(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162336
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】水電解セル用アノード触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形水電解セル、並びにIr/IrOxファイバー触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/091 20210101AFI20241114BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20241114BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20241114BHJP
C25B 9/23 20210101ALI20241114BHJP
【FI】
C25B11/091
C25B11/052
C25B9/00 A
C25B9/23
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077735
(22)【出願日】2023-05-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和5年1月13日に第8回NEXT-FC基盤研究報告会にて公開 (2)令和5年2月17日に令和4年(2022)度修士論文試問にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、センター・オブ・イノベーション事業「持続的共進化地域創成拠点」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100195327
【弁理士】
【氏名又は名称】森 博
(74)【代理人】
【識別番号】100229389
【弁理士】
【氏名又は名称】香田 淳也
(72)【発明者】
【氏名】坂本 奈穂
(72)【発明者】
【氏名】林 灯
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一成
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA30
4K011BA03
4K011BA07
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021BB03
4K021DB31
4K021DB43
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】発生ガスの排出を促し、アノード触媒層の構造変化を抑制し、耐久性を向上した水電解セルを与えることができるアノード触媒層を提供する。
【解決手段】金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなるIr/IrOxファイバー触媒と、プロトン伝導性電解質材料とを含有する水電解セル用アノード触媒層。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなるIr/IrOxファイバー触媒と、プロトン伝導性電解質材料とを含有することを特徴とする水電解セル用アノード触媒層。
【請求項2】
前記Ir/IrOxファイバー触媒の繊維径が20~300nmであり、繊維長さが0.3~5μmである請求項1に記載の水電解セル用アノード触媒層。
【請求項3】
前記Ir/IrOxファイバー触媒の、X線光電子分光分析法(XPS)により測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が、3原子%以上30原子%以下である請求項1に記載の水電解セル用アノード触媒層。
【請求項4】
固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体であって、前記アノード触媒層が、請求項1から3のいずれかに記載の水電解セル用アノード触媒層である膜電極接合体。
【請求項5】
請求項4に記載の膜電極接合体を備えてなることを特徴とする固体高分子形水電解セル。
【請求項6】
金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなり、繊維径が20~300nmであり、繊維長さが0.3~5μmであるIr/IrOxファイバー触媒。
【請求項7】
X線光電子分光分析法(XPS)により測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が3原子%以上30原子%以下である請求項6に記載のIr/IrOxファイバー触媒。
【請求項8】
請求項6または7に記載のIr/IrOxファイバー触媒の製造方法であって、
以下の工程(1)~(3)を含む製造方法。
工程(1)イリジウム前駆体化合物と増粘ポリマーを含む混合溶液を準備する工程
工程(2)前記混合溶液を電界紡糸して前駆体ファイバーを得る工程
工程(3)電界紡糸して得られた前記前駆体ファイバーを熱処理する工程
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形水電解セル等の水電解セルに用いられる水電解セル用アノード触媒層、これを備えた膜電極接合体、及び固体高分子形水電解セルに関する。
【背景技術】
【0002】
水電解セルとしては、固体高分子形燃料電池(PEFC)と同様に固体高分子膜を隔膜に用いた固体高分子形水電解セル(PEM水電解セル)が知られている。PEM水電解セルは、水のみを用いて水素を発生させることができる、水素ガス中に水以外の不純物は含まれない、作動温度が低い、などの利点がある。
【0003】
図1に示すように、PEM水電解セルでは、水の電気分解反応(H
2O→2H
++1/2O
2+2e
