(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162281
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】核酸内包ナノベシクルの製造方法及びウイルス擬似粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/69 20170101AFI20241114BHJP
A61K 9/51 20060101ALI20241114BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20241114BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20241114BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20241114BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20241114BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241114BHJP
C12N 7/01 20060101ALI20241114BHJP
C12N 15/88 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61K47/69
A61K9/51
A61K47/24
A61K31/7088
A61K31/7105
A61K48/00
A61P43/00 105
C12N7/01 ZNA
C12N15/88 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077638
(22)【出願日】2023-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100197701
【弁理士】
【氏名又は名称】長野 正
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】森田 雅宗
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 章
(72)【発明者】
【氏名】野田 尚宏
【テーマコード(参考)】
4B065
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B065AA95X
4B065AC20
4B065BA01
4B065CA44
4B065CA60
4C076AA65
4C076AA95
4C076DD63
4C076EE30
4C084AA13
4C084MA38
4C084NA13
4C084ZB21
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA05
4C086MA38
4C086NA13
4C086ZB21
(57)【要約】
【課題】生体適合性が高い核酸内包ナノベシクルの製造方法を提供する。
【解決手段】核酸内包ナノベシクルの製造方法では、中性のリン脂質からなるリポソームと核酸分子とを含む混合溶液を親水性膜に暴露し、混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて親水性膜上にリン脂質と核酸分子とを含む混合フィルムを形成させ、混合フィルムを水和させ、核酸分子を内包するベシクルを得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性のリン脂質からなるリポソームと核酸分子とを含む混合溶液を親水性膜に暴露し、
前記混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて前記親水性膜上に前記リン脂質と前記核酸分子とを含む混合フィルムを形成させ、
前記混合フィルムを水和させ、前記核酸分子を内包するベシクルを得る、
核酸内包ナノベシクルの製造方法。
【請求項2】
前記核酸分子は、
RNAである、
請求項1に記載の核酸内包ナノベシクルの製造方法。
【請求項3】
前記親水性膜は、
ポリカーボネート膜又は親水性ポリテトラフルオロエチレン膜である、
請求項1又は2に記載の核酸内包ナノベシクルの製造方法。
【請求項4】
前記核酸分子を内包するベシクルを粒子径に応じて分画する、
請求項1又は2に記載の核酸内包ナノベシクルの製造方法。
【請求項5】
中性のリン脂質からなるリポソームとRNAとを含む混合溶液を親水性膜に暴露し、
前記混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて前記親水性膜上に前記リン脂質と前記RNAとを含む混合フィルムを形成させ、
