(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161970
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】アゾール系抗真菌薬剤耐性Trichophyton indotineaeの分子生物学的検出法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20241114BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20241114BHJP
C12Q 1/6895 20180101ALI20241114BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20241114BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z ZNA
C12Q1/6895 Z
C12N15/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077076
(22)【出願日】2023-05-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年5月12日、ASM Journals,Antimicrobial Agents and Chemotherapy,2022 Jun 21;66(6):e0005922.doi:10.1128/aac.00059-22、American Society for Microbiology
(71)【出願人】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】加納 塁
(72)【発明者】
【氏名】山田 剛
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QQ07
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR55
4B063QR62
4B063QR76
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】白癬菌Trichophyton indotineae(T.indotineae)における、より安価で迅速な感受性株と耐性株とを鑑別する方法を提供する。
【解決手段】前記鑑別方法は、白癬菌Trichophyton indotineae(T.indotineae)からゲノムDNAサンプルを調製する工程;前記T.indotineaeのCYP51B遺伝子の翻訳領域の5’末端より上流のアンチセンス鎖と相補的な塩基配列を含むフォワードプライマーと、前記CYP51B遺伝子の翻訳領域の3’末端より下流のセンス鎖と相補的な塩基配列を含むリバースプライマーとの組合せを用いて、前記核酸サンプルの核酸増幅反応を行い、得られた核酸増幅産物のサイズを分析することにより、T.indotineaeにおけるCYP51B遺伝子の重複コピー数を予想し、アゾール系抗真菌剤耐性を判定する工程;を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
白癬菌Trichophyton indotineae(T.indotineae)からゲノムDNAサンプルを調製する工程;
前記T.indotineaeのCYP51B遺伝子の翻訳領域の5’末端より上流のアンチセンス鎖と相補的な塩基配列を含むフォワードプライマーと、前記CYP51B遺伝子の翻訳領域の3’末端より下流のセンス鎖と相補的な塩基配列を含むリバースプライマーとの組合せを用いて、前記核酸サンプルの核酸増幅反応を行い、得られた核酸増幅産物のサイズを分析することにより、T.indotineaeにおけるCYP51B遺伝子の重複コピー数を予想し、アゾール系抗真菌剤耐性を判定する工程;
を含む、
T.indotineaeにおけるアゾール系抗真菌剤耐性株の鑑別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アゾール系抗真菌薬剤耐性Trichophyton indotineaeの分子生物学的検出法に関する。
【背景技術】
【0002】
2018年、インドにおいて、アリルアミン系抗真菌薬であるテルビナフィン(TBF)に耐性(低感受性)を示す体部白癬の流行が多数報告され、その原因菌はTrichophyton interdigitaleとされた。
2020年、前記TBF耐性T.interdigitaleは、加納らによって、Trichophyton indotineaeとして新種提案された(非特許文献1)。
【0003】
2022年、本発明者らは、T.indotineaeにおけるアゾール系抗真菌薬(イトラコナゾール、ボリコナゾール)耐性がCYP51B遺伝子(TinCYP51B)のコピー数の増加による同遺伝子の過剰発現に基づくものであることを報告した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Kano, R. et al., Trichophyton indotineae sp. nov.: A New Highly Terbinafine-Resistant Anthropophilic Dermatophyte Species. Mycopathologia 185, 947-958 (2020).
