(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162294
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】プレス成形シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/00 20060101AFI20241114BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20241114BHJP
G06F 113/22 20200101ALN20241114BHJP
【FI】
B21D22/00
G06F30/23
G06F113:22
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077665
(22)【出願日】2023-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】田上 裕之
(72)【発明者】
【氏名】長崎 修司
(72)【発明者】
【氏名】大岡 数則
(72)【発明者】
【氏名】田中 康治
(72)【発明者】
【氏名】小川 操
(72)【発明者】
【氏名】名取 純希
【テーマコード(参考)】
4E137
5B146
【Fターム(参考)】
4E137AA02
4E137AA19
4E137AA21
4E137BA01
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137CB01
4E137EA01
4E137GA15
4E137GB03
5B146AA06
5B146DC04
5B146DJ02
5B146DJ07
(57)【要約】
【課題】計算時間の増大を抑制しかつ解析精度を向上できるプレス成形シミュレーション方法を提供する。
【解決手段】スライド110、ボルスター120及びベッド130を備えるプレス機100により成形品を成形するためのプレス成形シミュレーション方法であって、たわみ測定工程と、金型モデル化工程と、プレス機モデル化工程と、プレス機モデル化工程で作成した弾性体モデルを複数の領域に分割し、各領域の剛性パラメータを調整し、たわみ測定工程で得られた測定たわみ量を再現するプレス機モデル最適化工程と、金型モデル化工程と、プレス機モデル最適化工程の結果に基づきプレス成形のシミュレーションを実施するプレス成形シミュレーション工程と、を含むことを特徴とするプレス成形シミュレーション方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライド、ボルスター及びベッドを備えるプレス機により成形品を成形するためのプレス成形シミュレーション方法であって、
前記プレス機に任意の金型を設置して任意の荷重を付与し、前記ボルスター及び前記スライドのいずれか又は両方に生じるたわみ量を測定して測定たわみ量を得るたわみ測定工程と、
前記金型を弾性体モデルにモデル化する金型モデル化工程と、
前記プレス機のスライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つを、簡略化されかつ複数の要素から構成される弾性体モデルにモデル化するプレス機モデル化工程と、
前記プレス機モデル化工程で作成した弾性体モデルを複数の領域に分割し、各領域の剛性パラメータを調整し、前記たわみ測定工程で得られた測定たわみ量を再現するプレス機モデル最適化工程と、
前記金型モデル化工程と、前記プレス機モデル最適化工程の結果に基づきプレス成形のシミュレーションを実施するプレス成形シミュレーション工程と、
を含む
ことを特徴とするプレス成形シミュレーション方法。
【請求項2】
前記剛性パラメータは縦弾性係数である
ことを特徴とする前記請求項1に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【請求項3】
前記剛性パラメータはプレス方向における厚みである
ことを特徴とする前記請求項1に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【請求項4】
前記プレス機モデル最適化工程において、前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量及び/又は前記スライドの金型設置面の計算たわみ量を算出し、
前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記スライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
前記ボルスターの金型設置面及び前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスター及び前記スライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における前記計算たわみ量と前記測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、前記たわみ量の差が最小になるように、スライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つについて、前記領域毎の前記縦弾性係数を調整し、前記測定たわみ量を再現する