前記混合フィルムを水和させ、前記RNAを内包するベシクルを得る、
ウイルス擬似粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸内包ナノベシクルの製造方法及びウイルス擬似粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームはリン脂質二重膜からなる閉鎖小胞(ベシクル)である。リポソームは、生体膜モデル、薬剤輸送システム(DDS)など幅広い分野で注目されている。非特許文献1には、ガラスバイアル中に作製したDNAとリン脂質との混合膜を水和することで、大きさ1μm以上のマイクロサイズのリポソームにDNAを内包する技術が開示されている。
【0003】
通常、DNA及びRNAのような高分子はナノサイズのリポソームには容易に内包されない。RNAを内包したナノサイズのリポソームを作製する場合、カチオン性脂質とRNAとの間の静電的相互作用が利用される。例えば、非特許文献2には、カチオン性脂質としてのDOTMA(1,2-di-O-octadecenyl-3-trimethylammonium propane)を用いて、RNAを含有するナノサイズのリポソームを調製する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Shunsuke F. Shimobayashi,外1名,Emergence of DNA-Encapsulating Liposomes from a DNA-Lipid Blend Film, J. Phys. Chem. B,2014,118,36,10688-10694
【非特許文献2】Robert W. Malone,外2名,Cationic liposome-mediated RNA transfection,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,1989,86,6077-6081
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
カチオン性脂質で形成したリポソームでは、RNAとカチオン性脂質とが静電的に結合し複合体あるいは凝集体を形成している。当該複合体及び凝集体では、リポソーム内でRNAが遊離しておらず、RNAがリポソームに内包されているとは言い難い。このため、エンベロープという脂質二重膜に遺伝情報分子(DNA又はRNA)が内包されているウイルス粒子の擬似粒子としてリポソームを応用する場合、カチオン性脂質で形成したリポソームでは、ウイルス粒子を忠実に再現できない。
【0006】
また、DDSにおいては、DOTMAなどの人工のカチオン性脂質で形成されたリポソームは、カチオン性脂質が天然の脂質ではないため、炎症などを引き起こすこと、さらには細胞へのリポソームの非特異的な吸着などの不都合が指摘されている。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、生体適合性が高い核酸内包ナノベシクルの製造方法、及びウイルス粒子をより忠実に再現できるウイルス擬似粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の観点に係る核酸内包ナノベシクルの製造方法は、
中性のリン脂質からなるリポソームと核酸分子とを含む混合溶液を親水性膜に暴露し、
前記混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて前記親水性膜上に前記リン脂質と前記核酸分子とを含む混合フィルムを形成させ、
前記混合フィルムを水和させ、前記核酸分子を内包するベシクルを得る。
【0009】
前記核酸分子は、
RNAである、
こととしてもよい。
【0010】
前記親水性膜は、
ポリカーボネート膜又は親水性ポリテトラフルオロエチレン膜である、
こととしてもよい。
【0011】
上記本発明の第1の観点に係る核酸内包ナノベシクルの製造方法では、
前記核酸分子を内包するベシクルを粒子径に応じて分画する、
こととしてもよい。
【0012】
本発明の第2の観点に係るウイルス擬似粒子の製造方法は、
中性のリン脂質からなるリポソームとRNAとを含む混合溶液を親水性膜に暴露し、
前記混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて前記親水性膜上に前記リン脂質と前記RNAとを含む混合フィルムを形成させ、
