(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162289
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】硬化性組成物、硬化物および物品
(51)【国際特許分類】
C08L 101/02 20060101AFI20241114BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20241114BHJP
C08G 59/50 20060101ALI20241114BHJP
C08G 59/40 20060101ALI20241114BHJP
C09J 163/00 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
C08L101/02
C08L63/00 C
C08G59/50
C08G59/40
C09J163/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077655
(22)【出願日】2023-05-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】春藤 淳臣
(72)【発明者】
【氏名】隈本 一馬
(72)【発明者】
【氏名】田中 敬二
【テーマコード(参考)】
4J002
4J036
4J040
【Fターム(参考)】
4J002AA021
4J002AA031
4J002BH021
4J002CC021
4J002CD001
4J002CD021
4J002CD041
4J002CD051
4J002CD061
4J002CD111
4J002CD131
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4J036AD07
4J036AD08
4J036AD20
4J036AF06
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4J036AF27
4J036AH07
4J036AJ10
4J036AJ11
4J036AJ19
4J036AK09
4J036DB15
4J036DC03
4J036DC06
4J036DC09
4J036DC10
4J036DC27
4J036DD01
4J036DD02
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4J036FB12
4J036HA12
4J036JA06
4J040EC001
4J040GA14
4J040GA24
4J040JA13
4J040KA16
4J040NA12
4J040NA16
(57)【要約】 (修正有)
【課題】接着剤などとして有用な硬化性組成物の提供。
【解決手段】主剤と硬化剤とを含む硬化性組成物。主剤および硬化剤の一方または両方は、開裂性化学結合を有する。前記開裂性化学結合は、以下の性質「開裂性化学結合が開裂して生成される活性種が、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成可能である。」を有する。硬化性組成物は(1)~(3)のいずれかを満たす;(1)主剤および硬化剤とは異なる成分として、(i)主剤および硬化剤の一方または両方と反応して結合を形成する官能基と、(ii)開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aと、を有する化合物Xを含む。(2)主剤が、開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aを有する。(3)硬化剤が、前記(2)と同様の官能基Aを有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主剤と、硬化剤と、を含む硬化性組成物であって、
前記主剤および前記硬化剤の一方または両方は、以下[開裂性化学結合の性質]に記載した性質を有する開裂性化学結合を有し、かつ、
以下(1)~(3)の少なくともいずれかを満たす、硬化性組成物。
(1)当該硬化性組成物が、前記主剤および前記硬化剤とは異なる成分として、1分子中に、(i)前記主剤および前記硬化剤の一方または両方と反応して結合を形成する官能基と、(ii)前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aと、を有する化合物Xを含む。
(2)前記主剤が、
前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
(3)前記硬化剤が、
前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
[開裂性化学結合の性質]
開裂性化学結合が開裂して生成される活性種が、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成可能である。
【請求項2】
請求項1に記載の硬化性組成物であって、
前記開裂性化学結合はジスルフィド基であり、前記官能基Aはエチレン性炭素-炭素二重結合である、硬化性組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
前記主剤はエポキシ樹脂を含む、硬化性組成物。
【請求項4】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
前記硬化剤はアミノ基を有する化合物を含む、硬化性組成物。
【請求項5】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
前記化合物Xを含み、
前記化合物Xは、その末端に前記官能基Aを有する、硬化性組成物。
【請求項6】
請求項5に記載の硬化性組成物であって、
前記化合物Xは、以下一般式(x)で表される化合物を含む、硬化性組成物。
【化1】
一般式(x)中、
Aは、前記官能基Aを表し、
Yは、前記主剤および前記硬化剤の一方または両方と反応して結合形成する基を表し、
Lは、m+n価の連結基を表し、
mおよびnはそれぞれ独立に、1~6の整数を表す。
【請求項7】
請求項6に記載の硬化性組成物であって、
mおよびnがともに1であり、
LにおけるAが直接共有結合している原子を起点として、L中の共有結合のみを辿って、Yが直接共有結合している原子に到着するまでの最短経路中に存在する原子の数が、3~10である、硬化性組成物。
【請求項8】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
前記硬化剤が前記開裂性化学結合を含む、硬化性組成物。
【請求項9】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
当該硬化性組成物中の、前記開裂性化学結合のモル数をM、前記官能基Aのモル数をm、としたとき、m/Mは0.5~2.0である、硬化性組成物。
【請求項10】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
当該硬化性組成物を、90℃で6時間加熱し、さらに140℃で6時間加熱することで得られる第一硬化物に、前記第一硬化物のガラス転移温度よりも10℃低い温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτとし、
前記第一硬化物をさらに180℃で12時間加熱することで得られる第二硬化物に、前記温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτ'としたとき、
τ'/τが1.2以上である、硬化性組成物。
【請求項11】
請求項1または2に記載の硬化性組成物であって、
接着剤組成物である、硬化性組成物。
【請求項12】
請求項11に記載の硬化性組成物であって、
構造用接着剤として用いられる、硬化性組成物。
【請求項13】
請求項1または2に記載の硬化性組成物の硬化物。
【請求項14】
請求項13に記載の硬化物であって、
前記硬化物中には、前記開裂性化学結合と前記官能基Aとが反応して形成された結合が存在する、硬化物。
【請求項15】
被着体と、前記被着体に接合した請求項1または2に記載の硬化性組成物の硬化物と、を備える、物品。
【請求項16】
請求項15に記載の物品であって、
前記硬化物中には、前記開裂性化学結合と前記官能基Aとが反応して形成された結合が存在する、物品。
【請求項17】
硬化性組成物であって、
前記硬化性組成物またはその硬化物は、網目構造を有する高分子マトリクスを備え、
第1のトリガーによって前記網目構造の組み換え反応が起こり、
第2のトリガーによって組み替えられた前記網目構造の固定化反応が起こり、
前記固定化反応が不可逆である、硬化性組成物。
【請求項18】
請求項17に記載の硬化性組成物であって、
前記第1のトリガーおよび前記第2のトリガーは熱であり、
前記第2のトリガーは前記第1のトリガーより高温である、硬化性組成物。
【請求項19】
請求項17または18に記載の硬化性組成物であって、
前記組み換え反応は、前記高分子マトリクス中の、網目構造の網目が相対的に密な部分で起こる、硬化性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬化性組成物、硬化物および物品に関する。特に本発明は、接着剤として用いた場合に良好な性能を奏する硬化性組成物およびその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
硬化性組成物については、その産業上の重要性から、様々な改良検討が継続的に行われている。具体例として、エポキシ樹脂を含む硬化性組成物については、硬化させたときに、高強度で、熱に強く、薬品に侵されにくい硬化物を形成可能なことから、これまで多くの実用化検討がなされてきている。
【0003】
硬化性組成物の重要な用途の1つとして、接着剤用途が挙げられる。特に近年、構造用接着剤の性能改良が求められている。構造用接着剤とは、ボルト、リベット、溶接などの従来の固定手段の代替物として利用可能な、長時間大きな荷重がかかっても接着特性の低下が少なく信頼性の高い接着剤のことをいう。構造用接着剤については、自動車、建築、土木、宇宙産業などの分野での応用が検討されている。特に最近、自動車などのモビリティの製造において、ボルト、リベット、溶接などの従来の固定手段を、接着剤で代替する検討が加速している。
【0004】
硬化性組成物の硬化のメカニズムや、硬化性組成物の硬化により形成される架橋構造(網目構造)については、学術的にも興味が持たれている。例えば非特許文献1では、エポキシ樹脂を含む硬化性組成物の硬化物中の網目構造を分子レベルで検討すると、網目構造には網目の疎密に基づく不均一性が存在すること、また、この不均一性が硬化物のクラック発生に関係していること、などが言及されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Soft Matter, 2020,16, 7470-7478
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、硬化性組成物の硬化物中の網目構造を分子レベルで検討すると、網目構造には網目の疎密に基づく不均一性が存在すると考えられる。このような不均一性が存在することは望ましくないと考えられる。例えば、硬化物に強い応力がかかったときに、硬化物中の一部のみに応力が集中して、そこから硬化物の破壊が進行すると推測される。
【0007】
よって、何か適当な仕掛けを硬化性組成物中に組み込むことで、硬化性組成物の硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくすることができれば好ましいと考えられる。この不均一性が小さければ、硬化物に強い応力がかかったとしても、硬化物はその応力を硬化物全体として均一に受け止めることができると考えられる。そしてその結果として、硬化物は破壊されにくくなると考えられる。
【0008】
本発明者らは、今回、上記のような思想を考慮しつつ、接着剤などとして産業上有用な硬化性組成物を提供することを目的の1つとして、様々な検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、検討の結果、以下に提供される発明を完成させた。
【0010】
1.
