がA328とL229、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点L229の置換後のアミノ酸がR、V、I又はH。好ましくは、変異点L229の置換後のアミノ酸がR、V又はI。
(20)変異点がA328とV297、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点V297の置換後のアミノ酸がC又はL。
(21)変異点がA328とA221とD326、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV。
(22)変異点がA328とA221とD326とF298、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV、変異点F298の置換後のアミノ酸がL。
(23)変異点がA328とA221とD326とF298とN222、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がF、変異点D326の置換後のアミノ酸がV、変異点F298の置換後のアミノ酸がL、変異点N222の置換後のアミノ酸がD。
【0022】
以上のアミノ酸置換の中で(14)と(15)については、変異点F217と変異点S220が単独では反応性の向上をもたらさなかったにもかかわらず、A328G変異との組み合わせになると(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性が向上しており、注目に値する。また、変異点がA328とA221、変異点A328の置換後のアミノ酸がG、変異点A221の置換後のアミノ酸がFについては、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の飛躍的な向上をもたらし、(1R,3S)-菊酸エチル特異的に作用する改変型酵素の調製を可能にするものであり、極めて好ましいアミノ酸置換である。
【0023】
本発明の改変型酵素の具体例として、配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列からなるエステラーゼ(順に、(11)のアミノ酸置換A328Gを含む変異体、(14)のアミノ酸置換の一つであるA328G/F217Wを含む変異体、(16)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221Fを含む変異体、(16)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221Mを含む変異体、(16)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221Lを含む変異体、(16)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221Vを含む変異体、(18)のアミノ酸置換の一つであるA328G/I228Lを含む変異体、(21)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221F/D326Vを含む変異体、(22)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221F/D326V/F298Lを含む変異体、(23)のアミノ酸置換の一つであるA328G/A221F/D326V/F298L/N222Dを含む変異体が対応する)を挙げることができる。後述の実施例に示す通り、これらの変異体は(1R,3S)-菊酸エチル選択性が特に向上している。この中でA328G/A221F変異体は(1R,3S)-菊酸エチル特異的に作用するものであり、特に有用性が高い。また、A328G/A221F/D326V変異体、A328G/A221F/D326V/F298L変異体、及びA328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体は(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性に加え反応性も非常に高く、極めて有用である。
【0024】
一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部を変異させた場合において変異後のタンパク質が変異前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の変異がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が変異前後において維持されることがある。一方、二つのタンパク質のアミノ酸配列の同一性が高い場合、両者が同等の特性を示す蓋然性が高い。これらの技術常識を考慮すれば、上記改変型酵素のアミノ酸配列、即ち、「配列番号1のアミノ酸配列において、上記(1)~(23)のいずれかのアミノ酸置換を含むアミノ酸配列(当該アミノ酸配列の具体例は配列番号2~11のアミノ酸配列)」と完全に同一(即ち100%の同一性)でないものの、高い同一性を示すアミノ酸配列を有し、且つ所望の特性変化を認めるものであれば、上記改変型酵素と実質的に同一の酵素(実質同一エステラーゼ)であると見なすことができる。ここでの同一性は、60%以上、70%以上、80%以上、82%以上、85%以上、90%以上、93%以上、95%以上、98%、又は99%以上である。同一性は高いほど好ましい。従って、最も好ましい態様では、同一性が99%以上となる。
【0025】
上記改変型酵素と実質同一エステラーゼを比較すれば、アミノ酸配列の僅かな相違が認められることになる。但し、アミノ酸配列の相違は上記アミノ酸置換が施された位置以外の位置で生ずることとする。従って、例えば、同一性の基準が配列番号2のアミノ酸配列の場合は328位G以外の位置、同一性の基準が配列番号3のアミノ酸配列の場合は328位Gと217位W以外の位置、同一性の基準が配列番号4のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位F以外の位置、同一性の基準が配列番号5のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位M以外の位置、同一性の基準が配列番号6のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位L以外の位置、同一性の基準が配列番号7のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位V以外の位置、同一性の基準が配列番号8のアミノ酸配列の場合は328位Gと228位L以外の位置、同一性の基準が配列番号9のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位Fと326位V以外の位置、同一性の基準が配列番号10のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位Fと326位Vと298位L以外の位置、同一性の基準が配列番号11のアミノ酸配列の場合は328位Gと221位Fと326位Vと298位Lと222位D以外の位置においてアミノ酸配列の相違が生じることになる。