-)によりアノード側で酸素が発生し、カソード側で水素が発生する。水電解セルは高い電位(1.5V~2.0V程度)で電位変動の激しい状況下で用いられ、アノード雰囲気は強酸性かつ高電位であり、電極触媒として使用できる材料が貴金属に限られる。
一方、同様に貴金属触媒を使用するPEFCにおける電極触媒では、貴金属ナノ粒子をカーボン担体上に担持させた電極触媒が広く使用されている。しかしながら、PEFCに比べ、PEM水電解セルのアノードではさらに高電位で使用され、急激なカーボン酸化劣化が起こるため、水電解セル用アノードには、PEFC用アノードのようにカーボン担体を使用することができない。
【0004】
従来のPEM水電解セルでは、アノード触媒層に酸化イリジウム(IrO2)が1~5mg/cm2程度使用されている。酸化イリジウムは、1.5V~2.0Vの高電位でも安定であり、水電解におけるアノード反応(酸素発生反応)に対する高い触媒活性を有する。現在、一般的に市販・使用されている水電解用のアノード触媒層は、数ミクロン径の酸化イリジウム粉末をそのまま使用していることが多い(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
PEM水電解セルの実用化のためには、アノード触媒層における貴金属材料の使用量をできるだけ少なくする必要がある。酸化イリジウム粉末をそのまま用いた従来の水電解セルのアノードは、高コストであることに加え、酸化イリジウム粒子が凝集しやすいため、電極構造が密になりやすく、水電解で発生したガスが上手く排出できなくなり、ガスの滞留による性能低下や、アノード触媒層の膨張、亀裂などの構造変化が生じるという長期耐久性の課題がある。
このように従来の電極設計のままでは、酸化イリジウム触媒の量を減らすことができず、かつ、長期耐久性の課題があるため、新たなアノードの設計が求められていた。
【0007】
かかる状況下、本発明の目的は、発生ガスの排出を促し、アノード触媒層の構造変化を抑制し、耐久性を向上した水電解セル用アノード触媒層、これを備えた膜電極接合体及び固体高分子形水電解セルを提供することである。
また、本発明の他の目的は、水電解セル用アノード触媒層の形成に適したIr/IrOxファイバー触媒及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、水電解セルのアノード触媒層におけるガスの停滞・ガスの排出に着目し、ファイバー構造のIr系触媒であるIr/IrOxファイバー触媒を導入することで、発生ガスの排出を促し、アノード触媒層の構造変化を抑制し、耐久性を向上することを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなるIr/IrOxファイバー触媒と、プロトン伝導性電解質材料とを含有する水電解セル用アノード触媒層。
<2> 前記Ir/IrOxファイバー触媒の繊維径が20~300nmであり、繊維長さが0.3~5μmであるる<1>に記載の水電解セル用アノード触媒層。
<3> 前記Ir/IrOxファイバー触媒の、X線光電子分光分析法(XPS)により測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が、3原子%以上30原子%以下である<1>または<2>に記載の水電解セル用アノード触媒層。
<4> 固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体であって、前記アノード触媒層が、<1>から<3>のいずれかに記載の水電解セル用アノード触媒層である膜電極接合体。
<5> <4>に記載の膜電極接合体を備えてなる固体高分子形水電解セル。
【0010】
<1a> 金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなり、繊維径が20~300nmであり、繊維長さが0.3~5μmであるIr/IrOxファイバー触媒。
<2a> X線光電子分光分析法(XPS)により測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が3原子%以上30原子%である<1a>に記載のIr/IrOxファイバー触媒。
<3a> <1a>または<2a>に記載のIr/IrOxファイバー触媒の製造方法であって、以下の工程(1)~(3)を含む製造方法。
工程(1)イリジウム前駆体化合物と増粘ポリマーを含む混合溶液を準備する工程
工程(2)前記混合溶液を電界紡糸して前駆体ファイバーを得る工程
工程(3)電界紡糸して得られた前記前駆体ファイバーを熱処理する工程
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、発生ガスの排出を促し、アノード触媒層の構造変化を抑制し、耐久性を向上した水電解セル用アノード触媒層、これを備えた膜電極接合体及び固体高分子形水電解セルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】固体高分子形水電解セルの代表的な構成を示す概念図である。
【
図2】本発明の水電解用アノード触媒層の概念模式図である。
【
図5】電極触媒のFE-SEM像であり、(a)は参考例1(市販IrO
2触媒)、(b)は実施例1(ファイバー触媒)、(c)は実施例2(ファイバー触媒)である。
【
図6】実施例1,2及び参考例1のXRDプロファイルである
【
図7】実施例1,2及び参考例1のXPS分析(Ir(4f)スペクトル)であり、(a)は実施例1、(b)は実施例2、(c)は参考例1である。
【
図8】実施例1,2のファイバー触媒を使用したPEM水電解セルに対する電圧印加のコンディショニングの条件である。
【
図9】実施例1,2及び参考例1のPEM水電解セルのIV特性(初期性能)である。
【
図10】電位サイクル耐久性評価における電位サイクル条件である。
【
図11】耐久性試験前後の各PEM水電解セルのIV性能評価であり、(a)実施例1、(b)実施例2、(c)参考例1である。
【
図12】耐久性試験前後の実施例1のPEM水電解セルの過電圧評価であり、(a)活性化過電圧、(b)濃度過電圧、(c)オーミック過電圧である。