主剤と、硬化剤と、を含む硬化性組成物であって、
前記主剤および前記硬化剤の一方または両方は、以下[開裂性化学結合の性質]に記載した性質を有する開裂性化学結合を有し、かつ、
以下(1)~(3)の少なくともいずれかを満たす、硬化性組成物。
(1)当該硬化性組成物が、前記主剤および前記硬化剤とは異なる成分として、1分子中に、(i)前記主剤および前記硬化剤の一方または両方と反応して結合を形成する官能基と、(ii)前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aと、を有する化合物Xを含む。
(2)前記主剤が、
前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
(3)前記硬化剤が、
前記開裂性化学結合を開裂させ、かつ、前記開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
[開裂性化学結合の性質]
開裂性化学結合が開裂して生成される活性種が、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成可能である。
2.
1.に記載の硬化性組成物であって、
前記開裂性化学結合はジスルフィド基であり、前記官能基Aはエチレン性炭素-炭素二重結合である、硬化性組成物。
3.
1.または2.に記載の硬化性組成物であって、
前記主剤はエポキシ樹脂を含む、硬化性組成物。
4.
1.~3.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
前記硬化剤はアミノ基を有する化合物を含む、硬化性組成物。
5.
1.~4.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
前記化合物Xを含み、
前記化合物Xは、その末端に前記官能基Aを有する、硬化性組成物。
6.
5.に記載の硬化性組成物であって、
前記化合物Xは、以下一般式(x)で表される化合物を含む、硬化性組成物。
【化1】
一般式(x)中、
Aは、前記官能基Aを表し、
Yは、前記主剤および前記硬化剤の一方または両方と反応して結合形成する基を表し、
Lは、m+n価の連結基を表し、
mおよびnはそれぞれ独立に、1~6の整数を表す。
7.
6.に記載の硬化性組成物であって、
mおよびnがともに1であり、
LにおけるAが直接共有結合している原子を起点として、L中の共有結合のみを辿って、Yが直接共有結合している原子に到着するまでの最短経路中に存在する原子の数が、3~10である、硬化性組成物。
8.
1.~7.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
前記硬化剤が前記開裂性化学結合を含む、硬化性組成物。
9.
1.~8.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
当該硬化性組成物中の、前記開裂性化学結合のモル数をM、前記官能基Aのモル数をm、としたとき、m/Mは0.5~2.0である、硬化性組成物。
10.
1.~9.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
当該硬化性組成物を、90℃で6時間加熱し、さらに140℃で6時間加熱することで得られる第一硬化物に、前記第一硬化物のガラス転移温度よりも10℃低い温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτとし、
前記第一硬化物をさらに180℃で12時間加熱することで得られる第二硬化物に、前記温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτ'としたとき、
τ'/τが1.2以上である、硬化性組成物。
11.
1.~10.のいずれか1つに記載の硬化性組成物であって、
接着剤組成物である、硬化性組成物。
12.
11.に記載の硬化性組成物であって、
構造用接着剤として用いられる、硬化性組成物。
13.
1.~12.のいずれか1つに記載の硬化性組成物の硬化物。
14.
13.に記載の硬化物であって、
前記硬化物中には、前記開裂性化学結合と前記官能基Aとが反応して形成された結合が存在する、硬化物。
15.
被着体と、前記被着体に接合した1.~12.のいずれか1つに記載の硬化性組成物の硬化物と、を備える、物品。
16.
15.に記載の物品であって、
前記硬化物中には、前記開裂性化学結合と前記官能基Aとが反応して形成された結合が存在する、物品。
17.
硬化性組成物であって、
前記硬化性組成物またはその硬化物は、網目構造を有する高分子マトリクスを備え、
第1のトリガーによって前記網目構造の組み換え反応が起こり、
第2のトリガーによって組み替えられた前記網目構造の固定化反応が起こり、
前記固定化反応が不可逆である、硬化性組成物。
18.
17.に記載の硬化性組成物であって、
前記第1のトリガーおよび前記第2のトリガーは熱であり、
前記第2のトリガーは前記第1のトリガーより高温である、硬化性組成物。
19.