換言すれば、配列番号2のアミノ酸配列と上記の同一性(60%以上、70%以上、80%以上、82%以上、85%以上、90%以上、93%以上、95%以上、98%、又は99%以上)を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はGである。同様に、配列番号3のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、217位アミノ酸はWであり、配列番号4のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はFであり、配列番号5のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はMであり、配列番号6のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はLであり、配列番号7のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はVであり、配列番号8のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、228位アミノ酸はLであり、配列番号9のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はF、326位アミノ酸はVであり、配列番号10のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はF、326位アミノ酸はV、298位アミノ酸はLであり、配列番号11のアミノ酸配列と上記の同一性を示すアミノ酸配列では328位アミノ酸はG、221位アミノ酸はF、326位アミノ酸はV、298位アミノ酸はL、222位アミノ酸はDである。
【0026】
ここでの「アミノ酸配列の僅かな相違」は、アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入、又はこれらの組合せにより生じる。典型的には、アミノ酸配列を構成する1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。「アミノ酸配列の僅かな相違」は、好ましくは保存的アミノ酸置換により生じている。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。尚、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼ(配列番号1)の活性残基は59位アミノ酸セリン、325位アミノ酸ヒスチジン、326位アミノ酸アスパラギン酸であることが知られていることから、変異を施す際には当該酸残基に影響がないようにするとよい。
【0027】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの塩基配列(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0028】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) ComputAppl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0029】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの塩基配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0030】
典型的には、配列番号1のアミノ酸配列からなるエステラーゼ、即ち、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼが変異(上記(1)~(23)のいずれかのアミノ酸置換)することによって、本発明の改変型酵素となる。上記の実質同一エステラーゼについては、配列番号1のアミノ酸配列からなるエステラーゼが変異(上記(1)~(23)のいずれかのアミノ酸置換)したものに更に変異を加えること、配列番号1のアミノ酸配列からなるエステラーゼを産生するアルスロバクター・グロビフォルミス株と同種同属由来のエステラーゼ等、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列からなるエステラーゼに対して同等の変異を加えること、又は当該変異によって得られるものに更に変異を加えること、によって得ることができる。ここでの「同等の変異」では、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列において、本発明における変異点(上記(1)~(23)のいずれかのアミノ酸置換における変異点)のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が置換されることになる。尚、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列からなるエステラーゼの例として、Arthrobacter sp. Rue61aに由来し、配列番号23のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸列の同一性81%)を挙げることができる。
【0031】
本明細書においてアミノ酸残基について使用する場合の用語「相当する」とは、比較されるタンパク質(酵素)間においてその機能の発揮に同等の貢献をしていることを意味する。例えば、基準エステラーゼのアミノ酸配列(配列番号1のアミノ酸配列)に対して比較対象のアミノ酸配列を、一次構造(アミノ酸配列)の部分的な相同性を考慮しつつ、最適な比較ができるように並べたときに(このときに必要に応じてギャップを導入し、アライメントを最適化してもよい)、基準のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸に対応する位置のアミノ酸を「相当するアミノ酸」として特定することができる。一次構造同士の比較に代えて、又はこれに加えて立体構造(三次元構造)同士の比較によって「相当するアミノ酸」を特定することもできる。立体構造情報を利用することによって信頼性の高い比較結果が得られる。この場合は、複数の酵素の立体構造の原子座標を比較しながらアライメントを行っていく手法を採用できる。変異対象酵素の立体構造情報は例えばProtein Data Bank(http://www.pdbj.org/index_j.html)より取得することができる。