【
図13】耐久性試験前後の実施例2のPEM水電解セルの過電圧評価であり、(a)活性化過電圧、(b)濃度過電圧、(c)オーミック過電圧である。
【
図14】耐久性試験前後の参考例1のPEM水電解セルの過電圧評価であり、(a)活性化過電圧、(b)濃度過電圧、(c)オーミック過電圧である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について例示物等を示して詳細に説明するが、本発明は以下の例示物等に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変更して実施できる。なお、本明細書において、「~」とはその前後の数値又は物理量を含む表現として用いるものとする。
【0014】
<1.水電解セル用アノード触媒層>
本発明は、金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなるIr/IrOxファイバー触媒と、プロトン伝導性電解質材料とを含有する水電解セル用アノード触媒層(以下、「本発明のアノード触媒層」と称す場合がある。)に関する。
【0015】
以下、本明細書において、「金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)からなるIr/IrOxファイバー触媒」を、「Ir/IrOxファイバー触媒」又は単に「ファイバー触媒」と称する場合がある。
【0016】
図2は、本発明のアノード触媒層の代表的な構成を示す概念模式図である。
図2の通り、アノード触媒層1は、Ir/IrOxファイバー触媒2が互いに接触し、その間にプロトン伝導性電解質材料3が保持された構造を有する。
このような構造であれば、互いに接触したIr/IrOxファイバー触媒2が導電パスを形成し、アノード触媒層全体として電子伝導性に優れる。さらに、長径のファイバー触媒の隙間は、少なくとも通気性を発現する程度に空隙を作ることができるため、水素、酸素、水蒸気等の電極反応に関与するガスの拡散性に優れると共に、プロトン伝導性電解質材料を十分に保持できる。そのため、本発明のアノード触媒層を有する水電解セルは、優れた電極性能を示すと共に、耐久性が高く、長期間水の電気分解を行うことができる。
【0017】
本発明のアノード触媒層は、Ir/IrOxファイバー触媒を含むことに特徴がある。
イリジウム酸化物(IrOx)は水電解触媒活性に優れ、電子伝導性を有する酸化物であるが、電子伝導性については金属イリジウム(Ir)に劣る。
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒は、金属イリジウム(Ir)及びイリジウム酸化物(IrOx)の両方を含み、イリジウム酸化物(IrOx)に起因する優れた水電解触媒活性と、金属イリジウム(Ir)に起因する電子伝導性を有するため、水電解セルのアノード触媒層を形成した際に十分な水電解触媒活性と電子伝導性を与えることができる。
【0018】
なお、本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒は、本発明のアノード触媒層の形成に適したものであるが、他の用途に使用してもよい。
【0019】
以下に、本発明のアノード触媒層についてより詳しく説明する。
【0020】
(Ir/IrOxファイバー触媒)
本発明のアノード触媒層に使用されるIr/IrOxファイバー触媒は、イリジウム酸化物(IrOx)と金属イリジウム(Ir)とを含むファイバー状の電極触媒材料である。ここで、イリジウム酸化物(IrOx)は、電子伝導性を有すると共に水の電気分解反応(H2O→2H++1/2O2+2e-)に対する優れた電気化学的触媒活性を有し、金属イリジウム(Ir)はイリジウム酸化物(IrOx)より優れた電子伝導性を有するため、Ir/IrOxファイバー触媒は優れた水電解触媒活性と電子伝導性を併せ持つ。
【0021】
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒には、金属IrとIrOxが含まれ、水電解セルのアノード触媒層を形成した際に十分な水電解触媒活性と電子伝導性を有する限り、金属IrとIrOxの割合は任意である。
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒には、ファイバー全体(表面及び内部)が金属Ir及びIrOxからなるファイバー触媒、表面層は金属Ir及びIrOxを含み、ファイバー内部は金属Ir及び/又はIrOxであるファイバー触媒、金属Irファイバーの表面を酸化して得られる表面層が酸化イリジウム層であるファイバー等も本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒に含まれる。
【0022】
後述の実施例の通り、Ir/IrOxファイバー触媒における金属Ir及びIrOxは、X線回折法(XRD)、X線光電子分光分析法(XPS)によって評価することができる。
【0023】
なお、本発明のアノード触媒層に含まれる電極触媒材料は、Ir/IrOxファイバー触媒のみであってもよいが、その性能を損なわない範囲で、他の物質を含んでいてもよい。
【0024】
本発明では、Ir/IrOxファイバー触媒を用いているため、アノード触媒層を形成した際に、隣接するファイバー触媒が連続的に接触でき、かつ水電解用電極内の水素や酸素などのガス拡散及び水(蒸気)の排出がスムーズに行える程度の空間を形成できる。
【0025】
Ir/IrOxファイバー触媒の繊維径は、ファイバー触媒が互いに接触し、アノード触媒層を形成した際の電極内の電気伝導性とガス拡散性を両立できる範囲であればよく、好適には20~300nm、より好適には50~250nmである。なお、Ir/IrOxファイバー触媒の繊維径は、電子顕微鏡像より調べられる任意のIr/IrOxファイバー触媒(20本)の繊維径の平均値により得ることができる。
【0026】
