(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161886
(43)【公開日】2024-11-20
(54)【発明の名称】可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20241113BHJP
F16H 55/17 20060101ALI20241113BHJP
B23F 19/00 20060101ALI20241113BHJP
B23P 15/14 20060101ALI20241113BHJP
B25J 17/00 20060101ALI20241113BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20241113BHJP
B24C 1/04 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
F16H1/32 B
F16H55/17 Z
B23F19/00
B23P15/14
B25J17/00 E
B24C1/10 D
B24C1/04 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024025073
(22)【出願日】2024-02-22
(31)【優先権主張番号】202310509957.8
(32)【優先日】2023-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】512237419
【氏名又は名称】美的集団股▲フン▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】MIDEA GROUP CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】B26-28F, Midea Headquarter Building, No.6 Midea Avenue, Beijiao, Shunde, Foshan, Guangdong 528311 China
(71)【出願人】
【識別番号】522256185
【氏名又は名称】広東▲極▼▲亞▼精机科技有限公司
(71)【出願人】
【識別番号】517344192
【氏名又は名称】広東美的制冷設備有限公司
【氏名又は名称原語表記】GD MIDEA AIR-CONDITIONING EQUIPMENT CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】Lingang Road,Beijiao,Shunde,Foshan,Guangdong,China
(74)【代理人】
【識別番号】100167302
【弁理士】
【氏名又は名称】種村 一幸
(74)【代理人】
【識別番号】100135817
【弁理士】
【氏名又は名称】華山 浩伸
(74)【代理人】
【識別番号】100167830
【弁理士】
【氏名又は名称】仲石 晴樹
(72)【発明者】
【氏名】松澤 響
(72)【発明者】
【氏名】王 剛
(72)【発明者】
【氏名】▲呉▼ ▲達▼祺
【テーマコード(参考)】
3C025
3C707
3J027
3J030
【Fターム(参考)】
3C025DD00
3C707BS15
3C707CX03
3C707HT26
3J027FA37
3J027FB32
3J027GB03
3J027GC06
3J027GE14
3J030BC03
3J030BC10
(57)【要約】
【課題】信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置を実現可能な可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置を提供する。
【解決手段】剛性内歯歯車と、可撓性外歯歯車3と、波動発生器と、を備える波動歯車装置の可撓性外歯歯車3の製造方法は、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有する。波動歯車装置は、カムの回転に伴って可撓性外歯歯車を変形させ、外歯31の一部を内歯の一部に噛み合わせて、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車との歯数差に応じて剛性内歯歯車に対して相対的に回転させる。応力発生工程では、可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで可撓性外歯歯車3に応力を生じさせる。ショットピーニング工程では、応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部にショットピーニングを施す。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内歯を有する環状の剛性内歯歯車と、
外歯を有し、前記剛性内歯歯車の内側に配置される環状の可撓性外歯歯車と、
回転軸を中心に回転駆動される非円形状のカム、及び前記カムの外側に装着されるベアリングを有し、前記可撓性外歯歯車の内側に配置され、前記可撓性外歯歯車に撓みを生じさせる波動発生器と、を備え、
前記カムの回転に伴って前記可撓性外歯歯車を変形させ、前記外歯の一部を前記内歯の一部に噛み合わせて、前記可撓性外歯歯車を前記剛性内歯歯車との歯数差に応じて前記剛性内歯歯車に対して相対的に回転させる波動歯車装置の前記可撓性外歯歯車の製造方法であって、
前記可撓性外歯歯車を弾性変形させることで前記可撓性外歯歯車に応力を生じさせる応力発生工程と、
前記応力が生じる前記可撓性外歯歯車の表面の少なくとも一部にショットピーニングを施すショットピーニング工程と、を有する、
可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項2】
前記応力発生工程では、前記可撓性外歯歯車を周方向の全周において均一に拡径するように弾性変形させる、
請求項1に記載の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項3】
前記ショットピーニング工程では、前記可撓性外歯歯車の表面における施工部位を前記可撓性外歯歯車の周方向に移動させながら前記施工部位にショットピーニングを施す、
請求項1又は2に記載の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項4】
前記応力発生工程では、治具を用いて前記可撓性外歯歯車を弾性変形させ、
前記ショットピーニング工程では、前記可撓性外歯歯車の表面のうちショットピーニングを施さない部位を前記治具にてマスキングする、
請求項1又は2に記載の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項5】
前記応力発生工程では、少なくとも外周形状が前記波動発生器と同一である治具を、前記可撓性外歯歯車に組み合わせることによって前記可撓性外歯歯車を弾性変形させる、
請求項1又は2に記載の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項6】
内歯を有する環状の剛性内歯歯車と、
外歯を有し、前記剛性内歯歯車の内側に配置される環状の可撓性外歯歯車と、
回転軸を中心に回転駆動される非円形状のカム、及び前記カムの外側に装着されるベアリングを有し、前記可撓性外歯歯車の内側に配置され、前記可撓性外歯歯車に撓みを生じさせる波動発生器と、を備え、
前記カムの回転に伴って前記可撓性外歯歯車を変形させ、前記外歯の一部を前記内歯の一部に噛み合わせて、前記可撓性外歯歯車を前記剛性内歯歯車との歯数差に応じて前記剛性内歯歯車に対して相対的に回転させる波動歯車装置の前記可撓性外歯歯車であって、
弾性変形させられた弾性変形部と、
前記弾性変形部の少なくとも一部に形成されるショットピーニング部と、を備える、
可撓性外歯歯車。
【請求項7】
請求項6に記載の可撓性外歯歯車と、
前記剛性内歯歯車と、
前記波動発生器と、を備える、
波動歯車装置。
【請求項8】
請求項7に記載の波動歯車装置と、
前記剛性内歯歯車に固定される第1部材と、
前記可撓性外歯歯車に固定される第2部材と、を備える、
ロボット用関節装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、一般に可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置に関し、より詳細には、波動歯車装置に用いられる可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、波動歯車装置(撓み噛み合い式歯車装置)における可撓性外歯歯車の表面処理を、窒化処理にて行うことの開示がある。
【0003】
波動歯車装置は、環状の剛性内歯歯車と、この内側に配置されたカップ形の可撓性外歯歯車と、この内側にはめ込まれた楕円形の波動発生器とを有している。可撓性外歯歯車は、円筒状の胴部と、胴部の外周面に形成された外歯とを備えている。可撓性外歯歯車は、波動発生器によって楕円形に撓められ、その楕円形状の長軸方向の両端に位置する外歯の部分が、剛性内歯歯車の内周面に形成した内歯に噛み合っている。
【0004】
波動発生器がモータ等により回転すると、両歯車の噛み合い位置が円周方向に移動し、内歯と外歯との歯数差(2N(Nは正の整数))に応じた相対回転が両歯車の間に発生する。ここで、剛性内歯歯車の側が固定されていると、可撓性外歯歯車の側から、両歯車の歯数差に応じて大幅に減速された回転出力が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述したような波動歯車装置においては、可撓性外歯歯車は弾性変形を繰り返すので、金属疲労等により、可撓性外歯歯車の表面を起点とした損傷(割れ等)が生じ、波動歯車装置の信頼性に影響する可能性がある。また、可撓性外歯歯車の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因して、摩耗粉が波動発生器の内側に進入することによる波動発生器(のベアリング)の損傷等が生じ、波動歯車装置の信頼性に影響する可能性がある。
【0007】
本開示は上記事由に鑑みてなされており、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置を実現可能な可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様に係る可撓性外歯歯車の製造方法は、波動歯車装置の前記可撓性外歯歯車の製造方法であって、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有する。前記波動歯車装置は、剛性内歯歯車と、可撓性外歯歯車と、波動発生器と、を備える。前記剛性内歯歯車は、内歯を有する環状の部品である。前記可撓性外歯歯車は、外歯を有し、前記剛性内歯歯車の内側に配置される環状の部品である。前記波動発生器は、回転軸を中心に回転駆動される非円形状のカム、及び前記カムの外側に装着されるベアリングを有する。前記波動発生器は、前記可撓性外歯歯車の内側に配置され、前記可撓性外歯歯車に撓みを生じさせる。前記波動歯車装置は、前記カムの回転に伴って前記可撓性外歯歯車を変形させ、前記外歯の一部を前記内歯の一部に噛み合わせて、前記可撓性外歯歯車を前記剛性内歯歯車との歯数差に応じて前記剛性内歯歯車に対して相対的に回転させる。前記応力発生工程では、前記可撓性外歯歯車を弾性変形させることで前記可撓性外歯歯車に応力を生じさせる。前記ショットピーニング工程では、前記応力が生じる前記可撓性外歯歯車の表面の少なくとも一部にショットピーニングを施す。
【0009】
本開示の一態様に係る可撓性外歯歯車は、剛性内歯歯車と、可撓性外歯歯車と、波動発生器と、を備える波動歯車装置の前記可撓性外歯歯車である。前記剛性内歯歯車は、内歯を有する環状の部品である。前記可撓性外歯歯車は、外歯を有し、前記剛性内歯歯車の内側に配置される環状の部品である。前記波動発生器は、回転軸を中心に回転駆動される非円形状のカム、及び前記カムの外側に装着されるベアリングを有する。前記波動発生器は、前記可撓性外歯歯車の内側に配置され、前記可撓性外歯歯車に撓みを生じさせる。前記波動歯車装置は、前記カムの回転に伴って前記可撓性外歯歯車を変形させ、前記外歯の一部を前記内歯の一部に噛み合わせて、前記可撓性外歯歯車を前記剛性内歯歯車との歯数差に応じて前記剛性内歯歯車に対して相対的に回転させる。前記可撓性外歯歯車は、弾性変形させられた弾性変形部と、前記弾性変形部の少なくとも一部に形成されるショットピーニング部と、を備える。
【0010】
本開示の一態様に係る波動歯車装置は、前記可撓性外歯歯車と、前記剛性内歯歯車と、前記波動発生器と、を備える。
【0011】
本開示の一態様に係るロボット用関節装置は、前記波動歯車装置と、前記剛性内歯歯車に固定される第1部材と、前記可撓性外歯歯車に固定される第2部材と、を備える。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置を実現可能な可撓性外歯歯車の製造方法、可撓性外歯歯車、波動歯車装置及びロボット用関節装置を提供できる、という利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】
図1Aは、実施形態1に係る波動歯車装置の概略構成を示す断面図である。
【
図2A】