【0032】
X線結晶構造解析によるタンパク質立体構造の決定方法の一例を以下に示す。
(1)タンパク質を結晶化する。結晶化は、立体構造決定のためには欠かせないが、それ以外にも、タンパク質の高純度の精製法、高密度で安定な保存法として産業上の有用性もある。この場合、リガンドとして基質もしくはそのアナログ化合物を結合したタンパク質を結晶化すると良い。
(2)作製した結晶にX線を照射して回折データを収集する。なお、タンパク質結晶はX線照射によりダメージを受け回折能が劣化するケースが多々ある。その場合、結晶を急激に-173℃程度に冷却し、その状態で回折データを収集する低温測定技術が最近普及してきた。なお、最終的に、構造決定に利用する高分解能データを収集するために、輝度の高いシンクロトロン放射光が利用される。
(3)結晶構造解析を行うには、回折データに加えて、位相情報が必要になる。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が未知の場合、分子置換法で構造決定することは不可能であり、重原子同型置換法により位相問題が解決されなくてはならない。重原子同型置換法は、水銀や白金等原子番号が大きな金属原子を結晶に導入し、金属原子の大きなX線散乱能のX線回折データへの寄与を利用して位相情報を得る方法である。決定された位相は、結晶中の溶媒領域の電子密度を平滑化することにより改善することが可能である。溶媒領域の水分子は揺らぎが大きいために電子密度がほとんど観測されないので、この領域の電子密度を0に近似することにより、真の電子密度に近づくことができ、ひいては位相が改善されるのである。また、非対称単位に複数の分子が含まれている場合、これらの分子の電子密度を平均化することにより位相が更に大幅に改善される。このようにして改善された位相を用いて計算した電子密度図にタンパク質のモデルをフィットさせる。このプロセスは、コンピューターグラフィックス上で、MSI社(アメリカ)のQUANTA等のプログラムを用いて行われる。この後、MSI社のX-PLOR等のプログラムを用いて、構造精密化を行い、構造解析は完了する。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が既知の場合は、既知タンパク質の原子座標を用いて分子置換法により決定できる。分子置換と構造精密化はプログラム CNS_SOLVE ver.11などを用いて行うことができる。
【0033】
2.改変型エステラーゼをコードする核酸等
本発明の第2の局面は本発明の改変型酵素に関連する核酸を提供する。即ち、改変型酵素をコードする遺伝子、改変型酵素をコードする核酸を同定するためのプローブとして用いることができる核酸、改変型酵素をコードする核酸を増幅又は突然変異等させるためのプライマーとして用いることができる核酸が提供される。
【0034】
改変型酵素をコードする遺伝子は典型的には改変型酵素の調製に利用される。改変型酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の改変型酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の改変型酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、改変型酵素をコードする遺伝子の用途は改変型酵素の調製に限られない。例えば、改変型酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは酵素の更なる改変体をデザイン又は作製するためのツールとして、当該核酸を利用することもできる。
【0035】
本明細書において「改変型酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に当該改変型酵素が得られる核酸のことをいい、当該改変型酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。
【0036】
改変型酵素をコードする遺伝子の配列(塩基配列)の例を配列番号13~22に示す。これらの配列は、下記の通り、後述の実施例に示した変異体をコードする。
配列番号13:A328G変異体
配列番号14:A328G/A217W変異体
配列番号15:A328G/A221F変異体
配列番号16:A328G/A221M変異体
配列番号17:A328G/A221L変異体
配列番号18:A328G/A221V変異体
配列番号19:A328G/I228L変異体
配列番号20:A328G/A221F/D326V変異体
配列番号21:A328G/A221F/D326V/F298L変異体
配列番号22:A328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体
【0037】
本発明の遺伝子を宿主内で発現させる場合に、上記の配列(配列番号13~22のいずれか)の5'末端側にシグナルペプチドをコードする配列(シグナル配列)を付加しても良い。シグナル配列は宿主に応じて選択すればよい。目的とする変異体を発現可能なシグナル配列である限り、本発明に使用できる。利用可能なシグナル配列として、α-因子のシグナルペプチドをコードする配列(Protein Engineering, 1996, vol9, p.1055-1061)、α-因子受容体のシグナルペプチドをコードする配列、SUC2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、PHO5タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、BGL2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、AGA2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、TorA(トリメチルアミンN-オキシドレダクターゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、バチルス・サチルス由来のPhoD(ホスホエステラーゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、バチルス・サチルス由来のLipA(リパーゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、アスペルギルス・オリゼ由来タカアミラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(特開2009-60804号公報)、バチルス・アミロリケファシエンス由来のα-アミラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(Eur. J. Biochem. 155, 577-581 (1986))、バチルス・サチルス由来の中性プロテアーゼのシグナルペプチドをコードする配列(APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY, Apr. 1995, p. 1610-1613 Vol. 61, No. 4)、Bacillus属細菌由来セルラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(特開2007-130012号公報)、pET系に使われているpelBをコードする配列を例示することができる。
