(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162309
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】鋳物用アルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20241114BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20241114BHJP
B22D 21/04 20060101ALI20241114BHJP
B22D 27/20 20060101ALI20241114BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241114BHJP
【FI】
C22C21/02
C22F1/043
B22D21/04 A
B22D27/20 B
C22F1/00 611
C22F1/00 630Z
C22F1/00 631Z
C22F1/00 681
C22F1/00 604
C22F1/00 630D
C22F1/00 630J
C22F1/00 650E
C22F1/00 623
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077686
(22)【出願日】2023-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507073859
【氏名又は名称】日軽エムシーアルミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】織田 和宏
(72)【発明者】
【氏名】望月 鉄矢
(72)【発明者】
【氏名】三輪 晋也
(72)【発明者】
【氏名】王 多
(57)【要約】
【課題】重力鋳造のように冷却速度の遅い鋳造方法でも、SiC粒子やAl2O3粒子の分散を伴うことなく100GPa以上のヤング率を発現する高剛性かつ安価なアルミニウム合金鋳物を得ることができるアルミニウム合金及び当該アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物並びにその簡便かつ効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】Si:16.0~20.0wt%、Ni:5.0~8.0wt%、Cu:4.0~7.0wt%、Fe:2.0~4.0wt%、Mn:1.0~3.0wt%、P:0.004~0.02wt%、を含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、前記不可避不純物としてのMg、Cr、Zr、V及びMoがいずれも0.05wt%以下に規制されていること、を特徴とする鋳物用アルミニウム合金。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:16.0~20.0wt%、
Ni:5.0~8.0wt%、
Cu:4.0~7.0wt%、
Fe:2.0~4.0wt%、
Mn:1.0~3.0wt%、
P:0.004~0.02wt%、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなり、
前記不可避不純物としてのMg、Cr、Zr、V及びMoがいずれも0.05wt%以下に規制されていること、
を特徴とする鋳物用アルミニウム合金。
【請求項2】
請求項1に記載の鋳物用アルミニウム合金からなり、
ヤング率が100GPa以上であること、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物。
【請求項3】
6.0~10.0wt%のTiB2を含み、
前記ヤング率が110GPa以上であること、
を特徴とする請求項2に記載のアルミニウム合金鋳物。
【請求項4】
請求項1に記載の鋳物用アルミニウム合金からなる溶湯を鋳造し、
前記鋳造に重力鋳造を用いること、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物の製造方法。
【請求項5】
前記溶湯にTi及びBを添加し、TiB2を晶出させること、
を特徴とする請求項4に記載のアルミニウム合金鋳物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳造用アルミニウム合金及び当該鋳物用アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物並びにその製造方法に関し、特に、自動車等の各種車両のラダー型フレーム、ペリメータ型フレームやケース類、工作機械のテーブルのように、高い剛性を必要とされる部材に好適に使用できる高剛性アルミニウム合金鋳物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のフレームのように特に高い剛性が必要とされる部材には、鋳鉄が使用されてきた。しかしながら、近年の省エネルギーの観点からの自動車の軽量化の要求に伴い、当該要求に応え得る材料としてアルミニウム合金が注目されている。