ことを特徴とする前記請求項2に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【請求項5】
前記プレス機モデル最適化工程において、前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量及び/又は前記スライドの金型設置面の計算たわみ量を算出し、
前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記スライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
前記ボルスターの金型設置面及び前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスター及び前記スライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における前記計算たわみ量と前記測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、前記たわみ量の差が最小になるように、スライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つ以上について、前記領域毎の前記厚みを調整し前記測定たわみ量を再現する
ことを特徴とする前記請求項3に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【請求項6】
前記各節点における前記たわみ量の差の絶対値の平均値が最小となるように最適化計算を実施する
ことを特徴とする請求項4又は5に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【請求項7】
前記各節点における前記たわみ量の差が最小二乗平均値となるように最適化計算を実施する
ことを特徴とする請求項4又は5に記載のプレス成形シミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車骨格部品のようなプレス成形部品の分野では、軽量化のニーズにより、高強度材の適用による薄肉化が進んでいる。自動車骨格部品への高強度材の適用化には、CAE(Computer Aided Engineering)によるプレス成形シミュレーションを用いた検討を行うことが必要不可欠である。一般的なプレス成形シミュレーション(以下、一般的なプレス成形シミュレーション方法を従来手法1とする。)では、金型を剛体と仮定し、被加工材と接触する金型のダイフェース面のみをシェル要素として解析モデルを構築すること、及びプレス成形時のストローク速度を実現象よりも早める加速計算を行うことで計算時間の短縮を図ってきた。
【0003】
一方、被加工材の高強度化に伴い、プレス成形時の変形抵抗が大きくなり、金型やプレス機のたわみが増加することによって、金型やプレス機を剛体と仮定する従来手法1においては解析精度の低下が課題となってきている。金型やプレス機のたわみを考慮した計算を行うには、金型やプレス機の全体を変形可能な弾性体であるソリッド要素として解析モデルの構築を行う必要が生じていた。(以下、金型およびプレス機全体を弾性体としてモデル化するプレス成形シミュレーション方法を従来手法2とする。)
しかしながら、金型およびプレス機全体を解析モデルに追加することで、モデル構築時間が極めて大きくなるため、計算時間の非現実的な増大、場合によっては計算不能となるという問題があった。
【0004】
上記のような従来手法1ないし2の課題を解決するため、特許文献1に開示されるような「プレス成形解析を従来手法1の手法で解くステップ」と「金型のたわみ(剛性)解析を弾性体ソリッド要素で静的に解くステップ」に分けて計算する方法が試みられている。
しかしながら、特許文献1に開示されるようなプレス成形と金型たわみとを分ける解析方法においても、現実的なモデル構築時間の観点から、金型までの解析モデル化に留まる。また、プレス成形と金型たわみとを分けて計算するため、金型やプレス機のたわみを動的に考慮することができず、解析精度としては不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特開2005-138120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、計算時間の増大を抑制しかつ解析精度を向上できるプレス成形シミュレーション方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明の一態様に係るプレス成形シミュレーション方法は、
スライド、ボルスター及びベッドを備えるプレス機により成形品を成形するためのプレス成形シミュレーション方法であって、
前記プレス機に任意の金型を設置して任意の荷重を付与し、前記ボルスター及び前記スライドのいずれか又は両方に生じるたわみ量を測定して測定たわみ量を得るたわみ測定工程と、
前記金型を弾性体モデルにモデル化する金型モデル化工程と、