前記混合フィルムを水和させ、前記RNAを内包するベシクルを得る。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、生体適合性が高い核酸内包ナノベシクルが得られる。また、本発明によれば、ウイルス粒子をより忠実に再現できるウイルス擬似粒子が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】試験例1においてレーザー共焦点顕微鏡で撮像された画像を示す図である。
【
図2】(A)は試験例2におけるポリカーボネート膜で作製したサンプルについて蛍光相互相関分光法(FCCS)解析の結果を示す図である。(B)は、試験例2における親水性ポリテトラフルオロエチレン(H-PTFE)膜で作製したサンプルについてFCCS解析の結果を示す図である。
【
図3】(A)は試験例2におけるポリカーボネート膜で作製したサンプルについてベシクル破壊前のFCCS解析の結果を示す図である。(B)は試験例2におけるポリカーボネート膜で作製したサンプルについてベシクル破壊後のFCCS解析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る実施の形態について図面を参照しながら説明する。なお、本発明は下記の実施の形態によって限定されるものではない。
【0016】
本実施の形態に係る核酸内包ナノベシクルの製造方法は、暴露ステップと、形成ステップと、水和ステップとを含む。暴露ステップでは、中性のリン脂質からなるリポソームと核酸分子とを含む混合溶液を親水性膜に暴露する。中性のリン脂質とは、グリセリン、脂肪酸及びリン酸からなる骨格を有するグリセロリン脂質、又はスフィンゴイド塩基(スフィンゴシン)に脂肪酸がアミド結合したセラミドにリン酸と塩基が結合したスフィンゴリン脂質のうち、生理的食塩水中で分子全体として電荷を示さないリン脂質をいう。中性のリン脂質は特に限定されず、中性のリン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、スフィンゴミエリン(SM)、それらのリゾ体などが挙げられる。
【0017】
上記の脂肪酸は、例えば、炭素数8~24の飽和脂肪酸であるか、又は不飽和度が1以上で炭素数4~30の不飽和の脂肪酸であることが好ましい。脂肪酸としては、特に制限されないが、飽和脂肪酸としては、以下のような具体例が挙げられる。カプリル酸(炭素数:8);カプリン酸(炭素数:10);ラウリン酸(炭素数:12);ミリスチン酸(炭素数:14);パルミチン酸(炭素数:16);ステアリン酸(炭素数:18);アラキジン酸(炭素数:20);ベヘン酸(炭素数:22);リグノセリン酸(炭素数:24)などが挙げられる。直鎖不飽和脂肪酸としては、以下のような具体例が挙げられる。クロトン酸、イソクロトン酸などのブテン酸(炭素数:4、不飽和度:1);ペンテン酸(炭素数:5、不飽和度:1);ヘキセン酸(炭素数:6、不飽和度:1);ヘプテン酸(炭素数:7、不飽和度:1);オクテン酸(炭素数:8、不飽和度:1);ノネン酸(炭素数:9、不飽和度:1);デセン酸(炭素数:10、不飽和度:1);ウンデセン酸(炭素数:11、不飽和度:1);ラウロレイン酸などのドデセン酸(炭素数:12、不飽和度:1);トリデセン酸(炭素数:13、不飽和度:1);ミリストレイン酸、ミリステライジン酸などのテトラデセン酸(炭素数:14、不飽和度:1);ペンタデセン酸(炭素数:15、不飽和度:1);パルミトレイン酸、パルミテライジン酸などのヘキサデセン酸(炭素数;16、不飽和度:1);ヘプタデセン酸(炭素数:17、不飽和度:1);ペトロセリン酸、ペトロセライジン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸などのオクタデセン酸(炭素数:18、不飽和度:1);ノナデセン酸(炭素数:19、不飽和度:1);ガドレイン酸、ゴンドレン酸などのエイコセン酸(炭素数:20、不飽和度:1);エルカ酸、ブラッシジン酸、セトレイン酸などのドコセン酸(炭素数:22、不飽和度:1);ネルボン酸などのテトラコセン酸(炭素数:24、不飽和度:1);ヘキサコセン酸(炭素数:26、不飽和度:1);オクタコセン酸(炭素数:28、不飽和度:1);トリアコンテン酸(炭素数:30、不飽和度:1);ペンタジエン酸(炭素数:5、不飽和度:2);ソルビン酸などのヘキサジエン酸(炭素数:6、不飽和度:2);ペプタジエン酸(炭素数:7、不飽和度:2);オクタジエン酸(炭素数:8、不飽和度:2);ノナジエン酸(炭素数:9、不飽和度:2);デカジエン酸(炭素数:10、不飽和度:2);ウンデカジエン酸(炭素数:11、不飽和度:2);ドデカジエン酸(炭素数:12、不飽和度:2);トリデカジエン酸(炭素数:13、不飽和度:2);テトラデカジエン酸(炭素数:14、不飽和度:2);ペンタデカジエン酸(炭素数:15、不飽和度:2);ヘキサデカジエン酸(炭素数:16、不飽和度:2);ヘプタデカジエン酸(炭素数:17、不飽和度:2);リノール酸、リノエライジン