17.または18.に記載の硬化性組成物であって、
前記組み換え反応は、前記高分子マトリクス中の、網目構造の網目が相対的に密な部分で起こる、硬化性組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明の硬化性組成物は、接着剤などとして産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】硬化物中で起こりうる化学反応と、それによる硬化物の網目構造の変化について説明するための図である。
【
図2】実施例で得られたサンプルの、固体NMR測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ、詳細に説明する。
図面はあくまで説明用のものである。本発明は図面により限定的に解釈されるものではない。
【0014】
本明細書中、数値範囲の説明における「X~Y」との表記は、特に断らない限り、X以上Y以下のことを表す。例えば、「1~5質量%」とは「1質量%以上5質量%以下」を意味する。
本明細書における「有機基」の語は、特に断りが無い限り、有機化合物から1つ以上の水素原子を除いた原子団のことを意味する。例えば、「1価の有機基」とは、任意の有機化合物から1つの水素原子を除いた原子団のことを表す。
【0015】
<硬化性組成物>
本実施形態の硬化性組成物は、主剤と、硬化剤と、を含む。主剤および硬化剤の一方または両方は、以下[開裂性化学結合の性質]に記載した性質を有する開裂性化学結合を有する。
[開裂性化学結合の性質]
開裂性化学結合が開裂して生成される活性種が、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成可能である。
【0016】
また、本実施形態の硬化性組成物は、以下(1)~(3)の少なくともいずれかを満たす。
(1)硬化性組成物が、主剤および硬化剤とは異なる成分として、1分子中に、(i)主剤および硬化剤の一方または両方と反応して結合を形成する官能基と、(ii)開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aと、を有する化合物Xを含む。
(2)主剤が、
開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
(3)硬化剤が、
開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
【0017】
このような硬化性組成物を硬化させて得られる硬化物が有用である理由は、以下のように説明することができる。なお、以下説明は推測を含み、また、以下説明により本発明は限定されない。
【0018】
本発明者らは、検討の出発点として、前述の、硬化物(高分子マトリクス)中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくするためには、硬化性組成物が含む主剤および硬化剤の一方または両方に、何らかのトリガー(例えば加熱)により開裂可能な化学結合を含ませればよいと考えた。簡単に言うと、特に硬化物中の網目構造が密な部分において、何らかのトリガー(加熱など)により化学結合が開裂すれば、網目の疎密に基づく不均一性は緩和されるのではないかと考えた。
【0019】
上記考えに基づき、本発明者らは、具体的には、前述の開裂性化学結合を有する主剤および/または硬化剤を用いて硬化性組成物を設計することとした。これにより、硬化性組成物が硬化して不均一な網目構造を有する硬化物となったとしても、その硬化物中の、特に網目が密な部分の架橋構造に含まれる開裂性化学結合が開裂して、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性が小さくなるようにした。
特に、網目が密な部分においては、ある開裂性化学結合は、別の開裂性化学結合と近接している可能性が高い。このため、ある開裂性化学結合が開裂して生成される活性種は、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成する可能性が高い。つまり、網目が密な部分においては、単に結合の開裂のみが起こるのではなく、結合の「組み換え」が起こり、結合の数自体は維持される。つまり、局所的に密な網目構造の一部が単に切れるのではなく、局所的に密な網目構造中で、結合の組み換えが起こって、結合の数はそのままに比較的疎な網目構造に変化することができる。つまり、上述の性質を有する開裂性化学結合を採用することにより、結合の数が減って硬化物の強度が低下することを抑えつつ、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくすることが可能である。
一方、網目が疎な部分においては、ある開裂性化学結合は、別の開裂性化学結合と離れて存在している可能性が高い。この場合、ある開裂性化学結合が開裂して活性種が生成したとしても、その活性種は、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と反応できずに、可逆的に元に戻ると考えられる。つまり、もともと網目構造が疎な部分においては、疎な網目構造が実質的に変化せずに維持されると考えられる。
【0020】
上記のように、開裂性化学結合を有する主剤および/または硬化剤を用いることにより、硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくすることができる。
しかし、開裂性化学結合の開裂や再結合は、通常、可逆的である。よって、安定な硬化物を得るためには、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性が小さくなった状態において、網目構造を固定化する必要がある。
【0021】
本発明者らは、上記のような網目構造の固定化のために、硬化性組成物中に、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aを含ませることにした。具体的には、前述のように、硬化性組成物が以下(1)~(3)の少なくともいずれかを満たすようにした。つまり、硬化物の網目構造中に、何らかの形で、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aが導入されるようにした。これにより、開裂性化学結合の開裂や再結合などの可逆的反応が起こらないようにすることができると考えられる。
(1)主剤および硬化剤とは異なる成分として、1分子中に、(i)主剤および硬化剤の一方または両方と反応して結合を形成する官能基と、(ii)開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基Aと、を有する化合物Xを含む。
(2)主剤が、
開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
(3)硬化剤が、
開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基A
を有する。
【0022】
以上、本実施形態の硬化性組成物は、(i)開裂性化学結合を含むことにより、硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくすることができ、そして(ii)官能基Aを含むことにより、不均一性が小さくなった状態のまま、硬化物中の網目構造が固定される(網目構造中の結合の開裂が起こらなくなる)、というメカニズムにより、不均一性が小さく、かつ、熱等に対して安定な網目構造を有する硬化物を得ることができると考えられる。このような硬化物に強い応力がかかったとしても、硬化物はその応力を硬化物全体として均一に受け止めることができるため、硬化物は破壊されにくくなると考えられる。
【0023】