前記プレス機のスライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つを、簡略化されかつ複数の要素から構成される弾性体モデルにモデル化するプレス機モデル化工程と、
前記プレス機モデル化工程で作成した弾性体モデルを複数の領域に分割し、各領域の剛性パラメータを調整し、前記たわみ測定工程で得られた測定たわみ量を再現するプレス機モデル最適化工程と、
前記金型モデル化工程と、前記プレス機モデル最適化工程の結果に基づきプレス成形のシミュレーションを実施するプレス成形シミュレーション工程と、
を含むことを特徴とする。
(2)上記(1)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記剛性パラメータは縦弾性係数であってもよい。
(3)上記(1)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記剛性パラメータはプレス方向における厚みであってもよい。
(4)上記(2)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記プレス機モデル最適化工程において、前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量及び/又は前記スライドの金型設置面の計算たわみ量を算出し、
前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記スライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
前記ボルスターの金型設置面及び前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスター及び前記スライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における前記計算たわみ量と前記測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、前記たわみ量の差が最小になるように、スライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つについて、前記領域毎の前記縦弾性係数を調整し、前記測定たわみ量を再現してもよい。
(5)上記(3)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記プレス機モデル最適化工程において、前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量及び/又は前記スライドの金型設置面の計算たわみ量を算出し、
前記ボルスターの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記スライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
前記ボルスターの金型設置面及び前記スライドの金型設置面の計算たわみ量と前記ボルスター及び前記スライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における前記計算たわみ量と前記測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、前記たわみ量の差が最小になるように、スライド、ボルスター、ベッドの内、少なくとも1つ以上について、前記領域毎の前記厚みを調整し前記測定たわみ量を再現してもよい。
(6)上記(4)又は(5)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記各節点における前記たわみ量の差の絶対値の平均値が最小となるように最適化計算を実施してもよい。
(7)上記(4)又は(5)に記載のプレス成形シミュレーション方法では、
前記各節点における前記たわみ量の差が最小二乗平均値となるように最適化計算を実施してもよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係るプレス成形シミュレーション方法によれば、計算時間の増大を抑制しかつ解析精度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に係るプレス機の一例を示す概略的な側面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るプレス成形シミュレーション方法を説明するためのフローチャートである。
【
図3】本発明の実施形態に係るプレス機の構成要素を示す概略的な斜視図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係るプレス機の構成要素をモデル化した状態を説明するための概略的な斜視図である。
【
図5】複数の要素から構成される弾性体モデルを説明するための図であって弾性体モデルの斜視図である。
【