酸などのオクタデカジエン酸(炭素数:18、不飽和度:2);エイコサジエン酸(炭素数:20、不飽和度:2);ドコサジエン酸(炭素数:22、不飽和度:2);テトラコサジエン酸(炭素数:24、不飽和度:2);ヘキサコサジエン酸(炭素数:26、不飽和度:2);オクタコサジエン酸(炭素数:28、不飽和度:2);トリアコンタジエン酸(炭素数:30、不飽和度:2);ヘキサデカトリエン酸(炭素数:16、不飽和度:3);α-リノレン酸、γ-リノレン酸などのオクタデカトリエン酸(炭素数:18、不飽和度:3);ジホモ-γ-リノレン酸;ミード酸などのエイコサトリエン酸(炭素数:20、不飽和度:3);ドコサトリエン酸(炭素数:22、不飽和度:3);テトラコサトリエン酸(炭素数:24、不飽和度:3);ヘキサコサトリエン酸(炭素数:26、不飽和度:3);オクタコサトリエン酸(炭素数;28、不飽和度:3);トリアコンタトリエン酸(炭素数;30、不飽和度:3);ステアリドン酸などのオクタデカテトラエン酸(炭素数:18、不飽和度:4);アラキドン酸などのエイコサテトラエン酸(炭素数:20、分子量:4);アドレン酸などのドコサテトラエン酸(炭素数:22、不飽和度:4);テトラコサテトラエン酸(炭素数:24、不飽和度:4);ヘキサコサテトラエン酸(炭素数:26、不飽和度:4);オクタコサテトラエン酸(炭素数:28、不飽和度:4);トリアコンタテトラエン酸(炭素数:30、不飽和度:4);エイコサペンタエン酸(炭素数:20、不飽和度:5);クルパドノン酸などのドコサペンタエン酸(炭素数:22、不飽和度:5);テトラコサペンタエン酸(炭素数:24、不飽和度:5);ドコサヘキサエン酸(炭素数:22、不飽和度:6);ニシン酸などのテトラコサヘキサエン酸(炭素数:24、不飽和度:6)などが挙げられる。
【0018】
直鎖不飽和脂肪酸以外にも、ルメン酸(炭素数:18、不飽和度:2)、カレンジン酸(炭素数:18、不飽和度:3)、ジャカリン酸(炭素数:18、不飽和度:3)、エレオステアリン酸(炭素数:18、不飽和度:3)、カタルピン酸(炭素数:18、不飽和度:3)、プニカ酸(炭素数:18、不飽和度:3)及びルメレン酸(炭素数:18、不飽和度:3)のような共役脂肪酸;リシノレイン酸(炭素数:18、不飽和度:1)、リシネライジン酸(炭素数:18、不飽和度:1)、ジモルフェコリン酸(炭素数:18、不飽和度:2)などの水酸化不飽和脂肪酸;ベモリン酸(炭素数:18、不飽和度:1)のようなエポキシ脂肪酸;ウロフラン酸のようなフラノイド脂肪酸;ミコリン酸のような高分子量の分岐鎖不飽和脂肪酸;その他メトキシ不飽和脂肪酸、環状不飽和脂肪酸などが挙げられる。これらの脂肪酸は、単独でもよいし、2種以上が組み合わせられてもよい。
【0019】
好ましくは、リン脂質は、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)又はジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)である。
【0020】
上記混合溶液に含まれるリポソームは公知の方法で調製できる。リポソームは、リン脂質と水とを混合し撹拌することで得られる。リポソームを効率よく得るために、薄い膜状にしたリン脂質と水とを混合し水和させてもよい。
【0021】
核酸分子としては、DNA、RNA、DNAとRNAとのハイブリッド核酸などが挙げられる。DNA及びRNAは修飾塩基を含んでもよい。核酸分子は、好ましくはRNA(RNA分子)である。核酸分子を構成する塩基の長さは特に限定されず、数万塩基以下、50000塩基以下、40000塩基以下、30000塩基以下、20000塩基以下、10000塩基以下、5000塩基以下、3000塩基以下、2000塩基以下又は1000塩基以下である。核酸分子を構成する塩基の長さは、例えば500~1000塩基である。核酸分子は、塩基対を形成していてもよい。塩基対を形成する核酸分子を構成する塩基対の長さは、特に限定されず、数万塩基対以下、50000塩基対以下、40000塩基対以下、30000塩基対以下、20000塩基対以下、10000塩基対以下、5000塩基対以下、3000塩基対以下、2000塩基対以下又は1000塩基対以下である。塩基対を形成する核酸分子を構成する塩基の長さは、例えば500~1000塩基対である。
【0022】
親水性膜は親水性で膜状の態様であれば特に限定されない。親水性膜に混合溶液を十分に保持するため、親水性膜は、膜を貫通する孔を有していてもよい。親水性膜の孔の孔径は、例えば、10~300nm、10~200nm、10~100nm、10~80nm、10~60nm又は10~40nmであってもよく、好ましくは30nmである。親水性膜は、好ましくは、ポリカーボネート膜又はH-PTFE膜である。なお、ポリカーボネート膜はポリカーボネートで形成された膜であって、H-PTFE膜はH-PTFEで形成された膜である。