【非特許文献2】Yamada, T. et al., Gene Amplification of CYP51B: a New Mechanism of Resistance to Azole Compounds in Trichophyton indotineae. Antimicrobial Agents and Chemotherapy June 2022 Volume 66 Issue 6.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記非特許文献2では、次世代シーケンサーによるT.indotineaeの全ゲノム配列決定により、CYP51B遺伝子の重複コピー数を決定しており、より安価で迅速な感受性株と耐性株とを鑑別する方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題は、以下の本発明により解決することができる:
[1]白癬菌Trichophyton indotineae(T.indotineae)からゲノムDNAサンプルを調製する工程;
前記T.indotineaeのCYP51B遺伝子の翻訳領域の5’末端より上流のアンチセンス鎖と相補的な塩基配列を含むフォワードプライマーと、前記CYP51B遺伝子の翻訳領域の3’末端より下流のセンス鎖と相補的な塩基配列を含むリバースプライマーとの組合せを用いて、前記核酸サンプルの核酸増幅反応を行い、得られた核酸増幅産物のサイズを分析することにより、T.indotineaeにおけるCYP51B遺伝子の重複コピー数を予想し、アゾール系抗真菌剤耐性を判定する工程;
を含む、
T.indotineaeにおけるアゾール系抗真菌剤耐性株の鑑別方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、より安価で迅速に、白癬菌(T.indotineae)におけるアゾール系抗真菌薬に対する感受性株と耐性株との鑑別を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】T.indotineaeのアゾール系抗真菌薬感受性株(TIMM20114)と同薬耐性株(TIMM20116、TIMM20118)におけるゲノム上のCYP51B遺伝子(TinCYP51B)の数と配置を模式的に示す説明図である。
【
図2】配列番号1のセンスプライマーと、配列番号2のアンチセンスプライマーとの組合せを使用し、T.indotineaeのアゾール系抗真菌薬耐性株と同感受性株から抽出したゲノムDNAサンプルを鋳型としてLA-PCR(Long and accurate PCR)反応を行い、PCR増幅産物(DNA断片)のアガロースゲル電気泳動の結果を示す電気泳動像である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1及び表1に示すように、T.indotineaeのアゾール系抗真菌薬感受性株(以下、単に感受性株と称することがある)では、TinCYP51Bのコピー数が1であるのに対して、アゾール系抗真菌薬耐性株(以下、単に耐性株と称することがある)では、TinCYP51Bのコピー数が複数(例えば、3~7)であり、前記耐性株では重複するTinCYP51Bがゲノム上で同じ方向に一列に繰り返す構造(タンデムリピート構造)をとっている。耐性株では、TinCYP51Bのコピー数が増加しているため、同遺伝子が過剰発現しており、アゾール系抗真菌薬への耐性をもたらしている。
【0010】
本発明の鑑別方法では、プライマーセットとして、TinCYP51Bの翻訳領域の5’末端より上流のアンチセンス鎖と相補的な塩基配列を含むフォワードプライマーと、前記TinCYP51Bの翻訳領域の3’末端より下流のセンス鎖と相補的な塩基配列を含むリバースプライマーとの組合せを使用する。
【0011】
前記フォワードプライマーとしては、配列番号4における、好ましくは20-40、より好ましくは25-35の領域を標的として設計することができる。
前記リバースプライマーとしては、配列番号4における、好ましくは20-40、より好ましくは25-35の領域を標的として設計することができる。
【0012】
本発明の鑑別方法における各工程、例えば、T.indotineaeの培養、ゲノムDNAサンプルの調製、核酸増幅反応、核酸増幅産物の確認は、それぞれ、常法に従って、あるいは、後述の実施例の記載に従って、実施することができる。
【実施例0013】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0014】
《実施例1》
本実施例では、アゾール系抗真菌剤(イトラコナゾール、ボリコナゾール)に感受性または耐性を示す白癬菌Trichophyton indotineae(T.indotineae)4株から抽出したゲノムDNAを用いて、CYP51B遺伝子(TinCYP51B)を増幅するLA-PCR(Long and accurate PCR)を行い、得られた核酸増幅産物のサイズとCYP51B遺伝子の重複コピー数との相関性を検討した。