図2Aは、同上の波動歯車装置を回転軸の入力側から見た概略図である。
【
図3A】
図3Aは、同上の波動歯車装置を回転軸の出力側から見た概略の分解斜視図である。
【
図3B】
図3Bは、同上の波動歯車装置を回転軸の入力側から見た概略の分解斜視図である。
【
図4】
図4は、同上の波動歯車装置を含むアクチュエータの概略構成を示す断面図である。
【
図5】
図5は、同上の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の概略構成を示す断面図である。
【
図6】
図6は、同上の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の圧縮残留応力の一例を表すグラフである。
【
図7】
図7は、同上の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法を説明する概略断面図である。
【
図8】
図8は、同上の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法を説明する、回転軸の入力側から見た概略図である。
【
図9】
図9は、同上の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法を説明する、回転軸の入力側から見た概略図である。
【
図10】
図10は、同上の波動歯車装置を用いたロボットの一例を示す断面図である。
【
図11】
図11は、実施形態2に係る波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法を説明する、回転軸の入力側から見た概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実施形態1)
(1)概要
以下、本実施形態に係る波動歯車装置1の概要について、
図1A~
図5を参照して説明する。本開示で参照する図面は、いずれも模式的な図であり、図中の各構成要素の大きさ及び厚さそれぞれの比が、必ずしも実際の寸法比を反映しているとは限らない。例えば、
図2A~
図3Bにおける、内歯21及び外歯31の歯形、寸法及び歯数等は、いずれも説明のために模式的に表しているに過ぎず、図示されている形状に限定する趣旨ではない。
【0015】
本実施形態に係る波動歯車装置1は、剛性内歯歯車2と、可撓性外歯歯車3と、波動発生器4と、を備える歯車装置である。この波動歯車装置1は、環状の剛性内歯歯車2の内側に、環状の可撓性外歯歯車3が配置され、さらに、可撓性外歯歯車3の内側には波動発生器4が配置される。波動発生器4は、可撓性外歯歯車3を非円形状に撓ませることにより、剛性内歯歯車2の内歯21に対して可撓性外歯歯車3の外歯31を部分的に噛み合わせる。波動発生器4が回転すると、内歯21と外歯31との噛み合い位置が、剛性内歯歯車2の円周方向に移動し、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との歯数差に応じた相対回転が両歯車(剛性内歯歯車2及び可撓性外歯歯車3)の間に発生する。ここで、剛性内歯歯車2が固定されているとすれば、両歯車の相対回転に伴って、可撓性外歯歯車3が回転することになる。その結果、可撓性外歯歯車3からは、両歯車の歯数差に応じて、比較的高い減速比で減速された回転出力が得られる。
【0016】
また、可撓性外歯歯車3に撓みを生じさせる波動発生器4は、入力側の回転軸Ax1(
図1A参照)を中心に回転駆動される非円形状のカム41と、ベアリング42と、を有している。ベアリング42は、カム41の外周面411と可撓性外歯歯車3の内周面301との間に配置される。ベアリング42の内輪422は、カム41の外周面411に固定され、ベアリング42の外輪421は、ボール状の転動体423を介して、カム41に押されて弾性変形する。ここで、転動体423が転がることで外輪421は内輪422に対して相対的に回転可能であるので、非円形状のカム41が回転すると、内輪422の回転は外輪421には伝わらず、カム41に押された可撓性外歯歯車3の外歯31には、波動運動が発生する。外歯31の波動運動が発生することで、上述したように内歯21と外歯31との噛み合い位置が剛性内歯歯車2の円周方向に移動し、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との間に相対回転が発生する。
【0017】
要するに、この種の波動歯車装置1においては、ベアリング42を有する波動発生器4が可撓性外歯歯車3を撓ませながら、内歯21と外歯31との噛み合いによる動力の伝達が実現される。
【0018】
この種の波動歯車装置1では、特に、長期間の使用になれば、可撓性外歯歯車3は弾性変形を繰り返すので、金属疲労等により、可撓性外歯歯車3の表面を起点とした損傷(割れ等)が生じ、波動歯車装置1の信頼性に影響する可能性がある。また、可撓性外歯歯車3の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因して、摩耗粉が波動発生器4の内側に進入することによる波動発生器4(のベアリング42)の損傷等が生じ、波動歯車装置1の信頼性に影響する可能性がある。
【0019】
一例として、可撓性外歯歯車3の表面を起点とした損傷、可撓性外歯歯車3の表面の荒れ、又は錆の発生により、可撓性外歯歯車3の変形追随性が阻害されると、波動発生器4の回転に余分なエネルギーが必要となって、動力伝達効率の低下、又はベアリング42に掛かる荷重が増加することによる寿命の短縮等につながる。また、摩耗粉がベアリング42に入り込むと、ベアリング42の外輪421又は内輪422と転動体423との間への摩耗粉の噛み込みによる圧痕を起点に、外輪421、内輪422及び転動体423のいずれかの表面に損傷が生じ得る。このような損傷(表面起点型のフレーキング)は、波動歯車装置1の品質及び特性等の劣化につながるため、結果的に、波動歯車装置1の信頼性の低下につながる。そこで、本実施形態では、以下の構成により、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置1を実現可能とする。
【0020】
すなわち、本実施形態に係る波動歯車装置1は、
図1A~
図3Bに示すように、内歯21を有する環状の剛性内歯歯車2と、外歯31を有する環状の可撓性外歯歯車3と、波動発生器4と、を備えている。可撓性外歯歯車3は、剛性内歯歯車2の内側に配置される。波動発生器4は、可撓性外歯歯車3の内側に配置され、可撓性外歯歯車3に撓みを生じさせる。波動発生器4は、回転軸Ax1を中心に回転駆動される非円形状のカム41、及びカム41の外側に装着されるベアリング42を有する。波動歯車装置1は、カム41の回転に伴って可撓性外歯歯車3を変形させ、外歯31の一部を内歯21の一部に噛み合わせて、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との歯数差に応じて剛性内歯歯車2に対して相対的に回転させる。ここで、本実施形態に係る波動歯車装置1の可撓性外歯歯車3の製造方法は、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有する。応力発生工程では、可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで可撓性外歯歯車3に応力を生じさせる。ショットピーニング工程では、(応力発生工程で)応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部にショットピーニングを施す。
【0021】
この態様によれば、可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで可撓性外歯歯車3に応力を生じさせつつ、当該応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部にショットピーニングが施される。そのため、可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部においては、ショットピーニングにより、比較的大きな圧縮残留応力が付与されることになり、圧縮残留応力による亀裂進展の抑制、及び表面硬度上昇による耐摩耗性向上等の効果が期待できる。
【0022】
しかも、可撓性外歯歯車3に応力を生じさせることで、可撓性外歯歯車3の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車3における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができる。したがって、可撓性外歯歯車3の表面粗さの悪化が抑えられることになり、可撓性外歯歯車3の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因する波動発生器4(のベアリング42)の損傷等が生じにくくなる。結果的に、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置1を提供可能である。そして、本実施形態に係る波動歯車装置1は、特に長期間の使用に際しても信頼性の低下が生じにくいため、ひいては、波動歯車装置1の伝達効率の改善、長寿命化、及び高性能化にもつながる。
【0023】
また、本実施形態に係る波動歯車装置1は、
図4に示すように、駆動源101及び出力部102と共に、アクチュエータ100を構成する。言い換えれば、本実施形態に係るアクチュエータ100は、波動歯車装置1と、駆動源101と、出力部102と、を備えている。駆動源101は、波動発生器4を回転させる。出力部102は、剛性内歯歯車2及び可撓性外歯歯車3のいずれか一方の回転力を出力として取り出す。
【0024】
また、本実施形態に係る波動歯車装置1は、
図4に示すように、第1部材131及び第2部材132と共に、ロボット用関節装置130を構成する。言い換えれば、本実施形態に係るロボット用関節装置130は、波動歯車装置1と、第1部材131と、第2部材132と、を備えている。第1部材131は、剛性内歯歯車2に固定される。第2部材132は、可撓性外歯歯車3に固定される。これにより、波動歯車装置1において可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との間に相対回転が発生することで、ロボット用関節装置130における第1部材131と第2部材132とが相対回転することになる。
【0025】
本実施形態に係るロボット用関節装置130によれば、波動歯車装置1の信頼性の低下が生じにくい、という利点がある。
【0026】
(2)定義
本開示でいう「環状」は、少なくとも平面視において、内側に囲まれた空間(領域)を形成する輪(わ)のような形状を意味し、平面視において真円とある円形状(円環状)に限らず、例えば、楕円形状及び多角形状等であってもよい。さらに、例えば、カップ状の可撓性外歯歯車3のように底部322を有するような形状であっても、その胴部321が環状であれば、「環状」の可撓性外歯歯車3という。
【0027】
本開示でいう「剛性」は、物体に外力が加わり物体が変形しようとするとき、物体がその変形に抵抗する性質のことを意味する。言い換えれば、剛性を持つ物体は、外力が加わっても変形しにくい。また、本開示でいう「可撓性」は、物体に外力が加わったときに、物体が弾性変形する(撓む)性質のことを意味する。言い換えれば、可撓性を持つ物体は、外力が加わったときに弾性変形しやすい。したがって、「剛性」と「可撓性」とは相反する意味である。
【0028】
特に、本開示においては、剛性内歯歯車2の「剛性」と、可撓性外歯歯車3の「可撓性」とは、相対的な意味で用いている。すなわち、剛性内歯歯車2の「剛性」は、少なくとも可撓性外歯歯車3に比較して相対的に、剛性内歯歯車2が高い剛性を持つ、つまり外力が加わっても変形しにくいことを意味する。同様に、可撓性外歯歯車3の「可撓性」は、少なくとも剛性内歯歯車2に比較して相対的に、可撓性外歯歯車3が高い可撓性を持つ、つまり外力が加わったときに弾性変形しやすいことを意味する。
【0029】
また、本開示では、回転軸Ax1の一方側(
図1Aの右側)を「入力側」といい、回転軸Ax1の他方側(
図1Aの左側)を「出力側」という場合がある。つまり、
図1Aの例では、可撓性外歯歯車3は、回転軸Ax1の「入力側」に開口面35を有している。ただし、「入力側」及び「出力側」は、説明のために付しているラベルに過ぎず、波動歯車装置1から見た、入力及び出力の位置関係を限定する趣旨ではない。
【0030】
本開示でいう「非円形状」とは、真円ではない形状を意味し、例えば、楕円形状及び長円形状等を含む。本実施形態では一例として、波動発生器4の非円形状のカム41は、楕円形状であることとする。つまり、本実施形態では、波動発生器4は、可撓性外歯歯車3を楕円形状に撓ませることになる。
【0031】
本開示でいう「楕円形状」は、真円が押し潰されて、互いに直交する長軸と短軸との交点が中心に位置するような形状全般を意味し、一平面上のある2定点からの距離の和が一定である点の集合からなる曲線である数学的な「楕円」に限らない。つまり、本実施形態におけるカム41は、数学的な「楕円」のように一平面上のある2定点からの距離の和が一定である点の集合からなる曲線状であってもよいし、数学的な「楕円」ではなく長円のような楕円形状であってもよい。上述したように、本開示で参照する図面は、いずれも模式的な図であり、図中の各構成要素の大きさ及び厚さそれぞれの比が、必ずしも実際の寸法比を反映しているとは限らない。そのため、例えば、