Ir/IrOxファイバー触媒の繊維長さは、ファイバー触媒が互いに接触し、アノード触媒層を形成した際の電極内の電気伝導性とガス拡散性を両立できる範囲であればよく、例えば、全長0.3~5μmの範囲(好適には0.5~3μmの範囲)である。なお、Ir/IrOxファイバー触媒の繊維長さは、電子顕微鏡像で得ることができる。
【0027】
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒の好適な態様は、表面に金属Ir及びIrOxの両方が含まれたものである。
ここで、Ir/IrOxファイバーの表面における金属Ir(Ir(0))の存在又は非存在はX線光電子分光分析法(XPS)で検証することができる。
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒は、XPSにより測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が、好適には3原子%以上30原子%以下であり、より好適には5原子%以上15原子%である。
【0028】
本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒は、水電解セルのアノード触媒層を形成した際に十分な水電解触媒活性と電子伝導性を有する限り、任意の方法で製造することができる。特に後述の<2.Ir/IrOxファイバー触媒の製造方法>で説明する電界紡糸法を利用した製造方法によって好適に製造することができる。
電界紡糸法を利用したIr/IrOxファイバー触媒の好適な製法の一例は後述する実施例にて説明する。
【0029】
(プロトン伝導性電解質材料)
本発明のアノード触媒層は、水電解セルの電解質材料として使用されるプロトン伝導性電解質材料(以下、「プロトン伝導性電解質材料」、または単に「電解質材料」と記載する場合がある。)を含む。
Ir/IrOxファイバー触媒と共にアノード触媒層に含まれる電解質材料は、水電解用電解質膜に使用される電解質材料と同じであってもよく、異なってもよい。アノード触媒層と電解質膜の密着性を向上させる観点から、同じものを用いることが好ましい。
【0030】
プロトン伝導性電解質材料は、ポリマー骨格の全部または一部にフッ素原子を含むフッ素系電解質材料と、ポリマー骨格にフッ素原子を含まない炭化水素系電解質材料に大別され、この両者を電解質材料として使用することができる。
【0031】
フッ素系電解質材料としては、具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適例として挙げられる。
【0032】
炭化水素系電解質材料としては、具体的には、ポリスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールスルホン酸、ポリベンズイミダゾールホスホン酸、ポリイミドスルホン酸等のポリマーや、これらにアルキル基等の側鎖を有するポリマーが好適な一例として挙げられる。
【0033】
本発明のアノード触媒層におけるIr/IrOxファイバー触媒と電解質材料との質量比は、これらの材料を用いて形成されるアノード触媒層内の良好なプロトン伝導性を付与し、かつアノード触媒層内のガス拡散及び水蒸気の排出をスムーズに行えるように適宜決定すればよい。但し、Ir/IrOxファイバー触媒に対する電解質材料の量が多すぎるとプロトン伝導性はよくなるが、ガスの拡散性は低下する傾向にある。逆に電解質材料の量が少なすぎるとガス拡散性はよくなるが、プロトン伝導性は低下する傾向にある。
そのため、上記Ir/IrOxファイバー触媒に対する電解質材料の質量比率は、10~50質量%が好適な範囲である。この質量比率が10質量%より小さい場合は、プロトン伝導性を有する材料の連続性が悪くなり、アノード触媒層として十分なプロトン伝導性が確保できない。逆に50質量%より大きい場合はアノード触媒層内部でのガス(酸素、水素、水蒸気)や水の拡散性が低下する場合がある。
【0034】
本発明の水電解用電極は、本発明の目的を損なわない範囲で、上述のIr/IrOxファイバー触媒やプロトン伝導性材料以外の成分を含んでいてもよい。
【0035】
<2.Ir/IrOxファイバー触媒の製造方法>
上述した本発明のIr/IrOxファイバー触媒は、以下に説明する製造方法(以下、「本発明の製造方法」と称す。)によって好適に製造することができる。
すなわち、本発明に係るIr/IrOxファイバー触媒の製造方法は、以下の工程を含む。
工程(1)イリジウム前駆体化合物と増粘ポリマーを含む混合溶液を準備する工程
工程(2)前記混合溶液を電界紡糸して前駆体ファイバーを得る工程
工程(3)電界紡糸して得られた前記前駆体ファイバーを熱処理する工程
【0036】
本発明の製造方法によるIr/IrOxファイバー触媒の好適な製造方法の一例は後述する実施例にて説明する。
【0037】
以下、本発明の製造方法における各工程を詳細に説明する。
【0038】
「工程(1)」
工程(1)は、イリジウム前駆体化合物と増粘ポリマーを含む混合溶液を準備する工程である。工程(1)では、工程(2)における電界紡糸に適する濃度、粘度となるようにイリジウム前駆体化合物、増粘ポリマー及び溶媒の種類及び量が選択される。
【0039】
混合溶液の溶媒は、イリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマーの両方を溶解できる溶媒が適宜選択される。具体的には、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上を混合して使用してもよい。
【0040】
イリジウム前駆体化合物として、Irを含む無機化合物、有機化合物が選択でき、例えば、塩化イリジウム、塩化イリジウム酸、トリス(アセチルアセトナト)イリジウム)、ヘキサアンミンイリジウム塩化物、及びこれらの水和物を挙げることができる。この中でも塩化イリジウム(IrCl3・xH2O)は好適な一例である。
【0041】