【0023】
混合溶液の親水性膜への暴露の態様は、混合溶液が親水性膜と接触すれば特に限定されない。例えば、暴露ステップでは、混合溶液を親水性膜に塗布してもよいし、混合溶液を親水性膜上に置いてもよいし、滴下してもよいし、噴霧してもよい。
【0024】
形成ステップでは、混合溶液中の少なくとも一部の水分を蒸発させて親水性膜上にリン脂質と核酸分子とを含む混合フィルムを形成させる。混合溶液中の水分を効率よく蒸発させるには、室温より高温、例えば40~60℃、45~55℃又は48~52℃に親水性膜を保持すればよい。保持する時間は、特に限定されないが、例えば1~60分間、3~40分間、5~30分間又は10~15分間程度である。なお、形成ステップでは、形成させる混合フィルムに影響がない範囲で、減圧、加熱などの公知の方法で水分の蒸発を効率化してもよい。
【0025】
水和ステップでは、混合フィルムを水和させ、核酸分子を内包するベシクルを得る。水和に使用される液体は、特に限定されず、例えばトリスヒドロキシメチルアミノメタン、MOPS、HEPESなどの緩衝剤を含む緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、水などである。好ましくは、水和に使用される液体は水である。水和の態様は特に限定されず、例えば、親水性膜を当該水和に使用される液体に浸漬すればよい。水和により、核酸分子を内包するベシクルが得られる。当該ベシクルは、カチオン性のリン脂質を含まない。水和の温度は、特に限定されず、例えば、30~50℃、35~45℃、38~43℃又は39~41℃である。水和の時間は、特に限定されないが、例えば1~2時間程度である。
【0026】
“ナノベシクル”とは、ナノサイズのベシクルを意味する。ナノベシクルの粒子径は、例えば、1~1000nm、10~800nm、20~500nm又は30~400nmである。ベシクルの粒子径は、粒子トラッキング解析(PTA)、公知の方法、例えば、動的光散乱(DLS)、蛍光相関分光法(FCS)、FCCSなどで測定することができる。また、ベシクルの粒子径は、電子顕微鏡、レーザー共焦点顕微鏡などで測定することができる。
【0027】
本実施の形態に係る核酸内包ナノベシクルの製造方法は、水和ステップの後に、分画ステップを含んでもよい。分画ステップでは、核酸分子を内包するベシクルを粒子径に応じて分画する。分画は、公知の方法で行うことができる。好適にはエクストルーダー(フィルトレーション)を使用してベシクルを分画する。所望のベシクルの粒径D1nmとすると、分画では、孔径D1nmのフィルターにベシクルを含む液体を通せばよい。これにより、D1nm以下の粒径のベシクルを取得することができる。所望のベシクルの粒径に下限値D2nmがある場合には(D1>D2)、孔径D1nmのフィルターを通過したベシクルを含む液体を、孔径がD2nm未満のフィルターを通し、孔径がD2nm未満のフィルターを通過しなかったベシクルを回収すればよい。また、分画ステップでは、まずは、孔径がD3μm、例えば1μmのフィルターにベシクルを含む液体を通した後に、孔径がナノメートル、例えば、D3より小さいD4nmのフィルターに通すように、段階的に分画してもよい。
【0028】
本実施の形態に係る核酸内包ナノベシクルは、中性のリン脂質からなり、カチオン性のリン脂質を含まず、静電的相互作用による吸着を利用せずにフリーに存在する核酸を内包することができる。中性のリン脂質からなるベシクルは、天然に存在するため、核酸内包ナノベシクルは生体適合性が高い。また、核酸内包ナノベシクルでは、ベシクル内部で核酸分子がフリーに存在しているので、種々の用途で使用しやすい。
【0029】
下記実施例に示すように、本実施の形態に係る核酸内包ナノベシクルの製造方法によれば、高い内包率(全ベシクルに対する核酸分子を内包しているベシクルの割合)で核酸分子をベシクルに内包させることができる。言い換えると、当該核酸内包ナノベシクルの製造方法によって得られるナノベシクルは、核酸分子が内包されていないナノベシクルの割合が少ない。薄い膜状にしたリン脂質と水とを混合して水和により形成するベシクルでは、核酸分子の内包率が50%未満であるのに対し、当該核酸内包ナノベシクルの製造方法では、内包率が50%以上、好ましくは55%以上又は80%以上のベシクルが得られる。
【0030】
さらに、本実施の形態に係る核酸内包ナノベシクルは、mRNAワクチン、核酸医薬などのDDS、並びに核酸治療におけるニューモダリティに利用できる。
【0031】