【0038】
本発明の核酸は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法、化学合成などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0039】
本発明の他の態様では、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列と比較した場合にそれがコードするタンパク質の機能は同等であるものの一部において塩基配列が相違する核酸(以下、「相同核酸」ともいう。また、相同核酸を規定する塩基配列を「相同塩基配列」ともいう)が提供される。相同核酸の例として、本発明の改変型酵素をコードする核酸の塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、改変型酵素に特徴的な酵素活性(即ちエステラーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該核酸がコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2~40塩基、好ましくは2~20塩基、より好ましくは2~10塩基である。
【0040】
相同核酸は、基準となる塩基配列に対して、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より一層好ましくは85%以上、さらに好ましくは約90%以上、更に一層好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0041】
以上のような相同核酸は例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などによって得られる。また、紫外線照射など他の方法によっても相同核酸を得ることができる。
【0042】
本発明の他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、90%、95%、99%、99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0043】
本発明の更に別の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列又はその相同塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有する核酸に関する。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃~約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃~約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0044】
本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列の一部を有する核酸(核酸断片)を提供する。このような核酸断片は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列を有する核酸などを検出、同定、及び/又は増幅することなどに用いることができる。核酸断片は例えば、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列において連続するヌクレオチド部分(例えば約10~約100塩基長、好ましくは約20~約100塩基長、更に好ましくは約30~約100塩基長)にハイブリダイズする部分を少なくとも含むように設計される。プローブとして利用される場合には核酸断片を標識化することができる。標識化には例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素を用いることができる。
【0045】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(改変型酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0046】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはpET21又はその改変体、M13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2、pPIC3.5K等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0047】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0048】
本発明の核酸のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0049】
宿主細胞としては、取り扱いの容易さの点から、麹菌(例えばアスペルギルス・オリゼ)、バチルス属細菌(例えばバチルス・サチルス)、大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)などの微生物を用いることができるが、組換えDNAが複製可能で且つ改変型酵素の遺伝子が発現可能な宿主細胞であれば利用可能である。好ましくは大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)を用いることができる。大腸菌の例としてT7系プロモーターを利用する場合は大腸菌BL21(DE3)、そうでない場合は大腸菌JM109を挙げることができる。また、出芽酵母の例として出芽酵母SHY2、出芽酵母AH22あるいは出芽酵母INVSc1(インビトロジェン社)を挙げることができる。
【0050】