増粘ポリマーは、工程(2)における電界紡糸に適するように混合溶液の粘度を調整するために使用され、工程(3)における熱処理によって除去できるものであればよく、ポリマーの種類は、特に制限されない。
増粘ポリマーとして、具体的には、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセテート、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリアクリル酸、ポリエチレンオキシド、等を使用することができる。これらは1種又は2種以上を混合して使用してもよい。
【0042】
混合溶液には、本発明の目的を損なわない範囲で、円滑な紡糸を行うためにイリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマー以外の添加剤を含ませることができる。
添加剤としては、例えば、酢酸、ステアリン酸、アジピン酸、エトキシ酢酸、安息香酸等が挙げられる。これらのうち2つ以上の混合物を使用してもよい。
【0043】
混合溶液を調製するときの混合順序や混合時間は均質な混合溶液を得られる限り任意であり、イリジウム前駆体化合物、増粘ポリマー及び任意成分のうち、何れか2成分又は3成分以上を予め配合し、その後に残りの成分を混合してもよいし、一度に全部を混合してもよい。
【0044】
「工程(2)」
工程(2)は、工程(1)で得られた混合溶液を電界紡糸して前駆体ファイバーを得る工程である。
【0045】
図3に電界紡糸法の説明図を示す。電界紡糸法では、工程(1)で得られた混合溶液をシリンジに充填しておき、該シリンジに取り付けられている針状のノズルと、これに対向するコレクタとの間に直流高電圧(通常、ノズルが正極、コレクタが負極)を印加した状態下に、該ノズルの先端から溶液を吐出する操作を行う。ノズルから吐出された混合溶液はクーロン力で延伸されるとともに溶媒が除去されることで紡糸され、イリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマーを含む前駆体ファイバーが形成される。
【0046】
前駆体ファイバーの直径は混合溶液におけるイリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマーの種類及び濃度、送液速度、ノズル-コレクタ間の印加電圧、ノズル径、等の条件によって制御することができ、目的とするIr/IrOxファイバー触媒の繊維径になるように適宜製造条件を設定すればよい。特に制限されないが、実施例で開示したイリジウム前駆体化合物(塩化イリジウム(IrCl3・xH2O)、増粘ポリマー(PVP)、エタノール/DMF混合溶媒の場合には、例えば、ノズル-コレクタ間の印加電圧10~30kV、溶液速度を0.1~1mL/hとすることによって、工程(3)の熱処理を経た後に目的とするIr/IrOxファイバー触媒の繊維径(20~300nm)となる前駆体ファイバーを得ることができる。
【0047】
「工程(3)」
工程(3)は、工程(2)で電界紡糸して得られた前駆体ファイバーを熱処理する工程である。
工程(2)において、得られた前駆体ファイバーは、イリジウム前駆体化合物と増粘ポリマーを含み、そのままでは活性及び電子伝導性が低いため、熱処理することでファイバー状のIr/IrOxに変換する。
【0048】
熱処理条件は、イリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマーの種類、目的とするIr/IrOxの割合等を考慮して適宜選択されるが、高活性なIr/IrOxが得られる条件として、酸化雰囲気下、300℃以上500℃以下(好適には400℃以上450℃以下)の温度範囲であることが好ましい。
なお、酸化雰囲気は、通常、大気雰囲気であるが、酸素のみ、酸素と不活性ガスの混合ガスを用いてもよい。雰囲気には必要に応じて水蒸気を加えてもよい。
【0049】
また、工程(3)においては、到達温度のみならず昇温速度もIr/IrOxファイバー触媒の物性に影響するため、目的とする活性及び電子伝導性が得られるような範囲で昇温速度が決定され、例えば、昇温速度0.1~3℃/minが挙げられる。
【0050】
工程(3)により得られたIr/IrOxファイバーは必要に応じて粉砕し、目的とする繊維長さになるように調整することができる。
【0051】
本発明のIr/IrOxファイバー触媒は、上記本発明の製造方法によって製造することができ、繊維径が20~300nm(好適には50~250nm)であり、繊維長さが0.3~5μm(好適には0.5~3nm)である。
本発明のIr/IrOxファイバー触媒は、X線光電子分光分析法(XPS)により測定される表面近傍の分析領域におけるIr(0)の含有量が3原子%以上30原子%以下であることが好ましい。
【0052】
本発明のIr/IrOxファイバー触媒は、上述の通り、本発明のアノード触媒層の形成に適したものであるが、他の用途に使用してもよい。
【0053】
<3.膜電極接合体及び固体高分子形水電解セル>
本発明の膜電極接合体(MEA)は、固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体であって、前記アノード触媒層が、上記水電解セル用アノード触媒層を有することを特徴とする。
【0054】
また、本発明の固体高分子形水電解セル(以下、PEM水電解セル、又は単に水電解セルと記載する場合がある)は、上記本発明の膜電極接合体を備えてなり、通常、膜電極接合体をガス拡散層(カソードガス拡散層、アノードガス拡散層)及びガス流路が形成されたセパレータで挟持した構造を有する。実際には、本発明のPEM水電解セル(単セル)が発電性能に応じた基数だけ積層されたスタックが形成され、ガス供給装置、冷却装置などその他付随する装置を組み立てることにより使用される。
【0055】
以下、本発明のMEA及び本発明のPEM水電解セル(単セル)における本発明のアノード触媒層以外の構成要素について説明するが、本発明のアノード触媒層以外の構成要素は、公知の水電解セル(単セル)と同様であるため、詳細な説明を省略し、簡略に説明する。