【0003】
剛性の高いアルミニウム合金材としては、セラミックス粒子を添加した複合材が知られている。例えば、特許文献1(特開平6-212328号公報)において、マトリックスを100重量%としたとき重量%で、Ni:10~20%、Si:8~25%と、さらに少なくともMo:1.0~3.0%を含み、残部がAlからなるアルミニウム合金をマトリックスとし、当該マトリックスを含む複合材料全体を100重量%としたとき、窒化物、硼化物、炭化物、酸化物の粒子の1種または2種以上が合計で10重量%を超え30重量%以下の量が当該マトリックス中に分散し、粉末冶金法により製造されていることを特徴とする高耐熱・高剛性・低熱膨張アルミニウム基複合材料、が提案されている。
【0004】
上記特許文献1に記載の高耐熱・高剛性・低熱膨張アルミニウム基複合材料においては、耐熱アルミニウム合金マトリックスに硼化物、窒化物、炭化物、酸化物を特定の量範囲で添加することで、常温での引張強度及び高温での引張強度に優れるとともに、ヤング率、熱膨張率の低下を図ることができる、とされている。
【0005】
また、本発明者らも、特許文献2(特開2005-272868号公報)において、「Si:13~25質量%、Cu:2~8質量%、Fe:0.5~3質量%、Mn:0.3~3質量%、P:0.001~0.02質量%を含み、残部がAlと不可避的不純物からなり、FeとMnの合計量が3.0質量%以上であることを特徴とする剛性に優れ、低線膨張率を有する鋳造用アルミニウム合金」を提案している。
【0006】
上記特許文献2に記載の鋳造用アルミニウム合金においては、鋳造時にAl-Ni系、Al-Ni-Cu系、Al-Cu系、Al-Fe-Si系、Al-Fe-Mn系あるいはAl-Si-Fe-Mn系化合物の微細な晶出粒子を分散させることができ、必要とする高剛性及び低線膨張率を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6-212328号公報
【特許文献2】特開2005-272868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年では、アルミニウム合金材により高い剛性、具体的には100GPa以上のヤング率が求められるようになってきた。しかしながら、上記特許文献1に記載の高耐熱・高剛性・低熱膨張アルミニウム基複合材料のように、SiC粒子やAl2O3粒子を添加することでアルミニウム合金材の剛性を高めることはできるものの、これらの粒子はアルミニウム相との結晶整合性が低く、アルミニウム相と粒子との界面に欠陥が発生することが問題となる。
【0009】
また、上記特許文献2に記載の鋳造用アルミニウム合金のように、SiC粒子やAl2O3粒子等のセラミックス粒子の分散を伴わずに100GPa以上のヤング率を得るためには、Mg、Cr、V、Zr及びMoを大量に添加する必要があり、材料コストの増加を避けられない。加えて、これらの添加元素は大量に添加すると粗大晶出物を形成するため、重力鋳造のように冷却速度の遅い鋳造方法を用いることが困難である。
【0010】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、重力鋳造のように冷却速度の遅い鋳造方法でも、SiC粒子やAl2O3粒子の分散を伴うことなく100GPa以上のヤング率を発現する高剛性かつ安価なアルミニウム合金鋳物を得ることができるアルミニウム合金及び当該アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物並びにその簡便かつ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、アルミニウム合金の組成等について鋭意研究を重ねた結果、アルミニウム合金材の剛性を高めるためには、アルミニウムよりも剛性の高い化合物を多く晶出させることが必要であり、特に、特定の化合物がアルミニウム合金材の剛性向上に効果的であることを見出して、本発明に到達した。
【0012】
即ち、本発明は、
Si:16.0~20.0wt%、
Ni:5.0~8.0wt%、
Cu:4.0~7.0wt%、
Fe:2.0~4.0wt%、
Mn:1.0~3.0wt%、
P:0.004~0.02wt%、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなり、
前記不可避不純物としてのMg、Cr、Zr、V及びMoがいずれも0.05wt%以下に規制されていること、
を特徴とする鋳物用アルミニウム合金、を提供する。
【0013】
本発明の鋳造用アルミニウム合金においては、アルミニウム合金材の剛性を効果的に向上させる初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物が優先的に晶出する合金組成となっている。これらの化合物は、Mg-Si系化合物及びAl-Si-Fe-Mn-Cr系化合物よりも、アルミニウム合金材の剛性向上に及ぼす寄与度が大きい。