本発明の他の局面は、本発明の組換えDNAを保有する微生物(即ち形質転換体)に関する。本発明の微生物は、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって得ることができる。例えば、塩化カルシウム法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol. Biol.)、第53巻、第159頁 (1970))、ハナハン(Hanahan)法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー、第166巻、第557頁 (1983))、SEM法(ジーン(Gene)、第96巻、第23頁(1990))、チャング(Chung)らの方法(プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第86巻、第2172頁(1989))、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter,H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))等によって実施することができる。尚、本発明の微生物は、本発明の改変型酵素を生産することに利用することができる。
【0051】
3.改変型エステラーゼを含む酵素剤
本発明の改変型酵素は例えば酵素剤の形態で提供される。酵素剤は、有効成分(本発明の改変型酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としてはデンプン、デキストリン、マルトース、トレハロース、乳糖、D-グルコース、ソルビトール、D-マンニトール、白糖、グリセロール等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはエタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0052】
4.改変型エステラーゼの調製法
本発明の更なる局面は改変型酵素の調製法に関する。本発明の調製法の一態様では、本発明者らが取得に成功した改変型酵素を遺伝子工学的手法で調製する。この態様の場合、配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意する(ステップ(I))。ここで、「特定のアミノ酸配列をコードする核酸」は、それを発現させた場合に当該アミノ酸配列を有するポリペプチドが得られる核酸であり、当該アミノ酸配列に対応する塩基配列からなる核酸は勿論のこと、そのような核酸に余分な配列(アミノ酸配列をコードする配列であっても、アミノ酸配列をコードしない配列であってもよい)が付加されていてもよい。また、コドンの縮重も考慮される。「配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸」は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。ここで、配列番号2~11のアミノ酸配列はいずれも、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼのアミノ酸配列に変異を施したものである。従って、Arthrobacter globiformis由来のエステラーゼをコードする遺伝子に対して必要な変異を加えることによっても、配列番号2~11のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸(遺伝子)を得ることができる。位置特異的塩基配列置換のための方法は当該技術分野において数多く知られており(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照)、その中から適切な方法を選択して用いることができる。位置特異的変異導入法として、位置特異的アミノ酸飽和変異法を採用することができる。位置特異的アミノ酸飽和変異法は、タンパクの立体構造を基に、求める機能の関与する位置を推定し、アミノ酸飽和変異を導入する「Semi-rational,semi-random」手法である(J.Mol.Biol.331,585-592(2003))。例えば、Quick change(ストラタジーン社)等のキット、Overlap extention PCR(Nucleic Acid Res. 16,7351-7367(1988))を用いて位置特異的アミノ酸飽和変異を導入することが可能である。PCRに用いるDNAポリメラーゼはTaqポリメラーゼ等を用いることができる。但し、KOD-PLUS-(東洋紡社)、Pfu turbo(ストラタジーン社)などの精度の高いDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。
【0053】
ステップ(I)に続いて、用意した核酸を発現させる(ステップ(II))。例えば、まず上記核酸を挿入した発現ベクターを用意し、これを用いて宿主細胞を形質転換する。
【0054】
次に、発現産物である改変型酵素が産生される条件下で形質転換体を培養する。形質転換体の培養は常法に従えばよい。培地に使用する炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0055】
一方、培養温度は30℃~40℃の範囲内(好ましくは37℃付近)で設定することができる。培養時間は、培養対象の形質転換体の生育特性や改変型酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。培地のpHは、形質転換体が生育し且つ酵素が産生される範囲内に調製される。好ましくは培地のpHを6.0~9.0程度(好ましくはpH7.0付近)とする。
【0056】
続いて、発現産物(改変型酵素)を回収する(ステップ(III))。培養後の菌体を含む培養液をそのまま、或いは濃縮、不純物の除去などを経た後に酵素溶液として利用することもできるが、一般的には培養液又は菌体より発現産物を一旦回収する。発現産物が分泌型タンパク質であれば培養液より、それ以外であれば菌体内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを利用した塩析、メタノールやエタノール又はアセトンなどによる分別沈殿法、透析、加熱処理、等電点処理、ゲルろ過や吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー(例えば、セファデックス(Sephadex)ゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、オクチルセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、CMセファロースCL-6B(GEヘルスケアバイオサイエンス))などを組み合わせて分離、精製を行ことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、培養液をろ過、遠心処理等することによって菌体を採取し、次いで菌体を加圧処理、超音波処理、物理破砕処理などの機械的方法またはリゾチームなどによる酵素的方法で破壊した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。