図6】複数の領域に分割された弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図7】他の分割方法により複数の領域に分割された弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図8】他の分割方法により複数の領域に分割された弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図9】他の分割方法により複数の領域に分割された弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図10】複数の領域に分割された弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図11】測定たわみ量を再現するための最適化計算の一例を説明するためのグラフである。
【
図12】プレス方向に厚みを変化させた弾性体モデルを説明するための斜視図である。
【
図13】実施例に用いたプレス成形品の概略的な図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、金型およびプレス機のたわみを考慮して解析精度を向上させつつ、計算時間の増大を抑制するため、金型と金型が接触するプレス機の一部を代替モデルとして簡略化したプレス成形シミュレーション方法を考案するに至った。
本発明は、自動車用部品や家電部品等を鋼板からプレス成形して得られたプレス成形品について、成形反力による金型やプレス機のたわみが、スプリングバックの原因となるプレスの残留応力に及ぼす原因を、高速かつ高精度に分析するためのプレス成形シミュレーション方法に関する。
【0011】
以下に、本発明のプレス成形シミュレーション方法について、その実施形態を説明する。
【0012】
[プレス機]
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法は、
図1に示すようなプレス機100により成形品を成形するためのプレス成形シミュレーション方法である。プレス機100は、少なくとも、スライド110、ボルスター120及びベッド130を備えている。
【0013】
プレス機100は、被加工材wをプレスするための上型101及び下型102を備えている。上型101と下型102は、プレス方向Pに沿って配置されている。上型101のプレス面101aと下型102のプレス面102aは互いに対向している。
プレス方向Pに平行な方向に上型101と下型102とが相対移動することで被加工材wをプレス成形する。生産性などを考慮すると、プレス方向Pは、例えば鉛直方向に平行であるが、プレス方向Pは水平方向又はその他の方向と平行であってもよい。
【0014】
スライド110は、上型101に接続されかつ、クラウン103やシリンダ104などを介してプレス機100に接続されている。スライド110と上型101とは、スライド110の金型設置面110aと上型101のプレス面101aとは反対側の面とが向き合うように、互いに接続されている。
図1のプレス機100では、スライド110と上型101とがプレス方向Pに移動可能に設けられている。
【0015】
ボルスター120は、下型102に接続されかつ、ベッド130を介してプレス機100に接続されている。ボルスター120と下型102とは、ボルスター120の金型設置面120aと下型102のプレス面102aとは反対側の面とが向き合うように、互いに接続されている。
ボルスター120とベッド130とは、ボルスター120と下型102とが接続される面とは反対側の面で互いに接続されている。ボルスター120とベッド130とは、ダイクッション(図示せず)、クッションピン(図示せず)を介して接続されていてもよい。
【0016】
クラウン103とベッド130とは、サイドフレーム105、ダイロッド(図示せず)などを介して、プレス方向Pに沿って接続されている。
【0017】
プレス機100の形態は特に限定されず、一般的に鋼板などの金属板のプレス成形に用いられるプレス機であってよい。
図1のプレス機100では、スライド110と上型101とがプレス方向Pに移動可能に設けられているが、ボルスター120と下型102とがプレス方向Pに移動可能とされてもよい。
【0018】
[プレス成形シミュレーション方法]
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、少なくとも、たわみ測定工程(S1)、金型モデル化工程(S2)、プレス機モデル化工程(S3)、プレス機モデル最適化工程(S4)及びプレス成形シミュレーション工程(S5)を含む。
【0019】
たわみ測定工程(S1)、金型モデル化工程(S2)及びプレス機モデル化工程(S3)の順序は問わないが、たわみ測定工程(S1)、金型モデル化工程(S2)及びプレス機モデル化工程(S3)を実施した後に、プレス機モデル最適化工程(S4)とプレス成形シミュレーション工程(S5)とを順次実施する。
図2に、本実施形態のプレス成形シミュレーション方法のフローチャートを示す。
【0020】
<たわみ測定工程(S1)>
たわみ測定工程(S1)では、プレス機100に任意の金型を設置して任意の荷重を付与し、ボルスター120及びスライド110のいずれか、又はボルスター120及びスライド110の両方に生じるたわみ量を測定する。
【0021】
たわみ測定工程(S1)で実際に測定を実施して得られるたわみ量を、測定たわみ量と称する。プレス機100は、プレス成形シミュレーションの対象となるプレス機である。