図2Aでは、波動発生器4のカム41の形状を、やや大げさな楕円形状としているが、実際のカム41の形状を限定する趣旨ではない。
【0032】
本開示でいう「回転軸」は、回転体の回転運動の中心となる仮想的な軸(直線)を意味する。つまり、回転軸Ax1は、実体を伴わない仮想軸である。波動発生器4は、回転軸Ax1を中心として回転運動を行う。
【0033】
本開示でいう「内歯」及び「外歯」は、それぞれ単体の「歯」ではなく、複数の「歯」の集合(群)を意味する。つまり、剛性内歯歯車2の内歯21は、剛性内歯歯車2の内周面に形成された複数の歯の集合からなる。同様に、可撓性外歯歯車3の外歯31は、可撓性外歯歯車3の外周面303(
図1A参照)に形成された複数の歯の集合からなる。
【0034】
本開示でいう「平行」とは、一平面上の二直線であればどこまで延長しても交わらない場合、つまり二者間の角度が厳密に0度(又は180度)である場合に加えて、二者間の角度が0度に対して数度(例えば10度未満)程度の誤差範囲に収まる関係にあることをいう。同様に、本開示でいう「直交」とは、二者間の角度が厳密に90度で交わる場合に加えて、二者間の角度が90度に対して数度(例えば10度未満)程度の誤差範囲に収まる関係にあることをいう。
【0035】
(3)構成
以下、本実施形態に係る波動歯車装置1、アクチュエータ100及びロボット用関節装置130の詳細な構成について、
図1A~
図4を参照して説明する。
【0036】
図1Aは、波動歯車装置1の概略構成を示す断面図であって、
図1Bは、
図1Aの領域Z1の拡大図である。
図2Aは、波動歯車装置1を回転軸Ax1の入力側(
図1Aの右側)から見た概略図であって、
図2Bは、
図2Aの領域Z1の拡大図である。
図3Aは、波動歯車装置1を回転軸Ax1の出力側(
図1Aの左側)から見た概略の分解斜視図である。
図3Bは、波動歯車装置1を回転軸Ax1の入力側から見た概略の分解斜視図である。
図4は、波動歯車装置1を含むアクチュエータ100及びロボット用関節装置130の概略構成を示す断面図である。
【0037】
(3.1)波動歯車装置
本実施形態に係る波動歯車装置1は、上述したように、剛性内歯歯車2と、可撓性外歯歯車3と、波動発生器4と、を備えている。本実施形態では、波動歯車装置1の構成要素である剛性内歯歯車2、可撓性外歯歯車3及び波動発生器4の材質は、ステンレス、鋳鉄、機械構造用炭素鋼、クロムモリブデン鋼、リン青銅又はアルミ青銅等の金属である。ここでいう金属は、窒化処理等の表面処理が施された金属を含む。
【0038】
また、本実施形態では、波動歯車装置1の一例として、カップ型の波動歯車装置を例示する。つまり、本実施形態に係る波動歯車装置1では、カップ状に形成された可撓性外歯歯車3を用いている。波動発生器4は、カップ状の可撓性外歯歯車3内に収容されるように、可撓性外歯歯車3と組み合わされる。
【0039】
また、本実施形態では一例として、波動歯車装置1は、剛性内歯歯車2が入力側ケース111(
図4参照)及び出力側ケース112(
図4参照)等に固定された状態で使用される。これにより、剛性内歯歯車2と可撓性外歯歯車3との相対回転に伴って、固定部材(入力側ケース111等)に対して、可撓性外歯歯車3が相対的に回転することになる。
【0040】
さらに、本実施形態では、波動歯車装置1をアクチュエータ100に用いる場合に、波動発生器4に入力としての回転力が加わることで、可撓性外歯歯車3から出力としての回転力が取り出される。つまり、波動歯車装置1は、波動発生器4の回転を入力回転とし、可撓性外歯歯車3の回転を出力回転として動作する。これにより、波動歯車装置1では、入力回転に対して、比較的高い減速比にて減速された出力回転が得られることになる。
【0041】
さらに、本実施形態に係る波動歯車装置1では、入力側の回転軸Ax1と、出力側の回転軸Ax2とは、同一直線上にある。言い換えれば、入力側の回転軸Ax1と、出力側の回転軸Ax2とは、同軸である。ここで、入力側の回転軸Ax1は、入力回転が与えられる波動発生器4の回転中心であって、出力側の回転軸Ax1は、出力回転を生じる可撓性外歯歯車3の回転中心である。つまり、波動歯車装置1では、同軸上において、入力回転に対して、比較的高い減速比にて減速された出力回転が得られることになる。
【0042】
剛性内歯歯車2は、サーキュラスプライン(circular spline)ともいい、内歯21を有する環状の部品である。本実施形態では、剛性内歯歯車2は、少なくとも内周面が平面視において真円となる、円環状を有している。円環状の剛性内歯歯車2の内周面には、内歯21が、剛性内歯歯車2の円周方向に沿って形成されている。内歯21を構成する複数の歯は、全て同一形状であって、剛性内歯歯車2の内周面における円周方向の全域に、等ピッチで設けられている。つまり、内歯21のピッチ円は、平面視において真円となる。また、剛性内歯歯車2は、回転軸Ax1の方向に所定の厚みを有している。内歯21は、いずれも剛性内歯歯車2の厚み方向の全長にわたって形成されている。内歯21の歯筋は、いずれも回転軸Ax1と平行である。
【0043】
剛性内歯歯車2は、上述したように、入力側ケース111(
図4参照)及び出力側ケース112(
図4参照)等に固定される。そのため、剛性内歯歯車2には、固定用の複数の固定孔22(
図3A及び
図3B参照)が形成されている。
【0044】
可撓性外歯歯車3は、フレックススプライン(flex spline)ともいい、外歯31を有する環状の部品である。本実施形態では、可撓性外歯歯車3は、比較的薄肉の金属弾性体(金属板)にて、カップ状に形成された部品である。つまり、可撓性外歯歯車3は、その厚みが比較的小さい(薄い)ことで可撓性を持つ。可撓性外歯歯車3は、カップ状の本体部32を有している。本体部32は、胴部321及び底部322を有している。胴部321は、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じていない状態において、少なくとも内周面301が平面視で真円となる、円筒状を有している。胴部321の中心軸は、回転軸Ax1と一致する。底部322は、胴部321の一方の開口面に配置され、平面視において真円となる、円盤状を有している。底部322は、胴部321の一対の開口面のうち、回転軸Ax1の出力側の開口面に配置されている。上記より、本体部32は、胴部321及び底部322の全体で、回転軸Ax1の入力側に開放された、有底の円筒状、つまりカップ状の形状が実現される。言い換えれば、可撓性外歯歯車3の回転軸Ax1の方向における底部322とは反対側の端面には、開口面35が形成されている。つまり、可撓性外歯歯車3は、歯筋方向D1の一方(ここでは回転軸Ax1の入力側)に開口面35を有する筒状である。本実施形態では、胴部321及び底部322は1つの金属部材にて一体に形成されており、これにより、シームレスな本体部32が実現される。
【0045】
ここで、可撓性外歯歯車3に対しては、胴部321の内側に、非円形状(楕円形状)の波動発生器4が嵌め込まれるようにして、波動発生器4が組み合わされる。これにより、可撓性外歯歯車3は、内側から外側に向けて、波動発生器4からラジアル方向(回転軸Ax1に直交する方向)の外力を受けることにより、非円形状に弾性変形する。本実施形態では、波動発生器4が可撓性外歯歯車3に組み合わされることにより、可撓性外歯歯車3は、胴部321が楕円形状に弾性変形する。つまり、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じていない状態とは、可撓性外歯歯車3に波動発生器4が組み合わされていない状態を意味する。反対に、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じている状態とは、可撓性外歯歯車3に波動発生器4が組み合わされた状態を意味する。
【0046】
より詳細には、波動発生器4は、胴部321の内周面301のうち底部322とは反対側(回転軸Ax1の入力側)の端部に嵌め込まれる。言い換えれば、波動発生器4は、可撓性外歯歯車3の胴部321のうち、回転軸Ax1の方向における開口面35側の端部に嵌め込まれている。そのため、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じている状態では、可撓性外歯歯車3は、回転軸Ax1の方向における開口面35側の端部において、底部322側の端部に比較して、より大きく変形し、より楕円形状に近い形状となる。このような回転軸Ax1の方向における変形量の違いから、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じている状態において、可撓性外歯歯車3の胴部321の内周面301は、回転軸Ax1に対して傾斜するテーパ面を含むことになる。
【0047】
また、胴部321の外周面303(
図1A参照)のうち少なくとも底部322とは反対側(回転軸Ax1の入力側)の端部には、外歯31が、胴部321の円周方向に沿って形成されている。言い換えれば、外歯31は、可撓性外歯歯車3の胴部321のうち、少なくとも回転軸Ax1の方向における開口面35側の端部に設けられている。外歯31を構成する複数の歯は、全て同一形状であって、可撓性外歯歯車3の外周面303における円周方向の全域に、等ピッチで設けられている。つまり、外歯31のピッチ円は、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じていない状態で、平面視において真円となる。外歯31は、胴部321の開口面35側(回転軸Ax1の入力側)の端縁から一定幅の範囲にのみ形成されている。具体的には、胴部321のうち、回転軸Ax1の方向において、少なくとも波動発生器4が嵌め込まれる部分(開口面35側の端部)には、外周面303に外歯31が形成されている。外歯31の歯筋は、いずれも回転軸Ax1と平行である。
【0048】
要するに、本実施形態に係る波動歯車装置1においては、剛性内歯歯車2の内歯21及び可撓性外歯歯車3の外歯31のいずれの歯筋も、回転軸Ax1と平行である。よって、本実施形態では、「歯筋方向D1」は、回転軸Ax1と平行な方向である。そして、内歯21における歯筋方向D1の寸法が内歯21の歯幅であって、同様に、外歯31における歯筋方向D1の寸法が外歯31の歯幅であるので、歯筋方向D1は歯幅方向と同義である。
【0049】
本実施形態では、上述したように、可撓性外歯歯車3の回転が出力回転として取り出される。そのため、可撓性外歯歯車3には、アクチュエータ100の出力部102(
図4参照)が取り付けられる。可撓性外歯歯車3の底部322には、出力部102としてのシャフトを取り付けるための複数の取付孔33が形成されている。さらに、底部322の中央部には、透孔34が形成されている。底部322における透孔34の周囲は、底部322の他の部位よりも肉厚である。
【0050】
このように構成される可撓性外歯歯車3は、剛性内歯歯車2の内側に配置される。ここで、可撓性外歯歯車3は、胴部321の外周面303のうち底部322とは反対側(回転軸Ax1の入力側)の端部のみが、剛性内歯歯車2の内側に挿入されるように、剛性内歯歯車2と組み合わされる。つまり、可撓性外歯歯車3は、胴部321のうち、回転軸Ax1の方向において、波動発生器4が嵌め込まれる部分(開口面35側の端部)が、剛性内歯歯車2の内側に挿入される。ここで、可撓性外歯歯車3の外周面303には外歯31が形成され、剛性内歯歯車2の内周面には内歯21が形成されている。そのため、剛性内歯歯車2の内側に可撓性外歯歯車3が配置された状態では、外歯31と内歯21とは、互いに対向することになる。
【0051】
ここで、剛性内歯歯車2における内歯21の歯数は、可撓性外歯歯車3の外歯31の歯数よりも2N(Nは正の整数)だけ多い。本実施形態では一例として、Nが「1」であって、可撓性外歯歯車3の(外歯31の)歯数は、剛性内歯歯車2の(内歯21の)歯数よりも「2」多い。このような可撓性外歯歯車3と剛性内歯歯車2との歯数差は、波動歯車装置1での入力回転に対する出力回転の減速比を規定する。
【0052】
ここにおいて、本実施形態では一例として、
図1A及び
図1Bに示すように、外歯31の歯筋方向D1の中心と内歯21の歯筋方向D1の中心とが対向するように、回転軸Ax1の方向における可撓性外歯歯車3と剛性内歯歯車2との相対位置が設定されている。つまり、可撓性外歯歯車3の外歯31と剛性内歯歯車2の内歯21とでは、歯筋方向D1の中心の位置が回転軸Ax1の方向の同一位置に合わされている。また、本実施形態では、外歯31の歯筋方向D1の寸法(歯幅)は、内歯21の歯筋方向D1の寸法(歯幅)よりも大きい。そのため、回転軸Ax1に平行な方向においては、外歯31の歯筋の範囲内に、内歯21が収まることになる。言い換えれば、外歯31は、内歯21に対して、歯筋方向D1の少なくとも一方に突出する。本実施形態では、外歯31は、内歯21に対して、歯筋方向D1の両方(回転軸Ax1の入力側及び出力側)に突出する。
【0053】
ここで、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じていない状態(可撓性外歯歯車3に波動発生器4が組み合わされていない状態)で、真円を描く外歯31のピッチ円は、同じく真円を描く内歯21のピッチ円に比べて一回り小さくなるように設定されている。つまり、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じていない状態では、外歯31との内歯21とは、隙間を介して対向することになり、互いに噛み合ってはいない。