ちなみに、従来の硬化性組成物においては、主として残留応力の低減のため、比較的低温での硬化の後に比較的高温での硬化を行うこと(プレ硬化とポスト硬化)や、組成物を硬化させて硬化物を得た後に、その硬化物にアニール処理を施すことなどが行われていた。これら方法により、網目構造が特に密な部分が構造緩和されるなど、硬化物の網目構造が熱力学的により安定な構造に変化して、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性はある程度は小さくなると考えられる。しかし、これら従来の方法は、原理的に、網目構造中の共有結合の開裂や組み換えを起こすものではない。よって、これら従来の方法による残留応力の低減やそれによる硬化物の性能向上効果は限定的であった。
また、従来、残留応力低減のために、硬化性組成物中に応力緩和剤を含めることがあった。しかし、応力緩和剤の使用は硬化物の架橋密度を低下させて硬化物の強度などを下げることが多かった。
【0024】
これら従来技術に対し、本実施形態においては、網目構造中の共有結合の開裂や組み換えにより、硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を小さくしたうえで網目構造を固定化することができる。よって、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を従来になかったレベルで小さくすることができ、応力緩和剤を用いずとも残留応力を小さくすることができる。これらの理由から、本実施形態においては、従来を超える硬化物の特性向上を期待することができる。
【0025】
本実施形態の硬化性組成物に関する説明を続ける。
【0026】
(開裂性化学結合および官能基A)
前述のとおり、開裂性化学結合とは、以下[開裂性化学結合の性質]に記載の性質を有する化学結合である。この性質により、第一の開裂性化学結合と第二の開裂性化学結合とが反応して、これら2つの化学結合は消失するが、代わりに第三の開裂性化学結合と第四の開裂性化学結合とが生成される。このような反応は結合交換反応と呼ばれることがある。
[開裂性化学結合の性質]
開裂性化学結合が開裂して生成される活性種が、別の開裂性化学結合が開裂して生成される活性種と結合して、再度、開裂性化学結合を形成可能である。
【0027】
開裂性化学結合は、(i)まず化学結合が開裂して活性種が生成し、その後にその活性種が別の活性種と結合する、という逐次的な反応機構によって開裂性化学結合を再度形成可能(結合の組み換えが可能)なものであってもよいし、(ii)化学結合の開裂と、開裂性化学結合の再形成とが実質的に同時進行して結合の組み換えが起こりうるものであってもよい。
開裂性化学結合は、通常、官能基Aが存在しない環境下においては、可逆的に開裂および再結合しうる。
【0028】
官能基Aは、開裂性化学結合を開裂させ、かつ、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成するものである限り、特に限定されない。官能基Aは、好ましくは、開裂性化学結合と不可逆的に反応して化学結合を形成するものである。本実施形態の硬化性組成物において利用可能な官能基Aは、開裂性化学結合の種類により変わりうる。
【0029】
本実施形態の硬化性組成物において、開裂性化学結合はジスルフィド基(-S-S-)であることが好ましく、官能基Aはエチレン性炭素-炭素二重結合であることが好ましい。
過去の知見によれば、ジスルフィド基は、硬化性組成物の熱硬化のために行う加熱の温度条件で、十分に早い速度で開裂したり、結合交換反応を起こしたりする。このため、硬化性組成物の硬化のための加熱とは別に、ジスルフィド基の結合を開裂させたりジスルフィド基の結合交換反応を進行させたりするためのトリガーを、硬化性組成物またはその硬化物に対して与える必要が無い。このことはジスルフィド基を用いることのメリットの1つとなりうる。
また、特に、開裂性化学結合がジスルフィド基であって、官能基Aがエチレン性炭素-炭素二重結合である場合、ジスルフィド基とエチレン性炭素-炭素二重結合の反応は、通常、硬化性組成物の熱硬化のために行う加熱の温度よりも高い温度で進行する。言い換えると、硬化性組成物の熱硬化のために行う加熱の温度では、ジスルフィド基とエチレン性炭素-炭素二重結合の反応による網目構造の固定化は実質的に進行しない。つまり、開裂性化学結合がジスルフィド基である場合に、官能基Aとしてエチレン性炭素-炭素二重結合を採用することにより、開裂性化学結合の開裂および組み換えを十分に行って網目構造の網目の疎密に基づく不均一性を十分に小さくしたうえで、その後に網目構造を固定化することができる。そして、いったん網目構造の固定化反応が起こると、その後網目構造の組み換え反応は起こらない。すなわち、網目構造の組み換えの後の固定化反応は、不可逆反応である。
もちろん、(i)開裂性化学結合の開裂・組み換え等の反応と、(ii)網目構造の固定化反応とが同時的に進行したとしても、これら2つの反応が進行しない場合に比べれば硬化物は強靭化すると考えられる。しかしながら、(i)の反応が十分に進行した後に(ii)の反応が起こることで、硬化物は一層強靭化すると考えられる。
【0030】
参考のため、開裂性化学結合がジスルフィド基であり、官能基Aがエチレン性炭素-炭素二重結合である場合の、推定される反応メカニズムを、硬化物中の網目構造の変化の模式図とともに
図1に示す。
図1中、Rは、硬化物の網目構造中の任意の化学構造を表す。
図1においては、(i)網目構造中のジスルフィド結合が交換反応を起こすことで、網目構造中の特に密な部分が疎になって、局所的な応力集中が緩和されること、また、(ii)その後にジスルフィド結合が二重結合と不可逆的に反応することによって網目構造が固定化されて、硬化物の強度の維持・向上が期待できること、が示されている。
【0031】
開裂性化学結合の別の例として、エステル結合を挙げることができる。例えば、R1-COO-R2とR3-COO-R4がR1-COO-R3とR2-COO-R4となる結合交換反応により、網目構造の網目の疎密に基づく均一性を小さくすることができると考えられる(R1、R2、R3およびR4は、それぞれ独立に、硬化物の網目構造中の任意の化学構造を表す)。このようなエステル交換反応は、通常、可逆的と考えられる。
開裂性化学結合がエステル結合である場合、官能基Aとしては、アミノ基やイソシアネート基などが挙げられる。エステル結合がアミノ基と反応すると安定なアミド結合が形成されて網目構造が安定化すると考えられる。また、エステル結合がイソシアネート基と反応すると安定なウレタン結合が形成されて網目構造が安定化すると考えられる。
【0032】
(主剤)
主剤は、硬化剤と反応して硬化物を形成可能なものである限り特に限定されない。主剤としては熱硬化性樹脂を挙げることができる。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビスマレイミド樹脂、BT樹脂(ビスマレイミド/トリアジン樹脂)、シアネートエステル樹脂、ベンゾキサジン樹脂等が挙げられる。
主剤は、通常、多官能の化合物である。つまり、主剤は、通常は1分子中に2以上の、具体的には1分子中に2~6個の、硬化剤と反応可能な反応性基を有する。
【0033】
硬化性組成物を接着剤組成物として用いるときの良好な接着力の観点や、原材料の入手容易性の観点から、主剤はエポキシ樹脂を含むことが好ましい。
【0034】
本実施形態において、主剤は、以下のいずれかでありうる。
・態様1:硬化剤と反応して架橋構造を形成する反応性基(エポキシ基など)を有するが、開裂性化学結合は有さず、官能基Aも有しない
・態様2:硬化剤と反応して架橋構造を形成する反応性基(エポキシ基など)と、開裂性化学結合は有するが、官能基Aを有しない
・態様3:硬化剤と反応して架橋構造を形成する反応性基(エポキシ基など)と、官能基Aは有するが、開裂性化学結合を有しない
・態様4:硬化剤と反応して架橋構造を形成する反応性基(エポキシ基など)と、官能基Aと、開裂性化学結合のすべてを有する
【0035】
態様1に該当する主剤としては、公知の熱硬化性樹脂、好ましくは公知のエポキシ樹脂を挙げることができる。具体的には、ビスフェノールA型、F型、S型、AD型等のグリシジルエーテル、水素化ビスフェノールAジグリシジルエーテル、フェノールノボラック型のグリシジルエーテル、クレゾールノボラック型のグリシジルエーテル、ビスフェノールA型のノボラック型のグリシジルエーテル、ナフタレン型のグリシジルエーテル、ビフェノール型のグリシジルエーテル、ジヒドロキシペンタジエン型のグリシジルエーテル、トリフェニルメタン型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂などが挙げられる。
また、脂環式エポキシ化合物を挙げることもできる。具体的には、3,4-エポキシシクロヘキシルメチル3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシラート、アジピン酸ビス(3,4-エポキシシクロヘキサン-1-イルメチル)などを挙げることができる。脂環式エポキシ化合物の市販品としては、例えば、ダイセル社製の「セロキサイド」シリーズを挙げることができる。また、脂環式エポキシ化合物はシグマアルドリッチ社からも購入可能である。
さらに、テトラグリシジル-4-4'-ジアミノジフェニルメタンなどの多分岐のエポキシ樹脂も挙げることができる。
【0036】
態様2に該当する主剤としては、例えば以下一般式(a1-1)で表されるものを挙げることができる。
【0037】
【0038】
一般式(a1-1)中、
nは、2以上の整数であり、
Lは、単結合または2価の連結基を表し、
Aは、開裂性化学結合を含むn価の原子団を表す。
【0039】
nは、好ましくは2から6の整数であり、より好ましくは2から4の整数である。
Lの2価の連結基は特に限定されない。Lは、アルキレン基、シクロアルキレン基、アリーレン基、エーテル基、カルボニル基、カルボキシ基(-COOまたは-OCO-)、スルフィド基、これら基から選ばれる2種以上の基を連結して構成される2価の基などであることができる。Lは、例えば炭素数1から10の2価の有機基である。一般式(a1-1)中にはn個のLが存在するが、それらのLは互いに同一であっても異なっていてもよい。
Aが含む開裂性化学結合の例としては、前述の、ジスルフィド結合やエステル結合などが挙げられる。Aは1のみの開裂性化学結合を含んでもよいし、2以上の開裂性化学結合を含んでもよい。
【0040】
態様2に該当する主剤としては、以下一般式(a1-2)で表される、脂環式骨格を含むものも挙げることができる。
【0041】
【0042】
一般式(a1-2)中、n、LおよびAの定義および具体的態様は、一般式(a1-1)と同様である。
【0043】
態様2に該当する主剤としては、以下の公知化合物を例示することができる。以下において、nは1以上である。
【0044】
【0045】
態様3に該当する主剤としては、例えば、態様1に該当する主剤(公知のエポキシ樹脂など)と、後述する化合物Xとを反応させて得られる化合物などであることができる。
【0046】
態様4に該当する主剤としては、例えば、態様2に該当する主剤と、後述する化合物Xとを反応させて得られる化合物などであることができる。
【0047】
(硬化剤)
硬化剤は、主剤と反応して硬化物を形成可能なものである限り特に限定されない。硬化剤としては、硬化性組成物の分野で公知の硬化剤、特に重付加型の硬化剤が好ましく挙げられる。
具体的には、硬化剤としては、アミノ基、カルボキシル基または水酸基を有する化合物が挙げられる。このような硬化剤は、特に、主剤がエポキシ樹脂を含む場合に好ましく用いられる。
特に、硬化性組成物を接着剤組成物として用いる場合の諸特性の最適化の観点では、硬化剤はアミノ基を有する化合物を含むことが好ましい。その他、硬化剤は、酸無水物基を有する化合物、イソシアネート基を有する化合物、チオール基を有する化合物などであってもよい。さらに、硬化剤は、1分子中にフェノール性ヒドロキシ基を複数有するフェノール化合物であってもよい。
硬化剤は、通常、多官能の化合物である。つまり、主剤は、通常は1分子中に2以上の、具体的には1分子中に2~6個の、主剤中の反応性基と反応可能な官能基を有する。
【0048】
本実施形態において、硬化剤は、以下のいずれかでありうる。これらの中では、原材料の入手・合成容易性の観点から、態様2または4のような、硬化剤が開裂性化学結合を含む態様が好ましい。
・態様1:主剤と反応して架橋構造を形成する官能基(アミノ基など)を有するが、開裂性化学結合は有さず、官能基Aも有しない
・態様2:主剤と反応して架橋構造を形成する官能基(アミノ基など)と、開裂性化学結合は有するが、官能基Aを有しない
・態様3:主剤と反応して架橋構造を形成する官能基(アミノ基など)と、官能基Aは有するが、開裂性化学結合を有しない
・態様4:主剤と反応して架橋構造を形成する官能基(アミノ基など)と、官能基Aと、開裂性化学結合のすべてを有する
【0049】
態様1に該当する硬化剤としては、公知の硬化剤を挙げることができる。好ましい硬化剤としては、脂肪族ポリアミン化合物、芳香族ポリアミン化合物および脂環式ポリアミン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種のポリアミン化合物が挙げられる。特に、1級アミノ基を2個以上有するポリアミン化合物が好ましい。
1級アミノ基を2個以上有する脂肪族ポリアミン化合物としては、例えば、エチレンジアミン、1,2-ジアミノプロパン、1,3-ジアミノプロパン、1,3-ジアミノブタン、1,4-ジアミノブタン、ジエチレントリアミン、トリエチレントリアミン、テトラエチレンペンタミン、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、2,4,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン等が挙げられる。
1級アミノ基を2個以上有する芳香族ポリアミン化合物としては、例えば、m-キシリレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン、ジアミノジフェニルスルホン等が挙げられる。
1級アミノ基を2個以上有する脂環式ポリアミン化合物としては、例えば、1,2-ジアミノシクロヘキサン、1,4-ジアミノ-3,6-ジエチルシクロヘキサン、イソホロンジアミン、メンタンジアミン、1,3-ビスアミノシクロヘキサン等が挙げられる。
その他、公知のフェノール系硬化剤、酸無水物系硬化剤、イソシアネート系硬化剤、チオール系硬化剤、などを挙げることができる。
【0050】
また、態様1に該当する硬化剤としては、ポリエーテルアミンも好ましい。ポリエーテルアミンの具体例としては、JEFFAMINE(商標)のシリーズ名で知られているポリエーテルアミンなどを挙げることができる。
【0051】
態様2に該当する硬化剤としては、例えば以下一般式(b1-1)で表されるものを挙げることができる。後掲の実施例で用いているDTAはこれに該当する。
【0052】
【0053】
一般式(b1-1)中、
n、LおよびAの定義および具体例は、一般式(a1-1)と同様であり、
Zは、主剤と反応して架橋構造を形成可能な官能基である。
【0054】
Zの具体例としては、アミノ基、ヒドロキシ基(アルコール性ヒドロキシ基であってもよいし、フェノール性ヒドロキシ基であってもよい)、カルボキシ基、酸無水物基、イソシアネート基、チオール基などを挙げることができる。一般式(b1-1)中にZは複数存在しうるが、複数のZは互いに同じでも異なっていてもよい。
【0055】
態様2に該当する硬化剤として具体的には、後継の実施例で用いているジチオジアニリン(DTA)のほか、以下構造の化合物も挙げることができる。
【0056】
【0057】
態様3に該当する硬化剤としては、例えば、態様1に該当する硬化剤(公知のアミン化合物など)と、後述する化合物Xとを反応させて得られる化合物などであることができる。
【0058】
態様4に該当する主剤としては、例えば、態様2に該当する硬化剤と、後述する化合物Xとを反応させて得られる化合物などであることができる。
【0059】
(化合物X)
主剤および硬化剤の両方が官能基Aを有しない場合には、本実施形態の硬化性組成物は化合物Xを含む。もちろん、主剤および硬化剤の一方または両方が官能基Aを有する場合であっても、本実施形態の硬化性組成物は化合物Xを含んでもよい。
【0060】
化合物Xは、その末端に官能基A(炭素-炭素二重結合など)を有することが好ましい。このような構造の化合物Xを採用することで、硬化物の網目構造中で官能基Aが開裂性化学結合と反応しやすくなることが期待できる。
【0061】