別の実施の形態では、ウイルス擬似粒子の製造方法が提供される。ウイルス擬似粒子の製造方法では、上述の暴露ステップにおける核酸分子をRNAとすればよい。核酸分子をRNAとすることで、水和ステップでは、RNAを内包するベシクル、すなわちウイルス擬似粒子を得ることができる。上記非特許文献2に開示されたように、RNAを含有するリポソームの調製では、カチオン性人工脂質を用いて、静電的相互作用によって閉鎖小胞内にRNAを吸着させている。しかし、本来のウイルス粒子は、静電的相互作用によってRNAを吸着しているのではなく、脂質二重膜の閉鎖小胞にRNAを内包している。当該ウイルス擬似粒子は、中性のリン脂質からなり、静電的相互作用による吸着を利用せずにRNAを内包するため、ウイルス粒子の物理化学的な性質などをより忠実に再現できる。
【0032】
ウイルス擬似粒子の製造方法で得られるベシクルに内包するRNAの塩基配列をウイルスのゲノムに基づく塩基配列とすることで、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などの陽性コントロールに使用することができる。また、ウイルス擬似粒子をウイルス不活性化能の評価に使用することもできる。
【実施例0033】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0034】
[実施例1:RNA内包ナノベシクルの調製と評価]
(蛍光染色RNA溶液の調製)
塩基数が500塩基の人工標準RNA(RNA500、最終濃度16.1ng/μL)及び塩基数が1000塩基の人工標準RNA(RNA1000、最終濃度18.9ng/μL)を使用した。RNA500及びRNA1000の塩基配列をそれぞれ配列番号1及び2に示す。なお、RNA500及びRNA1000の塩基配列は、米国生物工学情報センター(NCBI)が提供する塩基配列データベースであるGenBankに、それぞれACCESSION AB610943及びAB610947として登録されている。RNA染色試薬として、YOYO-1(Thermo Fisher Scientific社製)及びRibogreen(Thermo Fisher Scientific社製)を使用した。YOYO-1は4μMの濃度で染色し、Ribogreenは原液の1/10の濃度で染色した。
【0035】
リン脂質としては、DOPC(Avanti Polar Lipids社製)、蛍光色素修飾リン脂質であるATTO565で標識されたDOPE(ATTO565-DOPE、ATTO-TEC GmbH社製)及びATTO655で標識されたDOPE(ATTO655-DOPE、ATTO-TEC GmbH社製)、並びにビオチン-ポリエチレングリコール修飾リン脂質である1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン-N-[ビオチニル(ポリエチレングリコール)-2000](Biotin-PEG-DSPE、Avanti Polar Lipids社製)の4種類を使用した。各リン脂質をクロロホルム/メタノール混合溶液(2:1体積比)で溶解した。
【0036】
(ナノリポソーム溶液の調製)
2種類のナノリポソーム溶液である試料1及び試料2を調製した。試料1は、DOPC、ATTO565-DOPE及びBiotin-PEG2000-DSPEを1mM:0.001mM:0.002mM(DOPC:ATTO565-DOPE:Biotin-PEG2000-DSPE)の割合で混合した溶液とした。試料2は、DOPC及びATTO655-DOPEを1mM:0.002mM(DOPC:ATTO655-DOPE)の割合で混合した溶液とした。試料1又は試料2をガラスバイアルに分注し、有機溶剤を蒸発させ、バイアル底に脂質フィルムを形成させた。1時間以上、デシケータに静置し、有機溶剤を完全に除去後、超純水を加えて超音波洗浄機にて1時間、ソニケーションした。その後、エクストルーダー(Avanti Polar Lipids社製)を使用して、100nmサイズの2種類のナノリポソーム溶液を調製した。
【0037】
(RNA内包ナノベシクルの作製)
作製したナノリポソーム溶液20μLと蛍光染色RNA溶液20μLをガラスバイアル中で混合し、混合溶液を得た。ポリカーボネート膜(孔径30nm、Avanti Polar Lipids社製)及びH-PTFE膜(孔径100nm、Merck Millipore社製)をそれぞれ4分割してスライドガラス上に設置し、1枚ずつに上記混合溶液を10μLずつ塗布した。50℃のヒートブロック上にスライドガラスごと10~15分程度静置し、膜から水分を蒸発させ乾かすことで、膜上に脂質とRNAとの混合フィルムを形成させた。脂質とRNAが染み込んだ膜を、ガラスバイアルに入れて、超純水を300μL加えて、40℃のヒートブロック内で1~2時間程度静置し、水和した。水和したサンプル溶液を孔径の異なるフィルターでサイズ分画を行った。具体的には、エクストルーダーにセットした孔径1μmのフィルター(Avanti Polar Lipids社製)を通過させ、さらに、別のエクストルーダーにセットした孔径200nmのフィルター(Avanti Polar Lipids社製)を通過させ、サンプル溶液を回収した。回収した溶液にRNA分解酵素であるリボヌクレアーゼ(RNase)溶液を添加し、ベシクルに内包されていないフリーのRNAを消化した。