【0054】
一方で、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じた状態(可撓性外歯歯車3に波動発生器4が組み合わされた状態)では、胴部321が楕円形状(非円形状)に撓むので、剛性内歯歯車2の内歯21に対して可撓性外歯歯車3の外歯31が部分的に噛み合う。つまり、可撓性外歯歯車3の胴部321(の少なくとも開口面35側の端部)が楕円形状に弾性変形することで、
図2Aに示すように、楕円形状の長軸方向の両端に位置する外歯31が、内歯21に噛み合うこととなる。言い換えれば、楕円を描く外歯31のピッチ円の長径は、真円を描く内歯21のピッチ円の直径に一致し、楕円を描く外歯31のピッチ円の短径は、真円を描く内歯21のピッチ円の直径より小さくなる。このようにして、可撓性外歯歯車3が弾性変形すると、外歯31を構成する複数の歯のうちの一部の歯が、内歯21を構成する複数の歯のうちの一部の歯に噛み合うことになる。結果的に、波動歯車装置1では、外歯31の一部を内歯21の一部に噛み合わせることが可能となる。
【0055】
波動発生器4は、ウェーブジェネレータ(wave generator)ともいい、可撓性外歯歯車3に撓みを生じさせて、可撓性外歯歯車3の外歯31に波動運動を生じさせる部品である。本実施形態では、波動発生器4は、平面視において外周形状が非円形状、具体的には楕円形状となる部品である。
【0056】
波動発生器4は、非円形状(ここでは楕円形状)のカム41と、カム41の外周に装着されるベアリング42と、を有している。つまり、ベアリング42に対しては、ベアリング42の内輪422の内側に非円形状(楕円形状)のカム41が嵌め込まれるようにして、カム41が組み合わされる。これにより、ベアリング42は、内輪422の内側から外側に向けて、カム41からラジアル方向(回転軸Ax1に直交する方向)の外力を受けることにより、非円形状に弾性変形する。つまり、ベアリング42に弾性変形が生じていない状態とは、ベアリング42にカム41が組み合わされていない状態を意味する。反対に、ベアリング42に弾性変形が生じている状態とは、ベアリング42にカム41が組み合わされた状態を意味する。
【0057】
カム41は、入力側の回転軸Ax1を中心に回転駆動される、非円形状(ここでは楕円形状)の部品である。カム41は、外周面411(
図1B参照)を有しており、少なくとも外周面411が、平面視において楕円形状となる金属板からなる。カム41は、回転軸Ax1の方向(つまり歯筋方向D1)に所定の厚みを持つ。これにより、カム41は、剛性内歯歯車2と同程度の剛性を持つ。ただし、カム41の厚みは、剛性内歯歯車2の厚みに比べて小さい(薄い)。本実施形態では、上述したように、波動発生器4の回転を入力回転とする。そのため、波動発生器4には、アクチュエータ100の入力部103(
図4参照)が取り付けられる。波動発生器4のカム41の中央部には、入力部103としてのシャフトを取り付けるためのカム孔43が形成されている。
【0058】
ベアリング42は、外輪421と、内輪422と、複数の転動体423と、を有している。本実施形態では一例として、ベアリング42は、転動体423として球体状のボールを用いて深溝玉軸受からなる。
【0059】
外輪421及び内輪422は、いずれも環状の部品である。外輪421及び内輪422は、いずれも比較的薄肉の金属弾性体(金属板)にて、環状に形成された部品である。つまり、外輪421及び内輪422の各々は、その厚みが比較的小さい(薄い)ことで可撓性を持つ。本実施形態では、外輪421及び内輪422は、ベアリング42に弾性変形が生じていない状態(ベアリング42にカム41が組み合わされていない状態)において、いずれも平面視で真円となる、円環状を有している。内輪422は、外輪421よりも一回り小さく、外輪421の内側に配置される。ここで、外輪421の内径は内輪422の外径よりも大きいため、外輪421の内周面425と内輪422の外周面との間には隙間が生じる。
【0060】
複数の転動体423は、外輪421と内輪422との間の隙間に配置されている。複数の転動体423は、外輪421の円周方向に並べて配置されている。複数の転動体423は、全て同一形状の金属球(ボール)であって、外輪421の円周方向の全域に、等ピッチで設けられている。ここでは特に図示しないが、ベアリング42は保持器を更に有しており、複数の転動体423は、保持器にて外輪421と内輪422との間に保持されている。
【0061】
また、本実施形態では一例として、外輪421及び内輪422の幅方向(回転軸Ax1に平行な方向)の寸法は、カム41の厚みと同一である。つまり、外輪421及び内輪422の幅方向の寸法は、剛性内歯歯車2の厚みに比べて小さい。
【0062】
このようなベアリング42の構成により、カム41がベアリング42に組み合わされることにより、ベアリング42は、内輪422がカム41に固定されることになり、カム41の外周形状に倣った楕円形状に内輪422が弾性変形する。このとき、ベアリング42の外輪421は、複数の転動体423を介して、内輪422に押されて楕円形状に弾性変形する。よって、ベアリング42は、外輪421及び内輪422のいずれもが、楕円形状に弾性変形する。このようにベアリング42に弾性変形が生じている状態(ベアリング42にカム41が組み合わされた状態)で、外輪421及び内輪422は、互いに相似形となる楕円形状をなす。
【0063】
ベアリング42に弾性変形が生じている状態であっても、外輪421と内輪422との間には、複数の転動体423が介在することで、外輪421と内輪422との間の隙間は外輪421の全周にわたって略一定に維持されている。そして、この状態で、外輪421と内輪422との間の複数の転動体423が転がることで、外輪421は内輪422に対して相対的に回転可能である。よって、ベアリング42に弾性変形が生じている状態で、カム41が回転軸Ax1を中心に回転すると、カム41の回転は外輪421には伝わらず、内輪422の弾性変形が複数の転動体423を介して外輪421に伝わることになる。つまり、波動発生器4においては、カム41が回転軸Ax1を中心に回転すると、外輪421によって象られる楕円形状の長軸が回転軸Ax1を中心に回転するように外輪421が弾性変形する。そのため、波動発生器4全体としては、回転軸Ax1の入力側から見た、楕円形状をなす波動発生器4の外周形状は、その長軸が回転軸Ax1を中心に回転するように、カム41の回転に伴って変化する。
【0064】
このように構成される波動発生器4は、可撓性外歯歯車3の内側に配置される。ここで、可撓性外歯歯車3は、胴部321の内周面301のうち底部322とは反対側(開口面35側)の端部のみが、波動発生器4に嵌め合わされるように、波動発生器4と組み合わされる。このとき、波動発生器4のベアリング42は、カム41の外周面411と可撓性外歯歯車3の内周面301との間に配置されることになる。ここで、ベアリング42に弾性変形が生じていない状態(ベアリング42にカム41が組み合わされていない状態)での外輪421の外径は、同じく弾性変形が生じていない状態での可撓性外歯歯車3(胴部321)の内径と同一である。そのため、波動発生器4における外輪421の外周面424(
図2B参照)が、ベアリング42の円周方向の全周にわたって、可撓性外歯歯車3の内周面301に接する。よって、可撓性外歯歯車3に弾性変形が生じた状態(可撓性外歯歯車3に波動発生器4が組み合わされた状態)では、胴部321は楕円形状(非円形状)に撓むことになる。この状態で、可撓性外歯歯車3はベアリング42の外輪421に対して固定される。
【0065】
ただし、あくまで可撓性外歯歯車3と波動発生器4とは嵌め合わされているだけであるので、可撓性外歯歯車3とベアリング42の外輪421とは、完全に固定される訳ではない。そのため、上述した通り、可撓性外歯歯車3と可撓性外歯歯車3の内側に嵌め込まれた外輪421との間には、僅かとはいえ隙間X1(
図1B参照)が生じることになる。厳密には、可撓性外歯歯車3の内周面301よりも外輪421の外周面424の方が僅かに小径であるため、外輪421と可撓性外歯歯車3との間の隙間X1が完全に埋まることはなく、少なくとも部分的に隙間X1が生じる。そして、このような隙間X1の影響もあって、波動発生器4のカム41が回転して外輪421及び可撓性外歯歯車3が弾性変形するのに伴い、外輪421と可撓性外歯歯車3との間には相対回転が生じ得る。この相対回転は、例えば、カム41の回転数の数千分の1又は数百分の1程度の回転であるが、このような相対回転によって、外輪421と可撓性外歯歯車3とが相対的に擦れ合うことは、フレッティング摩耗の一因ではある。
【0066】
本開示でいう「隙間」は、2つの物体の対向面間に生じ得る空間を意味し、当該2つの物体が離間していなくても両者の間に隙間が生じ得る。つまり、2つの物体が接触するとしても、当該2つの物体の間には、僅かながらにも隙間が生じ得る。可撓性外歯歯車3と可撓性外歯歯車3の内側に嵌め込まれた外輪421との間においては、互いに対向している外輪421の外周面424と可撓性外歯歯車3の内周面301との間に隙間X1が生じる。ただし、基本的には、外輪421の外周面424と可撓性外歯歯車3の内周面301とは接触するので、両者間に大きな隙間X1が生じることはない。そのため、外輪421と可撓性外歯歯車3との間の隙間X1は、外輪421の外周面424と可撓性外歯歯車3の内周面301との間において、部分的に生じ得る僅かな隙間である。一例として、外輪421の外周面424と可撓性外歯歯車3の内周面301には、潤滑剤Lb1が浸透可能な程度の微視的な隙間X1が生じる。
【0067】
上述した構成の波動歯車装置1では、
図2Aに示すように、可撓性外歯歯車3の胴部321が楕円形状(非円形状)に撓むことで、剛性内歯歯車2の内歯21に対して可撓性外歯歯車3の外歯31が部分的に噛み合う。つまり、可撓性外歯歯車3(の胴部321)が楕円形状に弾性変形することで、その楕円形状の長軸方向の両端に相当する2箇所の外歯31が、内歯21に対して噛み合うこととなる。そして、カム41が回転軸Ax1を中心に回転すると、カム41の回転は外輪421及び可撓性外歯歯車3には伝わらず、内輪422の弾性変形が複数の転動体423を介して外輪421及び可撓性外歯歯車3に伝わることになる。したがって、回転軸Ax1の入力側から見た、楕円形状をなす可撓性外歯歯車3の外周形状は、その長軸が回転軸Ax1を中心に回転するように、カム41の回転に伴って変化する。
【0068】
その結果、可撓性外歯歯車3の外周面303に形成された外歯31には、波動運動が発生する。外歯31の波動運動が発生することで、内歯21と外歯31との噛み合い位置が剛性内歯歯車2の円周方向に移動し、可撓性外歯歯車3と剛性内歯歯車2との間に相対回転が発生する。つまり、外歯31は、可撓性外歯歯車3(の胴部321)がなす楕円形状の長軸方向の両端において内歯21と噛み合っているので、この楕円形状の長軸が回転軸Ax1を中心に回転することで、内歯21と外歯31との噛み合い位置が移動する。このように、本実施形態に係る波動歯車装置1は、回転軸Ax1を中心とする波動発生器4の回転に伴って可撓性外歯歯車3を変形させ、外歯31の一部を内歯21の一部に噛み合わせて、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との歯数差に応じて回転させる。
【0069】
ところで、波動歯車装置1においては、上述したように、可撓性外歯歯車3と剛性内歯歯車2との歯数差は、波動歯車装置1での入力回転に対する出力回転の減速比を規定することになる。つまり、剛性内歯歯車2の歯数を「V1」、可撓性外歯歯車3の歯数を「V2」とした場合、減速比R1は、下記式1で表される。
【0070】
R1=V2/(V1-V2)・・・(式1)
要するに、剛性内歯歯車2と可撓性外歯歯車3との歯数差(V1-V2)が小さいほど、減速比R1は大きくなる。一例として、剛性内歯歯車2の歯数V1が「72」、可撓性外歯歯車3の歯数V2が「70」、その歯数差(V1-V2)が「2」であると、上記式1より、減速比R1は「35」となる。この場合、回転軸Ax1の入力側から見て、カム41が回転軸Ax1を中心に時計回りに1周(360度)回転すると、可撓性外歯歯車3は回転軸Ax1を中心に歯数差「2」の分(つまり10.3度)だけ反時計回りに回転する。
【0071】
本実施形態に係る波動歯車装置1によれば、このように高い減速比R1が、1段の歯車(剛性内歯歯車2及び可撓性外歯歯車3)の組み合わせで実現可能である。
【0072】
また、波動歯車装置1は、少なくとも、剛性内歯歯車2と、可撓性外歯歯車3と、波動発生器4と、を備えていればよく、例えば、「(3.2)アクチュエータ」の欄で説明するスプラインブッシュ113等を構成要素として更に備えていてもよい。
【0073】
(3.2)アクチュエータ
次に、本実施形態に係るアクチュエータ100の構成について、より詳細に説明する。
【0074】
本実施形態に係るアクチュエータ100は、