【0014】
また、アルミニウム合金材の剛性を効果的に向上させる初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物の晶出量を低減するMg、Cr、V、Zr及びMoの量が厳格に規制(いずれも0.05wt%以下)されており、アルミニウム合金鋳物の剛性を効率的に高めることができる。
【0015】
また、本発明は、本発明の鋳物用アルミニウム合金からなり、ヤング率が100GPa以上であること、を特徴とするアルミニウム合金鋳物、も提供する。
【0016】
本発明のアルミニウム合金鋳物においては、初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物が優先的に多量に晶出していることから、100GPa以上の高いヤング率を有している。アルミニウム合金鋳物のヤング率は110GPa以上であることが好ましく、120GPa以上であることがより好ましく、130GPa以上であることが最も好ましい。
【0017】
また、本発明のアルミニウム合金鋳物においては、6.0~10.0wt%のTiB2を含むことが好ましい。6.0~10.0wt%のTiB2を含むことで、アルミニウム合金鋳物のヤング率を確実に向上させることができる。TiB2はAl2O3やSiCと異なり、アルミニウム合金の晶出相でもあることから、アルミニウムとの濡れ性がよく、結晶整合性も良好であることから、アルミニウム相との界面における欠陥の形成が抑制されている。
【0018】
更に、本発明は、本発明の鋳物用アルミニウム合金からなる溶湯を鋳造し、前記鋳造に重力鋳造を用いること、を特徴とするアルミニウム合金鋳物の製造方法、も提供する。
【0019】
本発明の鋳物用アルミニウム合金は、粗大な晶出物を形成しやすいMg、Cr、V、Zr及びMoの量が厳格に規制(いずれも0.05wt%以下)されていることから、冷却速度の遅い重力鋳造を用いてもアルミニウム合金鋳物の機械的性質を低下させる粗大な晶出物の形成が抑制される。
【0020】
また、Mg、Cr、V、Zr及びMoの各元素の含有量が0.05wt%以下となっていることで、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に対する寄与が小さい化合物の形成を抑制し、当該剛性向上に対する寄与が大きい化合物の形成を促進することができる。その結果、ヤング率が100GPa以上である高い剛性を有するアルミニウム合金鋳物を得ることができる。
【0021】
また、重力鋳造等を用いることで、空気の巻き込み等の鋳造欠陥を抑制しつつ、高い剛性を有するアルミニウム合金鋳物を簡便かつ効率的に得ることができる。また、重力鋳造はダイカストのように高価な装置が不要であり、製造装置の導入コストを低減することができる。
【0022】
更に、本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法においては、前記溶湯にTi及びBを添加し、TiB2を晶出させること、が好ましい。Ti及びBの添加方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて限定されず、例えば、Al-Ti及びAl-Bの母合金を溶湯に投入し、6.0~10.0wt%のTiB2が形成されるように添加量を調整すればよい。6.0~10.0wt%のTiB2を晶出させることで、アルミニウム合金鋳物のヤング率を110GPa以上とすることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、重力鋳造のように冷却速度の遅い鋳造方法でも、SiC粒子やAl2O3粒子の分散を伴うことなく100GPa以上のヤング率を発現する高剛性かつ安価なアルミニウム合金鋳物を得ることができるアルミニウム合金及び当該アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物並びにその簡便かつ効率的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施例で用いた重力鋳造用の金型形状である。
【
図3】実施アルミニウム合金鋳物4のミクロ組織である。
【
図4】実施アルミニウム合金鋳物4の反射電子像である。
【
図5】実施アルミニウム合金鋳物4のBのマッピング結果である。
【
図6】実施アルミニウム合金鋳物4のTiのマッピング結果である。
【
図7】実施アルミニウム合金鋳物4のFeのマッピング結果である。
【
図8】実施アルミニウム合金鋳物4のNiのマッピング結果である。
【
図9】実施アルミニウム合金鋳物4のSiのマッピング結果である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の鋳物用アルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物並びにその製造方法について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0026】
1.鋳物用アルミニウム合金