化合物Xは、以下一般式(x)で表される化合物を含むことが好ましい。
【0062】
【0063】
一般式(x)中、
Aは、官能基A、すなわち、開裂性化学結合の開裂により発生した活性種と反応して化学結合を形成する官能基を表し、
Yは、主剤および硬化剤の一方または両方と反応して結合形成する基を表し、
Lは、m+n価の連結基を表し、
mおよびnはそれぞれ独立に、1~6の整数を表す。
【0064】
一般式(x)において、好ましくは、mおよびnはともに1である。
【0065】
一般式(x)において、Yは、好ましくは、主剤における硬化剤と反応して架橋構造を形成する反応性基(エポキシ基など)や、硬化剤における主剤と反応して架橋構造を形成する官能基(アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、酸無水物基、イソシアネート基、チオール基など)であることができる。Yがこれらのうちいずれかの基であることにより、化合物Xは硬化物の網目構造中により組み込まれやすくなる。
【0066】
一般式(x)中、LにおけるAが直接共有結合している原子を起点として、L中の共有結合のみを辿って、Yが直接共有結合している原子に到着するまでの最短経路中に存在する原子の数は、3~10が好ましく、4~8がより好ましい。ここで定義される原子の数は、YとAの間の「長さ」の尺度と捉えることができる。
硬化物中においてはYが網目構造中に組み込まれ、LとYの部分は、開裂性化学結合と官能基Aとが反応する前においてはダングリング鎖として存在する。このダングリング鎖が適度に長いことにより、開裂性化学結合と官能基Aとが遭遇して反応する可能性が高まり、ひいては硬化物がより安定化しうる。また、ダングリング鎖が長すぎないことにより、開裂性化学結合と官能基Aとが反応して固定化される網目構造において、網目構造が疎になりすぎることが防がれて、硬化物の強靭性をより高めうる。
【0067】
(その他成分)
本実施形態の硬化性組成物は、上述した成分以外の任意成分を含んでもよいし、含まなくてもよい。任意成分としては、例えば、熱可塑性エラストマー、難燃剤、消泡剤、界面活性剤、溶剤(典型的には有機溶剤)等が挙げられる。
また、硬化性組成物の用途によっては、硬化性組成物は、フィラー(充填材)を含んでもよいし、含まなくてもよい。フィラーは、有機物であっても無機物であってもよい。また、フィラーの形態は粒子状、繊維状などであることができる。フィラーの具体例としては、熱可塑性樹脂、熱可塑性エラストマー、炭素繊維、セルロース、ポリエチレンポリプロピレン粉、溶融シリカ、結晶シリカ、アルミナ、タルク、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、ガラス繊維、アスベスト繊維、ほう素繊維、石英紛、鉱物性ケイ酸塩、雲母、アスベスト粉、スレート粉等が挙げられる。
【0068】
(配合比率)
上記各成分の配合比率は特に限定されないが、各成分の配合比率を適切に調整することで、硬化物を一層強靭化できたり、硬化性組成物を接着剤組成物として用いる場合の性能向上を図れたり、その他の性能向上を図れたりする場合がある。
【0069】
上述の開裂性化学結合の開裂や架橋構造の固定化の推定メカニズムや、主剤と硬化剤との反応メカニズムを考慮すると、硬化性組成物中の各種原子団のモル比を指標として、各化合物の使用量を決定することが合理的である。
【0070】
具体的には、硬化性組成物中の、(i)主剤が有する、硬化剤と反応して架橋構造を形成可能な反応性基のモル数をMM、(ii)硬化剤が有する、主剤と反応して架橋構造を形成可能な反応性基のモル数をMC、としたとき、MC/MMの値は、好ましくは0.5~2.0、より好ましくは0.7~1.5、さらに好ましくは0.8~1.2である。
【0071】
ただし、主剤が有する反応性基と硬化剤が有する反応性基とが、理論上、1:1とは異なるモル比で反応しうる場合には、上記MC/MMの値は適宜修正されうる。例えば主剤が反応性基としてエポキシ基を有し、硬化剤が反応性基としてアミノ基(-NH2)を有する場合には、1つのアミノ基は2つの活性水素を有し、アミノ基1つに対して2つのエポキシ基が反応可能であることを踏まえ、MC/MMの値は好ましくは0.25~1.0、より好ましくは0.35~0.75、さらに好ましくは0.4~0.6である。
つまり、より一般的には、MM'=MM/m(mは、主剤が有する反応性基1つが反応可能な、硬化剤が有する反応性基の数)、MC'=MC/n(nは、硬化剤が有する反応性基1つが反応可能な、主剤が有する反応性基の数)としたときに、MC'/MM'の値が、上述の、0.5~2.0であることが好ましく、0.7~1.5であることがより好ましく、0.8~1.2であることがさらに好ましい。
【0072】
また、硬化性組成物中の、開裂性化学結合のモル数をM、官能基Aのモル数をm、としたとき、m/Mは0.5~2.0が好ましく、0.7~1.5がより好ましい。既に述べた推定メカニズムを考慮すると、硬化物中に開裂性化学結合と官能基Aは等モルずつ存在することが好ましいと考えられる。つまり、m/Mの値は1またはその前後の値が好ましい。m/Mの値が大きすぎないことにより、最終的な硬化物中の未反応の官能基Aが減るため、硬化物の安定性の一層の向上を図れる可能性もある。
一方、例えば可逆的に反応しうる開裂性化学結合を確実につぶして硬化物の安定性を一層高める観点などからは、硬化物中の官能基Aの量をある程度多くする設計も考えられる。この観点では、m/Mは1.01以上が好ましく、1.01~3.0が好ましく、1.1~2.5がより好ましい。
まとめると、m/Mは通常0.5以上、好ましくは0.5~3.0の間で調整することが好ましい。
【0073】
硬化性組成物中の、開裂性化学結合の量(濃度)は適切に調整されることが好ましい。硬化性組成物が適度に多くの開裂性化学結合を含むことにより、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性がより緩和されやすくなり、応力の局所的集中を一層抑えることができる。一方、硬化性組成物中の開裂性化学結合の量(濃度)が多すぎないことにより、硬化物の一層の安定化を図りうる。
一観点として、硬化性組成物中の、開裂性化学結合を有する主剤の質量をMa1、開裂性化学結合を有しない主剤の質量をMa2、開裂性化学結合を有する硬化剤の質量をMb1、開裂性化学結合を有しない硬化剤の質量をMb2としたとき、(Ma1+Mb1)/(Ma1+Ma2+Mb1+Mb2)の値は、好ましくは0.01~0.8、より好ましくは0.1~0.7である。
別の観点として、硬化性組成物中の、開裂性化学結合を有する主剤のモル数をMa1'、開裂性化学結合を有しない主剤のモル数をMa2'、開裂性化学結合を有する硬化剤のモル数をMb1'、開裂性化学結合を有しない硬化剤のモル数をMb2'としたとき、(Ma1'+Mb1')/(Ma1'+Ma2'+Mb1'+Mb2')の値は、好ましくは0.01~0.8、より好ましくは0.1~0.7である。
【0074】
(硬化物の応力緩和特性)
本実施形態の硬化性組成物の硬化物に歪みを印加したときの応力緩和特性は、従来の硬化性組成物の硬化物の応力緩和特性とは異なりうる。これは、本実施形態の硬化性組成物を用いて、適切な条件で硬化などの処理を行って得られた硬化物は、網目構造の網目の疎密に基づく不均一性が小さくなっており、また、開裂性化学結合と官能基Aとが反応して形成された結合を含むためと考えられる。
【0075】
具体的には、
・硬化性組成物を、90℃で6時間加熱し、さらに140℃で6時間加熱することで得られる第一硬化物に、第一硬化物のガラス転移温度よりも10℃低い温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτ、
・第一硬化物をさらに180℃で12時間加熱することで得られる第二硬化物に、温度Tの下で歪みを印加したときの平均緩和時間をτ'
としたとき、τ'/τは、好ましくは1.2以上、より好ましくは1.2~5.0、さらに好ましくは1.5~3.0である。
【0076】
また、硬化性組成物の組成にもよるが、τそのものの値は、例えば100~1000s、好ましくは200~900s、より好ましくは300~800sである。