図4に示すように、本実施形態に係る波動歯車装置1と、駆動源101と、出力部102と、を備えている。つまり、アクチュエータ100は、波動歯車装置1を構成する剛性内歯歯車2、可撓性外歯歯車3及び波動発生器4に加えて、駆動源101及び出力部102を備えている。また、アクチュエータ100は、波動歯車装置1、駆動源101及び出力部102に加え、入力部103、入力側ケース111、出力側ケース112、スプラインブッシュ113、スペーサ114、第1留め具115、第2留め具116及び取付板117を更に備える。また、本実施形態では、アクチュエータ100は、入力側ベアリング118,119、入力側オイルシール120、出力側ベアリング121,122及び出力側オイルシール123を更に備えている。
【0075】
本実施形態では、アクチュエータ100における駆動源101、入力側オイルシール120及び出力側オイルシール123以外の部品の材質は、ステンレス、鋳鉄、機械構造用炭素鋼、クロムモリブデン鋼、リン青銅又はアルミ青銅等の金属である。
【0076】
駆動源101は、モータ(電動機)等の動力の発生源である。駆動源101で発生した動力は、波動歯車装置1における波動発生器4のカム41に伝達される。具体的には、駆動源101は入力部103としてのシャフトにつながっており、駆動源101で発生した動力は入力部103を介してカム41に伝達される。これにより、駆動源101は、カム41を回転させることが可能である。
【0077】
出力部102は、出力側の回転軸Ax2に沿って配置された円柱状のシャフトである。出力部102としてのシャフトの中心軸は、回転軸Ax2と一致する。出力部102は、回転軸Ax2を中心として回転可能となるように、出力側ケース112にて保持される。出力部102は、可撓性外歯歯車3における本体部32の底部322に固定されており、回転軸Ax2を中心に可撓性外歯歯車3と共に回転する。つまり、出力部102は、可撓性外歯歯車3の回転力を出力として取り出す。
【0078】
入力部103は、入力側の回転軸Ax1に沿って配置された円柱状のシャフトである。入力部103としてのシャフトの中心軸は、回転軸Ax1と一致する。入力部103は、回転軸Ax1を中心として回転可能となるように、入力側ケース111にて保持される。入力部103は、波動発生器4のカム41に取り付けられており、回転軸Ax1を中心にカム41と共に回転する。つまり、入力部103は、駆動源101で発生した動力(回転力)を入力としてカム41に伝達する。本実施形態では、上述したように、入力側の回転軸Ax1と、出力側の回転軸Ax2とは、同一直線上にあるので、入力部103と出力部102とは同軸上に位置することになる。
【0079】
入力側ケース111は、入力部103が回転可能となるように、入力側ベアリング118,119を介して入力部103を保持している。一対の入力側ベアリング118,119は、回転軸Ax1に沿って、間隔を空けて並べて配置されている。本実施形態では、入力部103としてのシャフトは、入力側ケース111を貫通しており、入力側ケース111における回転軸Ax1の入力側の端面(
図4の右端面)からは、入力部103の先端部が突出する。入力側ケース111の回転軸Ax1の入力側の端面における、入力部103との間の隙間は、入力側オイルシール120にて塞がれている。
【0080】
出力側ケース112は、出力部102が回転可能となるように、出力側ベアリング121,122を介して出力部102を保持している。一対の出力側ベアリング121,122は、回転軸Ax2に沿って、間隔を空けて並べて配置されている。本実施形態では、出力部102としてのシャフトは、出力側ケース112を貫通しており、出力側ケース112における回転軸Ax1の出力側の端面(
図4の左端面)からは、出力部102の先端部が突出する。出力側ケース112の回転軸Ax1の出力側の端面における、出力部102との間の隙間は、出力側オイルシール123にて塞がれている。
【0081】
ここで、入力側ケース111及び出力側ケース112は、
図4に示すように、波動歯車装置1の剛性内歯歯車2を回転軸Ax1に平行な方向、つまり歯筋方向D1の両側から挟んだ状態で、互いに結合される。具体的には、入力側ケース111は、剛性内歯歯車2に対して回転軸Ax1の入力側から接触し、出力側ケース112は、剛性内歯歯車2に対して回転軸Ax1の出力側から接触する。このように、入力側ケース111は、出力側ケース112との間に、剛性内歯歯車2を挟んだ状態で、複数の固定孔22を通して、ねじ(ボルト)にて出力側ケース112に対して締め付け固定される。これにより、入力側ケース111、出力側ケース112及び剛性内歯歯車2は、互いに結合されて一体化される。言い換えれば、剛性内歯歯車2は、入力側ケース111及び出力側ケース112と共に、アクチュエータ100の外郭を構成する。
【0082】
スプラインブッシュ113は、入力部103としてのシャフトをカム41に対して連結するための筒状の部品である。スプラインブッシュ113は、カム41に形成されたカム孔43に挿入され、スプラインブッシュ113には、入力部103としてのシャフトがスプラインブッシュ113を貫通するように挿入されている。ここで、スプラインブッシュ113は、回転軸Ax1を中心とする回転方向においては、カム41及び入力部103の両方に対する移動が規制されており、回転軸Ax1に平行な方向においては、少なくとも入力部103に対して移動可能である。これにより、入力部103とカム41との連結構造として、スプライン連結構造が実現される。よって、カム41は、入力部103に対して回転軸Ax1に沿って移動可能であって、回転軸Ax1を中心に入力部103と共に回転する。
【0083】
スペーサ114は、スプラインブッシュ113とカム41との隙間を埋める部品である。第1留め具115は、カム41からのスプラインブッシュ113の抜け止めを行う部品である。第1留め具115は、例えば、Eリングからなり、スプラインブッシュ113におけるカム41から見て回転軸Ax1の入力側の位置に取り付けられる。第2留め具116は、スプラインブッシュ113からの入力部103の抜け止めを行う部品である。第2留め具116は、例えば、Eリングからなり、スプラインブッシュ113に対して回転軸Ax1の出力側から接触するように、入力部103に取り付けられる。
【0084】
取付板117は、可撓性外歯歯車3の底部322に出力部102としてのシャフトを取り付けるための部品である。具体的には、取付板117は、出力部102のフランジ部との間に、底部322における透孔34の周囲の部分を挟んだ状態で、複数の取付孔33を通して、ねじ(ボルト)にてフランジ部に対して締め付け固定される。これにより、可撓性外歯歯車3の底部322には、出力部102としてのシャフトが固定される。
【0085】
ところで、本実施形態では、入力側ケース111、出力側ケース112及び剛性内歯歯車2で構成されるアクチュエータ100の外郭の内側に、潤滑剤Lb1が封入されている。つまり、入力側ケース111、出力側ケース112及び剛性内歯歯車2で囲まれる空間内に、液状又はゲル状の潤滑剤Lb1を貯留可能な「潤滑剤溜まり」が存在する。
【0086】
すなわち、本実施形態に係る波動歯車装置1においては、例えば、内歯21と外歯31との噛み合い部分、及びベアリング42の外輪421と内輪422との間等には、液状又はゲル状の潤滑剤Lb1が注入されている。一例として、潤滑剤Lb1は、液状の潤滑油(オイル)である。そして、波動歯車装置1の使用時においては、潤滑剤Lb1は、ベアリング42の外輪421(外周面424)と可撓性外歯歯車3との間の隙間X1にも入り込む。
【0087】
本実施形態では一例として、
図4に示すように、出力側ベアリング121,122の下端よりも更に下方が潤滑剤Lb1の液面が位置するように、アクチュエータ100の外郭の下部(鉛直方向の下部)にのみ潤滑剤Lb1が貯留されている。そのため、外歯31及びベアリング42の外輪421等については、
図4の状態では、回転方向における一部分のみが潤滑剤Lb1に浸かっている。この状態から、入力部103の回転に伴って出力部102が回転すると、外輪421及び可撓性外歯歯車3も回転軸Ax1周りで回転するので、結果的に、外歯31及びベアリング42の外輪421等は、回転方向の全体が潤滑剤Lb1に浸かることになる。
【0088】
(3.3)ロボット用関節装置
次に、本実施形態に係るロボット用関節装置130の構成について、より詳細に説明する。
【0089】
本実施形態に係るロボット用関節装置130は、
図4に示すように、本実施形態に係る波動歯車装置1と、第1部材131と、第2部材132と、を備えている。つまり、ロボット用関節装置130は、波動歯車装置1を構成する剛性内歯歯車2、可撓性外歯歯車3及び波動発生器4に加えて、第1部材131及び第2部材132を備えている。
【0090】
第1部材131は剛性内歯歯車2に固定される部材であって、第2部材132は可撓性外歯歯車3に固定される部材である。そのため、波動歯車装置1において可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との間に相対回転が発生することで、第1部材131と第2部材132との間にも相対回転が生じることになる。このように、ロボット用関節装置130は、波動歯車装置1を介して2個以上の部材(第1部材131及び第2部材132)を互いに動ける状態で連結(可動連結)したときの結合部位を構成する。
【0091】
ここで、第1部材131及び第2部材132は、それぞれ剛性内歯歯車2及び可撓性外歯歯車3に対して、直接的又は間接的に固定されていればよい。
図4の例では、第1部材131は、出力側ケース112に結合されることで、剛性内歯歯車2に対して間接的に結合(固定)されている。同様に、第2部材132は、出力部102に結合されることで、可撓性外歯歯車3に対して間接的に結合(固定)されている。
【0092】
このように構成されるロボット用関節装置130において、例えば、駆動源101で発生した動力により波動発生器4のカム41が回転すると、可撓性外歯歯車3と剛性内歯歯車2との間には相対回転が生じることになる。そして、可撓性外歯歯車3を剛性内歯歯車2との相対回転に伴って、第1部材131と第2部材132との間には、出力側の回転軸Ax2(入力側の回転軸Ax1と同軸)を中心として相対回転が生じることになる。結果的に、ロボット用関節装置130によれば、波動歯車装置1を介して連結される第1部材131及び第2部材132を、回転軸Ax1を中心として相対的に回転させるように駆動することができる。これにより、ロボット用関節装置130は、種々のロボットの関節機構を実現可能である。
【0093】
(4)各部の詳細な構成
次に、本実施形態に係る波動歯車装置1の各部のより詳細な構成について、
図1A、
図1B、
図5及び
図6を参照して、より詳細に説明する。
【0094】
(4.1)可撓性外歯歯車の表面状態
本実施形態に係る波動歯車装置1の可撓性外歯歯車3の製造方法は、上述したように、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有する。当該製造方法で製造される可撓性外歯歯車3の表面状態について、
図5及び
図6を参照して説明する。
【0095】
本実施形態では、可撓性外歯歯車3の表面のうち、少なくとも胴部321の外周面303に、弾性変形により応力を生じさせ、かつショットピーニングが施されている。そのため、可撓性外歯歯車3の外周面303には、
図5に示すように、弾性変形部304と、ショットピーニング部305と、が形成されている。本開示でいう「弾性変形部」は、応力発生工程にて、可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで応力を生じさせた部位である。本開示でいう「ショットピーニング部」は、ショットピーニング工程にて、ショットピーニングが施された部位である。
【0096】
本実施形態では一例として、胴部321の外周面303の略全域が、(応力発生工程により)弾性変形させられた弾性変形部304であるとともに、ショットピーニング部305である。つまり、外歯31を含む胴部321の外周面303の略全域に、応力発生工程により弾性変形させられた弾性変形部304、及びショットピーニング部305が形成されている。さらに、弾性変形部304及びショットピーニング部305は、可撓性外歯歯車3の外周面303における円周方向の全域にわたって設けられている。そのため、外歯31においては歯底312(
図5参照)及び歯先313(
図5参照)の両方に、弾性変形部304及びショットピーニング部305が設けられている。
【0097】
ただし、ショットピーニング部305は弾性変形部304の少なくとも一部であればよく、弾性変形部304の全体がショットピーニング部305であることは必須ではない。例えば、胴部321の外周面303の略全域が弾性変形部304である場合に、外周面303のうち底部322側(回転軸Ax1の出力側)の端部を除く部分等、外周面303の一部のみがショットピーニング部305であってもよい。
【0098】
すなわち、本実施形態に係る波動歯車装置1の可撓性外歯歯車3は、弾性変形させられた弾性変形部304と、弾性変形部304の少なくとも一部に形成されるショットピーニング部305と、を備えている。そして、本実施形態に係る波動歯車装置1は、このように構成される可撓性外歯歯車3と、剛性内歯歯車2と、波動発生器4と、を備えている。
【0099】