【0015】
T.indotineaeとしては、感受性株としてTIMM20114株、耐性株としてNUBS19006T、TIMM20118株、TIMM20119株を使用した(帝京大学医真菌研究センターのカルチャーコレクションより入手)。T.indotineaeのゲノムDNAは、サブローブドウ糖寒天培地(1%ペプトン、2%グルコース、2%寒天)上で3~4日間培養後、菌糸を回収し、液体窒素で凍結した菌糸をマルチビーズショッカー(Multi-Beads shocker;安井機械株式会社,大阪)を用いて菌糸を破壊後、フェノール、クロロホルム処理による徐タンパク処理し、エタノール沈殿にて抽出した。
【0016】
PCRプライマーとしては、センスプライマー(配列番号1;Ticyp51B-LAS:5’-ACAGGGGAGGAGACTTTGTTGCAATTGTGG-3’)及びアンチセンスプライマー(配列番号2;Ticyp51B-LAR:5’-CAAACACATGGAGTACCGCCGTCAAGGTTC-3’)の組合せを用いた。なお、前記アンチセンスプライマーの標的配列を配列番号3(5’-GAACCTTGACGGCGGTACTCCATGTGTTTG-3’)に示す。
また、感受性株であるTIMM20114株のTinCYP51B遺伝子(1コピー)及びその周辺領域の塩基配列を配列番号4(全6837塩基)に示し、耐性株であるTIMM20118株のTinCYP51B遺伝子(7コピー)及びその周辺領域の塩基配列を配列番号5(全21261塩基)に示す。配列番号4において、TinCYP51B遺伝子の開示コドンATGは2535-2537であり、終始コドンTGAは4320-4322である。
配列番号1の配列は、配列番号4の139-168、あるいは、配列番号5の139-168に対応し、配列番号2の配列は、配列番号4の4876-4905、あるいは、配列番号5の19300-19329に対応する。
【0017】
LA-PCRは、以下の条件で実施し、得られた増幅産物は0.6%アガロースゲルを用いて電気泳動を行った。
抽出した遺伝子(約100ng)を鋳型として、市販キット(long range PCR enzyme mix; biotechrabbit GmbH, Berlin, Germany)に添付されている酵素およびバッファーを用いて反応液を作成した。
反応液の組成は以下のとおりである:
2.5μL 10xreaction mixture
5μL 5xPCR enhancer
1.5μL 2.5mmol/L dNTPs
0.75U 酵素
0.3μL 各プライマー(100nmol)セット
合計25μL
反応条件は
95℃、2分の変性後、
以下のサイクルを30サイクル繰り返した:
95℃、30秒
68℃、25分
【0018】
LA-PCRによるCYP51B遺伝子増幅産物の泳動像を
図2に示す。
また、各T.indotineaeにおけるイトラコナゾール(ITC)及びボリコナゾール(VRC)に対する感受性(MIC
80)、アゾール系抗真菌剤に対する感受性/耐性、ゲノム中のCYP51B遺伝子の重複コピー数を表1にまとめた。なお、MIC
80とは、抗真菌剤なしで得られた吸光度値と比較して80%の増殖阻害を示すウェルに存在する抗真菌剤の最低濃度(単位:μg/mL)である。また、ゲノム中のCYP51B遺伝子の重複コピー数は、次世代シーケンサーにより決定した全ゲノム配列に基づく。
【0019】
【0020】
アゾール系抗真菌剤感受性のTIMM20114株は、全ゲノム配列から決定したCYP51B遺伝子の重複コピー数が1コピーであり、LA-PCR増幅産物に含まれる増幅バンドは1本であった(
図2のレーン1)。一方、アゾール系抗真菌剤耐性のNUBS19006
T株(
図2のレーン2)、TIMM20118株(
図2のレーン3)、TIMM20119株(
図2のレーン4)におけるCYP51B遺伝子の重複コピー数は、それぞれ、3コピー、7コピー、5コピーであり、増幅バンドとして、TIMM20114株と同じサイズのバンド以外に、それよりも塩基長の長いバンドが認められた。また、NUBS19006
T株(3コピー)とTIMM20118株(7コピー)の増幅バンドを比較すると、TIMM20118株においてNUBS19006
T株よりも更に長いバンドが認められた。
【0021】
CYP51B遺伝子の重複コピー数に応じて、アゾール系抗真菌剤への耐性をもたらしているものと考えられる。
本発明によれば、高価な次世代シーケンサーにより全ゲノム配列を決定することなく、LA-PCR増幅産物のバンドサイズにより、CYP51B遺伝子の重複コピー数を予想することができ、安価でルーチンとして定着しているLA-PCR及びその増幅産物の電気泳動像により、アゾール系抗真菌剤に対する耐性があるかないかを判定することができ、すなわち、感受性株と耐性株とを鑑別することができる。