【0077】
既に述べたように、従来の硬化性組成物においては、比較的低温での硬化の後に比較的高温での硬化を行うこと(プレ硬化とポスト硬化)や、硬化物にアニール処理を施すことなどの方法により、硬化物中の残留応力の低減を図っていた。しかし、これら従来の方法は、網目構造を根本的に変えるものではなかった。このため、従来の硬化性組成物においては、τ'/τは、1.2未満の値(1に近い値)になると考えられる。
これに対し、本実施形態においては、網目構造中の共有結合の開裂や組み換えおよびその後の固定化により、硬化物中の網目構造を従来に比べて均一な状態としたうえで固定化することが可能である。このようにして得られた硬化物中の歪み(および歪みに起因する残留応力)は小さいため、外力を加えて歪みを生じさせたとき、その歪みは緩和しにくいと考えられる。つまり、本実施形態においては、τ'は比較的大きくなると考えられる。特に、網目構造の固定化により、τ'はτよりも大きくなりうる。
本実施形態における、上記の緩和時間に関する挙動は、従来技術とは異なる本実施形態の特徴を数値として表しているものと言える。
【0078】
念のため述べておくと、本明細書において、「緩和時間」は、応力の大きさが、初期応力(時間t=0)と比べて(1/e)倍となる時間のことである(eは自然対数の底)。実際の測定および解析は、以下手順で行うことができる。
(1)硬化物に歪みを印加した後、一定時間ごとに応力の値を測定して、y軸:応力の大きさ(初期応力=1に規格化した値)、x軸:時間tのプロットを得る。
(2)得られたプロットを、y=exp(-t/τ)の数式で表される曲線で、χ2が最小になるようにフィッティングする。χ2が最小になるτを緩和時間として採用することができる。
(3)上記(2)におけるy=exp(-t/τ)の数式ではフィッティング精度が不十分と考えられる場合には、y=(1-yoffset){φ1exp(-t/τ1)+(1-φ1)exp(-t/τ2)}+yoffsetの数式を用い、χ2が最小になるようにτ1、τ2、φ1およびyoffsetを選んでフィッティングを行う。そして、τave=φ1τ1+(1-φ1)τ2で定義される、重みづけされた平均緩和時間を、緩和時間として採用することができる。
なお、ここに示す手順は、緩和時間の求め方として一般的なものである。そして、ここに示す手順は、市販の測定装置および解析ソフトウェアを用いて、半自動的に行うことができる。
【0079】
ちなみに、第一硬化物のガラス転移温度は、示差走査熱量測定(DSC)を通じて求めることができる。具体的には、第一硬化物を測定対象として、温度範囲30~160℃、昇温速度10℃/分の条件で測定されるDSC曲線のベースラインシフトの中点の温度を、第一硬化物のガラス転移温度として採用することができる。
【0080】
(用途)
本実施形態の硬化性組成物の用途は特に限定されない。本実施形態の硬化性組成物は、成形品の製造、電子デバイスにおける硬化膜の形成、物品同士の接着、物品の塗装などに用いることができる。
特に、本実施形態の硬化性組成物を用いて得られる硬化物は強靭で、外力により破壊されにくい傾向がある。この傾向を考慮すると、本実施形態の硬化性組成物は、接着剤組成物として好ましく用いられる。
とりわけ、本実施形態の硬化性組成物の硬化物においては、硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性が和らいで、局所的な応力集中が緩和されている。このことにより、本実施形態の硬化性組成物は、構造用接着剤、すなわち、ボルト、リベット、溶接などの従来の固定手段の代替物として利用可能な、長時間大きな荷重がかかっても接着特性の低下が少なく信頼性の高い接着剤として利用可能である。特に最近、自動車などのモビリティ分野において、ボルト、リベット、溶接などの従来の固定手段を構造用接着剤で代替する検討が加速していることを踏まえると、構造用接着剤は、本実施形態の硬化性組成物の重要な用途の1つである。
【0081】
<硬化物および物品、これらの製造方法など>
本実施形態の硬化性組成物に、例えば熱を加えることにより、硬化物を得ることができる。
また、本実施形態の硬化性組成物を接着剤組成物として用いることで、被着体と、その被着体に接合した硬化性組成物の硬化物と、を備える物品を得ることができる。
【0082】
硬化性組成物の硬化は、通常、硬化性組成物を加熱することで行う。加熱条件は、通常70~180℃で1~24時間、好ましくは80~160℃で2~18時間とすることができる。この加熱条件は、特に、主剤がエポキシ樹脂を含む場合に好ましく採用される。なお、前述のように、この加熱により、開裂性化学結合(ジスルフィド結合)の開裂および組み換えが進行すると考えられる。架橋反応をおだやかに進行させて硬化物中の応力を低減するため、まず硬化性組成物を比較的低温で加熱し、その後に比較的高温で加熱するという2段階の加熱を行ってもよい。
【0083】
本実施形態の硬化性組成物を接着剤組成物として用いる場合には、硬化性組成物を一対の被着体で挟んだうえで加熱を行えばよい。加熱条件は上記と同様とすることができる。
被着体の材質や形状は特に限定されない。本実施形態の硬化性組成物は、例えば、鉄(ステンレスを含む)やアルミニウムなどの金属部材の接着に好ましく適用可能と考えられる。
【0084】
上記のように、硬化性組成物を硬化させるための加熱により硬化物を得た後、その硬化物を加熱することが好ましい。これにより、硬化物中の開裂性化学結合と官能基Aとが反応して不可逆的に結合が形成され、硬化物中の網目構造が固定化される。ここでの加熱温度は、開裂性化学結合と官能基Aとが反応する限り特に限定されないが、好ましくは上記の硬化の際の加熱温度よりも高く、かつ、硬化物が分解する温度(開裂性化学結合以外の化学結合の実質的分解が起こる温度)よりも低い温度である。具体的には、ここでの加熱温度は、140℃より高く200℃より低いことができ、141~199℃が好ましく、145~195℃がより好ましく、150~190℃がさらに好ましく、160~190℃が特に好ましい。
また、このときの加熱時間は、化学反応の十分な進行とエネルギーコストとの兼ね合いから、例えば1~100時間、好ましくは3~80時間である。
このように、網目構造の組み換え反応を起こすための第1のトリガー、および、組み替えられた網目構造の固定化反応を起こすための第2のトリガーとしては熱を用いることができる。そして、第2のトリガーは第1のトリガーよりも通常は高温である。
【0085】
本実施形態の硬化性組成物の硬化物(硬化物単独であってもよいし、物品が備えている硬化物であってもよい)中には、開裂性化学結合と官能基Aとが反応して形成された結合が存在することが好ましい。前述のように、この結合が存在することにより、網目構造が固定化されて、硬化物がより安定化する。
開裂性化学結合と官能基Aとが反応して形成された結合の存在は、例えば、硬化物の固体NMR測定を通じて知ることができる。
【0086】
<参考形態>
冒頭で述べた、本実施形態の硬化性組成物を硬化させて得られる硬化物有用である推定理由の説明や、その他の説明に基づけば、本実施形態の硬化性組成物は、以下[1]、[2]および[3]のように表現することもできる。
[1]
硬化性組成物であって、
前記硬化性組成物またはその硬化物は、網目構造を有する高分子マトリクスを備え、
第1のトリガーによって前記網目構造の組み換え反応が起こり、
第2のトリガーによって組み替えられた前記網目構造の固定化反応が起こり、
前記固定化反応が不可逆である、硬化性組成物。
[2]
[1]に記載の硬化性組成物であって、
前記第1のトリガーおよび前記第2のトリガーは熱であり、
前記第2のトリガーは前記第1のトリガーより高温である、硬化性組成物。
[3]
[1]または[2]に記載の硬化性組成物であって、
前記組み換え反応は、前記高分子マトリクス中の、網目構造の網目が相対的に密な部分で起こる、硬化性組成物。
【0087】
<硬化性組成物の具体的配合の例示>
硬化性組成物の具体的配合の一例は、後掲の実施例で示すが、ここでは、実施例で挙げたものとは異なる硬化性組成物の具体的配合例を示す。ここで示す配合例においては、主剤が開裂性化学結合を含む。
[配合例]