【0022】
任意の金型とは、実際のプレス成形に用いる金型を模した金型であり、金型に接続されたスライド110又はボルスター120に生じるたわみ量を測定可能な測定手段を備えている。この金型を測定用金型とも称する。測定用金型は、上述の上型101及び下型102に対応する上型及び下型に分かれている。
スライド110に生じるたわみ量は、上型101に対応する金型に測定手段が設けられることで測定できる。ボルスター120に生じるたわみ量は、下型102に対応する金型に測定手段が設けられることで測定できる。
【0023】
測定手段の例としては、レーザ変位計、渦電流式センサー、接触式リニアゲージなどが挙げられる。たわみ量の測定手段としてレーザ変位計を用いる場合、例えば、金型の内部にプレス方向Pに垂直な面内において等間隔にレーザ変位計を配置してもよい。レーザ変位計の数や間隔は特に限定されないが、たわみ量を正確に表現(グラフ化)するための精度の観点から、ボルスター長さ/T溝、クッションピンピッチ(数)、T溝ピッチまたはクッションピンピッチ(間隔)であることが好ましい。
【0024】
あるいは、任意の金型とは、実際のプレス成形に用いる金型であってもよい。この金型に上述の測定手段を取り付けることで、金型に接続されたスライド110又はボルスター120に生じるたわみ量を測定してもよい。
【0025】
スライド110に生じるたわみ量又はボルスター120に生じるたわみ量とは、プレス機100を用いたプレス成形に際し、被加工材wから受ける反力によるスライド110又はボルスター120の変形量を意味する。
【0026】
このような構成により、スライド110又はボルスター120の各部位における変形量を測定することができる。測定用金型に任意の荷重を付与した際の、プレス方向Pにおけるスライド110又はボルスター120の各部位における変形量を、これらの部位の測定たわみ量とする。
任意の荷重は、プレス成形に必要な成形荷重又はプレス機能力の最大荷重と同じであってもよい。
【0027】
<金型モデル化工程(S2)>
金型モデル化工程(S2)では、たわみ測定工程(S1)で用いた金型を弾性体モデルにモデル化する。
【0028】
より具体的には、たわみ測定工程で用いた金型のCADデータからソリッド有限要素でモデルを構築するという操作をする。
【0029】
<プレス機モデル化工程(S3)>
プレス機モデル化工程(S3)では、プレス機100のスライド110、ボルスター120、ベッド130の内、少なくとも1つを、簡略化されかつ複数の要素から構成される弾性体モデルにモデル化する。
プレス機モデル化工程(S3)でモデルの対象とするのは、プレス機100の構成要素である、スライド110、ボルスター120又はベッド130のいずれか、あるいはこれらの組み合わせである。
【0030】
簡略化された弾性体モデルとは、実際のスライド110、ボルスター120又はベッド130を模したモデルを意味する。現実的には、プレス成形に用いられる金型やプレス機の構成要素を解析モデル化すると、モデル構築時間が極めて大きくなるという問題がある。また、現実的には、特にプレス機の構造や詳細な形状といった情報を得ることは難しい。
【0031】
例えば、実際には
図3のような形状を有する、スライド110、ボルスター120及びベッド130は、
図4に示すような弾性体モデル(スライドの弾性体モデル110m、ボルスターの弾性体モデル120m及びベッドの弾性体モデル130m)にそれぞれモデル化される。このような簡略化された弾性体モデルを採用することで、モデル構築時間の短縮化を図ることができる。
【0032】
スライド110、ボルスター120又はベッド130の各構成要素は、
図5に示すような、複数の要素eから構成される弾性体モデルMにモデル化する。モデルを構成する要素は、3次元の立体形状をしたソリッド要素であってもよい。要素eの大きさは特に限定されないが、解析精度の観点から、測定たわみ量の測定点の間隔より細かくすることが好ましく、要素eの数はこの測定点より多いことが好ましい。モデルを構成する要素は、厚みを持たないシェル要素であってもよい。シェル要素を採用する場合、たわみ量が小さい構成要素を剛体モデルとして採用する。
なお、弾性体モデルMを構成する要素eは、スライド110、ボルスター120又はベッド130毎に大きさや数が異なっていてもよい。また、例えばスライド110内でも部位によって要素eの大きさや数が異なっていてもよい。
【0033】
<プレス機モデル最適化工程(S4)>
プレス機モデル最適化工程(S4)では、プレス機モデル化工程(S3)で作成した弾性体モデルを複数の領域に分割し、各領域の剛性パラメータを調整し、たわみ測定工程(S1)で得られた測定たわみ量を再現する。
【0034】
弾性体モデルMを複数の領域に分割するとは、
図6に示すように、上述の各要素eを同じ領域(A、B、C)に属するグループに分けることを意味する。
図6では、同じ領域に属する要素が同じ色で表現されている。
【0035】
例えば、ボルスター120を板状のモデルにモデル化した場合、
図7のように、プレス方向Pにのみ領域を分割してもよい(領域A、領域B、領域C)。あるいは、