【0056】
図4は本発明の実施形態に係る膜電極接合体10の断面構造を模式的に示したものである。
図4に示すように膜電極接合体10は、カソード触媒層4a及びアノード触媒層5aが固体高分子電解質膜6に対面して配置された構造を有し、膜電極接合体10をカソードガス拡散層4b及びアノードガス拡散層5bが挟持している。
【0057】
カソード4は、カソード触媒層4aとカソードガス拡散層4bで構成され、本発明の目的を損なわない限り、従来の膜電極接合体やPEM水電解セルとして使用される従来公知のカソード触媒層、カソードガス拡散層を使用することができ、固体電解質膜の種類に応じて適宜選択することができる。
典型的にはカソード触媒層には、触媒である貴金属粒子を担持した炭素材料(グラファイト、カーボンブラック、活性炭等)と電解質材料が含まれる。また、カソード拡散層には導電性の炭素系シート状部材が挙げられ、好適には撥水処理が施されたカーボンクロス、カーボンペーパー、カーボン不織布等を用いることができる。
【0058】
アノード5は、アノード触媒層5aとアノードガス拡散層5bで構成され、電極触媒層5aは、上述の通り、本発明の水電解セル用アノード触媒層を用いているため、詳細な説明は省略する。
【0059】
アノード5のアノードガス拡散層5bは、本発明の目的を損なわない限り、水電解セルとして使用される従来公知のアノードガス拡散層を使用することができ、好適な具体例としてシート状のチタン多孔体が挙げられる。
【0060】
「シート状のチタン多孔体」は、チタンまたはチタン合金からなるシート状多孔体である。ここで、本明細書において、「チタン合金」とは「Tiを40モル%以上含む合金」を意味する。Tiと合金化させる金属は、本発明の目的を損なわない限り、特に限定されない。チタンまたはチタン合金は、水電解時の過酷環境でも腐食し難く、耐久性に優れる
【0061】
シート状のチタン多孔体は、機械的強度や空隙率等の水電解セル用アノード拡散層として必要な特性を有していればよく、本発明の目的を損なわない限り、チタン(チタン合金)粒子の焼結体、シート状のチタン(チタン合金)メッシュシート及びその積層体等も使用できるが、シート状のチタン繊維集合体が好ましく使用される。
【0062】
シート状のチタン繊維集合体は、チタン繊維を焼結したり、圧着して形成することができる。チタン繊維集合体におけるチタン繊維の長さや太さは任意である。
【0063】
また、チタン繊維にはPt被覆がなされていてもよい。
【0064】
シート状のチタン繊維集合体の厚みは、アノード拡散層としての目的を損なわない範囲で、機械的強度やハンドリング等を考慮して適宜選択されるが、典型的には10μm~1mmである。
【0065】
固体電解質膜6としては、公知のプロトン伝導性の固体高分子電解質膜を用いることができる。なお、
図4では厚みを強調して図示しているが、電気抵抗を低くするため固体高分子電解質膜6の厚みは破損が発生しない程度で薄膜であることが好ましい。
【0066】
固体高分子電解質膜を構成する電解質材料としては、PEM水電解用セルの運転条件で分解が起こらないものを使用すればよく、PEM水電解用セルの電解質材料として従来公知の材料が使用され、例えば、フッ素系電解質材料、炭化水素系電解質材料が挙げられる。特にフッ素系電解質材料で形成されている電解質膜が、耐熱性、化学的安定性などに優れているため好ましい。具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適例として挙げられる。
炭化水素系高分子電解質材料としては、例えば、ポリスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールスルホン酸、ポリベンズイミダゾールホスホン酸、ポリイミドスルホン酸等のポリマーや、これらにアルキル基等の側鎖を有するポリマー等が挙げられる。
【0067】
以上、図面を参照して本発明の水電解セルの実施形態について述べたが、これらは本発明の水電解セルの例示であり、アノード触媒層として本発明の水電解用アノード触媒層を採用する限り、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0068】
なお、カソードセパレータ及びアノードセパレータ(それぞれ図示せず)は、特に限定されることはなく、公知のものを用いることができる。
【0069】
また、本発明の水電解セルの使用方法には制限はないが、典型的には本発明の水電解セル(単セル)が性能に応じた基数だけ積層されたスタックが形成され、ガス供給装置、冷却装置などその他付随する装置を組み立てることにより使用される。
【実施例0070】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0071】
1.Ir/IrOxファイバーの製造
<実施例1>
「工程(1)」
イリジウム前駆体化合物としてIrCl
3・xH
2O(東京化成工業株式会社)(0.748g)を、エタノール(9mL)/DMF(N,N-ジメチルホルムアミド, Aldrich)(9mL)混合溶媒に入れ、30分間超音波処理を行ったあと、約24時間撹拌してイリジウム前駆体化合物溶液を得た。次いで、増粘ポリマーとしてPVP(ポリビニルピロリドン, Aldrich)(1.5636g)を加え、約24時間、常温で撹拌することにより、イリジウム前駆体化合物及び増粘ポリマーとを含む混合溶液を得た。
「工程(2)」
図3の構成の装置を用い、工程(1)で得られた混合溶液を用いて、電界紡糸法により前駆体ファイバーを作製した。シリンジポンプ(株式会社エル・エム・エス)を用いて、0.6mL/hで上記前駆体化合物を含む混合溶液を押し出し、高電圧電源(HVU-30P100、株式会社メック)により、14kVを印加することで、電界紡糸を行った。電界紡糸後、真空中で1時間以上乾燥して前駆体ファイバーを得た。
「工程(3)」