【0057】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予めリン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0058】
通常は、以上のように適当な宿主-ベクター系を利用して遺伝子の発現~発現産物(改変型酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0059】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0060】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【0061】
5.改変型エステラーゼの用途
本発明の更なる局面は改変型酵素の用途に関し、本発明の改変型酵素を用いた、(1R,3S)-菊酸の製造方法が提供される。本発明の製造方法では、本発明の改変型酵素を(1R,3S)-菊酸エチルに作用させて加水分解し、(1R,3S)-菊酸を生成させる。所望の加水分解反応が達成させる限りにおいて反応条件は特に限定されない。例えば、グリシン-NaOHやPIPES等の緩衝液を利用し、pH6~11、温度40℃~60℃の条件下で反応させることができる。基質として、純度の高い(1R,3S)-菊酸エチル(例えば純度が98%以上)を使用しても、或いは(1R,3R)-菊酸エチル、(1S,3S)-菊酸エチル及び(1S,3R)-菊酸エチルが共存した状態の基質(例えば、(1R,3R):(1S,3S):(1R,3S):(1S,3R)=3:3:2:2の混合菊酸エチル等)を使用することにしてもよい。反応産物は必要に応じて光学分割した後、各種用途に利用される。光学分割にはカラムクロマトグラフィーを用いることができる。改変型酵素は固定化したものを用いても良い。
【実施例0062】
Arthrobacter globiformis)由来の野生型エステラーゼ(アミノ酸配列を配列番号1に遺伝子配列を配列番号12に示す)は(1R,3R)-菊酸エチルに対して高い選択性を有する。当該エステラーゼの蛋白質工学的手法による立体選択性の改変を試みた。
【0063】
1.変異体ライブラリーの作製
以下の方法で変異体ライブラリー(CASTing Library及び2点組み合わせ変異体)を作製した。
(1)変異の導入・形質転換
変異導入用PCRプライマーを設計し、以下の条件でPCRを行い、変異を導入した。
<鋳型プラスミド>
pET21b (野性型酵素遺伝子を導入)約30 ng/μL
<PCR反応組成>(総量20μL)
5× Prime STAR GXL Buffer(タカラバイオ): 4μL
dNTP Mixture (2.5mM each): 1.6μL
鋳型(約30 ng/μL): 0.25μL
F-プライマー: 0.2μL
R-プライマー: 0.2μL
Prime STAR GXL DNA Polymerase (タカラバイオ): 0.8μL
以上を混合し、超純水(Milli Q水)で20μLに調整
【0064】
<PCR条件>
98℃で1分の反応
98℃で10秒、60℃で15秒及び68℃で2分の反応を20サイクル
68℃で5分の反応
4℃で放置
【0065】
PCR反応液15μLにDpnI 1.5μLを添加して処理(37℃、3時間以上)した。次に、DpnI処理液2μLを用いて、以下のライゲーション反応組成にてライゲーション処理(16℃、O/N)した。
<ライゲーション反応組成>(総量5.5μL)
DpnI処理PCR産物: 2μL
T4 Polynucleotide Kinase: 1μL
Ligation High(東洋紡): 2.5μL
【0066】
ライゲーション反応液5.5μLを用いて、E.coli BL21(DE3) 25μLに形質転換(42℃で45秒処理後、氷上で急冷)した。形質転換溶液約30μLを、アンピシリン(最終濃度0.1mg/mL)を添加したLB寒天培地プレートに塗布して、37℃、O/Nで培養した(前培養)。
【0067】
(2)酵素抽出液の取得
前培養後の各変異株を、アンピシリン(最終濃度0.1mg/mL)を添加したTB培地(invitrogen) 1 mLに植菌した。33℃で48時間培養し(培養開始24時間の時点でIPTG (最終濃度 0.1mM)を添加)、遠心分離(3,000 g × 10分)した。上澄みを除去して菌体を回収した後、溶菌剤にて菌体を溶菌(25℃、2時間以上)させて酵素を抽出した。溶菌液を遠心分離(3,000 g × 10分)後、上澄みを回収して酵素抽出液とした。
【0068】
(3)組み合わせ変異体の作製
A328G変異体を鋳型として、上記(1)と同様の操作でPCRを行った。PCR産物を回収し、上記(2)と同様の操作で酵素抽出液を得た。尚、CASTing Libraryの評価結果とMOE(MOLSIS社)によるドッキングシミュレーションの結果を踏まえてA328Gに組み合わせる変異点の候補を選定した。
【0069】
(4)多重変異体の作製
A328G/A221F変異体を鋳型として、Error-prone PCRによりランダム変異導入を行った。trans-pNP菊酸を用い、遊離するpNP量を指標にスクリーニングを行った。得られた変異体を鋳型として同様の変異導入及びスクリーニングを繰り返し複数回実施することで、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が増加した多重変異体を作製した。
【0070】
2.変異体の評価
2-1.CASTing Libraryの評価
以下の方法でCASTing Libraryを評価した。(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性の変化を評価するため、以下の2種類の基質を用いた。
基質1(混合基質):菊酸エチル(純度95%以上、(1R,3R)体、(1R,3S)体、(1S,3R)体、(1S,3S)体の混合物((1R,3R):(1S,3S):(1R,3S):(1S,3R)=3:3:2:2)、東京化学工業)
基質2(単独基質):(1R,3S)-菊酸エチル
1μLの基質(基質1又は基質2)を反応容器に分注し、測定サンプル(上記1.(2)で調製した酵素抽出液)99μLを加え、反応(40℃、24時間)させた。反応後、6N HCl 10μL及びヘキサン150μLを加えた。よく攪拌した後、遠心分離し、有機層100μLを採取した。抽出物を乾固し、分析用溶媒に再溶解した後、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)で分析した。分析条件を以下に示す。
<超臨界流体クロマトグラフ(SFC)の分析条件>
装置:ACQUITY UPC2 PDA システム(Waters社)
カラム:ACQUITY UPC2 Trefoil AMY1(Waters社)2.5μm,3.0×150mm
移動相:CO2/10mM 酢酸アンモニウム含有2-プロパノール (0.5% 酢酸)=92/8