本発明の鋳物用アルミニウム合金は、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に効果的な化合物を多く晶出させることを目的として、組成が最適化されていることを特徴としている。アルミニウム合金鋳物の剛性向上に効果的な化合物とは、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物、Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu系化合物である。本発明者が鋭意研究を重ねた結果、これらの化合物はMg-Si系化合物及びAl-Si-Fe-Mn-Cr系化合物よりもアルミニウム合金鋳物の剛性向上に対する寄与が大きいことが明らかとなった。以下、各成分について詳細に説明する。
【0027】
(1)必須の添加元素
Si:16.0~20.0wt%
Siは、初晶Si及びAl-Fe-Mn-Si系化合物として晶出し、アルミニウム合金鋳物の剛性を向上させる作用を有する。この作用は16.0wt%以上で顕著となるが、20.0wt%を超えると初晶Siが粗大化し、粗大な初晶Siによってアルミニウム合金鋳物の切削加工性が著しく低下する。また、Siにはアルミニウム合金鋳物の線膨張係数を低下させる作用や耐摩耗性を向上させる作用がある。Si含有量は16.5~19.5wt%であることが好ましい。
【0028】
Ni:5.0~8.0wt%
Niは、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物及びAl-Ni-Fe系化合物として晶出し、アルミニウム合金鋳物の剛性を向上させ、線膨張係数を低下させる作用がある。この作用は5.0wt%以上で顕著となるが、8.0wt%を超えると晶出物が粗大化し、アルミニウム合金鋳物の伸びが低下する。ヤング率向上の観点からは、Niの含有量は可能な限り多くすることが好ましい。
【0029】
Cu:4.0~7.0wt%
Cuは、Al-Cu系化合物及びAl-Ni-Cu系化合物として晶出し、アルミニウム合金鋳物の剛性の向上に寄与する。この作用は4.0wt%以上で顕著となるが、7.0wt%を超えると晶出物が粗大化し、アルミニウム合金鋳物の伸びが低下する。加えて、7.0wt%を超えるとアルミニウム合金鋳物の耐食性も低下する。ヤング率向上の観点からは、Cuの含有量は可能な限り多くすることが好ましい。
【0030】
Fe:2.0~4.0wt%
Feは、Al-Fe-Mn-Si系化合物及びAl-Ni-Fe系化合物として晶出し、アルミニウム合金鋳物の剛性の向上に寄与する。この作用は2.0wt%以上で顕著となるが、4.0wt%を超えると晶出物が粗大化しやすくなり、アルミニウム合金鋳物の伸びが低下する。また、2.0~4.0wt%のFeを添加することで、金型への焼き付き防止作用を発現することができる。ヤング率向上の観点からは、Feの含有量は可能な限り多くすることが好ましい。
【0031】
Mn:1.0~3.0wt%
Mnは、Al-Fe-Mn-Si系化合物として晶出し、アルミニウム合金鋳物の剛性の向上に寄与する。この作用は1.0wt%以上で顕著となるが、3.0wt%を超えると晶出物が粗大化しやすくなり、アルミニウム合金鋳物の伸びが低下する。また、1.0~3.0wt%のMnを添加することで、金型への焼き付き防止作用を発現することができる。ヤング率向上の観点からは、Mnの含有量は可能な限り多くすることが好ましい。
【0032】
P:0.004~0.02wt%
Pは、初晶Siの晶出核となり、初晶Siの微細化に寄与する。この作用は0.004wt%以上で顕著となるが、0.02wt%を超えて添加しても当該作用の向上は見られない。Pの含有量は0.007~0.015wt%であることが好ましい。
【0033】
(2)不可避不純物
本発明の鋳物用アルミニウム合金は、不可避不純物としてのMg、Cr、Zr、V及びMoが0.05wt%以下に規制されていることを特徴としている。
【0034】
Mg:0.05wt%以下
Mgは母相中に固溶し、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与するが、Mg-Si系化合物として晶出し、結果として、剛性向上の寄与がより大きい初晶Siの晶出量を少なくしてしまうことから、0.05wt%以下に規制する。Mgは0.01wt%以下に規制することが好ましい。
【0035】
Cr:0.05wt%以下
CrはCr-Si系化合物として晶出する。この化合物は通常のCr添加量では剛性向上に寄与しない。一方で、Crが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与する初晶Siの晶出量が減少する。加えて、溶湯にTi及びBを添加してTiB2を晶出させる場合、Crが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与するTiB2の晶出量が減少する。このような理由から、Crは0.05wt%以下に規制する。Crは0.01wt%以下に規制することが好ましい。
【0036】