この構成によれば、可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで可撓性外歯歯車3の弾性変形部304に応力を生じさせつつ、当該応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部であるショットピーニング部305にショットピーニングが施されている。そのため、可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部(ショットピーニング部305)においては、ショットピーニングにより、比較的大きな圧縮残留応力が付与されることになり、圧縮残留応力による亀裂進展の抑制、及び表面硬度上昇による耐摩耗性向上等の効果が期待できる。
【0100】
しかも、ショットピーニング部305は弾性変形部304の少なくとも一部であるから、ショットピーニング部305に応力を生じさせることで、可撓性外歯歯車3の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車3における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができる。したがって、可撓性外歯歯車3の表面粗さの悪化が抑えられることになり、可撓性外歯歯車の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因する波動発生器4(のベアリング42)の損傷等が生じにくくなる。結果的に、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置1を提供可能である。
【0101】
具体的に、「(5)可撓性外歯歯車の製造方法」の欄で詳述する製造方法により製造された可撓性外歯歯車3においては、一例として、
図6及び表1に示すような圧縮残留応力が付与される。
図6では、表面からの深さ〔μm〕を横軸とし、圧縮残留応力〔MPa〕を縦軸としたときの、可撓性外歯歯車3の各測定点における圧縮残留応力を表している。表1では、可撓性外歯歯車3の各測定点における深さごとの圧縮残留応力〔MPa〕を表している。
図6及び表1において、「Data1」は長径側の歯底312に設定した測定点P1(
図7及び
図8参照)での測定データであって、「Data2」は長径側の胴部321に設定した測定点P2(
図7参照)での測定データであって、「Data3」は短径側の歯底312に設定した測定点P3(
図8参照)での測定データである。また、
図6及び表1において、「Data0」は、応力発生工程を含まず、ショットピーニング工程を含む製造方法によって製造された比較例に係る可撓性外歯歯車における、歯底に設定した測定点での測定データである。
【0102】
【0103】
図6及び表1から明らかなように、本実施形態に係る製造方法で製造されることにより、可撓性外歯歯車3の圧縮残留応力は飛躍的に大きくなる。例えば、外歯31の歯底312における表面から深さ30〔μm〕の圧縮残留応力に着目すると、比較例(Data0)では-235〔MPa〕であるのに対し、本実施形態(Data1)では-625〔MPa〕と飛躍的に増大している。同じく表面から深さ30〔μm〕においては、胴部321のデータ(Data2)でも圧縮残留応力は-364〔MPa〕であって、比較例(Data0)から大幅に増大している。
【0104】
このように、本実施形態に係る可撓性外歯歯車3においては、特により深い位置の圧縮残留応力が飛躍的に大きくなる。したがって、例えば、可撓性外歯歯車3に含有されている介在物(非金属介在物)を起点とした可撓性外歯歯車3の破損(亀裂又は割れの発生)を抑制することが可能である。
【0105】
(4.2)表面硬度
次に、本実施形態における内歯21及び外歯31の表面硬度について説明する。
【0106】
本実施形態では、上述したように、内歯21の表面硬度は、外歯31の表面硬度より低い。つまり、外歯31の表面は、内歯21の表面よりも硬度が高い(硬い)。本開示でいう「硬度」は、物体の硬さの程度を意味し、金属の硬度は、例えば、鋼球を一定の圧力で押しつけてできるくぼみの大小で表される。具体的には、金属の硬度の一例として、ロックウェル硬さ(HRC)、ブリネル硬さ(HB)、ビッカース硬さ(HV)又はショア硬さ(Hs)等がある。本実施形態では、特に断りがない限り、ビッカース硬さ(HV)により、硬度を表す。金属部品の硬度を高める(硬くする)手段としては、例えば、合金化又は熱処理等がある。
【0107】
本実施形態では、可撓性外歯歯車3の外歯31の表面は、高硬度かつ高靭性(強靭)の材質からなり、剛性内歯歯車2の内歯21は、外歯31に比べて硬度が低い材質からなる。本実施形態では一例として、外歯31には、日本産業規格(JIS:Japanese Industrial Standards)にて「SNCM439」と規定されているニッケルクロムモリブデン鋼に熱処理(焼き入れ焼き戻し)が施された材料が用いられる。内歯21には、日本産業規格(JIS)にて「FCD800-2」と規定されている球状黒鉛鋳鉄が用いられる。
【0108】
さらに、外歯31に比較して相対的に低硬度となる内歯21の表面硬度は、HV350以下であることが好ましい。本実施形態では一例として、内歯21の表面硬度は、HV250以上、HV350未満の範囲で選択される。内歯21の表面硬度の下限値は、HV250に限らず、例えば、HV150、HV160、HV170、HV180、HV190、HV200、HV210、HV220、HV230又はHV240等であってもよい。同様に、内歯21の表面硬度の上限値は、HV350に限らず、例えば、HV360、HV370、HV380、HV390、HV400、HV410、HV420、HV430、HV440又はHV450等であってもよい。
【0109】
これに対して、内歯21に比較して相対的に高硬度となる外歯31の表面硬度は、HV380以上であることが好ましい。本実施形態では一例として、外歯31の表面硬度は、HV380以上、HV450以下の範囲で選択される。外歯31の表面硬度の下限値は、HV380に限らず、例えば、HV280、HV290、HV300、HV310、HV320、HV330、HV340、HV350、HV360又はHV370等であってもよい。同様に、内歯21の表面硬度の上限値は、HV450に限らず、例えば、HV460、HV470、HV480、HV490、HV500、HV510、HV520、HV530、HV540又はHV550等であってもよい。
【0110】
また、本実施形態では、内歯21の表面硬度と外歯31の表面硬度との差分は、HV50以上である。つまり、外歯31の表面硬度は、内歯21の表面硬度に比較して、HV50以上、高く設定されている。要するに、例えば、内歯21の表面硬度がHV350であれば、外歯31の表面硬度はHV400以上である。また、外歯31の表面硬度がHV380であれば、内歯21の表面硬度がHV330以下である。内歯21の表面硬度と外歯31の表面硬度との差分は、HV50以上に限らず、例えば、HV20以上、HV30以上又はHV40以上であってもよい。さらに、内歯21の表面硬度と外歯31の表面硬度との差分は、より大きい方が好ましく、例えば、HV60以上、HV70以上、HV80以上、HV90以上又はHV100以上であることがより好ましい。内歯21の表面硬度と外歯31の表面硬度との差分がHV100以上であるとすれば、内歯21の表面硬度がHV350のとき、外歯31の表面硬度はHV450以上である。
【0111】
上記の通り、本実施形態においては、内歯21の表面硬度は外歯31の表面硬度より低く設定されている。そのため、波動歯車装置1の作動時において、内歯21と外歯31とが接触すると、相対的に表面硬度が低い内歯21が、外歯31に比較して積極的に摩耗する。表面硬度が異なる2つの部品(内歯21及び外歯31)が接触するときに、相対的に軟質である内歯21の摩耗が進行することで、相対的に硬質である外歯31の摩耗が抑制される。つまり、波動歯車装置1の使用初期の段階で、内歯21の歯面が適度に摩耗することで、内歯21と外歯31との間の真実接触面積が拡大され、面圧が低下するので、外歯31の摩耗は生じにくくなる。しかも、本実施形態のように内歯21の表面硬度がHV350以下である場合、内歯21と外歯31との接触により、内歯21の欠け又は摩耗等によって異物が発生するとしても、この異物は比較的軟質である。要するに、波動歯車装置1の使用初期に生じやすい摩耗による異物を、比較的軟質である内歯21から出る軟質の異物とすることで、例えば、ベアリング42に異物が入り込んでもベアリング42へのダメージを抑えることができる。結果的に、例えば、ベアリング42へのダメージが大きくなる硬質の異物の発生量等が抑制される。特に、内歯21の表面硬度と外歯31の表面硬度との差分が、HV50以上のように、比較的大きな値であると、上記効果が顕著である。
【0112】
さらに、内歯21の材料として球状黒鉛鋳鉄を用いることで、内歯21の初期摩耗時において、内歯21と外歯31との歯面の焼き付き抑制の効果を期待できる。これにより、内歯21と外歯31との噛み合い部位における潤滑効果が得られ、波動歯車装置1における動力伝達効率を向上させることができる。
【0113】
内歯21及び外歯31の表面硬度がビッカース硬さ(HV)で規定されることは必須ではなく、その他の硬度、例えば、ロックウェル硬さ(HRC)、ブリネル硬さ(HB)又はショア硬さ(Hs)で、内歯21及び外歯31の表面硬度が規定されてもよい。
【0114】
具体的に、ロックウェル硬さで表面硬度が規定される場合、内歯21の表面硬度は、HRC30以下であることが好ましい。一例として、内歯21の表面硬度は、HRC20以上、HRC30未満の範囲で選択される。内歯21の表面硬度の下限値は、HRC20に限らず、例えば、HRC10、HRC15又はHRC25等であってもよい。同様に、内歯21の表面硬度の上限値は、HRC30に限らず、例えば、HRC35、HRC40又はHRC45等であってもよい。
【0115】
これに対して、外歯31の表面硬度は、HRC40以上であることが好ましい。一例として、外歯31の表面硬度は、HRC40以上、HRC60以下の範囲で選択される。外歯31の表面硬度の下限値は、HRC40に限らず、例えば、HRC30又はHRC35等であってもよい。同様に、外歯31の表面硬度の上限値は、HRC60に限らず、例えば、HRC50、HRC55、HRC65、HRC70又はHRC75等であってもよい。
【0116】
(4.3)歯筋修整
次に、本実施形態における内歯21及び外歯31の歯筋修整について説明する。
【0117】
前提として、内歯21は、
図1Bに示すように、歯底212及び歯先213を有する。内歯21は、剛性内歯歯車2の内周面に設けられているので、内歯21の歯底212が剛性内歯歯車2の内周面に相当し、歯先213は剛性内歯歯車2の内周面から内側(剛性内歯歯車2の中心)に向けて突出する。
【0118】
一方、外歯31は、
図1Bに示すように、歯底312及び歯先313を有する。外歯31は、可撓性外歯歯車3(の胴部321)の外周面303に設けられているので、外歯31の歯底312が可撓性外歯歯車3(の胴部321)の外周面303に相当し、歯先313は可撓性外歯歯車3(の胴部321)の外周面303から外側に向けて突出する。
【0119】
内歯21と外歯31との噛み合い位置においては、内歯21の隣接する一対の歯先213間に、外歯31の歯先313が挿入されるようにして、内歯21と外歯31とが噛み合う。このとき、内歯21の歯底212には外歯31の歯先313が対向し、外歯31の歯底312には内歯21の歯先213が対向する。そして、理想的には、内歯21の歯底212と外歯31の歯先313との間、外歯31の歯底312と内歯21の歯先213との間にはわずかながら隙間が確保される。この状態において、内歯21と外歯31との歯厚方向に対向する歯面同士が接触し、剛性内歯歯車2と可撓性外歯歯車3との間の動力伝達がなされる。
【0120】
さらに、内歯21は、歯筋方向D1の両端部に、面取り部211を有している。面取り部211は、歯筋方向D1の両側に向けて内歯21の突出量を小さくするC面であって、基本的に、内歯21と外歯31との噛み合いには寄与しない部位である。つまり、内歯21の面取り部211は、内歯21と外歯31との噛み合い位置においても、外歯31に接しない。同様に、外歯31は、歯筋方向D1の両端部に、面取り部311を有している。面取り部311は、歯筋方向D1の両側に向けて内歯21の突出量を小さくするC面であって、基本的に、内歯21と外歯31との噛み合いには寄与しない部位である。つまり、外歯31の面取り部311は、内歯21と外歯31との噛み合い位置においても、内歯21に接しない。
【0121】
ここにおいて、本実施形態では、剛性内歯歯車2の内歯21は歯筋修整部210を有する。つまり、波動歯車装置1は、少なくとも内歯21に歯筋修整が施されている。内歯21の歯筋修整部210は、歯筋方向D1の少なくとも一方の端部に設けられている。言い換えれば、内歯21は、内歯21の歯筋方向D1の少なくとも一方の端部に歯筋修整部210を有する。本実施形態では、歯筋修整部210は、内歯21の歯筋方向D1の両端部に設けられている。
【0122】
また、本実施形態では、可撓性外歯歯車3の外歯31もまた、歯筋修整部310を有する。つまり、波動歯車装置1は、内歯21だけでなく外歯31にも歯筋修整が施されている。外歯の歯筋修整部210は、歯筋方向D1の少なくとも一方の端部に設けられている。言い換えれば、外歯31は、外歯31の歯筋方向D1の少なくとも一方の端部に歯筋修整部310を有する。本実施形態では、歯筋修整部310は、外歯31の歯筋方向D1の両端部に設けられている。
【0123】