【0038】
[試験例1:顕微鏡観察]
試料1で調製したナノリポソーム溶液と、YOYO-1で染色したRNA500のRNA溶液とから作製したRNA内包ナノベシクルのサンプル(サイズ分画処理前)を、レーザー共焦点顕微鏡を使用して観察した。
図1に示すように、ATTO565で標識したベシクル(“Lipid”参照)に、YOYO-1により蛍光したRNA(“RNA”参照)が内包された構造(“Merge”内矢印)が観察された。当該サンプルは、サイズ分画処理前であるため、ナノサイズから数マイクロサイズのベシクルを含有していた。また、RNA500はベシクルに内包されているため、RNaseによる分解を受けていないことも確認できた。
【0039】
[試験例2:蛍光相互相関分光法(FCCS)解析]
試料2で調製したナノリポソーム溶液と、Ribogreenで染色したRNA1000のRNA溶液とから作製したRNA内包ナノベシクルのサンプル(サイズ分画処理後)をFCCSで解析した。
図2(A)及び
図2(B)は、それぞれポリカーボネート膜で作製したサンプル及びH-PTFE膜で作製したサンプルのFCCSの結果を示す。両方のサンプルで、ベシクルのシグナルとRNAのシグナルとの間に相互相関があることが確認された。また、ポリカーボネート膜で作製したサンプルにおいて、ベシクルのシグナルから得られたサイズは半径119nm、RNAのシグナルから得られたサイズは半径156nmであり、若干の違いはあるが同程度の大きさを有していた。同様にH-PTFE膜で作製したサンプルでは、ベシクルのシグナルから得られたサイズは半径41nm、RNAのシグナルから得られたサイズは半径47nmであり、こちらも同程度の大きさを有していた。これは、ベシクルとRNAが同程度のサイズで、同時に溶液内を移動・分散していることを示している。また、相関率から求められるRNAの内包率(=RNA内包ベシクル(RNAのシグナル)×100/全ベシクル)を計測すると、ポリカーボネート膜で作製したサンプルでは82%、H-PTFE膜で作製したサンプルでは57%であった。FCCSでのベシクルによる検出結果及びRNAによる検出結果をそれぞれ表1及び表2に示す。
【0040】
【0041】
【0042】
試料2で調製したナノリポソーム溶液と、YOYO-1で染色したRNA1000のRNA溶液とからポリカーボネート膜で作製したRNA内包ナノベシクルについてFCCSの結果を
図3に示す。
図3(A)に示すようにベシクルのシグナルとRNAのシグナルとの間に相互相関が認められた。ベシクルのシグナルから得られたサイズは半径74nmで、RNAのシグナルから得られたサイズは半径73nmであり、同程度の大きさを有していた。このサンプルに、界面活性剤であるTritonX-100(0.1%)を添加し、ベシクルを溶解し破壊すると、
図3(B)に示すように、破壊後のサンプルではベシクルからのシグナルが微弱になり、RNAのシグナルのみが得られ、RNAがベシクル内部から放出されていることが示された。FCCSでのベシクルによる検出結果(ベシクル破壊前のみ)及びRNAによる検出結果(ベシクル破壊前後)をそれぞれ表3及び表4に示す。
【0043】
【0044】
【0045】
[試験例3:膜の検討]
RNA内包ナノベシクルの作製に用いる膜として、上記実施例1で使用したポリカーボネート膜及びH-PTFE膜の他に、疎水性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)膜(孔径200nm、Cytiva社製)、ニトロセルロース(CN)膜(孔径100nm、Cytiva社製)、ナイロン(NYL)膜(孔径200nm、Cytiva社製)、フッ化ポリビニルデン(PVDF)膜(孔径200nm、Cytiva社製)の4種類を検討した。試料2で調製したナノリポソーム溶液と、Ribogreenで染色したRNA1000のRNA溶液とを混合した溶液を各種膜に塗布し、RNA内包ナノベシクルの作製を試みた。
【0046】
PTFE膜は疎水性のために溶液が膜に浸透せず、混合フィルムが得られなかった。CN膜、NYL膜及びPVDF膜では、脂質とRNAとの混合フィルムは得られたが、水和後の膜に脂質とRNAの混合フィルムが残っており、RNA内包ナノベシクルを作製できなかった。
【0047】
上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。