図8のように、プレス方向Pとプレス方向Pに垂直な方向に領域を分割してもよい(領域A、領域B、領域C、領域D、領域E、領域F)。あるいは、
図9のように、プレス方向Pに垂直な方向に領域を分割してもよい(領域A、領域B)。
【0036】
また例えば、内部に空間がある
図10のようなモデルも、複数の領域に分割できる(領域A、領域B、領域C、領域D、領域E、領域F、領域G、領域H)。
図10は、内部にダイクッションなどを備える、ベッド130をモデル化した例である。
【0037】
複数の領域に分割する際には、スライド、ボルスターの剛性を考慮して、中央部(T溝やクッションピンの穴がある場合は比較的剛性が低い)と端部(何もないため比較的剛性が高い)の情報に基づいて、分割を行う。
【0038】
剛性パラメータとは、スライド110、ボルスター120又はベッド130について、各要素あるいは各領域における、最適化計算において調整可能なパラメータを意味する。
【0039】
図11を用いて、測定たわみ量を再現するための最適化計算の一例を示す。
図11のグラフには、プレス方向Pに平行な任意の断面におけるプレス機の構成要素(ボルスター)の各たわみ量が記載されている。各たわみ量とは、測定たわみ量、剛性パラメータ調整前のたわみ量(最適化前)及び剛性パラメータ調整後のたわみ量(最適化後)である。
図11のグラフの縦軸はたわみ量、横軸はプレス方向Pに垂直な方向における位置を示している。
図11の例では、対象とする断面はボルスターの中心を通るようにしている。任意の荷重が付与された場合、被加工材から受ける反力により、
図11に示すように、主にボルスター(あるいはプレス機の他の構成要素)の中央部にたわみが生じる。
図11の例では、剛性パラメータ調整前のたわみ量が測定たわみ量とかい離しているため、剛性パラメータを調整する最適化計算によって計算上のたわみ量を測定たわみ量に近づけている。
【0040】
上述したような各領域の剛性パラメータを調整することで、たわみ測定工程(S1)における測定たわみ量を再現する。プレス機モデル最適化工程(S4)で再現されるたわみ量を、各部位における計算たわみ量と称する。
【0041】
上述のように、簡略化された弾性体モデルを採用することで、モデル構築時間の短縮化を図ることができるが、一方、解析精度が担保されにくいという問題も生じる。しかし、本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、プレス機モデル最適化工程(S4)において複数の領域の剛性パラメータをそれぞれ調整することで、たわみ測定工程(S1)で得られた測定たわみ量を再現することにより、解析精度を向上させることができる。
【0042】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、剛性パラメータは縦弾性係数(ヤング係数とも称する)であってもよい。
【0043】
縦弾性係数は、スライド110、ボルスター120又はベッド130の各要素あるいは各領域における、計算上の縦弾性係数を意味する。
【0044】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、プレス機モデル最適化工程(S4)において、ボルスター120の金型設置面120aの計算たわみ量及び/又はスライド110の金型設置面110aの計算たわみ量を算出し、
ボルスター120の金型設置面120aの計算たわみ量とボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
スライド110の金型設置面110aの計算たわみ量とスライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
ボルスター120の金型設置面120a及びスライド110の金型設置面110aの計算たわみ量とボルスター及びスライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における計算たわみ量と測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、たわみ量の差が最小になるように、スライド110、ボルスター120、ベッド130の内、少なくとも1つについて、領域毎の縦弾性係数を調整し、測定たわみ量を再現してもよい。
【0045】
ボルスター120及び/又はスライド110の計算たわみ量とは、上述したように、金型モデル化工程(S2)とプレス機モデル化工程(S3)のモデルで構築したモデルのシミュレーション結果から得られた計算上のたわみ量である。
【0046】
スライド110のみ、ボルスター120のみ、又は、ボルスター120及びスライド110について、上述のような計算たわみ量と測定用金型で測定したたわみ量(測定たわみ量と称する)とを比較する。
【0047】
そして、プレス機モデル最適化工程(S4)において、最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における計算たわみ量と測定したたわみ量とのたわみ量の差を算出する。
ここで、有限要素モデルとは、数値解析手法である有限要素法(Finite Element Method)において、対象を微小で単純な要素の集合体と見做し、各要素に分割して要素毎の解析を行い、全体の挙動の近似値を求めるための解析に用いられるモデルである。有限要素モデルにおける要素と、プレス機モデル化工程(S3)における要素とは異なる。