このように、本実施形態に係る波動歯車装置1では、内歯21及び外歯31の少なくとも一方は、歯筋修整部210,310を有する。歯筋修整部210,310により、内歯21と外歯31との過度の歯当たりによる応力集中を生じにくくでき、結果的に、内歯21と外歯31との歯当たりを改善できる。よって、内歯21と外歯31との接触に起因する欠け又は摩耗等による異物が生じにくくなり、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置1を実現できる。
【0124】
(5)可撓性外歯歯車の製造方法
次に、本実施形態に係る波動歯車装置1の可撓性外歯歯車3の製造方法について、
図7~
図9を参照して詳しく説明する。
【0125】
上述したように、可撓性外歯歯車3の製造方法は、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有している。本実施形態では特に、応力発生工程とショットピーニング工程とは同時に実行される。そのため、応力発生工程にて可撓性外歯歯車3を弾性変形させることで可撓性外歯歯車3に応力を生じさせた状態で、ショットピーニング工程により、応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部にショットピーニングが施されることになる。
【0126】
本開示でいう「ショットピーニング」は、研磨材又はメディアとも呼ばれる小さな球状粒子からなる投射材M1(
図7参照)を、加工対象物に高速で多数衝突させる冷間加工法の一種である。つまり、ショットピーニング工程では、(応力発生工程で)応力が生じる可撓性外歯歯車3の表面の少なくとも一部に対して多数の投射材M1が投射される。加工対象物である可撓性外歯歯車3に衝突した多数の投射材M1により、可撓性外歯歯車3の表面には凹凸の塑性変形が生じる。これにより、可撓性外歯歯車3においては、圧縮残留応力による亀裂進展の抑制、及び表面硬度上昇による耐摩耗性向上等の表面改質が期待される。
【0127】
より詳細には、ショットピーニングによって投射材M1が可撓性外歯歯車3の表面に衝突すると、衝突部位の直下がくぼみ、衝突部位の周辺を押し広げる塑性変形域が生じる。ここで、塑性変形域は加工硬化で強度(降伏点)が高くなり、変形していない周囲の拘束によって圧縮残留応力が生じることになる。さらに、機械加工の切削痕等によって発生する微小亀裂は亀裂進展の起点となりやすいが、ショットピーニングが施された部位の表面は亀裂発生の要因となる表面欠陥が押しつぶされるため、このような微小亀裂からの亀裂進展も抑制される。すなわち、表面状態の改善と表面強度(降伏点)の上昇とにより、亀裂の発生が抑制され、圧縮残留応力の付与では亀裂進展が抑制されることで疲労強度を大幅に向上可能である。
【0128】
しかしながら、一般的なショットピーニングでは、特に表面から深い部位の圧縮残留応力を増大させようとすれば、加工対象物である可撓性外歯歯車3の表面粗さがショットピーニングにより悪化しやすい(つまり粗くなりやすい)。表面粗さが悪化すると、可撓性外歯歯車3の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因する波動発生器4(のベアリング42)の損傷等が生じやすくなる。これに対して、本実施形態に係る可撓性外歯歯車3の製造方法では、応力発生工程により可撓性外歯歯車3に応力を生じさせた状態でショットピーニング工程によりショットピーニングが施されるため、表面粗さの悪化を抑制しながらも、特に表面から深い部位の圧縮残留応力を増大させることが可能である。
【0129】
具体的に、
図7及び
図8に示すように、応力発生工程では、少なくとも外周面の形状が前記波動発生器と同一である治具J1を、可撓性外歯歯車3に組み合わせることによって可撓性外歯歯車3を弾性変形させる。治具J1は、少なくとも外周形状が波動発生器4と同一である。
【0130】
すなわち、応力発生工程で使用される治具J1は、平面視において外周形状が非円形状、具体的には楕円形状となる部品である。本実施形態では一例として、治具J1は、波動発生器4と同様に、非円形状(ここでは楕円形状)のカムと、カムの外周に装着されるベアリングと、を有している。このような治具J1は、カップ状の可撓性外歯歯車3内に収容されるように、可撓性外歯歯車3と組み合わされる。より詳細には、可撓性外歯歯車3に対しては、胴部321の内側に、非円形状(楕円形状)の治具J1が嵌め込まれるようにして、治具J1が組み合わされる。これにより、可撓性外歯歯車3は、内側から外側に向けて、治具J1からラジアル方向(回転軸Ax1に直交する方向)の外力を受けることにより、非円形状に弾性変形する。そして、可撓性外歯歯車3には、波動歯車装置1の実際の使用時と同様の応力が生じるため、より適切な圧縮残留応力の付与が可能となる。
【0131】
本実施形態では、治具J1が可撓性外歯歯車3に組み合わされることにより、可撓性外歯歯車3は、胴部321が楕円形状に弾性変形する。つまり、治具J1が可撓性外歯歯車3に組み合わされると、可撓性外歯歯車3は、
図7及び
図8に示すように、治具J1から楕円形状の長軸方向D2に沿った外向きの力F1を受けて楕円形状に弾性変形する。このとき、可撓性外歯歯車3は、楕円形状の長軸方向D2の外側に向けて引っ張られる形になり、特に長軸方向D2の両側、つまり長径側の外周面303には、周方向に引っ張られる向きの比較的大きな応力が発生する。一方、可撓性外歯歯車3において、楕円形状の短軸方向D3の両側、つまり短径側の外周面303には、周方向に圧縮される向きの応力が発生する。
【0132】
ショットピーニング工程では、このように可撓性外歯歯車3を治具J1にて楕円形状に弾性変形させた状態で、
図8に示すように、可撓性外歯歯車3の長軸方向D2の両側、つまり長径側の外周面303に対して、長軸方向D2の両側から投射材M1の投射を行う。これにより、周方向に引っ張られた状態の外周面303に対して、ショットピーニングが施されることになり、効果的に、深部に対する圧縮残留応力の付与が実現される。その結果、
図6及び表1に示したように、長径側の歯底312に設定した測定点P1、及び長径側の胴部321に設定した測定点P2においては特に、大きな圧縮残留応力が付与されることになる。
【0133】
ここにおいて、本実施形態では、可撓性外歯歯車3の周方向の全周にわたって同条件でショットピーニングが施されるように、可撓性外歯歯車3に対して相対的に治具J1を回転させることで、可撓性外歯歯車3を周方向の全周において均一に拡径する。すなわち、
図9に示すように、回転軸Ax1を中心に治具J1が回転すると、回転軸Ax1の入力側から見た、楕円形状をなす可撓性外歯歯車3の外周形状は、その長軸が回転軸Ax1を中心に回転するように、治具J1の回転に伴って変化する。
【0134】
少なくとも治具J1が回転軸Ax1を中心に180度回転すれば、可撓性外歯歯車3は周方向の全周にわたって一様に拡径されることになる。本実施形態では、治具J1を1回転以上、N回転以下の規定数だけ回転させることにより、可撓性外歯歯車3は周方向の全周にわたって均一に拡径させる。このように、応力発生工程では、可撓性外歯歯車3を周方向の全周において均一に拡径するように弾性変形させる。これにより、可撓性外歯歯車3は、周方向の全周にわたって同条件でショットピーニングが施されることになり、部分的に金属疲労が生じやすい部位が生じることを防止できる。
【0135】
また、本実施形態に係る製造方法は、ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車3の表面における施工部位を可撓性外歯歯車3の周方向に移動させながら、当該施工部位にショットピーニングを施す。本開示でいう「施工部位」は、投射材M1が投射される部位であって、本実施形態では一例として、可撓性外歯歯車3の長軸方向D2の両側、つまり長径側の外周面303が、施工部位に相当する。
【0136】
本実施形態では、上述したように治具J1を回転させるので、施工部位についても、治具J1の回転に伴って周方向に移動させることになる。すなわち、
図9に示すように、治具J1が
図8の状態から時計回りに30度回転した状態では、投射材M1が投射される施工部位についても、
図8の状態から時計回りに30度回転した位置に移動させる。これにより、可撓性外歯歯車3の長径側の外周面303のみにショットピーニングを施しながらも、可撓性外歯歯車3の周方向の全周にわたってショットピーニングを施すことができる。
【0137】
ただし、長径側の外周面303のみならず、ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車3の短軸方向D3の両側、つまり短径側の外周面303、更には可撓性外歯歯車3の内周面301に対しても、投射材M1の投射が行われてもよい。可撓性外歯歯車3の短径側の外周面303に対してもショットピーニングが施される場合、投射材M1が投射される施工部位を可撓性外歯歯車3の周方向に移動させることは必須ではない。つまり、この場合、可撓性外歯歯車3の周方向の全周が施工部位となるので、施工部位を可撓性外歯歯車3の周方向に移動させることなく、可撓性外歯歯車3の周方向の全周にわたってショットピーニングを施すことが可能である。この場合であっても、応力発生工程においては、回転軸Ax1を中心に治具J1を回転させることで、可撓性外歯歯車3を周方向の全周において均一に拡径するように弾性変形させることが好ましい。
【0138】
また、投射材M1が投射される施工部位は、可撓性外歯歯車3の長軸方向D2の両側であることは必須ではなく、可撓性外歯歯車3の長軸方向D2の片側のみであってもよい。この場合でも、治具J1が回転軸Ax1を中心に1回転以上回転するのに伴って施工部位を可撓性外歯歯車3の周方向に移動させれば、可撓性外歯歯車3の周方向の全周にわたってショットピーニングを施すことができる。
【0139】
ところで、ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車3のうち、例えば、波動発生器4が組み合わされる部位等、ショットピーニングを施さないことが好ましい部位にはマスキング部材によりマスクすることが好ましい。そこで、本実施形態では、可撓性外歯歯車3を弾性変形させる治具J1を、マスキング部材としても利用する。つまり、可撓性外歯歯車3に治具J1が組み合わされた状態でショットピーニングが施されるため、可撓性外歯歯車3の内周面301のうち治具J1で覆われる部位については、治具J1によって投射材M1が遮られ、ショットピーニングが施されない。ここで、治具J1においては、ベアリングに投射材M1が詰まったりすることがないよう、例えば、密封型のベアリング等が採用されることが好ましい。
【0140】
要するに、本実施形態において、応力発生工程では、治具J1を用いて可撓性外歯歯車3を弾性変形させる。ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車3の表面のうちショットピーニングを施さない部位を治具J1にてマスキングする。本開示でいう「マスキング」は、可撓性外歯歯車3の表面の特定部位を投射材M1から保護することで、特定部位へのショットピーニングを抑制することを意味する。これにより、マスキング部材を別途用いることなく、不要な部位についてショットピーニングが施されることを防止できる。
【0141】
(6)適用例
次に、本実施形態に係る波動歯車装置1、アクチュエータ100及びロボット用関節装置130の適用例について、
図10を参照して説明する。
【0142】
図10は、本実施形態に係る波動歯車装置1を用いたロボット9の一例を示す断面図である。このロボット9は、水平多関節ロボット、いわゆるスカラ(SCARA:Selective Compliance Assembly Robot Arm)型ロボットである。
【0143】
図10に示すように、ロボット9は、2つのロボット用関節装置130(波動歯車装置1を含む)と、リンク91と、を備えている。2つのロボット用関節装置130は、ロボット9における2箇所の関節部にそれぞれ設けられている。リンク91は、2箇所のロボット用関節装置130を連結する。
図10の例では、波動歯車装置1は、カップ型ではなく、シルクハット型の波動歯車装置からなる。つまり、
図10に例示する波動歯車装置1では、シルクハット状に形成された可撓性外歯歯車3を用いている。
【0144】
(7)変形例
実施形態1は、本開示の様々な実施形態の一つに過ぎない。実施形態1は、本開示の目的を達成できれば、設計等に応じて種々の変更が可能である。また、本開示で参照する図面は、いずれも模式的な図であり、図中の各構成要素の大きさ及び厚さそれぞれの比が、必ずしも実際の寸法比を反映しているとは限らない。以下、実施形態1の変形例を列挙する。以下に説明する変形例は、適宜組み合わせて適用可能である。
【0145】
ショットピーニング工程においては、治具J1に投射材M1が衝突しないように、投射材M1の投射方向を工夫したり、治具J1を保護するキャップ等を用いたりしてもよい。また、応力発生工程においては、治具J1に代えて波動発生器4を可撓性外歯歯車3に組み合わせることにより、可撓性外歯歯車3を弾性変形させてもよい。この場合、波動発生器4のベアリング42等に投射材M1が入り込むことが無いように、波動発生器4を保護するキャップ等を用いることが好ましい。
【0146】
また、内歯21及び外歯31について歯形修整が施されていることは、波動歯車装置1に必須の構成ではない。例えば、内歯21と外歯31との少なくとも一方について、歯形修整が施されていなくてもよい。