Zr:0.05wt%以下
ZrはZr-Si系化合物として晶出する。この化合物は通常のZr添加量では剛性向上に寄与しない。一方で、Zrが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与する初晶Siの晶出量が減少する。加えて、溶湯にTi及びBを添加してTiB2を晶出させる場合、Zrが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与するTiB2の晶出量が減少する。このような理由から、Zrは0.05wt%以下に規制する。Zrは0.01wt%以下に規制することが好ましい。
【0037】
V:0.05wt%以下
VはV-Si系化合物として晶出する。この化合物は通常のV添加量では剛性向上に寄与しない。一方で、Vが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与する初晶Siの晶出量が減少する。加えて、溶湯にTi及びBを添加してTiB2を晶出させる場合、Vが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与するTiB2の晶出量が減少する。このような理由から、Vは0.05wt%以下に規制する。Vは0.01wt%以下に規制することが好ましい。
【0038】
Mo:0.05wt%以下
MoはMo-Si系化合物として晶出する。この化合物は通常のMo添加量では剛性向上に寄与しない。一方で、Moが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与する初晶Siの晶出量が減少する。加えて、溶湯にTi及びBを添加してTiB2を晶出させる場合、Moが存在すると、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に寄与するTiB2の晶出量が減少する。このような理由から、Moは0.05wt%以下に規制する。Moは0.01wt%以下に規制することが好ましい。
【0039】
なお、Al-Si系の鋳物用アルミニウム合金には再生原料が使用されることが多いため、本発明のアルミニウム合金鋳物の特性を阻害しない範囲での不可避不純物の含有が許容される。
【0040】
2.アルミニウム合金鋳物
本発明のアルミニウム合金鋳物は、本発明の鋳物用アルミニウム合金からなる高剛性アルミニウム合金鋳物であり、ヤング率が100GPa以上であることを特徴としている。ヤング率は110GPa以上であることが好ましく、120GPa以上であることがより好ましく、130GPa以上であることが最も好ましい。
【0041】
本発明のアルミニウム合金鋳物においては、剛性向上に対する寄与が比較的に小さいMg-Si系化合物の晶出が抑制され、当該寄与が比較的に大きい初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物が優先的に多量に晶出している。
【0042】
Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物、Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu系化合物はいずれも約200GPa以上のヤング率を有しており、Al合金中に晶出させることで、複合則に従ってAl合金のヤング率が向上する。
【0043】
初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物の形状及びサイズは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、微細であることが好ましい。より具体的には、初晶Siの粒径は100μm以下であることが好ましい。また、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物の粒径は100μm以下であることが好ましい。
【0044】
初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物の粒径を測定する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の組織観察手法を用いることができ、例えば、光学顕微鏡観察やSEM観察を用いればよい。より具体的には、例えば、アルミニウム合金鋳物の断面における微細組織を観察し、観察像において確認される初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物をそれぞれ大きい方から単位面積当たり10個選定し、初晶Siについてはこれらの平均粒径を、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物についてはこれらの最大長の平均を算出すればよい。
【0045】
また、本発明のアルミニウム合金鋳物においては、6.0~10.0wt%のTiB2を含むことが好ましい。TiB2を6.0wt%以上とすることで、アルミニウム合金鋳物のヤング率を効率的に向上させることができ、TiB2を10.0wt%以下とすることで、アルミニウム合金鋳物の脆化や加工性の低下を抑制することができる。また、TiB2が10.0wt%を超えると、溶湯の粘性が上がり鋳造が難しくなる。