【0048】
有限要素モデルの各節点とは、有限要素モデルの各要素の境界上の点を意味する。
なお、たわみ測定工程(S1)において測定用金型によって測定たわみ量が得られる部位(例えば、測定手段の設置箇所)は、有限要素モデルの各節点とは異なる。そのため、測定たわみ量を金型設置面110a又は120aの全面にデータ処理(内挿あるいは外挿)することで、有限要素モデルの各節点における計算たわみ量と測定たわみ量を比較した結果が得られる。
【0049】
この最適化計算において、上述のような計算たわみ量と測定たわみ量との差(たわみ量の差と称する)が最小になるように、スライド110、ボルスター120、ベッド130の内、少なくとも1つについて、領域毎の剛性パラメータである縦弾性係数を調整することで、測定たわみ量を再現する。
剛性パラメータを縦弾性係数とすることにより、曲げ剛性を容易に表現できるという効果が得られるため、より好ましい。
【0050】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、剛性パラメータはプレス方向における厚みであってもよい。
【0051】
プレス方向における厚みとは、スライド110、ボルスター120又はベッド130の各領域における、プレス方向Pの厚みを意味する。プレス機100の構成要素であるスライド110、ボルスター120又はベッド130の各領域について、プレス方向Pにおける厚みを変化させることで、これらプレス機100の構成要素の一部がプレス方向Pにおいて変化する。
図12に、ベッド130について、各領域におけるプレス方向Pの厚みを変化させた弾性体モデルMを例示する。
図12の例では、複数の領域毎にプレス方向Pにおける厚みが異なることがわかる。例えば、測定たわみ量を再現するために、ある領域のプレス方向Pにおける厚みを変化させることで、元々平坦な箇所が凹むように計算される。なお、プレス方向Pに複数の要素で分割されている場合には、それら要素毎の厚みの合算値が、その範囲でのプレス機100の構成要素の厚みとなる。
【0052】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、プレス機モデル最適化工程(S4)において、ボルスター120の金型設置面120aの計算たわみ量及び/又はスライド110の金型設置面110aの計算たわみ量を算出し、
ボルスター120の金型設置面120aの計算たわみ量とボルスターの測定たわみ量とを比較するか、
スライド110の金型設置面110aの計算たわみ量とスライドの測定たわみ量とを比較するか、又は
ボルスター120の金型設置面120a及びスライド110の金型設置面110aの計算たわみ量とボルスター及びスライドの測定たわみ量とを比較して、
最適化計算を行うための有限要素モデルの各節点における計算たわみ量と測定たわみ量とのたわみ量の差を算出し、たわみ量の差が最小になるように、スライド110、ボルスター120、ベッド130の内、少なくとも1つ以上について、領域毎の厚みを調整し、測定たわみ量を再現してもよい。
【0053】
上記の最適化計算において、たわみ量の差が最小になるように、スライド110、ボルスター120、ベッド130の内、少なくとも1つについて、領域毎の剛性パラメータである厚みを調整することで、測定たわみ量を再現する。
剛性パラメータをプレス方向における厚みとすることにより、曲げ剛性を表現できるという効果が得られるため、より好ましい。
【0054】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、有限要素モデルの各節点におけるたわみ量の差の絶対値の平均値が最小となるように最適化計算を実施してもよい。
【0055】
たわみ量の差の絶対値とは、各節点における計算たわみ量と測定たわみ量との差の絶対値である。このような、各節点におけるたわみ量の差の絶対値の平均値が最小となるように最適化計算を行うことで、データの平均値との差を知ることができるという効果が得られるため、より好ましい。
【0056】
有限要素モデルの各節点におけるたわみ量の差の絶対値の平均値は、接点をa、b、c...nとし、計算たわみ量をZn、測定たわみ量をZn’としたときに、下記の式(A)で表すことができる。
【0057】
たわみ量の差の絶対値の平均値=(|Za-Za’|+|Zb-Zb’|+|Zc-Zc’|+・・・+|Zn-Zn’|)/n ・・・式(A)
【0058】
本実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、有限要素モデルの各節点におけるたわみ量の差が最小二乗平均値となるように最適化計算を実施してもよい。
【0059】
最小二乗平均値は、次のように求める。
各節点における計算たわみ量と測定たわみ量との差をたわみ量の差として算出し、各節点におけるたわみ量の差の平方(2乗)を足し合わせた値が最小となるように、他の要素(差を算出した他の点)を推定して求められる平均値を最小二乗平均値とする。
【0060】
これにより、最小二乗法により求められた直線から推定して求めることができるという効果が得られるため、より好ましい。