以下の主剤、硬化剤および化合物Xを、モル比で、主剤:硬化剤:化合物X=4:3:4で配合した硬化性組成物。
主剤:bis(4-glycidyloxyphenyl)disulfide
硬化剤:4,4-diaminodiphenylmethane
化合物X:dec-9-enyl glycidyl ether
【0088】
なお、主剤:硬化剤:化合物X=4:3:4(モル比)の配合比率は、エポキシ基とアミノ基がモル比で2:1となり、かつ、ジスルフィドと二重結合がモル比で1:1になることを考慮して決定している。
【0089】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することができる。また、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれる。
【実施例0090】
本発明の実施態様を、実施例および比較例に基づき詳細に説明する。念のため述べておくと、本発明は実施例のみに限定されない。
【0091】
<原材料の準備>
以下の原材料を準備した。
【0092】
【0093】
<硬化性組成物の調製>
上記原材料を、以下の表1のモル比で混合して硬化性組成物を調製した。具体的には、表1に示される原材料のうち、まず主剤および化合物Xをガラス製の管に入れて、90℃にてスターラーで10分間混合した。その後、硬化剤を加え、10分間攪拌した。このようにして、均一に混合された硬化性組成物を調製した。
【0094】
【0095】
<硬化物(評価用サンプル)の作製>
まず、調製した硬化性組成物を、シリコンシートとアルミ板で自作した鋳型に流し入れた。そして、90℃で6時間加熱し(プレ硬化)、さらに140℃で6時間加熱した(ポスト硬化)。このようにして、直径8mm、厚み0.5mmの円盤状の第一サンプルを得た。
【0096】
その後、室温まで冷却された第一サンプルを、180℃で12時間熱処理した。このようにして、第二サンプルを得た。
【0097】
<測定・評価>
(赤外吸収スペクトル)
各実施例および比較例において、第一サンプルおよび第二サンプルを、フーリエ変換赤外分光測定して赤外吸収スペクトルを得た。そして、得られたスペクトルを分析し、考察した。結果を以下に記載する。
[実施例1]
第一サンプルの赤外吸収スペクトルにおいては、原材料のGEeneに由来すると考えられる炭素-炭素二重結合の吸収(1640cm-1付近)が認められた。これに対し、第二サンプルの赤外吸収スペクトルにおいては、炭素-炭素二重結合の吸収は認められなかった。
これは、上記の180℃で12時間の熱処理により、第一サンプル中に存在していたGEene由来の炭素-炭素二重結合(ダングリング鎖の末端に存在していると考えられる)が、ジスルフィド結合と反応して新たな結合を形成したためと考察される。
[比較例1]
第一サンプルの赤外吸収スペクトルと、第二サンプルの赤外吸収スペクトルの両方においては、原材料のGEeneに由来すると考えられる炭素-炭素二重結合の吸収(1640cm-1付近)が認められた。
比較例1の硬化性組成物およびその硬化物は、ジスルフィド結合を含んでいないため、180℃で12時間の熱処理によっても、GEeneに由来する炭素-炭素二重結合はそのまま残ったと考察される。
[比較例2]
当然のことではあるが、1640cm-1付近に有意な吸収は認められなかった。
【0098】
(硬化物の緩和時間の測定)
実施例1および比較例2について、第一サンプルと第二サンプルの緩和時間をそれぞれ求めた。緩和時間の測定は、実施例1のサンプルの場合は107℃下で、比較例2のサンプルの場合は101℃下で行った。
ちなみに、実施例1の第一サンプルの、示差走査熱量測定(DSC)を通じて求められたガラス転移温度は117℃であったため、緩和時間の測定はそれより10℃低い107℃下で行った。また、比較例2の第一サンプルの、示差走査熱量測定(DSC)を通じて求められたガラス転移温度は111℃であったため、緩和時間の測定はそれより10℃低い101℃下で行った。
(緩和時間は硬化物の温度に大きく依存するため、「硬化物のガラス転移温度よりも10℃低い温度」で緩和時間を測定することで、異なるサンプル同士で緩和時間を比較できるようにしている。)
【0099】
具体的な測定は以下のようにした。
(1)硬化性組成物を用いて、JIS K 6251に規定された7号のダンベル形状のサンプルを作製した。このサンプルは、形状が異なる以外は、上記<硬化物(評価用サンプル)の作製>と同様の処理条件(特に、加熱条件)で作製した。
(2)サンプルを、テンシロン万能材料試験機RTI-1310(株式会社エー・アンド・デイ製)のチャックに挟んだ。そして、サンプルが上記の温度(硬化物のガラス転移温度よりも10℃低い温度)となるように30分間等温で保持した。
(3)サンプルに歪みを加えた。歪みの大きさは1.4~1.7%とした。ちなみに、歪みは、通常、(初期長からの伸び/初期長)×100(%)で定義される。
(4)サンプルに歪みを加えた時間をt=0として、一定時間ごとに応力の値を測定して、y軸:応力の大きさ(初期応力=1に規格化した値)、x軸:時間tのプロットを得た。
(5)WaveMetrics社のグラフ処理ソフトIgor Proを用い、得られたプロットについて、y=(1-yoffset){φ1exp(-t/τ1)+(1-φ1)exp(-t/τ2)}+yoffsetの数式によりフィッティングした。そして、τave=φ1τ1+(1-φ1)τ2で定義される、重みづけされた平均緩和時間を、緩和時間として採用した。
緩和時間の測定結果を表2に示す。
【0100】
【0101】
表2に示されるとおり、実施例1においては、第一サンプルを180℃で12時間熱処理することで、緩和時間は大幅に大きくなった。この結果は、ひとつには、熱処理により、第一サンプル中に存在していたGEene由来の炭素-炭素二重結合が、ジスルフィド結合と反応して新たな結合を形成したことを表していると考えられる。
【0102】
(固体NMR測定)
第一サンプルを熱処理することにより、炭素-炭素二重結合とジスルフィド結合が反応して結合が形成したことを直接的に確認するため、固体NMR測定を行った。具体的には以下のようにした。
まず、実施例1の硬化性組成物を用い、形状を円盤状ではなくペレット状とした以外は、上記<硬化物(評価用サンプル)の作製>と同様にして、固体NMR測定用の第一サンプルおよび第二サンプルを作製した。そして、それぞれのサンプルを、ラボネクト株式会社から販売されている強力製粉機を用いて粉末化した。
粉末化した各サンプルを、固体NMR測定用セルに充填した。このセルを、日本電子社の固体高分解能核磁気共鳴装置JNM-ECA400にセットした。そして、DDMAS(dipolar decoupling magic angle spinning)法により、13C-NMRスペクトルを得た。
【0103】
得られたスペクトルを、炭素原子の帰属とともに
図2に示す。
図2に示されるとおり、第二サンプルにおいては、第一サンプルでは観測されない90ppm付近に新たなピークcが観測された。このピークcは、炭素-炭素二重結合とジスルフィド結合が反応して形成されたC-S結合に隣接するベンゼン環の炭素原子に対応している。つまり、固体NMR測定を通じて、第一サンプルを熱処理することにより炭素-炭素二重結合がジスルフィド結合と反応して新たな結合を形成したことが、直接的に確認された。
【0104】
(まとめ)
以上のように、適切な材料を用いて調製した硬化性組成物を用いて、開裂性化学結合(好ましくはジスルフィド結合)と官能基A(好ましくは炭素-炭素二重結合)が含まれる硬化物を作製することができた。また、その硬化物を熱処理することで、開裂性化学結合と官能基Aとを反応させて化学結合を形成し、硬化物の網目構造を固定化することができた。
このようにして最終的に得られた硬化物中の網目構造の網目の疎密に基づく不均一性は小さく、そして硬化物中の残留応力は低減されていると考えられる。また、最終的に得られた硬化物は、熱的・化学的に安定と考えられる。これらのことを踏まえると、本実施形態の硬化性組成物を用いることで、従来よりも強靭で、外力により破壊されにくい硬化物を作製可能といえる。よって、本実施形態の硬化性組成物は、接着剤などとして産業上有用でありうる。