【0046】
TiB2の形状及びサイズは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、1μm以下の粒径を有する粒状のTiB2とすることが好ましい。
【0047】
本発明のアルミニウム合金鋳物を製造する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知のダイカスト法や重力鋳造法を用いることができるが、本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法によって好適に得ることができる。
【0048】
3.アルミニウム合金鋳物の製造方法
本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法は、本発明の鋳物用アルミニウム合金を用い、重力鋳造を用いることを特徴としている。
【0049】
本発明の鋳物用アルミニウム合金は、粗大な晶出物を形成しやすいMg、Cr、V、Zr及びMoの量が厳格に規制(いずれも0.05wt%以下)されていることから、冷却速度の遅い重力鋳造を用いてもアルミニウム合金鋳物の機械的性質を低下させる粗大な晶出物の形成が抑制される。
【0050】
また、Mg、Cr、V、Zr及びMoの各元素の含有量が0.05wt%以下となっていることで、アルミニウム合金鋳物の剛性向上に対する寄与が小さい化合物の形成を抑制し、当該剛性向上に対する寄与が大きい化合物の形成を促進することができる。その結果、ヤング率が100GPa以上である高い剛性を有するアルミニウム合金鋳物を得ることができる。
【0051】
また、重力鋳造等を用いることで、空気の巻き込み等の鋳造欠陥を抑制しつつ、高い剛性を有するアルミニウム合金鋳物を簡便かつ効率的に得ることができる。また、重力鋳造はダイカストのように高価な装置が不要であり、製造装置の導入コストを低減することができる。
【0052】
また、本発明の鋳物用アルミニウム合金からなる溶湯に6.0~10.0wt%のTiB2を分散させることで、アルミニウム合金鋳物のヤング率を110GPa以上とすることができる。アルミニウム合金鋳物のヤング率は、基本的にTiB2の添加量の増加に伴って高くなるため、より高いヤング率が必要な場合は6.0~10.0wt%の範囲内で添加量を増加させればよい。TiB2は溶湯にTi及びBを添加して晶出させてもよく、TiB2粒子を外部から添加してもよく、これらの両方を行ってもよい。
【0053】
TiB2の添加によるアルミニウム合金鋳物のヤング率向上効果はアルミニウム合金の組成やTiB2の形状及びサイズ等にも依存するが、1.0wt%のTiB2によって、アルミニウム合金鋳物のヤング率を約2GPa向上させることができる。ここで、溶湯へのTiB2粒子の添加方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、例えば、従来公知の溶湯攪拌法等を用いることができる。
【0054】
更に、本発明の鋳物用アルミニウム合金には0.004~0.02wt%のPが含まれていることから、当該Pが初晶Siの晶出核となり、初晶Siを微細化することができる。
【0055】
その他の鋳造条件については本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋳造方法及び鋳造条件を用いることができる。
【0056】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0057】
≪実施例≫
表1の実施例1~7として示す組成となるように配合した原料を黒鉛坩堝に挿入し、1050℃で大気溶解した後、800℃に温度を下げ、800℃で脱滓フラックスによる脱滓処理を施した。不可避不純物としてのMg、Cr、Zr、V及びMoはいずれも0.05wt%以下となっている。ここで、実施例3~7については、アルミニウム溶湯中にAl-35wt%Ti及びAl-10wt%Bの母合金を投入して溶解し、表1に記載の量のTi及びBを添加して、TiB
2を晶出させた。次に、実施例1、2、4~6については、
図1に示す金型を用いて重力鋳造を施し、本発明の実施アルミニウム合金鋳物1、2、4~6を得た。また、実施例3及び7については、1050℃で大気溶解した後、800℃に温度を下げ、800℃で脱滓フラックスによる脱滓処理を施したインゴットを作製した後、これを800℃で再溶解してダイカストに用いた。ダイカストの射出条件としては低速0.1m/s、高速1.0m/s、鋳造圧力70MPaとして、180mm×150mm×6mmの板状の実施アルミニウム合金鋳物3及び7を得た。
【0058】
【0059】
重力鋳造を用いた場合は、金型底から13mmまでの位置から
図2に示す形状及び大きさの試験片を切り出し、引張試験を行った。ダイカストを用いた場合は、ダイカスト材から