【0061】
<プレス成形シミュレーション工程(S5)>
プレス成形シミュレーション工程(S5)では、プレス機モデル最適化工程(S4)の結果に基づき、実際にプレスする部品の金型をモデル化して、プレス成形のシミュレーションを実施する。
【0062】
より具体的には、実部品のプレス成形解析での金型たわみとプレス機のたわみ解析を同時に行うという操作をする。
【0063】
上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法では、プレス機のたわみを考慮して解析精度を向上するため、プレス機全体の解析モデルの構築において、金型と、金型が接触するプレス機の一部を代替モデルで置換をして計算をすることにより、金型およびプレス機のたわみを考慮して計算時間の増大の抑制、解析精度の向上が可能となる。
【0064】
上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法は、上述の各モデル化と最適化を実施可能なプログラムと実施されてもよい。また、上述の各モデル化と最適化を実施可能なプログラムは、コンピュータ等で読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。
【0065】
上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法によって得られるシミュレーション結果を用いて、プレス成形品を製造してもよい。
このようなプレス成形品は、自動車用部品に好ましく利用することができる。自動車用部品の例としては、Aピラー、Bピラー、ルーフレール、サイドシル、フロアクロスメンバー、バンパー、クラッシュボックス、インパネリンフォース、シートフレーム、バッテリーケース等が挙げられる。これらの部品のプレス成形に際し、上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法を適用することにより、計算時間の増大を抑制しかつ解析精度を向上でき、生産性に優れた製品を製造することができる。
【0066】
上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法によって得られるシミュレーション結果を用いて製造されるプレス成形品は、家電部品であってもよい。
【実施例0067】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0068】
引張強さ1470MPa、厚み1.0mmの鋼板を被加工材として、プレス機を用いて、
図13に示すような形状のプレス成形品にプレス成形するプレス成形シミュレーションを実施した。
図13は、自動車のルーフ部材であり、断面形状が、高さ20mm、幅205mmであり、長さ900mmの長尺の部材である。
【0069】
比較例1では、上述の従来手法1に相当する例として、金型を剛体モデルとし、被加工材と接触する金型のダイフェース面のみをシェル要素とする一般的な解析手法を実施した。
比較例2では、上述の従来手法2に相当する例として、金型を含むプレス機全体を詳細な弾性体モデルとしてモデル化する解析手法を実施した。すなわち、比較例2は、金型及びプレス機のたわみが考慮されたモデルである。
【0070】
発明例1では、上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法を実施した。
測定用金型を用いて、ボルスター及びスライドに生じるたわみ量を測定した。
金型を弾性体モデルにモデル化した。
スライド、ボルスター、ベッドを直方体のソリッド要素で構成される、簡略化された弾性体モデルにモデル化した。
作成した弾性体モデルを複数の領域に分割し、各領域の剛性パラメータを調整し、測定したたわみ量を再現する最適化計算を実施した。剛性パラメータとして、縦弾性係数を用いた。
これらの結果に基づきプレス成形のシミュレーションを実施した。
【0071】
発明例2では、上述の実施形態のプレス成形シミュレーション方法を実施した。発明例2では、スライドを剛体シェルとした以外、発明例1と同様の手法でプレス成形シミュレーションを実施した。すなわち、発明例2では、ボルスター及びベッドをソリッド有限要素で構成される、簡略化された弾性体モデルにモデル化した。
【0072】
上述の各実験例の解析精度及び解析時間の比較結果は以下の通りであった。
【0073】
上記の形状にプレス成形を行ったプレス成形品の実物と各プレス成形シミュレーションの結果とを比較し、実物のパネルとの差が0.5mm以内である割合を算出し、これを解析精度のパラメータとして評価した。
比較例1の解析精度は約35%であり、比較例2の解析精度は約80%であった。発明例1及び発明例2の解析精度は約80%であった。
【0074】
また、各実験例の解析時間を比較した。
比較例2の解析時間は、約14日であったのに対し、発明例1及び発明例2の解析時間は約10日であった。なお、発明例1及び発明例2の解析時間は、たわみ量の測定、モデル化計算、最適化計算及び解析時間を含む。
【0075】
以上の結果より、本発明に係るプレス成形シミュレーション方法は、計算時間の増大を抑制しつつも解析精度を向上できることが理解される。