流量:2.0 mL/分
注入量:1μL
分析時間:1.5分
PDA検出機:205-400 nm
解像度:1.2 nm
【0071】
(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性の変化を、野生型酵素の反応性を基準として評価した。具体的には、SFCのエリア面積から、「(1R,3S)-菊酸エチル(単独基質)を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」/「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量の野生型酵素に対する比率(%)」の値を算出し、当該値が1を超えれば、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が増加したと判断した。
【0072】
評価結果を図1~5に示す。(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が増加したものとして以下の変異が同定された。
F58E、F58I、F58C、F58A、F58M、F58Y
D227I、D227S、D227A、D227W、D227H、D227G、D227F、D227V
I228Y、I228S、I228T、I228W
L229Y、L229F、L229V
L231M、L231A、L231G
S244F
A245N、A245G
V297R、V297W、V297Q、V297A、V297I
F298S
A328N、A328G
【0073】
以下の変異は2.0以上の値を示し、(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性の向上により好ましい。
F58E、F58I、F58C、F58A、F58M
D227I、D227S、D227A、D227W、D227H、D227G
I228Y、I228S
L229Y、L229F
L231M、L231A
V297R、V297W、V297Q
A328G
【0074】
以下の変異の値は3.0以上であり、より一層好ましいといえる。尚、A328Gは基質1(混合基質)を用いた反応においても(1R,3S)-菊酸の生成が認められ、特に有効な変異である。
F58E、F58I、F58C、F58A、F58M
D227I、D227S、D227A、D227W、D227H
I228Y、I228S
L229Y
L231M
V297R、V297W
A328G
【0075】
2-2.組み合わせ変異体の評価
1μLの基質1を反応容器に分注し、測定サンプル(上記1.(3)で調製した酵素抽出液)99μLを加え、反応(40℃、24時間)させた。反応後、6N HCl 10μL及びヘキサン150μLを加えた。よく攪拌した後、遠心分離し、有機層100μLを採取した。抽出物を乾固し、分析用溶媒に再溶解した後、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)で分析した。分析条件はCASTing Libraryの評価の場合と同様とした。
【0076】
(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の変化を、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上をもたらした変異(A328G)を有する変異酵素(A328G変異体)の反応性/選択性を基準として評価した。具体的には、SFCのエリア面積から、「混合基質を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」/「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」の値を算出し、当該値が1以上であれば、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上に有効な変異であると判断した。
【0077】
評価結果を図6~8に示す。(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上に有効なものとして、以下の変異の組み合わせが同定された。尚、驚くべきことに、A328G/F217E、A328G/F217V、A328G/F217Y、A328G/S220Q、A328G/S220L、A328G/S220N及びA328G/S220Gは、変異点F217及び変異点S220が単独では反応性の向上をもたらさなかったにもかかわらず、A328G変異との組み合わせになると(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性が向上した。
A328G/F58L、A328G/F58E
A328G/L151Q、A328G/L151R、A328G/L151H、A328G/L151W、A328G/L151A、A328G/L151V、A328G/L151M、A328G/L151N、A328G/L151C、A328G/L151T、A328G/L151I
A328G/F217W、A328G/F217G、A328G/F217A、A328G/F217D、A328G/F217T、A328G/F217R、A328G/F217E、A328G/F217V、A328G/F217Y
A328G/S220Q、A328G/S220L、A328G/S220N、A328G/S220G
A328G/A221F、A328G/A221M、A328G/A221L、A328G/A221V、A328G/A221E、A328G/A221R、A328G/A221G、A328G/A221S
A328G/D227E、A328G/D227C
A328G/I228L、A328G/I228G
A328G/L229R、A328G/L229V、A328G/L229I、A328G/L229H
A328G/V297C、A328G/V297L
【0078】
以下の変異の組み合わせは1.5以上の値を示し、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上により好ましい。
A328G/F58L
A328G/L151Q、A328G/L151R
A328G/F217W、A328G/F217G、A328G/F217A、A328G/F217D、A328G/F217T、A328G/F217R、A328G/F217E
A328G/S220Q、A328G/S220L
A328G/A221F、A328G/A221M、A328G/A221L、A328G/A221V、A328G/A221E、A328G/A221R、A328G/A221G
A328G/I228L、A328G/I228G
A328G/L229R、A328G/L229V、A328G/L229I
【0079】
以下の変異の組み合わせの値は2.0以上であり、より一層好ましいといえる。尚、特に注目すべきは、変異A328G/A221Fであり、(1R,3S)-菊酸エチルに対して特異的な反応性を示す。