図2に示す形状及び大きさの試験片を切り出し、引張試験を行った。引張試験で得られた荷重-変位曲線の弾性域の傾きからヤング率を求めた。得られた値を表1に示す。
【0060】
得られた実施アルミニウム合金鋳物から1cm角の立方体を切り出し、断面にバフ研磨を施して組織観察用試料とした。代表的な組織観察結果として、光学顕微鏡で観察された実施アルミニウム合金鋳物4のミクロ組織を
図3に示す。
図3より、多数の化合物(Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物)が晶出していることが分かる。
【0061】
次に、実施アルミニウム合金鋳物4の組織観察用試料に対して、EPMA(株式会社島津製作所EPMA-1610,加速電圧15kV,照射電流100mA,ビーム径φ1μm)を用いた元素マッピングによって介在物を分析した。得られた反射電子像を
図4に、Bのマッピングを
図5に、Tiのマッピングを
図6に、Feのマッピングを
図7に、Niのマッピングを
図8に、Siのマッピングを
図9にそれぞれ示す。B及びTiが重畳している領域がTiB
2であり、微細なTiB
2が均一に分散していることが分かる。
【0062】
≪比較例≫
表1の比較例1~8として示す組成としたこと以外は実施例と同様にして、比較アルミニウム合金鋳物1~8を得た。比較例6は0.7wt%のVを含有し、比較例7は0.9wt%のZrを含有している。ここで、比較例1、2、4及び8では重力鋳造を用い、比較例3及び5~7ではダイカストを用いた。また、比較例2~7については、アルミニウム溶湯中にAl-35wt%Ti及びAl-10wt%Bの母合金を投入して溶解し、表1に記載の量のTi及びBを添加し、TiB2を晶出させた。更に、実施例と同様にして引張試験を行い、各比較アルミニウム合金鋳物のヤング率を求めた。得られた値を表1に示す。
【0063】
表1より、全ての実施例(実施アルミニウム合金鋳物1~7)において、100GPa以上の高いヤング率が得られている。TiB2を晶出させていない実施アルミニウム合金鋳物1と実施アルミニウム鋳物2を比較すると、各添加元素の含有量が多い実施アルミニウム合金鋳物1において、より高いヤング率が得られている。また、ヤング率に及ぼす鋳造法の影響は小さく、重力鋳造を用いてもヤング率の高いアルミニウム合金鋳物が得られることが分かる。また、最も高いヤング率は、各添加元素の含有率とTiB2の晶出量が共に多い実施アルミニウム合金鋳物6で得られており、131GPaに達している。
【0064】
一方で、Si、Fe及びMnの含有量が少なく、TiB2を晶出させていない比較アルミニウム合金鋳物1のヤング率は95GPaと低い値となっている。また、5.3wt%のTiB2を晶出させた場合であっても、Fe及びMnの含有量が少ない比較アルミニウム合金鋳物3及び比較アルミニウム合金鋳物4については、ヤング率が100GPaに達していない。TiB2の晶出量を増加させて6.5wt%とした比較アルミニウム合金鋳物4及び比較アルミニウム合金鋳物5のヤング率は100GPa以上となっているが、Cu、Fe及びMnの添加量が少ないことから、TiB2の晶出量が同程度の実施アルミニウム合金鋳物4及び実施アルミニウム合金鋳物7と比較すると低いヤング率になっていることが分かる。
【0065】
比較アルミニウム合金鋳物6は実施アルミニウム合金鋳物7の組成をベースとし、0.7wt%のVを添加した組成を有している。また、比較アルミニウム合金鋳物6ではVB2が晶出し、実施アルミニウム合金鋳物7と比較するとTiB2の晶出量が少なくなっている。その結果、比較アルミニウム合金鋳物6のヤング率は105GPaとなっており、実施アルミニウム合金鋳物7の110GPaよりも低い値となっている。
【0066】
比較アルミニウム合金鋳物7は実施アルミニウム合金鋳物7の組成をベースとし、0.9wt%のZrを添加した組成を有している。また、比較アルミニウム合金鋳物7ではZrB2が晶出し、実施アルミニウム合金鋳物7と比較するとTiB2の晶出量が少なくなっている。その結果、比較アルミニウム合金鋳物7のヤング率は108GPaとなっており、実施アルミニウム合金鋳物7の110GPaよりも低い値となっている。
【0067】
比較アルミニウム合金鋳物8は実施アルミニウム合金鋳物2の組成をベースとし、0.5wt%のMgを添加した組成を有している。比較アルミニウム合金鋳物8のヤング率は99GPaであり、実施アルミニウム合金鋳物2の100GPaよりも低い値となっている。当該結果は、Mgの添加によってヤング率の向上に資する化合物の量が少なくなることに起因している。
【0068】
以上の結果より、アルミニウム合金鋳物の剛性を効果的に向上させる初晶Si、Al-Fe-Mn-Si系化合物、Al-Ni系化合物、Al-Ni-Cu系化合物Al-Ni-Fe系化合物及びAl-Cu化合物が優先的に晶出する合金組成とすることで、重力鋳造のように冷却速度の遅い鋳造方法でも、SiC粒子やAl2O3粒子の分散を伴うことなく100GPa以上のヤング率を発現する高剛性かつ安価なアルミニウム合金鋳物が得られることが分かる。また、TiB2の晶出により、より高いヤング率が得られることが分かる。