【0147】
また、ベアリング42において、各転動体423が4点支持されていることも、波動歯車装置1に必須の構成ではなく、例えば、各転動体423が2点支持される構成であってもよい。
【0148】
また、波動歯車装置1は、実施形態1で説明したカップ型に限らず、例えば、シルクハット型、リング型、ディファレンシャル型、フラット型(パンケーキ型)又はシールド型等であってもよい。例えば、
図10に例示するようなシルクハット型の波動歯車装置1であっても、カップ型と同様に、歯筋方向D1の一方に開口面35を有する筒状の可撓性外歯歯車3を有する。つまり、シルクハット状の可撓性外歯歯車3は、回転軸Ax1の一方側の端部にフランジ部を有し、フランジ部とは反対側の端部に開口面35を有する。シルクハット状の可撓性外歯歯車3であっても、開口面35側の端部に、外歯31を有し、かつ波動発生器4が嵌め込まれる。
【0149】
また、アクチュエータ100の構成についても、実施形態1で説明した構成に限らず、適宜の変更が可能である。例えば、入力部103と、カム41との連結構造については、スプライン連結構造に限らず、オルダム継手等が用いられてもよい。入力部103と、カム41との連結構造としてオルダム継手が用いられることで、入力側の回転軸Ax1と波動発生器4(カム41)との間の芯ずれを相殺し、さらには、剛性内歯歯車2と可撓性外歯歯車3との芯ずれを相殺することができる。さらに、カム41は、入力部103に対して回転軸Ax1に沿って移動可能でなくてもよい。
【0150】
また、本実施形態に係る波動歯車装置1、アクチュエータ100及びロボット用関節装置130の適用例は、上述したような水平多関節ロボットに限らず、例えば、水平多関節ロボット以外の産業用ロボット、又は産業用以外のロボット等であってもよい。水平多関節ロボット以外の産業用ロボットには、一例として、垂直多関節型ロボット又はパラレルリンク型ロボット等がある。産業用以外のロボットには、一例として、家庭用ロボット、介護用ロボット又は医療用ロボット等がある。
【0151】
また、ベアリング42は、深溝玉軸受に限らず、例えば、アンギュラ玉軸受等であってもよい。さらには、ベアリング42は、玉軸受に限らず、例えば、転動体423がボール状でない「ころ」からなる、円筒ころ軸受、針状ころ軸受又は円錐ころ軸受等のころ軸受であってもよい。このような、ボール状(球体状)以外の転動体423であっても、転動体423が転動することにより圧力差が生じて、転動体423はポンプ構造として機能する。
【0152】
また、波動歯車装置1、アクチュエータ100又はロボット用関節装置130の各構成要素の材質は、金属に限らず、例えば、エンジニアリングプラスチック等の樹脂であってもよい。
【0153】
また、潤滑剤Lb1は、潤滑油(オイル)等の液状の物質に限らず、グリス等のゲル状の物質であってもよい。
【0154】
(実施形態2)
本実施形態に係る可撓性外歯歯車3の製造方法は、
図11に示すように、応力発生工程で使用される治具J2が、実施形態1に係る可撓性外歯歯車3の製造方法と相違する。以下、実施形態1と同様の構成については、共通の符号を付して適宜説明を省略する。
【0155】
本実施形態では、応力発生工程で使用される治具J2は、平面視において外周形状が円形状(真円)となる部品である。このような治具J2は、カップ状の可撓性外歯歯車3内に収容されるように、可撓性外歯歯車3と組み合わされる。より詳細には、可撓性外歯歯車3に対しては、胴部321の内側に、円形状の治具J2が嵌め込まれるようにして、治具J2が組み合わされる。これにより、可撓性外歯歯車3は、内側から外側に向けて、治具J2からラジアル方向(回転軸Ax1に直交する方向)の外力を受けることにより、全体的に拡径されるように弾性変形する。
【0156】
すなわち、このような治具J2によれば、応力発生工程では、可撓性外歯歯車3の周方向の全周にわたって、同時かつ一様に外向きの力F1が作用する。このとき、可撓性外歯歯車3は、その外周面303に周方向に引っ張られる向きの比較的大きな応力が発生する。本実施形態では、可撓性外歯歯車3に対して相対的に治具J2を回転させることなく、可撓性外歯歯車3を周方向の全周において均一に拡径できる。
【0157】
ショットピーニング工程では、このように可撓性外歯歯車3を治具J2にて弾性変形させた状態で、
図11に示すように、可撓性外歯歯車3の回転軸Ax1に直交する任意方向の両側の外周面303に対して、当該任意方向の両側から投射材M1の投射を行う。これにより、周方向に引っ張られた状態の外周面303に対して、ショットピーニングが施されることになり、効果的に、深部に対する圧縮残留応力の付与が実現される。
【0158】
本実施形態で用いられる治具J2の具体例としては、エア(空気)等の気体の圧力で外向きに膨張する中空容器、又はコレットチャックのような構成により周方向の全周にわたって拡径可能な装置等が考えられる。いずれの構成であっても、治具J2の拡径量を調節可能とすることで、可撓性外歯歯車3に与える力F1の大きさを制御可能とすることが好ましい。
【0159】
実施形態2の変形例として、応力発生工程では、可撓性外歯歯車3に対して相対的に治具J2を回転させてもよい。
【0160】
実施形態2の構成(変形例を含む)は、実施形態1で説明した構成(変形例を含む)と適宜組み合わせて適用可能である。
【0161】
(まとめ)
以上説明したように、第1の態様に係る可撓性外歯歯車(3)の製造方法は、波動歯車装置(1)の可撓性外歯歯車(3)の製造方法であって、応力発生工程と、ショットピーニング工程と、を有する。波動歯車装置(1)は、剛性内歯歯車(2)と、可撓性外歯歯車(3)と、波動発生器(4)と、を備える。剛性内歯歯車(2)は、内歯(21)を有する環状の部品である。可撓性外歯歯車(3)は、外歯(31)を有し、剛性内歯歯車(2)の内側に配置される環状の部品である。波動発生器(4)は、回転軸(Ax1)を中心に回転駆動される非円形状のカム(41)、及びカム(41)の外側に装着されるベアリング(42)を有する。波動発生器(4)は、可撓性外歯歯車(3)の内側に配置され、可撓性外歯歯車(3)に撓みを生じさせる。波動歯車装置(1)は、カム(41)の回転に伴って可撓性外歯歯車(3)を変形させ、外歯(31)の一部を内歯(21)の一部に噛み合わせて、可撓性外歯歯車(3)を剛性内歯歯車(2)との歯数差に応じて剛性内歯歯車(2)に対して相対的に回転させる。応力発生工程では、可撓性外歯歯車(3)を弾性変形させることで可撓性外歯歯車(3)に応力を生じさせる。ショットピーニング工程では、応力が生じる可撓性外歯歯車(3)の表面の少なくとも一部にショットピーニングを施す。
【0162】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)を弾性変形させることで可撓性外歯歯車(3)に応力を生じさせつつ、当該応力が生じる可撓性外歯歯車(3)の表面の少なくとも一部にショットピーニングが施される。そのため、可撓性外歯歯車(3)の表面の少なくとも一部においては、ショットピーニングにより、比較的大きな圧縮残留応力が付与されることになり、圧縮残留応力による亀裂進展の抑制、及び表面硬度上昇による耐摩耗性向上等の効果が期待できる。しかも、可撓性外歯歯車(3)に応力を生じさせることで、可撓性外歯歯車(3)の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車(3)における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができる。したがって、可撓性外歯歯車(3)の表面粗さの悪化が抑えられることになり、可撓性外歯歯車(3)の表面の荒れ、又は摩耗粉による錆の発生等に起因する波動発生器(4)の損傷等が生じにくくなる。結果的に、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置(1)を提供可能である。
【0163】
第2の態様に係る可撓性外歯歯車(3)の製造方法は、第1の態様において、応力発生工程では、可撓性外歯歯車(3)を周方向の全周において均一に拡径するように弾性変形させる。
【0164】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)は、周方向の全周にわたって同条件でショットピーニングが施されることになり、部分的に金属疲労が生じやすい部位が生じることを防止できる。
【0165】
第3の態様に係る可撓性外歯歯車(3)の製造方法は、第1又は2の態様において、ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車(3)の表面における施工部位を可撓性外歯歯車(3)の周方向に移動させながら施工部位にショットピーニングを施す。
【0166】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)の周方向の一部に対してショットピーニングを施しつつ、可撓性外歯歯車(3)の周方向の全周にわたってショットピーニングを施すことができる。
【0167】
第4の態様に係る可撓性外歯歯車(3)の製造方法は、第1~3のいずれかの態様において、応力発生工程では、治具(J1,J2)を用いて可撓性外歯歯車(3)を弾性変形させる。ショットピーニング工程では、可撓性外歯歯車(3)の表面のうちショットピーニングを施さない部位を治具(J1,J2)にてマスキングする。
【0168】
この態様によれば、マスキング部材を別途用いることなく、不要な部位についてショットピーニングが施されることを防止できる。
【0169】
第5の態様に係る可撓性外歯歯車(3)の製造方法は、第1~4のいずれかの態様において、応力発生工程では、少なくとも外周形状が波動発生器と同一である治具(J1,J2)を、可撓性外歯歯車(3)に組み合わせることによって可撓性外歯歯車(3)を弾性変形させる。
【0170】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)は、内側から外側に向けて、治具(J1,J2)からラジアル方向の外力を受けることにより、非円形状に弾性変形する。しかも、可撓性外歯歯車(3)には、波動歯車装置(1)の実際の使用時と同様の応力が生じるため、より適切な圧縮残留応力の付与が可能となる。
【0171】
第6の態様に係る可撓性外歯歯車(3)は、剛性内歯歯車(2)と、可撓性外歯歯車(3)と、波動発生器(4)と、を備える波動歯車装置(1)の可撓性外歯歯車(3)である。剛性内歯歯車(2)は、内歯(21)を有する環状の部品である。可撓性外歯歯車(3)は、外歯(31)を有し、剛性内歯歯車(2)の内側に配置される環状の部品である。波動発生器(4)は、回転軸(Ax1)を中心に回転駆動される非円形状のカム(41)、及びカム(41)の外側に装着されるベアリング(42)を有する。波動発生器(4)は、可撓性外歯歯車(3)の内側に配置され、可撓性外歯歯車(3)に撓みを生じさせる。波動歯車装置(1)は、カム(41)の回転に伴って可撓性外歯歯車(3)を変形させ、外歯(31)の一部を内歯(21)の一部に噛み合わせて、可撓性外歯歯車(3)を剛性内歯歯車(2)との歯数差に応じて剛性内歯歯車(2)に対して相対的に回転させる。可撓性外歯歯車(3)は、弾性変形させられた弾性変形部(304)と、弾性変形部(304)の少なくとも一部に形成されるショットピーニング部(305)と、を備える。
【0172】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車(3)における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができ、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置(1)を提供可能である。
【0173】
第7の態様に係る波動歯車装置(1)は、第6の態様に係る可撓性外歯歯車(3)と、剛性内歯歯車(2)と、波動発生器(4)と、を備える。
【0174】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車(3)における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができ、信頼性の低下が生じにくい波動歯車装置(1)を提供可能である。
【0175】
第8の態様に係るロボット用関節装置(130)は、第7の態様に係る波動歯車装置(1)と、剛性内歯歯車(2)に固定される第1部材(131)と、可撓性外歯歯車(3)に固定される第2部材(132)と、を備える。
【0176】
この態様によれば、可撓性外歯歯車(3)の表面粗さを悪化させることなく、可撓性外歯歯車(3)における表面から比較的深い位置にも、より大きな圧縮残留応力を付与することができ、信頼性の低下が生じにくいロボット用関節装置(130)を提供可能である。
【0177】
第2~5の態様に係る構成については、可撓性外歯歯車(3)の製造方法に必須の構成ではなく、適宜省略可能である。
【符号の説明】
【0178】
1 波動歯車装置
2 剛性内歯歯車
3 可撓性外歯歯車
4 波動発生器
21 内歯
31 外歯
41 カム
42 ベアリング
130 ロボット用関節装置
131 第1部材
132 第2部材
304 弾性変形部
305 ショットピーニング部
Ax1 回転軸
J1,J2 治具