A328G/L151Q
A328G/F217W、A328G/F217G、A328G/F217A、A328G/F217D、A328G/F217T
A328G/A221F、A328G/A221M、A328G/A221L、A328G/A221V、A328G/A221E、A328G/A221R
A328G/I228L、A328G/I228G
【0080】
2-3.多重変異体の評価
2μLの基質1を反応容器に分注し、測定サンプル(上記1.(3)で調製した酵素抽出液)98μLを加え、反応(40℃、24時間)させた。反応後、6N HCl 10μL及びヘキサン150μLを加えた。よく攪拌した後、遠心分離し、有機層100μLを採取した。抽出物を乾固し、分析用溶媒に再溶解した後、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)で分析した。分析条件はCASTingLibraryの評価の場合と同様とした。
【0081】
(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の変化を、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上をもたらした変異(A328G)を有する変異酵素(A328G変異体)の反応性/選択性を基準として評価した。具体的には、SFCのエリア面積から、「混合基質を用いた反応での(1R,3S)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」/「混合基質を用いた反応での(1R,3R)-菊酸の生成量のA328G変異体に対する比率(%)」の値を算出し、当該値が1以上であれば、(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性の向上に有効な変異であり、(1R,3S)-菊酸エチル生成量のA328G変異体に対する比率が高いほど(1R,3S)-菊酸エチルの生産性向上に有用な変異であると判断した。
【0082】
評価結果を図9に示す。(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性及び反応性が非常に高いものとして、以下の変異の組み合わせが同定された。
A328G/A221F/D326V
A328G/A221F/D326V/F298L
A328G/A221F/D326V/F298L/N222D
【0083】
3.まとめ
(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性/選択性の向上に有効な複数の変異を同定することに成功した。A328G/A221F変異体は(1R,3S)-菊酸エチル特異的な反応性を示し、極めて特徴的である。A328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体は(1R,3S)-菊酸エチルに対する選択性に加え反応性が大きく向上しており、極めて有用である。これらの変異体を含め、特に有効な変異を含む変異体のアミノ酸配列及びそれをコードする遺伝子(一例)を以下に示す。
A328G変異体:配列番号2(アミノ酸配列)、配列番号13(遺伝子配列)
A328G/F217W変異体:配列番号3(アミノ酸配列)、配列番号14(遺伝子配列)
A328G/A221F変異体:配列番号4(アミノ酸配列)、配列番号15(遺伝子配列)
A328G/A221M変異体:配列番号5(アミノ酸配列)、配列番号16(遺伝子配列)
A328G/A221L変異体:配列番号6(アミノ酸配列)、配列番号17(遺伝子配列)
A328G/A221V変異体:配列番号7(アミノ酸配列)、配列番号18(遺伝子配列)
A328G/I228L変異体:配列番号8(アミノ酸配列)、配列番号19(遺伝子配列)
A328G/A221F/D326V変異体:配列番号9(アミノ酸配列)、配列番号20(遺伝子配列)
A328G/A221F/D326V/F298L変異体:配列番号10(アミノ酸配列)、配列番号21(遺伝子配列)
A328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体:配列番号11(アミノ酸配列)、配列番号22(遺伝子配列)
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の改変型エステラーゼは(1R,3S)-菊酸エチルに対する反応性が高く、(1R,3S)-菊酸の製造に有用である。本発明の改変型エステラーゼを用いることにより、酵素法による効率的な(1R,3S)-菊酸の製造が可能になり、従来の製造法(化学的加水分解)が抱える問題を解決し得る。
【0085】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0086】
配列番号2:人工配列の説明:A328G変異体
配列番号3:人工配列の説明:A328G/F217W変異体
配列番号4:人工配列の説明:A328G/A221F変異体
配列番号5:人工配列の説明:A328G/A221M変異体
配列番号6:人工配列の説明:A328G/A221L変異体
配列番号7:人工配列の説明:A328G/A221V変異体
配列番号8:人工配列の説明:A328G/I228L変異体
配列番号9:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V変異体
配列番号10:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V/F298L変異体
配列番号11:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体
配列番号13:人工配列の説明:A328G変異体
配列番号14:人工配列の説明:A328G/F217W変異体
配列番号15:人工配列の説明:A328G/A221F変異体
配列番号16:人工配列の説明:A328G/A221M変異体
配列番号17:人工配列の説明:A328G/A221L変異体
配列番号18:人工配列の説明:A328G/A221V変異体
配列番号19:人工配列の説明:A328G/I228L変異体
配列番号20:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V変異体
配列番号21:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V/F298L変異体
配列番号22:人工配列の説明:A328G/A221F/D326V/F298L/N222D変異体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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