得られた前駆体ファイバーは、真ちゅうメッシュをコレクタとしてホットプレート上に集め、空気中、熱処理条件(昇温速度:1℃/min、到達温度:500℃、保持時間:2時間)で熱処理を行い、高分子化合物(増粘ポリマー)や前駆体に含まれる塩素等を除去することによって、実施例1のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_1)を得た。
【0072】
<実施例2>
実施例1において、工程(3)における熱処理条件を、昇温速度3℃/min、到達温度:500℃、保持時間:2時間にした以外は、実施例1と同様の方法で実施例2のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_2)を得た。
【0073】
<実施例3>
実施例1において、工程(3)における熱処理条件を、昇温速度1.5℃/min、到達温度:450℃、保持時間:2時間にした以外は、実施例1と同様の方法で実施例3のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_3)を得た。
【0074】
<実施例4>
実施例1において、工程(3)における熱処理条件を、昇温速度3℃/min、到達温度:400℃、保持時間:6時間にした以外は、実施例1と同様の方法で実施例4のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_4)を得た。
【0075】
<実施例5>
実施例1において、工程(3)における熱処理条件を、昇温速度3℃/min、到達温度:450℃、保持時間:6時間にした以外は、実施例1と同様の方法で実施例5のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_5)を得た。
【0076】
表1に実施例1~5のIr/IrOxファイバー触媒(fiber_1~fiber_5)を製造する際の熱処理条件をまとめて示す。
【0077】
【0078】
2.物性評価
2-1:電子顕微鏡による評価
走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を使用し、実施例1~5のファイバー触媒(fiber_1~fiber_5)の微細構造観察を行った。また、参考例1として市販のIrO
2触媒の観察を行った。表2に熱処理条件と、微細構造観察により求めたファイバーの繊維径(ファイバー径)と割合をまとめて示す。なお、ファイバーの割合は、FE-SEM像におけるIr/IrOxファイバーと、それ以外の形態のIr/IrOxのうちファイバーが占める面積から求めた。
また、微細構造観察の代表例として、
図5(a)に参考例の市販のIrO
2触媒、
図5(b)に実施例1のファイバー触媒、
図5(c)に実施例2のファイバー触媒のFE-SEM像をそれぞれ示す。
【0079】
図5(a)の通り、参考例1のIrO
2触媒は、IrO
2粒子の凝集体からなり、それぞれの粒子径は最大で約300nmであった。
一方、実施例1~5のファイバー触媒は、それぞれ繊維形状であった。
実施例1のファイバー触媒(
図5(b))は、ファイバー径が150~200nmであり、実施例2のファイバー触媒(
図5(c)は、ファイバー径が30~100nmであった。また、実施例3のファイバー触媒(図示せず)は、ファイバー径が50~150nmであり、実施例4のファイバー触媒(図示せず)は、ファイバー径が50~120nmであり、実施例5のファイバー触媒(図示せず)は、ファイバー径が30~100nmであった。また、実施例1~5のファイバー触媒にはファイバー部分以外に3μm以上の凝集部分も確認された。表2の通り、実施例1のファイバー触媒は凝集部分が少なく全体の70%がファイバーとして存在していた。
【0080】
【0081】
2-2:XRDによる評価
図6に実施例1,2のファイバー触媒及び参考例1の市販触媒をX線回折法にて評価した結果を示す。
図6に示すように参考例1の市販IrO
2触媒は、主にIr酸化物で構成されていること、アモルファスであることが確認された。
一方、実施例1,2のファイバー触媒は金属IrとIrO
2で構成されていることが確認された。また、参考例1の市販IrO
2触媒と比較して、結晶性が高いことが確認された。
【0082】
2-3:XPSによる評価
実施例1,2のファイバー触媒(fiber_1、fiber_2)、および市販IrO
2触媒の表面に存在する元素の組成と化学結合状態をXPSにより評価した。
図7(a)~(c)にIr(4f)における58~70eV領域のXPS分析結果をそれぞれ示す。また、
図7(a)~(c)のピークを分離解析した結果を表3にまとめて示す。
【0083】
図7(a),
図7(b)に示す通り、実施例1,2のファイバー触媒は、IrO
2に由来するピークがIr(III)として61.1eV及び64.1eVに、Ir(IV)として62.4eV及65.0eVに現れ、IrO
2が主成分であることが確認された。また、低エネルギー側の60.9eVにIr(0)(金属Ir)のピークも含まれていることが確認された。
表3の通り、Ir(0)の割合(Ir4f
7/2及びIr4f
5/2の合計)は、実施例1が9原子%、実施例2が14原子%であった。
一方、参考例1の市販IrO
2触媒においては、IrO
2に由来するピークが現れているが、Ir(0)に帰属できるピークは認められなかった。
【0084】
【0085】
2-4.窒素吸着測定評価
実施例1,2のファイバー触媒(fiber_1、fiber_2)、および市販IrO2触媒について、窒素吸着測定を行った結果を表4に示す。
表4の通り、実施例1,2のファイバー触媒は、市販IrO2触媒よりかなり小さい比表面積を有することが分かった。
【0086】
【0087】
3.電気化学的評価
3-1.膜電極接合体(MEA)及びPEM水電解セルの作製
実施例1,2のファイバー触媒(fiber_1、fiber_2)、又は参考例1の市販IrO2触媒を含むアノード触媒層を備えた膜電極接合体(MEA)及びPEM水電解セルは以下の手順で行った。
なお、以下において、実施例1,2のファイバー触媒、参考例1の市販IrO2触媒を含むアノード触媒層を備えたMEA及びPEM水電解セルを、それぞれ実施例1,2のMEA及びPEM水電解セル、参考例1のMEA及びPEM水電解セルと称す。
【0088】
MEA作製条件について表5にまとめて示す。
アノード触媒材料として実施例1,2のファイバー触媒(fiber_1、fiber_2)又は市販IrO2触媒を使用し、カソード触媒材料としてTKK製の46.5wt%Pt/KB(TEC10E50E)を使用した。
触媒層中のプロトン伝導体(アイオノマー)として、5%Nafion(R)(SIGMA ALDRICH)を、電解質膜として、Nafion117(DupontTM)を用いてMEAを作製した。触媒分散液の作製においては、アノード、およびカソードの触媒粉末をそれぞれバイアル瓶に量り取り、少量の超純水、および99.5%エタノール、5% Nafionを加えることで作製した。なお、分散液の固形成分は、アノードで5wt%、カソードで3wt%とした。また、ナフィオン比はアノードで15wt%、カソードで28wt%とした。
【0089】
分散液を入れたバイアル瓶に撹拌子を投入し、1時間スターラーを用いて撹拌後、さらに高分散させるため、超音波ホモジナイザーを用いて氷水冷下で30分撹拌した。
撹拌後のアノード触媒分散液を触媒スプレー印刷機のサンプル管に入れ、ナフィオン電解質膜(Nafion117)の片面に1cm2の正方形型に印刷した。さらに、同様の手法で、カソード触媒分散液を、ナフィオン電解質膜の裏面にスプレーすることで、両面ともに印刷した。なお、触媒担持量はアノード触媒層で0.5mg/cm2、カソード触媒層で0.3mg/cm2とした。
電解質膜両面に触媒を印刷後、ナフィオン電解質膜が軟化するガラス転移温度付近である132℃に設定したプレス台にて、0.82kN、190秒ホットプレスをすることで、触媒層内のナフィオンアイオノマーとナフィオン電解質膜の接着を行った。
【0090】
【0091】
PEM水電解セル(単セル)は、MEAの両側に、それぞれカソード集電体として撥水処理済みカーボンペーパー(GDL25BA,SGL CARBON JAPA LTD.)を、アノード集電体としてPt被膜Ti焼結体(日工テクノ)をそれぞれ配置し、流路付バイポーラプレート(アノード:チタン製、カソード:カーボン製)、給電板、絶縁シート、締付け板を順に両極に配置し、4Nmの締結圧にてボルト固定した。
恒温器(DKS300, ヤマト科学株式会社)内にセルを置き、送液ポンプ(EHN-B11VC1R, イワキ株式会社)を用いて、セル両側の流路端から水を5mL/minの流速で流し、反対の流路端を排出口とした。なお、セル、および流水を含めて炉内は80℃に設定した。
MEAの電解質膜に充分に含水させるために、100時間水を流した後、0.2A/cm
2、30分のエージングを行った。なお、アノード触媒層として実施例1,2のファイバー触媒を使用した場合は、加えて
図8に示す電圧印加のコンディショニングも行った。
【0092】
3-2.初期性能評価
実施例1,2及び参考例のPEM水電解セルを組み込んだ単セル発電評価用治具をセル温度が80℃になるように設定した恒温槽内に設置し、以下の条件で電気化学的評価を行った。
(アノード条件)
電極面積:1cm2
純水供給速度 :5mL/min
(カソード条件)
電極面積:1cm2
純水供給速度 :5mL/min
【0093】
図9に、実施例1,2及び参考例のPEM水電解セルのIV特性を示す。
図9の通り、IV特性において、実施例1のPEM水電解セルは、実施例2のPEM水電解セルより所定の電圧値において高い電流密度を示し、水電解性能が高かった。
【0094】
3-3.電位サイクル耐久性評価
図10に示す再生可能エネルギーを模擬した電位サイクル条件で、実施例1,2及び参考例1のPEM水電解セルの電位サイクル耐久性評価を行った。
【0095】
図11に耐久性試験前後の実施例1,2及び参考例1のPEM水電解セルのIV性能評価を示す。
図11から、耐久性試験後、市販IrO
2触媒を使用した参考例1のPEM水電解セルのIV性能の低下に比べて、Ir/IrO
2ファイバー触媒を使用した実施例1,2のPEM水電解セルの方が性能低下を抑制されていることがわかる。したがって、Ir/IrO
2ファイバー触媒をアノード触媒層に使用することで、市販IrO
2触媒(IrO
2粒子凝集体)をアノード触媒層に使用するより高い電位サイクル耐久性を有することが確認された。
【0096】
また、より詳細に検討するため、実施例1,2及び参考例1のPEM水電解セルそれぞれについて、耐久性試験前後のインピーダンス測定を行い、インピーダンス測定結果を活性化過電圧、濃度過電圧、オーミック過電圧に分離した結果を
図12~14に示す。
【0097】
図12(c),
図13(c)及び
図14(c)の通り、実施例1,2及び参考例1のPEM水電解セルのオーミック過電圧は電解質膜由来の抵抗であり、耐久性試験前後でほとんど変化は認められなかった。また、
図12(a),
図13(a)及び
図14(a)の通り、各PEM水電解セルにおいて、活性化過電圧についても耐久性試験前後でほとんど変化なかった。
一方、
図12(b),
図13(b)及び
図14(b)の通り、濃度過電圧は、市販IrO
2触媒(IrO
2粒子凝集体)を使用した参考例1のPEM水電解セルは耐久試験後で大きく増加しているに対し、Ir/IrO
2ファイバー触媒を使用した実施例1,2のPEM水電解セルでは増加が小さかった。
以上の結果から、特に濃度過電圧の増加がIV性能低下に大きく影響していることがわかった。耐久性試験直後は、触媒層に反応生成ガスが溜まっているため、ガスの排出がうまくされないと、濃度過電圧が大きくなることが知られている。Ir/IrO
2ファイバー触媒をアノード触媒層に使用した実施例1,2のPEM水電解セルは、濃度過電圧の上昇が抑制されていることから、発生ガスが排出されやすい構造である可能性が示唆された。